「就職」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 就職とは

2020-05-28

痴漢性犯罪ok娘なんていない

小学生の時に下半身裸の変質者にあった。逃げたら刃物片手に追いかけてきた。

中学生の時には強姦されかけた。女友達と行ったカラオケで、ドリンクバーに一人で行くと声をかけられて付き纏われた。そのまま部屋に押し込まれた。

中高一貫女子校で、電車バス通学だった。電車に乗ると一週間に一度はかならず痴漢にあった。はじめて痴漢に会った時、必死抵抗した。やめてくださいと言った。他の乗客と何人か目が合った。誰も助けてくれなかった。男の人のポケットカッターナイフが入っていた。

小学生の時のトラウマもあり、殺されるのではないかと思い、追いかけて腕を掴んだりする勇気は出なかった。黙って耐えた。

酷い時には指を何本も突っ込まれたこともある。当然男性経験はない。急いで電車から降りると下着が赤かった。泣いて、家に帰った。

当時から、今でも魘されて起きる。何度も手首を切ったり飛び降りかけたり自殺未遂をした。死ねなかった。

親か心配して連れていってくれた精神科では、思春期不安定なんでしょうと言われた。

ワンピースを着なくなった、ショートパンツスカートを履かなくなった。真夏でも長袖を着た。

高校に入ってからもっと痴漢されるのが頻繁になった。ウエストベルトが着いたワンピース制服だったのだが、胸が発育するにつれて目立つようになった。電車の中でも、外でも、男の人にジロジロ見られた。

怖かった。新幹線在来線快速新快速で窓側に座ったら通路側の男の人に太ももを触られた。胸を揉まれた。やめてください、と言っても続けてくる人には諦めるようになった。次の駅までの数分、耐えるだけだった。決してOKしたとか、そういうのじゃない。中高生の六年間で心が死んだのだ。

高校二年生のときはじめて彼氏が出来た。キスをして、肩を抱かれた。電車の中で会った男の人たちを思い出し、気持ち悪くて吐きそうだった。

TwitterOK娘という存在を知った。痴漢冤罪についてもはじめて知った。冤罪以外の痴漢存在しないと思っている人が凄く多くて、心が辛かった。

はじめて男の人に抱かれた時、血が出なかった。わかっていた事実だけれど、苦しかった。痴漢で脱処女する女の子だっているんだな、私のことだけど。

男性が怖くて、大学女子大を選んだ。

たまに痴漢話題になる。痴漢をされたことある子、かなり居る。冤罪なんて、Twitter以外で見た事がない。

冤罪OK娘も確かにいるんでしょう。

でも、そうじゃない被害者女の子たちも確かにいる。刃物をチラつかせながら知らない人に身体をまさぐられるって想像してみて欲しい。自分の娘がそうだったらどうですか?

彼氏とのデートに向かう途中にも痴漢にあったことがある。抵抗したし、電車からおりるとすぐ彼氏に泣きながら電話をした。抵抗しないお前が悪い、汚い、と言われた。辛かった。そのわりに、その日セックスを誘われた。痴漢されて感じた?なんて聞かれた。天井を見るだけで言葉は出なかった。心が二回死んだ音が聞こえた。

あと三年で就職だけれど、電車に乗りたくない。だから就職先近くに引っ越さなきゃいけない。

未だに腕の傷は消えないし、魘されて眠れない。

可愛い洋服を見ても、スカートが膝上だと買えない。

OK娘は痴漢プレイができる風俗店で働けばいいのに。

冤罪文字を見ると怒りで手が震える。頭が真っ白になる。

痴漢です!と叫んで追いかけて、その人が捕まったとしても、冤罪だと言われたら無罪なんですか?さわさわと足を撫でられても指を入れられても胸をタッチされても無罪なんですか?

怖い

男の人が本当に怖い。

みんなおうちでどんなお仕事しているの?

 この間ずーっと電車に乗って出勤してました。医師看護をはじめ薬剤、栄養、リハ、清掃等々、周りのスタッフも通常勤務。(一部健診部門は変わりばんこで休んでてた、、、給料も出る自宅待機。ちょっとうらやましかった。)


 4月の1週までは大学に出勤。4月2週目以降在宅で大学生とZOOM面談しながら指導中。


 3月~4月1週までは学童4月2週目より在宅。外で遊びたいタイプでない。一緒に家で過ごす配偶者によるとiPadPCゲーム三昧。学校から課題が出始めてからは頑張ってこなしている模様。


 この禍以前より実家で在宅。


 楽器講師はお休み学習教室は途中から在宅より配信開始。あとは子供配偶者の姪)が里帰り出産中なので孫の世話とか。


 ずーっと車で出勤。(車出勤はこの禍以前より)。


 在宅。


 メーカー研究職。今は育休中で関東近県滞在中。


 在宅。


 私が状況のわかるサンプルはこんな程度。

この数日で電車に乗る人増えてきたけど、おうちでどんな仕事していたの?しているの?

支障のない範囲で教えてください!

新卒就職で引っ越すんだけど引越し費用が足りない

九州大学に通っているんだが

めでたく就職が決まって、来年4月から東京社会人をすることになったんだが

引っ越し東京で家を借りることになるんだが

一人暮らしの初期費用って結構かかるじゃん

 ・引っ越し・・・10万くらい?

 ・東京まで移動(部屋を決めに行く時と就職時)・・・3万くらい

 ・敷礼・・・24万くらい

 ・給料が出るまでの家賃・・・4から8万

 ・給料が出るまでの生活費・・・5万

 ・最低限の家具家電・・・5万

で、27万から55万くらいかかるわけじゃん

どうすんだよこれ

大学に進学する時は、わずかな服とパソコンと布団だけ宅配便で送って、家具家電付き敷礼ゼロの神物件に住むことで初期費用を数万円に抑えたんだんが

大学在学中にアイテムがたくさん必要趣味を始めた結果、さすがに宅配では送れない量にまで私物が膨れ上がってしまったんだが

今回も宅配で済ませる手もあるけど、大きいテレビとかもあるから流石に引っ越し業者に頼みたいし、うちくらい物量があると宅配のほうが高く付きそうなんだが・・・100サイズみかん箱に換算すると30箱はあるだろう。大学生活始めるとき10箱くらいだったのに不思議だね

会社住宅手当を7割(!)も出してくれるらしいから、思い切って家賃月8万くらいのきれいな物件に住みたいんだが

そうなると敷礼ゼロ物件あんまり無いんだが

贅沢言うなって言われそうだけど、就職すれば住宅手当をたくさん出してもらえる予定なのに、学生時代に金が無かったなんて理由で、いつかは引っ越すとしてもしばらくボロい家に住むのはごめんなんだが・・・

これはぼくがきれいな家が好きというよりは、今あまりにもボロい家に住んでいるから、次こそは綺麗な家に住みたいという願望にとらわれているだけで、一種コンプレックスしか無いんだが・・・

そう考えると、55万という予算はさすがに過大だとしても、やはり45万くらいは用意しとかないと不安なんだが?今は収支トントン暮らしてるから、多少節約するにしても45万の貯金は厳しいんだが・・・ちゃんパパを読んだからサラ金は怖いし・・・学生に何十万も貸してくれないだろうし・・・

無い無いづくし、嫌々づくしですまんけど、良い解決方法があったらおしえてほしいんだが・・・

2020-05-27

輝いてみたかった

なんとなく学校に行って、なんとなく就職して少し経つ。堅実に生きていけるように少しだけ頑張った。親孝行してみたり友人と出かけたり。恋人は今はいないけど、まあよくある人生を歩んでいると思う。

ふと、自分物語世界なら村人Aにすらなれない背景のモブなんだろうなあと思った。人生自分が主役!だなんて言うけれど自分はそうは思えない。何かに特化したり特別容姿に恵まれるとかもなく平凡なのだ。やってみたいという気持ちが1mmくらいあってもそこから先踏み出せなかった。色んな分野で活躍されている方々はきっとその1歩を踏み出す勇気があったんだろうし、その踏み出した1歩から努力がすごいんだろうと思う。私にはその勇気がなかったし努力するという覚悟がなかった。

人生をやり直せるのならやってみたいことが沢山ある。

1度でいいから輝いてみたかった。そんなことを思いながら明日も背景モブとして生きていく。

就職したいんだけど、

もう就職していいの?

みんなまだニート

それとも、もういつも通り?

ずっと在宅警備してて外でてない。

テレビ見てると、していいのか、なるべくしない方がいいのか、よくわからない。

今日習い事を辞めた

幼稚園の頃からずっと同じ先生師事してた習い事がある。趣味としてはすごく楽しくやらせてもらってたけど、生憎才能も無いのでその道を進むことはなかった。

大学受験を機に一度辞めたけれど、進学してからまた習いたくなって、大学の近くで同じ習い事をやってる教室に入ったりもした。

卒業して、地元就職して、それでかつての先生の事を思い出した。今は就職してこんな事やってるんです、という話を手紙にしたためて送ったら会わないかという話になり、あれよあれよという間にまた先生の下につくことになった。あの頃より頻度は減ったし、お月謝は親の懐ではなく自分給料から出るしで少しの違いはあったけれど。

子供の頃とあわせて15年以上同じ先生に習ったことになる。でも社会人になった自分にも、お年を召した先生にも都合があって、辞めることになった。それが今日通販で取り寄せたちょっと良いお菓子を渡して、長年お世話になりました、お元気で、って言った声に涙が混ざりそうになったこと、先生は気づいただろうか。気づいただろうな。

今日のことは書いて残しておきたいと思ったけど、他の場所だとちょっと感傷的すぎて気恥ずかしいのでここに。帰ったら夕飯と、美味しそうだから自分用にも取り寄せちゃったちょっと良いお菓子食べます

ITプログラマに夢抱いてる学生諸君現実教えてやる

もし、諸君が「コンピュータ技術活用して、世の中を便利にしたい」という願望を抱いているなら、絶対日本IT企業就職してはいけない。

日本企業では諸君想像するようなわくわくするような開発体験は決して得られない。

諸君が、コンピュータ技術真摯に学ぶ気があり、最新の技術ハイレベル開発者から刺激を受けたいのであれば、オープンソースプロジェクト等に貢献すべきだ。

以下、なぜ日本IT企業就職するべきではないのか、理由を述べる。

仕事の内容がつまらない

特にBtoB法人向けサービス)の開発に顕著だが、日本就職する限り、作るのはコンピュータリテラシーの低い老人向けのクソ下らない業務システムほとんどである

信じられないかも知れないが、「手書き文書を読み取って、FAX送信する」みたいな無駄システムは、今なお日本中で生産され続けている。

そもそも顧客自身が、そのシステム本質的に何を実現したいのか理解していないため、従来のやり方をそのままシステム化することになる。

こうして、コンピュータを用いる利点が全くない「アナログ業務パソコンの上で行うだけ」のクソシステムが出来上がる。

エンジニアレベルが低い

はっきり言って日本の平均的なエンジニアレベルは、その辺の学生未満である

アルゴリズムオブジェクト指向設計メモリ管理セキュリティ等のプログラミング必須事項を十分に理解しているプログラマは、全体の1%もいない。

下請けカスにもなると、ググって出てきたコードを内容も読まずコピペして、「動いた」だの「動かない」だのとやっているのが大半である

自動テストCI等はおろかソースコードバージョン管理すらしておらず、本番環境へのデプロイは手動で行っており、数万行を超えるコードmain関数ベタ書きされている等という例は珍しくない。

諸君いくら最新技術を学ぼうが、仕事で任されるのはほとんど、そういう連中が生み出したプロダクトやツール群のメンテナンスである

こうしたクソプログラムは、一度作られたら最後、メインプロダクトが完全に死に絶えるまで、死神の様に付き纏う。

要するに

日本職業エンジニアになっても、何の役に立つの分からんクソシステムしか作らないし、無能の書いたクソコードメンテナンス精神病からやめろ、ってこと。

忘れられた第二次氷河期

1987年まれは、就職活動期(2009年)にリーマンショックによる企業新卒採用縮小のあおりを受け、就職に苦労した世代だ。

三学年くらい上〜一学年上の代までは売り手市場と言われ、就職氷河期からは脱したと思っていた。だがリーマンショック事態は急変、回復傾向から急落した。

第一志望だった企業採用活動さえしていなかった。後から聞いたらその年は縁故入社のみであったらしい。

子供を産んでからでも転職活動はできると考え、20代子供を産もうと思った。

1人目を入社3年目で妊娠し、4年目で出産した。

2人目を7年目で妊娠出産

その後の景気回復を横目に転職活動も考えたが、自分仕事の忙しさに加え妊娠出産育児に追われて思うようにいかなかった。

いま考えたら転職がうまくいってから子供を産めばよかった。

最近氷河期世代就職支援案が叫ばれているが、1987年まれ対象外になっている。

私のように新卒時思うように就職できず、チャンスがあれば転職したいと願っている人は同年代大勢いると思う。

特定年代の救済を考えるなら、この年代も議題にあげてほしい。

anond:20200527060908

天下の○○通がそんなわけないじゃん

悪く言うなよ

俺が就職できなかった会社だぞ

今思えば子供の頃の評判を作っていたのって、自分の実力だけではないよな。

 そりゃ学校の成績がいいというのは前提としてあるけど、生まれた家自体の名声であったり、親のコミュニティでの噂話あったり、子供間での口コミだったり、小・中学校の元担任から中学高校の新担任へ送られた情報だったり。

 自分のことを知る人が全くいないという状況でスタートを切るということはこれまでの半生でそうあるわけでもない。新卒就職する時でも入社試験学歴くらいは知られているし、人によってはサークルの先輩やゼミ教授や親とかから就職先に何らかの口利きがされていることもあるだろう。けど最終学歴なんとか大学なんとか学部卒というのは、すごくいい大学出たんだとしても、そこまで大きな影響を後々及ぼすかどうかっていったら、そうでもないよな。大学OB上司とかなら別として。自分が良い大学卒だったら、大抵自分の入る会社社員は大抵自分と同等レベル大学卒業生だろう。

 男子なら学歴プラスにならないとしてもマイナスにも普通はならないだろう。よほど不釣り合いな会社に入っちゃったんじゃない限りは。

 だが女子だとなまじ学歴がよいことが足枷になることがままある訳で。というか、学歴が良い意味での自己紹介になってない可能性があるんだよな。

 そんなかんじで、自分のことを知っている人が誰もいない状態で、学歴さえもが自己紹介にならず、なのに学歴就職試験の点数がよかっただけで良い企業に入れてしまったとしたら。セルフプロデュースに失敗すれば何でお前ここにいるの?って、職場の誰も彼もから思われる人になってしまう……という可能性があるな……なんて思った。

2020-05-26

なぜ博士号をとったか大学教員になったのか

すまん。書き出しで結論を言うと、自分でもよくわからん

アカデミックあきらめた博士号保持者の記事が目に留まったので、運よく大学に残れた側のエッセイを書く。小さなころから科学者になりたかったんです、なんていう大学教員を見ると、眩しくてクラクラちゃうんだ。すまんな、憧れもなく大学教員になってしまって。

僕は少年時代に、科学者に対する憧れというものほとんどなかった。ニュートンとかガウスとかアインシュタインなんかの伝記を読み漁ったりして、心惹かれるものがあった。だけど、それは自分科学者になりたいという憧れとは少し違って、科学者仮面ライダーウルトラマンのように現実と断絶した世界にいるヒーローのようだった。

大学に入ると、教員たち講義を受けて、ずいぶん大学先生は楽しそうだと思った。あとでわかるが、それは誤解だった。ただ一人、すごく楽しそうに熱く語る先生がいた。専門を簡単説明する。それでいて奥が深い講義だった。僕はその講義に夢中になったが、周りの学生からは評判が良くないのが不思議だった。こういう先生なら、なってみたいかもしれない、とぼんやりと思った。

僕は研究者というよりは科学ファンだった。自ら新しい科学を切り開くということに、それほど魅力を感じなかった。それなのに、大学院へ進んだのは「もっといろいろなことが知りたい」という一言に尽きる。このセリフは厄介で、一見すると科学者適性がありそうだが、実際は逆だ。「ただ自分の興味が向くことを、気の赴くままに知りたい」という僕のような人は研究者に向かない。いったい僕は何になればよかったのだろう。大学院生としての一番の幸福は、図書館の薄暗い書庫顔パスで入り、紙が焼けているのにピンピンしていて、全く手を付けられていないような文献を読むことだった。だから論文が書けず苦労した。今もしている。研究者世界は手を動かす、アウトプットをするのが貴ばれる。研究世界に飛び込むことは少し違和感を覚えたが、もっと良い場所もなかったので居続けた。卒業したいので、しかたなく研究した。

学会で一流の知性に出会うのは、本当に楽しいことだ。僕にとってはスターライブであり、学会の懇親会で大物に研究の着想を聴いてみることほど楽しいことはない。

大学から学位記と一緒に追い出されるように飛び出し、一つ目の職場就職した。就職が上手く決まらなかったので、ダメなら別の業界に行こうと思っていた。だけれど何とか職場が見つかった。そこへ行った理由は、この業界にいれば、また暗い図書館での心躍る体験が、いつかできるかもしれないと、不純な希望を持ったからだ。着任した先では、学力が酷かったけれど、教員博士号持ちの熱血教師ぞろいだった。教員たちの教育に対する熱いパッションを聞かされて、なぜだかすっかり気持ちが冷めてしまって、他に居場所を探した。転職するためには、論文必要だったので必死研究した。欲しがりません勝つまでは、を地で行くスタイルで無理をした。体調を崩して大病してしまった。

なんとか次の職場を見つけ、落ち着いている。学生時代の環境を思えば、ここの学生世界が狭くかわいそうだと感じることもあるが、一つ目の職場と比べればだいぶましだ。すべては相対的だ。転職して、自分時間が増えたのでぼちぼち研究している。いつか解明したいテーマも懐にしまっている。いつか、は来ないので少しずつチャレンジしている。だけれども、ほとんどの研究時間は一日も早く給料を上げたい、そう思って不純だと思いながら心の血を流しながら論文を書いている。僕は興味が散発的なんだ、だから論文がこれほど憎たらしく感じられるんだと思い続けている。

博士号取ったのに大学教員にならなかった氏が言うように、大学が残念な場所であるとは認める。成績不良の学生面接したときは、部屋に一人残って泣いてしまうこともある、僕が。これから教員仕事うなっちゃうんだろうかって悩みつづける。実にこの業界ジリ貧だ。だけれど、大学教員以外に僕のふわっとした欲求を満たせる場所を知らない。雑用を投げてくるスーパースプレッター同僚もいるが、傷付きやすい僕を大学以上に放っておいてくれる職場を知らない。

文科省大学経営陣も学生も同僚もみんなクソだ。クソだけれど、僕はそんな奴らの戯言を骨抜きにしながら、今の場所に居座ってみようと思う。僕の興味と幸運の続く限り。

研究者にもなれない、だが学生を思いやる教育者にもなれなかった。一人でいたいから、学内政治家もっとごめんだ。いったい僕は何になればよかったのだろう。

進学校に入らなければ良かったのかもしれない。

院試勉強が辛いから吐き出す

子供の頃からずっと保育士になりたかった。

歳の離れた兄弟がいて、年下の子の扱いには慣れていたから、保育園でも小学校でも小さい子から人気だった。小さい子のお世話が得意な女子ってやつだ。

最初は、ただ小さい子と遊ぶのが好きだから保育士になりたかったんだと思う。大きくなるにつれて、なんとなく「私は将来保育士になるんだろうな」って思っていた。

高校生になってもその夢は変わらなかった。けれど、その頃から希望進路を伝えると、親や先生を含めた周りの担任の反応が微妙なことに気付いた。

私は受験でめちゃくちゃ勉強を頑張って、割と有名な進学校に通っていた。高校は、東大京大一橋東工大などの有名国立大学医学部早慶のいずれかに入るのが良いことと考えている人が多かった。

先生もそう考えていて、高校1年生の頃に私が保育士になりたいか資格が取れる地元大学に行くと伝えたら、やんわりと否定された。親も最初は夢を応援してくれていたけど、「折角良い高校に入ったんだから名大に行ってほしい。」と思っているのが言葉の節々から伝わってきた。

周りの友人も東大医学部を目指してる子が多かったし、有名大学に行けなかった先輩のことを軽く見下しているような雰囲気があった。そんな雰囲気に徐々に飲み込まれていって、「良い大学に入らなきゃ!」と思うようになっていった。その頃から「良い高校に入ったんだから保育士になるのは勿体ない」という謎の思考に侵されて、保育士の夢を諦めた。不快に思う人もいるかもしれないから伝えるが、これは保育士馬鹿にしているのでは決してない。私がただ馬鹿で、窮屈な価値観を持っていただけだ。

保育士の代わりに自分が何をしたいのか考えて考えて、結論を出した。「有名大学に行って、ある興味のある分野を学んで、企業の開発職に就く」というものだった。高校生の頃の自分は納得していた答えだったけれど、本当に納得していたかはわからない。ただその学問に関わる教科の偏差値が高いから好きなだけで、実のところ興味があるわけではなかったのだと思う。

それでも、いつのまにかその進路に進むことが本当の夢のように感じられて、大学受験をがんばった。

結果、かなり有名な大学に入れた。親も担任も大満足で、たくさん褒められた。あまりしたことのなかった親戚からもめちゃくちゃ褒められて、たくさんお祝いしてもらった。周りの反応が今までにないくらい良いものだったから、「自分は正解の道を歩めた」ってすごく安心したのを覚えている。

でも、「正解の道」を歩めたから、「不正解」になることをすごく恐れるようになった。大学に入ってからは、単位を少しでも落とすことが怖くて勉強をきっちりしたし、体育会サークルで悩んだ時は体育会が「正解」だと思ったからそちらにした。企業の開発職に就くという「正解の道」に進むため大学院に進学することも決めた。

今、私は大学院の入試試験勉強をしている。周りの友人は大学院に進む人が多いものの、就職する人もいる。就職する人を横目に学生をすることに少し負い目があり、なぜ私は大学院に行きたいんだろうと考えることが増えた。考えるたび、「本当は保育士になりたかった。別に大学院行かなくて良い人生だって歩めたのにどうしてこんなことしてるんだろう?」という思考が頭を占める。

不正解の道」を歩んでしまったのではないか?とすごく不安になる。本当は「正解の道」は保育士になることだった?

人生選択連続であり、その選択に正解や不正解がないことは重々承知している。今の生活にも満足している。友達がいて恋人がいて学歴も持っている。世間から見たら満足していないのがおかしいと思う。それでも、やはり保育士になるべきだった、なりたかったという気持ちが湧き上がってきてとても辛い。

後悔しても仕方ないから、目の前の院試勉強を頑張るしかないのはわかっているので、勉強は頑張る。

ただ、とても辛く苦しい。

男も下方婚してはいけない

何をもって上方、下方とするのかにもよるが、

美人から、気が合うからという理由だけで下方婚すると後々大変だ。

結局のところ、学歴年収が高い人は自らの価値を高める努力であったり、

日々のタスクをどうやって効率化するかを考え、実践できる人だと思っている。

もちろん中にはマジで学校以外で勉強したことない、みたいな猛者もいるが

基本的に(努力量)*(効率)*(方向性)の大きさで決まるので、

高校大学にはその時点で似たような属性の人が多く集まるし、

就職してもばらつきは少し大きくなるが(それは企業の求める人材が幅広く、

試験の点数などある程度統一された指標ではないからだろう)概ね適合している。

下方婚基本的に同じ大学職場、といったところではあまり発生しない。

発声するとすればそういう社会的ステータスによらず人が集まる場所

すなわち合コン趣味サークル婚活アプリなどで出会うケースに限られる。

ここで上方下方婚と言われる格差が生じてしまうと、

家事子育てなどで相手のやっていることに対して

「どうしてして然るべき努力をしないのか」「何でこんな非効率なやり方でやるのか」

齟齬が生じてしまい、割とそれを埋めるのが難しい。

なぜなら「これくらいはやって当たり前」という価値観がそもそもうからだ。

こればかりは幼少期から培ってきた積み上げのレベル依存するところが大きいので

すぐに改善できるものではない。

お互いがそれを許容したり、お互いのレベル認識したうえでうまくやっていくのであれば問題ないが、

良い意味相手に期待しない(これぐらいできるだろう、やってくれるだろうと思わない)ことができる人じゃないと大変だな、と思った。

anond:20200526001917

馬鹿でもわかる話だけど、そう簡単に増えないからだよ。

業界側の努力のおかげで直近で新卒入社ちょっとは増えてるが、現場に配属されると男女問わず徐々に居なくなるぐらい過酷現場だよ。

新卒学生にとって売り手市場の今、わざわざ土建屋就職する理由がないんだよね。

入社する人も大体本支店勤務希望だしな。現場過酷な事なんて新卒は百も承知だよ。

しか人間の頭数が減ってる以上、業界努力だけじゃどうしようもない問題だわな。

特定の誰かが問題ってわけじゃなくて、今までずっといろんな人が少しずつ積み上げてきた問題から

一発で劇的に改善する改善策なんかないんだよ。

それを「女も男と同じように我慢すれば解決だ」なんて喚くのは、状況改善のためにはただの邪魔しかない。

やるべきは無駄に喚かずに性別関係なく我慢しなくても働けるように改善する人たちを支える事。

anond:20200526105758

あなた就職できたわけだが、フェミニスト批判してたのは「女は頭が悪いから雇わない」みたいな話に対してだからなあ。

ちょっと前提というか、基準が違うって感じがするよ。

 

あ、これはネトフェミが「フェミニスト」ではない、という前提の話ですが。

マイナンバーカード、番号通知を受け取ってから長年カード申請してないが

就職するならカードにしておいたほうがいいよなあ

面倒くさい

2020-05-25

銀行員ガチでなくなる職業なのだろうか

言われてみれば紙に書いて依頼する系のてつづきって、

全部オンラインに移行できるよなとオモタ

20年前に気づいていたはずなんだけどいしきしてなかった

よくかんがえたら神聖銀行店舗1~2個しかなくてオンラインだし、

ジャパンネット銀行フルオンライン

そもそも「やるか、やらないか」だけだったんだな

最近就職した銀行員さんかわいそう

anond:20200525170801

かつての一般職お茶くみOLって親のコネ一流企業お茶くみとして就職出来る層だから割と家柄良くて

今だったらもっと良い教育受けて実力で一流企業就職出来てる層だろ

でなきゃ今でもコネでいい所に入れる層

底辺派遣やってる女は、昔でもお茶くみOLなんか無理でもっと底辺職に就いて

結婚出来ないか底辺男と結婚して貧乏暮らししながら共働きしつつDV受けてた層(当時はDVなんて概念もなく「夫に殴られるのは妻が悪い」扱い)だろ

その層も老親抱えて派遣の方がまだDVされないだけマシだから結婚しなくなったんだよ

anond:20200525151342

アラサーくらい?だろうに

成功」のイメージ

国立大出て上京して大手就職してマネージャに昇進して結婚して家も外車も買った。

って歳サバ読んでね?

はてなユーザになって十数年

登録した時は陰キャパソコンオタク高校生だったけど、

国立大出て上京して大手就職してマネージャに昇進して結婚して家も外車も買った。

君らは?

追記

本当は進学も就職も失敗して上京はしたけど非正規ITワンルーム暮らしコンビニ飯で独身だよ。

陰キャパソコンオタク高校生までは本当)

これで満足か

anond:20200525103705

普通女性として生き、普通就職したり、普通結婚したり、普通子供を産んだりして

今まで生きててもできなかった自分って。。

許せない

俺が13歳の時の話をしたい。23年前の話だ。

俺は当時、田舎男子中学生だった。住んでいた場所がどれくらい辺境かというと、まさに地名がそのまま「村」なぐらいだった。現在はもう村としては存在していないが地名としては残っている。

それはどうでもいい。そんな田舎中学校で、俺は卓球部所属していた。

もちろん、別に卓球が好きだったわけじゃない。当時は何処かの部活に入るのが必須な風潮だったし、野球部だとかサッカー部だとかに入るぐらいなら比較的楽そうな卓球部へ…などという安易すぎる考えで俺は卓球部に入った。

当然、そんな生半可な気持ち卓球が上手くなるわけもない。大会などでは一回戦敗退が定番と化しており、サボり方も身につけ始めた中堅卓球部員となっていた。

当時、男子卓球部女子卓球部は別れてはいたが一部では一緒に練習したりすることもあった。

その中で、俺はある1人の女の子に恋をした。

相手は同い年のAちゃん

決して目立ったところがない子ではあったが、なぜだか話しているうちにどんどん惹かれていった。

決して付き合うとか、好き合ってるとかそういうことではなかったが(この年代はみんなそうだろ?)俺たちは心が通じ合ってた気がした。

彼女はよく俺に

「サボらなかったらコーラおごってあげる」

と言った。練習サボりがちな俺をいじりながらも気にかけてくれたことをよく覚えている。

そしてちょうど23年前の今の時期、同じ会場で大会が開かれるということで途中まで一緒に行くことにした。

彼女

「優勝まで行かなくても準々優勝ぐらいまでいったらコーラおごってあげる!」

と茶化して俺に言った。もちろん、俺が一回戦敗退の達人であることを知っての発言である。こんな会話が好きだった。

「じゃあAが優勝したらなに奢ろうかな」

と話し出したところで会場につき、別々に試合をして(俺は当然一回戦敗退、Aちゃんの結果は覚えてない)別々に帰宅した。

そしてその後、Aちゃん行方不明になった。

大会の帰り、そのまま彼女は消えた。

たちまち学校中は噂でもちきりになった。誘拐だとか、神隠しだとか、家出だとか、そんなクソみたいな噂話すべてに腹が立った。

俺は気が気でなくなって、村のどこかに彼女がいないか探した。でもどこにもいなかった。新聞には彼女が消えたとされる場所で靴と血痕が発見されたと書いてあった。

帰り道だからすぐにわかった。現場は綺麗に片付けられていたようでなにも残ってなかった。俺はもはやなにも考えられなかった。あらゆる可能性を考えてもクソみたいな結論しかかばない。

彼女が消えてから1週間、1ヶ月と経っても彼女は消えたままだった。

もう、彼女は一生帰ってこないんじゃないかという話を同級生がしていた時、俺は掴みかかって否定した。帰ってこないはずがないんだよ、絶対帰ってくる。

ちょうど3ヶ月後ぐらいに、テレビ犯人逮捕されたというニュースが流れた。

そいつはこの村のクソみたいなゴミクソ人間で、彼女にクソみたいなことをしようと思って声をかけたが無視されたので車で轢き、車に乗せて首を絞め、石で何度も何度も何度も何度も打ち付け、彼女を殺した。そして布団に包んで捨てた。

俺は何もかも許せなかった。犯人のことも、自分のことも、この犯人の親とか、友達とか、全てが許せなかった。何もかもがどうでも良くなった。

なにも許せず、なにも成長できないまま俺は大人になった。

今でも許せない。犯人は早々に自殺したらしい。それが何なのか、あの男が死のうとなにも終わらないし始まらない。

最初から存在すらしなければよかった。それだったら彼女は今も普通女性として生き、普通就職したり、普通結婚したり、普通子供を産んだりして彼女人生を歩んだんだ。

23年経っても許せない。許せないまま、あの子コーラを奢ってもらえる日を待っている。

東大とか京大コンピュータサイエンス出た人ってどんなとこ就職するの?やっぱGoogle

2020-05-24

文系大学生就職

銀行リストラ始めてるし

彼らはどこに応募すればいいのか考えてる

ちなみにここでいう文系大学生とはスキル資格がないものをいう

今までの大半は営業職か事務だったろうけど

営業は対面が必要なケースが少なければ数は減らされるだろうし

事務ルーティン作業が多いところはソフトウェアなり外注代替されるだろう

それでも営業がなくなったり、事務がなくなることも考えにくい

伸び盛りの業界に潜り込めばそう切られることもないだろう

業界で伸びるのはIT医療と後は貿易か?

大企業に行くのも考えた方がいい

今の40代以上がリストラが不可避なように

出世が見込まれ幹部役員になれないのがわかった時点でリストラ候補

スキルがないなら中小企業出世を目指す方が確実な気もする

書きながら思ったがスキル資格もない時点でかなり詰んでるな

大人しく公務員試験受けるか、介護とかそっち方面に行くしかなさそう

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん