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2018-07-16

anond:20180716015220

どっちもどっちから優劣とかつける気ねえです

そういう方向性でも何か別の魅力でちゃんモテてる男もいるんでしょう(見たことないし、俺にとっては別の宇宙存在だけど)。そういう人は俺の知らないところで勝手に生きてくれて構いません

個人内面的な美意識問題っすから

2018-07-14

[] アビラケツノミコト「神軍を率いる光の命」

オウム真理教の「アビラケツノミコト」とは、一体何だったのでしょうか?

1985年には「アビラケツノミコト(神軍を率いる光の命)になれ」と啓示を受けたと述べる

アビラケツノミコトとは「軍神を率いる光の命」という意味単語だそうです。

 

アビラケツノミコトの初出は、「トワイライトゾーン1985年10月号(KKワールドフォトプレス刊)でした。

考証の資料として、原文を見てみましょう。

アビラケツとは、地水火空の意味で、アビラケツノミコトとは、「神軍を率いる光の命」、戦いの中心となる者

 

仏教用語サンスクリット語a vi ra hūṃ khaṃの音写。以上の5音綴は,それぞれ万有の構成要素である地,水,火,風,空を表わし,大日如来内面悟りを表明するとされる。一般には,すべてのことを達成するための一種呪文として用いられる。

地水火風空(a vi ra hūṃ khaṃ)のうち「風」(hūṃ)が揃ってないので、まだ不完全(未完成)な状態、という意味もあったようです。

 

トワイライトゾーン 1985年10月

編集部不思議体験レポート(22)

最終的な理想国を築くために

神をめざす超能力者

レポート/■■■■■

 

今月号の口絵14ページで、空中浮揚の連続写真を紹介した麻原彰晃氏。彼は師にもつかずに、独自修行でこのレベルに到達した。だが、この超能力者目的は、はるか先にある。

 

★8年前、すべてを捨てて修行に入る

 麻原彰晃氏。あと1年もすれば、空を自在に飛ぶ人である

 彼は、特定宗派の僧でもなければ、団体トップに座す人でもない。人間の師ももたない。彼の修行独自で、しかも数千年も伝わる聖典の奥儀なのである

 麻原氏が修行を思いたったのは今からわずか8年前である。世の中すべてのものに強い矛盾を感じたのだ。何もかもウソだ。自分さえもウソツキだ。まわり中のこと一切が限りなくイヤになった。

 どうしたら正しく生きられるか。彼は、その日からすべてを捨て、行に入った。

 行は毎日2~5時間に及ぶ。仙道大乗仏教密教、チべット密教ヨガひとつに執着せず、数数の修行法をとり人れ、自分が納得する形で行なっていった。

 修行を始めると、様々な神秘的なことが起こりだした。たとえば、トランス状態での異言。

 その時のテ―プを聞かせていただいた。東洋系の言葉らしいが、私としては、TVなどでも聞いたことのない言葉だ。口調はかなり激しい。過激な説法、または、訴えのように聞こえる。

アジアの、インド中国チベット、その辺の言葉だと思います。おそらく、自分過去生と関係のある言葉でしょう」

 麻原氏が、修行8年にして空を飛ぶということは、過去生でかなりハード修行をしていたに違いない。彼は、テ―プに吹き込まれ自分の口から発した言葉を訳せる人を希望している。でも、もしかしたら、現在ではすでに死滅してしまった言語かもしれない。

 修行3年にいたったころ、彼の魂は彼の肉体を抜け出し始めた。「体が回転するような感じになったんです。ウォンウォンというモーター音に似た音がして、それからシューという音がしたんです。その時、魂が抜け出してゆきました。

 抜け出した先で、魂は宇宙の星星を見たり、『人』と会ったりするんです」

 こんなこともあった。シャヴァアサナ(屍のポーズ)をとり、トランス状態に入っていた。

 彼は、大ス夕ジアムのようなところにいた。観客スタンドは、裸の僧で埋まっている。中心で、やはり裸の僧の彼が説法をしている。

霊界での説法なんですね。私はそこで説法をして帰りました」

 聖典を読んで帰ることもあるという。魂が、修行において気になることを調べに行くのだ。

自分現実で読む本を先読みしているのです。だから、実際に読む本の内容は、すでに知っていることが多いのです」

 魂が抜け出さずとも、本の内容を理解していることも度々ある。修行中「ああ、これはこういうことなんだ」と感じた通り、後に読む本に同じことが示されている。

 もちろん、修行危険が伴わないわけではない。普通だったら死んでいるというような目にあったことも1度や2度ではない。

「その時は、自分守護神に頼むのです。そうすれば、必ず、元のところに帰ってこられる」

 

★突然、天から聞こえてきた神の声

 麻原氏には、たくさんの信仰している神、守護している神がいる。彼は、それらの神々から修行法を学んでいるようである

トランス状態とき、神々が現われることがあります。神々はヒントを与えてくれることもあります。または私が質問し、神が答える。質疑応容形式のこともあります。その中で得たのは、『生きることを否定せよ』ということです」

 麻原氏は、いつも出会う神とはニュアンスを異にする3人の女性出会っている。彼には、霊界人とも宇宙人とも感じられた。

「まず1度めは、5年前。妻の出産の時のことです。朝、自宅で目覚めるとロングへアで緑色の服を着たグラマーで美しい女性が、私に向かってオイデオイデをしているんです。

 全身はエーテル体とも思えるもので、炎の赤をしているのです。髪の色は、全身の色を薄くしたような感じで、ジャンパースカートのような形の服に茶色のべルトをしめていました。

 会話はありません。『私があなた守護しているのです』と私に見せているように思えました」

 2回めは2年前です。自宅で、眠る直前のことです。髪は肩まで垂らし、オレンジ色の服をきた目鼻立ちの美しい女性でした。体色は人間と同じでした。この時も会話はありません。

 3回目は今年の5月。ここ(麻原氏の道場)でです。髪の長さは肩ぐらい。やはりオレンジ色の服ですが、体の色は、何というか、この世にない色なんです」

 3人の女性たちは、共通して美しく、グラマーであり、口をきかない。決まって、彼の左側に現われる。そして、彼女たちが去った後、場の空気が揺らぐという。

最後はいつも、霧のようにかき消えてしまますひとつ修行が進むと、異なった人が現われるんです」

 麻原氏は、これまで世に出ようとは考えなかった。ところが、ある時、声を聞いたのである

地球はこのままでは危い!』

 彼は今、シャンバラのような王国神仙の民の国を築く準備を開始するため、多くの人に修行法を関放する必要を感じた。

 今年の5月のことである。彼は神奈川県三浦海岸で頭陀の行を行なっていた。五体投地をしていたときのことである。突然、天から神が降りてきた。神は彼に向かってこういった。

あなたに、アビラケツノミコトを任じます

 アビラケツとは、彼の初めて聞く言葉であった。彼は、サンスクリットを教えている人を訪ねた。

 すると、アビラケツとは、地水火空の意味で、アビラケツノミコトとは、「神軍を率いる光の命」、戦いの中心となる者と判明したのである

 彼は、天から降りてきた神によって、西暦2100年から2200年頃にシャンバラが登場することを知り、それまでアラビツノミコトとして戦うように命じられたのである

 彼は考えた。チべットのような王国を造らなくてはならないことはわかっている。しかし、チベット戦争を好まない国である理想国を造るため、戦さを用いてよいのであろうか。

 彼は、シヴァ神や、ヴィシュヌ神などの自分信仰する神々や自分守護してくれる神々に相談した。神々は「命を受けるべき」と返答した。

 

完璧超能力者たちの国をめざす

 麻原氏は、神を感じるだけでなく姿を見るという。それによると、たとえばシヴァ神は、白銀のような色、ドライアイスのような色の神体を持っているという。

 ところで、ここでいうシャンバラとは幻の国、聖人たちが住み、全宇宙の、そして過去から未来永劫に至るすべての英智が納められている国である。かつて、秦の始皇帝アレクサンダー大王も求めてやまなかった土地なのだ

 シャンバラは、地下深くにあるといわれている。そして、地球上のある地点からは、シャンバラへの通路が開けているという。

 その昔、チべットの首都ラサにあった古ポタラ宮の地下の一室はシャンバラへの入口であったと伝えられている。そこで、チべットはシャンバラの影響を受け、チべット密教を開花させたのだ。

 聖者たちのひと握りの者たちはシャンバラを訪れることができる。そこで、ある者はシャンバラの住人となり、ある者たちは社会に戻り、許された者にだけシャンバラを伝えたのである道教の祖・老子は、シャンバラの人になったといわれている。

 麻原氏の話に戻ろう。

2006年には、核戦争の第1段階は終わっているでしょう。核戦争なんて、ほんの数秒で終わってしまい主す。日本死の灰の影響を受けているはずです。

 核戦争は、浄化手段ですね。だから、私は『ノアの箱舟』も信じられます。選りすぐったレべルの高い遺伝子だけを伝えるんです。

 だけど、人が『自分の分け前をさいて人に与えよう』というように考えない限り、『浄化』はなくならないんですね。そういう気持ちになかなかなれないのが人間でしょう。

 もし、それが真実でないとしたら、地獄餓鬼畜生人間阿修羅・天という六道はなくなってしまうでしょう。

 私の目指すのは『最終的な国』なんです。それは、仏教的・民主主義的な国で、完璧超能力者たちの国なんです」

 

★神が授げた神秘の石ヒヒイロガネ

 そのためには、修行解脱しかないのである修行意味を麻原氏に語っでもらった。

 「修行とは、ジュースの1滴を、テ―ブルクロスの上に落とさず、水の中に落とす、ということなんです。1滴のジュースとは、人間のことです。1滴のジュースは、テーブルクロスの上に落とせば、ただのシミです。でも、水の中に落とせば広がるでしょう。

 水の中にただ1滴のジュースを入れたって、水は色を変えないでしょう。でも、水の中には確実に1滴のジュースが入ったんです。

 魂の根元的な状態ですね。拡散した1滴は、水の中のことすべてを知り、経験できるんです。これが空であり、寂静です。高次元昇華した状態ともいえます

 大きな水がめの中の世界体験している麻原氏の身辺は、アラビツノミコトを任じられて以来、急転しだした。

 修行岩手県におもむいたときのことである。彼は、天からオリハルコン、またはヒヒイロガネと呼ばれる神秘の石を与えられた。

 ヒヒイロガネとは、超古代文献『竹内文献』などにも登場する石である神社玉砂利のように滑らかだが、それよりずっとツヤがあって黒い。ズッシリと重たく、力ネの名の通り、金属的な感じの石なのだ

 麻原氏は、この石の様々な利用法を考案中である

 水を張ったバケツに石を入れ、念を入れる。その石で円陣を作り円陣の中で瞑想する。

 ヒヒイロガネは、手に入れた人誰にでもパワーを発揮するものではないという。念を入れられる者の手にわたってはじめて、パワーを与えられ、驚異の力を噴き出すらしい。

 念を入れたヒヒイロガネは、多くの人々を同時にトランス状態にすることもできるという。この石については、いずれまた機会があったら報告したいと思う。

 麻原氏に行法の一部を実際に行なっていただいた。

 麻原氏は、座して、様々な印を結ぶ。印は2、3秒で変化する。

「これはチャクラ開発のための印です」

 次に、立ち上がり、上半身を少し前方に傾けた。腸というか、腹の中がゴロゴロと動き出した。これは浄化法・ナウリのひとつ。腹にあるマニプーラ・チャクラ覚醒に役立つ行だ。

 次は仰向けに寝てから足を天に持ち上げるショルダースタンドの形。空中浮揚に欠かせないビシュダ・チャクラ覚醒目的だ。

 それからライオンポーズ。これは、クンダリニー覚醒必要ポーズである

 麻原氏の修行には、かなり危険ものも多い。たとえば浄化法のひとつで、幅7センチ、長さ3メートル半の布を呑み込むというものなどだ。この時は、呼吸ができなくなるほどだという。

 

重要なのは正しい生活食事修行

 彼は、修行中、シャヴァアサナに入ったときチャクラの光を度度見るという。

 ちょうどフラッシュがパッパッと飛ぶような感じで、下のチャクラから順に光を放ち、同時にやはりフラッシュのような音がするという。音と画像シンクロするのだ。

 経験によると、音と光は様々な神秘体験には、共通して現われるらしい。たとえば未来過去タイムトリップするときは、マーチリズムのような音、霊体が離脱するときブーンという振動のような音。

 これは、各種の教典とも矛盾しないという。そこで、そのような音を作って流せば、修行者は案外簡単タイムトリップや霊体離脱経験できるのではないかと麻原氏は考えている。

 それでは、私たちがすぐにでもできる修行法について尋ねてみた。

「それは、まず何よりも五戒ですね。1が殺生をしないこと。蚊が自分の血を吸っていたら吸わしておくことです。

 2が盗みを働かないこと。

 3が誠実にして、ウソをつかないこと。

 4が邪淫をつつしむこと。

 5が禁酒すること。

 以上の五戒に徹することですね。悪の行為をやめ、将来にするだろう善行をどんどんすることです」

 集中的に瞑想などをしようと思うなら、空気きれいなところの方が効果的だ。プラーナ(気)の満ちあふれた海や山を選ぶとよい。ただし、風のないところで行なう。地・水・火・風・空のエネルギーは、想像以上に誘惑的なのだ

 次に、食物は、玄米菜食の方がよい。1日に1回、または2回。または少しずつ、数回に分けて食べる。ヨーガの激しい修行をする行者の場合、日に1800~2000カロリー理想といわれている。一般の人なら1200~1500カロリーで足りるだろう。ただ、カロリー栄養とは異なるから栄養はしっかり摂らなくてはならない。

「(日に)3食は獣の食事、2食は人間食事、1食は聖者食事という釈迦言葉があるんですね。

 でも、日に1食では、一般的には栄養が足りなくなってしま心配がありますから。日に1度という場合は、夕方に摂るのが理想ですね」

 玄米菜食だけで、スワジスターナ・チャクラ(腰・仙骨)までは開発できる。しかし、それより上のチャクラは、修行しか開発できない。

「スワジスターナ・チャクラ植物を司るんです。ここが開発されれば、低い次元超能力は身につきますね」

 麻原氏は、腹のマニプーラ・チャクラが開くまでは、外食は一切しなかった。もっとも、化学物質などの変なものを食べることを体が受け付けなかった。

 でも、今は多少腐ったものを食べようが何を食べようが平気である。火のエレメントがすべてを燃やしてしまうのである

 チャクラが開くということは、規制がなくなるということも意味しているのだ。

 尾骨のムラダーラ・チャクラが開くと規制され、腰のスワジスターナ・チャクラが開けば性欲の規制がなくなる。腹のマニプーラ・チャクラが開けば食欲の、胸のアナハタ・チャクラが開けば行為規制がそれぞれなくなる。

 規制がなくなるとは、「何をしてもいい」ではなく、規制をせずとも自動的コントロールされるということである

食べ物に気をつけるのもいいが、もっと大切なのは精神です。食物の害より精神の害の方がずっと悪いです。肉を食べたからってすぐ内臓が悪くなることはない。でも気持ちに及ぶ害は、すぐに体を悪くします」

 つまり、肉体への栄養よりも精神への栄養の方が大切なのだ適当食事よりは、瞑想1時間の方がずっと栄養になるらしい。

物質人間は救えないということをもっとよく考えるべきなんですね」

 

超能力自分を神々に変えていく

 正しい食事をし、正しい修行から得られるもの、それが超能力である最近は、魂の浄化・向上こそ第1義で、超能力邪道という考えも広まりつつあるので、麻原氏における超能力の実義をしてもらった。

「魂の進化・向上という考え方がありますが、それは、人間の魂が阿修羅・神々に至ることなんですよ。つまり超能力の獲得と魂の進化・向上ということとは、矛盾しないばかりか、正しい相関関係にあるんですよ」

 それゆえ麻原氏は自分を神に変える修行をし、「完璧超能力者集団」と彼のいうところのシャンバラ王国設立するべく、神軍を率いて戦うのだ。

 麻原氏のまず当面の目標は、自由自在に空を飛べる空中浮揚。それと、大脱身を成功させたいという。

「これは、アジナ・チャクラから自分の魂を抜き出させ、目的としている相手身体に人る超能力のことです。これが可能になると、三界欲界色界無色界)を自由に行き来できるんですよ。ここまでくると、もう人間といっていいかどうかわかりませんけどね。また、核戦争の脅威から身を守るには、極熱にどれぐらい耐えられるか、放射能いかに防ぐか、ということになると思うんですよ。今の修行方法でそれに耐えられる身体はできると思っています

 麻原氏は、空中浮揚の初歩までの修行か達成した。しかしながらこれは、全修行の段階の4分の1にすぎない。生きているうちに、全部達成できればいいという。

「私は、ハ夕ヨガでいうところの解脱はすでにしています。真我も見ています。これから求めるのは仏教でいう真解脱です。それがいくつもの決め方がある解脱のうちでも最高のものとされています

 もし、真解脱ができたら――もっともっと修行しますね」

 修行を達成した人間は、次の生を好きなように形づくれるという。麻原氏の中には、地球自分宇宙、神々……超大な計画がもくろまれているのかもしれない。

anond:20180714003951

外見と内面は別ってのがよくわかる例だよな

2018-07-13

anond:20180713132123

内面がわかろうがわかるまいが、女は下方婚しません。

不思議だね。

内面があうはずなのにこんなにも下方婚しない。

anond:20180713131503

市場価値がわかっても、女は下方婚しないしなあ。

こいつ、下方婚増田から気にしないで良い。

つりあってるかつりあってないかとかそういう問題よりも

内面が合うかどうかだから

2018-07-12

anond:20180712180636

過去増田ゲイについて当事者が語ってる記事が何度かホッテントリに入ってたことあるけど

その時も「お前みたいなだらしないブサイク男に欲情しないから」ゲイ安全だし偏見を持つなという論法が使われていて

そのたびに俺はこれってノンケヘテロ男性に対するセクハラじゃないのか?女性にこれ言ったらアウトだよね?ってずっと思ってた

でもそういうことを指摘しても単に無視されるんだよね

LGBTやその支援者人達の中にはヘテロ男性に悩みや葛藤などいわゆる「内面」が存在することが認知できないタイプの人が数多くいるのではないかという疑問を持っている

anond:20180712180636

本論とはズレるけど口に出すことを縛ったら結局のところ表現の自由とセットである内面自由保証されないということだけど、リベラル的にはそれはオッケーなんだろうか。

おじさんは本当に「ゲイに好かれたらキモい」と言ったのか

私たちはどうつながっていけばいいのか<広く弱くつながって生きる>佐々木俊尚/小野美由紀 - 幻冬舎plus

佐々木 それはね、ポリティカル・コレクトネス議論ってすごくあるんだけど、たとえばLGBT、たとえばゲイを「気持ち悪い」と内心で思ってしま自由はあるのです。。ただ、それを口に出すのはまた別。ただし内面にあるその気持ち悪いと思う気持ちは許容する。そしてゲイの人がいることは絶対否定しない。そこの両立をさせることがたぶん一番大事で、そこで無理矢理、いやいや、ゲイ気持ち悪くないだろ。ちゃん理解しろよというのはやりすぎだよねというね。マイノリティに対する違和感というのはみんな持っているわけです。その違和感をなかったことにするのも、それはそれで人間本質的には無理があるかなという、そういう話ですよね。


最前列にいたお客さん ゲイなんか普通人間関係だったらつき合えるけど、俺に恋愛感情を抱かれたら、気持ち悪いってことですよね。


佐々木 まあ、そうでしょうね。それは個人自由。ただ、それを口に出すのは良くないということと、そういう気持ちがあることを逆に否定するのも良くないというね。そういうことだと思います

かにゲイにいい印象はもっていないのかもしれませんが、発言のものは単に佐々木氏の言ってることを確認してるだけでしょう。

ゲイ気持ち悪いと思ってしま理由は、俺に恋愛感情を抱かれたらと考えてしまうからですよね」と。

この場合の「俺」というのはおじさん本人ではなく、たとえ話に出てきた「ゲイ気持ち悪いと思ってしまう人」を指しているので、このおじさんが自意識過剰というわけでもありません。


そしてこれが「ゲイがいてもいいけど、好かれたらキモい」発言にキレた話(小野 美由紀) | 現代ビジネス | 講談社(1/4)では、

ゲイがいるのは勝手だけど、俺のことを好きになられたら気持ち悪いって話だよ」

目の前の初老男性がそう叫んだのは、佐々木俊尚さんとの八重洲ブックセンターでのトークイベント終了2分前、話題が「多様性」に及んだ時のことだった。

こうなっています

小野氏にキレられたおじさんがポカンとするのも当然な気がします。

殆どの人が誤解してるけど洋画吹替アニメより誇張した演技

anond:20180712004145

長崎 洋画吹替に近いのですが、洋画吹替ほど“オーバーアクト”しても合わないんです。あ、これ世の中のほとんどの人が誤解されてると思うのですが、洋画吹替のほうがアニメより誇張したセリフ回しで演技しているんです。実はアニメーションの演技のほうがリアルなんですよ。そこをまず世の中の多くの人が誤解してる。

監督と打ち合わせしてても「この作品リアルにいきたいので洋画海外ドラマ吹替声優さんを集めてください」と言われることがあるんです。でも「もしリアルにしたいならアニメ声優さんを集めましょう」というところから言わないとわかってもらえない。

これは私も音響監督仕事にするまで誤解してたんですけど、英語の口の動きに日本語の口の動きでしゃべる言葉を重ねても上手く合わない。すごくオーバーアクトしないと英語吹替に合わないんです。同じように韓国ドラマ中国ドラマに(英語の)洋画吹替声優さんが来て声を当てても合わない。それは韓国中国日本に近い表情や口の動きだからで、そこにオーバーアクトで声を当てても合わない。だから顔出しの俳優さんが、自分が演技している感じで吹替えたほうがナチュラルに見えるはず。それと同じ理屈リアル思考アニメは顔の表情をあまり誇張しませんから精神的な内面の部分で表情豊かに話すほうがリアルに聴こえる。

『正解するカド』音響監督・長崎行男インタビュー「音の部分に関しての統括者」|Nizista (ニジ★スタ) - オタクカルチャー専門WEBマガジン

2018-07-11

anond:20180711211148

好きなものが一緒だったとしても増田女の子内面が同じわけではないからなぁ。。

どうしたらよかったとかじゃなくて、早く切り替えた方がいいと思うよ。就活がんばれ。

anond:20180711153904

レイプしても反抗してこなさそうな感じがロリコンには都合がいいんだよ

見た目だけじゃなく、外見の雰囲気から内面まで想像するのがオタクの嗜みぞ?

2018-07-10

ルール内で周りに迷惑かけず生きていれば安全」が根底であるべき

死刑反対派は「どんな理由があろうとも人を殺してはいけない」なんて内面的かつ宗教的理由根底にあるのがおかし

anond:20180710165802

しかし一方、奥様のその考え方ってのは、奥様が「なにを聞いても絶対納得しない」と内面で決心していた場合、どんな説得も時間無駄だよね。時間無駄であるばかりか「説得チャンスをあなたに与えたのに、説得できなかったあなた責任がある」という一方的断罪への協力予備動作にもなりうるよね。

性能や効能支出金額を奥様にたいしてアピールしたり説得するのって、上記理由でただの無駄に思える。全く同じ意味で、奥様サイドにたったとしてもその説明を求めるのも時間無駄に思える。

ただ単純に「共有財産相談なく使用したことについて」って言うテーマで話し合うほうがよほど有意義じゃない?

anond:20180710110639

ある意味、その人がパーソナリティ披瀝してくれているんだから良かったのでは?誰かからレクチャーされてスマートエスコートを受けて、内面がそんなんだったら余計に辛いし。

話のタネになったのなら儲けでしょ。

ネットにわりとよくいる男性

女が男を顔で選んで内面を見ないから若ハゲキモメンの俺が美女と付き合えないんだと女を逆恨みして努力する気が無い人

どう育ったらあんグロ人間になるんだろう

BLおもしろ

小学生以来でまた本格的にBL作品を読むようになったんだけど、

・男同士でくっついてるから女(自分)がターゲットにならないところが良い。安全から美形の男を消費できるから最高。

自分はかなり外見内面コンプレックスが強いんだけど少女漫画キラキラした女の子を見ていちいち死にたくならないで済む。

ストレスのある描写でも基本他人事として読めるから精神的に辛くならない。

からおもしろい。感情移入して自分を重ねて嫌な記憶フラッシュバックさせずとても安心安全に綺麗な男を消費できるのだね。最高。

2018-07-09

東京まれ東京育ちの俺が田舎生活を求める内面解説する

anond:20180709095054

わいは多分5代くらいはつづく東京まれ東京育ち。23区内に実家があって(両親はもう他界したので)そこに世帯主として住んでいる。とは言え別に金持ちじゃない。上野秋葉原には自転車で30分くらいでいけるけれど山手線圏内に住んでるわけじゃないし、車も所有してない。

そういう割合ベタベタ江戸っ子なおれが田舎暮らしたいなあと思い、実際家を探したり年に10回程度は出かけるわけだが、その内面解説する。

んで、その内面とは、別段移住なんて考えてなくて、もう一個拠点を持とうかってだけだぞ。打ち合わせとか都内であるけれど、幸い自営業で月の大半は自宅作業しても許されるから、どこか涼しいところにセカンドハウスがあれば捗りそうだなあ、ってだけだ。

すごく極端なことを言えば、温泉のある寒村のゲストハウスを月単位レンタルできればいいなーとか、そんな程度の話だぞ。

田舎暮らしの面倒なこと、不便なこと、人間関係の面倒臭さ、義務。そんなものいまやWebで赤裸々に語られているわけでしょ? それでもなお田舎拠点ほしいなあ、なんていうのは、そういう暗黙の田舎要求を全部踏み倒して、自然や静けさや気候なんていうメリットだけを享受するつもりだし、出来る目算があるからだぞ。当然撤退用の後背地として東京の自宅は保持した上での話だぞ。

そもそも引っ越してきちゃって物件土地をもったらそう簡単には逃げられないんだから、その後に条件を後出しして絡め取ってやろう」みたいな発想が、まさしく田舎者の発想だぞ。企業でもそういう所ある。結婚した直後とか家買った直後に海外に飛ばせば断れねえだろうみたいな。田舎はそういうゲス根性に自信持たないほうがいいぞ。「そうなんすかーほなさいならー」って言えちゃうのが現代人だ。

田舎生活に憧れているなーって言う人で、よっぽど浮ついている人は完全移住とか財産はたいてみたいな人もいるかもしれんけれど、大半は俺程度の保険もかけつつの「いいなあ」だと思うぞ。

ネタではあるが

運動睡眠瞑想野菜ってオウムの修業生活と同じなんだよな。

言いたいことは、ヨーガ的なものがもたらすとされている内面生活への志向というのは案外普通の人も共有しているということです。

医療関係者モラル - 看護師倫理教育歴史

https://anond.hatelabo.jp/20180709055614

の続き

 ダニエル F.チャンブリス著、浅野祐子訳「ケアの向こう側 看護職が直面する道徳的倫理的矛盾

 この本は、病院フィールドワークを行い患者医療者に起こっていることを目の当たりにしたことをもとに書かれています目的は「ナース日常業務の中で倫理的問題をどのように捉え、対処しているかを、詳細に、かつ弁護できる程度の一般化をもって記述すること」です。

 第1章は、「ナース世界、すなわち病院は、一般社会とは全く異なる道徳システムを持っている。病院では悪人でなく善良な人がナイフを持ち、人を切り裂いている。そこでは善人が、人に針を刺し、肛門や膣に指を入れ、尿道に管を入れ、赤ん坊頭皮に針を刺す。また、善人が泣き叫ぶ熱傷者の死んだ皮膚をはがし、初対面の人に服を脱ぐよう命令する」といった衝撃的な言葉で始まり、「一般人にとって身の毛のよだつ残酷物語もここでは専門家商売なのだ」と続いています

 確かに病院一般生活とは異なる独特の世界がありますしかし次第にそれが普通のこととして「日常化」され、業務は「ルーチン化」されていきます。チャンブリスはこの「ルーチン化」とともにナース感情は平坦化し、そこで生じる出来事に対する感受性も失われていくと述べています患者さえもそのルーチン化に含まれていきます患者は人としてではなく、一つのケースとしてしか認識されないようになるのです。その結果、ナース患者に生じる多くの倫理的問題道徳的問題認知しなくなっていくのだと分析します。

 しかし、倫理的問題こそナース積極的に関っていくべき必要があるはずです。なぜなら、ナース患者擁護する立場にあるからです。アメリカでも、アメリカ看護協会(American Nurses Association )による「看護師の倫理綱領( Code of Ethics for Nurses)」にそのことが明記されています

看護歴史倫理に関する書籍の紹介

 こういった事実を知っているかどうかで、未来は大きく違ってくるはずです。まずは、女性から看護師だから、そういった犯行は起きない、という偏見先入観を捨てる必要があります

 それどころか、むしろ看護師という職にある限り、必然的モラル倫理的に気が付けば滅茶苦茶な様態になる職だと認識し強く自覚し、教育をしていくことが必要です。

歴史の浅い日本看護職、その虚飾


 根源的には人類共通の「死と病への畏れ」があり、日本においても仏教思想的な浄・不浄・穢れの概念から科学が発達していない時代に、やはり皮膚・血や体液・死を取り扱う医師助産師看護師、洗濯、理髪は賤業と見なされていた。(ヨーロッパでも同様に血を扱う理髪師兼外科医

 それゆえ、日本近代的な専門職としての看護の始まりにおいては、やはりナイチンゲールの「白衣の天使」というイメージを輸入し、キリスト教徒信心深い修道女禁欲規律使命献身と清純のイメージを全面に打ち出し、「聖**看護学校」「聖**病院」「**マリア病院」、はたまた教会修道女の誓い(神との結婚まり禁欲貞操の誓い)を真似た宣誓と戴帽式といった、実際には看護師はキリスト教徒でもなく修道女でもないのにも関わらずそのイメージ一般大衆に植えつけ印象付けてきた。

 中身と行動が伴っていない虚飾はまったくの茶番

 問題なのは日本看護はその上っ面のイメージ形式だけを輸入し、本質的な使命と人間性道徳教育倫理観を輸入し損ねたことだ。欧米文化圏では文化的に刷り込まれているキリスト教道徳価値観倫理観すらも持ち合わせていない日本で。。。

 そもそも現代日本看護教育は、戦時中軍隊式日赤十字従軍看護婦養成伝統をそのまま引き継いできてしまったものだ。

日本では戦後長らく,看護研究に関する倫理問題はおろか,「看護倫理一般についての空白期が1980年代初頭まで続いた.かつて日本看護師には,清楚さ,奉仕精神医師への従順さ,組織への忠誠,規律と秩序の維持等の,専ら内面的な美徳を備えた者であることが期待され,それに応答することが看護倫理であった.しかし,戦後民主主義が浸透し,経済的に豊かになる中で,過去看護師像に対する強い反発と反動日本看護界に広まり,抑圧された過去看護師像を想起させる「看護倫理」そのもの敬遠されたことが,この空白の背景にあるといわれる.その結果,米国では1960年代からすでに看護研究に伴う倫理的課題に対する積極的応答が看護界全体においてみられたのに比して,日本看護界における対応1980年代中頃になるまでほとんど皆無であった.

http://homepage3.nifty.com/cont/42_2/p519-30.pdf


この時期(1951-1966 年)の看護倫理に関する教育内容は、「ナイチンゲール誓詞」などの倫理規定のほか、看護師にとっての礼儀作法、心構え、守秘義務、対人関係など、戦前の流れを引き継ぎ美徳中心であったとされる。

1967 年の指定規則改正では、看護学が基礎科目と専門科目に分けられて体系化がはかられる一方で、「看護倫理」という独立した科目は削除された・・・

この時期(1967-1988 年)には、1967 年のカリキュラム改正前の看護倫理は、看護婦としての心構えや人類愛、使命感、奉仕などの精神性で貫かれており・・・

1989 年に指定規則改正されたが、このとき看護倫理を「看護概論」の中に含むという「注」も削除された。これによって、看護倫理に関する記述指定規則から全く無くなり・・・

1996 年の指定規則改正でも、看護倫理に関して独立した科目は設けられていない・・・

2002 年に出された文科省看護基礎教育の在り方に関する検討会報告「大学における看護実践能力の育成の充実に向けて」(文部科学省, 2002)の中では、人間尊重擁護方法について「看護職者は、対象者治療及びケアを受ける過程で遭遇する具体的な場面で、常に、その人の尊厳権利擁護する立場で行動できることが不可欠である」と述べられている。また、その教育方法についても「学生自身がその意味に深い関心を持ち、看護職者が対象者権利擁護者として機能することの意義を追求できるよう、具体的な看護事象を用いた演習を組むなど、学生同士の討論や患者などの対象者などから学ぶ方法採用することが大切である」とされている。さらに、人間尊重について「対象者立場に立つこと、個人文化背景・価値信条理解意思決定必要情報提供自己決定権人間としての尊厳人権尊重インフォームド・コンセント実践支援プライバシー保護個人情報の取り扱い、セカンドオピニオンの意義などについて」と具体的に言及し(た)

https://www.osaka-med.ac.jp/deps/dns/pdf/zasshi/09.pdf

 プライバシー尊重とか超超基本的倫理についてやっとここ数年になって看護教育の課程に組み込まれただけ、以前は全くありませんでしたとか、冗談かよ、な状態

 恐ろしいことに本来あったり前の守秘義務でさえ、看護師においてはほんの10数年前まで存在してなかったというお粗末さ。

秘密の保持に関する保助看法上の条文は法 制定当時にはなかったが、平成 13 年(2001) の法律第 87 号で第 42 条の 2 として新たに追加されたものである

今の30代以上の看護世代…そしてそういう世代から教わる今の看護師達。

日弁連日本弁護士連合会)も懸念表明

 ところが,我が国には,このような基本的人権である患者権利を定めた法律がない。

そのような中で,今日我が国医療は様々な場面において多くの重大な課題を抱え,患者権利が十分に保障されていない状況にある。

...

ところが,いまだ,患者権利に関する法律は制定されていない。

...

 日本医師生命倫理懇談会による1990 年の「説明同意」についての報告も,こうした流れを受けたものではあるが,「説明同意」という訳語は,インフォームド・コンセント理念を正しく伝えず,むしろ従来型のパターナリズムを温存させるものであるとの批判を受けた。

http://www.nichibenren.or.jp/library/ja/jfba_info/organization/data/54th_keynote_report3_1.pdf

看護師=モラル高い人達」という幼稚な幻想や、看護師が何か問題を起こせば「環境による被害者」という風潮を、周囲やメディアも含めて、煽り過ぎている現状があります

 今日日本では、医療現場のみならず、世間一般の中にも無知蔓延し、患者の当然の権利を「モンスター患者」の一言黙殺しようとする風潮がある、とまで言える。

続く

https://anond.hatelabo.jp/20180709080702

anond:20180709004844

死刑賛成派が基本的感情論ってのは間違ってないけど、『論理的に考えれば、死刑制度肯定できるものではない。』これはおかしい。なぜ「論理的」の絶対的基準が「人を殺してはいけない」なのか。

反対派も感情論しかないってのを抜いて語っちゃだめでしょ。冤罪云々に関しては触れられてる通りだが(ロジックとして甘すぎると思う)、「人を殺してはいけない」「無力化された人間は、いかなる理由があろうと殺してはいけない」はそれはそれで感情論じゃないか

宗教観正義感で、人を殺すのが根源的に悪いことだと認識しているのが死刑反対派。日本人はこの感覚が欠如しているので感覚に合わない。内面的な良さ悪さじゃなくて全体が成立するか、周りに迷惑をかけていないかという基準で動く。「和を乱した者は出ていけ」くらいにしか思えないので、死刑賛成派になる。これを「罪の文化」「恥の文化」といいます。「人を殺してはいけない」と「社会が成立しなくてはいけない」という二つの感情論基準にあって、どちらも論理的に考えた結果死刑反対派と賛成派が成立するわけです。

どっちも感情論しかないのにまるで自分たちが正しいみたいに押し付けてくるEUはクソ

2018-07-08

好きな人に「キモい」と言われると言うこと

中学時代に一目ぼれした女性告白した事があった

その時、相手は困ったような顔をして「少し考えさせて」と返答された翌日、生徒会副会長であり学年女子の中心人物であった女に

「○○があんたに告白されて気持ち悪くて困っていると言ってるの、もう○○に接触しないでくれる?」

教室しかも怒鳴り声に近い口調で言い放たれた・・・・あまりに勢いに驚いたけど翌日から奇異の目で見られるようになった。

その出来事以来、中学の3年間は「キモい奴」と言うレッテルが学年の女子だけでなく男子にまで広まり、黒板消しを投げつけられたり

後ろからいきなり蹴られたりして怒ると「キモい奴が口答えすんじゃねーよww」と中傷されるようになった。

今考えるといじめなのだが当時は「自分キモいから、そんな目に合うんだ」と何となく納得して・・・教室の隅で大人しく過ごしていた。


高校に入ってから人間関係リセットされたおかげで楽しい時期を過ごしたが、唯一できないことがあった。

それが「告白」だ、好きな人がいたけど結局遠くからたまーに眺めるだけ・・・生徒会役員にもなったし運動部でそこそこの成績を残した

影響で充実していたが「好きな人告白をする」が出来ないまま卒業した。

勇気を出そうとすると中学時代自分が頭の中で「おまえ、キモい奴と思われてるのに告白なんてしたらまたサンドバックにされるぞ?」と何度も何度も呟いてきて

どうしても想いを伝えるに至らなかった。どうしても勇気がでなかった。


大学に入ってから恋愛に至っては中学時代自分が頭の中で「おまえ、キモい奴と思われてるのに好きなんて言ったらまたサンドバックにされるぞ?」

と何度も何度も呟き友達以上になった女性は1人もいなかった

大学卒業してから今年で15年・・・・・彼女いない歴実年齢の童貞、もう青臭く「告白」で恋愛できるような年齢は過ぎてしまった。

大人対応を迫られるようになり、ビジネスで性を持ち出すことがジェンダー問題的にまずいと言われてから女性には気を使い男女の認識を消して対応している。

プライベートな話や内面に関わる話はセクハラと言われやすいので会社内では誰と話しても仕事仲間以上の感情は抱かないようにしている。



ふと、仕事の休憩中に好きな人に「キモい」と言われると言うことがなければ今頃隣に好きな女性が座っている人生もあったのかな・・・と思う時がある。

過去の亡霊に取りつかれているのは良くないと思いつつもやっぱり中学時代に受けた仕打ちは大きかった。

成人式中学時代の奴らと出会ったがお酒の力もあり最後は楽しく同窓会を終えたが、俺に「キモい」と言った女は結婚して子持ち、俺が一目ぼれした女性同棲している彼氏がいると

同窓会の席で隣で座っていた元クラスメイト女性に教えられた。なんとなく気になって自分が聞いたわけだがモヤモヤとした何とも言えない感情けが残った。


童貞であることに負い目を感じる事はないけど、1回くらい学生の内に恋愛経験していればよかったなと今更ながら思う。

2018-07-07

せめて普通の顔になりたい

顔がカッコいいからそれに合わせて行動しなきゃいけないと思ってしまう。

内面全然イケメンじゃないのに変に気取って行動してしまう。

しんどい

2018-07-06

ぼんやりと昼食を食べていたら、聞き覚えのある名前テレビから聞こえてきた。

・・・以上7名の死刑を実行しまし『た』」

悪いことをしたか死刑妥当だと思う。ただ、いわゆるオウマーだったからショックだ。

オウムは調べると結構興味深いんだよ。今回死刑になった信者内面にも、共感できるところがあった。

個人的には、宗教を信じるのって馬鹿だな~と思う。

でも、宗教を信じる人の内面は興味深い。

オウムについて調べた時間は、結局は信者内面を調べた時間だった。

それが、ついに、とうとう死んだのかって思う。

anond:20180706121115

たぶん対象人間だったら、やってみたらやっぱり別人だわコレ…ってなるんだろう

っていうか一卵性双生児は(記憶以外)そもそもそういうものだよね

でも犬だと、人間ほど繊細に個体内面や行動の差まで識別できないから、飼い主が「思い出の中のアノ子」像を重ねることで許容できてしまったりするのかもしれない

個人的には田舎の犬なんかで昔あった、「花子が死んじゃったので花子兄弟犬が産んだ子犬をもらってきた」みたいなののほうが、健全な気はする

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