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はてなキーワード: 議論とは

2018-02-19

anond:20180219122645

ドラゴン桜だったかな?30代からは掛け算で勝負しろって。

たとえば、上位20%のことが3つできるとしたら。

0.2×0.2×0.2=0.008

その3つのことが上位20%でこなせる人は、0.8%ということになる。

労働市場に限らず、価格とは希少性によって決まるから人口の0.8%というのは結構希少性が高く、人材としての価格は上がりやすいかも。

20代なら、今持っているもので、それなりに頑張って、できるだけ上位に入るような分野を作ったらいい。

まぁ、それはそれとして。

こういう議論になったときいつも気になるのが、価値価格混同だ。

繰り返しになるけれど、価格市場で決まる。需要供給バランスで決まってくる。

それは、すなわち、他人評価だ。

価値はそれだけでは決まらない。

自分価値が高い思えば、どんな評価を受けてもやっぱりいいものはいいっていう風になる。

球技下手とか、歌下手とか、小説下手とか、書いてあるけれど、実際やっているときはどうだったか

弱所チームだろうが、強くなろうと無心に練習して、試一生懸命プレイして、その時は、別に下手とかなんとか関係なかっただろう?単に一言、「楽しかった」とか「よかった」とか、そういう言葉表現しきらない、なにか、体験として残る何かがあると思う。

だって小説だって、好きでやるなら、価値自分で決めるもんなんだ。

それを商売にしようと思ったら、結構きつい。価格他人評価であって、自分が好きだから上がるものではないから。

好きなことを仕事にできれば幸運かもしれないけれど、好きじゃなくなっちゃリスクもある。

まぁ頑張れ。

anond:20180219153237

すごい極論だな。

男性からしたらセクハラ痴漢しても許される社会がいいと思ってる?

 

それって人を傷つけても許される社会を男が望んでるってことになるんだけど。

そんな前提で論を展開されてもなぁ。。。と思ってしまう。

そもそも主語デカイし、前提がイカレてるように感じる。

 

どうもこう、性で分けて話をするとなんていうか人としての何かが

失われたまま議論になるのがほんと変だなぁと思います

 

anond:20180219154254

自分研究開発職だけど、まぁ各々の課題解決へ向けて本質的議論ばかりをするわけですよ。

その環境だと、そういう政治的論法だとか調整的な業務理解しないというか、そういうの本質的じゃないっていって下に見るやつがいるんだけど、それも違うよなーと思うんだよね。どっちも必要じゃねっていう立場と比べたら片方しか理解できないほうが下だなーって思ってしまう。

anond:20180219152243

ダブスタからダメとい論法は件の本質の是非が置きざりになるのでよくないし、それ言い出すやつは本質避け体質があるか、本質的には自分の主張が間違っているということに気づいてるけどあがいてるだけ。あるべき議論を妨げる害悪であるといえる。

本質避け体質の人っているなーっていうのを小学校のころから思ってた。「いまその話じゃねーだろっ」てことを自信満々で言い出すやつね。あれ厄介。本人真面目に言ってるつもりだから

「これがセーフならあれもセーフだよな?」

「あのときアウトだって言ってたのにこっちはセーフなの?」

みたいな、明確な線引き・定義基準を求めながらダブスタを探して、ひたすら議論を混乱させようとする奴が増えたように思うよ。

こいつらは事態解決なんか望んでなくて、ただただ「偉そうな奴らを引きずり下ろして馬鹿にしたい」という行動原理で動いている。

違法漫画サイトについてスタッフたちとも議論。あらゆる雑誌をまとめて定額制とか、広告収入云々とか、利用者善意に訴えるとか、色々考えてみたんだけど。

これまで出版社が試みてきたことの結果からしても、やっぱり法改正をして取り締まれるようにするしかないと思う。議員の方々お願いします…!

これロビー活動的な何かですかね?何年掛かるんだろうね

anond:20180219070454

なるべく多くの人に見てもらって情報、反応、反論等欲しかったので煽り気味に書いてるところはある。そこが気に障ったのならすまん。

まあ私の文章煽りや売り言葉に買い言葉がないとは言わないのでそこはお互い様ということで。仲良くマサカリ投げあいましょう。

あくま自分見方を紹介しているだけで理系のやることが全て正しいとも思ってない。ただ理系では日本が一流研究をしていると誇る分野が数多くある一方で、文系の多くの分野で全体としては日本学会は二流という嘆きが聞かれるのも確かだ(もちろんどんな分野にも日本人の一流研究者はいるだろうが)。

これ[要出典]ってタグ貼るべきところ? 私は最初増田anond:20180217012945)で(1つだけだけど)実例挙げたし、体験談ベースの話でよければ私の見た限りでは日本外国研究ってけっこうレベル高いと思うんだけど。外国語に訳されても遜色ないモノグラフがたくさん出てる。

理系では著書でオリジナル発見研究成果を発表する奴はまずいない。いるとしたらほぼトンデモだと思って間違いない。文系増田が挙げてる怪しい医学博士とか。

文系では違うのか。正直文系ガチ研究書は見たことがない。三浦瑠麗の著書も調べてみたが、タイトルや値段を見る限り一般向けだろう。大学書籍部や図書館を探せばあったんだろうか。ただ(博士論文出版等は除いて)著書で最新の研究を発表するというやり方は、どの部分に新規性があるのかの表明や議論双方向性等に問題がないのだろうか?新規研究成果なら第三者査読を経て論文にするのが正統なように思えるが。数学証明のように検証可能性が極めて高ければホームページで発表とかでもいいんだろうけど。

そこからか。何のために研究雑誌Book Review欄があると思ってるんだ……(和文だろうが欧文だろうがたいていのメジャー学術雑誌にはBook Review欄はあるし、場合によっては書評査読がつくよ)。ていうか普通、序章とか第1章とかで先行研究の整理をするし(一般向けも混在するレーベルだと編集に嫌がられることもあるらしいけど)、そこで自分オリジナリティについても言及するよな。

あくまで一例だけど、先日出た研究書の目次はこんな感じ→http://www.unp.or.jp/ISBN/ISBN978-4-8158-0871-6.html適当なUniversity PressのHPを開いて適当新刊をチョイスしただけなので、内容については何も言わないし、言えない。なぜなら私は読んでないからだ。あくまで「ちゃんと章立てに先行研究って入ってるでしょ」というサンプルとして受け取ってほしい。目次で明示されてないだけでちゃんと先行研究の整理をしている本もあるので気をつけて。それはそれとして面白そうな研究だと思うんで余裕があったら読んでみたい)。

駄目な研究は本として出版したってロクに引用されずにアカデミアから消えていくだろうし(もちろんあまりマニアックすぎて引用するひとがいないという悲しい状況も有り得るのだがそういう場合学術雑誌書評でちゃんと良い研究ですよって言われてるからな。おべっか書評がないとは言わないけど、むっちゃ辛辣書評も見かける)、まともな研究書なら議論典拠は明示してあるんだから議論双方向性に問題はないでしょ。

三浦瑠麗の著書、内容(https://www.iwanami.co.jp/book/b261983.html)を見る限りでは研究書ということでいいと思うけど。文系は割と凝ったタイトルつけるひと多いかタイトルだけで研究書じゃないと即断することはできないし(『想像の共同体――ナショナリズム起源流行』も『〈日本人〉の境界――沖縄アイヌ台湾朝鮮 植民地支配から復帰運動まで』も立派な研究書です)、値段についても、うちの分野の研究書の半額くらいの値段で売れて羨ましい限りと思うけど、それが研究であることを否定する材料にはならない(ていうか一般書だとしたら3000円以上ってクソ高では)。国際政治学一般理論みたいに需要がある分野ならそれなりに廉価でも採算取れるよね。研究書は別に専業研究者けが読むものではないので、政治学者以外の教養人にも売れそうだと判断たらこのお値段になるのは別に不思議じゃない(逆にマイナー分野では……お察し下さい。売れない→高い→売れない→高いの悪循環でございます学術成果刊行助成でなんとか刊行できてる研究がたくさんあるんだよなぁ)。気が向いたら図書館で実物見てみるわ。

何度も言うけど、中身は知らない。ひょっとしたらダメダメな内容かもしれない。でもそれは、査読通ったちゃんとした学術論文でも中身がショボかったりオリジナリティ希薄だったりすることがありうるのと同じで、ダメダメから研究業績にカウントされないということにはならない。たとえそれがサラミ論文であったとしても、英語で書かれた査読つき論文だったらそれは業績としてカウントされるべきだよね。公募採用されたり学術界で優れた研究者として認知されるためには内容が優れてないといけないし、こんなサラミ論文しか書いてないやつがなんで○○大の講師なんだ! という批判はされていいと思うけど、それはあくまで内容を見た上での話であって、形式だけを見て業績じゃないと言うことはできないはず。今回の元増田批判が内容を見た上での話なら『シビリアンの戦争』を未読の私は何も言ってないし言う資格がないけど、理系増田も読んでなくて、ここではあくま形式の話をしてるんだよね。形式の話をするなら彼女学術業績としてカウントされるべき本を書いていますしか言いようがない。

一般論からすると著書はオリジナル研究業績であり得るが、逆も然りで著書は必ずしもオリジナル研究業績とはみなされないというべきなのでは。門外漢は著書数もオリジナル業績数とみなせという主張は言い過ぎだろう。

「著書はオリジナル研究業績(でありうる)」「研究書は立派なオリジナル研究成果」と私は書いてるよね? それで前段へのアンサーになってると思うし(そのうしろでちゃんと「一般向けの本」と「研究書」を分けて記述してるよな)、そもそも私は最初増田anond:20180217012945)で「新書2冊はおいといて」って書いてるので、“すべての著書”がオリジナル研究業績なんて端から主張してないってことは読めばわかってもらえると思ってたんだけど(オリジナル研究書籍化したものを「研究書」と呼ぶわけだから、“すべての研究書”はもちろんオリジナル研究業績です。一方で著書のすべてが研究書というわけではないので、“すべての著書”が研究業績というわけではありません。こう書けばわかるかな?)。

後段、著書はオリジナル学術業績とはみなされないという理系ローカルルール持ち出して他人を業績が少ないと批判する方が言い過ぎでは。いやもちろん他分野の常識に詳しくあらねばならない必然性はないけど、他人を「業績が少ない」と批判する以上は他分野の「業績」の基準も知っておくべき、って、そんな無茶な主張? 文学でも歴史学でも政治学でも社会学でも教育学でも文化人類学でも哲学でも法学でも、おおよそメジャー文系研究分野ではだいたい研究書はオリジナル研究業績としてカウントされるんだから(これは英語圏でも変わらないと思うよ。少なくとも私の専門分野や隣接分野では英語だろうがフランス語だろうがドイツ語だろうが韓国語だろうが研究書はオリジナル研究業績です)、文系からするとその常識通用しない方が非常識ですよ。理系ローカルルール勝手学術界の一般ルール敷衍するのやめてもらえます

院生だろうが単著論文を発表するのがふつうの分野の人間からすると、理系では指導教授論文の著者に名前を連ねるのか、変わった慣行だなぁ、って思うけど、それは理系慣行なんだなとして受け止めてるし、この研究者自分学生論文名前を連ねて論文数稼ぎしてる! なんて主張しないよ(もちろんギフトオーサーシップ批判されるべきだけど、理系では自分指導してる学生論文の共著者になるのはギフトオーサーシップではないんだよね? このへん詳しくないので間違ってたらごめん)。分野が違うと業績のカウントの仕方も違うんだなぁ、って受け取っておけばいいじゃない。

その上で現在日本語地位が低い分野や日本語でやる意義がまるでない分野まで、日本語で最新の論文を書いてもよい、あるいは日本語地位を高めていこうなんていう理由がよくわからない。例えば挙げてくれた西洋古代史の最新論文日本語で書くことに何の意味がある?日本全然関係ないのに?解説書や教科書は別だ。日本語で多くの人が学べることには意味がある。でも論文なのだとしたら欧米研究者が読まなければ学問進歩に乗らないんだからただの自己満足だろう。アマチュア研究者だとしたらそれでもいいんだが、大学研究者プロだろう。国から研究費貰って英語が中心の分野で日本語しか書かないのは国民が納得しないだろうから税金泥棒しか言えない。

将来英語が中心じゃなくなることもありうるだろうという論を挙げているがそれは詭弁だ。理系だってラテン語から現代語への変化やドイツ語フランス語凋落を経ているが、最新の論文を主流の言語で書かない理由はない。(欧米科学力を中国が圧倒的に上回ることは考えにくいが)将来中国語になるんだとしたらそれもいいだろう。もし仮に日本がその学問分野で覇権国家になるプランがあってそのためのリソースを投じているっていうなら別だけど、そうじゃないなら英語に圧倒的に負けてる分野はさっさと降伏して英語ベースにしたほうが世界中学者のためになるし日本人世界に認められる学問的成果をあげるためにも効率的だと思うんだけど。国際政治学についていえば英語圏研究が中心だという知識増田にもあって、反米主義だったり日本世界覇権を夢見ていたりといった特殊思想的背景があるわけでもない研究者英語論文を書かないのだとしたら、怠慢あるいは研究先進性の不足の誹りを免れないであろう。

これ最初にも書いたけど、主要国のアカデミアでは文系研究の多くの部分を自分の国の言語でやってます。たとえそれが自分たちとは縁遠い地域のことだとしてもね。日本語英語以外の言語で書かれた日本学論文なんて日本人研究者はあまり読まないんじゃないかと思うけど、たとえばポーランド人ポーランド語日本学論文書いてるし(https://ci.nii.ac.jp/naid/120006355425。ちなみに、このポーランド人みたいに、日本人外国研究者がその国の言葉日本での研究状況を紹介するっていうのは既にあちこちでやられてます)、それは日本アカデミアで読まれていないとしても日本学の発展に寄与ポーランドアカデミアを豊かにしていて、仮にポーランドで極めてオリジナリティが高い研究が出てきたら日本人日本学者も何らかの方法でそれを読まないといけないだろうと思うわけですよ(別に自分で読む必要はない。他人に読んでもらえばいいんだから翻訳ってそういうことだよね)。ポーランドアカデミアは当然ポーランド固有の問題意識を持っているし、その土壌から日本にはない新鮮な日本観が生まれてくるかもしれない、という点で、色々な国のアカデミアがそれなりに独自の発達を遂げていることは重要だと思うけれども。

当たり前だけど西洋古代史の論文日本語で書いてあっても最新の研究動向は反映されているわけ。書いてるひとは西洋諸言語読めるわけだしね。向こうがそれを読めない、または読もうとしないからといって先進性がないわけではない。読まれる/読まれないという尺度研究先進である先進的でないという尺度は別だよね? 混同すべきじゃない。そこにはちゃんと研究蓄積というもの存在しているんだよ。明治期以来、主要文系分野では日本語の分厚い研究蓄積がある。もちろんそこには西洋猿真似だったり「横のものを縦にした」だけの研究もたくさんあるかもしれないけど、それらは日本アカデミアを間違いなく豊かで質の高いものにしてきたと思う。

で、哲学の本場はドイツとかフランスとかイギリスとかだと思うけど(イメージ貧困すぎたらごめん。正直哲学のことはよくわからないんだ……)、日本人哲学者が優れた哲学書を発表すればそれはちゃんと英訳されてオックスフォード大学出版から出版されていたりするのね(https://en.wikipedia.org/wiki/Kojin_Karatani)。これは日本語圏で外国人に読まれない研究を積み上げていても、良いものを書けば「日本研究者面白いことやってんじゃん。翻訳して読んでみようぜ」ってなる実例なんじゃないかと。

根本的な話をするなら、「国際政治学」という分野の標準言語英語である必然性はどこにもないわけだよね。それは英語圏で優れた研究が積み上げられてきた帰結であって、英語圏の人が自分たち言語研究成果を積み上げた結果それが参照されるべき言語になっているだけの話。要するに彼らは先行者利益を得ているわけ。現代思想の分野でフランス語大手を振って歩いているのも、フーコーやその他の人たちがフランス語で優れた成果を書いてきて、それが受け入れられてきたか英語日本語フランス語の文献が訳されまくっているという現状がある。日本語がこの高みを目指してはいけない理由はないよね。

私はここまで書いてきたような理由日本語論文を書くのも重要営為だと思う(加えて、執筆言語自国であることは東アジア欧米の主要国の文系アカデミアとしての標準に則っているので、ことさら日本アカデミアだけが批判される謂れはないよな、とも思う)。ただ理系増田がそれにどうしても同意できないなら、それを説得する言葉を私は持たないなぁ、とも思う。私の論拠はだいたい言い尽くしたので、執筆言語問題についてこれ以上理系増田に答えようとは思わない。なんと言って終わらせればいいかからないけど、とりあえず、お互い研究頑張りましょう。

いじめられる奴は「絶対に」悪くないっていう奴いるか

イジメは「いじめるほうが悪い」とか

いじめられる方が悪い」と議論になることがある。

どちらの言い分も、場合に寄っちゃ分かる。

いじめるほうが悪い。確かに「先に手を出した」方が悪いのは確かだ。

でも、「いじめられる奴は"絶対に"悪くない」と言えるか?

悪くない奴もいる。人畜無害なのにいじめられる奴もいる。

その場合100%いじめた奴が悪いだろう。

でも、そうじゃない場合はどうなる?

「やたら馴れ馴れしく、人の神経逆なでするようなことを平気で言う」

「人を心配させる嘘をつきまくる、1対1で話し合っても改心しない」

とかさ。

高校生の時に嘘をつきまくる奴が居た。本当に迷惑レベルで。

通り魔に刺された」とか、その他たくさん。みんな「ハイハイそうですか」で聞いてた。

自分が話の中心に居ないとタックル食らわしてきたり、私が同じことしたらブチ切れたりする奴だったけど

とりあえず2年は我慢したんだ。

社会人になった今ならずっと流して対応できるのだろうけど、うざったくなってきて

1対1で「もう嘘やめてくれねーかな」って話し合った。

言いたいことを言って、相手からも言いたいことを言ってもらった。

相手から「私の性格は変えられない。大学生になったら変えるけど、もう今後一切関わってくるな」って言われたから、

言われたとおり一切関わらないようにした。

私に友達は他にたくさんいたが、相手には私しか拠り所が無かった。

嘘をつきすぎたせいで、おせっかいな私くらいしか頼れる相手が居なかった。

クラスで1人ぼっちになった彼女卒業までずっとぼっちだった。

果たしてこれはいじめたことになるのか?

ケース バイ ケースなんだよ。

いじめられる奴が悪い」場合もあるってこと。

いじめられる奴は絶対に悪いくない」って事はない。

anond:20180219020929

なるべく多くの人に見てもらって情報、反応、反論等欲しかったので煽り気味に書いてるところはある。そこが気に障ったのならすまん。


あくま自分見方を紹介しているだけで理系のやることが全て正しいとも思ってない。ただ理系では日本が一流研究をしていると誇る分野が数多くある一方で、文系の多くの分野で全体としては日本学会は二流という嘆きが聞かれるのも確かだ(もちろんどんな分野にも日本人の一流研究者はいるだろうが)。



理系では著書でオリジナル発見研究成果を発表する奴はまずいない。いるとしたらほぼトンデモだと思って間違いない。文系増田が挙げてる怪しい医学博士とか。

文系では違うのか。正直文系ガチ研究書は見たことがない。三浦瑠麗の著書も調べてみたが、タイトルや値段を見る限り一般向けだろう。大学書籍部や図書館を探せばあったんだろうか。ただ(博士論文出版等は除いて)著書で最新の研究を発表するというやり方は、どの部分に新規性があるのかの表明や議論双方向性等に問題がないのだろうか?新規研究成果なら第三者査読を経て論文にするのが正統なように思えるが。数学証明のように検証可能性が極めて高ければホームページで発表とかでもいいんだろうけど。

一般論からすると著書はオリジナル研究業績であり得るが、逆も然りで著書は必ずしもオリジナル研究業績とはみなされないというべきなのでは。門外漢は著書数もオリジナル業績数とみなせという主張は言い過ぎだろう。




論文英語日本語問題についてはとりあえず冷静に原文を読んでくれ。

3本しかないので数が少ないと書いただけで日本語は業績に入れないとは言ってない。日本学会で発表したり国内研究者向けに文章を書くのも意味がないわけではないことは知っている。そもそも三浦の業績もショボいと酷評しただけで全くないとは言っていないし。

それからここは誤解があったみたいだけど英語でないことは「国際政治学」だから批判しているのであって、日本中心で行われている学問なら日本語でも問題ないことは理系元増田にもわかっている。文系増田動物学を例として挙げてくれているがああいローカルな側面がある学問についてまで何でもかんでも英語統一しろと言ってるわけでもない。アジア研究についても日本語論文重要視されているということもよくわかった。


その上で現在日本語地位が低い分野や日本語でやる意義がまるでない分野まで、日本語で最新の論文を書いてもよい、あるいは日本語地位を高めていこうなんていう理由がよくわからない。例えば挙げてくれた西洋古代史の最新論文日本語で書くことに何の意味がある?日本全然関係ないのに?解説書や教科書は別だ。日本語で多くの人が学べることには意味がある。でも論文なのだとしたら欧米研究者が読まなければ学問進歩に乗らないんだからただの自己満足だろう。アマチュア研究者だとしたらそれでもいいんだが、大学研究者プロだろう。国から研究費貰って英語が中心の分野で日本語しか書かないのは国民が納得しないだろうから税金泥棒しか言えない。


将来英語が中心じゃなくなることもありうるだろうという論を挙げているがそれは詭弁だ。理系だってラテン語から現代語への変化やドイツ語フランス語凋落を経ているが、最新の論文を主流の言語で書かない理由はない。(欧米科学力を中国が圧倒的に上回ることは考えにくいが)将来中国語になるんだとしたらそれもいいだろう。もし仮に日本がその学問分野で覇権国家になるプランがあってそのためのリソースを投じているっていうなら別だけど、そうじゃないなら英語に圧倒的に負けてる分野はさっさと降伏して英語ベースにしたほうが世界中学者のためになるし日本人世界に認められる学問的成果をあげるためにも効率的だと思うんだけど。国際政治学についていえば英語圏研究が中心だという知識増田にもあって、反米主義だったり日本世界覇権を夢見ていたりといった特殊思想的背景があるわけでもない研究者英語論文を書かないのだとしたら、怠慢あるいは研究先進性の不足の誹りを免れないであろう。

anond:20180219035145

8億円ぽっちのことはこの際どうでもよい。よくないが、それよりも8兆円稼ぐ算段を議論して欲しい。

2018-02-18

1番悪いのは痴漢犯人

なんで痴漢よりも、女性専用車両必要性を訴える女性の方が悪者にされてんだよ?

事の発端を考えろ。

1番悪いのは、痴漢犯人だろ?

 

電車から痴漢が一切なくなったら、そのとき女性専用車両必要性もなくなる。

痴漢廃止する前に、女性専用車両廃止するのは、順番が間違っている。

利害関係者全部を集めて、その中で最高に悪いのは、痴漢ということで間違いないよな?

そこだけ押えておけば、議論があらぬ方向にブレることはなくなるだろう。

 

根本的な問題は、どうしたら痴漢消滅するか?その具体的な方法必要だ。

痴漢の原因は、人間の異常な性欲ではないか?正常な性欲に戻すにはどうしたらいい?

その答えを集合知発見すべきではないか

 

私たちは知恵を出し合って、問題解決して、お互いに助け合わなければいけない。頑張ろう!

いい国作ろう、日本人

anond:20180218201451

はてなとか増田って昔からこんなだったっけ

昔って言っても数年前からしか知らないけど、2chが息してた頃は住み分けができてたのかな。

こういう社会問題や男女問題に関する議論で、まとめサイトのような低レベルな反応する人達は少なかった気がする

01:13:20~

がま「スポンサーしたいっていうメーカーさん達がぼこぼこ出てきていて、正直その金額っていうのが、賞金なんかより全然大きい金額で動いていて、

  賞金に関して、結構、やっぱり、正直グレーな部分って多少はあると思うので、そういうリスクを犯すよりも、まず賞金なしで、プレイヤー達が、どれだけかっこよく見せられるか、

  今のスキームで、そういうのもあってもいいんじゃないかなって思ってます

浜村「いいですか?グレーな部分があるっていうのは、ちょっと憶測が凄く混じっているので、そこはきちんと、聞いてくれたら答えます。」

01:15:45~

ハメコ「先程グレーである部分というのは、説明しますというふうにお話いただいたので、まああの、ほうぼうで色々言われてるわけですよ。合法性が、大丈夫なのかとか、そういう話がいっぱいあるので、

    ここで説明していただいたほうが今後絶対いかなと思うんですよ。たとえばプロライセンス労務契約によって賞金を出してるんじゃないかって言われてます。その点についてはいかがですか」

浜村「あのー、なんでそういうふうにいうのかよくわからないんですけど、新聞とかでも、出てたじゃないですか。景品表示法の表示対策課(?)が、プロへの報酬なら問題ない、という形で出してましたよね」

ハメコ「日経ですよね?」

浜村日経さんですね。僕らも、あの、官公庁相談してないみたいなことをずーっと言われてましたけど、消費者庁と、話してるんですよ。僕も消費者庁5回も行って、来てもらったし。

   そこん中でどうやったらやっていけるか、というのを議論したんですね。そこん中で僕らもプロならいけるんじゃないかって思ってたんですけども、ちゃんと、消費者庁のほうから、えー、2つ方法があって、

   一つは取引付随性のない、全然関係ないところがお金出す」

ハメコ「第三者から拠出ですよね?」

浜村はい、もうひとつが、プロライセンスなら、えー、わかりやすく、その人が高度なパフォーマンスを出せるということを言えるので、、報酬として払う、整理がしっかりできますという言い方をされたんですね。

    だから僕らもその、意向を受けて、プロフェッショナルライセンスがいいんだね、ということで議論したんです。

    で、議論した中にはCESAっていう、大手ソフトハウスの方々が、大勢いらっしゃって、で、ジョガー。ご存じだと思いますけど、その代表の方が30人以上集まって、

    その中で法務担当の方もしっかりいらっしゃって。つまりコンプライアンスをしっかり守らないといけない一部上場企業代表の方々が来て議論して、これなら大丈夫っていう形で作ったんです。

    で、それを持って消費者庁に行って、関係省庁に行って、問題ない、と言われ方をしているんです。

浜村「で、実際あのー、えー、一つの例で言うなら、たとえば2月7日だったかな、国会予算委員会で、世耕(せこう)大臣の方から、キホントウカ(?)の議員が聞いた質問に対する答えとして出てきた答えが、

    プロというものを、民間団体が始めようとしている。プロなら問題がない、プロに対する報酬なら問題がないということで消費者庁とは整理ついているので、今後は法規制選手に賞金を与えていくことの、一つの助けになるということを言ってるんです。

    これはあの、YouTube動画が上がっているので、ぜひみていただきたいと思うんですけども、そういう形できちんと話し合ってきましたし、警察にもいきましたし、みんなに聞いていって、説明してきたのがこのやり方なんですよ。

    だから僕はこのやり方をグレーだとは思ってません。」~01:18:48

ネットで色んな所と気軽に繋がれる様になって随分経つけどさ、繋がって観測出来た事をポジティブに活かせないケースが多すぎやしないかね?

直近だと女性専用車両の件とかさ「繋がるには早すぎた集団」が互いの感情論をぶつけ合っているだけで誰も幸せに出来そうにないよね。議論がどうとか言ってるけど明らかに「それ未満」のクソの投げ合いの場が繰り広げられていて本当にウンザリするよ。

現実社会制限の中で白黒キッチリさせられる訳ないなんて事は、アホでも分かりそうなモンなのに、数日経っても一歩も引かずにクソの投げ合い続けちゃってさ。異なる存在と適切な議論を進められない段階にいる連中は、もう本当に巣に帰って欲しいな。キミ達にゃ「俯瞰した視点に立った現実的かつ建設的な議論」なんて、まだ100年早いんんだよ。

思い起こせば「はの字のねーちゃん」関連の炎上も同じだしさ「世界がオマエ視点で完全にストレスゼロになる環境」なんて訪れる訳無いんだよ。気に食わないヤツや、いけ好かないヤツも混在した状態で、都度都度、互いの倫理観ギリギリ許せる妥協点を見出だす事を続けるしかないんだよ。

それが飲めずに、異論を完全に駆逐したがる輩は、頼むからネット見るのやめてくれよ、変な行動起こす前にさ。マジで危なっかしいから。頼むよホントに。

主語がでかい

「男は~」「女は~」「日本人は~」なんていう主張をしたときには、しばしば「主語がでかい」という反論を受ける

もちろん「人それぞれ」なのは間違いない

しかしながら、主語のでかい話をしているとき一般的傾向について語っているのだ

「私は違う!」というのなら、あなた例外なのだろう

それだけの話である

ただ、主語のでかい話をするには、エビデンス必要である

自分の周りがそうであるというだけでは、バイアスが強すぎて一般的傾向を語っているとは言えない

自分の周りをソースに話をするのであれば「私の知っている男は~」「俺の周りの女は~」という切り出しが適切である

自分の主張の源泉である事実と主張との間に齟齬があると理論性が損なわれる

しかし困ったことに、容易に反論可能な不完全な理論ほど波紋を呼び、議論が加熱する

炎上を誘発することが目的愉快犯は、あえて主語がでかい主張を行うこともままあるのだ

…とかは置いといて、はてな馬鹿ばっかだよな!!!

anond:20180218021901

ここ数日、はてブ界隈で出揃った議論一覧をまとめてみた。

今のところ代表的ホテントリ区分するとこんな感じか。

女性専用車両賛成派

https://anond.hatelabo.jp/20180218021901

中立派

https://anond.hatelabo.jp/20180218033519

女性専用車両反対派(懐疑派)

https://anond.hatelabo.jp/20180217103357

https://anond.hatelabo.jp/20180217043552

https://anond.hatelabo.jp/20180218001154

http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2018/02/post-4fac.html

うーん、賛成派以外の指摘はどれも理路整然としているような。

賛成派は「いや、それはオマエの主観やんw」と言うかもしれないけど、客観的にみてもそう思う人多いんじゃないか。ちなみに自分あんまりカリカリすんなよ派。

能力の割に自信のある奴が嫌い

でも、そうやって生きられたら今よりもずっと楽しい人生なんだろうな、と思う。



世の中には、能力の割に自信だけはある人がいる。

同じことをやらせたら絶対に私の方が上なのに、何故か皆すごく自信満々なのだ

その人には他に誇れるところがあるとか、優れているところがあるという議論は置いておくとして、私はああいう人たちが心底嫌いだ。

嫌いというか、「頭がおかしいんじゃないか」とさえ思う。

でも時々、彼らをとても羨ましく感じることがある。



彼らの自信は、たぶん「絶対評価なのだろうと思う。

全てが全てという訳ではないのかもしれないが、凹んだ時に立ち直る為の自信の源は、全て自分の中で完結したものなのだろう。



私のように、何かができるようになったとしても「もっと上手い人はいから失敗だった」なんて考えないのかもしれない。

比べるのは他人ではなく過去自分で、それよりも上手くなったか成功だ、で終わるのかもしれない。



私も私の周りも、実力の割に自信がない人は日頃他人との比較をしがちだと感じる。

誰々より可愛いだとか、誰々より学歴は上だとか、自分を見る時も他人を見る時も常に「その人ではない誰か」が基準である



冒頭で言った「何かをやらせたら絶対に私の方が上」というのも、まさにその通りだ。

まれてこの方自信などない私は、ふと気がつくと自分他人他人他人比較して評価を下している。



自信の評価基準を外部に求めるというのは、たぶんあまり得策ではないのだろう。

世の中には自分より何もかも上手くやれる人がいる。上を見たらキリが無い。

世間の人々を基準にすると、「成功」のハードルも「満足」のハードルもぐんと上がる。



でも今までそうして生きてきたから、自分の中には「他人比較して上だという自信」しかない。

しかしその基準である他人」を超える人は、掃いて捨てるほどいるから、結果として自信は全く身につかない。

今更絶対評価の自信を身につけるやり方も分からない。



から私は、自分に自信のある人が嫌いだし、理解できない。

でも、本当はその図々しさが心底羨ましいのである

anond:20180218144402

まりこの件に首突っ込まないでおこうかと思ったけど、ようやく正論が出ましたね。私の使っている路線ではラッシュ時だけ女性専用車両として使い、それ以外の時間帯は男性も乗って良いというパターンが多いです。まぁラッシュ時に女性けが比較的空いた専用車両に乗れて、男性ラッシュに耐えつつ痴漢疑惑を受けないよう気をつけなければいけないというところがそもそも議論(?)のきっかけだと思いますが。

実態がわからない

女性専用車両議論にわかに盛り上がっているが自分が住んでいる地方都市では女性専用車両が導入されていないので実態がわからない

Wikipediaで見た限りやはり主な舞台関東であるようだ

関東さらに言えば東京)とその他の地方

人間は同じ性質だろうし、鉄道会社も似たような姿勢だろうし、被害者痴漢に傷つくのも変わりない

違う因子としてはやはり人口密度及びそこから来る乗車率の高さとしか考えられない

女性専用車両がいわゆる東京一極集中弊害だとすれば

それはもう「誰かのせい」というわけではない(政府のせいとか引っ越さな自己責任とか言えば言えるけど)ので

もう少しお互い寛容になってもいいのではないかと思う

でも寛容になれないほど逼迫しているのかもしれない、やはり実態がわからない

はてな村民がクソである特徴

 1.プライドが高い

やけに上から目線アドバイスしたり、謎に学歴にこだわったりする。学歴に異常なこだわりを見せるのは受験を控えた高校生受験を終えたばかりの大学生君かな???

 2.非を認めない

自分が正しいと信じ切ってる感じがクソ

 3.難しい言葉を使ってマウントを取りがち

とりあえず難しそうな言葉を使っとけばいいという発想がクソ

 4.マウントを取る取らないにこだわりすぎ

普通に話してるだけでマウントガーとか言ってくる。議論人格否定区別できないあたりがクソ

 4.シンプルにクソ

シンプルにクソ

女性専用車を巡る議論感想

インターネット学級会、この話題好きすぎません???

何度目だよ?????

私自身の意見は、女性専用車容認区別であっても差別ではない、なのだが、

既に言い尽くされた議論を蒸し返すだけなので省略)

anond:20180218001154

議論には多様性と最低限の寛容(あなた意見には完全に反対だが、あなたがそのような意見であることは承知し、存在を許容する)がなくてはいけないのだが、

ブコメ見てると「そんな意見は全く理解できないし受け入れられない」とする硬直したひとがかなりいる。

こういう人にもまぁ議論に参加する権利はあるんだけど、参加したら絶対建設的な議論はできず、論争になってひたすらいがみ合いの応酬になる。

フリーライド論に対する反応がその典型。。

フリーライドだという考えをする人もいるのか、私は絶対反対だけど」くらいなら良いが、

フリーライドなど意味が分からない、理解すらしたくない」って反応だと、

まぁ建設的な論客からは程遠いよなという印象。

女性専用車の隣のドアに乗る女性

ここ数日の女性専用車議論の中で、男女互いが配慮しあって議論を深めていくのがいちばん大切だということはよく分かった。

その上で、今この現状の中でお願いしたいことがある。女性の皆さん、頼むから女性専用車の隣のドア(隣の車両のドアじゃなくて、隣の車両の、女性専用車に一番近いドア)の利用だけはやめて欲しい。

私が利用している路線は、一番端の車両女性専用車、かつ階段ホーム端にあることが多い。だからラッシュ時は本来であれば一番端の女性専用車位置が一番混雑するはずなんだけど、男性が乗れないので結果的にその隣の車両が一番混雑している状況だ。それなのに、毎日のようにわざわざ女性専用車を避けて、女性専用車の隣のドアを利用している女性結構いる。

昔この話題になった時、女性専用車を利用しない理由として「化粧くさいのが苦手」とか「ブスが専用車に乗ってるんじゃねーよと思われたくない」とか「別に何も考えずたまたま」みたいな意見が出てたんだけど、痴漢関係ない男性女性専用車を許容するというコストを払っている訳なので、女性側にもそれをちゃんと意識して欲しいんです。

女性専用車だけに乗れとも、女性専用車の隣の車両に乗るなとも言わない。ただ、最低限のマナーとして「女性専用車の隣の車両女性専用車に一番近いドアには乗らない」ということを意識して欲しい。男性側も女性専用車に乗らないというルールを守ってるわけなので。国や自治体鉄道会社に訴え続けていくことが一番大切だというゴールは共有しつつ、お互いうまく譲り合っていきませんか?

社会世界が二分してるみたいな議論を見ると

「争え、互いに潰しあえ人間ども」

な感じの魔王視点自分の中で湧いて見ていて楽しいのでどんどん増えて欲しい。

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