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はてなキーワード: 入学とは

2018-01-20

anond:20180115013925

Q3 一度高等学校卒業している場合には、他の高等学校入学することはできないのでしょうか。

A3 法令上、一度高等学校卒業した者の再入学禁止する規定はなく、一度高等学校卒業たことをもって、高等学校入学資格が無くなるものではありません。例えば、高等学校普通科卒業した者が、工業学科等の他の学科入学することが考えられます

http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/kaikaku/sikaku/1311012.htm

ありなのか!

2018-01-19

トイアンナ氏の離婚を祝福したい

から氏については目にする事は多かったが、最近離婚したと聞いたので、知らない人向けにすこしだけまとめたい。

氏は顔出ししているダミーと顔出ししていない本体に分かれる。

しかし、主に活動している本体こと伊藤ナナ氏の経歴については以下で述べられている。内容は私の調べとも一致する。

http://anond.hatelabo.jp/20161119214145

なお記事にある仏壇会社インターンした時期と年次が合わない事を指摘している。

インターン就活のために行うという認識一般的で、3年生が行うものとされる。それが、P&G内定した以降の4年次にインターンしているから合わないと思ったのだろう。

しかし、レアケースとはいえできない事ではないし、親が骨壺だがを作っており、葬式関係には縁があったようだしP&G退職後の仏壇会社への転職のつながりはこの機会であったのではないかと思われる。従って、十分あり得たし、実際にインターンしていたというのが私の理解である

私の知るトイアンナ氏についての情報も加えさせてもらいたい。

自己愛性人格障害 の診断を受けている

SMプレイに傾倒した時期があり、女王様へのインタビューを行った経緯がある

父親社長をやっていたらしく、家を何件か持っている

レイプ経験し自ら団体を立ち上げる(実態未確認

慶応入学時に20歳(二年遅れ)

こうした、事実を集めていて思ったことは きっと調べないと気づかないと思うが、姉妹揃って、お嬢様として裕福な暮らしをし、性的にも奔放な暮らしをしているということだ。

彼女自己愛性人格障害という精神病故に周囲の人間マウンティングしまくる。ただ、尊敬を集めたいのだ。

尊敬を集めるために仕事での成功恋愛成功をこれまで語ってきた。

しかし、結果として彼女履歴には2年に満たないP&Gでの業務経験と数えてはないが2年程度での離婚という結果だ。

だというのに現在ライターとして就活生向けの記事恋愛記事を書く事を仕事にしている。ぞっとする事だ。

まず、この時点で氏の文章を読む気は失せるのだが、なにぶん無邪気に人を信じるお人好しが多いようで、未だに彼女をどんな人間かを調べもせずありがたがる風潮は違和感を覚える。

事実を知れば騙されたと思うだろう。

で、その騙されたという感情はおそらく正しい。なぜなら、ただ尊敬を集めるために最高の自分を演じているのだから。これはセルフブランディングとも言うようであるが、つまるところ、上手い事騙して、自らの欲求を満たしていただけなのである

普通であればここまでの事は良心を咎めるからできるはずがない。でも、できちゃうのだ。だって自己愛性人格障害から

こういう人が最近でも、はあちゅうというのがいた。トイアンナはあちゅう慶応大というのはたまたまであるとおもうが、おそらくふたりとも精神病患者ではないかと思っている。少なくともトイアンナに関してはそうであったことがわかっている。はあちゅうもおそらく精神病池沼の類いなんだ、そう思っている。

こうした不快感をまき散らす人が今後増えないように願いたい。もはや公害だ。精神病院患者安易社会に戻さないでほしい。この現状は社会にとって大きな損失だ。もう、うんざりである

エスター という映画がある。あそこまでの狂気とは思いたくないが、彼女たちへの感情エスターに対する嫌悪感と同じである

個人的には彼女たちの打ち手はライターから転職であり、周囲はその仕事を通してお金を渡さない事なんだと思う。

どうせ会いさえしないだろうが、カウンセラーと会ってライター業をやめるよう助言をもらえば良いと思う。

彼女たちはP&G電通で働いた栄光を手にし更にプライベートも充実させようとしたようだが、結果は現状の通り、散々である

要は不得手な恋愛沙汰での栄光を諦めれば良いのだ。(精神病患者だろうから無理だろうが)

まだ間に合う。会社勤めで世の中の役に立てば良いのだ。

繰り返しになるが、こうした人たちは相手にしてはいけないよ、みなさん。

(なお、精神病差別しているわけではありません。狂人? 池沼? 適切な語を知りたい)

anond:20180115013925

昼間定時制高校はどう?

私の通っていた昼間定時制はこんな感じでした。

・通ってる人は、不登校だった人、高校をやめた人、スポーツ選手になろうとして高校に行かなかったが怪我等でリタイアした人。

・年齢層は15歳~22歳くらいが多かった。

単位制だった。好きな授業を大学のように自分で決めて学習できる。

時間割自由に組めたため、週4で通い、週3でフルタイムバイトすることができた。

文化祭運動会はなかった。修学旅行任意で参加率10%程度。

定時制なので大学入学資格検定(今はなく高等学校卒業程度認定試験に変わっている)を受験することが出来た。

大検合格科目を高校単位に読み替えできたし、高校単位大検免除科目とすることも出来た。

・昼間通えるので、夜時給の高い仕事ができた。

・男女比率とんとん結構可愛い子も多かったし、イケメンも多かった。もちろんアキバ系も。

運動部は1,2勝すれば全国大会へ行ける世界

・私から見てもバカが多かった。英語アルファベット26文字書く授業から。なお、書けない人もいる・・・

・それでも、数学3Cとか、保育とか、商業工業プログラミングなどなど、特化したければ難易度の高い授業も取れるし、その授業に来る生徒はガチで頭いい。

・3年間で卒業できる(大体の定時制は4年)

願書は余裕で間に合うよ。

でも、君、高校卒業してるんだよね。

はっきり言って大学のほうが楽しいぞw

俺は22歳で入学したし、大学2回目という人も同期にいた。

年齢隠してなかったけど、年齢を知ると、ストレート大学へ来てる人たちは急に敬語になるし、

先輩ですら、敬語になったりするものから必要なければ言わないようになった。

合コンしまくったし、いろんなイベントサークルに顔出したし。

そんでもって、高校時代とは違って、みんな頭いいんだよな。

高校と違って、今から大学受験とか、手遅れ感あるし、

いい大学狙えなさそうだから、1年予備校いくとか。

私は2回目の高校休学して、1年予備校通って、大検使って大学進んだけど、

1年で中高6年分の勉強は大変だったけど、予備校前と大学入学後の学力は段違い。

21歳も22歳も変わらないし、一度真面目に学力上げて、できるだけ上の大学狙ってみるのもいいと思うよ。

正直、大卒ってだけで、日本じゃ大分楽になれるからどこでもいいっちゃいいのかもしれないけど、

つのラベリング効果受けるから偏差値高い大学のほうが気分も待遇大分違うはず。

人生、やりなおすのに遅すぎるということは絶対ないんで、

本当に高校行きたいと思ってるなら、迷わず行くべし。

先のこと考えて生きてる人間なんて1割もいないんじゃないかと。

もちろん、考えて生きてる人たちは、ほとんど成功してる人たちだけど。

少なくとも、匿名掲示板でぼやいて、匿名で煽る人たちのネタになって、嫌な思いしてるよりは、

かに有意義だと思うよw

高校受験してみて、失敗したらそれはそれ。

2回目の高校に無事通うことになって、やっぱり気が変わったとしてもそれはそれ。

やって後悔するほうが遥かに有意義

もちろん、やってよかったと思えたら、大勝利

とらわれていることがあると人は成長が止まる気がしてる。

まずは、君の視界を晴らそう。

高校受験するんだ。そして、通うんだ。

予備校はいつでも受け入れてくれるよ。営利目的でやってる会社なのだから

大学行きたくなったら、高校辞めて予備校行けばいい。

21歳で生きてる意味・・・とか早すぎない?

とりあえず、10人恋人作ってから考え直してw

anond:20180119151010

「公平」な選抜ではないが?

勿論差別だが、私学なら仕方ないだろうね。

コネありの子は成績悪くても入学させる、とかも普通にあるわけだし。

公立面接点で差を付けたら証明しようがない。

anond:20180119123255

オッサン一人で医師不足になるわけでもない、代わりに若者一人入学させたら医師不足が解消するわけでもない。馬鹿らしいね

anond:20180119123024

放送大学じゃだめなの?

別に普通に入学する事を否定しないが、色々辛いし起業するとかでなければ、一般には評価されない(若い大卒者が沢山いるため)と思うが・・・

anond:20180119123024

勉強したいだけなら大学に入ればいい。

ふつう入学してもいいし学校によったら聴講生みたいな、働きながらでも学べる手段はいくらでもある

でも、大学生になりたいとか青春を取り戻す!とかいう心意気なら迷惑から大学に入らず自分勉強しろ

自分語りウザーだけど自分大学時代同級生大学生になりたかったおっさんがいて年の差もあるし話も合わなければ年上だからって横柄な態度もクソだし避けられても空気読めないし、かなりうざがられていたし嫌われていた。2回生か3回生か忘れたけど途中で見かけなくなった。

いずれにせよ同級生はみな年下ということを忘れちゃいかん。絡みにくいと思われる覚悟はしなきゃならん。

仲良くやれる人はいるだろうけどそんな人ばかりではないからね。

2018-01-18

生きているのがしんどい

生きているのがしんどいと思い始めて、多分だけど15年とか経っている、ちょっとした消えたがりの散文が、つらつらと下に書いてある。

時間がある人はちょっとだけ読んでほしい。そして何か、少しでも意見が欲しい。いろんな考えが知りたい。でも、かなり怖い。

いや、読むのは時間を持て余した人だけでいい。かなり端折って書くけれど、15年くらいの時間を書いていく。きっと恐ろしく長くなる。なんか流行りだからここに書いたけど、きっと読む人は片手ほどで、その中でコメントを残す人を期待するのも間違っているんだろうけれど。なんてったって散文だし読みにくい。

でも、誰でもいいから話を聞いてほしい。私かうすればよかったか、これからどうすればいいのか。無責任で構わないから教えて欲しい。

初めて消えたいなと思ったのは5歳くらいだったと思う。6歳だったかもしれない。

親の都合で転園してきた先で同じ園の女の子に仲間はずれにされた。

ぼんやりしか覚えてないけど転園する前も、仲良くしていたのは女の子ひとりと男の子ひとりだけだったから、昔からまり好かれるような子じゃなかったんだろう。多分、すごく生意気子供だったから。

みんなが可愛いお姫様ごっこセットをつかって、私はなんか地味な、柄のないスカートだけ渡されて、「それもお姫様から使えばいいじゃん」って。キラキラの、可愛い模様がついたフワフワのスカートを我が物顔でつかいながら、私に言うのだ。

先生が「順番ね」と注意をして、真ん中くらいの順番を手に入れたけど、気づいたら割り込みされて最後になっていた。

私の順番は回ってこなかった。

その時に、私はここにいてはいけないんだなと思った。いる価値がないというか、いる事の方がおかしいと言うか、そんな感じ。転園してきた訳だから、仕方ないけれど。それで、早くここから消えてしまいたいと思った。

その時、唯一できた友達は、多分友達じゃなかった。

あれ持ってきて、これ持ってきて。何かを持ってこないと仲間に入れてあげない。そういうことを言って来る子だった。パシリにされていた。

でも、パシリでもすれば一緒に遊べたから、喜んで従った。あまりいいこととは言えない。けれど、一人で積み木で遊ぶよりずっとマシだった、消えなくてもいいと思った。頼られているのだと錯覚した。

小学校に上がって、ランドセルを買い与えられた。普通赤色じゃなくて、少しくらい、ワインレッドランドセル

母親はなんでピンクとか真っ赤じゃないのって言われたけれど、ワインレッドが可愛かった。ランドセルの蓋の裏が、赤系のチェックでとっても可愛かった。気に入りだった。

パシリはまだ続けていた。というか、パシられることが普通だった。

小学生になって、一緒に登下校をするようになった。

なんで変な赤色なの?って笑われた。

それを「可愛かったから」と言ったけど、それは可愛くない!こっちが可愛い!と言われた。多分、その子達に「センスがない」という判定を受けたんだと思う。

パシリにされてて、さらセンスもない。なんとなく流れで、みんなよりも立場が下だった。

ジャンケンランドセルの持ち合いをした時、他の子が負けたらみんなで持ち合いっこするのに、私が負けた時だけ全部持たされて、持つ距離も長かった。挙句、置いてかれた。前に進んでも誰もいなくて、置いていかれたんだと泣いた。おうちも少しだけ離れた同級生の重いランドセル5つを持って、道の真ん中で泣いた。泣いて数分たったら、なんだか自分のことが惨めになって、どこか誰もいない、遠いところに行きたくなった。結局はその子たちが戻ってきて、どうにかなったけれど。

小学2年生になって、夏休みで転校した。どことも知らないところだった。でも、一番長く住んでいたし、今の友達大学友達を除いて全部小中高で一緒に過ごした子だ。それまでに比べてとても恵まれていて、いい友達だと思う。一人一人が唯一無二の友達だとおもう。

でも、友達がいても、残りの4年半はいじめられて過ごした。

最初は多分「遠いところから変なやつが来た」っていう理由それから訛りが違う。あとは真面目ぶってる。オタク父親の見ていた深夜アニメを一緒に見ていた。デ・ジ・キャラットとか、ギャラクシーエンジェルとか。今でも大好きだ)であること。あと態度が生意気。たぶんこの生意気って言うのは、生意気だという子の都合が悪いことを「誰にも言うな」と言われても担任にチクッたからだと思う。自分あんまりにも理不尽だと思ったことは黙っていられなかった。多分、そういう意味では「いい子」ではなかった。

でも、石を投げられて先生に報告したら睨まれるって、おかしいじゃん。石投げる人の方が酷い。チクった私が悪いのか。

多分悪くは無いんだけど、こどもの世界ではご法度だっただけ。けれど、それがどうしても辛かった。おかしいと言ったら「お前の方がおかしい」と言われてすごく辛かった。ここにいたくないと思った。

親に「ここの学力は低いんだから、90点以上取らないとダメだよ」と言われた。頑張って100点とっても褒められなかった。周りからは「勉強もできるっていう自慢か」と妬まれた。

言っておくけど1番を取れたことは無い。せいぜい10とか20とか。自分ではすごいと思った。100人近くの1020って凄いじゃん。って。でも親にはそれじゃダメときつく言われた。ちょっと点数が下がったらお小遣いを減らされた。

生きているのがしんどかった。でも頑張らないと、価値がないと思った。

中学に入って、小学校の時みたいな勉強をしていたら、順位が真ん中よりも下の、後ろから数えた方が若干早い場所になった。その時に「さすがにやばい」と思って、塾に入りたいと言った。一人でする勉強限界を感じていた。

下がった順位を元に戻したら「当たり前だ」と言われた。

中学では部活に入っていた。周りはみんなキラキラしているのに自分だけ見ずぼらしく感じた。部活に入ってすぐ、どうしてかレギュラーに選ばれた。自分初心者で、周りには小学校の時から続けていた人がいたのに、自分担当に人がいないからという理由レギュラー入りした。初心者なりに練習した。練習中、何度も泣きそうになった。でも自分が頑張ることがこれからに繋がるとおもった。最後までやりきったあとに残ったのは「初心者なのにレギュラーに選ばれた変な人」だとおもう。若干避けられてたし、自分も周りにどう接していいかからなかった。ここで必要とされていないとさえ感じて、練習サボりがちになった。先輩からは、嫌われていたと思う(練習をサボったから当たり前だ)。同級生からもよくは思われていなかったと思う。

部活同級生から「〇〇先輩はあなたと同じように生徒会もやって部活もやって成績もいいのに、なんであなたは同じことが出来ないの」と言われた。生徒会が忙しくて休みがちになっていた。そんなの言い訳だと怒られた。それでも暇を見つけて部活に行っていた。それでも怒られた。今消えてしまえば楽だろうけど、消えたら迷惑をかけるなと思って、最後まで頑張った。意地汚く残り続けた。高校進学は「〇〇高校の□□学科じゃないと、ご飯作らないから」と言われた。当時、高校授業料無償化されていたから、ご飯を作らないになったのだろう。端的にいうと「親の希望に添えなかったらお金は渡さないし育てないから」といわれたのだ。必死になって、どうにか合格した。合格したけれど、自分学力じゃ、高校勉強は厳しいなと感じた。もう一つの学科自分レベルに合っているとおもった。でもそこでは絶対ダメなのだという。辛くなるんだろうなと感じたけれど、それでも合格したのだから通うと決めた。

高校に入って、それなりの地位をもてたと思う。部活は変わって、生徒会には入り続けた。その部活がいわゆるパソコンをいじる様なもので、関連分野で色々頼られた。今度はパシリみたいなのではなく、よく巷で話題になる「絵をかけるならちょちょいっと描いてよ」の類でもない、本当の意味での「頼り」だった。

得意分野を持つということは自分自力で立つことのできる力であると、その時感じた。普段だったら近寄れない、スカートを曲げて薄く化粧をした、クラスの人気者と話せる。そういう立場をその時手に入れた。

多分、高校生の時が一番、生きていて楽しかったと思う。みんなが私のことを知っていた。それに対する恐怖もあったけれど、決してマイナスではない視線は「自分はここにいていいんだ」と思える自信に繋がった。

大学は推薦で入った。センター前に決まって、受かるとは思わなくて、とても喜んだ気がする。

クラスメイト合格を伝え、「あの〇〇か!?」「嘘ついてるわけじゃないよね!?」と言われながらも喜んでくれた。学校先生もとても喜んでくれた。自分の妹も、私よりも喜んで泣いてくれた。

母親合格たことを報告したら、おめでとうよりも先に「お金がかかるなぁ」と言われた。

正直なところ、大学に進むことについては消極的だった。高校に入った直後は専門学校に入りたいと思っていた。でも父親は「進学するより働け。進学するなら国立じゃないとだめだ」と言われた。だから専門学校を諦めた。中学生の予想通り高校勉強はつまづいてしまって、学科では後ろから数えた方が本当に早いくらい、勉強はできなくなっていた。どれだけやっても勉強が伸びなかったから、早い段階で部活シフトチェンジした。そんな経緯があったから、大学は行かないで高卒で働くかなとなんとなく思っていたら、母親が「高卒で働くより大学に行ってほしい。私立じゃ学費は出せないけれど」と言ってきた。これに逆らうとまた何か言われるんだろうなと思って、とりあえずやるだけやってみることにした。でも、勉強はできなくなっていたから、模試はどこも最低判定。ただ、推薦でチャンスがあるところがあったから、一かバチかで受けてみた。これでダメなら学力じゃ到底叶わないから、就職をしようとおもった。部活の成績がよかったから、それで受けた。

そうしたら受かった。奇跡だと思う。なにかの間違いじゃないかと思ったが、それでも受かったら嬉しかったのに、おめでとうもなく「お金がかかるなぁ」しか言われなかった。

誰が国立に行ってほしいと言ったのだと、その時は悲しくて悲しくて仕方がなかった。

こんなの傍から見たら「親の言う事しか聞いていないからそうなる」と思うのだろう。私もそう思う。

けれど、高校受験の時に「お金さないよ」といわれ、大学受験に「国立しか認めない」と言われ、受かったら「お金がかかるなぁ」。反抗するなら自立しろ、親に頼るな。

それでは何をすれば良かったのだろう?

奨学金は申し込まなかった。心のどこかで受からないなと思ったし、親の収入などの関係で、ほんの少しだけ規定より上回っていたから受かるわけもなかった。し、なんとなく大学に入れても、やめてしまうかもしれないなと思ったのもある。とにかく奨学金は取らなかった。だから親に学費を払ってもらうことになる。お金がかかるのは、百も承知だった。

でも、まさか合格おめでとう」よりも先に「お金がかかるなぁ」だなんて。なんだか悲しくなった。受けるのをやめた方が良かったのではないかと後悔した。

何より、ひたすら「お金がかかる」とい割れるのが嫌で、消えてしまいたくなった、なんのために頑張ったのだろうと、ひたすらに悩んだ。

大学に入るまで、そして入ってからお金がかかると言われた。言われ続けた。

大学に入ってしばらく経った頃、仕送り勝手に減らされた。1万円も減った。バイトをやりながらも結構ギリギリで頑張っていたのに、なんの前触れもなく減らされた。

なんで仕送り勝手に減らしたの?せめて減らすなら前もって言ってよと親に言った。そしたら、「元々この金額だったでしょう?」といわれた。頑張って節約しながらも生きていたのに、あたかも「余分にお金をねだっている」風にされたのがひどく苦痛だった。

その年の夏、節約しなきゃとおもい、電気代をとにかく節約した。外に出るようにしたり、電気をつけなかったり冷房をつけなかったりした。

その月の電気代は1,500円もしなかった。

純粋に、自分すごいとおもった。

こんなに節約頑張ったよ!と母親にいったら、「もっと節約できるでしょ」と言われた。

電気をつけず、テレビもつけず、パソコンもつけず、ご飯はまとめて炊いて冷蔵庫に保管して、一瞬だけ電子レンジでチンする。冷蔵庫も止めてしまうと食べ物が保管できないから。そんな最低限だったのに、もっとと言われた。

馬鹿らしくなった以上に、親から私は「ただただお金のかかるダメな長女」だったのだろう。お金がかからなければかからない方がいい。そんな認識だったのだろう。

こんなに頑張っても文句を言われることに、自分が生きている意味とはなんだと問いたくなった。

答えは出なかったから、ただただ消えたくなった。

どう生きていてもお金がかかると言われて、生きているのがしんどくなった。我慢するのがバカバカしくなった。

バイトはしていた。学校に慣れるまで、夏休み前後から始めたいといったら、それでは困ると言われて5月くらいから始めた。バイト先の先輩に厳しくされて、辛いと嘆いたら「みんなそんなもの」と取り合ってくれなかった。辛かった。

そういうことも含めて、たまにTwitter愚痴を呟いていた。愚痴をいうと今まで仲良くしてくれた人が、なんでも話せた人達が「自分の方が辛い」と言い始めた。自分の方が不幸合戦が始まって、私の「つらい」が軽くあしらわれた。次第に愚痴を言えなくなった。私だけ「辛い」が軽くあしらわれるのが辛かった。

頑張って大学に通った。頑張ってレポートを書いても単位が取れなくて、好んでとったパソコン系の授業を始め、授業に出ると頭痛が激しくなったり、気分が悪くなったりした。1年間くらいだったと思う。でも、お金をかけてもらっているから行かないといけないと、頑張った。

しばらく立って新学期になった。自分の妹が私立大学に入った。

母親は、私立入学するのを許したらしい。

どうして?という気持ちがすごかった。父親が許したのかという疑問もあったのだが、早々にほかの選択肢を諦めた私とは違って、妹は頑張って説得したんだなと思ったら、それは認めてあげるべきだと思った。合格たことは喜ばしいことだし入学も喜ばしいから、合格おめでとうと、素直に伝えた。

しばらくして、父親入学を許していないということが分かった。それで父親に「お前も加担したんだろう」と責められた。私は何も知らなかった。

なんで私が責められているんだろうと、つらくてつらくて。消えてしまいたいと思った。私から奪われた仕送り1万が、妹の入学金や学費になるんだなと思うと、なんとも言えない感情が湧き出てきた。

しばらくして両親が離婚すると言うことを伝えられた。どう思うと聞かれて、私が何か言ったところで何か変わるの?と答えた。冷たいなとも思ったが、私は私でそれどころじゃなかった。

学校に行けば嘔吐頭痛を繰り返して、正直もう限界だと思っていた。

しばらくして父親から伝えられた。

離婚とともに破産すると思う。妹の学費や母方の生活費は払えなくなるが、お前の学費生活費だけは出してやるからな」

素直に喜べという方が無理だ。体調不良等でまともに単位も取れなくなっていったのに、どうして喜べるのか。それが決め手になって、学校に行かなくなった。休学届けを出して、今はアルバイトだけやってる。

両親から連絡が来るだけで胃が痛む。学校に行けない自分社会に出てもやっていけるとは思えない。大学友達とは疎遠になっているとおもう。ただたまに道ですれ違って、名前を呼んでくれて、元気?と声をかけられると、いい人と友達になったなと思う。同時に、こんなダメ人間友達でごめんねとも。

高校までの友達は「そのまま社会に出てもやっていけるよ」という。でも、日本会社というのはおおよそブラックだと思っているし、そんな所に行ってしまったら自分は生きながら死んでしまうのだろうと思う。きっといまのオタク趣味もままならない。二次創作をする時間もなくなるだろう。そうやって仕事に謀殺されて、私は私でいられるのだろうか。

そこまで考えて、今までの人生の中で、私が私でいた瞬間とは何なんだろうと思った。

私とはいったい何なんだろうか。

私が生きている意味とは。

なんでこんなに必死になって生きているのか。

辛いという言葉は、私の方が辛いで潰されて、楽しいことなんか二次創作を始めとしたオタク趣味ばかりで、そのオタク趣味すらも、今じゃ疎外感を感じている。自由に慣れていたはずのSNSは、現実と同じように苦しいものになっている。

辛いと思うことも軽んじられ、ひたすら金がかかるといわれ、遊びに行くと贅沢だお母さん達は頑張ってあなた仕送りをしているのにという。

私はなんのために生きているのだろうか。

こんな生活、生きているというのだろうか。

ただ呼吸をして、心臓を動かして。ただそれだけ。

生きているのがただただしんどい。早く死んでしまいたいとすら思う。でも死ぬお金がかかる。親が困る。周りも困る。

ある日母親に言われた、「お父さんはあなたを生んだ時に『なんで生んだ』といったのよ」と。

母親はそれを私に伝えて、何がしたかったんだろう。

必死に育ててくれてありがとうと言って欲しかったのか。

ひたすらお金がかかると言われて育って、なぜ生んだと言われたと言われる。

「なんで私のことを産んだの?」とは言えなかった。「産まなくてよかったのに」とはもっと言えなかった。言ってやりたかったけど、それを言ったら家から追い出されると思ったから。

私は「そう」とだけ返したのを覚えている。いつ、こんなことを言われたのかなんて、細かい年は覚えていないけれど、そういうことを言われたということだけは鮮明に覚えている。

私は

どうすれば良かったんだろう。

何をすればもっと前向きになれたんだろう。

何をすれば「頑張ったね」と言ってもらえるようになるんだろう。

毎日生きているだけでも精一杯なのに、もっともっとと周りはいう。頑張ることが当たり前。

でも、私はまだ頑張ってないんだと思う。恵まれているのだ。奨学金を借りずとも大学に行けたのだから。好きなことをやれているのだから

世界一不幸だと思うな。世の中にはもっと不幸な人が、辛い人が沢山いる。

みんなそう言う。私のつらいという気持ちを無いものとして。みんなそういうのだ。

生きていることの何が楽しいのだろう。

生きるなんて、辛いだけじゃないか

早く誰か、私を殺してほしい。

金だけかかって、だれの期待にも応えられない私を早く殺してくれ。

生きているのがただただしんどいということすら認められない世界なんか、壊れてしまえばいいのに、世界はそれを許さない。それなら。私を早くこの世界から追い出してほしい。

早く私を殺して欲しい。早く殺して。早く。こんなに辛いのに、世界は生きれという。お前はまだマシだと。

何がマシなのかちっとも分からない。生きているのがしんどい

アファーマティブアクション現代アパルトヘイト

頭の悪い黒人入学枠を作り

白人入学者を圧迫する黄色人種入学制限する

これがアファーマティブアクションの正体

いっとくけど黄色人種だってアメリカで良い生活してるってわけじゃないし

きっちり差別対象から

しろ黒人よりもひどい扱いを受けることも多い

それなのに機会の平等の為に結果の平等無視して排除される

これが現代アパルトヘイトじゃなくてなんなんだよ

お前らこんなバカなことやってる国のポリコレ輸入してんのはずかしくないのか?

アメリカポリコレっておかしない?

大学入るにしても

貧乏で頭の悪い黒人優遇して

貧乏で頭の良い黄色人種はより入学を難しくしてるんだぞ

それが多様性国家の正しいあり方なんだとさ

これってなんかおかしない?

単に声のでかいやつが差別を盾に優遇を求めるって構造が顕著になってるのがこの入学制度だと思う

2018-01-17

日本大学無償化があり得ない理由

まさかお前らのせいで大学無償化オプションが弾かれてるとは思わなかった

この前、30だか40で私立医学部入ったが金なくて卒業できないみたいな増田いただろ

あれは間違いなく釣りだと思うが

金持ちはたいして勉強しなくても医者になれるが、貧乏人は不必要に厳しい競争に晒されているという格差社会を端的に表している例だと思う

それなのにだ

増田ブコメ論調ほとんどが、私立医学部金持ちの行くところだと当たり前のように納得してる

日本存在して金持ち優遇制度肯定するかのような発言ばかりだった

正直お前らにはがっかりだよ

そこはお前の人格医者に適してないが、金持ち優遇階級制度はぶち壊さなきゃ行けない

大学無償化によって能力人物のみで評価する入学制度にすべきだし

それができないなら私立医学部なんて潰して、国公立医学部を増やしてそっちに私立向けの助成金をまわせと言うべきなんだよ

それができないやつは階級社会を許容する差別主義者だ

自分はそう思わないとか言うなよ

そう評価してる人がいるんだから、その考え方は差別主義者だ

はてな=差別主義者だから大学無償化はない

以上

2018-01-16

大学って入学してから学部選べる方良くない?

大学に、なんとなく興味あるかなーと思って選んだ学部で入ってから、その分野が全っ然面白くなくて卒業に六年かかった人間立場からなんだけど、大学って入学してから学部選べる方がよくない?

うちの学校では一年次二年次は一般教養の授業がほとんどだったし、理系文系も同じキャンパスで学んでた。学部ごとの初歩的な概論は多少あるけど。

とにかく、意識の高い生徒はともかくだいたいの人は入学して一般教養で初めてアカデミック学問の語り方や学び方に触れるわけで、それまで何となく興味あるなあと思ってたのとは全然違う実感を持つことも多いと思う。

せいざのほんとか動物図鑑とか子供科学教室とかオイコノミアとかオープンキャンパス面白くっても実際学ぶとなると全然違う。

だったら一般教養一年受けてから改めて学部選べた方がいいと思うんだよね。ミスマッチって教える方にも学ぶ方にも不利益じゃん。

分かる

制度改定の利点・欠点をきちんと把握しないで、現象面だけで否定するな、というのはもっともだ。

https://anond.hatelabo.jp/20180116095356

参考までに、少し自分経験を述べる。東京ではない道府県の、似たような制度があった公立進学校入学した生徒を対象に、一度リサーチした結果だ。

 A入試点数と、一年後の校内偏差値との相関

 B中学校内申点と、一年後の校内偏差値との相関

 C内申点入試点数と、一年後の校内偏差値との相関

校内偏差値大学入試の結果は、かなりよく相関していることが進路のデータから分かっていたので、じゃあ高校入試の成績と校内偏差値との相関はどうだろうと思って調べてみたわけだ。Cが従来型の入試方法妥当性、Aが新型選抜妥当性、Bが内申点自体信頼性をはかるのに役立つと考えた。そして2~3年にわたって調査した結果、A、Bには実質相関が無く、Cにのいくらか相関が認められるということがわかった。

個人的には、地頭の良さは高校では大きいと思っていたので意外だった。どうも、公立高校での「学習成績」は、地頭とかだけではなく周囲との社会生活をうまく送れるかどうかにも左右されるということらしい。私立出身自分には意外だったが、確かに、生徒達を見ていると、公立高校では周囲とうまくコミュニケーションを取りながらやっていく「公立タイプ秀才」が多いようだ。ピーキー能力の持ち主はあまり場所がない様子だった。まあこれは地域にもよるのかもしれないが。

自分のいた所では、その後すぐこの制度がなくなってしまったが、結局Cによる判断が一番無難であることが分かったので、自分としてはそれなりに納得している。

ブスでコミュ障無職喪女幸せ結婚をする方法

幸せ結婚ができたと思う。

趣味の合う主人と恋愛できて可愛い子どもを授かった。

喧嘩はするけど後に引きずらないし、喧嘩のたびに反省会をするから今が1番仲良し。

結婚したいと思った私が、結婚するためにしたことを書いていく。

①どういう人とどういう結婚をしたいか考える。

・気の合う人と楽しい毎日を過ごしたい

結婚相手の条件は、何かしら真っ当な方法収入があること、自分と似た人

結婚後は相手に養ってもらうのではなく共働きをし、お互いに助け合う関係を目指す。

自分理想相手出会うための方法を考える。

自分が働いていたとすると、仕事場本屋図書館カラオケスーパーくらいしか行かない。

出会いのチャンスは仕事場しかないのが現実的

自分気質とあった職場を探す。

①外見を小綺麗にする。

・化粧で激変する動画を見て頑張る。

・髪をツルツルにする。

美容院で髪を切る。

正社員就職を目指す。

資格を取れる学校入学して卒業就職を目指す。

性格矯正する。

・暗い性格から明るくポジティブ思考に直す。

相手の話を傾聴し遮らず、相手が話しやすい態度に改める。

・捻くれて自己中でいじけることを出来る限りなくしていく。

自分意見や好みを伝える努力をする。

・明るい人を参考に自分も真似できるところはしていく。

こんなことを考えて実行したら、始めて3年後にお付き合い、その後1年で結婚、その後1年で子どもが生まれた。

どこで主人と知り合ったか知りたいですか?

主人と出会ったのはアルバイトをしてたとある会社です。

私以上の奇人変人跋扈し、正規非正規職員共に未婚率が高く、社内恋愛率が異様に高い日本全国にある、あの企業

陰キャの巣窟、年齢=いない歴ばかりで若い女の子というだけで優しい態度をとり、社内恋愛させようと周りがくっつけたがるあの企業

結婚したいブスでコミュ障無職喪女は◯便局で働くんだ!

ブスでコミュ障無職喪女幸せ結婚をする方法

幸せ結婚ができたと思う。

趣味の合う主人と恋愛できて可愛い子どもを授かった。

喧嘩はするけど後に引きずらないし、喧嘩のたびに反省会をするから今が1番仲良し。

結婚したいと思った私が、結婚するためにしたことを書いていく。

①どういう人とどういう結婚をしたいか考える。

・気の合う人と楽しい毎日を過ごしたい

結婚相手の条件は、何かしら真っ当な方法収入があること、自分と似た人

結婚後は相手に養ってもらうのではなく共働きをし、お互いに助け合う関係を目指す。

自分理想相手出会うための方法を考える。

自分が働いていたとすると、仕事場本屋図書館カラオケスーパーくらいしか行かない。

出会いのチャンスは仕事場しかないのが現実的

自分気質とあった職場を探す。

①外見を小綺麗にする。

・化粧で激変する動画を見て頑張る。

・髪をツルツルにする。

美容院で髪を切る。

正社員就職を目指す。

資格を取れる学校入学して卒業就職を目指す。

性格矯正する。

・暗い性格から明るくポジティブ思考に直す。

相手の話を傾聴し遮らず、相手が話しやすい態度に改める。

・捻くれて自己中でいじけることを出来る限りなくしていく。

自分意見や好みを伝える努力をする。

・明るい人を参考に自分も真似できるところはしていく。

こんなことを考えて実行したら、始めて3年後にお付き合い、その後1年で結婚、その後1年で子どもが生まれた。

どこで主人と知り合ったか知りたいですか?

主人と出会ったのはアルバイトをしてたとある会社です。

私以上の奇人変人跋扈し、正規非正規職員共に未婚率が高く、社内恋愛率が異様に高い日本全国にある、あの企業

陰キャの巣窟、年齢=いない歴ばかりで若い女の子というだけで優しい態度をとり、社内恋愛させようと周りがくっつけたがるあの企業

結婚したいブスでコミュ障無職喪女は◯便局で働くんだ!

内申点廃止すべき

そうすれば、教師は生徒の保護者から意味不明文句プレッシャーさらされずに面倒な仕事が一つ減るし

虐められて不登校だった虐め被害者学業さえできれば進学校入学する可能性が出てくるし

虐めをしていたゴミクズ学業さえできれば中学時代の悪行をきれいさっぱり洗い流して心機一転、新たな気持ち高校で気弱なヤツを虐めることができる。


とまぁ、くだらん皮肉はこれぐらいにして、下記の記事の反応を見ててびっくりしたことがある。

http://anond.hatelabo.jp/20180115220235

トップブコメはもちろん、ほかも流し見した限りでは「不登校で一時期学校に行けなかったのに学業成績が優れている」という

どこをどう見ても学業意識的観点から最良の評価しかしえない事が評価悪くて当然、という糞みたいなポイントに誰一人異を唱えてない。

これが「学校行かなくたって勉強できるからサボりまくり」とかだったら評価が悪くなるのも当たり前だけど、

上記記事内容ホントだとしたら、そもそも内申点評価自体が最大の問題点

そして冒頭の皮肉でも書いたけど、内申点をなくすってことは、元増田の書いている「哀れな不登校秀才を虐めてたゴミクズ」を高校側が排除するネタをも

同時に葬ることになるってわかってて「内申点廃止しろ」とか言ってんの?理解できない。


なんか痴漢冤罪記事ブコメが誰一人「満員電車解消」に言及しないのと同じように、見てて不思議で仕方ない。

anond:20180115192216

しょせん「本気」「熱意」なんて気持ち問題証明なんかできやしないのだから、段階的に往復するようなやり取りがあった、というくだりを仕立てるのがいいと思う。

言い換えると、「建設的な取り組みをした分野」でいい。

  • バイトの例
    • 塾の講師をしていて、生徒から質問や彼らの成績の変化を見て、指導に反映させていくと、良い反応があった(成績が伸びた)ので、それを別の生徒にも……
  • ものづくりサークルの例
    • 販売している時に、お客さんの反応を見て、次はこういうものを作ってみようと思えた。そして実際に要望があったものを作ったら、それをまた届けることができ……

まり、「自分活動」「他人への影響」までで話を止めずに、「その時の相手の反応」が「次の自分の行動を変えた」というところまで話す。かんたんに「本気っぽい」「まじめっぽい」になる。

これが表れるなら、お題目はなんでもよくて、人間関係の話でもいい。

自分にとっては人間関係をとても大切にする時期だった。友人の悩みを聴く機会があり、自分が思うことをきちんと、ていねいな言葉で伝えると、やはり友人の気持ちが楽になったり、あるいは一緒に次の行動につなげていけた」的な。いや、これはあんまりうまくないけど。

書いてて思ったけど、これはPDCAサイクルだな。その「サイクル」のところにフォーカスしてみる、というのをひとつおすすめしてみます

anond:20180115192216

まわりの奴らもほとんどおんなじようなもんだよ。そらほんとになんかある奴もいるとは思うけどさ、6割くらいはそんなもんだよ。

正直ボランティアとかマジでどうでもいいよ。個人的には面接ボランティアという単語が出た瞬間からシラケるよ。ボランティアはやめろ。

やってることはどっこいでも言い方とか捉え方が違う奴はいるよ。

塾講師だって、つらい大変だって思ってやってる奴ら多いと思うけど、増田さらっとできちゃってたんだろ。そういうとこに増田の強みがあるんでない?

子どもと親が頑張るんだろみたいな考え方も、ある意味仕事の切り分けがよくできててストレス耐性高そうだなとか思った。

なんとなく読んだ感じだと、増田は細々した作業的な仕事をあまりストレスなくさらっとこなすタイプな気がする。

そういうのブツブツ文句いいながらクソみたいなクオリティしか処理できないやつばっかだぞ。

ガクチカの答え方でいうと、

塾講師アルバイトをx年間続けてます。とは言っても、塾で頑張るのは生徒さんで、私はそれをアシストする役だと思ってます。中にはモチベーションが落ちやすい生徒さんもいたりして、そういう子には○○な感じで接するようにしてました云々。

大学入学以来、○○を作るサークルに在籍しています学園祭では販売もしており3日間でx個が完売するくらいには売れます利益を出すために作っているわけではないので云々。

とか。そんなんで良いと思うよ

anond:20180115220235

不登校オール1の内申しか付かなかった生徒が、都立最難関の西高校合格したという例は伝説として語り継がれています。」

一番悪いの西高だよ。

(悪いは言い過ぎた、罪深い、か)

己の東大合格率上げたい為に特別枠使ってお勉強だけ出来る子を入学させた。

これが伝説になってみんなの射幸心煽ってる。

ひょっとしたら一発合格あるんじゃないかって。

大体日本人は運に賭けるの好きすぎる、ギャンブラー体質。

から大学入試就活も変わらないんじゃないだろうか。

anond:20180116095356

東京都高等学校入学選抜検討委員会報告書っていうの流し読みしたけど、少なくとも建て前は複雑化した入試をわかりやすくする、関係者意見を聞いたところ大勢への影響は軽微以上でも以下でもないように見えた

そりゃ内申点ではわからない優秀な子供排除しないための保険制度なんだから大勢が変わらないのは当然では、むしろ大勢が変わるくらい順位変動とかあるなら内申点制度のものに大きく問題があるってことになるだろ、阿呆かって思ったこみかん

病気かいじめとか本人由来だけじゃなくて、いわゆる酷い中学校に通ってる子も内申じゃ不利になるんと違いますのって思うんだけど、なんか東京らしいなって思った

卒業までの費用を捻出できる保証もなく入学するってすごいな

学費はもちろんだけどフルタイムで働けないわけだから生活費必要

年次がすすめばアルバイトもできなくなるだろうに

国立医学部へ進学するでもなく学費免除される条件までがんばるでもなく

私大医学部へなんとなく入学する

偏差値60以上はあるんだろうけどバカだよな

私小説 不登校

私は中一の途中から不登校になった。

元はと言えば小学校高学年で「ハブる」という文化のもと、クラスメイトからの徹底的に無視をされたことが発端である担任との相性の悪さなども相まって、学校生活への自信や信頼をなくしていった。核家族共働き家庭の一人っ子の私は、学校では人と話せず、放課後時間も一人で過ごした。特に習い事などもしておらず、学校と家庭の二つしか生活の場がなかった私は人間関係における信頼や安心などを失い、自分の考えを人に話すことや言葉スムーズに出すことができなくなっていった。

そして中学入学環境が変わることを期待したが、結果的には悪化した。たいていの公立中学では部活動には強制参加させられる。しかし私が入学した中学校は全校生徒が少なく、文化部は一つだけ。他運動部一般的にはあるような部活がなかった。当時文化部に入るとスクールカースト底辺になる空気があり、私は運動部所属した。しかし、運動神経が良くない方だったため部活でもうまくいかず。小学校高学年で人間関係に対する安心や信頼を失った私は、中学出会ったクラスメイトともうまく接することができなかった。

そして決定打となったのは合唱コンクール「絆」「仲間」「大きな声を出す」「グループ練習」などといったものは当時の私には地獄だった。音楽時間が恐怖の時間になり、合唱コンクールが近づくにつれ朝練や帰りの学活でも練習を行うようになり、一日の始まりから終わりまで恐怖の時間となった。そこから学校に行けなくなるまでは簡単だった。学校に向かう足が遠のき、制服に袖を通すのが怖くなり、家から出られなくなった。共働きの私の家で朝一番最後に家を出るのは私で、一番最初に帰るのも私だった。そんな中で、朝起きて制服を着て仕事に行く親を見送り自分学校へ行かず無断欠席をするようになった。当然学校から固定電話電話が掛かってくるが、家には私しかいないため無視。親に連絡が行く。意外にも親は私が不登校になったことを受け入れてくれた。

会話からまり日常生活の行動全てに自信をなくした私は学校での学習電車に乗るといった行為もおぼつかなくなっていた。授業で先生から発問されれば、注目される恐怖や答えを急かされるような焦燥感で「わかりません」というのが精いっぱいだった。「私は何をしてもうまくできない」という強迫観念に襲われ、不登校の間に学習障害検査などを受けたこともあった。一人で家で勉強する分には問題なく、また中間テスト期末テストを受ける分には人と関わらず済むため、それなりの点を取れていた。

不登校だろうが、家から出られなくなろうが、無情にも時は過ぎていく。中二では、通知表は「1」「2」「-」がほとんどになっていた。中三が見えてくると頭をよぎる高校受験入試資料集などを見ると、入学選抜に当たっての内申点基準数字が踊っていた。家から出られなくても、学力低下だけは避けたかった私は家で学習を続けていた。当時、私の学力から出される偏差値は60〜63あたりであった。それくらいの学力層の高校では、おおよそ大半が9教科36以上の内申点基準としていた。一方、私の内申点は9教科で23地元工業高校ですらあやしい点になっていた。また、中二の時の担任は繰り返し私に面談の場を設けてくれた。私の話を無視したり、相槌を打たないなどということはなく、久々に会話ができることに感動した。担任もっと話したいと思うようになり、徐々に学校に行けるようになっていった。

この状況の中で、私には一つだけ自信が持てるものがあった。それは絵を描くことである。まだ学校に行けていた中一の初めに美術先生から風景画を褒められ、不登校になってからは家でよく写真模写などをしていた。授業にも出られるようになった中三一学期、今まで体験たことのなかった画材出会った。油絵である。失敗しても被覆度が高く上から重ねることができ、乾くのも遅くゆっくり描くことができるこの画材は私の中で革命的であった。人間関係で失敗を重ね、急かされることに恐怖を覚えていた私は、個人で取り組むことができ、ゆっくりと描ける油絵具に希望見出した。もっと油絵が描きたいと思い、誕生日には親から油絵セットを買ってもらった。もっと油絵を描きたいと思い、美術コースのある普通科高校への進学の意思を固めた。

その高校を受けるにあたり、偏差値は足りていた。美術コースを受けるにあたり、実技の力も合格するであろうという程度には達していた。しか問題となったのは、やはり内申点であった。担任からは渋い顔をされた。それでもやっぱり受けたい、あの高校に行きたいと思い受験制度などを調べ尽くした。すると、不登校などを経験した生徒のための特別選抜制度発見した。内申点度外視し、受験時の学力テストと実技、面接入学選抜を行うという制度だ。その制度担任に報告すると、なんと担任は知らなかった。50も過ぎたベテラン教員がその制度を知らないということにはがっかりした。その教員が受け持ったクラス過去不登校の生徒はどんな進路をたどったのか心配になる。

何はともあれ、私はその制度活用し無事志望校合格することができた。入学後は絵と勉強に励み、学力では上位10%あたりを維持し絵では県の高校美術展で賞を取った。

そしてやってくる大学受験もっと油絵を描きたかったので美大を望むも、家計が厳しく断念せざるを得なかった。幸い、学力はそれなりにあったため国立大教育学部美術専攻に進学することでどうにか油絵を続ける手段を得た。

時は流れ大学四年。義務教育時代に失った人間として生きる自信や信頼関係高校大学の友人と接するうちに取り戻し、バイトをしたり彼氏ができたりと一般的大学生として大学生活を送ることができるようになった。教育学部で学ぶ中で、義務教育時代自分メタ認知することができた。当時の自分と同じように人間関係に悩む子供に接し前向きな未来を示せたらと思い、教員の道を選び教員採用試験合格した。

卒業制作バイトに追われる今日、私が四月より働く予定の自治体では不登校の生徒が高校に進学する際の特別選抜制度が数年前に廃止されたと知った。

3流大に入学して何年か経った。

年上の友人知人が結婚していき、彼らの幸せ結婚生活垣間見ることがささやか趣味になった。

そうこうしていたら自分にも運が巡ってきたらしく、恋人ができた。

今はまだ結婚を考える関係ではないが、ぼうっと駅を歩いている時に、

ふと「勉強すら頑張らない怠惰生活を送っている自分が、将来迎えるかもしれない子供に満足な教育を用意してやれるだろうか」と考えた。

からでも変われるだろうか。

2018-01-15

anond:20180115174954

まり医者になる能力はあっても金持ち以外お断り

それが許されると思ってるとか

おまえ、バカじゃないの? つうか、本物のバカだな。

現にそういうシステムになっている(つまり社会的容認されている)し、それも最近そうなったわけでもない。

というか、そんなことも知らずに入学したのか? というか、受験したのか? 35歳にもなって...

学費なら、ありまぁす」

ってデタラメぶっこいて入学するからそうなるんじゃないのか

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