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2017-10-18

50代上司中出しされた。

新入社員(22歳女子)が上司に叱られて落ち込んでいたので

給湯室で、

部長中出しキツいよね!みんな毎月1度はあるから、気にしないで!』

と励ましたらドン引かれた。

ダメだし」と「中出し」を言い間違えたことに気がついた・・・

無能力っていうのも世渡りでは大切なんだね

IT環境の整ってない職場自分商品開発で今の会社に入った。それはやっぱ昔から物作って生きていけるなら最高だなと思ったから。

けど、なんだかんだあって名ばかりのシステム担当をやらされてる。

きっかけは社内ネットワークがいきなり使えなくなった時。自分パソコンがそこそこできるので、このままだと仕事にならんしって事で、家でやってるみたいにルーターアクセスして問題特定したら案の定、誰かがハブLANケーブル突っ込んでループしてた。その時に「これ、誰かLAN入れましたね。これすると駄目なのでやってはいけません」みたいなこと言って、周りから「ありがとう」といわれて悪い気はしなかった。

そうして、だいたいよく起こるネットトラブルは大体自分に任せればなんとかなるみたいな風潮が出来上がって、新しいパソコンセットアップをしてくれと頼まれてホイホイとやってたらいつの間にか肩書が「システム部 部長」(なおシステム部は総勢1名)になってた。

商品開発部に出勤するのではなく、事務所システム部(総勢1名)の椅子に座ることになる。朝礼が終わったら商品開発部の部屋までいって商品開発部の朝ミーティングに参加して商品開発やっているけど、その上に急務でネット機器トラブルとか、PCセットアップをさせられる。楽しくない…。

社長に「この仕事やめたいです」といったら「でも、もう君がいないとPC関係は回らないよ、給料上げるから居てくれ」と言われて断りきれずに、さら給料も本当に上げてくれたのでやめづらくなる。

転職相談みたいなのに上記のこと話したら「無能力」っていう単語を教えてもらった。やりたくないことはできないでいいんですよって。

そう考えるとやっぱ自分最初になんでもかんでもハイハイハイとやっていたのがいけなかったんだな、ってこの増田を書いている時も「PCが立ち上がらない(ディスプレイが消えていただけ)」っていうのが来て、うん、転職しようって感じ。

2017-10-17

お前が俺の悪口言ってたのも知ってるし手のひらをコロコロ返してるのも知ってる。

から次へと愚痴を言える仲間を作ってるけど同じ社内では俺が最後

部長課長パートのおばさんですらお前の虚言癖に気付いてる。

気持ちを改めるか、やめるかしたほうが良い。

入社して1年も経ってない上にほとんど仲間が残されてないんだから

お前の知らないところで周りは固まってるから

同じ40過ぎで見てられない。

2017-10-10

知り合いのおじさんが自殺した。

昨日の話。気持ちに整理がつかないので書きなぐり。

母親職場上司に当たる人で、実家の近所に住んでる人。正確な年齢は知らんけど、50歳くらいかな。

20年くらい前に、新婚で、うちの実家の近くのマンションに越してきた。奥さんは小柄で可愛らしいひとで、よく近所のちいさな公園バドミントンやってた。当時小学生だったわたしや、近所の同年代の子どもたちは、よく遊んでもらった。歳が近いから、その当時はおじさんというよりもお兄さんって感じだった。

大学進学と同時にわたし地元を離れてたけど、たまに母親との電話話題にのぼったりしたし、地元帰省したときは犬の散歩してたらばったり会ったりした。いつまでたっても仲良い夫婦だった。子どもは、あえて聞かなかったけどなかなか授かれなかったらしいって風の噂で聞いた。

と、思ったら5年ほど前のある日、おじさんが赤ちゃんを抱いて歩いてたのを母親が見たという。あれ?って思ったけど、その数日後には奥さんが、ベビーカー赤ちゃん乗せて歩いていたと。何かわけがあってのことだと周りはあれこれ聞かなかった。そしたら、会社飲み会でおじさんは、「施設から、引き取ったんだ。可愛くてさ。」と、かわいい赤ちゃん写真を見せてくれたらしい。その後、その子どもとおじさん夫婦�は特別養子縁組をした。そうしておじさんには娘ができて、3人家族になった。

おじさんは本当にその子を可愛がっていて、奥さんのことも大事にしていて、仲の良い家族だった。そのことは母親から電話でもよく話題に上ったし、わたしも、地元に帰ったときにたまに、散歩してる姿を見た。ステレオタイプかもしれないけど、家族幸せを具現化したらこうなるんやなって感じの、本当に幸せ光景だったんだ。

おじさんは優しい人だった。会社では部長さんだったらしい。

上の人になかなかノーとは言えなさそうな雰囲気はあった。でも部下には無理はさせないひとだったらしい。母親はいつも「部長、いつも無理をするから」って言ってた。そんな感じで部下からも慕われてるひとだったみたい。

世間は、三連休だったけど、おじさんがいた会社祝日も出勤のことが多い。昨日もそうだった。だから土日は家族のんびり、買い物したりしていたんだって母親が買い物先で姿を見かけてたらしい。

あとは母親から聞いた話。

朝礼の時間になってもおじさんの姿がない。先週、体調悪そうにしてたから、家にいるのかと思って、携帯にかけても奥さんが出た。「いつもの時間に家を出たんですけど…携帯置いていっちゃったみたいで」って。

会社駐車場に車がない。ロッカールームにも、いない。奥さんに改めて電話をしたら、マンション駐車場には車があって、だからマンションのまわりを探してもらったら、マンション最上階、誰も入居していない階の手すりで、首をつってたのを、奥さんが見つけたって。

何があったんだろう、どうしてなんだろう。

奥さんは、娘さんは、どうなるんだろう。

こんなことするなら、仕事なんて辞めてしまえばよかったのに。

生きていたらどうにでもなる。でも、死んだら終わりなのに。

夕べ、母親が泣きながら電話をかけてきて、そう言っていた。

そんなに、近い間柄ではなかったから、どうすることも出来ないけど、おじさんの困ったような笑い方とか、幼稚園制服を着て嬉しそうな娘さんと、それを娘さん以上に嬉しそうな顔で見てるおじさんと奥さんのことを思い出して、泣きそうになる。

奥さんはもちろん、おじさんの同僚だったうちの父親や、おじさんの部下であったうちの母親母親の同僚、おじさんに関わったひとみんなが、「どうして?」って思ってるし、「どうしてしんどさに気づいてあげられなかったんだろう」って自分を責めている。

奥さんと子どものためには働かなきゃって気持ちとか、辞めたら部下に迷惑をかけちゃうという申し訳なさとかと、働き続けるしんどさ。全部を背負おうとして押し潰されてしまったんだろうな。

そう思ってどんなに周りが後悔しても、おじさんは帰ってこない。

この先、再来年には小学生になる娘さんがランドセル背負った姿を、おじさんが微笑みながら見ることはないし、そんな穏やかな家族光景わたしたちが見ることもない。そのことがまだ信じられない。

知っている人が急に、この世からいなくなるのって、こんな感覚なのか。

2017-10-05

新卒で優良上場企業に入ったけどブラックだった話。2

内定を蹴り、慰留しました。

異業種出向課長約束通り職場環境改善し、利益もあがり、

私も部署のみんなも幸せ暮らしましたとさ。めでたしめでたし

〜END〜!全米が泣いた

(BGM)エンダァああああ(☝︎ ՞ਊ ՞)☝︎

と言うわけにはいかないのだ、現実

実際は、私が辞めなかったことによってあるひずみが生じた。

前職の会社社長だが、(上から目線になってしまうが)彼は義理人情をとても重んじる人だった。

彼は私に起きた一連の出来事を知り、来年度に配属する予定だった新卒社員の配属を取りやめた。

ここで異業種出向課長パワハラ部長は思うわけだ。

「あれ、話がちがうぞ。辞められたら自分責任になってしまうからひきとめて異動させようと思ってたのに、新しい新人が来なくなってしまった。せっかく上位私立帰国子女男性社員がくるはずだったのに。やっぱこいついらないな。」

そこからななんと、

からさまに部署ぐるみでの

「異動させよう運動」がはじまった。

社長総務部への世間体上、無理やり異動させるのはまずい。なんとか自分から異動届を出してもらおう。←???(正直この発想が未だによくわからない)

ただ彼らは何故だか、本当に何故だか

場を設けて

話をして納得した上で

異動させようとするのではなく、皆で

聞こえるように言葉暴力をふるってメンタルフルボッコにし、負けを認めさせ自ら

異動届を出させようとし始めた。

(長くなるので割愛するがもうめっちゃくちゃに言われた。)

もうここまできたらコントだ。

その時私は思った。

「あ、人生選択ミスった。騙された。

つんだわ。しかも今更異動したところで

場所ない。つんだわ。」

しばらく様子をみて改善余地がないと考えた私は、再び決意した。

辞めよう。もう無理だ、辞めよう。

私の手に負えるところじゃない、

それもできるだけ早く。

私は再び、笑、異業種出向課長を呼び出し、退職交渉をはじめた。

ここまできたら開き直り、度胸もついてきたため言いたいことははっきりと言えた。

今まで受けたパワハラセクハラ退職時に嘘八百並べ立てられたこと、部署雰囲気

将来性、などなど。

また似たような理由でひきとめられ、

今度は

「3年経たないで辞めるのはだめ。今までどれだけの金をつぎこんだと思ってる。無責任だ。新人また入ってこれなくなるだろう??お前の大学のやつもうとらなくなるよ??」

などと一見正しく(でもないが)聞こえることをもう耳にタコじゃなくてたこ焼きができるんじゃないかってぐらい何度も聞かされた。私はひるまなかった。

正直、精神的に限界だったのだ。

しかし、退職届受理されなかった。

正直、今だからいうが最後の方はわざとケンカ腰で話したりわざとミスしたり、

仕事をちゃんとやらなかったりした。

しかし、依然として退職届受理されなかった。

話にならなかったため、異業種出向課長を通り越し本部長、総務部長に話をつけようと場を設けたが言葉を濁されたり、

時間がないといい話を切り上げられたりして終わった。

そこで私がとった行動は、

総務部長に話し、

社長と話をつけることだった。

どうしても私が話すと上から目線のように聞こえてしまうが、いつも社長社員一人ひとりを見てくれている他社でも評判の

凄腕社長だった。

たかだか新入社員一人が辞めようとしているだけでわざわざ翌週の月曜日時間を作り、夕食をご馳走してくれることになった。

ただ、ただなんですよ。

社長の立派さと人の良さがこの場合悪い方向にでちゃうんですね。

私はすでにみんやにフルボッコにされて、

もう辞めたくて辞めたくてたまらないのに、辞めずに済むようにものすごく配慮してくださったんですよ。

まず、

どこでも異動したいところに異動させてあげるよ。

これが僕の理想会社とする会社の本だから、貸してあげるよ。

海外出張1週間いってみない?気分転換に。

いや。正直泣きました。優しすぎて。

(今からかんがえたら洗脳だったなあれとは思うけどね)

ただ、あからさまに特別扱いされている私が面白く思われるわけもなく、

部署の異動させよう運動

辞められるぐらいなら解雇にしてやる!!

運動に発展したのだ。

いや、もう文字通り

近くの席の人が私にわざと聞こえるように

「この会社から解雇が出るのは悲しいことだけど、あいつは裏切り者から。」

「同業に転職されても困るから、出社拒否にして懲戒解雇にして、日本就職できなくしてやろう」と

話すのだ。これ見よがしに。

しつこくひきとめられた理由としてはいくつかあり、ただでさえ離職率の低い部署でこれ以上新人がやめられたら、それこそほしい新入社員がいれられなくなること、今まで育てるのにかかったお金無駄になること、同業に転職されたくないことと色々あるが、嬉しいことに部署の人たちが少なからず私のことを評価してくれていたからでもあったようだ。退職交渉の合間に提案し、チームで仕上げた案件で大額の利益を出したのだ。

(これについては今でもそれ見たことかと思っている。)

ま、何故だか全く評価されなかったけどね!笑 全く!!!

でも実際、使い物になってなかったので

しょうがなかったかなって思います

次に私がとった行動は、知人の人事職につく法律に詳しい人に助けを求めることだった。

そして、最後の手段労働基準監督署相談に行くことだった。

当初私は相談のみのつもりだった。社名は出さず、あくまでも退職交渉に使える法律事項の確認のみのつもりだったが、担当してくれた職員の方の反応をみて決断が変わった。

「え?新卒2年目の子にそんなことするの?

なんで?おじさんが会社

電話してあげるよ、

そしたら一発だよ。」

言葉に甘え、電話してもらった。

すると本当に一発だったのだ。

期間に直すと、退職交渉堂々巡りですすまず2ヶ月ぐらい停滞していたが、

1日で決着した。

無事退職届受理してもらえたのだ。

ただ、これはハッピーエンドでは決してなかった。だって、実質わけわかんない理由会社に振り回されて実質解雇にされてるわけでしょ?

でも、退職願だしたはずなのに解雇通知書出されたとかい理不尽の極みな結末よりかは、自分の意地を通せたのではと思う。

多分、もうすぐ働き出すと思う。

次は、前よりかはホワイト会社であることを祈ります

この文章を書くにあたって、名前役職や若干の流れをかえ、個人会社名を特定されないように配慮しましたが、

前職関係の同部署の方々に

バレバレだったと思います

私のこと自分の保身のためにフルボッコにした人たちは反省してください。

人はあなたの思うように必ずしも動きません。いらないというのなら、さっさと

退職願受理して欲しかったと思います

(てか、とりあえずせめてもう少し人と対話して物事解決しようとすることを学びましょう。)

そして、私のことを心配してくださっていた方は、ありがとうございました。

迷惑おかけしました。

そして最後にこれから就職を控えている人たち、または新卒3年以内の方へ。

どんなに頑張ってホワイト企業を選んでも、ホワイトじゃなかった、

ブラックでした、ってことは

おこりうるかと思います

でもそれはあなたのせいではありません。

限界が来る前に逃げてください。

世の中、話が通じない、他人のことをまっく思いやらない無関心な人間結構多いです。思いやってもらっても、それがうまくいかないことだってあるしね。

皆様の前途が明るいものであることを

願って。

以上

上司がいないと駄目

もちろん全員では無いが、やはり出生する人は自分なりの「どうあるべきか」という事が言動や行動の源泉となっているのに対し、

大半の部下連中は、上司がいないとすぐ「やらない方向」にもっていったり、

逆に上司に言われたら、少しおかしいなと思っていても、それで進めてしまう人が多い。

それに当てはまらない自分を持った部下の人は、そのうちにやっぱりある程度出世していくものだよね。


上司が休暇中だからってなんで会議中止にしてるのよ?

外部から参加している人の身とすれば、だったらスケジュールとして中止を予定してくれよと。

なぜ5分前なんだね?


部署空気というのが、部長の交替でガラリと変わる。

実務としているのは君達だろと。なぜ昨日と正反対の行動や言動ができるのか?

で、服装までも変わってしまって情け無い。

新卒で優良上場企業に入ったけどブラックだった話。<1>

中堅関西私立卒業24OLです。

上場しており、勤続年数も長く、

綺麗な財務表を持つ

ホワイト商社に入ったにも

関わらず

新卒で入った会社ブラックだった。

長くなるが、どのようにブラックだったのかを書いていく。

研修

某●〇〇新薬さんにあったような

洗脳研修があった。(HP口コミサイトにはそのような記述はなかった。)

仕事内容

説明会で聞いた仕事内容と実際の仕事内容が全体的にかなり異なる。(ただし、嘘を言っているというよりうまく肝心な仕事の肝になる部分を説明していないだけ。最終面接では、少し仕事内容が明かされた。)また、私の配属となった部署では新人を入れる前にコストダウンという名目システムをかなり難易度の高いものしており、新人をいれたのはベテランシステム操作についていけなくなったという理由もあった。つまり簡単にいうと、面接では幹部候補だ、なんだとあおりつうめんどくさい複雑なことをやってもらう係として呼ばれたわけだ。

・配属部署

入ってから知ったが、

部署ごとに利益をでているでていないにかなり差があり、配属されたのは利益が全くでていない部署だった。(社外秘情報だった)そのため、自分や同期たちが部署に配属されたのは、約10年ぶりだった。

離職率

勤続年数〇〇年以上という言葉にいつわりはなかったようだが、私が配属になった部署では

本部長が配属されてから2年で若い人が3人3年以内で退職していた。人がばんばん辞めると社内でも評判の部署だったのだ。勿論、会社HPにはそのような記述はなかった。

・同じ課の上司たち

直属の課長株主会社からの異業種出向組であり、時々全く見当はずれの指示を新人である自分にとばしてきた。また異業種出身プライドが高く、会社カラーにあっていないこともあわさって社内からかなり評判が悪かった。普通指導員や間の管理職が間に入りフォローしないといけないところなのだが、指導員はアスペ気味で、「上司命令絶対だけど、異業種出向組課長の言うことをきいてミスしたのはあなたが何も考えないで仕事をしていたからでしょ?」のような言葉がけしかできないタイプの人だった。同じ課の営業事務さんは50過ぎ独身の超ベテランであり、仕事を教えているようにみせてたまにわざと間違ったことを教えたり、教えてくれなかったりすることがあった。例えば、ある業務イレギュラーなことがおこり、それについて質問し指示されたように仕事をするとなぜか多部署に回ってから修正がくる。その一連の流れをたまたま近くで聞いてきた本部長がフォローしてくれたのだが、それは基本中の基本であり、どう考えても意図的に嘘を教えわざとミスをさせたとしか思えない指示だった。ちなみに、教えてもらってないことが、なぜか教えてもらったことがあることになっていて怒られたり(一度は指導員が指摘し庇ってくれた)、彼女の隠していたミスで私がミスたこともあった。

・同じ部署上司たち

記述の通りかなり離職率の高い部署であり、その主な原因を作っている名物部長のことを私は心の中でパワハラ部長と呼んでいた。はたまた名前から想像いただけると思うが、終始パワハラをしている昭和の歩く化石のような人だ。配属して2週間も経たないうちに、私もその洗礼をくらった。上記で説明した営業事務さんに仕事を教えてもらい、初めてこなした受注処理で2,3点ミスをしたのだ。

ここで突然パワハラ部長が先にふんぞりかえったまま叫び始めた。「なんでそんなに簡単なこともできないんだ、頭がおかしいのか、代わりはいくらでもいるからさっさと辞めろ、この役ただずが、ブスのくせに仕事もできないのか」

驚くべきことに彼は一度スイッチが入るとまることをしらず、小一時間ほどずっと叫び続けていた。彼の中でターゲットになっている人間が2,3人おり、運の悪いことに標的となってしまった。波はあったが、結局私が退社するまで続いた。

・同じ課の先輩たち

先輩たちといっても、時代遅れ遺物たちがうごめく若手が少ない部署であったため、30代の先輩が6人しかいなかったが、様々な人がいた。(そのうち1人は私が在職中に退職し、3人は私と同時期に中途で入社された方だった。)仕事が抜群にできるかっこいい人もいれば、ミスが多くても愛嬌カバーする人もいた。共通していたのはみんながみんなほとんどストレスチェックでひっかかり、6人中2人が精神科に通っていた。そして、業務中死んだ目で上司会社の不満を述べ、新人をいびりながら仕事をしていた。正直、いくら仕事ができる人でもこんな風になりたいと思えるような人は一人もいなかった。

・同期たち

基本的に当たり障りのない気の良い奴ばかりだったのだが、一人どうしても相容れない存在の同性の同期がいた。簡潔に言うと、その同期は私と全く同じポジションを配属希望としていたのだが運悪く別部署に配属になった。女性の皆さんにはとてもなじみのあることだと思うが、女性同士は男性よりも分かりにくく出る杭を許さないことが多い。彼女は配属発表をさかいに少しずつ豹変して言った。彼女浪人しており、私より一つ年上だったのだが、二人きりの時だけマウンティングしかけ、年上先輩ヅラするようになっていった。彼女が理性をたもてていた営業研修までは陰湿嫌がらせのみだったが、(基本私はスルーするか、彼女距離をおくかだった)彼女営業成績がおもわしくなく、私にぼろ負けした後は周りの目を気にせずわたしメスゴリラのように鼻息荒く私を威嚇するようになっていった。そして営業研修後の本社研修で、同期や上司がいる前で「誰と寝たねん、それか誰の娘やねん」という暴言をはき、その横暴さと私たち関係性が会社で広く知られることとなった。これは書くか書かないか迷ったが、ここまできたら勇気をだして書いてみようと思う。研修中、彼女の部屋に呼ばれ、言われるがままにコテで髪を巻いてもらった。すると、突然、髪を引っ張る時にデコゴン、と熱いままのコテデコをなぐられた。あ、ごめん大丈夫?と軽く謝られたのでながしたがデコには2週間ほど火傷の跡が残ってしまい、2日ほどヒリヒリした痛みが消えなかった。コテで殴られた次の日が彼女誕生日だったため、私は同期に声をかけドッキリサプライズパーティー企画していた。私は色々と彼女に言いたいことはあるが、せっかくの誕生日だし、同期なのだから長い付き合いになるかもしれないし、謝ってくれたのだから昨日のことは水にながそうと思い何事もなかったかのように彼女に接していた。そんな彼女が私の顔を見ていった一言は、「〇〇ちゃん、デコどうしたの?大丈夫??」だった。

いや~忘れるわけないよね。びっくりするよねほんとにもう。おそらく、コテデコを殴ったのはわざとで、で自分コテで殴ってできたキズだってわかってて、でも自分誕生日パーティーかつ他同期の前では何も言えないということをわかって、いったのだろう。

・社内いじめについて

空気が読めず嫌われているおじさんが、ある朝会社に来ると新しく採用された人のためのスペースを作るどさくさにまぎれて、机と椅子荷物が隠されていたという事件があった。

そのような環境の中で大学出たてのぺーぺーが働くとどうなるかというと、もうひたすらにやんだ。周りの大学の先輩や友達相談にのってもらい、「この会社ちょっとやばい、3年我慢して逃げよう」と考えてはいものの、まともな指示をしない教えてくれない上司たち、呪詛のような言葉をひとり叫び続けているパワハラ部長、足を引っ張る同期に、必死仕事に食らいついたもののしだいにこわれていき、ミスを連発するようになった。(パワハラ部長には、ひどい時には通りすがりに「早く死ね」と言われることも何度かあった。)

そんな中、同場所別課の課長さんが私の様子を見かねて、別の部署に異動を働きかけてくれた。小さなオフィスだったため、良くも悪くもお互いが話していることは筒抜けでありそのため私も状況を把握できた。正直かなりホッとした。ある時、たまたま偶然飲み会で私の異動先の課長ら(A)と一緒になり、少し話す機会があった。その際に話題になったのが、私の異業種からの出向組上長だった。

「おれ、あなた上司嫌いなんだけど。挨拶されたことないからさあ。失礼だよね。」

ほぼ一言目がそれである

ここで私が悩んだのは、上司悪口を一緒になって言うか、現上司自分の身ができるだけ危うくならないよう、かばうかだった。正直、現上司仕事ができる様子はないし、変な指示をとばしてくるし嫌われてるし非常に上司として迷惑だ。でも50を過ぎて違う業界で急に管理職なんて苦労するのは当たり前だし、パワハラ上司を筆頭にまともな上司が少ない中、まだ私にニコニコとまともなフォローをしてくれるほぼ唯一の味方だった。そして私は考えた。もしかして、Aは私を試しているのではないのか?だって、現上司のことあからさまに悪口いうようなやつ、欲しいか自分悪口言われると思うんじゃないの?この会社暗黙の了解で競合の悪口他者に言っちゃいけないってあるし、きっとそうだ。

思考を巡らしたあげく、私は

挨拶をしていないというのは知らなかった、私や部署の人には挨拶してくれる。でも挨拶を本当にしていないならそれはショックだ。たまにこういうことを他の人からも言われるが、どうしていいかからない。」

となんとも容量の得ない

返答をした。

頭の巡りがわるい私が考えた当たり障りのない、返答であったが、翌日わたしが耳にしたのはAが私を気に入らない、いらないと言っているという話だった。

私は知らなかったのだが、異業種出向組課長を受け入れるに当たって業務良好だったのにも関わらず異動させられたのがAだったらしいのだ。つまり、異業種出向組課長のことは、私は何が何でも悪く言わなければならなかったのだ。

私はついに思った。

ダメだ、頑張ったけど

この会社での人生詰んだ、終わったわ」と。

そして私は決意した。

「1年きっかりで次決めて辞めよう」

決めてからは行動が早かった。

逆求人サイト(学歴資格、在籍企業情報登録すると企業スカウトしてくれるサイト。つまりこちから応募するのではなく、向こうからオファーがくる)に登録し、面接し、内定がでた。正直多少条件は前よりも落ちる。でも、やった!!逃げられる!!とは

思ったのだがその際かなり精神的にまいっており威勢良く「次決まったから辞めますさよなら」と会社自分決断に自信を持って宣言する度胸はなく、実際は

プルプルと生まれたての子羊のようにふるえながら「向いてないと思うのでもう辞めたいです、

無理です」と消え入りそうな声で訴えるだけで精一杯だった。

当時は自分では冷静に正常に思考できていたつもりだったが、かなりガタがきていたのだろうと思う。まともな自分であれば突っぱねられたはずが、

「1年で辞めたら、この先ずっとなんで1年で辞めたの?って言われるよ」

「君はすごく必要人間だよ。これからもこの部署でこの課で頑張ってもらいたい。」

「同い年の息子がいる、娘のように思っている」

異業種出向組の課長の歯の浮くようなあることないこと綺麗事言葉にだまされ、私はきまった内定を蹴り、慰留してしまった。

続く

2017-10-02

走り続けるよ

部長が作ったVBAはキャンセルを押しても走り始めるよ。

Ctrl+pause

吹っ飛ばされてしまったよ。

はは。画面は真っ白だ。

ブラック企業勤めの平均的な一日

6:30  本来の起床時刻。携帯アラームを体が無意識に止める。

8:00  起床。疲労のせいで完全に寝坊した。朝食を取っている暇はない。

9:20  タクシー(片道1万円自腹)で始業時間ギリギリに出勤。よれたスーツとボサボサ頭で会社に到着。

10:30 課長に進捗が遅れていることの原因と対策を報告するように指示される。本来作業が進まない。

10:50 自販機で買った缶コーヒーを飲みながら仕事。怒りと疲労で手が震えてタイピングミスが多い。

12:00 昼休みパン(@120円)を齧りながら仕事。昼休みは消灯されるせいで仕事がやりにくい。

13:00 昼休み終了。部長に無理を言ってレビュー時間を確保してもらう。

    早口日本語プレゼン部長課長係長から集中砲火。涙目で立ち去るが、慰めてくれる人などいない。

15:15 課長より、進捗遅れについて原因の深堀りが出来ていないとのメール確認、小さくうなだれる。

    それを同僚が目撃、見て見ぬふりをする。聞こえないような舌打ちで返す。

    気がつくとメールが来てた。【タイトル】再レビューの件【本文】なる早でお願いしま

15:20 課長喫煙所へ移動し、女子社員と談笑。俺はひたすら仕事

23:50 ブラックなのでやっと退社。駆け足で駅へ直行終電に乗り込む。

25:30 帰宅シャワーを浴びて上下トレーナーに着替え、水道水を飲む。

26:00 パソコンの電源を付け、仕事スレに「残業おわた たいしにたいしに コンビニ弁当食う@35歳ハゲ」と書き込み

26:20 容器をゴミ箱にほうりこむ。仕事スレに「今週も休日出勤確定 もう疲れた @35歳ハゲ」と書き込み

26:40 そういえばニュース株価最近は見ていない。世の中では今何が起こっているのだろうか。

27:00 「嘘松。社畜はとっくに寝てるだろ。」のレス確認パソコンを切る。電話する彼女もいないがもう慣れた。就寝。

2017-10-01

最終日本黒幕XX10Edgeフレンズ

anond:20170930045332

大勢素人門外漢相手に、アニメーターアマチュアハイブリッド坂本龍馬である我が申し上げるが

製作委も一次請けヤオヨロズも、権利関係取扱いに関する、体制、手順の示し合わせ、が不徹底だった】だけの話で、アニメ業界でなくてもたまにあるケース。

請にも委にも不備が共通してたから、権利違反コンテンツとなり、たつきツイートになったわけで

三方一両損しかない。民事的には。コンプラってのは、旧来の空気読めだの不文律ってのは通用しないからな。

手順書がなかったら、関係各位全員出席による手順書の示し合わせ意識統一会議の機会がなかったら、原発事故現場で早々に行き詰まって詰んじゃうだろがw日本全国がww

ナアナアの暗黙のやり方がだめだっていうなら、ニチアサ3枠もガンダムUC企画立案やってきた我はどうなるw

門外漢のままだがギャラもらったこともないが、いずれも主席企画者だぞ。いづみ、、三郎、肇だぞ、この我は。いい加減で許されざる存在権化だ。

…というわけで、けもフレ製作体制の皆様は今後、コンプライアンスの明文化意識統一会議を徹底しようね時間が余ってるもんならやってみやがれと。

https://twitter.com/elm200/status/914309449279352832

https://twitter.com/WorldKuromaku/status/914475104452710401

https://twitter.com/WorldKuromaku/status/914479721395580928

https://twitter.com/WorldKuromaku/status/914478075001413633

https://twitter.com/WorldKuromaku/status/914475483579977728

https://twitter.com/WorldKuromaku/status/914480294626869248

https://twitter.com/WorldKuromaku/status/914478327880089600

 ◆

たつきだってもうアラフォー視野だしさ、「ぼく二十歳。今年アニメスタジオ起業しちゃったヒャッハー」とは違うわけでな

さすがに発注最上位を名指しするリスク社会人にわかってるはずなのだよ。製作名称ごまかすのが常識だということは。

丸の内JV現場元請け側にひどいことされた」つう時に、2chちくり板とかにどうしたって「ハザマだよハザマ、あすこのS課長がよー」とか書きたくなるのが人間だろ。

しかしたらまだ心が17歳で、すぐキレる、思ったことそのまま書く、たつきなのかもしれんが、中の人しかわからん

からビジネス常識的には「たつきコンプラ違反を口実に、カドカワミカドに密告し【たつき謀反の疑い】で隠岐に島流し、という線が浮上するわけだよ。

カドカワ製作委の主幹かは関係ない。たつきが実際にカドカワに頭にくる仕打ちを受けたかもしれない。

実際、カドカワはあかhりさとrを使い捨てにしていきなり仕事全部横取りしてクビ切った前科がある(ネットカミングアウト記事になったことがあるhttp://bizmakoto.jp/makoto/articles/1012/30/news001_4.html)。

だがアニメゲームってそういうことあんのよ。漫画原作者しか作れんから略奪しにくいが。

ふつう、という言い方は語弊があるが

ふつう、12,1話が一回きりだったら、初回だし目こぼしするだろ。だからヤオヨロズもそう思ってただろ。

おかしいんだよ今回。製作委に、たつき切りたがってる一派がいたような容赦の無さ。

たとえば東eの白いクラさんが子供番組大ヒットの業績を請けて副社長になったのに、

それを面白く思わないオトナ番組エリート部課の連中が、地獄少女とか、昼メロドラマみたいに「今に見てろ…」と物陰からずっと睨んでて

の子番組ちょっとだけコケたら鬼の首取ったように「ヒャッハーイエーー!白い蔵さん更迭鋼鉄ジーグーー!」っって部長降格人事クーデター成功させちゃったような、ああいうの。

つづく

anond:20171002122443

2017-09-30

イヤホンをつけて電話応対をシャットアウトするのはありか

電話応対は新人業務だと考えている。もちろん、まかせきりということではない。積極的姿勢を見せるべきだということだ。

後輩が入ってきた。自分入社数年で、初めての後輩だ。学年こそ違うが、年は同じ。

課長部長役職のあるような上司と、勤続十数年の先輩の他には自分と後輩しかいない小さな部署

それゆえ、一人当たりの仕事量はそれなりにある。

電話をとる暇もないくらい、納期が迫る仕事もある。自分経験し、目の当たりにしてきたことだ。「電話くらいとれよ!」と怒鳴り散らすことはしたくない。

しかし、新たに入社してくれた後輩。なかなか電話応対をしてくれない。そればかりか、業務中、そそくさとイヤホンをつけて、音楽を聴いている。

アニメデザイナーなどクリエイティブ仕事ではない。音を確認する作業などない。もっぱら、地味な事務と数人の営業

コピーをして席を外しているときに走って電話をとれとは言わない。持ちつ持たれつ、対応できる人がすればいい。

だが、はなから業務の一つをシャットアウトするのはどうなのだろうか。

後輩の今の仕事事務補佐といったところで、急ぎの仕事は回していない。余裕があるはずなのだ電話くらいとってくれないかと感じるのは心が狭いのだろうか…。

事前に「取り引き先の人の会社名や、名前を把握する機会にもなるので、できれば電話応対は積極的にお願いします」と伝えたのだが…。

先日、あまり電話応対をしないため、「手が空いてたら、電話応対お願いします。」と伝えたところ、「はあ、すみませんでしたー」と頭も下げず、そのままイヤホンをつけてシャットアウトされてしまった。

イヤホン音楽を聴いたほうが集中できる人もいるだろう。人それぞれなのだから、あまりとやかく言いたくないのだが、しわ寄せはやめてほしいと思う自分は、指導力不足なのか…。

2017-09-27

ぼくのなつやすみ

もう夏は終わりだバカヤローという声が聞こえますが、たまに出る娑婆空気はまだまだ暑苦しいと思います

会社を休んでいます。長期で。これで在職中二度目になります

二度の長期休職を許してくれるなんて、弊社はなんて懐が深いのだろうと思います

そこそこ規模の大きい会社ゆえに下手なことができないからでしょうか。それとも人手不足なだけでしょうか。

新卒入社してから初めて関わった仕事では、それなりに新入社員らしく、従順仕事しました。

管理職に叱責され、家で泣いたこともありましたが、翌日にはかすかな殺意を胸にしまって仕事をしていました。

ある程度慣れてくると、言われたことに従うだけでなく、おかしいと思ったことに口答えができるようになりました。

おかげで、少しだけ方針を変えることができたり、賛同してくれる味方ができたりもしました。

物理的な辛さで言えば、あのころが一番辛かったと思います精神的にもそこそこだったと思います

ただまぁ、なんで大丈夫だったかといわれれば、少なからず「面白かった」からだったのかなぁ、と思います

しばらくして、異動になりました。まったく畑違いの部署でした。

管理職からは、「お前くらいしか推薦できる奴がいなかった」と言われました。

成長すると見込まれたからでしょうか。それとも厄介払いということだったのでしょうか。

管理職はすぐ定年退職してしまったので、真偽のほどはわかりません。

新人同然なので、おとなしく従順仕事しました。新しい管理職は穏やかで、叱責するような人ではありませんでした。

残業ほとんどなく、始発まで拘束される飲み会もない、ホワイト職場でした。悩める就活生はあそこにいくといいと思います

申し訳程度の繁忙期に、私は疲弊しきっていました。くだらないミスが増えました。

取引先に頭を下げにいった時も、管理職は「そんなこともあるさ」と穏やかでした。

決算を終え、部長から指名で、来期に向けた業績目標を全社員の前で高らかに宣言した次の週、私は会社休みました。

会社にいる間、自分一挙一動すべてに、何の意味があるのか、そんなことばかり考えていました。

今振り返れば、最後まで「面白さがわからなかった」のだなぁ、と思います

しばらく休んで、私は前に所属した部署に戻ることになりました。当時一緒に仕事をしていた管理職が呼び寄せてくれたそうです。

しかし、休み明けであったり、色々と人事上の都合もあり、当時とは異なる担当に配属されることになりました。

私には、休み明けなので早めに帰るように、と指示が出ていました。他の人は、休日仕事をしていました。

また毛色の違う仕事なので、必死仕事しました。新しい管理職は「まかせたいことは山ほどある、期待してるよ」と言っていました。

部署新人が入ってきました。私はその教育係になりました。やったことのない仕事を覚えながら、必死に教えました。

私はそのまま、担当の長になりました。やったことのない仕事を覚えながら、自分より年上の部下に、必死に指示を出しました。

部下のひとりがクビになるかもしれない、と伝えられました。それを知らない部下は、ニコニコお茶を飲んでいました。

今まかせている仕事の出来によっては再考されるかもしれない、とのことでした。一緒に試行錯誤しながら、仕事を進めました。

途中から会社にいくことが怖くなりました。朝準備しても、家を出ることが難しくなりました。遅刻が増えました。

大事な打ち合わせの日、私は欠勤をしました。管理職が何を言っていたか、今では思い出せません。

そのまま、私は再び休むことになりました。部下がどうなったかは知りませんが、今では人はだいぶ入れ替わった、そうです。

今回、私は頑張った、という自覚がありました。そして、もう頑張れない、と心が折れた自覚がありました。

振り返ってみれば、今回も「面白さがわからない」ままだったな、と気づきました。

今回の休みは、面白いことをして過ごそう、と思いました。結果、起きて、ぼんやりして、寝る日々です。

私はゲームが好きです。プレイヤーを楽しませるシステム作りや、質が高く考えさせられる物語は、とても面白いものです。

働いていた頃に興味がありつつ買わずにいたゲームを買ってみました。とても面白かったです。

ユニークシステム、濃密な物語、本当に面白くて、疲れました。クリアは当分先になりそうです。

他にも趣味はありましたが、少しやってみては、疲れて布団に寝転がる毎日です。

二度休んで、自分のこれまでを振り返って思ったことは、「面白いこと」ならやれる、のではないかということでした。

しかし、今、この暮らしを続けて気づいてしまったのは、「面白がることも疲れる」ということです。

結局、働くこと、生きることを面白がろうとして、疲れてたどり着いてしまったのが、この夏休みなのかなぁ、と思います

初めて休んだ時は、暗い気持ちになりながらも、どうやって戻るか、どうやって社会復帰するか、ということで悩み続けていました。

今回は、もうどうすればいいかわかりません。先が真っ暗というよりは、無色透明で何も見えないといった感じです。

会社解雇されるかもしれない、貯金が尽きるかもしれない、親族死ぬかもしれない、そんなことも、どこか遠い世界の話に思えます

面白いことも疲れて考えられないなら、面白くないことにはどう向き合えばいいのでしょう。

なんでも死ぬことは悪いことらしいです。命があるってけっこう面白いことらしいです。いやだなぁ。疲れるなぁ。

テレビで言っていましたが、だんだん寒くなるそうですね。夏ももう終わりらしいです。風邪はつらいので上着を買いました。

時間が流れて、それに合わせて、人は生きます。同じように、人は死んでいきます。それを生活と呼ぶそうです。

久しぶりに文を書いて疲れました。お疲れ様でした。お先に失礼します。

2017-09-26

むしょく40さい

ニート派遣派遣無職というネット気持ちよく叩かれるために用意されたような人生歩み中

無職になった経緯も「母が病気と怪我で入院し、残された父の生活支援のために半年を2回」という、嘘つくならテンプレは避けろと怒られそうな経緯

(これを読んでる人へ:年を取ると症状が出やすい。不審な長咳は結核を疑い診察を。それと、雪国の人は物置などの高所の雪かきプロや隣人に委託を)


で、状況の説明ついでによく聞かれるのが「ご両親はおいくつになりますか」ということである

えー、むろん違法である職業安定法の第五条の四で禁じられている。家族構成年齢職業愛読書、みんなNGである

でもまあ、聞きたい気持ちはよくわかるのだ

雇って半年後に「親が倒れたので田舎帰ります」なんてのは、どう考えても好ましくはない

部長明日死んでも会社が回るようにしておくのが役員のやくめでしょ属人性なんてクソでしょというのはその通りではあるが、実際には厳しいと言わざるを得ない

40歳ともなれば親は少なくとも60、下手したら70ということもありうる以上、慎重になるというのも、うん、わからなくはない

単純にオッサンからとかタオルで顔拭いたとき物凄く臭いからとか保険払う額増えるからとかそういうのだけが不採用理由じゃないってことなんだろう

2017-09-25

anond:20170925003238

俺はもう部長に辞めたいと伝えた!

一歩前進!やったね☆

2017-09-15

anond:20170915070218

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┃ 非常勤                      ┃
┃ ┏顧問社長専務部長次長課長係長主任┓┃
┃ ┃  ┃  ┃  ┃  ┃  ┃  ┃  ┃  ┃┃
┃ ┃  ┃  ┃  ┃  ┃  ┃  ┃  ┃佐藤┃┃
┃ ┗━━┻━━┻━━┻━━┻━━┻━━┻━━┻━━┛┃
┃                          ┃
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛

 

 

 

 

 

<間に合いません!!!

2017-09-12

https://anond.hatelabo.jp/20170911222637

はいえ1.5万人規模の上場企業の話なんだよなあ。

部長ってこのうち0.2%よ。

社畜じゃねーとあがれないよ。

学生さんニートには理解できないだろうけど。

2017-09-11

プロ社畜愚痴

「いつか部長(俺)を押しのけて、私が部長になります覚悟しといてくださいね

課長がいうから、期待も込めて負荷をかけてみた。

負荷といっても、激詰めするとかパワハラまがいじゃなくて、「中長期でコミットできる

売上と利益を出して。YoYは最低限105%成長でロジックも一緒に。本部長にも伝えるからさ」と伝えたら

「一緒に考えて欲しい。丸投げはやめて欲しい。」ときたもんだ。

ああ…お前じゃ(部長になるのは)無理だ。

この程度で泣き言吐く奴が部長は無理だんべ。

極端に頭良いか、極端にワーカホリックじゃないとウチの会社部長以上には

なれねーよ。出世競争舐めんな。

[]映画あさひなぐ

試写会で見た感想

乃木坂ファンめっちゃ多くて、乃木坂がなんか演技するたび笑ったりしてて気になった

テレビとかで若い女性ファンがいることは知ってたけど、リアル秋元ファミリー若い女性っているんだってのを知って衝撃だった

席でパンフ自分地鶏と、自分推しメン生写真の2ショットとってて、すげえ・・・って思った

開場前に並んでたとき、後ろにきた大学生男二人組の片方が「一人だったらぜったいこなかった」「いや俺が乃木坂ファンってこと知ってるだろ!誘ったらぜったいいくからほんとさそってくれてよかた」みたいに言ってた

あの原作をどこまで映画化するんだろうと思ったけど、

なぎなたとの出会い→入部→学校のしごきちょこっと→合宿坊主のしごき→公式戦で負ける→季節は過ぎて・・・→いちどうねねの学校練習試合因縁の対決

って感じだった

やっぱり駆け足で感情移入する前に展開ありきですすんでっちゃったから、最後の感動もおいてけぼり感がすごい

圧倒的にキャラの掘り下げが足りない

試合メインでやってもあさひなぐのよさは半分も伝わらないのに・・・

そりゃ試合が盛り上がり場所ってのもわかるけど・・・

連ドラでやったほうがよかったと思う

演技が下手ってのはそんなに感じなかったけど、顧問中村倫也がうざくて悪目立ちしすぎてる感はあった

ところどころくすっとくる面白さはあった

掘り下げできないのにキャラ数だけ原作準拠にしてもただのにぎやかしで無意味だった

まつむらさゆりとかちょっとしか出番ないけどかなり目立ってたのにほとんど掘り下げなくて出した意味ない

あとはなぎなた試合描写がやっぱ問題あり

面してるから顔・表情が見えないのがかなりイタイ

一度だけ面をすり抜けた表情を映したけど全編あれでもよかったと思う

試合しててどっちがどっちわからんのがちょくちょくあったし

部長高校とき彼女(を少しかわいくした感じ)に似ててどきっとした

白石まいは原作の役柄とも映画イメージもあってたと思う

最後練習試合ときの観客席に前の会社友達がいた気がするから数年ぶりだけど連絡して聞いてみようと思う

しらいしまいの弟役の男がなんかめっちゃフケてみえイケメンじゃなくてださかった・・・

というかいなくてよかった

キャラ数大幅削減して掘り下げして描いてほしかったなあ

でも乃木坂スポンサーから無理やりでもたくさん出さないといけなかったって感じなのかなあ

2017-09-08

退職します」からシカトって、どうしたらいいんだろう

今働いている会社退職することにした。直属の上司である課長に言うと、分かったとのこと。しかしその課長はその上司である部長傀儡しかなく実際には部長了解を取らないとすべては前に進まない。

課長に伝えた直後、課長部長に私が退職を申し出た件を伝えてくれたらしい。その部長はなかなかにヒステリック人物退職意思を伝えたらどんな騒ぎになるかとおびえていたが、課長曰く、じゃあ改めて面談しましょう、とおっしゃっていたとのこと。とりあえず面談まで待てということだった。しかしその後2週間音沙汰がなかったため、退職日も早く決めたいし引き継ぎもしたいので私から直接部長面談の依頼を出してみた(課長に了承を得たうえで)。

しかしその面談依頼を1週間無視されている。直接席に行って話せば良いのかもしれないが多忙部長は一週間のうちほとんど席にいないのと、たまにいても鬼の形相で仕事をしていて正直話しかけるのが怖いのと、周りには別の社員もたくさんいるので退職の件をそんな場所で話すもの気が引けてしまう。

そうこうしているうちに、希望する退職日まで1か月を切ってしまいそうだ。

引き継ぎプランは既に引き、引き継ぎ資料作成した。あとは退職日を決め、退職願をだし、受理してもらい、引き継ぎをしたい。早く進めたい。でも無視されている。このまま無視されてなんだかんだ退職できないようにするつもりなのか?どうしたらいいのか。

2017-09-05

anond:20170905212553

新卒で入った会社ブラック企業だったんだけど、社員食堂つきだった。

喫茶店マスターっぽい味のある人が、1人で30人程度の社員のご飯を作ってくれてた。

ある日のメニューは、生卵付きの生姜焼き定食だった。

  

隣の席に居た入社前の会社見学で案内してくれた部長級の人が、小鉢生卵を割って、醤油を垂らして、するりと、飲み込んだ。

ふつー生卵って、ご飯に掛けて卵かけご飯にするか、ファミレスハンバーグみたいにメインのおかずの上にかけて食べるのかって思っていたが。

部長は、そのまま、食べたのだった。

40代後半ぐらいの人だったけど、ほんと、一口ペロリと。

それ以来、牛丼店の生卵も、それを見習って一口で飲み込むようになった。

  

人によると思うけれど、食べ物の扱いって、周りの人の影響を受けるもので。

ちなみに、餃子に酢をかけてから餃子のタレをつけるという手順も、その上司晩ご飯を共にしてからクセになった食べ方だった。

憧れの先輩だったから、素直にその食べ方を真似してみようという気になったのだろう。

  

~のかなっていう語尾

ニュースのものと一切関係なくて、語尾のことで引用させてもらったんだけど

「(出演者の変更などがあれば)番組でご紹介していくのかなと思っております

っていうのが編成局担当局次長兼編成センター編成部長コメントなんだが

「いくのかな」ってなんなの、あんたらがするんでしょう?なんで「していきます

って言わないの?

政治家がこの言い方してるとほんとムカつく。「~~なのかな、と思っております

みたいな。国の運営に関わる人がこんなぼかした言い方しないでもらえます

します!」「です!」って言えないぐらい自信ないの?

部長とヒラを同格で並べて全部やってますがってのはいくらなんでも厚かまし過ぎて笑う

2017-09-04

https://anond.hatelabo.jp/20170904201453

http://www.asahi.com/articles/ASK8M02B4K8LULFA01L.html

何の話かと思いきや、これ?

登録しないと読めない先は読んでないか的外れだったら悪いけど、

部長職で夜10帰宅の夫と、恐らく役職もっと下で夜6時帰宅の妻(この夫が以前はそうで、妻は同じだけ稼いでいるという辺りから推測)じゃ

前者の仕事負担の方が多いのは当たり前では。

仕事してるより育児の方が大変なのよ!って主張なら

その辛い育児を夜6時までは保育園任せに出来るワーママより

保育園使う事も出来ず24時間365日育児やってる専業主婦の方が遥かに大変という事になるし。

つーか夫婦でこれだけ働いてるなら稼いでるだろうし金で解決しろよ、という事案に見えた

あの時逃げてよかった

高校一年生の4月半ばにして私は学校へ通えなくなった。

いじめられていたわけでもハブられていたわけでもない。

家庭が不安定で、父は何か気に触ることがあると、声を荒げ、物に当たり散らす人だった。

食卓をひっくり返されることは日常茶飯事だった。

母は子どもたちを守っては白い肌にアザを作っていた。

そんな家庭で育った私は妙に達観した子供で、大人におもねるのがうまく、空気を読むのが得意だった。

家庭では自然自分が調整役を担い、何でもない風に明るく振る舞うようになった。

中学校では同年代の子との付き合いに苦手意識がありつつも、部活部長も任されたし、友達とはなんとなく合わせてうまく付き合ってきた。

同級生女子の好む話題に乗れないのと、女子のねっちょりした付き合いが苦痛だった。)

そうやって家でも学校でもいい子の仮面を付けてうまくやってきていたのに、次第に身体の方が拒否し始めた。

大きな物音や男の先生の大きな声を聞くと、震えが止まらなくなった。

次第に朝、息が詰まって動けなくなり、無理やり足を一歩踏み出すたびに涙が出た。

もう無理だった。

当時、たった1年間だけスクールカウンセラーを配置しようという試みが私を救った。

カウンセラー先生は「とりあえず休もうか」と休学を提案してくれた。

行きたくなったらもう一回1年生したらいいんだよ、フリースクールだってあるし、大検受けたら大学にも行けるよ、と。

「このままだとこの子は死にますよ」と母を説得してくれ、私は1年間の休養を与えてもらった。

そして、母もまた父を説得してくれたのだと思う。

1週間に1回、カウンセラーが来る水曜日には登校して面談する以外は、ひたすら寝て、ひたすら本やマンガを読みまくった。

働く母に代わって家事をしたり、一日本屋や図書館で過ごしたりもした。

どう見られているかはあまり気にしないようにした。

誰も何も言わなかった。そっとしておいてくれたことに感謝している。

あるとき学校に行ってみようかな、行けるんじゃないかなってふと思い、次の春から二回目の1年生に挑戦した。

精神的に不安定になることも多かったが、たくさんの先生の助けや、理解ある友人を得て、休みがちながらも卒業することができた。

大学でもカウンセリングを利用して、自分を噛み砕いて受け入れコントロールする術を身に着けていった。

なんやかんやで、就職もしたし、今では結婚して子供もできた。

今では死にたくなることも、精神的に揺らぐこともない。

大人になれないと思い込んでいた、あの頃には信じられない。

一度止まってしまったらなかなか戻れないのが日本学校制度であり、高校ドロップアウトした者が休学留年してまで、やり直すケースはあまりないと思う。

希死念慮自覚していなかったが、ここで止まってしまったらもう将来は無いのだから自分は死なないといけないなと漠然と思っていた。

当時は大人になって社会人になる自分なんて全く描けなかった。

カウンセラー先生はその絶望をすくい取って「ちょっと休んで、力をためて、それから次に進んだらいいんだよ」って言ってくれた。

この逃げは、将来のことを何も考えていない、その場限りの無責任な勧めだとあなたは言えますか?

追記

確かに最後の一文は余計だった。実に創作っぽく見える。

安易に逃げろなんて言うな」って流れにちょっと意見したくて書いてしまった。

家庭環境や復学以降の流れは冗長なので省略した。

もちろん、復学は容易ではなかったし、たった一年で容易に自分が変えられたわけではない。

復学初日自己紹介で「留年して二回目の一年生です」ってさっさとカミングアウトしたら、周りに無駄に人が寄ってこなくて楽だったのは作戦勝ち。

クラス替え初日、仲良く慣れそうな人を見極めババっと磁石がくっつくみたいに、グループ作る流れが苦手だったので。

女子は初めての昼休みに誰とお弁当食べるかがその先を決定するんだよね。

1年の休学という区切りがあったのも良かったと思う。

母も先生たちも一年休学したところで、そのままドロップアウトして引きこもりコースかなって思ってたと思う。

何よりも自分が一番状況を打開しないと、という焦りがあったけど、区切りがなかったら外に出るのが怖くなって惰性で引きこもっていただろう。

逃げる、休む、戦略的撤退でもなんでも、それは一時的もので、元に戻る道、別の道を選んでいかないといけないことには変わらない。

少しずつでも挑戦して、自信をつけていくことが大事で、あまりに長い休養はかえって毒になると思っている。

とにかく私は周りの人に恵まれていたのだけは確か。

でも、自分でも心の許せる人を周りに集めて、自分の居心地の良い環境を作るのが大事だと思う。

優しい言葉をかけてくれる人ではなくて、ときに叱ったり発破をかけてくれる人。

ちなみに父自身も癇癪を抑えられない自分が嫌だったのか、少しずつコントロールできるようになり、力も衰えた今ではすっかりおとなしくなった。

私も父を客観的に見れるようになって、距離を保ってうまく付き合えるようになった。

昔のことは許せないけど、父を受け入れることは私の成長の一部となったと思う。

2017-09-03

なんとも思わない。

40のおっさんになってしまった。娘2人、嫁もまあ元気で共働き

都内在住で一部上場企業部長業界大手だけどギリ年収1,000万。

世帯年収で1300万くらいか

ハタチの時に思い描いた人生とは違うけど、可もなく不可もなく平凡な人生

あと25年もあるリーマン人生で今の生活以上を目指し、最低限今の

生活ポジションを維持するのはまあまあ無理ゲーだなあ。

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