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はてなキーワード: エッセイとは

2018-08-09

anond:20180809162406

わかる。唯一さくらももこは、煙草吸う代わりににほかの面で健康に気を使ってるってエッセイで書いてたから許してるけど。

2018-08-05

anond:20180805200536

たまにはてぶに上がってくる男さんエッセイ漫画

なぜか自分女性化して描いてたりするしな。

しろあずきは除く。

anond:20180805193343

たまに男さんもやってるの見るけど

基本的エッセイ漫画として上手くない

anond:20180805014148

最近毎日しづつでもなろう小説とかくだらないエッセイとか書くようにしてるけどそこそこ楽しい

絵とか音楽も興味あるけど環境整えるのが大変そうでまだ手が出せない

2018-08-02

杉田氏の文章を全文読んだ上で批評する

要約を最下部に載せています。全文読んでない方は要約も見て下さい。

反論

彼女エッセイの主張はシンプルだ。

A)そもそも日本は古来から同性愛に寛容だが、欧米同性愛者が迫害されてきた。社会構造が違うのに、欧米的な多様性容認していく流れを見習うべきという論調が目立つ。

B)多様性に寛容になり様々な性的指向を認めていくと際限がなくなる。「常識」や「普通であること」を見失うと秩序が保てない。

C)多様性肯定的報道はそれを助長することになりかねない。

以上が主な主張だ。反論は下記。

a)日本LGBTに寛容という点は、男色文化があるし同意できる部分もあるが、杉田自身が示した朝日新聞記事( https://digital.asahi.com/articles/ASL3K32F4L3KUBQU002.html )に「『周りの人の多くは性的少数者偏見を持っていると思う』と回答したのは、性的少数者層の当事者の48%に上った。」「性的指向性自認に関する言葉嫌がらせを受けたことがあるのは、非当事者の10%に対し当事者は29%。」とある。これで、寛容といえるのだろうか。

b)際限がなくなる危惧理解するが、現状では際限をなくしたい訳ではない。いままで「常識」や「普通であること」の外にいる人も包摂した社会にしたい。それまで中にいた人にとっては苦痛だろうが、心の中まで犯そうとは思っていない。男と男が手をつないでいて違和感を感じたとしても、その違和感自体否定しない(違和感がないことは理想だが)。ただ、その人たちも同じ日本に暮らす仲間として受け入れ、そういうパートナーシップがあることを理解し、異性愛者と同様の社会制度を作って欲しい。

c)肯定的報道が際限のない多様性拍車をかけているという因果関係を具体的に示していないので、報道云々の箇所は論拠を示して下さいとしか言えない。(そもそも多様性は既に現に「ある」のに、どう広げるというのだ)

以上。

感想

枝葉に目をこらすと、看過できない表現もあった。

1、『LGBTカップルのために税金を使うことに賛同が得られるものでしょうか。彼ら彼女らは子供を作らない、つまり生産性」がないのです。』

この文章が置かれている文脈では、議論右往左往しているので掴みにくいが、概ね下記の主張だろう。

日本では実際LGBT差別されているか疑問だ

  →LGBTの「生きづらさ」は親の無理解が大きい

    →親は自分の子供が同性愛者だと孫ができないのでショックを受ける

    →親の無理解クリアできれば、だいぶ「生きづらさ」は解決する

      →しかしそれは制度を変えることでは解決しない

  →そもそも社会は「生きづらい」のにリベラルメディア社会制度のせいにする

    →「生きづらさ」を自分で乗り越える力をつけさせるのが教育

    →「生きづらさ」を行政解決することには賛成する

      →しかし、行政が動くということは税金を使うということだ

        →子育て支援などは少子化対策という大義名分がある

          →しかし、LGBT子供をつくらないのに税金を投入すべきか疑問だ

しかに、少子化対策の枠でLGBT支援をするのは難がある。だが、全ての予算は「子供をつくる」ためにある訳ではない。「生産性」を広い意味で捉えたとしても、すべての税金の使いみちが「生産性」を追い求めるべきなのか。であるなら、クールジャパンファンド赤字を、ぜひとも批判してほしい。

なお、エッセイ後半の多様性容認のくだりをみるに、彼女が指す「LGBT支援とは、カップルに関することだけではなく、学校においてトランスセクシャル向けのトイレ制服を作ることも含まれていると思わる。性的マイノリティ暮らしやすく、「自分らしい」生き方ができる社会を整備することは充分に税金効果はあると思うが、そうした整備にも税金を使うことが躊躇われるようだ。

 

 

2、『「多様性時代から女性男性)が女性男性)を好きになっても当然」と報道することがいいことなのかどうか。普通恋愛して結婚できる人まで、「これ(同性愛)でいいんだ」と、不幸な人を増やすことにつながりかねません。』

それは同性愛者だったということであり、「これでいいんだ」と思えたなら、素晴らしいことではないか

同性愛になるか異性愛になるかは、人にどうこう言われて変わるものではない。

 

 

3、『LGBTからと言って、実際そんなに差別されているものでしょうか。』

杉田氏は『成長するにつれ男性恋愛して、普通結婚していった』と述べてる。つまり、異性と恋愛せず結婚しない同性愛者は「普通ではない」というのだ。

一方、エッセイ最後で『「常識」や「普通であること」を見失っていく社会は「秩序」がなくなり、いずれ崩壊していく』とも書いてある。

『「普通であること」を見失っていく』の主語社会と捉えるにせよ、その発端は「普通でない」同性愛である

杉田氏は、同性愛者に対して「あなた存在は秩序を崩壊させる」と言っているのだ。

これが差別以外のなんなのか。

 

 

4、『自分の好きな性別トイレに誰もが入れるようになったら、世の中は大混乱です。』

藁人形である

文科省は通知を出していて「好きな性別トイレを使っていい」という指針にはなっていない。

トイレ多目的トイレ職員トイレ更衣保健室多目的トイレを利用することを推奨している。

http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/28/04/__icsFiles/afieldfile/2016/04/01/1369211_01.pdf


さいごに

私はLGBT当事者ではない。同性とセックスすることはあるが、あくまで性欲に紐づくものであって、愛に紐づくものではない。なので、基本的にはストレートだと自認している。

そして、前提として、日本無秩序にしたい訳でもない。

従来の「ふつう」以外も認めて欲しい。そして、「ふつう」以外の人も包摂する社会制度を再設計したい。

もちろん、いままでの「ふつう」を崩すとどこまで崩すのか、と不安になる気持ち理解できる。

私は、他人に深刻な不利益をもたらさない限りで、かつ、従来の根本的枠組(人の定義etc.)の延長で、最大限の多様性を許容する社会制度

また、「同性を好きになったり、同性とセックスするヤツは気持ち悪い」と思うのを止めたい訳ではない。思うのは無意識化だから仕方がないことだ。

それを個人的感情にも関わらず「ふつう」という、さも一般化した言葉に置き換えるのをやめて欲しい。

杉田氏や反LGBTの人も含めた、すべての人が最大限の幸福を得られる社会になってほしいと心から願っている。

参考:杉田エッセイの要約

LGBTで各新聞キーワード検索したところ、朝日新聞毎日新聞記事数が多い傾向があった。この2紙はリベラル系でありLGBT権利を認めて支援する動きを報道することが好きなようだが、違和感がある。背後には権利を守ることに加えて、LGBTへの差別をなくし、その生きづらさを解消してあげよう、そして多様な生き方を認めてあげようという考え方が伺える。

しかし、LGBTからといって実際に差別されているか疑問だ。私は自分の友人が同性愛者でも気にしないし、職場でも仕事さえできれば問題ない。多くの日本人も同様ではないか

キリスト教イスラム教社会は、教義によって迫害されたり命に関わる問題にもなっていた。一方で、日本には同性愛者を「非国民だ!」という風潮はないし、迫害歴史もない。むしろ寛容な社会だった。欧米日本では社会構造が違うのに、日本マスメディア欧米を見習うべきという論調が目立つ。

LGBT当事者から聞くと、親に理解してもらえないことの方が社会的な差別よりつらいという。親は自分の子供が自分と同じように結婚して、子供をもうけてくれると信じているから、それができない同性愛者だと分かるとショックを受ける。LGBTの両親が受け入れてくれれば、日本はかなり生きやす社会になるのではないかしかし、これは制度を変えれば解決できるものではない。

リベラルメディアは「生きづらさ」を社会制度のせいにする。しかし、そもそも世の中は生きづらく、理不尽である。これを自分の力で乗り越える力をつけさせることが教育目的のはずだ。「生きづらさ」を行政解決するのが悪いことではないが、動くには税金必要である

・例えば、子育て支援子供ができなカップルへの不妊治療税金を使うというのであれば、少子化対策のためにお金を使うという大義名分がある。しかし、LGBTカップルのために税金を使うことに賛同が得られるものなのか。彼ら彼女らは子供を作らない、つまり生産性」がない。そこに税金を投入することが果たしていいことなのか。にもかかわらず、行政LGBTに関する条例や要項を発表するたびにもてはやすマスコミいるから、政治家が人気とり政策になると勘違いしてしまうのです。

・ここまでLGBTという表現を使ってきたがLGBと、Tは分けるべきだ。トランスジェンダーは「性同一性障害」とい障害であり、自分の脳が認識している性と自分の体が一致しないというのは辛いだろう。政治家として、医療行為を充実させることは考えていいことかもしれない。

・私は中高一貫女子校出身だ。女子校では、同性の同級生や先輩が疑似恋愛対象となるが、それは一過性で、成長するにつれ男性恋愛して、普通結婚していった。しかし、マスメディアが「多様性時代から同性を好きになってもいい」と報道したら、普通恋愛して結婚できる人まで、「これ(同性愛)でいいんだ」と、不幸な人を増やすことにつながりかねない。

朝日新聞調査LGBTが281人、自分が男女いずれでもないと感じるXジェンダーが508人、性自認性的指向が定まっていないQ(uestioning)が、214人いた。合わせて1003人にもなる。LGBT世間が騒ぐから「男か女かわかりません」という高校生が出てくる。また、思春期から社会の枠組みへの抵抗もあるだろう。(記事https://digital.asahi.com/articles/ASL3K32F4L3KUBQU002.html

・多様な性に対応するために、自分認識している性にあわせて自由制服選択できることに肯定的報道をよく目にする。例えば朝日記事で「多様性、選べる制服」。また、オバマ政権下では公立学校において、自分認識した性に応じて更衣室を使えるように通達を出した。果たして、それはいことなのか。Tに適用されたら、LやGにも適用される可能だってある。自分の好きな性別トイレに誰もが入れるようになったら、世の中は大混乱する。(記事https://withnews.jp/article/f0180330006qq000000000000000G00110601qq000017068A

最近LGBTに加えて、QやIやPなど訳が分からない。なぜ、男と女の2つではいけないのか。パスポート性別欄に男でも女でもない「X」と記載できる国がある。タイでは18種類の性別があるというし、Facebookでは58種類の性別が用意されている。冗談のようなことが本当に起きているのだ。

・様々な性的指向も認めたら、同性婚容認だけにとどまらず、例えば兄弟婚や親子婚、はたまた、ペット婚、機械結婚させろという声が出てくるかもしれない。どんどん例外を認めると、歯止めが効かなくなる。

・「LGBT」を取り上げる報道は、こうした傾向を助長させることにもなりかねない。朝日新聞が「LGBT」は、冷静に批判してしかるべきではないかと思う。「常識」や「普通であること」を見失っていく社会は「秩序」がなくなり、いずれ崩壊していく。私は日本をそうした社会にしたくない。

記事リンクは、筆者が探した。杉田氏が示した大阪版とリード部などが異なるが、本文はほぼ同一。

2018-07-31

酷評されてるオタにち!を公式で公開されてる部分だけ読んできた

https://comic-walker.com/contents/detail/KDCW_CW01200411010000_68/ こちらが閲覧した連載ページ。


連載開始ページ

文字が多く、一コマ目で会社員説明しているのにパーカー説得力がなく(在宅なのかも不明)二コマ目ではデカデカ文字が陣取り背景は謎の家?街並み?

PCを打っていた自画像が三コマ目でいきなり移動しようとしている?後ろを向いている?どちらにせよ意味不明すぎる行動。ここまで背景の描き込みがなく真っ白のためどこで何をどうしているのかがサッパリ

説明も「会社員仕事してさぎょいぷして美味しいもの食べてる私の日常をお送りします」的な小学生説明レベル解説力と漫画家として引き込む力のなさ。読んでるこちからすれば「は?」か「で?」という感想しか出てこない。だってそこまでのコマ会社員要素、オタ要素、食べ物、友人・イプ相手が一切出てきていないんだもん。作者の姿だけ。

オチ四コマ目はそれでは はじまりはじまり~の言葉とともに唐突に簡略化される作者像。なんでオチでいきなり力抜くの?三コマ目までとことんラクしておいて最後作画放棄してるのには「マンガかくのいやなのかな?」という感想しか湧いてこなかった。

次ページには登場人物紹介があるが

自分だけはしっかり描いてあるものの前ページと同じダルダルパーカー色違い)代わり映えしないのにびっくり。二コマ目には主要キャラであろう友人をあろうことか一括りにして挙句の果てには無個性ハゲ

コマ目には何も写っていないモニター。さぎょいぷ相手らしい。(しかフォロワーがイプ相手意味不明普通友人とやらないの?それともフォロワー呼びするぐらいその人を友人と感じていない?)四コマ目には愛猫がちょこっと出てくると書いてある。

ここまで見てまともに描いてあるのは作者の自画像だけで作者以外のマンガを盛り立てる魅力的な登場人物は誰もいないことに気付いてしまう。どんなオタクエッセイでも「自分」と「周囲」で沸かせていくはずなのにこの漫画では作者のみでこの世界を作っていくつもりなのか?と思ったら後々わかるけど本当にそうだった。

1話

ハゲトレーナースカート一見お嬢様とわからないお嬢様が登場する。

猫用ウォーターボウルとフィンガーボウルの見分けが付かない、クイックルワイパーを知らない、19時以降の外出には付き人がつくという本当に漫画しか見かけないレベルガチお嬢様らしい。

そんなお嬢様を信じられないことに一コマ目で作者は「オタ友」と呼んでいる。なんのオタクだよ。ガチファビュラスセレブオタク趣味も嗜む叶姉妹ももっと常識あるしどんなジャンルが好きかわかるぞ。

どう考えてもこんな世間知らずのお花畑がオタとは考え難く、学生時代にやったアイタタエピソードで許せるような話。

お嬢様の歳がいくつかは知らないけど普段生活で19時以降付き人必要なぐらい大事にされているのに19時以降まで一般会社員の作者宅に居てお嬢様の家庭から連絡もなく付き人の迎えも待機もなく駅まで送って解決というガチお嬢様とはなんなのか考えさせられるマンガ。このお嬢様ってオタでメンヘラ虚言癖のなんちゃってお姫様☆彡じゃないの?作者騙されてない?

お嬢様には首を傾げる点も多いがクイックルワイパー試したいって言った人にシート付けるの教えずにやらせて「いやシートつけなきゃそりゃ取れないよ」っていう作者もどうかと思った。付けて渡さないのは意地が悪いと思うし相手の行動見てなかったの?試したいってことは未経験なのは予想つくし床に傷がつくから早めに教えるかやる姿見て地面にシートなしの棒付ける前に止めるもんだと思うけど。

2話

唐突に出てくるピンクだか紫の髪の色の人。男か女かわからんマジで誰。なんでいきなり漫画に出てきて当たり前のように一緒に生活してんの?つかこいつ友人?私は2話と思って見てたけど実は20話?と思ってタイトル見ても2話。嘘やん

そして明るい髪色の作者と同じ顔した人。コイツも誰?作者と思おうにも前ページではブラウンきのこっぽいボブ頭だし唐突に髪が伸びて髪色変えてイメチェンしたの?やっぱこれ20???という事にしか頭が行かない。

内容で笑おうにも白ハゲ友人という前提ぶっ壊されていきなり顔アリ出されて頭が追いつかない。冷静に読んでもいい歳した大人ゴミに出した袋わざわざもって帰ってきてシール剥がすのみみっちくね?という感想しかわかない。つか前話でガチお嬢様出してこの落差。髪もなく顔もない手も指も服装適当な「オタ友達」のはずのお嬢様名前説明もないのに髪も顔もあり服装ちゃんと考えられてる誰だかわからん人。なんだこれ。友人格付け差別?オタ友なら曲がりにも友人と公言してるわけだし公開したあたりで付き合いとして読んじゃうよね?あとで喧嘩にならない?


32話

途中の3~31読んでないのでここからは友人像があるかどうかは置いておく。(再登場の可能性もあるので)

コマ目。可愛い女の子と作者が隣り合わせで金言の話してる。そこで何しながら話してるかは不明場所不明。そしてまだ着てる長袖パーカー季節感#とは それにしてもどこだかわからん場所唐突に話始まるなこれ。

コマ目。えっ、缶の上塞ぐように持って飲み物飲むの?独特すぎない?口どこについててどこから飲んでるの。そして作者の謎飲みの絵と大量のセリフに押し出されて消える友人(推定)。オチまでもうセリフ以外出番がない。四コマ目でタイトル回収してたけどそれまでの話必要か?って感じだった。文字ばっかで一コマ目以外見所ないし。

33

女医に昔言われた女性は痛みに鈍感は本当だったと思い出す(真っ白な空間で片足空気椅子しながら)。これだけ。

あぁ、これがAmazonレビューで見た「右足と左足を交互に前に出したら歩けた。レベルの「あるある話」」ってやつかとレビュアーさんの的確さに脱帽。皿洗ってたら割って片付け終わって後ろみたら血が点々と落ちてた。女医の話回想、治療ってのを四コマ無理に割って五コマでやってるけど一コマ丸々使ってる白ハゲ女医説明シーンを四コマ目の片足空気椅子の真っ白な部分に入れれば省けば四コマでいけたじゃんこれ。それとも四コマ目の背景のレイヤー消したまま提出して作者も編集も気付かず掲載したの?というかチェックしてんの?やばすぎない?

34話

運がいいのか悪いのか今日更新された話。

モニターに語りかけてる。おそらくこれが登場人物にあるさぎょいぷ相手フォロワーさんってやつだろう。フォロワーさんっていうさん付けで呼ぶぐらい友人とはいいがたい他人位置づけにいるはずなのにやけに砕けてる口調。いぷ相手も気兼ねない親友か親兄弟レベルの口の利き方。普通Twitterフォロワー関係程度でイプして「何がだよ、わからねぇ」とか口汚い話し方するか?そういう些末なことにしか頭行かないぐらい内容がなかった。あるあるとは言い難いし、

急性胃腸炎がすごく痛かったので深夜に救急車呼びました。たらい回しにされたものの手術してその日に歩いて帰りました。『マジかよ』

これだけ。

正直面白味のあるオチじゃないしTwitterリプライでやれっていう内容だし見たこっちは「あぁ・・・うん・・・お大事に?」という感想以下の感想しかかばない。というかさぎょいぷっていうんならモニターに語りかけてないで手を動かせよ(いぷ相手風)


こんな感じで一事が万事説明不足・書き込み不足で読者の共感理解が得られずフィクションの色がかなり強くなりコミックエッセイとしてはとても読めたものではないし、若干盛ったオタ日記漫画としても大前提である「作者がどの種類(腐女子アニメ好き女子乙女など)でどの程度のめり込んでいるオタク」なのかが全く不明瞭。

万が一そういった類の女性オタクでなく「PCオタク鉄道オタク」的な意味合いで使っているとしても自分で「オタクです」としか説明していないし、どういうオタクの人でも持っているそのジャンルへの熱狂さは見えない。全体的にこれが好き、これに熱中してるみたいなものがない。

そして登場人物の所でも書いたけど作者だけで世界が完結してるせいでその他が全部嘘にしか見えない。どこで会話しているか、誰と会話しているか、会話している相手はどんな人か(性格がわからいからどういう魅力があるかもわからない)、ぜーーーーんぶわからないし作者主観で完結させる話ばかりで友人もズレた方向で特殊な人や作者に語りかけるだけの役割ばかりでこんな友人いるよね、アラサーってこんな感じ・あるあるだよねみたいな共感もできないからイマジナリーフレンドとイマジナリー同人生活してるとしか思えない。

あと白ハゲってTwitterではだいたい自分代理だったり自分語り用のその他大勢として扱う印象だしこの作者的にはオタ友ってそんな風にどうでもいい人と思ってるんだなって感じるからやめた方がいいと思う。イプ相手もまた然り。副題の~オタクアラサー女子のどうでもいい日常~のどうでもいいって自分相手日常漫画書くのもどうでもいい気持ちで書いてるってことに思えてくる。

全体的に見てキラキラしてるオタクバズる事に憧れる普通の子Twitterでよく見る用語やよく聞くあるある意味とかやり方を調べず並べて頭がよくてサバサバしてるけど緩い自分主人公のオタ生活マンガ学芸会頒布したのかなってのがこの作品に抱いた私の感想

作者はそのままのいろんな話題を持ってるすごい自分を見てもらいたいっていう気分なんだろうけど、ふわっとしてて掘り下げることも説明もできない病院食より味の薄い設定、年中パーカーズボンボブヘアー無気力顔という手抜き自画像服装などで季節感とか出して目新しい変化をつけて読者を飽きさせないという工夫もなく、自分の友人やフォロワーネタにするのに白ハゲ手抜きで使い捨てる、背景や構図が思いつかないか文字や素材で無理やり埋める、気が向いた時だけなんの説明もなくきちっと描いた謎のキャラを出せばいいだなんて誰が見ても作者は手を抜くことが第一努力嫌い、適当で怠慢であることが伺い知れる。


絵が上手い下手以前の話でこれを商業で売るのはとんでもない暴挙だと思う。そりゃAmazonで☆1が100%でどこからでも酷評されるわ。

2018-07-26

anond:20180726213712

何でもかんでも「可哀想自分の飾り物にする」人って。それが恋人の死とか。

よく作家で、自分の身内を題材にエッセイ書いたりする人いるけど

作家なのはその方だからいいけど、家族関係ないのにって時々思う。

なんでもかんでもネタになる見世物になる。

亡くなった好きな漫画家さんが、自分はこうしてこれもネタになると考えてしまうって

かいてて、少しゾッとした記憶があります

こんな重い憂鬱な話を軽く書かれると、なんだか、きついなって感じただけです。

2018-07-23

細田守は宮﨑駿の後継者でも高畑勲後継者でもなく、庵野秀明後継者である

未来のミライストーリーを聞いた時、「絶対2人目が産まれたんだろ」と思った。

そのとおりだった。

まり彼のアニメプライベートフィルムであり、アニメエッセイなんだ。

彼は今や自分の外の世界に対して何らテーマや興味を持っていないから、

自分の身に起きた出来事を通してでしかアニメを、いや作品を作れないんだよ。

これは、まさに20年前に庵野秀明エヴァでやっていたことだ。

しかテレビ時代細田守というのは本当にすごくて、

ただテレビは他の人が書いた物語の中での仕事ではあるんだけど、

それに対して細田守自分物語を確固として持っていて、時に元の物語から逸脱すらしていた。

彼のそのクール情念はとても魅力的だったのだが、

ハウルの動く城監督に抜擢され、宮﨑駿の王国たるジブリでズタボロにされて

それまでの人間関係まで失ってしまって、彼は変わってしまった。

その後に手がけたワンピース映画では、ジブリでズタボロになった自分ルフィに重ねて、陰鬱映画を作った。

今思えばあれがアニメエッセイへの目覚めだったのだ。

そしてその後時かけ評価され、彼は宮﨑駿の後継者日テレから背負わされてしまった。

彼は宮﨑駿になるために、テレビ時代情念に蓋を締めた。

観客のために家族愛を説き、オタクのためにケモショタ大好きキャラを演じ、

金持ち共のために芸能人声優を起用し(おジャ魔女原田知世を呼んだ慧眼はもう無い)、家族のために自分脚本を書くようにまでなった。

自分情念を失ってしまたから、日々の家族のことを淡々と題材にせざるを得なくなった。

彼は家では良い父親なのかもしれない。

少なくとも息子に作品の中で殺されてしまった宮﨑駿よりは良い父親なんだろう。

だが彼はだからこそ宮﨑駿に離れない。

自分の闇を自分で塞いでしまうような人間は、バケモノにはなれないのだ。

2018-07-17

ヒロシって憎めないダメ親父くらいのキャラクターさくらももこエッセイを読んでもそんな感じだったが、

あれを許せないという人が出てくるところに時代を感じた。

2018-07-16

内田春菊エッセイマンガを読んだ

この人ももう60近いんだな

この人、昔から妙に自己肯定意識が高いというか

からマンガの中で自分モテる みたいな話入れてくる

けどガンになって気付かず瘦せ細ったら、ふくよかな体が好きだったらしい若い恋人に別れを告げられた

っていうのは強気すぎるわと読んでて思った

うちの父親もガンやっていて、どんどん痩せていったけど、それはダイエット的な痩せ方じゃない

もう世代が一つ上がった感じに老け込んだ

彼女だってガンで痩せたのなら 単純に細くなっただけではないはずだ

顔色は悪く、急激に痩せてシワが目立ち(この辺は記載ある)、一気に老けてしまって 恋人が離れた の方が自然だと思う(恋愛相手として見れなくなった、というのが別れの言葉らしいが、それを考えても)

そう思わない前向きさというか、盲目的な自分モテる女!って発想がすごい

20年前に読んだマンガから自信満々で60になってもこれなんだから死ぬまでこのキャラなんだろうなあ

anond:20180716000612

いつまで世間荒川弘を男だと錯覚していたかをよく考えろ

育児こみの生活エッセイ漫画を描きだすまでだと思う)

2018-07-11

作者の分身が出てきた某漫画の展開に萎え

リバイバル掲載?をしているある漫画ネットで見たら面白かった。

過去分を見るためにコミックを買った。

全体的に面白くて満足。

ただし最新巻の最後にいきなり作者の分身的なキャラクターが出てきた点だけは萎えた。

エッセイ漫画ではなく、完全なフィクション漫画

しかも登場の仕方はメタネタギャグゲスト出演のようなチラ見せではなく、ストーリーに思いっきり絡む。

中高生のノリじゃあるまいし。

次の巻がもうすぐ出るらしいが、買おうかどうか迷う。

2018-07-06

実はADHD,発達障害はそんなにいないんじゃ

自分は少し人が怖く社会を生きるのが苦手でずっとこのような先天的な症状を抱えていると感じていたが違うと気づいた。

愛着障害という症状があり、これは後天的病気だ。

生後から1年半くらいの期間の間親から愛情不足(具体的には子供欲求に対する即レス力の不足)になると発症率は高まり、症状が出るらしい。

具体的な症状は、情緒不安定さや人間関係の構築などで不得意さが表れる。

日本精神的な病を抱えている人が多い、多いと感じていたがそれは家庭教育学校教育社会全体による間違いは許さな空気が多くの人をその症状に近づけていったのじゃないか、そう感じた。

また、世間ではADHD,発達障害に関してはドキュメンタリーエッセイ漫画は多く出ているが、この愛着障害に関しては出ていることは少ない。

なぜなら前者と比べ後者は完全に後天的病気で、これの発症は家庭や周辺環境が原因であることが多いからだ。

愛着障害に関して例えばわが子は愛着障害なんて出せば第3者から見れば虐待ネグレクトを疑われるからこういったコンテンツは出ないんだとも感じた。

ただ、愛着障害=親の責任と短絡的には結び付けられない。結局は子供に構えれるだけのゆとりをなくした社会責任でもあると思う。

子供を持つ人や作る人は最初の1年半だけでも子供対応してほしい。この1年半が微妙だったらその後の人生子供はすべて苦しむことになる。

2018-07-05

女性エッセイマンガ家

たまに顔だしてインタビューに答えたりしてるけど

普通エッセイストタレントなんかより強く

「ああいうことして、ああいうこと思って、描いてたひとはこんな顔してるのか」って変なカタルシスがある

2018-07-04

国語担当教員を慕っていた頃の話をする

□ふと、唐突中学の頃の国語担当していた先生について思い出しました。3年間国語の授業の担当をしてくれて、学校教員という職業にそぐわない皮肉な笑みが印象的な先生でした。

□簡潔にいうと、私はその先生性的な魅力を感じていました。容姿は「がまくんとかえるくん」のがまくんを想像してもらうといいでしょうか。声は嗄れていて、私はその声で音読しているのを聞くのが好きでした。やんちゃ男子たちをその嗄れた声で困った風に諌めるところが好きでした。年齢は一回り以上違ってたはずです。

□きっと、その先生は私なんかのことは覚えていないでしょう。なにせ、先生は私のクラス担任になったわけでもありませんでしたし、私は飛び抜けて秀でている生徒というわけでもなかったのですから

□その先生によく声をかけられている優秀な生徒がいました。私はそれがとても羨ましかった。その子のことはよく知りませんでしたが、陸上が得意で、勉強もできて、異性同性ともによくモテるということだけは知っていました。それぐらいその子有名人だったんです。なぜモテるのかは最後まで話すことがなかったのでよくわかりませんでしたが。

□その先生に言われた言葉でよく覚えている言葉があります答案用紙を返却するときに呟いた「増田はなあ……」という言葉です。こんな取り柄もない私のことを頭の片隅においてくれていることが嬉しかった。私についてその先生発言したのはそれ一回ぽっきりでしたがそれでもよかった。

□今も昔も私は読解力というものがあり得ないほど欠如しており、国語テストは最高で80前半をとるくらいでした。ほとんどの国語テストは70を切っていました。とはいえ、国語のものが不得意というわけではなく、アウトプットはそれなりに得意でした。

先生が一番最後の年に返却してくれた、私が書いた読書感想文。どこにしまったのか今ではもう思い出せませんが、点数は38/40でした。これはかなり採点が厳しい先生の中では高得点の部類であることは明白で、私は飛び上がるほど嬉しかった。だからこうして点数だけは記憶しています

□何が嬉しかったって、きっと私の文章面白がって読んでくれたであろうことが点数から伝わってきたから。題材にした本はその頃ラジオで紹介されていた「まさかジープで来るとは」。

□すでに読んだことがある方はご存じだと思うのですが、自由律俳句と散文が大量に収録されてる本。優秀なメモ書きが大量に並んでるような本で、私はこれを読んで感想文というかエッセイもどきを書きました。

母親は選んだ本がよかったのよ、と私を褒める素振り微塵も見せませんでしたが、それでもよかった。国語のその先生からもらった38/40という点数はいつまでも私の胸の奥で輝き続ける勲章になったのですから

□思った以上に下痢が止まらないままこれを書き続けています

□本当はあの嗄れた声で私のことを嗜めて欲しかったし、笑いかけて欲しかった。私のためだけに朗読をして欲しかったし、もう少し何か話せていたらと今でも思います。でもそれ以上に憧憬的な意味合いが強すぎて踏み込めなかった。今思い返してみれば性的なことができるくらい好きだったけど、当時はそういうことすら考えるのが申し訳いくらい憧れてた、尊敬していた。だから、そんな不純なことは考えないようにしていました。

□あの気持ち初恋だったらいいなあと今でも思います

□気がついたら二十歳になっていましたので、なんとなく懐かしくなって書き込みました。

□ここまで読んでくれてありがとう

2018-07-02

某猫ブロガー漫画家)がまた復活してる

今回は角川から本まで出してるんだけど

https://bookwalker.jp/debc61b9f0-a81b-4679-a13c-a5c1bd115fdf/

試し読みよんでも中身がなさすぎて

本当に空っぽエッセイ漫画果たして何部売れるのかを調べる壮大な実験のように思えてくる

2018-06-27

集団スポーツの祭典が苦手なのはわかるけど。

文藝春秋オンラインで、「昔の体育のサッカーの授業で理不尽な思いをさせられて以来、サッカーには嫌い。W杯サッカー一色で、興味を持てないと居心地が悪い。サッカーが嫌いな人間もいることを忘れないで欲しい。早くW杯終わらないかな」(乱暴な要約)という記事があった。

よくわかる。自分球技全般得意じゃなかった。ただ周りがそんなにひどい人たちじゃなかったので、スポーツは好きなままで今回のW杯も楽しんでるけど、筆者と同じ状況だったら嫌いになっていただろう。

で、ふと思ったけど、逆の状況ってないよね。

例えばノーベル文学賞。ここ数年は村上春樹が受賞するかしないかマスコミは賑わう(今年はないらしいけどね)

で、そのとき「昔国語の授業でたらちねをたれちちと答えてしまい、そこから熟女好きということになり、いじられ続けた。しばらく経っても国語の授業であてられたらどこからクスクス笑いが聞こえてきた。だから国語、ひいては文学作品は嫌い。文学賞日本人になるかならないかなんてどうでもいいし、村上春樹作品がわれわれ日本人代表してるのかもわからないし」という記事が出たとして、はたして共感を呼ぶのだろうか。

間違いなく呼ばない。

それはお前がバカだったからだ、ということで終わる。

なぜだかスポーツ先天的ものがすべてで、できなくても仕方ないし、できたところで「所詮」「たかが」となる。

しか勉強は、努力カバーできるし、できないのはその人の努力が足りないということになる。どんな分野であれ、できたら「すごい」と言われる可能性はスポーツよりは高いだろう。

そしてさらに、年を重ねるごとにスポーツより勉強の方が重要視されていく。

しか勉強スポーツと同じかそれ以上に先天的ものが大きいと思う。

から、今W杯にかこつけてウェーイとなってる人々は昔勉強よりは、スポーツの方が得意だった人々が、その栄光を思い出して少しの間だけ気晴らしをしたいだけなんだと思う。

そしてさらにいえば勉強スポーツもできなかった人間はずっと息を潜めながら過ごすことになる。「多様性」とはいうけれど、すべての人々に全くの違和感を感じさせない社会、というのはどだい無理なんじゃないかと思う次第。

あと、ここまで書いて思い出したけど、この内容は奥田英朗の昔のスポーツエッセイの影響を受けている。どれだったのか思い出せないので誰か教えていただけたら幸いです。

2018-06-24

エッセイ漫画の勢いが落ちてきて悲しい

ニコニコ静画更新されている某エッセイ漫画最近面白くなくなってきた。

実話ベースである以上、ネタになるような面白ことなんて早々起こるわけなく、

かれこれ7年以上も続けていてはネタストックもとっくに切れているのだろう。

仕方ないのだ。でも悲しい。

2018-06-23

俺の考え

私たち会社が一番大事にしているのは技術ではない」

日本自動車エンジン世界技術にまで高めたHONDA創業者本田宗一郎が爽やかに率直に仕事エッセンスを語ります

景気の善し悪しを超えて“本物"を生むためのヒントの数々

技能よりアイデアを〉

責任回避会議を開くな〉

〈「甘い記憶」を叩き出せ〉

〈試す人になれ〉

等々、一読すれば元気百倍、天才技術者の肉声エッセイ集。

 

https://www.amazon.co.jp/dp/4101461112

https://anond.hatelabo.jp/20180623140555

2018-06-12

イラストけが創作じゃない

SNS(主にtwitter)を見てると、アマチュアイラストレーター達が自分たち活動を『創作』という括りで紹介している。

そういうのがバンバン流れてきて、まるで創作イラストみたいな空気が醸成されてる、ような気がする。

瞬間的に共有しやすイラストSNSで人気になりやすいから目立っているだけだっていうのはわかる。

でも当然創作とはイラストに限ったものじゃない。

小説や詩やエッセイ評論分みたいな文芸はもちろん、作曲写真料理演劇ゲーム動画や、とにかく人の手で生み出されるもの総称して創作というわけで。

発信する側もシェアする側も、もっとイラスト以外のもの創作として認識してほしい。

オリジナルキャラクターを創ってそこに設定もりもりにして「ウチの子」とか言ってるやつも結局イラストありきだからね。

何が言いたいかっていうと、文章系の創作もっと広く親しまれるようになってほしい。

……とはいえ、「なろう」や「カクヨム」を異世界ものが席巻して、「Pixiv小説」が腐女子巣窟になってる以上、そもそもちゃんと発信できる場所がないわけだけど。

2018-05-29

自分からぶつかりに行った経験

いや、「ぶつかりに行く」というよりかは、「よけない」だな。

狭い歩道に広がって歩いてる集団カップル。こっちは一人。向こうは複数

そういうときは、向こうがよけるのがマナー

というか、そもそも道に広がって歩かないってのがマナーだと思うんだけど、

意外とよけようとしない奴が多い。

そういうときは、こっちもよけずにそのまま突き進む。

当然、肩がぶつかる。

絵面だけみれば、拡散されていた動画の男のように自分からぶつかりに行ってるように見えるかもしれない。

ただし、女性にはやらない。老人にも。

あと、明らかにカタギでない雰囲気を醸し出してる人たちや明らかなヤクザ、明らかなキチガイにはやらない。

ガタイが良くて喧嘩したら負けるだろうけどって奴やウェイ系のサラリーマン、チャラい男子学生集団なんかは逆にムカついて戦意を煽られるので、よけずにぶつかっていく。

舌打ちされたり、睨まれたりもする。が、睨み返し、なんなら喧嘩になったこともある。

そういう経験があると、なんかこうぶつかりにいく奴が叩かれているのを見るとちょっと複雑な気分になる。

女性や弱いものを選んでぶつかりに行くのは明らかに違う。自分とは違う。

が、ぶつかられた側のコメントに、「自分スマホ見て歩いてたらぶつかられた」ってのを読んで、

それはわざとぶつかってくる相手も悪いけど、ながらスマホしてるおまえも悪いだろ、って思う。

ながらスマホ全般否定しない。急ぎのメール地図確認。乗り換えルート確認必要に迫られてってのもある。

ただ、混雑時のホームを歩きながらはないだろうとか、ただ延々とゲームしながらってのはないだろうと思う。

以前、うちの婆ちゃんは人混みでぶつかって転んで骨折して、歳だから治り悪くてリハビリとか結構苦労してやっと治ったあと、ちょうどポケモンGOが流行って頃でみんなスマホみながら歩いていて、人混み歩くのが怖い、またぶつかって骨折したらどうしようって、マジしばらく外出できなかったことがあった。

そういえば、脚本家三谷幸喜エッセイか何かでたたんだ傘を水平にして危ない持ち方してる奴見かけるとぶつかりに行くとか書いていたような。

歩きスマホも傘の持ち方も道路広がって歩くのもそうだけど、結局、やってる本人は気づいてないのだ。

それを気づかせるには、「口で注意する」というのもあるけど、それはそれで逆ギレする奴もいるし、同じ喧嘩になるなら、実際にぶつかって「邪魔だよ」「あぶないよ」アピールひとつ方法としてはありじゃないかなって思うんだけど、世間的には違うのかな。「先に気づいたおまえがよけろ」、なのかな。どうなんだろう。

2018-05-27

趣味読書です」

どの読書かも言ってほしい~ → 小説自己啓発エッセイその他・漫画ラノベ

小説だと思って話すと漫画だったりしてややこしい

読書だと小説だと思うやん……

オーシャンまなぶの更新はいつになるんだろ

もう2~3年くらい更新止まってる。

作者はTwitter上で発信してるから生きてるけど。

最近読む漫画ジャンルエッセイに偏っているのは

こういう更新停止があってもいいように

心理的自己防衛しているのかもしれない。

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