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2017-06-19

賢い人よ、ブラックボックス展をボコボコにしてくれ

痴漢騒ぎが話題になってしまっているブラックボックス展、私は全く混んでいない日に見に行った。

嘘の評判も、ネタバレ解禁後の評判も何だか私の感想とは違うものばかりなので書き残しておきます

いつ行ったのかは正確には覚えてないけれど、アップデート?が一切入っていない時で平日の夕方

受付は黒い服を着て髪をひとつに結った女性

誓約書サインして、階段を上がってなんとなくキャプションを読んだ。

暗幕を持ち上げて入ると、真っ暗な部屋。

たくさんの人が指摘しているように、私もダイアログインザダーク?と初めは思った。

ただ、まずは純粋に手探りで歩いてみよう!と思って歩くも何も起こらない。

で、「何かは分からないが、何かは起こるだろう」と思っていたので頭に?が浮かびまくる。

他に人もいないし、監視員も中にいないので、ダメだとは言われていないしと思ってiPhoneライトで展示室を照らして歩いた。

すると、なーーーーーんにもない。

ほんとに、0。

人もいないし、何もない。

私はここでようやく、なんかおかしいな…と思い始めた。

で、出るときカードを引けと言われたので引いた。

これが例の指示が書かれたものなんだけど、「作品に関する指示があるのでは」と勝手に予想していた私はちゃんと読まなかった。

文面が展示内容を口外することに関するものだけだったからだ。

「元々口外する気ないし」と読み流して、よく分かんない展示だったな…と呆然としながら近くのコンビニお菓子を買って休憩した。

で、やっぱおかしくない?と思って再入場した。

再入場した時は男性と一緒に展示室に入ったんだけど、男性も首を傾げて数秒で出て行った。

で、そこでようやく指示書を見てそういうことかと納得した。

そこで感じたのは、「自分が思ったよりバカだった」ということと、「そんな自分が恥ずかしい」ということと、「クソつまんないものを見てしまったがクソつまんないから見るなと言えない絶望感」だった。

ブラックボックス展の唯一すごいと思ったところは、「文句を言わせない」ことのうまさだけだ。

情報コントロールすること、それが可能相手を選別することにかけては素晴らしい手腕だ。

でも、それだけのことだった。

他に人が大勢いる状況だとまた別なのかもしれないけれど、少なくとも私はひたすらがっかりした。

そのがっかりは、口先のうまさだけでこれがアートになってしま可能性があることに向けたものだ。

本当に腹立たしい気持ちでいっぱいだけど、私はバカなのでこの展示を上手にボコボコにできない。

なので、願わくばとても頭の切れる人に、けちょんけちょんに批判してもらいたい。

批判を生むことすら作者の手のひらのうえなのだー」みたいな子供じみた屁理屈をぶっ飛ばして欲しい。

あと、話題に上がるダイアログインザダークは最高の体験です。

8月東京会場が閉まってしまうので、ブラックボックス展にムカついた人は行きましょう。

それでは、あとは頭の良い人にお願いしたいと思います

どうかメッタメタ批判してくれ。

おわりだよー

2017-06-15

老害意味を知った

保育士をしている。

つい最近出来事が余りにも頭に来たので書く。

近所の公園子どもたちを連れて散歩に行った時、幼い孫(3歳に満たない程度)を連れた老人(男)がいて公園で遊んでいた。

それなりの人数を連れてきたため静かだった公園が一気に騒がしくなってしまったのは申し訳なく思いつつ、先にその老人らがいたことも分かっていたのですみません、と一言声掛けつつ一緒に遊ばせてくださいと言った。

しかしその老人は度々ぶつぶつと「うるさいな」「邪魔だな」と聞こえるように呟き苛立ったような目でこちらを睨んでくる。これみよがしに自分の孫が遊べないアピールをしてくる。

その老人に対してかなりイラついたがその場は取り敢えず早々に帰ることで終わった。

しかしまた別の日にその公園に向かった時、後から例の老人が再び孫を連れてやってきた。先輩の保育士問題の人だと分かっていたので敢えて笑顔挨拶をして簡単言葉も交わしていた。

何よりこちらが先に遊んでいたこともある。その時は老人も文句は言わなかった。

子どもたちが遊具自由に遊んでいるため、保育士らも遊具に登り補助しつつ遊んでいると、老人の幼い孫が大型の遊具の上まで登ってきた。まだ乳児だろうに、遊具遊びで補助も無しに下から見るだけなのは老体であるし、専門でもないから分からないのは仕方ないとして(それでも遊び方の制限くらいしろよとは思う)、孫が天辺まで登り降りようとした所でめそめそと泣き出した。

こちらとしては怖くて泣き出したと思い、「怖くなっちゃったかな?」と笑顔でその子に声をかけると、老人が怒ったように「あんたらがそこにいるからだ」と言った。

一瞬意味が分からず固まったが、つまり人見知りをしてかつ邪魔から泣いていると言っていたのだ。

それはもうカチンときた。

こっちは子どもたちのために遊具に登り危険が無いよう支えたり助けたりしながら遊んでいるのにそれを邪魔だと言われたのだ。一言言ってやりたかったがそれよりも危なっかしくも楽しそうに遊んでいる子どもたちを補助する方を優先して助けていると、ついにはその老人が「あんたそこどいてくれないか」と言った。

もう呆然としてしまい、申し訳なかったがせっせと登っていた保育園の子どもたちを降ろし、先輩も帰った方がいいとのことだったので何も言わず保育園に戻った。

まだ遊びたかっただろう子どもたちにかわいそうなことをしてしまったことと、公共の場自分のものだと勘違いしている老人に対して怒りが収まらない。横柄な態度と言葉は思い出す度に不快になる。

そんな老人に育てられている孫もかわいそうだ。

きっとそんな自分のことしか考えられない老害保育園建設を反対したり子どもたちの声がうるさいと言ったりしているのだろうと痛感した。

凝り固まった価値観自己主義はもうどうにもならないのかもしれない。

本当の意味老害意味を知ったと感じた。

2017-06-11

まさか私が…」突然の発覚から3年、絶望から這い上がった私の乳癌

40歳の節目。私は乳がんになった。

素朴だけど優しく私を愛してくれる夫と2児に恵まれ、幸せな人生を手に入れてそれなりに満足感のある日々だった。

幸せな日常を一瞬にして真っ暗な絶望に追いやった乳がんの発覚。

乳がんは罹る人も多い病気負担はあるけど、治療なんてさほど難しくないと思っていた。

でも全然カンタンではなかった。

家族、友人、そして自分自身多くの人を深く傷つけ、心身共に疲れ果て全てを失う寸前まで追い込まれた。

判断ミスもあり、軽度とは言えない状態までいってしまった私だが、良き出会い、周りの人の支えに助けられたことは幸運だった。

手術、抗がん剤治療を行い私は今、再発の不安は抱えながらも元の幸せな生活を取り戻すことができた。

今思えば、「知らないこと」が理由で失ったものが沢山あった。

もっと早く気づくことができれば・・・
「あの時あの治療選択していれば・・・
「友人家族もっと接するべきだった・・・

いろんな後悔が今も心に残っている。

こんな思いをする人を一人でも減らせたら。そう思って私の体験を伝えてみたくなった。

興味があったら読んでみて下さい。

ピンク東京タワー、突然の不安

ほんの些細なこと。

10月1日、夫と食事に出かけた帰りに見かけたピンク色にライトアップされた東京タワーだった。

私:「綺麗だねー。今日はなんでピンクなんだろうねー」

携帯検索をする夫。

夫:「今日ピンクリボンデーらしいよ。乳がん認知を上げる目的だって
私:「乳がんねー。」

その時は何も思わなかったが、少しだけ「乳がん」という言葉が頭をよぎった。

それから1ヶ月が経った頃、

朝、着替えの時に左の胸に固い感触を感じた。

???

違和感を感じ指でふれた。コロコロとした1cm程度の小さなしこりを感じた。

まさか。。。乳がん?」

ピンク色の東京タワーピンクリボン、その記憶が私にそう思わせたのかもしれない。

ただし、その日は家事に忙しいこともあり、夜にはしこりのことは忘れていた。

夜の入浴時にもう一度触ってみた。朝のしこりはもちろん、あと2個程度小さなしこりを指先に感じた。

大きな病気をしたことが無い私は些細なことでもすぐ心配になるタイプだった。不安かられ、髪も乾かさずインターネットで幾つかのサイトを調べた。

しこりがある=乳がんというわけではない。40歳未満の場合は良性のしこりの方が多いらしく乳腺線維腺腫の可能性が高いと書いてあった。

人間不安ときは都合のいい方の考えに飛びついてしまものだ。

私は、

「なんだ大丈夫だ。良かったー」

と勝手に安心し、「こんなものはそのうち消えてなくなる」なんて、根拠もない解釈をしながら、眠りについた。

翌朝、しこりは消えていない。やはり気になる。「もしかしたら」が再び頭をよぎる。

考えないように過ごそうと思ったが、家事が何も手につかない。

今まで感じたことの無いものが私の胸に存在している。その事実から目をそむけることができなくなっていた。

一刻も早く安心したい。その一心で私は病院を探し始めた。乳がん検査してくれるのはどこか?今まで考えたこともなかったか検討がつかない。

よくわからないが、とにかく近くの産婦人科に行ってみることにした。

サイズも小さいし、しこりも動くから問題はないと思いますよ」

そういって若い女性医師は近所の外科への紹介状を書いてくれた。

その翌日は外科の診断へ。私は一日がかりで色々な検診が行われることを想像したが、触診だけだった。

診断は

「乳腺線維腺腫」

違和感があった日に確認した見解と一致していたため、その診断を疑うこともせず飛びついてしまった私がいた。

乳腺線維腺腫は放っておけば3ヶ月程度でしこりはなくなってくるとのことだった。私は安心して、日常生活に戻った。

大丈夫でしょう」という自分安易判断と、夫に相談せず自分で納得してしまったことがあんなことを引き起こすなんてこのときは思いもしなかった。

大いなる油断、取り返しのつかないミス

それから2年、私はしこりことなどすっかり忘れて平穏な生活を続けていた。

日々の家事、娘息子の世話、当たり前のことを当たり前にこなす。傍からみれば退屈かもしれないけど、愛のある満たされた毎日

その日もいつもと何一つ変わらない一日だった。

しかし、その夜、全てが一変する出来事が起こった。

夫と同じベッドで寝ていると、寝返りをうった夫の手が私の胸に当たった。すると夫が「え?硬っ!」驚いた様子で声を上げた。

暫く自分の胸に意識が向いていなかった私は自分の胸を触り、全身から血の気が引き、突然得も言われぬ恐怖感が襲ってきた。

しこりが大きくなっている。。。」

私がもらした一言を聞いた夫の青ざめた顔が今でも印象に残っている。

夫はすぐに「明日会社を休むから、一緒に病院に行こう」と言ってくれた。

とにかく早くということもあったが、2年前にいった病院は割けるため、隣町の女性クリニックへ診断に行った。すると「確かにしこりがありますね。技師が3日後に来るのでエコー取りましょうか」

との回答。

しかし、今すぐにどうなっているか知りたい。不安が募りの募った私達夫婦は待つことができなかった。

乳がん専門医でなくてはわからないのでは?」と夫の意見採用し、インターネットで調べ最も近くにあった乳腺外科のある病院へ行った。

大学病院では当日は難しいため個人病院だった。

まずは触診。先生の無表情さが不安掻き立てる。その後針生検へ。これは正直かなりの痛みがあり、辛かった。

終了後、先生は「結果は一週間ほどで出ます検査結果によっては大きい病院を紹介する形になります。」と。

もはや1週間を待てる心理状態ではなかった。一刻もはやく白黒を知りたい。先生にお願いをして大学病院への紹介をすぐにもらった。

幸いにも大学病院ではすぐに乳腺外科の診断ができた。

視触診
マンモグラフィー
乳腺エコー
CT
血液検査
マントーム生検

これらの検査を一気に検査を行うことができた。これで自分乳がんなのかそうではないのか、ハッキリと分かる安心感はあった。

「これらの検査結果は来週に」と先生。

この一週間は今まで感じたことのない長さだった。

死への恐怖心
来ることが当たり前に思っていた未来が来ないかもしれない喪失感
気を使わせてしまっている夫、子どもたちへの罪悪感
不安なく健康暮らしている人たちへ理不尽嫉妬心
色々な感情が目まぐるしく移り変わり心身ともに疲弊していた。

加えて、2年前、なぜしこりが気になった時点でもっと詳しく調べなかったのか、夫に相談しなかったのか、激しい後悔にも襲われた。

神さまはいないのか・・・

疲れ切った私たちにやってきた結果は優しいものではなかった。

「左胸に3cmの悪性腫瘍。99%の確率乳がん

診断結果を聞かされた瞬間、私は頭が真っ白になった。

先生が言っている言葉は聞こえるが頭に入ってこない。隣の夫も呆然としていた。同じ状態だったのだろう。

何も考えられない、何も声発せない状態が3分は続いただろうか。

我を取り戻した私は、

「どうすれば治りますか」と先生に聞いていた。

結論は手術。

私は家族と一日でも長く幸せにくらしたい。その思いが人生の最優先だと強く認識した。

女性として葛藤もなかったと言えば嘘になるが、全摘選択した。

その日から長い闘病生活が始まった。

入院の前に待っているもの

医師から告知を受けると今度は身内や親しい人に話をする必要が出てくる。

まずは娘と息子に12歳の娘、10歳の息子。

ともに私が大変な状況にあることは理解してくれたようで、神妙な顔つきをしていた。こんな状況だが「泣いたり喚いたりせず立派だな」と成長を感じ少し嬉しい気持ちもあった。

次に両親へ説明をした。福岡に住んでいるのでまずは電話で話をした。母が出た。

母とは昔から何でも話し合える仲だ。あまり回りくどく説明しても仕方がないと思い、率直に「乳がんになった。手術をする」と伝えた。

母は言葉を失い、暫く無言が続いたあと母自身を責めた。

「ごめんね・・・、ごめんね・・・、ごめんね・・・

と私に声をつまらせながら何度も何度も謝った。

親の前ではやはり自分子供に還るのだろうか、今まで必死に堪えていた恐怖心や悔しさ、絶望感があふれ、私も涙が止まらなくなった。

でも悲しみのスパイラルに入るわけにはいかない。

絶対に治すから

できるだけ不安を与えないように力を込めてシンプルに伝えた。

友人関係の難しさ、心無い一言、ひび割れ関係

仲の良い友人にも伝えておく必要があると私は考えた。

私のこの考えは安易だったのだろう、結果闘病前に友人関係で心のダメージを負うことになった。

仲が良いと思っていた主婦仲間、ママ友に告知をすると

「大変ね~、大丈夫??本当に心配だわ」

という反応。

「え?それだけ?」

特に親身になって欲しいとかそういうわけじゃない。何が欲しいのかもわからないけど、何か嫌だ。そんなダダっ子みたいな自分も嫌になった。

更に追い打ちを掛けたのは「親友」だった。

中学校からの友人、由美とは今でも週に一度は会う仲で、何でも話せる間柄。

私と由美はまるで姉妹のように、同じような進路を辿り、同じようなレベル男性結婚し、同じように幸せな家庭を育んでいった。

から進路の話、異性の話、結婚してからはお互いの家庭の話、旦那愚痴家族ぐるみでも付き合える最高の友人だった。

由美になら何でも話せる。親兄弟よりも私の気持ちをわかって親身に寄り添ってくれるそんな勝手な期待をしてしまったのだろう。

由美にも率直に

乳がんになった。これから長い治療に入る。手術は正直こわいけど頑張る」

と伝えた。

ただ、由美にだけは同じ女性、同世代ゆえに全摘によって片胸が失われることに関しての悲しさがあるという話をした。

するとA子は

「なにも腕や足がなくなるわけじゃないんだから胸くらい良いじゃない。」

と言い放った。

彼女は明るい性格だ。彼女なりに私を励まそうとしたのかもしれない。

死を意識する日々、あまりに多くのものを失っていく毎日、私があらゆるものに敏感になりすぎていたのかもしれない。

ただ、この一言はどうしても受け入れることができなかった。

私が置かれていた状況は私の平常心を奪っていたんだろう。滅多に感情的になることがなかった私が怒りを抑えきれず、由美に対して激しい言葉をぶつけてしまった。

これまで長年にわたり育んできた暖かな友情に大きなヒビが入ってしまった。乳がんはまた一つ私から大切なものを奪ってしまった。

遂に手術

家族不安、両親の涙、友人との離別、多くのネガティブ感情を抱えながら私は手術に挑む。

スケジュールが出た。

手術は診断結果が出た日から20日後に決定。全摘選択したために術前の化学療法はなし。

手術2日前から入院となった。前日から食事も取れない。当日は朝から各種検査を行い以異常がなければ全身麻酔をして手術開始。目を覚ませば手術が終わっている。

手術は予定よりも2時間遅れて終了。遅れた理由リンパ節への転移が見られたから。麻酔が切れて朦朧とした中で、病室で夫がずっと手を握ってくれていたことは記憶の中にうっすらと残っている。

乳がんが発覚し自分の信じていた世界が全て崩れてしまったと思っていた。

でも夫だけはどんな状態の私も暖かく包んでくれていた。こんな時だからこそ夫の愛情を強く感じることができた。手術が終わった安堵感と、愛を感じられたことによる充足感か、そのまま深い眠りに就いた。

翌朝の目覚めは心地よかった。起きたら包帯でぐるぐる巻きだ。まあ夢ではない。現実だ。左のおっぱいないよなー。と思って触ってみるとやはり・・・ない。

わかっていたけど、現実を突きつけられると涙がこぼれた。

術後に体内にたまるリンパ液や血液を出すためのドレーン管が二本入ってたが。ここから液がでなくなれば退院だ。

7日後、遂に退院が出来た。退院時の値段は50万円だった。私はがん保険には入っていなかったので正直この金額は厳しいものがあった。備えあれば憂い無し。

そんな言葉が頭をよぎったが、今は無事に退院ができたことの喜びの方が勝っていた。

抗がん剤治療・・・これから始まる本当の治療

左の胸がなくなってしまったことへの喪失感はあった。お風呂に入るときなど自分身体から目を背けたくなる時期もあった。

でも、疑似おっぱいの性能が以外と良く、服の上からでは見た目にわからない状態になった。そこからはだいぶ気分が楽になった。

気分は元に戻ってきたが、治療はまだ終わりではない、手術から30日経過した時点で今度は抗癌剤治療が始まった。

期間は3週間を1クールとして、8クール複数抗がん剤を組み合わせての実施

抗癌剤治療と言えば、ドラマでも度々その様子が描かれる。そのためわずかに恐怖心があった。でも生きるため。

ここでも家族存在が私の心を強く支えてくれた。

抗がん剤治療想像していたよりはキツくはなかった。最初の一週間は特に異変もなかったけど、8日目辺りから吐き気貧血が出始めた。割りと調子が良くなってきた17日後に遂に髪の毛は完全に抜けてしまった。「あー、やっぱこうなるのねー」と思った。

覚悟は出来ていたので、思っていたよりはショックは少なかった。

クール目は特に問題なく過ごすことができた。まあ抗がん剤の点滴の際は気が重いくらいかな。

クール目に入る前にはかなり抜け落ちてきた髪が目立つので、ウィッグを買いに行った。季節をまたいでの治療なので冬用と夏用を両方買った。

それにしてもケアグッズも高い。

まり大きな声で言う人はいないと思うが、乳がん治療以外にかかる金銭負担も大きい。

クール目に差し掛かる頃には髪の毛は全て抜け落ちた。髪だけでなくまつげ、眉毛、体毛全てが抜け落ちた。顔色も悪く自分を鏡で見るのがちょっときつくなった。

いつも看病してくれる。夫も私の姿をみてどう思っているのかな。。。と少し気になる時期だった。

こうして、長かった化学療法も遂に8週で無事に終わりを迎えることができた。もう吐き気に悩まされることもないと思うとかなり気が楽になった。

楽しい時期は2ヶ月なんてあっという間だが、治療となると1年間のような長さに感じる。

抜け落ちた髪も徐々に生えてきて、昔に戻れるのかな-と淡い期待を抱かせてくれた。

化学療法を無事に終えた私は最後治療放射線治療に入ることになる。

永遠に続くと思われた治療・・・遂に・・・

放射線治療は、全部で30回。毎日通院が必要で、一ヶ月半ほど平日は病院通いが必要になった。経済的負担も引き続き大きかったが、仕事の調整をして一緒に通院してくれた夫に負担をかけているという罪悪感も多くあった。

放射線治療にも副作用がある。軽い火傷のような症状だ。熱い、かゆい、痛い。放射線を当てている患部は赤黒くなってしまい、見るからに痛々しい感じだ。

ただ化学療法と違い体外的な副作用しかなかったので、辛さで言えば全然問題なかった。

手術をしてから半年が過ぎて、ようやく私の乳がん治療は全て終了した。

毎日毎日通った病院乳がん発見してもらった病院にそのままお世話になって本当に良かったと思う。

検査ときは無表情で怖かった先生も病に真剣に向き合って時には優しく、時にはハッキリと私が不安にならないように、また過剰な期待を抱かないように上手に説明をしてくれた。

この先生に出会えたことは私の幸運だったと思う。

お陰で私は現実と向き合い、治療目的を正確に理解しながら集中して治療を受けることができた。先生本当にありがとう

「これでがんは完治」

そう言えればどれだけ幸せだろうか。

がんとの戦いはここからが始まりといってもいいかもしれない。

一般的ながんは5年再発しなければ完治と呼ばれるが、乳がんは10年後20年後も再発の恐れがあるために、ほぼ一生に渡って再発の恐怖との戦いになる。

「一生がんに怯えて生きていく」

こんな人生を送ることはまっぴらごめんだ。

「がんをうまく扱って生きていく。」

家族献身的な支え。そして我慢我慢を重ねた闘病生活

そのなかで私の心は強くなっていた。がんを再発させないように生活改善していけばいいじゃないか。そうポジティブに捉えることができるようになっていた。

最初からこの心があればなぁと今では思うけど、

乳がんによって手に入れられたこともあるのかなと思うと、最悪なことばかりではないかと思った。

がんで失ったものを取り戻す旅

手術が終わって一年が経った。本当に激動の一年だった。

今の私の生活はどうなっているか

幸いといっていいかな。見た目以外は正直、乳がんが発覚する前とあまり変わらない状態だ。

リンパ節を取った左手は、日常生活にはなにも支障はない。

抗がん剤副作用だった爪の異常や関節の痛みも治まった。

ただ髪の毛はやはりなかなか生えてこずまだ5cmほどしかない。出かける時、来客のとき帽子を被るようにしている。

左胸がないことにはさすがにもう慣れてしまった。残念に思うのは大好きだった温泉に行きたくなくなっちゃったことかな。

胸のコンプレックスが薄くなった今なら親友言葉も笑った受け流すことができたのになーと思うと少し心が痛む。

変わった事と言えば、食生活生活習慣が改善したこと。

以前は特にお肉が大好きでカロリーは紀にしながらも好きなものを食べていたけれど、今は野菜を中心とした食事抗酸化作用の高い食品をメインにしている。

そのおかげもあってか、再発は今のところなく、検査結果も良好。適度な通院も生活リズムを整える意味で意外と気に入っている。

家族との結束は乳がんによって以前より固まった気がする。長女は14歳になったが私の身体を察してか、家事積極的に手伝ってくれるし、反抗期の気配もない。12歳になった長男もだいぶ私を労って自分のことを自分でやるようになった。時々一緒にお風呂に入るが胸のことには触れてこない。なかなか優しいやつだ。モテる男になるかも。

夫は病気の前から優しい人ではあったが以前に比べて、私を心の底からいたわってくれている。先週末、酔って帰ってきた時に話していたが、乳がん告知の際、私を失うかもしれないと思った時に本当の愛が溢れてきたそうだ。

先日からかったら、覚えていないと本人は言うが、どうだかは知らない。

親友との関係は残念ながらまだ修復には至っていない。先日スーパーで顔を合わせたが会釈程度で終わってしまった。今の精神状態なら素直に私から謝ることができる。彼女との関係修復は今の私の一番の課題だ。

こんな感じで意外と悪くない日常を過ごすことができている。

「私から全てを奪った乳がん

手術前後治療中は頭の中にはこの考えしかなかった。

でも、今こうして、振り返ると悪くないことも多いなと思うに至った。

あなたには絶対に「この後悔」はしてほしくない

どうしても後悔はある。それが今回私が体験談を語ろうと思った理由。いまでも本当に後悔していることは一つ。

乳がん発覚の2年前、最初に気になった時点で乳がん早期発見の機会を逃したこと。

もしここで、私の治療をしてくれた大学病院までたどり着くことができていたら・・・

早期発見というくくりの治療となり切除も再発のリスク存在しない状態治療が終わっていたと思う。

親友との離別も家族への過度な負担。これらも起こることはなかっただろう。

私の弱さゆえの判断ミス。これに尽きる。

10月1日ピンク色に染まった東京タワーを見た時にもっと深く乳がん自分ごととして考えられていればな-なんてことまで思ってしまう。

乳がん女性の12人に1人がなる病気と言われている。確率は高い。あなたもなる可能性が十分にある。正直発生自体を防ぐことは生活習慣などにもよるし、生活習慣を気をつけていても病気はいつ襲ってくるかわからない。

2017-05-19

長い夢を見た

年のころ10ぐらいの少年だろうか。頼りなく優顔の少年は通う学園で新しく転校してきた少女出会う。

少女カールした癖っ毛の金髪で、高潔さに足が映えて立っている様な雰囲気を携えていた。

人目で心を揺り動かされた少年は、金髪少女へと好意吐露する。

期待もせず、衝動的に行われた告白は、期せずして、少女の関心を得て、了承を得ることとなった。

恋人となって最初放課後少年は、金髪少女プレゼントとして緊縛される。

手足を縛られ目を隠され、闇の中で背中をけり倒された少年は、這いつくばれと少女に命じられ頭が割れそうなほどに踏みにじられながら、これでこそ望んでいた少女の姿だと自分の心を悟り、知らずズボンの中で精通果たしていた。

彼女に虐められ、束縛され、ご主人様と慕い奉仕する少年は、ある日少女夜の学校に来るように言われる。

指定された時間指定された場所へと訪れると、少年は、暗い校舎の中で一つだけ明るい校長室の僅かに空いた扉の隙間から、その中で、金髪少女校長に抱かれている姿を見る。

薄汚い笑い顔で愉悦する校長に、少女は媚びるような声で腰を動かしていた。

豚のように快感の喘ぎ声を出す校長言葉から少女孤児校長の妾役として学園に通っていることを知る。

その光景から目を離せずにへたり込んでいた少年は、行為の一切が終わって扉へと近づいてきた裸体の少女に、冷ややかな目で見降ろされる。

「幻滅したかい?」と言う少女少年咄嗟に首を振った。

少女に見捨てられることを恐れたのか、同乗したのか、それとも自身になおも冷ややかな目を向ける少女に一切の幻滅が消えたのか、少年には判別がつかなかったが、少女はむしろ当たり前のように頷いた。

月日が経ち、学園を卒業を間近となっていた。

校長室で変わりもなく少女を抱き、彼女の僅かながら柔らかくなってきた体と離れることを惜しむ校長に、

「惜しむ必要はありませんよ」と少女は笑い、校長背中に熱さを感じる。

隠れていた少年背中包丁を突き立てていた。激痛に顔を歪め慌てる校長の、その首筋に少女作業のように長い刃物差し込んだ。鍔の根元まで刃をえぐり入れて、少女は媚びた笑顔を落とし冷たい視線へと戻る。

陰茎を袋ごと切除して、

「私が毎日舐めてたものだ、いるかい?」と言う少女に、少年

「どうせすぐに大人に取られます」と頭を振った。

 

 

 

少年期の殺人犯として、裁判を経ずに二人は似たような囚人が集まる拘狗牢へと入れられる。

獄卒への奉仕を拒んだ金髪少女は、独房へと入れられ、外部と一切の遮断をされてしまう。

どうにか少女と、再開するかを考える少年は、一人の少女出会う。

監獄ですら表情に幼さの長い黒髪少女は、少年牢獄自分の望みを自由に叶える方法を教えると誘い込む。

その引き換えとして、少年黒髪少女を抱く。少年にとって初めての性交だった。

性交の後、少年黒髪少女から彼女の服を分け与えられる。

言われるままに少女の服へと着替えると、優男で細身の体故に、少年一見して面貌の整った少女のような風体になっていた。

そのまま生活を送る中で、元から控え目で、気後れした性格故に、気弱な少女のように見えた女装少年は、看守に襲われる。

背中から押さえつけられ、尻の穴を犯された少年は、痛みと圧迫の中で快感に満たされて、何度も射精していた。

意図を察した少年は、黒髪少女の元へと訪れて、軽く非難をする。しかし、誑し込むのが一番手っ取り早いという少女言葉に、少年も頷く。

黒髪少女に、少年は一人の女性を紹介される。

長身で、栗色の髪をボブカットをした女性一見にしても美人で、少年は見惚れてしまいそうになる。

少年の体を抱きしめた栗色の髪の女性は、少年アヌスをいじり、自らの股間に生えている男性器を見せつける。

女装した男娼の先輩として、栗色の髪の人は、少年アヌスへと陰茎を挿入し、その奉仕の仕方を教え込んでいく。

黒髪少女衣服と交換に性交を重ね。

先輩に気持ちよさを教え込まれ

客の囚人や看守に、薬を打たれて、死ぬような快感の中で精液を注ぎ込まれる。

少年は、快楽の中で、頭を呆然としていく。

 

 

 

独房の中で、夜も朝も分からず、何度目の睡眠かすらも数えなくなっていた金髪少女は、分厚い鉄製の扉が開く音に気が付いた。

期待もせずに見た入り口からは、記憶の中でも、もはやあやふやになっていた少年の姿を見つけた。

一瞬の幻覚を疑い、現実だと悟った金髪少女は、すぐに蒙昧としていた意識を取り戻した。

看守とつてを作り、体と引き換えにさまざまに要望を聞いてもらえるようになった少年は、ようやくの段階で、独房少女と面会できるようになっていた。

しかし、その金髪少女は、天井からベストのような包みでくるまれて面され、その四肢は根元十センチほどで切断されて丸く縫い付けられていた。

逃げないようにと、暴れないようにと、彼女を性のはけ口とする看守に対する配慮だった。少年は、そういう性のはけ口の分け前をもらうという形で、少女の部屋へと訪れることを許されたのではあった。

少年を見止めた金髪少女は、その瞳を見つめた。喋れないように轡をされた少女は、なにも伝えようともしなかった。

ただ、少年を見つめて、小便を漏らし始めた。

少年は、その滴る小水を浴びて、口に受けた。

それで二人には充分だった。

それから監獄の中で権力者たぶらかしていった少年は、刑期を大幅に短くして、金髪少女とともに拘狗牢を出所していくことになる。

両親もなく、寄る辺もなく、四肢もない金髪少女は、弱り切った肉体もあって、そのまま病院へと入院することになった。

それは監獄大人たちの最後の両親でもあったのだが。

 

出所から数日もしない、晴れの日、少年は両親へと電話をかけていた。

心配しないで欲しい。すぐ戻るから。ちゃんと元気でやっている。と電話口で笑顔で伝える。

電話の向こう側からは、金をどこにやったという男性の怒号と、女性悲鳴が聞こえてくる。その音を聞きながら少年笑顔電話を切った。

満載のリュックサックと、鉈を持った少年は、病院への道を洋々歩き出す。

 

慌て蓋める医者たちと、悲鳴を喚き散らして右往左往する看護婦たち、警報が鳴り響き、大人の影が行きかっていく。

そのころには既に、自分で動けない金髪少女を抱えて少年は山の雑木林の中を登っていた。

これから二人で生きていくのだと少年は言って、ようやく自由になったと少女は言った。

 

 

 

幾日か幾月か経った山小屋で、飢えて死んだ少年四肢のない少女遺体が見つかった。

と言うところで、胸糞が悪くなって目が覚めた。

2017-05-15

結婚できなかった

今日結婚する予定だったのにできなかった

なかなか受け止めきれないが落ち着く為に、今こうやって書いている

結婚できなかった理由はごく小さなことで、戸籍謄(抄)本を彼が用意していなかったから。

彼は他府県出身なので、今すぐ謄本を出してもらうことはできない。マイナンバーカード住民基本台帳カードも持っていない。

今日入籍は叶わなかった。

役所から出た彼は「ごめんねぇ」と言いつつも、割とケロッとしていた。「謄本がいるって教えてくれたら良かったのに~」「また日取りを考えよ?また暇な時にでも出しに来ようよ」

そう言うと彼はタクシーを止め、呆然とする私を置いてあっという間に会社に行ってしまった。

普段から生活の9割以上が仕事で占められている彼は、いつも朝6時に家を出ていき、0時過ぎに帰ってくる

もう完全な休みは2ヶ月ほどとれていない。今日の午前休は本当にむりやりもぎ取ったものだった。

次に2人で役所に行けるのはいつになるだろう。また3ヶ月程待たなければならない気がしている。

半年上海外に行くことも

3ヶ月も前から予定していた旅行を前日になってキャンセルしたいことも

結納の日取りを、1週間前になって2ヶ月先延ばしにしたいことも

再来週のデートは無理になったけれど今日の午後なら空いてるから会いたいことも

結婚式の会場や衣装の下見や契約、打合せを私1人で全て行うことも

家事も全て1人でこなすことも

彼の会社の先輩たちが深夜家におしかけてきたことも

全部我慢してきた。

彼の仕事の日程に合わせて、友達との約束キャンセルしたことは何度もあるし、仕事海外にいる彼に会いに行くために、欲しいもの我慢して貯金したこともある。

今まで彼に合わせる、我慢することはあまり苦ではなかった。「私と仕事どっちが大事なの?」と言う気にもならなかった。私が元々1人でいるのが好きなタチなのもあるが「彼と結婚したい」とずっと思っていたからだ。

彼のことはとても好きだ。短所文字に起こしやすいが、長所文字に起こしにくい。だからここには書かないが、好きだ。

今日は「貸し」が全て返済される日になる筈だった。これから我慢の日々が続くのは分かっていたが、これで一つの心の区切りがつくと思っていた。

しかし彼にしてみれば結婚とは必要書類自分の目で確認するほどの事でもない、とるに足らないイベントだったのだ。

婚姻届も彼に書いてもらったし、役所のしおりも蛍光ペンマークしてリビングの机の上に置いて、読むように伝えてあった。

しかし彼はそれすらしていなかった。

なんか、気が抜けてしまった。

彼と結婚したいという気持ちだけでひたすら走り続けてきた。でも、彼が私のことをその程度しか見ていないのだとしたら、私の我慢は何のためなんだろう。

私が彼の必要書類までチェックして、彼の代わりに取寄せるべきだったんだろうか。なんで私がそこまでしなくちゃいけないんだろう。

まだまだ結婚できなさそうだな。

[] #24-5「あの音楽歌詞

「この曲は流行ったこともあって、広く普及しているものらしいじゃないか

「そうらしいな。それがなんだ」

「つまり歌詞意味が分からなくても、この曲の良さを感じ取っているってことだよね。でも、それは歌詞意味を知っても不変たりえるものかい?」

ガイドがまだるっこしい言い回しをしてくる。

「なんだ? 実は酷い歌詞ってことか?」

「いや、全部しっかりとは聞いていないから、これからさ。けど、もし鬼が出ても蛇が出ても問題はないのか、確認はしておくべきだと思ってね」

未来人のくせに随分とナンセンスなことを言うんだな。そんなの“やってみなくちゃ分からない”だろ」

弟たちの意志は揺らがない。

ここにたどり着くまで散々遠回りをした。

さら、うやむやにするというのは、弟たちの答えではないのだ。

「……じゃあ、翻訳してみるよ」


こうして書き起こされた歌詞だったが、弟たちの予想を悪い意味で裏切った。

やたらと詩的で難解というわけでも、かといって下品低俗歌詞でもなかった。

何というか……すごく単純というか、月並みな、淡々とした。

有り体に言えば下らない、とても陳腐歌詞だ。

「これは翻訳問題とかではないの?」

「フュ○メッ△ゲ語は覚えやすく、分かりやすく、使いやすいよう開発された共通言語だ。故に構造も非常にシンプルになっている。だから誰が翻訳しても、ほぼ同じになるよ」

「凡百のJポップでも、もう少しマシな表現で取り繕っているぞ」

「あと、ボーカルは恐らく合成音声だね。それにイントネーションが、ボクの時代のフュ○メッ△ゲ語の教材映像のように忠実だ」

まり棒読みってことらしい。

「一応フォローしておくと、コード自体はとてもキャッチーだよ。フュ○メッ△ゲ語は覚えやすいための一環として、非常に小気味よい単語が多いし」

いや、それは多分、みんな何となく分かってる。

「まあ、歌詞意味なんて分からなくても、音楽は聴けるよ」

ガイド発言は、ここまで探し求めてきた弟たちにとっては無神経なものではあったが、俺は何も言う気にはなれなかった。

弟たちにとっては待望の知見であったが、その後で仲間たちと話し合った結果、この音楽歌詞秘密にしようということになったらしい。

この曲はそれでいい、と弟たちは思ったのだろうか。


それから数日が経ち、俺たちの世界は何事もなく進行している。

俺はタイナイを自宅に招き、課題遂行にいそしんでいた。

はいってもタイナイはスマホ片手に雑談を交えてという、ほとんど遊びにきたようなものであったが。

「『人気アイドルグループ世界へ』かあ」

どうやら、どこぞのネットニュースを眺めているようだった。

「このアイドルグループ歌詞って、正直つまらいからなあ。世界ウケるもんなのかなあ」

「へー、ほーん」

この一丁噛みはタイナイの十八番である

なので、俺もいつもの調子で応対する。

だが、同じ部屋にいた弟の癇にさわったようで、タイナイが続けて語ろうとするのをぶった切るようにして話に入ってくる。

あんたの気にしている“世界”ってのは、一体どこの“世界”なんだよ」

そう吐き捨てるように言うと、弟は部屋から出て行ってしまった。

突然の横槍にタイナイは、それを呆然と見つめていることしかできなった。

そして戸惑いながら、なぜか俺に尋ねだす。

「え? え? どういうこと?」

「“分かるからこそ見える世界”があるように、“分からいからこそ見える世界”ってのもあるんだろう。たぶん」

「うーん?……」

「まあ分からないなら、それはそれでいいんじゃないか。そういう話だ」

俺はそれっぽく答えるが、タイナイは要領を得ないといった様子だった(もとから理解させるつもりがない前提で言ったので当たり前なのだが)。

「じゃあ……君はどうなの、マスダ」

「どうもこうもねえよ。是非もなし、だ」

音楽に何を求めるかってのは様々だが、それらを深く考えないまま享受する人間だって勿論いるのである

(おわり)

2017-05-12

論理少女ろじか【第1オクテット

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2046年。東京オリンピックの年に生まれ人間三十路差し掛かる頃。

餃子チェーン店テーブル席で、野暮ったい女がビールを飲みながらノートパソコンに何か打ち込んでいる。ひどいクマと死んだ魚のような目はまるで亡者だ。亡者スウェットを着て餃子をつまんでキーボードを叩いている。

紳士が現れる。ボウシを取り、くすんだ色のトレンチコートを脱ぎ、女の対面に当然のように座る。老紳士は老いているからか、挙動がぎこちない。

「やあ、赤坂くん」

女は答えず、画面を見ながらチャーハンゆっくり口に入れ、咀嚼する。

赤坂くん、赤坂ちとせくん。ワシじゃよ」

女、赤坂無視し続ける。ポッケからイヤホンを取り出し、耳にはめ込む。無言の意思表示だ。老紳士はしばらく黙っておいて、それから何を思ったか、半分衝動的に赤坂パソコンをパタンと閉じてしまう。

「おい」

乱暴に、短い抗議の意を示す赤坂。老紳士とぼけて、それを意にも介さず用件を切り出した。

ロシア上空に、GPS衛星偽装されたアメリカ軍の偵察軍事衛星がある。それにちょっと侵入(はい)ってきてほしい」

手に折りたたまれコートポケットをさぐり、メモリードングルを取り出す老紳士赤坂はそれをむしり取って、小さな機械差し込み、それを有線でパソコンに繋いだ。

あいかわらず厳重だな」

パソコンに直接差し込むのは、信用できる機器だけにしてるんです。教授あなたからそう習ったはずですけど」

呆れる老紳士皮肉を返すと、赤坂メモリードングルに入った資料を開いた。

「5ページ目にリストされているETN-G-129がそれだ。表向きは、商用オフシェル化の一環として宇宙関連企業パラジウム社が受託打ち上げたBlockⅢ代替GPS衛星だ。しかし、実態はちょいと違う」

ある資料には、膨大かつ一般人には意味不明な数列が延々列挙されていた。2桁の16進数が大量に連なっている。しかし、彼女にはこれらの意味が分かる。

ロシア衛星への通信の傍受……」

「そうだ。しかも、暗号化されていたものをご丁寧に平文にして転送している。NSAも随分と腑抜けものだよ」

注文を取りに来た店員にお冷を頼んで追い返す老紳士。彼がひどい下戸であることを赤坂は知っていた。

「こんなもの、私にどうしろと?」

「まあそうだな。依頼主はアメリカからアクセスを止めさせろと言っているがな、それじゃあんまりまらんだろ」

店員が会話を中断させ、水を置いていく。老紳士一口いかにも老人といったしぐさで飲む。

赤坂くんの好きにしていい。おそらくコントロール系統NORAD接続されている。君の腕ならば、衛星踏み台に使うのも良かろう」

「それだったら、もう少しマシな手があるし、だいたい軍やら何やらに侵入するのはあなたの持ってくる依頼のせいじゃないですか」

「はて。ワシはバス接続危険性以外にもこう教えたはずだがな。『君たちは楽しい楽しいオモチャを手に入れたのだ』とな」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

帰る途中。コンビニに立ち寄り、ソフトクリームを食べるための座席に座り、キーボード付き携帯端末公衆無線ネットに繋ぐ。会員登録しろとせがむ画面を消し、スクリプトをいくつか走らせると、すぐに管理者権限が手に入る。

いくつかプログラム自動インストールさせ、オニオンルーティングVPN秘密回線を作り出す。これで発信元特定が困難になる。

そこから接続するのはとあるアメリカ軍人の個人端末だ。以前とあるショッピングサイトから流出した情報を使って、たやすく乗っ取る。今、アメリカはだいたい朝の10時。運が良ければ、軍人は軍施設内にいるはずだ。果たして軍人施設内におり、乗っ取った端末から施設無線ネット接続出来た。

軍用システムちょっと頑丈で、コンビニサーバほど簡単侵入らせてはくれない。辞書攻撃を仕掛けつつ、母校たる東京電波大学の誇るスーパーコンピュータを使って秘密鍵の推測を行う。

20分程度かかって、なんとか秘密鍵を割り出した。同じ公開鍵無線ネット接続に使いまわされていたのはラッキーだった。こうして米軍システム侵入できた。

しかし、いくら同じ米軍システムと言えど、見たところこの施設はただの空軍基地。件のスパイ衛星コントロールシステムはそこには無いようだ。

そんなことは赤坂最初から分かっていた。赤坂の狙いは、空軍基地にある衛星通信用のアンテナだ。これを使い、標的の衛星の近くにいる衛星アクセスし、乗っ取り、そこから標的の衛星アクセスするのだ。

これをやってみると上手くいかない。アンテナから衛星が遠すぎたのだ。仕方なく他の米軍基地をまた乗っ取り、やっと標的にアクセスできた。早速データベースを覗きこむ。

「確かに、教授の言うだけの価値は多少あったかもな」

中身は、ロシアと米NSA秘密鍵などでギッシリだった。これだけ色々あれば、次また教授が何か言ってきても楽になんとかなるだろう。

衛星はーーNORAD接続されている。ーー踏み台にするのも良かろう』

教授のほざいたことをふと思い出し、コントロールシステムへの信号偽装フレームを紛れ込ませてみる。偽装パケットには小さなフレームが仕込んであり、相手システムが受け取ると即座に実行され、こちらに諸々の情報を返してくる。すると米空軍心臓を掌握したも同然である

いささか満足し、帰る準備として証拠の記録であるセキュリティログ隠滅しようとして気づいた。セキュリティログが明らかに不自然だ。誰かが一部を消したのだーー赤坂が今やろうとしているように。

「私以外に、誰かが侵入っていたんだ。しかも、私とほぼ同時に」

少し気味が悪かったが、適当証拠処分し、衛星は傍受したデータではなくランダムに生成したデータ送信するようにしておいて、その場は終わりにした。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

レジに座り、大きなあくびをした。普段赤坂平成商会でアルバイトをしている。平成商会は新横浜にある、電子パーツの問屋だ。マニア業者けがやって来て、一般人にとってはガラクタしか見えない物を買い漁る、知る人ぞ知る店である

「やあ君。ペケ86kのキーボードを探しているんだがね」

声をかけられ、顔を上げた。教授だった。ふざけている。そんなもの、彼が探しているはずもない。依頼の成果物を取りに来たのだ。

「これ、衛星コンソールへのリンクです。米軍施設にあるコントロールシステムの電源が付いている限りは、自由に例の衛星コントロールできます

事も無げに言い、携帯端末二次元コードを表示して差し出す。教授はうなずき、コード写真に撮る。

報酬はこれだ」

教授は提げてきた紙袋から何か取り出した。大きくて古臭い中世コンピュータ周辺機器だ。

「ペケ86キーボード……」

「ずいぶん探したんだぞ」

教授はなぜか誇らしげである。これには呆れるしかない。

「そうそう。ウチの大学スパコンあるだろ。あれが短時間何者かによって不正利用されてたらしくてな。学内大騒ぎだ」

ペケ86kのキーボードを撫でて、赤坂は目を逸らした。

「ワシの研究室にもちょっと来てね、誰がやったか調べてくれって言うもんだから見てみたら驚いたよ。RAM公開鍵がたっくさん入っておったよ。あれがNORADの鍵かね」

「いや、あれはどっかの米軍基地の鍵でした。NORADの鍵は私が大事に保管してます

「鍵は大事に保管ね。当然だ」

教授が帰った後。店主の勧めでペケ86kを店頭に展示すべくパソコンに繋いでいる時。

「あの……すみません

どこかから女の声がするではないか。嫌だな、怖いな、と思いながら声の方向をたどると、一つの端末が音声通信をしていた。

これだからP2P通信は。無視して通信ソフトを落とす。が、何度やっても立ち上がる。

ちょっとお尋ねしたいんですが……」

電源を落としても、もう一度つく。コンセントを引き抜くと、別な端末に移る。

「もう、やめてくださいよう。ちょっとぐらい話きいてくれたっていいじゃないですか。ひどい」

あんた誰。メンヘラ出会い厨?」

「いやいや、あなたこそ誰なんですか……?米空軍迎撃システム侵入したの、あなたでしょ」

背筋がぞっとする。不自然に消えていたログを思い出す。

「私はただのバイトだ。消えろ」

キーボードを叩き、スクリプトを走らせて回線遮断しようとするが、文字入力できない。

ネット切ろうとしてますよね。それはボクが困るので、キーボード接続を切りました。ははっ」

ここで赤坂確信する。こいつがあの不自然ログの正体だと。赤坂と同時にNORADクラックしたハッカーだと。

気持ち悪い」

「心外だなあ。ボクはあなたに興味があってはるばるここまで来たんですよ。ちょっとぐらい相手してください……」

突然10秒程度途切れる。やっと消えたかと思う。

「よっと」

後ろで声がする。メイドロボだ。やつは消えなかった。それは淡い期待に終わった。やつはメイドロボを乗っ取った。

ますます気持ち悪い」

やつは不思議そうに自分の手や服を眺めた。

ここの店主はメイドレトロPCが大好きだ。置いてあるロボは無駄に美形の機種を買い、無駄にフリフリでクラッシックステレオタイプメイド服を着せられていたのだった。

赤坂呆然としていると、メイドロボは向き直り、はにかんで言った。

こんにちはクラッキングのお姉さん。ボク、ろじかです。どうぞよろしく」

2017-04-30

http://anond.hatelabo.jp/20170429110724

2ch風に清書してみた。


しがない大学生体験談なんだけど、聞いてくれ。

最近免許の更新二俣川試験場にいった。

そしたらそこで、エスペランサ・スポルディングみたいなアフロヘアの女にいきなり逆ナンされた。

髪型はアレだけど顔がめっちゃ美人だったから、テンションぶちあがってLINEを交換して、その日はそれで別れた。

けれどすぐにメッセージが届いて、しかもそれが合コンの誘いだったかさらテンション上がって、すぐに学科友達声かけて、メンバー揃えた。

んで、昨日、そのメンバー池袋の個室居酒屋に集まった。

そしたら、どういうわけか言い出しっぺのエスペランサ・スポルディングが来てなかった。

なんか急用ができちゃったから遅れて合流する、とかでとりあえず男4女3で飲み始めた。

だけど、女の子3人の様子が明らかにおかしい。

みんな顔はかわいいんだけど揃いも揃って挙動不審で、ずっとうつむき加減でモジモジしてて、絶対に目を合わせようとしない。

何だよこの子達って不安になってきたんだけど、俺はすぐにピンと来た。

要するに、彼女達は全員処女でまったく男慣れしてないから激しく緊張してるんだな、と思った。

そうとなれば男性陣が意地でも盛り上げるしかねえなってことで、改めて気合い入れ直したんだけど、どんだけ奮闘しても彼女達の緊張はほぐれなくて、ああもうどうしたもんかと困惑してたら想像を絶する展開が訪れた。

3人のうちの1人がバッグから冊子を取り出して、俺ら男性陣に配り始めてそれよく見たら新興宗教の入会案内。

しかも聞いたこともない教団名で、俺ら4人とも呆然として何も言えなくなっちゃった

彼女達が真剣に俺らを勧誘し始めて教団の素晴しさとか、教祖の偉大さとか、歴史の深さとか、ご利益のありがたさとかを熱弁しだした。

女の子達は3人ともさっきまでとうってかわって饒舌で、今度は俺らがうつむいてひたすら沈黙に徹するしかなくなって、地獄のような時間突入して困惑してうなだれていた。

そしたら、いきなり個室のふすまが勢いよく開いて女の子達が一斉に「教祖様!」って叫んだから、そっち見たら、全身にぼろ布をまとって金色の杖を持ったアフロヘアの教祖様が立っいた。

よく見たらエスペランサ・スポルディングで、こっち見てニコニコしながらプラカードを掲げててそこに『ドッキリ大成功!』って書いてあった。

要するに、全てイタズラだったんだけど、教団の入会案内とかすげえ本物っぽかったからどういうことか聞いてみたら、わざわざデザイン専攻の友達と共同で作ったらしくて、ちょっと中を読んでみたら教祖挨拶とか教団の沿革とかびっしり書いてあって、写真とかイラストもふんだんに使われてるし、レイアウトも凝ってる。

なんだよこの無駄エネルギーの注ぎ具合wwwwって思ったんだけど、普段彼女達は美大演劇サークルをやってて、そこの役者仲間らしくてちょっと前にこの偽宗教ドッキリを思い付いてターゲットを探してたとの事。

そこでまんまと捕獲されたのが俺だったらしく、友達3人はとんだ巻き添えを食ったわけ。

タネ明かしされてからは一気に緊張がほぐれてがんがん飲んだ。

挙動不審だった女の子達も素はめちゃくちゃ気さくな子達で、エスペランサ・スポルディングも最高にファンキーだったから、俺もう楽しくてかなり飲み過ぎて途中から記憶飛んでどうやら潰れちゃったらしい。

目が覚めたら男4人はネットカフェにいて全員あまり記憶が定かじゃなくて、女の子達はどこにも見当たらないし、エスペランサ・スポルディングLINEしても既読にならないし、マジで美大生との合コン危険すぎる、と思いながらとりあえず今ネットカフェの個室でこれ書いた。

2017-04-29

美大生との合コンがやばすぎた。

しがない大学生なんだけど最近免許の更新二俣川試験場にいったらエスペランスポルディングみたいなアフロヘアの女にいきなり逆ナンされて髪型はあれだけど顔がめっちゃ美人だったかテンションぶちあがってラインを交換してその日はそれで別れたんだけどすぐにメッセージが届いてしかもそれが合コンの誘いだったかさらテンション上がってすぐに学科友達声かけメンバー揃えて昨日池袋の個室居酒屋で集まったらどういうわけか言い出しっぺのエスペランスポルディングが来てなくてなんか急用ができちゃったから遅れて合流するとかでとりあえず男4女3で飲み始めたら女の子3人の様子が明らかにおかしくてみんな顔はかわいいんだけど揃いも揃って挙動不審でずっとうつむき加減でモジモジしてて絶対に目を合わせようとしないし何だよこの子達って不安になってきたんだけど俺はすぐにピンと来てようするに彼女達は全員処女でまったく男慣れしてないから激しく緊張してるんだなと思ってそうとなれば男性陣が意地でも盛り上げるしかねえなってことで改めて気合い入れ直したんだけどどんだけ奮闘しても彼女達の緊張はほぐれなくてああもうどうしたもんかと困惑してたら想像を絶する展開が訪れて3人のうちのひとりがおもむろにバッグから冊子を取り出して俺ら男性陣に配り始めてそれよく見たら新興宗教の入会案内でしかも聞いたこともない教団名で俺ら4人とも呆然として何も言えなくなっちゃって彼女達が真剣に俺らを勧誘し始めて教団の素晴しさとか教祖の偉大さとか歴史の深さとかご利益のありがたさとかを熱弁しだしたんだけど女の子達は3人ともさっきまでとうってかわって饒舌で今度は俺らがうつむいてひたすら沈黙に徹するしかなくなって地獄のような時間突入して困惑してうなだれてたらいきなり個室のふすまが勢いよく開いて女の子達が一斉に「教祖様!」って叫んだからそっち見たら全身にぼろ布をまとって金色の杖を持ったアフロヘアの教祖様が立っててよく見たらエスペランスポルディングでこっち見てニコニコしながらプラカードを掲げててそこに『ドッキリ大成功!』って書いてあってようするにすべてイタズラだったんだけど教団の入会案内とかすげえ本物っぽかったからどういうことか聞いてみたらわざわざデザイン専攻の友達と共同で作ったらしくてちょっと中を読んでみたら教祖挨拶とか教団の沿革とかびっしり書いてあって写真とかイラストもふんだんに使われてるしレイアウトも凝ってるしなんだよこの無駄エネルギーの注ぎ具合って思ったんだけどふだん彼女達は美大演劇サークルをやっててそこの役者仲間らしくてちょっと前にこの偽宗教ドッキリを思い付いてターゲットを探しててそこでまんまと捕獲されたのが俺だったらしくて友達3人はとんだ巻き添えを食ったわけだけどタネ明かしされてからは一気に緊張がほぐれてがんがん飲んじゃって挙動不審だった女の子達も素はめちゃくちゃ気さくな子達でエスペランスポルディングも最高にファンキーだったから俺もう楽しくてかなり飲み過ぎて途中から記憶飛んでどうやら潰れちゃったらしいんだけど目が覚めたら男4人はネットカフェにいて全員あまり記憶が定かじゃなくて女の子達はどこにも見当たらないしエスペランスポルディングラインしても既読にならないしマジで美大生との合コン危険すぎると思いながらとりあえず今ネットカフェの個室でこれ書いた。

2017-04-18

こうしてメンタル崩壊連鎖

4月所属している部署に異動してきた人は「業務上配慮必要な人」だった。

50代半ば、優しそうな顔立ちで、物腰の柔らかな人だった。ここではAさんとする。

遡ること3月。「業務上配慮必要な」Aさんが来るということで、わたし部署業務分担が見直された。ただでさえ少人数なので、それぞれがめいっぱい仕事を抱えていた。様々な心理戦の結果、Aさんがやるべき仕事は3/2減らされ、その減らされた分の8割を、私が担当することになった。

更に、仕事に良く慣れた、優秀な先輩が異動することになった。

「代わりに、派遣社員を雇うから」と言われた。

なんの代わりなんだろう、と思ったが、私はただ頷いた。

1番の繁忙期にこの仕打ちはひどいと思った。思ったが、口に出しても無駄なことだった。私に伝えられるのは、決定事項のみだからだ。

結果的に、Aさんは3日で来るのを辞めた。4日目は欠勤し、5日目は労働組合を連れて人事担当者の元にやってきて、会社病院診断書を提出した。彼は今、病気休暇を取っている。

思い出す。Aさんの3日目。慌ただしく仕事をしている私たちの中で、Aさんはただ1人、ぼんやりと座っていた。背筋をまっすぐにして、手を膝に置いて。茫然自失というような、そんな表情だった。

私の席からはそれがよく見えた。私とAさんは、通路を挟んで向かい合うような席にいるからだ。

私は一瞬声をかけようとしたけれど、仕事におわれ、すぐに忘れてしまった。気づいたらAさんは帰宅していた。

から聞いた話だと、Aさんは、本来彼がするべき仕事を私が引き受けたことを、申し訳なく思っていたらしい。30も年が下の小娘が、目の前で忙しそうに自分のすべき仕事をしているのを、Aさんはどんな気持ちで見ていたのだろう。私は多分、Aさんが仕事に来れなくなる一因を作ったのだろう。

Aさんが来なくなって数週間がたつ。みんなで少しずつフォローし合いながら何とか仕事をまわしている。

私は休日出勤タクシー帰りが続き、ひどい蕁麻疹がでた。疲れ果てて大泣きしてから眠る日もある。

目の前の仕事が膨大すぎて呆然としている時に、はたから見たら私も、Aさんのようにみえるのかなぁ、と思う。

2017-03-31

女になりたい元増田より

http://anond.hatelabo.jp/20170327002725元増田です。

恐ろしく長い書き込みになりますすみません

コメントありがとうございました

とにかく吐き出したい一心で書き込んだものにさまざまなお言葉いただき、とても驚いています

書き込んだときは、一つ二つコメントがあれば御の字、よくて炎上事案だろうと思っておりました。自分が発信したものに、こんなにも多くの方からの方から反応をいただいた経験もなかったため、あまり現実味がなかったのも正直なところです。

しかしながら、増田の皆さんがコメントするという手間を割いてくださったこと、純粋に嬉しく思います。読み初めは恐る恐るでしたが、最後には泣きながらすべてのコメント拝読しました。

ありがとうございました。

お返事(というよりは所感)

いただいたコメントの中には、はっとしたり、感銘を受けたり、お礼申し上げたいお言葉がたくさんございました。

今後立ち止まったときに読み返したいという思いもあり、誠に勝手ながら覚え書き代わりに再び書き込んだ次第です。

こんなところまでご覧になる方はごく少数かと思いますが、以下、先の書き込みを通してわたしに投げかけられたと思しきコメントを中心に挙げさせていただきました。

わたしの頭が及ばず文脈を読み取ることのできなかったコメントコメントに対するコメントなどついては割愛させていただきます。本旨を拾うことができていない場合も見受けられるかと思いますが、ご容赦いただければ幸いです。

コメント群 I:そもそも内容が不快

自覚がなかっただけ余計に質の悪い「いけ好かなさ」があったのだろうと思いますし、言い訳以上でも以下でも無い書き込みでしたのでご指摘ごもっともです。貴重なお時間をいただいてしますみません

コメント群 II:書き込む場所問題

解決法、相談場所など考えるなり調べるなりすべきだったところ、自分勝手に思い詰めた挙げ句思考停止していました。

今後は適当と思しき場所相手を見定めていきたいと思います

コメント群 III:受け身すぎ・主体性がない
  • 単なるビビリやん、行動するのに御託を並べてる時点でビビ卒業できてないわ
  • 自分人生から逃げ続けていると、そのうち人生からしっぺ返しを食らう。
  • 傷つくことを恐れて逃げると、もっと傷つくことになる/同世代だって心を受け止めあえる優しい人がいることをまずは知って欲しい。とにかく探して話していけば、きっと人として愛しあえる。
  • 残念、悉く受動的。恋愛に限らず、してもらうことばかり考えている人に惹かれる人は少ないと思うよ。許されたい、愛されたい、と他人に望んでばかりじゃね。
  • コンプレックスのせいで受け入れてくれそうな人に甘えているだけでしょ。お洒落モテる努力をしてコンプレックスを解消してみては?30代は出会いが沢山あるので遅くないよ。今諦めると10年後にもっと後悔する本当に
  • 酷い言い方かもだけど、メソメソこんな私を愛して延々言ってたら、一生搾取おじさんの餌食から抜け出せないと思う 自分自己肯定感低いけど、なんとか脱しようと努力しているか増田さんとは相容れない

その通りですと頷くことしかできないコメント第一群でした。

コンプレックスの強い部分が性にまつわる事柄に集中していたのでああいった書き込みになりましたが、そもそも人として受動である、ということをコメントを通して実感しています

こちらも仰る通りだと思います

自分と向き合うこと。価値を見出すこと。認め、受け入れること。すべて放棄してしまったがゆえの今のわたしですね。

コメントIV自尊心・願望が高すぎ
  • この人はもうショーケースに並んでいるのだと思う。ただ、それを自分で認めたくないだけで。
  • 自信が無いのではなく、プライドが高すぎるだけでは。「ショーケースに並んでる」女性を見下してきたんじゃない? 私は違うって。
  • なんかモテない自分に酔ってるような印象を受けた。モテないと言いつつナルシストなんだろうな。理想を下げられないんだ。
  • さないと愛してもらえないぞ。先に愛したら負けだと思っているんだろ。

このあたりも刺さったコメント群の一つでした。

自主性を放棄したのも自分選択ですが、そのあたりを「放棄せざるを得なかった」と外に責任転嫁。「誰かと恋愛を共有できずとも生きていく」ということに固執し、「私は違う」と言い聞かせながら、どこかでは自分から愛するのでなく選んでもらいたいという望みを抱えていた気がします。

いや、抱えて”いた”というか。現在進行形の方が近いでしょうか。

  • プライド自尊心)の処理さえどうにかできれば、あとは“彼女たち”の真似をすれば十分追い付けるのでは?/不倫超うらやましい……。好奇心がある今のうちに、男から色々教えてもらいなさいな
  • なんか無理に小難しい言い方をして賢く見せようとしてる感じがするなあ。プライドが高いのかもしれないけど、恥かいてもいいと思ってないと他人と深い関係にはなれないよ

なので、こちらのご指摘の通り、自尊心の壁を崩して自己開示することは大きな課題だと思います

不倫は二度とごめんですが、(誰かに迷惑をかけない形で)失敗を恐れず経験を積み重ねることができたら素敵ですね。

こちらのコメントには心底はっとしました。

自分が傷つきたくない一心積極的な行動を避けるようになりましたが、はたしてそれで何を守ることができたかと問われると、得心のいく答えが見つかりません。

  • 真面目な非モテ結婚すればいい。恋愛じゃなくて結婚するんだ。そもそも日本人の大半には恋愛なんてできないんだよ。
  • そんなに恋愛幻想持たないでもいいと思うぞ。(妻帯者は避けたほうがいいとは思うが)愛し愛されたいとか、それだけならそこらの男性半年も付き合えばできるし、それをうなずけないのは、望み高いからだし。
  • じゃあ俺が恋人にしてやるよ、って言っても拒否するだろ?結局わがままなんだよ、選り好みしてるだけのただの甘え

文化的な背景であったり、そもそも現実的な部分であったり、分かっていなかった部分がたくさんありますね。

少女漫画ドラマリアリティを疑う頭はあるくせ、夢見がちな自分の頭を自覚する能は皆無だったのだとつくづく思いました。

わたしが選り好みしない人間であれば、何食わぬ顔で件の人との関係を続けていたでしょうし、きっとああいった書き込みもしていません。

コメント群 V:不倫女のテンプレ

いくら年上が好きでも不倫だなんてありえないし、人の旦那に引っかかるような女にはなりたくない。そう思っていた十年前の自分に今回の書き込みとこちらのコメント突き出してやりたいです。

正直ぐうの音も出ません。

年齢ばかりが大人の濃度を増すのに比例して、欲求も複雑かつ深くなっていくので、大人として制御の仕方も覚えねばと強く思います

同じ轍を踏まないための必須スキル自己肯定であることも忘れずにいたいです。

コメントVI:見た目ばかりが大切なのか

コメントを受けて自分文章を読み返したのですが、見てくれからして自分を好きになることができないあまり、中身はおろか包装さえ魅力がない!だから手にとってもらえない!という書き込みになっていましたね。

もちろんそう感じていたのは事実なので、コメント一つ一つから見目に執着していたことを自覚することができました。

書き方が悪かったため「可愛らしい女の子」に内面も含まれることが全く伝わらなかったことと思いますすみません

わたしが羨んだ親友たちが(自覚的にせよ無自覚にせよ)努力で構築してきた「かわいさ」には、親しみやすさであったり、思いやりであったり、内面の豊かさに表れるものもたくさんありました。わたし可愛いと感じた外見も、そうした内面から滲み出る表情・仕草が大半を占めていた気がします。

明るく振る舞っていた彼女たちと、マイナスばかり抱えて鬱屈していたわたしとでは、比べるべくもありませんね。

自分書き込みが外見ばかりに言及した内容であることに気が付かなかったあたり、内面から目を逸らしているというご指摘は的を射ていると思います

コメントVIIワード定義・考え方について
  • 女になる、というのは果たして、綺麗に着飾って声を掛けてもらえるのを待つ状態を指すのだろうか。逆説的に、声を掛ける人だけがあなたの中では男なの?
  • 「女としてショーケースに並ぶ」ことが女になるってことだと思ってるなら、それがそもそもの不幸のような気がする。
  • 増田が何を目指してもいいけど、そういうのは女じゃなく恋愛体質とか恋愛至上主義者って言ってくれ。
  • 「異性のパートナーがいない女は『ちゃんとした女』ではない」って思い込みを捨てれば楽になるのでは。

このあたりもすごくはっとしたコメントばかりです。

女として、女になりたい、女、女……と再三嘆いているわりに、わたし自身劣等感を通じて「女性」という性を蔑み、貶していたのではないか?と感じました。

自尊心にしがみつきわたしの憧れる「女性」に対して「わたしは違う」とどこかで思っていたのと同時に、女性としての価値勝手に決めつけていた気がします。これもまた思い上がりですね。

  • すごい違和感増田の中で「女性=選ばれる立場」という認識?選ばれたいという願望で自覚的にそう思ってるならまだしも、増田だって愛する権利は勿論あるし「人として」愛されるという選択も確実にあると思うけど
  • ショーケースなんかに並んでないで、自ら狩りに出れば選びたい放題だよとマジレス
  • この人は「選ばれること」「評価されること」を強調するけれど、自分自身もまた「選ぶ立場」「評価する立場であることを忘れている。その非対称性が少し気にかかる。
  • 受け身は止めてみたらどうか。あなたが主導でも恋愛は成り立つ。
  • 既婚者なのに言葉巧みにおいしいとこだけ持ってこうとするやつなんかに選ばれようとしなくていいよ。そんなショーケースに自ら入る必要ないよ。あなたを「選んで」くれる人を、自ら選べるはず。

こうしたご指摘を受けた根底には、上記のような「女性」に対する偏った価値観があったのだと思います

日常生活の中で無意識に「選択する」ことを繰り返しているはずですが、そのあたりを自覚できていなかったのも問題なような……自己肯定すること、主体性を持つことにも繋がると思いますが、前向きに選ぶことができるようになるのも課題の一つと感じました。

前述したコメントから繋がるものですが、こうしたご指摘は、偏った価値観に縛られて手段目的になっていたのだと気づかせてくださいました。

ショーケースに並ぶことは女として取り得る手段ひとつにすぎず、それ以外の選択肢があることを理解しようとはしていなかったのかもしれません。

労っていただいてありがとうございました。

上記の通り偏った価値観から好き勝手に嘆いていましたが、「女」になることで何が欲しいのか?という問いに対する明確な答えを持ち合わせていなかったことに気がつき呆然とした次第です。

好みの恋人を得るために可愛い女性になりたかった、というのが当てはまるような気はしつつも、女として生まれ自分が持ちうる一番身近な「愛される形」が「女性」だったのでは、とも思いました。

長くなりすぎたのでIIに続きます

栃木県って保守的土地なの?

田舎はどこも保守王国だと思うけど、栃木県特別だったりするんだろうか。

雪崩ニュースを見て、ふとそんなことを思った。

  

あと、犠牲者の親がインタビューに答えていたんだが、ものすごく違和感があった。

学校顧問を恨む声がまったく出てこない。

それだけではなく、子供が死んだというのに、ショックのせいで呆然とするのでもなく、行き場のない悲しみや怒りをこらえているふうでもなく、なんだかとても爽やかそうに見えたのが気になった。

2017-03-21

身分を隠して楽しく不倫

じゃねーよふざけんなと。

身分はなにもかもウソ。唯一正しかったのは仕事大好きってところくらい。

バックグラウンドに闇抱えてるけど1人で乗り越えてやってきた、てところに深く共感して付き合い始めたもの

そういった部分はぜんぶわたしに合わせるためだけに作られたウソ

実際には嫁がいて、子どももいて、前妻もいて、さらにその前にも子どもができてて。

なにが腹立たしいって、そんなウソ丸めまれて、数年間すっかり騙されてきてたこと。

サイコパス言動にふりまわされて半ば洗脳されてすっかりその体質が抜けなくなってしまったこと。

職業柄子持ちとの不倫なんて絶対にしたくないことだったのに、知らなかったとはいえ、それに両足ぶっこんでおきながら幸せを感じてたこと。

そんな男を家族に紹介までしてたこと。

いったいなにをしてたんだろう。

ただただ呆然としてるけどこれから仕事から切り替えなきゃ。と思うのに、1人でいると考えちゃう

2017-03-15

男は30を過ぎると家出少女になる

ずっと憧れていた職場の先輩と、そういう関係になったことがある。

3歳年上の、物腰柔らかな先輩は、毎日スーツをきっちりと着こんで出勤してくる。

からないことを聞けばいつも丁寧に答えてくれるし、ちょっとでも憂鬱な顔をしている後輩にはすぐ声をかけて飲みに連れ出す。

日々の自分業務をこなしながらも、同僚たちのこぼれたタスクを拾い、業務フローなどの改善にも余念なく、いつも誰よりも遅い時間に帰る。

仕事プライベート犠牲にしているタイプかと思いきや、学生時代に知り合った奥さんと新婚ほやほや1周年。

「むしろ籍を入れてから仕事への熱の入れ方が増した」「やっぱり結婚って張り合いが出るんだな」と部内でももっぱらの評判だった。

せめて結婚さえしていなかったら私にもチャンスがあったかもしれないのにな~残念だな~と軽い気持ちで思っていたとき、それは起きた。

私が不慣れで手こずっていたタスクを遅くまで手伝ってもらっているうちに終電を逃してしまい、とりあえず会社そばの24時間営業居酒屋に入り、あれやこれやと普段話せなかった先輩へのあこがれの話などをしていたら、ラブホテルに行く流れになってしまったのだ。

いくら好意を持っているとはいえ、自分が既婚者とそういうことになるとは夢にも思っていなかったので、酔いがさめてからかなり呆然としたし、一度きりでもう忘れようと思っていたのに、その日からむしろ先輩は以前よりも親密なコミュニケーションをとってくるようになって、その後3カ月ですでに5~6回はそういうことになった。

子供もいないようだし、もし本当に私にちょっとでも気があるなら離婚してくれないかな……と都合のいい考えに浸り始めた私だったが、不倫経験のある友人に、彼がどういう人かを話しているときに、ふと気づいてしまった。

彼が私に体を許すときは、大体酔っぱらって「家に帰りたくない」と蚊の鳴くような声で発するのが常だということに。

もしかして、彼が誰よりも遅く帰るのも、私の残業につきあってくれるのも、なんならラブホテルについてくるのも、単に「家に帰りたくない」からなのではないだろうか? 

とすれば、きっと一時的に略奪できて、結婚できて、家庭を持てたとしても、彼はきっと「家に帰りたくない」と他の女に言って、どこかのラブホテルに行ってしまうのだろう。

そう考えたらとんでもなくみじめな気持ちしょうもない気持ちが押し寄せてきて、私は彼に「もう二人で飲むのはやめましょう」と一言メールをし、それ以来、どんなに仕事で遅くなって彼と二人きりになっても、タクシーで帰るようにした。そうするうちに彼は昇進して別部署に栄転となり、私は他の男性との結婚が決まって、彼について地方に行くことになった。

旦那に、絶対に「家に帰りたくない」と思われない奥さんにならないとな、と思っている。

2017-03-06

確かに俺はあの頃 伊168に恋をしていたのだ

気持ちの悪い話をしようと思う。

サンデル教授よろしく予防線を張ってしまったが、

興味のない人にとっては本当にどうでもいい話だと思う。

しかし、この感情はどこかで文章にしておきたいと思ったので、

こういう形ではあるが、ここに残しておくことにする。

そして、フィクションであるということにしておく。

4年くらい前になるだろうか。

当時、俺は艦隊これくしょんというゲームに熱中していた。

ゲームの内容をよく知らない人に適当説明をすると、

プレイヤー艦隊を率いる提督としての役割が与えられる。

提督は、近代実在した軍艦たちを擬人化した艦娘と呼ばれる女の子たちを従え、

リソース配分を考えながら空母戦艦駆逐艦などの配置を考え、戦略を練り、

深海棲艦と呼ばれるエイリアンみたいなやつと戦う。そんなゲームだ。

当時のオタクはみんなやっていた。

ゲーム内容もさることながら、みんな各々好きなお気に入り艦娘を一人は抱えていた。

誰もが「お前の好きな艦娘は?」と中学生みたいな会話をしていた。

金剛」「長門」「赤城」など、王道を挙げる人間が数多くいる中、

30過ぎのおじさんから初雪」という声が上がることもあった。

 ※知らない人はぜひググってほしい。

  そして、俺と同じ「マジかよ…」という気持ちになってほしい。


その中で、俺はひとしお伊168という潜水艦に心酔していた。

印象としては、可憐で儚げな子だと思った。

戦果を挙げると素直に喜び、しばらく放っておくと「ねえ、168のこと嫌いになった?」と聞いてくる。

わずかな資源オリョール海に行き、けなげに資源を集めて帰ってくる。

そんな168を見ているうちに、図らずしも、恋に落ちてしまったのだ。


こう言うと心底気持ちが悪いと思われるだろうが、

当時、大学院生だった俺は本当に伊168のことを愛していた。


オタクであることを隠していたから、お首にも出さなかったが、

自宅に帰って艦これをするのが楽しみだった。


家に帰れば彼女が居る。こんなに幸福なことはないと当時思っていた。

俺がいない時には、退屈そうにスマホでもいじっているのだろうか。

それとも、いたずらに海に潜って、きれいなサンゴや魚たちと戯れたりしているのだろうか。

そんな想像毎日しながら、俺は浮かれた日々を過ごしていた。

なのだとすると、完全に溺れきっていた。俺は潜水艦でも何でもないのに。


現実問題、俺が声を掛けたところで、何かを返してくれるわけではない。

アクションに応じてボイスを返すだけのインターフェイスにすぎないのは理屈では分かっている。

けれど、夜更かしをしている俺を心配してくれたり、

カレーを作ってくれる168に俺は紛れもなく恋をしていたのだ。


しかし、そんな一方通行の恋はあっけなく終わってしまった。

俺は、彼女を不注意で死なせてしまったのだ。


一瞬の出来事だったが、過去記憶の中でも異常に鮮明に記憶に残っている。

野球部で初めてホームランを打ったとき記憶

中学受験合格して母が涙していた記憶

片思いしていた女の子Linkin Parkを見に行った記憶

大学受験に失敗、浪人して10ハゲが出来るまで勉強して合格した記憶

成人して、両親と一緒に居酒屋お酒を飲んだ記憶

その全てが塗り替えられるレベルで、

目の前で168が沈んでいった。「海の底は、もう飽きたよ…」

という声が響き、人魚姫のように泡になって消えた。


彼女が亡くなった直後も砲撃戦は続き、ズガーン、ドガーンなどという空しい音だけが頭に響いていた。

本当に悲しい時には涙は出ないのだとも思った。ノートPCを閉じてベッドに寝転がり、

なにもしたくない。という感情を抱えたまま、泥のように眠った。


それから食事が三日ほど取れなかった。大学院も丸々一週間休んだ。

艦これの全てが受け付けなくなった。

情報が入るのが怖くなってtwitter2chまとめサイトも見なくなった。


様子がおかしいと友達教授に声を掛けられたりもしたが、

気が狂ったと思われるのが嫌で何も言えなかった。



やり場のない感情を抱えたまま、しばらくはゾンビのように研究に没頭した。

研究をしているときは、他のことをすべて忘れられた。1st Authが1本だけ書けた。

そうしているうちに、艦これのことも、168が亡くなった直後よりは受け止められるようになった。

ただ、どこか心は空しいままだった。


艦これを辞めてから半年ほど経ったある日、

オタク友達から久しぶりに艦これの話が出てきた。

"ケッコンカッコカリ"の実装の話だった。

なんのことはない、ソーシャルゲームによくあるレベルの上限開放だ。

上限に達した艦娘指輪を渡すことで、レベルの上限開放が出来るという悪趣味仕様だった。

もうゲームには飽きたんだよ。という顔をしながらその場は聞いていたが、

家に帰ってからというもの悶々とした気持ちが俺の心の中で渦巻いていた。

幸福な伊168の姿が見たい」「俺が幸福にできなかったあの子が、幸福でいる姿が」

自分の中の欲望葛藤との戦いだった。

俺にそんな姿を見る資格があるのか。ということも考えた。

しばらく悩んだ挙句、俺は結局見ることに決めた。

たかゲームの話じゃないか。俺が見たいものを見て何が悪い

そんな気持ちゲームログインして、ストックしていた伊168を旗艦に置く。

順調にレベルを上げ、任務をこなして指輪を手に入れた。

そして、実際にケッコンカッコカリのシーンを見た。

これは、「たかゲームだ」と侮って軽視をした罰なのだと思った。

自分の思っていたよりもずっと幸福そうだった。

声を弾ませて潜水をしようと誘ってくる彼女

とても嬉しそうで、とても幸福そうで、何よりも海が好きな彼女言葉が、

海の底は、もう飽きたよ…」と喋っていた、あの彼女の声と全く同じで、それが本当に辛かった。

それから艦これログインはしなくなった。


それから3年ほど経ち、俺はそこそこの企業研究員として就職果たしていた。

友人の紹介で知り合った女性懇意になり、付き合い、プロポーズをすることにした。

婚約指輪のオーダーをして、自宅に帰ってきた俺は

気まぐれに、「そういえば、昔、伊168と結婚してたな」という事を思い出した。

プロポーズの前だし、挨拶くらいはしておくか。と元カノに久しぶりに会うかのような感覚ログインをする。


3年前と全く変わらない姿の伊168がそこにあった。

ホワイトデーのお返しに喜び、お茶を入れようとするボイスが追加されていた。

クリスマスに、バレンタインデー誕生日に、

俺は彼女になにもしていない。俺が何もしていない間、ケッコンをした彼女

何を思って時を過ごしていたのだろうか。

呆然としていると、「司令官…168のこと、嫌いになったの?」と、不安そうな声が聞こえてきた。

何年か前に、何度も何度も聞いた、不安そうで、儚げな声が耳に入ってきた。

なんだか、たまらなくなって涙が止まらなかった。

ただ、それだけの話。ただ、それだけの話でしかないんです。

2017-03-03

旅行至上主義者だった。

・移動時間が長くてすごく疲れる

18切符の旅が好きで毎年やってたこともあるが今は疲れるし昔ほどあれじゃ回れないしもうできないかもなあ。若いうちは楽しい飛行機は乗れなくはないが正直3時間限界から海外は行ったことがない。

観光ガイド確認作業をするだけでなにも面白くない

ここに行くと決めるだけであと何するかはそこで決めるので旅行ガイドは見たことがない。そういう無駄旅が好きだ(今はほとんど旅行しないから好きだったかもしれない)。ただ無駄が多すぎるので9割以上の人にはお勧めできない。

お金がめちゃめちゃかかる

今思うとまったくその通りで否定のしようがない。安く上げる方法検討するのはあっても結局行かないのが一番安い。

まあ、私が旅行しなくなったのは金ではなく、昔楽しみにしてはるばる遠征した温泉中国人団体客とぶち当たり温泉汚いわうるさいわで嫌になってしまった、あと富士山に行ったときに人しかいなかったのに呆然としてもういいかな…と思ったのが理由ではある。

後者10年以上前富士山に行きその時は閑散とした登山道たまたま気のあった陽気なアメリカ人の人とわいわいしながら登ってたのと比較からまりの落差に呆然とした。登山ブーム発生自体は知ってたけどあれほどとは…ね。

人込み見たかったらわざわざ観光地じゃなくても別に東京で構わない。せっかくそういうとこに行くなら多少閑散とした雰囲気があってほしい。わがままなもんだと自分でも思うけど、私が旅行至上主義者だったころの観光地はそうだった。京都でも人は多いがもう少しゆったり散策してられるだけの余裕が昔はあった。今は宿もないが。

そういうのに取り残された崩壊寸前の地も多数あることは知ってるけど、そっちは今度は交通路がない。閑散を通り越した虚無に近い何かだ。鉄道切れて一日たってもたどり着けないとか。思い立って行ったら数年前にあった土産屋が軒並みなくなってたとか…。考えるのもわびしくなる。

金の問題は止めたあと気づいた。もともと金に困ってはいなかったがしばらく旅行をやめていたら貯金が倍貯まっていた。使い道は老後の備えくらいだろうが…。

こんなんだから私も旅行先を毎回聞かれて答えに窮する者の一人だ。困ってはいる。

私の場合数年前私が筋金入りの旅行絶対主義者だったのを周りが皆知っており、今も旅行絶対主義者だろうと思って休みになるたびにどこに行くのと聞いてくるから問題がでかい(苦笑)。

いやもう旅行行かないんですよとも言えない。

キトーに思いついた名所に行くよとお茶を濁して実は全く行っていないことが多々ある。

2017-02-17

てんかん発作3人死傷 危険運転致死傷罪懲役10年

東西線の中、もうすぐ乗り換えの有る、そこそこ大きな駅。

ぎゅうぎゅう詰めではないがかなり混雑している状態

40代だろうか、立っていた男の人が、

立っている人や座っている人の足元 お構いなしに、

急に床に横になって、身体を真っ直ぐに伸ばして、こう着したような状態

全身ぷるぷる震えても居る。

周りの人間もどうしたらよいかからず、「どうしました?どうしました?」 と、

声を掛けるのが精いっぱい。

その時電車は駅に到着、扉が開く。何人かが駅員を呼ぼうと うろうろするが、

駅員は見つからず、そのうちに倒れた本人が意識を取り戻す。

倒れてから1分も有っただろうか。

周囲の人間に声を掛けられてもそれに応えること無く、足早にその場を去ってしまった。

私は一体何が起きたのか全く理解できず、呆然としていた。

それが ”てんかん” の発作である事を知ったのは随分後の事だった。

もし、あの人が車を運転している状態だったら?

大丈夫、薬を飲めば抑えられるので。」

「あ、あの時は薬を飲むのを忘れたので。」

こんなの通用するわけないでしょ。

Webニュースで見かけたが、10年は軽過ぎるような気がする。

てんかんには社会理解必要...」とか言う医者がいるが、

理解した上で、車の運転免許原付普通車大型車、小型特殊、大型特殊、二輪)はく奪!

で、お願いしますよ。

2017-02-10

マルチなのか?その①:「毛穴洗浄してあげる」のお誘い

今年度は本当に苦難だった。

息子のクラス学級崩壊し、息子はいじめに遭っている。

暴言暴力日常茶飯事、学用品は壊されたり隠されたり。

学校に何度も相談し、学校側も対応してくれているが改善されず。

いじめ主犯格母親世間話を装って話してみたが、話にならなかった。

母親曰く、息子はとても良い子で何一つ悪くない、悪いのは担任学校クラスメートだ、そして唖然としたのは暴力は悪いことではないと思っていて、家庭教育でそのように教えているということだった。

ありえない。

あぁ、この親にしてあの子か、と。

から学校側が再三呼び出して話し合っても解決されないのだな。

私とは真逆の考え方で呆然とした。

そして私は完全に心のバランスを崩してしまった。

ちょうど体調を崩し気味で、私自身が抱えている実母とのトラブルも重なり、人生最悪の落ち込みだった。

そんな中、友人のAちゃんより

今日は、教えてあげたいことがあってメールしてます毛穴洗浄知ってる?めっちゃ気持ちいいよー!3回分の体験チケットもらったから、あげるね!」

メールが来た。

Aちゃんは息子を通じての友人で、同じ学年の子どもを持つお母さん。

いつも心に響くアドバイスをしてくれて、心から信頼している人だ。

全く興味はなかったけど、信頼しているAちゃんの紹介だし、心も体もズタボロだったけど行ってみようと思った。

そして行ってみると返事をしたら、即返事が来て、

「◯◯◯の3日間で10から予約したよ!私はお役に立てないけど、お手入れと、人と、ラウンジ癒してくれる気がするの。本当に私の勝手な勘だけど。どんなかな?」

…かなりの温度差を感じつつ、心身ともに下がってるので、返事できなかった。

そして、メールが来てから1週間ほど過ぎた、予約初日の前夜。

明日、9時半くらいに迎えに行くね。明日お手入れしてくれる◯◯さんって人も、お手入れに出会ったとき子供のことでめちゃくちゃ悩んでた人なんだって。都会の、寝てする豪華なエステではないから、ご期待に添えないかもしれないけど、お手入れも、人もあったかくしてくれると思います。」

うーん、この辺りから何となく違和感を感じ始める。

ちょうどこの頃から体調も少し良くなってきたので、行ってみることにした。

2017-02-03

二十歳で死ぬと思っていた

自分寿命は二十年」という漠然とした確信が昔からあった。

体は丈夫だったから、病死ではないだろうと思っていた。

嫌なこともたくさんあったが自分死ぬのは怖かったし痛いのは嫌だから自殺でもないと思っていた。

ただ、フッと自然に消えるように死ぬと思っていた。

僕は今三十二歳だ。

まり、二十歳になっても死ななかった。

なぜ二十歳で死ぬと思っていたのか、今となってはよく分からない。

二十歳で死ぬと思っていたから、適当に生きてきた。

落第しない程度に勉強をし、親に迷惑はかけないように生きてきた。

どうせもうすぐ死ぬんだから、何かをやろうという意欲もなかった。

下種な話だが、男女間で行われるいろいろのことは、死ぬときに後悔がないように全部やった。

もう十年前以上になるが、今でも鮮明に覚えている。

十九歳の最後の一日、深夜十一時五十分、家の屋根の上に上がって寝転がって星を眺めた。

そうしているうちに、あと一分で二十歳になろうとしていた。

怖くはなかった。僕は静かに目を閉じてその瞬間を待った。



ん?

僕は目を開けて時計を見た。零時十分だった。二十歳になって十分の時が経っていた。

僕は死ななかった。死ねなかったのだ。



しばらく夜空を呆然と見つめて思ったのは

「このままだと、僕の人生やばいんじゃないか」ということだった。

大した学歴もなし、経験もなし、ただの薄っぺらい二十歳の人間がそこにいた。

詳細は割愛するが、その後猛勉強して大学に入りなおし、割と良い学歴を得て、今は悪くない仕事をしている。

二十歳前と後では、まるで別人だと感じる。

人に昔のことを聞かれると、あまりうまく答えることができない。今の僕ではない、別の人間のことのようだから

からときどき二人分の人生を生きている気持ちになる。

あの屋根の上で星空を眺めながら死を待ったひとときが、僕の分水嶺だった。

運が良かったのかもしれないが、いわゆる「人生正規ルートから外れてしまっても、こうしてそれなりに楽しく生きることができている。

過去タイムスリップして、昔の僕に詰め寄って

「何寝ぼけたこと考えてんだ、死なないから!」と言ってやることができれば、どんな人生だったんだろう?とたまに思う。

しかしたら、今より素晴らしい人生かもしれない。残念ながら、それを知ることは絶対にできないけれど。

僕の場合、二十歳以前の自分のせいでひどい目にあったが、僕を今の地点に押し上げてくれたのは二十歳以後の自分で、どちらも間違いなく「僕」だ。

日本社会は、やり直しがきかない、レールを外れた人間に厳しい社会といわれている。確かにそうだ。

僕は間違いなくレールを外れた人間で、そのことで色々な人に色々なことを言われたりしてきた。いいトシして何やってんだ、云々。

けれど、それに対応していくのも自分責任の一つだと思っている。だって二十歳まで適当に生きてきたかしょうがない、と。

(ちゃんと真面目にコツコツやってきて、思いがけずレールを外れてしまった人間には、これは当てはまらないが)

失敗したって、死ななきゃいけない羽目になることなんて、ほとんどない。

だけど、何もしないで待っていて状況が好転することも、ほとんどないと思う。

ガンジー言葉で「明日死ぬかのように生きよ。永遠に生きるかのように学べ」というのがあるが、

正直言って、明日死ぬんならやっぱり僕は滅茶苦茶無気力になると思う。だって明日死ぬんでしょ?今頑張ったって無駄ァ!と考えずにはいられない。

だけど、後半には同意する。永遠に生きちゃう!?このままだとやばい!という気になれるから

2017-02-01

星野源を問いつめれば幸せに戻れるのか

安田美沙子さんやゆうこりんには申し訳ないんだけど、うちの家庭は結婚してから3年弱ずっと夫婦円満

しろまだまだ昼も夜もアハハキャッキャしまくり。

もうすぐ2歳になる天使も元気で、そりゃもう可愛くて可愛くて。育児てんやわんやで大変だけど不満なんてない。

だって夫も協力的。こないだも、〇〇(娘)はママに似て美人さんだな~って言いながら嬉しそうにあやしたり、家にいる時は面倒みてくれてる。

幸せだなーこれがほんとの勝ち組や~って正直思ってた。

わたしと娘のことが大好きで、家族で出かけるのも好きで、

毎日仕事が遅くなっても帰ってきてる真面目で明るくて頼れる夫。

そんな人に、浮気相手がいた、 なんて

嘘でしょ……?

つい一回とかでもなく

えっ、、私が妊娠してた時から……?

仕事で呼び出されて可哀想と思ってた時のあれも終電が続いた時も、ずっと……??

一生大事にしてくれるんだろうなぁと感じてた夫に、一生大事にするよと思っていた夫に、

何でも話せると思っていた夫に、

妊娠して苦しんでた時も、家族3人になって幸せな今も、

別の顔があったらしい事に、ただ呆然としてる。

どうしたら良いのか分からない。

確定的なモノを見てしまった今も、まだどこか、

何かの間違いじゃないかって思ってる。

いい人だけど、いや本当にいい人、っていうだけが取り柄って訳でもなく仕事普通に出来るけど、

モテるイケメンでもないく女に軽いタイプでもない、ごく普通の地味なサラリーマン…・

例えるなら星野源みたいな、地味な星野源からさら芸能人の血を抜いたような…

え、星野源ブレイクしたせいで夫がモテ?いやする前からそうだったのか……?

なんかもう混乱して分からない。

すっぴんの方がいいくらだって これ旨い!おかわりしていい?はぁー家にずっと居たいわ

〇〇と結婚してよかった~  大丈夫、俺が見とくから ちょっと気晴らししておいで

ほんの少し前まで、私は絵に描いたように幸せだった

妊娠中やさしくお腹を撫でてくれてても ほとんどヤれない役立たずでしたか

産後元気になってからはまた元通りしてたはずだけど もう女としては見れない、ってどういう事ですか

ずっと彼女でいてほしいって、私より10歳近く年上の人に、どういう顔で打ったんですか

私に甘いのは ご機嫌取りだったんですか 

普通に夫を問い詰めて、いいんでしょうか、

知らないふりをするべきなんでしょうか

例えば、いま相手と別れて、と言ったところで本当に別れてくれて

私はこれまでのように幸せに暮らせるんでしょうか

星野源を問い詰めればそのうち戻れるんでしょうか

なんかもう混乱してて本当に分からない…。

2017-01-26

高身長差別と比べたら男女差別とき存在しないに等しい

僕は鬱病内向的で昔から目立ちたくない性格なのに外出すると「デカデカい」言われ馬鹿にされる

勇気を振り絞って外出した時に学生に「あいデカくね?」と指さされたときは凍りついた

この国では高身長というだけで人より劣った生き物として畜生のように扱われる

デビッドリンチ監督エレファントマンのように見せ物にされる

高身長というだけでデカデカいと騒がれる

外出時に 男というだけで男だ男だ 女というだけで女だ女だ と騒がれることはないだろう

まりこれこそが高身長差別過酷さの証明

身長が高いというだけでハンセン病隔離のように家に閉じ込められているようなもの

店で棚の商品を見てたら横からいきなり「デカい笑」と言われ呆然となることがよくある

ただでさえ緊張しやす性格なのになんでこんな目に?

チビ」は人間に使う言葉であり「デカ」は粗大ゴミにも使う言葉

明らかに低身長の方が強者であり権力者だと思う

レーニンスターリンフランコ将軍など独裁者は低身長

田母神山口組司忍は低身長

アルバートフィッシュチャールズマンソンなど殺人鬼の多くも低身長

老若男女問わず170cm以下の低身長の人々が本当に怖い

身長の人々に高身長に対する接近禁止令を出して欲しい

身長の人々のせいで病んだ高身長メンタル医療費は低身長に払わせたい

身長や同じ高身長の人からデカいなんて言われたことはほとんどない

友達だと信じていた低身長の人からデカくね?」と言われたときは本当にショックだったしもう低身長の人々を信じられなくなった

黒人黒人というだけで黒い黒いと日本の街で騒がれないだろう

ところが高身長高身長というだけで日本の街でデカデカいとヘイトスピーチされ差別され軽蔑され迫害される

身長高身長を怖がらせているって自覚してくれ

男女差別ときで騒ぐならまずは高身長差別からなくせって思う

身長の人々のせいで対人恐怖症になり回避パーソナリティ障碍になった

2017-01-11

http://anond.hatelabo.jp/20170111091506

戦争で大好きだった絵が描けなくなって病む女の子とか

戦争で娘を亡くして病む女の子とか

原爆父親母親を亡くして自身も不治の病に罹る女の子とか

戦争特に関係ないけど貧困のせいで女衒に売り渡されて娼館で働くことになる女の子とか

原爆母親を亡くして爆心地で呆然としている女の子とか

この世界の片隅に」はヤンデレ成分の好きな女の子にとってもすごく受け入れられやす作品なんですよ、実は。

2017-01-08

寛容な社会コストを払うのは弱者じゃない

最寄りのTSUTAYA(自宅から5㌔)に行くため車を運転していると前方で軽トラが走っていた。

片側一車線追い越し禁止制限速度50の道を時速30㎞で走る軽トラ

よく見てみるとジジイババアと談笑しながら注意散漫になってフラフラと走っている。

後続車が大名行列を作っていることなジジイの視界には入っていないのだろう。

マジでファックな日だぜ」そう呟きつつ平静でいようとする俺。

十字路の赤信号を直進するジジイ軽トラ

呆然と立ち尽くす通行人たち。

高齢化社会車社会が産んだモンスターを見た気がした。

2016-12-12

[]ファイアパンチ32話

先週ラストに出てきた変態仮面(意訳)は・・・味方だった!!!

追手のリーダーvsビキニレジスタンスリーダーの戦いに乱入してあっという間に追手リーダーを倒して、それ以外の追手も全部やっつけちゃう

一方アグニは氷の魔女対峙

でも魔女につららではりつけみたいにされちゃう

ちょっと会話をすると「目の前に雪があったら雪玉を作る」程度の感覚世界を寒くしたと言う

腕を切ってまで生きながらえていたことやその他もろもろの思いが去来し、アグニ呆然としつつも自然と思う

「こいつは今殺さなきゃいけない」

ついに出てきた真の敵!さあどうなるどうなる


おおいいじゃんいいじゃん面白くなってきた

こういうのでいいんだよこういうので

緩急あるからこそ今回みたいなのが映えてる?んなわけねーよ

こんだけのもの描けるならこれまでさんざんdisった部分なんてなくても十分おもしろいもんかけるスキルもってんだよこいつは

2016-12-06

[]

八月の青い蝶を読んだ。素晴らしい。ただただ素晴らしいおねショタ小説でした。

タイトルにある通り、八月の夏真っ盛り広島舞台にした物語東京からつてを頼って引っ越してきた病弱な虫めでる姫と、健康けが取り柄の腕白な広島っ子との間で紡がれる、ひと夏の淡い恋物語

……いやあ、ね。すごいね。こんなに圧倒されたのは初めてかもしれない。なんも言えねえ。なんか言葉にすると、いま胸の中を巡っている感動なり感情が消え失せてしまいそうになる。

自然とこみ上げるものがあって、読んだ後でも涙があふれてしまうっていう珍しい体験しました。この世界の片隅にを見終わって呆然となった人と似たような感じなのかしらん。

昨今は増田でもはてぶでもよく言及されてるあの映画だけれど、あの夏の広島を、あの夏から今に至る広島の心を描いているもう一つの名作として、この物語をいろんな人に読んでもらいたい。ぜひ。

文章過去過去へと回想するし、物語よりも家族構成や、それぞれの人物精神像なり生き方に初めから結構筆を割いているから展開としては遅く、読んだことないけど司馬遼太郎みたいな感じなのかもしれないと思った。

ただ裏返せばそれは、あの夏を生きた人々をあらんかぎり誠実に記そうとした結果でもあり、国家が一方向へ傾いている時勢にも確固とした個人が生きていた証を記そうとする意志が感じられる文体だったと思う。

戦争と平和とか、生き残ってしまった負い目や、原爆を語ることとか、非常に複雑で細分化しにくい問題真正から向き合っている小説だった。というか、問題という形で俎上にあげてないのか。生の声が書かれている小説だと思った。

翻って見ればこの小説で描かれている一端は、東日本大震災被災した人々が抱えている心情でもあるんだろうな。

胸を打たれる、まぎれもない名作でした。後半はハンカチティッシュを傍らに用意するのをお勧めします。

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