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はてなキーワード: ネットサーフィンとは

2018-06-17

恋人がいる体で

ネットサーフィンするの楽しい

TOMMY HILFIGERオンラインショップを見て恋人誕生日リュックサックをあげようとか

都内おすすめデートスポット10選みたいな記事を読んで浮かれたりとか

けっこう楽しい

自分の外の世界に足を踏み入れたような気がする

今は恋人イケア同棲ごっこをするデートをするために下調べ中

2018-06-14

もう6時だよ。

ずっとネットサーフィンして仕事してない。

2018-06-13

カフェイン30gと睡眠薬100錠を入れて死にかけたお話

1年以上経って落ち着いてきたので、いまなら書けるとおもう。

あれは忘れもしない去年の4月30日だった。

当時26歳の私は、大学課題卒論、日々の日雇い仕事性別違和精神疾患父親との不和、などさまざまな問題を抱えながら日々をやり過ごしてきた。

4月29日の夜、いつものように睡眠薬抗うつ剤抗不安剤女性ホルモン剤を入れて布団に入った。

眠れない。

仕方がないからしばらくネットサーフィン資格試験勉強などで時間を潰し、眠くなるのを待つことにした。

朝の6時になっても眠れない。

これはもう仕方がない、ひとまず眠れるまでは寂しいし誰かと通話しよう、そう思った私はSkypeで連絡を取れそうな人物と話をした。

大して内容のない話だったとおもう。本当にとりとめのないことを2時間半くらい話した。

そうしたら通話相手が、いまの私の現状に同情したのかなんなのかはわからないが、泣き出した。

泣いている人物と会話を話をするのはあまり得意ではないのでここらへんで通話はやめよう、そう思い、一応なだめて落ち着かせてから通話を切った。

通話後、自分なかには将来への不安感、絶望感、焦燥感、そういったものでいっぱいになってしまった。

そういえば、カフェインを大量に服用すれば死ねるということを聞いたことがあったのでインターネットで調べた。

私の体重カフェイン摂取致死量は15g。ならその2倍服用すればほぼ確実に死ねるだろう。

このあたりで私の頭の中は死ぬことでいっぱいになってしまった。

そして手元にあったカフェイン剤をきっちり30g分用意して、そしてそのまま眠って死ねたらいいなと思ってルネスタやらロヒプノールやらマイスリーやら合わせて100錠くらい準備した。

そして、一気に、手元にあった炭酸飲料で飲み干した。

カフェインの錠剤が大きかったため、何度かに分けて飲んだ。胃酸だろうか、せりあがってくる液体も無視してすべて飲み干した。

飲んでから20分くらいは特になにもちょっと変な感じかな、その程度の身体違和感しかなかった。

30分もすると強烈な吐き気がきて、ああこれはもう我慢出来ない、そう思いお手洗いで吐いた。ロヒプノールの色素のせいか青色の吐瀉物が出た。

何度かえづいていると、1階にいる母に大丈夫?と声をかけられた。大丈夫ではなかったので素直に大丈夫じゃないと言った。

なんせ強力な吐き気それからめまい身体が動かない、もう自殺したいだなんて思わないか身体を楽にしてくれ、そう思った。

母に水を飲まされ、何度も吐いた。母が救急車を呼んだらしく、部屋に救急男性が2人入ってきて、担架で救急車に乗せられた。

このあたり、正直なところあまり記憶がないため、細かいことを思い出せない。ただ、意識チェックなどを受けたことは覚えている。

それと、ごめんなさいごめんなさいと何度も謝っていた。

病院へ着くと、まず胃洗浄を行った。鼻にチューブを通され、洗浄水を入れたり、胃の中の悪い水分を抜いたり。

その後に、活性炭を投与された。胃洗浄は苦しいという話を聞いていたが、正直尿道カテーテルを通されるほうがしんどかった。

胃洗浄が終わると、病院着へ着替えさせられ、CTスキャンの部屋へ移動させられた。そこで強烈な吐き気

CTスキャンが黒い吐瀉物でまみれてしまった。ごめんなさいごめんなさい、ひたすらに謝る私。

その後で、病棟に入り、尿道カテーテルを通され、全身管だらけになっておむつもつけられて待機。

はずかしいはなしだが、何度も看護師さんにおむつを交換されてしまった。

それと尿道の管の違和感が苦しかったのでお医者さんに抜いてもらった。

深夜になると、とても苦しくて寂しくて、泣いてしまった。

一緒に病棟状態を見守ってくれた母がやさしく手を握ってくれたのを覚えている。

それから、こんな風になってしまってごめんなさい、と何度も謝った。

そして、明日には退院できるようにならなければ(その明後日に欠席不可の科目があったので)という気持ちが徐々に湧いてきた。

ODから1日経ちお昼になった。確かハヤシライスが振る舞われたと記憶している。

正直、食欲なんてまったくなかった。それでも、ご飯が食べられないと退院できないと聞いて、必死に食べた。

付け合せのレタストマト、デザートのバナナツナサラダ、そしてハヤシライス。軽いものから重いものへ順々に食べ、1時間近くかけてなんとか完食した。

その後はリハビリがてら、ちょっと歩いたりした。それは特に苦痛ではなかったのだが、最後に大きな問題が立ちはだかった。

自力排尿できなかったのである

いくら尿意を感じて力を入れても、1滴も尿がでない。尿が出ないと今日中に退院できないと聞いた私は数時間かけて排尿の練習をした。

そして、看護師さんに見守られながら、おしっこができたときは、すごく感動というか、開放感というか、達成感に近いものを感じたとおもう。

夕方になり、お医者さんに退院しても大丈夫との許可を受ける。

優しく接してくれた看護師医者さんの方々に深々とお礼を言って病院を去った。

そして実家に帰り、お風呂に入り、早めに寝て、次の日は大学だったのでまた普段日常に戻ったのでした。

今回の件で、絶対ODでの自殺企図はしないぞ、と固く心に決めたのでした。

・いまの現状

あれから精神は少しずつ落ち着き(結局大学卒業できなかったけれど)、念願の恋人との同棲も叶い、基本的には主婦としてやっています

たまに日雇い仕事を入れたり、電気系の国家資格勉強をしたりと、日々それなりに落ち着いた生活をおくれています

実家から離れることで、父親との不和も解消したし、精神が弱っているとき彼氏さんに支えてもらっています

たまに、彼氏さんと喧嘩したりすれ違ったりしているし、やっぱり将来への不安はあるけれど、いまは、しあわせです。

隠居したい。

隠居したい。

30歳だけど隠居したい。

地元熊本隠居したい。

から図書館に行き、新聞を読んだ後、SFサスペンス推理系の小説を読む。

午後。昼寝をした後、ネットフリックス映画ドラマを見る。

夕方晩御飯後に、健康のため県立体育館水泳もしくはランニング筋トレをおこなう

夜。温泉にいき、たまにサウナなんて入って適当まったりする。

深夜。ネットサーフィンしたり明日読む本、見る映画を決めて寝る。

上記に加えてたまにゴルフに行ったり、映画館に行ったり、ごくまれに街(上通り下通りらへん)でともだちと飲み食いをする。

隠居したい。

地元熊本隠居したい。

2018-06-08

anond:20180607082522

大人なら狭量なこと言うなよ。

大人趣味ゴルフとか釣りしか認めないって言う人と一緒だぞ。

それに君もこんなところにいる時点でネットサーフィン趣味から似たようなものさ。

2018-05-30

中一のころの嫌だった話

中学一年とき性的ネタからかわれていた(?)ことがすごく嫌だった話。無意味に長い。

私をからかっていたのは主に同じクラスの二人の男子だった。私は兄とその男友達に囲まれて育ったからか中学くらいまでは女子より男子のノリのほうが性に合っていて、休み時間その男子とはよく話をしていた。私をからかっていた二人は小学校からの知り合いで、中一でもラノベを貸し借りするような仲だったし関係は悪くなかったはずだから、あちらからしたらよくしゃべる相手からかっていただけだったんだろう。

中一と言えば男子は性に目覚め始める時期、というか、小学校までのうんこちんこみたいな可愛げのある下ネタからSEXオナニーみたいなちょっと生々しい下ネタステップアップする時期で、私のまわりの男子例外ではなかった。女子は中一くらいではまだそういう下ネタに興味を持つ人は少なくて、男子下ネタをふられても理解できない、もしくは下ネタであることを察して嫌悪感を示すことがほとんどだった。でもそんな中で私は当時、男子にとっては女子の中で数少ない「下ネタが通じる相手」だった。というのもそのころ私はオタクになった影響でネットサーフィン趣味としていて、流れ着いた掲示板まとめサイトに貼ってある18禁男性向けエロ同人AVキャプチャ画像なんかを毎日のように見ていてそういう知識が身についたからだが(ここにはツッコまないでほしい)、今思えばたぶん男子にふられた下ネタにノッてしまったのが発端になったのだろう、下ネタが通じる女子エロい女、みたいな扱いを受けて、いつの間にか下ネタ、というか性的ネタからかわれるようになった。言われた内容ではっきり覚えているものをあげてみると、

・(手マン動作をしながら)これやってんだろ?

オナニーしてんの?

バイブ入れてんだろ

兄貴のベッドでオナニーしてんだろ

兄貴SEXしてんの? (私には兄がいるしまわりもそれは知っていた)

・お前の父ちゃん単身赴任先で女作って毎日SEXしてるかもよ

・お前の父ちゃん家族に隠れてAVでも出てんじゃねえの? (当時父親は遠方へ単身赴任中だった)

といった感じ。全部一回や二回じゃなくて、結構な期間にわたって言われ続けた。なぜ家族にまで飛び火したかは正直全くわからない。本当に。二人の男子は確実に私の父親とは面識がなかったし、たぶん単にからかいネタを増やしたかっただけだと思うけど。私と家族名誉のために言っておくが、これらは全て事実無根言いがかりだ。

で、私はこのからかわれ方が本当に嫌だった。私はただそういう下ネタを知っていただけでそれを自ら実行することに何の興味も抱いていなかったし、自分家族に関して性的なことを言われるのは苦痛嫌悪感しか感じなかった。でもやめさせ方がわからなくて、からかいに対して強く出ることもできなくて、笑いながら「ちげーし、やめろよwww」って返すぐらいしかできなかった。もちろんそんなことしても「図星だろwww」とか言われて更にからかわれるだけなのだけど。特にバイブ入れてんだろ」と言われ始めてからは、どんな反応を返そうとしても「今バイブ鳴っちゃった?ww」「感じちゃってんの?ww」と畳みかけられてどうしようもなかった。このころにはその二人の男子は私のことを「痴女」呼ばわりしていた。わりとデカい声で。

本当にやめさせたいなら先生相談するのが筋だったのかもしれないけど、担任先生私たち母親よりちょっと若いくらいのおっとりした女の先生で、悪い人ではないけどとても相談できる相手ではなかった。いちど冗談のようなノリで「せんせー、あいつらが私のこと変なあだ名(痴女呼びのこと)で呼んでくるー!!」って言ったことがあったけど、まあただの戯れだと思われた。当たり前だ。母親含め家族にはもっと言えなかった。そもそもエロいことしてるんだろって男子からかわれてる」って他人相談するなんて屈辱と恥ずかしさで絶対にできなかったし、今でもこの話は他人にはできない。増田には匿名から書き込めているけど。

いつこのからかいが終わったのかはよく覚えていない。中二に上がるクラス替えでクラスが離れるよりも前に終わっていたような気もする。私をからかっていた二人とは高校が離れてからは一回も関わっていないし連絡を取るような相手でもないし取る気もないし、向こうはたぶんこんなことがあったことも覚えていないだろう。覚えていないほうが嬉しい。

この体験関係があるかはわからないけど、私は自分自分に直接関係のある人間に関する性的な話がすごく苦手で、そういう話題には胃がむかむかするような本能的な嫌悪感を覚える。これは高校くらいで自覚した。自分と全く関係のない人間が出演しているAVとか2Dエロ同人とかは平気だけど、あの人がかっこいいから付き合いたいとかあの子の体がエロいみたいな話は嫌い。自分に関するもの特に。18になった今でも自慰も性行為したことがないししようと思わないし、友人の初体験の話を聞くのもしんどかった。他人が肌を露出しているのも男女問わず苦手で直視したくない。高校水泳特に着替えの時間地獄だった。そんな感じなので、エロい女とか痴女とか言われるのはマジで心外だ。

こうして文字にして書いてみると完全に私の対応の仕方が悪いような気がしてくるし実際にそうだろうけど、まあとにかく当時は本当に嫌で真剣に悩んでいたし今でもときどき思い出して嫌な気持ちになる。別に謝罪がほしいわけでも何かを訴えたいわけでもないけど、整理のために何となく増田に書き込んでみた。

わざわざここまで読んでくれた暇人お疲れ様ありがとう

2018-05-27

「これの作業見積もりですか、作業をする人によってかなり変わってくるので何とも言えないですね… とりあえず私がやるなら3日でしょうか」

と、仕事属人的になっているお前らのせいだよねという雰囲気を出しつつ可能な限り多めの時間ぶち込み、空いた時間ネットサーフィンなどする

2018-05-21

ずっと続けていたことで職につけたりそこそこ人気を得たりして報われている人が憎い

もちろんこの感情理不尽ものだとわかっている

自分はずっと続けていたことなんて無くて、せいぜいネットサーフィンぐらいで

ブログも書いていなければ、企画力もない、やりたいことすらないし趣味もない

たまに作る系の趣味をしてみるが、自分が思ったもの技術もない自分が急に作れるわけもなく

理想現実ギャップをみてそれだけで萎えてやめてしまうぐらい堪え性がない

そんな自分が、そんなことを乗り越えて楽しそうに何かを作っていたりそれで報われているのを見ると

自分のことがとても惨めに感じてしま

どうしてこんなに自分には才能がないのだろう、どうして作りたいものがないのだろう

そしてどうして続ける才能がある人を妬んでしまうのだろう

どうしたらいいんだろう

離婚したい

20代後半 男 子どもなし

同居3年目 結婚2年目

 

長くなりそうなので理由から

自分1人の時間が取れない

・束縛が激しい

・くだらないことで喧嘩が多い

 

自分1人の時間が取れない

浮気心配され、自分時間がまったくない

1日の流れはこんな感じ。

夫婦共働きだが、妻が先に家を出る

家出から妻が仕事までずっとLINEで連絡を取っていると

妻の仕事が始まる頃には自分も家を出なければいけない

妻の昼休憩もずっと連絡を取り、連絡が途絶えると「何していたの?」とすぐ言われる

妻の昼休憩と自分の昼休憩は被らないので、普通に仕事で手が離せなかっただけなのだが・・・

夕方になると「今日はいつ帰ってくるの?」と言われる、それ自体全然構わないのだが、ここで宣言した時間より遅くなると日によっては怒られる。

日によって怒られたり怒られなかったりは妻の気分しだいだ。

遅くなりそうだからといって、始めから遅い時間を伝えると、「浮気しているんじゃない?本当に仕事なの?」と不安になるようだ。

自分仕事終わる平均の時間は18時30分、遅くとも19時には終わる。

月に1回程度、20時前になることもある。

これを読んでくれるであろう、社会人の皆さまよりは随分早く終われている自覚はあるのだが、それでも遅いらしい。

家に帰り、携帯を触ったりしていると、「何しているの?」と聞かれ不機嫌になる。

そのため極力触らないようにしている。

 

土日もお互いが休みのため、自分時間はない。

妻はシフト制だが、自分が土日休みのため合わせている。

妻が土日に仕事ときもあるが、ずっと連絡がくるので、返信している。

もちろん出掛けるときも必ず一緒。

 

一緒に出掛けるのも好きなのだが、私は同棲前の休日は家でぼーっとネットサーフィンして時間を潰すのがほとんどだった。

最近はそんなこともないので、その生活が恋しくなってしまった。

PC浮気防止のため同棲するときに捨てさせられた。

仕事出張がなく、家を離れることがないが、もしあったらどうなっていただろうと思う。

ちなみにこの文章通勤中に書いている。

 

 

・束縛が激しい

付き合っているときに小中高大学時代の全友達会社の人のLINEを削除した。

Twitterも消した。

Skypeも消した。

今はLINEに両親と兄弟と妻しかいない。

携帯を触ると常に浮気他人と連絡を取っていることを疑われるので、携帯に触れない。

 

会社飲み会NG

本当に飲み会かわからないし、仕事以外で会社女性と話すのが気に食わないそう。

所属部署上司に経緯を話し、参加できない旨を説明している。

なんと情けない話だろうかと自分でも呆れたが、強行して飲み会に行くと何があるかわかったものではないので、飲み会は不参加にさせてもらっている。

飲み会は元から好きではないので、苦でもなんでもないが、お世話になった先輩が辞めるとき送別会には参加したかった。

 

 

・くだらないことで喧嘩が多い

ここまで読んでくださった方はわかると思うが、こんな関係なので喧嘩が尽きない。

別々の人間なのだから意見価値観が合わず、言い合いになるのは避けられるし、むしろ当たり前だと思う。

しかし、結婚したというのにあまりにもくだらないことでの喧嘩が多い・・・

「通りすがった女性をチラ見していた」

会計時にレジ女性にデレデレしていた」

こんな理由半日、1日口を利かないことがざらにある。

もちろんレジ女性世間話に興じるなんてことはしていない。

ただお金を渡して、商品を受け取っただけだ。

これから子供作ろうなんて話しているのに、こんなことで半日口を利かなかったら、協力して子育てなんてできないだろうと容易に想像できる。

たこの口を利かない時間自分ストレスになっており、あまりにも頻度が高いので離婚を考えるまでになった。

 

また喧嘩した際にエスカレートすると物を捨てる癖があり、困っている。

手始めに自分プレゼントしたもの手紙、その後自分プレゼントされたものや服を捨てられる。

酷いとき冷蔵庫の中や調味料などすべて捨てる。

2,3日経って冷静になった後に、妻自身も後悔しているので、なんとかならないものかも思う。

 

 

かい理由を挙げるときりがないが、主に上記3つの理由離婚を考えている。

妻に伝えたところ、了承はしたができれば離婚したくない、とのことだった。

 

喧嘩をしていないとき普段は何も問題なく、仕事しながらの家事積極的で良い妻だ。

ただこれから何十年も一緒に居るのに、自分時間が取れなかったり、くだらないことでの喧嘩が多いと将来が不安だ。

主に自分が耐えられるだろうか、と子供が生まれたら育てていけるだろうか、という不安だ。

 

そもそもなんで結婚したんだ、と言われそうなので書いておく。

結婚から上記3点は懸念事項だった。

ただ、自分時間が取れないことがこんなに苦になろうとは思わなかった。

1年ほど同棲してから結婚したので、大丈夫だと思っていたのだが、自分気持ち限界が来たのではないか考えている。

また喧嘩については結婚前にそういう言い合いはやめる、とお互い約束したのに、今も続いてしまっている。

 

妻のことは好きだが、こんな状況が続くようであれば、「好き」だけの気持ちで一緒に居られるのかと思い直し、離婚を考えている最中

こんなことを親にも友人にも職場にも相談したことはなく、大きな決断を前に第三者意見を頂戴したく投稿した。

「こんなの結婚したら当然だから話し合って解決しろ」なのか「離婚したほうがいい」なのかそれ以外なのか。

特に既婚の方の意見、お待ちしております

増田おすすめエロサイトを教えて

毎日オナネタを求めてネットサーフィンする時間無駄なのでここだけ見ておけば間違いない、というのを知りたい

2018-05-18

千葉県のYさん

ネットサーフィン死語)をしていたら、『ニセコイ』『橘万里花』『千葉県のYさん』を知った。

Wikipediaを読んだら、橘万里花の項目に、

最終回では後述の千葉県のYさんとお見合いをすることが示唆されている。

と書いてあるのだが、この「後述」の部分が見当たらない。

見当たらない。

2018-05-16

仕事中に息抜きネットサーフィンしてもいいじゃん?

仕事中のネット閲覧に対する異様な厳しさって、まさに日本社会不寛容さの表れのように思うんだけど、

そういう意見あんまり見ないな。少なくとも性犯罪に厳しくするよりはよっぽど息苦しいだろう。

仕事中に仕事関係のないサイトを見てたって、それが息抜きになって仕事の能率が上がるかもしれないし。

創造的なアイディアが生まれるかもしれないし。躍起になって取り締まる事で色んな可能性の芽を潰してる気がする。

一見関係のないような事から優れたアイディアが生まれるなんてよくある事じゃん?

現代アルキメデスニュートンは、仕事中のネットサーフィンからまれるかもしれない。

無駄に厳しくすることによってその芽を摘んではいいか

偉人ターニングポイントはこんな些細な事だった!というエピソードが世に知られている割に(それらの真偽はともかく)、

現代でもそうなるように偶然の巡り合わせが生まれるよう多様性個性尊重しようと思う人は少ないんだな。

2018-05-09

人生の答えって何だろうか

これまでの人生苦痛が多く、ほとんど無意味人生だった。

淡々人生を歩んできて、楽しいと思った時期なんてそこまで無かった。

そんな日々も残りあと少しなので、簡単にだけど振り返って吐き出したい。


幼少期は両親の喧嘩が絶えず、割れる瓶と鈍く低い音、そして奇声といつも冷や冷やとしていた記憶しか無い。

もちろんその喧嘩によるとばっちりを受けたこともある。

親の友人からはいつも大人しいと言われていたが、あのような状況が続いてわいわいと騒げるわけがない。

更に親が喧嘩した後、薄かった壁に大きめの穴が空いていたのが恐怖を感じた。

幼いにも関わらず、この時から親を反面教師にして生きていこうと決意していた。

しかし、この頃から人の目を伺うという性格根付いてしまった。

ずっと無気力がちだったのもこのせいなのかもしれない。


その後、小学校入学して新しい環境になるが、学校が唯一の癒やしだった。

勉強ほとんど出来なかったが、家と比べて遥かに休息出来ているという感覚はあった。

友人も何人かでき、よく休憩時間放課後でも楽しい時間を過ごしていた。

とは言え、当時の記憶なんてもうほとんど覚えていないが、暖かく晴れた日の柔らかな風とカーテンの揺らぎが、子供ながらに不思議と癒やしを感じていたのはよく覚えている。

けれど安らかな一時というのは時間が経つのが早い。

学校が終わったら癒やしも何もない家へ帰るのは本当に億劫で、わざと遠回りして家に帰ることはしょっちゅうだった。

ただ、両親が居ない時の家は心を休めることが出来た。


そして中学になってから両親は離婚したが、母親相手に強く依存するタイプだったようで、依存対象が無くなったせいなのか更にメンタルがやられ、この時からロクに家事をやらなくなった。

母親が何もやらないので、仕方なく自炊やらを覚えたのはこの辺りだった。

肝心の学生生活については、育ちの悪い連中に影響された奴が多く、一気に不良となった子が増えたのにうんざりしていた。

小学の時は良い友人だったのに、突然万引きやらタバコをやり始めた人が何人もいた。

ただの格好つけで根は良い奴だと思っていたが、弱い者イジメに加担する輩も結構いて、私は心底呆れていた。

小学の時の癒やしとは程遠かった。


数年経ってそのような生活も終わり、高校へと進学した。

この時、知っていた小中の人達とはほとんど別れて全く別の環境になった。

全く賢い学校ではなく、むしろバカ学校と言える高校だったが、当時の担任面白いお兄さんで、学生のようなノリをしながら生徒と同じような目線勉強を教えようと頑張ってくれた。

担任ギター経験者であり、時々息抜きとしてみんなに弾き語りしてくれた時もあった。

小中とロクに勉強してなかったので日々勉強するのはそこそこ辛かったが、先生一生懸命教えてくれたこともあり、賢いとは言えるレベルで無いにせよ、ある程度の教養は身につけられたと思う。

でも、ある日からその担任は別の高校へと向かうことになった。

その高校はここよりも遥かに賢く、誰が聞いてもとても良い場所だった。バカ学校なんて所にいるより、遥かに待遇も良いだろう。

また、当時担任の奥さんは妊娠していたようで、それを含め生徒らは祝福した。


そしてお世話になった担任は去り、別の教師が新しい担任になった。

しかしこの教師曲者で、突然怒り出したと思ったら平気で授業を放棄するわ、意味分からん自慢話ばかりで授業が進まないわで非常に厄介な人で、ひどく困惑した。

他の教師からも疎まれているようで、教員会議でもワンマンぶりを発揮し、大声で意味分からん持論を発して他の教師を困らせていたようだ。

何故そんな教師がクビにならないのか非常に疑問を感じていた。

担任変更が高校最後の年だったので被害はそこまでだったが、二度と関わりたくない相手だった。

前の担任が別の学校へ行った時、その教師はアイツは逃げたと言っていたが、そりゃこんな所なんて逃げるだろうと誰もが思っていた。

ちなみにこの頃、母親は別の男を見つけ、更に家事放棄するようになっていた。

まあ、この時大体の事は自分で出来るようになったので、大した影響は無かった。


そして時が移り、大学入学を迎えた。

正直なところ、高校入学当初は大学になんて行けると思っておらず、高卒就職だろうなと考えていた。当時の最初担任のおかげだろう。

ただ自分学力では良い大学には行けなかったが、割と綺麗でお洒落大学に入れたので良かったと思っていた。

はいえ、折角大学に入ったのにそこまで勉強をせず、サークルにも入らず、自堕落生活を送っていた。

また、以前から一人で過ごすことも多かったので、積極的に友人を作ろうともしなかった。

居ても一人や二人程度だ。

大学では一応授業はちゃんと出ているつもりだったが、大抵途中で居眠りしていた。落とした単位が少なかったのは幸いだろう。

それよりも静かな図書館でひたすら眠ったり、よく晴れた日に大学のベンチでご飯を食べながら日向ぼっこしていた事が、小学生の時の癒やしを何となく思い出させた。

大学がこれまでの人生で最も安らかだった時期だと思う。


アルバイトを始めたのはこの頃。

高校バイトしている人は多かったが、学校自体禁止していたので積極的に参加は出来なかった。

バイトコンビニで働いていたが、時給の割にやることが多すぎて大変だった。

仕事自体は大変なだけで辞めるほどでは無かったが、その店のオーナーと息子があまりにも横柄で更に仕事をしなかったため、衝突が多くなり、半年もせずに辞めた。

まりイライラする職場だったので、最低限の事だけを行って何の言葉も残さず退職した。

仕事よりも人間関係の離職理由が多いとはよく聞いていたが、なるほどなと理解した。

正直この時点でもうバイトはしたくないと考えていたが、そんなこと言っている場合じゃなかったので、次は家の近くにあった小売の仕事に転換した。

また同じ事になったら嫌だと思ったが、予想とは異なり、その店の従業員はみんな良い人ばかりだった。

以前のとの差に驚き、最初からここで働いていれば良かったなと後悔した。

ここは大学卒業するまでずっと働いていた。

当時の方々には非常にお世話になったと感謝している。


ちなみに女性を初めてまともに好きになったのは大学に入ってからだった。

出会い大学の通学途中、学校へ向かう電車が一緒だった。

当初はお互い気付いていなかったが、ゼミが一緒だったこともあり、行きや帰りの駅で何度か姿を見かける事に気付いた。

の子は小柄で物静かな女性で、物腰や動作がどことなく品がある女性だった。

最初はそこまで何も思わなかったはずなのだが、気付けば気になる存在となっていた。ただ、姿を見かけてもどうすれば良いのか分からず、会話することが出来なかった。

向こうもこちらの存在には気付いていたようで、お互い気にはなっているがその先が踏み込めない状態だった。

大学ではその女性の友人間でこの話が広がり、私がその子の近くにいればその子の友人らはよく騒いでいた。

偶然隣り合うくらいに近くにいた時、彼女の顔が凄く赤くなり、若干挙動が慌てていたのもよく覚えている。

また、大学構内で彼女を近くで見かけた際、こちらに気付いていない彼女は私の事について嬉々としてその子の友人と話していたことがあり、それで私は色々と察した。


本来ならすぐにでも仲良くなるべきだったが、酷い事に年単位で何もすることが出来なかった。腰抜けにも程がある。

流石の自分もこのままでは駄目だと思い、授業中や通学途中にもどうにかするべきだとずっと考えていた。

結局良い方法が思い浮かばず、結局は素直にそのまま接触することにした。

夕方大学の帰りの電車で話しかけた時、彼女はとても驚いていたが、その目はどことなく輝いていた気がする。

ただ、こちらはあまり必死過ぎたせいか、話した内容も聞いた内容も全く覚えていない。


それから問題なく彼女と仲良くなれたと思うだろうが、残念ながらそうはならなかった。

この後に私は友人に呼び出され、何かと思えばその友人は彼女の事が好きなんだという事を話していた。

以前から何となくぼんやりとは察していたが、やはり言われれば印象は大きく変わる。

しか彼女好意を抱いている友人は一人だけではなかった。これには流石に困惑してしまった。

これからどうすれば良いかも分からず、完全に混乱してしまった私は、最終的に彼女無視するという馬鹿げた行動に至る。

これが良い行動でなかったことは言うまでもなく、理由を知らない彼女は私にからかわれたと思ったのか、徐々に避け始めた。間違いなく嫌いになったのだろう。

友人も以前から私と彼女との間を少し察していたため、どんどんとギクシャクした関係になってしまった。

それ以降、この友人とも連絡を取ることは一度も無かった。

これらが影響で大学へ行くのも面倒になってしまい、楽しくもなくなった。

そしてこの件は私を含め誰も得をすることなく、何も解決することもなく、呆気なく大学生活は終わりを迎えた。


これまでの学生生活は長いようにも短いようにも見えたが、その中で何か大きな事を成し遂げることは一切無かった。

10年以上もの時間が与えられたのにも限らず、ただ時間無駄に過ごしただけ。

それを思うだけで自分の中の自信が無くなっていくようだった。

せめて何か形に残るような事をやっておくべきだったな。


大学卒業後、私は在学中ギリギリ内定を貰った職場で働くことになる。

この職場実家と離れるために一人暮らしをしていたが、今まで以上に億劫な日々を過ごし続けていた。

学生時代とは違った、空気の全く異なる職場で何も考えることなく働き続けた。

仕事特にやりがいがあるわけでもなく、また休みの日に何かをすることもなく、ただただ無為時間が過ぎているだけだった。

同僚や上長もそんな私の空気を察したのか、ほとんど関わろうともしなかった。

話しても挨拶のみや一言や二言程度で、会話が広く発展することもない。

このような状態が続いても精神面に良い訳がなく、更に朝昼晩の交代制の仕事だったため、生活リズムも徐々に狂い、心身共に壊れていった。

まりに酷い時は心療内科に通うこともあったが、その医者は話を聞いてくれずただ薬を出すだけだったので、諦めて薬も飲まずに自分で何とかしようと考えた。

そうやって何日も何日も耐えてきたが、ある日の朝、全く起き上がれなくなった。

動こうと考えても身体は言うことを聞かず、天井を見上げていることしか出来なかった。

日経ち、その職場退職した。


辞めたあとは仕事から解放感か、体調は一時的に軽くなった。

しかし、その後もまともな生活を送っていなかったため、暴飲暴食や昼夜逆転生活で体調は日が経つごとに悪化していくだけだった。

部屋はゴミだらけで文字通り足の踏み場もない状態風呂すらロクに入らなかった。

でも途中で生活資金が尽きそうになり、仕方なく正社員での募集を探してみるものの、何度も何度も断られた。

挙句の果てにアルバイトですら断られる時もあった。

そんな生活が何年も続いた。

もう起きることすらしんどくなり、お腹が空いても飯も食べず1日中寝ている日もあった。

もはや生きているとは言えず、死んでないだけの抜け殻状態だった。

時々母親からは安否の連絡が来たが、適当に返して放置していた。


そんな鬱々とした生活のある日、久々に入った短期での仕事中に体調が一気に悪くなって倒れた。

酷い吐き気めまいがあったのを覚えているが、倒れてから記憶はなく、後で知ったのだが救急車で運ばれたらしい。

そんな体験をしたのは生まれて初めてだった。


目覚めた時、妙に病室のベッドが心地良かったのを覚えている。

今までは床で寝ていて掃除もされていない酷い部屋で生活していたからだろうけど。

その日会った看護師によると、私は数日間意識が無かったようで、ずっと眠っていたらしい。

ただあの時のベッドの心地良さが続くならば、ずっと眠っていたい。そう思った。


それからしばらくして、母親が部屋に入ってきた。

泣いていた。

私はそれを見ても全く何も感じる事はなかった。むしろ、早く一人にして欲しいと思うくらいだった。

しかし、すぐに帰らないので仕方なく相手をしていたが、その時はいつもと比べて妙に母親が優しいと思った。

その理由はあとになって分かった。


日経って病院での生活も多少慣れてきた頃、担当医者に呼ばれた。

話によると、私は余命が半年と少しほどしか無いらしい。

肝臓に酷いダメージがあり、もう治療をしようにも手の施しようがないそうだ。

できるだけ安静にしていれば余命は伸びるかもしれないが、それを怠ると今後の苦痛が大きくなるとか。

今までの経緯を話したところ、今回は重度のストレスと暴飲暴食が原因だと先生結論付けた。

から身体は弱い方だったが、それがここになって一気に来たものだと思った。


余命宣告された時にはあまりに突然だったため、一瞬驚いたが、同時に安堵した。

過去自殺を考えたことは何度もあったが、実行に移し切れずその度に憂鬱になっていた。

でも、もう無理に頑張る必要は無いんだなと、張っていた気が抜け、少し救われた気分になった。

はいえ、現在の状況は何もかも全て自分の行いで招いた結果ではあるが。


それからしばらくして一時退院、主に自宅での安静を命じられて実家に戻る事となったが、家に居ても特にしたいと思うことがない。

食事にしても身体を壊してからは何も食べられず、内容も淡白ものばかりになってしまい、当然美味しくもない。

幼い頃は家にいるとテレビゲームをよくしていたが、今となってはやる気力さえ全く起きない。

無理やりやろうとしても10分もせず飽きてしまう。

気分転換にどこか出かけるにしても身体負担が大きいので遠出は出来ず、そもそも金が無いか旅行なんて出来ない。

テレビを見ているかスマホパソコンネットでも見るか、それとも何か食べているか、眠たくもないのにただ寝ているか

結局は入院前の生活とさほど変わりなかった。


残りの人生何をやろう、と思っても前々から考えていなければすぐには思いつかないものだった。

仕方ないので、晴れた日にはとりあえず近所にある大きめの公園へ行き、ベンチに座りながら遠くを眺めていた。

園内では子供達がいつもはしゃいでおり、その姿を見ているだけでも元気が貰えるように思えた。

時には夫婦と幼い子が仲睦まじく歩く姿もあり、それを遠くで羨ましく見ている時もあった。

ネットサーフィンをしている時に時々フェイスブックを見るが、当時の友人や知人は徐々に結婚してきており、既に子供が生まれているのが何人もいる。

そして彼らが時々掲載する写真動画を見ると、微笑ましいと思うと同時に気が落ち込む。

自分も、もう少しまともに生きていればこうなっていたのだろうか。


そこでふと、大学の例の女性を思い出した。今は一体何をしているのだろうかと。

もう卒業してから何年も経っており、当時はよく注目されやすい人だったから、とっくに結婚もしているだろうとは思っていた。

でも最期に少しでも連絡が出来たらと間抜けな期待を抱き、数少ない友人に連絡が出来るかどうかお願いをしてみた。すぐに了承してくれた。

そしてしばらくして、思っていたよりも早く結果が返ってきた。

友人によると彼女はまだ結婚していないらしい。でも向こうは連絡がしたくないそうだ。

それだけ聞けたら十分だと思い、その他のことは何も聞いていない。まあ当然だろう。仲良くもなかった男から突然連絡が来ても迷惑なだけだ。

時間も経ちすぎているし、向こうにしても過去の事であり、もしくはどうでもいい事だと考えているだろう。

当時の事も謝りたいとも思っていたが、思い出したくもない過去を今更掘り返しても意味がないと考えざるを得ない。

もうすぐ終わる身としては開き直るしかなかった。


こうしてまたいつもの日常に戻り、何か特別にやらなければいけない事も無く、残り少ない日々を消耗している。

まだ時間がある人ならば、これから頑張ればいつか良い日がやってくると信じて先へ進めるかもしれない。

私のようにもう時間が無い者ならば、これからどうすればいいのか、未だに分からない。

今の私では新しい思い出を作ることは出来ず、過去を思い返すだけしか残されていない。

病院ではそんな私を哀れんで慰めてくれる人もいるが、私は言葉を表向きは受け入れるが、裏では全く何も思わない捻くれた人間であり、素直に受け取れない自分に嫌気が差す。

こんな状態でまともに気持ちの整理も出来ず、向き合えないまま死んでいくと考えると、どんどん悲しくなってくる。


ちなみにこの余命については親以外誰も知らない

言った所で今後会った時の対応に困るし、友人に話そうと思っても言葉が詰まって何も話せなかった。

顔色が悪いと言われても、ただ愛想笑いしながら、いつものように話すことしか出来なかった。

でも、例え自分が何も言わずにこの世を去ったとしても、数年も経ってしまえば、昔あんな奴いたな程度の存在で徐々に忘れ去られていくのだろう。

他人自分が思っているよりそこまで何も考えていないし、期待しても単なる思い過ごしになる。それは今までの経験上、全て事実だった。

それ以前に難しいことを考えるのはもう疲れた

病気悪化しているのか、体調の波がどんどん激しくなってきているため、こうやっていられるのもあと少しだろう。


今までの人生を軽く書こうと思い、これまでを思い出しながら突貫で文章を綴ってきたが、作成中には当時のそれぞれの場面を思い出し、その度に涙が止まらなくなった。

あの頃に戻れたら、もう少し自分に行動力があれば、または別の場所で生まれていたら、何度も何回も様々な事を考えどそれは無駄な事だと察して嫌になった。

まれ変われるならとも考えた事もあるが、そもそも宗教なんて信じていないのに、そんな事を考えるのはおかしい話ではある。

でも死んだ先に何があるのか、それとも何も無いのか、それは今の私でもとても気になっている。


20年以上生きてきた中、他人にも自分にも今後のためになるような何かを与えたことはなかった。

そして生み出すこともなかった。

ほとんど何もしなかった私のこの人生意味はあったんだろうか。

私には答えが何も浮かばなかった。

人生についての意義を考えるのは人間くらいだと言われるが、少しでも生きていて良かったと、そう思えるような意味のある何かが欲しかった。


こんな駄文をここまで読んでくれて本当にありがとう

2018-05-06

ささやかながら大きな疑問

みんなはネットサーフィンしてるとき左手は何してる?

2018-05-02

GW後半暇だ

勉強くらいしかすることない。あとは気晴らしにネットサーフィン

あー

2018-04-29

アマゾンプライムヤバイ

ずっと前手違いでプライムになってから、解除も面倒でそのままにしていたのだけれど

あんまり暇でふとネットサーフィンしていたらプライムビデオにたどり着いた

仮面ライダークウガ全部見るしかないやんか

俺今人生で一番文字読んでる

昔は無理して小説読んだり、新聞読んだりしてた

そういうのに対する憧れがあったからなんだけど、無理してたから読むのがすげえ遅かった

今はなんかそういうのめんど臭くなって、欲求のままに漫画読んだりネットサーフィンとかプログラミング勉強とかしてるから、たぶん単位時間当たりの文字処理率は人生最高だと思う

から何ということでもない、頭が良くなる訳でもないんだけど

2018-04-28

土曜日。一週間の疲れを取るために昼過ぎまでベッドでゴロゴロ夕方ごろに起きて食事などを簡単に楽しむ。

日曜日。月曜に響くので必要であれば近場で用事を済まし、洗濯などの家の用事をメインに行う。夕方からベッドに入りネットサーフィンなどを楽しむ。

平日。7時ごろに退社。食事洗濯などをするともう時間がないので真っ直ぐ帰宅

・・・という生活だけどこれって人生と呼べるんですかね

2018-04-15

ポケモンgoセックスレスになった

共働きの新婚1年目にして、レス6ヶ月が経過した。ちなみに拒否られ側です。

事象としては下記

・夜〜深夜、早朝、午前等に、夫がポケモンgo で外出してしまう。

食事中、外食時もポケモンgo の厳選やネットサーフィンをひたすらしている

・在宅時も同上

・夫がポケモンgo に嵌ったことにより、共通趣味がなくなった

・夫の主張としては、夫は無課金ポケモンgo をしているのに、妻たる私は趣味に浪費をしすぎでけしからんとのことで。色々あって、私は従来の趣味を捨てた。悲しくなった。何のために働いているんだろう。

打開策として、記念日に頑張って見た。

ムードがないだの、色気が無いだのと言われていたので、

記念日に、特別感のある料理を奮発して作った。カルパッチョローストビーフ、蛸とパプリカマリネキノコアヒージョラザニアワイン。 デザートはカタラーナ。(分量が多すぎるのは承知している、作り置いて翌日以降に分けて食べれるようにもしていた)

「夜19時から夕食だからね、19時にちょうど良いように作っておくからポケモンgo しに外出してもいいけど、19時には帰ってきてね」って言っておいたのに、

夫はポケモンgo で出掛けしまって、20時になっても帰ってこない。当然料理は冷めてしまって、それ以上に私は悲しくて悲しくて、寝室のベッドに潜り込んだ。

趣味から咎めない方がいいのでは?と言い聞かせる自分と、これは怒ってもいい事案なんじゃないか?と思う自分が半々で悶々としてるところに夫が帰宅して、夫は「寝てるの?」と声をかけてきた。私は「うん」とだけ答えた。会話は以上。夫はスマホの充電をしながらポケモンの厳選をし始めた。

ここで夫がもし仮に、「遅くなってごめんね」とでも謝ってくれてたら。私だって、「遅い!せっかく準備してたのにひどい!」と小言の一つや二つでも言いながら、気持ちを持ち直して夕食を始められたと思うけど、悲しくて悲しくて泣けてきて、もう何も言えなくなってしまった。

その後1時間ぐらい寝室に篭っていたら、漸く異常事態に気づいた夫が事態の収拾にあたろうとしたけど、もう私はシャットダウンせざるを得なくて、その日は「食べない、いらない」と言って、そのまま就寝した。翌日も悲しくて、夫を置いて一人で外出した。落ち着いたところで、悲しかたことを伝えてその時は収束した。

この件だけじゃないけど色々あって、料理をする気が失せてしまい、もう2ヶ月料理はしていない。

なんかもうどうでもよくなって、レス趣味も、もうどうでもいいや…ってことにした。悲しくなった。

別に浮気がしたい訳じゃない。

何のために働いているんだろう。

レスの主要因がポケモンgo って訳じゃないのは重々承知してるけど、

そのせいにでもしないと、つらい…。

以上はやや前の話になるけど、なぜ今になって筆をとったかというと、

子供欲しいねっていうのは夫婦共通認識で、こんな状況だし「だいたいxxの時期に排卵日を狙ってする?」と聞いてみたら、夫からは「それは情緒がなくて嫌だ」と言われて、じゃあどうするのって聞いたら「排卵日周辺でなんかムード作ってよ」と言われてしまい、

私なりにムード作ろうとして玉砕した料理の件が思い出されて悲しくて引き立ってしまっているから。

(排卵日とか生理周期とか、一応アプリで共有してるのに)

◼︎◼︎4/16深夜追記◼︎◼︎

優しいコメントも そうでないコメントも(悪い意味で受け取ってないです、語彙)、ありがとう。内容が内容だけに、今まで誰にも言えなくて辛かったので、反応貰えて嬉しいです。今後のアクションについてのご指摘内容は、目から鱗でした。どうでもいいや…と諦めてたけど、考えてみます

眠れなくて色々思い出されてきたので追記。

◼︎go plusの登場による手繋ぎ

ポケモンgoリリースされて間もない時は、ポケモンgo のせいで手を繋げなくなってしまって寂しかったけど、

ポケモンgo plusが出てから夫と手を繋げるようになって嬉しかったなぁ。

それも今は、ルール的に良いのか悪いのか分からないけど複数アカウント所持してて、スマホポケモンgo plusもバッテリーも常に複数手に抱えてたりするので、

ポケモンgo plus越しに手を繋いでて(なんか手の中でカチカチしてる)それもちょっと切ない。

◼︎一緒にポケモンgo

休日なんかは夫に付き合ってポケモンgoを私もしたりする。

この前はミニリュウ?が出るイベントで、3時間ぐらい延々と夫と歩き続けた。

会話しながら一緒にいられて嬉しいのが半分、せっかくの休日に何やってるんだろうって虚無感に苛まれたり、何でこんなにポケモンの話しないといけないんだろうってのが半分(好きな人ごめんなさい…)。

付き合いすぎると虚無感が勝るから、時々付き合って、時々別行動してる。

◼︎追記

・夫は家事はかなりしてくれてて、お互い半々を心掛けてる…つもり。正直、夫の方が家事は上手い。

ここ2ヶ月ぐらい私の仕事業務柄繁忙期で、ここ3週間弱ぐらいはほぼほぼ夫任せで感謝している。

ポケモンgoレス以外は、問題があったら一緒に建設的に向き合ってくれるし、良い夫なんだ。

でも、寂しい…。

・お互いバリキャリ寄りでストレス高めとは思う…。ただ、お互い上司と反りが悪い/大きくなりすぎた子会社との軋轢に苦しんでいるという点では似ていて、仕事愚痴は内容を選べば比較的盛り上がる話題ではある。けど正直、それ以外の色んなお話がしたい。

2018-04-13

おしごとつらい

勤務8時間のうち6時間くらいネットサーフィンしてるんだけど

他のみんなはサボらずしっかり働いてるみたい

みんなえらいなあ

2018-04-09

めっちゃ勉強してる

今までは水冷4サイクル直列3気筒とか言われても何言ってんだかわかんなかったけど

エンジンの仕組みについてネットサーフィンしてたらなんとなくわかるようになって来た

わかるっておもしれー!

2018-04-08

怒りの日記

ネットサーフィン死語)は楽しいけど、不意に怒りが湧くこともあるので出力しておく。

ペンネーム一般名詞

漫画家の「珈琲」のペンネーム一般名詞だって言うけどな!

「豆」よりはずっとマシだろ!一文字だぞ!

◯◯豆とか豆◯◯みたいなペンネームの人もいるから、検索もっと大変!

正直なところ珈琲先生は『のぼる小寺さん』『しったかブリリア』みたいに作品名検索した方がいいんじゃないかな。

先生は『すてぃぐま!』はまだいいけど『ダブルエスサイズ』と『ミルククラウン』は一般名詞寄りなので微妙。前者は俺の知る限り作者唯一の連載タイトルで、後者単行本タイトル(*は無視されがち)。こういう代表的作品名一般名詞っぽいのは辛い。

誰もが知ってるネタバレスターウォーズネタバレあり)

誰もが知ってる扱いのネタバレを知らなかったときダメージ考えろよ。

俺は新三部作が初スターウォーズ平成生まれなの。

ね、これだけでもう分かるでしょ?

アナキンがベイダーになる(であろう)ことをテレビ雑誌新聞各種メディアによって盛大にバラされたの。宣伝で。

あああああああクソがああああああああああああああ!!!!!!!!!

まあこっち先に見てると、エピソード5のアイアムユアファーザーが味気無くなるんだろうけどね。

スターウォーズ好きな人はこの制作順に見ても時系列順に見ても他方のネタバレ食らう問題真剣に取り組んでほしい。

Twitterの「アカウント名(CV◯◯)」

あとキャラ実在人物の「なりきり」も。

あいつら自分炎上したら()内の人物風評被害が及ぶことを考えてないんだろうか。

声優アイドルラジオに「◯◯ちゃんかわいい」みたいなラジオネームで投稿するクソと同じくらい心がざわざわする。アニメアイコンより一段上のざわざわ。

しかもそういうやつに限って炎上案件に絡んだり、フォロワーいっぱい抱えながらこの国の未来を憂う者演説やって、Togetterにまとめられてる。

炎上志願やめろや!マジで

誰がハイヒールを履かせているのか

ネットサーフィンしているとハイヒール苦痛を訴える人々に対して「じゃあ履くな」なんて言葉を投げつけてる人がいたわけよ

いやでも履かないわけにもいかない人達っているわけでしょ?その人たちに「じゃあ履くな」っておかしくない?履かなくていいなら履かないでしょ?

大変だなーとかあんもの履きたくないよねーとかじゃなくて「じゃあ履くな」ってどんな思考でその言葉にたどり着くわけ?

2018-04-06

会社員ってびっくりするほど「ぬるゲー」だな」に批判的なコメントを付けてる人がいるけど

こんな時間ネットサーフィンしてはてな見てるんだから自分もぬるいんだろ。

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