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はてなキーワード: 治安とは

2017-11-24

AIによる安全監視社会

今後は、人間犯人の特徴を覚えて町中を探し回るより、監視カメラ撮影してAIで判定した方が発見率が高まるのではないだろうか?

もちろん、人間仕事を無くす訳ではなく、人間AIの両方を競わせて犯人発見数を高めたら良い。

技術的には可能なのだから、町中に監視カメラを設置したら良い。

 

SFなどでは監視社会ディストピアみたいに描かれる場合もあるだろうけど、デメリットだけじゃないはず。メリットもあるだろう。

ただし、権力者の都合の良いように運用されないように、社会監視システムは完全に情報公開して、市民オンブズマン制度も拡充する必要はある。

日本世界に先駆けて、強力な監視社会犯罪ゼロを目指して欲しい。治安の良い日本なら世界中の羨望の的になるだろう。

 

指名手配された容疑者らの顔や特徴を脳裏に焼き付け、雑踏の中から捜し出す「見当たり捜査」と呼ばれる手法が、埼玉県警で導入されている。捜査員は多い時で300人近くの顔を記憶繁華街駅前で、擦れ違うかどうかも分からない容疑者を探すため神経を研ぎ澄ませ、目を光らせている。

2017-11-23

川崎

今年の春に川崎市麻生区引っ越した。ネットなんかだと川崎国とか言われててちょっと治安がアレな所だと思って心配だったけど全然大丈夫だった。あまり川崎区の方に行ったことは無かったんだけどこの前用事があって行ってきた。JR川崎駅周辺。

正直これが川崎国か…という感じだった。ホームレス普通にいるし路上喫煙当たり前、歩いてる人の層もなんか違った。不動産屋に止められた町田よりヤバいと感じた。品川までアクセスは良いけどあそこに住むことは無いだろうな。

2017-11-21

anond:20171121134811

虎の威も何も、男=虎と思ってる女のコミュニティ自体がごく限られてるのでは

男尊女卑傾向が強いとか、治安が悪いコミュニティならあるのかも

2017-11-17

日本理想の国だと思いながら日本は住みにくいっていう人

日本技術は素晴らしい!安全!清潔!治安もいい!」

っていいながら

ブラック企業根絶!老害経済を回せ!アベがどうたらー!」

って言ってる人たまにみるけど、これがダブルスタンダードってやつかーって思いながら見てる。

2017-11-16

はてなでも優しい人たちがいた

技術ブログをやってる

はてなじゃないところで、1日2000ちょい程度のPV一般的にはたぶんマイナーブログ

もちろんホッとエントリの人気に並んだことなんて一度もない

だけど、たまに1つ2つブクマがつくことはある

普段はてなブログ技術系を見ていると、あーすべきこーすべきと言ったりレベル低っとか煽ってたりと治安が良くないのが多い

なので恐る恐るブコメを見てみた

すると、ほとんどが無言やプライベートブクマ

純粋あとで見る価値があると思ってくれたんだろう

コメントあるのも「役に立った」とか嬉しいコメントとか「○○じゃないのかなって思う」みたいな違う意見でも優しい表現

はてな見ていて嬉しい気持ちになることなんてすごく予想外だった

怖い人達の影に普通の人もけっこういるんだね

2017-11-15

anond:20171115142126

実際、犯罪してまでみたいなのを減らす効果ある

引きこもり容認したほうが治安良いと思う

ツケが外に向かうか内に向かうか、なら

現代日本社会はその家族責任負わせたほうが良いと考える

2017-11-13

大森に住みたい

今は横浜に住んでるのね。

京浜東北線がメイン回線なんだけど、やっぱり遠いのよ。都内まで。

都内っていうのは、蒲田じゃなくて品川より向こうだからね。

通勤辛いしもうちょい東に行こうかなと思って、どこがいいかなーって考えると、大森がいいなってなった。

鶴見に住むくらいなら今のままでいいかな。

川崎ちょっと無理。人多いしなんかタワマンの奥様とか見ると首絞めたくなるから

蒲田もないなー。治安極悪らしいし。

大井町もない。高い。

で、大森。あそこはいいよね。西友あるし、ヨーカドーもあるし。

食べるところに困らない。

まあ金ないから当分は横浜に住み続けるけど。

anond:20171113160740

大阪在住だけど、無くした財布は見つからないし、

コンビニで傘は盗まれるし、

治安は最悪だよ。

anond:20171113112026

右派の方が生活に基づく感情からだと思うよ

例えばレイシストといわれがちな外国人排斥運動人達でも

外国人がたくさん入ってきたら労働市場が壊れるかも、治安が悪くなるかも」っていう気持ち

これは他の生活者あんまりぶつからないわけよ

理念じゃなくて生活防衛から


いっぽう左派正義を追い求めてるから

自分意見が異なる派閥「悪」か「救いようのないバカ」になるわけ

正義はすぐに怒りを生む

2017-11-12

女子中学生

俺は女性恐怖症なんだと思う。

女性恐怖症というもの定義については何も知らないし、そもそもちゃんと定義されているものなのかすら知らないけど、女性が怖い。

現在大学4年。工学部のため、女子はほぼいない。

社会に出て、女性と関わるのが、怖い。

小学生の頃は男、女問わず友達がいっぱいいて、それこそ言い方は悪いが、クラスカーストの高い男女グループにも所属していた。

たか小学生の頃、と吐き捨てられるかもしれないが、俺の人生の中では輝いていた時代だった。

そのグループ休み時間も、放課後も、休日も、いっつも一緒に遊んで、ときには地元遊園地とか、ディズニーとか行ったりした。

本当に毎日が楽しかった。

彼らの大半は、というか、俺以外、みんな中学受験をした。

俺だけは、普通地元公立中学に進んだ。

俺の小学校はある程度治安が良くて、それは理想的だった。頭の悪いやつが頭の良いやつを尊敬し、頭の良いやつが頭の悪いやつに勉強を教えるような。

その環境にいて、俺は勉強ができた。つまりは、尊敬される立場だった。真面目に勉強していたし、褒められることは嬉しかった。

だが、中学で何もかも変わってしまった。

俺の進学した公立中学校は、複数小学校から生徒が集まっていた。

俺の出身小学校と、近くの2つの小学校が主勢力だった。

この場合公立中学校ってのは、中学受験しない、いわゆる「そこまで勉強できない」生徒たちの割合が多くなってしまう。

勉強できない」と「素行が悪い」では必ずしも同じではない。これははっきり言える。

ただ、俺の進学した中学校は「勉強ができなく」て「素行が悪い」生徒の温床であった。

2つの小学校から進学してきた生徒のおよそ半分ぐらいが、不良だった。半分以上かもしれない。

壁に穴をあけたり、トイレを壊したり、窓からものを投げたりするような連中だった。

男子だけではなく、女子も同じくらいの割合で不良だった。

女子は、器物破損は流石にないが、口での嫌がらせや陰口、陰湿いじめだった。

入学当初はみんなで和気あいあいおとなしく相手の動向をうかがったりしていたが、そのうちに本性を見せた。

俺と同じ出身の生徒たちは、みんな最初は怖がっていた。俺も怖かった。

こいつらと同じ環境で3年間過ごさねばならないのだ。今までの平穏暮らしじゃ、到底ない。

だが、人間は慣れる生き物だ。

しばらくして、俺と同じ出身の生徒が、次々に問題を起こし始めた。

彼らは、環境適応して自分を守ろうとしたのか。

それとも、今までの抑制が放たれてしまっただけなのか。

いずれにしても、いい影響ではなかった。

俺と同じ出身で、腐らずに真面目に学校生活を送っている生徒もちゃんといた。

俺は彼らと一緒に行動した。なにより小学校が同じで、もともと友達だった。気兼ねなく話せた。

小学校のころいつも一緒にいたグループの彼らとは、休日、会えるときは会って遊んでいた。しかし、今の生活に精一杯で、各々、徐々に会わなくなってしまった。

真面目を貫く生徒と、腐る生徒、完全にそれらが分断されるまで、1年ぐらい時間がかかった。

1年というのは、相手のことを色々知るには十分な時間だ。

中学という、クラス単位で密閉されてる空間であれば、なおさらである

中学1年の成績は、かなり良かった。

俺は喜んだ。この環境でも1年間やったぞと。

その話は問題の彼らにも簡単に渡った。

勉強が出来ることを理由に、俺は迫害された。

主に女子から迫害された。

最初は、同じ班の女子だった。

学年からクラスに、クラスからは、班というものにわけられる。これは小学校の頃から同じだ。

中間試験か何かの答案返却があった。

苦手な歴史試験だったが、なんとか90点を取った。

かなりテンションが上がっていて、友達と答え合わせをしながら騒いでしまっていた。

その様子は、クラス全体が見ていたと思う。

その授業後の給食時間、班の女子に、面と向かって

勉強できるだけで調子乗ってんじゃねーぞ」

と言われた。

すると、

「言われてやんの。うざいんだよお前」

と、同じ班の男子に言われた。

ここで、全て崩壊した。

俺は何も言い返せず、悔しくて、怖くて、うつむいて飯も食わずにその場をやり過ごした。

今までは、不良相手ではあるが、それなりのコミュニケーションを取って、空気を壊さないように、深く関係を持たずに、壁を何重にも張って、テリトリーを守って接していたのに。

1年はこれでやり過ごせた。あと2年間、無理だった。

泣きそうになった。鼻水が垂れてきた。

多分、この女子自分勉強できない腹いせにこういうことを言ったんだろう。

確か、記憶が定かじゃないが、彼女偏差値30の高校に進学していたと思う。

見た目もギャルで、校則破って先生に怒られるのが常だった。

不良の中でも発言力が強いタイプだった彼女

話はすぐに広まった。

男子は、今までの関係もあるから、いじられることが増えたくらいで、敵視されるようなことはそんなに多くなかった。

対して、女子からは全体的に嫌われた。

まずは不良連中から、「無理」「キモイ」と暴言

次第に無視されることも多くなり、俺は病んだ。

あれだけ頑張って勉強して、その対価に、テストの点数で喜んだだけなのに、それを僻まれて、馬鹿にされて。

同じ出身女子から距離を置かれるようになり、さらにつらくなった。

好意を抱いていた女子を、諦めた。

俺はプライドが高く、それ故にこれまで頑張ってこれた。

このプライドをこの一瞬でずたずたにされて、しかもそれに対して何も言い返せなかった自分に腹が立った。

2年後半から成績は次第に悪くなり、交友関係も減少。

年代人間が怖くなり、インターネットに走った。

小学校の仲の良かったグループとはもう会わなくなっていた。

これまで興味のなかったアニメゲームに没頭し(今ではこれが必ずしも悪かったとは言えないが)、放課後休日パソコンに張り付いた。

深夜まで起きてそれをやり、朝、寝不足学校に行く。

授業の知識は何も入ってこなかった。

先生からは怒られることが多くなり、それまでやっていた部活も途中で何かと理由をつけてやめた。

高校受験は、入学当初考えていたより、かなりひどい結果に終わった。

それでもなんとか偏差値50の高校に入ることができた。

卒業するまで、彼女らの陰湿嫌がらせは続いた。

卒業式、俺はまっさきに家に帰ったことだけを覚えている。

高校は、空白の毎日を過ごした。

いじめなんて一つもなかったが、青春なんて程遠かった。

何も期待せずに相手と接し、全て平穏無事でことを済ませられるような対処をした。これを3年間続けた。

中学に、あのグループと一緒に進めていたら、なんてことを考えてしまう。

もしくは、俺も中学受験して、環境の良いところに身を置けばよかった。

少なくとも、"幸せな状況がいつまでも続く"という幻想を抱いていた俺が馬鹿だったと思う。

中学のあの頃、死にたいと思ったことが何度もあった。それでも耐えた。勉強にも身が入らなくなって、別の方向に腐った日々だったけど、必死毎日を行き続けて良かったと思う。

卒業式、真っ先に一人で家に帰る、あのときの俺の気持ち想像できるか?

これ以上、あの校舎に足を踏み入れなくていいんだと思った、あの気持ち

あいつらと顔を合わせなくていいんだと思ったあの気持ち

一応、成人式には出た。数年経ったあいつらの顔を見た。

あれから、変わったやつもいた。

変わらずに、いつまでもあい人生を続けていくんだなと思うやつもいた。

3時間の飲みの席では、数人としか喋らなかった。

正直苦痛な3時間だった。でも、これで、心の整理がついた。

もう一生会うことがないだろう、さようなら。と。

女性が怖い。

いつ、ふとした行動でどん底に落とされるか。

考えただけで、いやになる。

2017-11-07

治安維持につながるもの救急関連以外の24時間運営を止めたらどうだろうか。

治安の維持は分かる。救急も分かる。

その二つは相応の収入を得るくらい大事だと思う。むしろその関係収入が多くても良い。

しかしそれ以外は24時間やる必要はないんじゃなかろうか。

最低でも23時には終わらせて残業もなしで帰る。それでも社会は回るだろう?

無理に24時間年中無休といって運営する必要があるのだろうか。

営業が終了したと思えば、人はあきらめが付く。

元々、それが普通だった頃があったのだから、それに戻るだけだ。

営業終了したことにイチャモンを付ける馬鹿はどこか頭のおかしいヤツだ捨て置け。

2017-11-06

anond:20171106143813

may,img,dat,nov,jun経験してきた俺からすると

 

imgが一番治安悪いよ

あいつらmayに対して選民思想持ってるけど実質ただのmayで生きていけないハゲ親父ばっか

何の能力もないのに過去の一部の面白いやつらの猿まねして

それが枯渇したらソシャゲ板になった

もうあそこで得られる知恵も発明も無い

単におっさん幼稚園生がヘイトまき散らしてハッスルしてるだけ

特にひどいのがmay馬鹿にしてるくせにmayからネタをパクってきて平然と盛り上がってるところかな

ああ、ツイッターからもパクってきてたし

この前はじめて増田からパクってきてたのも見たわ

本当に節操ない精神的クソガキばっかり

馬鹿にしてるやつのふんどし借りてる自分らを客観視できてない

おちゃらけピエロ気取って誤魔化そうとしてるけど全然誤魔化せてねーよ

ただの無産キチガイだろ

これをimgでいうと「お前はなんで残ってるんだよw」みたいに草生やしてくるけど

バッチリidが出るから腹が立ってdel入れてるの丸わかりなんだよな

反論できないけど図星だから何とかしたいって情けない感情が表れてるのに

idが出たこと=俺たちの勝利 だと思ってる糞バカ集団

そりゃ絵師も逃げ出すわ

 

mayは一番2chに近いけど人口が多いし流入が激しいだけに

偏った意見は出にくい

人口が多いだけに住み分けしなければ運用できないので

ルールを元にして進行してる

imgにいるクズたちはこのルールすら守れなかった真性のクズから追い出されてきた

新着情報適当質問しても親切心から情報提供してくれることもあるので

一応は使い道があるかな程度、特に面白味はない

 

dat

つまんね

 

nov

もういない

 

junは一番紳士

よく観察してない人には頭おかし性癖愛好家がたむろしてるところに思えるけど

実際は自分らの性癖を守るために自立した人間が多い

たまに無法者も出るけど反応は一貫して拒否

暗黙のルールも多いが守ろうとする人間には優しい

だけど一番おかずに使えないのが難点

2017-11-02

アメリカの銃規制が進まないのには3つの原因があると思うという話

表題の件について、自分が納得できるだけの解説をしている記事があまりない、というか、前々から日本一般の人々にはあまりこの問題認知されていないような気がしていたので、需要があるかは分からないが個人的見解をまとめる私的メモという意味も含め、ここに記載しておく。

1つはアメリカ建国理念から来ていて、もし政府民衆に圧制を強いるとき民衆には武装して蜂起する権利憲法で認められているためである

もともとアメリカという国自体が、イギリスをはじめとする欧州圧政から独立してできたものなので、国家民衆が作るという意識が強い。そのためアメリカ合衆国は、政府暴走した場合対処法を、憲法公式に認めている。これが有名な「合衆国憲法修正第2条」である政府民衆国家権力で押さえつけ、搾取するような事態になれば、国民武装して現政府を打倒し、新たな政府を打ち立てることができる。(もちろん、他国から侵略に対する抵抗の意味もある)

そして最も重要な点は、そうするために国民武装することを、政府制限してはならないということだ。銃の所持を規制することは、すなわち武装することの規制に繋がる。これは国民のための権利であるから政府主導で銃規制をすることに対して、「そうやって武装できないようにして、俺たちに圧政を敷くんだろう?」という反発が生まれる。から規制は是か非かについて、明確に政治的正しさを持つ答えがなかなか出ないのである。極端な話、トラ○プが本当に危険独裁体制を築いたとき、現憲法下であれば銃規制を叫ぶリベラリストたちでも平等武装蜂起する権利を有している。

2つ目はより現実的市民生活に関する問題で、アメリカの広大な土地に起因する。

アメリカ田舎は、日本人には想像も付かない規模で広い。隣家まで車で何十分というケースはざらだ。たとえばワイオミング州鳥取県両国において最も人口が少なく、約56万人とほぼ同じだが、人口密度はおおよそ70倍以上にもなる。そんな地域でもし何か起こったとき警察保安官が到着するのを30分とか1時間、悠長に待っていられるだろうか?

こういった背景からアメリカでは田舎に行くほど、セルフディフェンスとかホームディフェンスと呼ばれる概念が浸透している。異常に治安が良いと言われる日本でも、ご近所同士のいさかいが原因で刃傷沙汰に発展するというのはよくある話だし、痴話喧嘩もあれば家庭内暴力もある。野生の危険動物だっているだろう。そういった事態に陥ったとき自分の身を守れるのは自分だけだ。だからみんな銃を買う。西部開拓時代、多くの人が傍らに銃を置いて眠っていた頃と、根本的には変わっていない。

なお、アメリカでこういった田舎に暮らす人たちは、人口の1割である3000万人ほどもいるという。3000万人と言えば近年急速な発展を遂げたメガティ中国重慶市と同じくらいだ。メガティ1つ分の国民安全自衛に委ねられているという、ある種異常な状態なのだ

3つ目はもっと単純で、ここまで広がってしまった銃を今さら回収するのが非常に困難な点にある。

アメリカでは1億丁以上の銃がすでに流通販売されており、およそ国民の2人に1人は銃を持っていると言われている。これほどまでに庶民の手に広まった銃を没収していくのは、そもそも物理的に難しいし、誰が何の権限でどのように回収するのか、抵抗に遭わず安全に回収できるのか、回収した大量の銃はどう保管あるいは処分するのか、これらのコストは、回収に応じない場合罰則は、などといった行政上問題も山のようにある。

ちなみに例として、戦後日本で行われた武装解除の際に提出された刀剣類の保有数は、平均して大体3軒に1軒くらいだったらしい。しかしもちろんそれがすべてではなく、未だに先祖の持っていたものが蔵から出てきたというニュースもあれば、土中に埋めるなどして隠匿したなどの話も聞こえてくる。またこの中に近代火器は含んでいない(登録された刀剣類の数を参考)。しかもこれが実行できたのは、敗戦という歴史的大事と、それに伴う武装解除のための占領政策GHQによる外圧という側面が大きい。平時にこれ以上の規模の銃規制を実現するのがいかに難しいか分かっていただけるだろう。

ここまで記したように、アメリカ国民にとっての「銃」とは何よりもまず自分自身安全保障するための道具なのである政府侵略者犯罪者、敵意を持った隣人たち、危険な野生生物などから自分生命財産家族、そして自由権利を守るための唯一にして最強の道具だ。

これが決して建前ではなく、国家の根幹と現実に即した実態であるというのが、今回私の言いたかった見解だ。これを読んだ方の、この問題に対する理解一助にでもなればと思う。

なお、一部の人たちが馬鹿ひとつ覚えのように諸悪の根源として扱ってしまうので、ここでは敢えてNRA=全米ライフル協会に関する記述は控えさせていただいた。ただ、誰もが銃を規制したいのに一部の頭おかしい人によって阻止されているという構図が正しくないということは、これを読んだ方になら分かっていただけると思う。

2017-11-01

白石「ここが地獄か。面白えじゃねえか」

日本世界一治安がいいって言われてるけど、超無害な奴と超有害な奴がいるっていうのが正しい理解だと思う。

大多数は無難生き方をしてるんだけど、中にはやべーやつもいる。そのやべーやつが植松だったり、今回の白石だったりする。

最初からひとつの型にはまる前提の社会では、その型にはまらなかった人は疎外される。

いくつもの型を用意していかないと、今回のようなやべー事件は今後も起こり続けるに違いない。

白石は命の尊さを理解していないようだし、生かしておいた方がいいと思うが、死刑になるのだろう。

地獄では人の命を弄ばないことを願う。

2017-10-31

厳罰化賛成論者に聞くけどさ

中途半端厳罰化して犯人娑婆に出すと再犯すんじゃん。

それならいっそのこと全部の犯罪死刑にすれば治安よくなるじゃん。

なんでそれを提言しないの?不思議で仕方ない。

2017-10-29

埼玉押し!?

東京の近郊で、子育てに向いている地域はどこだろうね?

自分だったら、

の順番で選定するかな?

 

 

Googleマップで大きな公園を探し、その近辺を調べる。

多摩川利根川荒川の近くには、緑地が残っているかな?

堤防決壊しなければ、川原の近辺は貧乏人向けには良いかもね?

 

 

う~ん、俺なら埼玉東京市部で探してみるかな?

子育てが一段落して、マイホーム買うなら、千葉田舎沿岸部)でも良いかなと思う。庭付きの戸建てで畑で野菜を作りたいw

2017-10-25

https://anond.hatelabo.jp/20171024205956

発想が子供か…。

少なくとも義務教育強制的に受けさせる仕組みが無いと社会生活がままならなくなる。

日本は最低限の教育が受けられているか社会インフラ治安が維持されていると思っていい。

学校強制収容所みたいで嫌な場所だと思うが、それですら勉強学習しない連中がゴロゴロいるのに、個人任せにしたら全くやらない人たちがかなりの数出てくるだろう。

そしたら今みたいにな社会は維持できなくなる可能性がある。生活にも不便が出てくるかもね。

学校行くことで奴隷化するというけど、本当の奴隷教育しきれなかった頭の悪い連中なんだよ。

まともに思考回路ができない連中ほど使い潰しやすいからな。

ブーブー文句言いながら安い賃金で使われている単純労働者見たらわかるでしょ。

2017-10-24

https://anond.hatelabo.jp/20171023212011

福祉への投資は確実に目に見える形で存在している。少なくとも、駅のホームに設置されたエレベーター荷物をもった人にも優しい。ヘイトスピーチ規制は良好な環境寄与するし、LGBTQへの配慮人間関係を和らげる形で様々な人に利益がある。目を開けなくても手触りで確認できるシャンプーボトル発達障害への理解が進み治安改善寄与すること、見やす信号シルバー人材活用した安価サービス……様々な形で、福祉への投資社会の「住み心地」を目に見えて改善している。

一方、トリクルダウンについては、ほとんど幻想上の仮説とでも言うべきものだ。少なくとも、トリクルダウンが成立すると実証した研究はまだない。(「アベノミクス」の効果とやら言われているものは、トリクルダウンによるものではなく劇的な量的緩和雇用の流動化がもたらしたもの説明がつく、経済政策としてはごく普通のものだ。)そんな両者をドッチモドッチするのは、あまりにも乱暴な扱い方だと思うぞ。

2017-10-22

死ななきゃいけない気持ちに振り回されていた僕のお話

内面の整理のために吐き出しています、その関係上乱文になってると思います

僕の中学時代地獄だった。

間違いなくあそこに地獄があった。

少なくともあの時の僕にとっては地獄だった。

虐められた、とても虐められた。誰も味方がいなかった。

虐められるターゲットだった。友人は居なかった。一人だった。

家の中にも安らぎはなかった。家もまた気を張る場所であった。信頼ならない場所であった。

母は精神障害者だった。弟は知的障害として小学校の時分から養護学級の者として生きていた。父はそんな二人の世話に明け暮れていた。

とても頼ることなど出来なかった。

学校では「死ね」「キモイ」そんな言葉がずっと浴びせかけられていた。常に居場所がなく、昼休みは別の校舎の廊下音楽室の陰といったひと気のない場所避難する時間であった。

とても辛かった。そんな場所だった。

部活小学校の時にサッカーが好きだという理由サッカー部に入った。大失敗だった。

部活にも勿論居場所はなかった。選ぶ場所を間違えた。

部活中にも時折、野球部の方からボールが飛んできて僕に当たっていた。たぶん、ぶつけられていたのだと思う。頭に何度も当たっていた。とても辛かった。

中学校1年の2学期から休みがちになった。1学期でも体調を崩しがちであったが、休むために休んでいたのはこの頃だったように思う。

とても行くことが嫌だった。そんな風に休むものから勉強も遅れがちになった。宿題が溜まったのもより行きづらさに拍車をかけた。

英語がついていけなくなった。

家は貧しかった。貧しいが故に常識も知らなかった。小学校宿泊研修で初めてリンス存在を知る程度には貧しかった。

とても閉じていた。服もなく、娯楽を知らず小学校夏休みの絵日記に苦労していた、そんな記憶が残っている。

旅行に行く人達を羨ましく思いながら、隣町の祖父母の家に行く位が一番の遠出だった。

どんどん私は中学校に行けなくなっていた。田舎中学校故だろうか、治安もよくない学校であったのも一因だったとは思う。

通学の自転車指定自転車だったが、指定の物ではないものを買い与えられ、そのことがまた虐めの原因にもなっていた。

通学することが苦痛だった。

家の中では良い子でなければ、迷惑をかけないようにしなければならず、学校には居場所がなく、そんな状況が続いていた。

中学1年の三学期にはほとんどいけなくなっていた。ひたすら虐めの恐怖に怯えていた。布団の中でまるまって何故虐められるのか分からず、相談できる相手もいない、一人で苦しみ続けていた。

家の外に出るのが怖くなっていった。休んだことを揶揄されることもまた恐怖だった。ひたすらに家の中で時間を過ぎ去るのを願っていた。夜になってようやく少しだけ外に出られるような有様であった。

中学2年には全く通うことができなくなっていた。申し訳ないと感じつつも動くことができなかった。昼に父が職場から帰ってきてお昼の支度をしてくれる時間が僅かばかりの気晴らしといった毎日であった。

中学3年のころには少しだけ保健室登校のようなことをしていた。それでもほとんど休んでいた。勉強についていけなくなっていた。将来の恐怖に押しつぶされていった。

受験があった。とてもできず、また遠方へ通えるような財力はなかった。地元の県立高校に進学した。

高校に入った。周りは大人になっていたからか、虐められることはなかった。だが、僕自身人間不信になっていた。やはり一人だった。

そして、とても落ち着かなくなっていた。

授業中に突然笑いだすようなこともあった。エア友達脳内会話して笑いがこぼれていた結果だった。

ギャップを感じていった。普通が分からなくなっていった。休むようになっていった。精神科へ通うことを勧められた。ここで初めて通うようになった。

月イチでの通院の日々だった。それでも行けないことには代わりはなかった。

出席日数が足りなくなっていった。補修を受けるようになっていた。補修にも行けなくなった。単位を落としてしまった。通わなくなった。

単位複数落ちてから、一つだったら頑張ればなんとかしてあげれたと言われた。もう遅かった。手遅れだった。

留年するか転校するか退学するかの選択肢となった。金銭上、転校することは出来なかった。そのまま退学することになった。

高校に入ってからしばらくしてから与えられた携帯ネット依存するようになっていった。

普通じゃなくなっていく苦しみを誤魔化していた。なんとか逃れようとしていた。

ネットに居場所を求めるようになっていった。その間は少しだけ救われていた。

現実は苦しかった。

将来への絶望は消えなかった。

父母弟の介護をしつつ、田舎から出られず永久にそのまま終わるようにしか思えなかった。

ネットへの依存は加速していった。

17になった。心を誤魔化すためのゲームで繋がりができていた。オフ会に参加することになった。

オフ会に参加するのが唯一の遠出だったと思う。

隣の県まで電車で行った、少しだけその時は救われていた。

18になった。早く頑張らなければ、何かしなければという焦りと苦しみがちりちりと焦がしていたが見ないようにしてゲームに没頭していた。

19になった。オフ会で会った友人たちが大学生になっていった。僕は一人取り残されていった。

また一人になった。

一人の時間が長くなった。その分だけ余計に焦りと苦しみが増していった。向きあおうとして、オフ会の友人との繋がりを控えた。

より苦しくなっていった。薬に甘えないようにせねばと思ってあまり通院してなかった時期でもあった。

夜に原付飛ばしてみたり、自分なりの反抗をしていた。それでも苦しさは消えなかった。

夏の終わり、自殺を図ろうとした。海の近い町だった。このまま砂浜から海に入っていけば泳げない自分死ぬのではないかと感じていた。

服が海水を吸って重くなっていった。明確に死の恐怖を感じた。このまま自分が死んでいなくなる恐怖だった。この世から消え去りたくないと感じた。

砂浜へ引き返した。びしょ濡れのまま、一人家に帰った。自殺しようとしたなんて打ち明けることなど出来なかった。

死ななきゃいけないという感情はそれでも消えなかった。僕は考えを捻じれさせていった。

死ななきゃいけないなら、自分自身死ぬことを納得できる人間になろうとすればいいじゃないかと考えるようになっていった。

当時のニュースの影響もあって、大量殺人者に憧れるようになっていった。ああすれば死ねる!と。

30になったら行おうと思っていた。そこまでの命ならと思って、散財するようにもなっていった。

課金ゲームにハマっていった。諫められても、助けてくれなかった親への恨みから正当化していった。

深みにはまってどんどん続けていた。

20になった。成人式を迎えた。流石に焦りを迎えた。

バイト探しをするようになっていった。田舎から求人は貴重だった。

毎度のごとく落ちていった。

21になった。レンタルショップバイトに受かった。バイト代はすべて課金ゲームにつぎ込んでいった。

22になった。僕はバイトのままだった。世間就職にまた焦っていった。

23になった。友人の誘いで地元原発作業員になった。入ってウキウキ気持ち原発への嫌悪感がごちゃ混ぜになっていた。

半年で辞めてしまった。よりヤケになっていった。クレカ借金を作れば自分死ぬことに納得いくだろうと破滅的な行動が増えていった。

24になった。転職サイトで中途で入社した。ネット販売員だった。営業だった。件数全然取れなかった。頑張っても取れなかった。

頑張ることの意味が分からなくなっていった。努力しなくなっていった。ネットへの依存は深まっていった。

グループ内で転籍させられた。借金は増えていった。死にたくてたまらなかった。

25になった。課金ゲーで出会った友人に職に誘われた。僕は後先考えずに飛びついた。殴られるような営業から逃げられると思った。

転職先は良いところだったが付いていけなかった。そのころにはもう考えてもストレス意識が飛ぶようになっていた。

転職先を辞めてしまった。

無職になった。生活保護を受けるようになった。治療を受けても、あまり合わなかった。借金は残ったままだった。

四か月経ち、今日バイトを始めた。あまりのおぼつかなさに愕然とした。

死ななきゃいけない声が聞こえていた。今までは、周りを批判的に見たり、自分の実力を弱く見せたりして補助を貰おうとして誤魔化していた部分も遂に終わりを迎えた。

虐められていたときに亡くなった祖父母へのお別れの気持ちも1週間ほど前に整理がついた。

中学のころからの死ななきゃいけないを外すときが来た。そんな風に思えた。

借金は今、自己破産手続きが進んでいる。

2017-10-17

https://anond.hatelabo.jp/20171017230422

分譲物件ならマンションコミュニティとか掲示板タイプの奴が結構あるけどね

賃貸そもそも治安が悪いと言われてるので

変な人や物件に当たりたくないなら分譲の賃貸落ち狙ったほうがいいよ

[] #39-2「タオナケの正義

ちょっと遅くないか? 早く来てくれないとこっちも困るんだが」

遅れている理由何となく分かっていた。

「まあ、いつもの寄り道だろうね」

「寄り道?」

それを知らない兄貴は尋ねてきた。

「ほら、あそこだよ。いわゆる“貧困街”」

最近タオナケは、通学中に寄り道をすることがマイトレンドだった。

特にお気に入りが、廃墟だらけのエリア

俺たちはそのエリアのことを、『貧困街』って勝手に呼んでいる。

だが、その荒廃した様相タオナケの美的感覚に触れたようで、彼女は暇さえあればそこを通ることが多かった。

俺たちにとってはいものことだったのだが、兄貴はそれに怪訝な表情をした。

「そこ大丈夫か? 治安が悪いってよく聞くし、この団体管轄外だぞ」

それを聞いて俺たちは途端に不安に駆られる。

「まあ、今まで大丈夫だったんだから、今回も大丈夫だって可能性も高い。治安が悪いって言ったって、早々事件に巻き込まれるってわけでもないし、ましてやタオナケには超能力があるだろ……」

兄貴はその雰囲気から面倒事を感じ取り、慌ててフォローし始める。

だが、もはや俺たちの結論は決まっていた。

タオナケを迎えに行こう! 兄貴も来てよ」

「他にもっと頼りになるのがいると思うんだがなあ」

「少なくとも今すぐ付いてきてくれて、その上で頼りに出来るのは兄貴だけだよ」

「……割に合わないボランティアだ」




====

「ここは貧困街」

歌:マスダと愉快な仲間たち 作詞作曲:マスダ

ヒンコン カンコン ヒンコン カンコン

ここは貧困街 俺たちはそう呼ぶ

貧しくて困ってる エリアなのさ

具体的に何で 貧しいのか

具体的に何で 困ってるのか

知りもしないし 知る必要もない

ヒンコン カンコン ヒンコン カンコン

ここは貧困街 俺たちはそう呼ぶ

廃墟がところせましと並ぶ街

廃墟 廃墟 廃墟

ひとつ飛ばして 廃墟

見分けがつかないし つかなくてもいい

====


貧困街のエリアにたどり着くと、意外にもタオナケはすぐに見つかった。

騒ぎを辿っていくと、そこにいたのだ。

どうやら自治体の抗争に巻き込まれ脱出し損ねたらしく、その中心でオロオロしていた。

「ほら、やっぱり俺たちが来たのも、兄貴を連れてきたのも正解だったでしょ」

「ああ、そうだな……言っておくが、俺の気が沈んでいるのは予想が外れたからじゃなく、今からタオナケを助けるためにあそこに突っ込まないといけないからだ」

「じゃあ、シロクロ。マスダの兄ちゃんを手伝ってあげて」

アイアイ! どけいっ、みんな、どけい!」

ミミセンの指示で、シロクロは全速力で抗争の渦中に突っ込んでいくと、そのままどこかに行ってしまった。

だが、そのおかげで獣道ができて、兄貴はそれを更に広げるようにしながら進んでいく。

そうしてタオナケのもとへたどり着くと、有無を言わさず抱きかかえて、そそくさとその場を後にした。

「よし、俺たちも逃げよう」

(#39-3へ続く)

2017-10-16

anond:20171015225119

川越においでよ

始発に座れるし、ワンルーム中古なら300万で買える

古い街だから治安もそれなりにいいよ

2017-10-15

中古マンション買おうと思ってるんだけど、埼玉県ならどのあたりがねらい目なのか

ひとり暮らしだがそろそろマンションを買おうかと思っている

埼玉県あたりを狙っているんだが

考えていた川口あたりは今治安が悪いらしい

どのあたりがコスパいいんだろうか

 

 

追記

思ったよりトラバ?多くてTHX

治安が知りたかった

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