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2019-03-25

バカ就活無双する方法

自己紹介

ニッコマ卒、優良企業勤め、28歳、既婚者

就活無双する方法

自分バカだと自覚すること

お前はバカからそんな大学しか行けなかった。指定校推薦で進学したやつもバカだ。

・授業、ゼミは最低限

バカいくら勉強してもバカから諦めろ。四年で卒業することを目標生きろ。

バイトは選べ

バカには思考能力が無い。その少ない脳みそ使って精一杯考えてたくさん稼げる仕事を探せ。時間あたりにたくさん稼いで、もっと自由時間を作れ。

TOEICで900点を取れ

大学受験に比べればクソほど楽だから一年かけて勉強しろ参考書を繰り返し解いて頻出単語言い回しを頭に叩き込め。900あれば見る目が変わるから。取れないやつは池沼

運転免許を取れ

中卒のドカタでも取れる資格からさっさと取れ。

簿記二級以上を取れ

バカでも取れる資格

ここまでクリアしたら少なくとも書類上は早慶下位学部の奴と同程度の強さになれる。マーチの奴らは見下してよし。

・声を大きくしろ

小学生でもできる。声帯を使って力強い声を出せるようになれ。ここぞという時にどっしりした声で受け答えすれば効果は抜群。

笑顔を作れ

大体高学歴学生コミュ力に欠けることが多い。身振り手振りで差をつけろ。

面接官の言い訳を作れ

面接官も所詮社員だ。お前らみたいな低学歴採用するには言い訳が欲しい。語学力会計知識、自信ある態度の他にもう一押し欲しい。それがあれば面接官の奴らも上司言い訳できる。

・他の面接者を気遣え

みんな緊張してるんだから少しくらいは優しくしてやれ。周りに気を遣えるキャラになれ。面接の時だけでもいい。

・見た目に気を遣え

メガネは外せ。靴は新しくしろ

これで絶対就活無双できる。俺が保証する。

デパ地下散歩安心する。病んでるのかな。

最近デパ地下洋菓子和菓子)やデパートでの芸術品催し展などを観て回ると時間を忘れる。世の中ってこんなに綺麗な食べ物文化に溢れてたんだ…と視野が広がるというという次元ではなくて、世間を知った感じ。

今まで受験勉強大学受験、限られた進路を歩むばかりで、友人達流行を追う事もせず。嫌な言い方をすると、「小市民がハマるモノ」を生み出す広告業界商売人が作り出した文化小馬鹿にしていた。

時間が空いてしまい、時間つぶしにデパ地下に行ったら綺麗な洋菓子上品和菓子に、とても目の保養になった。高い文化資本を求めて購入する客層も、今までの私とは絶対に接点の無い、時間を持て余した小金持ちなマダムと御老人で溢れかえっていた。ゆったりと、ウィンドウショッピングする時間が、私にとって心地よかった。

競争から離脱した負け組な私は、小金持ちのマダムやご老人達に埋没して、時間を見つけてはデパ地下散歩をしている。何を買う訳でもない。

時には、芸術品催し展をブラブラしたり、食器フロアでは各界の名だたる陶芸品を眺めては恍惚とした眼差しをしながら「徘徊」している。やはり、何を買う訳でもない。

私、何のために脇目も振らずに頑張って来たんだっけ?世の中にはこういう世界もあったんだ、と感じた。でもそれは、あくまで私が「チヤホヤ接客してくれる対象に過ぎないだけで、食品陶芸品・デパート業界に興味を持っている訳では無いんだよね。そう。上品デパート店員に、非日常空間チヤホヤされたりする事が快感なだけなんだ。

多分アレ。ビジネスマンが経費でビジネスシートやラウンジを使い始めて、調子に乗っちゃうアレ。優越感というか自分が偉い人だと勘違いしてしま選民意識

私の場合世間文化が新鮮で、それらがあふれかえっているデパートが、聖地なんだ。

因みに、御洒落に疎かったので、駅ビルの中に入っているファッションフロア雑貨フロアも好きだ。「綺麗なお姉さんは、こういう生地の質を好んでいるのか…」とか「この配色素敵だな、体のラインが綺麗に見えるなあ」とか。QOLの高い女性・人々の生活モデルをザっと観れる感じが、今更ながら世間での流行を吸収している様が、満たされていく感じだ。

病んでいるのかな。

私の適職って、何だろう。

2019-03-24

この春、浪人をすることになった人へ

~~はじめに

 もうかなり前の話になるが,私も大学受験に失敗し,浪人をすることになった。

 (することになった,というのは,したくてしたわけではないかである。)

 人生で初めて,目の前が真っ暗になるような思いを味わった。

 どうすればいいのかわからず,途方に暮れた。

 そのとき書籍等を通じて様々な先達の経験に触れ,それに励まされてなんとか乗り越えた。

 これは遠い昔の一受験生出来事であるが,ふと思いついて,自分が励まされたように,何かの役に立てばと思って書いてみた。

 時代が変わっているので,個々の科目の勉強法等は記載していない。

 もっと大きな方法論の一例として見ていただければと思う。

 大事試験で失敗してしまい,失意の中にある人が,捲土重来を期すのに少しでも役立ってくれれば幸いである。

 人生で最も勉強をしたのは,大学受験に失敗し,浪人生活を送った時だった。

 その当時は自分なりに辛い思いもした。しかし,その分必死になって努力を行い,いかに状況を打開するかを日々考え抜き,最終的に結果を出すことができたので,得るものも大きかったように思っている。

 なお,前提として,私は小中高と地方公立学校で育った者である。塾にも浪人時代を除いてほとんど通ったことはない。

 高校時代部活をやっていたので,高2の冬までは授業を普通に受けていただけだった。志望校を決めるような段階になってからやばいと思って「受験生」になった,というのがバックボーンとしてあるので,以下の文章はそれを踏まえて読んでいただければと思う。

~~気持ちの立て直し方

 それまで特に勉強において壁にぶつかったこともなかっただけに,不合格の衝撃は当時の自分にとっては,人生のものだった。

第一志望しか受験していなかったので,選択余地なく浪人をすることになったが,仮にすべり止め合格を得ていたら,果たして浪人という選択ができたか,全く自信はない。

 それくらい,浪人するということについて,落胆していた。

 同級生のうち,現役で受かった者が嬉々として大学生活に入っていく中で,少なくともも一年,いろんなもの我慢して勉強に向かう生活余儀なくされるというのは,たまらなくつらかった。

 ひととおり落ち込み終わった後で,考えたのは,一つには,終わってしまたことを悔いても何もこの現実を変えることはできないということだった。

 現役で大学生になる身近な同級生想像し,なぜ自分はそうなれていないのかと身悶えせんばかりに考えたときもあったものの,いくらそのように思ったとしても何も現実は変わらない。過去に属してしまたことは,もう客観的には変えることはできない。そうだとすれば,今できることは,その意味付けを変えることしかないと思った。

 今身を切るように辛く感じられる大学不合格という事実も,たとえば,次の機会に晴れて合格し,20年,30年も経てば,なかったことにはできるわけではないが,その影響は極めて小さくなっているだろうと言い聞かせた。

 またおそらく世の中の評価というのは,失敗の数で評価されるわけではないとも考えた。人の失敗の数を覚えている人は多くない。そうではなくて,失敗の数があったとしても,結局のところ成功の数がいくつあるかが重要だろう。

 そうだとすれば,まだコントロール可能範疇に属している,未来を変えることで,過去出来事意味合いを変化させるしかないのではないか

 来年合格という成功によって,今年の不合格という失敗を塗りつぶすしかないと考えるに至った。

 期間はあまり覚えていないが,ここまで考えを整えるのに1か月くらいはかかったのではないか

~~戦略

 以上で考えたように,今年の不合格という意味合いを相対化するためには,来るべき「次」の受験で,必ず合格しなければならない。

 再来年では駄目だ。また実力だけ伸ばしても駄目で,仮にいくら模試の成績が良かったとしても,現実合格できなければ全く意味がない。

 このようにして,「次」の受験で,「必ず合格する」ということを目標として設定した。

 目標が定まった後,「必ず合格する」とは,どのような状態かと考えた。合格する可能性があるというだけでは駄目だと思った。可能性だけならおそらく今回もあった。「受かりうる」というだけでは足りない。「次の一回」で「必ず」合格しようと思えば,「受からないということがない」,「どうやっても受かる」という状態にまでもっていかなければならないと思った。

 自分の中では,「100回受けて100回受かる状態」というのを一つの基準としていた。

 そうなるためにはどうしたらいいのか。

 以下は,自分の中で描いたイメージである。 

 受験において,本番で出題される試験問題のものコントロールできない。

 自分が得意な問題が出るかもしれないが,苦手な問題が出るかもしれない。

 そうだとすると,たとえば100回試験を受けた際に,自分が得られる得点ないし全体の中での自分順位としては,一定の幅が生じると想定した。

 自分が得意な問題が出れば点数ないし順位は良くなる。苦手な問題が出ればその逆となる。その幅と位置自分の実力を示していることになる。

 受かる可能性があるというのは,自分の中のベストの結果のときに,それが合格ラインを超えているということだ。すなわち,上で述べた実力の幅の上端が合格ラインを超えていることであるそもそもここが合格ラインに届かないというのでは,合格確率は0なのであって,話にならない。

 自分の実力を客観的見積もったときに,現役の受験時点でも,得点幅の上端は合格ラインを超えていると思った。しかし,全体として超えているかというとそうではなく,大半は合格ライン以下に位置していたのではないか分析した。

 この状態だと,運よく自分の実力の上端付近が発揮できるような問題であれば合格という結果になるが,そうでなければ不合格という結果になる。

 以上の思考過程を経て,「必ず」合格するという状態を実現するためにすべきこととは,自分の実力を示す得点幅の下端を合格ラインより上にもっていくことだと規定した。その状態が実現できれば,どんな問題が出題されても必ず合格できる。

 このようにイメージした。

~~戦術

 次に,得点幅の下端を合格ラインよりも上に上げるためにすべきことは何かと考えた。

 ただちにこうすればいいということまではわからなかったが,とりあえず実現すべきこととしては,得点できるはずの問題を必ず得点するということだった。先のことはわからないが,最低限,このことを徹底しなければならないと思った。

 それだけでいいのかは,未知の領域なので不明であったが,得点幅の最下端を合格ラインよりも上にしようと思ったら,少なくともこの程度のことは実現できていなければ話にならないだろうと思った。

 先に述べたように,受験の本番では,試験問題コントロール範囲である受験会場に来てしまってからでは,いくら「ここを勉強しておけばよかった」と後悔しても,その時点で知らない知識は答えようがない。試験現場でできることとしては,そのときに持っている力で解けるはずの問題を確実に解くことだけである

 この視点は,いろいろなところに適用できるが,たとえば時間配分のところにあてはめると,「解けない問題時間を浪費して,解けるはずの問題を解けないということを起こしてはならない」ということであると思った。

 また,当時よくしていた勘違いなどのケアレスミスも,本来解ける問題を取りこぼす可能性があるので,起こしてはならないことになる。

 これらは,本来解ける問題をこぼしているという点では共通しており,このようなことがあってはならない。

 受験本番までは実力自体を向上させることももちろん目指さなければならないが,それと同時に,試験当日に,その時点で持っている実力すべてを最大効率得点につなげられるようにしておかなければならない。

 その観点から模試などを受けた場合の振り返りとしては,正解したかどうかはあまり気にせず,正解できなかった問題があったとして,「その時点で正解する可能性がなかったのかどうか」を入念に確認した。

 知識が足りなかったなどの理由で,そのときは正解する可能性がそもそもなかったのであれば,それはその時点ではもうしょうがないので,ただただ後日正解できるよう,知識を補充するなどして実力向上を図るというだけのことである

 一方,その時点で正解できたはずの問題を取りこぼしていた場合は,全力で悔しがるようにした。

「必ず」合格するという目標達成の観点からは,このような事態絶対に起こしてはならない。

 そのようなことをしている限り,「必ず」合格するという目標は達成できないからだ。

 その場合,正解できたはずの問題をとりこぼさないために,なぜそのようなことが起きてしまったのか,再発防止策として何が考えられるかなどを必死で考えた。

 以上は基本的自分の中だけでの問題であるが,一方で他者との比較視点も生まれていた。

 正解可能性について考察しているうちに,自分が正解できなかった問題について,他の受験生はどうなんだろうかという視点が生まれたのである

 自分が間違えた問題の正答率が高かった場合は,それだけ多くの受験生に差を付けられたことを意味するのであるから試験結果に与える影響は極めて大きい。一方,正答率が低かった場合には,大半の受験生もまた正解できていないわけなので,差を付けられた受験生の数が少なく,試験結果に与える影響は少ないということになる(極端な話,正答率が0%の問題であれば,全員が間違えているということから得点という点だけみればその問題はなかったのと同じであって,間違えたことの影響は0である。)。

 このような視点で各問題ごとに正答率を確認するようにすると,感覚的には一般的に明らかに簡単と思われる問題でも,正答率が100%ということはないということに気がついた。受験生は,ごく簡単問題でも意外と間違えてしまっているのである

 この点に気づいたときには,大げさにいえば勝機見出した思いがした。

 とんでもなく難しい問題まで正解できるようにならなければ「必ず合格」という目標が達成できない,ということだとすると,その難易度はかなり高い。

 難問というのは,どんな問題が出るかもわからいから難問なわけで,対策という意味では容易ではない。

 しかしながら,正答率が高い問題を取りこぼさない(他の受験生に差をつけられない)ということは,意識して徹底的にやりさえすれば実現できることだと思った。そして,これがきちんと実現できれば,成績的にはかなりのところまでいけそうだと思った。

 このとき受験生活の中で,初めて具体的な見通しがついた。

 時期的には,浪人になって最初の方で行われる模試の結果を分析してこう思ったはずなので,わりと早い段階でこのような確信を得られたのはありがたかった。

 以上から,正答率が高い問題を重視し,かつ,それを絶対に落とさない,ということが具体的な行動目標となった。このように目標が明確になると,自ずとそれを実現するための勉強法も明らかになった。

 自分が正解できる可能性のある領域を増やすことを目的とした勉強塗り絵に例えれば,色が塗ってある範囲を広くするようなこと)も勿論必要にはなるものの,それよりもむしろ正解できる可能性のある領域での正解率を高くする(塗り絵で言えば,色むらをなくし,より濃くするようなこと)勉強を重視すようになった。

 より具体的にいえば,復習を重視するようになったということである

 知らない問題よりも,一度やったことのある問題の方が正解率は高くできるはずで,投入する時間に対して得られる成果が高いと思われるからである

 復習は徹底的に行うようにした。特に記憶重要となる社会の科目などは,一日の勉強最初には,それまでやった学習内容をさかのぼってかならず目をとおしてから先に進むようにした。

 具体的には,使っているノート基準最初から前回勉強したところまで必ず全部目を通すということをしていた。それはその一冊のノートを使い終わるまで繰り返した。見直す時間が膨大になってもしょうがないので,時間一定を心がけていた。勉強が進むことによって見返す領域が広くなることになるが,その分見返すスピードを上げて各ページ毎の見る時間は減らして行った。

 ノート最初の方であればあるほど,何度も目にしているので,時間が短くても問題なかった。時間よりも回数を重視し,回数を繰り返すことで,記憶への徹底的な定着を図った。

 これは面倒に思うかどうかだけで,誰にでもできることと思う。そして,記憶力に個人差は多少あれど,何十回と接触した内容については,誰でも記憶には定着しやすくなる。とにかく,一度学習した内容を,二度と忘れたくなかったので,そのようにしていた。

 そのような学習法を実践していたことで,知識系の問題については,絶対の自信がついた。

 当時は,記憶違いということはほとんど起こりようがないような状態を実現することができていた。

~~結果

 以上のような勉強法を行ってきて,浪人の夏に大学別の模試を2つ受けた。

 これはその大学を受ける受験生であれば,たいてい受けるという種類の試験だったので,模試とは言え,その時点でのその大学を受ける受験生の中での位置付けを図る重要試験だった。

 浪人生活を開始するにあたって,自分の中では目標があった。

 「100回受けて100回受かる」という観点から,冬の大学模試で100位以内に入ることを目標としていた。

 当時,志望学部合格者数が600名程度であることから,少し目標としては高いかと思ったが,これくらいが実現できなければ,安全圏にあるとは言えないので,あえて高めの目標を掲げたつもりだった。

 蓋を開けてみると,夏の大学模試のうち,最初に結果が返ってきた方は,79位だった。

 自分で定めた目標クリアできたので,非常にうれしかったのを記憶している。

 想定していたよりも成績がよかったので,浪人生活全体を通して,このときが一番うれしかったように思う。

 (それでも,これは単なる模試に過ぎないので,この程度の成績で油断はいけないと自分を戒め,喜ぶ気持ちを押さえつけた。)

 しばらく経つと,もう一つの大学模試の結果が返ってきた。そちらは20位だった。全く想定しておらず,正直自分もびっくりした。こんなに結果が伴うとは思ってもいなかった。

 ただやはり,「まだ受かったわけでもなんでもないので,いくら模試の成績がよかったところで,本番に受かるという目標が達成されたわけではない,油断だけはしてはいけない,もっと取れたはずだ」と自分に言い聞かせるのに必死だった。

 その後も大きな方針を維持したまま勉強を続けたところ,冬の大学模試では13位と14位という結果だった。

 受験本番はどうだったのか,順位は発表されないので分からない。

 予備校の発表する模範解答に照らして行った自己採点結果は悪くなかったし,結果はもちろん合格だった。

 合格確認したときには,うれしいというよりは,ほっとした。精神状態としては,「受かっているかどうかドキドキする」という状態ではなく,「絶対受かっているはずだが何かの間違いで落ちてないだろうな」という気持ちだったからだ。

~~まとめ

 方法論は人に合わせて千差万別なので,以上の方法が唯一絶対ではないと思う。

 全く同じ人間が一人としていないように,誰にもピッタリと当てはまる万能の方法などというものはない。

 それを前提として,自分浪人生活のうち,成果につながった要素を抽出するとすれば,以下の点ではないだろうか。

 まず一つには,本気で結果を出したいと思っていたことだと思う。

 何事につけ,物事には障害がつきものである。そのような前提状況の中,何も考えずにただ臨めば,結果が出るかどうかは当たるも八卦当たらぬも八卦のような確率論に終わってしまう。

 「本気で結果を出したい」というのを行動に置き換えると,「受験優先順位を上げ,その他のことはどうでもいいと考える」ということである。本気でそう思えれば,遊びたいとか,のんびり寝ていたいとか,そんなことは気にならなくなる。

 それは「誘惑に打ち勝つ」ということとは感覚的には少し違う。誘惑を感じている状態は,まだ本気度が高い状態とはいえないと思う。本当に結果を出したいと思って,その状態に入ったときには,その他のことは本当にどうでもよくなる。

 「その他のことはなんでも差し出すから,とにかく希望している物事について結果を出させてくれ」という心持ちになる。そのときは,優先順位が二位以下のものごとは些事である

 そのような状態に入れると,仮に何か障害が生じたとしても,手段を尽くし,工夫を尽くして,結果にたどり着くという状態になる。

 時間しろエネルギーしろ資源が有限である以上,その中で一つの結果を確実に出そうと思えば,何が何でも結果を出したいという状態自分を持っていくことが必要になる。

 不合格という現実に直面したとき,何度も「嘘でしょ。結果を取り替えてくれないか。」と何度も思った。しかし,一度出た結果は変わらない。これが現実である

 自分の周りの環境自分コントロールすることはできないということをまざまざと体感した。

 一方で,自分はいくらでもコントロール可能なのだ

 不合格回避したいという思いを,エネルギーを,合格への執着へと昇華させることはできるはずだ。

 二つ目は,以上の状態を前提として,「結果を出す」ということを実現するためにどうすればいいのか必死で考えたことではないかと思う。

 先に記述した思考過程を経て,自分なりに結果を出すために必要な条件を考え,それを満たすためにひたすら実行した。

 小中高と地方公立学校で育ってきて,全国規模で自分が試されたことも位置づけをはかったこともなかったため,余力を残すという発想がそもそもなかったということも幸いした。

 自分みたいな遅れて必死になった者が全国レベル受験生相手に確実に合格するという状態に達するためには,とにかく妥協なく徹底的にやり切る以外にはないと思っていた。

 後にも先にもこのときほどストイックになったことはない(なお余談だが,このときにあまり想像以上に結果が出てしまったため,後になってまた別の試練に立ち向かうことになった際に,「あそこまでやらなくてもいいだろう」と無意識に思ってしまい,無駄に回り道をすることになる。何事も,やるなら最初から本気でやるべきである。)。

 当時,浪人時代灰色一色で,とても精神的につらいものであったが,きわめて得るものの多い時期でもあった。

 生活のことは親に完全に甘えられる時期であり,徹底的に勉強のことだけ考えていればよかったという意味では,むしろ幸せな時期であったともいえる。

 浪人時代を通じて,物事に本気になるとはどういうことか,結果を出すとはどういうことかなどを身をもって体験することができ,その後の人生にも大きないい影響があった。たまたま運よくラッキーで現役合格してしまっていたら,このように自分を振り絞るような努力をする機会は得られなかったの

2019-03-19

anond:20190318161941

これっていままでの大学受験で言うと国公立受けるにしても半部以上の配分をできるようになったことになる

から俺は、一年勉強しなくても東大間違いなく受かるよ

半分の配点が取れれば東大って受かるんですね・・・楽観的。

2019-03-18

anond:20190318160348

東大受かるのってぶっちゃけ簡単だよ

数学教員って常に人で不足だから数学教員になろうと思って30過ぎてから勉強はじめた

数学できれば物理ほぼできるようになるから、なんとなく物理も並行してやってた

英語はもともと大学からずっと勉強してたから、数学物理英語ができるようになったけど

これっていままでの大学受験で言うと国公立受けるにしても半部以上の配分をできるようになったことになる

から俺は、一年勉強しなくても東大間違いなく受かるよ

そんくらい実は東大って簡単なんだよ

2019-03-17

anond:20190316112313

うちの大学にも夜間があって俺は昼間も夜間も受けたことがある。そして昼間の方に進学し、今は卒業を控えている4年だ。

俺は一浪とき全然勉強しなくてどこにも受からなかったから仕方なく夜間を受けたんだがそれも受からなくて二浪することになった。さすがに二浪ときはそこそこ勉強たか一浪とき夜間で落ちた大学に昼間で入学することができた。

大学に入ってから夜間の同年代の方とも話す機会があったけど全員が昼間に対して引け目とか対抗心とかそういうのを持っているみたいだったよ(全員と言っても俺が話したことのある同年代の夜間主の人は3人だけだが)

日が落ちた大学で俺が帰路を歩いているときに今から授業に向かうと思われる夜間の人達とすれ違うと、一浪ときもし夜間で受かっててそのまま進学したら人生どうなってたんだろうなと考えることがあった。履歴書に夜間と書く必要はないか就職で不利になることはない、昼間の学生と同じ水準の講義を受けることができるから学業面では変わらない、って事実を理性ではいくら理解していてもきっと心の奥にはなにか引っかかるものが残ったんだろうなと思う。

増田最初から夜間部への進学も想定して大学受験に臨んだのなら別だけど、もし俺のように昼間の大学への進学しか考えてなかったのに受験がうまく行かなくて急遽追加募集夜間部を受けたりしたなら余計にちょっと考え込んでしまう瞬間もあるだろうなと思う。というかいろいろ考えた末の日記が元記事なんだろう。

でも事実だけを考えてみると、夜間でも新たな出会いとか充実した経験を得られるチャンスは昼間と全く変わらないだけあるんだと思う。周りから評価も昼間と変わらないと思うし実際自分が夜間の人と出会ったときも夜間の人なんだ~以外の感情はなかった気がする。というかどういう感情だったか思い出せないくらいどうでもいいことだったと思う。

っていうのは綺麗事すぎるか。夜間なんだ…って思われることは多少あるかもしれない。でもそれって自分が楽しければ十分カバーできない?

から昼間主に進学したかったけど夜間主に進学することになった学生デメリット自分の心の奥のちょっとした引っかかりだけなんだと思う。逆に人によってはそれが一番解決することの難しい問題であり、それを解決するには充実した大学生活を送る以外の方法はないんじゃないだろうか。

親に迷惑をかけまくって二浪させてもらって昼間の大学に進学してヘラヘラ過ごしてきた俺に言われるのはムカつくかもしれないけど、四年間耐え忍ぶって発想はすこしもったいないんじゃないかと思った。だってそういう自分心持ち以外には夜間のデメリットってなくない?普通に昼間主に進学するのと同じ志でいればいいと思う(たぶんそれが一番難しいんだけど)

四年間楽しい大学生活だといいね。俺は入学から卒業まで一貫して劣等生で努力もしなかったことをやや後悔してるからぜひ勉強を頑張ってください。昼間も夜間も人生の中でどれだけ充実した四年間を送れるかは自分にかかってるのは同じだよ。

2019-03-13

anond:20190309162857

トラバに「スキル書いて同じような投稿前にもした」ってあるけど

それ書いてからこれ書くまでに何か行動したわけ?

大学資料請求したり大学受験の傾向と対策とか調べた?

まさか20年以上前と同じと思ってる?

20年ってそういうことやぞ

2019-03-11

anond:20190311190632

この増田釣りかなと思ってるんだけどね、本当のことを書いてると仮定して答えるなら、職歴なしの人と、派遣転々とはいえ仕事をしていた人は全然違う。

それから大学入り直そっかなーでも医者はさすがに無理だわーと増田を投下している人と、奨学金をゲットして大学入学し数多くのインターンを経て就職した人も全然評価が異なる。能力に差があるかや差別があるかは全く関係なく、ただ一つだけ、二つの増田の限られた情報だけで、断言できる違いがある。

前者はまだなにもしていない、後者はそれを成し遂げたか賞賛と祝福を得ている。結果を出す努力をしたからだ。

元増田もガキのケンカみたいにいちいちカッカして追記している暇があれば大学受験でもしていればまだ救いもあるが、残念ながら普通大学はおおかた入試はもちろん大半は合格発表すら終わっている。

大学入試のための勉強をどの程度しているかなどの自慢でもあればまだいい方だったがそれもないし、通信制大学などを検討してみたりする様子もない。これで両者を比べようというのは、amazonで体組成計を検索しただけで10㎏のダイエット成功した気になって、体組成計のかわりにふたまわり小さいサイズの新しい服をぽちっと買っちゃうぐらいのマヌケさだよ。

よく大人大学受験テレビ番組やると

本当に行きたい人が行けなくなるとかいバカいるけど

大学受験なんて行きたいかじゃなくて能力があるかで判断されるんだから

行きたいってなんだよって話

そもそも合格ボーダーは点数で切るんでそのボダーにひしめくように何人もいるんだから

追加で何人かボーダーに乗ってたってそこに届いてたら全員合格になるだけ

バカ文句言ってんのかよ

anond:20190311123830

つか、学校の評判を上げるのに役に立たない。

「3年間eSports部で頑張っていました!」とアピールすることで試験が有利になる大学企業なんかほぼない。

就職者はまずおらず、大学受験も推薦ではなく一般入試を利用する生徒が殆ど進学校なら部活関係ないだろうが、

それはそれでそういう学校に子を入れる親が良い顔をしない。

それにそういう学校だと受験勉強がメインで部活は遊び程度しかやらないから、本当にただゲームで遊んでるだけ、にしかならないだろうし。

2019-03-08

anond:20190308141059

それって大学入ってからでもいいんじゃない? 在学中ならたっぷり時間あるし。

(僕は大学受験より前に交換留学アメリカ行ってきた。良かったよ。)

2019-03-07

anond:20190307150815

儲かる仮説を自分で作れない奴は0だ。

まだそれでもしつこく就職活動をしたほうがよっぽどうまくいく。ましてや、大学受験するぐらいの歳だろ?

2019-03-03

anond:20190303225336

検索ワードときで何かが変わるのか?

基本的には「いい大学に入って、いい会社就職すること」が、ムカツクけど真理なんだと思うよ。

従って、検索ワードは、「大学受験 参考書 お勧め」だ。

ちなみに、「日本では低所得家庭の子どもが平均所得を得られるようになるまで4世代分の時間を要する」と以下のレポートにある。

検索ワードだけで話しが片付けば、OECDが大仰にリサーチなんてしねーよ。

https://www.oecd.org/japan/social-mobility-2018-JPN-JP.PDF

2019-02-22

初めての挫折

人生で初めて挫折した。

就職活動がうまくいかなかった。

から勉強だけは出来ていた。

高校もそれなりの進学校に行き、大学にもストレート合格した。私立文系では一番いいところに行けた。

でも、その先が僕には見えてなかった。

僕には試験偏差値が全てで、それ以外は何もなかった。

大学バイトサークルもそれなりにはしていたはずだったが、思い返してみると思い出などほとんどなかった。

そして、いよいよ就活解禁まで1週間になった。

何がやりたいのかわからなくなってしまい迷走した挙句公務員試験を目指してはいる。

しかし、全く集中できず、勉強が手につかない。説明会の申込みも忘れてしまっていた。

なぜ、こんなにもうまくいかないんだろう。大学受験までは全てうまくいっていたはずだった。

どこで失敗したんだろう。どこで歯車が狂ったんだろう。戻れるなら高校1年生の春に戻りたい。そして、勉強けが全てじゃなかったと自分に伝えたい。

乱文失礼しました。

2019-02-21

IQ140の俺だけど

日本ってギフテッドには生きづらい社会じゃね?

飛び級ないし暗記メインの大学受験だしさ

2019-02-14

anond:20190214173255

エスカレーター大学受験楽するつもりでもなくガチガチエリート狙うわけでもなく中学私立お受験するって意味からねえや


https://anond.hatelabo.jp/20190214173403

逆だよ。今の方がレベル高いし競争も激化してんの。

中学受験熱自体が上がってるし教育法もどんどん改善されてて問題レベルも上がってるわけで。

スポーツでも数十年前の金メダルタイムは今だと予選落ちレベルかいう構図あるだろ?勉強も同じ。

いや同じじゃねえだろw

スポーツタイム絶対値だけど中学お受験競争なんて相対値じゃん

お前は頭悪すぎてびっくりした

anond:20190214172241

38の俺の頃でも中学受験の塾なんか5年から行けば十分だったわ

いま少子化競争甘くなってるはずなのに4年からってマジか?

そこまでしないといいとこ入れないならそれは頭が勉強向いてない子だと思う

中学から有名私立エスカレーターだったけど大学受験で十分だと思うわ

2019-02-12

大学辞めて休養したい。毒親ってわけじゃないけど実家だと親がストレスになるから祖父の家がいいな。一言相談してないの親は気づいてて、大学辞めるならスーパーでもコンビニでも働いて自分生計立てるか、やりたい事があるなら専門学校に行けと言ってる。それはごもっともな意見だけど、今はもう何もしたくない。今してるバイト2月末で退職するから続けていられるのであって、終わりが見えなかったらバックれてると思う。

大学受験現役では何となく受けたら全落ちで、その時も今と同じふうにを親に「どうするの?」って聞かれてよく考えずに浪人するってなった。浪人時代偏差値テストの点数みたいに目に見える目の前の目標があったから盲進してた。結果はあんまり良くなくて滑り止めの大学に今居るわけだけど、なんかもう疲れちゃって何もしたくない。全部後先考えずに決めた結果なんだけど、進路って「どうするの?」ってなってからどうするか決めるまでの時間が短いんだよね。だからから考えると失敗したなと思う。でもその時は疲れてるし時間もないから正しい判断が出来ない。多分今の自分もそういう状況になってる。だから今どうするか進路を決めても絶対に後から後悔するに決まってる。休養も正しい判断ではないのかもしれないけど今は休みたい。

2019-02-02

東京に来て驚いたこと、それはスクランブル交差点

俺が東京に出てきて、まず驚いたのはスクランブル交差点だ。

一度も上京したことがない御仁に、スクランブル交差点とは何かを説明しよう。

十字路に横断歩道が四つあるとすると、通常ならば、対角線上の歩道に移動するためには、二回、信号機を待って横断歩道を移動しなければならない。

ところが、スクランブル降参点では、すべての横断歩道信号機が青になり、歩行者には一気に斜めに対角線上の移動を行うことができる。  

歩行者革命的な自由度を与えるシステム、それこそがスクランブル交差点なのだ

俺は感動した。

俺が大学受験の時に勉強した世界史ではこんなフレーズがよく出題される。

都市空気自由にする」

世界史受験に疎い、日本史選択者と理系の御仁に「都市空気自由にする」とは、何かを説明しよう。

中世ヨーロッパの封建システムのなか自由独立した商業都市が出現した。

そうした都市にさえ脱出すれば田舎荘園領主支配された奴隷的な地位にいる農民でも、自ら職業を選び金を稼ぎ財産をもち蓄財に励むことができたのだ。

都市空気自由にする」

東京スクランブル交差点出会ったとき、多少の曲解と異同はあれど、

都市自由さとはこのことか、と私は膝を打ったのである

スクランブル交差点自由度に魅了された私は、その後、スクランブル交差点でわざと最短距離で対角線移動せず、ゆらゆらと蛇行したり、思い切って、周りの歩行者に怪しまれぬ程度に交差点の中を四方八方に動き回ってオリジナル魔方陣を描き、さまざまな魔法怪物たちの召還空想をおおいに楽しんだ。

スクランブル交差点は、まさに東京という都市がもたらした偉大な到達点なのだ

それは人類に捧げられた自由象徴であり、大いなる灰色キャンバスである

さあ、都市の恵沢を受けし人々よ。

スクランブル交差点謳歌しよう。

2019-02-01

医学部に入ってしまった承認欲求リブ真面目系クズの末路

試験前、提出しなければならないレポート前になると、自分はどうしてこんなことをしているのか、別にこれが好きなわけでもないしこの道に憧れて選んだわけでもないのに、どうして自分はここにいるのだろうと、不安になって胸が締め付けられたかのように苦しくなる。

私は地方大学医学部に通っている。親戚に医者がいたというのもあって、周りから医者になることを期待されて育ってきた。私自身、生まれてこの方勉強するという行為嫌悪感はなかった。小学校の頃からそれなりに計算もできたし本も好きだったか文字を書く、漢字を読むことは苦ではなかった。学校には毎日通うものであり、授業は座って先生の話を聞いてノートを取るものだと思っていたし、ADHDありがちなその場の空気に合わせてじっとしていることができないといったこともなかった。周囲と比べてちょっと変だったところといえば、なんとなく特別学級や不登校いじめに興味があったことくらいだ。小学校中学校でのスクールカーストはやや低く、いわゆる足の速いサッカー部のいじりの標的にされることがあったが、学校に行けなくなるほど心身を病んだわけでもなかった。むしろ私は自分のことを""あっち側""の人間ではないと思っていた。私が通っていた学校には溜まり場が、今流行りの言葉で言えばコミュニティスペースが、比較的多くあり、ヤンキーの生息地、ガリ勉の生息地、オタクの生息地が距離感を保った状態存在していた。そして、""あっち側""の人間の居場所もあった。私には友達がいなかったが、校内で一番勉強ができるやつだと思われていたので、特定グループに恒常的に入っていなくても、どこの輪でもなんとなく話ができたし、あちこちに顔を出しては適当に楽しく遊んでいたように思う。

私が中学の頃に友人の一人に誘われて入った近所の公文塾は、学生の実力に合わせて進度を調整できるという触れ込みの塾だった。公文には他の学校の生徒が多くいて、プラスマイナス5〜6歳の生徒とも同じ場所勉強していた。曜日によって顔を合わせる面子が違えば雑談する内容も毎回違っていて、ある程度敬意を払いながら丁寧に接していれば年の差なんてほとんどないような関係でその輪に入ることができた。たまたま公文式の教材が自分の性分にあっていたのか、数学英語に関してかなり成績が伸び、中学の時点で高校センター試験レベルを楽々解けるくらいまで教材を進めて、県の進度上位者として表彰されるまでに至った。自分勉強ができるんだ、これが自分長所なんだと思い込んだ私は、学校だけでなく公文でも""勉強ができるヤツ""としてのポジションを獲得したことますます自分は""勉強ができるヤツ""として振る舞おうとしていた。

家でも、試験の成績が良ければ父母に褒められたし、親戚に会えば「お前は勉強ができるのか!じゃあ将来は医学部東大だな!」と言われていた。以前は漫画三昧ゲーム三昧だった子が公文に入るなりメキメキ勉強するようになったのだから、親としても嬉しかったのだろうし、私も自分にとっては苦でなくできることで褒められるというのはとても嬉しかったのも事実だ。

よくよく思い返してみれば、この頃から自分の行動は歪んできていたように感じる。数学英語も好きだったが、勉強したことで褒められるのはもっと好きだったのではないかと思う。

高校は自宅から通学1時間くらいのところにある普通科高校に通った。進学校といえば進学校なのだが、まぁ地方自称進学校なぞ大学受験レベルで言えばたかがしれている。開成とか灘とかと比べれば全然しょぼい。偏差値10〜20くらい違うんじゃないか高校理系クラスに進学すると、自分の好きな数学英語勉強の話やアニメ漫画の話ができる友達がわりかしできた。公文での積み重ねがあったかドロップアウトしがちな中学から高校への学習密度の変化にもついていけた。どうやら自分高校でも成績は一番ではないにしてもトップクラスだと感づくのに時間はかからなかった。当時好きだった人が生徒会に入ろうとしていると聞いて自分生徒会に入ってみたが、環境の変化からか全体的な体調が悪くなったのもあって一月かそこらですぐに辞めてしまった。通学で消耗してしまっていたので部活動をやる気にもなれず、事実上の帰宅部として放課後カラオケに行ったり理科室に入り浸ったり青チャートを解いたりシス単を周回するなどしてふわふわ過ごしていた。結局、自分の""勉強ができる""というアイデンティティを確保したいがために、勉強を最優先においていたのだと思う。学校先生勉強ができれば褒めるし親も勉強ができれば褒めてくれた。だけれど、本当に大事なのは自分が好きなこと、やりたいこと、魂をかけてでもそこに食い込みたいという世界を追求することだったのに。とりあえず勉強してれば褒められるという目先の報酬を獲得することに囚われていた。進路選択志望校選びも、親戚の「お前は医者になるんだよね?それが一番いいことなんだ」という圧を内面化していた節があって、近くの国立大学でいいかとろくに考えもせず、周りに流される形で今の大学医学部にした。いや、正確に言えば、東大京大を目指して勉強するのが面倒だったしわざわざ失敗する=浪人する可能性のあることをするのが怖かった。自分に向いている業種が見つからないのが怖かった。自分になんの才能もないことを突きつけられるのが怖かった。自分責任で何かを決めるのが怖かった。このまま担任の勧めや親の勧めに従っておけば、""失敗""することはないだろうと思っていたから、これが最善の賢い選択なのだと思い込んでいた。馬鹿らしい。一日や一週間やそこら勉強しなくたってどうってことないのに、受験勉強というフィールドしか見えてなかったし見ようとしてなかった。少しでも興味のある業界があるのならそっちに向かう努力をするなり調べればよかったのに、当時の私には褒められたいという気持ちを抑えることができなかった、だから現状の自分にできることで褒められる、受験勉強しかしようとしなかったのだと思う。人間というのは、できないことをやって失敗しながらちょっとずつ適応していくことでできることの範囲が拡大していくものだ。そもそもできることしかしない人間に成長はありえない。当時の賢こぶっていた私を殴り倒して張り倒してでも伝えたい。勉強以外のことで自我確立するべきだった。一般的に良いとされていることに身を投じてコミットしても、結局のところ消去法の選択自分が納得しないままではいずれ無理が来るのだ。そして今まさしく、易きに流された自分のツケを払わされているのだけれど。

程なくして現役で某大都会国公立大学合格した。大学に入れば私もここでいわゆる""青春""を送ることができるだろうと信じて軽音楽系のサークルに入ってみたが、持ち前の拗らせて肥大したプライドを守るのに必死体育会系人間関係適応できずに辞めてしまった。未成年飲酒なんてどこもやっていることだからアルハラ正当化され、先輩が飲めといえばありがとうございます感謝して飲まなければならなかった。音楽は好きだったけれど、サークルでの苦痛と引き換えに得られる人間的魅力、音楽活動での満足感があまりにも見合わないと感じた。音楽に熱中できていればもう少し違っていたのかもしれないが。文化系のゆるゆるサークルに入ってみたが、そこは自発的にモノを作り出して自分を充足させられる人間の集まりであって、他人から承認ベースで行動してきた私のような人間が突然生産性を高められるようになるわけではなかった。上の人間に面倒をみてもらうには人権邪魔をし、一人で生きていくには人間強度が足りなかった。現実での人間関係を構築できない者が流れ着く場所といえば古来よりインターネット相場が決まっている。必然的に私もインターネットに漂着した。twitterからまり様々なSNSを通じて学生学生以外の人間と多く出会った。オタクオフ会にも参加したし、""あっち側""の人間との交流会に出向いては世の中にレールから外れた人が想像以上に多くいることを強く実感し自分の見識の狭さを恥じた。コミュニティ転々とする上で国公立医学部生というソーシャルグッド切符は様々なコミュニティに出入りするのに大変便利で、どこに行っても可愛がられた。自分自身が何かを生み出せるわけではないのに、人間の世話をすることができるわけではないのに、ポテンシャル世間一般評価基準に褒められていた。働かなければ能力はつかないし、働いていない学生は虚無である。そんなこともわからずに(あるいはわかっていたがあえて意識せずに)流浪しているうちに、実力以上の評価自分に与えてしまっていた。俺はまだ本気出してないだけ、というフレーズを繰り返し自分に刷り込んでいた。私は何も価値を生み出していないし、ただただ親の仕送りで生かしていただいているだけなのに、どうして私はなんでもできると思い込んでしまったのだろう。自分意思努力して掴み取ってきたものなど何もないのに。私は医学に興味があるわけではない。医者になるといえば褒めてもらえた。勉強さえしていれば褒めてもらえた。今は褒めてくれる人がいない。だから勉強も何もする気が起きない。ただそれだけ。来週には授業でプレゼンしなきゃいけないし二週間後には試験も控えているが、どうすれば鬱屈した自分人生を変えられるのかばかり考えている。承認を求めること以外に熱中できることがなかった自分人生を変えられるわけなんてないのにね。目の前のやるべきことをやるのは、問題の先送りにすぎない。なぜならやるべきという判断根拠に逃げと諦めが生じているから。医学に身を捧げることへのインセンティブモチベーションもないのに、どうしてやるべきだと思っているのだろう。何もわからない、わからないんだ。どうしてこんな進むことも戻ることもできないところまでズルズル引きずって生きてしまったのだろう。今更医学部を辞めたところで解決する問題とも思えない。このまま医学部に在籍し続けて解決するとも思えない。なまじっか真面目であろうとしているから、授業やレポートサボることさえできない。解剖実習を抜け出して映画を観に行っただとかバーで酒を飲んできたと豪語する友人が羨ましいくらいだ。目の前の快楽を優先して楽しめるような人間でありたかった。勉強に対して全精力を費やして学ぶことで己を充たせる人間でありたかった。私はそのどちらでもなかった。そうだよ、私は誰が作ったのかわからないような真面目さの枠にアイデンティティを依っているだけのどこからどうみても無個性普通のありきたりな何もできない奴なんだよ。受験に身も心も滅ぼされてしまったのだと乾いた笑いで感情を誤魔化し責任自分の外に擦り続けて一生何もできないまま死んでいくのだろうな。そうやってこれからもずっと本当の過ちから目を背けて表面的な言い訳をつらつら述べて同じ苦しみを繰り返していくんだ。永久に同じ場所をあっち行ってこっち行って往復してるお前の人生振り子みたいでチョーうけるんですけど。

死にたいと思ったことは何度でもあった。しかし死んだ方がマシほどの苦しみを抱えているわけではなかった。死ぬ覚悟があったらこんなしょうもない悩み抱えてねーわ。

私ってどうしたらいいんですか?あなたのワンクリックで救ってくれませんか?輪廻転生してやりなおすことってできませんか?目の前の勉強淡々とやった先に程よい未来が待っているんですか?医者になったら幸せになれるんですか?今すぐ私の気持ちを楽にしてくれませんか?私の何が悪かったんですか?私ってやっぱりつまらないんですか?私に友達ができないのは私のせいですか?こんな真面目系(笑)クズを産んで育てた母親が悪いんですか?いっそ私に病名をつけてくれませんか?此の期に及んで私は自分が悪かった愚かだった間抜けだったと認めたくないんですか?これまで私のことを評価してくれた大人の皆さんに申し訳がないと思わないんですか?何事かを成す為に今すぐ地道に努力するしかない草むしりをするしかないのなら私は何をやればいいんですか?あれ、私の好きなことって一体何だったのですか?私について誰か知りませんか?

誰か...。

2019-01-30

自分語りSTAYGOLD歌詞の話

タイトルにもある通り自分語りメインになるので、嫌いな人はブラウザバックしてね。

具体的には独自解釈したSTAYGOLD歌詞背中を押されたっていう話をするよ。

ナナシスSTAYGOLDっていう曲あるよね、武道館ラストも飾った777☆Sを代表する曲のひとつだと思ってます

歌詞はサビでも何回も出てくる「夢」について歌ってるんだよね多分。

さよならした地図」「かすれてしぼんでた想い」「空」あたりも夢の比喩なのかな。

そこで1つだけ気になる歌詞があって、「かっこ悪いのが本当の君だよって この空が教えてくれたね」ってところ。

「かっこ悪いのが本当の君だよ」ってとこ、考えようによっては中々キツイ言い方じゃない?

「かっこ悪い」の解釈を色々考えてみたら、

・夢に向かって全力になって空回りすること → 失敗(空回り)はかっこ悪く感じるかもだけど、そのかっこ悪さはかっこいいと思う

・周りが現実を見る中、夢を追い続けること → これが割としっくりくる、実際この解釈が一番共感してくれる人多そう

この2つ目の解釈でいいじゃんって思うけど、そしたらこ記事わっちうから、こっから自分語らせて。


みなさんは「夢」ってありますか?

自分は割と冷めた人間から結婚して、子供つくって、今の自分と同じくらいの暮らしをさせてあげれればいいや」くらいの感覚でなんとなく生きてるんですよね。

大学受験も「親と同じとこ行けば、同じような感じに生きられるでしょ」って適当に選んだんです。

でも、大学卒業が近づいた今、なんのために生きるんだろうって思い始めまして、

「夢」がない、何を目標自分は生きているんだろうって。周りの人らは形は違えど楽しそうに夢を語ってて。

自分はなんとなくで選んだ学部で、なんとなく卒業してなんとなく就職して働いて生きていく。夢はないんかなって。

そういうときに「結婚して、子供つくって、今の自分と同じくらいの暮らしをさせてあげる」、これが人生目標自分「夢」なんじゃないかって思ったんですよ。

ずいぶん夢のない現実的な夢だなって自分でも思うんですけど、そう思ったときSTAYGOLD歌詞を思い浮かべまして、

夢はかっこよくなくてもいいのかなって。

私の目標を「普通暮らし」という人がいるかもしれないけど、それを達成するために頑張って生きてる。

そんな普通のことを目標にして生きていくのか、って思うと辛くなるけど、

その目標「夢」って思うことが出来たら、少しは頑張れそうだなって思います


まとめると、

他人から見たら夢でも何でもないような小さなこと、それを夢というのはかっこ悪いかもしれない。

でもそれでも夢であって、かっこ悪くその夢のために頑張ってるのは悪くないんじゃないか

STAYGOLD歌詞を見て、そう思うことが出来て、そう思えたら少し人生を良く生きられそうな気がしました。

長くなっちゃったけど、STAYGOLDのあの歌詞について思ったこと書きました。

「んな解釈あるかボケ」って思う人いたらごめんね。

でもそんなかっこ悪い夢を目指して頑張って生きてみようかと思います

2019-01-28

日本人全体の不勉強反省せずにマスコミだけを批判してもしょうがないと思う

マスコミが愚かなインタビューを続けるのはそういうのを望んでいる視聴者いるからだ。要するに日本人バカなのが問題なのだ

日本大学生が一部のトップ層を除いてまったく勉強しないのは有名な話だ(卒業簡単という問題もある)。大学受験が終われば勉強することをやめて遊び放題。恋愛飲み会サークル、ヤリサー、アニメ漫画ラノベゲームネトゲソシャゲパチンコ風俗……。これが日本現実テレビCM日本民度をよく表しているといえるだろう。

本来大学入学後の高等教育いか自分を高めるかが重要であるのに日本人大学入学試験を通過すると学習をやめてしまう。高等教育で得られるはずの教養をないがしろにし頭はずっと大学受験のままだ。暗記でどうとでもなる簡単入学試験が頭の良し悪しを測る尺度になってしまっている。これは日本人全体の問題だ。真の意味での「知」を軽侮し、雑学クイズに明るいことこそが褒められる。日本はそんなレベルだ。大学入学率が50%程度あっても日本人はずっと雑学クイズから抜け出せず愚かなままなのだ

視聴者である日本人バカから日本マスコミバカ向けに報道する。もしバカ向けでない番組制作をすれば視聴率が取れない。商業主義マスコミ商業主義を裏切るほどにはバカではないから、バカ向け制作をやめないだろう。

マスコミを変えるには日本人自身が変わらなくてはならない。

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