はてなキーワード: エリートとは
「蒙古襲来から日本を救ったエリート黒人部隊が居たのを御存知ですか? 日本は賠償を恐れ、この事実を隠蔽しています。」
はい、来ましたポリコレ汚染。ね?遂に私の大好きな鎌倉時代にまで侵食してきましたよ。 私の歴史創作も蒙古襲来後が舞台。こんなんシマ荒らしと同じや。徹底的に抗戦するぞ。
ポリコレ流石すぎる
弥助の時でさえ黒人が目立ってたのにw
突っ込み所
4、蒙古襲来時の日本軍は報償第1のほぼモラル0キチガイ筋肉達磨巨漢集団なので黒人を侮辱している事に気付いていない
これを真実ってことにして「黒人は元寇のころから、人質がいてもお構いなく突っ込んで元軍をぐちょぐちょの海の藻屑にしてしまうほど凶暴で手に負えない民族だった」っていう嘘を広めるのはどうかな。調べたらそもそもが間違ってるってことは明白だろうし
誰かが言っていた黒人奴隷日本起源説をでっち上げるには元寇まで遡る必要があるとかなんとか
おそらく今はAIアートに浮世絵や版画風の和と黒人ミックス画像を覚えさせてるはずなので
お前等本気で日本人怒らせたいんか?
もしもの話なら笑い話でいいが
弥助アノン怖い😱
世帯年収1000万でも… 東京の住宅価格高騰に悩む子育て世代
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www3.nhk.or.jp/news/html/20240723/k10014518961000.html
この記事読んでふと思った
都心の実家だと広くてもせいぜい4LDKくらいだから2世帯で住むのはキツいじゃん?
じゃあ家探そうってなっても、ほとんどの労働者は今の都心の不動産価格では親世代よりもアクセス悪かったり、狭かったり、古かったりする家に住まざるを得ないわけで
子供の時よりも大人になってからの方が不便な住居に住まなきゃいけないってすげー苦痛じゃないのかなと思う
俺が土地余りまくってるクソ田舎育ちだからこういう感覚なのかもしれんが
歳を重ねるほど生活に余裕が出来るはずっていう昭和の社会通念を引きずったまま未だに世の中回ってる気がしてて、
インフレや都心一極集中によってもたらされた現実が理想と乖離しまくってる現状で、都心生まれがどういう感覚で自分の住まいを考えているのか知りたい
俺が勝手に心配してるだけで、実際都心で働くエリートたちはインフレに見合った賃上げがなされていて、肌感覚では住まいに困ってないのかもしれんが
でも、4人家族で60平米の2LDKをペアローンフルで買って、車もなしで子育てするとか狂気の沙汰だと思うんだよな...あまりに家庭を持つのつらすぎないか都心
子供の頃、生き物が大好きで将来は生き物博士になるんだ~とか無邪気に言ってたけど、
「お前は博士になれる人間じゃない、博士なんて稼げない、穀潰しになる為にお前を生んだんじゃない」って言われ始めて、
最終的には大学進学すら絶対反対されて断念、地元でちょっと有名な企業に高卒枠で入社した。
その当時は随分恨んでいたけど、
今となっては日本で成功できる知識職はアメリカの最高学府レベルで実績を残せるようなトップエリートの理工系か、
人々に適切な攻撃対象を提案し続けられる山師みたいな左翼人権派社会学者だけってのが分かってしまった。
政治的にも生物学なんて実益のない分野は選択も集中もしてくれないっての理解している。
貴重な資料を収集して博物館に収めたところで、維持管理費の無駄として破棄される。
働きだして分かったが、そもそも私はまっとうに四大に進めるような人に比べて頭が悪すぎるし、
働き始めないとそのことにも気付かない程度には無能だった。
例えそれがどんなに好きな分野であっても一端の者になることはできなかっただろう。
大学に進学せず、競争倍率の低い地元企業の高卒枠を使っての就職は、
私が人生で選択しうる最上最高にして唯一の選択肢であったと今は強く確信しているし、
当時の私の未熟な思い込みによる間違った選択肢を取り除いてくれた親には感謝しいている。
ネットでは親の意見にさからって我道を突き進むことが褒めそやされるけど、
先日27歳になった。一応エリートに分類される人生を送ってきたと思う。小学生の頃から高校まで成績はほぼオール5、受験勉強も必死にやって大学受験でも全勝し某理系難関国立大に進学。学部でも真面目に勉強し、ほとんどの科目でA以上をとって学部を卒業した。大学院にも進学し、一生懸命研究した。それほど華やかな研究成果が出たというわけではないが、それでも論文を出版することはできたし、優秀な大学院生ではあったと思う。大学院卒業後は研究職についた。仕事はすこぶる順調で、これまでの研究で一つ大きな成果を上げることもできた。年収も27歳にしては少なくない額をもらっている。
客観的に見て、自分はとても恵まれているし、羨ましがられる側の人間だと思う。だから、以下に述べることは結局僕の強欲さに過ぎないのかもしれないが、無性にどこかに吐き出したかった。どうかここに書くことを許してほしい。
僕は童貞である。27年間、女性とそういう関係になることがなかった。一応2回ほどお付き合いのようなことはさせていただいたのだが、どちらも長続きせずそういうことにすらならずに終わってしまった。
どうやら自分は他人と親密になるのが苦手らしい。一定以上親密になると、付き合うのが面倒くさくなってしまう。LINEの返信は面倒だし、気を遣いながら相手の言ってほしい言葉を探すのも得意ではない。これは何も女性関係に限ったことではない。友人との連絡も、たまにする分には楽しめるのだが、特に同じ相手と頻繁にやり取りする気にはとてもなれない。親との連絡ですら、面倒くさくてかなり適当になっている(最近は、親への連絡も親孝行だと思ってサボらないようにはしているつもりだが) 。
こんなに人付き合いが億劫なのはなぜだろうと考えてみると、そもそも僕は誰かに自分から話したいと思うことがほとんどないのである。僕には趣味と言えるものがほぼない。今までの人生のほとんどの時間を、勉強や仕事に使ってきたからだ。だから、仕事以外となるとほとんど話せることがないのである。そのせいで同じ相手とたくさんやり取りをすると、すぐ話のネタが尽きる。それでも聞き上手ならうまく相手の話を広げて会話を続けられるのかもしれないが、そういうことも得意ではない。これでは誰かと長く会話を楽しむこともできないし、次第にコミュニケーションを取ることすら嫌になってくる———。
要するに、僕がつまらない人間だから、人との会話を楽しむことができないのだ。
ではさらに、なぜ僕はつまらない人間なのだろうと考えてみる。言いたいことがない、相手から何かを聞いても良い受け答えができない。これは要するに頭が悪いということではないか。ここでの頭が良い悪いというのは、勉強とか仕事ができるできないの話ではない。普段から何かに興味を持って挑戦したり、あるいは誰かの話に興味を持って自分の頭で考えられることである。僕のこれまでの「エリート」人生では、勉強や仕事を一生懸命頑張っていればよかった。実際、僕にも勉強や仕事についてなら語れることはいっぱいある。でもそれを脇に置いた時、自分の「エリート」人生の驚くほどの薄っぺらさと、周りの「非エリート」人生の厚みに気づく。
仕事がうまくいっているうちは、自分の「エリート」さを支えに生きていけるかもしれない。しかし、仕事で行き詰まった時、自分の生き方に疑問を持つのが怖い。そんな時に、自分を支えてくれる人がいれば良いが、いまの僕にはそんな心から頼りにできるほど親密な相手もいない。また仮に仕事がずっと順調にいったとしても、いつかは引退するのだろう。そうなれば、自分の仕事に関するエリート性はもちろん、仕事を通じての人とのつながりすら失うことになる。そうなった時の孤独がどんなものか、想像もできない。
27歳童貞という事実は、単に自分の人生の浅はかさの一つの表れに過ぎないのだろう。「エリートさ」のみに支えられた一本の細い綱を渡りながら孤独に向かって進む他ない自分の人生にうっすらとした絶望を感じながら、今日も懸命に仕事をする。
先日27歳になった。一応エリートに分類される人生を送ってきたと思う。小学生の頃から高校まで成績はほぼオール5、受験勉強も必死にやって大学受験でも全勝し某理系難関国立大に進学。学部でも真面目に勉強し、ほとんどの科目でA以上をとって学部を卒業した。大学院にも進学し、一生懸命研究した。それほど華やかな研究成果が出たというわけではないが、それでも論文を出版することはできたし、優秀な大学院生ではあったと思う。大学院卒業後は研究職についた。仕事はすこぶる順調で、これまでの研究で一つ大きな成果を上げることもできた。年収も27歳にしては少なくない額をもらっている。
客観的に見て、自分はとても恵まれているし、羨ましがられる側の人間だと思う。だから、以下に述べることは結局僕の強欲さに過ぎないのかもしれないが、無性にどこかに吐き出したかった。どうかここに書くことを許してほしい。
僕は童貞である。27年間、女性とそういう関係になることがなかった。一応2回ほどお付き合いのようなことはさせていただいたのだが、どちらも長続きせずそういうことにすらならずに終わってしまった。
どうやら自分は他人と親密になるのが苦手らしい。一定以上親密になると、付き合うのが面倒くさくなってしまう。LINEの返信は面倒だし、気を遣いながら相手の言ってほしい言葉を探すのも得意ではない。これは何も女性関係に限ったことではない。友人との連絡も、たまにする分には楽しめるのだが、特に同じ相手と頻繁にやり取りする気にはとてもなれない。親との連絡ですら、面倒くさくてかなり適当になっている(最近は、親への連絡も親孝行だと思ってサボらないようにはしているつもりだが) 。
こんなに人付き合いが億劫なのはなぜだろうと考えてみると、そもそも僕は誰かに自分から話したいと思うことがほとんどないのである。僕には趣味と言えるものがほぼない。今までの人生のほとんどの時間を、勉強や仕事に使ってきたからだ。だから、仕事以外となるとほとんど話せることがないのである。そのせいで同じ相手とたくさんやり取りをすると、すぐ話のネタが尽きる。それでも聞き上手ならうまく相手の話を広げて会話を続けられるのかもしれないが、そういうことも得意ではない。これでは誰かと長く会話を楽しむこともできないし、次第にコミュニケーションを取ることすら嫌になってくる———。
要するに、僕がつまらない人間だから、人との会話を楽しむことができないのだ。
ではさらに、なぜ僕はつまらない人間なのだろうと考えてみる。言いたいことがない、相手から何かを聞いても良い受け答えができない。これは要するに頭が悪いということではないか。ここでの頭が良い悪いというのは、勉強とか仕事ができるできないの話ではない。普段から何かに興味を持って挑戦したり、あるいは誰かの話に興味を持って自分の頭で考えられることである。僕のこれまでの「エリート」人生では、勉強や仕事を一生懸命頑張っていればよかった。実際、僕にも勉強や仕事についてなら語れることはいっぱいある。でもそれを脇に置いた時、自分の「エリート」人生の驚くほどの薄っぺらさと、周りの「非エリート」人生の厚みに気づく。
仕事がうまくいっているうちは、自分の「エリート」さを支えに生きていけるかもしれない。しかし、仕事で行き詰まった時、自分の生き方に疑問を持つのが怖い。そんな時に、自分を支えてくれる人がいれば良いが、いまの僕にはそんな心から頼りにできるほど親密な相手もいない。また仮に仕事がずっと順調にいったとしても、いつかは引退するのだろう。そうなれば、自分の仕事に関するエリート性はもちろん、仕事を通じての人とのつながりすら失うことになる。そうなった時の孤独がどんなものか、想像もできない。
27歳童貞という事実は、単に自分の人生の浅はかさの一つの表れに過ぎないのだろう。「エリートさ」のみに支えられた一本の細い綱を渡りながら孤独に向かって進む他ない自分の人生にうっすらとした絶望を感じながら、今日も懸命に仕事をする。
エリートだろうが何だろうが下ネタなんて学生時代にみんな経験してるんよ
みんなもうおばさんおじさんなんだからさ
そういう中学生みたいなのやめよう?
恥ずかしいよ
本当に。
私なんかアート界隈多少詳しいけど、エロとか下ネタのパフォーマンスクソほど見て飽きてるんだよ。
そういうナンセンスアートみたいなものは太古の昔からあるわけ。
ほんとクソ寒いよ
前々から飲酒喫煙してても周りが指摘、処分できない雰囲気があったんじゃなかろうか
元々周りに悪い影響与えてるのはわかりつつ
いい加減オリンピックの舞台まで行けば収まるだろとか思ってたけど
結局何も変わらずの情報提供というか内部告発と言うかでチームとしてはもう無理だとして
かばいきれなくなっただけなんじゃなかろうか
プレッシャーはあったんだろうけどそれに耐えかねての一回きりだとしたら
さすがに一発アウトでもないだろうし
ジジェクの韓国語コラムが微妙なのは英語版を改変してるからだと言ってる人がいたけど、英語版も微妙やんね
単に賞味期限切れだろこの人…
https://english.hani.co.kr/arti/english_edition/english_editorials/1149192.html
現在の右翼ポピュリズムの再興について最も重要な点は、この再興がその支持者によってどのように認識されているかということです。異なるバリエーションで繰り返し現れる単一の修辞的な図式が見られます。新しいポピュリストは、企業メディアや極左による暴力的な強制に対抗して穏健な正常性を擁護しています。「LGBT+イデオロギー」の絶え間ない圧力により、自分がただの普通の「シスジェンダー」の女性または男性であるだけで、何かしら罪悪感を感じるようにさせられ、「バイナリー」であること自体が抑圧の行為であるかのように感じること。過去の発言や行動が急に禁止され、どのルールが自分を責め立てるか事前にはっきりと示されないため、何か行動や発言をする際に「キャンセル」されるという絶え間ない脅威。人種差別や性差別がただの自分の特性ではなく、自分の存在そのものに刻まれているかのように絶えず自己卑下を強いられる衝動。これらすべてが、多くの周縁的で「破壊的」とされるアイデンティティを十分に享受するように促されるのとは対照的に、停滞して息苦しい雰囲気を効果的に生み出しているように見えるのです。
「目の覚めるような新鮮な空気が、窒息するようなウォーク主義の圧力に一時的に流れ込んだ極端な事例は、アメリカのハイデガー主義者であり、アレクサンドル・ドゥーギンに共感するマイケル・ミラーマンによって最近提供されました。彼は最近、YouTubeで『なぜ普通のものすべてがファシストと呼ばれるのか?』というタイトルのポッドキャストエピソードを公開しました。彼自身の立場の要約は以下の通りです。
『「私が嫌いな人はみんなヒトラー」という現象はどうしたのか?奇妙ですが、理解できないわけではありません。戦後のリベラルな熱狂(左翼の反ファシズムと結びついて)により、多くのことが「極右」としてコード化され、禁忌となりました。しかし、それらの中には、政治と人間の生活をよく理解するために必要な重要なことも含まれています。』
また、ミラーマンのポッドキャストに対する多数の反応にも注目すべきです。これらは文脈を明確にしています。『彼らが私をファシストと呼ぶなら、それは私が正しいことをしている証拠だ。』『私の友人は多様性と包摂の原則に基づいて外科医を選びました。彼女は亡くなりました。』『WW2前のすべての普通の人は「ファシスト」だった。血と土、自分のものへの愛、他者への警戒心は私たちに組み込まれたものであり、完全に健康的なものだ。』『イスラム教を公然と批判してイスラム教徒をやめたためにファシストと呼ばれた。』『すべての普通のものがファシストなら、ファシズムは...』『「極右」の最良の定義は、間違っていないものすべてだ。』
マリーヌ・ルペンや彼女の周囲の人々は、この論理に大いに依存していますが、彼らは自分たちがネオファシストであることを断固として否定します。彼らは、健全な常識をファシズムと混同しているのは左翼リベラルだと主張します。しかし、この論理を徹底的に追求する人もいます。『すべての普通のものがファシストなら、ファシズムは普通だ。』
7月4日の選挙で労働党が圧勝し、保守党をほぼ壊滅させたとき、多くのリベラルは、英国がこの傾向に対する明るい例外を示したと考えました。しかし、ナイジェル・ファラージのリフォームUK党が400万票以上を獲得したことを過小評価すべきではありません(ただし、英国の投票制度のため、これが議会議員5人に翻訳されました)。保守党が事実上弱体化する場合、その位置を占めるのは、より公然とした人種差別的でポピュリスト的な新しい右翼運動である可能性があります。
新しいポピュリズムの広範な魅力をイデオロギーのミスティフィケーションと操作に帰するのはあまりにも簡単です。事態はもっと微妙です。新しいポピュリストの台頭は、私たちリベラルな「啓蒙された」者たちが無視している不満の層が存在することを示しています。この層は、深く埋め込まれた伝統的な人種差別に還元されるものではありません。
したがって、新しいファシズムを「非自然化」または非正常化する必要がありますが、そのテーマをただ拒絶するだけではいけません。愛国心や自分自身の特定の生活様式への愛着には本質的に虚偽や「ファシスト」なものはありません。ジョージ・オーウェルの英国のパブの称賛を思い出してみてください。これは労働者階級の生活様式の具現化です。新しい右翼ポピュリズムが行っているのは、愛国心に偏執的なねじれを与えることです。自分自身のコミュニティを自信を持って楽しむのではなく、外部の脅威(外国人や「逸脱した」性的習慣)に対する嫉妬と憤りに焦点を当てています。
いわゆるTERF(トランス排除ラディカルフェミニスト)の問題は、彼らがこの多様な流動的なアイデンティティに反対する方法が、アイデンティティ政治の枠内にしっかりと根付いていることです。彼らのターゲットは、トランス女性であると主張する男性であり、TERFの見解では、女性としての密接な物質的プロセスに実際に参加することなく、女性であると主張する男性です。要するに、TERFは女性のアイデンティティを望まない侵入者から守ろうと必死になっています。
それが、新しいポピュリスト右派が一様な形成ではない理由です。彼らの愛国心は偽物であり、自信がありません。ここで最初のパラドックスに出会います。新しいポピュリスト右派は、愛国心が強すぎるのではなく、愛国心が足りないのです。これは、グローバル資本主義への抵抗の神秘化された形態であり、経済的にもイデオロギー的にも、いわゆる普通の人々の大多数がエスタブリッシュメント(国家、大企業、メディア、教育)から圧力を受けているという事実に反応しています。新しいポピュリストは、エスタブリッシュメントに対して普通の労働者の声として、自分たちを明瞭かつ卑猥に介入させています。新しいポピュリスト右派は確立された秩序に対する急進的な抵抗を装っていますが、トランプのイデオロジストであるスティーブ・バノンでさえ自分をレーニン主義者と呼んでいますが、実際にはそれには程遠いのです。多くの億万長者によって支持されているため、資本主義の基本的な構造は手つかずのままです。
しかし、新しいポピュリスト右派に抵抗する人々は、まず自分たち自身を批判的に見つめる必要があります。彼らも同様のパラドックスに陥っているからです。ウォーク主義的な左派は、実質的には支配エリートによる操作として正しく経験される、破壊的な超自我体制を押し付けています。彼らは(性的、人種的、経済的に)排除され、周縁化された人々の保護者として自分たちを提示しますが、その活動の形態自体が深く抑圧的であり、したがって彼らの公式の目標を損なっています。「キャンセル文化」に浸透しているのは「議論なしの立場」です。人や立場が排除されるだけでなく、その議論自体が排除され、排除に対する賛否両論の対立が排除されます。
ヘーゲルはここで、ラカンが呼んだ、述べられた内容と発話の基盤となる姿勢の間のギャップを動員するでしょう。多様性と包摂を主張しますが、自分たちの定義する多様性と包摂に完全に同意しないすべての人を排除することで、それを行います。結果として、常に人々や立場を排除し続けるだけです。このようにして、包摂と多様性のための闘争は、いつあなたのプライベートな発言が公の場からの排除につながるか分からないような、スタージのような疑惑と告発の雰囲気を生み出します。
ここで、最後のカニバルを食べるというジョークの極端なバージョンを見ているのではないでしょうか?「我々のグループには多様性と包摂の反対者はいません――最後の一人を除外したばかりです...」このようにして、唯一の楽しみは、自分の超自我の抑圧者に同一化することです。他の誰よりも厳しくなり、超自我の規則に従おうとすればするほど、ますます罪悪感を感じることに耐えるしかありません。「ついにやり遂げた、今はリラックスして自分らしくいられる」という瞬間は決して訪れません。
新しいポピュリスト右派の基本的な動きは、「リラックスして、自分が何者であるかに誇りを持て」と言うことです。これをはっきりと言うことで、膠着状態を打破し、状況に新鮮な空気をもたらすように見えます。しかし、ポピュリストたちは支配的な既存の生活様式を維持したいと考えていますが、今日の現実である動的な世界に対しては、強引に介入せざるを得ません。一方で、ウォーク主義的な左派は急進的な変化を提唱しますが、彼らが想定する変化は「何も実際に変わらないように、常に物事を変える」という古い知恵に完全に適合しています。
したがって、二重のパラドックスで結論を出しましょう。新しいポピュリスト右派は愛国心が足りず、ウォーク主義的な左派は急進的ではありません。新しいポピュリスト右派は公然とユーロセントリックですが、ウォーク主義的な左派もその形態自体がユーロセントリックです。彼らは特権的な層のように振る舞い、周縁化され排除された人々を保護しています。彼らは後見的な方法で行動し、被抑圧者にとって何が利益になるのかを被抑圧者よりもよく知っているふりをし、被抑圧者があるべき行動を取らないときには何の制約もなく叱責します。要するに、「政治的に正しい」ウォークの言説は、最終的には被抑圧者に対して彼らが真に何者であるかを伝え、彼らをイデオロギー的宇宙の中の適切な場所に配置することです(たとえその場所が無場所として提示されていても)。そのため、被抑圧者はヒステリックな反応を起こします。「なぜ私はあなたが言っているような人間なのか?」
このようにして、新しいポピュリスト右派とウォーク主義的な左派を結びつける深い共謀があります。彼らは同じコインの表裏であり、今日我々が直面している巨大な問題を回避する二つの方法なのです。どちらも、今日のグローバル資本主義の核心に刻まれた対立を無視しています。
どう考えたって、満州事変~太平洋戦争~GHQ統治の過程以上に面白いコンテンツなんか無いんだよな。
・ 貨幣経済の導入により貧窮化していく農村出身者が、素朴な農本主義を抱いたまま陸軍に入って、テロリズムに走っていくのが面白い。
・ 陸軍士官学校を次席で卒業した超エリートでありながら、日蓮主義に傾倒して満州事変を起こした石原莞爾(著書のタイトルは『世界最終戦論』 !)なんかは個性的過ぎて面白い。
・ 満州国なんか政府の予算が付かなければ一巻の終わりなのに、手練手管を尽くして最終的に予算を付けさせてしまうのは、政治が上手すぎて面白い。
・ よせばいいのに欧米列強の利権が渦巻く中国国内で、じりじり勢力を拡大し、一触即発状態になりながら、陸軍内の勢力争いから拡大路線を止められず、結局太平洋戦争に繋がってしまうのが面白い。
・ 陸軍の中でごちゃごちゃやってたところに松岡洋右が現れて、日独伊三国同盟、日ソ中立条約をぱんぱんと決めてきてしまうのがすごくて面白い。
・ 戦後、統治に来たGHQのメンバーにごりごりのマルクス主義者が多く、マルクス主義の影響を受けた政策ががんがん実施されたというのも面白い。
謎増田:小学生のなりたい職業ランキング1位。中国…研究者、アメリカ…科学者、韓国…学者、日本…スポーツ選手。なんで日本ってこんな低レベルなんだ?
↓
- 学者が水俣病の頃より、謎の力学で嘘ばかりつくから。それに加えてSNSで承認欲求目的でロクでもないこと言うの増えたから
- 学者(研究者)が、働く訓練しなかったポンコツor発達ポンコツなの棚にあげて、自分が贅沢できない日本はおかしいと喚くから
- JAXA然り何をしても失敗ではない、学者(研究者)様は正義だから 。なお、日本は科学誌に不正研究を名指しされた国
- エリートではなく、技術職ならどうかというと、エンジニアもなんのすけべ心なのかKADOKAWAの件でよちよちしてる
他国の子どもたちが、研究者や起業家や技術者に憧れている横で、下記をやりたがる日本の子どもたち
- スポーツ選手 ← 嘘が入り込む隙が比較的少ない - Eスポーツプレイヤー ← 嘘が入り込む隙が比較的少ない - YouTuber ← 短期的な再生数ならともかく、長期的な再生数は嘘が入り込む隙が比較的少ない - 水商売 ← 国立大でミスコン(当然整形もある)を容認していて、風俗やりながら高等教育を美談として扱うあたおか教育者がいっぱいいる国
子ども『親の面倒なんかみたくね〜』
日本 | 米国 | 中国 | 韓国 | |
---|---|---|---|---|
親(保護者)をとても尊敬している | 37.1% | 70.9%⭐️ | 59.7% | 44.6% |
どんなことをしてでも自分で親の世話をしたい | 37.9% | 51.9% | 87.7%⭐️ | 57.2% |
親の経済的な支援をするが、世話は家族や他人に頼みたい | 21.3%⭐️ | 19.3% | 6.3% | 7.3% |
体の不自由な人、お年寄りなどの手助けをしたことがある | 53.5% | 78.7% | 78.8%⭐️ | 60.8% |
弱い者いじめやケンカをやめさせたり、注意したことがある | 27.2% | 63.2%⭐️ | 54.2% | 50.5% |
私は人並みの能力があると思う | 55.7% | 88.5% | 90.6%⭐️ | 67.8% |
自分はダメな人間だと思うことがある | 72.5%⭐️ | 45.1% | 56.4% | 35.2% |