「口論」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 口論とは

2024-05-24

知能高くなるほど口論弱くなる現象をたまに見る。

2024-05-19

anond:20240519204211

広告よりネットの男女口論のが教育に悪いか

ネットに繋がらせないようにしよう

anond:20240519130026

それはそれでいいんじゃない

たかお好み焼きソースとき口論になるよりよほど健全だよね

ここはざんねんながらその程度のことで口論になるような浅ましいご家庭のようなので

2024-05-17

anond:20240517173851

子ども承認欲求が芽生えたらどうする! って夫時代に妻と口論になった立場だが、息子を懐かしく思い出した。今では当時の考えを疑っているが。その話は個人的にはむしろ、まさに、承認欲求を持ってる子ども問題の核心ではと思う。子どもマネをする生き物だ。

2024-05-15

女性恐怖症と人間不信

子供の頃から女の子みたいとよく言われた

男のくせにナヨナヨするなヘラヘラするなとよく怒られた

男なんだからもっとキハキしなさいとよく叱られた


小1の時はゴリラというあだ名女子いじめっ子から守ってくれた

ゴリラと言われていたけど俺より背が低くクラスで一番かわいい子だった

でも気が強くて男子と対等に渡りうからそういうあだ名を付けられた

小2からは体力もつき多少はましになった

相変わらずいじめっ子はいゴリラ女子はいなかったけど他に守ってくれる子達もいた

小5の時、いろんな子から一緒の班になりたいと言われるくらいの人気者になった

小6の時、女子2人に呼び出されあんたのあの糞生意気な妹をどうにかしろと言われた

二人は妹と同じバトン部だったけど、スポーツ万能の妹への妬みだったのだろう

人一倍気が強くて男勝りの性格の妹には直接言えないから気の弱そうな俺に言ってきた

妹とは毎日喧嘩してたけど流石にそんなこと聞き入れられるわけがいか口論になった

そしたら女子の1人が、あんたの笑い顔がキモい、ビンボウニン、ボットン便所と言った

何も言い返せなくなり、この出来事トラウマになった

自分の笑い顔が嫌いになり、写真を撮る時笑えなくなった

家が貧乏、汲み取り式トレイというのは一番触れられたくないことだった

みんなが陰口を言っているように思えて人間不信になり他人との距離が測れなくなった

対人恐怖症になり大勢の前に立つと赤面するようになった

人の目を見て話せなくなった

親しい人でもそれが例え友人でも気安く下の名前で呼べなくなった

まだ男子とは話せるだけましだった

女性恐怖症がひどく女子とは全く話せなくなった

女子が集まって話していると悪口を言われているようで怖くて近寄れなくなった

女子と話もできないから小中高と1度も彼女はできなかった

告白したこともされたこともラブレター1通貰ったこともなかった

バレンタイデーとか卒業式の第2ボタンなんてどこの世界の話って感じだった


大学生になると地元過去をたち切れたので多少マシになった

でも対人恐怖症がまだあって電車通学がつらかった

かいの席からジロジロ見られている気がした

女性グループで乗っていると悪口を言われている気がした

あれは人間じゃないマネキンだと思おうとしたがダメだった


それでもバイト先で告白されたり

たまに行く合コンで連絡先を交換したいと言われるようになった

でもコミュ障から会話が続かず1回会ってそれっきりだった

ゼミには女子が5人いてみんな優しくていい人たちだったけど

ほとんど話した記憶が無いし1人の連絡先も知らなかった

結局、大学時代彼女女友達さえ1人もできなかった


社会人になってもあまり変わらなかった

新卒の時は直属上司パワハラが酷かった

笑うなヘラヘラするなと言われ続けた

徹底的に人格否定された

脛を蹴られたこともある

少林寺拳法有段者から蹴られた滅茶苦茶痛い

責任押し付けられたり成果を無いことにされたりもした

俺がどれだけ酷いことを言われても先輩たちは見て見ぬふりだった

地方赴任で友達も同期もいなかったから誰にも相談できなかった

休み明けに先輩たちがよく出勤してきたなもう辞めると思ってたと驚いた

ストレス十二指腸潰瘍になっても上司から会社に来いと言われた

そのうち上司説教するとそれがモニター映像のように見えるようになった

上司はお前は瞳孔が開いている、脳のスイッチを切って俺の話を全然聞いてないと言った

ギリギリ自己防衛本能すらも許されなかった

人間不信と対人恐怖症が悪化精神崩壊寸前まで行った

2年目に俺を心配した2つ上の上司本社へ転属させてくれた

この人は厳しい人だったがいつも社員退職理由人間関係が1位と言っていた

上司が嫌で辞める社員が圧倒的に多いというのが口癖だった

から直属上司はこの人のいる前では絶対パワハラをしなかった

俺もこの人には何も言わなかったが、それでも全てを察していた

直属上司はなんでお前が本社勤務なんだと憤った


本社勤務となり環境がガラッと変わった

上司が俺の悪い噂を流していたが、それを信じる人は少なかった

新しい直属上司も嫌な奴だったけれど、元上司より100倍マシだった

フォローしてくれる先輩や他部署管理職の人たちがいた

同期や大学時代の友人が何人もいて相談ストレス解消もできた

でも相変わらずコミュ障だったから同期や先輩から合コンに誘われても断っていた

人数合わせで強制参加の合コンで連絡先を交換したいと言う人がいた

でもやっぱり二人だけで会うと口下手だから1回会って終わりだった

その後の合コンで会った何人かと連絡先交換したけど2回会えればいい方だった

結局、いつまでたっても彼女はできなかった


社会人3年目の時、大学ゼミ同級生の男1人と女1人から飲みに誘われた

ゼミ女子サバサバした性格で俺でも気軽に話せる人だった

彼女飲み会職場同僚女子を1人連れてきた

同僚女子普通にしていればかわいいのに、笑うと目も口も一直線の変顔になった

口元には薄っすら大きめのアザがあり笑うと引き伸ばされて目立った

でも彼女はアザなんて一切気にせず全開の変顔で笑った

俺は彼女とは初対面なのになぜか臆せず話せた

飲み会が終わる頃には彼女の変笑顔もかわいく思えた

でも彼女拒否されるのが怖くて、結局、連絡先を聞けなかった


飲み会後、1週間経っても彼女の満面変笑顔が忘れられずゼミ男に相談した

ゼミ男はゼミ女子に聞いてみればと連絡先を教えてくれた

ゼミ女子に連絡したら実は彼女を俺に紹介したくて飲み会に連れて行ったのだと言った

2人とも凄く性格がいいのに彼氏彼女がいないと聞いたからだと言った

ゼミからなぜ当日に彼女と連絡先を交換しなかったのかと怒られた

もっと早くに自分に連絡して来くるべきだったと説教された

あなたは人が良すぎる一刻の猶予もないのを全く理解していないと言われた

ゼミ男は飲み会の翌日には彼女の連絡先を聞いてきたぞと衝撃の事実を告げられた

とにかく急げ1秒たりとも逡巡する暇はないこの電話を切って今すぐ行動しろと言われた

俺は電話を切るとすぐ彼女電話してまた会いたいと言った

彼女は快くOKしてくれた


初めて二人だけで会った日

彼女は満面の変笑顔で待ち合わせ場所に現れた

普通の顔に戻るとやっぱりかわいかった

ランチを食べた後ショッピングに行くとメンズ服屋に連れて行かれた

女子と二人で服屋に行くのなんて人生で初めてだった

彼女に着せ替え人形みたいにあれを着ろこれを着ろと試着させられた

俺が絶対に選ばないピンク系がかわいくて一番似合うと言った

店員の前でも平気でかわいいかわいいを連発するから恥ずかしかった

その間ずっと変笑顔全開で楽しそうだった

俺が人前でかわいいって言われるのは恥ずかしいからやめて欲しいと言うと

彼女かわいいものかわいいと言ってなぜいけない

女でも男でも子供でも大人でもかわいい褒め言葉だと言った

かわいい服のほうが俺には絶対に似合うと言った

まだまだ男らしさ女らしさが求められる時代だった

彼女時代の遙か先を行っていた


彼女は俺の笑顔が好きだとも言った

俺は彼女自分笑顔が好きじゃないと言った

彼女は俺の笑顔見ていたら自分笑顔になる

その笑顔は最高だからもっと笑った方がいい

自分の笑い顔のほうがよっぽどへんてこだと言った

それを俺が笑ったら、笑いすぎ失礼すぎると怒られた


それまでにもそういう風に思ってくれた人はいるとは思うけど

口に出して面と向かって言ってくれた人は彼女が初めてだった

俺はずっと無理して男らしくしようと背伸びしていたと思う

彼女にそう言われて肩の力が抜けた気がした

彼女の前では自然体でいられた

そして人生で初めて彼女ができた

彼女家族以外で本気で喧嘩できる初めての人になった

彼女家族親戚以外で初めて下の名前で呼べる人になった


からといって俺の性格根本的に変わったわけではない

女性恐怖症も人間不信も完治したわけでもない

笑顔がぎこちなくなることも多いし

ネガティブ思考も一向に抜けない

ここでこんな文章を書くくらいにはこじらせている

それでも彼女は今でも待ち合わせには変笑顔全開で来てくれるし

メンズ服屋の店員の前でオッサンになった俺を平気でかわいいと言ってくれる

2024-05-14

お好み焼きソース

ほんとにどうでもいいことで、ヨメ様と口論になったよ…おとなしく引き下がったけど…

たかだかお好み焼きソースでだよ?

たこ焼きソースも議題に挙がったがここでは書かない。

ウチはそれほど裕福ではないので、週に一度はキャベツたっぷりお好み焼き定番だ。曜日は決まってない。

それぞれ好きなソースを買ってきて好きなスタイルで食べる。ちなみに作るのはオレな。ヨメ様はテーブルで焼き上がりを待っているだけ。

オレは基本的に、どろソース味の素マヨネーズ第一優先でその次が柚子ポン酢で食べる。キューピーじゃないぞ。味の素の方が美味しいと思っているからだ。

ヨメ様は、おたふくソースが好きで、それはもうほんとうにたっぷりかけて食べる。お好み焼きよりもソース食ってんじゃないかと思うくらいだ。そこに時々マヨネーズかけたり、七味振ったりという感じ。

んで、今夜はお好み焼きデーだったので、珍しくおたふくソースで食べてみたんだけど、感想は甘すぎる、だった。何気ない一言だったけど、ヨメ様からめちゃくちゃ怒られて口論になり、叱られた犬のように尻尾丸めて引き下がりました。

ヨメ様はいまご入浴されておるので、その隙に増田書いてる

食べ物や食べ方はそれぞれ好きなように食べればいいのに難しいなぁ

ちなみにたこ焼きは、大阪駅前のはなだこのポン酢ネギ増しで食べるのが一番うまいサイコーだな。

2024-05-12

妻と喧嘩した。仲直りしたい。

昨日妻と喧嘩した。

ほんの些細なことから口論となってしまい、仲違いのまま今日になってしまった。

から妙に気まずく外に出た。

すると妻からlineがあり、「玄米を買いました」とだけあった。

玄米?と思った。うちは今まで普通の白米で、確かに嫁は健康志向な面はあった。

それでもいきなり玄米とは何だと思ったし、それ以外の言葉はない。

なんて答えるのか正解か分からずまだ返事はしていない。

何が正解なのか分からないんだ。教えてくれ!助けてくれ!!

詩とか俳句短歌について思うことメモ

もう人生の折り返し点をすぎて久しい。目を通す文字は、仕事書類ばかりとなった昨今。

でも小学校高学年から中学生にかけての頃に、文学少女に憧れた時期があった。

書店の奥のほうにいっては新潮文庫コーナーで、適当に数冊手に取っては解説に目を通したりしていた。

まれて初めて自分で買った詩集は、井上靖詩集だった。小学校5年生か6年生の頃だと思う。

頁を開いたとき、これは詩なの?というのが最初感想だった。普通に文章だったからだ。

調べてみると、井上靖の詩は、散文詩という形式らしい。なにが自分の知っている詩と違うのだろうというところで

「韻」という言葉もその時初めて知った。

井上靖詩集を手に取ったのは、国語教科書に載っている著者の本でなるべく読みやすそうなものを探したからだった。

というわけで、あすなろ物語のついでに手にしたのが、人生最初詩集だった。

小中学生の頃、国語の授業で、詩や短歌に少し関心をもった私は、韻を踏む、という作法が苦手だった。

季語などルールがあったり、韻で楽しめなければならない、みたいなもの短歌俳句だとすると、ちょっと縁がないなと。

特に覚えているのは、中学校の時習った在原業平短歌に、かきつばたを詠みこんだものがあるが、韻だけでなく、言葉ニュアンスにいろいろな仕掛けを作らないと詩として成立しないのかと思うと到底自分には向いてないジャンルだった。しかし、そうはいっても、短い言葉で何かを表現してみたいという思いは消えず、ひそかに詩集をつくって引き出しの奥底にいれていた。


井上靖の詩のなかに

幼少の頃、川辺の石段の下で手を洗っているとき不意に石鹸が手元を離れ、深みに落ちていったという情景の詩があった。その喪失感をその後の人生でも刻まれているという内容だった。これなら自分でも書けるかもしれない、と思った。

自分世界表現の仕方や詩の味わい方を学べたのも井上靖の詩の影響が大きかった。

例えば、雪という詩がある。


 ―― 雪が降って来た。

 ―― 鉛筆の字が濃くなった。

 こういう二行の少年の詩を読んだことがある。

 十何年も昔のこと、『キリン』という童詩雑誌

 みつけた詩だ。雪が降って来ると、

 私はいつもこの詩のことを思い出す。

 ああ、いま、小学校教室という教室で、

 子供たちの書く鉛筆の字が濃くなりつつあるのだ、と。

 この思いはちょっと類のないほど豊饒で冷厳だ。

 勤勉、真摯調和

 そんなものともどこかで関係を持っている。

井上靖詩集運河」より

中学生の私は、なるほどと思った。

詩というのは、雪が降って鉛筆の字が濃くなったという描写やその言葉なかにあるのではなくて、物語は書かれてない背景のなかにあるのだなと。

鉛筆の字という描写だけだったら、だから何?という感想しかない。しかし、鉛筆を持つ誰かの表情を想像し、その背景を想像して足してあげることで一枚の絵になる。

井上靖の次に手に取った詩集もよく覚えている。

武者小路実篤だった。やぱり散文詩だった。

当時、大好きだった先輩が「友情」を読んで感動したといっていたので、友情ともう一冊詩集を手に取った。その後しばらくして、私の失言が原因で先輩は私からフェイドアウトしていった(つまりフラれた)ので文学をダシに先輩と仲良くなろうという作戦は失敗した。しかし、武者小路実篤の詩はそんな私をなぐさめる言葉にあふれていた。

いじけて 他人にすかれるよりは 欠伸(あくび)して他人に嫌われる也 夏の日。 嫌う奴には嫌われて わかる人にはわかってもらえる 気らくさ。


ほどなくして、種田山頭火という自由律俳句というジャンルを知った。

山頭火面白い普通俳句じゃないところがいい。規律から解放されるってすばらしいことだと。

定型詩嫌いな私にとっては、ある意味で、俳句短歌エントリーポイントとなって、

新聞の俳壇や短歌欄に時々目をやるようになった。

いわばお勝手からこっそり入門したような形だ。

しか俳句は、季語の煩わしさにどうしてもなじめず、自分には遠い世界のままだった。

いつしか手にしていたのは、興津要解説する江戸川柳 誹風柳多留だった。古典落語にはまり始めた時期だった。

剣菱という酒を飲むことを江戸時代の人が剣菱る(けんびる)と言っていた、など、現代言語感覚と近い、興味深いことがいろいろと書かれていた。

エロい川柳結構好きだった。今でいうサブカルチャーだ。

その後は巴毎晩組み敷かれ

木曽義仲の元を離れ、和田義盛に見初められ身柄を預けられた巴御前、ネトラレ系の元祖ともいうべき味わい。思春期の私はこうした江戸時代川柳妄想たくましく想像し、手が動いた。五七五だったら、こっちの世界のほうが楽しい

一方、短歌のほうは、というと、当時の朝日歌壇は毎週とても楽しみにしていた。

俵万智サラダ記念日ベストセラーになったからというのとは全く関係なく、プロではなく、市井のいろいろな人が短歌を詠んでいるということが興味深かった。

例えば、こんな一首。

わが胸にリンチに死にし友らいて雪折れの枝叫び居るなり

あさま山荘事件を起こした連合赤軍幹部坂口弘収監中の東京拘置所から毎週のように短歌朝日歌壇投稿していた頃だ。

朝日歌壇では他にも穂村弘がいた。短歌表現する世界の幅広さを朝日歌壇で知った。

そして渡辺松男太田美和が常連投稿者として名を連ねていた。

風花って知っています

さよならも言わず別れた陸橋の上

渡辺松男太田美和は実社会で互いに関係があるわけではなく、それぞれの思いを歌に込めていたのだと思うけど、なぜか不思議と互いに呼応し合うものがあった。これは当時の歌壇リアルにみていた人にしかからないことだけど。雨の森や樹々など独特の世界観を表現する渡辺松男に対して、雨の日に部屋にこもれば憂鬱発酵すると詠んだりする太田美和。

生活で恋をしていた私は太田美和の言葉自分を重ね合わせた。


でもこのころが私の文学少女期のおわりだった。

大学卒業したものの、就職できずに苦しむ時期がやってきた。就職氷河期というやつだ。

生活が一変した。

書店で立ち寄るのは、奥の文庫コーナーではなく、店の前の新刊コーナーであり、資格取得のコーナーだった。

購読紙も朝日新聞から日経新聞に代わり、東洋経済となった。

世の中からどんどんと取り残されてゆく焦りでいっぱりになっていた。

山頭火武者小路実篤もへったくりもない、そんなことより面接資格だ!という日々。

就職が決まってからは、病気になったら人生終わりだし、干されたら終わり。もう一歩先に、もう一歩とただひたすら走り、走らされる人生が始まった。

たまに思い出しては、現代短歌最近の潮流を知りたくなって、枡野浩一の本を手に取ってみたりはしたものの、ピンとこなかった。

若い頃あれほど好きだった渡辺松男も改めて著作をみると作風が変わったのかと思うほど、何一つ言葉にくすぐられることなく、不感症になっていた。変わったのは自分のほうだ。


それから数十年、あるとき気が付くと、新しい家族が増え、家が建ち、旅行などしている。

そういえば何十年も詩や短歌を目にしていない。寺山修司の本は引っ越しのどさくさでどこかにいってしまっていた。

思春期のことを遠く思い出すようになった。実家の部屋の引き出しにはまだヘンな自作ポエム集が眠ってるはずだ・・。自分死ぬ前にはなんとしても奪取してこないといけない。

中年になっていいかげん自分限界を悟って、ふっと一息いれた、という形だ。

ふと思い出すのが、最初に買った井上靖詩集

 ―― 雪が降って来た。

 ―― 鉛筆の字が濃くなった。

この二行の子供の詩を、何十年も経って思い出す井上靖感覚がとてもよくわかるようになった。


これは人生の楽しみを食に見出して、ワインをたしなむようになってから思ったことでもある。

詩を楽しむということとワインを楽しむことには、ひとつ共通点がある。

どちらもウンチク語ってめんどくさい奴がいる、という意味じゃない。

鉛筆の字が濃くなる、という情景として、勤勉で真摯子供の姿を思い浮かべる、という

文として書かれていることと、書かれていない想像の背景の補完的な関係は、ワイン食事、一緒に食事するひととの関係によく似ている。

ワインの味や香りは、それだけで勿論、それぞれのワインに特徴があるし、品種ビンテージ気候土壌などさまざまな情報がある。

しかワインのおいしさを決めるのはそれだけではない。過去に飲んだ記憶とか、一緒に食べているもの、そしてそのとき話題、体調などに大きく左右される。

だって同じことで、喉が渇いているときの一杯と会議中にやり込められているときの一杯は全然違うはずだ。

マリアージュという言葉があるように、ワイン一種調味料として機能するため、食べ合わせ重要だ。

またワインプロファイル情報あるかないかも味を左右する。

ブラインドで呑むワインはどんな高級ワインだろうが、初見ワインしかない。ワインの特徴まではわかってもそこまでだ。

逆に偽の情報表現かに補完してしまえば、コンビニ販売しているワインを高級ワインと偽って出してもたいていの者には気が付かれないだろう。

ワインを色やら香り、余韻など物理的に因数分解した表現ができても、美味しさは客観的規律として表現することはできない。

詩も同じだと思う。規律ばかりを語るひとがあまりにも多い。本居宣長には悪いけれど、歌をつくるのは道だとしても楽しむのは道じゃないと思うんだよね。

井上靖が「小学校教室という教室で、子供たちの書く鉛筆の字が濃くなりつつあるのだ、と。この思いはちょっと類のないほど豊饒で冷厳だ。」というとき井上靖にとってその詩に初めて出会ってからの何十年間が効いてくる。井上靖は詩は規律ではなく、詩との出会い方だと教えてくれた人だ。

その情景を自分のなかでセットできるかどうかは、鑑賞眼の問題ではない。

どちらかというと、そのような情景がセットされてしまう、長年の思いの蓄積、その詩と出会ったときメンタル、いわば偶然の力だと思う。

渡辺松男太田美和が並んで歌壇掲載されていたあの空気感にしても、あのとき限りのものだったのだろう。

失恋をして武者小路実篤の詩に慰めれられた思い出もそう。まさに一期一会

先ほど、卒業してから詩どころではなくなったと書いた。

そのとき自分が置かれれる状況やそれまでの経験によっては、詩に対して、鈍感になることだってあるのだ。


ところで、先日、Yahoo芸能ニュースをみていたら、TBSプレバトというバラエティー番組で、俳句を競う企画があって、ある芸人俳句先生から5点と酷評されたと報じていた。

お題は「文房具」で彼女が読んだのは

消しゴムが 白き水面に ボウフラを

というもの。作者は「頑張って勉強して、消しゴムを何回も消すと、消しカスがたくさん出る。それが白いノートにたくさん積もっていると、ボウフラのように見えるという句です」と意味説明したものの、腹が立つ、とまで評者先生にののしられている。

ちょっと間抜けた感じはするものの、正直、なんでそこまで素人俳句酷評されなければならないか理解できなかった。だが、番組演出脚本としてはそれがオチなのだろう。

演出もさることながら、これは、他の出演者俳句が以下のようなものだったことも影響しているように思えた。

迎え梅雨 紙端に滲む 友の文字

虹の下 クレヨンの箱 踊り出す

天王山 黒ずむ袖に 薄暑光

薫風や 隣の君と 教科書

こんなふうに優等生を気取った俳句がずらりと来たら、それは「お約束」として、こき下ろすしかないのかもしれない。

バラエティー番組のなかで俳句を味わうということはつまり、こういうことなのだ。その芸人に対するイメージ作品クオリティが補完されてしまうのだ。

しかし、この句が仮にお笑い芸人ではなく、どこかの学校児童生徒が作ったものであったとしたらどうだろう。

消しゴムをかける姿は、情景としては授業中であることを示唆している。5月番組文房具からまだ気持ちフレッシュだ。だけどがんばろうという気持ちは長続きしない時期でもある。

ぼうふらにみえるほど消しゴムをかけるくらいだから、授業中、何度も消していて、その間、ノートをとる手が止まることになっただろう。

それでも授業はお構いなしに進んでいく。溜まってゆく消しごむのカスからは、授業についていく焦りとともに、生徒のひたむきさ、間違って消すことが多い生徒のどんくささも垣間見られる。

いかげん疲れたかもしれない。めんどくさいと思ったかもしれない。

一方で白い水面(ノート隠喩)は、清潔さや純粋さを象徴している。

ふと手を止めた瞬間に、そこにボウフラがいるようにみえた、というのは、一瞬立ち止まってボウフラ?などとくだらないことを想像してしまった自分の不純さや切れた集中力で抜けてしまった気力(投げ槍感)との鋭い対比となっている。

と、このように解釈すれば、俳句としてむしろ「ボウフラを」で間抜けた形で止めた意味が出てくる。そこから先は、苦笑いなのだ

ボウフラを季語と認めるかどうかはわからない。しかし、純粋に詩としてみれば、消しゴムとボウフラという組み合わせは非常にユニークだ。

また、どんくさいもの弱者がボウフラというノート上のより小さい存在視線フォーカスする、という手法小林一茶方法とも通じるところがある。

番組の評者は、この芸人俳句酷評したうえ、次のような添削をしたという。

しかすはボウフラみたい夏休み

夏休みかよ。口論の途中で勝手に話の前提を変えられたときのような不快感を覚える添削だった。消しかすって文房具じゃないし。

しかし、誰しも詩に対して鈍感になる、そういうことはある。端的にあれバラエティ番組からね。

ただ、私の場合、やっぱり俳句には縁遠いのだろうと思った。俳句がメインのカルチャーであろうとする、優等生を選ぼうとする、そのいやらしさも嫌だ。上品そうな季語を競うかのような世界一種ルッキズムだ。夏休みかいって勝手おめかしさせようとするんじゃねーよ。

そういうところがまさに、かつて私が川柳などのサブカルに引き寄せられるひとつ動機だった。ボウフラにシンパシーを感じる感受性は恐らくはかつて親しんでいた落語川柳で身につけたものだろうからゆりやん一句を悪くないと思うのは邪心かもしれない。そもそも番組ADがテキトーにつくりましたってオチかもしれないんだけどね。

300円でおいしく飲めるワインもあれば、駄作でも楽しめる作品もある。そういうことだと思う。

2024-05-11

親は優雅な(?)生活に憧れていてそれへの執着が凄い

実家地方都市で平均的な庭付き一戸建て

庭はイングリッシュガーデンみたいになってて土日は母の焼いたケーキ家族みんなで庭で食べる

テーブルもおしゃれなクロスを敷いて、皿やティーカップ等はウェッチウッド/ロイヤルコペンハーゲン/マイセンetcで揃える

家の中の調度品もよく分からないが高そうな皿や絵が飾ってあり、普段ご飯もものすごく豪華

普通にフレンチみたいなご飯特別な日じゃないのに出てくる

友人から漫画の中のヨーロッパ貴族みたいな生活してるねと言われる様な家だった

これだけなら親ガチャ成功と言えるんだけど

執着が強すぎて、私の着る服、習い事部活、筆箱、鉛筆母親意にそぐわないものは一切できないし持たせて貰えなかった。やりたくなくても辞めさせても貰えなかった

ドレスとまでは行かないけど発表会で着るようなフリフリのワンピースか母の作った不格好なワンピースしか許して貰えず、嫌で嫌で仕方がなかったので、祖母にお願いしてイオンジーパントレーナー買って貰った時はヒステリーになり奇声を上げながら祖母と私の前でビリビリに破かれて1週間口を聞いて貰えなかった。

授業参観クラス男の子と話しているのを見られれば家に帰って髪の毛掴んで2階と1階の階段を往復して引き摺られたりもした。

けどこれを誰に話しても信じて貰えず、いい暮らししてるんだからそのくらい我慢しろと言われる。

大人になっても実家には帰ってないので自由にできるが、当時から友達には帰ってあげなよ寂しがってるよいいお母さんじゃん、わがままだよと言われる

彼氏を1度連れて帰った事もあるが、良い親じゃん!そんなに気にする?子供の頃の話だし子供なんて親の好きなようにしてなんぼだよと口論になり別れた。

いくら親であれここまでするのは頭がおかしいと思うがいまだに我慢できなかった自分が悪く、我慢できてたら今でも親といい関係でいれたのではと思うことがある。

2024-04-28

anond:20240428162800

自然言語が一番ゆるゆるやで

ゆるゆるすぎて、言った言わないで口論になるぐらい、ゆるゆるやで

2024-04-20

anond:20240420063353

人を不快にさせやがった奴を許せるわけねえだろうが

俺は上映後に俺に謝罪にこなかったスマホ野郎を許さなかったぞ

「こいつがスマホで妖しい動きをしてやがったぞ!!」って上映終了後の出口で最後にみんなが聞こえるように大声で行ってそいつと俺が事情聴取を受けた

そんでそいつスマホを取り上げられて調べ上げられてたな

ったくマヌケ

そのあと俺とそいるは映画館から釈放されて

近くの公園口論から殴り合いに発展した

結果俺が両腕をクロスしてガードしたあとにボディブローをぶちかまそてやったらKOして公園から消えた

後日サツがやってきて俺をブタ箱にいれやがったが俺は後悔してねえよ

2024-04-19

また、男の犯罪が透明化される現象

なんで見出しに『男』って書かないの?年齢よりもそっちが重要じゃない?ねえなんで?

公園ゴミ巡り口論の末、女児殴った疑い 75歳逮捕 熊本

https://mainichi.jp/articles/20240418/k00/00m/040/267000c

熊本県警熊本南署は18日、小学生女児10代)の顔面を殴ったとして熊本市中央区萩原町無職男性(75)を暴行容疑で逮捕した。「注意はしたが、殴っていない」などと容疑を否認している。

公園ゴミ巡り口論の末、女児殴った疑い 75歳逮捕 熊本

https://mainichi.jp/articles/20240418/k00/00m/040/267000c

同署によると、当時は小学生の男女5人でサッカーをしていた。

児童らは、ゴミに気づいた男性に「このゴミあなたたちのゴミですか」と尋ねられ「違います」と答えたが、

男性は「あなたたちのゴミでなくても、落ちていたら拾ってゴミ箱に捨てなさい」と指摘。

児童らが「だったらあなたが拾って捨てればいいじゃないですか」と答えたところ、女児に殴りかかったという。

2024-04-17

anond:20240417195007

まあそもそも偏見というもの本質(の一部)に

そういうサイクルがあるのかもね。

一人だけでオリジナリティあふれる非合理的思い込みに凝り固まってる奴は偏見持ちというよりただのキチガイと見られて避けられるが、

しろそういう強固な確信を何も持ち合わせない不安人間は「徒党の一員になること」「既存の主張に乗っかること」を渇望する。

ネット上の厄介集団の主張は誰一人として本当は心からの本気じゃないというのが

恐ろしいところでもあり、しかしそれらに流されない・負けないために己が立つ基点にもなるんじゃないかな。

負けないと言ってもネット上の口論に負けないとかじゃなくて、自分の手の届く確かなもの・ことを大切にしてできることをしていくという姿勢こそが真の抵抗だという意味で。

ネットバズワードレベルじゃなくてたとえば文革とかクメール・ルージュみたいなスローガン地獄でも

それに流されるか抗するのか決断しなければならないわけで。

2024-04-16

anond:20240416170610

子供の頃からアメリカ中国オーストラリア大阪日本転々としてきたけど

日本のおじさんはすばらしいよ

どこが素晴らしいって、無害なとこ

新しい価値を生み出すことはたしかに少ないかもしれないけど

はっきり言って知性・理性で自らの行動を制御できているおじさんは外国では少数派

ジャパニーズおっさんにはそれがある

こういうと痴漢が〜とか性犯罪が〜ってなるかもしれないけど

そういう害虫は圧倒的マイノリティでその他ほとんどは無害なのが現実

外国中流以下のおっさんはそうじゃないよマジで

口論になった翌日に家の郵便受け引っこ抜かれてそれで車のボンネットボコボコにされてたり

アジア人というだけでペットの犬以下の扱いをしてきて爆笑してたり

普通に話しただけなのに「オチないんかい」と罵倒されたり

そういうのが世界スタンダード

2024-04-14

親権の話。凄いわかる

増田の嫁は数年前から情緒不安定で、浮き沈みを繰り返している。

懇切丁寧に様々な切り口から解決方法提案しているが、一歩も前に進むことなく停滞している。

子供の前で口論になることも多く、悪影響でしかないので、子供には申し訳ないが、それなら離婚して別々に暮らしながら共同で育児をしようと提案したが無理だった。

元増田と同じ状況。

子供中学生になったら離婚しようかは冗談じゃなくて本気で考えている。

https://anond.hatelabo.jp/20240413140816

2024-04-07

日本安全性が一部のアメリカ人イラつかせている

英語がわかる人ならもう知ってるかもしれないけど

たまに、英語圏のXで日本安全だという話がバズって口論になることがある

なんで日本安全だと口論になるのかというと、アメリカ出羽守日本をこん棒にしてアメリカ都市設計や銃の問題について殴るから

何かをほめるとき、何かを否定するともめることがあるが、あれの都市版って感じだ


そもそもアメリカ人は自動車社会が素晴らしいものだという思想ベースにある

郊外に庭つきのでかい家に住むアメリカを誇らしく思っているので、ごみごみした都会で縮こまって住んでる日本人は間抜けだということになっている

(アメリカ人にとって日本東京なので、それ以外の田舎がどうなってるかはおいておく)

そこにアメリカ出羽守が登場して「日本みたいに電車中心の社会になるべきだ!」と主張するので、アメリカ人は日本イラつくわけだ


EV vs ガソリン車がよく論争になるように、アメリカ人はよく電車vs自動車について論争している

アメリカ自己責任大国で、公共提供するサービスなんてくそっくらえな人が多いので、電車嫌いなひとが多い

それで「電車だと襲われても逃げられない」とか、「電車だと街について歩く必要があるが襲われても逃げられない!車だと逃げられる!」と主張する

でもそれって襲われる社会おかしいでしょ?という話になってまた論争になるw

街を歩くと襲われるという話に関しては、「東京女性が一人で歩ける街!」というのもアメリカ出羽守日本を持ち上げるときによくつかうのだが

それでアメリカ人が必死日本犯罪について調べてたりしてめっちゃ詳しくなってるのも面白い

当然暗数の話もでてきて、きたああああ伝家の宝刀暗数うううなんて思いながら、その論争を読むのが楽しい

この辺も日本出羽守はてサに似ている

加えて、日本みたいな社会を実現しようとすると電車だけでなく、銃を否定しなければいけないかさらに良きアメリカ否定することになり論争が白熱する。

負けられない戦いがここにあるって感じだ


↑の話はリベラル出羽守だけど、パターンによっては右翼出羽守から日本は支持される

日本安全なのは黒人がいないからだ!均質な社会から安全なんだ!とかそういうやつ

アメリカの右も左もアメリカの気に入らない部分を、日本をつかって叩くから、むかついたアメリカ人が日本を叩くという流れを頻繁にみるのでおもしろ

2024-04-02

コロナワクチン信仰してるやつの口論

反ワクの指摘にたいして「出た!ゼロヒャク思考w」みたいなのテンプレみたいに見る

なぜかカタカナにするところ見ると常套手段なのかとおもうが、反ワクが批判してるのは半ワクだろ?

それって思考じゃなくて事実じゃん

2024-03-27

切り干し大根煮物を食べながら書いた

一人暮らしを始めた。今年24になる。一人暮らしを始めるには遅い方だと思う。

から片道1時間半近くかかる部署に異動になって一人暮らしを決めてから、こうして暮らし始めるまで、気づけば半年近く経っていた。

今年の初めに母親が家を出て行った。父が年末年始実家に帰っている隙にと、前々から契約していた部屋にごっそり荷物を持って、父に知らせずに出て行った。

最後の日、いよいよ自由になる母の乗ったタクシーが、新しい部屋に向かって走っていくのを1月2日の私はずっと見ていた。もう母と一緒に暮らすことはないんだなあと、そう思った。そして少し泣いた。

モラハラ気質の父と、そんな父のことが大嫌いな兄と、控えめな母。金銭的に不自由することはなくても、昔から仲は良くなかった。兄が母親側につくことが多いから、自然と私は父親側につくことが多かった。思えば父が運転する時は決まって私が助手席で、母が運転する時は兄が助手席だった。たまに外食する時の席も同じ。子どもと妻を置いてすいすい歩く父を懸命に追いかけるのも私だけだった。

から自転車で通える距離にも関わらず、兄は高校進学と同時に寮に入った。そうしたら、私が一人でバランスを取らなければならなくなった。母の更年期と兄の思春期と私の反抗期でだいぶ前から荒れに荒れていた家をどうにか保たなければと、私なりに頑張ったつもりでいた。

自傷行為がやめられなくなった。中学はどうにか卒業した。不登校になった。高校を辞めた。そのあと定時制に入り直した。無事に進学して、普通に就職した。

母親父親も大好きだ。あらゆることに対して感謝してもしきれない。でも、かけられた言葉や取られた態度の中に「絶対に死んでも許さない」というものがいくつかある。

仕方ないことだとはわかってる。親も人間だ。こと母親においては、彼女母親、つまりから見ての祖母によるネグレクトに近い環境で育ったことや、長いこと父親モラハラに耐えてきた鬱憤が溜まっていたんだと。そうだとわかる。でも、中学から高校にかけての数年間、わりと長い間八つ当たりされたことも父親悪口をずっと聞かされたことも父に似ているとあらゆる仕草を詰られたことも私に嫌味を言ってきつくあたることで父親自分の望む振る舞いをさせようとしていたことも、どうしようもなく許せないままでいる。父親になんでもないことのように「なんの努力もしてないくせに」と言われたことも、たぶん一生許せない。

でも一番許せないのはたぶん自分自身だ。なんの努力もしてないのは事実だし、何より生きづらさを環境のせいにするくせに、10代の私は母親父親関係に対して何もしようとしなかった。父に母への態度を改めるように言わなかった。二人にもっと話し合うように薦めなかった。夕食中に口論が始まれば、箸を置いて自室に逃げた。兄のお下がりiPodで二人の怒鳴り声をかき消すようにアジカンを聞いて、ただ震えながら泣いていた。

母とは1ヶ月に一度は会っている。新居の近くには美味しいベトナム料理屋があって、二人でフォーを食べて、母の部屋で少し話して、煙草を吸って帰る。私が部屋に来るたびに母はおやつを用意してくれて、私が泊まりにきた時に困るだろうからドライヤーまで買ってくれた。この前泊まった時は作り置きのおかずを持たせてくれた。

たまに実家にも帰る。置いてきた荷物を取りに帰るたびに、父は車で送ってくれる。足りないものはないかと聞いて、あればホーマックに寄って車に乗っけてくれる。ちゃん自炊してるか、野菜を食べろと言ってくれる。父親母親も大好きだ。嘘じゃない。

HIRAETHという言葉があるらしい。『翻訳できない世界のことば』という本で知った。ウェールズ語で「もう永遠に戻れない場所への郷愁」とう意味だ。それが私にとっての実家だ。母親父親居間にいる時なんか、些細なことで空気が悪くなって口論が始まるから居心地が悪くてたまらなかったのに。

あれが紛れもなく私にとっての実家だったんだと思う。それはもう永遠にない。どこにもない。それが潔くて、ちょっとだけ寂しい。

2024-03-23

インターネットトロールへの対処

インターネットに費やす時間が長くなればなるほど、トローリングを目撃したり、被害者になったりする可能性が高くなります

トローリングとは、攻撃的なコメントなどを意図的投稿することによって、オンラインで他の人を敵に回すことと定義されます

インターネット荒らしは、感情的な反応を引き起こすことを目的としており、争いや口論をしようとしています

いくつかの否定的コメント荒らしと同等ではありません。

トロールは、特にターゲットが神経質になっているとわかっている場合ターゲットに対して執拗嫌がらせします。

 

トローリング行為の種類 

 

ソーシャル メディア荒らしと戦うために実行できる手順


オフライン危害を受けた場合 

荒らし行為オフラインに移行するのを防ぐために、電子メール アドレスオフィス電話番号所在地を含むディレクトリリストWeb サイトから削除することを検討してください。

荒らし行為が、電子メール電話などを通じて、個人現実生活に入り込んだ場合、または次のような方法エスカレートした場合は、警察通報する必要があります

 

  

ストーキングいじめ違法です。

法律により、対面、郵便電話、または電子通信使用による嫌がらせストーカー行為禁止されています

 

いくつかの注意事項

ソーシャルメディア投稿する場合は、表明された見解意見あなた自身のものであり、所属組織公式立場方針を表すものではないことを明確にしてください。

ただし、たとえ明確な場合でも、聴衆はあなたコメント所属関係があるものとしてとらえる可能性があることを理解してください。

2024-03-22

すげー楽しい1日で、おっ、じゃあ今日サイゼピザ食ってティラミスも食べちゃうぞ!ってるんるんしながらサイゼに行ったら、隣の席のおっさんとおねーさんがずっと口論していた。俺の楽しかった一日を返せ。

2024-03-09

anond:20240309064632

マザコンなのかなぁ

性別が同じだとオブラートに包まないで口論になりがちだから経験

男と女相手のこと完璧に分かることはないから、言葉を選ぶようになるというか

お互いにね

2024-03-07

大阪府羽曳野市の元非常勤職員女性業務中に市のシステム私的使用して元交際相手男性の住所を調べた上、偽の胎児エコー写真とともに「あなたの子です」などと記した手紙を送り付け、男性離婚する原因になったとして、男性の元妻が訴える裁判を起こし、大阪地裁支部が1日、元職員賠償を命じる判決を言い渡していたことが分かりました。

その後、エコー写真インターネット上に公開されている無関係のもので、元職員妊娠しておらず、男性は元妻と交際する前に元職員交際を解消していたことが判明したものの、元妻は個人情報悪用されていることに不安を抱え、手紙対応について男性口論が増えた結果、男性離婚したということです。

https://news.yahoo.co.jp/articles/926b4f815ed7a01aeff366e1373c7768f388bc86

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん