はてなキーワード: 選択肢とは
不細工で低学歴、チビ、禿げ、デブは障碍者なんだから優遇する制度を作れってことだよ
でも弱者男性は逆転できない決定的な理由がありながらそのハンデをただ背負って生きてる
デジタル広告の自動生成AIをサイバーエージェントをはじめ、電通、博報堂らが一斉に導入を始めている。
これを使う一番の目的は省力化よりも増力化がメインらしい。
デジタル広告界隈では「もっともっと広告を打つ必要があるのに手が足りてない」状態らしい。
今でも広告多すぎウザすぎワロタ状態なのにまだ打つ気なのかよwっていう。
記事とか見てるとサイトに表示される広告はクリック数や表示回数によってランクが上げ下げされ
複数の広告の中から最も効果が高いであろう広告が表示されるようになってるらしくて
視聴者に飽きさせないために次々と新しい広告を出す必要があるらしい。
でもさー、これ。
どんどん新しい広告を投入していけば飽きられないようになるわけじゃないじゃんね。
むしろどんどん飽きるスパンが短くなっていくだけなんじゃねーかって思うんだけど、どうなんやろね。
今は10個の広告で表示枠を争ってるところを1000個の広告、10000個の広告で争うことって
消費者にも広告主にもあんまメリットないんじゃねーかとも思うんだけど。
むしろ広告出す側からすれば「単価が下がって競合が増えること」よりも「高い単価でも高い効果が得られる」ほうが嬉しいんじゃないだろうか。どうなの?広告主さん。
俺はAIイラストに対して割と批判的なんだけど、それは学習方法云々って言うよりも、AIを使うことで「流行り」のイラストが量産されまくって「流行り」が今まで以上に爆速で消費されていくんじゃないかっていうのがなんか窮屈って言うか、しんどいなーって思っちゃうからなんだよね。
なんつーか選択肢は少ないと困るけど多すぎても逆に困るみたいな。しかもAIっていう「間違いない」要素を確実に備えた、80点~91点くらいの誤差の範囲の選択肢をいっぱい用意されても正直疲れちゃうって言うか。
効率化って一定までは生活を一変させるくらいの劇的な効果があると思ってるんだけど、一定を越えると今度はその効率に人間のほうが追い付けなくなっていくんじゃないかって思うんだよね。
例えばアナログイラストからデジタルイラストに変化があって「線を書いたり消したりが簡単にできる」「直線曲線の調整が劇的に楽になった」とかで、めちゃくちゃ絵に対するハードルが下がって、これまで以上にいろんな人が絵で稼げるようになったわけだけど、AIイラストが登場したことでむしろ「誰も稼げない」ようになっていくんじゃないかって思うんだよな。
だってこれからイラスト生成AIのパッケージがどんどん進化していけば「AI絵師」に頼まなくても必要なイラストはパッケージを手に入れれば自分で作ることすらできるようになるわけじゃん。今は何か呪文が面倒くさかったり、ちょっとした手修正が必要だけど、たぶん、そんなの今だけだよ。
そういう意味では広告生成AIは一般に広く販売を行わないことで「広告を供給する側」と「供給される側」に壁を作ってこれまで通り「広告を供給する側」の権益を守るだろうし、出せば出すほど儲かるもんじゃないなってなったらAI使っても生産量を絞っていくような気がせんでもない。
でもなんかそれってやっぱ「豊かさ」とは違う気がすんだよな。
典型的な、書いてない(言ってない)ことを読み取って逆恨みするタイプ。
これのことだろう
「これも自民党に票を入れ続けた馬鹿の責任だよね」みたいなブクマカおるけど
ここでは
というお題で議論している。
そこに「違う選択肢を選んでおけばもっと素晴らしい未来があった」などという文字列は一切ない。
文字列にないことを読み込んで、それを批判している。誰も言っていないし書いてもいないことに対して異を唱えている。幻と闘っている。
そういうの止めた方がいいよ。幻聴が聞こえる、みたいなことはお医者さんに行く案件なので幻文が読めるのなら、それもお医者さんに行かれた方がいいですね。
誰だって常に1番の選択が出来るわけではない。限られた選択肢の中からマシな選択をするしかない。
俺は、クソ不味の豚骨ラーメンを食べて次々と倒れていく客の中から、僅かでも「この豚骨ラーメン上手い!」という声が聞こえるまではチャーシュー麺を注文し続ける。
税金をジャブジャブ無駄遣いした世界規模の軍人さんごっことそれにかこつけた侵略準備ゲームに参加してるだけなのに……
自衛隊は事あるごとに「人を守る」「守りたい人がいる」と口にするが、実際彼らが本当に他の誰か以上に人を守ることに貢献したことがあるのだろうか?
災害が起きれば被災地に駆けつけこそするが、それが可能なのは誰かが道路を整備し、誰かが車両を製造し、誰かが情報網を維持し、そうして無数の誰かの仕事が積み上がった果てにようやくではないが。
座りしままに食うは家康のごとく最後の最後に美味しいところどりをしてヒーローを気取っているだけではないのか?
一生の内における「日本人が日本人の生命や生活を救うのに貢献した度合い」を合計したら、自衛隊員などは全然下から数えたほうが早いような順位にあるのでは?
心が壊れそうな時に美味しい料理に救われた人、ドラマやアニメを通して孤独を紛らわした人、日常生活が変わらず続いていたから立ち上がるまでの時間を生き延びられた人、多くの人が多くの人を救っている。
分かりやすく物理的な形でたまたま災害活動に参加しただけで「人を救う」というのはどうなんだろうか?
もしも自衛隊なんてものがなくて、それによって使われていた税金が福祉に使われていたら、それでもっと大勢の人が救われたんじゃないのか?
軍人ごっこのおまけで災害派遣の練習をする自衛隊ではなく、本当の災害現場のプロである消防隊員の育成や装備拡充に自衛隊で浪費されていた予算が回されていたら……。
道路を始めとしたインフラの修繕、家屋の最新の耐震基準への適応、金と人手があれば未来で誰かの命を救うのに役立てられる場所はいくらでもある。
軍人ごっこから日本だけが降りたらその途端に日本の国土はなくなるというのは分かる。
そこは分かる。
でもそれは「国を守っている」でしかないのだということを誤魔化さないで欲しい。
堂々と胸を張って「日本という国、国土を守っている。国民が守られるのはその結果だ。災害派遣は鍛えた肉体でついでにやる副業でしかない」と言って見せてくれ。
それが出来ないということは……ことあるごとに「人を守っている」という言葉を並べるというのは、「自分たちが本当に国民の役に立っているのか?」という疑問がいつも渦巻いているからなのでは?
旧軍のように「軍人が偉いのは当たり前だ。偉い人間が存在するだけで社会の役に立っているのは当たり前だ」とえばり散らしてないだけまだ立派ではあるのだろう。
自分たちの存在意義に疑問を持ちながら国土を守るという曖昧なあり方が自衛隊らしさなのだろうとは思う。
ならばそれを貫いてみろ。
そのくせ実際には身内の隊員さえもいじめ抜いて人間を壊し続けているのが実態ではないか。
一人の人間を破壊すれば、その毒は次々に蔓延していくということを閉鎖的コミュニティの住民である君たちが知らないはずがないだろうに。
なぜ、「人を守る」と口では言いながら、その裏では「人を壊し」続けているのか?
「人を壊すこと」が君たちにとっての「日本社会への貢献」であり、「人を守る」ことなのか?
教えてくれ
リスクを考えるなら。
補給物資を届けるのだって、ロシアに怨まれて戦争を仕掛けられない保証はない。
国家と国民の保護を一番に考えるなら、助けないが現実的選択肢だ。
でも日本はそうしなかった。
だったらAEDを必要としてる女性をリスク取らずに見離すのは、まあ矛盾してるよな。
確かに。
結局お前の提示しているダイヤモンドグラフも女性の低収入を問題だと分析してるじゃんって。
出産がないということ自体、男は有利だしお前が思っている以上に女は選択肢限られてんだよ
読解力がないなら無理して逆張りすんな
正直Fラン卒で一生孤独でゴミみたいな扱い受けるような人生なら潔く競争社会から降りた方がどう見てもいいのに、無駄なあがきを続けてその場にいない弱者を叩いて惨めな自分から目を逸らすのが生き甲斐とは悲しいにもほどがある
岸田文雄の「異次元の少子化対策」の為の一番の生贄は結婚の選択肢すらない弱男なんですよ
今まで弱男を切り捨てて、見捨てて、結婚して幸せに暮らしている人達に、弱男は金まで奪われるんです 拒否権はありません
そんな国や人々のために弱男が働く必要ってありますか? 働く理由って大体は「見栄」なんですよ 生きるだけなら小屋暮らしでもホームレスでも生きて行ける
これ以上何も奪われたくないのならもう見栄も、劣等感を生み出すような無駄なつながりも、何もかも捨てて必要最低限の生活で生きる事です
緊急連絡先といえば、今住んでるところに入居するときも苦労したっけなあ。
保証人不要の物件だから大丈夫と思ったら、緊急連絡先(親類縁者のツテ)が無い人には貸せないって言われて。
別の不動産屋(仲介)で相談したら、緊急連絡先になんちゃって友人を作ってくれて、そこから管理してる不動産屋に交渉してくれたおかげで住めてるわけだし。