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はてなキーワード: 社会学とは

2022-05-27

anond:20220527081317

珍しくまともに論理武装しようとしてるまなざし村住民だけど、もうちょっとまなざし論にどういう批判が寄せられているかも調べたほうがいいぞ。

 

社会によるビルドイン(=社会化)を万能視しすぎである

まなざし行為は、恐らく生物学由来であり、日本社会がその原因かのように考えるのは誤りだし、日本社会の変化によってそれを止めることができると考えるのもおそらく楽観視しすぎだ。

おそらく増田依拠してるまなざし論が20世紀の古い社会学に基づいている。20世紀後半までの社会科学は、「子供は真っ白なキャンパス」とかいう言い方で、教育次第でどうとでもなる存在と見做したり、あらゆる性差ジェンダーに回収させて、男の子女の子のように育てることすら可能だと考え実行したりしてきたが、それらは今では批判対象だ。生まれつき、というものはやはり存在する。

 

フェミニズムに反し、成果を台無しにしようとしてる。

女性の権利運動は、女性を「貞淑さ」の檻から解放することを大きな目標としてきた。男性だけに許されてきたまなざす権利に対して、フェミニズムはむしろ女性まなざしていいじゃないか!」と言い、それが実現したのが現在だ。ジャニーズに喜ぶ女性に、はしたない、と怒る人間は今やいない。

にも関わらず、「男性けがまなざしている」とみなすのは、まず現状認識として誤りだ。そしてまなざし禁止したり抑制したりすることは女性まなざしも抑圧することであり、つまりフェミニズムの成果を捨てることになるだろう。

 

運動の行き着く先を想像すべきだ。

イスラムブルカのことを考えるべき。あれは男性まなざしを防ぐためのものだ。でもあれが広まると、ただまなざされただけの女性を、汚されたとか、はしたないとか、そういう扱いをすることに、現になっている。

2とも関連するが、ブルカ義務社会って自由のない社会であるしね。

 

 

こういう代表的ツッコミどころを残さないように、レスを構築しないとダメだと思うぞ。

まあ個人的には、まなざし論とか土台無理だと思うんで、限界はあると思うけど。

2022-05-24

anond:20220524071034

記事へのコメント210件。

うち山田昌弘言及しているコメント10件ほど。

そのうち山田昌弘を「御用学者」的に言っているのは、

carrion-crow コメントしているのは大学先生中央大学文学部大学文学研究科山田昌弘教授)らしいんだけど、実に経団連らしい結論になっているのが面白いところ(面白くない)

movesinthefield 中央大学文学部大学文学研究科山田昌弘教授内閣府の「人生100年時代結婚家族に関する研究会通称壁ドン婚活研究会座長

以上の二つのみ。

ya--mada おぉぉぉ?現況の認識が異なる?竹中平蔵って割りと多いのか?

竹中平蔵」を御用学者代名詞として使っていると解釈すれば三つ。

hard_core “中央大学文学部大学文学研究科”こんなのでこんな肩書き得られるから日本少子化していく。早く引退して若手を登用してあげてください。年功序列少子化の一因なんだろうな。

御用学者と言っているわけではないが批判的なコメント

山田昌弘肯定的に捉えているのは、

warulaw 山田先生の主張は素っ頓狂に見えるけど、さら男性女性も金が無くなっていくから出生率やすメカニズム必須なんよね。3人産んだら、子供が全員成人になるまで十分食えるほどのお金を渡してほしいと思う。

mitz_008 山田昌弘さんだよね。切り取り方が悪いと思うけど、基本女性賃上げエンパワーメントといった主旨で発言されていると思います。そのうえで、中途半端仕事ができない男女はますます貧困になってしまます

ntscp2020hat 日本少子化原因を4点、欧米少子化対策の前提を4点、それぞれ簡潔にまとめていて、さすが山田昌弘教授と思う。経団連の場だけでなく、政府省庁にも言ってほしい。

findup 一文切り出してどうこう言ってるけど全体読むとそんなに変なことは書いて無いし、そこまで経営側に忖度した内容でも無い気がするけど。

以上の四つ。

その他。

fatpapa 経団連の爺さん方に大学先生が優しく要因を説いてるだけでなんら具体的な施策提案してないし経団連側も「子育て従業員に長期育休や特別手当出す」とか絶対言わんし。政府と同様「動向を注視してる」アピールやろ

全体として否定的文章だが山田昌弘についてはそこまで否定してない。

naruruu 山田昌弘老けたなー。山田提唱した「パラサイトシングル」がヒットワードになった90年末から四半世紀。親インフラで貧しい独身者が食わせてもらう構造が変わってない。

肯定否定もしていない感じ。

table 安定した収入なんて幻想呪いのようなもの大学とくに社会学教授理解不能過去を持つ人が多いので安定性云々は刺さらない。講師やりつつオムツミルク代稼ぎに日雇い現場出てたような話が山ほどあるんだ

何を言いたいのかよくわからん批判に見えなくもない。

言うほど「経団連御用学者か手先かみたいに言う人が目立つ」てるか?

2022-05-20

社会学部ではないのに社会学を語るだと、専門性軽視だ!けしからん!」

みたいなの、東大出身の偉い学者先生はみんな文学部社会学科とか出身で、そもそも東大社会学部がないことはどう考えてるんだろう

実際社会学部社会学文学部社会学科とか社会学専攻とかってどう違うの

2022-05-19

anond:20220509224524

てか日本漫画統一的に語れるやつなんていないだろ。

漫画系譜について語った社会学系の本なんて何冊もあるけどいずれも誰かしらが「浅い」とか反論してるよな。

そいつにとっての「浅さ」はそいつ守備範囲を押さえていないということに過ぎなくて、知識絶対量としてはその本の著者の方が多いかもしれないのに。

まあ世に出てる漫画を全部読まない限りは誰かしらか浅いと指摘されるような考察なっちゃうわけだけど、何百万冊とある漫画を全部読めるやつなんているわけないわけで。

からこそ下手に玄人的に語るってのは諦めて、数冊読んだだけでも人によっては気づくような違和感意見を数撃ちゃ共感されることもあるという感覚で俺は意見を書く。

2022-05-17

anond:20220517211533

その古きネット文化にずっぽしなのマロユキ爺だろ

古すぎて逆に新鮮なのかガキに人気らしいがw

で?だから

ネット文化から守れと?

社会学考察するのにまずは仮説を建てねば議論もできないし

性格上、明確な証拠が出ることも稀

統計だっていくらでも恣意が混入する

エビデンス坊やにはちょっと難しすぎる話だったかにゃ?

2022-05-09

anond:20220508234851

関西なのでニッコマがどのレベルかは分からないんだけど、嫁さんは高学歴の部類には入ってるはず。

社会学系の講義はあったんだろうけど、フェミニズムへの認識があまりないので、たぶん講義は取ってないんじゃないかな。

2022-05-06

anond:20220506015655

好きで理系来たわけじゃねえから

本当は社会学とか史学とか英文科に行きたかった

から受験も入ってからの自学や試験勉も苦痛で仕方なかった

2022-05-05

anond:20220505214813

非モテ男性は「強者であるとか「社会」といったものに対して、どのような保護を求めますか?

労働基準法労働安全衛生法最低賃金法さらフリーランスでいうと下請法もありますね。

デート商法」のような恋愛感情を用いた詐欺行為についても消費者契約法がありますね。

性的価値の不均衡について、どのような立法を望みますか?

どのような強者を縛り、自分たちへの保護や分配を求めますか?

これは最初段落に書いておいて欲しい。

余計なとこが長い。

ただ、

性的価値の不均衡について、どのような立法を望みますか?

どのような強者を縛り、自分たちへの保護や分配を求めますか?

は全ての「弱者」と名乗る人に問いたいなーとは思っていた

でも、最近は違って「弱者男性定義」や「何が問題なのかの大多数の合意した認識」がないとダメだし、

それはすごく丁寧にやらないといけないことだと思っている

でないとトランス話題だって、男女の丸つけるとこの工夫みたいにめっちゃどうでもいい本質的でないものをとりあえずみたいに出されるだけ

本当に欲しい自然に暮らすみたいなのは遠い

社会学がこの辺になえたら良いんだけど、変なとここねくり回して変な人間関係ややこしくしているだけだからなぁ

理学的なアプローチもいいけどもっと社会工学みたいなことやればいいのに

一部の人しかやってない

2022-05-04

anond:20220504214144

表現規制派って


・矯○会などの保守系(極)右派団体

純潔思想の一貫として表現規制を支持

・共○党などの左派リベラル団体

自分達に対する異論排除する為、また近年表現の自由派(オタク層)を取り込んでいる与党への反発として表現規制支持

所謂ツイフェミと呼ばれている過激フェミニスト一派

ミサンドリーオタク叩き、スクールカースト虐めの延長線上で表現規制支持

社会学(人文)界隈全般

上記フェミニスト一派と親和性が高い(アルファも被っている)ので表現規制支持


といった印象。


思想立ち位置もそれぞれ違ったりするのに表現規制支持に関しては悪魔合体してるから恐ろしい。

他者勝手に定めた程度/形での配慮を求めて「自主規制」を迫ること

https://trajectory.hateblo.jp/entry/2022/05/01/122007

https://trajectory.hateblo.jp/entry/2022/05/03/141521

↑それはもはや自主規制ではない

規制されたくなければ自主規制しろ

「燃やされたくなければ自ら燃やせ」

自分で考えて私と同じ考えになりなさい」

要は規制派のスティグマからは逃れたいから「自分で考えて私と同じ考えになり、私に都合よく自己責任自主規制しろ」って言ってるのね

筆者は「法的規制求めない自主規制を求める」という考えなので「表現規制派」ではないと考えてるようだが違う。はっきり言うが、あなたは「表現規制派」だ

自分規制派とレッテル貼りするなと言いつつ「表現自由戦士」はセクハラ野郎だと悪魔化するのは卑怯

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/trajectory.hateblo.jp/entry/2022/05/01/122007



相変わらず自分カマトトぶって、論的は悪魔化してるなあ。「見ない自由」持ち出しといて表現自由否定するってどういうセンスなんだろう

広告としてのたわわを規制すべきと言う時点で立派な規制派ですよ

特定の場から排除されてもどこかで発表できているなら表現自由は侵されていない・・・と言う発想はかなり危険じゃないかなあ

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/trajectory.hateblo.jp/entry/2022/05/03/141521



法的には問題ないが俺の言うことを聞け!のほうがヤバイっつーか、それのいったい何が立憲民主なんって気持ちになる

公的規制でなければ良いとした場合フェミニスト不快と感じる人達の抗議により講演や出版キャンセルされたり、限られた人しかアクセスできないようゾーニングされても問題ないという事になりますね。

いやいやいや、「野放しor法的規制」よりも「私刑」とか「自分の頭で考えて私と同じ考えに」の方がマッポーの極みっしょw

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/b.hatena.ne.jp/entry/4712727467113621954/comment/nowa_s






コラムニスト小田嶋隆氏 「言論弾圧自主規制から始まる」

https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/168014

あるジェンダー理論社会学理論専門大学非常勤講師90年代有害図書騒動を引き合いに自主規制を主張し物議をかもす

https://togetter.com/li/1628387

2022-04-29

anond:20220428103925

そういう体感治安キーキーいうとか

しろ社会学学ぶとだとああはなりたくない対象みたいな感じだったんだが

我々は老いるとならぬものはならぬとしか言わなくなる

https://togetter.com/li/1879085

まとめのタイトル

『『社会学フェミニスト日向市サーファーCMの『海、似合ってないね』は、自分の心の声。他人発言と感じるのはオタク劣等感」』

なのが本当に不思議

宮崎県日向市観光客容姿揶揄する動画を作っていた』とかじゃなくてさ

この動画が気に入らないなら勿論批判する自由はあるし、作った側や発表した側に対して抗議すればいいと思う

あくまで弱い者、権力を持たない一般市民しか攻撃の矛先を向けない辺りがほんと卑怯だなーと思う

みんなそんなに日経広告好きなんだなー

 JK表現男性の性欲を表現していて気持ち悪い→うんそうだね、終了

で終わる話やろ?なのにまだまだ燃料を追加したくなるのって結局、

 JK表現男性の性欲を表現していて気持ち悪い、こんなもんがあるから私達は苦しんだんだ、無くしてしまえ→は?

ってことやろ。

どんな思想でも主張するのは自由から好きにしたらええよ?だけど"それ"って女性だけに認められた権利じゃ無いよね?

 ムキムキイケメン表現女性の性欲を表現していて気持ち悪い、こんなもんがあるから私達は苦しんだんだ、無くしてしま

も認められるべき。

しかし実際には

 社会学フェミニスト日向市サーファーCMの『海、似合ってないね』は、自分の心の声。他人発言と感じるのはオタク劣等感

 https://togetter.com/li/1879085

みたいなのを反性差別を謳う連中がかます有様。

フェミニズムは男女同権では無く女権拡張だろって揶揄されるけど、「やられたからやり返したい」という復讐メンタルじゃいつまで経っても終わらん。

ならどうして復讐するかって言えば、スッキリするから!それだけだよな!やはり人類本質戦闘!滅亡するまで戦い続けよう!

2022-04-28


   東京大学教養学部社会学 定期試験問題

     近年の政権は、平成17年より以前の平和で豊かな社会を忘れて、地方創生一億総活躍を名に、地方を中心に悪事を働いており、安倍政権になってから

   起きてはならないことが大量に発生しているところである。そこでこのような最悪な状況を打破し、かつての豊かな社会を戻す手段として、自分の考えを述べよ。

   なお、論文を書くにあたっては、様々な手段を列挙したり、依拠すべき方法などを適切に配置して構成すること。

2022-04-27

社会学ジェンダー学では男性の性欲は社会刷り込みによるものってマジ?

まさか、うちのワンちゃんが足に抱きついて交尾しようとするのも、たわわ広告による擦り込みだったなんてな……

どんな根拠調査結果を並べて主張してるのか興味有るので査読済みの論文あるなら読んでみたい。

2022-04-25

anond:20220425204311

理系専門家が正しいのは分かる

文系でも文法とか理論に関する専門家が正しいのも分かる

これらは結果的比較できることに尽きる

だが社会学フェミニズム評論系はこれまで社会のほぼ全ての場所で「何が正しいのか」散々掻き回してきたのに

ここ数年急に「我々が絶対的に正しい」「我々以外の全てが馬鹿」というツラを現在進行形でし始めた

そこだけでもう全然受け入れられない

2022-04-21

anond:20220421163543

悪いのは社会学じゃ無くて社会学者。といいたいところだが、ここまで社会学者にクズが多いと、学問に罪はないという言い分がいつまで通用するか怪しいな。

社会学馬鹿にするな

と言っていた皆さん、ホッテントリ入ってる高名な社会学者様2人のレスバトルを見ても同じこと言えんの?って聞いてみたい

2022-04-18

anond:20220418084935

フェミニズム絡みの社会学者ってほぼ活動家だもんな

活動のための学問になってるあまり学問の体すらなさなくなって

内容が酷過ぎて社会学全体が評判落としてる

2022-04-16

日本ネット社会学者について

主にジェンダー関連でネット社会学者炎上しがちで、社会学のものは割と好きで個人的に読んでいる自分には残念だけど、炎上しがちな理由否定できない。それは、彼らの多くが文学部出身なことである


まり日本社会学者は、政治経済法律福祉などの社会科学勉強ほとんどしないまま、博士号をとって大学先生になっている。歴史学者文学者はそれでも問題ないが、社会学者の場合はその性質上、政治経済法律福祉問題言及しなければいけない機会が多い。社会学会の中にいる時は、素人勉強でもボロが出ずに済んだが、外に向かって情報発信すると必然的に他の専門家から雨あられツッコミを受けることになる。


一例として、コロナ禍の給付金の時に、「給付世帯単位になっているのは安倍自民党家族主義的な価値観のため」という説を大真面目に語っている社会学者がいてびっくりしたことがある。時の政権イデオロギーで一国単位制度が左右されるほど、政治行政は単純素朴にできていないことは、政治行政専門家なら常識だが、社会学の中にいるとこれが分からなくなるらしい。他にもコロナ禍で左派系の陰謀論(「検査数を意図的抑制して感染者数を少なく見せかけている」など)にはまっている社会学者が何人も見られたが、これも政治行政の複雑さが全く見えていないためである自分尊敬する社会学者はそうではないが、一般的な傾向としては確実にあると思う。


日見田宗介が亡くなり、学問文学架橋したと賞賛されていた。それは否定するつもりは全くないけど、政治法律をまともに勉強していない自覚のないまま社会評論を平然と行う社会学者を量産してしまった、という負の遺産も忘れてはならないだろう。

2022-04-15

フェミニズムが傷を抱えた人間セラピーになることについて

前書き

現代日本フェミニズムは、傷ついた人間が慰め合うセラピー看板のような機能を持っていると言える。

弱者が慰め合える駆け込み寺、いわばフェミニス堂があること自体は良いことだ。

エンパワメントシスターフッドという精神性・関係性を重視した言葉最近人気なのもその一環かもしれないし、そこまで前向きな気持ちになれないからとにかく苦しみや怒りを吐き出させてくれという層だって駆け込み寺には居場所がある。

だが、「セラピーとしてのフェミニズム」と「学問言論としてのフェミニズム」が分離されていないために、言論としてのフェミニズム信頼度が著しく弱まっている。

セラピー面も学問言論面もひと固まりからフェミニストはメンヘラだとか、他人幸せを許せないだとか、ミサンドリストセックスヘイタージェンダークレーマーだとかの批判に繋がってしまっているのだろう。

私自身も精神疾患持ちなので、精神が弱っていることを批判する気はないのだが、セラピー的な語り合いと、学問的討論がごっちゃになっている状況は大いに問題視している。

追記:↑ここで私の精神疾患に言及したのは、私も議論の場で当事者性を武器として使おうという態度でよくなかった。反省する。)


本稿で主張するのは、「冷静な研究者としての立場」と「傷つき怒れる当事者としての立場」は、兼任すると問題が生まれるのでどちらか片方だけの立場に立つべきだ、ということだ。

たとえ学位免許を持っていても、冷静になれない話題については傷が治っていない当事者から理論議論を使いこなせる研究者ではなくあくまで苦しむ当事者個人として発言した方が良い。

本論前に、何がOKで何がNGかおおざっぱに切り分けておこう。

冷静なフェミニズム研究者が、「困った女性のための駆け込み寺やセラピーの場や、肯定しあえる関係必要だよね」という学問理論を組み立てる。
冷静なフェミニズム研究者もしくは心理医療専門家が、セラピーの場の最低限の安全が保たれるように監督をする。
セラピーに集まる傷ついた人たちが、フェミニズム用語理論武装したり、怨恨を吐き出したり、過激むちゃくちゃな主張をする。(なぜなら、セラピー的な場では、ひどい発言原則許されるべきだから。ただし、それをそのまま社会への要求として広めるべきではない)

×
まだ傷が深く残っていて冷静な振る舞いができない人間研究者としての発言力を得て、本来患者としてすべき主張を研究者立場でする。
×
傷の残っている研究者セラピー監督役をやり、セラピー患者同調してしま患者内面吐露検討・洗練せずそのまま社会にぶつける。
×
研究者同士でも肯定しあえないと傷が痛んで耐えられないので、アカデミックであるべき関係を仲良しグループにする。




本論

フェミニズムという看板のもとに、傷ついた人々が集い、辛さや怒りを語り合い共感あい心を癒そうとする様子は、当事者会に近い。

当事者自体は、様々な依存症障害事故被害者などについて行われており、有用セラピーと言っていい。

だが「セラピーとしてのフェミニズム」の問題は、当事者会で癒される患者と、当事者会を監督したり理論を語る研究者がかなり重なってしまってるということだ。

要するに、当事者として治療を受けるべき傷を抱えたままの人間が、セラピスト役もやってしまっているという問題が、「セラピーとしてのフェミニズム」にはある。

全てのフェミニストが病んでいると言っているわけではない。

だが、SNSのそこら中で行われている「セラピーとしてのフェミニズム当事者会の多さに比べて、監督できる冷静な研究者は全く足りていない。


普通当事者会やセラピーは、福祉医療心理専門家によって研究理論化がされ、社会に対して有用性が主張され、会の時にはその場にいて見守ったりもするはずだ。

傷ついた当事者たちの語りは、しばしば自己中心的だったり理屈が通ってなかったり乱暴だったりするが、それは回復必要な心の解放だ。

それがそのまま社会への要求として世の中に出されたりはしないので、当事者会で語ったことが間違ってるなんて責任を問われることもない。

客観的専門家当事者たちの感情吐露分析して理論化した上で、必要な部分は社会に訴えるようになっている。

から普通健全当事者セラピーは、傷ついている当事者が冷静さを求められたりはしないし、当事者ヤバいことを主張していても研究者評価が下がることもない。研究者監督しているか当事者同士の会話が先鋭化するエコーチェンバーも防げる。当事者要求研究者が整理したうえで一般社会に伝えるので、外部の一般人当事者過激すぎる主張を直に聞かされて悪感情を持つこともない。

全てが完全に徹底されているわけではないが、それでも、当事者セラピーで語り合う患者とそれを監督する研究者の間に線が引かれていることで、ある程度は弊害抑制ができている。

しかし、「セラピーとしてのフェミニズム」では、患者監督者、研究者区切り曖昧になりやすいので、普通当事者セラピーでは減らせる弊害がモロに発生しているのだろう。

たとえばフェミニストが「トーンポリシングはやめろ」と主張し、議論や説得において言い方ってのは大事だろと反論されるのをよく見るが、あれも、内輪の癒しセラピー的な感覚と対外交議論感覚がごちゃまぜになっているせいだ。

「私はいま苦しすぎて言葉を選んでいられないのでセラピー患者として気持ちをぶちまけてるんだからトーンポリシング(言い方警察)するな」、という話なら真っ当である

「私は冷静を保ち、言い方や内容にしっかり気を使うから議論として発言を真面目に聞いてくれ」、というのも真っ当である

だがそれを同時にやろうとする、「自分セラピー的に感情をぶちまけるが聴衆は真面目に聞いてくれ」というのは無法な要求だ。

せめて、セラピー監督する冷静な研究者に向かってぶちまけて、その研究者理屈の通らないところを補助し冷静な言い方に直して議論の場に持っていくという形にしなければいけない。

なのにフェミニズム議論では、何もかも一緒くたになりがちである


当事者研究者の分離は、簡単なことではないとは思う。

特に精神思想分野ではそうだ。

臨床心理士カウンセラー看護師助産師になりたがる人間はしばしば自分が精神不安定を抱えているというのは、統計はともかく実体験としてはよく聞く話である

博物学系でも、たとえば動物学者はだいたい動物好きで、心情的には動物保護したがるだろう。

だが、そこは資格団体ががんばってたり教育だったりで、臨床心理士精神保健福祉士はある程度の信用をしてもいいだろうとなっているし、動物学者も後先考えない動物愛護活動をする人は目立ってないわけだ。

しろ愛護派の過激な主張の角を取って一般社会的に可能動物保護のやり方を訴えたりしていて、それはまさに、感情的になりがちな当事者の語りを、研究者自分のところで一度止めて丸め社会に伝える、当事者会に対する医療福祉関係者の立場と近い。

から臨床心理士動物学者などの学問的信用はまあ保たれている。


ところがフェミニズムや一部社会学は、理論家や研究者が、傷ついた当事者と近かったり同一人物だったりするせいで、冷静な監督者のいないまま野良セラピー的な語りあいを続け、当事者の悲痛な心情吐露ではあるがそのまま社会要求するには妥当性に欠ける内容が研究者学問立場から主張されてしまっている。

フェミニストはメンヘラだとか他人幸せを許せないだとかミサンドリストセックスヘイターだとか言われてしまうのはこのせいだ。

それにもかかわらずフェミニズム大義名分世界中で力があり、フェミニストの要求の内容を精査して妥当性十分の時は応じますという態度は悪だと指弾されるのが、本当に良くない。

ここで断言しておくが、メンヘラも、他人幸せを許せない人も、ミサンドリストミソジニストも、セックスヘイターも、楽しく生きてよいし好きに発言してよい。当事者会で同病相憐れむのだって、傷ついた人間には大切だと思う。

過激思想トラウマは緩んだ方がいいとは思うが、それもあまりに大きな加害に繋がらないのであれば自由だ。

ただし、その好き勝手発言暴言あくまで傷つき冷静さを欠いた人の胡乱な言動として生暖かく聞き流されている方が、周囲にとっても当人にとってもよいはずだ。

弱者の声は社会から無視されるべきではないが、そのままで妥当性が低いので、客観的研究者が集積して適度に理論化と穏健化した上で世の中に訴えるべきだろう。

フェミニズムが、弱者に肩入れしようとするあまり病んだ当事者発言をそのまま重用したり、著名な研究者が「冷静さを保つために私の当事者としての感情一時的に抑えよう」という努力をおろそかにしているのは、誰にとっても不幸である

辛すぎて悲鳴を上げざるをえない当事者と、冷静で他者対話可能研究者弁別は、完璧でなくとも努力する価値がある。できたぶんだけ弊害が減るはずだ。




おまけの具体例 朝日新聞運営の『かがみよかがみ』について

一つ、わかりやすい事例を挙げる。

フェミニズムジェンダー学周辺で、セラピー機能学問言論機能が混在することの弊害を私がはっきり感じたのは、朝日新聞運営の『かがみよかがみ』である

読者投稿エッセイメインコンテンツとするWebサイトだ。

「私のコンプレックスを私のアドバンテージにする」とか「私は変わらない、社会を変える」とかをコンセプトにして、女性自己肯定感の爆上げを目指すメディアであることを謳い続けている。

18~29歳の女性からエッセイ募集して、編集部がチェックして載せている。著名人契約コラムニストの連載もある。

そして投稿者を「かがみすと」と呼び運営ボランティアを「ミラリスト」と呼んで連帯感を出し、若い女性同士で肯定しあえるコミュニティを作ることも意図しているようである。(かがみすとは今もしっかり使われているが、ミラリストTwitter検索してもほぼ出てこないので今も使われてるかは外部からは謎)

二年くらい前に数回燃えたが、扱っている内容の割にはてはで話題になる回数は少ない気がする。はてなとは読者層が違うのだろう。

上野千鶴子さんに質問「ベッドの上では男が求める女を演じてしまう」 | かがみよかがみ

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/mirror.asahi.com/article/12881008

フェミニストでも、守られたい。フェミニストだから、守りたい | かがみよかがみ

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/mirror.asahi.com/article/13432941

これの上の記事に関わっていたコラムニスト(かがみすと)が、謝罪をしつつかがみよかがみを批判したnoteを全三回書いていたのだが、その第三回と、ここから辿れる記事類を読み、フェミニズムセラピー言論を区切らずやっている弊害はあるな、と強く感じた。

上野千鶴子座談会セックスワーカー差別炎上とかがみよかがみコミュニティ雰囲気について(下)|滝薫

https://note.com/hannnahkuku0819/n/n6514127ed85a

私はこれを読んだ時、伊藤編集長があらゆる批判に応じないのもわかる、といっそ清々しささえ覚える形で納得してしまった。「セーファープレイス」を構築しようとして、内部を守っているのではないかと思った。

(略)

『かがみよかがみ』を必要としている利用者はいる。それはわかっている。私も、エッセイ投稿した後の”共感”と”褒め合い”によって自信がついた一人であることは変えようがない事実である。その価値を認めていても、『かがみよかがみ』の未来に不穏さを感じてしまう。

『かがみよかがみ』が目指すのは、あくま女性自己肯定感の爆上げである。正しさではなく、自己肯定感である

それも、明言はしていないが18~29歳の女性だけを狙っているだろう。

若い女性たちがエッセイで悩みを語り合い、書き手同士のSlackか何かでも褒め合い、お互いが何を言っても原則として批判しないし自虐もしない。まさに当事者会でありセラピーのやり方である

フェミニズムジェンダーなどの内容が多く扱われているが、それはあくま自己肯定感爆上げの道具なので、理論的な正しさを保とうとして心が苦しくなってしまうようなら、正しさを追求しなくてよい。

エッセイ投稿年齢制限も無い方が「正しい」のはわかってるだろうが、年上の説教エッセイ愚痴エッセイが載ってるサイトは鬱陶しくて気持ちよくなれないという若者本音を慮って、微妙理屈をつけて年齢制限をかけていると思われる。

投稿者をかがみすとと呼んで内輪感を作るのも、その繋がりで孤独が癒える人がいるかである。そういう内輪感にウエッとなる人もいるだろうが、そのタイプの人は他のどこかで癒されればよいというスタンスだろう。

伊藤あかり編集長モットーらしい「全ての人を満足させようと思ったら、一人も熱狂させられない」とも合致する態度だ。

傷ついた若い女性のために、正しさではなく自己肯定感爆上げを目的とした当事者セラピーの場があること自体は、良いと思う。

だがそれが、朝日新聞運営メディアとして広くネット広告され、上野千鶴子石川優実企画に呼び、ヒコロヒーなどの連載があり、エッセイ投稿者ジェンダー学やフェミニズムで多少の理論武装をして識者っぽい人もたまに言及するとなれば、そこはもう言論の場となってしまう。苦しい内面安心して吐き出せる、責任を負わなくていいし怒られもしないセラピーの場としては相応しくない。

なのに、そこが曖昧に混ざった立場で『かがみよかがみ』の文章は発表され続けている。

から『かがみよかがみ』の記事批判されたのである

そして、これは、インターネットにおける様々なフェミニズム活動についても近いことが言える。



まとめ

最後にもう一度まとめる。

傷ついた当事者同士が慰め合うセラピー看板としてのフェミニズムと、冷静さと客観性を保つ学問研究としてのフェミニズムは、分割しておく必要がある。

現在日本では、セラピーの場としてのフェミニズムと、学問としてのフェミニズムが、ごちゃごちゃ混ざっている。

心が乱れてフェミニズムセラピーを求める患者と、冷静であるべきフェミニズム研究者が、ある程度重なってしまっている。

この状況を解消しないと、世の中の幸せにはつながらないだろう。



追記。本稿は3か月ほど前に増田に投げたが無反応だったものの再投稿である。)

2022-03-28

ノーベル社会学賞をスミスウィルに授けたい

ルッキズムと疾患に苦しむ弱きを助け、強きを挫く偉大な社会的公正性を示した

妻に対するジェンダー責務を果たした面でも大きな業績である

同じ民族的マイノリティグループの子ども達を勇気づけるためにもスミスの受賞が望ましい

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