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はてなキーワード: コピーとは

2019-05-22

anond:20190522140232

あなたがいいと思うならいい事なんでしょう

それは誰からも許されるしぶたれたら反対側をさしだせばいい

ただそれはぶっていいではない

ぶたれてもいいことがあった は だれかをぶっていい という基準にも基礎にもならないということ

発明をして大金持ちになった人がいた からといってそれをコピーして売りさばいて僕もお金持ちになっていい

ということはないのと同じ

写真の整理方法がまとまらない

長らく整理していなかったスマホデジカメ写真を整理しようとしたが、データの移動方法、保存方法がいろいろありすぎて、ファイルの重複がひどい。

方法問題

iPhonewindowsPCに有線接続して、Explore上でコピー

 USBメモリのような感じでファイル移動ができた。(itunes必要?)

 しかし、iPhone認識しないことがあるので、端子の抜き差し必要

 多くのファイルコピーしていると、途中でロックがかかるためか停止する。その場合、端子の抜き差ししないと、コピーが再開できない。

iPhonewindowsPCに有線接続して、フォトのアプリインポート

 端末は認識しても、0アイテムと表示されることがしばしば。

 インポートを始めれば、途中でエラーは出ず一気にできた。

 OneDrive画像フォルダに保存された。(クラウドに上げたいわけではないのだが)

 撮影月ごとのフォルダに入った状態で保存される。

NAS連携アプリで、スマホから自動バックアップ

 自宅wifiにつなげば、自動バックアップをとってくれるので楽。

 ファイル名がアプリ側でリネームされる。(設定で変えれるかも)

 リネームされると、他の方法で取り込んだ写真で、中身が一緒でファイル名の異なるものが出てくる。

 データ紛失対策には良いが、写真の取り込み方法として使ってよいのか悩む。

デジカメSDPC接続して取り込み

 SDを丸ごとコピーする。

 持ち歩きや閲覧用にスマホタブレットにとりこむと、端末からコピーした写真ダブる

その他問題

iCloudiPhone-iPad間で同期された写真が、端末ごとにPCに取り込むとダブる

インポートごとに取り込み日時をつけたフォルダに保存

イベントごとにイベント日時をつけたフォルダに整理

2重になるのを承知で、両方残す。

itunesから写真アクセスできなかったっけ。

最後に一呼吸置いて投稿する

ムカつく増田がいる。

ムカつくから反論しようとする。

言及というボタンを押す。

そこで増田の画面に直接書かずにメモ帳にまず書く。

メモ帳に書き終えたらそれをコピーして増田に貼る。

そして「確認する」を押して自分文章をみる。

 

そうすると

「俺がこんなばかみたいな時間をかけてクソな増田のために反論する必要があるのか」

そもそも俺が反論したところでこのクソな増田は持論を展開して認めないだけではないか

となってきて、最近増田投稿がめっきり減った。

 

新しく作ったTwitterアカウントもそうした。

しょっちゅう「誤解を招いてすみません」と謝っていたのが無くなった。

エアリプで「彼はクソリプおじさんだよね」と指摘されることも無くなった。

 

今のネット必要なことは「半年ROMれ」に近い、

一度意見を寝かせてから書き込む事である

2019-05-21

交通事故起こして逃亡のおそれがなくて入院してれば逮捕されないのなら

事故起こしてもその場で警察免許証コピーを出して、後日病院から診断書もらえれば逮捕されずに済むんだよね

2019-05-20

anond:20190520175930

依頼書にはハンコが必要

FAXしたあと確認電話して受付番号をもらって

それを封筒CD-Rマジックで書いて

依頼書原本コピー不可)とともに送るんですよね

もちろんメール便レターパック禁止

2019-05-19

anond:20190519112708

かに自己欺瞞にも思えるけど、

それは事情承知しているからで、一般の客からすると単に「覚悟の表明かな?」と

悪い印象は受けないんじゃなかろうか。

実売部数公表出版社書店など業界向けに影響を与える手段だったことを

考えると、実力派の編集者が「明確に見城徹にNOをつきつけます」というメッセージ

業界内外に打ち出したことには意味があると思う。

作家だって書店の客であるし、

それこそ出版社営業などの業界人もこのコピーを目にし、

意識せざるを得ないわけで。

市場原理のようなマスを変えるためには

直接マスに働きかけるのではなく、一部の少数者による最先端の行動こそが重要で、

それがマスを牽引する役割を果たすという考え方もある。

業界から変われば、

見城の馬鹿企画が爆死するような市場になるかも知れない。

日本国紀の場合は、総理大臣コピペ本を直々に宣伝するという暴挙

政権が絡んだプロパガンダ事案なのでいずれにしろ売れることは確定していたのではないかと思うが。

担当編集が辞めるかどうかなんて読者には関係ない

https://www.youtube.com/watch?v=egaQnwg1qxE

幻冬舎箕輪も嫌いだけど、この件については箕輪の言うことがもっとも。

「この本が売れなかったら、私は編集者を辞めます。」というコピーって、今回の騒動を知らない一般読者からしたら「?」だよね。

塩澤という人のコピー自己満足だと思う。

売上という評価軸で幻冬舎や見城に対抗するなら、売るための努力をすべき。

文芸なんて売れないのが当たり前、『日本国紀』やレイシスト本の実売を超える作品がなくても、文化的価値があるんだということを伝えればいいじゃないか

編集者辞めます宣言で、見城の認識を変えるほど件の著書が売れることはまずない。

幻冬舎憎しのはてなーブコメマウントとって満足するだけだから売り上げにはほとんど貢献しない。

俺は津原泰水作品ファンだ。

見城と津原泰水喧嘩きっかけで噴き上がった連中が、いったい今まで津原泰水買い支えてきたのか。文芸買い支えてきたのか。疑問に思えてしょうがない。

百田尚樹の本が売れる状況を作ったのって、そもそも読者の側にも問題があるのだ。

それを市場原理だと肯定するなら、見城を批判することは出来ない。

2019-05-18

エックスキースコア増田がされている謀略

https://anond.hatelabo.jp/20190517130811

今日本社会で起こっている現象は、

エックスキースコア増田が苦手な事、判断する逆の事などを異常に持ち上げて評価社会蔓延させる風潮と、

コミュ障、細部、パフォーマンス集団、など)

エックスキースコア増田の発信などをぴったりコピーしたり、収穫を強奪する行為

この2つが、ずーーーと起こっている、

という事になります

2019-05-15

淫夢同性愛差別という誤解

いやまあ結論から言うと誤解じゃないんですけど(マテ)、しかしながら、あれが同性愛差別に見える人は何が見えていないかというのは指摘しておかねばならないなと思ったのでやはり書こう。

淫夢について語るには、まずパンツレスリングについて語らないわけにはいかず、そして淫夢パンツレスリングはどちらもゲイビデオを見て笑う文化なので、「やっぱり同性愛差別じゃないか」と早合点してしまうのも無理はない

だがパンツレスリング面白いのは「男二人が出会い、おもむろにパンツを破きあう謎の戦いが始まる」というシチュエーションシュールさにまず笑ってしまうからであり、さらにまるで日本語を喋っているかのような、そして一貫した哲学が語られているかのような完成度の高い空耳に笑ってしまうからだ。

面白さの核はここにあったのだが、表面的には「ゲイビデオを見て笑っている」わけだから、外から見たら同性愛者を笑っているように見えるのも仕方がないし、「そう見えた時点でアウト」という立場理解できる。理解できないという人は各自同性愛者」を女性トランス黒人障害者田舎者外国人など、他の被差別属性に入れ替えてみてほしい。

そして、「彼らは同性愛者を笑っているのだ」という正しいが同時にある面では誤解でもある認識は、パンツレスリングコミュニティにあとからやってきたファンにも共有されてしまう。空耳シュールさも確かに笑えるが、それと同時に「自分が笑っている理由はこれがゲイビデオからだ」という思い込みが新たなファンのうちに芽生えてしまい、新たな認識を持つ第二世代ファンの層が拡大していく。

そこに淫夢が現れた。

なぜパンツレスリング文化淫夢文化が交差ししまったのかは分からないが、おそらくパンツレスリングを全て見てしまい新たな動画を求めたファンが、新たなシュール動画空耳動画を探すのではなく、上記に挙げたような誤解により、新たなゲイビデオを探してしまったのだろう。

淫夢の始まりである、ある野球選手動画パンツレスリング文化が生まれるより先にネット民に知られていた。その動画を見る人々の理由スキャンダルへの興味からであり、同性愛という未知の世界への下世話な興味からだった。だが同性愛者のセックスミームではない。それはドーキンスが書いた本来意味でのミームとしても弱いし、ネット使用されるモダン意味でのミームとしても伝播や定着の力に欠ける。特に後者意味において、ミームとは言葉なしには始まらない。パンツレスリング兄貴たちの語る哲学ミームだった。それがパンツレスリングシュール動画と組み合わさることでより強力なミームとなった。「同性愛から」ではないのだ。

そして、「ゲイビデオから面白いのだ」という間違った理由で新たな動画を探し、淫夢へとたどり着いてしまったパンツレスリングファンたちは、皮肉にも淫夢シュールさと言葉面白さに反応する。この面白さはパンツレスリング空耳面白さとは全く違う。奇妙な脚本によるシュールさはパンツレスリングに通じるものがあるが、言葉に関しては「演技を知らない素人にすら一瞬で分かってしまうほどの演技の下手さ」という、パンツレスリングにはなかった性質からまれ面白さ。

ミームとは自己増殖し感染するアイデアだ。ネットにおいてもそれは同じで、同じコンテンツでもコピーやす記憶に残りやすい部分ほどミーム化しやすい。だから淫夢はまずセリフからネットミーム化した。文字列としてアウトブレイクし、新たな感染者は動画を見ればその言葉がどんなにぎこちない、笑ってしまうようなイントネーション発声で話されるかを知り、さらに強固に脳に定着する。淫夢とは、少なくともニコニコ動画という集団感染が始まる場に持ち込まれた時は、演技の下手さを笑う文化だった。パンツレスリングから地続きであり、やはり同性愛者を笑う文化ではなく、それと同時に明らかに同性愛者向けのビデオを見ながら笑っていた。外から見れば同性愛を笑っているように見えてもおかしくない。

このときの住人は毎日時間ゲイビデオを発掘したり面白い発言を求めてひたすら動画を見ていた。なかに異性愛者なのに人生ゲイビデオを見た時間の方が男女のセックスビデオを見た時間よりはるかに長くなってしまい、「もはや俺は実質ゲイなのでは」と自虐ネタつぶやくようになったりし、やがて淫夢民の間で「ホモ兄貴」は自分や仲間を指す言葉として発展していく。

このことは淫夢が必ずしも同性愛差別集団ではないことを示せる間接的な証拠になりそうだ。もちろん集団メンバーが仲間はずれのメンバー攻撃するときに、そのメンバー本来持っていない属性をあえて付与するという「いじめしぐさ」はある。異性愛者が集団内の弱い異性愛男性攻撃するときにあえて「ホモ」というような場合だ。「普通の日本人」による「在日認定」とか、ラディカルフミニストによる「名誉男性認定」など、左にも右にも例を挙げれば枚挙にいとまがない。私が好きなのは亡命ロシア人作家ナボコフソビエト小説の特徴として紹介していた「あいつの親戚は実は…」というやつなのだが、興味がある人は「ロシア文学講義」を読んでいただきたい。

閑話休題。これらの例と淫夢民のホモ兄貴呼びが違うのは、身内の仲間に対して使われるという点だ。そしてホモと呼び合う彼らはゲイビデオが見たいのではなく下手な演技が見たいのだという点をもう一度念押ししておく。

そのため、彼らが次に発掘したのは新たなゲイビデオではなく、「クッキー☆」と呼ばれることになる同人ボイスドラマであることもある種の必然だったと言える。これは東方プロジェクト同人であり、あらゆる点でゲイビデオからかけ離れていたが、「下手な演技が生み出すシュール空間」という、淫夢民の大好物でできたコンテンツであったために、淫夢世界構成する重要なパーツとなった。しかしながら、彼らの二人称代名詞は「ホモ兄貴」であり、一人称複数は「ホモ」が定着してしまったため、外から見ると「同性愛者をネタにして笑う集団」という印象は避けがたく結びついてしまった。いまさら風紀委員会が出てきて不適切自己への呼称を改めようとしても手遅れであるネットコミュニティはそういう仕組みではない。よくはてブで左右対立や男女対立しているときに「リベラルこそこれを批判しないとダメ」とか「フェミこそこれを批判しないと自浄作用がないと思われるぞ」とか言ってるのがいるが、ネットコミュニティとは各人が集団の一員という意識を持たず、スマホパソコンの前の個人として参加するものなので、そのような「自浄作用としての身内批判」は「私の知ったこっちゃない」のである(このことを利用して、頭のおかし個人鉄砲玉として社会的生命犠牲過激なことをやらせて「あれは個人のしたことだから」と切り捨てるメソッドに左右ともに手を染めており、セレクティブエネミーとして叩けるという利点を敵に提供するためウィンウィンな関係が結ばれるので双方共にこれをやめるインセンティブが働かないという地獄のような現状があるが、これはまあ脱線)。

そんなわけで淫夢を笑った彼らはまさに淫夢を見つけてきたのと同じセンサーに反応したからということでクッキー☆にも反応し、大いに笑ったのであった。

結論としては、淫夢とは素人特有の下手な演技や脚本が作り出すシュールさを笑う文化なのだが、その起源においてゲイビデオという「原罪」を負っているため、他者からはただの同性愛差別集団しか見えない呪いを受けてしまった。

痴漢なら「誤解させた方も悪い」と言うところだが、反淫夢正義の民はそれよりはるかに強い「私たちが誤解などするわけがない、私たち認識こそ唯一の真実であり正義だ」というようなことを言い「淫夢差別主義者」という等式の普及に成功した。ここにハセカラ民が流入様相さら混沌とするのだが、それを根拠原初淫夢民の意図まで批判するのは911理由に成立当初のイスラム教批判するくらいに筋違いだ。

ありえないことだが、もしもあのとき淫夢民が出会っていたのが「真夏の夜の淫夢」ではなく「けものフレンズ2」だったら、せいぜい「フレンズを笑い者にする人たちの文化」程度のポジションにとどまり差別集団勘違いされることはなかっただろうと思うと、偶発的なミーム伝播の恐ろしさに震えずにはいられない。

2019-05-14

スーパーでかかってるくっそチープなJ-POPコピー打ち込みBGM

誰が得するの?J-POP必要ある?チープだけど著作権料とか払うでしょ?担当者MIDI耳コピ音源全盛期世代なの?フリー音源かそうでなくてももっと安いやつでそんなにチープじゃない奴ないん?西友BGMいいよね

2019-05-13

「えいがのおそ松さん」のヒロインについて

最初に言っておくと、映画版は滅茶苦茶面白かった。第2期(途中脱落)のグダグダさは何だったのかと思うレベルなので、1期が好きだったなら絶対に見に行った方が良い。ギャグ・愚直な面白さをメインに追求した作品は実は希少なので、ちゃんと売れて欲しいと思う。

で、本題なのだが、映画オリジナルヒロインが非常に引っかかる造型なのである作品面白いし上手く脱臭しているので観ている間は全然気にならないのだが、「これさすがにどうよ?」と言う造型である。(ちなみに「どうよ?」と言うのは別にせとか変えろとか居ない方が良いとかでは断じてない。気になったことを書いてるだけである

あ、一応ネタバレなので、観てない奴はとっとと映画館行ってから読んでくれ。

さてヒロインの造型なのだが、箇条書きにすると

・六つ子が集団でワチャワチャしているのを見るのが好き

・目立たない文系少女

特に六つ子に恋愛感情はない

と言う造型である

まあ、見ての通りこれはメインの客層(と、制作者は判断しているらしい。基本的にはノイジーなだけで、1期のヒットはもっと広い層だったと思うのだが……)である腐女子擬人化?した存在である。で、物語上六つ子はこの子を追いかけ追い求め、結局何も受け取らずにスゴスゴ家に帰るいつものオチを迎えることになる。

未来現在)の自分規定した円環構造だろうとか、そう言うどうとでも取れる話は置いておいて、基本はこう。

で、あのヒロインは、ビックリするほど利己的で自分本位で、ゲロ吐きそうなくらい嫌な奴である

何故か?

彼女は、六つ子の事が好きだと言いながら、仲違いした六つ子の話を聞くでもなく、話をするでもなく、キモイ手紙を書くだけで何一つ力になろうとしない。

散々六つ子を鑑賞して楽しませてもらっておきながら、恋人は愚か六つ子にとって喉から手が出るほど欲しいであろう「普通に話をしてくれる女友達」にすらなろうとはしない。まあ、それを正当化するための病気設定なのだろうが、高校3年間+卒後数年間しっかり生き延びてるので(OP/ED解釈は幅があるだろうが)何をかいわんやである

フェミニスト様なら女子接触には性的リスクガーとか言うのかもしれないが、そしてあの六つ子がリスクの固まりだというのはその通りだが、友達にもなれないほどリスキー相手あん手紙を送るのも相当なタマである

あなた(達)は見ていて楽しいので、そのままでいて下さい。人生悲惨だろうけれど。あと、私はあなた恋人にも友達にもなる気はないけれど、そんな私からも遠慮されるようなあなた(達)でいて下さい」と言ってるわけである。クソ過ぎる。

六つ子を終始利用してやろうとしつつもちゃんリスクを取っているトト子の方が、余程首尾一貫していて好感が持てる。

しろ、「馬鹿クズな六つ子の無様を楽しむ」作品を観ている我々視聴者への皮肉と見るべきなのかもしれないが、そう言う意図で出したのだとしたら、あのヒロインこそ笑いものにしてケチョンケチョンに貶さなければ意味が無い(馬鹿にされないギャグマンガのキャラは、役割を与えられないに等しい)。

繰り返すが、「えいがのおそ松さん」は傑作だ。もう一回くらいは劇場に行くだろうし、Blu-rayが欲しくなるかもしれない。でも、あのキャラは折角視聴者の願望コピーという属性を与えながら綺麗なままギャグマンガから退場してしまったあのキャラは、余りに異質だし片手落ちだと思う。

これは、ただそれだけを言うための記事である

六つ子に感情移入していれば多分もっと怒り狂えるはずなのだが、勿論ギャグマンガはそう言う作品ではないので、文字通りの「引っかかり」だけが残ることになった。想定メイン視聴者層は、あのキャラ感情移入して泣けたりするのだろうか?だとしたら、非常に良くできた造型と言うべきなのだろうが。

2019-05-11

ぼくちんを雇ってくだちい

ぼくちんを、月収23万円で雇ってくだちい。

  

Word

見出しと目次の設定と、2ページ目以降のページ番号の設定とかできるよん。

  

Excel

四則演算とか連番コピーとか、0001みたいに頭を文字列にすることができるよん。

VLOOKUPとIFとMIDとかSUMIFとかフィルターとか条件式書式を使えるよん。

  

PowerPoint

プロジェクターに写したりするのが得意だよん。

  

Access

キーとか、クエリとか分かるよん。

でも古いバージョンで作ったマクロとか聞かないでくだちい。

  

Outlook

メール添付ファイルが届かないのはWinmail.datになるからだよん。

そういうのの設定とか、Windowsliveメールからの移行もできるよん。

国難脱出のチャンス

https://anond.hatelabo.jp/20190511112944

サイバー戦争の所は最近の事ですので具体的に状況を説明しますと、

お金すりまくり

知財吸いまくり

情報操作しまくり大衆洗脳しまくり

●謀略しまくりの

権力財力税金公務員男性集団で、

スピードを何よりも重視し、

自分欠点を全カバーする

集団から圧力により「あげる戦と盗む戦(https://anond.hatelabo.jp/20190509131059)」のサイバー戦争が本格化したの2016年の前半からです。

それまでも圧力長期間か掛かっていたのですが、これまで以上に強烈になり始めたのが2016年です。

私はある圧力の衝撃を受けて窮地を切り抜けるために、とっさにNさんという方に情報発信を一本に絞り、およそ5万通のメール送信しました。

●大量の発信をすることで「知財盗作タイムリーであること、盗作の量が多すぎて偶然ではないこと」を発見して、

盗作バラマキ企業メディア政府vc大手企業など)もメモして、

こんな事が出来るのは上層の権力しかいないという犯人を推測することもできました。

5万通の知的財産を捻り出すのは容易ではなく、下積みに15年かかった知的財産です。これを犯人はざーーーと吸い上げていきました。

●そこから99巻まではパクられたんですけど100巻以降をコピー不可にして完成できないように逃げ切って、

https://anond.hatelabo.jp/20190502125140

(元々失敗したら損失のデカイ超巨大設計にはしていたのですが、この時は、それよりさらデカ設計で、あげる戦いと盗む戦いをしました。またコピー不可になったのは2017年11月頃で、ウィリアム斉藤氏とペジコンにメスが入った頃です)

●その後、流出キーワードサイバー戦争言語化して説明する資料を纏め、警察へ一応は持っていき、

圧力が掛けられない最小限の起動していけるシステムを作り、

はてな匿名証拠探しの拡散依頼をして、

スノーデン氏に届けて頂ける様にお願いし、

●アサンジ逮捕タイミング証拠に近いもの発見して、

●その事をウィキリークスの人に伝えて貰えないかを発信して

●巨大ダークウェブ運営者とアサンジ氏の逮捕を指示した者が怪しいという、

https://anond.hatelabo.jp/20190505193916

所まで来ているのが私が現在立っている地点となっています

2019-05-10

文系学問において資料実在証明するものとは何か

久々にビッグ研究不正ニュースktkr

ということでキリスト教思想史研究やってた人が研究不正で懲戒解雇された件について、報告書に目を通した上でちょっと書きます

今回調査委員会被告発者に求めたのは、以下の項目でした。

この「写し」というのはどういうことでしょうか? 資料のもの調査委員会が求めなかったのはどういうわけでしょうか?

歴史学者にとっては常識なのですが、他の分野の人にとってはどうかわからないので、解説してみます

そもそも文系はどんな材料を使って研究してるのか

これは人というか研究分野によるので、安易なことは言えません。文学哲学社会学人類学歴史学言語学とでは使う資料がぜんぜん違います

で、この被告発者の研究手法は、近現代を扱う歴史家の多くが採用している手法だと思います近現代史を扱う人たちは、

を主に史料として使います(「史料」ってのは、歴史を記録したナマの資料のこと。「資料」と呼ぶと後世に書かれた二次文献なんかも含む)。あるいは、上に書いたようなものをまとめて出版した本とかを使います

これらの史料の特色とは何か……それは、

ことです。

公文書館というのは、「お役所の書いた書類を保管しておく施設」のことです。これはどのくらいかというと半永久的にです。普通文明国ならどんなに細かな書類でも公文書館に保管されていて、(民主国家場合は)数十年して機密解除されたり(独裁国家場合は)体制崩壊して民主化したりすることによって「申し込めば誰でも読める」状態に置かれます。これによって我々はソ連時代領収書なんかをロシア公文書館で読むことができるわけです。ソ連ですら公文書を保管して後世の我々に見せてくれているというのに……いや、これは余談でした。

当たり前ですが、それらはその国(あるいは地方)の公的な記録であって、自分のものにして持ち帰ったりすることはできません。ではどうするか。多くの歴史学者

などの手段史料を入手して研究しています(ちなみに写真撮影もカネを取る公文書館結構ありますね。日本だとどうなんでしょ)。

昔の人が書いたものも、本とかなら古本屋さんとかで流通しているのを買うことができるかもしれませんが、稀覯書でなかなか手に入らなかったり、古雑誌バックナンバーとか揃えるの無理ゲーだったりするので、図書館に所蔵されているのを使うことが多いです。近場の図書館に置いてない? 相互貸借もさせてくれない? そういう場合は当たり前ですが所蔵している図書館がある街まで行きます。その図書館がある街というのが新幹線必要距離だったりパスポート航空券がないと行けない距離だったりすることも稀によくある(歴史学者研究費は旅費と本代に消えていく運命なのです……)。そして、辿り着いた図書館カメラをパシャパシャやったりコピーを黙々と取ったりするわけです(最近スキャナーが普及してくれてマジ嬉しい)。

なので、調査委員会は「一次資料の写し」を求めたわけですね。たとえ彼が清廉潔白研究者であったとしても、一次史料原本なんてふつうは手元にないわけですから

しかし、本来、彼は「一次資料の写し」を提出する必要などありませんでした。自分論文を黙って調査委員会に提出すればよかったのです。なぜでしょうか?

ここで、もう1つの大事な話をします。

文系に「実験ノート」はない

もちろん分野によります心理学みたいに人を対象とした研究だとしっかり実験ノートつけるように言われるかもしれないし、考古学とかは発掘時の状況を克明に記録しておくことが重要だったりするかもしれない。でも、少なくとも近現代史みたいな分野では、実験ノートをつける、という習慣はありません。

私は一度も、理系で求められるような意味での実験ノートを書いたことはないし、書けと言われたこともないし、書いていないことを理由に責められたこともありません。もちろん史料ノートに筆写したりはしていますが、そのノートだって別に厳密なものではない。普通研究においてノートは使いますが、それは高校までのノートと一緒で、鉛筆で書いてもいいし、好き勝手なやり方で書いていいし、なんなら途中で破ったりしてもいいごく普通ノートです。最近ノートじゃなくてパソコンとかを使って研究上のノートを取ってる人も多いんじゃないかな(手書き疲れるもんね……)。

なぜか? と言われれば、

です。

まり、「もとになった資料」というのは、理系のように自分実験室の試験管の中にしかないものではなく、別の誰かが保管してくれているものなのです。

理系学問において標準化された改竄不可能な形で実験ノートをつけなければならないのは、自分実験室の試験管の中にしかオリジナル資料がないからですよね? しか文系場合は、少なくともここまで説明した近現代史場合は、オリジナル資料はどこかの政府管理している公文書館とかどこかの大学図書館かに保管してあるわけで、そこに辿り着くまでの情報さえ明記してあればそれで十分なのです。これはドイツ連邦共和国ベルリン連邦文書館の何々というファイルに保管してある何というタイトル史料だ、とわかれば、チェックのためにはそこに見に行けばよいし、これは19世紀に書かれたほにゃららという新聞に載っていた記事である、と書いてあれば、その新聞が所蔵されている図書館を探して読んでくればいいわけです。

なので、別にどんな方法ノートを取ろうが自由なわけですね。最終的に読者がその元になったデータを見つけられるようにしておけばいいわけから

ゆえに、歴史学論文や著書には膨大な注がつけられます引用した史料のそれぞれについて「どこに保管されている史料なのか」「なんという本の何ページに書いてあることなのか」ということを書かないといけません。

なかには、史料自分の手元にある場合もあります。多くの場合それは「昔の人が出版した商業出版物」なので(たとえば、極端な例ですが『わが闘争』)、他の誰かも持っていることが多いです。もしそういう史料捏造とかしちゃうと「俺もこの本持ってるんだけど、お前が引用してる箇所見つからなかったよ?」という怒られが発生します(なお、捏造ではないですが誤訳指摘は受けたことがあります。コワイ! でも覆面査読なのにこの文献の誤訳を指摘できるってことはあの人しかいないじゃん……ってわかっちゃう! 文系世界基本的に狭い!)。「むっちゃ少数しか発行されなかった自費出版の本」とかが典拠になっている場合もあります。こういう史料典拠にするのも仕方ない場合があるんですよ……典型的には、そこまで有力ではなかった政治家とか在野の知識人とかを研究したい場合、彼らが出してる本は全部自費出版というのがありえます(あと、言語学とかだと、たとえば与那国島方言研究したい場合に一番の参考資料になるのは与那国島のお年寄り自費出版した方言辞典だ、みたいな例がありまして……与那国町が進めてる辞書出版プロジェクトむっちゃ楽しみ)。ごくごく稀に、古本屋歴史上の人物が書いた手紙の山をまるごと購入できた、みたいな奇跡があって、モノホンの一次史料研究個人の所蔵になっている場合があります。これはねえ……もう本当に個々の研究者の良心を信じるほかないよね……若手研究者だと色んな大学を移り歩くこともあるだろうから所属してる大学図書館寄付しろとも言えないしね……原史料出せって言われたときにすぐに見せられるようにしておいてね、定年退職するときは勤務校の図書館に置いていってよ、とお願いするくらいしかできない感じはあるよな……

さて、長々と書いてきましたが、要するに、捏造を疑われた研究者がきちんと注で出典を書いていれば、彼は論文調査委員会の人たちの前に突きつけて「ここに出典書いといたから、見に行って確かめてこい」と言えばそれで済んでいたのです(それが生データにあたるものなので。実際、今回の調査委員会ドイツに問い合わせたりしていますね)。もっと言えば、彼本人から話を聞く前に、調査委員たちはまず典拠との照合作業を行って、彼が誠実に引用したこと、つまり彼が研究不正に手を染めてはいないことを確認してくれていたでしょう――もしも彼が潔白であったならば。

しかし今回の件では、注に不備があったので調査委員たちは注から出典を辿ることができませんでした。そこで被告発者に「写し」を求めた結果、元となる史料そもそも存在しない、捏造されたものであることが判明したわけです。

注をしっかりつけろよ! まことにごもっとも。特に今回のケースは注の多い学術書であり、注の不備は申し開きができません。しかし、しかしです、この背景には、日本出版事情が絡んでいるのです。

「注がない本」問題

今回の被告発者は、学術書のほかに新書も書いていました。多くの新書には、参考文献リストはありますが注はありません。そして日本には、「研究者が書いた真面目な学問に関する本だが、注がない」というのが一定数あります(一応言っておくと、ここではauthor-date方式みたいな「厳密な意味での注じゃないけど、ともかくも出典を示す機能を担っているもの」も含めて注と呼んでいます)。実はこれ、文系あいだでも問題視されていることなのです。

文系学者が書いた学問に関する著書には、明白に書誌情報として区分されているわけではないですが、いくつかの区分があります第一にいわゆる狭義の「学術書」。むっちゃ小難しい語彙で書かれてて、先行研究とか新規性かに一言及して、参考文献を何十ページも載せてたりするやつです。読者は同じ学者、あるいはその卵。これで注を省くのは論外です。第二に「教科書」。これは学生さんとか初学者向けに易しく書き、内容には特に新規性を求められておらず、包括的な参考文献はなくとも読書案内がついていればそれでよし、という感じでしょう。注は別になくたっていい。

そしてこの2つのあいだには、「一般向け」という広大なグレーゾーンが広がっています

あなた読書好きで、少々お硬い本にも興味があるのなら、中公新書とか講談社選書メチエとかそういったレーベルを聞いたことがあるでしょう。岩波書店青弓社社会評論社といった出版社の名前を聞いたことがあるでしょう。実はこの辺、色々な種類の本が入り交じるグレーゾーンなのです。

これらのレーベルで真面目な学術書出版する人もいます講談社選書メチエでも、末尾にビッチリ注がついてたり参考文献リストがあったりするやつあるでしょ? ああいうやつ。一方で、こういうレーベル一般向けの概説書・入門書を書くことに使う人もいます。よく中公新書で、包括的タイトルで薄めの本を見ることがあるでしょ? 今回の『プロテスタンティズム』もそれですね。そして、一般向けの解説を書きながら、さり気なくその中で新しい見方提唱したりする人もいます学術的な新規性のある内容を、一般受けしそうだという理由で限りなく一般向けの本の体裁で書く人もいます最近のやつだと『姦通裁判』マジお勧め)。

さて、こういう本を出す上では、内容は著者の完全な自由にはなりません。編集者は、もちろん学術的に正しい内容を求めているのでしょうが、彼らにとって重要なのは「売れること」です。そのために「一般向けにもうちょっと柔らかい言葉遣いで書いてください」とか色々と内容に介入してくるわけです。文体くらいなら別に構わないかもしれませんが、彼らの中にはこんな要求をしてくる人もいます「注なんてつけたら一般読者に嫌がられます、注は省きましょう」

こうして生まれるのが、「学術的に新規性が高く面白い内容を扱っているのだが、注がない」という一般書の群れです。

もちろんこういった本にも参考文献はあり、「注はないけど、典拠を探しながら読めば典拠がわかるような書き方になっている」本もそれなりにあります(たとえば、はてな太郎の説によれば、と本文中に書いてあれば、注がなくても参考文献リストはてな太郎が書いた『増田研究』という本を探し出せる)。ただ、やっぱりそれは注がある文献の出典表示の厳密さに比べれば一段劣るわけです。

これに関しては、研究者も出版社もそれぞれに問題があります研究者サイドは簡単に「注を省け」なんて要求妥協すべきじゃないし、そもそも「著書を出版する」ことが、博士論文を見るためにはわざわざ学位を授与した大学国会図書館に行くほかなく出版して書店流通させることが最も良い研究成果の流通のさせ方だった時代であればともかく、各大学リポジトリを持っていていくらでもディジタル研究成果を公表できる時代にあって本当に重視されるべきか考え直す必要があるでしょう(でも、欧米出版社でも学術出版は盛んなので、これは日本だけの問題じゃないんですよねぇ。今でもオックスフォードケンブリッジハーバードコーネルといった有名どころのUniversity Press学術書出版しまくってます学術書研究業績として重視されるのは人文系では割と世界標準なので……)。

一方で、出版社は注をもっと重視するべきです。というよりも、日本出版社やジャーナリストノンフィクション作家は注をつけなさすぎます。先日、ボブ・ウッドワードトランプ大統領についてのルポルタージュ出版しましたが、体裁も内容もおおよそ学術的とは呼べない一般書そのものの本なのに、きちんと出典を示す注がついていました。出版社は、学者に注を削れと言うべきではなく、ノンフィクションを書く作家記者たちに注をつけろと言うべきでしょう。

とはいえこれは一朝一夕はいきません。そもそも知の折り詰めである新書」という形態が割と日本独自のもので、そういう一般学術を橋渡しするレーベルが広く一般読者に読まれていることの重要性というもの鑑みると、簡単になくせとか言えません。私も色々お世話になってるし。人口1億人ちょいの書籍市場ではどうしたって限界があり、色々な本を出すのではなく折衷的な本を1冊出すのが経済学的には最も合理的という考え方だってあるでしょう。ただ、やっぱり一般書にも(それこそ講談社ブルーバックス岩波新書レベルにも)注を入れるようにする、というのは必要だと思うのですよね。

さてここまで「注がない本」問題について解説してきました。でも何が一番言いたいかというと、

注はあなたの身を守るためにある

これ。これに尽きます。注はちゃんとつけよう。もしもあなた捏造者でなくとも、研究不正をしていなくとも、実験ノートをつけない我々の業界において潔白を証明してくれるのは注だけなのだから。注だけが資料実在証明してくれるのだから。本の売上よりも、あなたの保身のことを考えよう。あなたが、部屋が汚いとかハードディスクがお亡くなりになったとかパソコンの買い替え時に行方不明になったとかの色々な理由で、史料の「写し」を紛失する日はきっと訪れる。そのときに、これまでのあなた研究の誠実性を証明できるのは、人文系学問においては、注だけなのだ

以上です。駄文に長々と付き合ってくださりありがとうございました。続きはanond:20190511125053で。

2019-05-07

anond:20190507074344

依頼したうえで、エクスプローラーは、それが成功したものとみなして画面表示だけ更新している。

エクスプローラーは、操作を快適に行うために画面表示内容をキャッシュしたりする機能があるんだ。

その機能弊害として、エクスプローラーの画面表示内容と実際のフォルダの内容に食い違いというか、ラグが生じることは稀によくある。

うーん、単純な削除とかなら別にこの動作でも問題なさそうだけど、移動についてはコピー同様、プログレスバー出して完了まで待たせる仕様にしてほしかったわ。

でないと、本当に移動が終わったかを知るすべがない(タスクマネージャ見ればわかるのかもしれんけど、それも面倒)ので、移動元フォルダの削除を伴うファイル移動という条件では、原則移動ではなくコピーで行うという「運用回避」を頭の片隅に覚えていないといけないし、それも万全とは思えない。他に設定で回避とかも無理なんでしょ?

てか、願わくばWindows10辺りで治っていてほしい話なんだが、そもそもMSバグと思ってなさそうなのが気になるし。

着地させたい憧れのこと


特定防止にところどころ嘘だよ

今、一線で活躍している声優さんと、昔同じ学校に通っていた。

単に高校が一緒だっただけの話だが、彼女高校ときからめちゃめちゃかわいくてしかもいい人だったので、当時私は彼女のことが好きだった。この「好き」はアイドルファン的なニュアンスだと思う。

彼女委員会仕事などで壇上に上がるのを見るとわくわくしたし、部活動でやっていた校外ライブにも行ったことがある。そのころは彼女声優さんだなんて知らなくて、ただなんだかそういう養成所みたいなどこかでなにかがあったらしいことを小耳に挟んだことはあり、すごいな〜えらいな〜、とは思っていた。

すごく勝手な話をすると、一方的に親近感を覚えていた、というのもある。

私は中学時代、いわゆるアニメ声だね〜ということで少しいじめ……というか許容範囲外のからかいというか、そんなかんじの扱いを受けていた。主に異性からだったので異性とはあんまり友達にならず、女の子は一度「気にしているのでからかわないでくれると助かる」と伝えれば少なくとも表面上みんなあんまり触れないでいてくれたので、別に全方位からそういう扱いだったわけではない。

ないのだが、普通の声のつもりで小学生時代を過ごしていた(たぶん周りも、「ぶりっこ」とかい概念がない小学一年生のころからほぼ同じ声だとわかっているので気にしないでいてくれた)のに、中学になってそこで初めて会った人達から突然「お前の声は変だ」と扱われたのが地味にショックだったようで、今でも初対面の人と喋るときに少し怯える。

そういうわけで、いわゆる「アニメ声」の人を見かけると、あっこの人も周りから揶揄されて苦労したんだろうな、ちょっとつらかったこともあったろうな……という気持ちになってしまう。今は大人なので、声が変わっている人みんながみんなからかわれて育つわけではないと理解はしているけれど。

件の彼女のことを好きになったのも、彼女の声が、こういうのもすごく癪ではあるのだがいわゆる「アニメ声」で、それでも彼女はいつ見てもニコニコしていて、てらいなく喋っているように見えたからだ。

すごいなあ、と思った。えらいなあ、とも思った。

その頃私は自分の声が、というか自分の声が周りに抱かせるであろう印象が本当にいやで、叶うなら将来筆談で生きたいとも思っていた。

から、いわゆるアニメ声でもキラキラしている彼女尊敬したし、きっといろんな嫌な反応をはねのけたり受け入れたりして生きてるんだろうな、それはきっと大変で、でも彼女は笑っているのですごくてえらいな、と、同病相憐れむじゃないけど、似たような境遇でも萎縮せず生きていることに憧れみたいな感情を抱いていた。

今はもちろん大人なので、それが私の勝手想像で、私と彼女他人だし、私は彼女のことを全くぜんぜん知らないのだとわかっている。私の事情は私の事情だし、彼女にはもっと違う事情があっただろう。

声優さんという職業に対して、ずっとすこし複雑な気持ちがあった。

一定の時期から、周りの人に「声優を目指してるの?」「目指さないの?」「やってるの?」と言われることが多くなった。親戚にだったり、職場の人にだったり、お客様だったり、お祭り焼きそばを買おうと立ち寄った屋台のおじさんにだったり、なんか道端で会った初対面の人にだったり、いろんな人に。

それは、自分の声は変でダメからかい対象なんだと思っていた私への追い打ちだったり、身内がそういう特殊仕事に就くことを期待するみたいな親戚の無責任かつ無邪気な夢物語だったり、単なる話のネタ的なお世辞だったり、なんかこんなに言われるんなら目指したほうがいいんだろうかと思えてくるような好意的な反応だったり、いろんな意味を持って私の人生のまわりをぐるぐるしていた。

声優という職業を初めて意識したのは、「友達の夢」としてだった。中学生のとき。はじめからそれは「他人の夢」だったから、興味があったとしても半端な気持ちで目指したりすると本気で目標にしている人に失礼だな、と思っていた。だからちょっとはなってみたいと思っていたのか、それともぜんぜん思っていなかったのかわからない。自分の夢になる前の段階で、手を出してはいけないもの、にカテゴライズされていたから。

そもそもアニメ声」という形容も本職の人に失礼な気がするし、アニメ声って何? アニメ女の子はみんなこんなかんじの声だろって雑にまとめて個々の演技とか努力とかそういうの無視した言い方なのでは? みたいな気持ちもある。

っていうか声優仕事って「演技」だし、演技をしている人がたまたま魅力的な声をしていることもあるだけで、実は声質自体二の次ものなのでは? とも思ったりしている。要するに、興味があるどころではなく声とか関係なしにめちゃくちゃ演技がしたいのではない限り、私には無関係だということだ。誰がなんと言おうとも。

たいそう魅力的な仕事だし、そりゃ興味さえ持ってしまえば誰でも少しは惹かれるだろうが、意識しないようにして普通に生きていればなんの関わりもない。私の「普通に生きる」には、誰かの演技をしたいという欲求はぜんぜんないからだ。

そう気付くことができたので、今はおおよそ大丈夫である。あるはずなんだけどなあ。

コピーペーストがめちゃくちゃ好きだ。2つのウインドウを行き来して、タブキーやタブとシフトダブル押しでテキストボックスを移動するのは楽しいし、ひたすらお客様の氏名や住所を入力したり電話番号の打ち間違いがないか確認したりするのも楽しい。大量の紙を五十音順だの数値順だのに並び替えたりするのも好きだし、エクセル関数勉強をしてテンション上がったりもするし、書類を三つ折りするのも好きだし、枠線にそって紙を切るのも好きだし、事務仕事が好きなのだと思う。

今の人生が輝いてないとかダサいとか、そういう気持ちもない。のんびりするの大好きだし、仕事もまあ楽しいときが多いし、どんな仕事だって仕事として成立している以上誰かの役に立てている。だろう。たぶん。

でも、夢を見ることがある。彼女と同じ空間にいて、カフェとか駅のホームとかで会話をする夢を。マイドリームイズ的な願望の話ではなく寝て見る夢の話だ。

そういうとき、起きてからたいてい落ち込む。実は彼女と同じ舞台に行きたいのか? とか、勝手に夢の中で友達みたいなことになっていて、彼女ちょっと失礼じゃないのか? とか。

友達になりたかったのかもしれない、と最近は思っている。ミーハーみたいで嫌なやつだけど。

いつか、ちゃんとただのファンになれたらいいなと思う。とりあえずコンサート? ライブ? のチケットをいまさら初めて買いました。超楽しみです。

2019-05-06

青春の思い人は推し概念に一番近い

私は自身オタクであると自認しているが、ツイッター等で語彙力低下した奇声を上げるオタク諸氏と比べると執着・感情が薄い方だと思っている。もちろん推しキャラはいる(いた)が、そこまで熱心にコンテンツを追いかけた試しがないし、数か月で冷めて離れてしまう。

リアル人間関係特定の人とべったり仲良いということはあまりない方だ。

だが、そんな私がこっそり十余年におよび執着している対象がいる。相当気持ち悪い怪文書ポエムになる気がするので、ここでネットの海に放流しておく。


酸味8割のレモネードの甘酸っぱさ

それはまあ、要するに昔好きだった人(実在)のことなのだが。理由を後付けで推察するなら、私がクラスいじめられてて誰も口を聞いてくれなかった時に、最初普通に接してくれたのがその人だったからだと思う。

うんうん、イイハナシダナー。

でもそれだけである。この同級生Tとはその後ほとんど接点がなかった。当時人間関係にびくつきながら生活していたスクールカースト下層地味真面目オタク族の私は、今でいう所のウェイであるTに自ら話しかけることすらなく卒業した。

イイデスネー。

青春の甘さ控えめの思い出デスネー。もちろん私も卒業したら忘れるだろくらいのつもりでいた。ところがそれ以来10年以上、私誰かに恋愛感情を抱いたことがない。

そして私の脳内とある機密性の高いフォルダは新しいデータで上書きされることな放置されてしまった。

感情という糧が欲しい

だが、それでも、たまに、

動悸すらするようなキラキラした感情を抱きたい気分の時がある。

世間蔓延する恋愛を歌った歌詞ポエム意味理解したい時がある。

到底口に出せないこっぱずかしい妄想と共に眠りたい時がある。

そこはハッピーオタクのパワーの面目躍如というやつで、推しがいる時は推しでいい。何せ私は割と夢女寄りだし。しかし冒頭の通り、私は感情の薄いオタクなので、心躍る推しがいない時期が結構多い。

そんな時には私はTの残像を引っ張りだしてきた。当然、卒業してから会ったこともないし、今どこで何をしてるかも知らない。当時の人物像と感情を、私は大事しまい込み、引っ張り出し、焼き増しし、繰り返しコピーしては眺めてきた。最早擦り切れて原型を留めていないその人物像を、流石に私もリアル人物とは捉えられない。人は変わるのだから「このT」はもうどこにも存在しない。どちらかというと偶像とか概念に近い。

つの間にか、この残像への執着はどちらかというと二次元推しに対するそれに近くなっていた。

自分は関わりを持てないし(ほんとは持ちたいけど)持たなくていいけど、

どんな生活してるのかなとかは空想したいし、

でもとりあえず何でもいいか幸せでいて欲しい…

そういう存在になってた。

自分でも意味不明だし超キモイと思うけれど、「推し」って言葉が一番近い。語彙力の足りないオタクなので他に表現しようがない。でも聞いてください!!!三次元に!!推しがいるってハッピーなんですよ!!!何せ推しが生きている限りオワコンにならない!!!どんな覇権アニメでも最後過去の物になるけど、今日推しはどこかで寝て起きて(たぶん)仕事してごはん食べてるんですよ。え?お前何も知らないだろって?うるさいな!!あくまで私の手元に届いてないだけで毎日新規コンテンツ生産されてるんだよ!すごい!!

………。

そんな心持ちでいる。

Tには日本の(きょうび海外かも)どこかで元気にやって欲しい…。

なぜならオワコンにならないのだから

しかし、時代の変化はすごい。私の妄想エアコンテンツではなく、正真正銘本物の新規コンテンツを突如投下してくる。いつだって現実空想凌駕するのだ。

そう、フェイスブックFBである陰キャオタクの私はFB流行りだした当初、当然のように忌避して近寄らなかった。しかしある時気づいた。この恐ろしいツールを使えば疎遠になってしまった同級生とかTとかTとかの最近情報が分かるのでは???いやあまりに恐ろしい。まさしくパンドラの箱である

私はTがいかにクソなウェイ野郎になっていても全然かまわないつもりでいた。何せかつてTHE・クソガキという感じのうるさくて下品でおふざけの酷い子供だった彼であるちょっと反社会的意味での)素行の悪い噂すら耳にしていた。オールオッケーである

推し存在するだけで尊い

よし、好奇心には逆らえない。

…探した。

…見つけた。

かくして、そのアカウントプロフ写真に写っていたのはウェイ感の欠片もない黒髪眼鏡地味男だった。

私は解釈違いのあまり発狂した。

厄介キモ感情激重オタク、ここに極まる

アイエエエエエ!!!???

ナンデェエエエ!!!???

まり記憶と似てないので他人アカウントかと思って五度見した。ほとんど公開情報はなかったが、共通友達欄といくつかの項目的に本人に間違いない。全然違う、違いすぎる。首をかしげながらスマホを回転させ、十n年前の写真とも比較した。私が人の顔をあまり識別できないタイプなのもあるが、わからない。混乱を招いている眼鏡部分を手で隠したりして十度見くらいした結果、やっぱり本人と認めざるを得なかった。

……。

エエエエエエ!!!!????

ナンデェエエエ!!!???

現実による予想鋭角斜め上の襲撃を私は受け入れられなかった。

だってそうだよ。かつてクラスの皆が避けてた奴と平気でヘラヘラ話すようなパワフルなウェイだったから私は救われたのです、好きだったのです。断じて私の推しは、こんな工学部キャンパスで周囲の9割を占めていたような第一印象オタクマンではない。強いて言えばキ・モ・オタクではなく清潔感のあるオタクといった感じなのは救いだが、そういうことではない。人は見た目で判断すべきでないし、スーツ写真だったので地味に見えただけかもしれないがやっぱりそういうことではない。私は数日睡眠妨害を受けた。

しかしこれが現実である10年も経てば人は別人というのは常々思っていたはずなのに、どこか都合良く除外対象に入れて現実逃避していただけだ。

友達申請についても検討したが、もうブームがひと段落して放置されているアカウントが目立つ時期だったし、Tは当時の同級生とあまり繋がっている形跡がなかったのでやめた。申請して「誰だよコイツ申請拒否ポチー」とかされたら一生立ち直れる気がしない。)

私はそのプロフ画像直視できるようにならないままFBそっ閉じした。

そしてちょっとだけ上書きした推し概念をまた脳内しまい込んた。

そして、いつだって現実空想凌駕ry)

脳内現実乖離が激しくなってしまったが、とりあえず推しが元気にしてるならそれでいい。だが、現実は予想だにしない方向からパンチを入れてくる。

私にはKという昔からの友人がいて、Kは同級生だった当時Tと仲が良かった。今でこそ私はKとかなり親しくしているが当時はそこまでてなく、Kを接点にしてTと関わることはなかった。そしてKは根っからの厄介オタクなので、Tやその周囲のウェイ達と親しくしているのが当時不思議だったものだ。クラス友達関係なんて進級や卒業で薄れてしまうことはあるし、Kが当時の同級生について言及したことはほぼなかったため、とっくに関わりないものと疑わなかった。

しか最近、KがポロッとTについてしかも明らかに最近のTについて言及したのだ。私は飲みの席で一気に目が覚めて飛び上がった。

そして「何か近況聞いてるなら教えてよ~」と言ったのだけれど、「そういうのを口が緩いって言うんだよ」とぐうの音も出ない正論スルーされてしまった。Kはこういう奴なのだ。ぐう。

そしてまた数日睡眠妨害を受けた。

しかしここで布団にくるまれてぐるぐるする思考の中、あることに気付いた。Kの友人ということは友達友達であるノード2つ先である。二親等の祖父母の忌引きですら3日休める。めちゃくちゃ近い。存在リアルすぎる。「友達の兄が聞いてきた話」みたいなのとは格が違う。

私は青ざめた。Tは実在人物でこそあれ、もう接点のない準架空存在であると思えばこそ推しとかなんとか言って気持ち悪い感情を向けていたのである。このキモさはリアル人間に向けていいものではない。

アカン。

大体向こうの立場になってみろ。そんな奴いたかぁ程度の同級生から永久的に執着されてるなんて意味不明すぎて、寒気で震え上がるわ。自分だったらお祓いに行く、うん。

……。

でも多分、この脳内のこじれて肥大化したフォルダを今更捨てるとかは無理だ。絶対何かの拍子に思い出してしまう。執着というのは中毒性の高いドラッグのようなもので、これまでの執着が重りになって足を引っ張る。天井まで2/3くらいになった時のガチャくらい恐ろしい。

苦い檸檬匂い

以上、自分が何を思って何に執着しているのか最近よく分からなくなってしまった。

ところで米津玄師のLemonって歌あるじゃないですか、もっといい歌たくさんあると思うけどテレビだと妙に推してるやつ。この前初めてちゃんと聞いてみたら、超いい歌で感動した。サビの「今でもあなたは私の光」っていい言葉だなぁ。うん、そういうことだよ。

もし、もしも、どこかでまた会うことがあったら、変にならない範囲で、お礼を言いたい。

「覚えてないだろうけど、知らないだろうけど、助けてくれてありがとう」と。

私の半生に沢山の感情をくれた感謝を込めて。

でもこれも、ただの一連の空想しかない。そんな機会は万に一つくらいしかないでしょう。

そして私は、未だに直視できないFBプロフ画像風景写真かに変えられてしまう前に保存しておくべきか悩んで、スマホそっ閉じして現実に帰ります

10連休終わりですね、仕事行きたくないです。

写真管理と整理どうやってるの

子供が生まれから写真をモリモリ取るようになったのだが、写真が多すぎて、管理というか整理というか運用に困っている。おすすめ運用方法とかソフトがあれば教えてほしい。

■やりたいこと(★ができていないこと)

  • 簡単に言うとpicasaの後継教えてほしい。あんなに素敵だったのに

2019-05-05

日本人のアホン人化

ある日、テレビをつけていると、日本国内看板などに使われている中国語デタラメだということがクローズアップされていた。

取材を受けたある料理店では、「メニュー内の料理名の中国語が間違ったのは、何が問題だったと思いますか?」と聞かれ、次のようなことを言った。

料理店の男「問題だったのは、日本語を一度英語翻訳してから、それを中国語に変換したことでした。日本語のまま翻訳すれば問題はなかったです。」

かにメディアが切り取って伝えている部分しか見ていないから、この者が実際にどういう根拠に基づいてそんなことを言うのかはわからない。

しか常識的に考えれば、問題だったのは「不完全な翻訳システムを無批判ダイレクトに使ったこと」であって、翻訳した言語がなんであるかではないはずだ。

アホン人とは、このような「基本的リテラシーが欠如している人」のことを指す。

残念なことに、アホン人は結構いかもしれない。

例えば、日本語の読解力に関して以下の3つのレベルに分けたとする。

では、果たしてこれらの分布はどうなるのだろうか。実際に実証を行った結果はないが、アホン人のレベル上記レベル1に属すると定義するとする。

私が怖いと思っている点は、このレベル1(あるいはそれ以下)に属するアホン人は想像以上に多いのではないかということだ。

実際にその可能性を示す記事がいくつかある。

これらの記事自体も、おそらく一定数の人は読解することができない。例えば、

高校卒業して社会に出るまでに、学生高校教科書を読んで理解できるようにすることが教育の使命であり、AI時代組織にとっては、教科書を読める人材雇用することが、最大のリスクヘッジになる」

という文章批判的に見たい場合は、まず論理的文章の内容を理解しなければならない。

教育の使命 = 学生が、高校卒業して社会に出るまでに高校教科書を読んで理解できるようにすること。

AI時代組織にとっての最大のリスクヘッジ = 教科書を読める人材雇用すること。

このように論理的関係を分解することが出来る。そして、その上で次のような批判をすることができる。

例: 「教科書を読める人材雇用することが最大のリスクヘッジだ」とあるが、そのリスクヘッジ代替は一切存在しないのか。

まり他人の主張に対して批判的に見るためには、まずそれを理解しなければならない。しかし、レベル1のアホン人は、理解というフェーズを通り越して批判が先に来てしまっている可能性がある。

ところで、私の知人には、Facebook上で経歴詐称しているMという男がいる。Mは実際には美容師専門学校卒業しているが、Facebook上の肩書は「東京工業大学卒業」になっている。

Mのリテラシーの低さを時々認識することがある。

堀江さんが公開している以下の動画がある。

https://www.youtube.com/watch?v=hNb8IhrSAwE

この動画で述べている要点の一部は以下である

これに対し、Mはこんな感想を書いている。

「すげー感動した。グローバル対応するためにいろんな言語勉強したほうがいいらしい。」

いろんな言語勉強しろなんて堀江さんは一言も言っていない。確かに英語勉強すればグローバル社会対応できるかもしれないが、Mは他人が伝えていることと自分の考えていることをごっちゃにしてしまっているようだ。しかも、Mは「すげー感動した」などと言っているくせに、ブログなどで毎日発信しているわけではない。Mが普段やっていることは、他人動画テレビの録画を、著作権侵害とは知らずにコピーして、FacebookInstagramで流しているだけで、堀江さんの言っていることを一切実践してはいない。「感動している」という感想自体が、読解力のなさによって無意味化しているのだ。

私はゆとり世代だが、割と勉強は真面目にやっていた部類だ。しかし、そうではない部類の人たちには、読書はおろか、ツイート程度の短文も理解できない人がいるようだ。

コミュニケーションとは、相互情報理解することによって成り立つ。だが、根本的にMのような大人は、他人の言っていることを理解していない。こういうアホン人が、例えば全体の8割だとしたらどうだろうか。8割という数字は単なる推測でしかないが、私が恐れていることをなんとなく理解していただけると思う。

読解力に限らず、コンピュータ数学科学などのリテラシーが極めて低い大人がウジャウジャいる様子を想像してほしい。「日本語を直接Google翻訳すれば100%正しい中国語が出力される」「足し算は順番が重要だ」「水素水健康になれる」というような主張は、どれもリテラシーの欠如から来ていると考えてもおかしくはない。

しかもっと恐ろしいのは、アホン人は世界的に見て、相対的に頭のいい部類に入るということだ。「ネット情報の9割がゴミだ」という人がいるが、アホン人よりもバカな沢山の人たちが発信していることを考えると、それは必然かもしれない。

2019-05-03

革新的サービス国営コピーしろ

GAFAとかさ真似出来んだろ

国営で金かけてコピーして軌道に乗ったら民営化世界進出狙えよ

中国が似たようなことやって自国産業守りながら後発でシェア取りに行って成功してんだろ

なんでわざわざ儲かる産業外資に譲らなきゃいけないんだよ

いよいよ管理経済が勝つ世界到来してる感あるな

2019-05-02

anond:20190501210903

使い道は多いと思うんだよね

漫画アニメで描かれてるそれでもう充分なんだけど

オフィス系のデータ整理ソフトを実際に倉庫としてVRで使えるとか

有料コンテンツを一部解放ではなく柵越しに見えるとか

体感型にフォーマットしていれば電子複製のコピーも明らかに

公式優位じゃないかと思うんだけど

ハード市場を取りまとめられる大手予算消化サードパーティ

集められない市場原動力のか弱さもあるんじゃない?

自社のソフトが何本売れるかで今月の給与支払いを計算してる会社

乱立しても発展はなさそう

PCデータの保存方法と弱点の検討

HDD

磁気的に保存。

長く保存できるが、磁気の影響で消失する可能性はある。保管時は電磁気を遮蔽する金属製の箱に入れるべきかも?

モーターが壊れたら、HDDは使えなくなる。

 

光ディスクDVDBDなど)

光学的に保存。

長く保存できるが、円盤の素材がプラスチックなので、熱や紫外線の影響で消失する可能性はある。保管時は太陽光を遮蔽する箱に入れるべきかも?

 

SSD

電気的に保存。

回路の種類にSLCMLCTLC、QLCなどあるが、SLCが一番耐久性が高いらしい。SLC業務用で高価。普及価格帯ならMLCTLC、QLCなどになるか?

長く保存できるか不明

長期保存目的機器ではないと思う。

 

クラウド

Google Driveに保存しておけば、Googleがなくならない限り(あるいはサービスが終わらない限り)データが保存できるはず。

他人に見られたくないデータなら、データ暗号化してからGoogle Driveに保存しておく。

Google Drive以外にも、データの保管庫として使えるストレージサービスはいろいろある。

 

複数コピー

いずれにせよ、同じコピー複数用意しておき、どれかが壊れても他のが使える状態にしておくのが良いと思う。

経年劣化を克服するためには、数年おきにコピーコピーを作って、常に新しい機材でコピーする作業有効だろう。

 

はてなブックマークコメントも参考にした。

はてなブックマーク - バックアップメディアについて。 http://b.hatena.ne.jp/entry?url=https%3A%2F%2Fanond.hatelabo.jp%2F20190501152353

 

自分なら、まずはUSB外付けHDDを用意して保存する、次いでにBDに保存する、念のため暗号化したデータGoogle Driveにも保存する、という手順でデータバックアップしておくかな。

エックスキースコアターゲット告発願い

盗聴技術エックスキースコアターゲットにされている被害者証拠を探しています。どなたか告発をお願い致します。

エックスキースコアターゲットにされているのはテロではなく知的財産を湧出している人間起業家研究者民間企業、など)です。みんなが既に知っているものだったりします。

日本人が今最も集中すべきは盗聴監視であるターゲット一覧を知ることです。ここが唯一の突破口です。

ターゲット一覧を知らずに前へ進むと、判断選択を間違えまくり時間お金労働も損失に繋がっていきます

(※吸い上げた情報情報操作して撒かれている為)

特に発見して頂きたいターゲット

ターゲット TK 1981 女 民間人

TK(子で終わるアルファベット11文字。4番目と8番目がE。)

日本関西在住(住所の中に、新 1 という文字あり。番地ハイフンを入れて全部で12文字郵便番号は含みません)

メール頭文字s、@の前 j

@の前のローカル部の文字数全15文字

●吸い上げの量(何件のメール収集したデータ量)

●閲覧した頻度(何人で何回)

ターゲットとした期間

なども有りますと助かります

特に2016~2018年に掛けて、およそ5万通のメールが吸い上げられました。

犯人

私の情報を吸い上げて自分達の物にしてバラ撒いていたのは政府関係者財界

メディア政府に近いところのIT企業などの国の中心にいる方々でした。

政府中の人ならな、何かを知っているのではないかと思われます

<賞金>

告発10人以下500億

告発10人以上1000億

告発1000人以上1兆円~3兆円

告発者3000人以上3兆円~6兆円

以上はざっくりの賞金額です。損害賠償金などからお出しできると思います

また、この額は、損害賠償だけで捻出する額ではありません。あるシステムを動かして行くことが出来れば、これぐらいの額ができるというものです。

刑罰

刑罰を課している既存権力側が退くレベル破壊力ある不正であれば既存政権が課す刑罰関係ありません。

刑罰も無く銅像も立てられ、歴史に残っていくと思います

・また形勢をひっくり返せる準備は整っています

告発手段

こちら「はてな匿名ダイアリー」までお知らせください

匿名でも構いません(安全確認がとれしだい証拠現物などをお見せください)

東方プライバシーを公開してしま場合は何とか伏せた形でお願い致します。

(例:一部が掛けた形の被害者メールアドレスや情報など)

画像場合PDFリンクでお願い致します。

被害者共犯者が多すぎる場合大学合格発表(もしくはタウンページ)のように

被害者一覧と加害者一覧の発表する方法もございます

内部告発者は罪には問われません

確信的な証拠ではなく、証拠発見に繋がって生きそうな情報や噂でも構いません。

メリット

●アサンジ氏、スノーデン氏を助けられる策を持っています

権力者による知財の吸い上げを放置してコピー側に付いていく人々のデメリット

・長くは続かない(一時だけの快楽

・色々間違えてる(異物が入り交じる)

因果応報で恨みをかう

・崖へ誘導される

(5~10年と導かれた後で気づく)

日本の衰退の原因が止まります

知財吸い上げバラマキ情報操作は一国だけではなく地球人類破壊していきます

暴露済みの内容>


エックスキースコア被害者は61000件

トップシークレットターゲットは35件

http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/56188?display=b&utm_medium=amp&utm_source=amp&utm_campaign=link

https://www.google.com/amp/news.livedoor.com/lite/article_detail_amp/7762621/

https://gamp.ameblo.jp/kissy-seed/entry-12169028831.html

以上、何卒よろしくお願い致します。証拠が見つからない限り、これ以上進むことができません。

証拠が見つかり次第(多くの人が先に消費している)あるシステムの本物の方を動かして行くことができます。何卒宜しくお願い致します。

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