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はてなキーワード: 大学受験とは

2018-02-25

自分クズだと気付かずに生きてきた

中学ではどのテストもいつも一番だった。

運動部文化部を兼部し、どちらも県で優秀な成績を収めていた。秀才と呼ばれていた。

高校地元じゃ有名な進学校に入った。

その高校出身だと言うと、地元人間は目の色を変えた。優秀だと言われていた。

大学受験あたりから暗雲が立ち込めていたが、自分の目には全く映っていなかった。

大学受験はろくに勉強しなかったが、滑り止めの私立大学合格したので、そこに行くことに決めた。親は現役合格というだけで喜んでいた。

その時点で学歴勉強に対して価値を見いだせていなかったにも関わらず、自分が選んだ学部猛勉強必要なところだった。

大学生活は悪夢だった。というより、自分悪魔のようだった。

自分勉強しなかったために行くことになった私立大学ではプライドが満たされず、「こんな私立に推薦で来るやつ(笑)」と同級生を見下していた。

適当に決めた学部だったので、猛勉強必要なことを知って驚き、自分に合っていないと考えると楽になった。だが、退学する勇気はなかった。

進級するための最低限の勉強を続け、ギリギリながらも結局最終学年までたどり着いた。

そこまで来てしまうと、自分は最低限の努力物事をこなせる要領の良い人間なのだ勘違いするようになっていた。

周囲もいつの間にか自分を賛賞する人間ばかりになっていた。

その理由はただ一つ、自分の周囲に居たのは、口先に騙されてくれるような、善良で純粋無垢で心優しい、自分とは正反対人間たちばかりだったからだ。

そして、ついにいかづちが落ちた。

大学卒業できなかったのだ。

理由は単純、やる気がなかった。だが恐ろしいことに、それに全く気付くことができなかった。

自分勉強に集中できないのは何か重大な理由があるのだと考え、もっともらしい理由をつけ、周囲を納得させた。周囲が納得したので、自分は責務から解放されたような気分になった。

高卒プライドが許さなかったので、留年して卒業だけはすることにした。

プライドのためだけに将来を決めていることを隠そうと、常識ぶった物言いで親を説得した。親は納得し、自分学費のために病体に鞭打って働くと言った。

だが、相変わらず勉強へのやる気は皆無。勉学への情熱もなく、親の首を締めて学んでいる危機感もない。あるのは義務感、老いへの焦り、価値のない時間から早く過ぎればいいのに、という意識のみ。

できることなら好きなことだけして、好きなことで食っていきたい。でもも結構な歳だし、真剣勝負は怖い。人生を棒に振るかもしれない。

清々しいほどのクズだ。つい最近まで全く気が付かなかった。

自分は優秀で、才能があり、与えられたものに甘えず、目標をしっかり持ち、現実的物事を考え、自己実現に向けて努力し、自分の芯を持っている。

そう信じて疑わずに今まで生きてきた。なんてひどい人生なのだろう。

当たり前のようにクズを見下して生きてきた。

クズクズなりにクズらしく、クズを貫いて生きているというのに、自分の有様はなんだ。

クズにもなりきれず、優秀な仮面をつけるのも息苦しく、好きなことに情熱を注ぐ勇気もない、クソの中のクソが産んだクソみたいな人間じゃないか

最初から自分についてなにもかも諦めていたらよかったのだ。最初からクソらしく生きていたら、ここまで悲惨なことにはならなかった。

だが、今やるべきことは嘆くことではなく、これ以上更なる悲劇を産まないことだ。

いか、よく聞け、お前のようなクソがすべきことは、今からでも遅くない、自分についてなにもかも諦めることだ。

自分がクソであることを受け入れることだ。クソはクソらしくとっとと濁流に流されることだ。

自分についてクソと書くことで悲しくなっているようじゃ、お前はまだ自分のことを人間だと思い込んでいる。

泣くなクソ。これは罵倒じゃない。事実を書いているだけなんだ。お前は人間じゃないんだ。何らかの手違いで産み出されたクソなんだ。

本当はお前以外の人間らしい人間が産まれてくるはずだった。お前は間違って人間として産まれしまたから、クソなりに人間の真似をして生きてきただけだ。

人間モノマネばかり上手くなっても、お前はクソだから人間にはなれない。お前はかわいそうなやつだ。必死人間になろうとしてきた。

提示された課題をこなし、期待に応え、善良で、常識的で、聡明で、才能ある人間に憧れ、そんな人間モノマネに尽力してきた。お前はクソだが、人間の真似はクソ一倍上手い。それだけは認めてやろう。

楽になることをちょっと教えてやるから泣くなクソ。クソであることを認めれば、お前はクソだから、誰かを幸せにする必要はない。一般的幸せ迎合する必要もない。誰かを無理に愛そうとしなくてもいい。なんにも頑張らずにのたれ死んでもいい。誰とも喋らなくていい。ずっと一人で居てもいい。スマホも捨てていい。お前はもう人間らしく生きるために生きなくても良くなる。

でもお前が本当に人間になりたいと思ってたのは知ってる。だからクソだと認めたくないって渋ってることは分かってる。だからこそ、これ以上ひどいクソにならないために、クソだと認めなきゃならないんだ。これ以上信念もクソもないクソにならないために。クソなりに恩を感じてる人間たちをこれ以上失望させないために。騙さないために。

から泣くなクソ。お前が申し訳ないと思っている大切な人間たちが愛しているのは、お前が演じていた人間であって、クソじゃない。お前は不幸にも優秀な人間モノマネが上手すぎたことによって、クソのままで愛される術を失った。これからちゃんとクソとして生きていくんだ。そうしたら、数は少ないけど、スカトロ好きなやつが褒めてくれる時が来るかもしれない。お前はクソだ。人間のふりをしなくていいんだ。

クソであることを認めれば、お前がクソである事実に変わりはないが、お前が過ごすクソ生はクソじゃなくなるかもしれない。いいな、クソ。

W杯イヤー

世間五輪一色モードだが、今年はW杯開催年でもある。4年間という時間の長さ、重みを感じるようになった。

W杯を初めて見たことを覚えているのは2002W杯だ。放課後解放された小学校教室同級生テレビにかじりついていたことを思い出す。W杯を見ながらサッカー面白さと世界には日本以外にたくさんの国があることを知った。

4年後2006W杯。この大会活躍した、カカシェフチェンコピルロトッティアンリは今でも俺のアイドルだ。14才の時だったが、俺は地元クラブチームに馴染めずサッカーを辞めて不良をしていた。それでもまたサッカーを始める機会に恵まれサッカー少年に戻ることができた。

4年後2010W杯中村俊介に代わり日本エースに名乗り出た本田圭介のブレ球に心躍った。高校最後大会、その先の大学受験に打ち込んでいた。サッカーを通じて海外への関心が高かった俺は大学留学したいと考えていた。

大学に受かり20才の時に1年間アメリカ留学することができた。そこでサッカーサークルに入り、世界中の人たちとサッカーをした。アメリカ女子サッカーも盛んであり、ミックスのチームでもプレーした。留学中はめちゃくちゃ興奮するサッカー経験をたくさんすることができた。

2014W杯。期待していたザックジャパン惨敗ショッキング出来事だった。大学友達とノリノリで見ていたこ大会は後味が悪いものになった。留学経験が活かせる仕事をしたいと思っていたが、就活がうまくいかなかった。結局地元銀行就職するハメになった。

2018W杯ネイマールケインハメスクロースデブイネと同世代が主役候補に挙がる時代だ。このW杯イヤー、誰が活躍してどの国が優勝するのか。今の俺は仕事婚活悶々とする日々だ。4年間という時間サッカー界、自分環境を違う景色にするには充分な長さだ。W杯の開催に乗じて、徐々に景色が閉じていく様な自分世界に変化がある年になって欲しいと思う。

2018-02-24

https://anond.hatelabo.jp/20180224150405

受験はかけた金と予備校で決まるからな。実力じゃない。

浪人するなら2ch大学受験板とかよく読んで予備校講師決めろよ。適当知名度だけで河合塾とか行くなよ。

2018-02-23

anond:20180223105501

・乳飲み子の時期であれば母乳育児成功すれば担げる体力のあるかぎりたいていのところにはいける。ただし泣き声がまわりの迷惑になる場所はいけないけど託児映画館くらいならおk

・離乳が始まるとメシとか面倒だが保育園の一時保育か親に預けられればおk。復帰して保育園にあずけながらというのもあり

小学校が始まると午前中が自由になる、あと夜遊びもたまにならできる。ここで一生に一度しかできない異ジャンルママ友探ししたほうが得だと思う。特撮とかアニメとかジャンル違うけど子供は仲良しみたいだととてもうふふな関係になる。つまり子供をあずけたり預かったり、二家族合同旅行などだ。

中学高校も大体同じだが、子供物心つく。趣味のあるママかこいいと尊敬していいのかバカにしていいのか迷う時期。そこでいい背中を見せよう。趣味のある女かっこいい。

大学受験大学は総仕上げ たぶん似て非なるジャンルファンに育つけどそれもまた楽し。

子供就職して手が離れてくれたらまたもどってくればいいよ ジャンル死ぬことはない。

 

 

まりジャンルから撤退するのではなく、子育てというもう1つのジャンルを増やすだけだ。

社会金銭援助くれたりほめてくれる「育てゲー」なんて他にない。

医者だって動物医者より小児科の方が多い、医療費援助のある自治体ならただでつれていける。

頑張れ。

2018-02-20

凡人の僕の近くには天才がいた

学生時代スポーツ天才出会った。

幼いころからプロ指導を受けていて、全国でトップ争いをするような奴だった。

しかも家が金持ち遺伝的に優れていたんだろうな。

今はスポーツ選手として活躍してる。

学生時代学問天才出会った。小6で大学受験数学を全部終えてるような奴だった。

しかし、がり勉というわけでもなく、社交的でスポーツも得意。会話もウイットに富んでいて面白い奴だった。

今は世界的に有名な企業で働いているらしい。

天才として生まれて、周囲にサポートされて、才能を開花させて、チヤホヤされて、大金を手に入れて、いい女を侍らせて楽に生きられる人生が良かった。

凡人はそういう才に恵まれた奴を輝かせるために存在する。この世界のおまけ。脇役。モブATM労働力

はぁ。。。天才として生まれてきたかった。

anond:20180220073507

大事なのは中学高校くらいでこの辺をちゃんと教えておいて、自分で選べるようにすることかな。

直接教えなくても、

親が教育熱心で子供も優秀な子の場合大学受験第一目標出産なんて考えもしないし

大学入学後も就職や院進学が目標になり、出産など考えないだろう)

親が教育に関心なく子供勉強出来ない子の場合大学行かないし大した職にも就けないか高卒後は出産しかやる事ない、となるのでは

大学落ちた、日本死ね

衝撃的な題名申し訳ない。だが、今年の大学受験について言いたい。

わいは今年受験生だった。

一応偏差値48まであった。

受けようと思ったところの過去問は、初見で八割超えていた。

だが、実力相応のところは全部落ちた。

そしてニッコマ以上も全部落ちた。

そして学校先生にその事を言うと、

「今年の私立大学文系入学キツイよ」

と言われる。

ではなぜそうなるのか。文科省地方創生のために24区内の大学の定員削減と24区内の大学設立制限して、地方大学に行かせようとしているのだ、

これを守らないと私大の国から出る補助金が削減されてしまう。

だが、これで地方創生になるのだろうか。地方創生意味を、政府は捉え違えてるのではないだろうかと思ってしまう。

なぜ大学生が都会に出るのかを考えたことはあるのだろうか、わたしは学びたい学科があるから都内大学を受けた。

わいの地方には、受けたい学科がなかったのだ。だから出たのだ。

こんなふうに色々な理由もあると思う。

定員削減以外にやることがあると文科省に言いたい。

地方に有名私大キャンパスを作ったら、補助金アップとか、魅力的な学部を作ったりとか、Fラン大学を潰して、普通学力に安定させるとか色々方法があると思う。

実際、近くに偏差値50ぐらいの、魅力的な大学があったら、そっちに行くに決まってる。逆に言えば、東京いい大学が集中してるってだけなのだ都心を除く田舎には、なかなか有名な私大がないのが現実だ。だから作って欲しい。文科省はい大学地方

最後に、文科省は定員削減よりも他にやるべきことがあることに気づいて欲しいと思っている。

2018-02-17

奨学金の滞納者が多い大学ランキングにうちの大学が載ってた

まー確かにうちはFランと呼ばれる大学ではあるけど

俺は大学受験に失敗した後そこに行ったおかげで今なんとか食えているところもあるし

はてなTwitterで「Fランはさっさと潰せ」なんて書き込みを見るともうつらくて仕方なくなってしま

さすがに名乗り出る訳にもいかないしどうすればいいんだろうかこの気持ち

2018-02-14

大学受験不安すぎる応援してくれ

自分はいわゆる私文で、第一志望の学校を6学部受ける

バリバリ入試ラッシュ最中で、一昨日1学部目の受験だった

本番も全然手応えなくて、自己採したらボーダーギリ不合格くらいだった

1年間必死勉強したのにこのまま1つも引っかからなかったらどうしよう

不安で押しつぶされそう

明日2学部目頑張る

2018-02-13

anond:20180213144425

tomb(名)墓

大学受験レベル単語発音特殊からそれなりに受験勉強してる人は読める

初見で読めないのは当たり前

anond:20180213104343

本命大学がどのレベルかしらないが、

就活難易度東大京大ならイージーモード、旧帝東工一橋早慶ならノーマルモード、それ以外は有象無象

一昔前の学歴社会と違って、中身重視()らしいからな今は。

東大って言ってもサークルやってません勉強やってませんじゃアウトだし、

無名Fランでも世界旅して、ウェブサイト開いて閲覧数10万超えだったら即採用だし。

就活における大学名は大学受験で言うところのセンター試験得点みたいなものだと思うのがいいかと。

ただ、私立国立に比べ生涯収入が減るというデメリットが。奨学金破産みたいな話も最近はあるし。

2018-02-08

よい子という呪い

小さい頃からよい子であるように育てられた。私はもともとの気質として依存的なところがあって、あらゆることを一人で判断するのが苦手であるし、自分感情よりも他人から褒められることを優先するべきだという考えが染み付いている。良い子でいることは楽で、自尊心が満たされる行為だった。今までの人生ゆっくりじっくりと「よい子の呪い」を自分にかけながら生きてきたのだ。

大学受験が迫ってきたとき、将来は直に人のためになるような仕事に就きたい。結婚出産もしたいと思った。だから医療系の資格を取ることに決めた。

大学に通う中で辛いことや、この仕事をやっていく自信を無くすことは何度もあったが、勉強していく中で「これが一番やりたいと思える仕事だ」と感じられるようになった。結婚しても、出産しても、仕事を続けたいと思った。

一方で、私はそもそも結婚したいのか?出産したいのか?という、今向かって行っている方向を全否定するような疑問が湧くようにもなった。小さい頃から父親に、「結婚出来ない女はかたわと一緒。」「○○ちゃんは早く結婚すると思うな。」「○○ちゃんは嫁いでいくから…」「勉強なんか出来なくていいから男を見る目を磨け、家事完璧しろ。」と言われてきた。私は、父に 結婚するのが当たり前であるという父の考えを刷り込まれいるか結婚しようとしているんじゃないのか?父に馬鹿にされたくないか結婚したいんじゃないのか?父に「女は結婚したら仕事をやめるものだ」「女は家事が出来なきゃいけない」「俺は男だからいいけど…」など、男だから、女だから、と言われるのが嫌で仕方なかったのに。私は本当に結婚したいと思っているのか?

結婚しても仕事をするって、当たり前のようにやっている人もいるけれど出来る自信がない。(私は物事を同時に行うキャパが小さい。)今 付き合っている恋人は、「自分は古き良き日本男子だ」とか「俺は家事はできないから」なんて言っているし、いつも夜遅くまで仕事をしているから率先して家のことをやってくれるとは思えない。

ずいぶん脱線してしまった。よい子の呪いがかかっていることで、結婚したいという気持ちが、自分の本当の気持ちなのか 親を安心・満足させるめなのか判断がつかないのだ。もし私が結婚しなかったら、父は私を罵ると思う。馬鹿にすると思う。それは嫌だ。結婚したら、出産を望まれる。恋人子供が好きだ。でも結婚して出産したら、父は仕事をやめろと言うと思う。私は仕事を続けたい。でも仕事と家庭を両立するようなキャパはない。実家に帰るたびに仕事をやめろだとか子供を作れだとか言われてはかなわない。子供を産んだら今度は、子供可哀想から仕事をやめろと言われるだろう。何をどうしたって全てが丸く収まることはないのだ。

2018-02-06

小学生の頃、毎年運動会が父の趣味に関するイベントと日程が被るからと嫌な顔をされたこと。

高校受験大学受験の時、自分の進路については何も聞いてくれないくせに友達の子供の進路や現況を逐一報告してきたこと。

家族揃って行ける最後旅行にその友達一家と行くことを勝手に決めたこと。

もうとっくに消化して気にならないことになっていたはずなのに、口論になった時や父への不満が溜まった頃にふっと嫌な気持ちが蘇ってくる。

今思うと自分を見てくれないのに趣味他人の子に目を向けてばかりいることが寂しかったんだろうな。

2018-02-05

中学受験に受かったやつらに

これは警告だ。

特に親に無理やり中学受験させられたやつに向けた警告だ。

中学受験が終わって

「やっと遊べるぞー」と思ってたらそれは間違い。

2ヶ月後にはまた競争が始まるからな。

高校受験がないから楽よー」とか言われたやつは騙されてるからな。

入学した途端に大学受験への競争が始まってるからな。

小学校では100点ばかりで無双できたかもしれないが中学は甘くないぞ。

同級生はお前と同じ入試をくぐり抜けてきた同レベル以上の人間達だ。

サボったら一瞬で底辺だぞ。

今までに味わったことのない底辺屈辱にお前は耐えられるか?

絶対落ちこぼれるなよ。

勉強ができないと全てが狂うぞ。

特に数学英語は必ずやっておけ。

中学受験が嫌すぎて勉強嫌いになっちゃった君も英語単語だけでもいいからやっておきなさい。

いや、これ本当の話だから

2018-02-04

anond:20180204232159

自分器用貧乏だ」という言葉自分がどこかまだ天才だと思いたいという願望がにじみ出てるし

母の友人の息子を見下しつつもどこかで嫉妬して受け入れられないでいる。

本当に何でも器用なら大学受験でうまくやっていけるはずなのに、結局は大して振るわない凡人。

その大学受験大義名分にして何も行動していない自分への言い訳にして、

それでいてどう行動すればいいかからず焦ってる。

ただ焦ってるだけで何もしない、今はまだ何もしなくてもいいと思ってる。

そう思ってる間に知らない間に大人になって妥協する人生を歩んでいくだけの凡人。

社会を図りかねる

高校生なんだけど、以前自分くらいに若い起業家の下で従えてた?時期が半年くらいあって、そのお陰でいつの間にか、まわりにいるのが名門卒のヤバい才能のある人ばかりになって、ベンチャー起業家とかその世界では名の通った人とか、とにかく自分キャパ越えてくるような人ばっかりになってた。

おかげで、一般的ハードルの高さがとてもわからなくなった。

そもそも自分の生い立ちとかが少しだけ特殊だったから中2くらいまで自分天才だと思っていたタイプの痛い奴だったんだけど、最近はそれを彷彿とさせる同年代にモヤつかされてる。

自分は凄い器用貧乏で、かなり、凄く幅広く色んなことができるけど、極めたのが林業系であんまり今は生かせない。あとは、こんなクソ文書いているが国語だけ偏差値60越える……言ったって60だが、それくらいの能力しかないわけで、ずば抜けた才能がある人に囲まれていれば、当然自分の平均さに気がつかされるわけで。

小学生の頃にさんざん訓練されて討論はできるけど、今周りに議題をもって論ずることができるのは大人しかいないし、その大人レベルには遠く及ばないイキったガキに過ぎない自分

(学力が全てとは言わないが)自分の上にいた起業家偏差値的には自分より下で、何かコメントをした時にたまに返しが盛大にズレて話題が進まなくなることがあったりするような、正直下に見ていた奴だったが、推薦で名門大学に進学が決まり、ああ、世の中って金なんだなってズレた感想を持って救いを求めることしかできなかった。

多分ここら辺が上の人間に追い付けない理由なんだろうけど。

自分学歴社会が嫌いだし、能力のある人間は伸びて然るべきだと思うんだけど、起業なんて金がある奴にしかできないし、CFにしたって将来的にというよりは「今」価値があると思われたものしかまりにくい。

起業資金CFってなんかダサい気がするし(これは自分無知故なんだろう)

話がとっ散らかっているが、今一番嫉妬燃えているのは「何もできない本物の無能ベンチャー所属を盾に推薦を狙う同級生」だ。

悪い奴じゃないんだ。悪い奴じゃないんだけど。ひとつ違いの社長よいしょして気に入られて居座ってるだけの癖に、自分の半分しか数学英語もできないのに、そんな奴が推薦って本当に、大丈夫なのか?と。

もちろん自分が1つを極めなかったがためにこんな嫉妬をすることになったとよくよく自覚している訳だが、それにしたってまだクソガキの自分には許しがたいものがある。

この間母親の友人からメールに「息子が起業関係セミナーに行ってきたらしい」とあったが、どうも、「舐めてるあいつができてるんだからアメリカとかヨーロッパ留学してる彼にも、金さえあればできるんだろう」と思ってしまって。

世間を生き抜く厳しさのようなものが一切わからなくなった。

大学受験のために必死になって勉強している自分馬鹿馬鹿しくなる。

器用貧乏の下らない愚痴

意味不明申し訳無い。



釣りじゃないんだよなぁ

というかある程度身バレしないために文章ぼかすよ。

でもご指摘は賜りました

ありがとうございました

2018-02-03

窓際族

29歳なんだが、窓際族やってる。

日中ネット見てる。

最近キンドル漫画とか読みながら。

流石にネトゲはできない。

朝9時に出勤して、ボーっと漫画やらネットやらして、17時に帰る。

  

特に何が書けるって話でもないけど。

仕事マッタクやってなくても、頭はおかしくなってきている。

最近は、家では瞬間的に叫んだり。

  

スキルでも身につけろよってことになるんだが、そういうやる気はとうに失った。

一応、3月でこの職場さよならになり、晴れてニート

一応、大学受験するんだけど、受かるかどうか微妙

大学に受からなかった場合、どうするのか。浪人しながら、週2くらいのバイトはするのかな。

  

大学に入れたら、理数系の勉強したいな。

18歳のころは、教養フランス語ちょっと背伸びした数学やったけど、もう何も覚えてないし。

本気でプログラミングとか数学とか物理とかやりたいな。

でも、受かるかどうか微妙

  

はぁ。大学行きたいなあ。

2018-02-01

自分より評価されている他人馬鹿にせずにはいられない物書きの話

 最初に前提として私の性格を言っておこう。

 まず、プライドが高い。文才も地の頭の良さも無いのに、どうしてか自分は頭が良いと思いがちである

 そして、他人との比較による評価判断の重きを置く。

 極め付けには、「プライドが高く才能も無いのに相対評価にいつもびくびくと怖気付いている私は馬鹿なのだ」と分かりきっているようなことを考えて、まるで自分のことを本当に理解しているからこそ卑下するのだという態度を取る。

 こんな人間の戯言でも良ければ見ていってほしい。

 私は二次創作小説を書いている。ペースは1〜2週間に8千〜1万字程度の短編を一本。生活を圧迫しない程度に小話を書いて満足している、趣味には飢えていない物書きごっこ大好き遅筆人間である

 小説を書くのは楽しい。また理解出来ないようなキャラクタの心情をどうにか知ることは出来ないか考察に走ってみることも楽しい。但しその考察目的が「キャラクタを知りたい」というものである以上、その楽しみが「考察をすること」に留まってはいけないと思うし、考察によって自分が得た「キャラクタの心情」が一次のキャラクタが持つそれと同一である盲目的に信じることもいけないと思う。

 話が逸れてしまったのですぐ上で述べたことを繰り返すと、私は文章を書くことに対して喜びを感じている。元々勉強でも現代文が一番得意で、本も同年代の平均的な読書量と比べれば読んでいる方だろう。文章に対して苦手という意識は無く、文を読むこともこねくり回すことも大好きな部類の人間だ。

 だから好きなキャラクタについて文章を書くことも楽しいし、それ自体目的であり手段であるのなら「○○について話書くのたのしいな!」で思考ストップしても別に構わない。それが当然の帰結であろう。

 けれど、そこで終われないのだ。

 書き終わった後作品コミュニティサイトにアップし、どれくらいの人から良い評価を得られるかが気になってしまう。数時間おきにページを開き、通知を確認してしまう。

 その上、他人が書いた作品に付けられた評価自分作品に与えられた評価とを見比べ、一概に言えるわけもないのに「自分の方が上手い文章であるのにどうしてこの人の方が褒められるのか」と苛立ってしまう。“一概に言えるわけもないのに”という表現からも、私のプライドの高さが伺えるとは思う。

 pixivを例に挙げると(実際私が今小説投稿しているサイトpixivではないが)、pixivには閲覧者があなた作品が好きですという感想マウスをワンクリックするだけで伝えることの出来る「すき!」という評価システムがある。

 勿論閲覧してもらうこと自体嬉しいのだが、好きだと言ってもらえることはもっと嬉しい。嬉しくてたまらない。しかしその嬉しいという純粋感情は、次第に「私はこれだけ評価されている」という目を背けたくなるような慢心へと姿を変える。

 そして評価されているのは私ではなく私が書いた小説であるということにも気が付かずに、「私はこれだけ評価されている」という偉ぶった思いが、いつのまにか「他人があれだけ評価されている」という妬ましい思いにすり替わっているのである

 実際pixivではランキングという一つの評価指標のようなものがあり、そのランキングがその時の利用者の間の流行に左右されて一つのジャンルで埋まることがあるとしても、競争心のようなものが煽られているような気はしなくはない(利用者が気軽に「評価の高い≒高確率でハズレではない」作品を閲覧出来るようにという意図によって作られたのだろうけれど)。

 しかし私の利用しているサイトではランキングシステムはなく(世間様の目に触れてはいけないようなジャンルを扱う人々が作品をアップするサイトであるからかもしれない)、皆恐らくのんびりと創作に勤しんでいるはずだ。競争心を煽るようなものはどこにも見つからない。

 にも拘らず、だ。私は人様に寄せられた好意と私の作品に寄せて下さった好意とを失礼なことに比較して、剰え自分の方が優秀であるだろうなんてことを考えている。好意を寄せる人々とその“人様”とを侮辱しているようなものではないか

 まあ多分、きっと、私の文章面白くないのだ。それに今熱中しているジャンルは、本編の放送が終了してしまっている。だから離れていってしまった人も多いのだ、というのは言い訳として言わせてほしい。実際閲覧数も落ち着いてきている。

 でも、本当に面白くないのだとは心の底では思ってなどいない。そんなの認められない。認めたくないのだ。だって、私にはプライドがある。私の文章面白くないわけないじゃないか、という捨てられない最後の砦がある。

 どうしてそんなクソみたいなプライドを持ち合わせてしまたかというと、それは中高時代経験が多分にある。

 私は中学受験をして、世間からお嬢様学校と呼ばれるような学校に入った。御三家第一志望とする受験生が第二・三志望で出願するような学校で(当時の話だ。今がどうかは知らない)、毎年数人が東大に行き、学年の半数以上が早慶上智、少なくとも皆GMARCHには行くくらいのレベルのそこそこ進学校である。めちゃくちゃバレバレだが。

 小学校では中学受験をする子が周りにおらず、親も褒めて伸ばすタイプだったのが逆に悪かったのか何なのかは知らないが、いつのまにか私の中には「自分は頭が良い」という意識が生まれていった。

 しか中学に入って、私はだんだん勉強に追いついていけなくなる。100点のテストで70点しか取れなくて悔しがっていたのが、いつしか苦手科目や5教科以外の試験なら平均点や満点の半分の点数を取れればまあ良いやというようになってくる。

 初めは真面目に通っていた鉄緑会も辞めてしまい、鉄壁はその厚さにギブアップしてターゲット1900に切り替えるなど楽な方を選択して勉強もまともにしなかった為、高3では地獄を見る羽目となった。

 それは元々の私の性格である怠惰さや勉強があまり好きではないという思いから来るものであり、また自分よりも学にも芸にも秀でている友人を見ていくうちに漸く得た「なんだ、自分って大したこと無いんじゃん」という諦念の感によることだったのかもしれない。

 けれど、私は「自分は出来る子だ」というプライドを捨て切れなかった。

 夏休み課題で提出する小説で賞を貰ったこと、授業で誰一人理解することの出来なかった『こころ』の友人Kの感情自分だけ読み解けたこと、センター志望校過去問絶対現代文だけは間違えなかったこと、そういう取るに足りない誰もがきっと忘れていくような些細な物事の欠片を、歩いてきた道を振り返ってしゃがみこんで目を凝らして拾い集めた。

 誰にも自慢出来ることがなく、性格が良いわけでもなく、美人でもなければ気が利くわけでもない。友人と呼びたくとも向こうがこちらを好いていなかったらどうしようと怖くなって友達もあまり作れなかったし、部活で一緒だった数人の友達と呼べる人たちが皆国立理系コースに進む中私だけ私立文系という道を選んだ(算数嫌いが祟って数学も駄目だった)し、夢もなく何かに向かって努力たかと言えば泣きながら日本史熟語を頭に詰め込んだ時くらいだ(暗記科目が苦手なくせに受験で使った)。

 要するに救いようのないくらい臆病な馬鹿だ。出来ないことが多すぎて、常に劣等感に苛まれている。しかし臆病であるからこそ本当に自分は駄目なんだと諦めたくなくて、「自分馬鹿じゃない」と思い続けている。

 結果として大学受験センター滑り止め他志望校で躓き続け、奇跡的に第一志望だけ合格したのだから始末に負えない。世間様に馬鹿にはされない学校に入ったことで、人生設計の全く捗らない行先に少しは安心出来る要素がプラスされたくらいのくせに、私の「自分は出来るんだプライド」は強化されてしまった。

 「どうしてどうせまともに勉強もしていないようなあなた文章が、W大文学部の私が書いた文章よりも評価されるの?」

「どうしてあなたがテキトーに書いた3千文字も無い文章が私の1万字よりも評価されるの?」

「どうしてまともに『てにをは』を使えないあなた文章が私の文章より評価されるの?」

 というような泣きたいくらいの進化が遂げられてしまった。いやもう泣いてる。見ず知らずの人を絶対自分よりも下流努力していない人間と決めつけて、自分付加価値で殴ろうとしている。文章は長ければ長いほど良いと思い込んでいる。三番目は許してほしいが、信じられない愚行だ。

 まず第一勉強が出来る(=成績が良い)ことと文章面白く書けることとは全くもって関係がない。ウィット文章を書けることと教養があることとは関係があるだろうが、そちらは関係がない。

 第二に学歴文章判断するのは間違っている。学歴が無くても面白い文章は書けるし、一般大衆にウケたり賞も獲れたりする。

 まったく評価基準が間違っているとしか言いようがない。視野が狭い人間なので他にも叩ける部分はあると思うのだが、溜息しか出ない。しかもわかっているのに直せない(と思い込んでいる?)のだからどうしようもない。どうしたら良いのだろう。どうすれば良いのかわからなくて、途方に暮れている。

 嫌な人間になってしまったものだと思う。でもこの世の中は競争社会で、相対評価が当たり前で、何かしら人と比べなければ気が済まない人々に囲まれ環境に置かれればそうなってしまうのも致し方ないのではないか、と自分を庇ってしまいたくもなる。

 誤解の無いように言っておくと、他人様の文章に感動しない人間ではない。寒い部屋で鼻水垂らして泣きながら読んだ大好きな小説もあるし、してやられたと最後最後でのどんでん返しにニヤついてしまうこともある。

 しかし「人に馬鹿にされたくない」という思いと「人に評価されたい」という思いが混ざると、こんな面倒なことになってしまう。でもどちらも当たり前の感情だとも思うから、返って対処の仕方が解らない。

 作品に関しては宣伝もっと上手く出来れば閲覧数が伸びるのではないか、という指摘もあるかもしれないが、表立って書いてますとは言えないジャンル創作なので、そこの辺りは難しいのではないかと思う(一応ツイッターにそのジャンル専用の鍵アカウントを作ってあるが、相互が40人程度の小規模なアカウントだ)。

 人に賞賛される喜びが捻じ曲がって醜い嫉妬に変わり果てるのは、今私や私の小説を好きだと言って下さっている方々の思いの否定にもなりかねず心苦しい。

 今回はそういう気持ちをどこかに吐き出したいと思いチラシの裏感覚文章を書いたのだけれど、割合すっきりしたのと同時に恐らくこれからもそのような自己矛盾と付き合っていかなくてはならないのだろうな、という実感が湧いてきている。

 何があっても筆は止まらないし、折るつもりもない。文章を書く喜び、キャラクタに向き合う喜び、そして人に賞賛されるという喜び。それらの何物にも代え難い快感を知ってしまったら、もう当分心大人になりきれるまでは、ずっと苦しみ続けなければならないのだ。

今の大学受験のどこが公平なんだよ

親がどれだけ投資たかの先取りゲーム

基本先行逃げ切りで本人の努力なんてケーキに添えるイチゴ程度

なーんも公平じゃない

2018-01-29

anond:20180128230623

定期的にはてブでバズってるから知ってると思うけど、N予備校 大学受験コースがいいよ。

https://www.nnn.ed.nico/

中学数学から高校数学まで全て学べる。中学数学高校数学無料体験版あるからやってみるとよい。

さすが元有名予備校トップ講師だけあって坂田アキラ先生数学の授業は本当にわかやすいし、

最後までやりたい場合でも月額1000円で本買うより安い。

社会人でやるなら数学も良いけど、世界史日本史地理なんかの動画授業を流しながら内職すると捗る

あと引きこもり不登校生が多いだろうN高等学校高校生相手に作られていることもあって、中学復習講座も充実してるのはいい。

2018-01-28

youtuberって「一緒に遊んでくれる暇なお兄さん」なのでは

シロクマ先生のこれ読んでおもったんだけど。

http://p-shirokuma.hatenadiary.com/entry/20180125/1516862588

昔のマンガでよく「大学受験で3浪ぐらいしてて世間的には全然冴えないんだけどマンガとかゲームかいっぱい持ってて子供相手普通に遊んでくれるお兄さん」みたいなのがいたけど、youtubeの子供向けの空虚動画(特に子供向けのおもちゃを使ってなんかやってる奴と、あとゲーム実況)ってポジション的に割とそれに近いんじゃないだろうか。

最近でいうと「僕だけがいない街」のユウキさんとか?ちょっと違うか。

かつて実社会で本当にそういう人がいたのかはわかんないけど、少なくとも今そういう人が自分の家に子供連れ込んだら確実に「事案」になっちゃうだろうし。

で、絶滅したその辺のポジションニーズを見事に嗅ぎつけてうまい汁吸ってんのが今のyoutuberっていう。

2018-01-25

人生完璧にしたい人

私は高校の頃、苦手なクラスメイトがいて彼を避けていた。

彼は空手全国大会に出るような運動神経を持ち、人懐っこい感じの性格で、東京大学を志望していて、容姿もそこそこよかった。背も高かった。

入学式が終わって教室に入った人の中で、初めて口を開いたのも彼だった。学級委員長なども積極的立候補し、10名ほどしかいない進学クラスの中で彼は中心的な存在といえた。

そういう人が私は苦手だった。彼に優しく接される度に、「クラス落ちこぼれにも優しく接して差し上げているかっこいい俺」のアピール自分が使われているようで、それが嫌いだった。

クラスが嫌いになり、私は進学クラスでは当時不文律として誰も加入していなかった部活動に入り、彼には「話しかけないでほしい」と勇気を振り絞って言った。

1年の11月くらいだったと思う。

それから教室では孤立したが、部活でできた普通クラスの仲間がいたのでさして問題とは思わなかった。

受験の時期になり、3年の9月まで部活動を続けた私は国公立への進学をあきらめ、私立大学だけの対策をした。

部活で養った集中力は私の学力を大いに上げた。そのころ彼は本校初の東大受験(予定)者としてスターダムにあった。

センター試験があった。私立専願の私は受験しなかった。進学クラスの誰もは私を蔑んだが、その日は学校に誰もいなかったからよく集中できた。

2月の終わり、私は運よく早稲田大学合格が決まり、彼はセンター試験国語で大失敗をし、足切り東大受験できなかったようだった。

私は掌を返したように学校から称賛され(早稲田でも快挙といわれる高校だった)、彼は当初の思惑とはかけ離れたレベル私大二次募集合格した。

それから4年が経った。

再三にわたるクラス会の連絡をすべて断ってきた私も、就職したら二度と顔を見ないかもしれないという思いはあり、今日初めてクラス会に出席した。

からの誘いのLINEが、いつになく粘り強かったことも、私の罪悪感からの参加を促した。

相変わらず彼は楽しそうに、よく話を回していた。私はせっかくの食べ飲み放題無駄にすまいと、メニューを端から制覇していた。会話は3回した。

19時から2時間が経ち、街へ出た私たちは2次会の相談を私抜きでしていた。もとより行く気はないため、4回目の発言としてさよならと言おうと思っていた矢先、彼が声をかけてきた。

「1杯だけでいいからさ、乾杯しようよ!」

「俺、ずっとお前と仲直りしたかったんだよ!」

「ね?だから2次会行こうよ!」

このとき確信した。

彼は自分人生の汚点であるところの私を清算したかったのだと分かった。

からすれば私は、人生の中で唯一思い通りにいかない目の上のタンコブだったのだろう。

受験勝敗はないが、彼にとっては敗北に見えたはずの大学受験がそれを加速したのだろうことも推察できた。

このまま、私が彼を「認めてあげる」ことで、彼の人生の汚点はすべてなくなり、思いのままに生きているという意識絶対に持たせたくないと思ってしまった。

今日私は、初めてそんな悪意をもって、「僕は君のことが嫌いだから、いやだ」と言って帰ってきた。

何も勝っていない。誰も救われていない。むしろ、人を傷つけて帰ってきた。

でも、なんだか高校の頃の自分が、彼に比べて自分は何もいいところがないといじけていた自分が、報われたような気がした。

随分後味の悪い成仏だけれど、いい心の供養ができたような気がしている。

(だれかに今日のことを伝えたくて書きました)

2018-01-19

anond:20180115013925

昼間定時制高校はどう?

私の通っていた昼間定時制はこんな感じでした。

・通ってる人は、不登校だった人、高校をやめた人、スポーツ選手になろうとして高校に行かなかったが怪我等でリタイアした人。

・年齢層は15歳~22歳くらいが多かった。

単位制だった。好きな授業を大学のように自分で決めて学習できる。

時間割自由に組めたため、週4で通い、週3でフルタイムバイトすることができた。

文化祭運動会はなかった。修学旅行任意で参加率10%程度。

定時制なので大学入学資格検定(今はなく高等学校卒業程度認定試験に変わっている)を受験することが出来た。

大検合格科目を高校単位に読み替えできたし、高校単位大検免除科目とすることも出来た。

・昼間通えるので、夜時給の高い仕事ができた。

・男女比率とんとん結構可愛い子も多かったし、イケメンも多かった。もちろんアキバ系も。

運動部は1,2勝すれば全国大会へ行ける世界

・私から見てもバカが多かった。英語アルファベット26文字書く授業から。なお、書けない人もいる・・・

・それでも、数学3Cとか、保育とか、商業工業プログラミングなどなど、特化したければ難易度の高い授業も取れるし、その授業に来る生徒はガチで頭いい。

・3年間で卒業できる(大体の定時制は4年)

願書は余裕で間に合うよ。

でも、君、高校卒業してるんだよね。

はっきり言って大学のほうが楽しいぞw

俺は22歳で入学したし、大学2回目という人も同期にいた。

年齢隠してなかったけど、年齢を知ると、ストレート大学へ来てる人たちは急に敬語になるし、

先輩ですら、敬語になったりするものから必要なければ言わないようになった。

合コンしまくったし、いろんなイベントサークルに顔出したし。

そんでもって、高校時代とは違って、みんな頭いいんだよな。

高校と違って、今から大学受験とか、手遅れ感あるし、

いい大学狙えなさそうだから、1年予備校いくとか。

私は2回目の高校休学して、1年予備校通って、大検使って大学進んだけど、

1年で中高6年分の勉強は大変だったけど、予備校前と大学入学後の学力は段違い。

21歳も22歳も変わらないし、一度真面目に学力上げて、できるだけ上の大学狙ってみるのもいいと思うよ。

正直、大卒ってだけで、日本じゃ大分楽になれるからどこでもいいっちゃいいのかもしれないけど、

つのラベリング効果受けるから偏差値高い大学のほうが気分も待遇大分違うはず。

人生、やりなおすのに遅すぎるということは絶対ないんで、

本当に高校行きたいと思ってるなら、迷わず行くべし。

先のこと考えて生きてる人間なんて1割もいないんじゃないかと。

もちろん、考えて生きてる人たちは、ほとんど成功してる人たちだけど。

少なくとも、匿名掲示板でぼやいて、匿名で煽る人たちのネタになって、嫌な思いしてるよりは、

かに有意義だと思うよw

高校受験してみて、失敗したらそれはそれ。

2回目の高校に無事通うことになって、やっぱり気が変わったとしてもそれはそれ。

やって後悔するほうが遥かに有意義

もちろん、やってよかったと思えたら、大勝利

とらわれていることがあると人は成長が止まる気がしてる。

まずは、君の視界を晴らそう。

高校受験するんだ。そして、通うんだ。

予備校はいつでも受け入れてくれるよ。営利目的でやってる会社なのだから

大学行きたくなったら、高校辞めて予備校行けばいい。

21歳で生きてる意味・・・とか早すぎない?

とりあえず、10人恋人作ってから考え直してw

今まで必死に打ち込んだことが大学受験しかない

独学で必死に打ち込んだからこそ結構覚えてることが多くて、

大学卒業した今でも科目別の出題傾向とか参考書とか覚えてる。

科目によってはセンター試験の点数まで覚えてる。

でも普通の人からしたらこんなん気持ち悪いよな。

過去の栄光にしがみついてるようにしか見えないよなぁ。

20半ばにもなって1年半程度の経験をこんな覚えてるのってなんだかなぁっておもっちゃう。

必死に打ち込んだことが受験しかいからこうなってしまうんだろうな。

2018-01-18

生きているのがしんどい

生きているのがしんどいと思い始めて、多分だけど15年とか経っている、ちょっとした消えたがりの散文が、つらつらと下に書いてある。

時間がある人はちょっとだけ読んでほしい。そして何か、少しでも意見が欲しい。いろんな考えが知りたい。でも、かなり怖い。

いや、読むのは時間を持て余した人だけでいい。かなり端折って書くけれど、15年くらいの時間を書いていく。きっと恐ろしく長くなる。なんか流行りだからここに書いたけど、きっと読む人は片手ほどで、その中でコメントを残す人を期待するのも間違っているんだろうけれど。なんてったって散文だし読みにくい。

でも、誰でもいいから話を聞いてほしい。私かうすればよかったか、これからどうすればいいのか。無責任で構わないから教えて欲しい。

初めて消えたいなと思ったのは5歳くらいだったと思う。6歳だったかもしれない。

親の都合で転園してきた先で同じ園の女の子に仲間はずれにされた。

ぼんやりしか覚えてないけど転園する前も、仲良くしていたのは女の子ひとりと男の子ひとりだけだったから、昔からまり好かれるような子じゃなかったんだろう。多分、すごく生意気子供だったから。

みんなが可愛いお姫様ごっこセットをつかって、私はなんか地味な、柄のないスカートだけ渡されて、「それもお姫様から使えばいいじゃん」って。キラキラの、可愛い模様がついたフワフワのスカートを我が物顔でつかいながら、私に言うのだ。

先生が「順番ね」と注意をして、真ん中くらいの順番を手に入れたけど、気づいたら割り込みされて最後になっていた。

私の順番は回ってこなかった。

その時に、私はここにいてはいけないんだなと思った。いる価値がないというか、いる事の方がおかしいと言うか、そんな感じ。転園してきた訳だから、仕方ないけれど。それで、早くここから消えてしまいたいと思った。

その時、唯一できた友達は、多分友達じゃなかった。

あれ持ってきて、これ持ってきて。何かを持ってこないと仲間に入れてあげない。そういうことを言って来る子だった。パシリにされていた。

でも、パシリでもすれば一緒に遊べたから、喜んで従った。あまりいいこととは言えない。けれど、一人で積み木で遊ぶよりずっとマシだった、消えなくてもいいと思った。頼られているのだと錯覚した。

小学校に上がって、ランドセルを買い与えられた。普通赤色じゃなくて、少しくらい、ワインレッドランドセル

母親はなんでピンクとか真っ赤じゃないのって言われたけれど、ワインレッドが可愛かった。ランドセルの蓋の裏が、赤系のチェックでとっても可愛かった。気に入りだった。

パシリはまだ続けていた。というか、パシられることが普通だった。

小学生になって、一緒に登下校をするようになった。

なんで変な赤色なの?って笑われた。

それを「可愛かったから」と言ったけど、それは可愛くない!こっちが可愛い!と言われた。多分、その子達に「センスがない」という判定を受けたんだと思う。

パシリにされてて、さらセンスもない。なんとなく流れで、みんなよりも立場が下だった。

ジャンケンランドセルの持ち合いをした時、他の子が負けたらみんなで持ち合いっこするのに、私が負けた時だけ全部持たされて、持つ距離も長かった。挙句、置いてかれた。前に進んでも誰もいなくて、置いていかれたんだと泣いた。おうちも少しだけ離れた同級生の重いランドセル5つを持って、道の真ん中で泣いた。泣いて数分たったら、なんだか自分のことが惨めになって、どこか誰もいない、遠いところに行きたくなった。結局はその子たちが戻ってきて、どうにかなったけれど。

小学2年生になって、夏休みで転校した。どことも知らないところだった。でも、一番長く住んでいたし、今の友達大学友達を除いて全部小中高で一緒に過ごした子だ。それまでに比べてとても恵まれていて、いい友達だと思う。一人一人が唯一無二の友達だとおもう。

でも、友達がいても、残りの4年半はいじめられて過ごした。

最初は多分「遠いところから変なやつが来た」っていう理由それから訛りが違う。あとは真面目ぶってる。オタク父親の見ていた深夜アニメを一緒に見ていた。デ・ジ・キャラットとか、ギャラクシーエンジェルとか。今でも大好きだ)であること。あと態度が生意気。たぶんこの生意気って言うのは、生意気だという子の都合が悪いことを「誰にも言うな」と言われても担任にチクッたからだと思う。自分あんまりにも理不尽だと思ったことは黙っていられなかった。多分、そういう意味では「いい子」ではなかった。

でも、石を投げられて先生に報告したら睨まれるって、おかしいじゃん。石投げる人の方が酷い。チクった私が悪いのか。

多分悪くは無いんだけど、こどもの世界ではご法度だっただけ。けれど、それがどうしても辛かった。おかしいと言ったら「お前の方がおかしい」と言われてすごく辛かった。ここにいたくないと思った。

親に「ここの学力は低いんだから、90点以上取らないとダメだよ」と言われた。頑張って100点とっても褒められなかった。周りからは「勉強もできるっていう自慢か」と妬まれた。

言っておくけど1番を取れたことは無い。せいぜい10とか20とか。自分ではすごいと思った。100人近くの1020って凄いじゃん。って。でも親にはそれじゃダメときつく言われた。ちょっと点数が下がったらお小遣いを減らされた。

生きているのがしんどかった。でも頑張らないと、価値がないと思った。

中学に入って、小学校の時みたいな勉強をしていたら、順位が真ん中よりも下の、後ろから数えた方が若干早い場所になった。その時に「さすがにやばい」と思って、塾に入りたいと言った。一人でする勉強限界を感じていた。

下がった順位を元に戻したら「当たり前だ」と言われた。

中学では部活に入っていた。周りはみんなキラキラしているのに自分だけ見ずぼらしく感じた。部活に入ってすぐ、どうしてかレギュラーに選ばれた。自分初心者で、周りには小学校の時から続けていた人がいたのに、自分担当に人がいないからという理由レギュラー入りした。初心者なりに練習した。練習中、何度も泣きそうになった。でも自分が頑張ることがこれからに繋がるとおもった。最後までやりきったあとに残ったのは「初心者なのにレギュラーに選ばれた変な人」だとおもう。若干避けられてたし、自分も周りにどう接していいかからなかった。ここで必要とされていないとさえ感じて、練習サボりがちになった。先輩からは、嫌われていたと思う(練習をサボったから当たり前だ)。同級生からもよくは思われていなかったと思う。

部活同級生から「〇〇先輩はあなたと同じように生徒会もやって部活もやって成績もいいのに、なんであなたは同じことが出来ないの」と言われた。生徒会が忙しくて休みがちになっていた。そんなの言い訳だと怒られた。それでも暇を見つけて部活に行っていた。それでも怒られた。今消えてしまえば楽だろうけど、消えたら迷惑をかけるなと思って、最後まで頑張った。意地汚く残り続けた。高校進学は「〇〇高校の□□学科じゃないと、ご飯作らないから」と言われた。当時、高校授業料無償化されていたから、ご飯を作らないになったのだろう。端的にいうと「親の希望に添えなかったらお金は渡さないし育てないから」といわれたのだ。必死になって、どうにか合格した。合格したけれど、自分学力じゃ、高校勉強は厳しいなと感じた。もう一つの学科自分レベルに合っているとおもった。でもそこでは絶対ダメなのだという。辛くなるんだろうなと感じたけれど、それでも合格したのだから通うと決めた。

高校に入って、それなりの地位をもてたと思う。部活は変わって、生徒会には入り続けた。その部活がいわゆるパソコンをいじる様なもので、関連分野で色々頼られた。今度はパシリみたいなのではなく、よく巷で話題になる「絵をかけるならちょちょいっと描いてよ」の類でもない、本当の意味での「頼り」だった。

得意分野を持つということは自分自力で立つことのできる力であると、その時感じた。普段だったら近寄れない、スカートを曲げて薄く化粧をした、クラスの人気者と話せる。そういう立場をその時手に入れた。

多分、高校生の時が一番、生きていて楽しかったと思う。みんなが私のことを知っていた。それに対する恐怖もあったけれど、決してマイナスではない視線は「自分はここにいていいんだ」と思える自信に繋がった。

大学は推薦で入った。センター前に決まって、受かるとは思わなくて、とても喜んだ気がする。

クラスメイト合格を伝え、「あの〇〇か!?」「嘘ついてるわけじゃないよね!?」と言われながらも喜んでくれた。学校先生もとても喜んでくれた。自分の妹も、私よりも喜んで泣いてくれた。

母親合格たことを報告したら、おめでとうよりも先に「お金がかかるなぁ」と言われた。

正直なところ、大学に進むことについては消極的だった。高校に入った直後は専門学校に入りたいと思っていた。でも父親は「進学するより働け。進学するなら国立じゃないとだめだ」と言われた。だから専門学校を諦めた。中学生の予想通り高校勉強はつまづいてしまって、学科では後ろから数えた方が本当に早いくらい、勉強はできなくなっていた。どれだけやっても勉強が伸びなかったから、早い段階で部活シフトチェンジした。そんな経緯があったから、大学は行かないで高卒で働くかなとなんとなく思っていたら、母親が「高卒で働くより大学に行ってほしい。私立じゃ学費は出せないけれど」と言ってきた。これに逆らうとまた何か言われるんだろうなと思って、とりあえずやるだけやってみることにした。でも、勉強はできなくなっていたから、模試はどこも最低判定。ただ、推薦でチャンスがあるところがあったから、一かバチかで受けてみた。これでダメなら学力じゃ到底叶わないから、就職をしようとおもった。部活の成績がよかったから、それで受けた。

そうしたら受かった。奇跡だと思う。なにかの間違いじゃないかと思ったが、それでも受かったら嬉しかったのに、おめでとうもなく「お金がかかるなぁ」しか言われなかった。

誰が国立に行ってほしいと言ったのだと、その時は悲しくて悲しくて仕方がなかった。

こんなの傍から見たら「親の言う事しか聞いていないからそうなる」と思うのだろう。私もそう思う。

けれど、高校受験の時に「お金さないよ」といわれ、大学受験に「国立しか認めない」と言われ、受かったら「お金がかかるなぁ」。反抗するなら自立しろ、親に頼るな。

それでは何をすれば良かったのだろう?

奨学金は申し込まなかった。心のどこかで受からないなと思ったし、親の収入などの関係で、ほんの少しだけ規定より上回っていたから受かるわけもなかった。し、なんとなく大学に入れても、やめてしまうかもしれないなと思ったのもある。とにかく奨学金は取らなかった。だから親に学費を払ってもらうことになる。お金がかかるのは、百も承知だった。

でも、まさか合格おめでとう」よりも先に「お金がかかるなぁ」だなんて。なんだか悲しくなった。受けるのをやめた方が良かったのではないかと後悔した。

何より、ひたすら「お金がかかる」とい割れるのが嫌で、消えてしまいたくなった、なんのために頑張ったのだろうと、ひたすらに悩んだ。

大学に入るまで、そして入ってからお金がかかると言われた。言われ続けた。

大学に入ってしばらく経った頃、仕送り勝手に減らされた。1万円も減った。バイトをやりながらも結構ギリギリで頑張っていたのに、なんの前触れもなく減らされた。

なんで仕送り勝手に減らしたの?せめて減らすなら前もって言ってよと親に言った。そしたら、「元々この金額だったでしょう?」といわれた。頑張って節約しながらも生きていたのに、あたかも「余分にお金をねだっている」風にされたのがひどく苦痛だった。

その年の夏、節約しなきゃとおもい、電気代をとにかく節約した。外に出るようにしたり、電気をつけなかったり冷房をつけなかったりした。

その月の電気代は1,500円もしなかった。

純粋に、自分すごいとおもった。

こんなに節約頑張ったよ!と母親にいったら、「もっと節約できるでしょ」と言われた。

電気をつけず、テレビもつけず、パソコンもつけず、ご飯はまとめて炊いて冷蔵庫に保管して、一瞬だけ電子レンジでチンする。冷蔵庫も止めてしまうと食べ物が保管できないから。そんな最低限だったのに、もっとと言われた。

馬鹿らしくなった以上に、親から私は「ただただお金のかかるダメな長女」だったのだろう。お金がかからなければかからない方がいい。そんな認識だったのだろう。

こんなに頑張っても文句を言われることに、自分が生きている意味とはなんだと問いたくなった。

答えは出なかったから、ただただ消えたくなった。

どう生きていてもお金がかかると言われて、生きているのがしんどくなった。我慢するのがバカバカしくなった。

バイトはしていた。学校に慣れるまで、夏休み前後から始めたいといったら、それでは困ると言われて5月くらいから始めた。バイト先の先輩に厳しくされて、辛いと嘆いたら「みんなそんなもの」と取り合ってくれなかった。辛かった。

そういうことも含めて、たまにTwitter愚痴を呟いていた。愚痴をいうと今まで仲良くしてくれた人が、なんでも話せた人達が「自分の方が辛い」と言い始めた。自分の方が不幸合戦が始まって、私の「つらい」が軽くあしらわれた。次第に愚痴を言えなくなった。私だけ「辛い」が軽くあしらわれるのが辛かった。

頑張って大学に通った。頑張ってレポートを書いても単位が取れなくて、好んでとったパソコン系の授業を始め、授業に出ると頭痛が激しくなったり、気分が悪くなったりした。1年間くらいだったと思う。でも、お金をかけてもらっているから行かないといけないと、頑張った。

しばらく立って新学期になった。自分の妹が私立大学に入った。

母親は、私立入学するのを許したらしい。

どうして?という気持ちがすごかった。父親が許したのかという疑問もあったのだが、早々にほかの選択肢を諦めた私とは違って、妹は頑張って説得したんだなと思ったら、それは認めてあげるべきだと思った。合格たことは喜ばしいことだし入学も喜ばしいから、合格おめでとうと、素直に伝えた。

しばらくして、父親入学を許していないということが分かった。それで父親に「お前も加担したんだろう」と責められた。私は何も知らなかった。

なんで私が責められているんだろうと、つらくてつらくて。消えてしまいたいと思った。私から奪われた仕送り1万が、妹の入学金や学費になるんだなと思うと、なんとも言えない感情が湧き出てきた。

しばらくして両親が離婚すると言うことを伝えられた。どう思うと聞かれて、私が何か言ったところで何か変わるの?と答えた。冷たいなとも思ったが、私は私でそれどころじゃなかった。

学校に行けば嘔吐頭痛を繰り返して、正直もう限界だと思っていた。

しばらくして父親から伝えられた。

離婚とともに破産すると思う。妹の学費や母方の生活費は払えなくなるが、お前の学費生活費だけは出してやるからな」

素直に喜べという方が無理だ。体調不良等でまともに単位も取れなくなっていったのに、どうして喜べるのか。それが決め手になって、学校に行かなくなった。休学届けを出して、今はアルバイトだけやってる。

両親から連絡が来るだけで胃が痛む。学校に行けない自分社会に出てもやっていけるとは思えない。大学友達とは疎遠になっているとおもう。ただたまに道ですれ違って、名前を呼んでくれて、元気?と声をかけられると、いい人と友達になったなと思う。同時に、こんなダメ人間友達でごめんねとも。

高校までの友達は「そのまま社会に出てもやっていけるよ」という。でも、日本会社というのはおおよそブラックだと思っているし、そんな所に行ってしまったら自分は生きながら死んでしまうのだろうと思う。きっといまのオタク趣味もままならない。二次創作をする時間もなくなるだろう。そうやって仕事に謀殺されて、私は私でいられるのだろうか。

そこまで考えて、今までの人生の中で、私が私でいた瞬間とは何なんだろうと思った。

私とはいったい何なんだろうか。

私が生きている意味とは。

なんでこんなに必死になって生きているのか。

辛いという言葉は、私の方が辛いで潰されて、楽しいことなんか二次創作を始めとしたオタク趣味ばかりで、そのオタク趣味すらも、今じゃ疎外感を感じている。自由に慣れていたはずのSNSは、現実と同じように苦しいものになっている。

辛いと思うことも軽んじられ、ひたすら金がかかるといわれ、遊びに行くと贅沢だお母さん達は頑張ってあなた仕送りをしているのにという。

私はなんのために生きているのだろうか。

こんな生活、生きているというのだろうか。

ただ呼吸をして、心臓を動かして。ただそれだけ。

生きているのがただただしんどい。早く死んでしまいたいとすら思う。でも死ぬお金がかかる。親が困る。周りも困る。

ある日母親に言われた、「お父さんはあなたを生んだ時に『なんで生んだ』といったのよ」と。

母親はそれを私に伝えて、何がしたかったんだろう。

必死に育ててくれてありがとうと言って欲しかったのか。

ひたすらお金がかかると言われて育って、なぜ生んだと言われたと言われる。

「なんで私のことを産んだの?」とは言えなかった。「産まなくてよかったのに」とはもっと言えなかった。言ってやりたかったけど、それを言ったら家から追い出されると思ったから。

私は「そう」とだけ返したのを覚えている。いつ、こんなことを言われたのかなんて、細かい年は覚えていないけれど、そういうことを言われたということだけは鮮明に覚えている。

私は

どうすれば良かったんだろう。

何をすればもっと前向きになれたんだろう。

何をすれば「頑張ったね」と言ってもらえるようになるんだろう。

毎日生きているだけでも精一杯なのに、もっともっとと周りはいう。頑張ることが当たり前。

でも、私はまだ頑張ってないんだと思う。恵まれているのだ。奨学金を借りずとも大学に行けたのだから。好きなことをやれているのだから

世界一不幸だと思うな。世の中にはもっと不幸な人が、辛い人が沢山いる。

みんなそう言う。私のつらいという気持ちを無いものとして。みんなそういうのだ。

生きていることの何が楽しいのだろう。

生きるなんて、辛いだけじゃないか

早く誰か、私を殺してほしい。

金だけかかって、だれの期待にも応えられない私を早く殺してくれ。

生きているのがただただしんどいということすら認められない世界なんか、壊れてしまえばいいのに、世界はそれを許さない。それなら。私を早くこの世界から追い出してほしい。

早く私を殺して欲しい。早く殺して。早く。こんなに辛いのに、世界は生きれという。お前はまだマシだと。

何がマシなのかちっとも分からない。生きているのがしんどい

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