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はてなキーワード: 社会学とは

2019-04-20

anond:20190420193750

うんうん。フェミニスト無視する領域だね。こういう不利な点を挙げないのもフェミニズムが異常な点。

社会学ぜんたいを敵に回したくないって気持ちがあるのは、志願兵アメリカ永住権目的だって場合に関して取り扱えるのは社会学だって点とかがあるから

こういう、一見して「社会的弱者特別配慮をする」制度でも、現実的運用された結果としては、弱者個人不利益を敷いているケースがあるから

上野千鶴子東大祝辞に関しても、2019入学生にだけ配慮要求している形だから結果としては、ほかの代の東大生に対する単純な差別なんだよね。マスコミが大きく取り上げたから全体的に拡散したが…

2019-04-19

企業博士持ちを雇えと言うけど

学者先生博士持ちを企業で雇えって言うけど、

じゃあ大学自体職員採用博士持ちを優遇してたりするんですかね。優遇とまで言わなくてもいいけど、不利にならないような配慮というか。

例えば大学全体の経営に関わる部署教育社会学とかの博士をもった人間を配置するとか、率先してやるべきなのでは?

なんとかセンターの特任助教とかの任期教員ポスト教育学者を置いたり、学部教授先生兼任させたりはよく見るけど、そういうのじゃなくて正規職員としてってのはないのか。

アカデミアからドロップアウトした博士持ちを、大学職員採用する、ってことをまずはやってるのかどうか気になる。

救済措置的な意味での採用なら、別に専門分野が役に立つ分野じゃなくてもいいだろうし。

はっきり行って、学術事情を知ってる人間職員として大学教員と関わるのって、何も知らない只のサラリーマン職員との比較でかなり「役に立つ」

場合も多いと思うんだよなと。もちろんサラリーマン的な人のが上の部分もあるだろうからそこはバランス問題だろうけど。

ノートルダム大聖堂寄付するくらいならもっと他に使えという人は大体大都民なんだろう。維新親和性が高い。大阪から芸術はどんどん消えているからな。

お国にも昇って「国費で運営する大学社会学不要」と嘯いてくれると結構ネット民賛同したりしてなw

2019-04-18

anond:20190417085712

ここまで信頼性がない、「差別があるかも知れない」を敢えて東大新入生男子にぶつける意味とは?


東大エピソードを持ってきたのは、東大新入生男子に、自分や友人が性差別に加担しているかもしれない、という考えを持ってもらいたいからだろう。現代日本では、性差別は、少子化ひいては日本の国力の衰退の遠因ともなっている、最大の社会問題の一つだ。元増田がどうかはともかく、東大男子なかにも、かなりの数の無意識性差別主義者がいるだろう。そういう人に、「あなた性差別主義者だ。」といっても反発するばかりだ。でも、東大入試という一番身近な例を持ってきたことで、無意識性差別主義者にとっても考えるきっかけになるだろうと思う。

また、信頼性のある結論提示して、「だから差別は止めましょうね」というのは、中学生高校生向けのやり方だ。大学に入った以上、問いが与えられたらそれに対する答えを見つけるのは学生の責務だ。ただ、自然科学だと、学部レベルでは最先端に達することができないので、信頼性のある結論提示されていることに慣れている、っていうのはわからなくもない。そこは社会科学自然科学の違いで、駒場にいる間に東大生全員が学んでおいてほしいと個人的には思う。

現代問題を扱う社会学では、学部生がいきなり最先端に投げ出されて答えを探すことになることも多い。東大入試に至るまでのプロセスでどのようにジェンダーバイアスが働いているのか、もしくは働いていないのか、というのは誰も答えを知らない問いかもしれない。身近で、誰も答えを知らなくて、社会の大きな問題につながるような問いを入学式祝辞で投げかけられたら、大学生の私はわくわくするとおもう。

2019-04-17

anond:20190417105608

別に社会学的なんちゃらに従うことが合理的だと思いません

それは誰の責任なのかとは関係ないので

無能大学に残るなでいいと思います

anond:20190417104143

Aさんと比べて若いBさんが無能なのは単なる偶然だが、ある(数千人、数万人がが所属する)集団世代比較して全体として無能になったのなら、それは何らかの社会学的原因が想定されるべきで、普通は「政策のせい」と考えるのが合理的だよね。

2019-04-16

社会学ゴミである理由

もしこれが男性研究者で、分野がフェミニズムではなくてたとえば物理学とか中世史学だったら、君もそんなことはしようとは思わないのではないかと思う。そこにこそ、あの祝辞意味がある。私は、東京大学での学びの門出にふさわしい、よくできた祝辞だと思う。

物理学中世史学だったら、そもそもあなたは恵まれているので持っている資本を、恵まれない人に提供しなさい」なんて恫喝を言わないんだよなぁ。

社会学って、こういう「正義の名のもとに」人から奪おうとする人間が多すぎる、というか、それしか存在しないんじゃない?

別にこの分野で権威って、内輪で勝手に持ち上げても、ほかの学会とは格が違うから。比べないでくれる?(社会学者は比べるのが大好きだから無理だと思うけどw)

東大卒おっさんによると上野千鶴子への発言権は誰にもないらしい。

君は、引退まで社会学東大研究し一つの分野を作り上げた研究者の公式スピーチで触れられた専門分野について、上から目線皮肉を言っている。私だったら、たとえ増田でも、こんなことはできない。自分がよく知っている分野の重鎮に同じようなことを言っている部外者想像すればよい。滑稽な奴だな、以外の感想はないと思う。

完全に共産党の「発言禁止体制ワロス

まあ、そうやって封殺して切り捨てていけばこんなのしか残らんわな。

社会学共産党と同じって自ら馬脚を露しました!って感じ。底が浅い。

2019-04-15

anond:20190413114026

 私は現役東大生だが、

 「現役東大生だが、上野千鶴子祝辞ゴミだと思う」(https://anond.hatelabo.jp/20190413114026)に反論を試みたいと思う。

 ここには上野氏の祝辞https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/about/president/b_message31_03.html)がほとんど引用されていないので、論旨が追いづらいかも知れないが、読んでくださる諸氏にはご容赦願いたい。

 以下、引用中略は[……]、上野から引用は「」、上記はてなから引用は四角い枠と “ ” 、私自身の強調は[]で示した。



ソースはここhttp://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/detail/__icsFiles/afieldfile/2018/09/10/1409128_002_1.pdfで、六年間の推移が1.17→0.76→1.31→0.95→1.04→1.04でその平均が1.03なので仮説検定をすれば有意でない、すなわち平等とわかる数値なんですが、なんでこんなに持って回った言い方するの?

 この後に述べられている通り、「医学部を除く他学部では、女子の入りにくさは1以下であること、医学部が1を越えていることには、何らかの説明が要る」。そして平均としては確かに1程度である女子医学部にだけ特別に入りにくい)ので、他の大学より遥かにマシだとはいえ、このデータには読み解くべき何かがあることになる。


↑ここまでの話をまとめると、私立医学部ではどうやら不正入試が行われているが東大では医学部はじめ全ての科類で平等入試が行われている。ということなんですが、これはもはや私大医学部問題[……]で、東大入学式祝辞の一発目に持ってくる話題としては不適当では?

 東大は(権利問題として)特権的学府ではなく、他の最高学府と並列の、ただの[大学]だ(事実問題は置いておいて)。だから、他の大学の話は、東京大学という固有名において確かにそれだけ関係が薄いし、しか大学であるという点において強く関係している。他の大学との交渉も避けられない状況、そして例の不正が、入学試験という、どの[大学]にもある制度於いて発生した不正である、ということに鑑みると、やはり他大入試不正無関係であるとは言えないだろう。


↑ここ統計データを示せよ。なんで女子差別されてる話は具体的な数字しまくったのに女子が優れている話は具体的な数字さないんだよ。

 これは、追記

https://anond.hatelabo.jp/20190414151912

により推察されているとおりだと思う。


↑これどういう意味だよ。偏差値の平均は女子の方が上ってさっきお前が言ったんだろ。

 女子学生偏差値のほうが上だというのは、東京大学受験者を母集団とした時の偏差値のことで、偏差値正規分布性差はないというのは、母集団を全体とした時の話である。そのくらい、現役東大生なら読み取りましょう。


↑なんで親の性差別って断言してるんだよ。統計どこ行ったんだよ。

 大学進学率の男女差の原因分析は、統計一本では不可能だ。たしかに、その差が統計的に有意かどうか示されていないのは穴かも知れない。原因が性差別によるものだということも、根拠は示されていないのもそのとおりだ。だが、それは先にも指摘したように統計のみによる分析ではない。他の統計フィールドワーク社会学的な先行研究などを踏まえて、より厳密な研究において慎重に示されたものだろう。それが省略されたものだと読むのが適切だろうと思う。

 まあ、なにか根拠を示して欲しいとは思うが、そこは論文を読めということを世論誘導しているのだろう()


↑並列された三つの主張から導き出される結論は何だよ。ちゃんと言えよ。

 そう……彼女はここに於いてことごとく結論を省いているのだ。それを私が補うこともできようが、それは実に恥ずかしいのでしない。とにかく、その空隙はみな、彼女の策略だと読むことができる。……できる、というのが曲者であり重要で、テクスト読解における著者の意味論的意図をどう扱うかという問題に繋がるのだが、とりあえずここでは、そのように[読める]ということはそのような解釈を受け入れて良いと言うことでもあると述べておこう。


↑てか普通に考えたら 第一女子安全志向 第三:親が性差別している を要因として 第二:東京大学入学者の女性比率が二割以下 が発生してるって話になるだろ。なんで並列なんだよ

 ここは正直、言っていることがよくわからない。第一及び第三を原因として第ニは導き出される、ということを言いたいのだろうか?それを指摘すれば丁寧だったかも知れないが、特に指摘する必要はない。

 ここで示されているのは、①女子安全志向(ゆえ男子と比べ偏差値的の高い人が東大受験する)、②女性比率が二割以下であり、偏差値の高低に性差はないため、男子と比べ(略)、③女子男子より四年生大学進学率が低く、大学受験自体への逆風がある、ということだ。追記にある、③への疑問はもっともで検証必要かも知れないが、大学進学をdiscourageする気風がある中で尚、東大進学を果たす人の集団がそうでない人の集団に比べ優秀であると推測するのはそう不自然なことではない。

 東大の「1.03」という数字不正の影を見るかどうかはわからないが、少なくとも医学部女性を入れにくくする何か(不正に限らず)が働いている、と疑いを抱く読み解きはおかしものではないだろう。


↑「娘の翼を折らないようにしてきた」という父親の事例を挙げて得られる結論がどうして「多くの娘たちは、子どもなら誰でも持っている翼を折られてきた」なんだよ。

 確かに論理的にはそこからそれは導き出せないが、これは論理的な筋を追う文章ではなく、レトリックとして、別の事例に於いてしかし同様の自体が起こっていることに結びつけ、全体の帰結を引き出している、ある種の帰納的な修辞だ。繰り返すように、これは論文ではなく演説である


↑どうやって?

 差別に満ち溢れた社会の中頑張って勉強してきて。


↑突然男子学生を画一化したなお前。性差別って知ってるか?


 確かに画一化。まあしかし東大男子が全体の傾向として異性にアトラクティヴなものとして映るというのは間違いではないように思う。


↑突然男子学生を画一化したなお前。性差別って知ってるか?


 男子大学生は東大生であることに誇りを持っていることは傾向として否定できないと思いますけどね。

 統計的傾向は個人説明し切ることが出来ないが、かと言ってそれ自体否定できるものではない。

 そもそもここでの画一化は突然ではない。初めから、男女という、大きな別々の傾向性を持つ、二つの、緩やかな集団の話をしている。



〜同様のため中略。極めて不毛。〜



↑どんな目で見られてるかちゃんと言えよ。マイナスイメージ[……]が正しいと言いたい(文脈的にこっち)ならそれは性への圧だろ。

 [どのように]見られているか明確に言わない、というのはやはり演説的(というか普通意味で)レトリックであろう。文学於いて、全てゴテゴテ説明したら品がないし衝撃を薄めてしまうのと同じかと思われる。

 高学歴男性批判なのだから、『彼女頭が悪いから』における見方一定価値を置いていることは明白であるし、“性への圧”をかけていることを批判しているのだから、その抑圧的な側の“性への圧”になるのは当然だ。“圧”をかけねば批判できないのだから


男子サークルって書き方からして完全に男子悪者にしてるけど他大学女子競争相手を減らすために東大女子を入れないようにしてる可能だってあるだろ。性差別か?お?

 そのような事例は、全体の傾向からして少数派である判断たからだろうという反論と、他大女子がそのような行動をしているというのならば、やはり女子勉強が出来ると魅力が減るという偏見存在証明することになるという反論の二つが想定できる。


↑その原因が東大内の性差別という意味?だったらこんな時代性が交絡するようなデータじゃだめだよね?

 原因ではなく、東大於いて性差別が存在していることを、別の形での表出を例示することで補足的に示している。

 “時代性が交絡するようなデータ”というのが何を指しているのかよくわからないが(学部などの学内女性比率データと、学部長などに女性が極めて少ない上東大総長に女性がいないことを示すデータ、という2つがあることか、それぞれのデータが何年度の調査であるのか示されていないということなのではないかと思う)、両者は比較されていないので、双方共に有効データであれば問題なし。


↑これを祝辞で喋る意図が明確になるように主張のギャップを埋めて欲しい。

 これも文意がうまく取れなかった。

 上野氏の話の内容が“祝辞で喋る”のにふさわしいかどうか、というのであれば、個人スタンスによると思うので割愛。私の意見結論だけ言えば、全く問題ないと思う。……少しは気の毒と思うけれど。素朴な親御さんにとっては。


↑これ普通に気になるな

 気になりますよね。


↑後述の話を先取りするけどお前のは恵まれ環境のおかげじゃなくて努力の成果なのかよ。

 闘ってきた、ということは事実記述。恵まれ環境がそれを支えてきたかどうかとは別の問題。もちろん、その闘争も、努力のみならず、阻害しない環境が最低限整っていたというのは間違いないと思う。


↑冒頭で不正がある話したの私立医学部だけだろ。

 不正入試だけではなく、大学における女性差別という[がんばってもそれが公正に報われない社会]がある、という話。


↑そこ断言するの流石に祝辞としてダメだろ。毒親から逃げて東大来たやついるけどそいつにこれ言えんの?

 傾向は個人説明しない。

 加えて、それでも、努力が[東大合格]という結果に対しての最低限、報われる環境という必要条件を満たしていたことは、観測選択効果により論理的に明らかである


↑これはまあそういう意見もあるよね。

 そうですね。


↑恵まれない人を助けることに繋がらない学問やっちゃいけないの?ブラックホール撮影しちゃだめ?ニュートリノ観測しちゃだめ?

 学問の話だけではない。普段生き方価値観の話だろう。

 第一ブラックホール観測は、恵まれない人々を貶めない。むしろ間接的にではあれ勇気を与えることもあろう(嫉妬深いポスドクを苦しめるかも知れないが……)。

 この言葉は決して、能力の使途範囲積極的規定しようとするものではない。「弱者」を貶めるために使うな、と言っているのだ。そうしなければ、差し当たり何に使っても構わない。「弱者」を助けるため[だけ]に使えなどとは言っていない。

 そして、ここは確かに難しいところだが、社会的「強者である東大生が持つ、大きなリソースが「弱者」に分配されれば、社会状況は良い方向へと一歩進むだろう。そのためにも、その力を「弱者」のために使ってほしいと、[お願い]しているのだ。命令でも、べき論でもない。これは[自由意志]に訴えるしかないのだから


結局東大生弱者であって欲しいのか弱者を助ける存在であって欲しいのかが見えてこない。弱者を助ける存在もまた弱者で、だから他の弱者に助けてもらいましょう。ということなのかな?全員弱者なら女子受験生の話をした意味は?

 おそらく全ての人は、あるところに於いて強者であるとともに、また別のところでは「弱者である。絶大な権力を持つ政治家社会関係の多くの場面で「強者」だが、病院に行けば脆弱身体医者晒しいるかも知れない。東大女性だって社会通念に於いてはそれが負の属性であるかもしれないが、知性を持つという事実於いて強者」でもある。「弱者」というのはここでは女性という属性のことだけではない。みなが持ち、みなが足蹴にする可能性のあるものだ。


↑まずこの弱者って特に女性を指してるの?だとすれば女性は謂れなき差別を受けていてそのために被害を受けているという話だったよね?てことは女性は謂れなき差別を受けたままで尊重されるべきってこと?意味不明じゃない?

 [「弱者である]ということは差別を受けるということと等価ではないだろう、当然。分かるよね?

 ……付言するなら、「弱者である自己否定否認して「強者」に成り上がることだけがこの社会に生きる唯一の道だというなら、それは極めて殺伐とした恐ろしい世界だということだ。相対的に見て、ある能力に乏しい存在であるということは、[悪]を意味しない。そもそも能力の優劣自体も、極めて価値論的な事態なのだから


総評として、全称記号任意記号恣意的混同によってデータ自分の都合のいいように改変して使用する、統計学ひいては学問を完全に馬鹿にした祝辞であったように思える。思想としてのフェミニズムであればこのような「過激な」スピーチにより注目を集めるのも一つの作戦なのだろうが、この人は「学問としてフェミニズムを修めている人間」として「これから学問を修める3000人の東京大学新入生」にスピーチしたわけで、その内容としては甚だ不適当だと言わざるを得ない。

はっきり言って、こんなものを褒めそやす人間は、たとえそれがどれだけメタ的な視点から評価のつもりでも、科学世界を脅かすありふれた権威主義愚か者集団に含まれる一人にすぎないと言えよう。

 統計根拠を一々述べ立てるアジなんざ、アジとしての役割を果たすわけないのだ。全称命題存在命題とを断りなく混在させているのは事実だが、どれがどちらかというのはきちんと読み解けば理解できるものだし、そこで意味されている内容も至極真っ当なものばかりだ。根拠が常に明示されているということが学問第一条件ではないし(科学方法論に於いて絶対かも知れないが、それでも初めは根拠の見当たらないところから探求はスタートするのである)、目の前に立っている人間がいつも親切に根拠を示してくれると思うなら、それは歩行器に頼り切って自分は歩けると錯覚してしまっている憐れな赤ん坊しかないだろう(そんな自意識的な赤ん坊はいないけれど)。

 それに、学問営為実践と不可分であるような領野などいくらでもある。工学社会実装を常に見据えてあるだろうし、医学看護学臨床心理学などは常に目の前に他人がいて、それにどう働きかけるかという視点がなければ成立しない。クローズドスキルだけでは学問は成り立たない。倫理学者が、平気で己の立てた操に反しているならば、それこそ非倫理的だろう。厳密にいうならば、程度の差こそあれすべての学問日常接続しているはずなのだそもそも、このスピーチ学問的に水準以上の盤石さの上に成り立っているものだと思われるわけだし。

 権威主義を警戒する姿勢は全く健全ものであるが、目先の手触りのザラツキに神経を逆撫でされて走り出してしまうのはいただけない。きちんとテクストを読み解いてから非難に当たるべきだろう。そのようなあり方こそが学問的な……という以前に、真摯姿勢による対応だと思われる。

2019-04-14

男女平等の5:5比率」の中に女性科学者は含まれるのか?

https://anond.hatelabo.jp/20181011083926

 教養の授業でフェミニズム研究者にこれと似たような事言われてびっくりした記憶がある。ただし、フェミニズムの授業ではなく、社会学入門みたいな授業で雑談みたいな感じで言われて、その後その授業速攻で切ったので記憶曖昧で怒りのあまり発言を悪い方向に改ざんしてしまったのかと思ってたけど、そうじゃなかった。

 女だから科学勉強しても無駄だとか、女は理論的な思考ができないとか言うような人は祖父母を含め家族はいなかったし、高校進学校差別的発言をする生徒もほとんどいなかったので、初めて自分に向けてあからさまな女性差別発言をしたのがフェミニズム研究者ってのが衝撃的だった。

 科学が苦手で理論思考ができないのはお前だろ!勝手に私を巻き込むんじゃない。フェミニスト的には女性科学者や女性研究者女性じゃないのか。大体男性科学者が似たような事いったら大騒ぎするくせに女性フェミニストがいったらOKなわけ?ほんとわけわからん

話題になってる上野千鶴子自閉症マザコン説を始め、女性差別的な言動が度々見られるしほんとにフェミニズムだけは何がやりたいのか理解不能上野千鶴子ちょっとそれらしいこと言ったぐらいで持ち上げてる人ももちょっと彼女らの言動をよく見といたほうがいいよ。

anond:20190414091042

社会学やら女性学を齧ってないと正しさが分からないようなスピーチイントロダクションとして適切か?

そして女性学結果論の域を出てないだろ。

東大卒おっさんですがあの祝辞はよくできていると思う

統計論文査読したりするので、多分君より詳しいと思います

統計学ひいては学問を完全に馬鹿にした祝辞であったように思える。

いやー、そんなことないと思うよ。事実に反することを言っていたわけじゃないし、仮に君の指摘が全て正しいとしても大きな結論日本大学にいたる道筋では女性学生が差別されている)は変わらない。そもそも、あの祝辞は答えを与えるものではなく、問いを与えて考えさせるためのものだ。そのくらいはわかれよ。

性差別って知ってるか?

君は、引退まで社会学東大研究し一つの分野を作り上げた研究者の公式スピーチで触れられた専門分野について、上から目線皮肉を言っている。私だったら、たとえ増田でも、こんなことはできない。自分がよく知っている分野の重鎮に同じようなことを言っている部外者想像すればよい。滑稽な奴だな、以外の感想はないと思う。

もしこれが男性研究者で、分野がフェミニズムではなくてたとえば物理学とか中世史学だったら、君もそんなことはしようとは思わないのではないかと思う。そこにこそ、あの祝辞意味がある。私は、東京大学での学びの門出にふさわしい、よくできた祝辞だと思う。

anond:20190413114026

2019-04-13

上野千鶴子祝辞を絶賛する流れがどうしても腑に落ちないので書いておく

彼女を呼んだ東大評価するのはわかる。祝辞の論旨もわかる。けれども全文を読むと、納得感よりもむしろ反感のほうが上回ってしまう。リアルタイムで聞いていたらよりそう思っただろう。

「ちなみに東京大学理科3類は1.03、平均よりは低いですが1.0よりは高い、この数字をどう読み解けばよいでしょうか。統計大事です、それをもとに考察が成り立つのですから。」全くそのとおりである。正確な統計や適切な文書管理を疎かにするような国や組織がもしもあるとすれば、その未来は決して明るくないだろうし、国家であれば到底現代先進国を名乗る資格はない。それではこの1.03という数字はどう判断すればよいだろうか。年間100人しか合格者のいない科類で0.03のずれは、直感的には大きくない。

数字根拠となるのは、文部科学省の行った「医学部医学科の入学選抜における公正確保等に係る緊急調査であるhttp://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/detail/__icsFiles/afieldfile/2018/09/10/1409128_002_1.pdf これによれば、1.03という数字平成25年から平成30年までの6年間における男女別合格率の比であり、この期間の延べ合格者数/受験者数は、男性501/1935、女性101/400であった。この数字はどのくらい「歪んだ」ものだろうか?ちょっと計算すればわかるが、合格率がちょうど等しくなるのは、男が498.87人の場合だ。つまり現実と「理想」は、たった2人しか離れていないことになる。受験年度を無視して男女計2335名の受験から602名の合格者を選んだ場合男性合格者の数は、超幾何分布H(2335,1935,602)に従うはずであるが、この分布501までの累積確率密度は62.7%であり、敢えて合格率が等しいという「帰無仮説」を棄却しようと思えばp値0.4をとらねばならない。とてもではないが、男女の合格率に差があるという結論はでてこない。

彼女社会学を専門とする学者であり、当然ながら統計には詳しい。「統計大事です、それをもとに考察が成り立つのですから」とまで言った彼女がこの「有意差なし」という事実を知らなかったはずはない。とすれば「1を越えていることには、なんらかの説明が要ることを意味します。」という発言は、控えめに言っても、統計事実に対する誠実さを欠いた悪質な印象操作との誹りを免れないだろう。

東大、あるいは日本(そして人類社会の抱える男女格差の深刻さは否定し難い。けれども、祝辞の内容それ自体は、大学構成員の男女比や一部不適切勧誘を行うインカレサークル存在といった客観的事実に基づいた証拠のみでも十分根拠づけられたはずである。そして、全体の論旨が首肯できるものであるから個別の不当な印象操作容認せよというのは、「江戸しぐさ」に対してその内容が道徳的に好ましいか歴史捏造をしてもよいという態度と変わらない。真実善意に混ぜられた嘘はしばしば、嘘だけの嘘よりも性質が悪い。

さらに言えば「男子学生東大であることに誇りが持てる」「東大男子学生はもてます」「あなたたちはがんばれば報われる、と思ってここまで来たはず」といった発言乱暴に過ぎる。男女を問わず東大生や東大卒というだけで理不尽批判を受けたりや偏見の目で見られたりすることはある。「一応東大」という決まり文句存在し、テレビはしばしば東大生を無感情機械珍獣のように扱う。男でも東大であることを明かしたがらない人がいないなどとはとても言えない。合コンも男なら皆行くわけではなく、(少なくとも理工系では)相当数の学生恋愛とは無縁なのであって、合コンに行く東大生はもてるというのは「強者強者だ」というトートロジーにも聞こえる(もっとも、「もてる」こと自体価値を見出さな学生にしてみればどうでもよいことだが)。そして、大学受験というごく限られた世界に限っても、努力した人が全員合格しているわけではないということぐらい、大抵の新入生は見てきただろう。そもそも、初めて会った人間の内心について「はず」などという決めつけをするのは、単に相手意志もつ人間として見ていないということではないか

これらの発言彼女自身差別的バイアスによるものだと考えてしまうのは、果たして私のバイアスなのだろうか…… 今まさに暴力を振るってくる者への抗議ならば激情の滲むこともあるだろうが、相手は新入生なのである解決すべき課題があり、伝えるべき言葉があるのなら、まずするべきは数字に誠実に向き合い、語りかける相手リスペクトすることではないのか。

2019-04-11

anond:20190411183324

大麻の過剰摂取による死者は統計的に出ていないので、社会学的には「証明されている」でも正しいのでは?

取締法の根拠となっている論文に穴があることはご存知だと思います

2019-03-30

最近オタクの先鋭化はやはりラノベ元凶なのでは?

このまとめを見た。

【またお前らか】『なんでここに先生が!?』のブースツイートに、いつもの連中がイチャモン付けに来た。 - Togetter

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/1331836

このおっぱい展示を擁護してる人を見るとある共通点に気づく。それはラノベオタクばかりということだ。

最近社会学VSオタクという構図になってきているが、同時にほとんどの場合社会学VSラノベオタクでもある。

なぜラノベオタクラノベという人文・社会科学産物を超好意的に嗜んでいながら反文学部的なスタンスなのかは興味深い話題でもある。

ひとつの仮説として考えたのは、ラノベオタクは人文・社会科学系の専門書を大して読んでいないということだ(多くの人は理系なのだろう)。そして彼らはラノベや彼らが「一般小説」と読んでいる類の大衆文学ばかり読んでいるということ。

彼らは人文・社会科学産物であるラノベを大量に読んでいながらも、その文脈理解しないままただ漫然とストーリーを楽しんでいるということになる。

これでは人格の涵養など望めないし、ネトウヨ感性のまま年を取っても仕方がないのかもしれない。

ラノベオタクたちは「俺たちは賢い」「他のやつらはバカ」というスタンスが基本になっている。

とても自信に満ち溢れているように見える。

彼らは自分は「読書家」だから知的人間だと思っているのだろう。

彼らが読んでいるのはたかが「小説」にすぎないのだが、しかし「小説」も「本」には違いない。

「本を読んでいる=賢い」というような思い込みがあるのではないか

ラノベオタクたちの高慢さ、傲慢さを見るとそういったものを感じる。

彼らを観察していると、年齢の割に教養のなさ(雑学的な浅い知識だけは豊富)、バランス感覚のなさ、他者への配慮のなさ、といったものをすごく感じる。

深い理解に基づく知識のなさや教養の欠落などは大した問題ではない。問題なのはラノベオタクたちが社会の中で厄介者化していることだ。彼らは被害者意識がとてつもなく強く、他者への攻撃性が高い、ということは外から観察している人にはよく見えていることだろう。

いい大人なら社会というのは人と人との衝突(それも陳腐な衝突だ)が日常的に起きるということを知っている。主義主義思想思想、思惑と思惑、そういったものは衝突するものだ。

彼らが絶対原理として掲げる「表現の自由」だが、もちろんこれも他の主義思想との衝突は避けられない。どんなもの絶対不可侵はいられない。それが社会というものだ。絶対安全圏などない。ここは永遠安寧の天国ではない。

だが、ラノベオタクたちにはこういったことがわからない。社会とは他者との関わりあいだということが理解できない。教条主義に陥っているラノベオタクたちは結果的文字通り「信者」のようなものと化す。したがって、思考は粗雑になり、「正義オタクVS悪のフェミ」という安易な構図・構造でっちあげられるに至る。ここには「対話」「相互理解への意志」といったものはない。

表現規制への反対」これは大いに理解するし共感もする。ただし、攻撃的だったり刺激的・煽情的表現はつねに他の主義思想と衝突することにもなる。だからそこで「対話」が必要になる。議論をして社会の中で落とし所を見つけていくことになる。もちろん一方的排除であっては絶対にいけないし、かといって完全な許容にもならないだろう。

社会の中で生きるということは自分を全肯定されることでもなければ全否定されることでもない。こういったバランス感覚ラノベオタクには欠けているように見える。とてもナイーブで0か100かという思考になっている。彼らには「中間」の状態理解できないのかもしれない。

あるいは溢れる想像力が「中間から「極端」への推移を瞬時に見越してしまって危険信号を受信するのかもしれない。

だがそれこそが教養のなさというものであり、現実の複雑性を理解していない証拠ともいえる。極めて幼稚な思考といっていいだろう。幼稚な想像力に溢れる彼らには大人想像力がない。

ここまでいろいろ書いてはみたが、ラノベオタクには何を言っても無駄だろうということも感じている。

したがって、社会ラノベオタクという厄介者をどう取り扱っていくのかという問題になってくる。

今回書いたようにオタク一方的排除であってはいけない。オタクにも生存権を与えなければならない。ただ、オタク表現社会規範と衝突することが極めて多い。

からゾーニング」という話になってくる。

しかオタクは「ゾーニング」を「表現規制」と言い換えて反発している。

さあどうしたものか。

2019-03-29

anond:20190329112409

こんにちは~、人文系修士号を取得した表現の自由戦士(笑)で~す。

最近社会学VSオタクという構図になってきているが、同時にほとんどの場合社会学VSラノベオタクでもある。

なぜラノベオタクラノベという人文・社会科学産物を超好意的に嗜んでいながら反文学部的なスタンスなのかは興味深い話題でもある。

ひとつの仮説として考えたのは、ラノベオタクは人文・社会科学系の専門書を大して読んでいないということだ(多くの人は理系なのだろう)。そして彼らはラノベや彼らが「一般小説」と読んでいる類の大衆文学ばかり読んでいるということ。

勝手にVS構造にしないでくださ~い。歴史学研究書も人類学論文社会学啓蒙書もなんなら政治学英語論文も読んでま~す。そのうえでラノベ大好き漫画最高アニメ愛好家で~す。

嫌いなのは本来別に対立なんてしていない人文系学問オタク文化を対立させようとする連中で~す。

あと自分の嫌いなもの公共空間から排除せよと主張する人たちも嫌いで~す。公共空間であるからこそ雑多なもの共存が認められるべきだと思いま~す。

性的消費については、女性向けコンテンツでの男性性的消費とかもあるので、お互い様もっと自由にやっていこう、というスタンスで~す。性の解放ばんざい。

彼らは自分は「読書家」だから知的人間だと思っているのだろう。

英語の本とか中国語の本とかも読んでるけど、せいぜいが年に百数十冊程度の読書量なので誇るほどの読書家とは別に思ってませ~ん。

ドイツ語フランス語イタリア語では論文を読んだことはあるけど本を読み通したことはないなあ。教養がなくて申し訳ない。

彼らが読んでいるのはたかが「小説」にすぎないのだが、しかし「小説」も「本」には違いない。

「本を読んでいる=賢い」というような思い込みがあるのではないか

そういう大衆文化蔑視抵抗していくのが人文系大学院教育を受けた自分の使命だと思ってま~す。

最近オタクの先鋭化はやはりラノベ元凶なのでは?

このまとめを見た。

【またお前らか】『なんでここに先生が!?』のブースツイートに、いつもの連中がイチャモン付けに来た。 - Togetter

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/1331836

このおっぱい展示を擁護してる人を見るとある共通点に気づく。それはラノベオタクばかりということだ。

最近社会学VSオタクという構図になってきているが、同時にほとんどの場合社会学VSラノベオタクでもある。

なぜラノベオタクラノベという人文・社会科学産物を超好意的に嗜んでいながら反文学部的なスタンスなのかは興味深い話題でもある。

ひとつの仮説として考えたのは、ラノベオタクは人文・社会科学系の専門書を大して読んでいないということだ(多くの人は理系なのだろう)。そして彼らはラノベや彼らが「一般小説」と読んでいる類の大衆文学ばかり読んでいるということ。

彼らは人文・社会科学産物であるラノベを大量に読んでいながらも、その文脈理解しないままただ漫然とストーリーを楽しんでいるということになる。

これでは人格の涵養など望めないし、ネトウヨ感性のまま年を取っても仕方がないのかもしれない。

ラノベオタクたちは「俺たちは賢い」「他のやつらはバカ」というスタンスが基本になっている。

とても自信に満ち溢れているように見える。

彼らは自分は「読書家」だから知的人間だと思っているのだろう。

彼らが読んでいるのはたかが「小説」にすぎないのだが、しかし「小説」も「本」には違いない。

「本を読んでいる=賢い」というような思い込みがあるのではないか

ラノベオタクたちの高慢さ、傲慢さを見るとそういったものを感じる。

彼らを観察していると、年齢の割に教養のなさ(雑学的な浅い知識だけは豊富)、バランス感覚のなさ、他者への配慮のなさ、といったものをすごく感じる。

深い理解に基づく知識のなさや教養の欠落などは大した問題ではない。問題なのはラノベオタクたちが社会の中で厄介者化していることだ。彼らは被害者意識がとてつもなく強く、他者への攻撃性が高い、ということは外から観察している人にはよく見えていることだろう。

いい大人なら社会というのは人と人との衝突(それも陳腐な衝突だ)が日常的に起きるということを知っている。主義主義思想思想、思惑と思惑、そういったものは衝突するものだ。

彼らが絶対原理として掲げる「表現の自由」だが、もちろんこれも他の主義思想との衝突は避けられない。どんなもの絶対不可侵はいられない。それが社会というものだ。絶対安全圏などない。ここは永遠安寧の天国ではない。

だが、ラノベオタクたちにはこういったことがわからない。社会とは他者との関わりあいだということが理解できない。教条主義に陥っているラノベオタクたちは結果的文字通り「信者」のようなものと化す。したがって、思考は粗雑になり、「正義オタクVS悪のフェミ」という安易な構図・構造でっちあげられるに至る。ここには「対話」「相互理解への意志」といったものはない。

表現規制への反対」これは大いに理解するし共感もする。ただし、攻撃的だったり刺激的・煽情的表現はつねに他の主義思想と衝突することにもなる。だからそこで「対話」が必要になる。議論をして社会の中で落とし所を見つけていくことになる。もちろん一方的排除であっては絶対にいけないし、かといって完全な許容にもならないだろう。

社会の中で生きるということは自分を全肯定されることでもなければ全否定されることでもない。こういったバランス感覚ラノベオタクには欠けているように見える。とてもナイーブで0か100かという思考になっている。彼らには「中間」の状態理解できないのかもしれない。

あるいは溢れる想像力が「中間から「極端」への推移を瞬時に見越してしまって危険信号を受信するのかもしれない。

だがそれこそが教養のなさというものであり、現実の複雑性を理解していない証拠ともいえる。極めて幼稚な思考といっていいだろう。幼稚な想像力に溢れる彼らには大人想像力がない。

ここまでいろいろ書いてはみたが、ラノベオタクには何を言っても無駄だろうということも感じている。

したがって、社会ラノベオタクという厄介者をどう取り扱っていくのかという問題になってくる。

今回書いたようにオタク一方的排除であってはいけない。オタクにも生存権を与えなければならない。ただ、オタク表現社会規範と衝突することが極めて多い。

からゾーニング」という話になってくる。

しかオタクは「ゾーニング」を「表現規制」と言い換えて反発している。

さあどうしたものか。

2019-03-24

ジェイムズでもデュルケムでもない、当然宗教社会学でもない

宗教を信じるという内的体験についての、経験論ではない、体系的な理論を学びたい

ないのであれば自分で考え続けるしかないが、それはとても難しい

2019-03-19

anond:20190319153621

人間らしさとはなにか?」「社会学の使い方」面白そうですね。読んでみたくなりました。

ケン・ウィルバー著「インテグラルスピリチュアリティ

意識社会の発達段階についてよりよく理解発展させるための統合的な物の見方をまとめることを主眼にした本。

世界中伝統的な宗教の叡智から認知科学までを統合基本的な物の見方のセットを整理して、

それらを組み合わせた世界見方提供している。

前に話題になったティー組織もここで提唱された物の見方の1セットが元ネタ

自分の基礎に組み込まれた本。

定価で買えるところがみつからんかった、ぜひ読んでほしいところなのだがすまない。

シンプルオススメの本教えて(ただし自身立場から

増田でどこまで集まるかはわからないけど、オススメの本を募集したい。 

ただし、例えば伊坂幸太郎新刊面白い、みたいな話は別にいらないのです。どうせ読むから

あと80年代より前に出版された名著は古典定義することにして、ここでは除きます。 

 

俺がすげーすきなのは「その人が必読と考えている本」を人から聞き出すこと。

 

ネトウヨにはネトウヨバイブルがあるだろう。

フェミニストにはフェミニストのアツイ新刊があるがあるだろう。

ガノタにはガノタ必読書があるだろうし、ラノベ好きにはこれだけは読んどけってラノベがあるじゃない。

原発デマ普段から批判している人には批判根拠にしているネタ本があるはずで、安倍批判ツイートをしている人たちには自分のそういう活動の基礎になった読書体験ってものがあるに決まっているのです。

はてサだって最近○○って本が俺の正しさを補強してくれてよかった~~って本があるじゃない当然。

 

そういう本には、人の情熱をもりあげる力がある。

俺はどんな思想立場のものでも、そういう情熱の盛り上げるパワーをもった作品が読みたいのだ。

いつもは飲み屋カウンターとかで試みるのだが、たまにはネットでやってみようかなと。

さあ、よろしくお願いします。




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ブコメにて、まずはおめーのオススメを言えよ、とのお言葉いただきました。

っかー! やっぱーそーかー! っかー! しょうがねぇなー!

(本当は話したくて仕方ない)

 

 

『夢の上』(C・NOVELSファンタジア) 多崎 礼

https://www.amazon.co.jp/dp/4125011230/ref=cm_sw_r_tw_dp_U_x_tikKCbD8G05YH

エンタメ小説乱読の俺からオススメ

多崎礼はとにかくいいファンタジーを書く。俺の中でC-NOVELの価値の半分はこの人が担っているのだが、とにかく筆が遅いお方でもあるので、知らない人があまりにも多い気がする。なにか気取った本、しかエンタメを進めたいときには、この作家オススメすることにしている。

この『夢の上』は中でも名作。めちゃくちゃ美しいし、涙が止まらないです。

 

 

人間らしさとはなにか?―人間ユニークさを明かす科学最前線マイケル・S. ガザニガ

https://www.amazon.co.jp/dp/4772695184/ref=cm_sw_r_tw_dp_U_x_WokKCbWH9VXSC

文系科学オタの俺からオススメ

マイケル・S・ガザニガは、知る人ぞ知る有名人のはずだが、もっとまれても良いと思う。

特に人間とは? だとか、倫理とは? みたいなことを考えるには必読と言ってよい。

同じ作者の『脳の中の倫理』もオススメガザニガはこれらの書の功績によってアメリカ倫理委員会脳科学者として呼ばれたりしてるらしいぞ。

 

 

社会学の使い方』ジグムント・バウマン

https://www.amazon.co.jp/dp/4791769457/ref=cm_sw_r_tw_dp_U_x_kskKCbCBC9K9F

社会学履修の俺からオススメ

20世紀から21世紀にかけて最高の社会学者だと信じる。もっと知られるべき。

とにかく著作が多く、また割とガチ専門書ばかりなので、うっかり手に取っても読みにくいところがある本が多いのだが、これは一応入門書位置づけのはずである

もしももっとガチめにいきたいなら『リキッドダニティ』あたり抑えておくと、いろいろ頭のなかで応用が効いてくる。

  

 

2/22歳追記

めちゃくちゃ沢山のオススメありがとうございます

途中まではスターつけたり返信したりしてたけど、もはや無理なんでここでお礼を言わせてください!

今日オススメを受けて注文した本がいくつか届く予定です!楽しい休日になるぜ!!

2019-03-16

社会学

社会学ってなんなんだろう

社会学以外の◯◯学ってなんとなく大体わかるけど

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