はてなキーワード: ナチュラルとは
最近ふと思ったんだけど、大人の世界でウソ付かない人って相当少ないんじゃないかな。
社内をぐるっと見回してもナチュラルにウソを道具に使う人が多い。
そんな私もウソツキで、「ウソ」って車のハンドルのあそびみたいなもので、
クイックになりがちの話をスムースにしてくれるし、そして、コミュニケーションを芯からとらえるのが苦手な私には
くだらないウソを混ぜた言葉のキャッチボールがディティールがぼけてとても都合よい。
でも結局、話をする上で楽なポジションを作っていただけなんだなーと思った。
ウソって、その人の言葉の信用がなくなっちゃうんだね。スポンジとしゃべっているような感覚になる。
あなたの周りはどうですか?
どこに行っても女性から嫌われる、自分は何もしてないのに、と嘆く知り合いがいたんだけどさ
ナチュラルボーン失礼だし、嫌がってることをしつこく続けてくるし、かなり不愉快なタイプの人だった
距離感のおかしさを自覚できない特性持ちっぽかったから、ここはよくない、
こういうのは直した方がいいと何度も注意したんだけど、口では「そうですね、気をつけます」と言いつつ改善する気が全然見られなくて、私も諦めた
女性たちは我慢して社交的に振る舞ってくれていたのに、無神経な行動を改めないから嫌気がさして去って行ったんだと思う
「仲良くしてくれていた筈の同性の友人も離れていく」のはそういうことだよ
家族だなんだと口では言ってても結局自分よりも弱い意思疎通の取れない存在の生き死にを握ってるわけでしょ?
自分のために弱い存在を隷属してるってエゴの自覚がないと、正義マンになっていきそうだと思った
自分の赤ちゃんとか子供を虐待する親と構図が似てるけど微妙に違うよね
人間の子はいずれ成長して立場が逆転するから、「子供の視点で」エゴが過ぎていれば親は因果応報を受けるだろうけど
ペットは死ぬまで隷属されてて刃向かってこないから、一生自分のエゴに気づけない可能性もあるわけだ
ペットっていう行為がどうせエゴなら、彼らのために去勢、耳切、尻尾切りしよう!っていうのはよく見るサイコ
老齢の犬猫におむつ履かせるのはわかるけど明らかにファッションで服着せてるのもナチュラルに怖い
これを家族のためとか、動物達のためって大義名分を持ち始めると、弱い存在の生き死にを握ってるっていう生物として一番忘れてはいけない前提が薄れていくんだろうな。
元増田、出来る女性から避けられてるんじゃない?ナチュラルにパワハラ滅私奉公気質で、効率的に働きたいひとあてたら即転職されちゃうから、絡ませるの自体リスクって思われてるパターンな気がする。
あと散々各所で言われてるけど、女性が妊娠出産をやってくれるお陰で男性はそのパフォーマンスが出せるし、後復職できず離職しなきゃならなくなるのは男性がちゃんと参加出来ないからなので、貴方が言ってるのは単なるフリーライドなのね。だから変えていこうね、って話になってるのよ
https://togetter.com/li/1888386
この問題提起がそもそもだめだな、整ったインフラや家電は別に育児を助けていない。
いくつか理由を書いてみようかな
この辺のジャンルについては俺もあまり詳しくないが、いかにゲームをありうる最短時間でクリアするかというもので、ゲームプレイから一切の無駄が省かれるうえに場合によってはバグなんかも活用していく。
これの求めているところは0.1秒でも短縮しなさいだ。
それが子育てにも求められている。
親が子育てに割り振れた時間はかつてはどのくらいあっただろうか?
専業主婦のころなら仕事をしない分多かったことだろうし、保育園や幼稚園なんかも余裕をもってスケジュールすることができた。
今は共働きも一般的なので、生活の中の時間の制約を持つものが増えてしまう。
家のこと、仕事、保育園などそれぞれのタイムスケジュールは別に同調する義理はないから勝手に進んでいく。
そのうえ残業を頼まれる、子供が熱を出す、などのトラブルもあるため、時間管理がムリゲーと化していく。ここにどんなインフラや技術革新が役に立つのかといえば何も役に立たない。
これはよく言われていることだ。核家族化に伴って子育てに関われる人の数が減ったというものだ。
昭和の子育て世代は「私たちは一人で頑張った!今の親は甘えている!」とか威勢のいいことを言うが当時のアンケートでは彼女たちは専業主婦であり、彼女の姉妹や母親が頻繁に手伝いに来ていたというものがある。出典は探さないといけないのでここでは明記できないが、当時でも本当に一人でやらざるを得なかった母親たちは今と同様に地獄を見ている。
更に近所付き合いが昔ほど濃密ではないので、子育てのヘルプを依頼できるほどにお互いの信頼関係も出来上がっていないという問題もある。これについては人びとが相互不信を醸成するように社会が動いているという陰謀論をぶち上げてもいいと思うくらいにテレビやメディアでいかに隣近所に危ない奴が潜んでいるかを騒いでいる問題はあるだろう。
色々な企業が切磋琢磨して育児の合理化に鋭意努力しておりこれについては頭が上がらないが、其れとは全く別方面から子育てを非合理化してくる集団がいる。いわゆるナチュラル指向というやつだ。
彼らは育児を合理的にするあらゆるアイデアを以下の様に説明する。
などなどで、そして自分たちのよくわからないものやかつて日本が発展途上国だったころにやっていた子育て法を復活させてくる。
たとえば昭和の時代にはこういう子供はいなかったが、今は多い、その原因は紙おむつのポリマーです!という感じだ。
洗濯は手洗いが良い、母乳育児以外してはならない、紙おむつは使ってはならない、エアコンは止めるべき、洗濯石鹸じゃなくてこのせっけんを、柔軟剤じゃなくてこの粉を、牛乳はだめ、肉はだめ、電事レンジはだめ、、、
要はFUDだし、もしかしたら女性には本能的に子育て中に入る何らかのモードがあるのだろうか、すごく信じてしまう、もしくはすさまじい不安に突き落とされてしまう。
実際に合理的に育てられた子供が合理的に育てられたがゆえに問題を抱えたソースがあるのかといえば全く提示しないで、産婦人科学会みたいに母親が苦労するほど子育てはいいものになるみたいなことをなんかリフレーズしているに過ぎないのだが、こっちは信じるという矛盾すらきたしている。
これは実際に子供が学校に行き始めるとわかるが、親はやたらと学校に呼び出されるようになる。自分の親がこんなに学校に呼び出されたのかと思うが、おそらく今は過剰だろう。
子供が問題行動を起こすたびに呼び出され「親御さんがしっかり子供を見てください」とだけ言われる。つまり、学校などで発生する子供の問題が親に丸投げされる。
これはよく考えるとおかしな話だが、モンスターペアレンツという伝説上の存在によって起こるようになった。
あれによって学校は「子供の問題は(親の完全な制御外でおころうが関係なく)親に報告だけして対策はお任せします」とするようになってしまった。
私は学校が変わればいいんじゃないか、ルールでがちがちに固めて守り切れないようにしているほうに問題があるんじゃないか、成績が悪かろうが何だろうがそれは子供の責任だ、という方向に進むべきだと思っているがモンスターペアレンツのおかげで学校は全く変化しないで親に責任転嫁できるようになった。
そしてこのようにいろいろな問題が添加される原因の一つが子育て親の地位の低下だ。これは何か法制度によってできたというよりは社会に作られた雰囲気の中で自然に地位が低下している。
そのためマタニティマークを付けた女性への嫌がらせ、ベビーカート問題、などの様々な差別や攻撃となって出てくるようになった。
そういうわけでインフラや家電がいくら進化し様が以下のポイントによって子育ては昭和の時代よりもより困難になった。
更に付け加えるならば、こういった種々の問題がラディカル・フェミニズムによって男性に原因を求めるように捻じ曲げられるようになってしまったのも問題を深刻化させる一因だと思っている。
いやー、いい国ですね。ニッポン。
どこかのタレントが予言した通りコロナ禍からこっち女の子のレベルは上がる一方で本気で顔面アイドル級の子がやってくるので逆にこっちがビビります。
来てくれた子は、ぽっちゃりだけどデブではなくて雰囲気的には日○坂で一番おっぱい大きい子にそっくりです。
そして、JKコスプレのオマケ小道具として吊り革を持ってきてくれてたので衣装ハンガーをかけるやつにひっかけて置換ごっこスタートです。
どうしよっかな?と思ったんですがとりあえず後ろから抱きついてみました。
おっぱいを揉むんじゃなくて後ろから手を回してぐるっと抱きつく感じです。
そうすると、もうね匂いが最高なんですよ。
髪の毛はもちろんいい匂いさせてるんだけどね、同時にちょっと地肌の臭いニオイがね、ほんのすこしだけするんですよ。
この、ほんの少し(ほんの少しですよ)臭いっていうやつが最高にリアリティバランスを盛り上げてくれます。
抱きついたら、「キャっ」て言ってくれてそれがね、めちゃくちゃナチュラルうまくてそのあとの「ちょ、ちょっとやめて」って言い方がすんごく勃起をそそる言い方なんですよ。
わたしの文章力がなさすぎてどう表現したらいいかわからないんですがとにかく男のやる気を引き出す名演技です。
いやあ若いのにすごいな、って感心しました。男がどうやったら喜ぶかってことを知り尽くしているみたいです(これはそのあとのプレイでも思い知らされました)。
Gカップって表記でしたが実際にはHカップあるらしくてとにかくデカイ。そして顔がカワイイ。
なんか学費稼ぐために働いているらしいですが、そんなことはどうでもよくてちょっとジャンプしてもらったらプルップルに揺れるもんだから我慢できずに押し倒してチンチンを擦り付けてしまいました。
そしたら挟んでくれて、って、とまあこんなあんなで最高の100minでした。
裏オプ込み40Kでこれが楽しめるんだから円安も相まってお得感しかありません。
戻る前にもう一回呼んで楽しむことにします。
結婚ってのはお互いが無意識に持っている常識をすり合わせていくことが大事なのに、
最初からバチバチに否定してケンカ売ったらそりゃ振られるわなあ・・・
常識でしょ(キョトン
コミュ力強化を目指して10年くらいなんだけどなんか知らんが俺は人様をナチュラルにイラつかせるらしい
否定しない
上から目線しない
ほめる
楽しそうに話を聞く
とかやってる
教えてくれ
さしすせそ以外で
ニートから派遣社員やってお金コツコツ貯めて歯列矯正したんだけどそこで大分顔が変わった。
俺の歯並びは乱杭歯っていって顎の小ささに対して歯が大きいのが原因でガチャ歯になるタイプだった。尚且つ俺は出っ歯だった。
歯列矯正が取るこの歯並びへのアプローチとして、第一小臼歯(前から四番目の歯)を抜く。そうするとそこにスペースが出来る。残りの前歯(計六本)を少しずつ後ろに移動させていき、そのスペースを埋める。
そうすると、横顔にEラインが出来る。上唇も薄くなる。俺は親知らずも含めて計8本抜歯したせいか、顔がだいぶ小さくなった。(骨格は変わらないはずなので、かみ合わせが改善されたことによって顎にかかる力が分散されて、エラを張る筋肉が小さくなったものと思われる)
何よりも歯を出して笑えることが人間関係にも自分自身にも大きな良い影響を与えた。
まともな歯並びになると、比較的人間的な顔になれる。歯並びの悪い不細工が許容されることは少ないが、歯並びのいい不細工はまあまあ許される事も分かった。歯列矯正を完了しただけで、清潔感があると言われるようになった。
-
次に顔へのコンプレックスが緩和された俺は、次第に髪型を気にするようになった。髪型というのは顔の印象を大分変える。
俺は剛毛のテンパ(硬くて酷い縮れ毛でどこの美容室に行っても「くせのレベルはトップクラス」「これは大変だね」と言われた)で、ネットでは「坊主にする」とか「髪質を活かす」とかいうアドバイスが溢れていた。
癖毛専門店みたいな美容室にいって短くしたが、どれもこれも酷い状態にされた。(今思うと俺の髪質が酷いだけだったので、美容師も最善を尽くしてくれたのかもしれない)
ある日、初めていく美容室で癖毛の扱いについて悩んでる事を伝えたところ、顔周り矯正を進められた。耳より前にあるエリアの髪に縮毛矯正をかける施術のことだ。
これが功を奏した。
縮毛矯正をかけていない所とかけてるところの境界を曖昧にするために、少し癖が残るように縮毛矯正をかけてくれたので、比較的ナチュラルな髪型になった。
カットは前髪を少し長めにとり、他は短く。被せるツーブロックにすることで髪質の硬い襟足の癖や、すぐに膨らむ耳周りのボリュームも誤魔化せる。
-
「人間が大事なのは中身だ」というが、あれは少し言葉足らずで、正しくは「人間が大事なのは中身だが、見た目がないと中身を見てもらえる土俵にも立てない」という事。
不細工なだけで見下してくる人間っていうのは男女問わず、社会に出てからも一定多数必ずどこにでもいる。彼らが悪いんじゃない。人間の本能なんだと思う。それを理性で良くないと思える人とそうじゃない人の二種類がいるんだと思う。
不細工だからお笑いキャラや明るさに極振りしていじられキャラに徹するなど、いろんな人を見てきたが、あれはあんまり良しとされる環境が俺は好きじゃない。芸人だって金貰ってやってるのに、なぜ不細工なだけで無償で芸人のような立ち位置が求められそれ以外のルートが許されないのか。
俺はずっとずっと静かに過ごしたかったし、人と付き合うなら言葉と言葉でゆっくり会話したかった。新卒の頃はそれが出来なかった、何よりも同期から馬鹿にされたり不細工コンプレックスが日々脳のメモリーを圧迫し、次第にまともな会話もできなくなり、仕事が全く頭に入らなかった。家に帰ると翌日の仕事が不安だった。職場に行きたくなくて、夜中の2時頃にいつも目を覚ました。目を覚ますとき、いつも酷い動悸に襲われた。髪もボサボサで、目が死んでて、仕事も覚えられず、まともな会話ができない。そんな俺は発達障害扱いされるようになり、精神科で検査したら社交不安障害の診断を受けた。もう職場に説明する気力も残っていなかった。職場の人と話すのが死ぬほど怖かった。俺が話してる所を他の人に見られるのも怖かった。もう限界だと感じた俺は仕事をバックレ退職した。
あの日からだいぶ立つが、見た目を変える努力をして本当に良かったと思ってる。ぶっちゃけ俺は今でも不細工なほうだが、周りから良くしてもらえることが増えたし、周りの人を大事にしようと思えるようになった。歯を見せて笑顔を作れるようになったことは大きな影響だと思う。
生きてると本当につらい事とか地獄のように思えたこともあったし、今もその渦中にいる人もいるかもしれないけど、お互いなんとかやっていきましょう。