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2018-10-18

ポエム

「そういう人は生きている価値がないと思います」とのたまう輩がいる。

鈍感なのだ。鈍感だから人を見ただけで、人と話しただけで人を決めつけられるのである。侮れるのである

そういう輩は命の尊さを見ようとしない。人の魂の輝きを、人の可能性を、その誇り高さを理解していない。

ある者は見せかけだけの美醜に拘泥し、ある者は自らの尊厳を貶め、皆輝く道を自ら閉ざしてしまう。

断言しよう。「生きている価値がない」などということは断じてないのである

弱い君は、君の立ち位置から、君の才能に合わせて、他ならぬ君自身が着実に成長できる道を思い描いて、少しずつでも前に進む。生きる努力をする。それだけである

それを他人貶めることなどできはしないのである。君の可能性を否定することなどできないのである

君はそんな妄言に惑わされてはいけない。たとえそれがいかに強烈なマインドコントロールはらんでいてもである

生きてさえいれば、何にだってなれる。その道はいだって見つけることができるのだ。生きてさえいれば。

いか絶望的な状況に思われても死んではいけない。自らの意志によらず、卑劣な連中に追い込まれて命を散らすことなどあってはならない。

なぜ、平然と人を傷つけられるのだろう?なぜ、人を絶望の底に叩き落とすことになんの躊躇もないのだろう?

自らの卑劣さを恥もせず、あまつさえ自分たち正義があると思っているのである仕草が気にくわないとか、そんな些細な理由で殺すのである

私は悲しい。人の気持ちがわかるのなら、それを機敏に察知できるのなら、それを踏みにじるのではなく寄り添うこともできたはずではないか

それは彼らの選択なのである。彼らはそれを望んだのである。そんな悲しいことはないではないか

きれいごとなのは百も承知であるが、「だから貴様らは永遠に争いを止められないのだ」と皮肉を言いたくもなる。

人はなぜ争うのか?お互いを憎み、血を流すことが嵯峨だとでもいうのか?

絶望に突き落とされて、人の卑劣さ・狡猾さを骨の髄まで思い知って、その果てにそんなことばかり考える。そこはまさに地獄であった。

そんな私は、「文学」に当てられた、正義燃えた異常者なのである

アニメ漫画あの世はいい。美しい。その一言に尽きる。そこに理想の世界がある。

しかし、あれらは「宝石のような毒」なのだと思う。宝石のように輝かしい。涙を流しながら感動すらする

心が洗われ、清められるようであるしかし、同時に生きる力をもがれているような気がする。

その高潔さに憧れるほど、その気高さを追い求めるほど、現実を、理不尽世界を生き抜く冷徹な心を失ってゆく。

なのだ

思うに私はこの絶望を味わい尽くさなければならないのではないか絶望を見つめ、理解しなければならない。たとえそれで自らが崩れ落ちれしまうのだとしても。

それが、サイエンスにしがみつくものとしての意地である。使命である

2018-10-17

2.5次元コンテンツ燃えさかっている話

引用抜粋お断りしますリンクタイトル貼付は可です

※ふわりと批判も書きましたが、新キャストに期待していますし新作公演も観に行く予定の人間が書いた記事です

燃えている燃えさかってるよねこれは燃えているよね燃えていますね。

2.5次元コンテンツ、つまりあんステあんさんぶるスターズ! オン・ステージ)」のことです。「あんステ」はアプリゲームあんさんぶるスターズ!」がメディアミックスして生まれ2.5次元舞台シリーズ総称。これまでに4作舞台公演があったほか、2018年9月に「あんステフェスティバル」として初のライブ公演がありました。

アプリゲーム略称は「あんスタ」、そのメディアミックス2.5次元舞台シリーズ略称が「あんステ」です。ちなみにキャラクターバーチャルモデルが踊り声優さんが声をつけたライブイベントは「スタライ」、声優さんが登壇してのライブイベントは「スタステ」です。

今回燃えているのは「あんステ」です。主に運営キャスト変更に関する部分への苦言が目立ちます

本題の前の基礎知識として、あんステ原作であるあんスタは夢ノ咲学院舞台としたアイドル育成ゲームであり、舞台に登場するのはアイドル達です。アイドルは数名でユニットを組み、主人公位置の「Trickstar」、学院王者fine」、次点に君臨する「紅月」などのユニットがあります

燃料その一として、9月あんステフェスをもって「fine」と「紅月」の初代キャスト卒業という発表がありました。あんステはそれまでに事務所都合や引退等、事情事情でのキャスト変更はあったものの、まだまだ演じ続けられるという意志のあるキャストを交代させるということはありませんでした。しかし、卒業という形を取るというのはそれがシリーズ方針になるのだろうということで、ひとまず納得がいきました。ただ卒業キャストの人たちの言葉の端々から運営から卒業の打診や説明について十分になされていないのではないかという印象を抱きました。

fineフェス前にキャス変があり、弓弦役が野嵜さんから渡邊さんに変わっています。彼は続投です

つづいて燃料その二として、あんステフェス公演後の応援上映会(東京京都で各複数回実施)のプログラムがあります。これは、大千秋楽映像での応援上映後、キャストトークがあるというプログラムでした。当初はその二本立てだった予定なのですが、ここにキャラクター扮装をした新キャストのお披露目の時間が追加されました。この辺りで運営の采配の悪さにいらいらしてきた人が多かったと思います卒業キャストトーク回もあるにもかかわらず、まだなじんでいないキャラクター扮装で客前に立たなければならないというのは、新キャストにとってもかなりのプレッシャーではなかったかと思います。実際観に行ったときはかなり皆さん緊張されていて差し出されたマイクにも気づかないくらいかちんこちんになっていましたし、客席も卒業公演の応援上映で大洪水になった顔と卒業キャストトークでめちゃくちゃつらくなった頭を抱えて、(そうか次はこの人たちか)と寂しさと不安を抱えて力なく舞台を見つめることしかできなかった人が多かったのではと察します。最高の状態キャラクターを演じてくださった卒業キャスト最後の最高のパフォーマンスを見た後で、どうしてキャラクター扮装の新キャストを見なくてはならないのか、ということに腹を立てた人もいたようです。

わたし東京の新キャスト披露初回と、京都の土曜昼の回に行きましたが、新キャストさんは緊張されながらもコメントされていて、悪い印象は抱きませんでした。どの方も緊張への対処コメントの仕方を考えられたと思いますし、内容が回毎で違っていたか、同じだったか、どんな様子で話したか、などは、緊張しているだろうけど、がんばってほしいなあと思うくらいで、批判対象として言及するまでもない程度に感じました。

個人的には新しい解釈キャラクターを見るのが楽しみな気持ちでいますし、卒業キャストの全員が原作キャラクター生き写しだったわけでもありません。卒業キャストそれぞれが自分の演じるキャラクターと向き合い、自分なりに最大限表現した結果が私たちに受け入れられているというだけの話です。だけの話といっても、そこが何より大切な部分であり、卒業キャストの素晴らしかった点であるのですが……。新キャストさんにはぜひ自分なりのキャラクター解釈を見つけていってほしいと思うのです。

さて、第三の燃料です。応援上映会がすべて終わり、翌日に新作のキャスト発表が行われました。新作の登場ユニットは「fine」、「紅月」、「Ra*bits」、「Valkyrie」の4ユニット総勢13名。fine、紅月からは弓弦(渡邊さん)が続投&6人代替わりで新キャスト(うち渡邊さん演じる弓弦はフェスからのキャス変)、Valkyrieは初登場のユニットなので2人が新キャスト、そしてRa*bitsは4人が続投(うち奥井さん演じる光はフェスからのキャス変)と思われていました。しかし、そこでもう1人キャス変がありました。Ra*bitsの創(櫻井さん)がそのとき初めてあんステ卒業と明かされたのです。正確にはあんステ運営ツイートだけでは新作のみの代役か、キャス変かが判断できませんでした。しかし同日投稿された櫻井さんのブログにて、あんステを実質卒業することが綴られていたのです。

あんステフェスという大きな舞台で、fineと紅月はユニット卒業という発表を受け、そうした脚本演出で演じ、新曲パフォーマンスをすることができました。私たちは会場で、彼らがこの曲を歌うのはこれで最後なんだ、と思って聴くことができましたし、彼らも最後という立場で歌ってくれていると想像することができました。しかし、Ra*bitsの創に関してはそうではありませんでした。櫻井さん演じる彼が、この次もRa*bitsの1人として舞台に立ってくれると信じて、これからもっと楽しみだなと幸せRa*bitsの演技やパフォーマンスを見ていました。

他の多くの2.5次元舞台キャスト変更は、そうしたサイレントものが大半なのかもしれません。しかし今回の場合卒業という制度があり、その対象となる役者キャラクタークローズアップされた演目となっていました。それだけに、櫻井さん演じる創のサイレントキャスト変更に対して、ファンは不意を突かれたものと感じたのです。運営はなぜもっと早く発表して、ユニット単位での卒業演出は難しかったとしても、せめて彼のフェス出演をわたしたちに「これが最後なんだ」という特別な目で見させてくれなかったのか、と。

そんな中、ある新キャストの方のツイートが悪い意味で注目されてしまったのは、不運かつ、ご本人の良くない手だったなと思います

この話題の前提として、わたし応援上映会での彼のあいさつを聞いて、新キャストさんのなかでもえんぴつみたいに(※)緊張せずにゆったりあいさつしてくれる方がいてこちらもほっとするな、と感じていました。

※(緊張した自分たちが)えんぴつみたい、というのは新キャストさんの1人がツイッターで呟かれていた内容。かわいいです。好きです

会の後、レポなどを検索していて毎回同じ内容だったというのを知っても、あ、緊張していなかったわけではなくて、もしかしたら緊張ゆえにああして話すことを決めて板の上で口ごもることのないように「演じて」いたのかなとも思いました。個人的には、そんなに悪い印象ではなかったのです。

しかしながら、ツイッターでは悪い印象がそこそこ広まっていました。実際に行って聞かれた方が不満などを呟くのは自由だと思いますしかし、ただでさえここまで書いてきたような内容で敏感になっていたあんステファンはその不満を拡散させ、ご本人の耳に届くようになってしまいました。ご本人がここでそういう意見もあると受け止め、無言をつらぬいて公演で示すか、あるいはツイッターでひとこと、意見を受け止め稽古に励む旨コメントすればよかったのではなかったか、と今では思いますが、実際には後者を選んだようでいて、その文末で荒っぽい表現を使うことを彼は選びました。彼に対して悪い印象のなかったわたしでも、あの表現を目にしたときは、なんでこんなことを言われなくてはならないんだろう、とぞっとして傷つきました。それだけ多方面暴力的に伝わってしま表現であると考えます。本当に良くない手を使われたと感じました。

こうしたあたりが、燃えさかりの理由であったり、経緯であったり、心情であったりするかと思います燃えるのはわたしとしては理解できます。ただし、いまだにご本人に悪罵を投げつけているアカウントが多いのは、それはまた悪質であると感じます。傷ついたから、間違っているか相手を無闇に無制限に殴っていいというのは大きな間違いです。それに彼の発言に訂正や謝罪を得たいならば、彼自身ではなく、事務所姿勢推し量る方が優先されると思います悪罵ではなくあくまで冷静に問い合わせることで、あのツイートファンやお客さんに向けたものとして適切であったか、ご本人や事務所に考えていただけたらいいなと思います

この頃炎上をよく目にしますが、叩けると思った相手に群がる匿名アカウント疲弊させられることは本当に恐ろしいなと思います。少し話がずれますが、正直あんスタ公式スカウト予告やイベント予告にぶらさがるツイートもかなり程度が低いですよね。恐怖です。

散漫な文章になってしまいましたが、わたしMoM、観に行きます仙台千秋楽良席をつかみに行きます。初回公演も絶対とってやります。演じるうちにみるみるうちに変容していくキャストさんが観たいからです。わたしフェス横浜初公演で初めて渡邊さんの弓弦くんの歌を聴いて、がんばれ! なんとか歌いきってくれ! と思ったド緊張転校生だったのですが、応援上映神戸千秋楽の彼の歌を聴いて、本当にすばらしく声が伸びるようになっていて感動したのです。そういうキャストさんが観たいのです。それにマリオネットは私の推しの友也(宮崎さん)が大活躍なはずです。絶対観に行きます

まだまだサイレントキャス変の恐れのある舞台に震えていますが、ひとまず自分の考えをまとめられて落ち着きました。なんとかMoM、いい公演に成ってくれたらいいなと思います(誤字ではありません。今は不安要素が多すぎるので)。日程・キャパが予定されていた刀ステからの流用という噂は本当なのでしょうか…… たしかにそれっぽいけど……

本当に散漫になってきましたが、新キャストさんたちが演じるキャラクタースカウトで出しているのを見るのが本当に好きです。にこにこしてしまます。でも課金はほどほどにして、無理せずキャラクターを好きになってもらえたら嬉しいなと思います。色々な解釈で演じられるキャラクターが好きです。新作、とても楽しみにしていますチケット無事とれますように……!

宇宙で一番嫌いな漫画

「……お前の描いてる、この漫画の主役たちってさあ。正直なところ、仕事仲間の寄り合いって感じが強くて、まったく魅力を感じないんだよ」

私の手に掴まれている手紙の文面は、そのような書き出しから始まった。目を背けたくなるのが道理だろうに、私の視線は縫いつけられたようにその文字列の上から動かせなくなった。

今朝、私はまだ日も昇らないうちに目覚めてしまった。仕方がないので新聞を取りに行こうとしたら、一緒にこの手紙発見したというわけだ。差出人の名は無く、私の名前けが封筒の表に大きく書かれていた。怪文書の類かもしれない、私は疑ったが、一応持って行っておいてもいいだろうと軽く考えてしまった。あの場でゴミ箱に入れてしまえばよかったのだ。

 私はこれでもそれなりに名の売れている漫画家だ。その中でも、今描いている漫画は私の描いた中でも最高だと自負している。そう思ってはいてもこれまでに批判を浴びたことは度々あった、だがこのような、よりにもよって、……キャラクター描写について指摘を受けるということなど、ただの一度も無かったのだ。

 「これまでは前作の手前、こいつらにも魅力はあるんだって思い込もうとしてたさ、でも、もう限界だ。無理だね。あのコミュニティ間に熱狂するのは不可能だ。なんだあの、殺伐とした主役校Iは」

 これはただの偏執的な、妄想に頭をやられた人間の世迷言だ。こんなものは一刻も早く捨ててしまうべきだ。私が作っている世界完璧だ。批判が溢れるはずのインターネット書き込み上ですら、私は私の作品の、ストーリー登場人物に対する表立った批判など見たことがない。

私に対する罵倒はいつも決まっている、やれ「絵が下手」だの「画面が地味」だの、描画に対する文句ばかりだ。そんなことは自分でも分かっているから、より上を目指すために甘んじて受け入れる。しかし、こんなことを書かれたのは初めてだ。

私は手紙丸めしまおうとして、止めた。読んだ上での批判であるなら、受ける義務はあるのではないか。たとえそれがまるで理屈が通っていないにしろ、一意見には違いないのだ。私は皺の寄った手紙をもう一度指で広げた。

 「見ていてもギスギスしすぎだし、個人の功を焦ってるし、チームワークも話の都合上身に着けただけだ。ベタベタして欲しいって言ってるんじゃない。かけがえのなさを仲間の内に見出せよ。形だけの、ハイタッチするとか、頭を撫でるとか、そんなのを求めてるんじゃない。そういうところを描けばみんな喜ぶだろう、と狙ってんのかどうかは知らないが、響いてこないんだ、そういうのは」

 そんなはずはない。この、指摘されている箇所、この描写に該当する話は特に読者の受けが良かった。ここで私は閃いた。この手紙を書いた人間は、相当ひねくれている。あるいは単純に、私に嫉妬しているだけだ。気付いてしまえば、どうということもない手紙だ。とりあえず最後まで流し読みをして、後はシュレッダーにでも掛けてしまおう。

 「お前、描けていたじゃねえか。こういう過程を経たからこういう結果になるっていう機械的論理だけじゃなかった。前作では、人間自然とこうなるって有様をしっかりと描いていたじゃないか

 首に冷や汗が伝った。天井を見た。床を凝視した、ベッドの下も覗き込んだ。なんだ、なんなんだこいつは。何故私が、捨てたことを、切り離したことを勘付いているのか。他の誰にも、読者だけじゃない、編集にも、アシスタントにも告げていないし気づかれてもいないことなのに。

 そんなことが、どうして分かる。お前に何が分かるというんだ。私が、どういう気持ちで今の漫画を描いているのか、知っているとでも言うのか。

しかもさあ、別にそんな、わざとらしいボディタッチとかやられてもさあ。お前らいつからそんなに距離が近くなったんだ? 馴れ馴れしくなったんだ? って白けるだろう。描けよ。そこをサボってどうする。こいつらが放課後にわいわいやってる姿がまるで浮かばないのはどうしてなんだ? 試合しかしてないのが問題なんじゃねえ。そこまでする思いやりの理由そいつが見えないからいけないんだ」

 違う。私のせいじゃない。硬派な方が受けるんだ。尚且つ、要所では触れ合いを多くしておいた方が、読者の反応も上がる。たとえ、そこに至るまでの経緯が見えなくても読者は気にしない。そんな細かいことに反応するような読み手は居ないんだ。だから、そんなことはしなくていいんだ。

 「前作は良かった」

手紙を握る、指の力が抜けそうになった。足もよろけて、背後にあった机で腰を打った。

あいつらの任侠じみた繋がり方は確かに良かった、ああいうのは特殊だ、というのを差し引いてもな。お前こうやって、まともな高校生の仲の良さを描けるだろう。描いていただろう。何がしたいんだ?」

 お前なんかに! 私は喉元まで出かかった叫び必死に呑み込んだ。呑みきれずに、一部はうめき声となって口から漏れ出た。私以外の人間に、分かるものか。







 前作の「あの人のために」、は良かった。あいつらは自分を見失わなかった。なんだあの連中の体たらく。まともなのは主人公だけだ。あとはみんな動機丸投げしやがって、自分が情けなくないのか、ええ!

 

 あいつらをあの作者の漫画キャラだと思いたくない。ストーリーのためのコマじゃねえかあれじゃ。なんのために話書いてんだよ、キャラのために描けるだろうが。お前はそれが出来るのに何でやらないんだよ。 全部薄っぺらいんだよ。演出が下手くそすぎってのもあるが、脚本があれだけよく出来てるのにこんなに胸に響いて来ないのは異常だ。話を良くするために他を全部ダメにするなんて馬鹿じゃねえの。

 なんでこんなに感情移入出来ない奴らしか居ないんだってことだ。回想だのもっともらしい理由づけだの、そういうのじゃねえよ。それが出来る腕を見せびらかしたいのか。違うだろう、あいつらは何がしたい、何を求めてる、そういうのは全部個人が決めるものだ。

 あいつの後悔なんてさ、あれはあんなに都合のいい話は無いと思ったね。「コレがこうしてああなった因果であって、コレがこのように作用してこうなりました」なんてのはいらないよ。元々やってたぐらいでいいんだ。矛盾なんてものを吹き飛ばせるだけの熱が確かにあったはずだ。一切合切なくしたなんてありえない。 失望してる。こいつだけは後悔するようなことはしないと思ったのに。違う。完璧ストーリーなんかいらない。わがままキャラが見たいんだ。自分意志で動く奴らが見たいんだ。アレは違う。認めるもんか、あんなのはお前が書いたキャラじゃない。

 面白さなんていらないと思った。漫画に要るのはそういうんじゃない。作者の持つ欲求であり、キャラの我だ。動いてくれればそれでいいんだ。何をはき違えたんだお前。そんなものは誰も求めてない、そんなもので人は揺さぶられない。それは計算つくしたお涙ちょうだいだ。配分を読み切った作品だ。そんなものは読みたくなかった。文学に任せろ、そんなもん。お前の漫画にそれは絶対必要なかった! 主人公校だけが舞台装置として完全にキャラが死に切ってるのは不幸すぎた。主人公がまともに見えるのは、おそらく自己投影しているから。もうそれでもいいなんでもいいかキャラが生きていると実感させてくれ。お人形遊びに付き合わすのはもうやめろ。

 お前は自分が持ってた才能を全部捨てたんだ。ネームを描く力も、絵の魅力も、そこに人が居て生きている、と思わせてくれる熱も、全部無くした。

 話なんかどうでもいいんだよ。少なくとも、あれだけやれれば。お前は何がしたかったんだ。お前はそれらを引き換えに、完璧な話を作りたかったのか。イレギュラーの起こりえない絶対的なものを。なら捨てろ。そんな才能は捨ててしまえ。物語に拘泥して動けなくなるようなら、もう漫画なんて描くな! パッとしないのは絵のせいじゃねえよ。あんな話の出来だけいいもん見せられたって何とも思わないよ。面白ものはああ面白かった、と消化されて終わる。矛盾だらけの継ぎ接ぎ脚本でも、キャラクターが動き、演出で心を惹きつけ、見ているだけで楽しいものは忘れられない。

 お前は特化する方向を間違えたんだ。出来ることをやってりゃよかったんだ。お前、これからどうするつもりだ。もう漫画は描けないはずだ。描くんなら軽蔑するね。何もできなくなったくせにまだしがみつくのかって。

 漫画ってのは総合芸術だよ。絵もコマ割りもトーンワーク視線誘導もセリフ回しもなにもかも含めた画面作り、その中を動き回るキャラ、話。漫画は生き物だ。ハリボテなんかじゃない。どうしてそれを忘れたんだ。知ってただろ。やってたんだ。どうして出来なくなった、道を間違えた……。 

この漫画は嫌いだ。もうダメだ。これから良くなるんだったら手のひらいくらでも返すが、無理だ。こんなもの見るためにお前の漫画読んでたんじゃねえよ。

 仕切りなおしていろんなもんを無かったことにするぐらいしか方法が見えない。ここまで人間味の感じられない漫画になるとは思わなかった。シナリオの書き方、セリフが導かれる論拠、ともに完璧。それがどうしたぜんぜん面白くない。

 何回読んでも印象に残らねーのはそのせいだ。オレの記憶力じゃねえ、一回こっきりしか読んでねえのだってもうちょっとマトモに覚えてるぜ。 

ダメだ。話題を目にしただけで吐きそう。もうこの漫画に関わりあいたくない。

 どうしてこんなになるまで入れ込んでしまったんだろう。どうして普通に好きでいられなかったんだろう。

 答えは出ている。前作を読まなければ、存在に気づかなければよかった。

 初めて手に取った時、かけらも期待していなかった。読み終わった後土下座した。

 なんて面白漫画なんだろう、なんて完成された非の打ちどころのない脚本だろう。キャラクター舞台の中で生き生きとその生きざまをこちらに伝えてくる。なんて感動的な話なんだ。すばらしい。

 そこで終わっておけばよかった。

 あの漫画面白い。今に至るまで何も変わらない。それでも受け入れられなくなった。拒絶するしかなくなった。

 全部前作の焼き直し。パッチワーク。いいとこどり。リテイク、もしくはリメイク。それも、そういうものとして見た場合、非常に出来が悪い。

 知らなかったら良かった。単品で見たらこんなに面白漫画は今の日本にはほとんどない。前作を下敷きにしていると気づかなかったら誰もが熱狂する。

 他の作品に似ているところやなんかはね、メッキだよ。中にあるものを隠すための見せかけだ。読んだ奴みんな引っかかった。自分以外誰一人として気づいちゃいない気づくはずがない。妄想じゃないんだよもしそうだったらあんな配置にしない。

 他の作品酷似している、設定だけは! 結局あいつがやりたかったのはそんなんじゃない。バラバラでめちゃくちゃに終わらせてしまった何よりも愛しているあの世界をより完璧にするためだけの踏み台あいつらの生に意味を与えるための儀式

 前作のあいつらは徹底的ムラ社会で怖いというか陰湿だったけどそこが驚異の連帯感に繋がっていてなおかつちょっとイカれてるぐらいの精神面に直結してるという奇跡みたいなバランスだったというかこういうのを書かないんだったらまっとうなコミュニティ勝負するべきだった。

 今作も強豪かやや強いぐらいの高校でよかったはずなんだけどねえ。前作と色を変えるならこっちは根っから個人主義で前半はそれぞれ意地張り合ってなかなかうまく行かないとか、それでよかった。

 ちぐはぐすぎるんだよ。殺伐としたままで書きたいなら全体的に性格を歪ませるべきだし、いい人だらけにするなら融和はもっと初期に来ないとおかしい。

 試合展開も無慈悲なだけでリアルかと言われるとどうかと思う。

 なんもかんも薄っぺらい。抑揚がない。緩急をつけられてない。メリハリに欠ける。ただだらーっと緊迫したようなシリアスらしき雰囲気淡々と垂れ流し続けているだけ。

 現実味も全くない。そう言われるのは容赦がないから。ただそれだけ。本当にそれだけ。そこ以外に何一つとして肉感が感じ取れない。漫画っぽい、フィクション香りがする。

 おかしいよ。前作で出来ていたはずのことが何一つ出来なくなっている。終始しみったれた湿っぽい鬱々とした話が延々と続いている、カタルシスの欠片もない。

 ネームは前作中盤から怪しくなり、冗長病もその頃発症。絵柄はせっかく良くなったのにどんどん悪くなって今じゃやる気あんのかと問いたくなる。それでも話とキャラの芯だけは捉えていたのだ。だから最後まで好きだったし読んでいられた。

 なんでこんなに辛気臭いんだよ。暗いのとただうっとうしいのは別物だ。

 確かに前作の脚本は作りが甘かった。穴もあちこちにあった。終盤はSのことを抜きにしてもやりすぎた。全体として全くバランスが取れていない。出来はいいとは言い難い。

 だからどうした。あっちには陰と陽が確かにはっきりと存在していた。コントラストが美しかった。日が暮れてもまた必ず夜は明けるのだと感じられた。大切なのはそこだろうがよ。

 完全なる穴のない脚本からってそれがずーっと日の当たらないじめめしたところをいつまでも這ってるような話だったら意味がない。

 最後に今までが嘘だったかのように明るくなるんだろうどうせ、しかし遅い。遅すぎる。いつまでやってる気だ。

 バランス感覚がおかしいんだよ。根本的に存在してないんだよ。前作はそれが萌え駄目として表出したが今回はなんだこれ、完璧なる脚本萌えか? 破綻がなくてもこれは失敗っていうんだよアホが!

 前作は明るかったから何があっても相殺されてたと痛感する。今作のあいつらをあん意味もなく馴れ合わない関係にしたのはどう考えても間違っていた。ストーリーラインが暗いのにメインまで暗かったらそれはただの胸糞悪い話だ。

 

 今から仲が良くなっても都合だとしか思えない。もともと顔見知りの連中はかろうじて許そう。それ以外は何故このタイミング唐突に実はオレたち元からこんな関係ですみたいな顔をするんだ? 何を考えたらこんな描写が出来るんだ? 読者を舐め腐ってるんじゃないのか? 何故大多数の読者は頭空っぽにしてちょーかんどー泣けるーかっこいーしか言わない? おかしいだろ? 気づけってんだよ! てめえらがそんなんだからなにも変わらなかったんじゃねえか!!

前作のSはなんで人気が出なかったんだろう。あんなにバカ丁寧に描写して、一番力を入れていたのに。

 いやまあ分かるよ。あん内面感情移入できるような気グルはそう居ない。Sは狂っていた。治ったのかどうかも怪しい。というか性根は治ってない。あんなのを可哀想とかがんばれとか応援できる方がどうかしてる。

 今作のキャラにはそこまで思い入れがあるのか怪しさすらある。あんな作者じゃなかったんだけどなあ。客観性重要さは覚えたけどいくらなんでもキャラから遠ざかりすぎっていうか、その割に主人公がゴテゴテしてるのはまあ、趣味なんだろうけど。

 主人公だけ趣味に走るというのは悪くない。悪くないけど作者の趣味世間の99%の人間からかけ離れているのが問題だった。

 うん、前作みたいに趣味の要素を散らした方がよかったね。主人公より好きなキャラが出来て自制が効かなくなりそうならもう諦めてそいつ視点にすりゃいいし。それやっても破たんさせないだけの能力があるんだからやってもよかったよね。

 この作者の趣味って結局これ「人間欠点」だからな。欠点萌えからな。Sの性格視野狭窄強迫神経症とかOのスランプ通り越してイップスとか前作主人公エゴイストなとことかYの結局自分楽しいからやってただけってとことかKの子供っぽいとことかあいつのプライドが高くて足元が見えて無さそうなところとか。

 そんなん一キャラにつっこんだらどうなるかぐらい予想してよ。欠点と言えばコミュ障のIが居るが前作にコミュ障が居ないのであれはただの欠点だし、臆病とか自身の無さはなんだろう……前作だと開き直ってたからやっぱあれもただの演出なんだな。好きな欠点とそうでもないのがあって好きな方を全部主人公に入れたのか……アホだろ! 

 普通の読者にはそんな趣味はないからね。みんな強くて頼りになって優しい人が好きだからね。人間の弱さになんて興味持たないからね。俺ツエー嫌いとかいう奴居るけどウジウジやってるのも嫌うんだろそいつら。バカじゃねえのと思う。

 本気で人間の弱いところ欠けているところ一般的に好かれないようなところに魅力を感じて、気が狂っているような思考回路がかっこよくて、追い詰められて何も見えなくなって死にそうになっている人間燃えるなんて奴は狂人だよ。みんなそんなのはファッションで持て囃すだけで、本当に好きなのはまともな人間だけだよ。作者が狂っていたから、狂っているくせに「まともでカッコいい人間」を誰よりも完璧に書けるからいけなかった。

 あんなの誰が愛すんだよ。お前と一部の物好きだけだろ。主人公になら愛を偏らせても物語はそうそうぶっ壊れない、だけどあんなのが主人公になったらダメだろう。最後に全部持ってっちゃダメだろう。それで納得する奴なんか、お前と俺しか居ないだろ。

 

 …………ああやっぱりそれでも俺だけは、この世で俺だけはそれを望む。人の苦痛を、悩む姿を、まともな脳の構造ならそもそも問題にもしないようなところで必死にもがいて息が出来ないとうめいているところを、やっとのことでそこから這い上がって人の優しさに涙するところが見たいんだ。

 Sは性格が歪んで神経症だったりして狂っていた。主人公は生まれときから狂っていた。狂人葛藤し悶絶し一度は絶望希望見出し覚醒するなんて展開はね、受けないんですよ。受けるわけないでしょう。だってこの世にいらっしゃるほぼすべての人間正気なんですからね。狂人の苦しみなんか分かる訳がないんですよ。そんなの見せられたってピンと来ないしつまらないんですよ。

 だから好きだった。他の誰も描けない漫画だった。お前が一番誇っていい個性だった。でもそれは大多数にとっていらない才能だった。しょうがいか迎合した。そちらの方面でもたぐいまれなる才能を持ってたからなんとかなった。俺は悲しい。理由が分かっているから悲しい。

 俺だけは好きだった。あの狂気が一番好きだった。気が狂っている人間たちの美しさが好きだったんだ。

anond:20181017153358

そんなこと言い出したらどこから自分意志でどこから他人から吹き込まれたことなのかの線引が必要になると思うんだけど、

それは誰が定義すんのよ

anond:20181017153121

自分意志でやってるってことになってる」と「自分意志でやってる」は明確に異なりますけど理解できますか?無理でしょうか?

anond:20181017152903

やりがい搾取されてる連中とか、新興宗教にはまってる連中とか、ブラック部活で使いつぶされる選手とか、全部自分意志でやってるってことになってるけどなぁ。

フェミは叩けるとこしか叩かない。それも目に見える範囲しか

先に潰すところあるだろ。飛田新地だよ。

あんなに露骨に女を売り物にしているとろこないだろ。

あそこをスルーして何が男性強要社会だ。

彼女たちを職業選択の自由意志として認めてるいるなら別だけど、本気でそうは思っていないだろ。

2018-10-16

anond:20181014050009

ゲイペドも生まれつきなら「指向」と「嗜好」でわける意味あるの? ペドも脳で決まってるなら自分意志や習慣で変えられる「嗜好」じゃないよね?

https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-41812774

だがカナダ臨床心理学者、ジェームズカンタ博士小児性愛について、脳内の「混線」が原因だと主張する。

小児性愛者の脳をMRI磁気共鳴画像法)で調べたところ、脳内の異なる領域をつなぎ合わせる白質が少ないことが分かった。

【補足あり】女性の言う「普通の男でいいのに」の「普通の男」の婚活

わりとどうでもいい補足↓

https://anond.hatelabo.jp/20181016161915

3年前に婚活を始めて、結局社内恋愛結婚するに至った。

婚活開始時の自分スペック

・29歳

年収550万

関東出身(次男)、都内一人暮らし

・そこそこの私大

身長雰囲気ごまかしたちょいブサ

子供がほしい

ちなみに相手への希望はこれ↓

・年齢は±5歳くらい

趣味がある

子供希望している

・できれば一人暮らし経験あり

年収350万以上、正社員で働き続ける意志がある

(現在年収が350万に満たなくても、将来的にそのくらいになる見込みがあればOK)

上3~4つに当てはまる人はたくさんいたけど、350万正社員は思ったより厳しい条件だったみたいだ。

自分で言うのもなんだか、自分女性の言う「普通の人でいいのに」に当てはまっていたようで、婚活市場ではそれなりの需要があった。

自分を気に入ってくれた人の中にはすごい可愛い子もいて、結婚前提でなければぜひお付き合いしたかった。彼女派遣社員だった。正社員になる気はなく、結婚後は仕事を辞めたいらしかったので、涙をのんお断り

他の女性も、「結婚したらパートになって〜」とかすごく自然正社員ルートから外れることを考えていた。もちろん、そういう女性専業主婦志望の女性がいるのはわかる。けどそういう人は、もっと高収入の男を狙いにいくものではないか?少なくとも年収600程度の男を選んでる場合ではない。

夫婦2人ならまだしも、自分は「子供がほしい」とプロフィールに明記している。「子供が好きで、2人は産みたいんです」「年に一度、家族旅行に行けたら」謙虚っぽい感じでそう言うが、オ、オレだけの給料で??甲斐性がないのも悪いけど、金回りの計算どうなってんだ?

結局この人だ!という出会いはなく、1年半ほどで婚活は休止した。その間に転職した。年収は上がった。同業界だが規模大きめで、女性比率も高かった(男女比6:4くらい)。

以前の会社は男女比8:2くらいで、ほとんどの女性は男の仕事の補佐業務だった。新しい会社は男女が(まぁ、少なくとも目につくところは)平等で、給料も男女で変わらない。

結婚している女性も多いし、育休・産休制度がしっかりしていて、ほとんどの女性産後復帰してくる。婚活あきらめかけてたけど、「こういう会社女性結婚できたらいいなぁ」と思った。

それで、社内の同い年の女性とこの度結婚することになった。彼女は社内の多くの女性と同じく「産後時短勤務にすると思うけど、仕事はやめない。むしろキャリア重ねていきたい」って考え。

婚活で学んだこと

マッチングアプリパーティは、違うコミュニティの人と出会えて面白い

 →反面、数字にでない価値観がずれたマッチングが成立する可能性も高い

・初対面の印象に引きずられる

 →そうだろうな、と思ってたけどその通り。見た目は重視しないと決めてたし「中身を見ろ」と自分に言い聞かせても、容姿に印象がひっぱられるのは否定できなかった。

余暇を使って数回のデートをするまでは中身なんてもの判断できない。相手日常理解するまでに時間がかかり、結果自分と合わなかった時のコストがでかいと感じてしまった。

・値踏みされてる感がすごい

 →これはお互い様なんだが、相手写真やらスペックを見て選んでいるので、たまに「パートナーじゃなく就職先として見られてるな」と感じた。まぁこれは利点もあるのでしょうがない。

あといいなと思っても、お互い並行で他の人とも会っているので気持ちが盛り上がらないし、魅力的な人ほど「どうせ…」と思ってしま自分もいた。

・「普通男性は、一人で家族を養えるもの」と考えている女性はまだまだ多い

 →上にも書いたが自分場合身長・年齢・年収などが女性の考える「普通の男」に当てはまっていたので相手にはあまり困らなかった。

普通」を求めて安心したいのはよくわかる。でももう「普通男性」が都会で「普通に」余裕をもって妻と子供を養える時代じゃないのがいまいちわかってなさそうだった。

女性自分年収1.5倍〜を求める傾向があるらしい

 →なので当時の自分年収では、年収400万以上の女性とはそもそもマッチングできなかった可能性がある。ちなみにこの傾向は、年収が低いほど顕著なのだとか。(そりゃそうだろうな)

※一応年収クリアする正社員希望女性にも数人会えた。けどレアだった。それ以外の点で断ったり、普通に断られたりした。

婚活アプリパーティーもメリットは大きいんだけど、自分にはもっとシンプルな「条件に合う異性の多い環境に身を置く」が合っていた。出会い目的転職したわけではないが、一緒に働いて、同僚として雑談をしたりできるのは大きいと思った。ある程度価値観もわかるし、最初から近い人が揃いやすい。もちろん社内だから慎重にことを運ぶ必要はあるが、そのぶん誠実な付き合いになりやすい。

読み返すとカネカネうるさくて俺こそ金目当てみたいだな。まぁそうかもしれんけど。

定年まで共働きならとりあえず安心かなとは思うものの、勿論彼女がこの先働けなくなったとしても支える覚悟は出来てるよ。俺が働けなくなるリスクもあるけど、どちらかがそうなっても露頭に迷わない安心感はやっぱり強い。子供を考えるならなおさら

最後にひとことのろけていい?

彼女ガッキー似。イエイ

あとめっちゃ優しい!イエイ

料理は俺のほうがうまい彼女の心はカレーで落としました!イエイ

anond:20181015223910

できる子は朝から晩まで寝る時間以外は技術書読むか手を動かすことに意志苦痛も疑問も持っていない、と言うべき

"Fish don't know they're in water"。

2018-10-15

女性理系進学を自分で諦めている

科学や数学の分野において男女に成績の差があるのか、160万人の高校生のデータから判明したこととは? - GIGAZINE

この記事ブコメを見ても、どうしても女性理系に進まないのは阻害されているからだと考えたがる人がいるのが分かるけれど、別の資料を見れば、女子工学部物理数学系に進まないのは物理が苦手と感じる子が男子に比べて圧倒的に多い事が理由であることは分かる。

https://berd.benesse.jp/berd/center/open/report/shinrosentaku/2005/pdf/shinrosentaku05.pdf

p307 図4-2-4を見れば一目瞭然なのだが、女子理系に進んでも物理を履修しないし好きにはなってない。女子理系選択割合男子と比べて大きな差が存在しない一方で、女子の85%は物理が苦手か履修しない。更に、物理が好きだという女子ですらも過半数理工学部への進学を選択しない

理系選択理系学部を進学先に選んでも良い家庭環境を選んだ女子であっても、これほど有意に差が出る事の理由を、どこに求めるべきかというのは難しい話だろう。しかし、高校物理が苦手であれば、物理学科や数学科、工学部を進学先に選ぶことは考えにくい為に、結果として基礎科学部門における成果に男女格差はついてしまうし、エンジニアリング仕事選択する女性が少ない理由にはなる。高校物理が苦手であることは、幾何学微分積分直感的に捉える事が難しい事を示しているので、大学以降の数学絶望だろうし、女性基礎科学研究高収入エンジニアIT機械系を含む)に少ないのは必然に思える。そうした選択肢を取るには高い数学力が必要になる。(ただしWeb界隈だと、数学特に必要もないとか聞くしCSを専攻する事が高収入の近道でもないのかもしれない)


得手不得手の意識生来の適正だけでなく、環境要因もあり得るという見方は出来る。

「女子は文系、男子は理系」の意識はいつごろ生まれる? |ベネッセ教育情報サイト

図をみて貰えば分かるが、小学生時代には女子にも理系は向いてないという意識は強くないが、前述の資料p298 に記述がある様に、小中学生時代機械やモノづくりに対する関心に差は有意存在する。理系に進学した女子ですらも、男子に対して30%以上も少ない。この差が物理への関心の差に繋がっているという見方は出来るかもしれないが、小中学生時代のモノづくりの経験や関心の差は物理が苦手と感じる学生の男女差よりも大きい。同時に、幼少期の単純な関心が、物理が分からない理由になるのか?という疑問は強く残る。進路決定の理由と、物理理解できないというのは別の理由のはずだ。



結論的には、理工学部への進学率の低さは阻害されている事が要因ではなく、物理への苦手意識理由であるって事になるだろう。その苦手意識を、幼少期の原体験によるものと断言する事も難しいだろうが、物理を好きになる事を阻害されているとまで言うってのはもはや暴論だ。女性理工学へ進まない理由は、事実としては、物理が嫌いな人間は、物理工学を選ぶはずがないというシンプルものしかありませんね。少なくとも、差別・阻害されているか理系に進学できないのではなく自ら折れてるだけなのは言えただろう。

理系に興味があり理系進学を選択した女子ですらも大部分は物理が苦手であるという事実は、環境要因だけでなく、先天的な要因でそもそも無理なのではないか?と想像するには十分なものがあるが、それはまた別の話。

そう言えば、俺が大学行ってた時の物理学科は 1/42 で数学科は 0/40 だったな。生物化学は2:1程度の比率だったので、この差は何だと思ったもんだけど、物理嫌いが理由根底にあるならばしゃあないね

追記

「女は物理数学機械いじりに向いていない」という社会規範があって10代くらいだとそれを自己内面化やすいのが問題という話なのだけど、そこから説明しないとだめなのか……。

こうした意見を言う人が自分データを見てくれることはまずないと思うので、追加しておきます

環境要因がありながらも、高校時の男子理系選択割合は50.3% であるのにたいして、女子は41.2% であり、性差はさほどない事が伺えます女性科学に興味を持たない事はない。理系選択したうちで、物理を履修する学生は、男子では63.1%女子は41.9% となっています。この大きな差を環境的な要因であると言ったとしても、問題なのは、その先にあります理系に進み自らの意志物理を履修した学生のうち、物理が得意だと自認した学生男子割合が 54.6%と過半数を超えるのに比して、33.6% にすぎないのです。

自分理系に向いていると自覚し、積極的物理選択した女子の過半は物理挫折しています。本文中で言ったように物理が苦手であれば、その先を工学系で過ごすのはなかなか大変ですから進路として選ばれにくいのは当然です。これを環境要因とするのは無理があるでしょう。逆に考えると、理系選択する以前に、幾何が苦手で空間認識力が弱い、事を自覚している子が物理や、理系選択する事を避けている可能性すらあります環境要因を絶対視するのは無理があることが分かりますね。

anond:20181015141608

あの食欲に打ち勝てたのですね、強い人。

食べたいのに吐き気がして食べられない、頭の中は肉、カレー、がっつり!なのに、においで気分が悪くなる、そんな抗がん剤明けのステロイドの誘惑を、温野菜で済ませられただなんて。尊敬します。すごい意志です。

太ったのは間違いなく自己管理の至らなさです。ステロイドだけのせい、と読ませてしまったのは失礼しました。ステロイドも一因で、逃避行動に食を選んだわけです。不眠もすごくて、食べると幸せだし眠くもなるからうつステロイドの前からきていたと思うので、関係が全くない訳ではないとは思うけれど、期間も短いし、ホルモンぐちゃぐちゃなことが1番強いかなという印象です。ステロイドのくだりまで結構長かったのに、読んでくれてありがとう

蛇足だけれど止まることを知らなかった食欲は、新しく処方された抗うつ薬でぴったりやんで体重が少し減ってきているのが地獄の中のかすかな光です。

anond:20181015151825

また、寛政の改革でおなじみの松平定信は、元々虚弱体質だったため、養生のために節淫を心がけていました。30歳の頃に1年半性交を絶ったこともあるとか。その後健康状態が徐々に良くなってきても、月に2度ほどに抑えたのです。

性欲はあっても、体のために我慢していたのですね。50歳近くになると年に5~6回、つまり2ヶ月に1回くらいのペースでしょうか。60代半ば以降は、性交を絶っていたそう。殿様など重要地位の人は、自分意志関係なく回数制限されることも少なくなかったとか。

Read more: https://www.excite.co.jp/News/column_g/20180719/Japaaan_77283.html#ixzz5Tyi0AS9m

2018-10-14

anond:20181014112046

なあ、これ元増田? anond:20181014192028

キズナアイ意志があって自分で喋ってるって思い込んでたか三次元女性扱いしようとしてたの?

技術的に無理。最先端論文読め。で終わりなんだ。

NHK記事ノーベル賞ジェンダーのみならずAIについても若者に誤解を与える記事だったっていう最悪オチだな。

からどうした

私には大好きな神絵師がいる。2万フォロワー越えの、(主観)神絵師である。そしてその神絵師は私とは違うcp推している。私がABを推しているとしたら、彼女CBというふうに。

ここまでは良い。よくある話である

問題は、私が固定派だということだ。

固定派腐女子の方が読まれているなら分かっていただけると思う。推しcpが違う…しかも、攻め違い。これは固定派にとって大変重大な問題である

私は私の推しcp絶対唯一無二のcp(運命cp)であると考えているタイプの固定派である

cpがこの世に存在する時点でもう、殺意しかないわけだ。

たいへん生きづらい私は快適なSNS生活を送るためにもちろん、他cpは即ブロックミュート。逆cpもまた然り。そうして自分の心の安寧を保ってきた。 もちろんどんなに素敵な絵を描く神絵師でも秒でブロックして生きてきた。そうしなければ殺意でどうにかなりそうだったから。

推しcpが溢れるTL。私はとても穏やかな心持ちSNS活動をしていた。

件の神絵師を見つけるまで。

その日は突然訪れた。TLにとある絵が流れてきたのだ。私の推しである美少年キャラが描かれたイラストである

う、美しい…!あまりにも美しすぎる。

その絵を見た私は思わず感嘆のため息を漏らした。繊細で柔らかく、透き通るような色使いで描かれた推しキャラはまるで、ヴィーナス彷彿とさせるような美しさであるヴィーナスなどと書いたが、正直な話私はあまり絵画には明るくない。ただ、そのイラストに描かれた推しキャラ形容し難い美しさであり、それは美の女神ヴィーナス彷彿させるほどであったわけである。当時の私がヴィーナス彷彿させたかは置いといてだ。

直球どストライクな絵柄に私の胸は貫かれた。

こんな美しい絵を描く人間がこの世に存在するのかと関心すらしていた。もちろんすぐにイラストは保存した。

「他にどんな絵を描いているんだろう?」

きっと美しい推しを沢山描いてくれているに違いない。こんな神絵師出会わせてくれたフォロワーありがとう。きっとサムネイルもヘッダーも美しいんだろうな。とか呑気なことを考えながら、私は興奮気味に神絵師プロフィールを開いた。

しかし、私の目に飛び込んできたのはサムネイルでもヘッダーでも無かった。

プロフィールに書かれた言葉。ただ一言

CB推しです。」

私は発狂した。

一瞬にして天にも登るような多幸感は打ち砕かれ、まるで奈落の底に突き落とされたような絶望感が私を襲った。

私は何かの間違いではないかと、その一言無視して画像欄を開いた。

画像欄は他cp祭りであった。

私は2度目の発狂をした。

固定派にとってその画像欄はまるで地獄絵である。死すら感じた。他cpの絵しかないわけではなかった。他cp以外にも普通の、普通キャラ単体イラストももちろんあった。

だが、私は少しでも他cpを見ると体調を崩してしまう。これから絵師が他cpを描かないとは当たり前に言えないし、私が単体イラストしか踏まないという補償はない。これからの体調のために、万が一を思い私は泣く泣くその神絵師ブロックミュートした。

それで全てが終われば良かった。

しかしそれでは終わらなかった。

その神絵師の絵を見た日から、ふとした時に件のTLに流れてきた絵を思い出すようになった。頭に浮かぶあの、美しいイラスト。私は「憎き他cpの神絵師の絵など…」とすぐにそのイラストを打ち消すようにしていた。他cpを親の敵のように憎んでいた私は、他cpの神絵師が描いた絵すら許せないタチであった。

から、そうやって他cpの神絵師または絵を、想ってしま自分が許せなかった。

モヤモヤは何日も続いた。なんなら保存した件のイラストを眺めたりもした。「いけないわこんなこと…」と思いながらも何度も繰り返しイラストを眺めては複雑な感情を抱いた。

cpを描く神絵師ことなんてきっぱり忘れよう、とデータフォルダに保存されたイラストを消そうともした。無理だった。こんなにも美しいイラストを、消せるわけがない。まるで禁断の恋をした、思春期乙女のような気持ちだった。

日に日に膨らむひとつ感情

「他の絵も見てみたい」

その願いに近い感情を認めるのは困難であった。散々憎んだ他cpの神絵師の絵を、わざわざ探して見に行くなどというのはプライドが許さなかった。推しcpを愛するものとしてのプライド。固定派としてのプライド。何より他cpの神絵師の絵を見に行くことは、他cpを認めてしまうようで、自分がしてきた行いや他cpに抱いた感情を無かったことにすることと同じだと思えたからだ。断固として見るわけにはいかない。そう固く胸に誓っていた。

しかしま結論から言うと見た。

見た。

人間は欲深いとはよく言ったものである。己の願望には従うしかなかった。ただ少し言い訳をさせていただくと、すぐに見たわけじゃない。

その時は自分の固い意志に従い、なんとか神絵師を忘れられるようにSNS活動に励んだ。そして神絵師存在も忘れかかってきた頃、新しい覇権ジャンルにハマり没頭。神絵師出会ったジャンルは私が心から愛するジャンルだったので、ちょいちょい見たり描いたりすることはあったが、神絵師出会った当時ほどの熱はその年以降生まれはしなかった。気づけば絵をはっきり思い出せることもなくなり、「そういえばあんな絵もあったなあ」というぼんやりとした感情しか思い出せなくなっていた。あれほど見たいと思っていた他の絵に対する思いもほとんど無くなっていた。

そして今年。

絵師出会った日からゆうに3年が経っていた。色々あり、私はその例のジャンルに再熱。再び楽しい固定派ライフを楽しんでいた。

そんなある日私は機種変更をするためにデータフォルダの整理をしていた。その時目に入ってきたあの懐かしいイラスト。見るべきではないと瞬時に思ったものの、惹き付けられた目を離せるほどの意思がその時の私にはなかった。恋焦がれ、繰り返し眺めたあのイラストは、3年経っても変わらず美しく、輝いていた。再び燃え上がる感情

「あの美しさをもう一度だけ…」

3年越しに打ち砕かれた誓いだった。

我ながら馬鹿だなと思う。

実は当時の私は、ブロックする前に彼女IDメモしていた。ブロックしてしまえば、他cp単語検索しても出てこないから、と。この行動だけを見ると、「やっぱりあとあと見る気だったんじゃないの?」と言われるだろう。否定は出来ない。固い意志がどうのこうのと書いていたが多分見る気だったと思う。

メモされていたIDを打ち込み、神絵師ユーザーページを開く。

うわ美……………………………………………………うま……………………………

絵を見た私はまるで激しい波に打ち付けられたような衝撃に襲われた。3年越しに見た神絵師の絵は3年前よりさらに美しく洗練されていて、それはもう、泣きそうなくらいに美しかった。

美の波に私は飲み込まれ、再びその美しさに胸を撃ち抜かれた。

cpイラストを上手く避けながらキャラ単体イラストだけを眺め、保存した。他cpイラストが目に入ってくる度、殺意に駆られたが、だからといって絵をスクロールする指を止めることは出来なかった。完全な敗北である

私はそっとブロック解除ボタンを押した。

ちょっと抵抗はあったがフォローボタンも押した。

今でも昔と何ら変わりなく、他cpへの殺意は消えていないし隙あらば殺したいと思っている。しかし、その他cpの神絵師の絵だけはどうしても認めざるを得なかった。神絵師の絵があまりにも、涙が溢れてきそうなくらい美しかたから。この世に彼女以上に美しい絵を描く人間はいないと思ったから。彼女の絵を愛してしまたから。

cpも他cpを選ぶ彼女も嫌いだが、彼女の絵は大好きだ。だから、「大好きな神絵師」というより「絵だけ大好きな神絵師」という表現の方が適切だと思う。

今日も神絵師の他cpイラストにブチ切れながらイラストを漁る。どうにか推しcpに寝返ってくれないかななどと夢を見ながら。

anond:20181014112046

キズナアイはしゃべりの脚本家特定されていない。今を生きる一人の少女キズナアイ人格代表して勝手に何でもしゃべってよいとされているわけではない。実際には、たくさんの萌えコンテンツ制作チームのおじさんたちが会議して一言一句精査したあげくしゃべる内容を決めてる。ここまではOK?

で、それって人間でいうと洗脳とか強要された状態なわけです。IS(旧イスラム国)がやってる性奴隷とかとおなじで、一見自然言語をしゃべっていても、本人の意志は完全にゼロ状態

でも二次元から男性向けコンテンツから、そして最後人間おもちゃとしてのAIだという了解が取れているから、そんなコンテンツ存在が許されたわけ。

もちろん現実女性コスプレ風俗で働きたくなったら自分意志で似合う衣装としてへそ出しを選ぶこともあるだろうし。

 

そういう成り立ちのキャラを完全に三次元扱いして実在女性区別しないというのなら、

まずキズナアイ個性とか一貫した人格本来意味でのアイデンティティ)を見せてほしいんだ。

おじさんがだれでも勝手に使える「フェミからのかくれみの」ではないという証拠を見せてから

じゃあ「本人の意志で着たならいいだろ!」って反論につかってあげてくれ。

ラノベ漫画キャラが突飛な格好でもいいのは、エルフから異世界人だから

などと作品内でそれなりに理由があるから楽しめる。

 

キズナアイAIである以上、技術限界がある。

現在レベルでは、自律AI存在しないというのは文化庁諮問委員答申した事実

それが自分の「意志」で萌え衣装を選べるわけがない。

もし萌え絵をたくさん食わせてAIが合成して吐き出したっていうなら、それも人間でいう洗脳だ。

萌え絵という現実で着るには同性や高齢者から侮蔑さえ伴う、責任のある衣装を、

人格をもたせるつもりのキャラクターに、「現実」を知らせずに、

敢えて萌え衣装だけから選ばせたんだから罪深い。

この後「えっこれってエッチなんですか、普通高校生制服・・キャア恥ずかしい」って

厚着に着替えるラブコメ展開の予定があるならちゃんといっといてくれ。

 

私見ではキズナアイ運営が今後それをやる気は絶対ないだろう(やる気があるならいままでにいつでもやるチャンスはあった)。

銀行ATMにでてくる解像度の荒い女性行員の絵のごとく、

恥知らず謝罪たっぷりいわせてあとは手垢がつきすぎて誰も萌えられなくなるまで使い捨てられるだけの存在だろう。

そういう運営NHK女子キャラ女子キャラとも思わない態度も含めて怒っているんだ。

リアル女性はうるさいかAIっていうお人形遊びでごまかしちゃえみたいな。

人形だって女という記号を乗せる前にもっと考えろ。

anond:20181014112046

b:id:rciおっ、呼ばれたぞ。私もはてブ有名人の仲間入りやな。まとめてくれてありがとう。わかる人に伝わればいいんです。服装は本人が決めること。これだけ。

こう言う意見について、純粋に気になるから質問するんだけど、

例えばテレビアイドルステージなんかでセクシー衣装を本人以外の衣装スタッフが用意して着させられる場合

当人がその衣装を「良いじゃん」って思って着たとしても「本人が決めてないかダメ」ってなるの?

b:id:maruX 企業によって運営されているキズナアイの着る服を決めるのは誰なわけ?そしてその企業の決定は誰を意識したものなの?なんでそれと女が主体的に決定したファッションとを混同できる?

この人も「キズナアイ服装企業が決めたものだ」みたいな感じのこと言ってるけど、

中の人自身キズナアイ服装好意的に受け止めていたとしても、彼女意志主体性は認められないの?

b:id:usi4444 君らブラック企業に対する憎しみは人一倍のくせに、自分で好きで着ることと会社の決定で着せられることの違いも理解できないのか。フェミ憎悪を大概にせい。

この人もそうだが

主体性問題を「決定者は誰か」で決めてしまうと

会社が決定して本人も好んで着ている衣装」はどう評価されるんだろう

anond:20181014110541

人と付き合おうとする意志があるだけ立派だよ。自分なんてその意識レベルにすら登れないもん。

2018-10-13

ガクチカ

私が学生時代頑張った事は床オナです。高校までは座ってオナニーをしていたのですが、「自分自身可能性を広げたい」という強い意志を持って床オナに挑戦しました。当初は正しいフォームが分からず、イク前に筋肉痛になってしまいましたが、四年間毎晩諦めずに挑戦し続けました。その結果、今では寝転ぶだけで射精が出来る体になりました。私は床オナで得たチャレンジ精神継続力で貴社に貢献したいと考えています

有名絵師さんとネタ被りした

前説として、この話は誰も悪者がいない話、そして、私の中で既に完結している話である

私は小説主体二次創作をしている人間だ。才能はないものの、創作するが楽しくて今も続けている。

タイトル通り、これは私が有名絵師さんとネタ被りをした時の話だ。

事の発端は、公式から供給があったことにある。新衣装披露してくれたキャラクターはとても可愛く、皆こぞってキャラクターネタに書き始めた。

私も勿論、薄い脳みそを働かせ、"可能性"という"可能性"を字に起こした。一筋の光りが刺し、プロットを切った。

しかしながら、そのプロットを切った時点で『特殊性ネタであることが伺えた。正直、悩んだ私は、仲の良かった同じカプの絵かき友だちのBさんに相談した。

Bさんはネタを絶賛し「私もそのネタ描きたい」とまで言ってくれたのだ。ほっとした私はすぐ下書きに取り掛かり、7000字近くのSSを書いた。

書いている最中、仲の良かったBさんが非公開ツイッターで進捗応援コメントをつけて、私の相談した特殊ネタの絵を披露してくれた。私は絵を活力にして、小説に励み、『特殊性癖』ではあるものの、ただの戯言にすぎない小説を書き上げ、ウェブ公開した。

後日、自身が書いたその小説

「この話の元ネタ、Aさんですよね?」

といった内容のメッセ匿名で届いた。

Aさんはとても人気な作家さんで、私もAさんの大ファンには間違い。

私はとてもショックを受けた。

ショックを受けたのと同時に、嫌な予感が的中してしまった、とも思った。

何故こんなメッセージが送られてきてしまったのか、これには少々込み入った事情がある。

上記でBさんが特殊ネタを絵にしてくれたと書いたが、これは実は、続きがある。

Bさんが書いたネタ絵師のCさんが、

『そういう"可能性"もあるのか。』

と呟いたのだ。

そして、その呟きに反応したのが、

Aさんだった。

ここで一旦、相互関係の話をする。

・AさんとCさんは相互関係にある。

・BさんとCさんも相互関係にある。

・そして、AさんとBさんは相互ではない。どちらか一方がフォローしているということも、ない。無縁の関係だった。

肝心の私というと、全員をフォローしていて、相互なのは、【Bさんのみ】だ。

先程、書いたようにAさんはCさんの呟きに反応し、絵を書いた。私の考えていたものと同じ『特殊ネタ』だ。

すべてを見ていた私はその『特殊ネタ

の絵をAさんがウェブ公開するまでに、小説を書きあげることは出来ていなかった。

この時点で、すべてを見ていた私は小説を上げることが少しだけ嫌になっていた。

しかしながらBさんが絵まで書いて絶賛してくれた話だ、勇気を出して小説を公開した。

結果は、上記で書いたとおりだ。

二次創作は、『n番煎じを躊躇するな』この言葉に尽きると思う。(死語かどうかさておいて)

ネタ被りを気にしていては、個性創作も死んでしまう。だから鋼の意志創作をしている。

しかし、傷付かないワケではないのだ。

私は「元ネタ、Aさんですよね?」と言われて、少なからず傷付いたし、頭にきた。

匿名者は事実を知らないことは明白だ。

だが、匿名者の言葉は、私が考えた一生懸命考えたネタを、他人の発想から来たネタだろうと勝手パクリだと言われたようなものだった。

自分で産んだ作品を、他人の子だと言われたような気がした。紛れもない、私の子なのに。

最初に言った通り、この話に悪者はいない。

そのかわり、着地点がない。

Aさんは、萌えネタを気の向くまま、書いた。

Bさんは、応援したい気持ちを絵にしてくれた。

Cさんは、可能性について呟いた。

匿名者は思ったことを指摘した。善意有る行動だ。何よりも、平凡な草みたいな私の作品に目を通してくれた人だ。

敷いて言えば、私が遅筆なのが悪かったのかも知れない。時間は巻き戻らない。小説を書くのにも、時間がかかる。

ちょっとした行き違い、ボタンのかけ違いだった。

創作者として、自身作品を一番愛してやれるのは自分自身だ。

悪意のあるオマージュや敬意が感じられないリスペクトは、作品を殺してしまう。

何が良くて、何が悪いか。

境界線を見極めて、これから創作を楽しんで行きたい。

陣営どんどん争って欲しい。

リベラルとかフェミとか左翼ってめんどくせえと思った普通の日本人たちが自民党支持に回り、自民党が強くなればなるほど日本滅亡の日が近づく。

そのことに喜びを感じる。

から毎日対立を煽っていく。

左翼ってのはワナビから搾取してるだけでやってることは本質的カルトなので自民党と変わらない。つまり日本人には希望も何もない。打開策がない。逃げ場がない。

からもう破滅肯定するしかない。破滅を選び取る。自分意志で。せめてそれくらいの主体性は持ちたい。

ネタタグ不快感やばい

他人が考えて発言したものに対して、「ネタタグつけて冷笑している人間はてなには多すぎる。古くからあるはてなー流のマウント芸ではあるが。

もはや真面目に物事を考えようという意志存在せず、気に入らない発言はすべて「ネタ」扱いで茶化して冷笑するのが癖になってる。

彼らは「俺は一段も二段も上のステージにいるぜ。世間バカどもときたら今更こんな話かよ。やれやれだぜ」そういってニタニタしながら全能感に酔うことにしか興味がない。

冷静に考えてほしいんだけど、きみらって別にそんなに頭良くないよね。なんでそんなに自分が偉い、正しいと思っているの?

高慢な態度のオタクがほんとに増えた。ネット時代になり、検索すれば各分野の初歩的な解説は出てくるようになった。でもなんでそれだけ読んですべてわかった気になっているのか。

自分の好きなものに対する雑語りを絶対に許さなオタクたちが、自分の知らない他分野、他ジャンル問題に関してはたった今検索して知ったような浅い知識だけですべてを知った気になって冷笑している。他人に厳しく自分に甘い。自分被害者意識だけは強く、他者に対する攻撃性は高い。

30歳を過ぎたいい大人たち(あるいはすでに50歳近いのかもしれない)が「ネタタグつけていまだに冷笑家やってる。斜に構えることしかできなくなった。いつの間にかそれが自分生き方になってしまった。そんな人たち。当事者意識がなく、上から見下ろす全知全能の神のような態度が当たり前になってしまった人たち。

科学的態度は人に客観性を身につけさせたが、そのせいで人は高慢になってしまった。実際に物事の中に入っていって役割を演じる人たちのことを、自分安全なところで冷笑するだけ、そういった観察者、傍観者が増えてしまった。「俺は批評するだけ」

勘違いしないで欲しいのは、きみらは観察者でも傍観者でもなく、プレイヤーの一人だということだ。

2018-10-12

日本版文化の盗用」議論

アメリカでは文化の盗用」に関する議論が喧しい。ボストン美術館キモ体験についたクレームだとか、当事者であるはずの日本人から見ても「別にいいじゃん」と思わせられるようなケースさえあり、それ自体差別的発想だという批判もあるくらいだ。実際、例の企画は、元々の画がジャポニスムテーマにした画であり、その画の前で日本人ではない人がkimonoを着て写真を撮る行為は、むしろ「ある時代存在したジャポニスム」そして「それを描いた画」という『オリジナル』を尊重した行為ですらある。たとえば日本人着物を着てその前に立っても全く意味がないどころか、むしろそれこそ「オリジナルへの敬意を欠いた振る舞い」として批判されるおそれさえあるだろう(皮肉)。

(※ちなみに、時間のない方は、このあと太字部分だけ読めば大体の内容が分かります。)

だが、そんな自分が、日本でしばしば気になって仕方ない「文化の盗用」がある。それは、TV番組などでしばしばみられる「関東言語話者による恣意的方言使用である。よく例にあげられる「外国の都会の人の言葉標準語で訳されるが、農夫の言葉東北弁で訳される」みたいな問題だけではない。地方舞台にしたドラマ登場人物が喋る台詞などにおいても、方言が、その地方やその地方言語に対する十分な理解を欠いた人間、つまりネイティブ以外によって「ちょっとした彩り要素」としてカジュアル使用される結果、おそろしくひどい形で表現されている。文化への敬意を欠いた使用は、まさに「盗用」と呼ばれるのにふさわしい。

たとえば、関西ネイティブとして断言するが、TVドラマや公に出版されるフィクションなどで見かける関西弁による会話」をみて「自然だ」と感じることは99%ない。それなりにお金をかけているはずのNHK朝ドラ関西指導:●●、などとクレジットが入っているのに)などは、最もひどい例の筆頭である

そういうひどい例を具体的にあげると枚挙に暇がないので、1%の「よい」例をあげてみよう。たとえば谷崎潤一郎細雪戦前作品だが、関西文化に対する深い理解をもとに、「自然な」関西弁が用いられている数少ないフィクションである。谷崎は江戸っ子だが、言語に対する深い感覚と、関西に移り住み関西ネイティブ結婚して緻密にその文化所作、その背後にある思考法を観察した結果として、たとえば第一章冒頭の流れるような会話描写を実現した。相手の反応を伺うような、どこで途切れるのか分からない古典時代のような会話、相手を立てるように話す長女と蓮っ葉な口をきく三女は、それぞれ阿吽の呼吸で話を推進する役/突っ込みを入れる役/疑問・答によって話のオチを付ける役、などの役割(ロール)を自在に演じながら会話を展開させていく。これに較べれば、NHK朝ドラ等の会話が、いか醜悪な「関西弁モドキ」の会話であり、結局「関東弁を関西弁ぽい口調にしただけ」の底の浅いものかがよく分かる。少なくとも関西ネイティブなら、その違いは明白に感じ取れるものだ。

NHK朝ドラで、たとえばヒロインに対して友人が、あるいはヒロインが知人や親に、時に熱く、あるいは涙を浮かべて関西弁で「○○○○なんや!」と叫ぶ。見ている私の胸には「ああ、またか」と鼻白む思いが広がっていく。あれで関西配慮しているつもりなのか。関西東京にとって単なる感傷的なエキゾチシズムの対象なのか。あん関西人おらへんねん。ほんまに。

関西では、関東人のように「正論」を「熱弁」することは、申し訳ないがノーマルナチュラルな振る舞いとは見なされない。話の半分をジョーク構成し、自分を「落とし」て低姿勢で粘り強く交渉するスタンス疑問形を多用して「相手に語らせる」手法、話にはヤマとオチをつけるという作法、そういうものを欠く会話は、下品で場をわきまえない失礼なものとみなされ、見下される。幼い子供を除けば、自分意志相手に伝えたいときにはもっとも用いないやり方だ。関西ネイティブ一見感情かに見えるが、それはあくまでロールを演じる意味においてでしかない。生の感情を表に出すのは、基本的に大きな怒りを感じている相当限られたケース・シチュエーションであり、その際にはまた普段とは全くことなる口調・態度・話の作法を取る(先ほどの「細雪」では、たとえば上巻九で女中を叱責するときの口調がその好例となるだろう)が、それもまた原則的にはストレート物言いを避けながら結論へと近づいてゆき、「自分の言いたいことを相手に悟らせ言わせる」ことを目指したやり方を取るのが通常である。そして、可能な限りすみやかに、通常の流れの会話への復帰が図られることで、その特異な状況の調停と幕引きが図られるのが常である(たとえば先の「細雪」の例では、女中を叱責して帰したあとすぐ長女が「やっぱり自分に落ち度があったのだろうか」という意味自分の「落とし」を始めることで、通常モードへの復帰を図っている。もっともこのシーンでは、普段無口な次女が想像以上にこの件について腹を立てていたため、復帰があまりうまくいかない、というシーンになっているが)。

真顔で、正論を、熱弁するヒロイン これを関西弁でやられると、演技の上手下手に関わらず(むしろうまければうまいだけ)、申し訳ないが周囲との調和を失い破綻した人格を演じているようにしか見えないのだ。このため、たいていの関西人が、あれを見て「奇妙に大げさで下手な演技をする演出朝ドラスタンダード」という歪んだ認知もつことでスルーしていることを、NHK関係者理解されているだろうか? 役者が上手に真面目に演じれば演じるほど、関西人には「下手糞」な演技に見え、演じたい役と演技の乖離は増してゆく。方言文化に対する敬意を欠いた行為は、こういう一見滑稽な、内実を考えれば誠に悲惨結論を生んでしまうのだ。

いったい、メディア関係者はこの明白な「盗用」行為について、どのように考えているのか。私はこれが何かを「考えた」結果であればまだ救いはあると思っている。しかし、おそらく「何も考えてない」というのが実情だろう。何も考えていないからこそ平気で「盗用」できるのだ。盗まれた側の痛みなどまったく想像もしていないから、平気で盗んで見せびらかすような真似ができるのだ。とんだ裸の王様である

国内メジャー方言である関西弁ですらこの有様だというところから見ると、おそらくそれ以外の方言についてはもっとひどいことになっているのだろう。異文化カジュアルに親しむことが「悪い」ことだとは言わないし、敬意をもって接してもらえるなら、触れてもらう側にとってもそれは喜びとなる。だが、少なからず敬意を欠いた異文化との接触は、しばしば悲劇的な結論しか生まないものだ。国内異文化に対する振る舞いは、必然的国外異文化に対する振る舞いにも敷衍される。奇妙に滑稽な「クールジャパンの現状、昨今の極めて「内向的な」外交のありようと、このことは無関係ではないだろう。私たち自分たちが何ものかも知らず、他者が本当は何者なのかも分からない中で、相手の予想のつかない振る舞いに、奇妙に怖れ、怯え、媚びているのだ。


文化の盗用」議論に実りある内容があるとすれば、こういったことへの自覚が少しでも私たちの中に生まれることにあるのではないだろうか。私たち自分たちのオリジナル文化とは何なのかについてもう少し自覚的になり、「(異)文化とは何か」ということについてもう少し考えてみるべきだと思う。無邪気な子供のように「世界中ミナトモダチ」では片付かない、異文化接触する際には慎重で警戒した身振りが必要となる、そういうリアル感覚をもう少し我々はもつべきだ。そうすれば、外交についてももう少し現実に即した対応が行われるようになり、海外との交流スムースに進み、そして関西に対する誤解をただただ広めるようなフィクション制作されなくなり私がイライラする機会ももう少し減るのではないかと期待する。(←これがオチ

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