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はてなキーワード: 押し付けとは

2018-01-16

感謝ができないなら人間やめろ

って言われた。実父から

曰く、感謝対象には相手気持ち推し量った立ち回りが必要だそうな。それがわからないなら幼いんだと。

私は昔からずっとモノに興味をもって人を見ずに生きてきた。人の心を量ることは苦手な人でなしだ。世間人間は人の心が読めるのだろうか。

私が世話になった両親にしろ友人にしろ会社上司しろ、彼らが何を望んでいるか、皆目わからない。読み違えたまま行動に移すと途端にお互いがありがた迷惑押し付け合う悪しき文化が生まれしまう。だからどう感謝してほしいかを口頭で確認しなければならないと思っていた。

感謝とは感謝する相手が何をしてほしいか推し量り、相手のいいように立ち回ることなのだろうか。他人真意なんてわかるわけないのに。感謝が何かわからない。

私は感謝ができない。人でなしだから

人でなくなるのも良いかもしれない。

修行を積んで神になるか

anond:20180116161235

いっしょに道を歩いてるときに「はいお前はみだしたから負け~」って言い出す奴

なにが悪いの?

お前がそれを幼稚と評価するのは自由だが俺に押し付けるな低能

anond:20180116133151

俺の本当の気持ちはな!みたいな声がデカくて親切ぶっただけの押し付け偽善者は逆に迷惑なんだよな

2通りの人間

優秀なのであらゆる方向からあらゆる仕事押し付けられ、キャパティ超過に陥って死ぬ人間と、無能なので目の前の些細な仕事をいつまで経っても終えることができず、最終的に死ぬ人間の二通りがいる

2018-01-15

メンタルトレーニング

俺の中では済んだ事だから切り替えて次に行こうとしてるのに

わざわざ引き戻そうとしてくる奴がいる

俺だけの責任じゃないと考えようとしているのに俺の責任にしようとしてる

他人評価を気にしないようにしてるのに

わざわざ「お前の為を思って」と自分価値観押し付けてくる

こういう時にイライラしてる自分を見つめて

「なぜイライラしてるのか」を考えるようにしてる

そして「なぜあの人はこんな風に言ってくるんだろう」と思うようにしてる

怒り

どうしようもなくムカついたりイラつく事柄があって、それは理由とかはどうでもよくて単純にそう感じてしまうことだから仕方が無い、という側面がありますよね。

感情理由をつける場合解決手段模索する時のみそれが適用されると考えれば、とにかくどうでもいいからムカつく、と簡潔に述べていればその事についてはこじれずに済むと思っています

例えば相手が、それ考えは間違いであり、こちらにもこちらの理があるので正せ、というのであれば、両者共々折れるか戦うかするわけなんですけどそこで戦う事を選んだ場合理由必要になってくるわけです。

あくま平和解決若しくは健全事態収束、双方の納得を考えた場合必要不可欠になるもの理由であって、その内容が不健全であったとしてもどういった経緯で不快感情を感じてしまうのかを道筋立てて説明できなければならないと考えられます

現象には原因が必ずあり、それは感情にもハッキリとあることだと思うのです。

全てを説明する必要はない、相手がわからないのが悪い、と言ったコミュニケーションの隔絶、対話に対する拒絶等は片一方の確定的な「折れ」として扱うことが出来ます

現象によるストレスの発生にプラスしてもう一つのストレスを生むわけですがこれには相手ストレスを与え、行動の抑制を促す効果を期待して行う事が大きく、いわゆる野性的な威嚇とも言い換える事ができると思います

こういった野性的な威嚇はそこいらでよく見かける事ができます。様々な事柄を包括したコンテクスト押し付け等の不透明ルールに基づいた他者排他する行動は非常に労力が少なく、かつ成功したモデルケースが多ければ多いほどこの「野性的な威嚇行動」を選択する機会は増して行くと思います

そういった「野性的な威嚇行動」をより多く取るようになった人がモデルケースの少ない個人的かつ普遍的ではない嫌悪感を抱いた時にも「野性的な威嚇」の選択をとってしまうのではないでしょうか。つまり先程述べた通りの対話の拒絶が起こるわけです。

相手にみてとれる「対話の拒絶」状態は片方の健全事態収束を望む者にとっては、地獄に落とされたような気分の落ち込みを与えます。また、拒絶された側も相手を拒絶する「野性的な威嚇行動」に移るケースが多いと感じます。水掛け論、論点のすり替え相手が折れるまで続く無意味かつ徒労を感じる罵倒応酬、これらは全て威嚇行動です。

先程述べた「威嚇行動」と別の平和解決とは、結果的に全てを無に帰す事を目指す行動です。また労力に見合った結果に終わる事は、現象における規模によって変動していくと考えられます

また、解決とは折り合いを付ける場合にもそう呼びます。つまり現状に変化は無く、両者が状態を飲み込む事で解決とする結果です。これには不完全な箇所が多数あり、根本的な原因の解決が済んでいない状態ではありますが、原因の所在が明らかになっている状態にあります。両者に認識齟齬はあるはずですが、自身改善を促し問題の起きるキーのものを消化する可能性をもたらしてくれます

私が言いたい事は、話す気が無いように取れる一方的かつ単純で攻撃的な発言を見るとクソむかつき倒してしまうし目にすると気分を害するので消え失せてくれダボ共、くたばれ糞袋人間ゴミ世界中の全てありとあらゆる生命ある物質から愛と称される施しをうけること無くすみやかに死を受け入れ、余生を享受する暇もなく地獄無限落下し続けるその様はまるで薄汚い腐った豚の腸、見た者は顔面蒼白になり路端で嘔吐あわや蛙の如く胃ごと吐き出す始末、阿鼻叫喚地獄絵図、百鬼夜行悪鬼羅刹魑魅魍魎、南無三、神様仏様、織田無道様、御心のままにどうか私をお助けくださいませ、永遠に続くかと思われた地獄の果てに待つは地獄、これが無限地獄なのかと気づく頃には自失呆然五里霧中意識は散り散りになり脳のシナプスは煙をたちあげ体は爆発四散雲散霧消あっぱれ、さようなら現世さようなら天国永遠とは苦しみの中に見つけたり、想像を絶する、人智の外から来たような苦しみを味わってほしい。よろしく。

『プレ花嫁

プレ花嫁とか使う人への嫌悪感が半端無い。

ツイッターで“こんな幸せな私って!”みたいな感じを出しまくっているが、

それ、わざわざ人に伝える必要ある?

所詮自分幸せインスタ映えみたいな位置づけなのだろうか?

押し付ける感じがどうにも…ねえ。

成人式振袖着るのをやめないでほしい

例の倒産事件から派生して、そもそも成人式振袖を着る事自体分不相応なんじゃないか、見直すべきなんじゃって言う人を少数ながら見かける。

華やかでお金がかかり過ぎて、お金が無い子がバカにされたりミジメな気持ちになるんじゃないかって理由だった。

私はまさしくお金が無くて振袖が着たかったけど着られなくて、少ない給料なんとか貯めて写真だけ撮ろうと思って写真館予約したら予約が漏れてて(店側のミス)、

しかもその時最初対応した店員がとにかく最低な対応をしてくれたせいで成人式は本当に最低な思い出になった。

当日なんて色々思う所あっておんおん泣いた。式はおろか一歩も外に出なかった。

でも、だからってこれから成人する子達に振袖を諦めてほしくない。

勿論着たくない子が着ないって選択をするのはかまわない。そういう子に振袖強要するのもやめてほしい。

でも着たい子には着てほしい。惨めな気持ちなる子が居るからって、できるのにやらない選択肢を取らされるなんて可哀相だ。

人生不公平なのはどうしようもない事だから本人が割り切るしかないんだよ。それを他人押し付けるなんてそれこそ成人の振る舞いとして相応しくない。

浜田黒人問題は、欧米人が果たさなければならない(キリッ)と感じている罪の意識勝手日本にも当てはまる問題として押し付けている現在の影響で生まれものな気がする

かに日本人黒人差別過去にしたかもだけど欧米人ほどガチってないわ

あいつらは論理的に正しいかマジョリティ得られれば何事にもガチから駄目

ガチったときは最終的にいい結果を得られないことを学習しろ

人生なんて夢幻ぐらいの扱いにしとけばいいだろ

anond:20180113160120

しがない編集者です。漫画担当ではないですが、1枚絵の発注は時折やっています

あなた文章を読んで身の引き締まる思いになったのと同時に、少しだけ伝えたいことがありはてなアカウントを取りました。

朝のちょっとした時間で書いてるので色々アレだと思いますが、ご愛嬌ということで……。

あなたに声がかかった理由、「育てる必要がなくてラクできるから」ではないと思います

こっ恥ずかしい言い回しをすると「あなたに原石を見た」から、その人たちの多くは声をかけたのだと考えます

例えていうなら、プロ野球Jリーグスカウト担当者アマチュアや実績の少ない選手に声をかけるとき

彼らはある一定水準や強化方針に沿う選手に声をかけていきますボールをまともに扱えない選手にはもちろん声はかかりません。

でも、スカウトした選手即戦力になるとはほとんどの場合思っていません。

その才能が持つ可能性を信じ、育成していくこと前提で動いています

編集者新人の方に声をかけるときも構図としては似ています

ある程度以上の技術的水準やアイディアがあるのは、声をおかけする上で最低条件です。

編集者会社に従ずる立場である以上、「俺はこの才能に惚れた! だから一緒に仕事をしたい」と言い張れるだけのクオリティの持ち主だということを、こちらも周囲を説得するうえで提示しなければならないからです。

そのうえで「この才能をもっとみんなに知ってもらうためには? もっと作品世界を魅力的にするためには?」を考え、作家さんと二人三脚で育ち、歩いていくのが本来編集者の姿だと思います

まり編集仕事と育成は切り離せない。特に漫画ノベルといったクリエイティブ領域では顕著だと思います。立ち止まったら時代に取り残されますから

そして”本来”と含みある言い回しをしたとおり、そうではない編集者一定数いますし、確かにその総数も増えています

多くの方が察している通り、業界全体が下火で余裕がないというのもその一因でしょう。

元気がないから余計に雑になる。実際、いろいろ歪な業界だと思います。熱意ある人ほど報われてないように思うこともあります

話をきく限り、あなたが当たった編集者はやっぱり「ハズレ」なのでしょう。

二人三脚意識がない、作家あってこその編集だと理解していない、自分目的作家のゴールにすり替え押し付ける……

「絵が下手」なんて子供でも言える悪口しかないのだから、そこで止まっている人間プロじゃないので切って正解です。

問題点に目を向けた上で「どこを意識すればより魅力的になるのか」とか「現状の絵柄を個性として受け止め昇華させていく方向に舵を切る」判断を、明瞭かつ論理的説明をもって、相手のことを最大限思いやった上で提示するのが編集者仕事です。

それができないならただの口うるさいハイエナだ。

ただ、すべての人があなたの見てきたような「ハズレ」ではない、ということを知ってもらいたいです。

あなたの才能や世界に心底惚れて、その手助けになりたいと思って声をかけた方も、きっといるだろうから

anond:20180115010033

よこだけど

互いに匿名増田の前提でどちらか一方が特権的にしてる話じゃないのに何で人に自分ルール押し付けてるの

責任を持って争いたいならIDか割っチョイか実名サイトでやればいいのに何で相手さんだけ悪い話になってるの

2018-01-14

ドヌ―ヴ文書の訳に関する堀茂樹さんの言及コメしたら…

1) https://anond.hatelabo.jp/20180114045429 文書訳についての堀さんの解説(訳したのは私ではない)。

2)これに以下(2)のようにコメントした。

3) そしたら間もなく、twで次のような発言をなさった。https://twitter.com/hori_shigeki/status/952471781528367104 

4)これが私のことを言っているのか分かりませんけど、その可能性を考えてお応えを書きました(4)。

でも、まさか、そんなはずありませんよね。堀茂樹さんのような方が、根拠も示さずいきなり人をバカ扱いするような傲慢な真似をされるはずありません。(*^^*)

ちなみに私は、自分の頭がいいとは思っていないし、ドヌ―ヴ文書を「こきおろす」つもりもありません。

悪い頭で一生懸命考えて、この文書必要明解さや整合性に欠けている、と判断し、それを筋道立てて提案しました。それだけです。

また、文書執筆し、発表した女性たちの勇気には敬意を感じます

2.おっしゃる通り、「la galanterieギャランリー」には、ドアを開けてあげるなどの女性への「礼節」と誘惑の両義がありますが、それでしたら、この語を「女性に対する慇懃な振る舞い」とか「レディーファースト」と訳すのも誤りですよね。これだと、日本人にとっては「ドアを開けてあげる」「席を譲ってあげる」などのイメージしかなりません。それを男性優位性にのっとった攻撃批判する極端で過激フェミに、ドヌ―ヴたちは反対しているのだ、という印象を与えますが、これは不公平です。もっと曖昧に「女性に対するお作法」でどうですか。それか、注でもつけて説明するしかありません。ところで、「そこにごく淡い艶(つや)が伴っていれば」の「淡い艶」って何ですか?ドアを開けながら、女性をじっと見つめることですか?「あなたれいですね」とボソっという事ですか?どちらも下心がないとは言い切れません。他人が書いたもの理由にその人を褒めたり、貶したりする前に、テキストをじっくり読まなければならないとも思いますが、そもそもこのテキストはもともととても曖昧で、整合性に欠けたものです。多くの語義が曖昧で、何が言いたいのか分からない。いくつもの主題がとびとびになり、また混合し、一貫性があるのかないのか分かりません。彼女たちの判断を示す文がどのようなニュアンスを含んでいるのかも曖昧です。部下や自分学生の膝を触ったり、唇を奪おうとするのは、「女性に対する慇懃な振る舞い」なんですか?「男尊女卑的な攻撃」なんですか?最も重要なのは、それぞれの言説がどのような現実還元されるべきなのか、という断定ができないことです。それというのも、執筆者たちが具体例を挙げていないからです。だから、それぞれの読者がめいめいにそれぞれの現実還元して、擁護したり批判したりしているのです。そして、日頃フランスで性暴力やしつこい誘惑に悩まされている女性にとってはかなりの確率自分達を傷つけるテキストです。このテキスト痴漢の件は、バスで裸の男性器を押し付けられ、2年間バスに乗れなくなった人を傷つけましたし、嫌だと言っても追いかけて来る半ばストーカー的なフランス風ナンパ擁護しているのではないか、とも危惧させます。これらを、職場上司業界権威者自分先生にされる時はまた格別に深刻です。フランスでは客や、自分学生大学でも高校でも)、部下を口説くことって大して問題視されてこなかったですから。ともあれ、このテキスト不明瞭さがあまり問題にされないのが、とても問題だと思います。色々なフランス専門家たちが、このテキストをどう読むか、で色々な議論を交わされているのですが、そもそも一貫した読解に耐えうるテキストなのか、を問うた方がいいと思います。このことは翻訳にも影響します。翻訳とは、文脈や論旨の一貫性やその他の背景を参照しなければ、非常に困難な作業ですから

4. 私のことを言っておられるのであれば、根拠を示さず「望ましくない態度」と批判するのはレッテル張りです。じゃあ、例えばimportuner★とはこのテキスト執筆者たちにとってどういう意味なのですか?この語が分かりにくいと感じたのは私だけではありません。事実le mondeが辞書的な語義を解説するに至っていますhttps://twitter.com/deja_lu ネット上でも解釈は分かれています。例えば路上で知らない女性ナンパすることを考えてみましょう。①女性ナンパ目的Bonjourと声をかけただけで、例えその後彼女を煩わさなかったとしても、importunerになる。②Bonjourの後で、女性無視する、あるいはあっち行ってください、と言ってもナンパを続ける。どちらに解釈するかで、このテキスト意味合いが大きく変わってきます。①の場合、確かに、「ノーと言う自由」はこのimportunerする自由がなくては成立しないと言え、また彼女たちが批判するフェミニズムはより過激ものと言えますが、その場合、「drague insistante★★」擁護との整合性は?②であれば、「ノーと言う自由」がimportunerする自由がなくては成立しないと言うのは、詭弁です。なぜなら、「ノー」を無視して誘惑を続けることは、「ノーを言う権利」を半ば侵害しているからです。「il faut savoir répondre à cette liberté d'importuner autrement qu’en s’enfermant dans lele de la proie★★★」は具体的に何をしなければならない、ということなんですか?①の場合はノーと言えば済みますが、②の場合はどうすればよいのですか?また、路上でのナンパではなく、職場上司や逆らえない相手に誘惑された時は?それとも、この文章は①のケースのみ想定しているのでしょうか。そうではないでしょう。②の場合や、「ノー」と言えない状況で誘惑された場合、誘惑する方が悪いのに、どうしてされる方が何かsavoir répondre★★★★するための能力努力を求められねばならないのですか?以上の2点だけでも、私は曖昧不明瞭だと思いました。とても重要な点なのに、です。解答をお持ちでしたら、ぜひご教示いただきたいです。

★importuner:うるさがらせる、嫌がらせ

★★しつこい誘い、ナンパ

★★★獲物の役割に閉じこもる以外のやり方で、この嫌がらせるimportuner自由に応える能力がなければならない。

★★★★応えることができる(能力がある)

結婚子どもを産んだ妹を見ていたら結婚したくなくなった

愚痴らせてください。

・妹の嫁ぎ先が実家から十数kmしか離れてないので月2~5回のペースで帰省してくる。あと月1回は家に泊まる。こんな状況が3年ほど続いている。

 孫の顔を見せたいという思いで頻繁に帰ってきているようだが、そんなに頻繁に泊まりに来られるとこっちもいろいろと準備しなくちゃいけないんだよ。

 そして、妹は家に来る度にお土産コンビニスイーツなど)を持ってくるし、こちらも母が何かしらお土産自家野菜や洗剤など)を毎回姉に持たせて帰らせる。

 お互い気を遣いすぎて疲弊しているように思える。こんなのただ生活必需品物々交換してるだけじゃないか

・妹の子供はまだ2歳。時折大声を出すし、食事の際の咀嚼音も大きい。

 実は自分内臓ちょっとした病気にかかってるのだが、申し訳ないがその様子を見ていると患部に響く。

 子どもを見て癒されるなんて今の自分には想像できない。この病気が治ればまた違うかもしれないが、子どもに対する苦手意識はどうだろうか。

・妹がまた妊娠したので今度一ヶ月ほど実家に戻ってくることになった。子どもを連れて。

 出産前に妹が戻ってくるのはわかるけど、子どもまで来るのってどうなんだろう?これが一般的なのか?

 こっちの家族仕事をしている父母自分3人と、80代の自分祖父母が2人。

 これに対して妹の嫁ぎ先には既に仕事リタイアして1日家にいる父方の60代の祖父母もいるんだから、子守りはそっちでやるべきなんじゃないか

こんな感じです。

妹を見ているととにかく結婚はめんどくさいと思えるし、めんどくさいことをお互い押し付けあってるんだなあと感じている。

自分自身もみんな見ての通りめんどくさい性格してるので、結婚したくないと固く決意している。わがままでごめん。

ずっと独身でいたい。妹にはいろいろ金銭面で子育てに協力してあげるから自分結婚したくない。

anond:20180114204524

面白い話とかそういうのは別として、注文とかその辺の立ち回りって新入社員の時に会社の先輩に押し付けられて覚えるもんだと思うけど

マンスプレッディング

男は大体脚を広げて人の膝に平気で押し付けて来る。真ん中に付いている物があるとは言え

https://twitter.com/joujinakata123/status/952121429339729921

男性経験のない人が勘違いしてるけど

座った時ちんこって太ももの上にくるよね?

anond:20180114144829

使うなら男性トイレかな、身体男性だろうし…

単なる女装なら心は男性?なのかな

外部の人とかお客さんが来るようなら確かにビックリちゃうかもしれないけど

それもまた

男は男に見える格好・女は女に見える格好

をしなきゃいけないっていう社会押し付けなんじゃないか

問題が大きくなってしまうから、これ以上はダメだね!

女装社員さんと相談して落としどころを見つけるしかなさそうだー

anond:20180114045429

おっしゃる通り、「la galanterieギャランリー」には、ドアを開けてあげるなどの女性への「礼節」と誘惑の両義がありますが、それでしたら、この語を「女性に対する慇懃な振る舞い」とか「レディーファースト」と訳すのも誤りですよね。これだと、日本人にとっては「ドアを開けてあげる」「席を譲ってあげる」などのイメージしかなりません。それを男性優位性にのっとった攻撃批判する極端で過激フェミに、ドヌ―ヴたちは反対しているのだ、という印象を与えますが、これは不公平です。もっと曖昧に「女性に対するお作法」でどうですか。それか、注でもつけて説明するしかありません。ところで、「そこにごく淡い艶(つや)が伴っていれば」の「淡い艶」って何ですか?ドアを開けながら、女性をじっと見つめることですか?「あなたれいですね」とボソっという事ですか?どちらも下心がないとは言い切れません。他人が書いたもの理由にその人を褒めたり、貶したりする前に、テキストをじっくり読まなければならないとも思いますが、そもそもこのテキストはもともととても曖昧で、整合性に欠けたものです。多くの語義が曖昧で、何が言いたいのか分からない。いくつもの主題がとびとびになり、また混合し、一貫性があるのかないのか分かりません。彼女たちの判断を示す文がどのようなニュアンスを含んでいるのかも曖昧です。部下や自分学生の膝を触ったり、唇を奪おうとするのは、「女性に対する慇懃な振る舞い」なんですか?「男尊女卑的な攻撃」なんですか?最も重要なのは、それぞれの言説がどのような現実還元されるべきなのか、という断定ができないことです。それというのも、執筆者たちが具体例を挙げていないからです。だから、それぞれの読者がめいめいにそれぞれの現実還元して、擁護したり批判したりしているのです。そして、日頃フランスで性暴力やしつこい誘惑に悩まされている女性にとってはかなりの確率自分達を傷つけるテキストです。このテキスト痴漢の件は、バスで裸の男性器を押し付けられ、2年間バスに乗れなくなった人を傷つけましたし、嫌だと言っても追いかけて来る半ばストーカー的なフランス風ナンパ擁護しているのではないか、とも危惧させます。これらを、職場上司業界権威者自分先生にされる時はまた格別に深刻です。フランスでは客や、自分学生大学でも高校でも)、部下を口説くことって大して問題視されてこなかったですから。ともあれ、このテキスト不明瞭さがあまり問題にされないのが、とても問題だと思います。色々なフランス専門家たちが、このテキストをどう読むか、で色々な議論を交わされているのですが、そもそも一貫した読解に耐えうるテキストなのか、を問うた方がいいと思います。このことは翻訳にも影響します。翻訳とは、文脈や論旨の一貫性やその他の背景を参照しなければ、非常に困難な作業ですから

anond:20180114142117

八つ当たりだと決めつけられるのは不愉快です

教員ブラック労働実態を考えてください

苦しんでいる教員時間外労働をさせられている話を美談のようにはやし立てられている文章を読んで

私は動悸が止まりません

そのようにあなた価値観押し付けて決めつけないでください

初めて好きになった教師

高校の現文の先生が好きだった。もう60近かったけど身なり綺麗で、冬に着る深緑のセーターが可愛くて、喋り方も機械的だった。厳しくて嫌われてたけど、朝私の異様に早い時間に合わせて自習室開けてくれたし、何よりセンターの模擬判定で号泣したときにおそるおそる頭ポンポンしてくれた… 最後ラブレターまがいの感謝押し付け卒業した‬のが思い出。

anond:20180112110035

それもあるけど、二次元表現を見て勝手自分らに押し付けてるように感じているのもあると思う

個人的には女向けのコンテンツで男キャラがどういう風に描かれていても、

ホモビでノンケがどう描写されていても、別に女やホモ理想押し付けられたとは感じないし

anond:20180113114634

カトリーヌ・ドヌーヴ署名した記事翻訳の件】お返事を拝見しましたが、いろいろ問題点が残っているようです。目下時間的余裕を欠くためにぶっきら棒な指摘の仕方をすること、ご寛恕ください。テクストを読む際に、まして翻訳する際に当て推量はマズイですので、以下の諸点を改めてじっくり検討されるますように。(元記事: http://www.lemonde.fr/idees/article/2018/01/09/nous-defendons-une-liberte-d-importuner-indispensable-a-la-liberte-sexuelle_5239134_3232.html

la galanterieに関して:

 参照サイトhttps://fr.wikipedia.org/wiki/Galanterie は、la galanterieというきわめてフランス的なものを適切に説明しています。けれども、その内容の一面だけ取り上げて、「恋愛のお作法に乗っ取った男性からの誘惑の手順」というふうに「恋愛」や「誘惑」に直結させてしまうのは行き過ぎです。なぜなら、①そもそもフランス語圏日常社会生活で言われるla seductionの意味するところは、日本語の「誘惑」よりずっと広く、一般的である。②男性別に何らまったく誘惑の下心なく女性にドアを開けて差し上げる、席を譲る等のレディ・ファーストも、そこにごく淡い艶(つや)が伴っていれば立派なla galanterieである。③la galanterieをめぐって、それは男女同権原則を何ら妨げることなく男女関係文明的にする作法なのか、男性優位のパターナリズム表現なのか、という議論が頻繁に行われているという文脈フランスには存在する。

■agression machisteについて:

 前項の(3)からも分かるように、agression machisteは、(外見に反して男尊女卑を含意している)パターナリズム押し付けを指しており、問題テクスト賛同者たちによれば、la galantrieは agresssion machisteではない。ある種の「痴漢行為」はagression machisteの一つと言えますが、agression machisteすなわち「痴漢行為」ではありません。

■s'autonomiserに関して:

 「自立」と「自律」は区別する必要。autonomieは「自律」です。また、現状の日本語では、「自立する」とは言いますが、「自律する」とは言いません。

■une conception substantielle du bienについて:

 これの改訳例として私が「実体論的な善概念」としておいたのを「善の本質的概念」に直しておられますが、それでは意味を成しません。この言葉は、哲学的で少し難しいのですが、まず間違いなく、道徳律をたとえば「他者自由を妨げない」ことというように「否定的」な形式で考えるのでなく、「これがが善だ」というように実体論的に(あるいは、本質主義的にと言ってもいいでしょう)考える、そういう善概念を指しています。あとに出てくる哲学者のRuwen Ogienが世間道徳批判するときによく使う言葉でもあるようです。ですから、「実体論的概念」「本質主義概念」と、「本質的概念」はまったく異なります。ゆえにここは、せめて「本質主義的な善概念」とでも訳しておかないといけません。

■misogynieについて:

 これは「女性嫌い」「女性蔑視」であり、「女性差別」の元になり易い性向ですが、「女性差別」と混同するわけにいきません。

la liberte d'offencerについて:

 「この概念攻撃しようとするのは(神や国家指導者のような)『権力』『権威』とそれをアンタッチャブルものにする空気」と断定(推量?)するのは早合点です。テクストに、Le philosophe Rugen Ogien defendait une liberte d'offenser... と書いてあるのですから固定観念に囚われず、Ruwen Ogienの哲学思想念頭に置いて理解しないといけません。そうすると、「人の気分を害する自由」あたりがやはり適切なのです(「中指を立てる自由」は論外)。

la liberte de dire non a une proposition sexuelle ne va pas sans la liberte d'importuner :

 「『ウザがられる自由』が男たちの側にあると解釈するのは…」無理ではないですよ。それどころか、その自由相手(←ここでは男性)に認めるからこそ、女性の側がそれを「ノン!」と突き返す自由が生きるわけです。「ノン!」と拒否することがimportunerすること、ウザがられることではありません。なお、こういう間主観関係が成立するのが男女間に限らないことは言うまでもありません。

■Pour celles d'entre nous qui ont choisi d'avoir des enfants, nous estimons...:

 これを「子供を持つことを選んだ人々のために」とか、「私たちの中で子供を生むことを選んだ人達のために」と訳すのは、当該テクスト文脈の中では明らかに誤訳です。"Pour"はここでは、En ce qui concerne や quant aの意味なのです。著者(たち)は、私達のうちで子供を持つことを選んだ者についていえば、私達の考えはこれこれだ…、と述べているのです。

以上。

anond:20180114001756

これ、ドヌーヴへの反論という形だけど、ドヌーヴを支持する男への反論にもなってるね。

それも「男性は豚じゃない! 男性を野獣扱いするのはやめましょう!」って男性を持ち上げる風な言い方をして、

持ち上げられた側はどうしても「いや持ち上げないでください」って言いづらいから黙って聞いてしまうところに

「もちろん、豚じゃないんだからちゃんと人間らしく規律正しく己を制御できますよね」って要求押し付けてくるかなり卑怯論法してるな。

たとえるなら、まず昇進させて褒めて、それから「本当、あなたほどの人はその地位が正しい場所ですよ。ですからその地位に見合った義務責任を果たしますよね? 果たせますよね?」って迫ってくる感じ。

律しがたい欲求を抱えてる奴の辛さを考えずに義務責任を求められるくらいなら、豚ですブヒブヒ~! 豚だから難しいことわかんねえしメシと女よこせブヒ~!って言いたくなるわ。

そう考えると、「キモくて金のないおっさん」って言葉は、露悪的で自虐的表現にすることで「自分定義できる自由な男」みたいなお美しい表現にほだされず、「そんな美しい存在になれねえ奴のこと話してんだよ!」って最初から伝えられるのがイイね。

anond:20180113233522

だね。

ちょっと違うかもしれないけど、友達に本を貸した時感想を聞きたいって欲求自分にはある。

買ったばかりだからまだ読みたいし貸したくないなって時でも感想聞きたさに貸しちゃう

で、なんの感想もないとガッカリしてる自分が居ることに気がついた。

結局押し付けなんだろうなあって思って感想はあきらめたけど、たまに貸した本の関係聞いた時やっぱり喜んでる自分がいる。

ようは自分が支払った労力に見合う対価が欲しいのかもしれない。

ちなみに私もオタク創作をしてるので、拍手お礼イラストの件は参考になったよ。

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