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2024-06-21

大岡裁き2.0

大岡裁き。それは我が子を想う母親の心情を巧みに掬い上げた大岡越前守が名裁決である

白洲に引き出されたは二人の女と幼き稚児。女どもは我こそが子供母親であると口々に申し立てる。母は己が益よりも我が子の心身を重んじるはずと考えた大岡越前守は、自らこそ子供母親であると声を上げる二人の女に子供の手を引っ張らせ、まこと母親であれば子供を諦めないはずであると、敢えて真逆行為をけしかけた。果たして本物の母親はすぐさまに我が子の身体を想い手を離したのであるが、偽りの母親最後まで子供悲鳴にも聞く耳を持たずに手を引き続けた。

この、お白洲という非情がまかり通る場所での親子の情を重んじた名裁決は、またたく間に江戸中の評判となった。大岡越前守の公正かつ賢明な裁きに感銘を受けた江戸母親達は、我と我が子が白洲へ上げられる最悪の事態に備え、こぞって相手よりも素早く手を離す訓練を始めた。はじめは隣近所で集まり細君同士で児戯の如く交流を重ねていたのだが、次第に規模が膨らみ長屋単位で集うようになり、数月経つ頃には江戸の町全体の奥方網羅した「大岡裁き番付」が作られるようになっていた。

これが大岡裁きの極限競技エクストリームスポーツ〉化である




大岡裁き」の基本ルールについては今更語るまでもないだろうが、念の為、以下簡潔に説明をする。まず試合場にて競技者たる二人の女と奉行所より公正な基準に則って選ばれた稚児が並ぶ。三者が正面の裁き手へと礼をした後、女・稚児・女の並びに移動し、女がそれぞれ稚児の片腕を取る。そして裁き手の号令にて一斉に手を離す。このとき最後まで手を持っていた方が敗者となる。お白洲に立ち裁き手の最高位たる大岡越前守より御裁きいただけるのは、番付上位のごく限られた存在だけである

競技化してから大岡裁きについて、その全貌を余さず語るには頁が幾らあっても足りることはないが、ここではその初期にあった一つの名勝負を紹介しよう。「突き」が体系化されて技法が複雑化する直前の、純粋たる「離し」の名人達による今もなお語り継がれている試合である

その日お白洲に現れたのは、枯れ木のようにやせ細った女と、それとは対象的に首や四肢たっぷりと肉を蓄えた肥えた女であった。二人は丸々とした稚児を挟み向かい合うとニヤリと笑いあった。両者とも当代一の達人との名高い見知り同士であり、両者五勝五敗のこれが通算十一回目の試合であった。

枯れ木のような女の腕名は湖越えのちよという。彼女は軽やかに美しい所作により「離す」名人であり、彼女の「離れ」による跳躍は水辺を渡る鷺の如きであったという。ちよのあまりにも優雅な「離れ」を語る逸話には限りがないが、その中で最も有名なもの彼女の腕名となっている湖越えであろう。ある武家屋敷にて試合を行っていた彼女であったが、裁き手の号令の瞬間にはそこに残っているのは砂けぶりだけであり、その姿はもはや稚児の傍になく、邸内の池を越えて対岸へと着地していたという。池の幅は少なく見積もっても六間(約11メートル)あり、常人ではとても真似することの出来ない幅であった。彼女の跳躍を間近で目撃した御隠居は、もしあれが池ではなく湖であったとしても、彼女は間違いなく越えていただろうと語った。

もうひとりの太り肉の女は箱根のお松という。彼女はちよと異なり跳躍ではなく縮地による「離れ」を得意としていた。彼女の張りつめた四肢から繰り出される俊足は、十間(約18メートル)を瞬きの間に駆け抜けたという。暫し誤解されることであるが、彼女は純然たる江戸っ子であり、腕名の箱根はちよと同じく試合逸話に基づくものである彼女が縮地を己がモノにした頃のある試合において、「離れ」の瞬間、大砲のような轟音が響き、試合の場である屋敷全体が震えた。その揺れの源は、屋敷の塀に衝突したお松であった。塀が大きくたわむ程に突っ込んだお松の縮地は常人が捉えられるものではなく、かろうじて越前守の弟子であった見届け役が認識できただけであった。その驚くべき俊足を見た屋敷に逗留していたとある粋人は、仮に塀がなければ彼女箱根の峠まで飛んでいったであろうと称したのである

当代一の名人である二人の勝負は一回で終わることはなかった。裁き手の大岡越前守が号令をかけた瞬間、そこには土煙が残るだけであり、お白洲の両端にちよとお松。そして砂煙が晴れてふくよかな稚児の姿が現れるという始末であった。近年ますます加速化する「離れ」の瞬間に、裁き手たる越前守はこれまで辛うじて追いついていたものの、この二人の速度は群を抜いて速く、副審からくり手の技能を持ってしても勝敗判別不可能であった。

土煙が判決邪魔をしているのではないかと、砂地に水を撒き再度取り直しをさせたが、稚児の両脇に残ったのは深々と空いた丸穴と抉れた足跡だけであった。何度取り直しても決着がつかず、ついぞ判決に困った越前守は奇策を思いつく。稚児を立たせるのではなく二人で釣り上げて、先に爪先が落ちた方がより早く「離れ」た方だと。この日の稚児は二十五貫(約94キログラム)ある恵体であったが、お白洲に立つの江戸の最高番付の二人であった。両者は再びニヤリと笑い合うと、片腕で軽々と稚児釣り上げた。ちよが右手、お松が左手越前守が号令を下した瞬間、先に爪先が落ちたのは右足──即ちちよの方であった。

後年、お松は「あれは稚児の左足が短かっただけであり、離れは同時であった」と語り、自分の負けを死ぬまで認めることはなかったという。この勝負を切っ掛けに「離れ」の主流はちよの跳躍となった。彼女が残した縮地は「突き」において花開くことになるが、それを本人が見届けることはなかった。




次は、「離れ」に対して「突き」の興りを記さねばなるまい。あくまでも原点に忠実に手を「離す」ことを重視する「離れ」に対して、何よりも早く手を振りほどくことを重要視するのが「突き」である。「突く」行為のもの競技の興り時点から散見されていたものの、体系化されるまでには長い時間必要であった。

最初期にはっきりとした「突き」の使い手として名が後世まで残っているのが千手観音の桂子と呼ばれる存在である。それまでの「突き」の使い手と彼女の最大の相違点は、「突き」の「離れ」に対する優位であるといち早く看破したことにある。すなわち、「離れ」る前に「突き」押すことで、相手稚児身体押し付けるのである。この発見により、「突き」戦法が大流行し一時は「離れ」が番付から消滅寸前にまでなった。その後、「突き」に対して優位を取ることができる「躱し」が発明され、今に至るまで知られている三すくみ「離れ」・「突き」・「躱し」が完成された。

この篇の最後に「突き」の名人同士の試合を一つ紹介しよう。「突き」手同士の戦いは間に挟んだ稚児を押し合うこととなるため、両側から押された稚児が地に転がることは日常茶飯事で、中には体にかかる力の作用により、大独楽のごとく勢い良く回転する稚児の姿も見られることも珍しことではない。しかし、「突き」の達人同士となれば、人知を越えた奇跡の瞬間が興り得るのであることを示したのが次の試合である

その日の最後の取り組みは、寅と辰という、うら若き双子の「突き」手の試合であった。二人は千手観音の桂子の孫であり、祖母から直々に手ほどきを受けた若き俊英であった。二人が公式の場で手合わせをするのは今日が初めてであり、観衆は期待を胸に見分け難い二人を見守っていた。

裁き手の大岡越前守の声とともに同時に二人の体が動き、稚児を押した反動で揃って稚児から半間(約90センチメートル)ほど離れた位置にゆるりと着地する。はじめに異変に気がついたのは観衆であった。

お裁きを見守っていた観客の間から「ホウ」という感嘆の声が上がった。続いて興奮を隠せない小声が観衆の間から漏れ聞こえ始めた。その段階に至り、判決を下すのに集中していた大岡越前守はようやく気がついた。彼が注視していた稚児が、まるであやかしに持ち上げられるように宙空へ浮かんでいることに。稚児は宙に「丁の字」を描くように腕を開いて静止していたのだ。

双子が全くの同時に両側から稚児を押したことで、稚児に伝わった力が正中線でぶつかり合い、その力が幼き肉体を地から持ち上げたのである。しばらくの間稚児は宙へ浮き続け、やがて萎れるように地上へと降り立った。その間、双子たちは周りの喧騒に顔色を変えることもなく、裁き手の判決をただ待ち続けていたという。記録には、さしもの稀代の裁き手大岡越前守も、この妙技の前には両者引き分けを言い渡すしかなかったと記されている。

anond:20240621132648

私は産まれた時、父方も母方も祖父母が存命してたんだけど、

20年くらい前に父方の祖父が一番最初に死んで、

次に母方の祖母が死んで、そこでがっくりきてしまって急にボケて1年も経たずに祖父がなくなって、

結局、一番最初旦那が死んだ父方の祖母が、

30年後の今、90歳でピンピンとしているので色々と察してしまうね。

2024-06-20

兄が勝手祖母貯金4000万円をソシャゲ課金した助けてくれってポストがXでバズってるが、やっぱり、兄弟ガチャも親ガチャ存在するじゃん。

しかも、よく見たら漫画アプリにも課金してるし、Simejivipとか何の意味があるのか分からんやつにも課金してるっぽいし、こんなんどうすればいいんだよって同情しちゃうわ。

んで、こういうやつが外でトラブル起こして「家族は何してんだ!」って言われるわけだろ?可哀想しかない。

2024-06-18

地方若い女性に自己実現の機会を提供できるのか?

たくさんはできない

できる分だけ

から女性流出がつづいている

子供もつことによる自己実現

 これなら提供できていたかもしれないが古い。もう無理。子供にとっての祖父祖母がうるさすぎて自己実現視点から邪魔になっている可能性もある。

仕事による自己実現

 地方企業女性責任のあるポジションを任せない(とNHK記事でも批判されている)。仕事はそこそこで流したい人もいるだろうから出世したい人にはアピールしてもらわないといけないが…

推し活による自己実現(本当に実現できるか疑問だが)

 断然都会(東京)が有利。普段ネット活動している人が相手でもライブなどのことを考えると…。するべきじゃないと思うけどホスト推し活は地方ではできまい。

趣味による自己実現

 天体観測ガーデニングなら地方の方が向いている。ざっくり文化資本と呼ばれるものは都会が有利で趣味人同士の交流を考えても大半は都会が有利。何か強みがある地方はそれに賭けてみると効果あるかもしれない。刀剣とか。


まず自己実現教を叩き潰さないと若い女性の流出を防ぐのは無理じゃね?

2024-06-17

anond:20240617084532

その理屈だと、今まで私が接してきた女性は母祖母同僚上司先輩後輩と全員アホ以下だったってことになるな

適当に相槌打ってればしゃべり続ける人間ばっかりだったよ

こっちが真剣に話を聞いているかどうかすら気にしてもいなかった

女ってのはただ自分が喋り続けて、それに対して適当タイミングで相打ちしてくれさせすればよく、

相手から共感すら必要としてないと私は思っている

2024-06-16

障碍者祖母が死んだ

つい最近父型の祖母が死んだ。子供のころから耳を患っており、音声を介した会話はできず、意思疎通には文字または手話必要な人だった。

障碍を持っているがゆえに教育機会にも恵まれず、文字コミュニケーションをしても知能の遅れが感じられた。

子をなすことと家事育児彼女の成人後の人生の全てだった。彼女にとっては通常の人間が行う様々な所作が重労働であっただろうことは想像に難くない。

彼女常人に追いつくための努力をしてそれらをこなしていた。そんな、尊敬に値する女性だった。

障碍をもつ祖母を娶った祖父はどのような人間かというと、田舎で運搬を行う低収入肉体労働従事者であったらしい。彼らは出会い、4人の子を成した。そして祖父は4人目の子が15歳の時に事故で死んだとのことである

そのなかの3番目の子が私の父であった。父の話によれば、彼が17歳の頃に祖父トラック事故を起こしたらしい。即死ではなく、大腿部の切断を行った。

治療はうまくいかず。普段は見せないような痛みに耐えきれぬ泣き顔を時折見せては、子供らが見守る中息を引き取ったという。

祖父の存命の時から家庭は貧困状態にあった。学も財産もない人間が4人も子を成したら、それは大変であったろう。

貧しい家庭では教育よりも労働が優先された。長兄には教育必要とのことで高校教育を受けさせたが、次男・三男坊に教育猶予はなく中学卒業肉体労働を課せられ日本全国方々に散った。末子は祖父保険金地元高校に通うことができたという。

父は中学卒業後、身寄りのない関西に送られ、その後中部各地を転々とすることになったとのことだが詳しくは聞いていない。彼も、話さない。

長兄は家を継ぎ母と住み続け、その後末子は高卒だけあってよい企業工場に勤め先が決まり家を出た。このあたりで次男消息不明になったという。女性関係とのことだが詳しくは聞いていない。今や生死もわからない。

ところで母方の祖父母の話に移ろう。彼らは一般的農家の生まれであり、裕福でも貧乏でもない育ちの人間であったが、どちらも体が弱かったため将来的に介護必要となることが懸念されていた。両家余り物を押し付ける形で成立した婚姻であった。

そこで生まれたのが母である。母には個人としての意思は認められていなかった。なぜならば生まれながらの介護要員だからである

その数年後、弟もできたようだが幼くして死んだ。弟が死に益々気力・体力を失った祖父母は母に未来介護を切望するようになった。そのような母が他家に嫁ぐことなど許されない。

そこで紹介所を介して婿養子として選ばれたのが長子でもなく自身の家庭を築くほどの経済力も持たない、立場の弱い男である父であった。

母は歪んだ人間である。なぜなら介護人生の全てであるから人生選択肢はなく、子供のころから祖父母の介護のために存在していた。友人関係希薄に「されて」いた。

そのような都合のいい子しか知らない祖父母が父を婿養子として迎えたわけである。父の人間としての尊厳最初からなかった。結婚の翌年私が生まれ、翌々年弟が生まれた。

時はすでに平成になっていた。世間体とは大変ありがたいもので、親戚づきあいを浅く保っている拡大家族においては昭和時代のようなあからさまな家庭内暴力は起こらなかった。

母の歪んだ奉仕心は、幸いにも夫や子にも向いていたため私はきちんとした公教育をうけることができていた。塾や習い事玩具などへの投資殆どなかったものの、私や弟も義務教育を周りの子供と同水準で享受することができた。制服入学時に新調してもらえ、修学旅行も参加できたため、最貧層の子供よりは大変良くしてもらえた。父は祖父から金銭を奪われ、労働のみを人生としていた。生活費との名目で稼ぎを家計に吸い取られていたようだ。

そんな時、父方の長兄が死んだ。事故死だった。未婚であり嫁子供はいないものの、その頃には父方の祖母は衰弱しており、介護必要としていた。

そんな機会に自身生活限界を感じていた父は、なんと仕事をやめて離れた実家に帰ってしまったのである

...

そこから家庭を顧みない介護生活編が延々と続き、父方の祖母は父の労働リソースを奪いつつ丁寧に介護されて穏やかに死んでいき、一方で父親が消えて崩壊した家庭が残ったのだが、書き疲れてしまった。

というフィクションがあったらしい。フィクションだよ。

2024-06-15

生活保護不正受給してるVtuber

知ったんだけど、どこに通報すればいいの?

母親祖母から毎月10数万仕送りもらいながら生活保護費も受け取ってるのって、不正受給だよね?

住んでる場所本名もわかってるから市に連絡すればいいのかな?

祖母88歳、1人で福岡から上京してくる

年2回くらい。すごい?普通

2024-06-14

anond:20240614085401

カロリー取らなきゃいけないのは分かるんだが親父も叔母も母方の祖母も糖尿ゆえに糖尿が怖くてなァ

食いすぎると明らかに疲労を感じ始めるしなんかいい手がないもんかと思ってる

2024-06-09

しかできない事に投資する

あなたは歓びを先送りしすぎている。

しかできない事に惜しみなく金を使え、

ひたすら貯めてどうなる?

若い頃に はした金 を貯めるな

金や物のために失っているもの

節約人間への警告

無駄に金を貯めこんでいるそこのあなた

さようなら、蓄えるだけの人生

一刻も一刻も一刻も早く経験に金を使う。

借金してでも絶対にすべきこと

人生で一番大切な仕事は思い出作

経験ポイント化してみよう。

思い出の配当馬鹿に出来ない経験を増やす

雪だるま式幸せになれる

老後の備えより大切な事

ゼロ死ぬ

スタバコーヒー毎日買っているあなた

お金を稼ぎたい中毒の末路

二年半ただ働きした女性の話。

ゼロ死ぬ効率よいの極み

でも仕事が好きだから問題

老後のための貯蓄はほとんど使わずに終わる。

祖母にあげた1万ドル行方

エイリアンの襲来に備えて貯金するバカはいない。

人生最後の日を意識する

寿命予測したことはあるか?

長寿リスクへの正しい供え方

貯蓄より成就

年金をすすめる理由

富の最大化から人生の最大化へ。

人生が変わるタヒのカウントダウンアプリ

2024-06-08

父親の骨壷を捨てた四歳児をボロクソに叩きまくる母親ネット民

これの2話目

https://youtu.be/PpZPBNB1q4c?si=llSM5sDRdadETPMV

4歳の息子が夫の骨壷を捨て、

絶対に許さない!○ね!○してやる!○されればいい!愛せない!」と本気で憎む実の母親祖母

そして「母の愛は無限ではない(キリッ)そんな恐ろしいクソガキ許せなくて当然!ウクライナに捨ててこい!」

と四歳児に対してボロクソ叩きまくるネット民


四歳児が胸や尻を揉んでくるなど性加害してきたら「性的に見てなくて好奇心から仕方ない!ヒステリックに怒るなフェミヒス起こす方が男児性的に見てるんだ!」と庇いまくるくせに


普段「女さんの子殺しガー虐待ガー女はクソ!毒親はクソ!」言ってるネット民こんなもんだったんですね

anond:20231021150903

ちょっと変則的だけど「西の魔女が死んだ」はこのパターンかな。

叔母ではなく祖母だけど。

西の魔女が死んだ - Wikipedia

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E3%81%AE%E9%AD%94%E5%A5%B3%E3%81%8C%E6%AD%BB%E3%82%93%E3%81%A0

 

だいぶ変則的だけど「スパイダーマン:スパイダーバース」のアーロンおじさんも。

スパイダーマン:スパイダーバース - Wikipedia

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%91%E3%82%A4%E3%83%80%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%B3:%E3%82%B9%E3%83%91%E3%82%A4%E3%83%80%E3%83%BC%E3%83%90%E3%83%BC%E3%82%B9

 

ちなみに、叔母、叔父は、父・母とは異なる視点からアドバイスをくれる、少しだけ信頼できる大人というポジションで描かれがちだと思う。

 

物語の中では、主人公叔父叔母、主人公の父母は大抵こんな風になっている。

主人公少年少女と父母とは対立している

主人公にとって、父母は典型的な頭の固い大人自分理解してくれない大人社会ルール盲目に従っているつまらない人間である

・一方、叔父叔母は柔軟で、主人公少年少女のことを認めてくれるように見え、社会ルールから自由であるかのように主人公からは見える

物語は、叔父叔母とのコミュニケーションを通じて、主人公子供としてではなく、一人の人間として社会と向き合っていき、社会ルール大人倫理観について理解を深め、社会の中で生きる人間として父母を捉えなおす、といった展開になる。

 

考えたら、 現実叔父叔母が元々そういう存在だな、という気がしてきた。

RHYMESTER モノンクル 歌詞 - 歌ネット

https://www.uta-net.com/song/190999/

香典を1000円で済ませようと思う

父親母親が亡くなった、その内葬儀になるらしい。そうなったら香典を出さなきゃいけない

しかし、父親実家は割と裕福だし、祖母はたくさんの人と繋がりがある

葬儀だって人が来るし、香典も集まるだろう

しかし、私は父親母親にろくな目にあわされていない。無理やり手伝わされたり、食べたくないもの食べさせられたり、狭い部屋に泊まらされたり

から別に感謝してるわけないし

から香典は1000円ぐらいで済まそうと思う

ていうか香典が少ないからってなに?

あんた、香典天国に行くのかい

仏様にワイロを贈り、地獄行きのパスポート

強請るんかい

ていうかそもそも香典って意味あるんか

金持ちに出させればいいじゃんか

2024-06-06

 本件で、中部精神事務所からの弁明、 都知事の弁明の趣旨は、請求人には、昭和63年ごろから広汎性発達障害が発現しているなどということを特に疑問視することもなく採用している。

 しかし、明らかな事由として、請求人の病状は、黒羽刑務所の訓練によって発現しているのであり、逮捕以前は、田舎祖母暮らしていてただの日本人であったのであるから都知事の弁明には、経時的なつながりがない。次に、黒羽刑務所の訓練で発現した病状について、出所後に、延岡市では、アスペルガー症候群統合失調症と診断している。そして、黒羽刑務所で発現した病状が、この10年間で回復する理由存在しないのであるから、本件で、10年前から、1級→2級→3級と次第に回復しているという主張は、合理性がない。

anond:20240606114719

日中連れ回すとかしないと罪になるわけないんだけどなあ。

認識が甘いな

https://www.j-cast.com/2008/11/13030314.html?p=all

この男は26日午後2時過ぎ、自宅近くの歩道で泣いていた女児に声をかけ、女児は、母親に叱られ祖母の家に行きたいと話した。そこで、自分の車に乗せて1時間運転し、祖母宅を聞くため交番に寄ったところ逮捕された。男は、「親切心からやったのに納得がいかない」と供述している。

2024-06-04

anond:20240522100107

最近妻が死んだので、さっそく広域請求を利用したが、相変わらず傍系親族に対してはハードルが高い

わたし場合

亡妻→広域請求で容易に全部そろった

亡妻の亡父(だいぶ前に他界)→事前に提示必要資料(亡妻関係で取得した死亡届のコピー戸籍全部事項請求書など)を役所に問い合わせた上で、休日事務をやってる(&彼が生涯本籍を置いていた)某市のイオンモール請求したら改製原戸籍・除籍謄本とも全部そろった

亡妻の亡母(亡父よりは後に他界)→婚姻後は亡妻の亡父と同じだが、婚姻前は傍系親族から請求に難色を示された結果、請求元の生命保険会社担当者を連れて行って説明させ。何とか婚姻前も取得した

亡妻の亡祖母わたしの取得できる範囲ではないらしい

anond:20240522100107

最近妻が死んだので、さっそく広域請求を利用したが、相変わらず傍系親族に対してはハードルが高い

わたし場合

亡妻→広域請求で容易に全部そろった

亡妻の亡父(だいぶ前に他界)→事前に提示必要資料(亡妻関係で取得した死亡届のコピー戸籍全部事項請求書など)を役所に問い合わせた上で、休日事務をやってる(&彼が生涯本籍を置いていた)某市のイオンモール請求したら改製原戸籍・除籍謄本とも全部そろった

亡妻の亡母(亡父よりは後に他界)→婚姻後は亡妻の亡父と同じだが、婚姻前は傍系親族から請求に難色を示された結果、請求元の生命保険会社担当者を連れて行って説明させ。何とか婚姻前も取得した

亡妻の亡祖母わたしの取得できる範囲ではないらしい

2024-06-03

自分子供の頃、子供から受けた性加害の話をする

まず最初に当時の年齢などを記す。記憶曖昧なところがあるから、変なとこがあったら許してほしい。大して長い話ではない。

自分

幼稚園児(4、5歳)。周りの子供より背が高かった。

相手

便宜上「A」と呼ぶことにする。小学六年生女の子

関係

Aと私は母親同士が友人で、2人でAの祖母の家に泊まり込みで遊びに行くことがちょくちょくあった。Aは少し年上の姉もいたが、姉の方と遊んだ記憶は少ない。

とりあえず抑えておきたい前提はここまで。

具体的に何をされたかと言うと、当時小学六年生幼稚園児だったAと私は、寝る時は同じベッドで寝ていたのだが、そのベッドの中でキスされたり、胸を触られたり、股間を触られたりした。Aのを触らせられたこともある。それだけっちゃそれだけなんだけど、されてから二十年以上経ってもずっとつらい。

実はかなり大きくなるまで、「ひどいことをされた」という自覚がなかった。何をされたかという記憶自体ははっきりあったし、性加害とはこういうものだという知識もあったのに、その二つが全く結びついていなかった。

成人して少しくらいの時に急に「あれって性加害じゃん」と気がついてから、混乱と複雑な感情で壊れそうになった。

Aは私にとっては「面倒見のいいお姉ちゃん」という感じで、一人っ子だった私のことをたいそう可愛がってくれた。その記憶があるからこそ、自分の中で整理がつけられない。

もう人生四半世紀をとうにすぎた私は、「Aも子供だったから、何かで目にした知識を試したくなったんだろう」と思える。でも自分がされたことと、理解できることは話が別なんだ。

女の子に触ってもらえるなんてラッキー!」とか思ったことはただの一度もない。思い出す度吐きそうになって、膝から崩れ落ちそうになる。呼吸もうまくできなくなるし、とにかくふとした瞬間にフラッシュバックして、リアルに具合が悪くなる。

家族にも、友人にも言ったこともない。「今更そんなこと言ってどうするの」とか「向こうも子供だったんだし」とか「そんな小さい時に女の子に触られるなんてよかったじゃん」とか言われたら、真面目に二度と立ち直れない自信がある。それに、母の友人関係を壊すのも忍びない。

おそらくこの先の人生でAに会うとしても、一回か二回程度のものだろう。だからもうお願いだから忘れさせてほしい。こんな記憶に一生苦しめられるのは嫌だ。向こうはもしかしたら覚えてないかもしれないし、そんなこともあったよね!みたいな軽い思い出かもしれない。こんなにひどい気持ちになってるのは私だけなのかもしれない。というかおそらくそうだ。

後遺症的なものがあるのかはわからない。

自分で言うのもなんだけど、人目をひく見た目をしているせいで男女問わずそういうことをされる事が多かったので、一概にAのせいだけとは言えない。ただ、自分の肉体をあまり大事にできなくなったような気がする。

かに助けて欲しいとずっと思っている。でも誰も助けられないことは十分理解しているから、お願いだから私の中からこの記憶を消してほしい。

追記

この記憶がほしい人、あなたが思うような「エッチで興奮するオカズ」ではない。ただただ気持ち悪くて、ひどい記憶だ。でもその感覚経験のある人間しかからないだろうし、あなたはわからない方がいい。ただラッキースケベの思い出とだけ思える方が幸せからあなたそのままでいい。

友人もいる、恋人もいる、家族との関係もまあ悪くない。正社員として毎日きちんと仕事をして、休日は外に出かけたり趣味に勤しんだりする。傍から見た私は多少変なとこはあれど、ごく普通人間だろうと思う。これ以上何を克服しろと言うんだろうか。どうしたら克服できるんだろうか。

2024-06-02

anond:20240602005019

女性に対してトラウマ(非常に強い苦手意識)がある男性ですが、以下参考まで、、、

Yahoo!出会いmatch.com/Omiaiなど。必要最低限のスペックを満たしていれば何度か定型的なメッセージのやり取りはできても二回目、三回目が続かず自然消滅ばかり。ごく稀に同年代女性と何度か会うことができたが、実際に会うと会話が成立せず自然消滅/いずれも退会。

寝たきりだった祖母病気がちだった父親が亡くなり、見かねた親戚が心配して設定してくれた。お見合い相手は三歳年下で、初回の顔合わせでは会話らしい会話もできなかったが、相手女性がお情けでLINEの連絡先を教えてくれたのを勘違いしてしまった。カフェレストラン神社仏閣、ディズニー観劇など毎回凝ったデートコース提案した。毎回デート費用こちら持ち。20回目のデート勇気を振り絞ってプロポーズをしたら、今は待ってほしいとお断り。その後呼び出されて別れて欲しいと告げられトラウマになった。

43歳で結婚相談所に入会。個人ながら地元密着でIBJ加盟で表彰も多数され、毎月のように成婚実績を出しているやり手の仲人の方。お見合いは組めるものの、二回目、三回目のデートから先にどうしても進めなくなってしまう。結局4年間続けているが、真剣交際までは進められたことがない。

自分は在籍カウンセラーさんの多い「〇ららか相談室」で何度かメールzoomオンラインカウンセリングを受けた。良いカウンセラーさんに当たると少し気持ちが楽になることもあったが、そういう方は多忙業務の合間に副業的にやられていることも多いようで、一回限りで予約が取れなくなった。

5歳の甥っ子の思いやりある行動に感動した話

訳あって半年程、両親+兄の一家と同居してたんだけどさ、そこの5歳になる甥っ子の行動が思いやりに溢れていて感動したので聞いて欲しい。

ちなみに俺はアラフォー独身男性

母の日

甥っ子と一緒に近所を散歩してたら甥っ子が突然「今日母の日だよね?お母さんとおばあちゃんにお花あげたら喜ぶかな?」って言って道端に咲いてる花を摘み出したの。

俺はこれまで母の日に何かする習慣がなかったからその日が母の日とも知らなかったし、驚いた。

結局一緒に道端に咲いている花を数種類摘んで花束っぽくして渡したら二人とも大喜びだった。

②洗い物

俺が夕食後に食器類を洗ってたら横で見てた甥っ子が突然シンク周りを洗い出したの。

「どうしたの?」って聞いたら、「ここも綺麗にしてあげたらお母さんとおばあちゃんが喜ぶと思う!」だって

ちなみにこの時甥っ子の母親祖母もその場には居なかった。

ドンジャラ

甥っ子の要望ドンジャラをしてたんだ。ちなみにメンツは俺と祖父母と甥っ子の4人。

対面の山から配牌をとりずらそうにしてた祖母の様子を見てた甥っ子が、誰も頼んでないのに祖母の配牌を取って並べてあげてたんだよ。

しかも、親番が祖母に回ってきた時に「おばあちゃんが親になった!やったぁ!」って喜び出したの。

「なんでおばあちゃんが親になって嬉しいの?」って聞いたら、「だってパイ自分で取りやすくなったでしょ!」だって

俺は感動しっぱなしだった。

俺に子育て経験が無いから知らないだけかもしれないけど、普通の5歳児ってこんなに思いやりある行動できるものなの?

上に挙げたエピソードって、どれも見返りを求めての行動じゃないのよ。褒めてもらえるわけでも、ご褒美をもらえるわけでもない。単純に家族に喜んで欲しくてやってたんだよね。

この年頃の子供って、単純に自分欲求を満たすことしか考えてないと思ってたから驚いたわ。

勿論やんちゃの盛りなので怒りたくなるような行動もいっぱいするんだけど、こんな思いやりある行動を目の当りにすると可愛くてしかたない。

心が洗われたわ。

かなしいなあ40歳

近年、父も母も病を患い亡くなった

祖父祖母20年以上前に亡くなっている

叔父や叔母も亡くなった

俺に兄弟はいない

家族はいない

まり俺は一人

この地球上に俺の家族はもう誰もいないのだ

かなしい40歳の男が一人ぼっちで生きている

俺には何もない

空虚人間なのだ

力もない頭もない若さもない

何もかもがない

無力なのだ

俺はもう人生終わっている

このまま何もないまま生きて死ぬのだ

2024-06-01

anond:20240601215457

子どもと一緒に団地の公園に行ったら、きったねえババアが孫らしきガキにざけんじゃねえ、ちゃんとやれとか言ってて環境ってほんとに大事だなあの子供も大変だなと思った

俺も言葉が汚くなったわ

リテイク

公園でお祖母様らしき方がお孫さんにきつい言葉をかけていて衝撃を受けました。

2024-05-29

anond:20240429184400

共感します。

私の場合障害をもっているのが弟です。

親の口癖は「この子自力幸せになれないのだからわたしたち幸せにしてあげるのよ」だった。

弟ははっきりと「障害者」だから施設に送迎しようが専門のお医者さんに送迎しようが、そのへんでわめき散らそうが、「障害者だから」と許された。

親の心情はわからない。わたしはそこまで気が回らない。動き回る弟(成長すれば体格もよくなる)を力で止めて、騒ぐのを周りに謝りながら止める。

それに比べて、障害者でないわたしが心身どちらでも体調を崩すと「医者にかかるようなことをしてみっともない」「精神科にいくなんて周りに知られたらどうなるか」だった。

そして、わたしが覚えていないだけだと思うけど、親からわたし幸せを願う言葉をかけてもらったことは記憶にないし、

親にした唯一の相談大学生ときの「死にたい」だった。

この相談結果的に、「あなた精神科病院に通わせるが、知り合いに見られないようにちょっと離れたところで降ろす(送迎する)」だった。

バス市街地までいかない地域だったので自力で行けなかった。近くまで送迎してくれただけ感謝すべきなのだろう。

書きたいことはいっぱいある。結婚を諦めたこともある。県外に転職しようもんなら「お前は弟を捨てて施設に入れる気か」と父に怒鳴られたこともある。母親は「お父さんの言うことだからわたしはなにも言えない」と味方になってもらえなかった。

唯一味方だったのは、入社した会社を定年まで勤めあげて職場から表彰された経験もつ、いまは亡き祖母だった。「行かせてやったらいいじゃないか」この一言に救われて今がある。

しか転職した会社で、医師から処方された薬で薬疹を起こして入院をし、会社を辞めたと報告したとき、父からは「親に許可も得ず勝手会社を辞めるな」と言われた。

そして、自分努力不足のせいでもあるが、自分幸せのために何をすればいいのかが本当にわからない。どう考えても、周りに相談してもわからない。

「親に逆らわないこと」「弟を最優先すること」「わたしは健常者なのだから頼ってはいけないこと」こんな感じで大学卒業まで過ごした。大学時代の記憶は、ひたすら泣いていたのと、体が鉛のように重くて授業に出られなかったこと。

「弟を幸せにするためのお金稼ぎ以外にわたしが生きている意味はあるのか」

「弟がいなくならないのなら、いっそのことわたしがいなくなって逃げてしまいたい」

1人暮らしをしている今でも、かかりつけ医から、「親はいま近くにいないでしょ?親がどう思うかは関係がないか大丈夫なんだよ」といわれる。

でも、どうしても考えてしまう。逃げられない。逃げたい。だれかわたしを刺してくれないか。終わらせてくれないか、この人生を。

今や、「木村花が死んだヤバイ番組」としか認識されていない「テラスハウス東京編」

なぜ新かというと東京舞台になるのは二度目だから

他に湘南編や軽井沢編もある

五輪話題で思い出したのだが、新東京編は東京五輪にあわせたロケーションだった

五輪に出るような精鋭は流石に招けなかったものの、スポーツ色の強い人選が行われ、入居者にはプロバスケ選手の田渡凌、プロサーファーの金尾玲生がいた

そういう流れでプロレスラーの木村花も選ばれた

リアルタイム配信までにはタイムラグがあり、目撃情報当事者SNS発信からネタバレ」が発生することもあった

田渡の試合テラスハウス出演者撮影スタッフが入り、「テラハの人たちがいた」と盗撮写真SNSうpされその中にピンク髪の目立つ女がいた

配信にまだ出ていない新しい入居者ではないか、あの派手髪はモデルかなにかかと話題になっていた

そこへ、プロレス事務所スターダムがこれからの機運を語るインタビューで「PRの一環でうちの子テラスハウスに出演させる」と語り、木村花だと確定した

テラスハウス出演者は、「手っ取り早く知名度をあげたい」「なにか面白いことしたい」と自主的に応募する人だけでなく、芸能事務所などに所属事務所命令で無理矢理出されるパターンも多い

生活に密着され恥ずかしいところも晒され、それらを大物芸能人らに副音声で逐一ツッコミを入れられるというのはけっこうなストレスで、出演自体嫌だったと後から吐露した者も複数いる

五輪にあわせて事務所命令テラハに出演した木村花には、出演を拒否する自由もなければ撤退する自由もなかった

テラスハウス本来、入れ替わりがけっこう激しい番組

恋愛なり仕事なり「映えるシーン」を撮ってもらえればお役目完了撤退、また番組作り自体があわないのか映えなくても数話で消える人もいた

木村花は8ヶ月ぐらいおり、終盤はハウス内で最も古株の牢名主のようになっていた

PRし続けることを望む事務所撤退を許してもらえなかったのだろう

五輪を楽しみにしていた当初からコロナ流行り始め、プロレス興行も中止続き、五輪も延期、そんなコロナ禍が克明に映されていた

興行できない分ほかでPRしなければならない、だから木村花テラスハウスから出られなくなった

そしてSNSは怖いし苦手だと語り事務的仕事報告にしか使っていなかったのに、コロナ中のPRとしてSNS宣伝部長を任され業務として毎日更新するようになった

「なんでこの人ダラダラずっとテラハにいるんだ」「入れ替えてもっと可愛い子に枠渡せ」と長期滞在への不満はSNSストレート木村花にぶつけられるようになった

個人的SNSをやっているだけなら垢削除して逃亡というのも身を守る手段だが、仕事でやっているのでそれもできない

木村花はただ大人しく中傷を受けていただけではなく、派手なレスバもやっていた

レスバは新たなレスバを産み炎上を繰り返し、テラハなんか見てない層にも広がり、木村花ブサイクに見える瞬間やキツイ発言をしている瞬間の切り抜き動画が未視聴者にまで拡散された

テラスハウス世界的に人気の番組なので外国語でも大量に罵倒が飛ぶ

それは集客にもなっていた、だから番組からSNSから逃げられない

リストカット画像を載せたり、心配した祖母が会いに来たことについて「世界から嫌われてる孫でごめん」と書いたり、メンタルを病んでいった

露出の多いプロレスラーがあれだけ深く大量に腕を切ったら仕事に障りがあるので、拾い画像によるフェイクでアンチを威嚇しているんだ、とアンチますます加速

実際に木村花リストカットをしていたし、コロナがどこまで続くかわからなかった当時にもう仕事は再開できないかもしれないと思っていたのだろう

木村花自殺ネット誹謗中傷問題と直結して語られコロナ禍における有名人連続自殺騒動からは外され気味だが、コロナは大いに関係あったと思うよ

2024-05-28

祖母は、女は女らしくしろとしきりに言っていたが

「女として生まれたからには弱いものを守って強いものに立ち向かわないといけない。

でなきゃどうやって自分の子供を守る? 

女は、子供のためになるなら旦那でも殺すもんだ」

と主張しており、世の中の「女らしさ」とは若干のズレがあった。

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