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2017-12-17

他人の話を聞かない祖父祖母の会話

テレビ「この季節には手放せない湯たんぽですが、実はこんな危険性も指摘されています専門家はこう言います

祖父(80代前半)「なんで危険なんじゃ!(なぜかキレ気味)」

祖母(70代後半)「使い方によっては危険ときもあるってだけだよ多分、なんで危ないのかな」

祖父「便利なものなんだから危険というのはおかしい!」

祖母「そういえば他の番組で言ってたけど、こたつで寝すぎると風邪ひきやすいって言ってて、なんでかって言うと……」

俺(今専門家の人が解説してくれているのに、なんでこの人たちはテレビ画面を見ないのだろう)

anond:20171216145903

この娘は祖母がいようがいまいが何にせようだつのあがらなかっただろう屑にみえるが

2017-12-16

介護放棄地獄

自分の父方親戚のことなんだが、こえーなって思ったから書かせてくれ。

私の親は典型的昭和の家庭で、父親社畜母親専業主婦子育てを担うという家。

いとこの家も同じような感じだった。

新幹線で往復六時間はかかるようなところに父方の祖父母がいた。

が、祖父が亡くなり祖母一人になってから地獄だった。

兄弟介護押し付け合いがはじまったのだ。

兄(私の父)「お前の家のほうが一時間弱近いだろお前がやれ」

弟「ふざけんな俺は二人の子供を育てて疲れたんだ、お前のところは一人娘でしかももう家を出てるだろ、暇だからお前が行け」

弟嫁「私も嫌よ、長男の嫁が行きなさいよ」

兄嫁(私の母)「なにいってんの?だいたい嫁は義理親の介護義務なんてないのよ」

弟嫁「あ、そうでしたねお姉様!じゃ、私たちは一緒にケーキでも食べましょ!ウフフ」

兄嫁「ウフフ(もともと兄嫁と弟嫁は仲が良い)」

兄「じゃあ仕方ないから俺が見てくるよ、新幹線代払うぞ」

兄嫁「嫌よ!うちのお金を使わないでちょうだい!こっちだってそろそろ老後のお金の時期なんだから!」

弟「俺も新幹線代…」

弟嫁「嫌よ!以下同文」

ということで誰も介護をしてくれなくなって、見かねた孫のうち一人が専門学校出たあと就職せずに(正確にはとあるブラック企業就職したのだけど心根の優しい子で三ヶ月持たなかった)田舎に帰って祖母の面倒を見てくれた。

祖母もそんなにお金を持っているわけではないので、遺産もそんなにもらえるわけではないのだけど…

しかしこのあと

弟「俺の娘が介護したんだから遺産は俺がもらう」

兄「そんなの関係ねぇ兄弟で半分づつだ」

弟「ふざけんなお前の娘(私)は役立たずだ、役立たずを育てたお前に渡す金はない」

という地獄が続くのである

私は金はどうでもいいけど、貴重な若い時代無駄にして介護が終わったあと何もやることがなくニートと化した弟の娘が心配しかない。この子、大した学歴もなければ職歴もない。

せめて介護した経験があるうちに介護福祉士とかとれば?とすすめたけど、

誰かを介護した結果こんな争いが起きるなら私はもう二度と介護なんてしたくないと飯の種になりそうな仕事に対してのモチベーションも下がってしまったようだ。

しろ有能な介護士さんが世の中にたくさんいれば、家族の一人に介護押し付けることもなくなるんだよ?と諭してみたが、

結局なんの介護もやらなかった私に説得力は当然なく(正直やりたくはなかったし…だからこそ代わりに誰かやってくれる介護サービスって大事だと思ってるんだけどね)、家でぬくぬくソシャゲをしている。親の金で。

ソシャゲ自体は悪いとは言わないが…私も少しだがやってるし。

それでもソシャゲやるなら自分お金でやりなさいよと思うし、いつまでも無職でいるのはもったいないだろうに。

介護って地獄を生むなぁ、と、正月前に自分の親戚たちを振り返ってしみじみ思った。

人間早く死んだ方がいいし、私の親にも交通事故とかでパキッと二人でさっさと死んで欲しい。

2017-12-15

祖母着物活用するには?

母方の祖母着物をくれた。まだ生きてるんだけど、足腰を悪くして、もう着られそうもないからと生前贈与。私じゃなくて母にくれたんだけど、母もあまり着そうにないので、将来的には私のものになるだろう。祖母は母と私より小柄なので、少々チンチクリンだったらどうしようかと心配だけど、趣味のいい人だし、結構な値段のものを買っているようなので、かなり良いものじゃないかと期待している。(っていうか母は自分でもらって来たのでどんな着物か分かっているはず。)

が、これの使い道がなくて困っている。とりあえずこれを着る権利の持ち主は母なんだけど、若かりし頃美人と言われていたわりに、化粧にもお洒落にも無頓着であるいちばんキレイといわれて然るべき年代に私と弟の子育てに追われ、父の安月給で家計をまかなわねばならなかったから化粧や洋服に手間と金をかけるという発想がない。でもその頃は若くて白髪もなく、そんなにこてこて塗りたくる必要のない肌をしていたので、当時を知る小学生時代からの友人は「○○ちゃん(私のこと)のお母さん、キレイ」と母ばかりを褒めたたえ、娘の私のことは一言も褒めてくれない。

それはさておきさすがに70歳を迎えると肌にシミが目立ち、眉毛も手入れをしないとボサボサ感が目立つ。髪の毛も染めてないけど中途半端白髪なので手抜きしているようにしか見えない。娘の目から見ても、多少手をかければ「上品で素敵なお婆さん」に見てもらえそうなのに惜しい。私は祖母着物を着てみたいけど、まずそれより先に母にその着物を着せたい。「勿体ないから着なよ!」というと「そんなのどこに着ていくの?」と言われる。確かにそんなに気張って出かける場所はない。歌舞伎チケットでも買ってあげれば着物を着て出かけようとか思ってくれるのだろうか。歌舞伎のこと全然わかんないけど、海老蔵の出る演目でも選んで、「分からなかったら海老蔵の顔でも鑑賞してなさい」とでも言うか…。

あと3年もすると金婚式を迎えるので、その時に着せて記念写真など撮るのもいいかと思うけど、お金をかけて形式ばったイベントをやるのがキライなので、そんな提案をしても却下されそうだ。どうでもいいっちゃどうでもいい悩みなんだけど、着物好きな人って一体どこに着て行っているんだろう?本人も「いい着物をもらったんだから着なくちゃ」という意識は薄々あるようで、着付け練習用の安い着物は買ったらしい。元々着付けの基本編は分かっている人なので、あまりフォーマルでない着物に柔らかい帯を締める分には自分で着られる。フォーマルな硬い帯で飾り結びとかするのは難しいみたいだけど、金婚式みたいなイベントなら美容院で着せてもらってもバチは当たらないと思う。くだらない話で恐縮だけど、いいアイディアがあったら教えてください。

頼むから老人を無駄長生きさせるのやめてくれ社会

もう散々言われてるけど何の生産性も消費性もない老人の薬代が月々何十万円レベルかかってくるとか

この国狂ってるよ。

薬代でお金使うから経済回るじゃんっていうけど

その金受け取ってるのは医療関係者だけで牛丼屋に毎月何十万円使ってるわけじゃないからね。

医者薬剤師ポケットに入っても

全然一般庶民ポケットに入ってこねーから

彼らが買い物しない限り回らない金で経済よくなるわけねーだろ。

医者全員が1日に10杯くらい松屋牛丼食うなら庶民にも何かしらの恩恵あるかもな。

 

老人を生かす社会じゃなくて

労働力のメイン層である若者

次期労働力の子どもたちへお金を回してくれ。

老人は老人らしく死んでくれ。

もう長生きが幸福というのも嘘であることに本当は気づいてるはずだろう。

寝たきりでオムツつけて糞尿垂れ流しのどこが幸せなのかと。

そんなので10年も生きられたらどれだけ次の世代負担が増えるのか想像するだけで恐ろしい。

かくいう俺のおばあちゃんも実際そのような状態に二人ともなったが、

正直身内ですらもはや生きてる意味がないなと思ったよ。

そりゃ生きてるだけで祖母の子どもに当たる親たちは安心しただろうけど、

おそらく本人たちは幸福でも何でもなかっただろうよ。

長生き出来てうれしいなんてついに聞かずに、ただ「恐ろしい」としか聞きませんでしたよ。

いつになったら尊厳死を取り入れるんですか日本は。

もう老人を薬漬けゾンビにして医療費を稼ぐ行為本日からやめていただきたい。

老人に死ぬチャンスを与えて後世に託して死ぬことの偉大さと賢明さを民衆承知して欲しい啓蒙して欲しい。

喫煙者の方が早く発がんして死ぬから

結果的医療費負担が少ないのを倫理的問題があると公表しなくなったとかギャグしかない。

それだけ生かす優先順位の低い人間を大量に薬漬け延命させてるってことを社会はちゃんと考えてるのか?

医療関係者けが永久的に儲かる仕組みが国ごと崩壊しない限り終わることはないのか?

この社会は狂ってる。

2017-12-14

名門幼稚園と言えば

海老蔵の娘が某幼稚園合格してたけど

母親病気からその幼稚園では無理で別の園に入った、って話があったな。

あれだけ家柄も良く金もあり、母親代わりに子育てを熱心に行う親戚(祖母や叔母)もいて、それ以外に人を雇おうと思えばいくらでも雇える家でも

「実母が病気で園行事等で協力できそうにない」ってだけで駄目なのか、

名門幼稚園怖い、と思った。

2017-12-13

https://anond.hatelabo.jp/20171213121119

自分記憶とは微妙に違うな

当時は3世帯同居が当たり前で

祖母祖父の世話と、子供の世話と、家事旦那の世話を

専業主婦にならなければ担えないという話だった気がする

anond:20171213114524

それで今孫育児ノイローゼとかで問題になってるけどな。

どうせ祖父は何もやらず、祖母に全てが任されるわけで

祖母にしてみたらようやく子育てから解放された所でまた孫育てなんて真っ平だ、と考えるし

晩婚化で昔の祖父母より年食ってて体力もないのにワンオペ育児なんか出来るわけない。

田舎3世代同居&孫を祖母丸投げ、が出来るのはそれだけ女性地位が低いからだよ。

田舎で嫁として長年奴隷扱いに耐えて来た祖母は、年食って孫の奴隷させられても我慢するけど

保育園が足りないような都会は、祖母世代も割と自由に生きて来てる訳だからそんなの我慢しないし

若い女もそんな奴隷乙な結婚なんかしたがらない。

2017-12-12

家族のせいで食事しながらの会話が苦手

家族のせいというか祖父のせいだけど、

家族揃って夕食を食べるとき、決まって祖父

誰も聞いていないのに、独り言の様に、永延と話をする

会話のキャッチボールらしきものが無いからか、自己完結した話だから

他の家族はほぼ話さな

たまに妹とか母、祖母が話すぐらい。

あ、その話4,5回は聞いたよっていうのもある

  

他の家族交えて話続いたなって思ったら

父の発言祖父が突っかかって喧嘩になったことが多々あるので

余計な事言うまいと、さらに話さな

 

じゃあ祖父以外の家族は無口なのかと言われたら、そうではなくて

祖父がいない時はめっちゃ喋る、いや本当にめっちゃ喋る。俺は喋らないけど

今思えば、「みんなが話さないから俺が話してやる」

と思って祖父は話していたのか

あるいは認知症に通ずる何かの病だと思うのだけれど。

 

こんな環境で育ったからか食事の場では黙るという習慣がついてしまった

 

今はまだ学生から何とかなっているが(なっていないのかもしれない)

食事の場での話し方」みたいなスキルが明らかに乏しい気がする

「話し方」のスキルというかコミュ力自体そもそも無いけど

 

こんな感じの環境で育ったので食事しながらの会話が苦手、給食とか特にそう

同じような環境で育って、食事しながら話すの苦手じゃない人いたら教えて下さい

 

ちなみに、祖父が亡くなってから初めての夕食で父が

「静かやなあ」

って言ったのが印象的でした

日蓮正宗怖い

祖母法事実家に帰ったら、ほぼ無理矢理に授戒させられた。

法事が始まる前に、僧侶に入信せよ。同じ宗教信仰することが親孝行なんだよ的な意味不明な話をされたが、目の前でタバコを吸いながら話している僧侶にそんなこと言われても、ちょっと入信する気になれず、考えますといって、その場は逃げた。

私が入信の説得を受けていたため、祖母法事が始まるのが少し遅れたが、法事は無事に終わった。

法事後、親族が集まっている中、授戒に関する話が始まったと思ったら、私に対して急に授戒の儀式が始まった。

頭の上に、変な棒を乗っけられ、呪文を唱えられる。親族全員がいる中で、やめろよ!とも言えず、そのまま授戒の儀式を終えた。

同意なく無理矢理に入信の儀式をしてなんの意味があるのか。本当に絶望した。

もう宗教賞味期限なんて切れてるよ。

2017-12-09

親戚の青年20代自殺した

思い出す。

の子が幼い頃、私が付き添って近所の公園遊んだ

ターザンロープ遊具で、私が背中を押した。

強く押しすぎて、

向こうの終端に勢い良くぶつかり、

弾みでその子が地面に叩きつけられた。

「やべえっ」と急いで駆け寄ったが、

の子は泣かなかった。

ぐっと涙をこらえていた。

強い子だなあと思った。

の子高校ラグビー部に入ったと聞き、

上の事を思い出して「やっぱり強い子だったんだな」と思った。

の子大学中退し、

数年修行した後で個人飲食店を始めた。

それが上手くいか自殺した。

若い頃の失敗は自分にもある。

配送仕事で、職場のおばちゃんから少しキツイことを言われ、

そのショックで配送車ごとバックレた。

自分も死のうと思ったが、

勇気がなくて2日後に戻り、解雇された。

祖母の事も思い出した。

私が小さい頃の祖母は、どっしり構えて貫禄があった。

実家も嫁ぎ先も農家から、戸惑うこともなかっただろう。

そう考えてた。

ほんの数年前に祖母本人から話を聞いたが、

祖母女学校に通っていて、結婚するまで農作業経験しなかったそうだ。

慣れない仕事だし、ヒルが脚に張り付いて血を吸うのが嫌だった。

何度か実家に逃げ戻ったが、その度に義父(私の曽祖父)が優しく迎えに来た。

この曽祖父は、昔聞いた話では競輪にのめり込んで借金を作ったらしい。

それを祖父夫婦が苦労して返済したというから

ろくでもない人だったんだろうなと思っていた。

が、今回の話で印象が変わった。

父は曽祖父に懐いていたというし。

そして、押しも押されぬ(訂正: 「押しも押されもせぬ」)オフクロといった風格の祖母が、

嫁いだばかりの頃は何度も逃げ出していたということに驚いた。

親戚の青年に話を戻す。

借金もあるだろうから

「周りに相談していれば」「いったん逃げていれば」

などと簡単には言えない。

だが…。

地面に叩きつけられても涙をこらえていたあの強さが、

いさぎよすぎる早まった行動に結びついたのでは、と感じる。

悩みを打ち明けることなんて、自分もできない。

引きこもり中年が板についた自分でも、

恥ずかしくて情けない体験談は、やはり人前では話せない。

だが、ここなら書ける。

自分自殺するかもしれないが、

その前に、ここに失敗談を書き残したい。

技術進歩すれば、

死にたい…」と口にしただけで

ウェブから失敗談を集めて読みやすく整理して、

「開き直ってもいいかもよ」と

助言してくれるようになるかもしれない。

そんな未来のために

の子と私と祖母の話をここに書き残しておきたい。


(追記: 2017年12月12日)

たくさんのコメントありがとうございます

感情に任せて投稿した後、後悔したり疲れ果てたりで、しばらくこのページを開くことができませんでした。

気持ちが落ち着いたので、返信と補足をします。

ブコメ: 「辛くて実家に逃げ帰る度に義父が迎えにくるとか最悪」

祖母が私に話した時点では、曽祖父はもちろん祖父も亡くなっていました。

この話は、私が職の定着に失敗し続けていた時期に、祖母と私の2人だけの場で話してくれたことです。

そのような状況で嫁ぎ先に遠慮して、本当は強引に連れ戻されたのに「優しく迎えに来てくれた」と嘘をつく必要はないと思います

また、私がその場で「ひいじいさんは競輪借金を作ったって、昔、聞いたことがあったから、ろくでもない人なんだと思ってた」と言うと、祖母が「そんなことないよー。優しい人でね。あんたの父さんもよく懐いてて、じいさんが死んだ時はワンワン泣いてたもの」と話してくれたので、やはり、強引な感じで連れ戻したのではないと私は思います

ただ、曽祖父が迎えに来た反面、祖父は夫として家の長男としての立場のため迎えには来なかったそうで、「ああ、昔の社会はそういうものだったのか」とは感じました。

ブコメ: 「死のうと思ったけど死ねなかった人が自殺した人をとやかく言っても説得力がない。彼は強いか死ねたんだよ。」

その青年は私よりも背が高く、体つきも良く、身びいき抜きでイケメンでした。

肉体的にも精神的にも、間違いなく私より強かったと思います

しかしどうしても、彼の死について、とやかく言いたくなります

自分能力過大評価したり、目標を高く設定したり、「こうしなければ」と自ら重荷を背負うことは、誰にでもあると思います

特に若い頃は。

私は今でもそうですが、長い引きこもり期間と心療内科への通院を経て、ようやく自分のペースを掴んできたと思います

そして自分若い頃を振り返ってみると、能力のないくせに自信過剰で、何でも真に受けて深刻に捉えてしま人間だったと感じます

暴走して職場迷惑をかけて、辞めて、死のうとして、それを何度も繰り返して、ようやく「根本価値観に無理があった」と気づきました。

嫁いだばかりの頃は何度も逃げていた祖母は、結婚2年目に子供が生まれからは落ち着いたそうです。

それは、祖母が農作業に慣れて体を鍛えて強くなったおかげもあるでしょう。

ただ、私の想像ですが、1番の理由祖母なりのペースを掴んだおかげではないかと思います

私が小さかった頃、盆暮れ正月帰省するほかに春に田植えを手伝うこともありました。

その時の祖母は、よく休憩を呼びかけていました。

もちろん歳のせいもあるのでしょう。

しかし、急がず焦らず、しかしたゆまずに働き続けるあの姿勢が、祖母がたどりついたマイペースだったのではないかと、今、そう考えています

私の父についても話します。

父は自営業で、今も四六時中働き続けています

私はそのおかげでこの歳でも自室に引きこもっていられるのですが、昔はその働きぶりを真に受けて真似しようとして、調子を崩すことがありました。

ただ、ずっと働き通しに見える父も、時折休憩したり、ふらっと散歩に出かけたり、洗車したり、夜には酒を飲んだり、夜中まで仕事した時は遅く起きたりして、極端に疲れないように気をつけているそうです。

私と違って立派に働いている兄も、つらい時は酒を飲むと言っていました。

私の周りの人々の「無理のないマイペース生き方」を思い出すと、あの子マイペースを掴む前に亡くなってしまったのではないかと、そう考えてしまます

借金を抱えた段階ではどうしようもなかったとしても、経営状況が悪くなり始めた時、出店する前、大学中退する前などに、彼が悩みを打ち明けやす環境を整えられなかったのかと考えてしまます

心を病んだ私のような人間が親戚にいるのに、なぜ私はその方面での支援ができなかったのかと悔やまれます

…ただ私は、調子がいい時は無職のくせにお節介を焼きたがって、のめり込みすぎて疲れ果てることがよくあるので、どこまで役に立てたのかは分かりませんが。

上のような事情があり、「親戚の連絡を密にして再発防止を!」などの分不相応な行動を起こすのは控えて、ウェブの力を信じて、この話が誰かの役に立つことを願って投稿しました。

批判的なコメントいただきましたが、「確かに自分思い込みが強すぎる」とうなずくことも多く、自分手綱を引くことができました。

また、「押しも押されぬ」が誤用だとは知らず、びっくりしました。 ( ×「押しも押されぬ」→○「押しも押されもせぬ[=しない]」 | ことば(放送用語) - 放送現場の疑問・視聴者の疑問 | NHK放送文化研究所 )

そして、暖かいコメントをいただいたことにも、もちろん感謝しています

本当にありがとうございました

2017-12-07

家族と親戚が本当に嫌い

おばあちゃん : 母方の祖母土地持ち

母子 : 都内住み、祖母に色々借りがあるらしい

自分受験生とき祖母がいきなり「所有してる土地マンション建てるから母子ちゃんちょっと田舎まで来て連帯保証人になって」と母子に頼んだ。

それが自分センター試験前一週間前。

母子も「そういうわけだから、家のことは全部任せた」といって、久々の田舎だ楽しみだなーとか呑気に出発。

自分はそれまでも結構家事はやっていて、兄もいた。しかし兄は当時大学生でやはり遊び呆けていたし、父はそもそも仕事で忙しい。

こっちは試験前でピリピリしているのになんで自分だけに家事押し付けんのハアアア?になったし、そもそも祖母自分受験生と知っててどうしてそのタイミングで母を田舎に呼ぶかなーとか、

母も母でセンター試験前なのに「こっちで美味しいごはんたべさせてもらってる!」とか自慢のメール送りつけるわで、

そっからいきなり冷えた。

母が帰ってきてからなんか色々話しかけられたけど「なによ!あんたのこと考えてなかったらセンター試験中に行ってたわよ!」とか言われてウーン。

この人たち、金ばかりで自分の進路はどうでもええんやなと思った。

入学費も学費自分で稼いで自分には一銭もなしなのはまあ許容できるとしても、わりと理解ができない。

家族と親戚にはい大学も出たからええやんとか思われそうだけど、なんかなーって未だに思ってる。そして金を要求されている。マンションはどうした?

縁切った方がええかな。

2017-12-06

anond:20171205221847

女性意識というか考え方もあるんじゃないかな。東京はとにかく独身女性が楽しめる場所が沢山ある。いくらお金があっても足りないし、仕事すればお金は出るし、忙しいし、で結婚とか。。。

凄く女性が過ごしやす場所になってるしね。 http://jp.mobile.reuters.com/article/amp/idJPKBN1CN0W4

あと地方だと祖母がいて母親育児負担が低い、というのもある。

この辺は都市生活者のつらみ。

2017-12-05

祖母のお見舞いに行ったら仏様を見た

祖母がお見舞いに行く前に死んだという話ではない。

祖母はまだ生きてる。

生きてるけど、もう会話もできないくらいに弱ってる。

夏に帰省した時はまだ自分トイレに行ったりできるくらいには元気だったけど、先日倒れてもう長くはないそうだ。

祖母も九十を超えているので大往生だろう。

祖母がなくなること自体覚悟できているつもりだ。

から、倒れたとの報を受けた時も来るべき時が来たって感じで冷静だったと思う。

からできるだけ早くお見舞いに来るようにと言われ、都合をつけてお見舞いに行った。

このとき祖母の状況を詳しく聞いていなかったから、病室で自分で体を起こすこともできず、会話もできない祖母を見たとき大きな衝撃を受けた。

思えば祖父ふたりとも亡くなってるし、伯母も亡くなってるけどどれも子供のころだったり、ぽっくりだったり、事故だったりで、身内が衰弱していく様を見るのは初めてだった。

ともかく大きな衝撃を受けて、衝撃から立ち直るときに仏様を幻視したのだ。

仏様はそっと微笑んで、OKマークを示しておられた。(あのOKマークってどういう意味なんだろう?)

私は一応仏教徒だが世間様と同様ただの葬式仏教だ。

特に信心深くもないし、寺巡りが趣味というわけでもない。

TVを除けば、最後にまともに仏様を見たのは高校日本史資料集かもしれない。

そうした自分がこの状況で仏様を幻視する理由は何だろうか?

一番わかりやすいのは理不尽で無力な状況における八つ当たり対象だ。

仏様はすべてを受け止めてくださる、などと普段から考えているわけではないが、そう考えると一応説明はつく。

でも、なんで仏様だったんだろうか?

イエス様でもなく、ほかの宗教的アイコンのいずれでもなく、仏様だった理由は?

やっぱりなんだかんだいっても身近だからだろうか。

けど、私にとって仏様と言えば立川に住むパチモンが一番身近なのだが。

そもそも私が幻視した仏様のオリジナルはどこにあるのだろうか。

とっさにあの微笑みを思い浮かべられるほど仏様を凝視たことなどないと思うのだけれども。

私の脳が作り出したにしてはあまりにも堂のいった微笑みっぷりだったし。

わからん

私の脳はどのようなシナプスを経てあのイメージを作り出したのか。

機能に詳しい方教えてください、

あと、こういった体験普遍的ものなのか詳しい方教えてください。

まさかこれは特別体験で私には悟りの才能が!?

 

とにもかくにもこのお見舞いを通じてSF体験をして、S信心深くなったのでした。

ちゃんちゃん

2017-12-03

笑い事じゃなかった「FXで有り金全部溶かす人」

タイトル飛ばし気味かつFXではないのだが、ショックだったので。

祖父が亡くなり、親が実家に帰ったのだがそこで発覚した事実

祖母はだいぶ昔に亡くなっている。

独身で単身、祖父介護をしていた伯父。

その伯父が、祖父年金やら退職金やらを、10年近くかけて株などで溶かしてしまった。

本来なら1000万円近くあるはずの祖父の預貯金がほぼ0になっていた。

欲に目がくらんでというより、少しでも伯父自身の将来のため、

祖父介護用の資金のために「資産運用」をしようとしていたらしい。

「買ったら下がり、負け分を取り戻すために追加資金を使って別のを買ったらそれが下がり・・・

を繰り返した結果だそうだ。

典型的過ぎて笑えなかった。

フィクションでよく見る話が実際に自分の周りで起こって、衝撃を受けた。

2017-12-02

anond:20171202040223

私は祖母が私には一切興味のない話を延々とし続けるからめちゃくちゃ嫌悪感あるけどな。

たまーに面白い話もあるけど、9割方興味ないし面白くないし話し始められるとうんざりする。しかもこっちがバタバタしててもお構いなしに話し始めるし。いつオチがつくのか見当もつかないし。

セクハラとかじゃなくてただ話がつまらないうえに空気読めないかイライラするんじゃない?Aさんが嫌いなだけでは?

2017-12-01

高齢者施設虐待がバレない方法

最近よく老人施設での高齢者虐待ニュースを目にします。

入所者が命を落とすケースもよく見かけるようになりました。

実は私の祖母も昔入所していた老健施設で変死?というか事故に遭いました。

ある日老健から職員が見回りで部屋に入ったら車いすごと床に倒れていた」と連絡があり救急で運ばれた病院に近くに住んでいた伯父が駆けつけたところ

祖母は顔の半分が腫れあがって意識朦朧としていました。

そして意識朦朧のまま肺炎にかかって亡くなりました。

施設は「職員が見ていない時に勝手車いすごと倒れていてその時に床で顔面を強打したのだろう」と言うのですが、運ばれた病院医者

「これは殴られた痕だよ」と言いました。

警察にも通報して捜査もしてもらいましたが施設側は「勝手車いすごとこけていた」との一点張り

医者の「殴られた痕」の診断があっても施設側と職員が「自分がやりました」と言っていないので警察は何もできないとのことでした。

からここ最近の老人施設での虐待ニュースを見て「ここの施設職員自分の非を認めてなんて素晴らしい」と思ってしまうのです。

最後まで「自分がやりました」と口を割らなければ捕まらないし施設だって職員庇って隠し通せば施設名に傷が付かなくて済むじゃない。

え?それは警察無能から、ですって?

じゃああの警察管轄施設なら口を割らなきゃ大丈夫なんだよ。

2017-11-29

うちの父は家族より親が好きらしい

どうも、そうらしい

多分、母と結婚したのも

俺が生まれて、そこそこの進学校行かせて

都内大学に進学させたのも

家を建てたのも

独立して、起業したのも

俺を上場企業に入れさせたのも

すべて、祖母に自慢するためだ

とあるごとに、祖母を呼びつけ

写真を撮らせて、俺がこうしたからこうなったんだ

と、得意気に言う

俺たち家族は、所詮父親の自慢の所有物でしかないんだと、強く感じる

俺は、祖母があまり好きではない

祖父が亡くなったとき、母に対して、ろくに世話をしないで、毛嫌いしたから、死期が早まったんだと、根拠のない話を父親に吹き込んで、それを聞いた父は、激昂して、母親に辛く当たり続けた

その間に、母の親族が亡くなったんだけと、その時も、ろくに顔を出さず、うわべだけの態度で

うちに帰れば、母に対して、お前の運気が悪いから、不幸が起きるんだと、けなした

信じられないが、どうも、そういうことを祖母が話していて、それを父は鵜呑みにしていたらしい

どんだけ、てめえの親が好きなんだよ

そんだったら、一生親の家族暮らしてろよ

と、父に対して思ったが、

なんと、最近になって、その祖母をうちに住まわすことになった

父は、祖母と暮らすためにこの家を建てたようなもんだと、主張し続けて、嫌がる母を丸め込んで、同居させた

二世帯同居は、わかるが、なぜか、父の姉妹もうちに同居することになり、もはや、母の居場所はなくなった

度々の嫌みを聞かされ、ストレスがたまった母の愚痴を聞くのが帰省したときのお決まり

よく、母は耐えていると思う

こんな、理不尽父親祖母仕打ち

2017-11-28

好きなものダメになっていくのがしんどい

自分の好きなもの、親しんでいるものが少しずつ衰えていくのを見るのが辛い。

ニコニコ動画

けものフレンズ

日本アニメ

プロ野球

・小さくなっていくお菓子

・体力、気力が落ちていく自分身体

祖母認知症気味)

地元過疎化の進む地方

日本社会のもの

小さい頃、祖母の鏡台で遊んでいた

祖母は、私が幼いながらも化粧などに興味を持ったと思ったらしく、色々と「女の子らしく」なるやり方を教えてくれようとしたが

実のところ私は、未使用の化粧用パフや化粧用ブラシなど、フワフワしたものを触ってその感触を楽しんでいただけなのだ

今やまったく化粧も片付けもしないダラ女で、ネコモフるのが大好きです

祖母の期待を裏切って悪かったけど、三つ子の魂は結局変わらなかったよ

 

資生堂擬態する女子漫画を読んで、何となくそんなことを思い出した

2017-11-27

anond:20171126235838

母は叔父にまた猫を飼うことをすすめてる

それがペットロス癒してくれる唯一の方法からって

叔父はそれ聞いて、そういうの考え方もあるのかーって言ってたらしい

すぐには無理でも、また猫ちゃんと縁があればいいなと自分も思ってる

猫がきてから叔父祖母も楽しそうで家が明るかったから……

2017-11-26

叔父の猫が死んでしまったらしい

叔父帰宅すると家の前の道路で車にひかれていたそうだ

今年の始めに拾われた猫だった

最初は小さくてボロボロで、叔父一生懸命世話してとても元気になった

叔父祖母の二人暮らしの中に突然やってきた可愛い家族だった

自分も一度だけ会っている

最初は警戒されていたが一日遊んだら帰り際にはおとなしく抱っこされてくれた

あたたかくて可愛かった

母が帰省したときはたくさん写真を撮ってもらって

帰ったら見せてもらうのが楽しみだった

居るだけでみんなが笑顔になってしまうような不思議存在だった

たった一度会ったきりだというのに悲しくてたまらない

きっと叔父祖母もっともっと悲しい

一年、あの子叔父に拾われて幸せだっただろうか

ドラマ

今思えばTBS日曜劇場って良かった。今やっている連続ものでは無く一話完結ものだ。

古くさい役者が長いセリフを言い、セットとすぐ分かる公園で演技をする。

今そんなドラマを見られない。

祖母東芝日曜劇場を喜んで見ていた気持ち最近ようやく分かった。

2017-11-21

切れ長の一重

17,8の頃、付き合った女の子から「切れ長の一重の増田君が好き」と言われた。

へー、俺って切れ長の一重だったんだ。

俺は一重とか二重とか、或いはどっちが綺麗か不細工かなど気にもした事が無かった。

その十年後くらい、訳あってコンタクトレンズを使ってみた。

近眼じゃなかったけど、スキーの時にコンタクトが有った方がいいのかと思っただけ。

ところがコンタクト向きの目じゃなくて、ソフトを入れてもごろごろした感じが取れずに、

目を開けるのが大変だった。乾燥して動きも悪かったし。

それでも2年以上頑張って使ったけど、目を空けるのが大変な事と、

顔の表情が半泣きみたいな表情になるのが嫌で、

ソフトハードも使ったけど、コンタクトは諦めた。

それからまた暫くして、とある女の子との何気ない会話中

「え!?増田君て綺麗な二重じゃん??」と言われた。

「えー!?おれは一重だよ。ん!?一重だったはず??」と思って鏡を見たら、

二重になってた!?

考えてみると、両親も、姉も、母方の祖母も二重だった。

自分だけ一重と言う事に何の疑問も抱かなかった。

目が細いとか、小さいとか言われた事が有ったけど、目を開けようとしなかったから一重だったんだろうか?

更には、コンタクトと言う異物が入ったために目を開ける必要を強いられ、自然に二重にならざるを得なかったんだろうか?

今でもそんなに目が大きい方ではないけど、目ははっきり開いている。

あの頃の、切れ長の一重に戻りたいと思っても戻れない。

2017-11-20

概念としての高校

今日は珍しく朝起きることができた。

私は少し統失っぽいところがあるのかもしれない。兄の独り言が頭の中に入ってくると考えていたことがかき消されてしまうから、この時は一生懸命考えた。

「将来はどの道に行くの?」

「何をやりたいの?」

ということを複数の人から聞かれるし、自分でもどの道に行きたいのだろうとこの時は自分なりに真剣に考えた。

祖母

大学に行くなら協力するよ」

と言ってくれているので行けばよいのだがプライドが高いのだろうか、もしくは評価されないことが怖いのかもしれない。

公立大学に行けるほど学力がなく、行けるとしたら私立大学で、勉強しなければ定員割れするようなところしか行けなさそうで、

勉強もしていないから、

自分大学なんかに行けるわけがない」と思ってしまう。

学校先生にもそう言われた。その言葉を言われたときは凄く傷ついて河原に転がってワンワン泣いた。

偏差値もない通信高校に嫌々通って卒業したが、嫌々通うぐらいなら通いたくなかったし、それならいっそ退学して親元を離れれば良かったのだけどそんな勇気は無かった。

高校生の間、ずっと全日普通高校に行きたいと考えていたので、将来の夢のポジションに「高校生になりたい」という気持ちが占拠してしまって、そこから動けずにいる。

「将来の夢は高校生になること!」

…な訳ないしな、それ将来やりたいことじゃなくて、今やりたいことだし(そう思ったまま人生を終えてしま可能性もなくはない)。

そもそも自分がどれぐらい勉強ができるのかも知らないので(高校特に勉強しなくても卒業できてしまった)、高校に行かないまでも勉強はしようと思って向き合ってみたこともあったが、分からない問題出会った時にどう解決すればよいのか分からず、それからやらなくなってしまった。

努力して勉強して大学に入る、では時間がかかりすぎるし、だったらすぐに専門学校短大で入りたいところを探してみようかな。

  

少しだけ前向きに考えがまとまったと同時に、スッと起き上がり布団を畳み、溜まった洗濯物を洗った。

久しぶりに部屋の掃除機をかけた。履歴書も書いて後は電話バイト面接を申し込むだけ、だったのだが特にこれといったことをそれからはせず現在に至る。

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