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はてなキーワード: パラダイムシフトとは

2019-06-13

anond:20190613200334

アホだなぁ。

今の社会、今の会社を維持する事が目的なのに、パラダイムシフトなんて認めるわけねぇだろ

2019-05-21

anond:20190521113235

ヴィーガンに長期的エビデンスを求めるのは、それが人類始まって以来のパラダイムシフト要求からに決まってんじゃん。

狩猟から農耕に変わって以来だぞ。


長期的エビデンス?とりあえず3世代くらいかな。

蓄積するたぐいの健康被害ってあるからな。

anond:20190521111500

なるほど、感情感覚を消去した動物を作り出したら肉食ってもいいわけだな。

あるいは「植物にも感情or感覚がある」ということになったらヴィーガンは何を食うんだ?

あと、「原理的には可能でも、現実的には実行不能」って言いだしたらヴィーガン現実的に実行可能なの?

「肉食禁止」って人類ほとんど経験したことのないパラダイムシフトなんだけど。

ヴィーガン食の健康への影響についての長期的エビデンスもなく、またヴィーガン食の生産に関する持続可能性もない。

現実的に実行可能かどうか考える必要があるのはヴィーガンの側じゃないのかな?

肉食を是として繁栄した人類の、肉食を是として育った人々に対して過大な要求をするには、

ヴィーガン側には裏付けが不足しすぎている。

しか動機は安っぽい同情にすぎないじゃないか

その同情に共感できないものから激しい抵抗を受けるのは当然じゃないか

2019-05-11

anond:20190510235856

そういや「KKOの味方」が存在したらその時点で定義矛盾だったな

(待望のパラダイムシフトが起きたというのでないかぎり)

2019-05-06

チーズケーキ革新陰謀

ある街には5件の菓子店があった。それぞれの店で看板商品は異なっているものの、その街に住む人々の飽くことなき食への欲求を満たすべく、積極的商品開発を行なっていた。

そんなある日、ニューヨークのある企業革新的菓子を開発した、とのニュース流れる。その新たな菓子は、分類するならば”チーズケーキ”と表現するべき物のようだが、その味たるやチーズケーキはおろか、過去に作られたいかなる菓子とも比べても桁違いの芸術であるニュースは伝える。その味は個々人の好みを凌駕し、すでにニューヨークの大半の人々を魅了しはじめているようである

何より驚くべきことは、そのチーズケーキの開発元企業インターネット上でレシピを公開していることであるWebページではレシピに添えて、この公開が世界公益資するものと強く信じている、という社長メッセージ掲載されている。彼らはもともと食品販売を専門とした企業ではないとはいえニューヨーク中を虜にしたケーキレシピをなぜ一般に公開するのか、その真意は今のところ誰にも知りようがない。

レシピを見る限り、決して高価な材料特殊調理法必要としない。むしろ安価で広く手に入る材料ばかりで構成されている。取り立てて珍しいものとしては寒天くらいであろうか、ただチーズケーキ作りに使われることは珍しくとも、一般的な菓子作りにおいて決して風変わりな食材であるとも言えない。

ともあれ、このレシピの公開を受け、この街の5件の菓子店も大きな決断を迫られることになる。

というのも、例のチーズケーキニューヨーク菓子店の店頭に並ぶやいなや大きな人気を博し、従来の菓子市場をあっという間に席巻した。明日この街において同じ状況が訪れないとは限らないのだ。今すぐこのチーズケーキ商品化に取り掛かるべきなのか?

奇しくも5つの菓子店が出した結論は全て同じであった。「このチーズケーキ商品化しない」

一体何故だ?決して製法が難しいわけでもコストが高い訳でもない。

その理由は、彼らの既存商品ラインナップにあった。彼らは、今の看板商品の売上がチーズケーキによって奪われてしまうことを恐れたのであった。

—————————————

以上、駄文でお恥ずかしい限りです。しかし愚にも付かない創作ですが、この結論違和感を感じはしなかったでしょうか。

5つの菓子店はなぜチーズケーキの開発を進めないのか。仮にそのチーズケーキの味が本物で、5つのうち1つの店でもチーズケーキを売り始めてしまえば、彼らが恐れている看板商品の売上は他店によって大きく損なわてしまうでしょう。

ひょっとすると何らかの理由で5つの店は談合しており、このチーズケーキ販売を見合わせる協定をしているのかもしれません。たとえそうであっても、第6の新たな菓子店がそのチーズケーキをひっさげ、街の菓子市場に割って入るのも時間問題でしょう。

市場経済が常に企業間の競争連続の上に成り立っている以上、既存商品とのカニバリゼーションだけを理由に、あえてチーズケーキに手を出さないという決断をし、その結果市場チーズケーキ供給されないという考え方は合理的ではないと考えています

(もちろん現実はこれほど単純ではなく価値の捉え方・企業戦略多種多様ですし、イノベーションのジレンマが示したのはチーズケーキに手を出せなかった過去巨大企業実例でしょう。ただしその際は新たなイノベーター市場破壊しにきます。)

ただ、何故か医薬品においては起こりうるべきこととして考えてしまう人も一定数いるようです。(痛ニュー記事一般論として書くのはいかがなものですが)

http://b.hatena.ne.jp/entry/blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1989967.html

今、世界中の製薬企業はアンメットメディカルニーズと呼ばれる既存薬での治療法が確立されていない病気治療薬を、それこそ血眼になって探しています。そして、がんはその中でも最も大きな市場となっており、多くの製薬企業の主戦場となっています

もし虫下しで癌が治るのであれば、2004年発見から15年経っても市場に現れないということはまず考えられません。そしてそれが製薬企業陰謀であるなどということも、まずないでしょう。一般的な薬の開発にかかる期間は7-10年程度かなと思います最近

製薬におけるパラダイムシフトはすでに起こっており、これまでの低分子薬ではすでにあらかた取り尽くされてしまい、最近新薬ではバイオゲノムなどこれまでと全く異なる方法での研究開発が主となっています

世界中で星の数ほどの製薬ベンチャーが生まれ大手製薬企業はその中で見込みがありそうな薬を持つ企業の買収や提携により薬の種を仕入れることが珍しくありません。

これが製薬企業陰謀なら、世界中のありとあらゆる製薬関係者が関与するカルテルでも作るんですかね。毎年研究者の卵が生まれるので大変ですね・・。どんな談合があったとしても、裏切ったもん勝ちな感じもします。囚人のジレンマってやつですかね。

なお別の記事ブコメで、この薬剤では治験にかかる費用がペイできないのでは、というコメントがありましたが、これも可能性としては低いものと考えています

まず薬価については、日本では新薬薬価算定方式厚生労働省によって定められておりそれに従い価格が決定されます

https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12404000-Hokenkyoku-Iryouka/0000144409.pdf

虫下しががんに効くとすれば、これまでの作用機序とは全く異なる新薬で、薬価基準制度における原価計算方式になります。ここで研究費や開発(=治験費用一般管理費として計上した上で、さら営業利益等を上乗せした価格が最終的な薬価となります

ただし日本医療費は年々上がる一方で国も薬価引き下げのための施策を多数取っていますし、原価計算方式であっても必ず利益が出る薬価になるという担保はありませんが。オプシーボも想定以上に販売数が上がり、その結果劇的な薬価の引き下げに繋がりました。

いずれにせよ、がん細胞をこれまで止まったく異なる機序死滅させるとすればそれこそオプシーボのような画期的新薬となり、採算を気にしなければならないような話ではありません。

ちなみに余談になりますが、がんに効くと言われた虫下し薬がどれだけ安価に作られるものだとしても、人間治療に使う医薬品が同じような価格帯となることもまたありえません。薬が保険適用対象となるまでには10スパン研究〜開発〜承認の流れがあり、また製造においても品質担保するための様々な規制があります。それらのコストが全て医薬品にはかかっており、動物用薬と並べて比べられる類のものではありません。

かかるコストは決して安いものではありませんがそれが命、健康の重みでもありますし、万一承認された医薬品安全性問題があったとすれば、国も裁判賠償責任を問われることとなるでしょう。私個人としては安心して薬を使うことができるということの価値を感じますし、総じて日本医療制度は(先行きが不安であるとはいえど)非常に優れたものであると感じています

話を戻して先ほどの虫下しがまだ上市されていないことを考えると、おそらくはまだ基礎研究段階、もしくは動物等を使った非臨床試験での問題が解消されていないものか、またはそもそも2004年時点で話に尾ひれがついてしまったのではないかと思います

最近SNSの発展とともに(特にがんがひどいのですが)見ず知らずの他人代替療法提案したりするところを目にしてしまます。これまで積み重ねてきた人類の叡智を以ってしても完治が難しい病気存在する、というのは辛いですが間違いのない事実です。

いざそのような病気に直面した時、どこかに魔法のような治療がある、という言葉を信じたくなってしま気持ちは察するに余りあります。(これは病気となってしまっった当人だけではなく、その周りの親類や友人にも当てはまります

ただ今私たちが受けている医療は、それだけ多くの科学エビデンス過去から積み上げてきたからこそ享受できているものです。決して第三者の甘い言葉だけに惹かれてしまことなく、担当医の見解を聞く、セカンドオピニオンを取る、各種支援団体相談する、など出来る限り多くの情報を、出来る限り冷静に集めてみてください。

また治験では未承認ながらより新しい治療薬が利用できることもあり、条件さえあえばまた違った選択肢を取ることができおることもあります治験についてもWeb上で実施している病院などの情報が公開されています。(治験という性質上、通常の治療とは異なりますリスクを含め必ず専門医相談の上、治療方針検討してください)

長々と書きなぐってしまいましたが、これがこの連休を締めくくる最後活動になりました。少しでも薬についての理解につながることを祈って。

2019-04-19

anond:20190419110552

氷河期より後は、それまで「普通」だったことが普通じゃなくなってしまってる。

人生において重大なパラダイムシフトが起こったわけで、そういう世代に対して「常識」とか「これまでそうだった」は通用しない。

もっとロジカルに行こう。

女性人権非モテのそれより大事」ってのも善悪はともかく固定観念に過ぎないわけで、

その固定観念恩恵を受けられず、むしろその固定観念に苦しめられるものからしたら打破すべき「偏見」でしかない

2019-04-08

大阪は、大阪に相応しい酋長を手に入れたのでしょうね

大阪の府市長戦がゼロ打ちで決まる。

いろいろ思うところもあり、正直な感想を。

尽力されていた方には、候補者ご本人含め敬意を表します。お疲れ様でした。それとは別に、戦い方全体の話として今回(前回もですが)負けた陣営に3つの違和感がありました。

1) 最初タレント候補擁立しようとしたこと

なぜ情報漏れたのかという、組織ガバナンス問題もそうですが、タレント候補ってそんなに求められているんですかね?職能必要なんじゃないですか?警察書の一日署長じゃあるまいし。その後で「この人を応援して下さい」みたいに言われても、ちょっとそれどうなんだと思ってしまいました。

2) 「オール大阪」みたいなポジションの取り方。

まるで、商店街の近くにショッピングモールができたので「そっちに客を取られる」と商店主が集まって、「商店モール」として対抗する感じですよね。

大資本ショッピングモールが支持される理由は様々ですが、以下のような強みはガバナンスの強さによる経営の強さです。

動線計画の強さ

施設管理の強さ

・フルラインナップが揃っている(リーシングの強さ)

楽器店や書店など、売り上げの低めの店は全体で下支えしている

今回の「野党共闘」の選挙は誰が責任をもって仕切っていたんでしょうか。わかります思想信条の異なる各党がこれはマズいと共闘すること自体が異常事態だということもわかりますが、いかんせん看板が見えませんでした。

3) やはりビジョン問題です。

突然始まった選挙ですから、突然白羽の矢が立った人に

ビジョンを示せということは酷かもしれません。

しかし、今回はお二人とも経験者、「プロ」だったはず。しかし、日頃からそういうことを考え抜いているように到底思えませんでした。(いい人だとは思います、私の期待が高すぎるのかもしれません)

出てきたスローガンゲンナリしたのは私だけではなかったと思います。「大阪から新しい世界を切り開く」とかいもの聞き慣れた政治家ポエムのものでした。世界ってどこすか。

時代情報化、国際化しているにもかかわらず、やれ大阪都だの取り戻すだの、両陣営とも沈みゆタイタニック号の船上で椅子を並び替える話のようにしか感じませんでした。

この情報化社会という産業革命以降、最大のパラダイムシフトに対して、何の受け止めもない(これは両陣営とも)のはどうなんでしょうか。

地方武器である生活コストの低さとための大きさ、規模の小ささを生かすのは、そこでしょう。

具体的に書いてみます。例えば

名古屋にも水をあけられている大阪だが、人の行き来や単価の高い精密分野、電子部品では航空等もあり、地の利を生かして「アジアの中心としての、輸出入の新興」を推進する。

海外東京から外貨」を稼ぎ、大阪文化の中で豊かに暮らしてもらう。都心から移住推進する「オフサイト都市推進」田舎自治体では成功例もある。内部の経済循環だけでは少子高齢化予算規模も維持不能プライドを捨て取り組むべき。

日本全国の中小企業ベンチャーに門戸を開き、全国に先駆けて、府や市の業務住民サービス情報技術で合理化し、充実する地方自治体モデルを作る「市役所2.0」「府庁2.0」→ 予算削減と住民サービスの向上を両立させるには、情報化、自動化しかない。

みたいなことだって挙げられるはずです。

それらを支える為の福祉文化振興、教育、として魅力のある街作りだって打ち出せるはずです。

まあ、それももはやどうでもいいです。

お似合いな酋長になった。

マジョリティの鏡が醜いと批判しても仕方が無い。

お似合いだし、何より現実だ。そういう国だし、そういう町なんだよ、ということをいい加減受け入れようと思います

2019-01-19

モリゾー

トヨタグループ御曹司にしてレーシングドライバーでもある」という自己イメージに陶酔し切っていて、(一時代前ならそれでも良かったのだが、)クルマを取り巻く状況が静かに変わりつつある今、具体的に言うと自動運転に切り替わろうとしている今、モリゾートヨタ最大の癌となるだろう。

自動運転実用化。これは本当に世界を一変させるパラダイムシフトだ。クルマ運転するものではなくなり、所有するものでなくなり、ただ利用するものになる。

google様が自動運転車のハードウェアとして車を作ってくれとトヨタに打診した時、モリゾーの奴は「人と車との繋がりがなんちゃら」「それがTOYOTA企業理念だのなんちゃら」とわけの分からない事を言って断った。俺はそのニュースを見た時、これは世紀の大失敗ではないかと思った。google自動運転車が今後世界を席巻することはほぼ間違いなくて、そのハードウェアとしての車部分を製造するというのは、IBMPC/AT製造する時にそのOSを作ったMicrosoftのような立場じゃないか巨人肩に乗るようなものだ。断る理由がない。

しかしそれをTOYOTAは断った。わけの分からない理由を並べ立てて。TOYOTAは仮にも日本最大の企業であり、考えも無しに断るわけがないと思っていた。つまりあれは日本的な修辞であり、本当の理由は別のところにあるのではないか(つまりTOYOTA独自自動運転車の計画を持っているとか、だ)なんて考えた。でも新型スープラの発表でメディア露出したモリゾーを見て、これはひょっとするとひょっとするぞ…と思ってしまった。もしかして、本当にただのバカなのでは、と。

正直なところ、フェラーリポルシェのような伝統ある会社が言うならともかく、TOYOTAのような大衆車を安く大量生産させてきたような会社トップが、“人馬一体”だの、“運転する喜び”だのほざいてるのは悪い冗談しかないと思う。

2019-01-12

政府が掲げているSociety5.0とかい標語、クソすぎるからやめろ

Society5.0とは、内閣府提唱している未来社会であり、

狩猟社会、農耕社会工業社会情報社会に続く第5のパラダイムらしい。

https://www8.cao.go.jp/cstp/society5_0/index.html

これまでの情報社会Society 4.0)では知識情報が共有されず、分野横断的な連携が不十分であるという問題がありました。

Society 5.0で実現する社会は、IoTInternet of Things)で全ての人とモノがつながり、様々な知識情報が共有され、今までにない新たな価値を生み出すことで、これらの課題や困難を克服します。また、人工知能AI)により、必要情報必要な時に提供されるようになり、ロボット自動走行車など技術で、少子高齢化地方過疎化、貧富の格差などの課題が克服されます

あのさ、普通の人は、たぶんそれを第5の社会だとは解釈しないよ。

これって単に、第4のパラダイムたる情報社会が不完全だって言ってるだけじゃん。

IoTだとかAIだとかって、それまさに情報社会の一要素だよ。

単純に情報社会が完成されていないだけだよ。まずはSociety4.0を目指しなさいよ。

だいたいさ、IoTだかAIが完成したとして、それって農業革命産業革命情報革命匹敵するパラダイムシフトと言えるわけ?

単なる技術的な落差の話じゃないよ。

内閣府自身Societyと言っているように、技術によって社会の在り方、生活スタイル倫理規範意識までもががらりと変わってしまうのがパラダイムシフトなんだよ。

そういう意味でもやっぱり、今はまだ情報革命の途中だと捉えるほうが普通の考え方だと思うけど。

次のパラダイムシフトと呼べるものがあるとすれば、遺伝工学生化学が発展して情報工学と結びつき、生態としてのヒトが変わってしまうほどの大転換、いわゆるトランスヒューマンくらいの変化でないと狩猟→農耕→工業と同レベルとは言えないでしょ。

2019-01-09

女は自由だと本能を顕出させる

女の本能優生学的で非多様であり、女は強者男性に全てを明け渡す

女が自由意思で(自分ダメージがある形で)社会的弱者に施すことは無い

すなわち、女に自由があればあるほど弱者から強者への富の再配分が起こる

当然、格差は拡大し、少子化も進む

試験管ベビー大量生産するようなパラダイムシフトを前提にしないのであれば、

少子化改善貧困再生産を止めるためには女の自由制限必要となる

2019-01-05

京大受験の思い出

anond:20190102063518

なんか盛り上がってるので参加させてくれ。

[基本スペック]

ややADHD気味で人の話に集中できない。図形脳で言語スキル特に会話)が弱い。

親は両方中卒で無口、兄貴不登校引きこもり、弟は知恵遅れ気味。親に何かを教わったという経験があまりなく、親の無口が自分にも遺伝している。

家は全く裕福ではなく、父親過去名鉄会社で工員勤務。俺が小さい頃に仕事中の事故で片足を失ったがそれでも家族を養うために働き続けてくれた。

[中学校]

大阪西成に近い、低階層クラスの家庭が沢山あるエリア。なのでヤンキーが沢山いる地域だった。周りの奴らと比べて頭の出来が良いかも?という自信はあったが、ある時進研模試を受けて自分偏差値が55程度であることを知る。しかしその当時は偏差値意味もよく知らず、周りは皆偏差値45ばかりの中55とってる俺は輝いて見えたし、学年一番の偏差値60の奴が天才に見えた。

勉強はあまりしなかったが図鑑などを読むのは大好きだったし特に数学が好きで他のやつが解けない難しい問題を解けるという自信があった。

周りの友達にはあまり行儀の良い子はおらず、いつも誰かの家に集まって夜中までワイワイゲームしたり、夜の公園に集まって時には朝まで駄弁ったり、楽しかったがあまり真面目に勉強はしなかった。授業中はほぼ教科書落書きパラパラ漫画を書いていた。

授業中騒ぐようなことはなかったが、もともとADHD気味で人の話を聞けないのと、夜まで遊んでいたり早朝新聞配達バイトをしたりしていたので先生からの覚えは悪かった。受験の時に「お前は内申点いか公立いけんぞ」と言われた。金のない親には非常に申し訳ないことをした。

[高校]

結果偏差値55くらいの私立高校に行くことになった。

高校に入って最初の構内統一試験みたいなものがあり、そこで自分は大して頭が良くないらしいということに気づいた。周りの友達と話をしていても、なんか自分の考え浅いし遅いな、と感じることが増えてきて、それまで自分はそこそこ頭いいと思っていたのが叩き潰されて結構なショックを受けた。この時に感じた自分は凡人以下であるという自己認識はその後の人生に大きな影響を与えた。それと同時に英語国語は負けてもいいが数学だけは負けては行けないというプライドに火がついた。

高校偏差値は高くなかったが担任教師偏執的に関関同立に執着しており、お前たちは人生に勝つために勉強しなければいけないという脅迫まがいのプレッシャー毎日のようにかけてきた。もともと中高一貫の進学組は大学受験マインドが高く、関関同立目指して頑張るぞ、という空気があったので自分だんだん感化されて勉強するようになっていった。

担任教師人間性としてはそびえ立つクソだったが奴がいなければ今の自分はなかっただろうな。

だんだん勉強が楽しくなり、受験マニア友達ができたこともあり、書店参考書を眺めるという日課ができてきた。

当時家に金が無いことはわかっていたので小遣いはもらっておらず、どこかに遊びに行くとか美味しいものを食べるとかできる状態ではなかった。思い返せば高校の間友達プールに行くとか遊園地に遊びに行くとかそういう経験は一度もなかったな。

しか書店にある沢山の参考書を買いたい欲が日に日に強まってきた。そこで、小遣いはもらってはいなかったが毎日昼飯代として500円支給されていたので週の半分くらいは昼飯を食わずお金を貯めることで月5,000円くらい貯めてこれで参考書を買ったり駿台夏期講習に申し込んだりできる仕組みを開発した。

参考書の数が増え真面目に勉強をするようになり、やはり自分数学能力は人より優れているという自信を再度取り戻すようになった。数学は本当に楽しくて熱中した。そのうち数学先生から大学への数学」の存在を紹介されて毎月購読するようになった。

と同時にやはり自分の頭の回転は良くないので自分が将来何かを成し遂げたいのであればただ一つのことに時間を集中しなければ他人には勝てないという確信を持つようになった。

から毎日往復二時間に通学時間の間はずっと参考書を読むようになった。Z会速読英単語など、最初は全く意味を取れなかったが何度も何度も読みまくることで次第に英語が読めるようになってきた。

高校3年になった頃にはもう勉強が非常に楽しくて生活の中心になっていた。特に大学への数学では毎月巻末に難問が出されて解答を編集部に送ると添削してくれるのだけどそれに本当に熱中していた。この問題は本当に難しく、自分の頭では数時間考えた程度では全く解けず、数日、時には数週間同じ問題をひたすら考え続けるという生活を送っていた。夜寝る前まで布団の上で考えて、眠りながら考えて、朝起きたら布団から出ずにまた考え始めるということをしていた。今考えると頭の使い方が稚拙というか同じところをぐるぐる周ってる感じだったのだけど、そうやって何日も考えると解答が思いつく瞬間が必ず訪れるのでそのカタルシスに当時は本当にハマっていた。毎月添削結果が送られて来るたびに模範解答のエレガントさと、自分の地をのたうち回るような回りくどい議論の差を見せつけられやはり自分は凡人であるということをつきつけられた。点数はいつも150満点中145程度で一度も満点を取ることが出きなかったのは悔いが残る。自分過去の思い出とかにはあまり執着がなく、京大博士卒業証書も使いみち無いのでゴミに出したのを友人に止められたくらいだがこの添削結果だけは今も大切に保管している。

自分記憶力が異常に弱く国語歴史は非常に苦手だったのだけど、物理化学も覚えることが多くて困っていた。しか駿台の著名な先生山本義隆氏と石川正明氏)の書いた書籍を読み、覚える物理化学から考える物理化学へとパラダイムシフトを起こすことができた。ただ暗記するのではなく、なぜその式が成立するのか、なぜそのような化学反応が起きるのかというより深いところを理解できるようになった。同時に物事を深く認識するということが自分性格に非常にマッチし、そして自分はそのために人の10倍の時間を捧げることができるということが自分の強みである確信するようになった。この強みは40になった今でも活躍している。

この頃は駿台河合塾模試でも上の方に乗ることが多く、志望学科の中では上から2番目を取れるくらいにはなった。そうなると今度は予備校の方からただで授業を受けませんか、というお誘いが来るようになる。これは合格者一覧の名前を稼ぐマーケティングである。その中でも駿台数学特別講義という非公開の授業にお誘い頂いた。数学がよくできる学生を数十人集めて難問の講義を行うというもので、これもなかなか楽しかった。周りは皆灘とか東大寺の中に偏差値55の学校が混ざっているのはむず痒い感じではあったが、すぐに自分はやはり彼らとはレベルが違うということがわかる(毎回試験があって採点される)。一人明らかな天才がいて、その人は今有名な数学者になっている。

後のことは上記の事の結果でしか無いので端折るがセンターは確か国語社会が6割くらいしか取れず志望学科はC判定、というのが送られてきて先生が「気を落とすなよ」慰めてくれたが自分としては全く想定通りの結果であり過去模試の結果からこの差は二次で覆すことができるという強い自信が会った。

家の経済的事情から滑り止めを受けるということはできず、前記京大後期阪大のみを申し込んだ。これについては先生から怒られた。本当は阪大の後期にも申し込みたくなかった。

試験数学は色々ケアレスミスをしてしまったが大筋では正しい解答ができ、物理化学はどちらも1問しか間違えなかったので合格確信した。

しか合格した当時自分中二病を引きずっていたので一緒にいた親に笑顔特に見せず「合格した」とだけ言った。これは人生の最も大きな後悔の一つ。

大学に入った当時は研究者になることを夢見ていたが大学に入ってからは本当の天才を目の当たりにし、また博士課程卒業間際になり研究というコミュニティコミュ症では構造的に海外リア充に勝てないということに気づき断念、IT企業就職して今はスタートアップをしている。

2018-12-30

死にたいとか、結婚はしないだとか、いってるやつに限って生きるし結婚もぬるっとするような気がする。

価値観パラダイムシフトか、そうでなければただの呼び水でそう言っているのか。

嫌われる勇気」を読んで見た

今更だが「嫌われる勇気」を読んで見た。

かに前半の、「トラウマ存在しない」という説、人は目的のために理由を作るという説など、思い当たることも多々あってなるほどと感心させられた。

だが後半の「共同体感覚」、これってどうなの?

まあアドラー理解するのが難しいと言われているし、自分理解がたりないだけなのかもしれないけど。

これって、自分以外の全員がアドラー心理学の信望者で、アドラーの言う自立した自我を獲得した人ばっかりだった時に成り立つ話じゃないの?

世の中なんて自分も含めて自立してなんかないどうしようもない奴ばっかだよ。

そんな中で善意の塊みたいなアドラー信者一人いたっていいように利用されるだけじゃん。

でさ、これはアドラーじゃなくて著者が悪いんだろうけど、例として「家族の誰も皿洗いを手伝ってくれなくても不機嫌な顔などせず、あなた(主婦)が鼻歌でも歌いながら機嫌よくやっていたらみんなが手伝おうかという気になるはず」っての。

ないわー。例としてもないわー

皿洗いする主婦を例として出すのもそもそもどうなのと思うけど、現実問題として主婦がこれやってたら誰も手伝ってなんてくれないでしょ。

家事しかり、地域ゴミ集積所の掃除しかり、職場の給湯室の片付けだとか喫煙所の吸い殻だとか。

自発的善意でやる人がいたら「あの人は掃除好きだからやらせとけ」みたいになって、挙句の果ては「ちゃんと片付いてない」とかクレームまででる始末。

こういう場合主婦が夫と子供に対して「自分ばかり皿洗いをしているけどみんなで協力してやりましょう」みたいな話し合いを持って解決するのが自立した人格のすることなんじゃないの?

だいたい主婦に皿洗い押し付けとく段階で横の繋がりなんがじゃなく縦の繋がりになってるじゃん。

まあ今更「嫌われる勇気」を読んだのは、「僕が僕であるためのパラダイムシフト」という漫画を読んだからなんだけど。

この漫画はとても良かった。

フィクションだっていうのには驚いたけどね。

2018-12-08

サードライブラリは使わないほうが良いのか

プログラミングの話。

よく、「既存APIは使いづらいけど、このライブラリを使うとエレガントなコードが書けます

みたいなライブラリを見る。

ライブラリ学習コストは高々一週間で分かる程度だから良いとして、メンテされてないとか、バグが多いとか、生のAPIを触りたいけどさわれないとかの理由がつらくて結局使わなくなる。

そういうラッパーライブラリって結局使うべきかどうか分かんなくなっちゃう。

以前はフェーズ1〜3くらいまでリリースしたらハイガッツリ作り込むのは終わりっすよ〜保守はほそぼそやりましょ〜って感じで良い客ばかり相手してたSIerだっから、「おっこのライブラリ良さそうやん、この案件で使おうや」と提案しても「ええやん」「やるやん」「クールやん」で即採用だった。

でもいまは1つのアプリを毎年ゴリゴリ更新してる内製アプリ会社にいるので、そう安々と採用してしまうとあとで地獄を見てしまう。というか地獄を見たツワモノ方から圧力をピシピシ感じ提案することすら出来ず、そのへん前職とのパラダイムシフトに戸惑っている。

はあ、結局サード製のライブラリなんて使わないほうが良いのかしら。

そんな事を思いながらGitHub Trendingに流れてくるそれ系の便利ライブラリスターをつけるだけの作業今日もはじまる。

2018-11-15

中国人金持ち過ぎててビビる

日本人はクソ貧乏になったな

この十数年でパラダイムシフトが起きるとは思わなんだ

2018-11-02

anond:20181102122313

原作少女マンガだが、アニメが導入になって購入されるムーブメントがあり、

CDTVなんかでは漫画書籍ランキングトップに度々登場してたんやで。

増田がどう感じたかは別として、CCさくらアニメ結果的CCさくら漫画も「萌え絵」にした。パラダイムシフトが起きたゆうこっちゃ。

これは後年伝聞だけで聞いても絶対理解できんとは思うが、その時代はそうだったんやで。

2018-10-30

ちょっと待てや!現代知識無双解釈はそうじゃねえ!

ビックリしたわ!あぁ!ビックリしたわ!

チート能力持って医者野球選手に転生?韓国での「異世界」「チートラノベ事情日本との共通点・違いそれそれ

https://togetter.com/li/1282683

先ずは大事なことを言っておくぞ韓国人め!

「ご愛読ありがとうございます!読んで頂き非常に嬉しく思います韓国発のサブカル作品を私も楽しく読ませて頂いております」だコノヤロウ

「どうやら本件は韓国という言葉距離の大きな違いか日本サブカル界でいうところの『現代知識無双』に理解齟齬がありようなので今回僭越ながら私が解説しますのでどうかよろしくお願いします」だチクショウめ!

じゃあ順を追って説明するぞオタンナス

1990年代萌え発見

発祥は諸説はあるがサブカル用語のいわゆる「萌え」が成立したと確信的に言えるのは1990年代に入ってからだ。

この愛情とも好意とも何とも言えない心の震え、喜び、熱さを表現する用語として「萌え」の発見サブカル界においてパラダイムシフトだったことは間違いなく、今日サブカルには無くてはならない概念である

2000年代萌え記号体系化〜

萌え発見から10年間、日本サブカル界隈は様々な萌えキャラクターシチュエーションを次々と考案、表現をし「萌え」の創作に努めてきた。

しかしながら世に萌えが溢れすぎているということに気付いた日本サブカル界隈は「萌え」を体系化する必要性に迫られた。

それまでは「管理人さん」や「セラムンの○○」「藤崎詩織」「姉」「妹」など「萌え」に対してキャラクター固有名詞家族属性表現されていたキャラクター属性日本サブカル界隈は体系化するという一大事業へ手を出したのだ。

それこそが「ツンデレ」を端に発する「萌え属性」「新ジャンルである

新ジャンル」は創作を楽しむと共に既存キャラクターの傾向を洗い出しシンプルにした記号体系化を果たした。

この一大事業の成果は大きく、今日サブカル作品キャラクターは数多く生まれた「新ジャンル作品のいずれかに該当するほどだ。

そして「萌え属性」では漫画アニメ中心に髪型身体的特徴・口癖によるキャラクター属性記号化などの試みも行われ代表作には「金髪ツインテールツンデレ」「短髪貧乳ボーイッシュ」「やれやれ主人公」などある。

2010年代現在主人公

日本サブカル界隈は萌え記号体系化という一大事業を完了し次のテーマ模索した。

現在日本サブカル界隈で席巻しているのは「主人公」という言葉としては単純明快ながら考えれば深すぎるテーマを掘り進んでいる。

このブーム火付け役は「とある魔術の禁書目録シリーズであろう。

とある魔術の禁書目録シリーズ主人公は一人ではない。ストレート解釈するなら主人公は「上条当麻であるが、少しでも“とある”を知っていたり、そのファンは「主人公上条当麻一方通行御坂美琴など多数居るし、むしろ1ストーリー毎に主人公が居ると言っても過言ではない」と訴えるはず。

日本サブカル界隈はこの「とある魔術の禁書目録」を読んで衝撃を受けたのだ。

何故なら1990年代から2000年代まで日本サブカル界隈がやっていたことはヒロインの開発であり、主人公は開発が停滞していたと言っていいほどほぼ手付かずだったのだから

もちろん日本サブカル界隈には1990年代から2000年代にも魅力的な主人公は生まれた。しかしながらヒロイン開発以上の成果があっただろうか?

日本サブカル界隈の同好の士は気付いている、それは否だと。

ここで考えてみて欲しい異世界生モノ現代知識無双モノでフォーカスされているのは誰なのかと。

かに作品によってはご都合主義過ぎて呆れるものもあるだろう(超ご都合主義場合は大抵は細かいことを無視したギャグ作品であることが多いが)。

しかしながら多くの異世界生モノ現代知識無双モノでの共通点は「順風満帆異世界生活保障していたチート能力の無力化」だ。

そのとき主人公は窮地に立たされ成長が促される。例えば元の世界ダメ人間だった自分と決別し真の意味で強くなったりする。チート能力じゃない強さを手に入れたりするのだ。

異世界生モノヒロインメイン作品ではないんだ。異世界生モノ主人公メイン作品なんだ。

金髪ツインテールツンデレだよと伝えるように、主人公メインの作品だよと伝えるための舞台異世界なだけなんだ。

実際のところ異世界生モノ以外に目を向けても

など、主人公フォーカスしたもの実質的複数主人公が居る作品がテキトーに挙げても目立つとはずだ(テキトーにパッ思いつく限り挙げたらジャンプに寄っちゃってしまった)。

日本同好の士たちよ「2000年代アニメパンティアニメがメイン」とか言われたら反論したくなるだろうが!(一部は事実だけど!)

韓国同好の士たちよ、お前ら何処に目を付けとんじゃボケェ!

もっと日本サブカル作品を楽しみつつ、もっと韓国サブカル作品を楽しませて下さい!オナシャス!!!

時間が風のように飛ぶ

やりたいこと、知りたいことが多すぎて、毎日つの間にか一瞬で時間が過ぎてしまう。

1日の中で、濃密な1分や意味のない1分が混在している。この文章も、どちらかといえばその意味のないほうのものだ。

今まで自分は「いろんなことを知っている」と思っていたが、そんなことは無かった。明らかに1年前は今より物を知らなかった。5年前は何も知らなかった。知識を集める時間がほしい。圧倒的に何かを得るための時間が足りない。

そうして睡眠不足になる。夜遅くまで色々作業をして目が冴えてしまう。寝て起きてもあまり有意義作業を行えない。仕事に対して情熱が沸かない。仕事ほとんどルーティンワークになりつつある。代わり映えのない発想、あまり調べもしないでもできる業務しかし全く考えないでできるわけでもないような作業だ。

未知の情報に圧倒されている。毎日今まで知らなかった言葉を10個は見る。彼は無知だと思っていても、やはり彼の専門の知識というものはあって、そういうことについては自分はかなりの無知であった。知らない言葉概念を聞くと「へぇそんなことをしているのか」と興味を持ち出した。それとは別に一日100個の未知語・あるいは使用語彙として定着していないものを脳にぶちこんでいく作業をしている。あらゆる文は1年前と比べて読みやすくなり、明らかに様々なものについて認識レベルが上がった。

ずっと時間に追われているという感覚がある。1日はすぐに終わってしまう。「今日も何もできなかった」という感覚に絶えず襲われる。達成感がない。満たされることがない。1日中何かしらに飢えを感じている。インセンティブがない。モチベーションがない。

濃密な1分というのは、自分の中で「これは有意義だった。かなり質のある1分だった」という時間だ。この瞬間は、自分の中でなんというか、革新的パラダイムシフトのようなものが舞い起こる。非常に重要な1分だ。かなり重要で根幹的な情報発見したときによく起こる。一方で、意味のない1分は、表層的で、根本的に何かを変えることもなく、自分人生に全く影響しないものだ。とりわけ、何かの微々たる待ち時間でそう感じる。

知識を得るたびぼくは無知自覚していく。周りの人々は天才なのではないかとすら思う。自分の知らないことを予測不可能レベルでよく知っているからだ。ただそれは別にいい。1人ではない他者人生をかけて獲得した概念をぼくが1つの人生で獲得できるわけではないから当然のことだ。

唯一不満なのは時間が風のように飛ぶことだ。世間的にもこれは広く認められているだろうけどどうしてこんなに早く時間が経っていくのかと嘆きたくなる。そして逆に、時間相対的に遅く感じるときもあって、「あれ、まだ10しかたってないのか」だの「あれ、もう3時間たったのか」などのように感じることがある。この差をとても悲しく感じる。常に時間の進み具合を遅く感じていたい。なぜ若いときは遅く感じられていたのだろうか。早起きしていたからか?

ともかく時をもっと獲得したい。

2018-10-11

anond:20181011192704

いや、江戸時代ロジックやで?

つまるところここまでの人類進歩ってロジックを解析していく、理解していくことにあった訳で。

それを解さない、その気もない人間を救済するってのはこれはパラダイムシフトなんてレベルじゃねーぞ

人類史への反逆レベルだわ。

ニュータイプって言ったのは俺流皮肉

意思感情言葉を介さず完全に分かり合え無いと感情ルール物差しには使えないよ

anond:20181011190242

まるで江戸時代以前はロジックではなかったとでも言いたげな発言やな。

あの頃の支配者のロジックと今のロジックがまるで変わっただけの話だと思うのだけれど。だから今のロジックが捨て去られたところで一気に封建制に戻るわけではないでしょう。

論理の正しさを無条件に肯定することによる抑圧があって、その抑圧下にある人を助ける手段として、論理のものを捨ててしまうのは一つの手段だけれど絶対的でもなく現実的でもない。

からどうしたらいいんだろう?って考えてるけど、パラダイムシフトがあってくれたらいいなぁってのがみんなニュータイプになれるかもしれないって発言意味

2018-10-10

キズナアイこそが最先端フェミニズム

 この記事を読んで、自称フェミニストさん方とは『前提』が違うのが理解出来た。

http://worldhumanrights.cocolog-nifty.com/blog/2018/10/post-d6b2.html?optimized=0

 

 こちらの文から引用するなら

キズナアイこそが現代日本でのキューティ・ブロンドなのだ。」

 

 

自称フェミニストさん方は文化に対する知識が浅い為、

キズナアイステレオタイプ女性観が評価されている!」と、勘違いしているようだ。

   勿論、これは間違っている。

しかし、誰しも特定分野のリテラシーを欠いている事はある。馬鹿である事は責めまい

 日常的にネットを利用する層は

キズナアイが【自覚的】に演出する完璧ステレオタイプ美少女キャラ像がもたらす【違和感】」こそを面白がっている。

 

 

 マツコ・デラックス然り、エディー・マーフィー然り、クリス・タッカー然り、キューティ・ブロンド然り。

それぞれ自身に持たれるであろう偏見自覚的演出する事で、結果的視聴者違和感自覚させ

それこそが自身の人気も差別の解消にも繋がっている。

 存在自体が極めて高度な社会批評体現している。

 

 

 キズナアイも全く同様。

但し、意図がドギツくならないようにと、普通美少女キャラとしての人気も得られるように

両取り出来るギリギリバランスを維持してる。そのバランス感覚は普通に凄い。

 

 

殆ど個性に近いステレオタイプ美少女キャラデザイン

 +コレまた ほとんど無個性に近いステレオタイプの声でステレオタイプ美少女キャラを演じる中の声優さん

 +何番煎じか分からない程 使い古された企画と、それを堂々と やり切る胆力。

 ×あのハイクオリティー3Dモデルを作る工数と、リアルタイムで動かせる計算資源を利用可能にすべく、事前に準備されていた予算……。

=ステレオタイプを狙うが故の違和感と、その【ほつれ】からも生まれ面白さ。

 

 

 これら全て、計算された違和感の元なんだけど、自称フェミニストさん方はバカから全部 気付かない。

それは仕方が無いにしても

 少なくとも数々の名コンテンツ供給してきた NHKも当然その程度は【自覚】してキズナアイキャスティングしているよw

NHKの狙いとしてはデーモン閣下や、ふなっしーピコ太郎みたいなイロモノ出してるのと変わりない筈。

 

 

恐らく、マンガ,アニメ,ゲームポップカルチャーに疎い[一般人]が見ても

 「『漫画』の絵が喋るんだ~。今って変な時代。」としか感じないと私は思う。

[一般人]には不快にならない程度の違和感を、分かる人には3周回った面白さを、両方狙えるバランス感覚は素晴らしい。

 が、バカフェミニストイチャモンつけられるのも この特徴上 必要経費やね。

 

 

 人種差別宗教差別LGBT差別と同等程度に女性差別を【自覚的】に取り扱えるようになった事に

当の自称フェミニストさん方こそが気付いていない。という逆説。

 

 

 人種差別宗教差別,LGBT差別は、ある種分かりやすく、また被差別者不利益しかもたらさないので差別として認識され易い。

が、女性差別場合は『慈悲的差別』もあって、女性側にも受益があり、

また、そもそも社会規範や社会基盤と根強く結びついている為に[自覚]さえ困難であり、

尚更、女性差別による問題の整理、切り分けは困難を極めてきた。

フェミニズムが時に女性にさえ非難 拒絶されてきたのは、そのためだろう。

 

 

 しかし、他の差別問題が先ず【自覚】される事から改善されたように

キズナアイというステレオタイプ発明は、フェミニズムにおいてこそパラダイムシフトである評価したい。

 

 

【ここから蛇足

 

 

 そもそも[解説コンテンツ]というフォーマット上、解説員の対比として視聴者より若干無知な【キャラ】を出演させるのは必然

賢い奴しか出てなかったら視聴者は置いてけぼりだよ……。

 

 

古い活動家が最大のボトルネックになるのは社会運動アルアルだけど、フェミニズムもこれで更に1事例 追加されたよねー。

2018-09-29

anond:20180929220623

19路

https://gyazo.com/cc3c574cb9f9c06f4302ba38c8bf6248

だだっ広く、途方もなく広く、どこから手をつけていいのかわからない。

それが19路盤。囲碁正式な対局盤です。

一体どこから手をつけるべきなのでしょうか。

基本的には四隅から打ちます

その理由はなんでしょう。以下の図を見てください。

https://gyazo.com/e88668947eb6fb43abc2d4f03ad75c0f

3x3の9目の地を中央、辺、隅でそれぞれ囲んでいます

隅が6手で囲えているのに対し、辺は9手、中央にいたっては12手かかっています

囲碁は囲った陣地の大きさを競うゲームです。

となると、隅が一番陣地を作るのに効率がいいということになります

囲碁が隅から打つ理由はこれです。

隅のそれぞれの場所名前と特徴

https://gyazo.com/dedc9a9aa91b29921bc2df9b18c5cef2

から4x4の場所にある地点を星といいます

碁盤の上に星がついている地点なのでそう呼びます

初手でよく打たれる手で、将棋でいえば飛車先を突いたり、角筋を空けるような基本的な手です。

特徴としてはやや中央に近いので、隅には甘い(隅をそのまま陣地にはしにくい)が、辺や中央への影響力が比較的強く、スピード感があるといった感じです。

小目

https://gyazo.com/f245ce2977ec76e869c82da6f46f6847

黒石の地点か△の地点。

布石時代と呼ばれるパラダイムシフトが起きるまで、江戸時代昭和途中までは初手といえばこの小目でした。

ヒカルの碁でもよく打たれている「右上隅、小目(みぎうわすみ、こもく)」がこれです。

星が一手で済むのに対し、シマリ(地点でいうとP17)と呼ばれる手をもう一手打つことで隅を2手かけて確保することができます

古くから打たれている手なので定石も多く、星よりも変化が多いです。

三々

https://gyazo.com/8d6e1ab9c3210430285739223ee6342a

3x3の地点へ打つので三々。そのままです。

地に辛く、隅を1手でほぼ確保できるのが強みです。反面、隅に寄りすぎていて、辺や中央への発展力に欠けます

どちらかというと、今ではあまり打たれません。

確定地がすぐにほしい現金な人は三々を打つのがよいでしょう。

コンピューターという異名のある石田秀芳二十四世本因坊がかつてよく打っていた手です。

その他

この他にも、「高目(たかもく)」や「目(もく)はずし」と言った手がありますが、あまり一般的ではなく上級者向けなので省きます

上記3つを覚えていればとりあえず初手には困らないでしょう。初手にはね。







次⇛https://anond.hatelabo.jp/20180929230142

2018-09-15

iPhone XRは次のスマートフォンの標準を定義する端末

高い。Apple製品は高価であるのがいつものことであるが、今回の新iPhone Xシリーズはあまりにも高い。

他社のフラグシップ端末と比較すると、その値段設定は強気すぎる印象を覚え、そしてそれを非難する声があがるのは十分に理解できる。

ではAppleが訴求するプロダクトを体験するにはフラグシップ端末でなければならないのか?と言えば、おそらくそうではない。

注目すべきは新しいSoCの「A12 Bionic」がエントリー端末と思われるiPhone XRへ搭載されていることだ。

更に言ってしまえば今回の重要テーマであると思われる「写真」に関しても「撮影後の被写体深度コントロール」や「スマートHDR」がiPhone XRには搭載されている。

様々なリークやApple Special Eventの段階では多くの人がどことなiPhone XSが基準にあって、iPhone XS MaxやiPuone XRが派生たかのような印象を覚えたが、実際の3機種の機能比較共通項を洗い出し、もう一度Apple Special Eventを観ると「今回のApple基準iPhone XRにあるのではないか?」と思えてくる。

より先進的な機能を求めるユーザへは確かにiPhone XSやiPhone XS Maxを訴求している。しかスマートフォン端末ユーザの主要層は先進的な機能を求めているわけでなく、標準状態でより優れたスマートフォン端末を求めているのだ。

Appleはその標準状態でより優れたスマートフォン端末への回答としてiPhone XRを示した。

Android OS端末の通例に則れば価格設定は搭載されるSoC(≒処理能力)の差によって決定されることが多い。Googleも確かにAndroid Oneシリーズでそのようにしている。

しかし、Appleは単純に安くて処理能力の低く、標準的状態であるのに使いにくい端末を否定した。

Appleはできるはずなのだ過去SoCであるA11やA10を搭載し、カメラHDR対応していない非常に安いスマートフォン端末の開発ができるはず。

だがAppleはそれをしない。それはAppleの役目ではないから。Appleの役目は次の標準を世界に示すことだから

次の世界iPhone XRを標準として、iPhone XRが最低限として、iPhone XRが当たり前として、何とか安くiPhone XRを作るための知恵を絞る。

iPhone XRが次のスマートフォン端末のパラダイムシフトであり、不可能を可能にするAppleミッションだ。

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