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2019-04-18

追記あり離婚する弟になんて声かけたらいいのかわからない

弟有責ってことで離婚するらしい。

育児に参加しなかったからって理由ってそこまで有責になるのかな。

でも、聞いてみたらうちの家業が好きじゃなかったみたいで

子供に触ったら病気になるからって家事含めて触らせてくれなかったらしい。

それでも参加しなかったからって責められるのかな。

ちょうど子供が生まれタイミングで両親が大きな怪我入院しちゃって

うち自営だから弟が一人で家業回してたんだけど、

それも育児に参加しなかったからって有責になる理由なのかな。

奥さん有利な条件でなんか文書取り交わしたらしいんだけど、

それって裁判とかしてちゃんと明らかにしたほうがよかったんじゃないのかな

弟に連絡とろうかと思うんだけど、なんて言えばいいかわかんない

裁判とかしないの?」とか「養育費払いすぎじゃないの?」とか

弟を責める内容を言ってしまいそうで

弟子供好きだしきっとめちゃくちゃへこんでる時に

責めたら私だったら立ち直れない気がする

なんていえばいい?

追記

>弟有責について

男が有責だと嬉しい人がたくさんいるんだなって感想

弟が弟有責で慰謝料養育費払うって言ってるの、元奥さんがまだ好きだし子供のことも好きだと思ってるからだと思うよ。弟甘いんだよ。

子育てはできる範囲ではしてたと思うけど、弟が触ったものとか家のことしたあと洗いなおしたり捨ててたらしい。実家食事とってたり洗濯風呂実家でしてたのは奥さん負担かけないためと思ってたけど、虐められてたんだな・・・と思った。

家業が汚くて臭くて衛生的じゃないか病気になるっていってたぽいよ

(近所の人が元奥さんこう言ってたよってわざわざ話してくるんだよ)

田舎過ぎて監視されてるみたいな環境が嫌って人はいると思うし私も嫌だろうなとは思う)

そういう仕事してる人の婚活パーティで知り合ったか家業のことも知ってたし、

結婚する時にうちの親も説明したんだけどな・・・

つか、近くのイオンまで200キロとかだから元奥も弟も不倫とか浮気とか距離的に難しいと思うよ。元奥免許もってないし、弟はインドアから

>弟のダブルワークについて

冬だけな!夏場は家業普通は暗くなったらやめるところライトつけて残業したりして。冬は特殊大型もってるから除雪バイトしてたよ。職場って言っても、詰所みたいなのはなくて、直接車庫にとりに行くってかんじ。家業がだいたい朝5時くらいから始めるんだけど、

だいたい朝2時から3時に行って街内をあちこち除雪して帰ってきたら家業して、また除雪にいって家業して夜九時になったら家に帰ってとかだよ

>弟の収入

うちの両親と弟含めて世帯収入が500くらいかな。

年代サラリーマンよりは多いけど、特殊な機材をリースしたり、家業建物とか直したりしてるから普通サラリーマンより負債が多いよ。私が学生の時でも2000まではなかった。負債を返しながらやってるからいつもギリギリマイナス

処分して廃業するのも考えてはいるけど、その負担も大きいので現状維持だよ。

結婚して子供できた当初はこれで、両親が何の役にも立たないから妹とか親戚が多少は手伝いに来てたけど、だいたいは弟がやってました。

から養育費の算定額を高い収入で考えたのかもしれないけど、だからって子供一人の養育費で月15万は取りすぎじゃない?

慰謝料の額、微妙なんだよね不倫とか浮気とかDVとかだったらもっとしそうなんだけど

それの半分くらい。慰謝料っていうか生活費を数か月分援助するって気持ちがしないでもない額。

>元奥

食事の準備(実家の妹が作って届けてたのでしてない)

家業子供まれたばっかりだしってことでしてない)

・家(実家古いので町側で新築公営住宅を借りてた、家賃実家もち)

仕事してない(仕事やめて嫁いできてすぐに子供ができたのでしてない)

自分実家には帰らないらしい。

・弟のところから300キロ先に県庁所在地があるからそこで働くっていってる。

嫁姑関係が険悪になるほど付き合いがなかった

 (母が祖母と合わなかったので、うちの母めちゃ遠慮してたよ弟の家にアポなしで遊びにも行かないし、電話も弟を通す)

祖母のこと

年末祖母が亡くなったんだけどなぜか今頃もう会えないということを実感し始めた。

葬式では周りがワンワン泣く中で涙の一滴も出なくてさ、さすがいつも感情が無いってネタにされるだけあるわって半分自虐的に思ってたんだけど違うね。もう祖母に会うことも会話することも動いてる姿を見ることもないって実感できてなかっただけなんだよね。

祖母は遠くに住んでいたか小学校の頃は毎年遊びに行ったけど中学生になってから全然行けてなくてさ。ここ数年はまた何年かに一回顔出せてはいたけど学生の頃は5年くらい会えてない時もあった。

生きてるうちに会いに行くのが一番って分かっててもさ、交通費とかケチちゃうんだよね。ほんとしょうもない。会いに行けよって昔の自分を殴りたいわ。その時はその時でギリギリ生活してたんだと思うけど。今なら親に借りてでも行けって思うね。

ただ私は孫じゃん。母はもっと会いたかっただろうなぁって思うと本当に申し訳ない気持ちになる。

うちの母は私も兄弟も小さいからってずっと家にいてくれたんだよね。専業主婦だったからずっと甘えて親がいないと何もできない子でさ。きっと祖母に会いに行きたいって何回も思ってただろうなぁ。

亡くなる前もその月に行こうとしてたんだけどちょうど引越ししてバタバタしてるからってその次の月に予定を変更したんだよね。そしたら亡くなっちゃってさ。何の病気もなかったか予測できないし仕方ないとはいえ本当に私が行ってきなよって言ってあげればよかった。

結局何が言いたいんだろうな。わからない。ただ二度と会えない人がいるっていうのが悲しい。人間から仕方ないこととは分かっているし世の中には早くに親が亡くなってしまった人だっているけど。何ならうちの母も学生の頃に父(私の祖父)を亡くしてるけど。

あぁ、だからこそ母には祖母に沢山会いに行ってほしいって思うのかな。

母は強いから、嫁いだ時にもう死に目に会えない覚悟は決めてたって言ってたけどどうやったらそんな強くいれるんだろう。その強ささえ悲しくて申し訳なくなるよ。

終わりどころが見えなくなってきたからやめる。みんな、親は大切にしよう。例外の親もいるけど、好きだと思える親を持っている人は大切にしてあげてください。

2019-04-16

から遺伝したようなうつ病

母方の家系精神疾患を持っていた人が多かったみたい。私は自分でも母の気質があるというか性格が似てると思うことがある。

母は私が中3のときに駅のホームから飛び降りて死んだ。祖母は躁うつ?というかヒステリックな人だったし、私ももうすぐ28歳の誕生日28歳といえば母が私を産んだ歳で、遺書とかもなくてでも家で横になってることが多かったから多分うつ病だったんじゃないかなと思う。

脳の機能病気なんだからきっと多少の遺伝があるよね。妹は父に似て明るくて元気だけど自分根暗だし歪んでる。遺伝なら治らないしこのまま生きていくならもう生きるの終わってもいいなって思うことが増えた。

でも誰かから反応がほしくて増田書いてる嘘松とか私もあれくらい創作できたら逆にいろんな人に関心を持ってもらえてよかったかもしれないな。

美大に行きたかったけど学力も実力もなくて専門学校行ってデザイン習って、下請け下請け的な会社Illustratorいじって帰って寝れなくてクマの目立つ顔でまた会社行ってIllustratorいじってる。私名義のデザインなんか一つも残らない仕事して食いつなぎだけしてる。

俺の人生で最高の時間11年前だ

高校生夏休みに遠出してニコ生踊ってみたイベントに参加

高速バス帰宅してすぐにパソコン立ち上げるとうpされてた

それを見てたら「緑の服の人(俺)かっこいい」ってコメントに興奮

始めたばかりのツイッターアカウント動画のこと書いたらフォロワーが増えて

しかしたら彼女できるかもwなんて思って

その日は興奮して一日中寝れなかった

お母さんから晩御飯食べないの」って聞かれたけど無視

ずっとニコ生ランキング見たり配信観たりゲームして過ごして

夜中2時お腹が空いてこっそり台所

晩御飯は残ってなかったので、インスタントラーメン作って

そのまま朝までネットして気がつくと朝になってた

朝5時くらいかな、夏だからもう明るくて

だけど人はいない、静かで特別空気の中をふらっと歩いた

ipod聞きながら散歩してたらアジカンが流れてきてさ

大学入ったらバンドやりたいなーなんて思って

近くの自販機カフェオレ買って飲みながら家に帰った。

あの日人生で最高の時間だった。

大学バンドは組めなくて

大学卒業するちょっと前に母親祖母が立て続けに急死

大手企業勤務で働き者だった父は定年後うつ病みたいになった

就職はうまくいかなくて今の仕事は激務の飲食サービス業

彼女は5年前に出来たけどエッチする前に別れた

今はレオパレスの1階に住んでる

anond:20190416003148


被害者として捉えて欲しいのではなく他の疾患と同様にフラットに受け入れて欲しいんだ。

エビデンスとか探したら多分あるけど、うつ病遺伝やすい。でも器質的というよりから生い立ちだよね、親の愛着がうまくいかなくて自己肯定が養われなかった。そんな不安定自己のまま社会に出るから適応しきれず病になる。健全育児の推奨は必要だと思う。

自分小学校3年のときに両親が事故で亡くなり、自営業をしていた祖父祖母に引き取られたもの経営難で中3のとき首吊り自殺した。それからを境に祖母パワーストーンとか怪しいセミナーにのめり込んでしまった。私には安心できる時間ほとんどなかった。精神的に脆いという気質遺伝としてあったのかもしれないけど、誰かにこの話もできないし、死にたくなる夜はただ堪えるしかない。

2019-04-15

anond:20190415150024

でも実際、衣食住やまともな仕事より女を欲しがってるの沢山いたけどな。

あいうの、今更衣食住やまともな仕事が与えられる可能性はないけど女は与えて貰えるかも、って心のどこかで思ってんじゃないかな。

一昔前だと「駄目男に女をあてがって世話させる」って構図があったから、その時代カムバックと思ってるんじゃないか

昔は「駄目男を甲斐甲斐しく支えてその男の衣食住全てを世話する妻」と言う「美談」は多かったし、

実際に親や祖父母世代がそう、駄目親父やクソジジイ母親祖母必死で支えるのが普通夫婦だと思ってた、って男も一定数いるんだろう。

でもって今時そんな結婚したがる女などいない、と聞くと「今時の女は生意気で我儘だ」と思ってしまう、と。

実際そう主張してるのも沢山見たし。

増田でも女は男の奴隷で当たり前でしょ?みたいな事ずっと書いてる奴いるけど、

あれも煽りじゃなくて心のどこかで本気でそうだと思ってんじゃないかなあ。

2019-04-13

げんしりょくむらが許せない

まじで?

被災者のこと思うとってまだ言ってるの?

って友人に言われた。怒りが込み上げる。もう友人じゃない。

正直戦争ゲームや戦うことを題材にしたコンテンツも全て禁止にすべきだ。(はてぶの皆さんも同じ意見)

戦争経験者の祖母がそうしたゲームをとても悲しんでいる。見るだけで傷つく人たちはまだたくさんいる。

友人に性暴力にあった人がいる。レイプものコンテンツ漫画広告に怯えている。

私は親に虐待を受けていた。殴る、蹴る、という行為自体を見ると例え相手悪者であろうと傷つく。

見ることで傷つく人がいるコンテンツは無くすべき、とはてぶの皆さんがここまで言っているのに世の中は全然変わらない。

まだまだ良い世界にはならないと思うと悲しい。

2019-04-12

君は、どうする?

と聞かれて「お昼の校内放送!?」と答える貴方はきっと私とオナ小だ。空目報告は御遠慮下さい。

閑話休題

午後三時過ぎの銀行、受付のシャッターも降りた店内にて、70過ぎと思われる女性10代後半にも見える若い男性が付き添ってATM使用していた。

振り込め詐欺を疑ったが、孝行な孫が機械操作の苦手な祖母アシストをしてるという線も捨てきれず、結局無視してしまった。

声かけるべきだっただろうか?

anond:20190410111233

ありがとうございます

都民共済は安いので候補ひとつに考えていました。

ただ祖母乳がんだったので女性特有の仕組みがあった方がいいのかなあとも考えてまして…

お恥ずかしい話なのですが、28女性の「人並みの貯金」ってどれくらいなのでしょうか

ただ知らないが故の心配が多く、治療費想像できていないので必要お金が調べてもイメージできませんでした…

2019-04-11

[]4月11日

○朝食:ピーマンウインナーにんじんキャベツコンソメスープ

○昼食:すけそう鱈と野菜黒酢あん定食大戸屋

○夕食:ピーマンウインナーにんじんキャベツコンソメスープ納豆、卵。

調子

むきゅー!

ひまひまだんすひまひまだんすひまひまだんす、とねこねこだんすの替え歌を歌う程度には暇だった。

ただ、帰ってから前にも少し書いた祖母の件でまた家族会議があった。

うーむ。

ポケモン青(3DSVC)

ラッタ21、コラッタ12ギャラドス20

今日は、お月見山を踏破し、カスミを倒すところまでプレイ

この週末で一気にプレイしようかしら。

anond:20190411091103

ほう?

チート能力を与えなかった親が悪いと?

おまえの親もじっちゃんばっちゃん祖父ちゃん祖母ちゃんもそんな能力なかったはずだぞ?

しかし中だし子作りセックスしてんだぞ?

おまえはなぜできないのだ?

2019-04-10

過ぎてしまった現実と、生きている人間エゴとしての葬送

どうしようもないことっていうのは、生きていれば必ず起こる。

しばらく前にいとこが亡くなった。まだ二十歳になる前で自分で命を絶った。自分が嫌になったのか自分以外の全部が嫌になったのか、それとも両方なのか、詳しい動機はきっとこの先ずっとわからないんだろう。

祖母は孫たちのなかでも彼を特に可愛がっていた。彼の家族祖母と家が近くて、一緒にいた時間が長い。祖母も両親である伯父夫婦もきっとわたし想像つかないほど落ち込んでいるだろう。


これだけでも十分に大事なんだけれども、問題が一つある。

私と両親はそのいとこの死を、つい数日前に親戚から送られてきた荷物に同封された手紙で知ったことだ。

私の両親は遠方に住んでいるが、私は祖母達の隣の県に住んでいる。死の直後に知らされたなら、父が間に合わなくともわたしは直ぐに祖母の家に向かって葬儀に出ただろう。四十九日の前に知らされたなら、予定を立てて向かった。

私といとこの仲が悪いということはなかった。いとこは口数が多い方ではなかったけど 私と会えば他愛のない話をした。いとこと最後に会った時は、私と祖母といとこで焼肉を食べた。一緒に焼肉食べた二ヶ月後にそいつ死ぬと思うか?私は全然思わなかったよ。

知らせを聞いてから、いとこに関する何年も思い出していなかったような記憶を思い出す。思い出しても一人暮らしの部屋では共有する相手もなく、ひとりでぼんやり記憶を味わうしかない。そんな思い出を共有して、上手に悲しみを昇華するためにも葬式四十九日あるんだろう。そういう儀式は生きていく人間のためにあるんだと実感する。

その別れの手順を踏めなかったせいか、ずっと心の中でなにかがフワッと浮いている。悲しみと無常感とかだろうか?わからないけど、そのせいで純粋喪失を惜しんだり悲しんだりできていない気がする。それが悔しい。

どうして知らされなかったんだろう。祖母と伯父の身近には何人も親戚がいた。みんな私に優しく、お盆正月に帰ると喜んで迎えてくれた。その全員がずっと茫然自失で連絡できなかったのか?四十九日が終わるまで?向こうの事情がわからいからなんとも言えないのだけど、私は少し怒っている。まあ怒っていることを自覚していれば、実際会った時にキレ散らかすことはないと信じている。

そして両親と話をした結果、週末に父と墓参りに行くことになった。今回の件も親戚と話し合うことにもなった。それが済んだらフワッとした何かがちゃんと着地できるだろうか。すっきりした答えが出るとは思えないけど、せめてどこかに着地点が見つかるといい。

anond:20190410212100

介護は男でも女でも「家族だけでみよう」とした時点で詰む

自分祖母祖父介護してきたけど最初の4,5年ほどはほんと地獄だった

増田が感じてる弟や家族に対するあれこれみたいなことも

それぞれがそれぞれの家族に対して思ってて介護のつらさのあまり不満が爆発してだんだん問題になってきたよ

増田がそう決めて家族の前からいなくなるのはいいと思う 理不尽さもすごくわかるし

でもまず先に他人の目や手を入れることを進言してから逃げるといいよ

それが増田の助けにもきっとなる 余計なお世話かもしれないけど

2019-04-05

おしんを見るのが苦痛

毎朝、NHKBSプレミアム朝ドラ再放送を見るのが家族日課になっている。

前月までは「べっぴんさん」で、母や祖母コメントを言い合いながら割と楽しく拝見していた。

ところが、4月からおしん」が始まり間もなく第1週が終わろうとしているが、早くも楽しい時間苦痛時間に変わってしまっている。

何が楽しくて朝っぱらから嫁姑の諍いや愚痴を聞かねばならんのだ。

1話目からウンザリしてしまった。この調子ストーリーが続くのか。

祖母の話によると、これからおしんは様々な苦労を重ねるらしい。

苦労を重ねない朝ドラヒロインは居ないと思うのだけど、最近ドラマに見られる苦労の重ね方(「なつぞら」のなっちゃん

牛の世話大変そうだけど本人が望んで世話してるしアイス美味しくてよかったね!と思えるよ)と比べてやや陰湿空気をまとった苦労話になりそうだ。

どんよりとした気持ちで「おしん」を見て、そのあとに始まる「なつぞら」で爽やかさを補充している。

嫌なら見なければいい、ができたらよいのだけど祖母は嬉しそうに見ている。

家族の団らんを崩すほどの出来事ではないから、このまま見続けることになるのだろう。

本当に毎朝が憂鬱で仕方ない。

2019-04-03

私の入院時、祖母病院に「心付け」を渡していた。

自分感覚では「心付け」とは「賄賂」であり、よろしくないものという感覚がある。

しか祖母世代ではそれが当然のようだ。

お坊さんに「お布施」を渡すような感覚想像する。

病院は「心付け」を受け取っていたが、ナースステーションには「お金は受け取れません」と張り紙もあった。

本音と建前なのだろうか?

実際の所、「心付け」は渡した方が良いのだろうか?

2019-04-02

親と縁を切ろうか迷っている

一行要約:人の気持ちを汲み取ろうともせずに家業仕事一方的に息子(おれ)に押し付け父親に心底辟易しているが,母親はどちらかと言えばいい人サイドなので両親もろとも縁を切ると母親に辛い思いをさせそうでつらい

登場人物

おれ:大学生研究職に興味アリ

父親先祖代々から続くとある家業をやっている自営業者

母親専業主婦.(おれ目線では)父親比較すると人格は非常にまとも

思えばおれは昔から父親のことが嫌いだったが,そのことをはっきりと自覚したのは家業を継ぐ/継がないで親と喧嘩になったときのことだ.父親は少しマイルド昭和の堅物,といった感じの人間で,常に自分のことを正しいと信じて疑わないところがあるとおれは感じている.彼は身内の人間対立したときに,相手気持ち理解しようという努力を一切しない.おれは彼が身内の人間に対して「ごめん」などの謝罪言葉を発した場面を一度も見たことがない.おれのことは「当然家業を継ぐべきである」という前提のもとで育ててきただろうから,おれが「家業を継ぎたくない」と伝えたときも一体このバカは何を言っているんだというような反応だったし,おれが「先祖代々うんぬん以外におれが継ぐことを納得できるような合理的理由はねえのか」と訴えたときも,生まれてこの方息子を説得する必要があるとは考えたこともなかったというような顔をしていた.しょせん家業なんて「昔からやってきたから」以外に継ぐまともな理由存在しないので,おれも無い物ねだりをしていた側面はあるのかもしれない.だが,幼少期から家業の手伝いをする中でこの仕事絶望的なまでにおれに合わないなと感じていた上に,そんなに嫌いな仕事を嫌いな親と一つ屋根の下営むメリットなど微塵も感じられなかったので,このまま無理にでも家業を継がせるつもりなら縁を切るぞとほとんど脅しめいた交渉をして家業を継がないことにした.おれはこのゴタゴタでだいぶメンタルがやられ,今でもそれを引きずっている.

これで晴れておれの人生の操縦桿はおれの手に,というハッピーエンドなら良かったのだが,ことはそう上手くは進まなかった.父親はその後も折に触れて家業の手伝いを要求してきた.おれは美しい国ニッポンの高雅な儒教精神とやらを少しは持っていたので,親の期待を裏切ったことに対する罪悪感からこの手伝いには応じることにした.結果として,夏休みの三分の二程度が家業の手伝いに消えた.おれは学生の本分であるところの勉学もやらねばならなかったので,夏休みは友人からの遊びの誘いは全て断り,土日も休みなしの六時間睡眠毎日家と大学を往復する日々だった(ショートスリーパー人間には分からいかもしれないが,ロングスリーパーのおれにとって六時間睡眠はつらい).親から労いの言葉は一切なかった遅刻をすればきちんと説教をされた.

さすがにやってられんわ,とおれが思ったのは言うまでもない.

おれは家業を継がないことにすれば親の支配下から逃れられる,と思っていたが,それは間違いだった.おれは罪悪感と「家族の絆」いう名の鎖で結局親の元に繋がれている.家業を将来的には継がないとはいえ,結局家業の手伝いに従事させられているのでは,生き急いでいる若者のおれにとっては事態は大して変わっていない.おれは別に女遊びやパチスロのためではなく,それなりの大志を持って家業放棄したのだ.おれは意を決して「家業の手伝いとしては度が超している.お前はおれが家業仕事を覚える必要があるとか言うが継がないおれがそれをやる必要がなぜある.バイト補填できない部分の仕事を息子の責任にして息子に押し付けるな」と訴えたが,父親は依然として「家」がどうこうというおれには理解できない向こうのロジック反論してきた.おれは何より,おれのこの不満に理解を示そうともしない父親の態度に心底腹が立った.継がないことにすれば事態好転すると思っていたおれがバカだった.おれが本当に逃げるべきだったのは,家業からではなく父親からだったのだ.おそらく.

おれは今後の人生をかけて養育費を親に返済してやってもいいくらいの勢いで親と縁を切りたいと思っている(結局のところ罪悪感はまだ残っているのだ).それで一人で苦労して野垂れ死んだとしても,家業を無理にでも継ぐくらいなら自殺してやると思っていた昔と比べれば大きな前進だ.おれはいつまでたってもおれ自身人生を歩めないことに,流石に苛立ちを隠せなくなってきた.

おれが親と縁を切る決断をできないでいるのには,ひとえに母親存在がある.母親父親とおれの間を取り持って,どうにか事態をうまく収められるよう色々と配慮をしてくれた.父親とは異なり,母親はおれの人生についておれ目線から考え気遣ってくれた.母親がいなかったら,おれと父親はすでに一生顔を合わせることのない仲になっていたと思う.母親が家に嫁いできた当初の辛苦を祖母から聞いていることもあり,そうまでして頑張って育てた息子が家出,となるととてもつらい思いをするだろう.そうなってしまってはおれとしてもとても心苦しい.

インターネッツ観測できるいわゆる「毒親案件は,清々しいほどまでに両親がクズであることが多く,その点はある意味羨ましいなと思う.おれは母親のことをクズだと思うことはできない.おれが母親まで嫌いになることができたなら,ゴミゴミ箱に捨てるのと同じ感覚で躊躇なく親と縁を切れたのになと思う.おれが縁を切ったことで母親が苦しめば,おれも儒教精神やら罪悪感やらを抜きにして,心底悲しむ.

おれは,父親のことが嫌いである以上に,この家族は不運だな,と感じている.父親は堅物なところがある以外は目立った問題はなく,この家に家業なるもの存在しなければこんなに面倒な沙汰にはならなかっただろう.だからおれは職業選択の自由とは相容れない「家業」という概念自体がこの世から消えてしまえばいいのに,と思っているが,それはまた別の話.

都会はい

田舎育ちと都会育ち云々の記事を見て、田舎の良さを再発見した…なんてことはなく。

田舎には実家地元友人がいるから恋しいだけであって、車がなければ生活できず、地元ネットワークには常に見張られている。

見張られているのは被害妄想かもしれないが、姉の友人の母親とやらに声をかけられる、祖母兄弟の友人に声をかけられるというのが常につきまとっているあたり、間違いではないのかもしれない。

私は社交的ではない。

人間関係億劫で、友人でもない同学年の誰がどこでどう生きていようが全く興味がない。

そんな人間から田舎は本当に辛かった。

働いている最中に下の名前を呼ばれ、振り返ると見たこともない人だったりするのは多々あった。

知らない人間自分を知られている恐怖は本当に耐え難かった。しか名前家族構成、家の場所公共の場所で世間話の流れで大声で話される。

田舎プライバシーなんてものはない。

有名ではないクソ田舎の良いところなんて精々食べ物や水が美味いだけ。それだけ。

田舎は世話を焼いてくれるあったかい人ばかりでとかよく見るが、それは違う。そいつらは世話を焼きながら何を世間話ネタにしようか考えてるだけだからな。

あらこの人、持ってる腕時計がお高そう。東京から来たって言ってたわね、奥さんも小綺麗にしてるしさぞお金持ちなのね、あらあら息子さんには家庭教師をつけてるのね、あらあら

それが嫌で東京に出てきたが。

東京は良い…とても良い…まず人間関係が薄い。隣に誰が住んでいるか知らない、挨拶をしなくていい、無駄に近況を知らされることもない。

私がどこで何をしていようがそれに何かを言ってくる人間がいない。間違っても「昨日〇〇で見かけたけど何買ってたの」なんてクソみたいな会話をされない。

水はまぁ美味くはないが、別段飲めないわけでもない。

公共乗り物を使うだけでどこへでも行ける。

人が多いのがたまに嫌になるが、だがこの人たちだってもう二度と会わないし会ったとしてお互いに顔を覚えていないから何も気負わなくていい。

間違っても自分を知ってる、自分は初対面の人間に声をかけられるなんてことは起こらない。

交通量が多く外がうるさいのも慣れたらなんてことはない。

東京最高。

最初からこれほど整っている東京に生まれただけで、それだけで勝ち組だ。なんていいところなんだ。越してきてよかった、本当に良かった。

何故か、田舎万歳定年後は田舎うつり住もう、なんて思想の人をよく見かけるが、定年後こそ都会の方がいいと思う。

都会の生活レベルに慣れている状態田舎生活するなんてことはまず不可能レベルで不便だから

地方都市くらいならまだ大丈夫だと思うが、地方都市以外はやめておいた方がいい。

あったか人間なんて田舎はいない。お互いに見張ってるだけだ。

そしてやることがないから見張った結果を四方八方に撒き散らす。

田舎に伸びしろなんてものはなく、少子高齢化最先端から、あるのは緩やかな破滅だけだ。

未来はない。

2019-03-31

結局共感が欲しいだけ

もうどうしたらいいんだろ。

祖母が弱っています

多分もう私のことなんて認識してない。

祖母の娘、私の母親すら認識をしていないと聞いたから。

祖母は優しいけど昔の人だった。

遠くに住んでいるので会うのは年に一回のお盆だけ。

子供の頃から結婚してひ孫を見るのが楽しみだ」と言われてきた。

小学生の頃、自分はそんなことを言われて「あぁ、自分もいつかは誰かと付き合って結婚して、子供ができてお婆ちゃんにひ孫を見せるのか」と漠然に思ってた。

中学生の頃、「彼氏はいないのか」と言う問いに対しては「周りの子好きな人がいて彼氏がいる。私にはいない。なぜか好きな人がいない。でもあいつとかあいつは話が合って楽しい恋愛として好きかは分からない」と考えた。

高校生の頃、「彼氏はいないのか」に加えて「結婚が楽しみだ」と言われるようになった。

その時にはすでに、私には「これから彼氏ができて結婚をする」という未来がとても難しくて遠くて、考えるのが嫌になっていた。

多分「アセクシャル」なんだと思う。

成人してこの手の話が増えた。

貴方モテそうね」

彼氏いないの?」

結婚したくないの?」

「え、付き合ったこともないの?」

「〇〇ちゃん結婚するんだって

自分おかしいのかと思った。

周りは当たり前に誰かを好きになり好きになられ、付き合って、恋愛して、体を繋げて、結婚して、子供を授かり育てる。

そう、当たり前なのだ

自分小学生の頃、自分もいつかそうなるかと思っていた。

小学5年生の頃、何人かの友人と放課後教室担任先生を囲み話が弾んだ。

はい先生だった。

誰が言い出したかからないけど、「先生、私将来ちゃん結婚できるかな」と。

先生は笑いながら、「できるよ!先生はかっこよくないし太ってるけど、ちゃん結婚してる。みんなだってできるよ。」そう言ったのを覚えてる。

私もそれを聞いて、「自分結婚するのか」と思った。

でもその時にはすでにそうだったんだと思う。

友人との「恋愛話」は好きだった。

やれ誰々が誰を好きか、誰が誰と付き合ってるかなんて今だって毎日のようにテレビスキャンダルが流れてる。そういうこと。下世話な話が人間は好きなのだ。その一環だ。

だけどその話の矛先が自分に向けられると本当に困った。

貴方好きな人いないの?」

いない。

いないのだ。

まず周りの異性をそういう風に好きになれないのだ。

当時からすごく困った。

「いない」と正直に言っても意味はないのだ。

そう、普通は「いない」という選択肢が無いのが当たり前だから

追求されて逃がしてくれない。永遠にこの質問は続く。早くこの話題から抜けたくて適当な嘘も言ったことがある。その後は地獄だけど。

なんで、なんでみんなそうなんだろう。

誰かを好きなるって当たり前なのか。

からない。

高校の頃、一度だけ好意を伝えられたことがある。間接的にだけど。

他校の知り合いが「貴方を店で見かけてから気になってると言う奴がいる。連絡先を教えていいか?」と。

絶句だった。そして言い知れぬ嫌悪感を感じた。

自分がそう見られている」と言うことを初めて知ったのだ。

嫌だった。

まず私のどこを好きになるのだろう。

女性にしては身長が高いし、細くはない、容姿は崩れているし、性格はガサツで適当で、嫌な奴だ。

「こんな女に好意を持つなんて、相当イかれてる」

もう一度でもこう思ってしまってからダメだった。

自分恋愛的に好意を持ってくれる人が無理になった。

母は世間一般的普通の人だ。

LGBTには理解がある。普通の人だ。

から余計、私のことを理解するのは難しいと思う。

会社にすごく素敵な男性がいる。

背も高くて、男前で、声まで素敵で優しい人だ。

もうすぐお子さんが産まれるようでイキイキしてる。

本当に素敵な人だと。人間として好意を持てる人だと思う。

それを母に伝えた。

母は前半はニコニコしながら「いい人だね、かっこいいね」と聞いていたが、私が「もうすぐお子さんが産まれる」と言った瞬間

「え?結婚してる人なの?

なーんだ、じゃあいいわ。てかあんたその人と付き合いたいって話じゃないの?結婚してていいわけ?」

底知れない怒りと悲しみが襲った。

その時はなんて返事したか覚えてないけど、今でもショックだった。

私が素敵だと、人として魅力を感じた人を侮辱された気分で辛かった。

そしてすぐ誰かを「恋愛相手」としか見れない母親に、世間絶望した。

母親

「〇〇の店員さんがカッコいい、付き合いたい。」

「この芸能人カッコいい。あんたこう言う人と結婚しなよ。」

「こう言う人タイプじゃないの?」

彼氏いないの?好きな人いないの?」

「本気で結婚しないの?この家にずっといるの?」

事あるごとに言われるこのセリフに怒りと苦しみで一杯だ。

祖母が弱っています

祖母は歳をとるごとに「結婚」と言います

毎年毎年、会うたびに「結婚」と。

貴方旦那さんに会いたい」と。

死ぬまでに会いたい」と。

会うたびに、会うたびに悲しくなります

ごめんねおばあちゃん。会わせてあげれそうにないよ。ごめんね、ごめんねおばあちゃん

好きな人がいないの。結婚できる人がいないの。

もし私が、同性が好きだったら、きっと同性のパートナーを連れて胸を張って祖母に紹介できました。

祖母は昔の人ですが、きっと理解してくれると思います

でも、それすらできない。

だって前提がないから。「好きになる」前提が。

祖母はもう認知症を患い、日に日に弱り、徘徊があるのでベッドに縛られて、私の知らない病院で日に日に衰弱しています

長くはないかと思う。

そんなこと考えたくないけど。

何度もレンタル彼氏でもなんでも使って、祖母に紹介しようかと考えたけど、無理だった。それすらにも嫌悪感を抱いてしまう。

おばあちゃん、本当にごめんなさい。

おばあちゃんのお願い、叶えたいけど無理だ。

私は、異性同性に対して、恋愛的に好意を持てない。魅力が分からない人です。

でも世間は、一般は、普通は、周りは

「誰かを好きになって、愛する」ことが当たり前なのです。

そのギャップに苦しんでいる人がいる。

このことを忘れないで。

田舎貧乏人を初めて見た話”を読んだ田舎貧乏人のBBA感想

私の出身地は、県庁所在地はそれなりの観光地実家のある町はそこから1時間に一本の電車に乗って30分ほど。

最寄駅は無人駅。通っていた町立の小学校はこの間廃校になったらしい。という程度の田舎

離島とかの人に比べたら、田舎レベルは低めとは思うが、「映画を見に行く=日帰り旅行」とか、「デートジャスコイオン)」とか、田舎あるあるはよくわかる。

実家経済状況は、父(県外の出身)の実家貧乏で、高校大学院まで奨学金で出たので、返済のために共働きでも余裕が無かったようだ。

それが無ければ両親ともフルタイムで働いていたので、貧乏レベルも低めだと思うけど、「トリーバーチさん」からすると立派な貧乏人だろう。

私は小中学校とも町の公立を出て、高校は1時間に一本の電車に乗って、市内の県立高校に通った。

大学進学にあたっては、母からは「(経済的に)上にお兄ちゃんがいるようなものから」と、県内にある国立大学に行くように言われていた。

が、しかし、どうしても東京に出てみたくて。

それなりに偏差値のあるところなら、そして学費の安い公立ならいいでしょ、と渋る母を説得して

後期試験地元国立大に、前期を東京国立大にしてチャレンジした。受かると思わなかったのかもしれない。

しかし、どういうことだか受かってしまった。

反対していた母もテンションが上がってしまって、仕送りに頭を悩ましながらも

送り出してくれた。

こうして東京女子大生になった。

もう10年以上も前の話だ。

私の出た大学地方出身者も多く、案外、大学内で経済格差を感じたり、カルチャーショックというのは無かったかな。

ただ、東京生活は、田舎のそれとは全然違うとは感じた。

田舎にいた頃は、どこに行っても誰かの親戚や知り合いだから

どこに行っても面が割れてて「○○さんトコの○○子ちゃん」で、自分の振る舞いに自分の家の評判がかかっているようなプレッシャーがあった。

同調圧力義理、噂話、古いしきたり、しがらみ。

暮らしていた時はそれが当たり前すぎて気にならなかったが、東京に出てみると、そう言ったものとは無縁で、すごく自由を感じたのを覚えている。

(所帯を持って、町内会の付き合いが始まると、東京でもそうしたしがらみの中で生きざるを得ないのだろうけど)

隣の人がどんな人とか関係ない、という感じで、他人干渉されない東京の空気がとても新鮮で心地がいいと思った。

あとは、髭男爵さんのコラムインタビュー?にあったけど、

東京お金使え圧力が強い。

それに染まって、稼いだお金東京的な消費活動につぎ込んだこともあった。

でも、なんだか見ていた頃に憧れたほどには幸せにはなれなくて。

なんていうか、稼ぐ苦労に対して得たものがコレ??的な。

ちと立ち止まって、もうちょっと人間らしい生活をしよう・・・と思って

ガツガツ稼ぐの止め。時間ができたのだが、収入が下がったので必然的節約生活に。

そうすると、案外お金を使って遊ばなくても、楽しいことって色々あるなー、と。

魚って外で美味しいのを食べようと思うと、相当出さないとないけど、

近所の魚屋で新鮮なのを手に入れれば焼くだけでも安くてすごい美味しい。

自分で買いに行って、美味しいもの自分でこさえた充実感!とか。プライスレス

春は桜が咲いたのを見に行って、夏は涼しいところでアイス。秋は紅葉。冬は部屋で鍋とか。ささやかなことに喜びを感じる、今の自分の方が好きだなぁ私はね。

そして今、改めて田舎での生活を振り返ってみると、いい面もたくさんあったと感じる。しがらみも、一長一短。

介護状態祖母を近所の人が田舎ネットワークで様子を見にきてくれていたり、世話をしてくれていたり。色んな噂を立てる人もいるけど。

でも人と人との繋がりが強いのは確か。

あと自然に囲まれ食材が安くて美味しい。星も綺麗。

人間やってると色々あって色んな人と出会って価値観も考え方も変わる。

トリーバーチさんくらいのころって、ほんとその過渡期だなー。

そういうカルチャーショックって、大事だよなーとBBAは思います

色んな経験して、良い医師になってください。

2019-03-30

高齢者が苦手になってしまった話

高齢者が苦手だ

外出先でいわゆる高齢者と思われる外見の方に接近されてしまうとなるべく失礼にならない速度で離れてしま

電車内で遭遇した際は席を立ち(座席に座ってたら体裁を繕うために席を譲るという姿勢で)友人と一緒などの理由で離れられない場合はなるべくそちら側に意識をやらないようにして息を浅く少なくしてしま

どうしてこうなってしまったのか

おそらく幼少期から思春期まで続いた祖父祖母による虐待が原因だと思うのだが、それにしたって特定個人(故人)に対する心象がここまで全体の印象に影響を与えるものだろうかと自分でも不思議に思う

上記反応にあてはまらない唯一のイレギュラー存在として母方の祖母が健在しているのだから、もう少し世の高齢者全体に対して当たりが柔らかくなってもいいのではないかと考えた

こんな事言ってるが正直今までは苦手でも別にいか、くらいに考えていた

自分たちを愛し支えてくれる義両親なら老いていっても祖母のようにイレギュラー存在として受け入れられるだろうとのほほんと構えていた

が。

状況が一変した

私は子供を産んだ

幼い乳幼児を連れて外出するとまぁーいく先々でさまざまな高齢者に話しかけられる

わかっている、善意を込めての声かけだということは

幸い巷で聞く攻撃的な高齢者にはほとんど当たった事がない

我が子に向けてかわいいかわいいね元気にねお母さんもがんばってね とにこにこしながら話しかけてくれる

そしてその声かけに対し私は、深々とお辞儀をし(引きつった笑顔を見られないため)吐き気を堪えながら消え入りそうな声で「ありがとうございます…」

しんどい

正直ここまでひどいとは思ってなかった

しかけられる頻度も、自分の反応も両方込みで

しかけられるのが怖くてたまらない、会話したくない、でも無視して相手を傷つけたくない

どうしたらこの苦手意識改革できるのだろう

2019-03-29

祖母も母もメンヘラから

頑張っても疲れるから頑張らない。

頑張って病んでしまうくらいなら頑張らずある程度健全な心でいたいと思う。

日々のご飯が美味しかったらそれて幸せだと、2ヶ月に一度くらい少し贅沢してまた今度ねって少目標だけを見て生きていきたい。

きっと世間的には駄目な人間なのだろう。

大きな消費はしないし、ボランティアとかそういった"良い"と言われる行動は疲れるからしたくない。

でも、生きているので許してほしい。

生きて納税してるから

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