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はてなキーワード: 選択肢とは

2021-05-08

anond:20210508183553

観光業で昨年度は年収200万ちょい減ったやで。

けどそれがいやなら転職って選択肢もあるしそんなに怒ってないというか、大抵のグダグダ会社で見たことある流れで同情すらする。偉い人は下から忖度を信じ、下っ端は上に反論できないと無理してでも大丈夫って言ってるんでしょ。

anond:20210508153703

ざっくりは書いた通りだが、自分銀行口座から引き落としの形で一括払いができるカードで、相手にとってはクレジットカードの一括払いとして処理される。

言い換えると、増田銀行口座増田の支払先とのあいだをVisaMastercardなんかのクレジットカード会社がつなぐことで可能になる支払いサービス、だと思う。

デビットカードという物自体は、銀行キャッシュカードデビットカード機能が組み込まれカードとして銀行から送られてくる。ソニー銀行とか住信SBIネット銀行とかネット銀行は色々あるが、そういった銀行で口座開設するときデビットカードキャッシュカード希望するだけでいい。VisaMastercardデビットカードなら世界中クレジットカード払いにたいてい対応できるので、VisaMastercardデビットカードにすることをおすすめする。

デビットカードクレジットカード払いに使えるというメリットは有っても特筆すべきデメリットはないので、クレカが作れないならデビットカードは良い選択肢

五輪中止か否か

例えば、日本五輪をこのまま強行するとしてよ?

「各国が選手送りません」って言ったら開催できないでしょ?

確か去年はそういう意見が出て五輪が延期になったように思うけど

今年はどうだろう?

例えば、「サーフィンの会場となる千葉県宮町ブラジル代表チームが、検査協力を打診して拒否された」というニュース

選手へのワクチン無償接種について「イギリスオリンピック委員会も決定を歓迎すると表明している」というニュースもある

とりあえず、ブラジルと、イギリスだけだが、他にもオリンピックやる気の国もあるのではないか

別に五輪開催してほしいと言ってるわけではなく、各国の意見を聞いて判断すべきことなのではないかと思ったりする

まあもちろん、医療体制などを理由日本側が開催の中止を申し出るという選択肢はあると思うが。

ジーパンしか選択肢がなかった。

自分中学生ぐらいのころは、遊びに行く際の服装というのはジーパンしか選択肢がなかった。チノパンなんて履こうものには、みんなからダサいダサいと言われた。

今の中学生ぐらいの子って、ジーパンとかを履くのだろうか?そう言えばあまり見かけなくなったなぁと。

地方都市住宅購入の選択肢が狭い

マンションなんか数少ない主要駅の駅前しかないし、大した利便性もないのに一丁前に高い。

なら戸建ての方になるが、合併で広がっているとはいえ市域の中での選択になるので基本的には高い。地方都市とはいえ、昨今は市街化調整されているため無限土地があるわけでもなく、中核市以上なら人並みに高い。電車通勤バス通勤視野に入れるならさら選択の幅は狭まる。首都圏のように沿線全体から、4都県の中から選べるような選択肢はない。

結果、市域の中でも不便な(でもこの地域では一般的な)地域に家を買うことになる。大人はいいとして、通学する子供(いるとすれば)がかわいそう。高い金出して、子供に不便を強いるなんて馬鹿みたい

公衆Wi-Fiという差別中傷支援ツール

近年観光地レジャー施設コンビニなどあちこち増殖している公衆Wi-Fi。この大半は利便性理由利用者認証が甘い(もしくは無い)ので、匿名による差別中傷投稿が容易に出来るようになっている。

以前はこの手の行為一般人には少し敷居が高いプロクシTorが使われていたが、公衆Wi-Fi普及のおかげで手軽に出来るようになっている。

先日の八村が食らった差別中傷投稿もその類だろう。公衆Wi-FiがあればSNSアカウント用のフリーメールアドレス作成SNSアカウント作成差別中傷投稿が全て公衆Wi-Fiネットワーク上で完全に匿名で行える。公衆Wi-Fi側に認証記録が残ってないため足が付く心配もない。

こういう匿名差別中傷投稿SNS側でシステム排除しろという声が世界中で挙がっているが、いまだにどのSNSでも実装されていない。つまりSNS側では技術的に対策困難なのだ

例えばAI差別投稿監視するのも無理だ。1人の差別主義者を排除するのに1万人の通常ユーザー誤爆排除することになってしまう。

そうなると匿名差別中傷投稿支援ツールと化してる公衆Wi-Fi側の利用者認証厳格化するしかない。しかし、これも利便性を損なわないためにはフリメ認証させないとかの悲しいレベル対策しか提言出来ないのが現実だ。

https://www.sankei.com/smp/west/news/171101/wst1711010003-s1.html

現実には、公衆Wi-FiからSNS利用を禁止させ、SNS運営が日々の監視公衆Wi-FiIPから投稿しているアカウントを日々排除していくしかないだろう。これも自動化は実は難しい。IPの割当は不定期に変わるため、自動化したら半年後に普通ISP経由からアクセス排除してしまったり、その逆のことが起き得るからだ。

もしくは、公衆Wi-Fiを一斉に廃止するかだ。

今頻発している差別中傷投稿を抑止するならこの選択肢しかないだろう。

2021-05-07

俺たちにも言葉の刃を握らせてくれ

拝啓ヒプノシスマイクくん。

ずっと君に伝えたかたことがある。どうか俺たちも、ラップでバトルをさせてくれないだろうか。

このことを言いたくて言いたくてずっとモヤモヤしていたので、今日匿名で吐き出せる場所をお借りして、ヒプノシスマイクくんへの思いを伝えたいと思います


ここ数日(いや数ヶ月)、ヒプノシスマイクオタク界隈はザワザワしている。バトルシーズンからだ。

今でこそ、界隈はそれなりにザワついている。けれどヒプノシスマイクくんはバトルシーズンの手始めに、高いクオリティと圧巻のパフォーマンス配信であることを生かしきった演出と、何より演じている方それぞれの魂がこもった素晴らしいライブを見せてくれた。

昨年3月コロナウイルスの影響によって配信にならざるをえなかったライブだって、もちろん素晴らしいものだった。でも今回のライブは、バトルであるという特性上「勝ちたい」という演者の方々の思いがビンビンに伝わってきて、その熱量とか気迫にグワッと心を掴まれものだった。画面越しなのに、こんなに熱くなれる、こんなに泣いて笑えるエンターテイメントがあるのか。そんな風に思わせてくれるライブだった。

この配信ではじめて聴くことになった新曲たちも、そのチームらしさが全開だったり、逆に今までにない曲調や歌詞だったり、心を鎮めないと冷静に聴けなかったり、逆に中毒になったように再生してしまったり、「待ってました!」と手を叩いて喜んだり、逆に「こんな風に来るの!?」と度肝を抜かれたり、どれも本当に最高だった。

それぞれのバトル曲も、言葉応酬と韻の踏み合いとそれぞれの信念のぶつかり合いを感じられて、どれも違う味わいながらも、たしかな満足の得られる仕上がりだったと思う。

視聴期間中、毎朝毎晩繰り返し観てもまだ足りないぐらい、プロフェッショナルによる最高のエンターテイメントを存分に味わわせてもらうことができた。関係者ご一同には、本当に頭が上がらない。早く円盤購入という形で感謝を伝えたい。

そしてここでは、観た人がどちらかのチームに一票を投じることができた。ひとつライブにつき一票。単純明快で、シンプルな仕組みだった。

「良すぎて選べない」という贅沢な悩みこそあれ、最終的に投じる票はひとつしかない以上、どちらかを選んでボタンを押すしかできなかった。

そしてこの時点で我々は、この一票が後に控えた投票形式での「一票」と同じ重みとして扱われるのかどうか知らなかった。(と、記憶している)いま思うと、それが不穏な空気前触れだったんだろう。

最高なライブの余韻の醒めないまま、現金投票券に換えてCDを積む形式のバトルが始まった。

前回のバトルでは、街からCDが消えたとか、相手チームのファンを装ったアンチ偽装工作をするとか、「〇〇のアニメイトにはもうCDがありません!」みたいな虚偽の情報が流れたりしたらしい。それは怖いな、と思っていたけれど、個人的な印象では、案外そうでもなかった。

から判明したところによると、「サイレント投票」といって、相手方に悟らせないように黙々と積むことが推奨されていたらしい。投票期間が終わると、「微力ながら〇票を投じました」というCDタワーの画像タイムラインに乱れ咲いていて、なるほどこれが令和のバトルか、と思った。

まあでも、外から見ている分には、比較的穏やかなまま過ぎていった期間だったように感じられる。

そのCD積みバトルが終わった段階で、中間発表をするのだと言われていた。

正直、なんでだろうとずっと不思議だった。戦いの火蓋が切って落とされた当時、我々は三次投票にあたる「VRバトル」の詳細を知らなかった。MAX一人6票らしい、というような情報はあったかもしれない。

とすれば、中間発表で僅差でも大差でも、ファンの母数が急激に変わらない以上、結果に大きな影響は与えられないだろうに。それなら、たくさんCDを積ませるためにライブでの投票が終わった時点でいちど結果を出せばいいのに。

不思議なことをするなあ、という疑念を抱きつつ、「VRで積めない可能性があるなら、実質CD勝負するしかない」と覚悟して積んでいる方々を見て、そういうものだろうかとアッサリ流していた。

で、中間発表があった。大差のついた戦いと、僅差の戦いと、逃げ切り/逆転を狙いたくなるような戦いがあった。(これ、あまりにも綺麗な分かれ方だったけど、ヒプノシスマイクくんの予想通りだったんだろうか)

そして中間発表と前後して、「VRでも積める」ことが判明した。しかも、一票あたりの単価が最もお得だ。(ライブはたしか四千円ぐらい、CDが二千円、VRは千円)そして、金額によって票の重みが変動することはないらしい。たぶん。

阿鼻叫喚、ってこのことか、と思った。タイムラインを眺めていると、めちゃくちゃに人間感情が乱高下していて、見ているだけで酔いそうな感覚になるほどだった。

すでに(単純計算で)十億円を超えるカネが動いていて、その上まだ、ヒプノシスマイクくんは人のカネと感情を動かすつもりらしい。

せめて少しでも巻き返したい、という気持ち

このまま圧勝したい、という気持ち

なんとか逃げ切りたかったり、猛追して逆転したかったりする気持ち

同じチームを応援する者同士の連帯感が高まる一方で、自陣への不信感を募らせたり、相手方への攻撃に転じたりする心情だってある。そして、今まで投じてきた票の意味を自問したり、疲れて何かが折れてしま気持ち

金銭によるバトルをはじめて間近で見る身として、ものすごい世界だなあと溜め息が漏れた。

中間発表の形式タイミングは、ここまできて振り返ると、それなりの合理性があったのだろう。

単に「VRも始めたからみんな観てね」って言うよりも、ずっと効果的に多くの人にアプリインストールプラットフォームへの会員登録をさせられる。

現金」や「CD」という物理空間での制約を受けない形式での投票は、よく言えばエコだし、わるく言えば金銭感覚をより麻痺させる。

中の人」を表に出して結果を発表するグロテスクだって結果的にはこの札束バトルを過熱させる要因のひとつになっている。

ごく個人的見解では、収益化のうまいコンテンツは見ていて信頼できる。そういう意味で、カネの集め方や人の心理誘導の仕方として、ヒプノシスマイクくんには一定の信頼を置いている。そのうえで、私は思うのだ。

ダッセーーーーー!!!!!

と。

ダサいあんまりにもダサい。やってることが格好悪い。ヒップホップってもっとイカした世界観じゃないのか?ここは昭和でも平成でもなくて令和、あるいはH歴じゃないのか?なんでこんなダサい商法を、君は性懲りもなく続けられるのか?答えてくれ、ヒプノシスマイクくん。

ヒップホップとか、ラップミュージック歴史にあまり明るくない人間でも、少なくともこのジャンルは「富める者によって独占されるべき音楽」ではないんじゃないか突っ込みたくなってしまう。資本主義が一番偉いから、カネや地位権力のない人間は虐げられて一生地べたに這いつくばってるべきだっていう世界に反逆できなくて、何がペンは剣よりヒプノシスマイクなんだ?教えてくれ、ヒプノシスマイクくん。

私には純粋に、それが疑問なのだコンテンツの維持にはお金必要なのは百も承知で、それでもなお、音楽(あるいは魂)の在り方と商法の相性が悪くて、これじゃああんまりにもダサいんじゃなかろうかと思ってしまうのだ。ダサすぎて仕方なくて、コンテンツとして廃れてしまうんじゃないだろうかと思って、そこに私はずっとヒヤヒヤしているのだ。


から、私は提言したい。せめて、俺たちもラップで戦わせてくれ!と。言葉がいまやマシンガンであるなら、ライムが脳漿をかき回せるなら、金銭以外のフィールドでも戦わせてくれないだろうか。

たとえば、CDを買ってシリアルコードを使って普通に投票すると、それは一票としてカウントされる。でも、リリックを添えて投票すれば、それが二票としてカウントされる。そういう仕組みはどうだろう。

こういう仕掛けなら、お金はあるけど時間のない人は、CDをたくさん買って黙々と投票すればいい。逆に、時間はあるけどお金のない人でも、リリックを練り上げることで力添えができる。今までたくさんヒプ生で学んできた知識も生かせるし、日本語母語としない人でも参加できるんじゃないだろうか。

日本語ラップ押韻判定が難しそうだけど、それを見極めるために人が雇われれば雇用の創出になるし、AI的なシステムを作ればラップの発展に貢献できるかもしれない。

今までプロとして歌詞提供してきた方々も、ひょっとしたら参戦してくれるかもしれない。それを見て、まだヒプノシスマイクに触れたことのなかったラッパーの方も、面白いと感じて参加してくれるかもしれない。総力戦である

こうなってくると、同じ「二票」になるのなら、CD二枚を買うのではなくてリリックを考えることを選択する人も出てくるだろう。演じている方への愛を伝える手段としても、体温のこもった一票を投じることができるというのは、悪い選択肢ではないはずだ。

それで、できれば、そうやって集まったリリックを選び抜いて、それを楽曲に使ってくれないだろうかと思うのだ。

それもまた、想像すら及ばないほど難しいものなんだろうということは、今まで世に出てきたヒプノシスマイク楽曲を聞いていればわかる。一連の曲の中で無駄フレーズなど一つもないほどに、リリックというのは緻密に組み上げられているのだ。

でも、たとえワンバースであっても、自分リリックが使われるかもしれないという可能性が見えていたほうが、ずっと張り合いがあるしドリームがあるじゃないかCD一枚、二千二百円に全身全霊をこめたリリックを乗せて票として投じて、それが「推し」のパンチラインになるかもしれない。そんなビッグドリームを抱けずして、何がヒプノシスマイクなのだろう。

ラップミュージックは、その人の人生を背負う音楽なのだという。だとしたらやはり、キャラクターへの愛やヒップホップへの造詣の深い人がより力を持つ投票の仕掛けとしても、リリックバトルをやってみてくれないだろうか。きっと面白いだろうから。それで盛り上がる世界を、私が見てみたいから。そんなムーブメントを巻き起こせるだけの力がヒプノシスマイクくんにはあると、私は特段の根拠もなく信じているから。

数年後には、「来たぜホンモノのDRB(絵文字) 燃やせ闘志入れてけよ気合い(絵文字) リリックバトルこれこそ新時代(絵文字)」みたいなフザけたお知らせとともに、本気でリリックバトルをブチ上げて欲しい。そういうヒプノシスマイクくんであってくれると嬉しいなと思っている、一人のファン気持ちでした。

なんだかんだ言いつつも、私はこのバトルシーズンをそれなりに楽しんでいるので、まずは今のバトルの結果を最後までキッチリ見届けたいと思います

家の工事って相見積もりしか自衛手段がないんだよな

水道屋根工事のボッタクリ業者が跳梁跋扈して社会問題化している昨今、利用者側としてはぼんやりとググって業者を選ぶのはあまり危険すぎる。

だが一般人が頻繁にやるもんでもないか相場感覚なんてわからないし、ここに頼めばとりあえず安心という王道選択肢もない。

となると相見積もりくらいしか自衛手段がないんだよな。

例えば産業廃棄物処理業者なんかだと自治体の優良認定があったりしてある程度の指標になるんだけど、

相見積もりを止めてほしいならそういう認定制度業界で作るしかないと思う。

でもまあそういう声って昔からあるだろうに作られないのは、そういう制度ができたら困る人のほうが多いからなのかなあと邪推してしまうけど。

弱者女性精神障害者男性サンドバッグにしてきたことについて

anond:20210506234730を読んで、書いておこうと思った。

弱者女性を名乗る人々が精神障害持ち男を「でも理解のある彼女さんが」と、積極的に叩いて来たことは忘れないし、いくら弱者女性が辛そうにしていても「所詮弱者女性自分の不幸を理由に人の不幸(精神障害)を軽んじ、嘲笑する人間性からな」と思い続けるだろう。

そして今現在の心境としては、弱者女性いくら辛そうにしていても絶対に手を差し伸べたくないと思っている。

思っている、というよりは

思ってしまうようになった、というのがより適当だ。

わたし普段生活において、「人に親切にしよう、人に気を配ろう、(いくらかの定型発達の人々が無自覚にするような)人を追い込むような真似はやめよう」と積極的に気をつけて生きているつもりだ。別に、不幸な人々を負け組嘲笑し生きるような人柄ではない。しかし、弱者女性を名乗る人々の言動を見るうちに、「弱者女性は、こんな言動をしていたんじゃ差し伸べられる手も差し伸べられないだろうな」という感情が「誰が手を差し伸べるか」という気持ちに変化していた。

正直なところ、わたしは手を差し伸べられると、差し伸べるほどの余裕や能力があるとは言い切れない。だからわたしがどう思おうと関係のない話かもしれない。

 

弱者女性には弱者女性なりの辛さがあるのだろう。それは、男性であるわたしには男性なりの辛さがあって、発達障害であるわたしには発達障害なりのつらさがあるのと同じだろう。わたしの辛さが弱者女性に完全に理解できるものだとは思わないし、わたしもまた弱者女性の辛さは理解できない。

弱者男性たるわたしと、弱者女性どちらが辛いかはわからない。測り、比べられるものだとも思えない。

しかし、弱者女性たるあなたがが辛いのだと主張すれば、辛いのだろうなと思うことぐらいはできる。「そうなんですね」程度の相槌は打てるだろう(それがわたしコミュニケーショ能力限界だ)。

これがわたしの線引きだ。これ以上はもう手を差し伸べたくない。

 

わたしが男だからか、は知らぬが「理解のある彼女さん」を作ろうと思えば作れるだけの性的価値とやらはあったかもしれない。

だがアセクシャル、アロマンテイックの自分にとって、理解のある彼女さんは不要だった。欲しいと思えなかった。

高校時代に鬱で心療内科にかかり、(ずっと怖くて診断を避けていた)発達障害の診断を受け、障害を受容し、社会で人並み程度に働けるようになるまでには多大な苦しみと努力があった。

わたし普通には働けないのではないか障害者雇用を選ぶべきではないかそもそも社会に出るべきではないのではないか、周囲が言うようにわたし女性に養われるべきなのか、そのために好きになれない異性相手理解し難い恋愛感情偽装結婚するべきなのだろうか……

からすれば大したことのない悩みかもしれないが、わたしにとっては生涯を通して付き纏うだろう悩みだ。

結婚という逃げの選択肢があるだけマシ」と言われるかもしれないが、その選択肢を負わねばならない人間にもそれなりの辛さがある。

結婚したくもないのに、結婚しなければ嘲笑される。養われたくもないのに、養われれば良い、養われるべきだ、養われないなんて、選べるのにこれを選ばないなんてバカだ、選べたのに選ばなかったなんて大バカだ、と謗られる。その風当たりは歳を取れば取るほどきつくなるのかもしれない。

辛いことだ。

弱者女性の「でも男は理解のある彼女さんが」は、大変不愉快で腹立たしく、そして不安気持ちにさせるものだった。誰に対して言ったわけでもない、自嘲混じりの嘆きだったのかもしれないが、実在個人に当たる弾だったのだ。

 

わたしは、許さない。

 

わたしのようにアセクシャルでない障害男性にとっても、失礼な言葉だと思う。

女性から恋愛対象に該当するような男性になることは、フリをすることは努力必要だ。金も服装も、正しい話題選びも、普通男性らしいふるまいをすることも、普通男性らしいコミュニケーション能力を身につけることも、とても困難な男性はいる。普通男性に、普通に価値がある」男性に、擬態する努力は何も異性から好かれるためではない。人並みに扱われるために不可欠な努力だ。「理解のある彼女さん」も「性的価値」も男ならば必ず初めから手に入るものではない。努力あってのものだ。

 

理解のある彼女さん、に好かれ、関係を維持している障害持ち男性は、自分努力を語るにも周囲への感謝を欠かさない素晴らしい人だろう。

(正直な話、わたしだってアセクシャルとして、恋愛脳の異性愛者は結局「彼女さん」か、とうんざりしていたし、理解のある彼女さんに頼る甘えたバカ男のせいで自分の辛さが矮小化されるわけで恨みしかないわけだが、)理解のある彼女さん持ちの障害者男にとっても「お前らは理解のある彼女さんがいるからいいよな」は不快言葉だったろう。

 

さまざまな精神障害認知され、発達障害を持っていても療育によって働ける男性は増えていくだろう。異性に頼らずに生きる障害だって、この世にいるのだ。

 

あなたがたは、ーーーあなたではないかもしれないが例えそうだとしても、弱者女性の名で、精神障害持ちの男性にたいして発してきた言動は、無かったことにはできない。

弱者女性の辛さを、弱い立場男性を叩く正当化材料したこと自分の辛さを人への加害の理由にする、品位の無さ。

弱者女性論を歪めてきたのは誰か、よく考えて欲しい。

弱者女性は、弱者女性を名乗る幾人かの言う通り、ごく一部の自称弱者女性がそうした言葉を発しているだけなのかもしれない。

弱者女性に寄り添う顔をして、(※フェミの反対の概念がない)叩き男叩きに興じる悪がいるだけなのかもしれない。

しか弱者女性が、はっきりと、それを否定批判しているは見たことがない。

 

例えたった1人でも、過去の(あなたもしくは弱者女性を名乗る他人の)発言批判するならばわたしも考えを変える努力をしようと思う。

 

それでもやはり、あれらの発言絶対に許さない。

anond:20210506234730

まず前提として女性というカテゴリに属する弱者が『理解のある彼くん』という手段で救いを得やすい傾向にあるのは事実でしょ。

かに理解ある異性を得るのにも努力必要だろうだけれど弱者自助努力により救済を得る方法の中では比較的イージー手段であることも事実だし、男女の性欲差によって男性よりも女性の方が理解ある異性を得やすいのもまた事実

そして、『理解のある彼くん』という手段を選ぶと選ばざるとに関わらず、不幸から脱出手段選択肢が一つ多いということ自体はやはり恵まれていることだよ。

流石にそれを否定するのが現実が見えていなさすぎる。

その上で、アセクシャルという増田のような『理解のある彼くん』が救いにならない、あるいは所謂『穴モテ』ができないレベルのブスみたいに『理解のある彼くん』にすら救ってもらえない、そういう『女性でありながら女性の持つ優位傾向を活かせない人々』が「女性というだけで恵まれいるかのように語るな! 私たちの辛さを矮小化するな!」と憤るのは、差別に対する正当な怒りだと思うよ。

ただまあ、増田がそうした差別を受けているという事実を認めた上で、それでも増田に対しては欠片も同情心は湧かないな。

だって増田弱者男性にも女性に対して加害性のある人もいればそうでない人もいるという事実無視して、弱者男性という属性を叩いているんだから

自分差別するけど、人に差別されるのは嫌です」なんて我儘が通るハズもなし。

差別主義者は差別主義者同士で仲良く差別し合っていれば良いんじゃないですかね?

anond:20210507100752

ラジオって選択肢が5個くらいしかないし、聞いてる絶対数が少ないし、レガシーメディアじゃん。

数千の選択肢があるweb配信と比べるのはなあ。

自動洗浄トイレ存在意義を知った話

自動洗浄トイレ

トイレで用を足したら勝手に水が流れてブツを流してくれる便利なやつのことだ。

ショッピングモールのおしゃれなトイレでは見かけることが多いので一度も見たことがないという人はいないだろう。

あれが世間に台頭してきたのは私が幼少の頃だったので、自動洗浄トイレが普及してから20年ぐらいはたっているのではないかと思う。

(私が住んでいた場所田舎だったのでよく見るようになったのはここ10年ないぐらいだが)

あれのことを実はあまり快く思っていなかった。

センサーの感度によってはまだ待ってくれ!と思うタイミングで流れたり、逆に便座から立ち上がってもセンサーの前で手を振っても流れてくれないこともある。

設定時間によってはまだケツを拭いている時に流れてしまってもう一度流れるまでタンクに水が溜まるのを待たされたりと、手動よりもままならないことが多くある。

正直、手動で流した方がタイミングは確実だ。

からヤツのことは『外で用を足した時に誰のケツ(もしくはウンコ)に触れたかからない洗浄ハンドルに触れなくて良くなるもの』程度の認識しかなかった。

だが、数日前にこの認識は覆された。

夫が家のトイレで用を足した後流し忘れたのである

人、もしくは家族によってはよくある、よく見る出来事なのかもしれないが、私にとってこれは衝撃的な出来事だった。

私は今まで、少なくとも物心付いた頃からトイレを流し忘れたことは無かったし、用を足すことと流すことはワンセットだったので流し忘れるということが有り得ることを想定していなかった。

から夫が流し忘れるという行為をしてくれて初めて自動洗浄トイレが『流し忘れ防止のため』に存在することだと知ることができた。

しかしたら、自動洗浄トイレには私の知り得ない他にも理由があるのかもしれないが、流し忘れという観点は私には全く存在しなかったものなのでこれを知れたのは大きい。

『外で用を足した時に誰のケツ(もしくはウンコ)に触れたかからない洗浄ハンドルに触れなくて良くなるもの』と『流し忘れ防止のため』では後者の方が開発した人の優しさは圧倒的だろう。

うっかり流し忘れた人が出ないように、恥をかくことが少なくなるように、そんな優しさで作られた自動洗浄トイレを私はこれまでよりも少しだけ好意的に見ることができるような気がする。

現代だと自動洗浄トイレが要因で手動洗浄トイレを流し忘れる逆転現象が発生していそうだが)

ちなみに、これまで外でトイレ使用していて『流し忘れ』に遭ったことが無かったのかというとそんなことは無い。

学校や買い物先の手動洗浄トイレブツの鎮座しているトイレを見かけたことは何度かある。

だが、流し忘れをする人間がいるということを知らなかった私はそれを、『トイレタンクの水が溜まってなくてうまく流れなかったかな?』や『大便(もしくは小便)を人に見せたい性癖の人がいたんだな』程度にしか考えていなかった。

今回の出来事でそれに『流し忘れたのかな?』という選択肢を増やすことができた。

私の脳内で変な性癖にされてしま人間が少なくなったのは間違いなく夫の功績だ。

夫の流し忘れで私にここまでの発見があったことを語りたかったのだが、夫に流し忘れはもう口にするなと釘を刺されてしまったのでここに記す。

CHCH襲撃犯に見る差別主義者は自分普通と思っているという話

クライストチャーチというニュージーランド大都市の一つ(と言っても日本だったらしょぼい地方都市くらいの規模しかないが)で2019年オーストラリア人男性イスラム教宗教施設を銃撃したという事件があった。

実行犯NZにおける最大の刑である終身刑が言い渡され死ぬまでNZ税金で彼を養うことにしたらしい。この矛盾ニュージーランドがどう片付けるかは知らんけど、この国の人々はすぐ忘れちゃうからどうでもいいのかもしれない。

今回は彼が一体何を言っていたのかということを書いてみていか差別解決が難しいかちょっと書いてみたい。

彼は自分を「どこにでもいる普通オーストラリア人男性」と称していたわけだ。ちなみにオーストラリアでは不景気になると白人有色人種を殺す犯罪が度々起こる。もっと前にも「お前のせいで俺は仕事を失った」と激昂した白人インド人が殴り殺される事件があった。このときすぐそば警官がいてインド人も助けを求めたが、警官は助けなかったとか言われている。

彼は「有色人種に奪われた自分生活を取り戻す」ことを目的に何故かNZ犯罪を犯した。

客観的に見れば彼が有色人種に対して(そしてイスラム教徒に対して)凄まじい差別感情を持っていることは容易に推察することができる。しかし彼は「俺は普通オーストラリア人」を自認しているということは、彼にとってあの行動は「普通の人が取りうる選択肢の一つ」でしかなかったということでもある。周囲からしたらどんなに異常で、今すぐ病院で投薬治療したほうがいいレベルのことに納得しちゃってても「普通の人の選択肢の一つ」になってしまった。

周囲から見たら色々おかしい。正常な思考の持ち主であればそもそも異国の地にいる異教徒自国での生活のために殺すわけがない。殺す時点で色々おかしいが、この辺はオーストラリアでは「割とある犯罪」なので、ひょっとしたら、というのはあるがそれも白豪主義という差別思想のなせる技だ。

この事件でわかるのは「お前は差別をしている!」といくら説明したところで「え、普通の人なら割とやるでしょ?何が差別なの?」としか思われないという点だ。

まり差別解決というのは「普通と思っている相手にそれが異常だと思わせる行為」なのである

身近な差別に身を向けてみると、例えば痴漢は「相手痴漢をしてほしいと思っているからしてあげている」ということを平気で言う、子供暴力を振るう人たちは「しつけのためにやっていることだ」という、ストーカーは「純愛」と思っている。モラハラ上司は「発破をかけている」という、セクハラ親父は「女性フランクに接しているだけ」と思っている。いじめは「あいつと仲良くしているだけ」と思っている。

そして彼らはこういう、「痴漢は悪いこと」「暴力は許されない」「恋愛はお互いが幸せになるものであるべき」「行き過ぎた叱責は逆効果」「女性性的不快なことは言うべきではない」「いじめなんでだせーよな」

「こんな事するやつの気がしれない」という言葉で締めつつ。

そういうわけなので差別には「それが差別だ」ということを直接言っても全くの無駄ということがわかるだろうか。辛くて苦しいかもしれないが、ある程度のステップを踏む必要がある。

「どうしてそう思うの?」「その理屈は本当なの?」差別を解消するプロフェッショナルは一体どうやっているんだろうか。「うるせー!しつけーんだよ!」といきなりぶん殴られるリスクまで背負わねばならない。

弱者男性が「差別をやめろ」と叫ぶ。差別をする人は「常識的あなたのような男性を扱えば必然的にこうなるだけですがなにか」としか思っていない。

女性が「差別をやめろ」と叫ぶ。差別をする人は「常識的女性への対応をしているに過ぎませんが何が問題ですか」としか思っていない。

差別の要素には「属性判断する」というのがあるのだが、もうちょっと掘り下げるなら「属性根拠相手がどう感じるか、思うかを自分勝手に決めてそれを正解にしている」というのがある。差別をする人はこれをやっているということに全くピンとこない。

そしてここまで読んでくれて「そうなんだよね、ほんとアイツラ困ったもんだわ」とかあなたが感じたなら、あなた自分の中の差別感情にさっさと気づくべき

2021-05-06

追記しました。弱者男性精神障害者女性サンドバッグにしてきたことについて

anond:20210509075626追記を書きしました。

 

anond:20210506123407を読んで、書いておこうと思った。

弱者男性を名乗る人々が精神障害持ち女を「でも理解のある彼氏くんが」と、積極的に叩いて来たことは忘れないし、いくら弱者男性が辛そうにしていても「所詮弱者男性自分の不幸を理由に人の不幸(精神障害)を軽んじ、嘲笑する人間性からな」と思い続けるだろう。

そして今現在の心境としては、弱者男性いくら辛そうにしていても絶対に手を差し伸べたくないと思っている。

思っている、というよりは

思ってしまうようになった、というのがより適当だ。

わたし普段生活において、「人に親切にしよう、人に気を配ろう、(いくらかの定型発達の人々が無自覚にするような)人を追い込むような真似はやめよう」と積極的に気をつけて生きているつもりだ。別に、不幸な人々を負け組嘲笑し生きるような人柄ではない。しかし、弱者男性を名乗る人々の言動を見るうちに、「弱者男性は、こんな言動をしていたんじゃ差し伸べられる手も差し伸べられないだろうな」という感情が「誰が手を差し伸べるか」という気持ちに変化していた。

正直なところ、わたしは手を差し伸べられると、差し伸べるほどの余裕や能力があるとは言い切れない。だからわたしがどう思おうと関係のない話かもしれない。

 

弱者男性には弱者男性なりの辛さがあるのだろう。それは、女性であるわたしには女性なりの辛さがあって、発達障害であるわたしには発達障害なりのつらさがあるのと同じだろう。わたしの辛さが弱者男性に完全に理解できるものだとは思わないし、わたしもまた弱者男性の辛さは理解できない。

弱者女性たるわたしと、弱者男性どちらが辛いかはわからない。測り、比べられるものだとも思えない。

しかし、弱者男性たるあなたがが辛いのだと主張すれば、辛いのだろうなと思うことぐらいはできる。「そうなんですね」程度の相槌は打てるだろう(それがわたしコミュニケーショ能力限界だ)。

これがわたしの線引きだ。これ以上はもう手を差し伸べたくない。

 

わたしが女だからか、は知らぬが「理解のある彼くん」を作ろうと思えば作れるだけの性的価値とやらはあったかもしれない。

だがアセクシャル、アロマンテイックの自分にとって、理解のある彼くんは不要だった。欲しいと思えなかった。

高校時代に鬱で心療内科にかかり、(ずっと怖くて診断を避けていた)発達障害の診断を受け、障害を受容し、社会で人並み程度に働けるようになるまでには多大な苦しみと努力があった。

わたし普通には働けないのではないか障害者雇用を選ぶべきではないかそもそも社会に出るべきではないのではないか、周囲が言うようにわたし男性に養われるべきなのか、そのために好きになれない異性相手理解し難い恋愛感情偽装結婚するべきなのだろうか……

からすれば大したことのない悩みかもしれないが、わたしにとっては生涯を通して付き纏うだろう悩みだ。

結婚という逃げの選択肢があるだけマシ」と言われるかもしれないが、その選択肢を負わねばならない人間にもそれなりの辛さがある。

結婚したくもないのに、結婚しなければ嘲笑される。養われたくもないのに、養われれば良い、養われるべきだ、養われないなんて、選べるのにこれを選ばないなんてバカだ、選べたのに選ばなかったなんて大バカだ、と謗られる。その風当たりは歳を取れば取るほどきつくなるのかもしれない。

辛いことだ。

弱者男性の「でも女は理解のある彼氏くんが」は、大変不愉快で腹立たしく、そして不安気持ちにさせるものだった。誰に対して言ったわけでもない、自嘲混じりの嘆きだったのかもしれないが、実在個人に当たる弾だったのだ。

 

わたしは、許さない。

 

わたしのようにアセクシャルでない障害女性にとっても、失礼な言葉だと思う。

男性から恋愛対象に該当するような女性になることは、フリをすることは努力必要だ。メイクも、服装も、正しい話題選びも、普通女性らしいふるまいをすることも、普通女性らしいコミュニケーション能力を身につけることも、とても困難な女性はいる。普通女性に、普通に価値がある」女性に、擬態する努力は何も異性から好かれるためではない。人並みに扱われるために不可欠な努力だ。「理解のある彼くん」も「性的価値」も女ならば必ず初めから手に入るものではない。努力あってのものだ。

 

理解のある彼くん、に好かれ、関係を維持している障害持ち女性は、自分努力を語るにも周囲への感謝を欠かさない素晴らしい人だろう。

(正直な話、わたしだってアセクシャルとして、恋愛脳の異性愛者は結局「彼くん」か、とうんざりしていたし、理解のある彼くんに頼る甘えたバカ女のせいで自分の辛さが矮小化されるわけで恨みしかないわけだが、)理解のある彼くん持ちの障害者女にとっても「お前らは理解のある彼くんがいるからいいよな」は不快言葉だったろう。

 

さまざまな精神障害認知され、発達障害を持っていても療育によって働ける女性は増えていくだろう。異性に頼らずに生きる障害だって、この世にいるのだ。

 

あなたがたは、ーーーあなたではないかもしれないが例えそうだとしても、弱者男性の名で、精神障害持ちの女性にたいして発してきた言動は、無かったことにはできない。

弱者男性の辛さを、弱い立場女性を叩く正当化材料したこと自分の辛さを人への加害の理由にする、品位の無さ。

弱者男性論を歪めてきたのは誰か、よく考えて欲しい。

弱者男性は、弱者男性を名乗る幾人かの言う通り、ごく一部の自称弱者男性がそうした言葉を発しているだけなのかもしれない。

弱者男性に寄り添う顔をして、フェミ叩き女叩きに興じる悪がいるだけなのかもしれない。

しか弱者男性が、はっきりと、それを否定批判しているは見たことがない。

 

例えたった1人でも、過去の(あなたもしくは弱者男性を名乗る他人の)発言批判するならばわたしも考えを変える努力をしようと思う。

 

それでもやはり、あれらの発言絶対に許さない。

コロナ禍だけどキンタマ手術してもらってきた

コロナ禍の今、俺の金玉を手術してもいいのか問題

https://anond.hatelabo.jp/20210114141729

この後日談です。コメントトラバくれた方ありがとう!もし分らんとことかあればできるだけ答えたい。

金玉病気だった

上の投稿の後、意を決して近所の泌尿器科金玉を診てもらった。やはり典型的精索静脈瘤だったようで、3段階あるグレードの中でもガッツリ一番上のグレード3らしい。あとから調べるとグレード3の基準怒張した血管のでこぼこが陰嚢の外から見えるか、というものなのだけれど、正直まったく病気だとは思っていなかった。てっきりみんな左側の金玉にはうどんがついているものだと思っていた。

先生に「薬もなくはないけど、治したいなら基本的に手術やね(概略)」と言われ、手術ができる大きい病院に紹介してもらった。

金玉の最新治療できる人少ない問題

紹介された大病院に行き、CTその他の詳細な検査を受けた。再度エコーでも見てもらったが、若い先生2人に「あ~怒張してるね~」とか言われながらゲルでぐりぐりされて、なぜ俺はこんなくだらないことで笑いを堪えているのか、かつなぜこんな真剣に診てもらっているのに息子は反応しかけているのか、二重に失礼で低俗自分に悲しくなった。あとこの病気あるあるらしいのだが、左の睾丸が7割くらいの大きさに委縮していた。大きなデメリットはないそうだが何故か悲しくなった。

検査も終わり、よっしゃいよいよ手術だと意気揚々先生からの話を聞くと、どうも手術できないことはないのだけれど、ここだと出来る術式が限られてしまう※1とのこと。生意気にも自分でも色々ググったりしていたので、できればより良い方法がいいと、その術式が可能な別の病院を再度紹介してもらうことにした。

※1 このページ(https://www.lab.toho-u.ac.jp/med/omori/repro/patient/man_sterility/day_varicocele_surgery.html)の"精索静脈瘤手術の比較"の表で言う2番目の「腹腔鏡精索静脈瘤手術」になるとのことだった。自分が最終的に受けたのは一番下の「顕微鏡精索静脈瘤低位結紮術・ナガオメッソッド」と全く同じ術式(一括結紮法ではない)だけど一応の入院あり。この表もすべてを網羅しているわけではなく、一番下と同程度のリスクに抑えられるもののすこし上の部位で結紮するタイプの術式(microsurgical high inguinalアプローチ)等もあったりする。

混沌としている精子関連の情報

しかしその病院、かなり遠く、都会に立地していた。逆に言えばその「最新の術式」を確実にできる人が全国的に少ないらしい。もっと言えば、この精索静脈瘤治療の大半を占めると思われる男性不妊治療自体最近ようやく注目され始めてきた分野のようで、それに伴って技術を持つ一部の先生需要が集中してしまっているようだった。

加えて、割とダイレクトに「精子の質」とかそういう不妊治療関連のセンシティブ概念に繋がる病気なだけに、検索で出てくる数少ない情報も「他院の手術と違ってこんなに高い技術で丁寧にやります!」的なのが多くて面倒だった。一応大学病院サイトやそこに引用されてる論文とかを主に見るようにしていたが、正直正しかったのかはわからない。「最近増えてる不妊治療専門クリニックはよくわからんとこが多い」とか、そういう話もちらっと先生から聞いたが、不妊治療の闇みたいなものにはあまり踏み込まないことにした。

手術

紹介後の順番待ちはそれなりにあったが、手術が決まってからは早かった。術式は顕微鏡精索静脈瘤低位結紮術の全身麻酔入院あり、保険適用だった。ありがたい。

事前検査を受け、入院し、おいしい病院食を食べ、24時間程度の断食のあと手術を受けた。手術は寝ている間に終わっていた。

経過

直後

傷跡は2.5cmくらいでとても小さく、何も問題なく終わったよと伝えられた。ありがたいことこの上ない。手術後は陰嚢がむくむ、と言われていたがその通りになった。冬のすずめみたいだった。退院するころにはむくみもほぼ引き、傷の痛みもなくなっていた。金玉の痛みも消えていた。すごい。

一週間後

今まであったうどん消失していた。たしかに太くなった血管はそこにあるのだが、どんな状況でも怒張しなくなっていた。プラシーボかもしれないが、今までの陰嚢の暑さが急に改善されたせいか逆に股間が寒く感じる時が多くあり感動した。あと余談だが、玉袋がちょっとツートンカラーになったのは面白かった。基本的に陰嚢は温度が高いときに長く伸び(垂れ下がり)、低いと小さく締まる。自分治療前でもそんなに垂れ下がっているほうではないと思っていたのだが、術後、寒くなると今までにないレベルで玉袋が締まり、今まで玉袋のまわりにあるだけだった皮膚まで玉袋役として引っ張り出されたせいで、元々玉袋だった少し暗い色の皮膚とくらべて明らかに明るい新玉袋領域ができていた。書いてて思ったけどめちゃくちゃどうでもいい情報だ。

その後

傷口も毛でほぼ見えなくなり、消えたうどんと締まった陰嚢以外の見た目は元に戻りつつある。

感想

偶然コロナ感染者数が一度少なくなったタイミングでの入院となったが、もちろん病院はどこも厳戒態勢といった感じで、それでも関わってくれた先生たちをはじめ医療関係者の方々はみな本当によくしてくださり、感謝してもしきれない。

今のところ違和感も無く、とても快適な生活を送っている。

強いて言うなら、入院前に自分で精液検査キットを買って使って変化を観察していれば面白かったかなとは思うが、もともとの目的ではなかったのでヨシとする。

男性の15%は精索静脈瘤がある(問題が出ない場合も多いらしい)ということで、皆手術しよう!とまでは思わないが、もう少し周知され研究治療の普及が進んで、不妊や痛みに悩む人の選択肢が増えて負担が減ればいいなと思った。

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最近気付いたんだけど

ファインモーションって選択肢の一番上を選んだらほとんどスピードスターくれるのな

7/10だったわ

練習上手って罠だったんだな…

anond:20210506142009

専業主婦」はある意味社会的弱者である女の生存戦略だったのよね。男の生活力を奪う形での。

こうやって「全て女性が望んで仕組んだ事」という事にするの、

ただのミソジニー(この世の悪事はすべて女が悪い思考)なのか、

「女が痴漢されたがっていると考えている痴漢」と同じ案件なのか、どっちなんだろう

専業主婦が多かった時代に、女が働きに出る代わりに夫に家事分担させるという選択肢が女にあったのか、

或いは専業主婦家事をせず夫に生活力をつけさせる為に夫に自分の世話を自分でさせるという選択肢が女にあったのか、と考えたら分かるだろうに

実際は共働きだろうと家事はすべて女の仕事で当たり前で夫が分担なんてしなかったし

専業主婦なんて多かった時代であってもあくまで都会の中流以上の階級の間だけで下流地方共働きが当たり前だしな、でも家事育児は全部女の仕事

専業主婦が夫に家事をさせるなんて選択肢も当然なかったわけで

anond:20210506075600

西部民。

まず前提として、田舎なのであまり(安価な)ハンバーグ選択肢が多くない(と思う)ことは書いておく。

その上で何がすごいかといえば「価格」と「肉汁肉感(ジューシー感)」ではないかと思う。

つなぎがないので肉塊を食べているような気になれる(実際肉塊だが)

しかもそのクオリティに対して値段も安い。

とりあえず生を死語にしたい

「とりあえず 生(せい)を 死語にしたい」という読み方してビックリしてしまった

とりあえず肉体を伴って生きるという選択肢を捨てよう!「生きる」死語になる世界に!みたいなSFぽい

45過ぎてから自分は用無しなんだと痛感している。

当たり前だけど生き方も見た目も平凡な自分は、もはや誰かから恋愛対象になることはない。

道行く女性とすれ違っても、出先でちょっとしたコミュニケーションを取る瞬間でも(今はコロナで尚の事難しいが)、自分が異性として見られている実感は皆無になった。(過去にあったかどうかはわからないが、あるかもしれない勘違いはできた。)

町中を彩る広告も、一切自分に呼びかけてきている感じがしなくなった。

唯一目につくのは育毛剤くらいなもので、それ以外の広告自分には眩しすぎるくらい若さに溢れている。

あの手この手若者欲求を刺激する広告に比べて、自分向けの広告は心をえぐるような残酷言葉ばかりが並ぶ。

目を背けたい現実を否応なしにつきつける内容ばかりだ。お前には金を落とす以外に選択肢はないといわんばかりに。

家族と歩いていても、妻や子供に声をかけてくる勧誘はたくさんいるのに、こちらには見向きもしない。

財布の口も妻が握っている。少し離れたところで、はてなの新着を穴が空くほど眺めていること以外にやることがない。

結婚して子供いれば勝ち組?俺の姿見て言えんの?

よっぽど独り身で自由に生きてるやつらのほうが羨ましく見えるよ。

趣味ゲームも、最近ゲームは展開の速さについていけず過去再販ゲームばかりをメモリにためてろくにやりもせずニヤニヤしているばっかりだ。

このままどんどん世界から見向きもされなくなって、疎外感とともに残りの人生を生きていくのかと思うと本当に心が暗くなる。

こんちくしょうこちとら泣く子も黙る団塊ジュニア就職氷河期世代だぞ。

頭数ばっかりでろくな稼ぎもなくて悪かったな。

マーケティングって効果が高すぎるともはや暴力的なんだな。

クリックしたら架空請求されそうな広告ばかりの毎日はもういやだ。

俺らにももっと希望あふれる未来イメージさせてくれよ。

anond:20210506112146

外食起業は基本地雷だと思うのだけど、

強制的にやれと言われるならもっと利益率が高いのを選択したいかなあ

利益率が低いのはチェーン店に勝てない

逆に言うなら、大手チェーン店として存在しているものと同じことをしてはならない

からいきなりステーキができる前ならステーキはまだ選択肢に含まれていた

が、それももう無理である

例えば、フランス料理のフルコースみたいなのは未だにチェーン店では存在しない

こういうのはアニバーサリーを祝うのが目的だったりもする

結婚や年齢を祝うイベントの方がメインだったりもするので、そこで利益率を上げられる

昼食が目的の客だったりすると、さっさと出せ、というのが再要求事項になったりする

払う金が少ないほどバカ舌なのに普段から苛々してたりもして味に五月蝿かったりもする

高い金を払う客は、もちろん高品質料理提供する必要はあるが、理不尽クレームも減る

不条理に急かされたりしないので、落ち着いて料理ができる

外食起業をするなら、普段から一日に客が何人入ったら食っていけそうかとか考える癖がほしい

例えば、必ず入店した客は一杯の珈琲を注文するとしたら、

珈琲の単価はいくらで一日に何人来れば自分は生きていけそうか、普段から考えるのである

例えば、珈琲の単価は一杯500円、20人で一日の売上は1万円になる

しかし、そこから光熱費や賃料などが引かれるわけで、そうなると賃料は避けたいところではある

一日20人固定客がいないと一万円にも満たないのである

そう考えると、日給一万円がどれほどありがたいか身にしみて分かるのである

珈琲の単価も500円と大手チェーン店に比べれば高い、高すぎると感じる

しかし、ここで下手に味とか豆とかで勝負しようとしてはならない

例えば、近所の老人が屯する寄合所みたいなものにしたいと考えるとして、

珈琲の500円は入場料、おかわりは安くか無料に、日持ちのする砂糖菓子などのつまみ

ボードゲームができるとか、昼間からカラオケなりジャズ演奏ができるとか、

結局のところ、飲食オンリーで生き残るのは無理だと考える

フランス料理に話を戻すと、フルコースならば一日の客は片手で数えるぐらいになるが、

1コースの値段はかなり高く設定しても許されるようになると思う

それから、こういう場合は完全に予約制になるわけで、とにかく席の予約を埋める努力をする

予約制になるといいところは、前もって必要材料の量が分かることもある

一日に20人客が来るぞ!と息巻いて、客がゼロだったら腐る食材無駄になってしま

自分家族が食べるにしても限界がある、だから廃棄するようになる

というか、大手チェーン店でもコンビニでも大量に廃棄している

大量に廃棄する業務従業員の心が病むことさえある

しかし、予約制になっていれば廃棄の問題は起こりにくくなる

粉もんをやれ、というのも日持ちがしやすいかである

もっとも、粉だって虫が湧くし、珈琲だって鮮度が落ちれば味が落ちるわけだが、

キャベツレタスなんかよりは遥かにマシである

と思いつくままに書いてみると、やっぱり外食起業する気にはなれないのである

しかし、ホリエモンなんかが言うように、だったらITというのも間違ってはいないが、

賭けた金が少ない分、売上は当然儲けも少ないのが世の常である

からお金が降ってこないかなあ…



あと、立地の問題あるかな

マクドナルドは駅から見える場所モスバーガーは駅からちょっと隠れた場所

みたいな話があった気がするが、飲食店で立地は非常に大事である

自分想像だが、マクドナルド一等地の賃料を払っているはずだから

そうなると、原価厨が原価の小ささを騒ぐが、売上のかなりは賃料で消えているのではないだろうか

から見えるマクドナルドなんて食事というより待ち合わせとか

何でもいいからさっさと食べたい、もしくは時間つぶしみたいな用途になると思われる

一方、モスバーガー珈琲の単価も高くなるが、駅からちょっと離れた隠れた場所で落ち着きたいとか、

そういう用途差別化しているように思われる

フランス料理のフルコースや老人の寄合所みたいな喫茶店ならば、

立地は住宅街の中でもなんとかなる可能性がある

行人クルマの騒がしいところで記念日を祝いたいという客はあまりいないと思う

店舗を出す商売は立地が本当にキツいと思う

客に入ってほしければ良い立地であるべきだし、その分賃料は跳ね上がってしま

起業するなら立地に左右されない業態がいい

anond:20210506081624

まあ、特に昨今の共和党からすると大企業経済を優先して寧ろ親中になる気がする

いつか民主的になると期待して20年、世界中の堪忍袋の緒が切れたという状態で、いまさら親中なんて選択肢はないんだよ坊や

anond:20210506081332

知らんけど、元増田的には

人口病院利用者数が少ない上にお年寄りほとんどだから書き込む絶対数が小さい、そもそも選択肢が少ないから万が一医者と気まずくなりたくないとかが理由だと思う

だそうです

選択の自由に対し、「選択しなくてもよい(自由)」「選択肢が過剰である選択作業に命を吸い取られる」という視点社会システムの複雑化に伴い非常に重要性が増大している

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