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2021-05-06

anond:20210506120039

それは「間違ったものでも砂糖を振りかけると大衆は正しいと錯覚してしまう」という話であって「恋愛工学が正しかった」という根拠にはならないのでは?

2021-05-05

anond:20210505095525

AI管理職をやってもらって

国や軍や会社とかで効率的に回してもらう

もちろん人間は働くことが出来て

働かない選択もできる

人間が「自由」って感じられる環境AIが作りだし

AI人間管理して支配してくれるのを望む

人間政治家会社管理職無茶苦茶過ぎてな

AIなら合理的に最善の選択をしてくれるだろうから

人間が 「自分達は自由から支配されてない」って錯覚しながら共存してる様な感覚に陥らせて

いい方向に導いて欲しいな

2021-05-02

コロナ対応改憲必要」57%、一理あるかもしれない

コロナ対応改憲必要」57% 共同通信世論調査

https://news.yahoo.co.jp/articles/7ec1d495b848a971128aff7c5fc0dedf1a2c92ee

共同通信社は30日、憲法記念日5月3日を前に憲法に関する郵送方式世論調査結果をまとめた。新型コロナウイルスなどの感染症や大規模災害対応するため、緊急事態条項を新設する憲法改正が「必要だ」とした人が57%、「必要ない」は42%だった。内閣権限強化や私権制限が想定される緊急事態条項新設を容認する声が反対意見を上回った。長引くコロナ禍が影響したとみられる。

ちょっと長めになってしまったので、はじめに要約すると、

改憲なくとも法を生かせば緊急時行政権限をフル活用できるはず、と思ってきたが、過去公害の教訓を思い起こしてみると立法行政不作為が目立つ。

憲法の制約で権限がないのではなく、あっても使わないのが問題だった。そこにメスを入れるには、行政立法指導する上位の規律必要で、「今まさに緊急時シフトチェンジしろ

行政立法に促す仕組みが必要なのでは。それはひょっとすると憲法役割なのかもしれない。

という趣旨


+++++++

改憲の是非でいえば、基本的スタンスはノーだ。

内閣権限強化」、これは橋本行革の結果、小泉政権内閣官房の強化の恩恵を受け、その後、安倍がめちゃくちゃにした経緯から

これ以上の内閣官房の強化などナンセンスだと思うし、

現行の制度運用できないのか?と言われれば、

公害立法歴史を振り返っても、現行の規制権限は決して弱くはない。立法余地もある。

実際60年代から70年代にかけて、深刻化した公害に山ほど立法を制定、70年はとりわけ公害国会などと呼ばれた時代もあった。

そうやって公害を克服しようとしてきた歴史の教訓をみても、現在感染症コントロール問題が、憲法改正でしか解決しえないとは思えない。

から問題はできることをしない、立法不作為行政権限の不行使のほうで、それを改憲論議にすり替えるのはおかしい、という意見も納得できる。

しかし。

それこそ公害の教訓を振り返れば、という話なのだが、

改憲世論が盛り上がるのは、だからこそ逆に、一理あるのかもしれない、とも思う。

もちろん、行政立法性善説に立てば。。という留保はつくが。

というのも、水俣病を例にとって、公害被害を振り返ってみると。

なぜ今日に至るまで長年、放置されてきたか。長年の放置もさることながら、振り返ると、初期の対応のまずさが際立つ。

チッソ工場への排水をやめさせる権限のある水質二法の適用

漁業法による禁止措置漁民への補償食品安全法による有機水銀汚染された可能性のある魚類販売禁止

すべて見送られた。つまりすでに対応可能な法的ツールがあったにも関わらず、被害が拡大した。

こうした行政権限の不行使が最終的に裁判で争われ、最終的に結審したのは2004年

国は高度経済成長をとめたくないがゆえに、規制権限行使しなかった、というのが結論

これは初期の対応が間違っていたことを指摘したものだ。

1970年代公害社会問題の深刻化を受けて山のように公害立法が制定されたが、それ以前の問題として

そもそも1950年代、すでにある水質二法等で権限行使できただろが、という。

法の不備ではなく、繰り返すが、すでにある法を使いこなせなかった行政責任が厳しく断罪されたわけだ。

ここから導き出される本当の教訓というのは、規制権限があったにもかかわらず

なぜ初期の対応がこれほどまでに、被害者をないがしろにしたものになったか、という問題

それは経済を優先した政治意思決定メカニズムだ。

そこには、何か異常な事態が発生したときに、立ち止まって物事を考え直す、

シフトチェンジの仕組みが欠落していたともいえるのではないか

かつて辺見庸は、地下鉄サリン事件の際に、丸ノ内線駅構内で、人々がバタバタと倒れているなか、

通勤している乗客枕木でもまたぐかのように出口へ向かった光景について

日常的なことを目の前にしても、脳が適切に処理できず、

惰性で日常論理で動こうとする「慣性イナーシャ)」が働いているといったが、

ここ一年を振り返ってみると、そういう政治的な意思決定がかなりよくみられた気がする。

この問題解決されない限り、改憲による緊急事態条項検討など、全く意味をなさない。

日本は、意思決定の仕方、会議の仕方を根本から見直したほうがいい。


いや、だけど一方で、

緊急事態条項のようなシフトチェンジトリガーがないからこそ、漫然と経済優先で動いてしまうのか?という疑問も頭をもたげる。

どっちなのだろう。

そんなことを思い出したのは、さっき、尾身会長インタビュー記事を目にしたからだ。

尾身茂氏が語った「マスクを外せる日」「3回目の緊急事態宣言なんて聞く気になれねぇ」への意見 | 文春オンライン

――東京都墨田区長野県松本医療圏など、基幹病院支援に回る地域病院医師連携が回っている地域の取り組みも報じられているが、厚労省は、こうした体制づくりのため各地の医師民間病院に強い指示が出せないものか。

尾身 医師病院に対して国が強い指導力を発揮する英国のような仕組みとは違い、日本厚労省というのは公立民間などさまざまなステークホルダー意向尊重する必要があって、上から目線はいわない。平時はそれも大切ですが、危機局面ではどうなのか。この機会に考えてみる必要はあります

――医療提供体制の拡充やワクチン接種準備で、国民が納得するだけの結果を示せないことに国民は苛立ちを感じている。強権的なイメージが強い菅義偉首相だが、結果を示せない理由は?

尾身 それは政治のことだから、私にはわかりません。ただ、総理大臣は、いろいろなことを今、四方のことを考えなければいけない立場にあるんでしょう。そう思います



平時から非常時へのシフトチェンジ

これが明確な意思決定メカニズムとして組み込まれていないことが、水俣病の初期対応問題もつながっているように思えた。

それを可能にするのは、規制権限の強化と行使、という既存立法行政機構のあり方の、もうひとつ上段の制度として構築する必要があるのかもしれないといえなくもない。

改憲への渇望というのは、案外、そういった視点で考えることも可能ではないかとふと思った。

しかし、憲法踏み込むのではなく、

危機対応専門の省庁を創設する、というのもひとつ方法。非常時のガバナンス体制を整備する。

米国FEMAアメリカ合衆国連邦緊急事態管理庁)、CDCアメリカ疾病予防管理センター)のように。

現在のように、菅、西村田村河野小池、、、、、みたいに

船頭多くして船、山に登る、という問題への処方箋となろう。

そうすれば、現在河野太郎のような感染症素人新型コロナウイルスワクチン接種推進担当大臣として奮闘する、といった話もなくなるはず。

彼はおそらく、急に任命されて困っただろうが、実質やれることを模索した結果、

ロジ担当となり下がってしまっているように見受けられる。住民心配に答えるのは基礎自治体役割だ。

大臣仕事じゃない。本当の危機管理はそういうことではない。

危機管理のプラットフォームができれば、アメリカのファウチ博士のように、

集団免疫獲得に向けた仮説を立て、何%の接種があればOKで、ワクチン効果が切れる前の接種完了を逆算してスケジューリングする。

目的ロードマップ国民に示したうえで協力を仰ぐという、専門家による意思決定ベースとなったリーダーシップ重要だ。

今は「高齢者の接種」そればっか。もっと全体の話をすべき。

ガバナンスの基本は、法、規則基準科学的な予測を明示した意思決定を行うことだ。

これは世界銀行の借用だが、世銀では途上国行政改革支援の際に、ガバナンスを以下の4要素で因数分解して

能力評価している。

説明責任財政リソース)、予測可能性(法的枠組み)、透明性(情報公開)、参加(連携)の4つ。

テーマ出しした瞬間、近年の日本がどの分野でもガタガタになっていることがわかる。

いずれにしても、緊急時ガバナンスの訓練を積んでゆくことが大切で、こうした組織を立ち上げることには意義があるだろう。

現在菅政権は、こうしたガバナンスの観点から落第点であり、

首相が何を考えているかからず、結局、リーダーの一挙手一投足に注目が集まる意思決定となっている。

急に決心して、緊急事態宣言を発出したりやめたりする。このように国民から予測可能性を奪うやり方は国民から自由を奪うのも同然だ。


国民からすれば、知らず知らずに国のリーダーシップ注視せざるを得なくなり、いつの間にかリーダーシップ問題錯覚してしまうが

本当は危機管理はリーダーシップの欠如の問題ではなくて、ガバナンス問題だ。リーダーが誰であれ、ある程度、やるべきこと、基準が決まっていて

どのように対応するかが決まっていること、この予測可能性が確保されることが大切。

国民にとって予測可能でなければ、国民自身計画を立てられず、急に決断されても、ついていけいけない。

水木しげる漫画で、上官が急に玉砕を決心したので部下の大半が付いていけず、結果として敗残兵として生き残った兵士に、すでに全員立派に玉砕したことになっているのだ、として、ラバウル本部が改めて玉砕を命じる、という話がある。日本人のリーダーシップ象徴する話だと思う。)

しかし、一方、リーダーシップ問題は残る。

緊急時へのシフトというのは、なにかしらリーダーとして発動するトリガー必要なのではないか

憲法、というのも、民主的意思決定の根源として、

そこに非常時へのシフトチェンジ記載されることにも意義があるのかもしれない、という考えに傾いてゆく、そういう世論の動きもわかる。

もちろん、そんな非常時に平和ボケして判断の鈍いおっさん首相だったらなんの意味もなさないが、誰かがシフトチェンジを発動しなければならない、

それが立法危機管理のプラットフォームづくりだけでうまく機能しないのであれば、ある意味大統領的な権限を期待する傾向が出てくるのは自然なことのように思う。大統領権限というと、合衆国建国当時まで振り返ると、当時の議論のなかで、リーダー聡明さ(アリストクラシー)というのは、欠かせない条件だったように思う。

日本政治社会にそんなことを期待できるのか、と考え始めた瞬間、改憲には激しく首を横に振らざるを得ないのだが。

そんなことをインタビューの印象として持った。

anond:20210502112455

戦術戦略従属し、戦略政治に、政治経済従属するというわけさ。

相手予測が的中するか、願望がかなえられるか、そう錯覚させることが、罠の成功率を高くするんだよ。落とし穴の上に金貨を置いておくのさ」

2021-05-01

rails終わった感(以前からだけど)あるけど、それをどこ吹く風とrails勉強してますツイートもあって、別世界なのか。そもそもrailsやるって誰に勧められてやってるんだろう。

railsが書かれているrubyが良い言語だと錯覚している頃もありましたが、今ではphp以下だと思ってしまうねえ。

2021-04-30

自分が同じ感覚を持っていると錯覚やす

実体験として、自分一時的にはまっていた自転車にはもうすっかり乗らなくなってしまった。

コロナだとか通勤が車に変わったとか家族が増えたとか色々ある。そこで思ったのは、自分価値観というのは自分だけど決定づけられる要素が少ない、ということ。基本的に周りの環境に合わせて動いている。渡り鳥が風のながれに乗っているのと同じように、自分だけで進路を決められない。風が止んだらそこで休息する必要もある。

そして自分価値観が変わったことを受け入れることが中々出来なかった。だから外部に理由を求めている。価値観が変わったのではない、周りが変わったからだ。でも実際は「外部の環境変化=>自分価値観=>自分の行動」と繋がっている。価値観は揺らがずに周りだけ変わったと思い込んでいる時期があった。


自分の中で確固たる価値観はいくつか存在する。だけどそれ自体が不変だと思っていたらいつのまにか変わってしまっていることはある。

特に消費者としての立場だとそれが顕著な気がする。

ポケモンで言えば、初代からずっとやっているけどシステム面もビジュアルも大きく変わって、だけど飽きが来ている面が強い。それが自分劣化価値観の揺らぎなのはわかっているが、どうしてもゲームに原因を求めてしまう。俺はこういうものが好きだったはずなのに、と。

朴訥な意見だけど、怖いな。

2021-04-29

FC2動画コスチュームプレイコメントでさ

展開上、女キャラが男主人公に精力剤とか渡して手助けしたら

「男を勃たせる女の鑑」

とかコメントする奴いて価値観違い過ぎてびっくりする

 

手助けとかされて俺のチンコきもち~ってなるか?

例えばラストシーンでさ、女キャラ(歴戦の娼婦設定)がわざわざ主人公ディルドー渡さず、

そのままラスボスディルドーぶち込んでくれた方がいいわけじゃん

みんな必死に戦う場面で、手柄を取られたように錯覚するとしたらそりゃ男側の傲慢しかいえん

 

からさまなお膳立てされて喜んで、しかも「男が勃つ」と錯覚するってむしろ

男として恥ずかしい場面じゃないかと思うんだがね

anond:20210429094205

ニコニコ動画ゲームプレイコメントでさ

展開上、女キャラが男主人公武器とか渡して手助けしたら

「男を立たせる女の鑑」

とかコメントする奴いて価値観違い過ぎてびっくりする

 

手助けとかされて俺のチンコきもち~ってなるか?

例えばラストシーンでさ、女キャラ(歴戦の勇士設定)がわざわざ主人公ロケラン渡さず、

そのままラスボスロケランぶち込んでくれた方がいいわけじゃん

みんな必死に戦う場面で、手柄を取られたように錯覚するとしたらそりゃ男側の傲慢しかいえん

 

からさまなお膳立てされて喜んで、しかも「男が立つ」と錯覚するってむしろ

男として恥ずかしい場面じゃないかと思うんだがね

2021-04-27

anond:20210427165845

海外が豊かになったというのなら、実際渡航してみればいいと思いますよ。

びっくりなのはロシアだったね。(トロリーバス撤去できないくらい、今は整理されてなくなってしまったが)

アメリカは豊かだといわれているが、実際には日本と変わらない。

中国は激変した。

東南アジア諸国ミャンマーのような馬鹿はほったらかしにしてインドネシアを中心に急激に変わる。

変わってほしくない白人必死に「GDP!」って連呼しているだけ。

ひどい少子化でがったがたのポーランドもあるというのに。


日本経済的には貧しくなっていないが、トップ層の知能は貧しくなった可能性はある。

それは否定できない。

東大問題東京芸大問題も易しくなってる。

大人簡単に手を差し伸べるようになった。

そうしちゃうと、優秀でも何でもないのに錯覚する子供が出てくる。

このような価値観の変化は無視できない。日本をひずめているのは、急激な社会構造の変化である

ウマ娘魔女裁判ウマ娘対立から現代魔女を指し示す~

人心が荒廃している。

舞台は今をときめくウマ娘だ。噂と嘘が蔓延し、人は疑心と暗鬼に陥っている。

競馬好きと擬人化オタク。彼らは必ずこれからもぶつかり争うだろう。

だったらアレをやるしかない。

魔女狩りだ。魔女狩りだ。魔女狩りだ!!

これから毎日魔女を焼こうぜ。

誰が悪い?魔女だ。現代怪物だ。

悪意をばらまく魔女を見つけなければならない。

人の心を弄ぶ魔女を磔にしないと明るい未来はないのだから

大きな魔女も小さな魔女も、魔女は全員炙ろうぜ。

そもそも何が悪い

競馬好きが?オタクか?違う。彼らを不幸にした人間がいるはずだ。

それを魔女呼称する。悪意の有無ではない。

力がある者が魔女だ。人の心を惑わすことで生きながらえる存在魔女だ。

それを焼くべきだろう。そうすれば平和になるのだ。

彼らはただ、あるがままに生きる羊であって、生贄なのだ

ならば、流行を憎み、彼らを煽る荒らし魔女なのか。

違う。

もっと根源的な悪魔がいる。

俺が魔女を指し示す。

クリエイターだ。

文字描き絵描きに類するやつらだ。

奴らこそが魔女である

表現者は全て魔女である

俺こそが魔女である

全ての表現が悪である

生きる世界が違う人と人はわかりあえない。

幼稚なオタクは、大人世界では生きていけない。感動できない。

だが、二つの世界を同時に理解できる者がいる。それが魔女の正体であり、つまりクリエイターである

本来感じ取れなかった世界世界翻訳し、人と人を繋げる。

これこそが現代の黒魔術の正体であり、悪である

競馬はただ昔から競馬としてあっただけなのに、突然翻訳されその世界を晒された。

からこそ、衝突が起き、だからこそ平和は乱れた。

この翻訳行為こそ、人が憎まねばならないものだ。

表現とは詐欺である

この世には鬼や呪いなんていないのに、それに立ち向かう人の話に感動させる。詐欺だ。

ノマドなるもの錯覚させ、大地を無意味に讃頌する。詐欺だ。

とっくに死んだ馬を人にして、まるで彼ら彼女らが楽しそうに生きているように見せる。

これも同じく詐欺である

そもそも表現というものは、人間共感能力なる欠点を利用した詐欺である

価値なきもの価値を錯誤し、繋がるべきでなかった人と人を繋ぐ。

これこそ、現代の黒魔術なるものである

人は人の思いを知ることなどできないのに、それを出来るかのように錯覚させる。

それが全ての原罪である

魔女は焼かねばならない。クリエイターなるものは全て焼かねばならない。

本を燃やせ。フィルムを燃やせ。歌を殺せ。それらを支える組織を焼き討て。

表現者を全て焼かねば平和はない。

から、全ての表現をしうる智者は埋めてしまうのがいい。

眼鏡をかけているなら魔女だ。手が綺麗なら魔女だ。

笑ってはいけない。泣いてはいけない。人に何かを伝えることは悪になりうるのだから

純朴なる無知けが正しい人の姿だ。

出来ないな。

だが、わかる日が来る。表現者なりし詐欺師あるいは魔女

全て焼かねばならぬ日がくるとわかるだろう。

インターネット怪物を作り続けているのだから

誰しもが魔女になりうる時代が来てしまったのだから

孤立沈黙無知こそが真の救いだと気づく日が来るだろう。

から、まず手始めに、俺を吊るすと良いのだろう。

2021-04-25

「知らない」ことを恥じるあまり

自分の知らないことを言われると攻撃されたと錯覚する人いるよね。

まぁそれでキレるくらいなら最低限勉強しといてくれとは思うけど。

普通に聞いてくれればそれで済んでくしマイナス要素にもならないのに

こっちの性格破綻してる前提で身構えられるとどうしようもない。

2021-04-24

すげーどうでもいいことなんだけどさ

嫁が帰宅して台所見て「食器洗ってないじゃん時間あるだろ洗っとけやカス」って怒られたら断固拒否するけど

あえてそういうこと言わずに俺が台所食器持っていくとき食器貯まってるじゃん…俺が洗お…」ってなって俺が洗うのwin-winじゃね?


だって、俺は「家事手伝い出来てwin」かつ「台所キレイになってwin」で

しかも嫁からすると「バカな男を誘導して家事やらせwin」かつ「台所キレイになってwin」じゃん?


いや分かるよ?女子本来の言い分は。

本来、50:50であるべきであるところを100:0の現状、夫を誘導してようやく90:10になったところで。

 しかもそういう誘導をするコストはこっちが支払ってるから実質95:5じゃん」

っていいたいのは分かります!分かるよ。


でも、その場合であっても相手(男)も幸せになってるって事実あんの。

50:50だと、不幸を分かち合う的価値観じゃん。

50:50ってつまり-100を-50:-50で分かち合おうぜ!って価値観じゃん。

でも「相手誘導する」って方法だと、むしろwin自分から生み出すという自発性を促す」という意味で、win(プラス)を増やすという世界になるの。

だって実際、俺が食器を洗うのは俺の自発性のなせる業(現実で言えば「嫁が俺を誘導した事態ではある」が)だし、

そのうえ台所キレイになるのは俺にとっても嬉しいし、それを誘導させた嫁にとっても嬉しい事態じゃん?


まり100:0だったのが90:10誘導コストで95:5、と嫁は思うかもしれないが、

現実は、「お互い嬉しい事態自分から導いた」という錯覚のおかげで、85:-5くらいの結果(win-winのおかげでお互いに-10される位の結果)になってるのよ。


うん、嫁からみたら全然満足できる事態ではないのは分かるよ。でも俺からしたら90:10よりずっと嬉しい。

そうすると男の俺の方からも「もっと手伝ったほうがいいかな?」ってポジティブ気持ちも生まれうるじゃん。多分。

女性には本当そういう誘導をお願いしたい。それってwin-winじゃん。まあ俺嫁いないけど。

anond:20210421204641

「LIZとLITA(KMNZ)」「花譜」「叶」「葛葉」「緑仙」辺りがそうだけど、文字数少ない方がスタイリッシュでかっこいいのはある。女性Vtuberだと音楽系はそういう名前多いイメージあるけど、まあ男性の方が「かっこいい」は求められやすいだろうな。

あと「電脳少女シロ」とか「甲賀流忍者ぽんぽこ」とか「ロボ子さん」辺りは流石に人気Vtuberだろと思うので、上記以外の例に何か法則めいたもの見出ししまうのはただの錯覚かと。

2021-04-23

いじめがあるのは田舎だけじゃなかったのか

https://www.kanaloco.jp/news/social/article-478494.html

このニュースことなんだが、神奈川だったら十分都会だと思うんだがひっどいいじめが発生してるじゃん。

北海道いじめニュースだと田舎陰湿さがどうこうってドヤ顔で言ってたのに、実態はこれかよ。

あれか? 東京じゃないかノーカンってやつ?

それか首都圏大学生は大半が地方出身者だから俺達は関係ないってか?

またそうやって「あいつらだけが特別邪悪だったんだ。自分達には関係ない」って切断処理して、解決した気分になるのか?

ぶっちゃけ田舎と都会でいじめの発生しやすさなんて変わらんだろ。

学校みたいに、外部の目が入りにくい閉鎖的な環境はいじめが起こりやすく深刻化しやすいんだよ。

いじめを初期段階で止めるには外部による監視の目を光らせる必要があって、そういう対策必要なのは田舎学校も都会の学校も一緒だ。

いじめ加害者特別邪悪だったかいじめエスカレートしていく訳じゃない。

人間は誰しもそういう邪悪な面を持っていて、自制ができなくなればあっという間にエスカレートしていくんだ。

そして外部の目が入らない閉鎖的な環境では人間の自制心は機能しにくくなる。

いじめ被害者にしても閉鎖的な環境では自分に逃げ場などないのだと錯覚しがちだ。

こういう閉鎖的な環境開放的で風通しの良いものにするには、監視カメラの設置などに頼るだけでなく実際に人が行き来する機会を増やす必要があると思う。

地域住民卒業生を授業に特別講師として招いたり(すでにやってるところは頻度を増やす)、運動会文化祭などのイベント地域を巻き込む形で開催したりして生徒が接触する大人の数を増やす

場合によっては学校間で生徒を定期的に入れ替えたり、大学の授業に小中学生を参加させてみたりといった大きな範囲でのシャッフル必要かもしれない。

当たり前だがこういう人の移動や交流を伴う対策は、新型コロナ対策とは非常に相性が悪い。

しかし新型コロナ対策によって閉鎖的な環境が生まれやすくなっている事を鑑みると、こういった対策を並行して行っていく必要があるのだと俺は思う。

2021-04-20

マッチングアプリガチでやめとけ

https://anond.hatelabo.jp/20210420160813

マッチングの数が少ない状態で誰かと付き合うと妥協感が否めず好きになれないし、たくさんマッチングしても今やりとりしている他の子もっといい子ががいるのでは?とか考えてしまってもっと顔がかわいい子を探し始める。

マッチングアプリは恋愛大前提なので男女どちらも最初のウケを気にしてしまい取り繕ろったとこからスタートする、なので性格がいいとかで判断するのは無理。共通点がかなりあるとかでも顔がタイプじゃないと、他を優先してしまうようになる。

この人しかいないみたいな出会いは本当に稀だし、マッチングアプリではそんなことはまぁ聞いたことがない。

そんな出会いがあったとしてもそう錯覚してるだけ、相手とかかわっている時間が少ないんだからそうゆときは大体顔で判断している。

                                                  

さらさらに、ユーザーは圧倒的に男性が多く、ワンチャン狙いの人やいいねを沢山消費してマッチングをしようとする非モテ男性が多いため女性側は3桁いいねをもらえるのは当たり前。

比較対象が増えることでちょっとのヘマでも即ブロックする女や、並行して誰かといい関係を築く横暴な女が完成するし、そもそもいいね確認できていない女性が多い(かわいくて人気の人なら特に)。あと多数の人からメッセが溜まることで見るのが億劫になって開きすらしなくなる人も多い。(無料から

こうなると可愛い子とは会うことはおろか、マッチングすら難しい。会えたとしても比較対象が多いし強すぎるせいで完璧を演じなければならない。もうほんとに疲れる。

                                                  

マッチングしないことで嘆いている人が浮上しがちだけど、それなりにマッチングする人でもかなりキツイところがある。

疑心暗鬼になったり、他人比較したり他人比較したりするようになるのでメンタルもやられるし性格も悪くなる。

そもそもマッチングアプリの構造が悪いんだけどここまで流行ったら簡単には変わらんだろう。

                                                  

マッチングアプリはゲーム感覚だったり、身近で作るとめんどくさいことが多いと思う人にはおすすめだけど、まともな恋愛したいならやめといたほうがいい。コミュニティにでも入って作ったほうが例え可愛くなくても楽しいと思う。

俺はマッチングアプリのせいで恋愛がわからなくなった。ちな、いいね300稼いだからこの意見は割とまっとうだと思う。

日本人子供である理由

異様にきつい反発心を持つ性格は、自分自身の自立しきれていない子供の内心が外部へ向かって反発している様子を現している。彼は他人から自分領域と切り離して自分を保とうとするが、肝心の自分とやらが脆弱なので内心はいつまでも不安定なままでいる。故にこの内心子供バランスを保つために自他に設けられた境界に対して更に上下を設け、見下したり劣等感を感じたりする。こうして外部と比べる相対的自己しか見ない自分形成される。

一度こうなると外面的な自分を強化するために様々な鎧を纏うことになる。金が一番で持たないもの馬鹿にする、美貌を自慢して男を振った数を自慢する、学歴自慢、その他たくさんの自慢。こうして肥大化して膨れ上がった鎧は自他ともに立派に見えるため、内心の子供はますますやせ細って心細くなり、その弱さのカバーのためにさらなる鎧を必要とする。鎧は重たいので自重に耐えきれなくなり、ある人は病み、ある人は本心がわからないお化けのような人間に成ってゆく。自分子供であることが理解できない人間尊大さそのもの自己である錯覚させて平安を保つので、その余波を受ける周囲は彼が設けた上下にはまり込んで嫌な思いをする。相手は落ち込み、苦しみ、怒る。こうなると誰も救われない。

彼は正しい指摘を受け入れられないし、自己認識尊大側によってずれ込んでいるため、正しい指摘を持てずに本当の自分を主張して一向に自らを省みない。顧みないというより顧みたくないし、塞げるならば耳をふさぎたいとすら考えている。一秒でも真実自分を見てしまえば、いたたまれ叫び声すら上げてしまいかねないからだ。そうなることがわかっているから、真実を追求された尊大は焦る。尊大なる自分は、こちらが自分なのだ、破られてはならぬ自分なのだと考えて焦る。そして一方ではこんな自分を壊してほしいと懇願すらしている。

しかしこのような頑強な城壁や鎧を持つ人物を壊してしまうことは難しい。何故なら彼はほんとうになにかの分野で実力の鎧をまとっているし、それを指摘したところで彼の自尊心は一向に崩れない。尊大は増すばかりである。彼に救いはないが、救いはないという言すら彼は嫉妬として一笑に付してしまうだろう。

このような錯覚自己を強化する心理を持つがゆえに、多くの大人子供であると言いかえることが出来る。少なくとも日本人の8割は子供だ。

※数人へ――海外経験などないので語るすべを持ちません。

クズさん、これ追記したの見えませんかね……? あとひろゆきは大嫌いです。

2021-04-17

anond:20210416160927

すげえ読みにくい

他人ダメ出しが多い人って何故か常に選ぶ側に立っている、と錯覚してるけど

本人が選ばれる側だとすれば単なる嫌なやつなのに

なぜそれに気づかないのか

という意味かこれは

2021-04-16

勘違いセクハラおじさんの気持ちがわかった気がする。

今朝、エッロい夢を見た。

職場の同僚の若い女職員二人と性行為をする夢だった。エロコンテンツかくのごとし、いきなり正常位にて生で挿入行為を行っていた。

そのうち一人のいかにも処女っぽい女性職員はやはり夢の中でも処女で、膜があって入れないのでやめておこう、ということになった。

もう一人はスムーズに入れた。何回かぱこぱこして、そこで夢は終わった。二人とも嫌がってはいなかったし、なんならベロチューしていた。

なぜあんな夢を見てしまったのだろうか、と朝起きてから考える。

特段、仲が良い、ということはない。そもそもラインなどの連絡先もしらない。業務時間内外でプライベートな話をすることがない。こちらは既婚者でもある。

どちらかというと仲が悪くないと、こちらとしては考えているが実際に相手がどう考えているのかはわからない関係、というのが客観的事実であろう。なぜあんな夢を見てしまったのだろう。

しかるべき時間をかけて出た結論は、自分相手に対する好意量と、自分が想定している相手自分に対する好意量が一定に達したと脳が認識すると、その親愛の情が性行為という形で昇華されてしまうのではないだろうか、というものだった。

というのも、上記の該当する女性職員達とは、最近、ほんの少し、心の距離が近づいているような実感があったのだ。

できるだけ人を傷つけたくないか他人距離をとっておく自分のような人間にとっては、些細なことでも敏感に感じとれる部分がある。(無論、錯覚もあるかもしれないが、だからといって、その実害が現実世界上で現れることはないのだから、この錯覚に対するツッコミは許して頂戴)それは、物理的な距離の近づきだったり、こちらが向こうに便宜をはかってあげた回数だったり、なんとなく同じ空間に居る時の空気の緊張感の低下、今までは断りがあった案件言葉無しで進んでいく省力感など、本当にくっだらない些細なチリのような積み重ねである。これは長期間にわたる関係なら必ず生じうる事柄である

それだけで、ヤっていいし、なんなら喜んで受け入れてくれると深層意識下では勘違いしてしまったのだろう。

この潜在ちんぽのむき出し発想は本当に怖い。生物としての本能なのだと思う。

そういえば、過去にも似たような関係性で別の女性職員と致してしまうことがあった。

しかるに好意を持たれている勘違いして嬉々として物々交換的発想でヤってしま性的暴行加害者たるセクハラおじこと、恥知らず性犯罪者達も、同様の発想ルーチンを使って、大なり小なりの行為に及んでしまうのかもしれない、と考えた次第であります

これが男性の大多数におけるデフォルト設定なのだとしたら人類存在絶望しかない。深層意識下の本能に対して、人類が付加せんとする更生や矯正措置など、何の意味も持たないであろうことは明らかだからだ。

皆さんはどうですか?(ふるえ声)

2021-04-15

力が物を言うこの世界

本当は自分みたいなザコに思想の自由なんて有るはずもないところを

特別に国のルールで認めてもらってるわけで

ならそれ以外の全てのルールに対しても誠実でいるべきだと思ってるんだが

自由ばかり主張してルールを守らないやつは自分個人国家レベルの力があるとでも錯覚してるのか・・・

2021-04-14

なぜ「女性の方が恵まれている」と感じるのか。

女性の方が恵まれている、男の方が割を食っている」と感じている男がかなりいることは、近年SNSなどで可視化されている。

断っておくと、政治経済などのマクロレベル女性差別されているのは間違いない。これは強調してもしすぎることはない。

では「女性の方が恵まれている」のは、なんの根拠もない言いがかりなのかというと、そういうわけでもない。ミクロレベルでは、女性の方が恵まれているように錯覚する要因が確かに存在するからだ。

1. 恋愛市場

 恋愛市場においては、女性が選ぶ側で、男性は選ばれる側なっていることが多い。恋愛漫画や恋愛ドラマねるとん系の恋愛バラエティ番組ほとんど全てが「女性男性を選ぶ」という設定になっている。選ばれる可能性の低い男性からすれば、女性恋愛の決定権があるように見える。

2. 消費文化

 グルメ旅行ファッション広告サービスは、圧倒的に「女性向け」につくられているものが多い。テレビでよく紹介され、とくに最近増加しているカフェ雑貨店は完全に女性向けで、中年男性が一人で訪れるようなものではなく(かつての「喫茶店」はむしろ中年男性向けの雰囲気だった)、むしろ「小汚い中年男性」が決して近づかないような雰囲気になっている。男性向けの消費はあったとしても、車のような高額なものばかりで、金のない男性からすると女性が中心の消費の場から排除されているように感じる。

3. 家計

 結婚している男性の大部分も、家計の財布は女性が握っており、少なくとも日常的な買い物や消費に関しては、男性の決定権は小さい。このことは、上述の消費文化女性中心主義にも大きく影響している。

4. 非正規労働

 確かに正規労働世界では、マッチョ長時間労働飲み会文化などで女性排除されている。他方で非正規労働世界女性が主流で、非正規公務員などの事務仕事については完全に女性が独占しており、男性非正規身体負担が大きい3k労働に限られている。そして残念なことに、パート主婦非正規中年男性に対する侮蔑感情を持っている人は多く、パート主婦の多い非正規仕事につくと、かなりの確率いじめに遭う。

2021-04-12

anond:20210412125703

それはアンカリング理論ですね。

「A」「B」「A+Bのセット=値引き価格」の場合価格順に並べると

「A+Bのセット=値引き価格」>「A」>「B」

で、値引きセットが一番高くなってしまう。そこに値上げセットを加えると・・・

「A+B=値上げ価格」>>「A+Bのセット=値引き価格」>「A」>「B」

となり、値引きセットの値引き感が強調されることになる。

人間は、最初提示された価格や、一番高い価格、目立つ価格無意識に参考にして高い安いを判断しがちという。

同人誌なら、イベント会場で売るときは、

2000円の同人誌の隣に、600円の同人誌を置けば安いと錯覚されるかもしれませんね

2021-04-10

anond:20210410104353

ネットがやっかいなところ、100人しか支持者がいなくてもその100人がすんげーうるさいと、世の中の数割が支持者かのごとく錯覚におちいる。

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