「70年代」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 70年代とは

2020-05-29

anond:20200529174106

70年代(サタデナイトフィーバーの頃)はディスコって言ってたよね。アメリカでも日本でも。

でも90年代にはクラブって言ってたと思うから80年代の終わりくらいかなぁ。

2020-05-20

anond:20200520152049

得票率でみれば70年代よりも自民の得票率は下がってはいるんだけどね

小選挙区制が全ての勝利の始まりだった

anond:20200519235223

ふと、これからは60-70年代を下敷きにした流れになっていくのかなと思い...

社会不安蔓延していた中でよくわからないもの流行ったと

貴重な証言ありがとうございます

2020-05-19

anond:20200519234704

冷戦まっただなかで、なにかの拍子に核戦争がおきたらおしまいという雰囲気

若い人らはノストラダムスブーム1999年前という認識かもしれないけど70年代からあった。

あとUFOとか心霊写真とかUMAとか、オカルトブームがすごかった。

高度成長期公害もすごかったな。

通り魔事件なんてめったに起きないけど、当時は数日おきにおきてた。

2020-04-20

洗濯屋ケンちゃん以前のセックスはどこで覚えたのか

1982年発売らしい。

wikiによると500万売り上げたんだって

当時はアメリカからの輸入なんて身近じゃないし、知り合いに持ってる奴はいても、借りるもらう買える関係の中にはあんまり居なかったんじゃないか

前戯というもの口伝だろう。写真集が現役で規制が緩かったにしても、動いてるとこは想像なわけだ。

一番疑問なのは、感じるという記号をどこで知ったのだろうか。

「アハーン」

なんてバカみたいなセリフがあるが、これに当時はリアリティーを感じたのか?

もしかしてフェラクンニするだけで床上手扱いだったのでは。

実は70年代はその辺でおっ始めるもんだったのか。

色々と疑問がつきん。

2020-04-15

1970年代のあまり有名でないブームを知りたい

最近たまたまなんちゃっておじさん」のWikipediaを読んだのだが、こんな面白いブームがあったとは知らなかった。

そういえば「スネークマンショー」のことも最近知った。

伊武雅刀のことは俳優としては知っていたがこういう出自とは知らなかった。

どちらも「ブーム」と言っても深夜ラジオ発で、「70年代といえば」で真っ先に出てくるようなものではないのだろう。

テレビの懐古番組などで取り上げられていたのを見たことがないし、

ある種の同時代性というべきか、当時の人のあいだでだけ消費されて終わったのかもしれない。

まあ私が無知すぎるだけという可能性も大いにあるが。

こうした「知られざるブーム」について、おっさんの多い増田なら語ってくれる人がいるのではないかと思った。

「これは知らんだろう」というブームを教えてくれないか(厳密に70年代限定はしないので)。

2020-03-23

anond:20200322120238

ゴミ増田は最低だと思うけれども、はてな民のおススメ音楽の9割はカスみたいな子供だましなのは確か。

日本が貧しくなっているのが音楽にも反映されてる。道理シティポップとか言ってバブル70年代まで戻る人が増えるわけだ。

( ・3・) クラシック好きの上司ディランを聴きたいと言いだして 3

https://anond.hatelabo.jp/20200323025005

クリスタルマジック

――ところで、わたしは昔から最後のスタンザは少し弱いのではないかと思っていたのですが……。

( ・3・) 弱い? 「リング」と「スプリング」とで韻を踏むのはありきたりだとか?

――弱いというよりは、ピンとこないといったほうが正確かもしれません。「彼女は春に生まれたが、わたしは生まれるのが遅すぎた」――これはどういうことなんでしょう。

( ・3・) 彼女のほうが歳上だったんじゃないか? 50歳くらい。

――それはたしかに too late な気がしますが、もし年齢が離れていることが問題なら、彼女三月まれであれ、七月生まれであれ、一年のうちで生まれた時期に言及する意味はないはずなんです。

( ・3・) 春に生まれようが夏に生まれようが誤差みたいなものからな。

――はい。これではまるで――占星術ではないか

( ・3・) ははは、まさか

――ここに一枚の写真があります1975年に撮られたものです。

https://twitter.com/kedardo/status/1242030916232339458

( ・3・) ボブ・ディラン、本を読む。

――何という本ですか?

( ・3・) 『クリスタルマジック』と書いてある。マジックのつづりが変だけど。

――目次には次のような言葉が並んでいます。「ケンタウルス獅子を狩る」「シャンカラ理論現実をどう捉えるか」「ハクスリーの知覚の扉」「アジナチャクラあるいは第三の目」「カバラの諸相」

( ・3・) 神秘主義ロイヤルストレートフラッシュという感じだな。

――星座が何であれば、支配星は何、エレメントは何、という表も載っています

( ・3・) 本を読め、ただしまともな本を、と釘を刺したばかりだというのに。

――まともな本も読んでいますよ。このころディランチェーホフコンラッドに傾倒していたはずです。 [3] [4]

( ・3・) じゃあ『クリスタルマジック』はたまたま手にとっただけで、内容を真に受けたとまではいえないんじゃないか

――1974年コンサートツアーを再開した理由を、ディランは次のように語っています。「わたし惑星系 (my planetary system) において土星障害となっていた。その状態がしばらく続いていたが、いま土星は別の場所へ移動した」 [5]

( ・3・) プラネタリ・システムて。

――1976年アルバム『ディザイア』のバック・カヴァーには、タロットが描かれています

( ・3・) タロット! イタロ・カルヴィーノの『宿命の交わる城』は何年だっけ。ちょっと待って――第一部・第二部の合本が出たのが1973年英訳1977年だ。

――1978年のインタヴューでは、占星術を信じているのかと単刀直入に訊かれています

PLAYBOY: OK, back to less worldly concerns. You don't believe in astrology, do you?

DYLAN: I don't think so.

PLAYBOY: You were quoted recently as having said something about having a Gemini nature.

DYLAN: Well, maybe there are certain characteristics of people who are born under certain signs. But I don't know, I'm not sure how relevant it is.

PLAYBOY: Could it be there's an undiscovered twin or a double to Bob Dylan?

DYLAN: Someplace on the planet, there's a double of me walking around. Could very possibly be. [6]


( ・3・) 信じているかといえば、信じてはいない。星座人間気質とのあいだには何か関係があるかもしれないが、どの程度なのかは分からない。――うーん、言質を取られるのを避けているみたいだ。

――もともと質問に率直に答える人ではないのですが。

( ・3・) 思い出した。昔、日本の有名な批評家イェール大学文学を教えに行ったんだが、向こうでは占星術流行っていて、同僚の学者の生年月日がどうのこうのと書いていたっけ。あれも70年代半ばじゃなかったかな。

――期せずして、アメリカにおける神秘主義流行、というテーマに足を踏み入れてしまいました。

( ・3・) ……引き返そうか。

転がる石はふりだしに戻る

――「彼女は春に生まれたが、わたしは生まれるのが遅すぎた」の意味をめぐって脇道にそれてしまいましたが、実は、意外なかたちで問題消滅します。

( ・3・) 占星術よりも説得力のある解釈が見つかった?

――いえ、問題自体が消えてなくなってしまうんです。アルバム発表から一年も経たないうちに、歌詞が書き直されて、最後のスタンザは大きく変わります1975年ライヴ録音を聴いてみましょう。

https://youtu.be/BP_pZ841Nqs

People tell me it's a crime

To know too much for too long a time

She should have caught me in my prime

She would have stayed with me

Instead of going off to sea

And leaving me to meditate

Upon that simple twist of fate


( ・3・) ジェミニ連想させる "she was my twin" も含めて、占星術につながりそうな表現はなくなったな。詩の問題解決を、人は問題消滅によってうやむやにする。

――「彼女わたし双子だった」も、考えてみれば謎めいた表現です。「本当の恋人だった」と「双子だった」とが置き換え可能かといえば、そうではないと思います

( ・3・) 歌詞だけじゃなくて、コード進行旋律も変わっているぞ。

――そうなんです。これまでわれわれが検討してきたことの少なからぬ部分が、このヴァージョンには当てはまらなくなっている。ディランにしてみれば、もう「わたしはそこにはいない」んです。

( ・3・) うなぎみたいなやつだな。

――歌詞の変更は1975年以降も続きます。「彼」と「彼女」とが入れ替わったり――

( ・3・) 体が?

――立場がです。第一タンザで「孤独を感じ」「まっすぐに歩いていればよかった」と願い、第二スタンザで「夜の熱気に打たれるのを感じ」るのは、「彼」ではなく「彼女」になります80年代にはさら全面的な変更があり、90年代には――

( ・3・) もはや原形を留めなくなった?

――いえ、それが――。

( ・3・) それが?

――おおむね元のかたちに戻りました。

( ・3・) ……。

――……。

( ・3・) 「彼女は春に生まれたが、わたしは生まれるのが遅すぎた」も?

――はい。細部の表現は今でも揺れていますが。

( ・3・) 抑圧された占星術回帰……。なくなったはずの問題の再燃……。まるで人生のようだ。

An’ I have no sense of time

――これで「運命のひとひねり」は概観できました。全体について何かありますか?

( ・3・) 英語は易しめだったな。

――ほかの曲はもっと歯ごたえがあるので安心してください

( ・3・) 「彼」と「彼女」との間に何があったのか、曲のなかでは詳しく語られないけど、これは、その、いわゆる一夜の関係というやつなの? [7]

――なぜそう思ったんですか?

( ・3・) 「ネオンの輝く見知らぬホテル」とか。

――ただ、それだと、彼女がいなくなったときの彼の傷心ぶりや、「指輪をなくしてしまった」のくだりはうまく説明できません。

( ・3・) そうなんだよな。じゃあ、ある程度つきあった恋人たちの最後の夜だったんだろうか。

――第一タンザに、「体の芯に火花が走るのを感じた」とありますが、これは恋に落ちるとき表現だと思います。まあ、よく知っている相手に対して改めて火花を感じる、という可能性もゼロではありませんが。

( ・3・) すでにつきあっている恋人同士なら、見知らぬホテルの前でまごまごするのも不自然だしな。うーん、こんがらがってきた。一方では、彼と彼女とは一夜の関係に見える。ある日の夕暮れに物語が始まって、翌朝には彼女は姿を消している。その一方、物語の後半では、彼は生涯の伴侶を失った男のように見える。

――常識観測結果とが矛盾するときは、常識を捨てなければなりません。

( ・3・) 何を言いだしたんだ急に。

――ある日の夕暮れから翌朝まで、と考えて矛盾が生じるのであれば、そう考えるのをやめればいいんです。

( ・3・) いや、でも、ある日の夕暮れから翌朝までじゃないの? ネオンの輝く見知らぬホテル長期滞在して、数年後の朝に彼女はいなくなりました、なんていくらなんでも無理があるだろう。

――キュビズム絵画では、ある対象複数視点から捉え、平面のキャンバス再構成して描きます

( ・3・) 何を言いだしたんだ急に。

――ある日の夕暮れから翌朝まで、という枠組みのなかに出会いから別れまでの一切が凝縮されたかたちで描かれているとしたら?

( ・3・) 時間の流れが一律ではなかったということか? 

――いいですか、時計の秒針が聞こえてくるのは、彼女がいなくなった後です。それから彼にとっての永遠現在が始まり彼女がいた過去は、彼の記憶のなかで遠近法的な奥行きを失うんです。

( ・3・) 時計一種の仕掛けと見立てて、内在的に解釈するわけか。理屈は通っているかもしれないが、常識を捨てさせるには、まだ十分ではないと思うぞ。

――では、時間の流れが一律であるとは限らないという外在的な傍証を。1978年のインタヴューです。

Everybody agrees that that [Blood on the Tracks] was pretty different, and what's different about it is that there's a code in the lyrics and also there's no sense of time. There's no respect for it: you've got yesterday, today and tomorrow all in the same room, and there's very little that you can't imagine not happening. [8]


( ・3・) おい、詩に暗号が隠されていると言っているぞ。

――その点は保留にしてください。

( ・3・) 時間意識は失われている。過去現在未来が同じ部屋に混在して、想像しえない出来事などほとんどない。

――はいどうでしょう

( ・3・) 「運命のひとひねり」の解題ではないんだな?

――アルバム全体についてのコメントです。

( ・3・) そうだな、まだ腑に落ちるとまではいかないが、時間の扱いは気に留めておいたほうがよさそうだ。

――はい。実は、キュビズム絵画や、時間意識をもちだしたのは、次に聴く曲「タングルド・アップ・イン・ブルー」でも同じ問題がでてくるからなんです。邦題は「ブルーにこんがらがって」。ディラン重要な曲を挙げるとしたら、まず10位以内には入る。人によっては1位かもしれない。というわけで、ウォーム・アップは終了です。次は少し難しくなりますよ。

おいとま

そのようにして彼らは「タングルド・アップ・イン・ブルー」を聴き、「シェルターフロム・ザ・ストーム」を聴いた。窓のかたちをした陽だまりが床を移動し、寝ていたストラヴィンスキーの首から下が影に入ってしまった。もう次の曲に進む時間は残っていなかった。デレク・ベイリーCDを持って帰らなければ、と彼は思った。マイルス・デイヴィスビル・エヴァンスならいつでも買い直せる。しかベイリーは品切れのまま再発されないことだってありうるのだ。

「もう帰るのか?」と上司は言った。

はい。それで、デレク・ベ」

「おまえの家は一戸建てだったな、たしか。陽当たりと風通しは良好か?」

「陽当たり? まあ、それなりには。それで、デ」

「窓からの眺めは?」

「眺め? まあ、壁しか見えないということはありませんが。そ」

「じゃあ、決まりだな」と上司は言い、リムスキー=コルサコフの両脇を後ろから抱えると、目の高さまで持ち上げた。

「新しいパパだよ」

それから

かくして予言成就し、わたしは持っていったもの以上を持ち帰ることになる。小さなモフモフと、モフモフの当面の生活必要なモフモフ用品とを。

まずはこの子に、猫としてまっとうな名前をつけよう。このままだと、もし何かの拍子に迷子にでもなったら、「リムスキー=コルサコフ! リムスキー=コルサコフ!」と大声で呼びながら近所を捜し回らなくてはならない。獣医にかかるとだって、きっと問診票に名前を書く欄があるだろう。常軌を逸した飼い主だと警戒され、信頼関係を築くのに支障をきたすかもしれない。

しかし、猫に名前をつけるのは難しい――T・S・エリオットOld Possum's Book of Practical Cats にもそう書いてある。クラシック作曲家では大仰すぎる。ジャズミュージシャンではどうだろう。わたしCDレコードの棚の前に立ち、名前候補ピック・アウトしていく。チェット。論外であるマタタビに耽溺してばかりの猫になってしまいそうだ。ドルフィー。才能も人格も申し分ないが、早世の不安がつきまとう。ベイリーデレク・ベイリーCDを取り戻すまで、わたしはあとどれだけの道を歩まなくてはならないのだろう。

わたしは気づく。予言成就していない。少なくとも完全には成就していない。人知を超えた力によって予言ねじ曲げられ、わたしは持っていったもの以上ではなく、持っていったもの以外を持ち帰ったのだ。新しい家の探検を終え、お腹を上にして眠るさなモフモフよ、おまえのしっぽが曲がっているのも、運命のひとひねりのせいなのか?

[1] 実際にはEより少し高く聴こえる(テープ再生速度を上げているため)。

[2] これ以降、歌詞引用は2小節ごとに改行を加えている。

[3] Bob Dylan. Chronicles: Volume One. Simon and Schuster, 2004. p. 122.

[4] Sam Shepard. Rolling Thunder Logbook. Da Capo Press, 2004. p. 78.

[5] https://maureenorth.com/1974/01/dylan-rolling-again-newsweek-cover-story/

[6] Interview with Ron Rosenbaum. Playboy, March 1978; reprinted in Bob Dylan: The Essential Interviews. Wenner Books, 2006. p. 236.

[7] 草稿では、第三スタンザは以下のように書かれたあと、大きなバツ印がつけられている。"She raised her weary head / And couldn't help but hate / Cashing in on a Simple Twist of Fate." 初めは娼婦として描かれていた点を重視することもできるし、その構想が放棄された点を重視することもできる。

[8] Interview with Jonathan Cott. Rolling Stone, November 16, 1978; reprinted in Bob Dylan: The Essential Interviews. Wenner Books, 2006. p. 260.

2020-03-20

anond:20200318165534

美味しんぼ っていうタイトルだけは凄いと思ったな。今でも思う。

  

初めて見たときは「なにそれ?」と思った。

一話読んだだけで「そういう意味か」と腑に落ちた。

そして語感がいい。

  

80年代バブル真っただ中。

世の中に美味しいものへの関心が高まってきて、貧乏がnormだった70年代の貧食学生が一つ上のものを求めていた。

食いしん坊ではなく美味しんぼ

「~ん坊」という古臭い言い回しで作った新しい言葉と、それをひらがなの「ぼ」でとめた軽やかさ。

グルメでも食通でもなく、「美味しんぼ」。

味へのこだわりを語りながら、そんな自分を恥じておどけているような響きがあった。

蘊蓄を語った後に目を伏せて「こんなことはどうでもいいことなんだけどね」と呟くような。

このセンス

  

実際初期には山岡美食にこだわる自分を一面憎んでいたり、食はさら大事人生人間関係に花を添える程度のものしかないと割とはっきり主張してて、斜に構えていながら意外に爽やかな読後感の話が多い。最後の一コマに余韻があるような。

そんな感じでせいぜい10巻ぐらいで終わってれば、あの時代のあのジャンルの名作のひとつになったかもしれないんだけどね。

どんどんどんどん悪い方に行っちゃったからなあ。

「味」が「伝統」とか「安全性」の「正義」にとってかわられて、そのぶん「人生ささやかな喜び」だったものが「社会の重大事」になった。

いまや正義社会重要事を語ってるわけだから、かつてあった衒いがないし、なにしろ全方位的に攻撃的になった。

そのわりには全ての主張が感情的論理ガバガバからなあ。

  

なんだろう。

人生感謝謙虚にふるまってるいれば、人間として深みがあるようにも魅力的にも見える」ってことかなあ。

無理矢理いい方に考えれば。

2020-03-15

文化はどこへいくのだろうか?

70年代90年代の歌文化は、歌文化のようでテレビ文化だった

一時期はボカロというのもあったが、ネットですら中心地を失った今

コミュニケーションツールとしての歌は失われ、一つのコンテンツとしての歌そのものが残った

他のコンテンツにくっつく形で、主題歌としての歌は残るだろうが

それすらコンテンツ量が多くなり霧散するかもしれない

そのとき歌はどうなるのか

2020-03-03

なんか洋楽ジャケットってダサくない?

歌手が変なコスプレしてるようなやつとか

シュルレアリスムっぽい奇妙なイラストとか

あえて70年代くらいの古くさいデザインを真似してるのか?

ってくらいダサい

2020-02-21

anond:20200221004221

だっさ。俺は最新の曲も聴いてるし敢えて60年代70年代に遡ったりもしてるぞ。

2020-01-31

お笑い芸人世代分けを再考する

多くの人はこちらのWikipedia記事を参照していると思われる。

日本お笑い史 - Wikipedia

この記事も踏まえた上で、実際に主だった芸人を「活動開始時期」や「人気が出た過程」で並べ、あらためて世代分けを考えてみたい。

芸名活動開始人気が出た年代備考
横山エンタツ花菱アチャコ1930年1930年しゃべくり漫才元祖コンビとしては1934年解散するが、それから60年代までラジオ映画などで活躍アチャコ吉本看板芸人となる。
夢路いとし・喜味こいし1937年1950年代1949年ごろからラジオ番組上方演芸会』に出演して名をあげる。いとしが亡くなる2003年まで漫才を続けて「上方漫才の宝」と称される。
中田ダイマル・ラケット1941年1950年代1957年開始のテレビ番組ダイラケのびっくり捕物帖』はテレビの「上方コメディ番組元祖
ザ・ドリフターズ1956年1960年代1963年開始のテレビ番組大正テレビ寄席』に出演したこからコントを中心とするようになり、1969年開始のテレビ番組8時だョ!全員集合』にて大ブレイクする。
てんぷくトリオ1961年1960年代大正テレビ寄席』などへの出演で人気を博す。「トリオブーム」の中心的存在三波伸介1970年テレビ番組笑点』の司会に就任するなどしてテレビスターに。
コント55号1966年1960年代1968年開始のテレビ番組『お昼のゴールデンショー』『コント55号の世界は笑う』などで支持を得てドリフと人気を二分する。1975年以降は萩本欽一がピンで活躍する。
横山やすし・西川きよし1966年1960年代60年代後半に演芸ブームに乗って人気を獲得、80年代前半までバラエティ番組の司会などで活躍する。「漫才ブーム」では大将格となる。
B&B1972年1980年代実力は評価されつつ関西でくすぶっていたが、吉本芸人としていちはや東京進出したことで人気を得て、漫才ブームを牽引した。
ツービート1972年1980年代漫才ブームに乗って「毒舌」を武器に台頭。特にビートたけしは、1981年開始のテレビ番組オレたちひょうきん族』などへの出演からピンで大人気となった。
明石家さんま1974年1980年代70年代後半から関西で人気を獲得、東京進出してのち『オレたちひょうきん族』でブレイク。たけし・タモリと合わせて「お笑いBIG3」の一人と称される。
タモリ1976年1980年代キワモノ芸人としてマニアックな人気があったが、1982年開始のテレビ番組笑っていいとも!』の司会を務めるなどしてお茶の間の顔となる。
島田紳助松本竜介1976年1980年代漫才ブームに乗って「ツッパリ漫才」で若者の支持を得る。『ひょうきん族』にも出演して人気を博す。1985年コンビ解散して以降は、島田紳助がピンで活躍した。
とんねるず1980年1980年代お笑いスター誕生!!』に素人ながら出場して知名度を高める。ラジオ深夜番組若者からの支持を獲得する。1984年楽曲『一気!』がヒット、1988年に冠のテレビ番組みなさんのおかげです』を開始する。
ダウンタウン1982年1990年代1987年開始のテレビ番組4時ですよーだ』の司会をきっかけに関西若者から爆発的な人気を得る。80年代末に東京進出深夜番組夢で逢えたら』を経て、1991年に冠のテレビ番組ごっつええ感じ』を開始する。
ウッチャンナンチャン1985年1990年代結成当初に『お笑いスター誕生!!』に出場している。1988年開始の深夜番組夢で逢えたら』で知名度を上げ、1990年に冠のテレビ番組『誰かがやらねば!』『やるならやらねば!』を開始する。
爆笑問題1988年2000年代1994年開始のテレビ番組タモリのSuperボキャブラ天国』で人気を博す。90年代後半から深夜帯を中心に冠番組が増えはじめ、2000年ごろからゴールデンでもレギュラー番組をいくつも抱えるようになる。
雨上がり決死隊1989年2000年代1991年に結成されたアイドル芸人ユニット吉本印天然素材」のリーダー格。2000年開始のテレビ番組ワンナイR&R』や2003年開始の冠番組アメトーーク!』などで人気を博した。
さまぁ〜ず1989年2000年代90年代前半に「バカルディ」名義でいちど人気が出たが、2000年ごろに「さまぁ〜ず」に改名して再ブレイク、多数の冠番組を抱えるようになる。
ナインティナイン1990年1990年代吉本印天然素材」出身1994年開始のテレビ番組ぐるぐるナインティナイン』、1996年開始の『めちゃ×2イケてるッ!』など、早くから冠番組を持ってブレイクする。
くりぃむしちゅー1991年2000年代タモリのSuperボキャブラ天国』にて「海砂利水魚」名義で人気を博す。2003年ごろから再び人気が出はじめ、2000年代後半には多数のレギュラー番組を抱えるようになる。
ロンドンブーツ1号2号1993年1990年代ダウンタウンナイナイに続く、若者人気の高いコンビとして早くからプッシュされ、90年代後半から『ぷらちなロンドンブーツ』『ロンドンハーツ』など多数の冠番組を持つようになる。
ネプチューン1993年2000年代タモリのSuperボキャブラ天国』で人気を博す。1999年開始のテレビ番組『力の限りゴーゴゴー!!』で司会に抜擢されるなどしてブレイク2000年代には多くのレギュラー番組を抱えるようになる。
バナナマン1993年2010年代あえて『ボキャブラ』への出演をせず、ライブ中心に活動したことで売り出しが遅れたものの、2000年代半ばから徐々にテレビに出演しはじめ、2012年ごろから冠番組が急増してブレイクした。
有吉弘行1994年2000年代『進め!電波少年』の企画1996年に「猿岩石」としてブレイクするもまもなく停滞。2004年からピン芸人として活動を始め、2007年ごろから毒舌ネタ再ブレイク
タカアンドトシ1994年2000年代札幌で結成されたコンビで、2002年東京進出2005年ごろから笑いの金メダル』などで披露した「欧米か!」というツッコミ流行り、2000年代後半には複数冠番組を持つようになる。
ブラックマヨネーズ1998年2000年代2005年M-1グランプリで優勝する。2006年東京進出し、2010年ごろから冠番組を持ちはじめる。
チュートリアル1998年2000年代2006年M-1グランプリで優勝する。2007年東京進出し、2010年ごろから冠番組を持ちはじめる。
サンドウィッチマン1998年2000年代2007年M-1グランプリで敗者復活から優勝する。2010年代後半からレギュラー番組が増加し、2018年芸人好感度ランキングトップに立った。
オードリー2000年2000年代2008年M-1グランプリで敗者復活から2位となりブレイク
オリエンタルラジオ2003年2000年代結成してすぐの2005年ごろに「武勇伝ネタブレイクし、まもなく冠番組を含むレギュラー番組を持つことになった。
霜降り明星2013年2010年代2018年M-1グランプリで優勝する。

まず画期としては1953年テレビ放送の開始が挙げられる。この時期に人気があったのは落語家喜劇俳優であり、またコミックバンドも人気があった。上の表で言えばいとこいダイラケあたりが該当する。いわば「第0世代」であろうか。

次にやってくるのが「演芸ブーム」で、1963年開始のテレビ番組大正テレビ寄席』を中心に数々の演芸番組放送され、その勢いが1970年ごろまで続いた。一般にこの時期に人気が出た芸人が「第一世代」と呼ばれる。「寄席」をテレビでやるので落語漫談漫才コントコミックバンドなど幅広い芸人が登場した。てんぷくトリオを筆頭に三人組が多かったので「トリオブーム」とも呼ばれた。1970年代はドリフ萩本欽一コント番組が人気を二分した。やすきよもこの世代に含まれる。

続いて、1980年放送された『花王名人劇場 激突!漫才新幹線』『お笑いスター誕生!!』『THE MANZAI』などが立て続けに高視聴率を取り「漫才ブーム」となった。このブーム自体は二年ほどで終息するが、若手漫才師がアイドル的な人気を得て「漫才」のイメージを変えたり、吉本興業が東京進出したりするきっかけとなった。1981年から1989年まで続いた『オレたちひょうきん族』が『8時だョ!全員集合』の視聴率を超え、出演していたビートたけし明石家さんま山田邦子らは一躍スターとなった。たけし・さんまタモリを加えた「BIG3」を中心に、漫才ブームひょうきん族から出てきた芸人を「第二世代」とみなすべきだろう。

その次が「第三世代」と呼ばれる芸人たちで、お笑い養成出身の若手が、小劇場ライブで腕を磨き、夕方番組深夜番組きっかけに人気を得て、ゴールデン帯で「バラエティ番組」を持つ、といったキャリアを踏むのが特徴であるとんねるずダウンタウンウッチャンナンチャンがこの世代代表格となる。一般に「第三世代」は80年代デビュー組で区切るようだが、個人的には似たようなキャリアから早めにブレイクしたナイナイロンブーあたりも含めるべきではないかと思う。

次に来るのが「ボキャブラ世代である1992年から1999年まで続いた『タモリボキャブラ天国』は、当初は視聴者投稿型の番組だったが、徐々に芸人ネタ見せ番組に移行。この番組登竜門に「キャブラー」と呼ばれる芸人が続々と登場した。吉本興業が首を突っ込みそこねたらしく非・吉本芸人が多い。またボキャブラ終了とともに一時的に低迷した芸人が、2000年代に復活するあたりも共通している。先述したとおり、ナイナイロンブーなどを第三世代に含めるとすれば、この「第四世代」は爆笑問題くりぃむしちゅーネプチューンあたりが代表格となる。

2000年代に入って「M-1グランプリ」が始まったことで「お笑いブーム」が醸成された。また同時期に『爆笑オンエアバトル』『エンタの神様』『笑いの金メダル』『爆笑レッドカーペット』などのネタ見せ番組スタートしてお笑い人気に拍車をかけた。賞レースを目指してストイックに芸を磨く若手芸人と、多数のネタ見せ番組により短期的な人気を得た「一発屋」が混在し、芸人レベル底上げされたものの、数としては飽和した感がある。2010年M-1グランプリが終了するとブームも終息し、多数の「ひな壇芸人」を出演させてトーク中心に作られる低予算番組が増加した。(2010年までの)M-1ブレイクした芸人と「ネタ見せ番組」によって登場した芸人が「第五世代」といえるだろう。

2010年代になると、第二世代・第三世代がフェードアウトし、第四世代と第五世代バラエティの「司会」の座を奪い合う群雄割拠時代に入った。第五世代は図抜けた存在はいないものの層が厚いので、2000年代デビュー組の多くがつかえて中堅に留まっているように思える。そんな中で、霜降り明星および彼らが「第七世代」と称する2010年代デビュー組が既に台頭してきている。この場合2000年代デビュー組が「第六世代」とされるわけだが、2000年代デビュー組は遅咲きになりそうなので、おそらく2000年代デビュー組と2010年代デビュー組をあわせて「第六世代」と呼ぶようになるのではないか2020年現在芸人の主戦場YouTubeになりつつある。後世から振り返れば「第六世代」は「YouTube世代」と括られるのかもしれない。

2020-01-29

「巨大ロボット」ってジャンルとして終わっていると思うんだけど

巨大ロボットブームだったのって70年代80年代だけで、90年代以降ってそれほどだよね。

なのに、日本が誇る文化かのようにメインジャンルづらしているじゃん。これっておかしくない?

今、新作の巨大ロボットものって何があるのよ。トランスフォーマーぐらいじゃない?

2020-01-13

お前らの家族出生率どう?

単純にお前らの兄弟姉妹の数で、その子供を割った数という数値。配偶者とかはひとまず気にしない。

いわゆるバブルから氷河期世代で、うちは6人。

その内結婚してるのは二人で、一人が4人、もう一人が一人生んでるので合計5人。

家族出生率は83.3%。これは多分平均よりはかなりいいのかな?まあ、70年代まれで6人というのは多い方だが、多分いまならそれと同程度4人が多いのかな?

友達や先輩後輩で結婚してても、だいたいが一人っ子で多くて二人なので、単純に結婚率以上に夫婦子供を産む数自体減ってるんかね?

修正 出生率に%つけといたわ

2020-01-12

昔の声優の演技って今から見るとすごい雑

これね。

70年代アニメとか、びっくりすることがある。

その当時のアニメの絵とかをそのまま見ると、書き込みが少なくて絵も今でいえば、放送事故とか、ヤシガニとか言われるレベルで動いてなかったりするから、演技もそんなに必要とされてなかった部分があるんだろうと思うけれども。

でも、びっくりするほど棒読みだったりわざとらしかったり下手だったりすることが多い。

昔の声優若いころからしごかれて、演技ができてて、うまかった、みたいなのは絶対幻想だと思う。

正直、いまのアイドル声優のほうが、70年代90年代初頭のころよりも演技水準は高い。

90年代の初めのころのジャンプアニメを見て、「あれ? こんなに演技アレだった????」

ちょっと驚くことがある。

演技がかなり下手、というか、雑。びっくりするレベルで。テンポも悪いし、感情に起伏がないし、棒読みだったりわざとらしいし、正直いまのアニメって、絵柄だけじゃなくて音響技術、そのほかいろいろすべてが過去よりも進化してるんだと思う。声優の演技もその一つ。

しかし、過去アニメの演技、ちょっとびっくりした。

anond:20200112185753

東池袋豊島岡女中学は、この20年で偏差値爆上げした学校だが、この偏差値爆上げの理由として「湘南新宿ライン開業」と「副都心線開業」があるらしい。

それによって、埼玉神奈川から受験者が急増したんだとか。

私見だが、開成中学70年代日本一中学になった要因の一つに、最寄の西日暮里駅開業(と千代田線開業)も影響してたんじゃないかと推測してる

2020-01-11

anond:20200109114755

ロックには60〜70年代アーティスト試行錯誤によって日本語をうまく乗せることができたけど、ラップ結果的に失敗した。

あと海外アーティストラップ日本であまり聴かれないのは単純に言語問題かと。

2020-01-05

anond:20200103225804

70年代の方ですか?若い人に道あけてやんなよかっこ悪い

2019-12-31

[] 00年代10年代にはないもの、なーんだ?

語呂の良い呼び方

1990年代を指す"90's"(ナインティーズ)や80年代エイティーズ70年代セブンティーズ等は外来語化したと言えるほど日本でも馴染み深い。

が、00年代10年代にはそれがない。

はてな社は「テン年代」と称してるが、一般的ではないように思うし苦し紛れ感がある。

テン年代決算オタク趣味退職転職インターネット歴史2019年総合トップ100&過去10年間のランキング - 週刊はてなブログ

https://blog.hatenablog.com/entry/2019/12/27/170000

自分知識が足らんだけで適した呼称があるのかな?日本で定着してないだけで英語ではあるのかな?とウィキペ眺めつつググりつつ。

上手くまとめられてる記事があった。

2000年代」と「2010年代」は英語で何と言う?

https://whitebear0930.net/archives/4403

 書くときには、この10年は “2000s” や “00s” と表記することができる。

 “2000s” を “two-thousands” と読むことから、この10年を単に “Two-Thousands” と呼ぶこともあるし、

 “Twenty Hundreds” や “Twenty-ohs” と呼ぶこともある。

 また “00s” を “Ohs” “Oh Ohs” “Double Ohs” “Ooze” と呼ぶ人もいれば、“Zeros” を使う人もいる。

 10年の中のある1年を指すときには、2007年を “Oh-Seven” というように “Oh” を付けて呼ぶ。

 2000年1月1日に、BBCは来たるべき10年の呼称候補として noughties を提案した。(これは多くの英語圏でゼロ意味する

 nought に由来する。)これはイギリスオーストラリアや他のアングロサクソンの国で一般的名称となった。

英語でも呼び方バラけてるみたいね

Two-Thousands”では2000年~2999年を指すのか2000年2099年を指すのか2000年2009年を指すのか、呼称だけでは判り辛い。

“Twenty Hundreds” や “Twenty-ohs”では2000年2099年を指すのか2000年2009年を指すのか、呼称だけでは判り辛い。

“noughties”が語呂も良いが、造語でありザッとググると普及度もいまいちらしい。

2010年代」も

pronounced “twenty-tens” or “two thousand (and) tens”

と、スッキリしない。

そう言えば、21世紀になってから歌でも西暦言わなくなった。

語呂悪いからか。

20世紀の頃は邦楽だと ♪1993(ナインティナイスリー) 恋をした とか流行ったよね。

洋楽ヒップホップラップだと20世紀西暦叫ぶのは数多い。

でもまあ語呂の悪い20年間ももう終わり。

もうすぐトゥウェンティーズの始まりだ。

00年代にはあって10年代にはないもの、なーんだ?

https://anond.hatelabo.jp/20191228105704

2019-12-15

今25歳なんだけど、今の世界違和感を感じる

違和感というか、その原因はわかってるんだけど

エンターテイメントも、その内容も、そして政治も、全部「40~60代向け」になってるのを感じる。

10代とか20代向けのモノが無くなっている。

服のデザイン80年代の焼き直し、映画も昔出た映画を、今風の価値観に塗りなおしたもの

その価値観も、10代や20代に向けたものじゃなく、「40~60代の考える新しい価値観

若い人の政治運動」も、環境問題だとか全部年配の人が安心して見れるような活動ばかり

先進国は何処も少子化で、人口分布つぼ型になっている。

80年代70年代映画を見ると、このころは世間の目も、金も若い人に向いていたんだろうなと感じる。

この世の中のリソースは限られている。結局そのリソースは数が多い世代の為に費やされていく。

希望を感じない、怒りも感じない。おかしい。

何故隠居すべき老人たちの為にそのリソースを使うのか。

つぼ型のピラミッドの形を変えるべきなんじゃないか

2019-12-13

ロックミュージックの国で保守党勝利

60年代70年代若者ロックに熱中したけど大人は顔をしかめた

80年代新保守主義が台頭してサッチャーが登場したけど当然彼女は多くのミュージシャンから批判された

それから40年を経て今やジジイでもロック世代

例外はあるだろうけどロックミュージシャンって反保守党が大半じゃないの?

つい先日もブライアン・イーノ保守党揶揄する新曲を発表したとニュースになった

そりゃ今はロックはかつてほど盛んじゃなくてヒップホップEDMが人気かもしれないけど

彼らだって似たようなもんじゃないのか?

でも現実保守党勝利

そんなもんさ

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん