はてなキーワード: 見世物とは
1.三 ポンティアック
2.二 リトル・タートル
3.捕 テカムセ
4.遊 オセオラ
8.右 ジョゼフ酋長
五大湖周辺のオタワ族の酋長。元々フランス人と交易を通じ友好な関係を築いていた。しかし、フレンチインディアン戦争でイギリスが勝利すると、情勢は変化する。フランスに変わり台頭したイギリス人は次々に入植し土地を奪う、一方的に交易を制限するなどの横暴に出る。これに脅威を感じたポンティアックはオジブワ族、ポタワトミ族などの諸部族と提携し、イギリスの一斉攻勢をしかける(ポンティアック戦争1763)。イギリス人の完全追放という目的には失敗したものの、大打撃を受けたイギリスは広大なインディアン保護区を制定するなどの大幅な妥協を強いられた。
・リトル・タートル
北東部のマイアミ族の酋長。アメリカ独立戦争ではイギリスと同盟し、フランス軍のオーギュスタン・ド・ラ=バルム大佐を戦死させるなど活躍した。戦後オタワ族、ショーニー族、レナペ族などと共に北西インディアン同盟を結成。イギリスとも結託し、北西インディアン戦争(1785~95)を戦った。1790年ハーマー作戦では250名以上の米兵を戦死させる戦果を挙げ、更に翌年ウォバッシュ川の戦いでは包囲奇襲により米軍の死者600名以上、インディアンの死者20名程度という大勝利を収めた。これはインディアン戦争で最大の勝利である。しかし、フォールンティンバーズの戦いで破れ、イギリスに見捨てられたため降伏、広大な土地を割譲することになった。
・テカムセ
北東部のショーニー族の戦士。北西インディアン戦争でショーニー族は敗れたショーニー族は抵抗の意志を失っていた。しかし、テカムセは弟の預言者テンスクワタワと共に白人への抵抗運動を再開する。土地を守るために全インディアンの団結が必要であると考えた彼は各地を訪問し、インディアン諸部族に連携を呼びかけた。1811年ティッペカヌーの戦いで米軍に敗れたが、その後も抵抗を諦めず、米英戦争ではイギリスと組んで米軍と戦う。デトロイドの戦いで勝利、メイグス砦包囲戦では攻略には失敗するも大損害を与えた。しかし、1813年テムズの戦いで戦死し、彼の壮大な夢は実現することなく幕を閉じた。
・オセオラ
フロリダ半島のセミノール族の戦士。アメリカはフロリダからセミノール族を追放しようと3渡に渡る侵略戦争を仕掛ける。オセオラが活躍したのはその中でも最大規模の第二次セミノール戦争(1835~42)である。彼の指揮する巧みなゲリラ戦に苦しめられた米軍は37年和平交渉の最中にオセオラを捕らえ獄死させた。しかし、セミノール族の怒りは収らず戦争は続いた。第三次セミノール戦争でも米軍は苦戦した。セミノール族の一部はフロリダの奥地エバーグレイズに立て籠もり続け、現在に至るまで降伏していない。そのためセミノール戦争は「インディアンのベトナム戦争」と呼ばれ、フロリダセミノールは征服されざる人々を自称する。
グレートプレーンズのラコタ・スー族オグララの酋長。モンタナ州で鉱山が発掘されると、アメリカはララミー砦から鉱山に至る道路の建設を企む。これに反発したレッド・クラウドはシャイアン族、アラパホ族と連携し、レッドクラウド戦争(1866~68)を戦う。途中のフェッターマン虐殺では陽動に乗せられたウィリアム・フェッターマン大尉指揮下の米軍80名が完全包囲され全滅した。米軍は道路建設を諦め、ララミー砦を放棄したため、レッド・クラウドは唯一アメリカに勝利した偉大なインディアンとして賞賛されることになった。しかし、米軍の強さを実感した彼はそれ以後白人と戦わなくなり、晩年はキリスト教に改宗し居留地に入った。
シッティング・ブルはラコタ・スー族ハンクパパ、クレイジー・ホースはオグララの戦士。本来ならば別個に扱うべきだが、打線に収りきらないのでやむを得ず同じポジションに収めた。二人はレッドクラウド戦争でも活躍し、その知略と武勇を称えられた。その後インディアンの聖地ブラック・ヒルズで鉱産資源が発掘されると、聖地を巡りブラックヒルズ戦争(1876~77)が勃発,ラコタ・スー族は再度シャイアン、アラパホ族と共に戦うことになる。76年リトル・ビッグホーンの戦いではジョージ・カスター大佐指揮下の騎兵連隊250名が完全包囲され全滅した。そのため、シッティング・ブルとクレイジー・ホースの二人は偉大な戦士としてインディアンから賞賛され、白人からは恐れ憎まれるることとなる。しかし、米軍の容赦ない猛攻と兵糧攻めの前にインディアンは敗北、クレイジーホースは捕らえられ刺殺された。シッティングブルはカナダに亡命し、帰国後無実の罪で逮捕されそうになり抵抗したため射殺された。
カリフォルニア溶岩地帯のモードック族の酋長。モードック族は故郷から追放されるが、キャプテンジャックと数十名の戦士はこれに反発し居留地を脱出した。彼らは複雑な地形を利用したゲリラ戦で10倍近い戦力の米軍を1年近く苦戦させた。手を焼いた米軍は和平交渉のためにエドワード・キャンビー少将を派遣するが、交渉が決裂し殺害されたため、インディアン戦争で唯一米軍の将軍が戦死した戦争となった。白人の猛攻の前に降伏したキャプテンジャックは将軍殺しの罪で処刑され遺体は見世物にされた。
・ジョゼフ酋長
アイダホ高原部のネズパース族の酋長。平和主義者であった彼はキリスト教に改宗するなど白人に対して従順であったが、居留地入りを命じられるとこれに反発、部族を率いてカナダへの亡命を目指した逃避行に出る。彼らは兵力と装備で圧倒する米軍の追撃を巧みにかわし続け、遭遇した際にも返り討ちにしたため、白人はジョゼフ酋長を赤いナポレオンと賞賛した。しかし、2000kmにも及ぶ逃避行の末に目的地直前で米軍に敗れ降伏した。故郷を追われ仲間を失った彼は傷心で没することになった
アメリカ南西部国境地帯チリカワ・アパッチ族の戦士。家族を殺された報復にメキシコ軍との戦いに身を投じ武名をはせた。ジェロニモの名は銃弾の雨を無視して襲い来る彼に恐れをなしたメキシコ兵が聖者ヒエロニムスに助けを求めたことが由来である。一旦米軍に降伏し、保留地に入るも、1874年に脱出し、96年に降伏するまで戦い続けた。ゲリラ戦の名手であった彼は米軍を苦戦させ続け、捕らえられても何度も脱出を繰り返した。彼の降伏によりインディアンの大規模な抵抗は終焉を迎えた。彼は見世物にされるなどの屈辱を受けながら虜囚のまま没した。
本当に人間より優秀な仕事が出来るAIが誕生したらどうなるんだろうか?
使い方によってとびきり優秀な人間のアシスタントとなってくれるし、
AIなしでやっていたら出てこなかったようなアイデアも生まれる。
くらいの感覚だ。
まあ全然、余裕っすよ、AIごときに俺達の代わりは出来ねえっス。
という安心感がBinBinに伝わってくる。
でも本当にこのような捉え方で良いのだろうか?
自分が今やっている仕事を完全に、そして完璧に代行できる存在が生まれたらどうなるのか?を考えなく良いのだろうか?
すでにある特定の環境においてはAIのほうが人間より安定して優れた成果を出す傾向にある。
AIが広く普及していくというのは、そのある特定の分野という範囲の裾野を広げていく行為である。
それぞれの細かい分野において、ある作業をAIにさせるためにはどうすればよいのか?を現場の人間がそれぞれ創意・工夫していく土壌が生まれるということだ。
そういった創造的な仕事と、AIそのものの質適量的な発展は相乗効果を遂げて予想より早く、また予想よりも遥かに強力な進歩を遂げていくことは容易に想像できる。
なのに現状はまだまだAIのことを舐めている。
自分を(自分の仕事を)完全に代替するものとは認識していないのが実情だ。
確かに囲碁も将棋もAIがどれだけ強くなっても廃れていはいってない。
それはエンターテイメント、一種の見世物としての要素があるからだ。
しかし、多くの人が日々の生活の糧としている仕事はエンターティナーとしてではない。
コマンチ族の酋長。ペタ・ノコナとシンシア・パーカーの息子。1874年居留地への強制移住に反発して、カイオワ、アラパホ、シャイアンと共に白人と戦った(レッド・リバー戦争)。しかし、食料源であるバッファローが狩り尽くされたため翌年降伏。居留地入りした後も部族を率い、白人文化を受け入れる一方でインディアンの文化も守り続けた。
・ブラック・ケトル
シャイアン族の酋長。白人との共存を臨む平和主義者で交渉による戦争回避に生涯を捧げたが、裏切られ続けた。最期はワシタ川の虐殺でカスター指揮下の第7騎兵連隊に無抵抗の女性、子供共に虐殺された。ブラックケトルは死の瞬間まで白旗を掲げ、「友達だ!」と叫んだが無視され蜂の巣にされた。
・シッティング・ブル1831~90
ラコタ・スー族ハンクパパの戦士。若い頃からレッドクラウド戦争,ブラックヒルズ戦争(1876~77インディアンの聖地ブラックヒルズを守るための大激戦)などの白人との戦いに従事した。1876年リトルビッグホーンの戦いではシャイアン族、アラパホ族と共にジョージ・カスター指揮下の第七騎兵連隊250名を全滅させた。スー族はその後降伏するも彼は頑なに居留地入りを拒みカナダに亡命した。71年に帰国し、捕虜となった。暴動を扇動したという無実の罪で逮捕されそうになり抵抗したため射殺された。
ラコタ・スー族オグララの戦士。レッドクラウド戦争、ブラックヒルズ戦争などに従事し、その勇猛さをシッティング・ブルと並び称えられた。1876年ローズバッドの戦い、リトルビッグホーンの戦いで米軍を破った。しかし、物量や装備で勝る米軍に敵わず降伏し、捕虜となった後に銃剣で刺殺された。
ラコタ・スー族ハンクパパの戦士。レッドクラウド戦争、ブラックヒルズ戦争に従事し、リトル・ビッグホーンの戦いではカスターの心臓を切り取った。1880年降伏した。
ラコタ・スー族の戦士。クレイジーホースの親戚で2m近い大男であった。リトルビッグホーンの戦いに参加した。
・ゴール1840年頃~1894
ラコタ・スー族の戦士。リトルビッグホーンの戦いでは騎兵連隊を分断し、勝利に貢献した。シッティングブルの盟友だったが、後に仲違いし1881年に降伏した。
・レッド・エンド1797~1881
ダコタ・スー族の酋長。兄を白人に殺されたことへの報復にスピリット湖畔の入植地を襲撃した。リトルビッグホーンの戦いにも参加し、シッティング・ブルと共にカナダに亡命し、現地で亡くなった。
・ジョゼフ酋長1840~1904
ネズ・パース族の酋長。平和主義者であり、キリスト教に改宗するなど白人に対して友好的であったが、1877年居留地への強制移住に反発し、カナダへの亡命を図り、部族を率いて1600km近い大移動を行った。巧みな戦術で白人の追撃をかわし続け、赤いナポレオンと称えられたが、最後は捕らえられ、逃避行は失敗に終わった。
・リトル・ウルフ1820~1904
シャイアン族の酋長。レッドクラウド戦争、ブラックヒルズ戦争に参加。その後米軍に降伏したが、部族を率いて居留地から故郷への脱走を図り、2000km以上の大移動を行った。途中で降伏するもシャイアン族は故郷への期間を認められた。
シャイアン族の酋長。レッドクラウド戦争、ブラックヒルズ戦争に参加。米軍に降伏後、リトルウルフと共に大脱出を率いた。
・ヴィクトリオ1825~1880
アパッチ族の酋長。1879年居留地から脱走し、アメリカ・メキシコに対して挑戦した(ヴィクトリオ戦争)しかし、翌年メキシコ軍に包囲され戦死した。
・ナナ1810年代~1896
アパッチ族の戦士。ヴィクトリオの姉と結婚し、ヴィクトリオ戦争でも共に戦った。1886年に降伏した
アパッチ族の女性戦士。ヴィクトリオの妹。ヴィクトリオ戦争に従軍し、兄が殺されると、ジェロニモと合流して米軍と戦った。1886年に降伏し、翌年病死した。
・ジェロニモ1829~1909
アパッチ族の戦士。1851年メキシコ当局に家族を皆殺しにされてしまう。それ以後獰猛な戦士としてメキシコ軍とアメリカ軍を苦しめた。1874年の連邦政府の強制移住に抵抗し、何度か捕らえても脱獄を繰り返した。1886年に捕らえられて以降故郷から連れ去られ、見世物とされるなど屈辱を受け、虜囚のまま死去した。
クリー族の戦士。飢餓に苦しめられ、1885年メティ(カナダ先住民と白人の混血)のルイ・リエルの北西反乱に加わった。
・ブコナイゲシク1830年代~1916
オジブワ族の戦士。1898年頻繁なインディアン逮捕や森林破壊に抗議し、逮捕されるが脱走。シュガーポイントの戦いで追討軍を破った
・デニス・バンクス1937~2017
オジブワ族の人権活動家。1968年アメリカインディアン運動AIMを設立。デモや選挙活動によりインディアンへの人権侵害に激しく抗議し続けた。その中でも有名なのがアルカトラズ占拠事件(1969~71)とウーンデッドニー事件(1973)である。前者は1年半にも及ぶ長期戦でインディアンの人権問題を国際的に周知させるきっかけとなった。後者は州兵、FBI、戦車、ヘリコプターを動員させる大事件となった
・ラッセル・ミーンズ1939~2012
ラコタ・スー族オグララの人権活動家。アルカトラズ占拠事件後にAIMに参加、ラシュモア山占拠事件、BIAビル本部占拠事件、ウーンデッドニー事件に加わった。ラシュモア山ではワシントンの像に放尿した。何度も逮捕や殺人未遂などの危機に陥るが恐れることなくインディアンのための活動に生涯を捧げた
再投稿です
・タスカルーサ~1540
ミシシッピ先住民の首長。スペイン人征服者エルナンド・デ・ソトと交戦し、戦死した。ミシシッピ先住民はチョクトー、マスコギー族の祖先である。
・オペチャンカノウ1544~1646
ポウハタン族の酋長。ポカホンタスの叔父。1622年と1644年に白人への大襲撃を行った(第二次・第三次ポウハタン戦争)が、捕らえられ処刑された。
・ササカス1560~1637
ピクォート族の酋長。ピクォート族は白人男性を殺害したと濡れ衣を着せられ、襲撃を受ける。1836年から翌年にかけてピクォート戦争を戦うも、敗北、ササカスはモヒガン族に殺された。ピクォート族は数百人が虐殺、奴隷化され、一時期は絶滅認定を受けるまでに激減した。ピクォート戦争で白人に協力したナラガンセット族も後のフィリップ王戦争で白人に虐殺されることとなる。
・ポペ1630~1692
プエブロ族の魔術師。スペインの宗教弾圧に対し、1680年一斉蜂起を起こす。スペイン人を駆逐したプエブロ族は独立国家を築くが、ポペの死後内部分裂しスペインに降伏した。
南部タスカローラ族の酋長。白人の土地侵奪、奴隷狩りに反発し、タスカローラ戦争(1711~15)を起こす。しかし、北部タスカローラに裏切られ、白人に引き渡され処刑された。
アベナキ族の酋長。フランス人神父セバスチャン・ラルと結託し、マサチューセッツ植民地総督へダマー戦争(1722~1725、ラル神父戦争、グレイ・ロック戦争ともいう)を仕掛ける。ラル神父は戦死し、和平が成立した後も散発的に植民地への攻撃を続けた
ワンパノアグ族の酋長。ピリグリム・ファザーズを助けた心優しきマサソイト酋長の息子。白人の貪欲な土地略奪に耐えかね、交戦した(フィリップ王戦争1765~66)。メタカムは戦死、遺体は戦利品としてバラバラにされ、妻子は奴隷として売り飛ばされた。数千人のインディアンが死亡し、白人の勝利に終わった。
・オブアンディヤック1720~69
オタワ族の酋長。英名ポンティアック。交易を制限したイギリス人たちに不満を抱き、オジブワ族、ポタワトミ族などと連合し攻撃をしかけた(ポンティアック戦争1763~65)。白人を追い出すことには失敗したが、イギリス政府は政策変更を余儀なくされ、インディアン保護区を制定した。オブアンディヤックは白人では無く、対立する部族のピオリア族に暗殺された。
ショーニー族の酋長。1774年ダンモア卿の戦争で白人と戦った。アメリカ独立戦争ではショーニー族の中立に努め、ランドルフ砦のアメリカ人を訪問した際に拘束され処刑された。
チェロキー族の戦士。アメリカ独立戦争ではイギリスと組んでアメリカと戦った。独立戦争後は他部族へ同盟を呼びかけながら、アメリカと戦った。チョクトー族、マスコギー族との同盟を祝う最中に心臓発作で亡くなった。
・リトルタートル(1747~1812)
マイアミ族の酋長。アメリカ独立戦争ではイギリスと組んでアメリカと戦い、オーギュスタン・ド・ラ・バルム大佐を戦死させた。独立戦争後はワイアンドット、ショーニー、チェロキー等と北西インディアン同盟を結びアメリカと戦った。(北西インディアン戦争1785~1795)。ハーマー作戦で勝利したほか、アーサー・セントクレア少将を破り、戦死者600名の大損害を与えた。しかし、フォールン・ティンバーズの戦いで敗北し降伏した。
ショーニー族の戦士。アメリカ独立戦争ではイギリスと組んでアメリカと戦った。北西インディアン戦争でも活躍し、ハーマー作戦、セントクレアの敗北で活躍したが、フォールン・ティンバーズの戦いで敗北した。
レナペ族の酋長。アメリカ独立戦争、北西インディアン戦争でアメリカと戦い、セントクレア将軍を破ったが、フォールン・ティンバーズの戦いで敗れた。
・エグシャワ1726~1796
オタワ族の酋長。アメリカ独立戦争、北西インディアン戦争でアメリカと戦い、フォールン・ティンバーズの戦いで負傷した
・テカムセ1768~1813
ショーニー族の酋長。白人の侵略に対し、インディアン全体の団結を広く呼びかけた。ティッペカヌーの戦いで敗れたが、抵抗を諦めず、米英戦争でイギリスと組んでアメリカと交戦した。デトロイド包囲戦で米軍を破り、メグス包囲戦でも攻略には失敗したものの損害を与えた。しかし、テムズの戦いで戦死し、彼の壮大な夢は叶うことが無かった。ちなみにテカムセと米英戦争で敵対したウィリアム・ハリソンは1841年9代目大統領に就任するが、わずか31日で病死した。
マスコギー族の戦士。1811年の大地震を白人と戦えというメッセージと解釈し、交戦派レッド・スティックスを率いクリーク戦争(1813~14)を戦った後に降伏した。ちなみにクリーク戦争で活躍したジャクソン大統領は後に7代目大統領に就任、インディアンへの弾圧・虐殺を行った。
・メナワ1765~40頃
マスコギー族の戦士。レッドスティックスのメンバーとしてクリーク戦争を戦い、戦後も土地割譲に同意した酋長を暗殺するなど強制移住に抵抗し続けた。
マスコギー族の戦士。レッドスティックスのメンバーとしてクリーク戦争で活躍、バーントコーンの戦いで米軍に勝利した。
ウィネベーゴ族の酋長。白人に対して友好的であったが、鉱山労働者の横暴に耐えかね、1827年ウィネベーゴ戦争を起こした。米軍に敗れ、翌年獄死した。
・ブラック・ホーク(1767~1838)
ソーク族の酋長。白人の土地侵略に対し、1832年フォックス族、ポタワミ族と結託してブラックホーク戦争を起こした。しかし、この戦いはインディアンが数百人殺される悲惨な結果に終わり、ブラックホークは降伏し、捕虜となった。
・オセオラ1804~38
セミノール族の戦士。強制移住に反発し、第二次セミノール戦争(1835~42)が勃発した。ゲリラ戦法に苦しめられた米軍は和平交渉を行い、交渉の場に向かったオセオラを捕らえた。彼はその後獄死したが、セミノール族の怒りは収まらず、戦争は続いた。なお、セミノール族の一部はフロリダの奥地に居座り続け、現在に至るまでアメリカに降伏していない
セミノール族の戦士。第二次セミノール戦争で活躍し、デイドの戦いで100人の米兵を戦死させた。
・ビリー・ボウレッグス1810頃~1859
セミノール族の酋長。オセオラが獄死した後も第二次セミノール戦争を継続し、オキチョビー湖の戦いで勝利するなど活躍した。第三次セミノール戦争でも米軍を苦しめたが、強制移住に従った。
セミノール族の戦士。第二次セミノール戦争に加わり、オキチョビー湖の戦い、ロクサハッチーの戦いで米軍に勝利した。
・バッファロー・ハンプ1800頃~1867頃
コマンチ族の戦士。同朋が虐殺された報復に1840年の大襲撃を行った。43年テキサス政府と和平を結び、晩年は農夫として暮らした。
・ワルカラ1808~55
ユート族の戦士。その知恵と武勇から「砂漠のナポレオン」「史上最大の馬泥棒」と呼ばれた。モルモン教徒入植者と対立し、1853年から翌年にかけてワルカラ戦争と呼ばれる一連の襲撃を行った。
・フレチャス・ラヤダス
ヒカリラ・アパッチ族の戦士。シエネギラの戦いでアメリカ軍を破った
・カミアキン1800~1877
ヤキマ族の戦士。白人探鉱者との対立からヤキマ戦争(1855~58)を闘った。降伏を拒否してフラットヘッド族の下に逃れた後に故郷に帰還し、最期まで立ち退きを拒んだ。
・レスキ1808~58
ニスカリー族の酋長。白人の土地侵奪に反発し、ピージェット湾戦争(1855~56)を闘ったが、捕らえられ処刑された。
・テカムタム?~1864
アサバスカ族の酋長。鉱山労働者たちの横暴に反発し、ロングリバーウォー(1855~56)を戦い敗れた。
・カイルーク
モハベ族の酋長。当初は白人に対して友好的だったが、モハベ戦争(1858~59)を戦うようになった。降伏し捕らえられるも、脱走を図ったため射殺された
・ヌマガ1830~71
パイユート族の酋長。白人との平和を望んでいたが、探鉱者たちがパイユート族の食料を奪ったため、1860年パイユート戦争を戦った。敗戦後も白人と部族の平和のために生涯を捧げた。
・マヌエリト1818~93
ナバホ族の戦士。1860~66年までアメリカ政府の土地収奪と強制移住政策に抵抗し続けたが、後に降伏し、移住を受け入れた。
ティンパノゴス族の酋長。モルモン入植者と対立し、1865年ユタ、パイユート、ナバホと結託しブラックホーク戦争を仕掛けた(ソーク族のブラックホーク戦争とは別)。70年にアントンガは結核で亡くなるが、72年まで闘争は続いた
・マンガス・コロラダス1793~1863
アパッチ族の酋長。1830年代家族や同朋をメキシコ人に虐殺されたため、米墨戦争ではアメリカと組んでメキシコと戦った。後に後述のコーチーズと共に米軍と戦った。和平交渉の最中に捕らえられ、処刑された。
・コーチーズ1805~1874
アパッチ族の酋長。マンガスの義理の息子。1861年入植者の息子を誘拐したというあらぬ疑いをかけらたことがきっかけで1872年に和平が成立するまで白人たちと死闘を繰り広げた。
ダコタ・スー族の酋長。白人に対して従順であったが、1862年飢餓に耐えかね一斉蜂起を起こし敗れた。翌年逃亡先で農夫に発見され射殺された。
カイオワ族の酋長。第一次アドビ壁の戦いでアメリカ軍に勝利した。
カイオワ族の戦士。第一次アドビ壁の戦いで活躍したほか、ウォレン・ワゴン・トレインの襲撃も成功させるなど戦果を挙げた。第二次アビド壁の戦いに関与し、1874年に逮捕され、投身自殺した。
カイオワ族の戦士。ウォレン・ワゴン・トレインの襲撃など軍事基地、幌馬車、入植地への襲撃を多数成功させたが、1870年逮捕され、翌年逃亡を図り殺された。
・ローン・ウルフ1820頃~79
カイオワ族の酋長・交渉によりウォーレンワゴン・トレイン襲撃で逮捕されたホワイト・ベア、ビッグ・ツリーの釈放を実現した。1873年息子と甥が白人に殺されたことがきっかけで闘争を開始。クアナ・パーカーと組んでレッド・リバー戦争を戦ったが、降伏した。なお、ビッグ・ツリーは他のカイオワ戦士と違い、レッド・リバー戦争に参加していない
シャイアン族の戦士。強制移住に反発し、スー、アラパホと結託してコロラド戦争(1864~65)を戦う、ジュールズバーグの戦い、プラット橋の戦いで白人に勝利するなど活躍した。和平派が強制移住にしたがった後も白人と戦い続け、1868年ビーチャ島の戦いで戦死した。酋長ではないが、勇猛さとカリスマ性から白人から酋長であると誤解された。
ラコタ・スー族の戦士。ララミー砦からモンタナへの金鉱に向かう道路建設に反発し、シャイアン、アラパホと結託してレッドクラウド戦争を戦った(1866~68)。米軍は道路建設を諦め、砦を放棄したため、和解が成立。レッドクラウドは居留地に入り晩年はキリスト教に改宗した。
ラコタ・スー族の戦士。レッドクラウド戦争に参加した。戦後敵対するショショーニ族と交戦し、戦死した。
・ヤングマン・アフレイド・オブ・ヒズホース(彼のウマを恐れる若者)1836~1893
ラコタ・スー族の戦士。レッドクラウド戦争に参加、ウーンデッドニーの虐殺後はアメリカ政府の平和交渉に当たった。
モードック族の酋長。居留地への強制移住に反発し、複雑な地形を利用して装備、戦力で勝る米軍を苦戦させた。(モードック戦争1872~1873)戦争の途中の和平交渉が決裂し、エドワード・キャンビー少将が殺害されたため、インディアン戦争で米軍将軍が殺された唯一の戦いとなった。降伏し絞首刑に処されたキャプテン・ジャックの遺体は見世物とされた。
モードック族の戦士。モードック戦争に加わり、サンドビュートの戦いで勝利した
コマンチ族の酋長。スペイン人の鎖帷子を身にまとって戦い、勇名をはせた。しかし、彼の防備はリトルローブクリークの戦いではライフル弾を防げず、戦死した。
・ペタ・ノコナ1820頃~1864
コマンチ族の酋長。アイアンジャケットの息子。1836年パーカー砦を襲撃し、白人女性シンシア・パーカーを誘拐、妻とする。1860年ピーズ川の戦いで敗れ妻を連れ戻された悲しみと戦傷から亡くなった。
「一般人が」「エンターテイメント的に」「政治的・行政的な問題を追及できる」社会って怖くないですか?
メリットもあるだろうけど、個人的にはエンターテイメント的にやってるところが一番怖い
なんというか暇空氏のツイッター見てると狂気(イタさ?)を感じるんですよね、彼の囲いの熱気と勢いだけで突き進んでるように感じました
いくらcolaboに非があると思っている人間でもあの一連のツイートを共感性羞恥を感じずに見れるのかな?と
これがキッカケとなって今後色々な(嫌いな)マイノリティに見世物的なノリでのアラ探しが始まるんじゃないかと危惧しています
もちろん、今回のcolaboのことは会計監査院やらの判断に委ねますし、暇空氏の主張が正しいということは十分あり得ると思います(個人的にはcolaboにはあまり良い印象は持ちませんし)
ただ、今回はたまたま温泉むすめ批判でカチンときた暇空氏がcolaboを探ったら良い感じの綻びがあったからうまく行っているわけで、他で同じようにいくとは限らないんじゃないでしょうか?
もしかしたら今後、何か批判したい団体・個人をなんの根拠もなく(もしくは、大して騒ぐほどでもない事実をもとに)、見世物としてリンチするようなことが起きるんじゃないか、と思いました。
個人的には、イーロンマスクは優秀な部分も沢山あるけど総合的には残念な成金だと認識している。
が、それでも今のTwitterにて彼が置かれた状況は哀れに思わざるを得ない。
まずこれがスゴい。
うかつに手を出したイーロンマスクがダメであることは重々承知しつつ、「旧経営陣が尻拭い押しつけたかったんだろうな」とも思う。
まぁ、地獄だよな。
自分たちの食い扶持すら碌に稼げない従業員が悠々自適に自宅からリモートワークで「価値を創造!」とか寝言抜かしてたら「目を覚ませ」ってたたき起こしたくなる気持ちは分からんでもない。
最近よく当店に働きに来ているコンビニ専門の派遣バイトの人が、客とド派手にトラブってセキュリティとオーナーを呼ぶ事態になった。警察も呼ぶって騒いでいたけど、結局警察は来なかった。
なんでそんな事になったのかと言うと、客がちょっとそれはどうなの……って程度の、コンビニ側としてはあまりして欲しくないけど禁止するほどでもないこと、例えば法律上拒否出来ない程度ではあるものの大量の汚れたジャリ銭を持ってきて両替がてら支払いに使おうとするとか、そんな類の微妙な迷惑行為をしようとしたのを、派遣バイトの人が直球で「営業妨害ですので止めてください」って言ってしまい、客がキレたのである。
普段だったらその派遣バイトの人も初手で客を悪人扱いして詰ったりはしないんだけど、その日は似たようなトラブルが何度も起きて仕事に支障が出まくっており、その後にまた同じ質の迷惑行為を働こうとしている客が来たのでつい腹が立ってしまったらしい。
怒った客は派遣バイトの人が謝罪しても気がすまず、派遣バイトの人が他のお客様へのレジ接客をしていたのを妨害してまで「お前はどんな権利があって俺を犯罪者扱いしたのか説明しろ! そういう接客をしろっていうのがこの店やチェーン店のマニュアルなのか!?」と大騒ぎした。で、派遣バイトの人も頭に血がのぼってしまい、
「マニュアルはないので従業員それぞれがそれぞれの考え方でもって臨機応変な対応をしています。ですので私も自分の常識と判断によってあの様な対応をさせていただきました。というもののお客様の行為はこれこれこういう理由で大変迷惑なのであり云々」
と、怒りに震えながらも理路整然と言い返してしまった為に客の方は馬鹿にされたと思い込んで更に逆上。他の客の目などお構いなしの激しい口論になってしまった。
そんな時に限って店は物凄く混んでおり、大勢のお客様が次々とレジ待ちの列に並んだ。店中に響く怒声の応酬にお客様達はビビりながらも興味津々の目を向けており、また、中にはレジがいつまで経っても空かない事にあからさまにイライラし出して今にも喧嘩中の二人に殴りかかりに行きそうな不穏さを撒き散らしているお客様もいた。そんな状況でレジ打ちに追われていた私は派遣の人の方が気になるものの手を止めて助けに行くっていう場合ではなく、いつ乱闘騒ぎに発展するかわからない状況で冷や冷やしながらもひたすら平然とした風でレジ接客をしまくるしかなかった。
あーでもこれキレキレにキレている派遣の人をこっちのレジに追いやって私が客に謝った方が早く決着がつきそうだけどどうなんだろうと思いながら超速で袋詰をしていたら、
「私が土下座すればいいんですよね! それで退いてくれればいくらでもしますよそれくらい!!」
「お前はそうやって俺がコンビニ店員に土下座を求めるようなクズと印象をつけて見世物にするつもりなのか!! どうせ後で監視カメラの映像をYou Tubeに流してバッシングさせるつもりなんだろ!!!」
とギャーギャー騒いだ。すると派遣の人は、
「もういいです、威力業務妨害によりセキュリティを呼びます!! セキュリティを呼んだら同時に警察にも通報が行きますからね!!!!!」
あーもうこれ収拾着かない奴だわ。そこまでやる気概があるなら最後まで頑張ってくれ! と私は派遣の人の健闘をお祈りしながらレジ接客を続行した。激混みの時間帯にレジ1台で対応するんだから終わりが見えなく果てしない。普段はあんまり列が長いとお客様達は怒って手近な棚に買うつもりだった商品を叩きつける様に置いて店を出ていってしまうのが普通だが、今回はコンビニ店員と糞客のバトルが見もの過ぎたのか誰も帰ろうとせずに大人しく並んで自分の番を待っているという。
セキュリティは通常、通報を受けると10分もかからずに駆けつけるものなのだが、今回に限っては何故か悠長に電話をかけて来て当店の現状確認を電話口ですると20分後くらいにやっと一人の警備員がやってきて、
「お世話になりま〜す。あの、その後いかがですかぁ?」
とのんびりとした口調で聞いてきた。
後日夜勤のAさんから聞いた事によれば、実は当店の中には警備会社直通の監視カメラが仕掛けられていて、店の従業員が緊急通報装置を押すと警備会社ではまず監視カメラの映像から状況の深刻度を判断してすぐ駆けつけるかどうかを決めてから出動するらしく、おそらく今回の件は緊急性が低いと判断されたのでセキュリティはゆっくりのんびりのほほんと現れたのではないか? とのことだった。
まあ、居合わせた私にしてみれば実際セキュリティを呼ぶほど危険で深刻な状況ではなかったと思うし、そもそもその糞客に当店の他の誰かが当たったとしてもまず第一にそんな揉め方はしないだろうというのは明らかだ。糞客の言い分もレジを打ちながら聴いていたけど、そいつの言い分にも理がない訳ではない。ただまあ、明確に禁止されていないことでなら他人に迷惑をかけても構わないだろと思っているような輩はたまに警察に突き出されてお灸を据えられた方がいいんじゃないかなと私は思うけれども。
ネチネチとキレ続けていた糞客は防具に身を包んだガタイのよいセキュリティが現れると急に低姿勢になってヘラヘラと媚を売るモードになったが、セキュリティが案外丁寧で下手に出てくるのを見るやむしろこいつは自分の味方だと思い込んだらしく、セキュリティ相手にいかに派遣バイトの人が失礼で非常識な振る舞いをして糞客を貶めようとしたのかということを延々と語った。無論自分がまず最初に迷惑行為を行った事は省いてだ。
派遣の人はオーナーにも電話をかけた。オーナーは普段ちょっとの厄介事で従業員からヘルプを求められても応じないのだが、今回ばかりは従業員だけでは何とかならないだろうといい、店に来てくれることとなった。セキュリティに連絡すると本部のSVにも連絡が行くので、派遣の人はSVへの電話対応にも追われていた。
派遣の人が電話を掛け終わってやっとレジに戻って来たので、私はずっと途中で投げ出しっぱなしになっていたカフェマシンの掃除を再開した。水洗いしたマシンの部品を本体に嵌め直していると、糞客が私の事をニヤニヤと笑いながらじっと見つめつつジリジリと近づいて来る。隣に来てなんか話しかけて来たら対応するかと思っていたら、糞客が私のすぐ隣に並ぼうとした瞬間に、
とセキュリティが言いながら私と糞客の間を無理やり突っ切って糞客を端の方へ連れてって質問をし始めた。そういうことが三度くらいあって、セキュリティが糞客と私がトラブルにならないようわざとそうやって引き離しにかかっているのだなとわかった。
糞客は私が一人でいるとニヤニヤしながらじーっとこっちを見ていたのだが、後にオーナーが来て糞客と対話した時、糞客は私の事を「何なんだあの女は! 人の事をジロジロと見やがって、馬鹿にしてんのか?」と言ったのだそう。オーナーはそれを決め手に糞客のことを「対話不能のキ印」認定し、派遣の人を全面的に悪くないと確信して全力で守るモードになったという。
オーナー夫妻が来て、奥さんの方は事務所に待機してオーナーは店内のお客様からはあまり見えない所で糞客と膝と膝を突き合わせて対話した。レジに立ってるとオーナーと糞客の話している会話が丸聞こえなのだが、オーナーは糞客の訴えを一々遮って、
「いや、そう言いますけどね、従業員からみればそれはお客様が非常識でかなり恐く見えますよ。そりゃセキュリティを呼ぶだ警察に通報するだなんて言い出すのは至極当たり前だと思いますよ」
と糞客を全否定していた。
オーナー、糞客、そしてセキュリティが集まって物々しい空気を醸し出しているところへ、夜勤の高専五年生が出勤してきて怯えていた。
高専五年生から何があったのか聞かれたので、斯々然々なことがあってと話した。
「じゃあ、そういう時ってどんな対応をするのが正解なんですか?」
と高専五年生が訊くので、
「基本的に客を怒らせた時点で詰み。謝るのとセキュリティ呼ぶの以外に出来る事はほぼ無いと思って。まず無闇に客を怒らせないのが大事。あんなふうに客が狂うのは店員にプライドをへし折られたと思った時だからさ、客がなんか変な事をしていて注意しなきゃなと思っても言い方には気をつけるんだよ。あと、客なんてコンビニ店員のことなんか全員馬鹿だと思っているんだから、なんか詰問されても理路整然と言い返さないように。賢さを見せると余計逆上するんだから」
今どきアイヌじゃない俳優使ったら、端的にクオリティ低すぎってなるよ。
なんも考えずに映画作ってんじゃないのと思っちゃうし、実際能力がないからそういう判断になってるんだろう。
ここでかっこいいアイヌの少女を(新人)とかってクレジットして観客をしびれさす(そしてエンタメ界に送り出す)のが、原作を読んだ上で、最低限度以上の映画脳のオーナーが取る行動だろうに。
そりゃ映画にスターは必要だよ。見世物なんだから、客を呼んで売上立てなきゃならない。でもさ、どう考えてもそこらの漫画原作頻出女優より、本物のアイヌをキャスティングして、その化学反応がいったいどうなるんだってほうが遥かに見世物としてパワーがある、おまけに作品の質としても上等になる。
今どき出資者もそこまで馬鹿じゃないでしょ。これじゃあ、始まる前から負け確定だよ。
昔からの疑問。
イオンやヨーカドー、しまむらみたいな大型スーパー、大型衣料品店では何故大抵の店舗が店のド真ん中、のような目立つ場所に女性下着コーナーを配置しているのか。
今までの経験上、大抵どこの店舗も、店の真ん中、通路沿い、レジの側などの目立つ場所に女性下着売場が配置されているのである。
他のお客さんから下着選んでるのが丸見えで昔から本っっっ当に嫌で嫌で仕方なかった。
中には度胸試しのようにわざわざ女性下着コーナーを通ってくる男子学生とか、下着選んでる女性客をジロジロ見てくるみのもんたみたいなジジイもいる。私が小さいときから見ず知らずの男性から下着を選ぶ姿を凝視されたことが何回もあった。見世物にされてるみたいですっごく不快だった。
特に同い年ぐらいの男子が物見遊山でブラジャーのコーナーにきたときは本当に最悪だった。思えば下着のデザインよりも常に周囲を気にしていた気がする。
思春期の娘さんを連れてる親子連れも多いだろうに、売場側はなぜこういったことが起こらないように対策をしないのか不思議でならなかった。
しかも多くの店舗が、通路を挟んだ真向かいに男性下着コーナーがあるケースが多いので、お互いに下着を選ぶ姿が丸わかりなのである。
そして女性下着コーナーは大抵が通路沿いにあるので、普通に店内をまっすぐ歩くだけでも視界に入ってしまう。
つまり大抵の店舗で、下着を選ぶ女性たちの姿が丸見えという配置になっている。
万引き防止なのか不審者対策なのかは分からないが、少なくとも買い手側としては非常に買いにくい。本当になぜこんな配置になっているのだろう…。
さすがに今は配慮されてるだろうと思っていたが、先日オープンしたばかりの近所のイオンでもこの配置だったから絶望した…。
レジ横に配置されていたので、レジ待ちのお客さんたちがずっと女性下着コーナーにいるのが本当にキツかった…。
しかも担当エリアなのかもしれないが、男性店員がずっと女性下着コーナーに常駐していて、下着を選んでる女性客に「いらっしゃいませ!」と元気に挨拶をしていた。
仕事熱心で真面目な店員さんなのかもしれないが、声をかけられた女性はそそくさと逃げるように去っていった。男性店員も居心地が悪いだろうし、本当になぜこんな配置にした。誰も得しない。つか買わせる気ないだろ。
言い方が悪くて申し訳ないが、多くの女性たちにとって女性下着コーナーに男性がいるというのは、女子トイレに男性がいるようなもので、とにかく嫌悪感がものすごいのだ。
よくカップルで、彼氏を女性下着売場に連れてくる女がいるが、あれもその場にいる女性たちからしてみれば迷惑きわまりない行為である。下着売場に男がいる、それだけで生理的に無理なのだ。
というかまともな男性であれば、いくら彼女に頼まれたとしてもよっぽどな理由がない限り、まず断る。なので女性たちは、その辺りの機微が読めない男、周りへの配慮が一切できない女と判断した上で、カップルたちに冷ややかな視線を浴びせる。
そこまで嫌なら通販で買え、と思われるかもしれないが、生地の厚さや質感、ブラのサイズ感などの細かい部分はやはり試着しないとどうしようもない部分なのである。ゴムとかワイヤーとか身体に合わないものを選ぶと本当に痛い。拷問受けた人みたいになる。
トリンプやワコールのような専門店もセールならともかく、やはり定価は手頃な価格とは到底言いがたい。
ので、やはりイオンのような手頃な価格の下着売場は助かるのだ。特に田舎民には。
せめて店舗の右隅は女性下着コーナー、左隅は男性下着コーナーにして距離をとるとか、もう少し買い手側の事情を考慮した場所に配置にしてもらえると本当にありがたい。
関係者の方々、お考えいただけないだろうか
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※誰もお前のことなんか見てねぇよ、自意識過剰すぎww、という単純な話ではなく、見ず知らずの他人からジロジロ見られたり、落ち着いて商品を選べなかったりと購買意欲を削がれるような行為やセクハラが実際頻繁に起こっているのに、なぜ店側は対策をしないのか、という話です。
コマンチ族の酋長。ペタ・ノコナとシンシア・パーカーの息子。1874年居留地への強制移住に反発して、カイオワ、アラパホ、シャイアンと共に白人と戦った(レッド・リバー戦争)。しかし、食料源であるバッファローが狩り尽くされたため翌年降伏。居留地入りした後も部族を率い、白人文化を受け入れる一方でインディアンの文化も守り続けた。
・ブラック・ケトル
シャイアン族の酋長。白人との共存を臨む平和主義者で交渉による戦争回避に生涯を捧げたが、裏切られ続けた。最期はワシタ川の虐殺でカスター指揮下の第7騎兵連隊に無抵抗の女性、子供共に虐殺された。ブラックケトルは死の瞬間まで白旗を掲げ、「友達だ!」と叫んだが無視され蜂の巣にされた。
・シッティング・ブル1831~90
ラコタ・スー族ハンクパパの戦士。若い頃からレッドクラウド戦争,ブラックヒルズ戦争(1876~77インディアンの聖地ブラックヒルズを守るための大激戦)などの白人との戦いに従事した。1876年リトルビッグホーンの戦いではシャイアン族、アラパホ族と共にジョージ・カスター指揮下の第七騎兵連隊250名を全滅させた。スー族はその後降伏するも彼は頑なに居留地入りを拒みカナダに亡命した。71年に帰国し、捕虜となった。暴動を扇動したという無実の罪で逮捕されそうになり抵抗したため射殺された。
ラコタ・スー族オグララの戦士。レッドクラウド戦争、ブラックヒルズ戦争などに従事し、その勇猛さをシッティング・ブルと並び称えられた。1876年ローズバッドの戦い、リトルビッグホーンの戦いで米軍を破った。しかし、物量や装備で勝る米軍に敵わず降伏し、捕虜となった後に銃剣で刺殺された。
ラコタ・スー族ハンクパパの戦士。レッドクラウド戦争、ブラックヒルズ戦争に従事し、リトル・ビッグホーンの戦いではカスターの心臓を切り取った。1880年降伏した。
ラコタ・スー族の戦士。クレイジーホースの親戚で2m近い大男であった。リトルビッグホーンの戦いに参加した。
・ゴール1840年頃~1894
ラコタ・スー族の戦士。リトルビッグホーンの戦いでは騎兵連隊を分断し、勝利に貢献した。シッティングブルの盟友だったが、後に仲違いし1881年に降伏した。
・レッド・エンド1797~1881
ダコタ・スー族の酋長。兄を白人に殺されたことへの報復にスピリット湖畔の入植地を襲撃した。リトルビッグホーンの戦いにも参加し、シッティング・ブルと共にカナダに亡命し、現地で亡くなった。
・ジョゼフ酋長1840~1904
ネズ・パース族の酋長。平和主義者であり、キリスト教に改宗するなど白人に対して友好的であったが、1877年居留地への強制移住に反発し、カナダへの亡命を図り、部族を率いて1600km近い大移動を行った。巧みな戦術で白人の追撃をかわし続け、赤いナポレオンと称えられたが、最後は捕らえられ、逃避行は失敗に終わった。
・リトル・ウルフ1820~1904
シャイアン族の酋長。レッドクラウド戦争、ブラックヒルズ戦争に参加。その後米軍に降伏したが、部族を率いて居留地から故郷への脱走を図り、2000km以上の大移動を行った。途中で降伏するもシャイアン族は故郷への期間を認められた。
シャイアン族の酋長。レッドクラウド戦争、ブラックヒルズ戦争に参加。米軍に降伏後、リトルウルフと共に大脱出を率いた。
・ヴィクトリオ1825~1880
アパッチ族の酋長。1879年居留地から脱走し、アメリカ・メキシコに対して挑戦した(ヴィクトリオ戦争)しかし、翌年メキシコ軍に包囲され戦死した。
・ナナ1810年代~1896
アパッチ族の戦士。ヴィクトリオの姉と結婚し、ヴィクトリオ戦争でも共に戦った。1886年に降伏した
アパッチ族の女性戦士。ヴィクトリオの妹。ヴィクトリオ戦争に従軍し、兄が殺されると、ジェロニモと合流して米軍と戦った。1886年に降伏し、翌年病死した。
・ジェロニモ1829~1909
アパッチ族の戦士。1851年メキシコ当局に家族を皆殺しにされてしまう。それ以後獰猛な戦士としてメキシコ軍とアメリカ軍を苦しめた。1874年の連邦政府の強制移住に抵抗し、何度か捕らえても脱獄を繰り返した。1886年に捕らえられて以降故郷から連れ去られ、見世物とされるなど屈辱を受け、虜囚のまま死去した。
クリー族の戦士。飢餓に苦しめられ、1885年メティ(カナダ先住民と白人の混血)のルイ・リエルの北西反乱に加わった。
・ブコナイゲシク1830年代~1916
オジブワ族の戦士。1898年頻繁なインディアン逮捕や森林破壊に抗議し、逮捕されるが脱走。シュガーポイントの戦いで追討軍を破った
・デニス・バンクス1937~2017
オジブワ族の人権活動家。1968年アメリカインディアン運動AIMを設立。デモや選挙活動によりインディアンへの人権侵害に激しく抗議し続けた。その中でも有名なのがアルカトラズ占拠事件(1969~71)とウーンデッドニー事件(1973)である。前者は1年半にも及ぶ長期戦でインディアンの人権問題を国際的に周知させるきっかけとなった。後者は州兵、FBI、戦車、ヘリコプターを動員させる大事件となった
・ラッセル・ミーンズ1939~2012
ラコタ・スー族オグララの人権活動家。アルカトラズ占拠事件後にAIMに参加、ラシュモア山占拠事件、BIAビル本部占拠事件、ウーンデッドニー事件に加わった。ラシュモア山ではワシントンの像に放尿した。何度も逮捕や殺人未遂などの危機に陥るが恐れることなくインディアンのための活動に生涯を捧げた
・タスカルーサ~1540
ミシシッピ先住民の首長。スペイン人征服者エルナンド・デ・ソトと交戦し、戦死した。ミシシッピ先住民はチョクトー、マスコギー族の祖先である。
・オペチャンカノウ1544~1646
ポウハタン族の酋長。ポカホンタスの叔父。1622年と1644年に白人への大襲撃を行った(第二次・第三次ポウハタン戦争)が、捕らえられ処刑された。
・ササカス1560~1637
ピクォート族の酋長。ピクォート族は白人男性を殺害したと濡れ衣を着せられ、襲撃を受ける。1836年から翌年にかけてピクォート戦争を戦うも、敗北、ササカスはモヒガン族に殺された。ピクォート族は数百人が虐殺、奴隷化され、一時期は絶滅認定を受けるまでに激減した。ピクォート戦争で白人に協力したナラガンセット族も後のフィリップ王戦争で白人に虐殺されることとなる。
・ポペ1630~1692
プエブロ族の魔術師。スペインの宗教弾圧に対し、1680年一斉蜂起を起こす。スペイン人を駆逐したプエブロ族は独立国家を築くが、ポペの死後内部分裂しスペインに降伏した。
南部タスカローラ族の酋長。白人の土地侵奪、奴隷狩りに反発し、タスカローラ戦争(1711~15)を起こす。しかし、北部タスカローラに裏切られ、白人に引き渡され処刑された。
アベナキ族の酋長。フランス人神父セバスチャン・ラルと結託し、マサチューセッツ植民地総督へダマー戦争(1722~1725、ラル神父戦争、グレイ・ロック戦争ともいう)を仕掛ける。ラル神父は戦死し、和平が成立した後も散発的に植民地への攻撃を続けた
ワンパノアグ族の酋長。ピリグリム・ファザーズを助けた心優しきマサソイト酋長の息子。白人の貪欲な土地略奪に耐えかね、交戦した(フィリップ王戦争1765~66)。白人たちは彼がインディアンの君主であると決めつけ、フィリップ王と呼んだが、実際は調停役に過ぎなかった。メタカムは戦死、遺体は戦利品としてバラバラにされ、妻子は奴隷として売り飛ばされた。数千人のインディアンが死亡し、白人の勝利に終わった。
・オブアンディヤック1720~69
オタワ族の酋長。英名ポンティアック。交易を制限したイギリス人たちに不満を抱き、オジブワ族、ポタワトミ族などと連合し攻撃をしかけた(ポンティアック戦争1763~65)。白人を追い出すことには失敗したが、イギリス政府は政策変更を余儀なくされ、インディアン保護区を制定した。オブアンディヤックは白人では無く、対立する部族のピオリア族に暗殺された。
ショーニー族の酋長。1774年ダンモア卿の戦争で白人と戦った。アメリカ独立戦争ではショーニー族の中立に努め、ランドルフ砦のアメリカ人を訪問した際に拘束され処刑された。
チェロキー族の戦士。アメリカ独立戦争ではイギリスと組んでアメリカと戦った。独立戦争後は他部族へ同盟を呼びかけながら、アメリカと戦った。チョクトー族、マスコギー族との同盟を祝う最中に心臓発作で亡くなった。
・リトルタートル(1747~1812)
マイアミ族の酋長。アメリカ独立戦争ではイギリスと組んでアメリカと戦い、オーギュスタン・ド・ラ・バルム大佐を戦死させた。独立戦争後はワイアンドット、ショーニー、チェロキー等と北西インディアン同盟を結びアメリカと戦った。(北西インディアン戦争1785~1795)。ハーマー作戦で勝利したほか、アーサー・セントクレア少将を破り、600名の大損害を与えた。しかし、フォールン・ティンバーズの戦いで敗北し降伏した。
ショーニー族の戦士。アメリカ独立戦争ではイギリスと組んでアメリカと戦った。北西インディアン戦争でも活躍し、ハーマー作戦、セントクレアの敗北で活躍したが、フォールン・ティンバーズの戦いで敗北した。
レナペ族の酋長。アメリカ独立戦争、北西インディアン戦争でアメリカと戦い、セントクレア将軍を破ったが、フォールン・ティンバーズの戦いで敗れた。
・エグシャワ1726~1796
オタワ族の酋長。アメリカ独立戦争、北西インディアン戦争でアメリカと戦い、フォールン・ティンバーズの戦いで負傷した
・テカムセ1768~1813
ショーニー族の酋長。白人の侵略に対し、インディアン全体の団結を広く呼びかけた。ティッペカヌーの戦いで敗れたが、抵抗を諦めず、米英戦争でイギリスと組んでアメリカと交戦した。デトロイド包囲戦で米軍を破り、メグス包囲戦でも攻略には失敗したものの損害を与えた。しかし、テムズの戦いで戦死し、彼の壮大な夢は叶うことが無かった。ちなみにテカムセと米英戦争で敵対したウィリアム・ハリソンは1841年9代目大統領に就任するが、わずか31日で病死した。
マスコギー族の戦士。1811年の大地震を白人と戦えというメッセージと解釈し、交戦派レッド・スティックスを率いクリーク戦争(1813~14)を戦った後に降伏した。ちなみにクリーク戦争で活躍したジャクソン大統領は後に7代目大統領に就任、インディアンへの弾圧・虐殺を行った。
・メナワ1765~40頃
マスコギー族の戦士。レッドスティックスのメンバーとしてクリーク戦争を戦い、戦後も土地割譲に同意した酋長を暗殺するなど強制移住に抵抗し続けた。
マスコギー族の戦士。レッドスティックスのメンバーとしてクリーク戦争で活躍、バーントコーンの戦いで米軍に勝利した。
ウィネベーゴ族の酋長。白人に対して友好的であったが、鉱山労働者の横暴に耐えかね、1827年ウィネベーゴ戦争を起こした。米軍に敗れ、翌年獄死した。
・ブラック・ホーク(1767~1838)
ソーク族の酋長。白人の土地侵略に対し、1832年フォックス族、ポタワミ族と結託してブラックホーク戦争を起こした。しかし、この戦いはインディアンが数百人殺される悲惨な結果に終わり、ブラックホークは降伏し、捕虜となった。
・オセオラ1804~38
セミノール族の戦士。強制移住に反発し、第二次セミノール戦争(1835~42)が勃発した。ゲリラ戦法に苦しめられた米軍は和平交渉を行い、交渉の場に向かったオセオラを捕らえた。彼はその後獄死したが、セミノール族の怒りは収まらず、戦争は続いた。なお、セミノール族の一部は最期までフロリダの奥地に居座り続け、現在に至るまでアメリカに降伏していない
セミノール族の戦士。第二次セミノール戦争で活躍し、デイドの戦いで100人の米兵を戦死させた。
・ビリー・ボウレッグス1810頃~1859
セミノール族の酋長。オセオラが獄死した後も第二次セミノール戦争を継続し、オキチョビー湖の戦いで勝利するなど活躍した。第三次セミノール戦争でも米軍を苦しめたが、強制移住に従った。
セミノール族の戦士。第二次セミノール戦争に加わり、オキチョビー湖の戦い、ロクサハッチーの戦いで米軍に勝利した。
・バッファロー・ハンプ1800頃~1867頃
コマンチ族の戦士。同朋が虐殺された報復に1840年の大襲撃を行った。43年テキサス政府と和平を結び、晩年は農夫として暮らした。
・ワルカラ1808~55
ユート族の戦士。その知恵と武勇から「砂漠のナポレオン」「史上最大の馬泥棒」と呼ばれた。モルモン教徒入植者と対立し、1853年から翌年にかけてワルカラ戦争と呼ばれる一連の襲撃を行った。
・カミアキン1800~1877
ヤキマ族の戦士。白人探鉱者との対立からヤキマ戦争(1855~58)を闘った。降伏を拒否してフラットヘッド族の下に逃れた後に故郷に帰還し、最期まで立ち退きを拒否した。
・レスキ1808~58
ニスカリー族の酋長。白人の土地侵奪に反発し、ピージェット湾戦争(1855~56)を闘ったが、捕らえられ処刑された。
・テカムタム?~1864
アサバスカ族の酋長。鉱山労働者たちの横暴に反発し、ロングリバーウォー(1855~56)を戦い敗れた。
・カイルーク
モハベ族の酋長。当初は白人に対して友好的だったが、モハベ戦争(1858~59)を戦うようになった。降伏し捕らえられるも、脱走を図ったため射殺された
・ヌマガ1830~71
パイユート族の酋長。白人との平和を望んでいたが、探鉱者たちがパイユート族の食料を奪ったため、1860年パイユート戦争を戦った。敗戦後も白人と部族の平和のために生涯を捧げた。
・マヌエリト1818~93
ナバホ族の戦士。1860~66年までアメリカ政府の土地収奪と強制移住政策に抵抗し続けたが、後に降伏し、移住を受け入れた。
ティンパノゴス族の酋長。モルモン入植者と対立し、1865年ユタ、パイユート、ナバホと結託しブラックホーク戦争を仕掛けた(ソーク族のブラックホーク戦争とは別)。70年にアントンガは結核で亡くなるが、72年まで闘争は続いた
・マンガス・コロラダス1793~1863
アパッチ族の酋長。1830年代家族や同朋をメキシコ人に虐殺されたため、米墨戦争ではアメリカと組んでメキシコと戦った。後に後述のコーチーズと共に米軍と戦った。和平交渉の最中に捕らえられ、処刑された。
・コーチーズ1805~1874
アパッチ族の酋長。マンガスの義理の息子。1861年入植者の息子を誘拐したというあらぬ疑いをかけらたことがきっかけで1872年に和平が成立するまで白人たちと死闘を繰り広げた。
ダコタ・スー族の酋長。白人に対して従順であったが、1862年飢餓に耐えかね一斉蜂起を起こし敗れた。翌年逃亡先で農夫に発見され射殺された。
カイオワ族の酋長。第一次アドビ壁の戦いでアメリカ軍に勝利した。
カイオワ族の戦士。第一次アドビ壁の戦いで活躍したほか、ウォレン・ワゴン・トレインの襲撃も成功させるなど戦果を挙げた。第二次アビド壁の戦いに関与し、1874年に逮捕され、投身自殺した。
カイオワ族の戦士。ウォレン・ワゴン・トレインの襲撃など軍事基地、幌馬車、入植地への襲撃を多数成功させたが、1870年逮捕され、翌年逃亡を図り殺された。
・ローン・ウルフ1820頃~79
カイオワ族の酋長・交渉によりウォーレンワゴン・トレイン襲撃で逮捕されたホワイト・ベア、ビッグ・ツリーの釈放を実現した。1873年息子と甥が白人に殺されたことがきっかけで闘争を開始。クアナ・パーカーと組んでレッド・リバー戦争を戦ったが、降伏した。なお、ビッグ・ツリーは他のカイオワ戦士と違い、レッド・リバー戦争に参加していない
シャイアン族の戦士。強制移住に反発し、スー、アラパホと結託してコロラド戦争(1864~65)を戦う、ジュールズバーグの戦い、プラット橋の戦いで白人に勝利するなど活躍した。和平派が強制移住にしたがった後も白人と戦い続け、1868年ビーチャ島の戦いで戦死した。酋長ではないが、勇猛さとカリスマ性から白人から酋長であると誤解された。
ラコタ・スー族の戦士。ララミー砦からモンタナへの金鉱に向かう道路建設に反発し、シャイアン、アラパホと結託してレッドクラウド戦争を戦った(1866~68)。米軍は道路建設を諦め、砦を放棄したため、和解が成立。レッドクラウドは居留地に入り晩年はキリスト教に改宗した。
ラコタ・スー族の戦士。レッドクラウド戦争に参加した。戦後敵対するショショーニ族と交戦し、戦死した。
・ヤングマン・アフレイド・オブ・ヒズホース(彼のウマを恐れる若者)1836~1893
ラコタ・スー族の戦士。レッドクラウド戦争に参加、ウーンデッドニーの虐殺後はアメリカ政府の平和交渉に当たった。
モードック族の酋長。居留地への強制移住に反発し、複雑な地形を利用して装備、戦力で勝る米軍を苦戦させた。(モードック戦争1872~1873)戦争の途中の和平交渉が決裂し、エドワード・キャンビー少将が殺害されたため、インディアン戦争で米軍将軍が殺された唯一の戦いとなった。降伏し絞首刑に処されたキャプテン・ジャックの遺体は見世物とされた。
モードック族の戦士。モードック戦争に加わり、サンドビュートの戦いで勝利した
コマンチ族の酋長。スペイン人の鎖帷子を身にまとって戦い、勇名をはせた。しかし、彼の防備はリトルローブクリークの戦いではライフル弾を防げず、戦死した。
・ペタ・ノコナ1820頃~1864
コマンチ族の酋長。アイアンジャケットの息子。1836年パーカー砦を襲撃し、白人女性シンシア・パーカーを誘拐、妻とする。1860年ピーズ川の戦いで敗れ妻を連れ戻された悲しみと戦傷から亡くなった。
わかる
この手の見世物に対する世間の反応の過剰さの気色悪さにはうんざりするよな
芸能人とかもいい歳したおっさんが大学生みたいなノリでバカみたいに大声で喋ってて見てて哀れに思えてくる
その様を見て嗤うものなのかもしれないがさすがに見てて痛々しすぎてあんなの普通乾いた笑いすら出てこないよ
テレビのバラエティですらあれほど醜いのにそれが今やYouTubeだなんだとさらに訳の分からないコンテンツで溢れてる
芝居にしたって何が悲しくて現実と無関係の空想の作り話を延々と聞かされ続けないといけないんだか
なんであの手のいわゆるエンタメってのに人が群がるのかね
気味悪いったらありゃしない
ここ何年か「ルッキズムは悪であり解体すべき思想」みたいな意見をネットで見るようになった、気がする
容姿を理由にした差別、容姿が悪い・外見が人と違うという理由の差別なんてそりゃ無い方が良いに決まってる
エレファント・マンという映画があったけど、それも人と容姿が違うという理由で見世物小屋の名物になった男性の見ているだけで気分が沈むような悲しい話らしい
少なくとも自分は他人を嘲り蔑み馬鹿にする事を娯楽にしている奴を見かけたら不愉快な気持ちになるしこんな奴ら消えちまえ、と思う。(恐らくは自分も消える側になるけど)
「容姿差別反対」を掲げる上で「ルッキズム」という言葉が出て来るのは差別を一つ無くそうとしている動きだろうし良い事だ、と軽く思っていた
ところがね
この「ルッキズム」という言葉、使っているのは主に女性が多いんだけど
という…「容姿が良い人間が好かれる・優遇される」という現象に対する怒りの言葉…として使ってる人が大半だな、と見ていて思った
容姿差別に反対する言葉だからてっきりエレファント・マンみたいに見世物になってる人に対する差別をやめろ!!って怒りの言葉だと思っていたのに
それと、人間は自分が体験した事・知る事しか語れないというのは人間だからしょうがない事だとは思うんだけど…「ルッキズム」という言葉が使われる文章って
「私はルッキズムの呪縛で傷付いて~」とか「ルッキズムに支配された日本は本当クソ」とか「あの漫画はルッキズムを推進して~」とか
自分はルッキズムのせいで昔不快な目に遭った、ルッキズムが存在する日本は酷い国だ、ルッキズムを出してきたあの作品の作者は差別主義者だとか
そういう他人を攻撃するための概念や自分がこんな酷い目に遭ったのはこんな思想があるせいだ、みたいな負の感情を吐き出すための便利な道具として使われてるな…と思ってしまった
「そういえば自分も容姿で異性の好みを選んでるんだよな…」とか自省的だったり自分と異なる性別の人への同情に「ルッキズム」という言葉を使ってる人は自分が見た限りでは目に入らなかった
ルッキズムを批判した当の本人がルッキズムをまるで捨てていない所を目にしたのが一番大きかったからかもしれない
アクの強いおとぎ話の姫たち #4
という触れ込みではてなでも話題になっていた事があるのでこの漫画を読んだ事がある人も居るんじゃないだろうか?
白雪姫を題材に「白雪姫の継母も男達の言葉に傷付き狂わされた被害者だった」という視点でルッキズムやエイジズム(年齢主義)を痛烈に批判した小気味の良い内容なのだけど
この漫画の中でも作者きり子氏の思想を代弁する白雪姫や白雪姫の継母は「女性受けのする美人」として描かれ、
誰々が美しいと『選定してる鏡がキモいジジイ』なのは『「あの鏡の存在って、世間一般の男性目線の価値観を物体化したものだよね」って思ったので』あえてキモい顔に書いたらしい
自分が好きな相手は美しく、嫌いな相手は醜く描くって正にルッキズムそのままだよなーって思ったり
『若さ以外に魅力ない女が世に憚るのどうなん?』『若くなくなっても美しい人はいくらでもいる』って感想欄での読者ときり子氏のやり取りを見て
結局容姿主義・年齢主義を批判する理由って「若い女が男からチヤホヤされてるのにこの人達はムカついてるだけなんだな」って思った。そうとしか思えなかった。
「女性を容姿や年齢でしか評価出来ないキモい男達死ねよ」って思想ならまだ分からんでも無かったけど、「若いだけで男にチヤホヤされてる女うぜえ」もセットの思想なんだと気付いた
とにかくこういうインパクトがある漫画を読んで「この人は年齢や容姿で人を評価する風潮が嫌いなんだな…」と理解したんだけど
他に投稿されていた作品を見るに見目麗しい美青年を寵愛している事も分かって「…あれ?」って思った
白雪姫の漫画を描いたきり子さんは以前はどろろ(2019年版)の二次創作もよく描かれていたんだけど
テガミバチなどを描かれた浅田弘幸先生がリファインした主人公・百鬼丸は原作ともまた方向性が違う耽美な青年になっていた
正直この日記の内容とは直接関係のない事だけど…この新百鬼丸、ハッと息を呑むくらいカッコいいと思う。
手塚治虫先生の作品は大昔から女性ファンが多い事で有名だけど、どろろ(2019年版)も盛り上がっているのは女性ファンが多かった。
絶世の美男子と一見男の子にも見える女の子の二人旅…そりゃおにロリ好きな人にはたまらんだろうな、と思う。自分も嫌いじゃないしおにロリ。
だけども。「若く美しい異性」に熱を上げてキャーキャー持ち上げる事って、きり子さんが白雪姫で痛烈に批判した「ルッキズム」であり「エイジズム」なんじゃないか?ともまた思った。
もし百鬼丸が特に見目麗しくも無い中年の親父でもこのきり子さんが変わらずどろろの事が好きで作品愛から二次創作をバンバン描いていたならともかく、そうじゃないでしょう?
モブ女性にキャーキャー言われるような顔が良い美男子大好きじゃんきり子さん。
いや「顔が良い美男子」の事が好きってそれ自体は別におかしくも何ともないけど。
白雪姫で「世間一般の男性」を「キモいジジイ」として描いて自分はどろろ(2019年版)みたいな美男子を愛好してるのは、女性から男性へのルッキズムとエイジズムを肯定してるって事なんですか?
という風に、ルッキズムを批判する人に対して、そういう貴方のルッキズムはどうなんだ?と言い返したくなるから、
俺は「自然と容姿の良い異性を好きになってしまう傾向」(ルッキズム)を批判するのはどこまで行っても不毛だから止めた方が良いんじゃないかなぁ…と思ってる
【追記】
誤字を修正。
https://togetter.com/li/766518
「セクシャルマイノリティ」をまんま「女性」に入れ替えても同じ事が言える。
何年も前から言ってるけどこのベクデルテストとかいうの、日本の萌え豚キモヲタコンテンツなら全て「合格」するうえに、
それどころか萌え豚コンテンツでは逆に男がいっさい登場しなかったり、出てきても一言も喋らなかったりするんだが。
ならばそれをもって「日本の萌え豚コンテンツはポリコレ的に正しい進歩的なコンテンツである」と言えるのかというと、言えないだろ。
女ばかり登場するったって、「美少女動物園」と揶揄されるだけあって、ペットを愛でる視線であり、人間扱いしてないわけだからな。
前回のセクシャルマイノリティの扱い、百合とかやおいも、それ。
百合叩きはともかく、やおい(腐女子)叩きは女性差別を正当化するために「腐女子どもがセクシャルマイノリティを差別してる!」としてセクシャルマイノリティを利用する陰謀であり、トランスカルトのルーツだけどな。
ただしそれはそれとしてやはりセクシャルマイノリティを人間動物園のごとく見世物扱いで楽しむ性的搾取だから差別は差別なんだが、登場するだけマシだから欧米より進歩的だとかいう屁理屈を後押しする事にしかならんのだわ、欧米の基準を文化の異なる日本に無理やり当てはめたりしたら。
https://togetter.com/li/766518
てか、このまとめ自体がもう、原文にはないポリコレ叩きを無理やりくっつけたと指摘されてるんだが、
それを指摘してるのが今TRAやってる人というね。
ポリコレ叩きとポリコレゴリ押しはやはり表裏一体なんじゃないかという陰謀論を抑えきれないね。俺の脳内で。
欧米流のポリコレを文化の異なる日本にそのまま当てはめようとする偽善者リベサヨがまず怪しいうえに、
そういう偽善者リベサヨにとって都合のいい「欧米スタイルの差別主義者」が、ポリコレが話題になった時だけ突然、どこからともなく、欧米とは文化が異なる日本に、急に大量発生するのが、ほんと怪しい。
俺以外みんな見逃してるけど、俺様だけが特別に鋭くて頭いいのではなく、他の奴らが見事に目眩ましされて騙されてるだけなんだわ。
そもそも日本のオタクコンテンツでは昔からセクシャルマイノリティのキャラが「いて当たり前」どころか「いなくてはならない存在」だったのを知ってるくせにスットボケる偽善者リベサヨって何なの?
正体バレないとでも思ってるの?
だいたいなぜ、ポリコレが話題になった時だけ急に「アニメや漫画にセクシャルマイノリティが登場するのを嫌がるオタク」などという偽善者リベサヨ白人の脳内にしか存在しない架空の生き物が大量発生するの?
自作自演なんじゃないの?
日本のオタクコンテンツにおけるセクシャルマイノリティのキャラの扱いも差別的だという批判ならわかる。
しかし日本にはセクシャルマイノリティの存在自体を嫌がるオタクなんてものは「存在しない」のだよ。
セクシャルマイノリティ自体を忌み嫌うのは、キリスト教やイスラム教が文化の基礎になっている欧米のみ。
欧米キリスト教文化圏におけるセクシャルマイノリティの扱いをそのまま文化や宗教の異なる日本に直輸入しようとするからこういうズレが生まれるんだよ。
日本のオタクコンテンツにセクシャルマイノリティのキャラが不可欠の存在として出てくるからといって「日本にはセクシャルマイノリティ差別は存在しない」という事にはならない。
日本ではそんなふうに面白キャラとして扱って性的搾取する差別のスタイル。
欧米やイスラム圏では存在することすら許さない、捕まえて死刑にしなければならない、という差別のスタイル。
どっちがマシとかじゃない。
差別のスタイルが異なる日本に欧米流のやりかたを押し付けるなと言ってるんだよ。
逆に言うと、キモヲタどもが「日本では昔からセクシャルマイノリティのキャラが登場するから日本の方が欧米より進歩的」などとイキり散らすのを後押しするんだよ、それじゃ。
存在すら認めてなかった欧米よりも、差別的な扱いだろうとなんだろうと「存在し登場するのが当たり前」だった日本の方がマシって事になるからな。
言うまでもないが女性差別でも全く同じ事が言えるんだよ。
https://togetter.com/li/766518
「セクシャルマイノリティ」をまんま「女性」に入れ替えても同じ事が言える。
何年も前から言ってるけどこのベクデルテストとかいうの、日本の萌え豚キモヲタコンテンツなら全て「合格」するうえに、
それどころか萌え豚コンテンツでは逆に男がいっさい登場しなかったり、出てきても一言も喋らなかったりするんだが。
ならばそれをもって「日本の萌え豚コンテンツはポリコレ的に正しい進歩的なコンテンツである」と言えるのかというと、言えないだろ。
女ばかり登場するったって、「美少女動物園」と揶揄されるだけあって、ペットを愛でる視線であり、人間扱いしてないわけだからな。
前回のセクシャルマイノリティの扱い、百合とかやおいも、それ。
百合叩きはともかく、やおい(腐女子)叩きは女性差別を正当化するために「腐女子どもがセクシャルマイノリティを差別してる!」としてセクシャルマイノリティを利用する陰謀であり、トランスカルトのルーツだけどな。
ただしそれはそれとしてやはりセクシャルマイノリティを人間動物園のごとく見世物扱いで楽しむ性的搾取だから差別は差別なんだが、登場するだけマシだから欧米より進歩的だとかいう屁理屈を後押しする事にしかならんのだわ、欧米の基準を文化の異なる日本に無理やり当てはめたりしたら。
https://togetter.com/li/766518
てか、このまとめ自体がもう、原文にはないポリコレ叩きを無理やりくっつけたと指摘されてるんだが、
それを指摘してるのが今TRAやってる人というね。
ポリコレ叩きとポリコレゴリ押しはやはり表裏一体なんじゃないかという陰謀論を抑えきれないね。俺の脳内で。
欧米流のポリコレを文化の異なる日本にそのまま当てはめようとする偽善者リベサヨがまず怪しいうえに、
そういう偽善者リベサヨにとって都合のいい「欧米スタイルの差別主義者」が、ポリコレが話題になった時だけ突然、どこからともなく、欧米とは文化が異なる日本に、急に大量発生するのが、ほんと怪しい。
俺以外みんな見逃してるけど、俺様だけが特別に鋭くて頭いいのではなく、他の奴らが見事に目眩ましされて騙されてるだけなんだわ。