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はてなキーワード: 明治時代とは

2021-05-10

野菊の墓は何を言おうとしているのかさっぱりわからん

あらすじはこれなんだけど、

https://bungakublog.com/itousachio-nogikunohaka-arasuji

結局、明治時代封建的なムラのコミュニティが、

中高生くらいの年齢の自由年齢を阻害したという話?

それにしたっていくらなんでも自由恋愛がそこまで厳しいものだったの?

さすがに男女が仲が良いくらいで村中が大騒ぎになるような時代とも思えないが。

芥川とか志賀とか太宰もフツーに自由恋愛もの書いてるよね)

民子が亡くなった後に、自由恋愛を禁止した村の人間号泣するのもわからん

いや時代がそういう価値観だったら号泣しねえだろ。そういう思想がフツーなんだから

結局なにをいいたいのかさっぱりわからん

文学の名作ではあると思うけど、なんか設定がいろいろ無理があると思う。

誰か説明してくれ。

保守政党がなぜ改憲を目指すのか? 自民党目的改憲ではないよ

自民党憲法改正したいが、具体的に何のためなのかはノーアイデア

https://anond.hatelabo.jp/20210508143846

自民党改憲議論が何かちぐはぐだという意見ですが、

そもそも一般的保守政党保守的なので改憲派ではなく護憲派に回るはずです。

ならばなぜ日本では保守政党である自民党改憲をしようとしているのでしょうか?

それは自民党が本当にやりたいのは改憲ではないからです。

自民党がやろうとしているのは彼らにとっての「正しい憲法」を護ることです。

そして彼らにとって護るべき「正しい憲法」とは敗戦後にアメリカ押し付けられた「日本憲法」ではなく明治時代に作られた「大日本帝国憲法」の事です。

保守系改憲派の人たちは「新しい時代に合わせて憲法も新しくする」とか何かそれっぽいことを言ってます

実際に彼らがやりたいのは「時代に逆行して憲法を元の姿に戻したい」ってだけです。

リベラルにも改憲派の人はい自民党と一緒に改憲しようとかいう人もいますが、

保守の目指す改憲リベラルの目指す改憲方向性がまるっきり正反対であることによく注意する必要があります

それに仮にもし自民党改憲派の目論見通り「憲法を元に戻す」事に成功したら、

自民党改憲派は一転して護憲派鞍替えしてリベラル改憲要求なんかにはまったく応じなくなると思いますよ。

anond:20210510164356

明治時代のじいさんの写真を持ち歩いてイケメン武士一族自慢する先輩いたわ

吉幾三×バイオハザード歌詞で「村なのに城がある」って言うけど

これって日本城下町とセットになった近世城郭価値観ヨーロッパの城にあてたナンセンスツッコミだよなぁ

日本でも中世なら町に関係しない山城がたくさんあったし

ヨーロッパではその手の城が石造りで割合残っている上に

近世王侯貴族によって別荘に改修されたり懐古主義で新設されたりしているのだから

村に城があっても何ら不思議ではないはず

逆に明治時代に城が破壊された日本で、これだけ近世城郭価値観が通じていることを興味深く思うべきかもしれない

天守は破却されても城の痕跡はそれなりに残っているから?

追記

ゲームの内容を反映した歌詞ってだけなのか。すまん。

追記

わかりにくかったかもしれんが本文は、日本で「村」に城がなくなったのは近世江戸時代に入ったから(一国一城令)と書いていて、明治では近世城郭の多くが潰された現代でも城下町意識が残っていることが興味深いと書いているので一部のブコメ混同しないでくれ。

ちなみに一国一城令は徹底されず伊達黒田領地などには機能する支城が残っていたとの話。

2021-05-05

今謳われてる理想の家庭って明治時代辺りのモデルなんだっけ?

そこから人間の扱い方のアップデートが出来てないって日本人どれだけ変化が嫌いなんだよ……

2021-05-04

初心会興亡記 -かの大帝国は如何にして一夜で滅んだか-

ちょっとゲーム歴史をかじったことがある人なら聞いたことがあるだろう言葉初心会』。

とにかくこの言葉へのイメージは最悪だ。「真っ黒組織」「ゲームヤクザ」「歴史の闇」「悪の秘密結社」etcetc。

そんな初心会だが、はたしてどれだけの人が正確に初心会とはなんなのか、どのような悪どいことをしてきたのか、そして最後はどういうふうに消えていったかを語ることができるだろうか? おそらく、ほとんどいないのではないだろうか。

この初心会について、私が調べたことをゲーム流通歴史を絡めてまとめて書き出すぞ。これで君も初心会マスターだ! ちょっと長いけど勘弁な!


まずは初心会のものについての解説だ。

もともとの任天堂花札屋であり、そこからトランプおもちゃを売り出したことは知っているかな? 創業明治時代だ。

1960年代前半の任天堂問屋を通じてテリトリー別に小売店団体で集め、トランプかるたの特売セールの景品といった形で温泉招待旅行などを行ったりしていた。そうした中、「ダイヤ会」という親睦会が問屋内で自然発生する。このときあくまローカルな親睦団体という形でしかなかった。

1973年2月光線銃といったヒット商品が出始めたのをきっかけに、このダイヤ会を全国規模のきちんとした親睦会の形にしようとして生まれたのが初心会だ。ファミコンが生まれるずっと前だ。そしてファミコンはこの初心会に参加している問屋(59社加盟、その中でゲームに力を注いでいたのは30社ほどだったそうだ)を通じてのみ、流通させようとした。これには理由がある。

ファミコンゲームROMカセットだ。ROMカセットCDと違って作るのが大変だ。発売日の三ヶ月前にはどれくらいつくるか数字を決めなきゃならない。一本つくるのに1000円以上かかる。もちろん任天堂は自前の工場を持っているわけではないから、他社の工場お金を払って作ってもらうわけだな。(ドラゴンクエストシリーズ京セラがつくっていたらしい)

つくってもらったゲームソフトを売る。売れればいい。残ったらどうするか? ROMカセットはとにかく廃棄しづらい。体積があるから倉庫在庫としては大変だ。処分するにも金がかかる。そのため在庫なしの売り切りスタイルであることが求められた。第一、このとき任天堂に「日本全国どこでどれほど、どのファミコンゲームが売れるか」という予測を立てる能力はまったくなかった。

それゆえ当時の任天堂社長山内初心会の力を借りることにした。ファミコンゲームソフトは全量初心会への返品なし買い切り制在庫は持たず、追加の注文が重なってきたら再販というスタイルだ。ファミコン専売権を与えるかわりに返品は勘弁してくれということだ。初心会は全国にその配下二次問屋があるので、彼らを通じて全国の小売店ファミコンを売りだした。ちなみに当初の初心会参加問屋意見としては「こんなもの絶対に売れない」だったそうだ。

ややこしいのがこの後、ファミコンの登場に衝撃を受けたハドソンナムコサードパーティとして参加することだ。当時の任天堂サードパーティが現れることを予測していなかった。というか、まさか他社がファミコンソフトを作れるとは思っていなかった。そのためサードパーティ参加用の契約書をあわてて作る羽目になったという。(このときアメリカにてアタリサードパーティであるアクティビジョン販売差し止めで訴えていたが、後に和解し、サードパーティ合法化された経緯があるため、そもそもサードパーティを認めない、という選択肢はなかったものと思われる)

このときナムコ簡単だった。ナムコは自前でROMカセットを作ることができたからだ。アーケードの雄はハードウェアを扱う力に長けていた。ナムコに対しては自社生産を認め、1本100円のロイヤリティを収めてくれれば問題ないという契約を交わした。

ハドソン問題だった。ハドソン能力こそずば抜けていたが、なにぶん会社の規模が小さかった。とても自前でROMカセットは作ることができず、任天堂に頼ることになった。

任天堂からしたらさら想定外事態だ。どうやればスマートサードパーティ用のソフト流通させることができるのか。任天堂リスクを負うことなく、かつゲーム市場が適正に伸びていくための方法模索する必要があった。

最終的な仕様は、まずサードパーティは一括して任天堂製造委託費を払う。その中からロイヤリティを差っ引き、任天堂工場ROM発注する。作る数は任天堂サードパーティ初心会の3つで相談して決める。初心会サードパーティ任天堂委託したROMを全数買取、支払いする。これで決まった。

もちろんこれが全てではない。年末クリスマス商戦を狙って多数のソフトメーカーソフトを投入してくるので、思ったような数が生産できないので任天堂が拒絶する場合もある。初心会の見込み以上に売れると意気込んだサードパーティが、自前で在庫を抱えてリピートを狙う場合もあった。ROMカセットは作るのにとにかく時間がかかるからリピート発注が来てもそのとき在庫がなければ応えられるのは早くて三ヶ月後だ(半導体在庫事情によっては半年待たされることもあったらしい)。そうなればすでに需要中古で落ち着いてしまう。そういう理由初心会の注文数よりも多くつくるメーカーもあった。そのままリピート注文が来ず在庫になった? その場合は大特価二次出荷するしかない。君はかつてゲーム屋でファミコングラディウスが新品980円で売られているところを見たことはないか? あれはつまり、そういうことだ。

この中で任天堂非難する流れがあった。サードパーティソフトを出すにあたり、任天堂はなんのリスクもなくロイヤリティ徴収していると。しかしこれはそもそもファミコンという当たるかどうかわからないプラットフォームを立て、リスクを負った会社が得るリターンとしてはむしろ当然ではないだろうか。不満があるならセガのように自社プラットフォームを出せばいい。ナムコも自社プラットフォーム計画していたらしいが、結局世に出ることはなかった。



ファミコン時代流通はこういうことで決まった。このあたりの動きでは初心会があまり悪の組織っぽくなくて意外かもしれない。こんな証言がある。スクウェア創設者鈴木尚2003年岡山大学にてインタビューを受けたとき発言である


初心会っていう問屋集団が、ある時期は全くファイナンス役割果たしてくれてたわけですよ。あまりに量が大きくなると「すみませんお金ないんですよぉ」って言うと手形をくれるわけです。その手形担保銀行からお金を借りるわけです。実質的には、ある日突然ファミコンブーム終焉しない限りは、返ってくるだろうという。

この時期はスクウェアファミコンに参入したての頃を指す。任天堂ROM製造委託費を前払いで求めてくるので、どこかが銀行の代行をしなければならない。そこで初心会が(正確にはその中の一つの問屋だろうが)その役割果たしていたということだ。

スクウェアはこの後ファイナルファンタジーで有数のRPGメーカーとして名を馳せることになるが、実は完全覚醒するまでにはもう少し時間がかかった。初代ファイナルファンタジーの初回出荷数は40万本で、これが最終的には80万本まで伸びる。次回作ファイナルファンタジー2にて70万本超えの実績を得たが、実はこれ、途中でかなり問屋内で在庫が残って大変だったという。しかファイナルファンタジー3では初のミリオン超え(最終的には140万本)を果たす。それに伴い過去作も売れるようになって、リピードがかかったというわけだ。このあたり初心会はうまくスクウェアバックアップに動いているように見える。


そう見えるのは、それはスクウェアが一流メーカー入りを果たしたからだった。ファミコン末期の他のメーカーはどうだったか? 1990年8月晴海にて「ファミリーコンピュータゲームボーイ展示会」「スーパーファミコン発表会」が行われた。年末発売のソフト中心に初心会小売店に対して各ゲームメーカー披露する展示会だ。この展示会自体1988年からやっている。

しか1990年ではついに「受注ゼロ」のソフトが出始めたのだ。しかも一つや2つではなく、この展示会で並んだソフト(約100タイトル)のうち、3割が受注ゼロだった。この時点でファミコン市場は売れるソフトと、そうではないソフトの差が尋常ではなく離れていた。

この場合メーカーには2つの道がある。一つは発売中止。もう一つは「任天堂には最低限の発注を行い、初心会には最大限の営業活動を続ける」というもの。もちろん初心会に対して売る気を見せるために大規模な広告活動をやれば発注はくるかもしれないが、その分当然損益分岐点はどんどん高くなる。もっと有効なのは卸値自体を下げてしまうことかもしれない。

そうしてギリギリの攻防が続けられなんとか出荷したゲームはどうなるだろうか? 端的にいうと、人気ソフトの添え物として扱われた。初心会問屋二次問屋小売店へ向けて1本の人気ソフトに対してこういった不人気ゲームや、在庫売れ残りゲーム抱合せで売りつけた。このときのレートによって「1対3」「1対4」などという言葉が生まれた。(場合によっては1対8なんてのもあったらしい)

さらにはバッタ屋ルートなるもの存在した。問屋の不良在庫を捨て値で買取独自ルート小売店に売る。このとき小売店ゲーム屋とは限らない。スーパーディスカウントストアリサイクルショップと様々だ。なかには「お楽しみ袋問屋」なるものもでてきて、中身が見えないファミコンソフトの詰め合わせが一山いくら世界だったそうだ。こういった不人気ソフトワゴンセールをとてもよく賑わしてくれた。

ちなみに抱合せ販売違法なので、公正取引委員会による排除勧告初心会問屋に入ったことがある。ドラゴンクエスト4の頃だ。そのためかわりに「新作ドラゴンクエストの受注を行います。なおドラゴンクエストの他にあの大人ソフト郡(大人気とは言っていない)のリピート販売を行いますので、ぜひ同時注文してくださいね」なんて手法が取られた。




これらの状況を任天堂は当然良く思っていなかった。もともと任天堂アタリショックを目の当たりにして、「クズソフトの氾濫は市場を殺す」と認識していた。そのため、サードパーティには本数制限をかけた。が、サードパーティ自体が増えれば意味がなかった。子供向けのおもちゃであるために表現規制を敷いたが、クオリティチェックはまだこの時行われていなかった。どんどん増えるソフト初心会流通在庫市場を殺す材料になりえた。どこもが不良在庫を減らそうとやっきになって価格ディスカウントしてしまえば、プレイヤー適正価格ゲームソフトを買おう、という意欲が損なわれる恐れがある。


そこで任天堂はこの状況を打破すべくスーパーマリオクラブという組織を立ち上げる。一般モニタープレイヤー2000人超を使い、彼らに発売前のゲームを二時間実際にプレイしてもらい、どこがどう面白いのか、つまらなかったのかを評価をする。評価は項目ごとに点数付けされ、集計されたデータ問屋小売店に送られる。このデータ雑誌ファミリーコンピュータマガジンなどにも送られ掲載されていたので、知っている人は多いんじゃないかな。そしてこのスーパーマリオクラブソフト売上の予測も立てるようになった。意外なことにこの素人集団予測が的中した。後年はマリオクラブ参加者自身が慣れてきてしまい、その予測が外れるようになってしまったが。余談だがマリオクラブはこの後正式任天堂品質管理部門となった。さらにその後分社化が行われ、マリオクラブ株式会社となった。

任天堂としてはスーパーファミコンを機に一度市場リセットしようと試みた。品質管理に売上予測、あまりに多くなりすぎた流通在庫。今ではピンとこない話だが、当時のゲームメーカーは「いったいどれほどのゲームが実際にプレイヤーの手に渡っているのか、どれほど流通在庫が眠っているのか」を把握する方法ほとんどなかった。商売相手小売店プレイヤーではなく、あくま初心会からこんなことになったわけだ。

当時の任天堂社長山内はこう語っている。「どれほどのソフトが売れるか、我々にはわかりようがない。流通プロに任せるしかない」。これは初心会オンリー流通自己弁護した言葉と思われた。しかしこの言葉には「流通プロでもわからないのなら、任せる意味がない」ということを含んでいる。この言葉の本当の意味はこの後判明する。


そうして新たなスタートをきったスーパーファミコン市場だったが、これは結論からいうと、なんら変わらなかった。むしろますますカオスになっていった。このあたりからいよいよ初心会初心会らしい悪行が目立ち出す。厳密にいうとこの美味しい市場に目をつけた業者が、なんとか流通に入り込もうとし、初心会の中の一部(ここはもしかしたら一部ではないかもしれない)が彼らと手を組んだ結果なのだが。

スーパーファミコン本体がほしい場合アクトレイザーとの抱合せで(違法? 知りません)。しかスーパーファミコン自体の掛け率は98%。場合によっては小売超え。別売りケーブルスーパーファミコンAVケーブル別売りだった)を売るほうが利益がでる状況だ。

・80万本の出荷実績があるサッカーゲームの第二弾が登場したとき初心会とある問屋一社が初回出荷数50万のうち25万を買い占めた。この25万は発売日に大量には卸さず、自前で在庫として抱え、市場在庫が枯渇して小売店二次問屋が注文してくるのに対し、他のクズソフトとの抱き合わせ違法? 知らない子ですね)で売りさばいた。

とある問屋メーカーに対して「うちは来週から社員旅行にでかけるんで、申し訳ないのですけど一週間早くソフトを卸してくれませんか?」と要望があった。それに応じて一週間早くソフトを送ると、なんとそのまま発売日よりも一週間早く小売店ソフトが並んでいた。社員旅行なんてそもそも嘘だった。

メーカーに対してゲームソフトを大量に仕入れることを約束する見返りとして、その担当者個人の口座にリベートを送るように要求した。

問屋勝手に掛け率を決めて発注書をメーカーに送りつけた

(続く)

https://anond.hatelabo.jp/20210504185958

2021-05-01

なんでそれ濁るの? ってちょっとひっかかることないか

山崎「やまざき」とか茨木いばらぎ」とか中島「なかじま」とか

やまさき、とか いばらき、とか なかしま、 とかじゃないのかって。

明治時代とか日本語作る時に統一しようという動きはなかったんだろうかね?

追記

ライマン法則というのに沿えば

茨木いばらぎ)って実はかなり珍しい読みなのか。

濁音は連続しないという音になってるそうだから い 「ば」 ら 「ぎ」 というのはレアケースっぽい。

何故レアなのにメジャーっぽい感じで流通してんだこれ。

2021-04-18

anond:20210417144154

歴史に学ばないバカ。そんな頭の中で妄想しなくとも、実在した例があるというのに。

1980年ごろまでの生涯未婚率5%未満ほぼ皆婚社会だった日本という身近な例が。

(5%となると、重度の身障者や、結婚したくない強い理由のある者、例えばゲイなどを除いて全員が結婚していたと見て良いだろう)

その時代日本明治時代レベル前近代的社会主義のディストピアだったのかい

第1部 少子化対策の現状(第1章 3)_ 子ども子育て本部 - 内閣府

第1-1-10図 50歳時の未婚割合の推移と将来推計

https://www8.cao.go.jp/shoushi/shoushika/whitepaper/measures/w-2018/30webhonpen/html/b1_s1-1-3.html

2021-04-17

SF】 弱者男性の望む、恋愛競争の無い世界想像してみる 【未来予想】 【恋愛社会主義(笑)

結婚お見合い結婚スタンダードになり、自由恋愛不可能になり、非モテが嫌う恋愛競争は起こらなくなる

 

 その結果何が起こるか? 女は化粧で男を釣る必要がなくなるので

 女のファッション、化粧スキルは次第に落ちていく ということは顔面偏差値

 明治時代の水準まで落ちることになる

 皮肉なことだが、「競争」があるからこそ美は磨かれるものである

 

 また、社会規範により離婚なども出来ないので殺人DVも増える

 嫌なら離婚という競争手段がある現代と違って、いくら頑張っても規定された道しか歩めない女は

 家事育児などのプルーフ放棄する

 

・男の存在価値規定するモノが「甲斐性」「男らしさ(単純な強さ)」に絞られる

 なぜなら、恋愛と言う競争がなくなることで「おもしろさ」「優しさ」「中性的」「理解

 など、現代の男に与えられている魅力パラメーターのオプション必要なくなるからである

 結婚強制的に決められ、恋愛過程がなくなれば当然のことだ

 (奇しくも明治、前時代的な男の理想像と似通ってくる)

 

 そしてその結果何が起こるか?

 男の価値は「家庭にいかに金をもたらせるか」「国に奉仕できるか」というものに収斂する

 人を笑わせるお笑い芸人需要は減り、モテなくなる

 中性的な顔立ちの男は非力なのでモテなくなる

 リベラル的な優しい男の需要も減る

 男らしさや甲斐性が優先され、ブラック企業は今よりもブラックさを増していく

 単純に、ツーブロ陽キャゴリラが求められる場面が増えると考えてよいだろう 

 

 徴兵制なども本格的な議題にあがる 兵隊として国を守るのは、男らしさの証明として当然だから

 男のモテ具合は単純な力の強さというレッドオーシャン規定され、しかもそのモテ具合を使える機会は限られている

 (自由恋愛禁止されているので当然だ)

 大体において、明治時代のような社会価値観に戻ると考えて差し支えない

 

 

総括  

非モテ当事者自分としては

非モテ自称弱者男性界隈の望む世界観

皮肉なことにより我々の人生の幅を狭めると言わざるを得ない

 

競争の無い」世界はいわば社会主義であり

その社会主義は既に破たんした思想であると述べておく

2021-04-04

anond:20210404122533

ていうか日本はもともと一夫多妻制だったけど明治時代文明開化期に欧米制度の一夫一妻制が先進的だと誤解されて導入されたって経緯はある(一夫一妻制はキリスト教文化だったけど誤解された)

少なくともそれまでは妾すら戸籍登録されていたので公のサービスインフラに乗れていたと言っても過言じゃない

から、そのあたりを参考にして男女差を撤廃しつつ一夫多妻制や一妻多夫制を導入するのは別に日本の歴史から言っても不自然じゃないどころか、むしろそっちの方が長いので問題ない

2021-03-23

勉強するほど今の日本薩長幕府だと痛感する

明治時代になって近代日本が花開いたみたいな文脈で話される日本明治維新なんだけどさ、今の日本におけるいろんな問題って結構明治時代に始まってて、何故か政治家たちはそれを日本の伝統とか言い張って変えるまいと踏ん張る。

だけど明治以前には全くそんな事なくて、むしろ明治時代改革によって作り上げられた問題結構あって、もっと紐解いてみると結局当時の日本政府を牛耳っていた彼らが結構良いように日本をいじくり回した事がなんだか見えてくる。

そう考えると今の日本って薩長幕府だなと思うわけだよ。

最近家父長制についてちょっとwiki読んでみたらさ「もともと日本の家父長制は長州の一部にあったものが広まった」とかなんかそんな感じで書かれてて、あーそういうことですかーとかおもった。間違ってるかもしれないか原典当たれよ?

何ていうか、今のにほってつくづく明治政府と言うなの薩長幕府呪いでがんじがらめなんだなと思った。

2021-03-09

揖斐川かい木曽三川の面汚し

木曽川長良川の川沿いにはそれぞれ犬山城岐阜城があり、城下町として発展した歴史があるのに比べて、揖斐川沿いには田んぼしかない。また、長良川ほど有名ではないが木曽川でも鵜飼は行われているのだ。しかし、残念ながら揖斐川では鵜飼はやっていない。

明治時代ヨハネス・デレーケが治水工事をしてから揖斐川木曽川長良川と同格に扱われる様になったが、しょせんはただの数合わせで木曽三川と呼ばれるようになったにすぎない。

揖斐川サイドは何か反論ある?

2021-03-08

anond:20210308191320

増田です。

増田の主張は結構一理あるんだが因果が多分逆で、増田の言うバカ教育を受ける機会に十分に恵まれない人)でも文章が読み書きできるようするために言文一致が求められたのではないだろうか。

明治時代の「国民」創出の中での義務教育で、日本漢文に近い読みは効果的ではなく、その時代の発話に近く、かつ公用で使える表現が求められたのだと思う。

からむし小説講談よりも、新聞雑誌などが言文一致を担ったのだと思う。そうしたフォーマットを用意することで、初めてバカ教育を受ける機会に十分に恵まれない人)は書く機会に恵まれる。

形式がないと、増田の言うバカ教育を受ける機会に十分に恵まれない人)は自分から書けないのだと推測します。

そして事態を難しくさせていることは、以外に文語文が時代の洗練を経て便利だったと言うこと。結構生き延びる。

こちらもまた、高等教育になるのだろうけれども形式に慣れてしまえば文語文もまた利便性があったのだろう。

専門じゃないけどそんなふうに思っています

2021-03-03

anond:20210303074909

マナー講師になるとハッキリ伝えること、

伝えた後でマナー講師となることは

明治時代から関東近辺で禁忌とされています

2021-02-26

ここだけの話

日本に毎年のように降る雪もフェイク雪だからな。

フェイク雪は、アメリカ日本の国力を落とすために降らせてる。

明治時代以前の日本には雪なんてもの存在しなかった。

その証拠に、古文古語では積もった雪を表す描写言葉存在しない。

「雪」という言葉はもともと結晶化した雨ではなく、冬に降る小粒の雨のことを意味していた。

 

台風も、アメリカ太平洋で人工的に発生させてる風力型自然兵器

英語のtyphoon(たいふーん)と日本語の台風(たいふう)、違う言語なのに発音が同じ

お前らこれおかしいと思わなかったか

これこそ台風アメリカによって作られたものだということの証拠

 

そもそも、何で都合良く毎年日本に沿ったルートで動いてくるんだよ?

余りにも都合が良すぎると思わないか

 

2021-02-25

anond:20210225091649

明治時代とかの手書き戸籍謄本電子化したうえで、ID割り振りという苦行が待っているだろう

今でも電子化されず放置されているものなのに今更電子化する必要性が生まれるとも思えないが

夫婦別姓って実際問題なんでこんなに騒がれるほどのものなのか

まず簡単歴史を調べてみた。

名字歴史

1870年平民名字許可令によって、誰でも名字を使って良くなった。これまでは平民名字を使ってはだめだった。

1871年戸籍法によって名字登録が推進された。姓尸不称令によって名前名字名前になった

1872年改名禁止令によって、名字が変更できなくなり

1875年苗字必称義務令によって、名字を持つことが義務になった

夫婦における姓の歴史

1876年戸籍法では夫婦別姓だった。そもそも慣習としては夫婦別姓だった。

夫婦別姓、と言うと少しニュアンスが違うけど、日本於いては「親の姓を男女問わずに継いでいく」が基本だった。ただ、庶民には姓なんかないので、この辺は宙ぶらりん感がある

夫婦同性になったのは、1898年明治民法から

「戸主及ビ家族ハ其家ノ氏ヲ称スル、妻ハ婚姻ニ因リテ夫ノ家ニ入ル」

というように書かれているので、結婚したら妻(女性)は夫の家に入るので、名字は夫の名字になるというようになった。

夫婦同性、と言うよりは、嫁自動的に夫姓になる制度と言っても良い。

そういえば婿養子ってなんだよと思ってこっちも調べた所、男性が親と養子縁組を結んで、その家の娘と結婚する、と言うクソめんどくさい手順によっているようだ。

夫婦別姓に反対という人の気持ち

ここまで見てみれば(と言ってもほうぼうで見かけた情報ではあるが)、夫婦同性というのは明治時代に導入された制度だが、「平民名字を名乗っていい、いや、名乗れ」からの流れの中で「結婚したらどうすんの?」という感じで「夫婦別姓でいいんじゃね?このほうが自然だし」からの「いややっぱ旦那の姓をなのれ」に変わってきたという結構自然な家庭を経ている。これを伝統と言って良いのであれば、国家国民強制してきたことが伝統になってしまう。

システム屋として考えたこ

テクニカル夫婦別姓を考えると、データ管理の点でのコストがあるというのはある。

DBなんかで詳しい人は「姓」にその戸籍参加者を紐付ける形で管理していたが、この「姓」が家庭の単位を表さなくなったときにどうやって国民戸籍情報管理するのかという問題がある。いつ生まれて、どういうふうに転居し、誰と結婚して、子供が生まれて、離婚して、死別して、みたいなすべての履歴データを新形式コンバートせよという難題だ。明治時代とかの手書き戸籍謄本は電子化したうえで、ID割り振りという苦行が待っているだろう。待っていないかもしれないがこの辺は考え方次第かもしれない。

戸籍謄本は直系尊属はいくらでもさかのぼって取得して良いというものがある。これは、自分の親、親の親、親の親の・・・というようにさかのぼって戸籍が取得できる制度になるのだが、仮に「姓」で戸籍情報管理する場合、別の情報戸籍管理をする必要が出てくる。過去の人にもさかのぼって。

もしこういうプロジェクトを立ち上げた場合にやりたい人っているだろうか、いやいるまい。

夫婦別姓をシステムとして導入するには以下のステップがいるだろう。

何よりもきつそうなのは戸籍データ各自体で各々管理されている(総務省が何かしらの方法で一括管理しているかもだけど)ので、この辺のすべてのデータ統合する必要がある。しかもやっている間も粛々と人々は結婚し、生まれ離婚し、死に、転出し、転入する。

そういうわけなので、なにかウルトラCを考えないと、システムから夫婦別姓はかなりの困難を伴うだろう。

もしできた場合どうなるのか

もしこの辺がきちんとシステム化された場合、例えば遺産相続で非相続者が登場するすべての戸籍謄本を集めなくてはならない(法的に他に相続権者がいないか証明する必要があるので)というクッソだるいイベントがあるんだが、これを非相続者のID申請したら一気に全部取得できるとかそういうのはできるかもしれない。

夫婦別姓なんか「もともと何の問題もないので好きにしてください」位自由にできる。

氏名変更だってそんなに難しくない(しょっちゅう変えるとシステム的に良くてもみんな混乱するので何かしら規制は入るだろうが。)

2021-02-23

anond:20210223181023

自由主義社会において対価も示さず交渉もせずに相手に行動を求めること自体が悪なんだよ

悪党はお前の方

そしてお前の言うクソ野郎というのは武士のいなくなった明治時代で「武士の風上にも置けぬ奴!」と言っているのと同じ

anond:20210222112119

下級武士江戸単身赴任で当番制で自炊してんだよたいてい

そして屋敷で煮炊きをするのは男女問わない下男下女

百姓はどっちが家事担当ということはなくてどっちも家事をやってどっちも働く

だがどっちも同じ仕事をしだすと男の方が体力などで勝るから当然男の立場が強くなり女は産む機械化する

あとホモソーシャルがどうして生まれるかというと男が女を信頼しなくなるから戦国時代男色文化はそこから始まる)

家事が女の聖域になったのは明治時代から

西洋から家政学」が入るまでむしろ女は労働補助や出産を除くと今一つ居場所がなかった

現代よりもあっさり離縁されてしまったのもそのせい

2021-02-14

建国記念の日を2月14日にずらしてほしいんよ

今年みたいにバレンタインデー休日に当たる年ってほっとしてる人多いと思うんよ。

来年の2月14日は月曜日からまた学校やら会社やらで義理のなにかを配らなきゃとか、

今年はもらえるのかなんかしょうもないやきもきが繰り広げられるはずなんよ。

でもそれも2月14日が祝日になってしまえば学校会社で顔を合わせるだけの人たちにはバレンタインデー関係ないイベントになるし、

恋人夫婦にとってはバレンタインにお休みデートができてみんなハッピーになれるんよ。

そもそも日本国がいつ建国されたかなんて誰にもわからんのを明治時代に後付けで決められた紀元節にもどづいて建国記念の日っていってるだけなんで、

2月11日でなければならない理由特にないと思うんよ。

すでにハッピーマンデー制度で由来のある祝日も移動させまくってるわけでさ。

なので建国記念の日を2月14日にずらしてもいいはずなんよ。

そういうことで国会議員の人、まじめに検討してみてほしいんよ。

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