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2017-06-25

この数年は、死についてばかり考えているように思う。

人は死ぬ

祖父は死んだ。

祖母も死んだ。

両親もいつか死ぬ

大切だったあの人も将来死ぬ

毎日会っている同僚も死ぬ

同僚の旦那死ぬ

同僚のペット死ぬ

私とて、もしかしたらまだ見ぬ数十秒後には大地震でこの古い木造家屋の下敷きになるかもしれぬし、

あるいは突然の心臓発作で死ぬかもしれない。

車に轢かれるかもしれない。

死んだ先は、焼かれ、骨となり、いつかは土に戻る。

そんなことは死んだ本人には関係ない。

私はどうやって死ぬだろうか。

なんのために生きているのだろうか。

死ぬために生きているのだろうか。

生きるために食べるもの死ぬために食べているに等しく、そう考えるとどんな粗末な食事も、

どんなに上等な食事も全ては等しい。

そんなことを考えていると、味がしなくなってくる。

風景の色彩が見えなくなってくる。

感動がなくなってくる。

毎日淡々と無感動に過ぎていく。

目の前に起こる些細なドラマは白黒映画のようだ。

毎日の会話は字幕のようだ。

全ての物事は無価値である

2017-06-24

気になってる女の子ハンバーグに誘ったら

ごめんね父方の祖母ホルスタインからダメなの、って断られた

普通に行きたくないって言ってくれればいいのに

身内に不幸があった

最近祖母が亡くなった。

小さい頃、すごくいっぱいあそんでもらったから大好きだった。

途中から痴呆が進行して、寝たきりになってしまったが。

通夜葬式、参列のために実家帰省した。

悲しいのに涙がでなかった。

子供の頃にたくさんかけてもらった言葉愛情も、実際にはほとんど覚えていない。

そもそも、『いっぱい遊んでもらった』ということ自体も、自分の頭の隅にあるほんとうに僅かな記憶の欠片と、親や周りから聞いた話で構成されたもの

子供の頃の記憶は、ほんの数枚の動かない祖母の姿の写真が二枚ほど浮かぶくらいだった。

人間記憶曖昧さ、年を過ぎると忘れていくむなしさだけが残る

2017-06-20

祖母老いを受け入れられない

お婆ちゃんが突然寝たきりになった。

もともと軽度の認知症、歩行器ありで何とか1人で歩けるレベルで、デイサービスにも通えていた。

それがある日突然、関節の痛みで全く動けなくなり入院。そうしたら入院してたった2日で、ほぼ寝たきり状態の別人のようになってしまった。

目は虚ろで生気がなく、ぽかんとした顔で焦点も定まらない。話しかけても以前の半分も理解できず、年齢も答えられない。

自力で起き上がれないし、何より意欲がない。意思疎通もぐっと難しくなっている。常にぼんやりしていて、眠っている時間がとても多い。排泄も紙パンツからおしめになった。

支援2から一気に要介護4くらいになった様子で、その変わりように私はただただショックを受けた。

私と母のことは分かるようで、また見舞いに来るよと言うとウンウンと頷く。手を握る。確かに私のお婆ちゃんなんだけど、目の前にいるお婆ちゃんは以前亡くなる少し前に見舞ったひいお婆ちゃんの風貌にとても似ていた。

私は手を握られたところで色々な感情が込み上げて来て、一気に涙が込み上げてきたが笑って何とか誤魔化した。

きっともうすぐ在宅介護が始まる。でもほんの数日前までとは変わり果ててしまったお婆ちゃんの姿を、その老いを、私はまだ受け入れられずにいる。

2017-06-19

高齢出産だけはやめてくれ

父は40歳母が36歳で自分を生んだ。

今25歳、家に帰ると公務員定年退職してずっとテレビを見て文句を言っている父と体力が無く夜8時には疲れきっている母がいる。


実家に住んでいる時点で自分収入レベルもお察しなの承知

でもそれなりに反抗したりせずに生きてきたとも思う。

もう父と母というより

祖父祖母なのだ


別に何が悪いってわけじゃない、感謝もしてる。

からこそ、自分もまわりもこれからって時にある緩やかな下り坂が異常にきつい。

もうすぐ介護で、結婚とかもできないと思う。

ほっておけばいいという人もいるだろうけど、家族ってのはどうゆうものなのだろうか。


追記

ごめん昨日家族で買い物に行って余りにも両親の高齢者感が強かったから書いてしまった。

友達とか恋人に会わせられるわけないって思っちゃったんだよね。

両親ともド田舎から上京してきたか常識が違いすぎるのが年取って露呈したって話。

長男のおれは介護を期待されているってだけ。

都会に文句言いながら生きてる年寄りに嫌気がさしたんだよ。

2017-06-17

親戚の偏食が進むさまを指をくわえてみてるしかないもどかしさ

ま、タイトルの通りなんだけどさ。

姉のとこにいる甥っ子と姪っ子ふたりの三人姉弟が全員偏食でさ。

たまに姉の家に遊びに行くと、晩飯は生協で買ったハンバーグ餃子

手作りするのはすき焼きか豚キムチ焼き飯ぐらいで

あとはほんと何もしないんだよ。

からか、甥も姪も会う度に偏食が進んでいって

今じゃ魚や野菜ほとんど喰わない、

喰える食材でも調理法が上のどれかでなければ拒否っていう酷い有様。

三人揃ってアトピーなのは絶対そのせいなのに

姉は「大きくなったら治るわよ」「人の子育てに口出ししないで」とどこ吹く風。

ウインナーは喰うから、それ焼いておけばいいと思ってる。

ファーストフードジャンキーなもんでマクドナルド大好物

同居してる祖母がなんとかせねば!って好物をあれこれアレンジして作るんだけど

全部残すっていうか、一瞥くれるだけで手も付けない。

「どれも嫌いな日」のお決まり韓国海苔で、これを白飯に乗せて喰って終わり。

この前親族揃っての祝い事があって、帰りにバイキングいったんだよ。

そこなら何かしら喰えるだろうって。

そしたら三人、皿いっぱいにポテトフライ乗せて帰ってきて

ケチャップをドバドバつけて喰った後に毒々しい色のジュース飲んで

「あとは全部食べられるものなかった」って言い放った。

これで会計ひとり1,300円。3人で3,900円だよ?

世の中ナメてない?

はっきり言って、こういうガキは殴っていいと思う。

殴るなんて危ないとか、そういう過剰な甘やかしが

現代の子供達の生きる力をどんどん削いでいってる気がする。

祖母NHK歌謡番組を見ている。

三年目の浮気って改めて考えてみたらヒドイ歌詞だな。

いつ頃に流行っていた曲なのかは分からないし、酒場デュエットソングにそんなこと言うのは無粋ではあるけど、

浮気した男が、惚れたお前の負け、なんて言い放ち、媚びた風情でゆるしてあげない、なんて言う女とか、21世紀になると別世界だな。

女が普通に仕事してて、媚びる必要がなく離婚する選択肢を持てる世の中は、やっぱり進化してると思うな

2017-06-16

寿司を手で食わせろ

友人「箸だろ」

嫁 「手なんて汚い。箸よ。大体あなたは…」

父 「箸だな。手でなんて汚い」

母 「寿司嫌い」

祖父寿司寿司マクロが好きだ」

祖母「箸かしらねぇ」

上司「手だろ!」


上司!ラブ!

2017-06-14

終活写真

先日遠方で従兄弟結婚式があった。しかし残念なことに祖母身体的に遠出が出来ず、欠席であった。

なので祖母の実娘である母に撮った写真フォトアルバムか何かにして贈ったらどうか?と提案したが、母曰く。

祖母終活だといって色々整理をしている。写真なんかも捨てているか不要

とのことだ。

確かに残された側からすると写真というのは何となく処分しにくい。特に人物写真は。

何となく増田を眺めていてそのやりとりを思い出した。

2017-06-13

誰も死なないって不幸じゃね?

http://anond.hatelabo.jp/20170612211304

60歳父「そろそろ孫の顔が見たいなぁ」

55歳母「そうねぇ、増田、早く結婚して見せてちょうだい」

80歳祖母「ひ孫かぁ、見たいわね」

30歳増田彼女なかなか出来ないんだよ」

===240年後===

300歳父「増田ぁ、はやく孫の顔見せろよ!」

295歳母「早く結婚しろよクソ童貞が!!」

320歳祖母「ひ孫おぉぉぉん!」

270歳増田「うるせぇ!!270もなって結婚して子供作るなんて無理だろうがあぁぁぁ!!お前ら全員しねえぇぇぇ!!」

夜になるとつらくなる

大学院卒業できそうになくてつらい

教授から嫌がらせまがいの行為も受けてつらい

就職先もいまだに決まってなくて今受けてるところは合否の電話待ちという一番メンタルにくる時期でつらい

数年ぶりに好きになれそうな子を見つけたものの実らなそうでつらい

客観的に見ても勉強もそこそこできてスポーツもそこそこいけてコミュニケーション普通に取れてルックスも中の下ぐらいはあるはずなんだけどな。

ついに人生が何もうまくいかなくなってしまった。

20代半ばにもなって親や祖母お金出させてるのも情けなくて自己嫌悪が進む。

それなりに努力して生きてきたはずなのに気付いたら周りの誰よりも上手く行ってなくてウケる

何故祖母の家に行かないのか

何年も行ってない。

山奥で、遠くて、車酔いすぐする自分にとっては苦行。

そして山奥、電波はなんとか入るが他は色々不便。

そしてなにより言葉が分からない。

外国に居る気分になる。隣りの県なのだが、明らかに方言に境目があり聞き取れないのだ。

こちとら自分のところの方言バリバリなので、ちょっと喋ると超目立つ。

あと、その祖母と折り合いが悪いと言うか

あんまり好かれてない気がする。

結局、これが理由なのだろう。

人には、色々事情がある。ジジババ孝行の優しい孫などには結局なれなかったのだ。

最近大人になってから何故か身内の話を漏れ聞くようになったところ

中学生ときに亡くなった曾祖母エピソード性格若いころの顔、奥二重、肌の色などのルーツを辿ると自分と似ていることに気付いた。隔世遺伝というやつか。親族自分を比べるとあまり似ていないことが気になっていたのだが、謎が解けた気がする。子供の頃はよく遊んでもらったものだ。

なんでかなぁ。中学生の時は死が理解できなくて、全然泣けなかったのだけど

最近祖母に会いたくて涙が出る。

愛してくれてありがとうと言いたい。

美大に行けなかった女

祖父画家だ。

美大卒業してすぐに専業画家として独立

その道の人が喉から手が出る程欲しがる賞なんかも受賞して、

から見ると画家として順風満帆人生を送ってきたように見えると思う。

しか祖父プライベートでは周囲にかなり迷惑をかけてきた。

戦争で家が燃え盛る中、貴重品には目もくれず画材だけ持って逃げたり、

駆け出しの頃余裕のなさからちょくちょくヒステリーを起こしたりとか、

そういう話はよく祖母とその息子(=私の父)から聞いたし、

画業が軌道に乗るまではかなりの貧乏暮らしをしていたらしい。

そのせいでうちの家系アート関係仕事に対して風当たりが強い。

父が美大ではない一般大学を出、一般企業サラリーマンとして就職した際は

一族からまともな奴がでた」と周りが泣いて喜んだという。


孫の私は小さい頃よく祖父の家に預けられていた。

(私も祖父都内住みなので、母が忙しい時、面倒を見てもらっていた)

父が幼かった頃はまだ生活に余裕がなく、祖父子供の面倒を見る事はなかったが、

絵が売れるようになってからできた孫の私の事はかなり可愛がってくれた。

祖父は私にお古の画材をくれ、好きに絵を描いていいと言ってくれた。

仕事をする祖父の近くに陣取り、見様見真似で絵を描き始める。

幼稚園児の絵なんてプロの目から見なくても下手くそだし、祖父から絵を褒められた事は一度もない。

それでも下手な絵を量産し続ける私を見る祖父の目がとても優しかったのは覚えている。

やがて私は外で鬼ごっこをするよりも絵を描く方が楽しいと思うような子供に育った。

近所に住む幼馴染の友達も絵を描くのが好きな子で、

放課後はその事一緒にスケッチブックを持って公園に絵を描きに行くのが定番コースになった。




そんな私に家族はいい顔をしなかった。

小学生の頃、近所のお絵かき教室に行きたいと何度頼んでも全部無視された。

でもテレビでみかけた新体操選手を見て一言可愛いと言った次の日には新体操教室を探してきてくれた。

数学が苦手だとぼやいたらすぐにそろばん教室に行かないかと勧められた。

家族は私が絵を描く事以外に興味を持ってほしかったのだと思う。

一回だけ口を滑らせて「美大とか美術専門学校に行きたい」と言ってしまった事がある。

父は大激怒あん鬼のような形相をした父親を見たのは後にも先にもあの時だけだ。

親戚中に言いふらし、それから何人もの親戚から連日の様に

「お前に祖父のような才能はない」

美大に行くような奴はそれしか生き方を知らないろくでなしだけだ」

「お前は絵の為だけに人生を棒に振れるのか、そうとは思えない」という電話がかかってきた。

安定した仕事に就いてほしいという彼らの気持ちもわかる。

でも「美大楽しそう」は中学に入ったばかりの小娘の言葉だったのだ。

それからずっと絵を描くのが好きだという気持ち封印し、

隠れてノートに絵を描いてはいものの、普通大学に入って普通にOLとして就職をする道を選んだ。

それでも社会人になっても絵を描きたい欲が抑えきれず画塾に通い始めた。

美大の夜間コース金銭的にも時間的にも無理だった)

この頃になるともうこれから芸術の道に進む事はないだろうと安心したのか、家族から白い眼で見られる事もなくなったし、

祖父コネでもらった展覧会チケットも興味があるのなら、とくれるようになっていた。

画塾に通い始めた事も「社会人になって趣味を持つの大事な事」と肯定的な目で見てくれるようになって、少し認められた気がして嬉しくなった。

ただ一言「お前、絵描くの好きだったんだな、知らなかった」と言われるまでは。

あぁ、幼稚園小学生の頃あんなにお絵描き教室に行きたいと頼み込んだの覚えていないんだ。

後、大学一人暮らしを始めてから同人漫画も描き始めた。もちろん家族には言っていないけど。

同人イベント金銭のやり取りをするようになってから、絵一本で祖母、父、そして父の妹を食わせ、大学まで行かせた祖父のすごさを再認した。

親戚が私に才能がないと言った気持ちもわかる。私は祖父になれなかった。なろうとする事すらおごましい。

でもこの趣味出会った友人達には美大とかアート系の専門学校に通っていた人も多くて、やっぱり羨ましくなってしまう。

そしてその人達ほとんどは家族の言う「芸術の道に進むしか能がないろくでなし」ばかりではないし、

卒業普通OLとして社会人をやっていけている人にもたくさん出会った。

デザイン系の仕事をして会社に雇われている人もいれば、

祖父自営業画家として生計を立てていたように、フリーランスとしてやっている人もいる。

何より皆、人より絵を描くのが得意な「社会常識のある普通の人」だったのだ。

美術系の学校に進む人は全員頭がおかしいという親戚の言葉は、

美術を専攻するとOLという道は閉ざされるから絶対に稼げないという親戚の言葉

嘘だった。

そして思ってしまうのだ。

正直言ってしまうと同人誌はそこそこ売れているので、私に絵の才能が全くなかった訳ではないと思う。

もし美大に行けてたら…祖父の様に専業画家として大成功する事は無理でも、デザイン系のOLとかで生活できる程度に稼ぐ事はできていたのかな…と。

甘い考えだってのはわかっているけれども。

父の口癖はこうだった。

「本当に何かをやりたい人はどんなに反対されても勝手にやる。祖父は家が燃え盛る中、泣きながら画材を持ちだして死にかけた。手塚治虫戦争中、絵の具がなかったか自分の血で絵を描いた。芸術の道に進むというのはそういう事だ。」

きっとそうなのだ

私が本当に美大に行きたかったのなら、親戚中に反対された中学の時点で家出でもすればよかったのだ。

バイトをできる年齢になったらお金を貯めて、学費自分で賄えばよかったのだ。

そうしなかったのは心の底から美大に行きたいと思っていなかったからなのかもしれない。

ないとは思うけど、明日北朝鮮ミサイル東京に降ってきたら、私は真っ先に通帳とか印鑑とかを持って逃げると思う。

そして、足腰が弱ってあまり歩けなくなってしまった祖父は、それでも若かった頃と同じようにパニクりながらカンバスと絵の具を持って避難するだろう。

そういうところなのだ、親戚が「芸術家ろくでなしだ」と言うのは。

通帳は全部祖母に任せて自分画材だけ持って逃げるから

明日おまんまがなくなって、家族全員打ちひしがれていても、スケッチブック燃えなかった事を泣いて喜ぶような人だから

本物のミサイルなんてそうそう見れるもんじゃないと喜び勇んでスケッチを始めるかもしれない。

因みによく一緒に公園スケッチに行ってくれた幼馴染は高校から画塾に通う事を許され、無事美大合格卒業後は有名なゲーム会社就職した。

彼女ものすごい努力をしていたのを私は知っているし、就職の報せを聞いて私も嬉しかった。

でも北朝鮮ミサイルに対して彼女はどういう行動をとるだろうか?

私が趣味世界出会ったデザイン系の仕事に就いている人達は?

紙と鉛筆を持って逃げるだろうか?

幼馴染とは今でも仲がいい。

同人活動を通じてできた友人の中にはジャンルが変わっても付き合ってくれ、一緒に旅行に行くような仲の人もできた。

積極的美大とか専門の話はしないけれども、そういう話題になっても自分の知らない世界の話を聞くのは単純に楽しいし、新刊ネタになるかもとワクワクすることもある。

でも嫉妬心を全く覚えないと言ったら嘘になる。

日本火の海になった中で、紙と鉛筆でなくて通帳と印鑑を持って避難するような人だったとしても、彼女達が美大進学を許された特権階級である事は変わりないのだ。

そう思うと何だかもやっとしてしまう。





一時期このもやもやから逃れたくて、絵を描く事を伴わない趣味を探した事がある。

スポーツをしてみたり、美味しいご飯屋さんを探してみたり。

このスポーツ団の制服可愛いから模写したいとか、肉の「照り」の部分を絵の具でどう表現しようかとか気付くと考えてしまっていたけれども、頑張って思考の外に追い出していた。

そんな中、某韓国アイドルにハマった。

お気に入りだったのが音大出身で抜群の歌唱力を売りにしている子。

彼の美しい歌声に乗った異国の言葉は心地よくて、生まれて初めて海外アーティストの曲を買った。

ある日、彼が番組企画ファンの為にイラスト色紙を書いてくれる事になった。

その日の彼は機嫌が良かったのか、普段はあまりしないプライベートな話をしながら色紙を書いてくれた。

小さい頃から歌う事が好きだった事。

母親に勧められて合唱団に入った事。

歌手を目指し挫折した経験を持つ母が、音大合格した時泣いて喜んでくれた事。

色紙を書き終えた彼はそれを満足そうにカメラに見せ、言葉をつづけた。

「歌も好きだけど…絵を描く事も好きです。上手くはないけどね。僕の従姉妹がこの絵を見たら笑ってしまうかも、彼女美術大学に通っているんだ。」

頭を鈍器で殴られたような感覚がした。

今までアイドルと言うのは自分とは全く別の世界に住んでいる人間だと思っていた。

この世に存在しないくらい見た目が美しくて、スタイルが良くて、歌やダンスが上手で。

からどんなにイケメンアイドルを見てもこんな人と付き合いたいとか、

どんな美人アイドルを見てもこんな風に美しい女性になりたいとか、そういう気持ちが湧いてきた事はなかった。

自分人生と関連づけられなかったのだ。

特に彼は外国人だったので、そうした傾向が強かったんだと思う。

でも彼の口から美術大学」という言葉がでてきた瞬間、一気に身近な存在になってしまった気がした。もちろん悪い意味で。

音楽芸術だという当たり前の事を思い出し、生まれて初めてアイドルに対して悔しいという気持ちが湧いてきてしまった。



彼は芸術家になる事を親から応援されてきたんだ。従姉妹さんも美大に通っているという事は、きっと一族の大半が協力的なんだろう。

羨ましかった。私も応援されたかった。

美大に行きたいという言葉を発した時に、罵詈雑言を浴びせられるのではなく、彼の母親の様に応援してほしかった。

彼が歌うのが好きだと気付いた母が、彼を合唱団に入れてくれたように、お絵かき教室に行きたいとせがんだ私の事を父に認めてほしかった。

本当は新体操選手なんかに憧れてはいなかったんだ。

お絵描き教室が駄目なら新体操も駄目だろうと思って発した言葉だったのに、すぐに新体操教室を探してきてくれた親に対してショックを覚えたんだ。

美大コンプレックスから離れる為に始めた趣味だったのに、またもや同じ気持ちを味わったあの日、結局このコンプレックスはどこに行ってもついてくるんだなという絶望感を覚えた。

もちろん、高校から画塾に通って美大進学をした幼馴染、趣味を通じて知り合った美大出身友達

皆親を説得するために苦労をしたんだと思っている。

そしてただでさえ狭き門である芸術系就職活動成功させる為に、

反吐を吐く様な努力をして作品ポートフォリオを作り上げたんだろう。

きっと私には想像もつかないような辛い道のりだったに違いない。

大好きなアイドルと彼の従姉妹だって日本よりさらに厳しい学歴社会と言われる韓国音大美大進学を決めるのには相当な覚悟があったはずだ。

音大合格して彼の母が泣いたのだって、その一悶着があったからという事もあるかもしれない。

でも。本当に悪いけど。その内誰だって祖父レベルに達しているとは思えない。

祖父の様に絵の神童と呼ばれていたという話も聞かない。

祖父彼女達と同じ年齢だった頃に描いた絵を見ると、素人から見ても月とすっぽんの差がある。祖父の様な天才じゃなくても美大に行かせてもらえる彼女達。特に幼馴染は「本当は美大に行きたかった母親が大賛成」してくれて、祖父の様な絵に対する執着心もないのにすんなり画塾に通わせてもらえて、本当に羨ましかった。

もし、私の祖父画家じゃなければ。天才じゃなければ。

しかしたら説得できたんじゃないかって思ってしまう。

家出なんかしなくたって、絵の具の代わりに血を使わなくたって、北朝鮮ミサイルが降り注ぐ中、愛用の画材を泣きながら探し回らなくたって。

しかしたら、私にも美大に行かせてくれと説得できたのかもしれない。

彼女達が本当に羨ましい。泣くほど羨ましい。

祖父の様に絵を描く事しかできないわけでもなく、(少なくともデザインOLをやれる程度のコミュ力はあって)、でも祖父の様な並外れた才能があるわけでもない彼女達が

家族から美大進学を許されたのが、本当に悔しい。

祖父天才じゃなければ。数回頭を下げただけで私も美大に行かせてもらえたかもしれないのに。


祖父の事は聞かれない限り他人に話してはいない。父の職業ならまだしも祖父の事を聞かれる事は稀だし、自分から言いふらすような事でもない。

でもごくたまにある。お祖父ちゃんは何をしている人なの?と聞かれる事が。

そして答えると大抵「だから増田さんも絵が上手いんだね!」と返ってくる。

(もちろんお世辞だ。私は下手ではないと思っているけれども、上手くもないと思う。ただ、そういう仕事をしていない限り社会人になってまで絵を描いている人は案外少なく、相対的にそう見えるだけだ)

そんな時自分がどんな顔をしているのかはわからない。

絵を描く楽しさを教えてくれたのは祖父

お金にならないのに、今まで絵を描き続けてこれた情熱を持てたのも、祖父遺伝なのかもしれない。

でもそれを仕事にしなかったのも間接的には祖父が関わっている。

そして何より、私には祖父ほどの才能がなかったのだ。

2017-06-12

父親DVで母が離婚すると連絡してきた件

から電話が掛かってきた。聞くと、「父と離婚することになった。原因はDV」だと。父が酔っ払っていたこともあるが、母に対する暴力(それも何時間における)で、警察に駆け込んでのことらしい。父は逮捕され、現在拘置中とのこと。そんな話を聞いて、そんなこともあるのか…と何処か別世界のことのように思えた。まさかこんなことが身に降りかかるなんて思ってもいなかったから。先月、両親と私は海外旅行に行ったところで、あの時までは本当に普通家族だった。母は、10日間の拘置期間を使って、現在引越し準備をしているらしい。実家には学生の弟がいるのですが、彼もそれに納得しているとのこと。

父親は、普段は優しいのだけど、自分が気にくわないことがあると、力づくでも自分の考えを曲げない人だった。父親に逆上されないように、ビクビク暮らしていたのが我が家の「普通」であった。過去に、母親が酷く怒鳴られているとき、私が庇おうとすると、暴力を振るわれたこともあった。私は過呼吸の発作に襲われて、それでも、私は謝らなければならなかった。父は、次の日には知らぬ顔して、普通に送り迎えをしてくれたけれど、私はずっと、それを忘れることなんてできなかった。

から、私は心の奥底で、ずっと父に対して恐れを抱いていた。

その経験を忘れられなかったからこそ、私は、母がこれから暴力の恐怖に怯えて暮らすよりも、環境を離れて暮らしたほうが良いと思っている。今まで、モラハラパワハラがあっても、ここまで大きな暴力を父はしてこなかった。でも、いくら反省しても許されないことをしたと思う。

私は、実家から離れて暮らしており、今年成人式を迎えたところだ。名字や籍に関してもいざとなれば分籍できる年齢だから、と納得している。実家に帰りたければ、いつでも帰れるし、両親が「他人」になったとて、私にとってはふたり血縁者であり、「他人」にすることはできない。だから、何かが変わるようで、何も変わらない。

今日祖母が母を思って泣いていた。

「なんで」と言って泣いていた。

祖母が悲しむから、一番つらいのは私でないから、だから、家の中で私は悲しめない。

かといって、いきなりこんなことを話せる友人もいない。

平常心でいるしかない。

平常心を保ちつつも、しかし心の何処かがやっぱり悲しいのは何故だろう。

父親への怒りよりも、裏切られたという、悲しみがジワジワと湧いてくる。

私は、犯罪者の娘なのだと、心の何処かで誰かが私を責め立てる。

被害者の娘なのに、加害者娘。

父親父親でなくなることに、何も思わない私は愛が無いのだろうか。

この20年間育ててもらった人。

いろいろ、あった。

他人だけど、一生父親父親であることには変わらない。

家族とは、何なのだろう。

2017-06-11

親の「無償愛情」という嘘

親は子に対して無償愛情があるらしい。

自己申告する母親もいる。

「母の愛情無償から」と。

バカか。

少なくとも、30年、長女として生きてきて、

の子に対する愛情無償、だとは思えない。

しかしたら、母の息子に対する愛情無償かもしれない。

しかし、娘に対する愛情無償ではない。

例えば、私の母は、私を産んで、実家に里帰りした。

折々に、「無償愛情を持つという祖母」に頼り、子を育てた。

そして、子育て時代遅れ亭主関白な夫の世話と元農家の姑の介護に疲れ切った体で、

実の母である祖母介護をしている。

祖母は、実の娘である母の世話になっておきながら、

親という威厳を保つために、

慈愛に満ちた母親の顔で、

母に説教をする。

世話になっておきながら、世話をしてくれる娘をけなす。

娘が怒ると、下手に出る。

機嫌をとる。

娘の娘、孫にいろんな贈り物をする。

そしてかわいそうな老人のふりをして、

親戚中に娘の不出来を嘆いたりする。

母親愛情無償なのよ」と言っておきながら、

子育て支援したのだから

○○をしたのだからと娘の罪悪感を刺激して、

わがままを言ってべったり甘える。

世の母親は、自分母親に甘えられなかった分、

実の娘にべったり甘えて生きるのだろうか?

実の親の娘に対する甘えはぞっとするほど深い。

本当は、無償愛情を持っているのは子である娘の方だと、

本能で知っているのかもしれない。

えげつないぞ、実の親の娘に対する甘えは。

親に頼った分は、膨大な利子つきで返さなければならくなる。

少なくとも、私の親はそういうタイプだ、残念ながら。

借金は目に見えるからまだいい。

このような親の恩という借金は目に見えない。

無償の愛なんてさらさら持っていなくとも、

実は世話なんてほとんどしていなくても、

娘の献身的ケアに助けられていたとしても、

「親には無償の愛がある。その証拠に〇○をしてやった」

と言い続けて子の罪悪感を刺激すれば、

いくらだって金額を水増しすることが可能だ。

バカバカしい。

老いた親は、仕事もなくなり、子どもも巣立ち、あとは死ぬだけ。

払った以上の年金をもらえる身分のくせに、

死を前にすれば不安不安で仕方ない。

その不安ごまかすためなら、なんだったする。

ただし、息子にはしない。

なぜか、息子に嫌われることを母親はとても嫌う。

父親は息子には無関心なことが多いようだ。

どちらにせよ、娘に対するほどの甘えは見えない。

息子はわかりやすく、家を継いだりするからだろうか?

苗字を継いだだけでも、婿に行かれるよりはいい。

そうやって「ありがたみ」が可視化されているから、

娘にほど甘えないのかもしれない。

私は10代で持病が重くなり、他の兄弟と比べて自立が遅れた。

だがその分、認知症が進み足腰も弱い祖母介護を手伝い、

祖母を看取り葬儀を出してから結婚し、実家から自立した。

自立が遅れた分は十分返したと思う。

そもそも、私の持病も、実家の中の嫁姑不和を、

父が私を名指しで丸投げしなければ、

ここまで悪化しなかった、と思ってしまう。

バカバカしい。

実家から出た私が心がけていることは、

「親を頼らないこと」と「親孝行可視化」だ。

親孝行可視化誕生日プレゼントを郵送するだけ。

たかが3000円の出費で、

実家で当たり前のように押し付けられこなしてきた無償労働に比べて、

バカみたいに感謝される。

頑張ってきた私がひどく安っぽく感じるほどだ。

親を頼らないことは、今の日本空気を読み続けて生きると、難易度が高いチャレンジになる。

私の両親は私に対し、子どもを産み育てて当たり前、一人前だと執拗に訴えてきた。

これは罠だ。

日本子どもを産んでしまったら、とても夫婦2人では育てられない。

里帰り、里帰り出産といった形で、親を頼ることになる。

この時親を頼ったら詰みだ。

孫育てを手伝った恩」を「老後の親の介護」で返さなければならない。

しかも、子ども産んだ後の母体ボロボロだ。

苦労して親を超える努力をし、実家を出たにも関わらず、

また無力な子どもの頃のような、もしくはそれ以下のなにもできない心身になる。

実の親であれば、こんな状態の娘など、簡単洗脳することができる。

「お前は無力だから、何もできないから、ダメな子だから

親の言うことを聞いていればいいいのよ、と。

バカバカしい。

常識弱者の皮をかぶったワガママ暴力的で、

仕事子育て介護すらひと段落して元気な老人の世話など、

死んでもごめんだ。

親や周囲からなんと言われようが、

親に頼らず子供を育てられる資金が貯まるまで子どもは産まない。

まらなかったら産まない。

正直、無理だ。

なんと言われて脅されようと、

夫婦2人が生きていくだけで大変なのに、

子どもなんて育てられるわけがない。

リスクが高すぎる。

また、こんな歪んだ家族を持っている私のもとに、

まれ子ども果たして幸せだろうか?

まれない方が幸せではないか

と思う。

本当に子どもに対して無償愛情を持っていれば、

劣悪な環境子どもを生み出したりはしないだろう。

歪んだ家庭で子育てをしてくれた親が持っているのは、

見返りを期待した何かを愛と呼んでいるだけ。

上等な親のふりをして、

理解のある親のふりをして、

常識のあるふりをして、

こんなバカバカしい嘘を言うくらいなら、

正直に「やばくなったら頼らせてくれないか?」と頼めばいいのに。

断られる可能性がある言い方なんて、怖くてできないんだろうな。

人間、みんな不安なんだから、各々死ぬまで生きるしかないのに。

2017-06-10

子供自分に似ていない気がする

嫁さんが不倫してるとかではなく、優劣で自分血筋が負けちゃった的な印象。

体質ではなく、性格面で。

 

自分自分の父、祖母が似ていて、子供は嫁さん家族に似てる気がする。

 

成長とともに自分と似たところが出てくるんだろうけど、うちらサイドの血筋というか魂途絶えちゃったかな?とか思っちゃうのって、セコイのかな。

かわいくてしょうがないと思ってるので愛情希薄ではないと思うんだけどね。

2017-06-06

たまにモヤモヤしてる

新車買った。

お金いから残クレで。

そしたらあとで祖母に「お前の母親に車代の足しにしろって100万渡したけど使ったか?」って言われた。

別に自分で払うつもりだったからいいんだけど、でも母親からその話はない。

ポッケナイナイしたのかなあ。とモヤモヤ

(祖母も少しボケているので、おろしてないorおろしたけど別の金として渡している可能性はほんの少しだけある)

仮に母親から祖母から100万貰ったけど」と言われたら辞退して、「そのお金はお母さんが使ったらいいよ」とは言ったと思う。

何も言わずにそのままっていうところにモヤモヤしてる。

言ったところでどうせ辞退するものだし、わざわざ波風立てなくていいかな(ここは祖母同意してる)と思っているので、

今後も言う気はないけど、ふと思い出してたまにモヤモヤしている。

2017-06-03

http://anond.hatelabo.jp/20170602093839

それは後から追いついてきた正常か最低限の嫌悪感だと思う

数日前、市民プール喫煙所で膝の上に幼子を乗せてプカプカしてる母親を見た。

あの赤ちゃんはこの先「そういう親」の一番近くで成長していくと、そうでない子に比べてたばこ臭いや害に対する嫌悪感は鈍いままなんだろうなって思った。

親が配慮してくれず、生まれて間もない頃からすぐ側でタバコの煙を燻らされてた家の子しかない慣れや感覚麻痺だと思う。

別の日、父親が指にタバコ挟んだままチャリで走ってて、そのすぐ後ろを小学校低学年くらいの娘が同じく自転車で着いて走ってたけどあの状況で

「お父さん臭いからやめて!」って言葉を発しない「いい子」に上手い具合に育てられてんだなって

うちも祖母ヘビースモーカーだった。でも子供の前では決して吸わないでいてくれたから、正常な嫌悪感を失わずに済んだと思ってる。

たばこ吸った直後に抱き着いて「くさ!」ってなった事何度もあるしな。

たばこの煙って、害云々置いといても「物を燃やして出る煙」に変わりない訳で

最初は誰しも否応無しに吸わされるそのにおいに嫌悪を感じるものだと思ってた。

一部のマナーの悪い喫煙者は、自分達がたばこをのにおいを好きになるまでに至る期間に感じていた筈の、臭かったり苦かった頃の記憶を忘れて、吸わない人間に対して「嫌煙厨」なんて言葉を作ってまで傍若無人に振舞ってると思ってたんだけど

そうか、煙の中で大きくなった子はそもそもたばこ臭いと感じる感覚を小さい頃に殺されてたんだな

厄介なのはこの虐待連鎖するという事と、親や恋人なんかの親しく近しい人が愛煙家だと、「たばこ臭いが平気である寛大な自分」が「たばこが苦手な人」に対してマウントを取りたがる事だな

ネットでたまに見る「私はたばこを吸いませんが」の一文から始めて、吸う人を擁護して嫌う人を異常かのように書く人もそれだと思ってる。

自分感覚の鈍さを正常だと思い込み、正常な感覚を持つ人を異常だと思い込んでいないか、考えてみてほしい。

2017-06-01

どうせ父親にとって子供電気代をひたすら食い潰す虫でしかない

世間体子供を産む親ほどクソなものはない

小さい頃から家族自分の思い通りに動かなかったり、神経質で下らないことで直ぐにキレる父親だった

稼ぎはいい癖にケチで、たまに喋ったと思ったら電気代が高い電気を消せとかそんなことしか言わない。ちなみに自分にだけは甘くよくアジア旅行とか1人でしている。

家族はいつも電気をちゃんと消している(寧ろ居間明け方まで寝落ちするから父親の方がよっぽど電気無駄遣いしている)のに、家族をちゃんと見てもいない。家の手伝いをしろ電気を消せ、何もしない癖に、自分を偉く見せたいのか小言ばかり言う。

私含む姉や家族のが酔っ払って寝てばかりいて米も炊けない父親よりよっぽど家事をしている

母親は私が小さなから「お父さんの言うことは無視すればいい」と言っていた。父親がいなくなると今でも父親愚痴を言う。離婚しない理由は金以外無いんだろう。

父親に度々私立学校に入れてやった、学費凄かったんだぞ!なんて言われる。

一方母親は私が嫌がっても(まあ後半は乗り気になったのだが)私立への受験勉強をさせた。両親で意見統一してくれ。

私も父親理不尽なんて無視しようとしたが、小さなからグサグサと父親言葉が棘のように刺さって抜けない。ふとした時に思い出して、その度に嫌な気分になる。

父親は何か不満を言われるたびに「ここはお父さんの買った家だ!」とか「お父さんの買ったテレビだ!」とかずっと言ってきた。ちなみに土地は母方の祖母の物である

家族から何を言われても直そうとしない。酒を飲むと暴言を吐くから控えてと言っても、いびきがうるさくて騒音レベルなのに居間で寝るのを何とかしてと言っても、小鳥家族許可なく衝動買いするのをやめろと言っても何も辞めない。暖簾に腕押し。

一度ゲンカして、「そんなに金の事ばかり言うならなんで子供なんて産んだんだ!」と言ったことがある。

そしたら父親から返ってきた言葉は「勝手に生まれてきたんだろ」である

それを言われて以来、私はいつも自分が生きている意味がわからなくなってしまった。

そもそも人生は辛い事ばかりだし人の地雷をいつ踏み抜くか分からなかったけど、なんとか犯罪も犯さずちゃんと進学もして人並みに生きてきたのに、こんなことを言われてしまった。辛い中なんとか生きてきたのに、そもそもまれて生まれなかったなんてあんまりだ。恐らく、父親はなんとなく、世間子供がいない夫婦は変だとかそんなことを思って作っただけだ。

こっちだってまれたくなんかなかったのに。

勿論、親のために生きてるわけじゃ無いなんて、こんなこと言われたくらいで気にしすぎるなんて馬鹿らしいなんて分かってはいる。けれど、分かっているのに忘れられない。

父親のおかげで結婚しようとも思わなくなった。家族仲が悪いと結婚生活など苦痛しか思えなくなる。四六時中常に仲が合わない人といるとか最低の人生だ。子供いるとか気軽に離婚もできないし。因みに母と父が結婚した理由お見合いからなんやかんやあったらしい。

友達結構結婚したがってるんだよな、凄いなあ。皆私みたいに必要以上に人に怯えず心を開いて接することが出来るからだろうな。

自立も考えたが、どっちかって言うとなんだか疲れた。なんか疲れただって何をするにも何かに怯えている羽目になるんだ。

姉いるんだし、一人っ子で止めときゃあ良かったんだよなあ金食い虫扱いを小さなからするんだったら……

2017-05-31

ツンドラ

たいして貯金もできず1人働く日々。毎日1時間半の通勤地獄パワープレイ上司実家祖母痴呆。親は70オーバー老老介護。兄はアラフィフ引きこもり。ツンドル。せめて兄バイトして欲しい。ゲームしてる場合じゃない。yo

2017-05-26

会話の話題になる趣味ってなんですか

大学受験に失敗して、一度も見に行った事の無い滑り止めに通って2カ月。

どうやら自分は対人恐怖症もアダルトチルドレンも克服しつつあるらしい。

受験に失敗したら家族の中での人権が無くなるんじゃないかと思っていたが、案外そんなことは無かった。モラハラ気味でいつも何もかもを否定する母親価値観も相対化出来るようになり、あしらい方も分かってきた。落ち零れだと思っていた頭脳は案外場所が変わるとそんなことはなく、周りを率いてフォローする立場になった。自信もついて更に論理的に考えられるようになった。ストラテラもよく効いていて、忘れ物遅刻殆ど無くなった。人とも緊張せず、堂々喋れるようになった。

そんな状況になってから、今までって異常だったなと改めて思えるようになった。

今までは進学校で出来る奴に囲まれて年がら年中周りに迷惑をかけ、常に申し訳なさを感じていた。ADHDで働かない頭はストレスで更に馬鹿になっていってニヤニヤしながら部屋をグルグル走り回る事が増えた。躁鬱みたいに陽気になったり大泣きして癇癪おこしたりしていた。校名で頭脳を褒められる度に実際の自分の現状と違うことに罪悪感を感じ死にたくなった。どこにいても消えてしまたかったし、どこに居ても誰かに迷惑を掛けていると思っていた。誰も彼もが怖く思え、どう喋ったらいいのか分からなかった。初めは私に良い印象を持つ人も、自分ケアレスミスや人との距離感が取れない所で苛立って顔を歪めたりするのを見るのは辛かった。最低の場合だと村八分になるもあったし、対人恐怖症になってからその状況はドンドン悪化した。でももっと最低な事は、私は嫌われても何にも思ってない振りをして彼らに無理矢理にでも頼らないと何にも出来ない事だった。永遠に誰にも追いつかないレースを一生走らされているみたいだった。みんなは真っ直ぐ水平な地面をゴールに向かって楽々と走っているのに、自分だけ重力波の影響を受けてグニャグニャの地面で立つのも前を向くのもままならないみたいだった。時間は私の中では等速には流れず、いつ寝てしまうのか自分でも分からなかった。

休みはなかった。親は十分に一度は勉強しろと言い、何か勉強以外の事をしていると二階に上がってきて嫌みを言った。お小遣い祖母がくれる僅かな額で、自分一人で休日遊びに行くなんて殆ど出来なかった。学校に行く以外の時間自己研鑽勉強に費やすのが当然で、私が何か趣味を始めようとすると母親はいつも嫌みを言って否定するので嫌になってしまっていた。

大学落ちたけど、こんな状況から抜け出せたかあんまり後悔なかったりする。

でも困ってることがあるから相談に乗って欲しい。趣味話題もないって事だ。

今まで時間は全て勉強に費やしてきたから、自分の好きなことに時間を使うって事が出来ない。物事にあまり興味が持てなくて、何か好きになっても途中で何かけちを付けて自己防衛の為に嫌いになってしまうことが多い。ドラマアニメも見ない。人との話題が無い。趣味も無い。結局空き時間ネットサーフィン勉強に使ってしまう。コミュ力も低いから最低でも人と喋れる話題位ほしいんだよね

お勧め趣味ある?

2017-05-25

今日誕生日なんだ

けど、子供の頃から誕生日というと毎年プチ嫌な事が起こる(様な気がする)ので、今年もおうちに潜んでいる。

なるべく出掛けたくないなぁ。雨だし。

今まで起こった嫌な事といったら、階段で足を踏み外して尻を強打して足も捻挫したとか、レポートで数日徹夜してやっと仕上がったから寝られると思ったら隣の住人がサークルかなんかの打ち上げ10人以上人を集めて朝までらんちきさわぎをしたとか、そういう些細な事が多いんだけど。

あ、でも尻を打った時は些細じゃなかったな。病院は行かなかったが二週間位痛いままだった。

記憶に残ってるので一番嫌だった誕生日は、6歳か7歳か8歳か忘れたけどそれくらいの頃に、母が誕生日からってケーキを買ってきてくれたんだが、それがいつものホールケーキじゃなくてショートケーキのよりどり詰め合わせ?みたいなので、ついうっかりそれを見た時に僕は

「えー、何で大きいケーキじゃないのぉ?」

って言っちゃって、そしたら母がえらい勢いでぶちギレて、なんかたぶん色々大変だったと思うんだけど、ケーキがあるだけ有り難く思え!って怒鳴られたとこまでしか覚えていない。

ケーキはよりどり詰め合わせ的なものだったから全部種類が違ってて、僕はチョコケーキが一番好きだったというか、ケーキチョコしか食べない偏食人間だったんだけれども弟と妹も同じ偏食の持ち主だったので当然の事ながらたった一つのチョコケーキをめぐって骨肉の争いが勃発したのは当然の流れだったが、いつもの母ならたぶん今日はにーにの誕生日からお前達は我慢するんだよって僕にチョコケーキをくれただろうが、前述の通り僕が失言でもって母を激怒させたもんだから、母はホイッとケーキを妹にあげてしまった。

すると僕の弟はすごくワガママなので恐らく泣いて暴れてかなり大変な事になったはずで、しか癇癪持ちの妹には敵わなかったのでチョコケーキを妹から強奪は出来なかったと思うんだけど、とにかくうるさかったのはうるさかったはずなんだが、それを母がどう収めたのかは今となっては謎だ。

僕は泣きべそかきながら、寒天なのかゼラチンなのか判然としない薄い膜の張ったフルーツケーキの様なものを食べた様な食べなかった様な気がする。

ケーキは六人家族分あっただろうが、当時は父が単身赴任でいなかったし祖母病気入院中だったので、祖母の好物のモンブランと父がいつも食わされる余り物の変なケーキはどうなったんだろう?

うそう、前述の失言エピソードだけ読むと僕んちは貧しい母子家庭みたいな感じだが父はサラリーマンでそこそこ稼いでいたし、その少し前までは祖母が元気で僕と弟妹の面倒を見ていて、母はバリキャリだったので、金に困った事は無かったんだ。

あの年の誕生日祖母病気入院してしまって、僕はばあちゃん子だったので祖母のいない誕生日が悲しくて、寂しさをもて余していたところ、母が忙しい中買ってきたケーキについ文句を言ってしまったという、そんな感じだった。

そういえば僕の誕生日って大体平日なんだけれど給料日なので、プレゼントが恙無く貰えそうなもんだが僕の両親は給料が入ったそばから大きな出費があるのは気分が萎えたらしい。

ともかく僕はまた一つ歳を取った。

まれた時は十歳までしか生きない難病だったんだがついにアラフォーになった。今年はちょっとボランティアがんばる。

【追記】

!?あ、あああありがとう!!

てっきり今日も0ブクマで流されていくと思ったからびっくりしたよ。

あと5月25日まれ結構いるんだね、それもびっくりだ!

おめでとうありがとう!!

【追記その2】

……なんか最後の文で皆さんを勘違いさせてしまったのかもしれなくてごめん。

まれた時は難病だった件なんだけど、1歳の頃に手術したら嘘みたいに快復して、18歳で経過観察も終わったよ。

子供時代病気の影響で運動するとすぐへたれてたけど、今はすっかり健康体です。

2017-05-22

年の離れた兄や従兄弟も良い歳になるが、自分高校生の今 祖母が亡くなって、やるせなくなって、虚無で。

街中やテレビで元気なお年寄りを見ても心の中でまた、この人も近いうちに居なくなってしまうんだな。面倒を見てくれた周囲の人間、親までもいつか、ある日、突然…といちいち考え込んでしまいかなしくなるのを辞めたい。

祖母が作ってくれた和食夕方に一緒に相撲を見たあの空間

いかけてくれるあの顔あの声がもう一生無いものだと分かってもやっぱり受け止められない。

泣き虫わたしお葬式で流すと丸一日止まらない涙を堪えるのに必死で、きちんとしたお別れなんか出来なかった。

会いに行けばいる気がする

自分もいつかそちら側になるのがこの世のきまり はかない

2017-05-20

自分を虐めてた祖母が亡くなった

父がマザコン祖母は息子大好きで

母は相当虐められ、ついでに自分達孫も虐められ

祖母が原因で姉は亡くなり

ぶっちゃけると、祖母祖母に味方していた親戚もみんな大嫌いだ

顔も見たくない

普段は全く連絡もせず会うこともなかったけど

流石に通夜には出なければならない…(式は事情があって出られない)

ネットで見ると孫が欠席するなんて非常識だ!しかでてこないけど

本当ならどっちもでたくない…

肉親とはいえ、さんざん虐められてた相手のにでなければならない

加担してた親戚達に会わなければいけない

でも出なければもっと言われるんだろうなあ…

嫌だなあ

通夜に出るのも嫌だけど、その後の食事とかも最悪に嫌だ

世の中には孫憎しで虐めまくる祖母だっているんだけどなあ

しわけないがどうやっても悲しい気持ちより面倒だなあとしか思えない…

はあ

刷り込み

あれだよな。

高校生物教科書刷り込みの例として、ヒヨコは生まれ最初に見たものを親だと思い込むって話が載っていて、

へー、動物って下等だなーって思っていたけれど、40才過ぎて人の親になってみたり、心理カウンセリングだとかを色々と受けてみると、自分も結局は親の影響を受けていたんだなー、としみじみと思う。

母親実家禅宗で、その後で新興宗教っぽいのに入った。

から出たい出たいと思って、実家から1人暮らし結婚して共同生活をしての期間も含めて20年間以上、経った。

だけど、小学校ぐらいのトラウマとか、祖母に優しくしてもらった思い出とか、忘れないものだし。

しろ個人の力で、どうにもならなくなって思い出すものかもしれない。

  

「家族」仕事」「親戚づきあい」「結婚」みたいなものって皆、普通に使うけど。

汎用性のあることばだけに、色々な意味合いというか、文化的に違うというのか。

  

たまに、「バスタオル毎日洗うのか?」「まくらカバーはどれぐらいの頻度で換えるのか?」とかは言語化されたりするので、なんとなく違いを意識することはあると思うのだけど。

「人は過労死するものだ」とか「どこまで、嫁姑問題で耐えるべきものか?」とか、

なんか、分からないものだよな。

なんというか、親の影響なり、幼少期の影響というのは、少なからずあるし。

仕事上、どんな出会いをしてきたかで、自分パーソナリティ人格)も、随分と変容するものだったり。

ふだん、そんな刷り込みなんて意識しないで、コミュニケーション取れてる人はスゴイ尊敬するし、

ネットではそこかしこで、議論が噛み合わないってことはしょっちゅうだし。

  

人間、知性があるようで、なかなか、感情で動くものだし。

刷り込みからの脱却というか、無意識認識を改める事って、結構、大変だよな。

  

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