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はてなキーワード: 小林よしのりとは

2021-06-13

石破茂褒めてた自民党嫌いなみなさーん!

石破茂は、コロナはただの風邪派の小林よしのりとか信じちゃってるみたいですね。

https://news.yahoo.co.jp/articles/65e0262de4271ef4d6fda7d5ac4ddb01ab80b53b

自民党嫌いだからって、石破茂はまともとか言ってた皆さん、相変わらずセンスいね

2021-05-08

anond:20210508053437

日本では年間130万人くらい人間が死んでるんよ。

1日あたりにすると約3500人。

そこにコロナ100人程度加わったところで、ほとんど影響ないよ。

コロナだけに着目するからおかし感覚になるだけで、

他の病気事故自殺老衰も含めて考えれば、小林よしのりじゃなくても

大騒ぎする必要は無いことが分かるだろう。

2021-04-30

方程式もそうだけど、どっかで聞いたような歌詞コピペしても響かないんだよなあ

まあ、歌詞なんて大した意味はない派でもあるんだけど、

最近スーパーで流れてた、いかにも最近ネットから登場したような曲は、

自分存在理由が分からないとか、なんかそんな感じでぐだぐだした歌詞で、

ただ売れてる、聴かれてる、若い世代にウケてるというのだろうから、だとしたら刺さってるんだろうけど、

自分は、何で自分は生きてるんだろうとか、自分存在する理由なんて考えたり悩んだことがそもそもないので、

オウム真理教事件ときにもあんまり共感できなかったんだよね

というか、オウム真理教事件でよくインテリほど騙されやすいみたいな話で、

それをアルカイダだのビンラディンだのに重ねる話もよくあるし、そういうこともあるんだろうけど、

オウム真理教にかぎって言うなら、あんまり大義みたいなのを感じなかった

オウム真理教で感じたのは、大義より義憤というか、この社会を恨んでいるような感情を感じた

日本医療科学技術のあり方に疑問を感じたからといって、だったらエコでもロハスでもスピでも勝手にやればいいし、

そうやって生きている人たちだっているわけで、まあ、それがオウム真理教予備軍っぽくもありはする

でも、予備軍は予備軍であって、暴走しなければ人畜無害しかない

小林よしのり氏でさえ今はコロナ風邪とか老人はポアしろとかオウム真理教みたいなことを言ってる

言ってるけど、これも自分オウム真理教に感じたのと同じで、どこか「私怨」を感じる

そう、あなたは色々御託を並べてるけど、結局はそれって「私怨」だよね?という感じがある

それからオウム真理教事件犯人って意外とそんなにインテリは多くないんだよね

上層部をなんだかんだインテリで固めてるのが社会の鏡写しみたいで皮肉さえ感じるのだけど、

実行犯とかはインテリではない、武闘派とか呼ばれる信者高卒、中卒がメインで、

寧ろ社会階層が低いことから日本社会を恨んでいる方が望ましいと思われていたのではないか

話を戻すと、そのオウム真理教なりの「私怨」とそれを隠す「御託」みたいなもので、

スーパーで聴いた歌詞も、最近話題になったうっせぇわだのみたいな歌詞も、なんか自分には刺さらなくて、

それはどっかから持ってきた歌詞過去リスペクトかもしれないし、

過去楽曲を聴いてるうちに意図せず学習したのかもしれないけど、

私怨」と「御託」で言うなら、やっぱり「御託」で隠してる、綺麗に見せてるように思える

端的に言えばナルシストでもあるんだろうけど、他人言葉拝借して重武装しているだけに思える、

ネットから文章コピペ切り貼りしているんだけど、切り貼りの跡が見えるみたいな、

そんな感じがするんだよな、だから、尚更聴いててウンザリするんだと思う

難しいボキャブラリーを駆使した表現より、素朴な言葉で、

ほんとうのこえをきかせてくれよ

だと自分は思うんだけど、そうでないものが売れるのはそれはそれで分かる気はする

自分歌詞なんて楽器の音と同じであって、特に意味があるとは思っていないところもあるから

でも、なんか強烈な歌詞インパクトを与えたいんだな、と思うことはあって、

そういう意図があるんだったら、もっと余計なこと考えないでタックルしてみたら?

みたいに思うことがよくあってモヤモヤするんだけど老害なだけなんだろうなあ

2021-03-26

エヴァンゲリオンは未見なオレが解説をする

エヴァンゲリオンはついに完結した、という人と、結局終わっていないという人がいるようだ。そこいら中で感想文が書かれているので、映画見なくてもなんだかわかる。

キャラクターたちは自分の居場所確立して日常に帰って普通に生きていくことになりましたとさ、という終わりだったんだろうな、と。

誰と誰がくっついたとか、誰と誰がどうなったとかそういう細かいのはもちろんわからないけど、このオチに対して、納得している人から拒絶している人まで様々だ。

前の映画でもアニメでも庵野はおそらく同じことを言っていると思う。ただその時の人間としての成熟度とか、監督映画のつくり手としてのスキルから違って見えるかもしれないんだが、結局「もう自分の殻に閉じこもって被害者ヅラしてないでとっとと出てきて日常をおくれ」ということなんだと思う。

そして、「エヴァンゲリオンは結局終わらなかった」という人たちはこの「日常にもどれ」というのが受け入れられないのだろうな、と思う。

もうちょっと言うと「日常がこんな退屈なものであって良いはずがない、自分が送っているこの日常と呼ばれる退屈極まりない過去から未来の流れは偽物でどこかに本物のエキサイティング日常があるはずだ、せめて物語の中だけでも良いから見せてくれよ」ということなのかもしれない。

シンジは確かに退屈そうな日常を送っている少年だ。いっつも部屋に閉じこもってふてくされて音楽ばっかり聞いている。それをある日父親に(父親自らの殻を破るという代理戦争名目で)無理やり引っ張り出される。そこにエヴァンゲリオンという文脈を載せてしまい、内容も哲学的にしてしまったがゆえに「こじらせた人々」を量産した。

小林よしのり戦争論ネトウヨがガーッと盛り上がった(当然それより前にそういう人らはいたが)り、そんな感じの時代であったようにも思える。

今の新劇場版からエヴァンゲリオンを見た人たちと、TVから呪縛に囚われた人たちの期待値も違ったことだろう。

ついに新劇場版で俺達の納得行く結論が見られる!という人たちは多かっただろう。納得の行く結論がなにかもわからないままに。

結局庵野テレビ劇場版新劇場版で3回同じことを言った。25年間囚われたままの人たちが納得できるはずもない。もうもはやわけのわからないイデオロギーしかないだろう。「このアニメには俺達の何かを打ち破りなにか新たな世界に導くそんななにかがあるに違いない」と思い込んでしまった人たちは残念だったけど、結局エヴァンゲリオンは「シンジくんがここにいても良いんだって思える物語」というTV版かなんかが終わった直後に庵野が言ったこれ以外の答えはない。

そこに至るまでに父親とは決裂したのか、和解したのか、人々は残ったのかそうでもないのか、本人がぶっ壊れたのかそうでないのかと言った違いはあるが。

そういうわけでエヴァンゲリオンの言いたいことは「生きていくしかない」ということなんだろうと思う。

新劇場版ではどうやら後日談的なことも盛り込んでいて、庵野が「生きていくしかなくなった主人公たちは結局どうなったのか」まで思いをはせられるようになった、もうちょっと言うとシンジ視点からゲンドウの視点になって客観的に彼の人生俯瞰できるようになった、ということくらいだろうか。

そんなわけで、見に行きたいが長そうで躊躇している。

小林よしのりロックダウンしたらリバウンドするに決まってんじゃんくらいのこと言ってるけどさ

ニュージーランド台湾ロックダウンの後リバウンドしてないんだけどね。

日本ロックダウンが以下に「やってるアピール」でしかいか証左である批判するならわかるけどロックダウン意味ないって言いたいだけに見えてきて滑稽だ。

ロックダウンは適切な厳しさの元適切な期間やらないと意味がない。

日本ロックダウンは、ロックダウンではない。

例えば、日本病院警察消防署と一部のコンビニだけ営業許可してすべての店は店員が厳しく入場制限を課して、までやってないんだからロックダウンと言うには程遠いだけなんだよな。

2021-03-20

anond:20210319185747

ネトウヨを叩けば左なんて短絡的思考却下

ネトウヨ同士の内ゲバなど珍しくもなんともない。

櫻井よしこ小林よしのりネトウヨ批判していたが左か?

2021-03-18

フェミニストが「男性女性にたいして取るアクション」をすべて差別解釈して名前つけて批判する理由ってなに?

ファミにストたちが、「男性女性に対して取るアクション」にいちいち名前つけて批判するのってなんでだろう?同じこと女性男性にしても何も問題視しないのに。

ノットオール・メン

お前らが男性を全体化して話しているんだから男性みんながみんなそうとは限らないという反論は当然来ると思う。わざわざ反論を呼び込んでおきながら、被害者ヅラするなと思うんだが。

マンスプレイニング

男性女性になにか説明したらあかんのか?例文として「ほら女ってなんにもわかってないじゃん?だからオレが教えてあげてんのよ!」っていうおっさんを出しつつ、そうじゃない男に対しても普通にマンスプレイニングとか言い出しているし、元ネタとしては「この絵って何だろうと言ったけど教えてほしいわけじゃない」みたいなフレーズから始まってるので、明らかに拡大解釈されている。

トーンポリシング(これは男性に限らないか

冷静な議論ができないレベルまでヒートアップしちゃってれば一旦まぁまぁって言わない?ちょっと落ち着こうか、って言わない?しかもオレがしでかしたことでもないことなのに?

名誉男性

これって初めてみたのは小林よしのりゴーマニズム宣言で、自分出世欲とか承認欲求を満たしたいだけでただ男に媚びへつらうだらしない女、女としての矜持も意地もポリシーもない、みたいな感じの話だったのだけど、いつの間にか男性に賛成したら、フェミニズムに疑問を呈したらこレッテルはられることになっている。

で、そもそもフェミニズム世界観って「家父長制によって男性女性性的支配する世界」なので、「男性女性になにかする=女性性的支配ようとする行為」というようになっているんだろうな。なんで自分たちが男性を見下して差別していることに気づかないんだろうか、滑稽だな。

2021-03-06

シグロ氏の発言について、ある左翼かつリベラルから見た感想(続き)

前半はこちら↓

https://anond.hatelabo.jp/20210306213555

結局のところ、このイシグロ氏のインタビューの浅さ、つまらなさは、インテリ向けの文学芸術業界という自分の属する世界世界全体であるかのように錯覚して語っているところにある。

その上で、あくまでもそういうインテリ業界文学芸術業界への提言、また自戒としてイシグロ氏の発言を読むなら、部分的同意できないこともない。イシグロ氏は「リベラル以外の人たちがどんな感情や考え、世界観を持っているのかを反映する芸術必要です」と言う。必要かどうかはわからないが、非リベラルの人が思想感情表現した芸術があってもいいというのはその通りだろう。リベラル原則からしても、非リベラルの人の表現自由制限するのは筋が通らない。ただしその表現批判する自由もあり、表現する以上は批判を受けるリスクは負うべきだというだけだ。

しかしここでもやはりイシグロ氏との現状認識の断絶は感じる。イシグロ氏から見ると世界リベラルが作った芸術ばかりらしいが、少なくとも私は日本に生まれ育って、「リベラル以外の人たちがどんな感情や考え、世界観を持っているのかを反映する芸術」の方を圧倒的に多く目にしてきたと思う。そもそもポリティカルコレクトネスなどが日本で多少とも意識され始めたのはごく最近のことであり、それ以前の言論にせよ芸術にせよ、今の視点で見れば差別偏見にあふれているもの普通だ。

たとえばイシグロ氏と同じくノーベル文学賞を受賞した川端康成という作家がいて、日本はいまだに高く評価され、小さな書店にも文庫本の数冊くらいは置いてあるだろう。私も過去にいくつも作品を読んできたが、同時に忘れられない言葉がある。ある時私の母親が言った「若い時に川端康成を読んで、女は芸者しか出てこんのかと思った、芸者にならにゃいけんのかと思った」というものだ。私は芸者という職業否定しないが、ここで問題なのは芸者の側ではなく、女性を極度に美化しつつあくまでも鑑賞される客体として描きがちだった川端康成視線の方である現在の目で見て、こういう川端康成視線女性蔑視的要素を含まないということは難しい。

また私は十代の頃に太宰治を読み、貧しく教育のない芸妓を買い取るようにして妻にした挙げ句、その妻が他の男と寝ていたというので絶望し、何やら自分が裏切られたかのように荒れている主人公(これは作者自身体験に基づく)の思考回路がよくわからないと感じたことがある。しかし当時の私はまだ、そんなものはわからなくていいと突き放すことができなかった。そこであれこれ想像力を駆使しつつ、そういう「苦悩」に何とか共感できないかと努めた記憶がある。ずいぶんと「理解しがたい他者」に耳を傾けようとしたものだ。その後フェミニスト批評に触れたりする中で、共感できなくて当然だったといつしか思うようになったが。『男流文学論』や『妊娠小説』を笑いつつ興奮しつつ読んだ日を思い出す。

私の世代には、そういうフェミニスト批評のように、また女性自身による新しい表現のように、男性作家視点を相対化してくれるだけの「他者の声」が辛うじてあった。その他の多様なマイノリティ視点から作られる芸術も探せばそれなりにあった。しか古典とされるようなものは言うまでもなく、世間で人気のあるもの話題になっているものは多くがリベラルでも何でもなく、機械的に「差別語」を排除したりする他はポリティカルコレクトネスにも多様性にも無配慮なのが普通だった。それにもかかわらず、「逆差別」だの「自虐史観」だのとリベラル側の価値観攻撃する言説は早々と巷にあふれていた。私は左翼だが、小林よしのり作品をいくつか読んだことがある。周りで流行っていたからだ。小林よしのりは「じいちゃんの死は無駄だったというのか」といったまさに感情に訴える手法保守派戦争観を広め、当時の若い世代にかなり影響を与えた。

シグロ氏の周りはどうなのか知らないが(と皮肉を込めて言うが)、日本書店というのはいまだに「嫌韓本」が山積みにされたり、保守論客歴史本がベストセラーになったりしている。イシグロ氏の小説を読むようなインテリ層の一部はそれに眉をひそめるかもしれないが、現実として、日本にはずっと「リベラル以外の人」の表現があふれ、どこにでもいる「リベラル以外の人」がそれをのびのびと享受している。「ストーリーを語ることはリベラル側の専売特許である社会などいったいどこにあるのだろうか。私は見た覚えがない。

小説であれ、大衆向けのエンタメであれ、もっとオープンになってリベラル進歩的な考えを持つ人たち以外の声も取り上げていかなければいけないと思います。」そう思うのかもしれない。「私は人生の大半を進歩自由主義的な考えのもとで心地よく過ごしてきた」と言えてしまうような人は。この言葉移民であり民族的マイノリティであるシグロ氏の口から語られることは、イギリス社会成熟を示すものでもあるだろう。

しかあいにく、私の住んでいる世界はイシグロ氏の世界とは違う。イシグロ氏の世界にしても、単にイシグロ氏に見えていないだけで、リベラル価値観の過剰ではなくその不足に苦しんでいる人がまだたくさんいるだろうと私は思う。私はリベラルとして非リベラル発言権を奪えとは言わないし、またその声に耳を傾ける人がいてもいいと思うが、私が日本社会でより多く耳を傾けたい声は、やはり非リベラル社会が長らく抑圧してきた、今も抑圧している声の方である

ところで、私は川端康成太宰治作品差別的な要素があると言ったが、かれらの本を絶版しろとも、教材に入れるなとも、子どもに読ませるなとも思わない。差別的要素があるからといって作品全体が否定されるべきだとも思わない。私は川端康成文章の美しさも、太宰治小説面白さも理解することができる。それに価値がないとは言わない。

キャンセルカルチャー」という言葉が指す状況を私は詳しく知っているわけではないが、作者がある場面で「政治的に正しくない」言動をしたからといってその作品全否定したり、市場から完全に追放したりすることは私は支持しない。差別思想公的な表明は批判されるべきだが、芸術表現を直接的に規制したり、作品を抹消したりすることは慎重であるべきだと思っている。

この点はおそらくイシグロ氏の考えと私の考えは近いだろう。芸術総体として愛するならば、自分の嫌いな作品理解しがたい作品が生まれてくる可能性も含めて愛さなければならない。私は現在視点川端康成太宰治表現の一部に批判をもっているが、その批判を表明する方法作品を焼いたり隠したりすることでは決してなく、批評や新たな作品で相対化していくこと、注釈を書き加えていくことだと思っている。

ただし同時に、かれらの作品にも行動にも現在から見て許しがたい要素があること、それは当時には自覚も変更も難しかたかもしれないが、今後の社会に引き継ぐべきではないこと、そこを否認するつもりもない。作品は消さないが、今後も読まれ続けるのなら、そういう観点から批判作品自体と同じくらいに読まれ、語られるべきだと思う。もし川端康成教室で読むのであれば、教師にはその美しさだけでなく、その女性の描き方が一方的であったり一面的であったりすること、フェミニズムを通過した視点でどう見えるかというようなことにも学生の注意を促してほしいと思う。これが過剰な要求であるとは私は思わない。

最後に、イシグロ氏が述べている「感情」というものについて少し違う角度から見ておきたい。最初に書いたように、私は政策決定などにおいて事実科学的根拠より感情が優先されるような事態は望まない。この点ではイシグロ氏に同意する。

しか人間感情というもの社会のあらゆる場面で抑えられるべきとも、それが可能とも思えない。イシグロ氏の主張を大きくまとめると、現在世界(実際はイシグロ氏の属するインテリ業界)はリベラル側の感情を優先しすぎるものになっているので、感情優先を抑えると同時に非リベラルももっと発言の場を与えるべきだ、と読める。私はこれには同意できない。

まず現状認識が違い、芸術世界リベラルに席巻されているようには到底見えない、というのが上に書いたことだが、それとはまた別に文学芸術世界でまで政策議論場合のように感情排除する必要はないだろうと思う。イシグロ氏は小説家として、感情を重視する文学トランプ支持のような不合理に加担した可能性を反省しているのかもしれない。しかし思うに、それはそれで文学の買いかぶりというものだ。感情に訴え、感情を揺さぶもの文学芸術の他にもいくらでもある。むしろ現実生活が多様な感情を強く喚起するからこそ、それを芸術表現し直すことが対象化や客観視の手段になりうるのだ。そして文学芸術は、合理性を追求する世界からこぼれ落ちる感情思想避難所としての役割をもっている。人間が完全に「合理的」な存在に変化しない限り、この役割がなくなることはないだろう。科学エビデンスに基づいてワクチン政策を決めるように自分人生を生きられる人はいない。そんなことを個人に求めるべきだとも思わない。

また、イシグロ氏の言う「リベラル」に人種的民族的性的その他の抑圧されてきたマイノリティが含まれるのだとしたら、かれらが時に強い攻撃性をもってその感情、蓄積されてきた恨みや怒りの感情表現することを私は一律に非難したくない。被差別者表現が時に復讐的な攻撃性をもっていたり、「逆差別」と見えるような偏見を含んでいたりすることはある。それ自体はたしかに「良いこと」とは言いがたい。しかしこれもまた現状認識問題になるが、今の社会マイノリティマジョリティ攻撃するような表現公然と行えば、より危険さらされるのはマイノリティの方である。だから圧倒的多数マイノリティはそんなことをせず、むしろ感情抑制に非常に長けている。

BLMを暴力的だと言って眉をひそめる人を数多く見たが、私が以前から思っているのは、もし黒人たちがその何世代にもわたる奴隷制怨恨復讐としてそのまま投げ返したなら、アメリカ白人社会はすでに何度廃墟になっているかからないということだ。しか現実はそうなっていない。現実マイノリティは、時に攻撃的に見えることがあるとしても、総体として恐ろしく理性的で自制的で、そして寛容なのだ。何一つ復讐も、感情表現することもできずに埋もれていった膨大な被抑圧者の忍耐の上に今の社会は維持されている。多くの被差別者は、深い痛みを抱えながらも、求めるのは復讐ではなく次世代幸せになることだと穏やかに語る。その中から時に感情的な表現が投げかけられたとして、それを感情的だと単純に排除することを私はためらう。

ずいぶんと長くなってしまったが、ふと書く気になったので書いた。まだいくつか書き残している気もするが、土曜も一日つぶれたことだしこのへんで。

2021-03-05

映画秘宝記憶(1)

映画秘宝』の元・編集長による恫喝DM事件が発覚した当初、一部の『映画秘宝関係者が「映画を観て、差別に反対し、社会不正権力に立ち向かう姿勢を学んでいたのに云々」といった主旨の言葉を述べていましたが、果たして本当にそうでしょうか?若い読者の中には信じてしまう人たちがいるかも知れないので、元・愛読者の一人だった私が記憶に基づいて(と言うのも手持ちのバックナンバーほとんど処分したので)、これについて反論のような事をポツリポツリ試みたいと思います

映画秘宝』が現在サイズになって間も無い当時『映画秘宝』は、自民党政権援護射撃するメディアの一つでした。これは何も『映画秘宝』に限った話ではありません。当時は、例えば『ミュージックマガジン』の故・中村とうようが「自民党を壊してくれるなら小泉純一郎を支持する」と公言していたように、小泉政権を支持する反・権力メディアやその関係者は珍しくなかったのです。

同じ頃『映画秘宝』は、当時の秋田書店漫画雑誌少年チャンピオン』で連載されていた漫画アクメツ』を誌上で紹介した上で「この漫画は傑作なので『映画秘宝』の読者も読んで応援しよう!」と推薦していました。ご存知ない方の為に解説すると漫画アクメツ』は、小泉純一郎モデルとする政治家(※ハンサムに描かれる)が行う改革応援する為に、主人公である高校生テロリスト改革に反対する勢力人間たち(※こちらは醜い外見で描かれる)を殺害しまくる(しかも、その殺害の模様を映像配信する)と云うのが大まかなストーリーです。

それだけではなく『映画秘宝』の読者投稿欄では「映画の中で公務員死ぬ/殺される場面が出てくると、映画館で拍手喝采します」と云う内容の手紙掲載したり、映画紹介記事の中に「公務員の奴らは他の仕事に就くことが出来なかった無能たち」という文を態々差し挟む形で書いたりと、当時の小泉改革により巻き起こった公務員バッシングの風潮に『映画秘宝』は全力投球で乗っかっていました。公務員バッシングをしてくれる雑誌メディアの一つとして『映画秘宝』を愛読しているネットウヨク的な人間たちも、当時は少なくなかったのではないでしょうか?少なくとも、読者投稿欄などに「小泉改革に乗っかって浮かれるのは止めた方が良い」という意見が載る事や、ライター内部から批判記事が書かれたは無かったもの記憶しています

町山智浩小林よしのりに対して「ネットウヨクたちを生み出した責任を取れ」と批判したようですが、四人がかりで女性1名を標的にパワハラを行うような町山智浩たちが作っていた『映画秘宝』に対して、私は「貴方たちが過去に行った自民党政治への援護射撃責任を取れ」と言いたいと思います

奈良さん・小沢さん・ギンティさん・市川さんたちから告発を受けた町山智浩ら4名は、近年『反・権力』の姿勢を盛んにアピールしていましたが、私の目から見ると「ナチス戦犯過去を隠して戦後を生き延びた姿に似ている」と思います。仮にも『反・権力』を謳うならば、過ちを犯した時には自己批判して、反省する事が肝要でしょう。それが出来ない、他人に厳しく自分たちに甘い町山智浩ら四人は、決して「反・権力」や「不正と戦う」と云う人間たちではないと私は思います

元『映画秘宝』愛読者だった私。家族に『映画秘宝』を読むことを勧めてしまった私。この私にも『映画秘宝』のモンスターを育てた責任は有ると思う。だから、元・読者の一人として、恫喝DM事件被害者謝罪します。こんな人たちを批判するべき時の過去の時点で批判する事を怠り、彼らを増長させて育ててしまい、その結果として貴方を傷つける事態を招き、本当に申し訳ありませんでした。

今なお町山智浩ら四人に心酔しきっている状態の私の家族洗脳をたとえ解けなくても、他の誰かの目を覚ます事はできるかも知れない。そのような一縷の望みを託して、読者だった当時の記憶を記しました。見出しに(1)と付けたので、気力が湧けばまた何か書こうと思います。悪文によるお目汚し、失礼致しました。

2021-02-18

遊就館てそんなにアレかな?

十数年前に一度だけ、某SNSのお散歩コミュイベントでちらっと寄ったんだけど、小林よしのり戦争論みたいな直接的な美化はあんまり感じなくて、こんなもんか、と思った記憶があるんだよな。靖国自体はやたらだだっ広くて都心にこんな糞デカいのあるなんて贅沢だなと思った位だった

2021-02-13

anond:20210213234431

小林よしのり漫画で見たような光景だな

富士山噴火というが、江戸の町は今日も芝居を見る観客でにぎやかじゃないか

2021-02-08

anond:20210208175307

それより右翼馬鹿にするマンガ流行らせれば解決だと思う

小林よしのりみたいなやつにかかせて

石破、K値を推し大敗北を喫した宮沢孝幸を参考にしてしま

https://b.hatena.ne.jp/entry/ishiba-shigeru.cocolog-nifty.com/blog/2021/02/post-b92bd8.html

唐木英明東京大学名誉教授宮沢孝幸・京都大学准教授などの獣医学系のウイルス学者から傾聴すべき意見が表明されています

小林よしのりの次は宮沢とか、本当にどうしようもない

2021-01-27

anond:20210127080945

はあ? 右派の方がよっぽどひどいだろ。

右派百田とか黒瀬とか小林よしのりかいくらでも挙がるが、リベラルで具体的に誰か挙がる?

2021-01-14

コロナ茶番」勢のツイートをよくウォッチしている 追記

コロナ茶番」と主張する方々のツイートを、面白半分で春先からウォッチしている。

去年の春先、最初緊急事態宣言が出た頃は、「コロナなんて存在しない」「PCR検査するから偽陽性の無症状感染者が出て医療崩壊する」「中共ビルゲイツらによる陰謀」といった説が主だった。この頃は主張の根拠としてビルゲイツTEDトークがひたすら引用されてた記憶がある(今もだけど)。またこの時期は、「コロナ武漢研究所発祥説」も盛んだった。流石に今この話をしてる人はほとんどいない。

夏の第2波の頃は「コロナ存在しない」からコロナ発症リスクより若者自殺増の方が問題」「無症状陽性者を感染者として扱うな」「コロナより経済」といった、コロナ危険性を矮小化する説が広まっていた覚えがある。永江一石氏らは今もこの立場

で、最近は「コロナを忘れて失われた青春時間を取り返そう」だの「茶番につきあわされた経済限界」だの「マスクは全く意味がない」だの、我慢限界を訴えるような主張が増えてきている。特に最近の傾向として、コロナ茶番だということに気づいた人を「目覚めている」、そうでない人を「目覚めていない」と呼ぶような、カルトまっしぐらな趣向に走っている。これは恐らく、Twitterで人気だった「目覚めた市民」氏の影響かと思われる。

これらに加えて、三浦春馬さんら芸能人自殺アメリカ大統領選挙と絡めて、ビルゲイツはじめとした裏組織計画の一部だと考える人や、元々内海聡あたりを信奉していた反ウイルス派閥悪魔合体した陰謀論者もいる。

自分コロナ前後で変わったことといえばリモートワークがやりやすくなったくらいで、収入には全く影響がないから、上記ダークサイドに落ちていく方々をウオッチしながらケラケラ笑うことができている。しかし、そろそろ買い物やら、ライブイベントやらに参加できない鬱憤が爆発しそうな気持ちもある。これで、コロナの影響で収入が大きく落ち込むような業界に勤めていたらどうなってたか。そう思うと、「コロナ茶番」と考える方々の気持ち理解できる。

ネット政治やっている方々は、「コロナ茶番」勢のことなんか一切考えず、のんきにトレンドハックしたツイデモやってるが、あんなのやってたら余計な反感を買って分断が広がるとしか思えない。もっと冷静になって、「コロナ茶番」勢の意見も多少は聞いてあげてほしい(同調しろとは言ってない)。

あとトレンドワードに便乗してバイナリーオプション詐欺勧誘しようとする仮想女性アカウントはまとめてくたばれ。

追記

陰謀論者の言うことを聞けと書いたけど、ちょっと良くない表現だった。

一寸先は闇という自覚を持って、あちら側の人とは適切な距離感対峙していきたい。

追記2

思ったよりブクマが付いたので更に追記

emiladamas 私も「コロナ茶番」勢とトランプ勝ち組勢をずっと見続けていて、自分でも何をやっているのだろうと疑問に思う

トランプフォロワー周りは、もうありえないことばっかやってて気が滅入ってきたので、この趣味ももうそろそろやめようかなーと思う。

kazuau 「悪魔合体」って熟語女神転生由来なんだろうか。ぐぐるメガテン関連しか出てこない。であるならば、天使もまた悪魔なのである

私もそう思う。

mugi-yama ヨコだけど、この増田永江一石の名前を久しぶりに思い出した。長谷川豊ともども、ホッテントリにあがってくることがなくなってホントによかったと思いました。

すっかり言及するの忘れてたけど、コロナ論の小林よしのりは、永江一石とかと比べ物にならない、もう手の施しようのないとこまで行ってしまった感じがある。

shikiarai コロナ茶番! セックスは本番! 今日の俺は非番! ババンバンバンバン!ハァービバビバ!

クソワロタ

2021-01-13

anond:20210113181957

おまえは、小林よしのりと同じようなこと言ってるが、こっちは何も岡田玉川みたいなのと同じようなこと言わないけどな。

裏返せば攻撃なると思ったのか?馬鹿が。

anond:20210108200014

会食ぐらいで騒ぐなよってか?

続報

コロナはただの風邪」派の小林よしのりに影響された石破、1月8日に会食していた

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/bunshun.jp/articles/-/42815

anond:20210113094836

ほんと、自粛脳とかコロナ脳とか言ってる、コロナはただの風邪とか自粛しなくていいとかいいって言う奴って、陰謀論好きそうな低所得者多そう。

堀江貴文とか、小林よしのりとか、信者ビジネスやってる頭悪い奴の話しか受け入れないし。

2021-01-09

anond:20210109174123

正解

アスペって文脈考えずに、その時々の物事の成否で考えるらしいから石破って自閉傾向あるんやと思う

小林よしのり普段支離滅裂さを分かってたら、担ぎ上げると自分信憑性まで下がることぐらい普通ならわかる

anond:20210109173911

小林よしのりコロナ漫画を見ていれば、引用すること自体がまじめな政治家ではない証明であると誰でも理解できるコロ?

はてなーにはがっかり

コロナに関する石破茂意見表明について。小林よしのり引用しているからアウトらしい。

かに小林よしのり政治的な主張に賛同する人は少数だろう。しかし、今回の話題コロナだ。話題が変われば、基本的には、主張の妥当性も改めて判断されるべきだ。「誰が言ったかではなく、何を言ったかについて議論しろ」というのは、議論基本的原則であるはずだ。

はてなーは、小林よしのりの「コロナ論」をどれだけ理解した上で批判しているのか、甚だ疑問だ。結局、「小林よしのりは邪」で思考停止している、知的怠慢の集団はてなーだ。

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