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はてなキーワード: 就職とは

2018-06-22

anond:20180621090516

ブコメ大卒者様の、大学に行く目的思考力を養うだの学ぶことを学ぶだの、きれいごとうんざりする。

大部分の人は、環境に流されて深く考えることな大学進学しただけでしょ。お勉強が得意だし、有名大学に進学して大人にちやほやされるし、大学生活は楽しい大企業就職に有利だからって、今の制度自分に都合良いから乗っかってるだけなんでしょ。知的好奇心とか言うけど、そんなの大学じゃなくてもカルチャーセンターに通う一般人と違わないし。学部生はそのレベルでいいんだろうけど、自分学問の徒みたいな言い方するのはどう見ても嘘。そのくせリベラルアーツだの学びたいから学ぶだの、きれいごとも大概にしろ。その理由は全部後付けだろ。大学卒業したら専攻してた分野の勉強なんてろくにしないくせに。

いじめを見て見ぬ振りしていじめに加担しながら「いじめは許さない!」と主張する奴らと同じ。建前のきれいごとばっかり言ってるくせに、自分正義だと信じて疑わない。ほんとうんざりする。

労働を強いられている

私は19卒の学生だ。

現在就職活動をしていない。

私は家族や友人から、とりあえず就職先を決めろよという事を言われ続けている。

少し前までは就活をしていたが、冷めてしまった。やりたい仕事がない。

そもそも働く意味がないと考えているタイプ人間だ。じゃあ、どうやって生活するつもりなんだ!?と聞かれることはある。

でも、週5で8時間以上も働いている未来が見えない。週3くらいのバイト実家暮らしで楽に生きたいと考えている。当然、正社員にはなれない。

会社説明会には周囲と比べて多く行った方だと思う。

でも、結局は行きたい会社存在しない。結局は自分にとってメリットの一番大きな会社はどこか?という視点しか見れない。当たり前のことかもしれない。

いままで学んだことを生かせる職種を中心に見たが、魅力がないわけではない。

しかし、それに週5日捧げることができる気力がない。今なら内定を貰っても入社5分で退職届を出す気がする。

もとより低俗な事が好きだ。

アニメライトノベルゲームなど家ではずっとそればかり。この辺が趣味であるから社会人に向いてないとも思う。

それを仕事にするスキルもなければ、周囲に人もバカにするだろう。これで自分プライドを保てるのだろうか。就職活動をしていないという時点でプライドもないのかもしれない。

昔はやりたいことがないか学歴を手に入れようと思い勉強をした。学歴を手に入れておけば、やりたいことが見つかった時に困らないだろうと思った。

そこそこアクティブ学生生活を送っていた。しかし、どうやっても金にならない事しかしていなかった。

そして、やりたい仕事は見つからなかった。

結局のところやりたいことをやったもん勝ち という事を知っただけ。

自分ならお金を貰えるなら仕事くらいするだろうと昔は思ったが、そうではなかっただけだった。

天職など存在しないと思ったので、これからストレスを感じないことだけして生きようと思った半年間だった。

anond:20180621151900

声優になりたい人の根本的な欲求って「声の仕事をしたい」じゃなくて「アニメゲームに関わる仕事に就きたい」なのに、これまでの専門教育経験もったいないと感じて、声の経験が活かせるけど全く興味がない司会業とか俳優業とかに進むことで自分人生台無しにすることを、大学生教養課程で「コンコルドの誤り」と呼ばれる本物の馬鹿だけに許された愚行として「絶対にやらないように」と習うんだよね。

声優になれなかった時に自分人生を豊かにするために検討すべき別の選択肢は「プログラマ」とか「キャラデザ」辺りが正解であって、今まで受けた専門教育が完全に無駄になることを理解した上で情報工学科や美大入学し直したり、全く経験がなくてもそっちの業界就職するのが、馬鹿以外に許された正しい選択

anond:20180622002440

大学にもAからFからそれ以下までいろいろありまして

ひとからげに言われましても

あるいは高卒の方が賢い場合も多々あるかと

ただ採用関係者は人を見る目がないので大抵は学歴でふるいにかけるというだけで

就職先への鬱憤大卒に向けられましても

anond:20180622000434

俺は化学プラントエンジニアやってるけどさ、こっちからすると4年では足りないのよ

から仕込むなんて無理だから最低でも4年はみっちり勉強した人材が欲しいし、できれば修士いいわけ

からこそOB研究室まわりもしてるのね

そんな中で、大学3年から4年の就職段階で今までやってなかったですけど頑張りますって言われても、こいつナメてんのって話になる

別に大学生が途中で方針転換してもいいけど、そこから4年以上費やして勉強する覚悟必要でしょ

どんな分野でも専門職につくなら当たり前だと思うけどなぁ

こういうのをリスペクトが足りないっていうのだと思う

2018-06-21

サラリーマンになる気なのに大学勉強頑張ってる文系学部生は異常

多くの文系学部生が勉強を疎かにして遊び呆けてるのはそれが現状、最適な行動だから

理系と違ってぬるい勉強でも卒業できるし、就職に悪影響なんてないことをみんなわかってる。

周りの空気が読めるからこその振る舞い。

それなのに真面目腐って勉強頑張っちゃってる人は悪いけど『変な人』。

で、普通に会社勤めするうえでこの『変な人』っていうのはまあロクな目に遭わない。周りとズレてるから

そんでもって、遊び呆けてる文系学生をクソ真面目に非難したり、腹立てたり、軽蔑したりしてる奴は低能

どっちかというと社会に貢献したかったけど勉強途中で諦めた人が外へ出るんじゃないの

就職って大学から追放じゃね

仕事に興味がわかない

仕事でやっている分野に興味がわかない・興味が無いんだけどこれって普通?みんなは仕事に対するモチベーション?興味?ってどんなもんなの?

自分語りになってしまうけど、学生時代高専から大学まで7年間ずっと土木勉強やってきたんだけど本当に興味がないしつまらなかった。学費は親に出してもらっていたし、勉強すること自体は嫌いじゃないか高専大学ともに成績はいつも上位だった。けど、学んでいること自体に本当に興味がわかなかった。

就活するとき事務職みたいな誰でもできる仕事(事務職馬鹿にしているわけではない)につきたかったけど志望動機が思いつかなくて結局惰性で公務員に。

現在社会人2年目で公共工事計画設計とかやっている。周りの人は図面を書くのが楽しい設計をするのが楽しい現場にでるのが楽しいっていう人が多くてその人たちと自分温度差が辛い。この仕事を一生続けていけない気がする。さら事務職の人たちとの温度差も辛い。明確に技術事務が分けられていて「技術の人たちは大変だね(笑)」なんて言われるとムカッとする。

最近転職しようと面接も何社か受けたけど、どこ行っても「7年間も勉強してきて地元市役所就職できたんだからやめるのはもったいない、もうちょっと続けてみたら?」みたいなことを言われてお祈りされてしまう。(今日面接では「1年ちょっとでやめるなんてけしからん・早計だ」と説教までされた)

なんか脈絡のない文章になってしまったけど、仕事に対するモチベーションを上げる方法、興味の無いことに対して興味をわかせる良い方法があったら教えてください。

気分転換散歩ができるのは学生のうち

俺は今大学院生だ。就職先も決まり来年から会社でせかせか働くことになっている。

俺はあまり集中力が長続きする方ではなく、研究室では集中力が途切れるたびに散歩にでる。隣の居室にいる先輩にちょっかいを出しに行ったり、建物の一個上の階などをわけもなくうろついたりする。今日なんかは天気が良かったので大学の外まで足を伸ばした。

別に散歩をすることで集中力が戻るわけではないのだけど、とても気分がいいから俺は研究中に散歩をすることが大好きだ。

就職をして会社に入ったら、こうやって気軽に散歩ができる生活ともオサバなのだろうか。そう考えると「今のうちにもっと散歩しなくては」という気分になり俺は居室から出た。

anond:20180621174524

大金を親に払わせて就職はそれか。金が余ってるようで羨ましい。

26歳、未だに初恋の子が夢に出てきて辛い

自分には高校生の頃から10年近く付き合ってる彼女がいる。

高校生でつきあって、大学就職と、楽しいことも辛いことも一緒に経験してきた。

今では同棲していて、自分相手もまわりもそのうち結婚するだろうと思っている。

彼女のことはとても大事だと思ってるし、彼女以外と結婚も考えられない。

でもたったひとつこの気持ちが揺らぐときがある。

小学生の時好きだった初恋女の子が夢に出てくるときだ。

の子は気が強く大人びていて、学級委員になるような優等生タイプだった。図書館に通いよく本を読んでいた。自分のあまり知らない世界をたくさん知ってる彼女にとても教養を感じていた。自分でも本を書いていたようで、それを見つけてからかったら、今までにないほどにらまれたこともあった。

男子人気はあったと思うんだけど、気が強く男子ともよくケンカしてたから、「あいはいいや〜、こえ〜し」みたいな感じで少し敬遠されてる節もあった。

自分はその子のことが好きだったけど、好きだから付き合うなんて発想もまだなく、ただその子のことを意識していただけだ。

中学進学。

の子結構裕福な家庭で頭も良かったので中高一貫私立にいってしまった。

そして自分はそのまま公立中に進学した。

それっきりだ。

お別れだっていうのは前々から言葉ではわかっていた。でも実際に中学生になって、本当にあの子とすれ違うことすらなくなってしまった。

そうして、自分気持ちに気付いた。

の子が好きだったのだ。

それからはずっと、悶々とした日々を過ごした。

の子は、自分の知らない私立中高一貫世界で、自分の知らない人たちと、自分の知らない経験をしてる。

かたや自分はというと、あの子がいない、ぽっかり穴の空いた世界毎日を過ごしてる。

会いに行くなんて勇気はなかった。

ただの小学同級生が会いたいから会いにきた、なんてキモいに決まってる。

からただ、その子の家の近くを通るたびにすれ違いを期待していた。

高校に進学しても、ずっと思い焦がれていた。

同じ街に住んでいれば、いつか会うこともあるかもしれないと思っていたけど、結局ただの一度もなかった。

中学3年間まるまる会わなかったのに、いきなり会いに行くなんて不自然だ。そんな勇気自分にはなかった。

大学生になって、県外の大学に進学した。もう万が一にもすれ違うことはないと思うと、この思いはますます強くなった。

この頃丁度Facebook流行った。

恐る恐る検索をかけると、でてきた。

死ぬほど可愛かった。ドキドキした。

あの頃の面影を残したまま大人に成長した彼女がいた。

彼女も他県の大学に進学していた。

今は大学生だ。お金時間もある。

会いに行けるんじゃないか

彼女を思う度にそう考えたけど、結局、会いに行くことはなかった。

そんな勇気はなかった。

ひとつ、チャンスだとおもっていることがあった。

成人式だ。

会えなくなった中学生のときから、このタイミングだけは絶対あえると楽しみにしていた。

の子は遅れてやってきた。

一目見たときドキッとした。

いる。

やっと会えた。

でも結局、なにも言えなかった。話しかけることすらできなかった。

何年も待ちわびた成人式で、昔と同じように何も出来なかった。

自然に話すことのできる最後のチャンスを棒に振った。

そこから、この思いはこじれた。

とにかく好きだ、と言いたかった。

好きだった、でも良い。

気持ちが大きくなりすぎて、別に付き合いたいわけじゃなく、この気持ちを吐き出したかった。

それくらい辛かった。

よく夢を見るようになった。

の子がでてくる夢。

いつも偶然の再会から始まる。

決まったパターンだ。

勇気を出して話しかけてみると、自分のことを覚えてくれている。

「あの頃好きだったんたんだよね」

しかけるとき以上の勇気を持ってそう言った。

ずっと言いたかたことが言えた。すごい満足感、充足感を覚える。

すると、はにかみながら、

「あたしもだったよ」

そう返ってくる。

その瞬間の幸せさったらない。

これより幸せな瞬間は、自分人生にはないってくらいだ。

そこからお互いの彼氏彼女の目を盗み、逢瀬を重ねる。

ただおしゃべりするだけなのに、馬鹿みたいに幸せな夢。

そして幸せ絶頂の中ふと目が覚める。

当然となりにあの子はいないし、会うことすらも叶わない。

さすがに普段は、なにもその子のことを考えていない。

なのに半年に一度、一年に一度その夢を見るたびに、その子のことを引きずってるんだってことを意識させられる。

夢の最中あんなに幸せなんだから

夢が終わると、吐きそうになる程気持ち悪くなるんだから

もう自分リアル彼女の姿をまったく知らない。どんな性格になっているのか、なにやってるのかもわからない。

自分の中の理想通りに成長した、存在しない幻想彼女がいつもいっとき幸福と、莫大な虚無感を運んでくる。

そんな女は存在しないし、実際会えたとしてもなにもかもが違うだろう。

歳を重ねるほどに、袋小路に迷い込んでいる。

どうやったって今更なこの気持ち

どうして忘れた頃に、またこんな夢を見せるんだ。

今日は一日中このことを考えていた。

もう疲れた

昨日、夢を見てる最中は本当に幸せでいっぱいだった。

でも現実には、もうあの子出会うこともないだろう。

あの夢を見ながら、死にたかった。

anond:20180621105711

別に人生はうまくいってるんじゃないですかね……。

この文章だけでは断言できないけど。

容姿が悪くても、普通でも、良くても、その容姿に起因して「ちょっと困ること」は当然ある。その域を出てないような。

人生大切なこと、進学や就職自己実現自分の一番やりたいこと、それが容姿で妨げられないこと(あるいは容姿が良いと有利に働くこともある)、それが「容姿が良いと人生うまくいく」ということなのでは。

anond:20180621115939

個人的意見だが、とても読みづらい文章

院に進んだ知り合いが居たが、そいつ中退した。

あと1年だったのにやめて、結局就職も出来ずアルバイトだ。5年経過した今も変わらずバイトだ。

逃げで院生になろうとするな。

情熱もない、死ぬほど勉強したい!って奴以外は甘えで院生になると苦労するぞ。

そういうとこだぞ。

私は某大学院修士1年。

もし、大学院への進学や就職で悩んでいる大学生あるいは大学院生の目にこの文が届くかもしれない。

そのとき少しは参考になればと思っている。

あくまで基礎研究をする学生の偏った主観記載していることには注意されたし。

特に工学研究科には適応できないかもしれないことはあらかじめ言及しておく。

進学を望む大学生モチベーションはどこからくるのだろうか、と私は常々疑問に思う。

自分の中にある知的好奇心学問探究心がおそらく大多数を占めるのだろうと思うが、それに一生ないし大学院生活を賭けることにどうして踏み切れるのか?

かくいう私も大学院生の端くれなのであるが。

大学院研究を始めたときはそれなりにやる気があった。

ライフサイエンス化学中間のような研究室だったこから、この研究が将来誰かの健康を守ることにつながればと考えていた。

しかし、アカデミアの世界にはこのような情熱は不一致であったように思う。

アカデミアは理不尽連続だ。

私は高学歴知的権化として彼らを認識していたが、それはあくま学問という極めて内向的世界においてのみである

彼らは学問を中心に生活し、休みや遊びをごく少量しか要求しない。

仕事(=学問)が生活の8~9割を占めることが普通で、それを学生にも平気で要求する。

学問的な正しさに目が向くばかりであり、研究を活かして企業就職する事への理解は乏しい。

誤解を生みたくないがために、少し補足するがこれは私がさぼりであるからこのように感じているわけではないということだ。

一応大学大学院もそれなりに努力して入るところに入ったつもりだし、この感覚が著しく逸脱しているわけではないと思う。

からこそ、アカデミアにはびこる理不尽とそれを容認する上役に疑問があるのである

話をもどそう。

アカデミアに残り、博士へ進学する人はこの環境下が好きだということでよいのだろうか。

あるいは、このような環境マイナスとしてとらえていても、補ってあまりある何かモチベーションがあるのか。

私にはわかりかねる。

これは私の価値観だが、上記のような点を踏まえて、かつ運が悪ければ重要ポジションにつくことが難しいアカデミアにいるよりも、企業に行って高給取りになった方が良いのではないだろうか。

私と同じくらいの年齢の学生に問いたいのは、本当に進学(あるいは就職)するという選択自分にとってベストなのかを十二分に考えてみたのか、ということである

進学を希望する場合上記のようなアカデミアの性格を十分にとらえた上でのことなのか、よく考慮してみてほしい。

幸いなことに、修士課程は二年と程よく短い。

故に、入ったことを悔いても二年だけ何とかやれば博士と違って就職するのにもなんら特殊な工夫が必要になるわけkではない。

それにつらさ以外の部分で大いに収穫になることも多々あることも事実だ。

現に私はつらいとは思うもののいまのところ何とかやっているし、大学院に来てよかったと思うこともある。

これを読む大学生大学院生に、自身モチベーションとそれを何に向けるか、つまり「将来の夢」について考えてみてほしい。

それが理不尽に苦しむ人を減らしたいと思う私の望みであり、同時に読み手利益になることを信じてやまない。

俺は高卒から別にいいんだけど

俺は高卒で何の専門性も持ってないか会社営業やれって言われれば営業やるし工場で働けって言われれば工場で働く

自分がその会社で何をやるか明確に決まってない状況でも雇ってくれるならそりゃ就職する

でも今の人はほとんど大学行ってるだろ?で大学行ってる奴もそれじゃだめだろ?

だって大学って高校よりもずっと高度で専門的な学問を修める場所だし(だよね?)将来その専門性を活かすために学んでるわけだよね

なのに自分が何やるかわからない状況で高卒の俺みたいな会社への入り方しちゃいけない

たまたま割り当てられた仕事たまたま自分が学んできたことが活きることもあるだろうけどそんな偶然に委ねるんじゃなくてちゃん自分の強みとか専門性を活かせるように考えて動いて欲しい

大学の4年間とかそのあと院に行く人ならもっとだけどその時間価値自分で無にするような自分過去を捨てるようなもったいないことはしないで欲しい

起業よりも資本主義崩壊に賭けたほうが良い気がする

大学生がふんわりネトウヨだというのはよく言われているが事実だろう。

バカ大学に通っているが、政治など微塵も関心を持たないが野党バカにする的な発言っぽいものをする奴とか嫌という程見てきた。

大学という場は思想などを提供する場ではなく。就活のためのライセンス付与の場であるし、スマホが大抵のことになるのも仕方がないのだろう。

なんというのか、社会全体が壊れ始めているのではないかと思う。

どうして、こんなことになっているのかといえば全体的にゼロサムゲーム化しているからではないかという感じる。

真っ当なことをすればパイが大きくなるだとか、就職出来るだとか、未来は良くなるとかいうのがない。

グレーバーとかい学者は「官僚制ユートピア」とかいう本で現代技術停滞を指摘している。

すでに行き詰まっているのだ。

最近起業よりも資本主義崩壊に賭けたほうがマシなレベルだと感じる。

IT系起業というのが全くうまくいかないとかいデータも出てくるレベルだ。

大手企業が独占したりPCからスマホに次ぐものがないとかいう行き詰まりだ。

他にも、アメリカ産業でのスタートアップの率が減少したりだとか。

大停滞の時代にどうやって生きていけばいいのかわからない。

今日今日とて

あー、だるいなぁ

大学だるい。さっさと単位くれ。就職させてくれ〜

[]コトノハ〇×で大量連投の為に副垢作成することへの見解

コトノハ〇×(http://kotonoha.cc/)とは、数年前までは人気があったSNSサイトである
mixiで一時期流行した「人生の経験値」を元ネタとし、トピックに対して〇×で評価するという独自スタイルが特徴である
トピックは「コト」と呼ばれ、ユーザー自身投稿することも可能である

現在コトノハでは大量の副垢を用いて連投を行うユーザー存在問題となっている。
複垢(複数アカウント)を用いて連投を行うユーザーとして、ここでは便宜上、「複垢連投厨」と呼ぶことにする。
複垢連投厨がコトノハ内で嫌われているのは、彼の人間性や数々の嫌がらせ行為迷惑行為は勿論、大量の副垢(サブアカウント)を作成しての連投行為(これも便宜上、「複垢連投行為」と呼ぶことにする)を行っていて、これを不快に感じたユーザーが反抗したことが事の発端である
その複垢連投行為が他のユーザーに認められなかったがために、今度は「コトノハオールスターズ」、「コトノハホールディングス」などというアカウント作成し、運営を騙るようになり、反抗するユーザーに対しては「規約違反者」として嫌がらせを行うようになるということの繰り返しである
ここでは、そもそも何故、コトノハでは複垢連投行為が嫌がられるのかについて解説していく。

人生の経験値

まず、コトノハについて語る上で絶対に外せない事柄がある。
それは、コトノハ元ネタになったと公称される「人生の経験値である
人生の経験値は、コトノハが開設された頃、mixiなどを始めとするSNS流行していた、人生の中で経験するかもしれない、しないかもしれないといった事柄リストで、自分経験したこと・していないことを○×形式でチェックしていくという遊びである
ちなみに私はこの頃、コトノハ、並びにmixiを利用していなかったため、リアルタイムでこの現象経験していない。

人生の経験値には、この遊びを広めた発案者が作成した初期リストがあり、コトノハ最初期のコトはこれに基づいて作られている。
リストは膨大なので、ここでは以下に1から20まで引用することにする。
はてなキーワードに「人生の経験値」の記事があり、そこに全リストがあるので興味ある方は参照されたい。

1.入院

2.骨折

3.献血

4.失神

5.結婚

6.離婚

7.フーゾク

8.しゃぶしゃぶ

9.エスカルゴ

10.万引き

11.補導

12.女を殴る

13.男を殴る

14.就職

15.退職

16.転職

17.アルバイト

18.海外旅行

19.ギター

20.ピアノ

例えば、1番の「入院」ならば、入院経験したことがあるならば〇、無いならば×というようにシンプルに答えていくものである。以下で記す増えて行った項目の中には「スカイダイビング」、「アナウンサー握手」のような項目も存在し、経験たか否かではなく、やってみたいかどうか、それは有りか無しかみたいな〇×の付け方も勿論可能である
初期リストは93、遊びが広まるにつれて増えて行った項目は189あり、SNS日記、またブログを書いているならば十分なネタとして重宝する。

さて、話を元に戻すが、「増えて行った項目」まではさすがに全一致はしないが、初期リスト全一致しており、1の「入院(http://kotonoha.cc/no/1)」から93の「治験(http://kotonoha.cc/no/93)」まで綺麗に順番にコトが存在している。
時間が経つに連れてコトノハのコトは多様化し、本来趣旨である人生の経験値」は薄れて行ったが、最初期は「人生の経験値」を誰でも気軽に楽しめるようにしたものであったということを前提として考えるべきである

作成中~

anond:20180621020712

逆に問おう。いつの時代マスコミが立派だったのか。

もともとその程度。

明治時代は、まともな会社就職できなかった人が新聞記者になってたんですよ。

亡くなった三宅久之(ナベツネの子分的な人)が言ってたけど、

役人にも銀行員にも商社マンにもなれなかった奴らの集まり政治家からゴキブリ扱い」

って言ってたぞ。

2018-06-20

女どうしで手マンしてしまった

タイトルの通りである

かに話すこともSNSで呟くことも憚られる内容のため、『ブログ 匿名』で検索してここに書き落とすことにした。

規約違反で消されても致し方ない。

私はごく一般的社会人2年目の女であり、現在付き合って5年になる彼氏がいる。

少女友達スキンシップの多い中高生時代を過ごしつつも恋愛対象は一貫して男性だった。

中学高校の6年間に渡る長い片思いの末に、情熱的な告白をして理不尽に冷めた後、大学出会った好みの男性(今の彼氏)に猛アタックした、というのが私の人生における二大恋愛遍歴である

ただ女体に触るのは大好きだった。

筋肉よりもおっぱいに魅力を感じる。

だって触っててそっちの方が楽しいから

カラオケ親友(巨乳)の胸を揉ませてもらったり、寮のお風呂で友人(爆乳)の乳を揉んだり、サークル飲み会で女同士濃厚なキスをしたりなどしていた。

このキス相手がまたエロい体とぽってり唇の持ち主であり、どさくさに紛れてちゅーできて嬉しかったのを覚えている。予想通りふわふわ感触だった。

まあでもこの程度は学生ならよくある体験だろう。オトメ帝国でも散々描かれている通り、女同士はスキンシップが激しい。

もちろん嫌がりそうな相手には触らなかったし、踏み込んだことをする前には必ず許可を取っていた。嫌われたくないしね。

しか楽しい学生時代が終わり、社会人になると流石に女友達ベタベタするわけにもいかなくなった。就職により友人とは離れ離れ。毎日会う同僚は友達ではないし、年代も違うし、同期は同期だし。

そんななかでうちの会社女の子が2人中途入社してきた。

同期には私ともう1人しか女が居なかったため、必然的に4人で仲良くなった。

中でもAとは一人暮らしの家が近くて、かつ趣味も同じだということが判明し、急激に親しくなった。知り合ってひと月もしないうちから家に泊まり合っていたと思う。

昨日も久しぶりに泊まりに行った。

ご飯を食べて、お菓子を食べながら趣味に興じて、夜が更けると当然猥談が始まる。

男のエロ話はファンタジーで女のエロ話はドキュメンタリーと聞いたことがあるが、実際はバラエティ番組トークのようなものだ。

今までの経験から面白エピソードを次々繰り出して爆笑したり、赤裸々アンケートをとったり、たまには真面目にコメントしたりといった感じで展開する。

○○に抱かれたぁい♡ とかカレピのdickが大きすぎて気持ちいいの♡ いいな〜♡ なんて話はしない。

そもそも大きいdickは女性陣には本気で不評なのである。私は「内臓が掻き回されてるようで気持ち悪い」以外の感想を聞いたことがない。

Aとの猥談もひどかった。

Aは特定相手を持たず行きずりの男と関係を持ちまくっているので、愉快な話には事欠かない。

最中体位を3回転させられた男、2時間コースホテルに入ったのに10分で終わった男、車内でしかしたことがない幼馴染、ペニバン彼氏を掘ってる元同僚などの話を緑茶片手に聞いていた。

その中で喘ぎ声の話になった。

Aは気持ち良さを感じたことがなく、全て演技で相手してきた。そのため変なタイミングで声を出したり演技過剰になってしまったりするのだという。

「本当に気持ち良くなるの? ていうかイったことある?」と聞かれたので、「なるよ! あるよ!!」と私がイけるようになった過程を懇切丁寧に説明した。

結論は「誠実な男性と回数を重ねましょう」ということになった。行きずりの相手こちらの快楽まで気にしてくれないよね。

会話の最中何度か興味本位で「どんな演技か見せてほしい」と頼んだのだが、恥ずかしいと断られてしまった。

この時点で夜中の2時。そろそろ寝ようとシャワーを浴びる流れになった。この時「一緒に入ろう」と誘われたため、この子セクシャルスキンシップOKだと判断した私は胸を揉んでいいか尋ねた。

彼女は快く揉ませてくれた。

シャワーを出た後もTシャツ越しにずっと胸を揉んでいた。もうここまでくると完全に性的な手つきになっていた。

さっきの猥談でも「女友達に胸を揉んでもらった時はめちゃくちゃ濡れた」という話をしていたから、行けるんちゃうかなと私も調子に乗ってマッサージを続けた。

胸の突起を掠めたり挟んだりしているうちにAの息が大きくなってきた。

「待って、あつい」と繰り返す声にこちらの息も荒くなる。

やばいめっちゃ濡れてきた」と宣言されたので「本当?」と寝間着の上から触ってみると、座っていた彼女がガクッと仰け反った。

正直もうここで指が止まらなくなった。

親指でひたすらそこをぐりぐりと押すと、Aは肩で息をしながら倒れ込んだ。

両手で口を押さえて静かに喘いでいた。

演技かな、とは一瞬思った。

けどそれよりもびくびく痙攣するAの体から目が離せなかった。

可愛い楽しい

私は親指に全神経を集中させて気持ちいいところを探っていた。

自分と同じ体を持つ相手なので、どうすれば良くなるのかは何となくわかる。Aが大きな反応を見せた角度で擦りながら、徐々に下に下げていく。穴に近づくと反応はさらに大きくなった。

しかし少しでもポイントを外すと回復されてしまう。声が止まって呼吸音だけになったら分かりやすいところからやり直した。

これ以上ない、という箇所をしつこく擦っていると突然Aの腰が跳ねた。脚がぐっと閉まる。私の腕を掴んでいる指が爪を立てる。

いったかな、いや分からんな。としばらくそのまま擦っていた。Aはひたすらびくびくしていた。

口を押さえる手が外れ、喘ぎ声がかなり大きく響いていたので、あれは絶対隣に聞こえていたと思う。

反応が落ち着いたので指を離すと、Aは汗だくだった。

大丈夫?」と聞いたら「のどかわいた」と返ってきた。痛くなかった? 大丈夫? と何回も聞いていた気がする。

お茶を飲ませて、頭を撫でているときもAはずっと肩で息をしていた。

「足に力が入らない」と布団に倒れ込んだ彼女の体を撫でていると、また良い反応が返ってきたので今度は下着の端から指を入れた。

直に触ったそこは本当にぐしょぐしょに濡れていて興奮した。

直接触るとどこに何があるかわかりやすいなあ、とか考えながら再び擦った。流石に穴には入れられなかったけど、さっき以上に声を出して身悶えてくれる姿をみて私は非常に満足していた。

それが終わったらまたお茶のコップを渡して、大丈夫か尋ねて、仰向けになったAを撫でた。

Aはしゅごい、やばい、と呟いていた。

「手が痺れてる」「どこに何があるか分かんない」という感想を聞きながら、穴使わずにこの状態ってめちゃくちゃ感度高いんじゃないの? と思ったけど言わなかった。

演技かもしれないという可能性を捨てきれていなかったのだ。

ハーフパンツから出た太もものあたりをソフトタッチしていると、「そこやばいくらい気持ちいい」と教えてもらった。位置を変えながら爪の先でゆっくり撫でると、Aは本当に気持ち良さそうに身をよじらせていた。

左の膝から上をただ撫でるだけで面白いくらい反応するので、私はまたしつこくそこばかり触っていた。

そのうちに内ももを撫で上げて、また服越しに局部を弄り始めた。

徐々にまた興奮してきた私は脚を固定して閉じないようにし、彼女上半身に背を向けて下半身に向き合い、両手を使ってひたすら刺激する。

背中に爪を立てられながら「いったかな?」というところまで弄り続けた。

もうAは喘ぎっぱなしだった。口を塞いだほうがいいのかとも思ったけれど、手で塞ぐのも乱暴だしキスするのも変だし、何より声を気にしてほしくなかったからそのままにした。隣の人には本当に申し訳なかった。

最後の痙攣を感じて、ようやく私は指を離した。Aは息も絶え絶えといった様子だった。

お茶飲んで、労って、何故か私は半笑いで介抱していた。

汗だくのAは「すごい、足の感覚が本当にない」「もっかいシャワー浴びる」と言ってその場で服を脱ぎ、ふらふらとバスルームに入った。

Aが出てきてから普通に寝た。

朝の4時半になっていた。

電気を消したらカーテンの隙間から光が見えたので「朝じゃん」と二人でつっこみながらすぐ寝た。

翌朝(昼)に何食わぬ顔で解散してきたけど、衝撃的な体験すぎて一日中思い返していた。

私は手マンの才能があるのかもしれない! と自信満々にこれを書き始めたのだが、書いてるうちにやっぱり演技だったんじゃないかという疑念が拭えなくなってきた。

演技にしては汗をかきすぎていた気もするし、でも過剰といえば過剰な喘ぎ声だったようにも思う。

次があれば指を入れてみたい気持ちと、行きずりの男にも全力でホスピタリティを与える優しい彼女を私の自己満足のために長時間付き合わせてしまたことへの後悔が交互にやってくる。

足腰立たないのはリアルだった。

でも男とするときは体の動きまで再現すると言っていた。

やはり彼女は演技を見せてくれたのかもしれない。

私は未だに悶々と考えて、こんな時間まで眠れないでいる。



終わり。

奨学金借金1000万、無い内定19卒。希望が見えない就活生の吐き出し

吐き出し。

高校大学奨学金を借りて、返済額が1000万円近くある。

借りた当初は「どうしても学びたいことだったし、これは未来への投資」「就職したら頑張って返していこう!」そんな風に前向きだった。

元々母子家庭で、非常にお金がなかった。

運良く高校無償化の恩恵には預かれた世代ではあるが、制服代、教科書参考書代、その他施設費、そして受験費用……

結局奨学金を借りなくては高校卒業ができないような経済状況の家庭で私は育った。

このような状況なのだからそもそも大学お金がかからない国公立、もしくは行かない選択をするべきだった。

だけれども何を考えたか私立大学へ進学してしまった(今の大学を選んだことは全く後悔していない。質の高い、すごく良い大学だった。でもお金のことを考えるとその点では非常に後悔している)

結果、奨学金の返済1000万円を抱えることとなった。

最初のうちは「どうにかして上位の大学に入れたし、ここで頑張って勉強していい会社に入って奨学金を返そう!」「ちゃん就職したらお母さんも楽させたい」

そんな風に希望に満ちあふれていた。

でも、いざ就活が始まってみると、お祈り、お祈り、お祈り、お祈り……

少し長めのインターンに参加して「ぜひうちに来てください!」「あなたと一緒に働きたい」そう言ってもらえた会社からも当然のように不採用通知が届いた。

内定が欲しいのならより好みせず選考に参加しましょう!」「飲食や小売は狙い目です!」

その言葉を信じて飲食、小売の企業にも応募したが、祈られている。

企業研究だってエントリーシートの書き方だって面接対策だって、どれも一生懸命やってきた

勉強だっていつも頑張ってきた……

でもどれも結局は自己満足しかなかったんだろうな。

だって誰も、どこの会社も私のことを必要としてくれてないんだもん。私という人間は、必要とされない。その程度でしかなかったんだよな。

奨学金1000万円も借りるほどの人間なんかじゃなかったんだ。1000万円を借りてたくさん勉強するべきなのは、私みたいな人間じゃない。もっと価値のある、素敵な人がこのお金を借りるべきだったんだよ……この大学に通うべきだったのも、きっと私なんかじゃなかった……私よりも合格すべき人はきっといっぱいいたんじゃない?

なのに身の程知らずにも奨学金を借りて、大学にまで行って……

私って一体なんなんだろう……

今日、また一社から祈られた実家から通える範囲会社で、ここにもし受かれば実家に戻って、家族を支えながら働けるな…なんて思っていた。

そしてさっき実家の母から祖父がもうダメかもしれないと連絡がきた。

膵臓がだめになってたらしい。膵臓は異常に気づくのが遅くなりがちな臓器で、祖父発見がもう遅かったんだって

そもそもだって体調はよくない。もともと病気がちで、数年前に倒れてしまたこともあった。

そんな祖父や母を、私全然支えられてない……職すらまともに見つけられてない。借金けが残ってる。


奨学金、借りた本人が死んだ場合はチャラになるらしい。

私は機関保証制度を利用しているので、私が死んでしまったとしても親族には連帯責任が行かない……

大好きだったおじいちゃんももうだめかもしれないんだったら、もう私も死んでしまおうかな……

毎日そう考えて、毎日泣いてる。

2018-06-19

アルバイトにも受からず、生活保護も受付に行く勇気が出ず、就職にも失敗し続けている、どうしたらいいんだ

anond:20180619205122

いやめっちゃ働きたいけど就職先がないしゲームもやめられない

anond:20180618224545

就職して1日目ですでにその状態になったワイからすると

どうやって30歳までモチベーション維持したのかが知りたい

学生の頃によく通ったバーがなくなったという報せを聞いたのは、出張東京から大阪に向かう新幹線の中だった。

新幹線大学進学を機に東京の西の方へ引っ越したぼくの出身新潟県で、当時のぼくにとって、新幹線といえば、東京都と新潟県をつなぐ上越新幹線のことだった。新潟。海沿いの街ならばともかく、山に近い町では、一年のうちの半分以上が雪と雲に閉ざされる土地だ。

冬に東京から上越新幹線に乗ると、日本海側が「裏日本」と呼ばれるのが納得できる。携帯電話電波の入らない、長いトンネルを抜けると、そこはたしか雪国だ。トンネルに入る前の、抜けるような青空からしてみたらまるで異世界のような、モノクロに塗りつぶされた街が見える。たまにしか来ない旅行者にとってはそれは心踊る風景かもしれないが、「裏日本」の住人にとっては、長く続く冬のあいだ、ほとんど太陽を見ることができないという気の沈む現実をそのまま描き出したような光景だ。

新潟県に住んでいるころの生活は、そんな冬の憂鬱景色と似たり寄ったりだった。中学校クラスメートの多くは、ぼくに猿山の猿を思い起こさせたし、教師たちだって、そのうちのほとんどが想像を絶して想像力のない無神経か、生徒へ媚びては「人気の教師」というくだらない肩書きに執着する俗物のどちらかだった。

ぼくにしたって、そんなくだらない学校生活から颯爽と抜け出せたわけではない。自分も、くだらない生徒のうちの一人であることには違いなかった。そんな鬱屈をぶつけるかのごとく、音楽を聴いて、小説を読んだ。音楽小説は、ぼくの肥大した自意識をなぐさめながら、同時に、その自意識さら肥大させた。

ひとことで言えば、ぼくは、音楽小説自分存在のものさえを仮託する、盆暗だった。そうして、ぼくは中学高校をやり過ごしていった。

車内販売ワゴンを押しながらお土産コーヒーを売る販売員の声で、ぼくはふと我に帰った。いつのまにか新幹線名古屋駅をすでに過ぎていたらしい。車内販売からぼくはコーヒーを買った。熱いコーヒーを飲みながら、ぼくは高校卒業した年の3月のことを思い出していた。

大学進学に伴って、上越新幹線を使って上京した。まだ雪の深く残る街から荷物を抱えて新幹線に乗り込み、トンネルを抜けたときの空の青さにせいせいしたのをよく覚えている。これからは、猿山の猿や無神経や俗物に付き合わなくていいんだ、そんな気持ちを、青い空は祝福してくれたように思えた。

そうして手に入れた大学生活にも慣れ、過剰な期待もなくなり、肥大した自意識ともうまく距離をおけるようになった頃のぼくに、ほんとうのお酒のおいしさを教えてくれたのが、件のバーだった。学生街にありながら、その店はいつでも静かだった。生まれて初めて、本や音楽の話が心からできる友人とも、そのバーで知り合った。マスターは、少し背伸びをした学生に、いろいろなお酒を教えてくれた。酔うためではないお酒を、リラックスしながら飲む日々は、ぼくにあの新幹線で見た青空のような解放感を与えてくれた。

そのバーがなくなったことをメールで教えてくれたのは、当時の友人のうちのひとりだった。大学を出た後、ぼくとはまったく違う業界に進んだ彼と会うのは、3年に一度程度の頻度でしかなかったけど、会うたびにぼくらは、リラックスできる店で静かに酒を飲んだ。そんな彼の名前と一緒に携帯電話の通知に表示された、「あの店なくなったの知ってる?」という文字列に、それほどショックを受けていない自分に少し驚きながら、ぼくはヘッドレストに頭をあずけて目を閉じた。

ぼくたちが店に通っていたときから、もう8年が経つ。東京就職し、大阪に頻繁に出張に行くようになったぼくにとって、新幹線といえばもう、あの長いトンネルを伴う上越新幹線ではなくて、東海道新幹線のことになった。ぼくはもう一度携帯電話の通知欄を眺めてから、また目を閉じて、新幹線規則的なゴトンゴトンという音に耳をすませた。

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