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2018-10-16

anond:20181016005826

大学受験数学は暗記科目なので典型問題の解き方を覚えて対処するものです

そっち側なんてものはなくどこかで見たような問題を同じパターンで処理するだけです

あとは間違えずに最後まで間違えず計算(式変形・数値計算)していくそれだけの科目です

数学ができるようにならない

どうしたら「そっち側」に行けるんだろう

大学受験疲れた高校生です

もう今年は無理かなと諦めかけてる

2018-10-14

[][] (仮題)第3話

(執筆途中の作品であり、今後内容を変更する予定です)

高田

雙葉学園は、フランスサンモール修道会の会員が1875年に設立した築地語学校を祖とする、私立学校法人である

雙葉学園はその長い伝統において、「徳においては純真に、義務においては堅実に」という校訓のもと、幼稚園から高等学校にわたる一貫したカトリック教育を行ってきたが、雙葉女学院大学設立により、さらに4年間の大学過程をふくむ一貫教育が行われることになった。

というのも、雙葉中学校・高等学校は、東京大学をはじめとするいわゆる旧帝国大学や、慶應義塾大学などの難関私立大学合格者を多数輩出し、全国有数の進学校と呼ばれるようになっていたが、多数の生徒父兄が、単なる学力の追及ではなく、カトリック教育さらなる徹底を望んでいたこと、卒業生の多くがカトリックの信仰を保持していない現実を嘆くサンモール修道会の強い推薦により、2002年に大学過程を行う教育機関の設立が決議されたのである。その後、文部科学省の認可を受け、雙葉高等女学校設立からちょうど100年となる2009年、開校に至った。

私が雙葉高校卒業したとき、もしこの大学があったら、このエスカレーターに乗っていだろうか。キーボードを叩く手が止まり、ふと自分過去を反芻した。

中学受験成功し、晴れて雙葉の門を潜ることはできたものの、入学後は成績が低迷し、人生の目的も見出せないまま、あるいは、先生がたがおっしゃっていた、神に与えられた使命を感じることもなく、特に受験勉強もせずになんとなく大学受験をした私は、願書を出した中で最も無名な、平凡な私立大学に行くこととなった。

パッとしない4年間の大学生活の間、やはり人生に意義を見出せず、大学卒業後は、飲食店塾講師などのアルバイト転々としたのち、25歳で、あるカリスマ英語学者執筆アシスタントとして雇われることになった。

受験生向けから社会人のやり直し英語のための参考書まで、様々な英語関連書籍を多数執筆し、そのほとんどすべてがベストセラー、2005年から教育テレビでレギュラー番組放送されている、クリストファー・トンプソン、その人である

誰もが認めるカリスマ英語学者アシスタントベストセラー約束された数々の出版物編集作業。やっと使命が見つかったかに思えた。

が、それもつかの間のことだった。

最初の数ヶ月で気づいたことは、クリス・トンプソン執筆作業ほとんど全てを、彼の『アシスタント』に任せているということだった。それでも、はじめのうちは、英語学者である彼の理論専門家でない一般大衆向けに落とし込むのに、アシスタントが最大限の貢献をしているのだろうと好意的に考えていた。

働き始めて半年が経った頃、主力の『アシスタント』が結婚出産を機に退職することになり、私がその立場を引き継がなければならないとなったとき彼女から真相が告げられた。カリスマ英語学者クリス・トンプソンは、自分ではなんの理論も持っておらず、彼の博士号はディプロマミルから得られたもので、彼のアイデアと言われるものはすべて、彼女作品だったのだ。

『徳においては純真に。』私は、彼が世間を欺き続けるのを手助けすることはできなかった。

代わりの職を求めた私はその後、27歳にして都内にある無名私立高校英語教師として採用された。

須藤智くんとの出会いは、私がその学校で働き始めて3年目のことだった。

高校といえば雙葉高校しか知らなかった私は、おそらく世間では平均的であろう、学習意欲のない生徒たちを前に、教師として戸惑っていた。そんなとき入学してきた須藤くんは、『教え子』と——おこがましいが——呼びたくなるような、優秀で向上心の高い、私の初めての生徒だった。

彼はすべての科目の定期試験で満点を取り、全国模試では偏差値が80を超えていたので、瞬く間に教職員あいだで評判になった。

彼の非凡な才能は、主に自然科学理解に向けられているようであったが、彼の言語に対する洞察も、単に受験勉強ができるというレベルを超えているように思われた。

それは、彼が二年次に進級し、私の授業を受けることがなくなった新学期のことである。珍しく残業もなく、夕方6時に山手線新大久保駅で帰りの電車を待っていた私の元に、彼が歩み寄ってきた。

自然言語構成する元素を見つけました」

突然そう告げた彼は、意表を突かれてうろたえる私の返事を待つことなく、ノートを広げ、彼の発見説明し始めた。

私は彼の理論を即座に理解することができた。なぜなら、中性子陽子原子核電子といった、化学アナロジーを用いているものの、それらの用語を適宜『主要部、内項、外項、句、付加部』という言語学の用語に置き換えれば、それは現代言語学の父、ノーム・チョムスキーが1970年に発表した、エックスバー理論のものだったかである

彼はきっとエックスバー理論をどこかで読んだのだろう、そしてそれを、自分の慣れ親しんでいる化学アナロジー理解したのだろう、と私は考えた。

しかし、彼は、これは紛れもなく自分でたどり着いた理論で、とっかかりになったのは、クリス・トンプソンの『60億人の英文法』にある「日本人名詞が主でそれに冠詞がくっつくと考えがちだが、冠詞がまずあって、そこに名詞がくっつくというのがネイティブ感覚だ。」という記述だと言う。

ともかく、私は彼の話を信じた。そして、彼が自分発見を教えてくれたお返しに、私も自分の『発見』を彼に打ち明けた。こうして彼は、クリス・トンプソン秘密を知る、部外者第一号となるのであった。

秘密を共有した私たちは、ときどきメールを交換する仲になった。話題は主に、言語学。彼は初め、原子力工学の話をしたがったが、私がついていけないということに気づくと、言語学を中心に、私が理解できる話題を選んでしてくれるようになったのだ。これは私にとって、10年遅れて訪れた青春の一ページだったが、彼にとってはたぶん、相手先生から、気を使って付き合ってくれていただけだったのかもしれない。

私は一度、言語学の道に進みたくはないか、と彼に尋ねたことがある。彼がチョムスキーほどの天才かどうかはともかく、才能があることは間違いない。しかし、彼は原子力工学をやるといって譲らず、ワシントンにあるベルビュー工科大学を単願し、同校に進んだ。なぜマサチューセッツ工科大学や、スタンフォード大学を目指さなかったのだろう、あるいは、ワシントンならなぜ同州トップワシントン大学に行かなかったのだろう、願書くらい出しておけばよかったのに、と当時も思ったが、きっと彼なりの理由があったのだろう。

メールのやり取りは彼が高校卒業した後もしばらく続いたが、彼が希望通りベルビュー工科大学に進学すると、須藤智という天才を失ってただの無名私立高校に戻ったその場所で、張り合いのない授業を続ける私が、なんだか取り残されたように思えて、劣等感からメールを送るのが億劫になって、やめてしまった。

須藤くんとのメールをやめた私は、高校教師仕事もやめた。また人生に迷ってしまったと思った私は、以前のように求人情報をチェックしたり、履歴書作成したりする気もなくなって、目白アパートに引きこもった。

そんな張り合いのない生活を続けるうち、あるとき新聞広告欄に、雙葉学園が、大学新設にあたり職員を求めているという求人情報が載っているのが目に留まった。行き場を失った私は、まるで蜂が巣に戻るように、こうして古巣に戻ることになった。

はいま、雙葉女学院大学国際交流課で、4年ぶりに須藤くんへのメールを書いている。雙葉女学院日本大学として初めて、ツー・プラス・ツーのダブル・ディグリー協定海外大と結ぶことになったのだが、なんの因果か、その協定第一号が、ベルビュー工科大学だったのである。そして、私が留学カウンセリング担当した学生が、第1期生として派遣されることになったのだ。

彼女聡明女性だが、単独海外に行った経験はないと言う。現地に信頼できる知人がいれば、少しくらい世話を焼いてもらってもばちは当たらないだろう。

嫌いな字書きを二年間監視した末のポエム

 二年間監視していた女性同人作家がいる。

 私は彼女が嫌いだったけれど、彼女は私が好きなようだった。リプライで、コメントで、DMで、何度も好きだと伝えられた。彼女が私のファン自称していたのは、そのジャンルでそのカップリングを書く作家が、当時はまだ少なかったからだ。

 デリケートジャンルだった訳で、そこに関しては多くは語りたくないけれど、彼女の事だけは、声だかに話したい。誰でも良いから、私が彼女に抱いた巨大な感情を知って欲しい。この感情は少なくとも嫉妬じゃない。私は、彼女を手酷く馬鹿にしたいだけ。でも、私以外の人が彼女馬鹿にするのは、凄くいや。誰にも共感できないと思うし、共感して欲しくない。この憎悪は私だけが背負って生きていきたい。

 まず、私の事。

 私は、そのジャンルの、そのカップリング(以降ABと書く)で活動する同人作家の中で、私はなかなか優れていると思っていた。ブックマークの数も、評価の数も、フォロワーの数も、私が一番多かった。そのくせ、私は誰一人フォローせず、誰のどんな作品ブックマークしなかった。私が何に影響され、普段どんな生活を送り、どのような感情創作活動をしているのか、あまり知られたくなかった。マシーンのように、不定期に、キャプションも空欄のままの作品を、そっと投稿する。すぐに私の作品大勢から評価される。それが何より気持ちよかった。私はABの界隈では「人気者」だった。いかにもオタク染みていて、私が大嫌いな賞賛の一つでもある、「神」という呼び名で崇められ、不特定多数から崇敬された。

 次に、彼女の事。

 私がこのジャンルで最も優れている、というおごりは、ABで活動し始めて一年ほど経ってから、徐々に揺らぎ始めた。とても恐ろしい経験だった。十年以上前に、このジャンル活動していて、一時期は離れていたが、私の作品を読んで影響され、またABの創作活動を始めたと、そう語る人物が現れた。それが「彼女」だった。

 彼女の方から、私に丁寧なメッセージを送り、それから、私のツイッターアカウントフォローしてきた。彼女は私より十歳ほど年上で、理知的で、社交的な、そういう普通女性だった。初め、彼女は私の信者の一人に過ぎなかった。しかし、次第に、私は彼女存在を恐れるようになった。自分でも気付かない内に、彼女作品、もしくは彼女自身に、背後からにじり寄られ、両の手のひらで、首を絞められるような錯覚に陥った。

 何故なら彼女は、私よりも、私が愛する二人に関する知識が深かったからだ。上辺だけじゃない、もっと奥のところ、つまり関係性の考察が私よりもずっと優れていた。それは私に大きな不安感を与えた。初めて、他人の事を脅威だと感じた。彼女作品は、正直、拙かったけれど、どこか惹かれるものがあった。少し多すぎる改行の隙間、句読点の少ない文章の終わり、生き生きとした、人物の躍動を感じた。描写はとにかく簡素で、今二人はどこにいて、どんな体制で、何をしているのか、さっぱり分からなかったけれど、矯正前の乱れた歯並び、にきび跡の残る頬、デビュー当時の乱暴な喋り方といった、妙なリアリティ、そういうものが光っていた。それは誰もがわざわざ書きたがらない部分であったし、あえて言うなら余計な部分であった。それなのに、彼女はそれを描いた。荒削りなのに、かえってくっきりと形作られ、私の脳味噌の裏っ側にこびり付いた。私はそれが悔しかった。

 彼女は、十年以上前の二人の関係性を知っていて、しかし言ってしまえばただそれだけの事で、知識量の差はあれど、現在の二人の関係考察し、創作するのなら、大した問題では無い。と、私は自身に向かって必死にそう言い聞かせていた。

 この頃から、私は彼女の行動を毎日監視し始めた。彼女は、ABの他にも、様々な物に手を伸ばしていた。ツイッターでは、鍵を掛けたアカウントで、女性アイドルスポーツ選手可愛い可愛いと褒めそやし、片手間に自カプの作品投稿していた。そして週末には贔屓の選手応援する為に、何度も何度も海外へ行っていた。タイオーストラリア中国韓国イギリスネパール。いつ働いているのか、いつ眠っているのか、ついに最後まで何も分からない人だったけれど、金も暇も学もある人だった。

 しかし、彼女の一番嫌いな所はそこではない。彼女はよく、フォロワー食事をしていた。対面の席に、人の手が写り込んでいる、カフェ居酒屋写真が、画像欄の大半を占めていた。そのようなツイート投稿される度に、私は嫉妬で狂うようになった。スマートフォンを放り投げて、かんしゃくを起こしそうになるのを、グッとこらえて、そのツイートを見て見ぬ振りをした。泣きそうになった。

 彼女の事を一番知っているのは私だと思っていたし、彼女は私の事が一番好きなのだと、そう思い込んでいた。それは私の勝手妄想だったけど。でも、あの時は本気でそう思い込んでいた。でもそうじゃなかった。私は彼女の一番ではなかったようだった。

 私は彼女とだけ、よくリプライを送り合っていた。他のフォロワーには素っ気ない返信ばかりして、見向きもしなかったけれど、彼女にだけは、何度か読み直した返信を、少し緊張しながら送っていた。私は所詮、ここ数年のABしか知らない女だったから、彼女に落胆される事だけは、絶対に避けなければならなかった。

 手放しに認めて欲しかったのだと思う。数百人から匿名評価より、ちっぽけな彼女からの、ちっぽけな一人分の評価が、喉から手が出るほど欲しかった。私は彼女が大嫌いだったし、懐かれるのはうざったらしかったけれど、嫌われるのはもっと嫌だった。彼女作品に対して「好き」とはただの一度も伝えなかったけれど、私の作品彼女がつまらないと感じるのは、絶対に嫌だった。

 結局、そのジャンルの、ABとはこれっぽっちも無関係な部分が、とてもじゃないけど見ていられなくなって、私は呆気なくABから離れた。移動先のカップリングは、ABとは何もかもが違う。そのソシャゲジャンルでは、以前よりも作品への評価が恐ろしく低い。ブックマークフォロワー数もなかなか増えない。伸び悩む閲覧数を見て、ある種の諦観を抱いている。今までの経験から、このカップリングは、長くて一年だな、と見当を付けている。ゲーム内のイベントで高い順位を取るよりも、定期考査の結果で十位以内に入りたい。私は今年大学受験を控えている。

 もし、彼女がこれを読んだとしても、まさか「あの」人物だとは、考えもしないだろう。ね、そうでしょ。アラサーだと自虐気味にツイートしていた彼女が、浅ましい十代の私に対して抱いた感情の全てを、いっそ知り尽くしてみたい。きっと私は、顔も知らない、十も年上の彼女に、言いようのない羨望を抱いていた。唯一勝っていると思っていた小説だって、心のどこかで、彼女には劣ると感じていた。

 ふとした時、彼女に会いたい、と思う。

 彼女の住む都内マンション天井に、直径一センチにも満たない、ちいちゃな穴を開けて、屋根裏の暗がりから、そっと生活を覗いてみたい。ノーメイクのその顔を一目見てみたいと思う。間の抜けた声を聞いてみたいと思う。彼女馬鹿にしてみたい。何でもいいから、私より劣っている部分を探して、なんだ、この程度の人か、と落胆したい気分になる。

 私が、日々の中、ふと彼女の事を思い出すように、彼女も私の事を思い出す時は、あるのだろうか。大嫌いな人だけど、どこか虚しい。悲しくはないけれど、一向に清々しい気持ちにもならない。プールサイドに落ちたまま、拾われない、錆びたヘアピンのような、惨めな気分。

 あの人が綴った言葉も、あの人自身存在も、私の脳味噌の裏っ側に、まだベットリとどす黒くこびり付いている。

社会人になってから勉強する気になれない

会社から資格勉強をするよう促されている。

かると報奨金が貰え、それが賞与出世に影響することは重々承知しているが…びっくりするくらいやる気が出ない!教材も会社が揃えてくれたものが手元にあるのに。

で、今までの人生勉強方法を振り返ってみた。

中学受験期…進学塾に小3から通い、家ではほとんど母親がつきっきりで勉強。正直、私立中学に魅力を感じず全くやる気が出ない時間を過ごしてた。塾が嫌で、放課後友達野球がしたかった。

高校受験期…そんなこんなで地元公立へ。中1〜ずっと中学受験期に行ってた塾へまた通う。英語がめちゃくちゃ好きだと気付いてから異常にやる気が出た。塾の自習室に入り浸って勉強してた。学校は完全に友達と遊ぶ場所で、勉強は塾でするものだとして分けていた。第1志望に無事合格

大学受験期…高1で初めて(久しぶりに?)塾へ行かない期間を経験する。とにかく遊んだ。高2から予備校へ通いだした。大学付属校だったけど、できればもう少し家から近い場所大学にしたくて予備校へ。しかしながら高3で病気になり急遽手術。浪人が嫌だったし、両親はそのまま付属大学へ行って欲しいと言うので内部進学。

大学時代…1〜2年は課題に追われていたけど3年から単位を落とした事もないので授業数が減り茫漠と遊びながら過ごしていた。就活やばいなぁ。やりたくないなぁ。と思いながら就活期に。良い会社(ブラックじゃないという意味で)に入れたと思うけど向上心ゼロ。びっくりするくらいゼロ

思い返したら高校受験期くらいしか勉強が楽しくなかった。あと単純に教育に対して両親から投資されてたから、今の環境だとどうも「投資されてるから頑張んなきゃ」も起こらない。会社資格勉強が興味ないかモチベも上がらない。競争心もほとんどない。給料も、新入社員からまぁこんなもんかーくらいの額で満足してるし、なぁ。

似たような容姿で集まる時代なのか

高校というクラスを思い出すと何だかんだ多様性というのは保たれていた気がする。

いや、そんなことは無かった。

自分は最終的に私立文系クラスにいたがウェイな人間ばかりがいるクラス孤独だった。

ただ、その前は似たようなアニメ趣味やらインナー系の人間が沢山いるクラス何だかんだ居てよかったと思ったものだった。

それでも、中学のころよりも高校の時のほうが分断が激しかった気がする。

ある程度の容姿学力というもの差異が開き、もはや埋めがたい格差となっているのだ。

そのあと自分大学受験で散々な目に遭い、低偏差値大学に進学するのだった。

そこではもっとからさまで、人間容姿で分裂している。

似たような容姿で皆が集っているのだ。

そして、ただただ享楽を得ようとする。

正しく、これは「分断」というものだろう。もはや、どこか交わる気配などないのだ。

精々、就職活動えぐい闘争を繰り広げるだけである

思い返せば、中学の時というのは何だかんだ差異がないから分断がなかった。

割と誰でも居てもいい雰囲気だった。

思えば容姿の差が少なかったからだろう。

最近卒論相談先生とした。

もう、国民国家のもとで皆で国民なんて言える時代じゃないよなという話になった。

そうなるともっと小さい単位 民族容姿で集うことになると。

それがエグい分断になる。

ただ、その間にも経済格差は広がる。貧しい者が集って格差是正を目指さなければいけないのに、容姿やらで無慈悲な分断でどうにもない。

酷い時代である

2018-10-09

泣いてしまう話と受験期の辛かった話

自分の将来の話を学校先生にすると別に相手の事が苦手という訳でもないのに、何故か苦しくなってきて泣いてしまうんですよね

急に泣き出してもキモいし、先生も話聞いてるだけなのにこっちが泣き始めたらびっくりするだろうし、出来るだけ涙声でもがんばって一言二言程度で会話するようにはするんですけど、自分の悩みとかを簡潔に纏められないし苦しくて頭回らないし結局グダグダ喋って泣き出しちゃうんです。

なんか世界がめちゃくちゃ速く動いてるように感じて、先生は「うん、うん」ってこっちの話を聞いてくれているだけだから、ずっと私のターンで「どうしよう!早く言わなきゃ!待たせてる!」とは思うんですけどなかなかうまく喋れない。苦痛だったな。

大学受験とき「おい泣くなよ、お前は努力もしてるし大丈夫だよ。」と担任に言われて、「いや、別にあの学校受験することに対して不安がある訳じゃないし、訳わかんないけど泣いてるだけなんです。」とずっと思ってた、

なんとなく「受験期でナーバスになってる」って思われるのも嫌だったんですよね

いやでも何もないのに泣いてるの本当意味わからんキモい

本当に理由はないんです、ただ先生と将来の話をしていると泣いてしまう。高校受験の時もそうだった。

泣き出してしまうのが嫌で、真面目な面談の場以外だったら先生受験の話振られても適当冗談で返したり、他の子の話にすり替えたりしてかわしてたから、きっと「こいつは何も考えてないんだろうな」って勘違いされてたかもしれない

それも嫌だけど、醜態晒すよりはマシなので何も考えてないバカを貫いていた。

悩んでることも相談したいことも色々あったんですけどね

私の家はクラスメートのみんなの家よりお金が無かったみたいで、県外の大学とか私大とかは受験させてもらえなかったんですよ、行きたい大学は県外の私大だったんですけど

クラスのみんなの有名私大合否うんぬんの話を聞くのが苦痛だった。それにいちいち反応する友達(「あの子、推薦でMARCH合格だって!私も頑張ろう」など言ってた)も嫌だった、お前は好きな学校受験させてもらえていいねしか思えなかった

自分で言うのもあれだけど、私はクラス内での成績は結構良い方だったから、自分よりバカクラスメートが有名私大に受かったっていう話にめちゃくちゃコンプレックスを刺激された。

バカの癖に、私の方が勉強できるのに、履歴書に乗る来歴で負けるのが悔しかった

っていう話を友達にしてみたら、まあお金のことはしょうがないよね。とか 私の家もお金ないよ!とか言われた

後者は本当にタチが悪い。

お金ないなら一緒に私のところ受験してみようよ!というと、「いや、行きたい学部ないし」とか言って

いやいやこっちだって本当に行きたいと思ってる学部ないし、関連した分野を学べそうだから妥協してるだけないのに、結局選ぶ自由があるんだなお前は、だったら共感なんかしてほしくないわ

お金ないと言ってきた友達も私より頭悪かったけど、私の大学より偏差値高い有名私大に行って、下宿して、普通に大学生してるし遊んでるし、さらには最近になってようやくバイトを始めたようで、なんかなーと思いました未だにコンプレックス

親の金で塾まで通わせてもらってた癖に、学校では居眠り君とか本気で無理だったな、

お金ないと先生に泣きながら相談してみれば、色んなとこからお金借りればいいよと言われ、

奨学金も借りて、さら借金なんてあまりに非現実的では?って感じでした。「奨学金破産」なんて言葉もあるくらいなのに、本気で言ってたのかな?

家だと勉強に集中できなかったから授業がなくても学校に通ってたんですけど

私の高校ほとんどの人が私大に進学してたので、特別理由もなければわざわざ自由登校日に学校には来ないんですよ、

一人ぼっち教室で、休憩がてらクラスメートのインスタみて、受験おわった!今日ディズニー!平日だから空いてる!とかみて、私もお金があって私大のみの受験だったら今頃遊んでたのかなシクシクメソメソ

受験期のありとあらゆるもの苦痛だった。

別に今の学校が嫌という訳じゃないんだけど、この人の話を聞けて良かったと思える講義もあるし、家庭環境ちょっと似ている友達もできて、初めて嫌味なくこんな話もできたのは良かったと思っている

それでも時々高校友達から大学の話をされると嫌なことを思い出してしまって今でも辛くなる

受験諸君へ、受験は金!生まれてくる家が重要

2018-10-08

推し宗教に仕立て上げた話

推しが神ってよく言うけどね、私にとっちゃ推しマジで宗教なんです。人生を生きる道しるべなんです。私の辿った道は絶対よいこはマネしない方がいいやつだから自戒もこめてここで一つ纏めてるんですけどね。脈絡もないか絶対すごい分かりづらいし、めっちゃ重いけど、こんな人間もいるんだ、程度に流し見しといて。

まり小学生の頃。

小さい頃から親の転勤がさかんで、引っ越しばかりではあったけど、とうとう海外転勤になった。言語が通じなくて、文化生活習慣も違くて、それでも勉強はしなくちゃいけないし、友達はつくらなきゃいけないし、死ぬほど頑張った。そもそもそれまでは幼かった私は日本で一生過ごすもんだと思ってたから、何の心の準備も無かったし、本当に地獄だった。その頃のことが実をいうとあんまりよく思い出せない。思い出せるほど何か考えてなかったからだ。毎日毎日必死勉強して、それでだましだまし、何とか現地の子と同レベルになった私は、本当にあの頃よく頑張ったなと思う。もしも日本に残れていたら、の事を考えるたびに泣いていたから、そのうち考えないようになった。

そんな時に、アニメにドはまりした。

それまでは特にアニメ漫画に興味があるわけでなかったけど、小説は好きで図書室に一生籠もりたいと考えていたくらいだったので素質はあったんだと思う。

おおげさだと思うかもしれないけど、あんまりいきなりの事だったから、引っ越しても、現地の学校に通っても、友達を作っても、始終私には現実味が無かった。本当に、何だか悪い夢を見ているような毎日で、だからまり思い出が無いのかもしれない。そんな私にとって、パソコンを開ければスクリーンの向こうにいつでも広がる日本語のアニメ漫画は、唯一現実繋ぎ止めてくれる依代みたいな物だった。んな大げさな、って思うでしょ。実際に体験してみ、私があそこで心折れなかったのはひとえに推しと優しい家族のお陰だから。あそこで生きることを放棄しなくてよかったよほんとに。推しに会えたからね。

そんなこんなだから推しにどっぷり。腐り始めたのもネット違法アップロードされてた同人誌をみちゃったのがきっかけ。ごめんなさい、今はもうそんなことしません。推しお金貢ぐのがいいんだよね。話それたけど、とにかく検索能力を駆使してサイトを駆け巡った。全然未成年だけど十八禁の小説も読みまくった。本当にごめん。結局サイトのどこかに隠されたパスワードを見つけられなかったこともしょっちゅうあったわ。その頃から特定作家さんの存在認識して、「同人作家」という概念も覚えた。最近ツイッター等で作品投稿する作家さんが多くて、「その作品を作ってるのはロボットじゃなくて一人の人間だという認識がしにくい」なんて言われてるけど、サイト時代も割とそういうの難しかったと思ってる。似たようなサイト毎日、毎週、毎月ひたすら検索かけて飛び回っていたから。

私の場合は、綺麗なデザインホームページで、特徴的な絵柄で、日常的なお絵かきログ以外にも「何これ欲しい」って思えるようなハイクオリティ同人誌サンプル等を綺麗に纏めて陳列してくれる作家さんがいて初めて、「このサイトを作ってくれてる、こんな推し作品を作ってくれる特定人間がいる」って認識できた。

支部存在を知ったときも、正直「何だこれ胡散臭いな」って思った。皆そんなこと無かった?私はそんなことあったか支部存在を知ってから登録するまで半年かかった。でも前述した綺麗なホームページ作家さんが支部を使ってて、サイトで見たのと同じ同人誌サンプルが上がってて、初めて支部はまともな交流フォーラムなんだって認識できた。今まで見てきた沢山のサイト支部が初めて繋がった感じ。その作家さんとは今は推しカプもジャンルも違うけどずっとフォローしてる。推しカプとは関係ない、推し作家なんだよ。本当にありがとう、つらい日々に貴女の綺麗な水彩絵や、幸せそうに体を寄せ合って笑う推しを見てると、それだけで救われた。生きていけると思った。

支部は本当に神だったね。推しが、色んな人の推しが、簡単に手に入る。神っつーかドラッグだったわ。ほらよくあるじゃん、神と交信する為にドラッグ使ってトランス状態に陥るやつ。私にとっては完全にあれだったわ。支部を通して推し交信してた。

最初年齢制限とか全然分かんなかったから単純に十八禁作品アップロードできないのかと思って、「支部はいいけど十八禁の作品無いのが難点だよね~~~」とか思ってた。ある日とあるシリーズものの中に不自然に一話かけているのに気づくまでは。皆、シリーズ物の中に十八禁の作品がある時は、キャプションにその作品リンクを貼っちゃだめだよ。私みたいな、支部管理下に置かれていた駄目な未成年年齢制限に気づいて誕生日を変えに行っちゃうからマジで本当にごめんなさい。懺悔懺悔推し懺悔

あと、小さい頃からパソコンネット環境は惜しみなく提供してくれた親に感謝

新しい学校では言語スキルの上達もあって、もう少し親しい友達が出来た。日本に比べてオープンオタクや腐文化には優しいところだったから割とオープンにいけた。某巨人ブームも良くなかったよね、今までアニメなんかドラえもんくらいしか見た事なかった学級委員長が一夜にして腐るとは誰も思わないじゃないか。あのブームは本当にやばかった。もう、何か、やばかった。察してくれ。

でも成績は下がった。みるみる内に下がった。もともとだましだましやってきたもので、周りの子は塾に通ったり、来年の内容まで予習してるのに、私はその日その日を食いつなぐのに精いっぱいだったから、まあ普通に考えてそう簡単に差が埋まる訳ないんだ。新しい学校は優秀で頭のいい子が多かったし。私は焦ったけど、焦れば焦るほど悪化していく気さえした。あの頃が一番鬱だったかもしれない。中二病だったし。どんどん、自分が生きる意味存在価値が分からなくなって、とにかく死にたいと思った。もともと勉強は得意な方で、読書が一番の趣味みたいな子だったから、海外引っ越してそのどちらも取り上げられてしって、更に悩みを共有したり一緒に遊んだりする友達もいなくなると、存在価値が本当に揺らぐんだ。ついでに言うと、私の夢は言語に、もっと言うと日本語に関わる物だったから、母国語義務教育を受けきれなかった私にとって、希望に満ちた夢は一瞬で絶望になった。日に日に日本語に変なアクセントがかかるのが分かって、辛かった。(大事な事(日本語)は全部二次創作に教わった。支部駐屯する野生のプロ先生方、本当にありがとうございましたあなた達に救われた人間は、確かにます)思い描いていた輝かしい理想に私はきっといない。もっと何か、別の道を探さなきゃいけない。でもどうして?その道を進みたい訳ではないのに?私にはどうしようもなかった理不尽に進みたかった道を閉ざされたのに?私の生きる意味って何だろう、どうして私こんなところにいるんだろう。私はここで一体何をしてるの?私がここにいる意味とは??

がむしゃらな努力は報われない。方向がちがけりゃどんなに頑張っても目標には届かないからね。その日その日を生きてきた私には、目標努力意味も分からなくて、次第に疲れて、やる気をなくした。ふさぎこむようになって、私のこと心配する家族とも喋りたくなくなった。反抗期だったしね。とにかく放っておいてほしかったし、何も考えたくなかった。

比例するように、推しへの依存は強まっていった。毎日推しカプの小説を読んだ。それが無いと落ち着かなかったし、不安だった。息をするように支部ログインして、慣れた手つきで推しカプの検索をして、新しい作品が無いかチェックして、無ければ過去作品を繰り返し繰り返し読んだ。推しを見ている間は自分ことなんて忘れられたし、何も他の事は考えなくて良くて、ただ推しのことを考えていられたから、本当に幸せだった。要するに推しを使って現実逃避をしていただけなんだけど、でも推しはそれを咎めてこないでしょ。上手くいかなくてむしゃくしゃして、どうすればいいのかも分からなくて、楽しいことが無かった訳ではないけど、それでも辛い私を推しが受け止めてくれた。

別に推しやその生き様から希望を貰ったとか、頑張ろうと思えたとか、そんないい話じゃない。ただそこにいてくれるだけで良かった。何があっても、変わらず推しがそこにいてくれるのが心の支えだった。ただそこに推しがいてくれるだけで、生きていけた。それで、生きていたから、次の一歩を踏み出せた。

そんな日々を何年か続けて、やっと心の整理が出来て、ちょっとずつ、自分と向き合おうと思えるようになった。そういう時の心のワンクッションに、推しはなってくれた。重点を置くジャンルを移動するとほぼ同時期に、また親の転勤で、私はまた荷物を片付けて、また仲良くなった友達空っぽになった自分の部屋と家にお別れをして、引っ越した。

推しとはお別れなんてしないけど。好きな作品はいつまでも好き、好きなカプはいつまでも好き、好きなキャラはいつまでも推しのまま。ずっと私を支えてきてくれた、大事推しから。弊社は推し殿堂入りシステム採用しております

ここらへんでさ、推しに対する思いがなんか重いなって察しのいい皆さんは気づくでしょう。そうこれ、私にとっての推しが「不変の何か」「道しるべ」「希望であるんですよ。何かを思い出させません?宗教ですよ。神。絶対不変の神。人が神に縋るのは、神なら不変を貫きつつ全ての不安煩悩幻想、全部纏めて受け止めてくれるからですよ。生きるって本当に難しくて大変な事だから、皆ぶれない信念に縋って生きていこうとするんですよ。生きている人間からは得られない、あの絶対的な安心感。私は無神教だから~とか言ってたこともあったけど、あんなの嘘っぱちでしたよ。私の宗教推しだったんです、この頃から

新しい環境、新しい学校。ここは前にいた所より社交性を求められた。そして勘の良い皆さんなら気づくと思うけど、そう、ここまで勉強に精一杯で、時間があれば推しをキメて精神安定を図っていた私は、社交性を一切高めてこなかったんですよ。簡単に言えばコミュ障そもそも海外に来た時点で言語が通じなくて性格一転したからね。人と会話して意思疎通図るのがいつの間にか苦手になってた。それだけの言語スキルを手に入れてからも社交に対する苦手意識はぬぐえなかった。

それでも、割といけた方だと思う。苦手でも、人と関わるのが嫌いなわけではなかったから。新しい学校は、私と似たような人生辿ってきた子が結構たから、それもあってか、割と簡単に馴染めた。

いや実はそんなことなかったかも。友達関係でいっぱいトラブルも起こしたし、悩みもいっぱいあった。でもそれ以上に楽しい思い出があったから、嫌なことは簡単に上書きされちゃったんだと思う。勉強も楽しかった。成績も上がった。新しいことにも沢山挑戦できた。心残りや後悔はやっぱりあるけど、ホンマに何でもかんでも楽しかった~~~

でもね恐ろしいことにね、楽しい時間はね、続かないんだよ。おっそろしいわ。

大好きな学校はね、卒業しなきゃいけないし、大学ね、受験しないとアカンのよ。おっそろしい。私の場合大学でまた海を渡って、まら違う国に渡る計画をなんとなく建てていたから、今まで何だかんだずっと一緒にいた家族とも離れなきゃいけない。また違う環境、また違う言語。(いや言語は前の時より準備あったけどさ、それでも外国語ってことには変わりないじゃん)どうすんねんマジで大学受験でもれなく鬱になった。人間身体って割と簡単限界が来るんだよ。だから皆本当に、睡眠食べ物ちゃんと取らなきゃだめだよ。一日八時間寝て。家族友達に沢山迷惑心配をかけた。もう二度と救急車の厄介になりたくない。

ここでもやっぱり、未来についても目標とかなかったんだよね。私には推しがいればそれで良かったからさ。大学に行こうと思ったのも、流されて、なんとなく。っていう部分が多くてさ。私にとってはまだ、日本にあのままいられなかったその時から、どの道を進んでも同じような気がしてた。

一方で相変わらず、推しへの愛を募らせ、イベントの度に支部に上がるサンプルに歯をぎりぎり言わせてた。ついったで作家さんをフォローするようになったのもこの頃。凄いよね、雲の上の存在だと思ってた作家さんにマシュマロ感想送れちゃったりするんだよ、しかもその感想に返事が返ってくるんだよ。やばいでしょ。マジやばいイベントなんか参加したことないし、多分これからもそうなんだろうけど、作家さんと交流できるって本当に画期的だよ。自分作品を書くようにもなった。日本語変じゃないかな、文法おかしくないかなって、不安になりながら上げた作品に、反応が返ってくる。ブックマークされる。見てくれる人がいる。感想を送ってくれる人までいる。嘘でしょ。やばい、好き。推しが好き。こんなに幸せな気分にさせてくれる推しが好き。

そうやって毎日毎日最低3時間支部とついった巡りに時間をかけてたから、睡眠時間を削るしかなくて、それで生活リズム体内時計狂い始めたんだよね。笑えねえ。絵や文だけじゃなくて動画にも手出しちゃったんだよね。えむえむでー、人力、偽実況。たま~に夜更かしするならいいけどさ、もともと身体強い方じゃなかったから、毎日2、3時に寝る生活は三年も持たなった。あとあと簡単に鬱になったのも、身体を壊したのも、完全にそういう無理な生活習慣が祟ったなって思ってる。周りの人は私が勉強頑張りすぎて身体壊したんだって思ってるけど、もうマジで全然そんなことない。推しに会いたくて会いたくてどんなに忙しい時でも推しに会う時間確保しようとして身体壊した、ただの馬鹿。皆は絶対真似しちゃだめだよ。寝てねマジで

家族の話、ちらほら出てきたでしょ。小さい頃から国を離れたわたしは、「国がない」人間なんです。そりゃ法律的に言えば日本人だけどさ、故郷と言われてピンとくる場所も無い、地元ってどこだか分かんない、自分の国がない。私みたいな子に結構会ってきたけど、私らみたいな人は、結局どこ行っても余所者なんですよ。それが何年もかけて向き合ってきた私のアイデンティティから、今更どうこうは言わないけど、でもそういう根本的な寂しさはやっぱりあるんです。いつだって、そんな私の帰る場所は、私の家、家族がいる場所で。でもそんな家を、家族を私は、離れなきゃいけない。一人で生きていかなくちゃいけない。何にだって終わりがある、別れはいつかくる、それを十分に分かっていた気でいたけど、全然分かってなかった。私の家は、絶対安全シェルターは期限付きだったんだ、いつまでもそこにある訳じゃなかったんだ。それがなくなったら、私は本当に何処にも属さない、この世界余所者になってしまう。いざそんな現実に直面して、そんな底なし不安を感じて、辛くなりました。

またも不安に比例するように、夜更かしして推しに会いにいくようになりました。寝るのが怖かったんです。だからぎりぎりまで起きていて、推しに慰めてもらってた。寝たら、明日が来てしまう。明日なんて来なくたってよかった。ずっとこのままでいたかった。どこにも行きたくない、どこにも行きたくない。そう考えるうちに足はすくんで、本当にどこにも行けないような気さえしてきた。

この頃から親が趣味に物申すようになってきてたんですよね。前は私の精神状態が良くなかったから目瞑ってもらってたようなもんで。結局その頃も変わらず、推しに縋って現実逃避をしてただけだった。そろそろ社会に独りで出る私が相変わらず逃避し続けるのを心配に思ってくれたんでしょう。「もっと他に、するべきことがあるんじゃないの」って口を酸っぱくして言われました。

そうこのとき、私は推し依存してはいけないと自覚しました。こんなんじゃ推しに私の人生狂わされるだけだって。前までは、推し人生狂わされても、それでいいかって何となくなげやりに考えてたんですよね。でも違うんです。推しに縋って生きてきたのはいいけど、これで廃人になってしまったらそれは推しのせいになってしまう。これまで私を生かしてくれた推しにそんな迷惑をかける訳には絶対いかないんだ。バランスを、妥協点を探さなきゃいけない。これからもずっと推しに会いたいのなら、推しに縋っていただけの不健康関係じゃなくて、ちゃんと一人で前向きに生きていけるようになって、推しに何かを貰いながら何かを返せるような、そんな健康的な関係を築いていかなきゃいけない。推しに貰った希望を、何らかの形で推し社会還元しなきゃ。そう思ったから、何となく頑張って、ここまでこれました。今はとにかく就職して推しに貢ぎたい。推しが私に善行しろと言っている。

......いやこれ、話飛びすぎだろって思うでしょ。ごめん、ここ本当は間の3000文字くらい推しと私に関する話あったんだけど、簡単身バレする内容だったので削るしかなかった。とにかく、本当にそういう人生の細かい、肝心なところまで推しが絡まってくるんです。推しがいてくれたから。推しがただ、そこにいてくれたから、あとは私が勝手に進んだ、進むことが出来た。私みたいな何においても中途半端な半端者でも受け入れてくれて、ずっと変わらずそこにいてくれるんですよ。振り返ればいつも、そこには推しがいたんです。推しいるか世界平和を願える。推しが私をまともな人間にしてくれた。

やばいでしょ。推しが情操教育に良すぎる。いや私はどちらかと言えば悪い例なんだけどさ。これからもきっと私は推しに縋って生きていきます。本当はね、推し申し訳ないと思ってる。私の身勝手な都合で、推し勝手神様祭り上げてしまった。私が生きる上での寂しさや不安一方的にぶつけて、一方的に縋っていく、不変の存在に、勝手に仕立て上げてしまった。でも今更改宗なんてできないんですよ。心にいつも推しがいて、そのスポットは最早ぽっと出の何かが簡単に成り代われる物じゃないんです。そして心にいつも推しいるから、今日希望を持って、人に優しくしようって思えるし、今の道を進んでみようと思えるし、例え命の果てに、私の存在の果てに何も無かったとしても、それでも歩んでいこうって思えるんです。生きて、いけるんです。

だいぶ端折ったけど、大体そんな人生歩んできました。これから

2018-10-05

寮生活大学受験危機感を感じ東進に通った話

社会人になって3年が経った。

自分大学受験ときに思っていたよりも大学というものは一生ついてくるのかなと思った。

日東進にこもった甲斐があったので書いておこうと思う。

高校受験をして、トップ阪大専門学校に行く子もいる、なんちゃって進学校入学した。寮生活面白そうだったから…

しか入学してから気づいたのは、受験に対する意識が甘さ。公立大学付属校なので、先生も進学指導に対しそこまで気力もなく、さら田舎なのであまり経済的に恵まれた人もいないせいか実家から通える地元公立を目指そうというレベルだった。

受験対策は、高校3年になって塾に通う人がいるくらい。

周りの甘っちょろい受験への姿勢が恐ろしく、高2から、土日は東進ビデオ学習自習に充てた。

その間に寮生活友達は、親の目もないのであまり勉強していなかった。

テストで同レベルや私より上位だった子も、私よりかなりレベルを落とした地方国立大学を受けるか、浪人していった。

あの時東進に通っていた土日に勉強しておいて良かったなと思った。

就活でも社会人になってからも余程の技能がない限り出身大学のことは言われ続ける。新卒採用もあからさまに区別される。大学受験では上位の大学に行くに越したことはないなと思った。

2018-10-03

anond:20181003131821

日本大学なんて伝統的には、入れればある程度能力あると認定されるところはあるし

卒業してなくてもある種入れたんだから能力はあるはずの人間と扱われても仕方がないとは思うけど。

レベルの高いところならなおさら

あの人の場合年齢的に、最近の厳しくなった大学みたいな世代とはちょっと違う気がするし。

卒業できた云々の次元以前に、大学受験の段階ですでに負けてるような層としては

中退相手でもあんた頭いいはずなんだからって言いたくもなってしまうのはわかってほしいなあと。

2018-10-01

https://togetter.com/li/1271891

大学に行くと決めたらそれで夢諦めルートにはならないと決定されるってわけでもないような人間もいるんだけどなあと

大学受験だって落ちるかもしれんしその後いくらでも失敗あるし

ってまず大学落ちた人間には思う

医療系みたいな特殊なとこで資格とるとかならまだしも

普通大学普通に行っただけで安パイルートが楽に取れるという前提に立てるというだけですでに「すごい人」の例な気もする。

2018-09-29

anond:20180929192518

一応ね、小中と、

公立しか行かせられない(経済的に)」

そろばん塾?みんなが行くから行きたい?ダメダメ授業でやるだろ」やるから先にならうんだよみんな

「わしの時代参考書もなかった、参考書買ってやるだけ有難いと思え」

ジェネレーションギャップ?もうおじいちゃんのお守みたいなものだった。わがまま

保育所いってる時から近隣の男の子も混じって遊んでると父が機嫌悪くて。

兎に角共学が嫌みたいでした。

公立女子校がないし。クラス担任は私がいける公立を勧めてくれたんでほっとして

父に話したら「ダメダメ!そこまあんまり歴史がないしなにより男子が多い!」

結局「女子校なんてどこも同じ、まじめで早く帰ってきてほしい」と言われ

から一番近い女子校に……。

もともと男子が苦手だったので(なんか野蛮な気がしてただけで別に誰とも喧嘩してなかったけど、年賀も貰ってたし)

父にとやかく言われないことが第一だったので、「公立いけたのにな」

高校はそんな訳で進学クラス希望してなかったけど成績で入れた。2年の時進路希望があり付属でいいなら短大進学コースクラス

行っても良かった。(逆は成績が悪いと来れない)私は短大でも良かったんで相談した。4大クラスは好きな美術が無かったので。

「4大進学クラスでいいじゃないか」「毎週制服で日曜に学校にいって業者試験受けるのもずっとだよ、4大行かせてくれるの?」「そのクラスでいい」

こんどは大学受験の話で先生が「この4大推薦どう?」嬉しかった。業者テストで全国10位にもなったことあるので

そのことを喜んで話すと「断れ。」「4大進学クラスで、希望の4大推薦だよ何が悪いの?」「女が4大行くと生意気になる。それにわしはもう

定年したい。退職金で、いまの建売の家の借りたお金を払うから、正直お金はない。悪いが4大推薦は断ってくれ」

「お前が20歳で短大卒で働けば、わしと交代。」

泣いた。高校進学の時も公立に行けと脅されてたのに、最後最後男子がおおいからと裏切られて。

こんどは休みの日もテストに通ったりもして、美術の授業もなかったのに、4大の推薦も断れとか。狂ってるよ。

先生は「4大進学クラスにいて、4大の推薦断る子なんて初めてだ。本当にいいのか?考え直せや。あなたの成績で、他の子に推薦を譲ることになるよ。」

クラス比較的仲の良いK子の名前をきいた。彼女に私の成績で下駄をはかせて、推薦にするという。

父がお金がないという限り、4大は諦めねばならない。

数日間は悔しくてお風呂で泣いた。

正月、K子から年賀状が来た。胸が潰れそうだった。

もちろんK子は受かった。

2018-09-28

anond:20180919164125

ボクも大学受験私立文系型の勉強しかしていなかったので,大学はいって数学をやり直しました.高校ちゃんとやっていないのなら,日本人が書いた教科書じゃなくてアメリカ大学学部教科書翻訳)がいいと思います特に経済学用の数学教科書がとっつきやすいかも(事例としても経済経営問題がでてくるし).古いですが私が学部生の時に使ったのは数学では次の2つです:

G.C.アーチボルド (著), リチャード・G.リプシー (著), 作間 逸雄 (翻訳)『入門経済数学 』(1) と(2), 1982/9

学生版でなく,練習問題の解答が附属している2分冊になっている通常版(コレ)が良いです.アマゾン中古で数百円で買えます線形代数微分積分最適化問題線形計画法等をカバーしています

A.C. チャン (著), K. ウエイライト (著)『現代経済学数学基礎〈上〉〈下〉』 単行本 – 2010/1/1

旧版なら,これもアマゾン中古で数百円で入手可.上の書籍カバーしている項目のに加え,微分方程式差分方程式が学べます

あと確率統計なら

T.H. Wonnacott, R.J. Wonnacott, Introductory Statistics for Business and Economics, 4th ed. 1990.

が定評のあった教科書で,私もコレに助けられました.これもアマゾン中古で数百円.

2018-09-25

帰国子女挫折

小5~中1まで親の海外赴任インターナショナルスクールに通っていた。

海外に行くまでは地元公立校勉強運動もそつなくこなし、中学受験を見据えて塾に通っていた。

それがある日突然異国の環境に放り込まれ、何もかもに不自由し、学校休みがちになった。

それでも英検2級に受かるくらい英語力は上達したがネイティブレベルには到達しなかった。

問題帰国してからで、英語以外は学力は明らかに落ちていて、もともと勉強ができた自分にとっては屈辱的だった。

環境の変化、劣等感反抗期など複数の要因が重なり中学不登校になってしまい、何とか高校には進学できたが2年目に中退引きこもりになった。

そこから数年間引きこもりを続けいよいよ人生危機を感じ、一念発起して実質2浪目の年から大学受験勉強を始めた。

もっと早く知っておけばよかったのだが、MARCH文系ならセンター英語で190点近く取れるレベルなら国社が出来なくても受かる学部があることを知った。

結局2浪目の年にはメンタルの不調でセンター試験以外受けられず、センター利用で受かった大学はあったが、この精神状態では通える気もしなかったため3浪目に入った。

3浪目になってしまい受サロに毒されていたので早稲田第一志望にする。

ほぼゼロから社会科勉強する必要から効率重視で政治経済選択したため、慶応上智自動的選択から消えた。

ただ早稲田一般入試英語配点がMARCHほど偏ってないため英国社まんべんなく得点する必要がある。

古文漢文が出題されるのも苦しかったし、正直英語だってほぼリーディングしかないのだから海外で養ったリスニングスピーキングは何の意味もない。

それでも必死勉強して補欠で合格したが、普通に日本教育を受けて受験していたらこんなに苦労しなかったのではないかと思う。

高校まで海外生活して帰国枠で入ってきた国際教養学部の連中にはどうせ英語ができるだけだろと僻んでしまう。

大学に入ってからメンタル面で苦労して、留年しながら何とか卒業したけど就活できずに現在無職だ。

子供帰国子女として育てる機会のある親には人生を左右する選択であることをよく考えて欲しい。

2018-09-24

anond:20180924195859

新刊とか、花粉症の薬とか、広くリーチ出来て即断できるようなものについては

刷り込み効果もあって、効果があると思うけどと思ってそう書いたんだけどね。

訴求範囲も狭く、刷り込みしたところで(少なくとも大学受験などの即効性のある)効果が望めないそれに疑問を持ったというのが論旨なんだけど。

大学電車広告意味はあるの?

見かけるのは、そこまで人気のない(偏差値は高くない)と思われる大学だ。

それを見て行きたい、行かせたいと思うものなのだろうか。

1.行きたいと思う?

そう思わせたいのであれば、かなりターゲットが狭い。

おおよそ大学受験を意識する頃と大学受験終了の時期を考えれば

高校1年後半~高校3年前半までだろう。

かつ、その学生電車通勤で当該広告を見る必要がある。

その狭いターゲットが見たところで、

マンション広告に似た、雰囲気重視のあれらの広告に心傾けるだろうか。

2.行かせたいと思う?

私自身2児の子ども持ちで、上は中学生だが、あの広告を参考に行かせたいと思ったことがない。

というより、私は子どもに進路選択を任せるつもりだし、その層の方が多いように思う。

当然、無謀な進路を選ぶのであればちゃん確認はするけど、最終的には任せるつもり。

なので、子どもの進路を選ぶスタンスの親があれを見て、行かせたいと思うのか、というところ。

だが、子どもの進路を選ぶ親があの手の広告にある大学を目指させるとは到底思わない。

それとも、電車広告価値が下がってきたから、余り効果のないであろう大学でも宣伝できる価格になってきたのだろうか。

一点効果があるとすれば、認知はさせることができるというのはある。

それを見て、志望校に結び付けるという即時的な効果は無くとも、認知度を上げることで徐々に大学の志望者を増やすといった感じか。

その程度の効果でも良いと思えるほどに電車広告価値は下がっているということなのかな。

かにスマホの普及で社内で広告をじっくり見る人も減って、価値は下がったんだろう。

だけど、電車通勤通学に使っている人には否が応でも週5で目にはさせることができるので

ターゲッティングさえ合えば、相応な力を持った広告であると思うけど。

anond:20180924063529

全国の高校受験問題大学受験問題マニアなら、さらっと「〇〇年くらいまではよくある問題だったが今はない」みたいに答えられそう

2018-09-23

大人勉強法

基礎からコツコツ積み上げよう、なんて思ってると仕事日常の忙しさのためにいつまで経っても基礎レベルの繰り返しになってしまうな

大学受験に例えると、高一レベルから積み上げようとしても大人場合は無理で、志望校過去問と基礎演習を往復しながらやるのが良さそう

2018-09-22

LGBT?ふざけんな!ホモ死ね

LGBTを認めないやつはひとでなしみたいな風潮になっている。

今回の新潮45の件でよりその風潮が高まろうとしている。

キモい。正直キモい

ホモ死ね絶滅しろ

これが正直な気持ちだ。

そう思うのはもちろん理由がある。

初めて痴漢にあったのが小学5年生。近所のおっさんに抱きつかれてちんこまれた。

泣きながら家に帰ったが両親にもいえず、引っ越すまでずっと怯えて暮らしていた。

中学に入ってから通学の満員バスでは月1から2の割合痴漢にあった。

高校で初めて同級生男子告白されたが、いきなり抱きつかれて好きだって囁かれたので全身怖気が走ってボコボコに殴った。

それ以来普通以上に仲良くなる友達が現れるとこいつもホモなんじゃないかと疑うようになり、

距離を置くようになったため、親友はこれまで一人もいない。

大学受験で初めて東京電車に乗った時も痴漢にあった。

大学でも数回ホモ告白された。ホモどもはなんでこっちが気持ち悪く思うことを平気でやってくるのか。

そのうちのひとりは当時の彼女嫌がらせまでやっていた。

俺の人生の不幸の大半はホモから一方的侵略によるものだ。

世の中にはいホモもいる?

信じられない。

勝手に触って来たり、気持ち悪いのに告白してきたりするあの連中の権利を認めろとか到底受け入れられない。

LGBTを認めろとか言ってるやつは脳みそがどうかしているとしか思えない。

ノーマル人間にはぜった接触しないという法かホモ同士の誓いでもない限りあいつらの生存を認めたくない。

LGBT?ふざけんな!ホモ死ね

LGBTを認めないやつはひとでなしみたいな風潮になっている。

今回の新潮45の件でよりその風潮が高まろうとしている。

キモい。正直キモい

ホモ死ね絶滅しろ

これが正直な気持ちだ。

そう思うのはもちろん理由がある。

初めて痴漢にあったのが小学5年生。近所のおっさんに抱きつかれてちんこまれた。

泣きながら家に帰ったが両親にもいえず、引っ越すまでずっと怯えて暮らしていた。

中学に入ってから通学の満員バスでは月1から2の割合痴漢にあった。

高校で初めて同級生男子告白されたが、いきなり抱きつかれて好きだって囁かれたので全身怖気が走ってボコボコに殴った。

それ以来普通以上に仲良くなる友達が現れるとこいつもホモなんじゃないかと疑うようになり、

距離を置くようになったため、親友はこれまで一人もいない。

大学受験で初めて東京電車に乗った時も痴漢にあった。

大学でも数回ホモ告白された。ホモどもはなんでこっちが気持ち悪く思うことを平気でやってくるのか。

そのうちのひとりは当時の彼女嫌がらせまでやっていた。

俺の人生の不幸の大半はホモから一方的侵略によるものだ。

世の中にはいホモもいる?

信じられない。

勝手に触って来たり、気持ち悪いのに告白してきたりするあの連中の権利を認めろとか到底受け入れられない。

LGBTを認めろとか言ってるやつは脳みそがどうかしているとしか思えない。

ノーマル人間にはぜった接触しないという法かホモ同士の誓いでもない限りあいつらの生存を認めたくない。

ぼくは勉強ができない

汚部屋先生可愛いジャンプラブコメみたいなタイトルだがそのままの内容だ。

当方は数年前発達障害者の診断を受けた。動作IQ80代、言語IQ120代コンサータ72mg処方されている。

そのせいかどうか分からないが勉強に集中するという事がまるでできない。

大学受験勉強もまるで集中できなかったが子供の頃友人がいなかったので物語世界に逃避して身に着けた謎の国語力でどうにか偏差値60程度の大学には入れた。

そんな自分だが唐突に某ある程度の難関資格試験勉強をせざるを得なくなり、初めているが全くうまく進まない。

問題演習を中心としたアウトプット主体勉強法、講義DVDで2倍速で聴く、など今までの経験や読んだ勉強から選んだなるべく自分にあった勉強法をしているつもりだがそれでも集中力が30分程度しか持たず直ぐに投げ出したくなる。

「お前の意志が弱すぎるだけだ。甘えるな。」と言われれば正にそのとおりだが、認めたところで意志が強くなるわけではないので正直どうしたらいいもんかわからず困っている。

発達障害の有無を問わず同様の問題を抱えるも克服した人、もしくは指導者としてそういう生徒に接してきた人にお聞きしたいのだがこの問題解決法もしくは克服法はあるのだろうか。

教えて頂ければ幸いです。

2018-09-20

高校受験の時、自分は推薦一校で受かって、友人は第一志望落ちたんだ。

めちゃくちゃ悔しそうにする理由が分からなかった。

大学受験では10校くらい落ちた。情けなくて涙が出た。3月にようやく合格通知が出て、友人の気持ちが少しだけ理解出来た。

そして今。友人は不妊治療を行っていた。そうする理由が分からなかった。

でも先日、ようやく子宝に恵まれて、無事産まれて焦る気持ちが少しだけ理解出来た。

隣同士で一緒に成長するつもりはなかった。二人いつも違う方向を見ているようで足並揃っていて

それが心地良かった。

友人というものは異なる感性を認め合える間柄だと思う。

自分がもし性同一性障害かもと言えていたら、変に寄り添わずに済んだだろうか。

きっと5年後も同じ事を思う。異性は愛せるけど自分が望むのはこの性別役割じゃないって事。

同じ方向を見ていてもそれだけは最後まで理解してもらえなさそうだ。

2018-09-19

anond:20180919164125

ある程度腰を据えて勉強するのなら大日本図書数学シリーズ(高専生を想定して作成された)を強くオススメする.

https://www.dainippon-tosho.co.jp/college_math/

高専は,工学を学ぶ五年制(高校+短大)の大学である.本教科書シリーズを一通りマスターすると文字式の展開から複素関数論まで,高校数学のなかでも工学必要知識(≒数学科を除いた大学数学必要知識)+基礎的な大学数学(微積線形代数ベクトル解析,複素関数論,ラプラスフーリエ変換)を学ぶことができる.

読者の対象はそれほどハイレベルではない(高専にもよるが,偏差値の低い高専高校偏差値で55程度+大学受験を経験しない)ので,説明が平易で,例題も豊富練習問題も非常に豊富である.それでいながら公式の導出はどれもしっかりと記されているので,腰を据えた勉強にも向いている.

全六冊だが,一日数時間をとって勉強できるのなら数週間で一冊を容易にマスターできるようになっている.

統計学理解したいのならば,本シリーズ教科書を以下の順序で学べばよい.

基礎数学(高校数学の基礎が身についているのなら省略可)→線形代数(ベクトル定義から線形写像)→応用数学(ベクトル解析の単元だけやればよい)→確率統計

anond:20180919152109

建前では平等社会であり、大学受験などでは「平等」な実力勝負、ということになっている弊害は大きい。

例えば親の経済力によって下駄を履かせてもらっているボンボンが、その自覚もなく、親の経済力に恵まれずに学歴収入を得られないものを「自己責任」と否定したりな。

そしてそういうのが社会の中枢で制度に影響を及ぼしているわけだ。

そういうボンボンたちにノブリス・オブリージュを自覚させるためにも階級社会であることを公的に認めるべきだろうな。

英国貴族男子戦争の際、出兵しないと末代までの恥になるそうで、それぐらいの自覚を持ってほしいものだ。

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