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はてなキーワード: 2002年とは

2017-11-21

anond:20171121151652

和月伸宏さんの仕事場は「和月組」と呼ばれるほど、多くの漫画家を輩出しています

その筆頭が「ワンピース」の作者、尾田栄一郎です。

まり尾田栄一郎さんの師匠の一人が和月伸宏さんなのです。

他の漫画家となったアシスタントに「シャーマンキング」を描いた武井宏之さん。

Mr.FULLSWING」を描いた鈴木信也さん。

「鬼が来たりて」の作者、しんがぎんさん(しんがぎんさんは2002年に亡くなっています)。

ノルマンディーひみつ倶楽部」のいとうみきおさん

こいつらもロリコン可能性がありそう

2017-11-15

1978年 - それいズゴック三人組

1979年 - ぼくらはズゴック探偵

1980年 - ズゴック(秘)大作戦[6]

1980年 - あやうしズゴック探検隊

1981年 - ズゴック心霊学入門

1982年 - ズゴック時間漂流

1983年 - とびだせズゴック事件記者

1983年 - こちズゴック探偵事務所

1984年 - ズゴック財宝調査

1984年 - ズゴック山賊修業中

1985年 - 花のズゴック児童会長

1985年 - ズゴック宇宙旅行

1986年 - うわさのズゴック株式会社

1986年 - ズゴック恐怖体験

1987年 - ズゴック結婚相談所

1987年 - 謎のズゴック海賊

1988年 - ズゴック文化祭事件

1988年 - 驚異のズゴック大時震

1989年 - ズゴック三人組の推理教室

1989年 - 大当たりズゴック占い百科

1990年 - ズゴック山岳救助隊

1990年 - ズゴックTV本番中

1991年 - ズゴック妖怪大図鑑

1991年 - 夢のズゴック修学旅行

1992年 - ズゴック三人組の未来報告

1992年 - ズゴック三人組対怪盗X

1993年 - ズゴック三人組の大運動会

1993年 - 参上!ズゴック忍者軍団

1994年 - ズゴック三人組のミステリーツアー

1994年 - ズゴック三人組と学校の怪談

1995年 - ズゴック発明時代

1995年 - ズゴック愛の動物記

1996年 - ズゴック三人組の神様体験

1996年 - ズゴック三人組と死神人形

1997年 - ズゴック三人組ハワイに行く

1997年 - ズゴック三人組のダイエット講座

1998年 - ズゴック脅威の大震災

1998年 - ズゴック怪盗Xの再挑戦

1999年 - ズゴック海底大陸秘密

1999年 - ズゴック三人組のバック・トゥ・ザ・フューチャー

2000年 - 緊急入院!ズゴック病院大事

2000年 - ズゴック家出旅行

2001年 - ズゴック芸能界情報

2001年 - ズゴック怪盗X最後の戦い

2002年 - ズゴック情報公開(秘)ファイル[6]

2002年 - ズゴック三人組の地底王国

2003年 - ズゴック魔の異郷伝説

2003年 - ズゴック怪奇幽霊の正体

2004年 - ズゴック愛のプレゼント計画

2004年 - ズゴック三人組の卒業式

2017-11-08

マナティ行方

昔、首都圏路線小田急線京王線沿いの『よみうりランド』って遊園地マナティが居た。

子供の頃見てそのヴィジュアルにびっくりし、遊園地のことは全然覚えてないのだがそれだけ鮮明に覚えている。

ふとテレビを見たら外国マナティが出ていて、そういえばあのマナティは元気なのだろうかと気になった。

そうしたら、2002年にその施設自体が移動になっており、彼らも現在は居ないらしい。その後の行方情報が亡くなったらしいとか移転先を探してたらしいとか確かな情報がない。

凄く気になるので、もしその後を知っている人が居たら教えてください。

旦那が言うには「もし受け入れ先が無いなら殺処分とかもあるんじゃないか」と言われたが、珍しい動物だしそんな事はしないのではないかもやもやもやもや

2017-10-24

残ったのは虚しさだけ

今日プロ野球セ・リーグで、横浜日本シリーズ行きを決めたらしい。

俺は元々横浜ファンで、結局最下位に終わった2002年

良い試合たまたま見た事がきっかけでファンになった。

そこからずっと応援して、地元から横浜遠征もしていたけど

ずっと弱かった。

賞を取る選手いくら出ようが、日本記録を更新するような当たり外国人が来ようが

監督が変わろうが、親会社が変わろうが

結局最後は大体が最下位だった。

何が変わろうが結局強くならないんだな、と4年契約監督が辞任した一昨年の秋に失望して

そのままプロ野球自体見なくなった。

仕事から帰ってきて録画した試合を見たり、スポーツニュースはしごするようなことも無くなった。

すると、去年からチーム成績が良くなり、初のクライマックスシリーズ出場を決めた。

そして今年は日本シリーズだ。

俺が疫病神だったのか、と因果関係のない事を考えつつ

日本シリーズ進出を決めたことに対しての感想が「ふーん」で終わった事に気が付いた。

ただただ虚しい。

サマーウォーズは「マイルドヤンキー」を先取りしていた。

庵野監督の言う「物語中にライバル作戦邪魔したり、頭の悪い奴が足を引っ張る展開がストレスで苦手」という声に共感異論ステロタイプの「うっかり」が嫌なのではという声も

https://togetter.com/li/1163850

これでサマーウォーズスパコン冷却用の氷持ってかれるところに軽く触れられてたんだけど、

あの警官の彼は「田舎若者」をシンボル化した存在なのね。

既に若者の車離れが叫ばれていた00年代後半にRX-7を重用し、

現実よりも増してIT依存したあの世界にあって魅力的な仮想現実システムOZに全く興味を示さない。

(余談だがRX-72002年販売を終了しており、翔太は中古で手に入れたものと思われる。翔太の微妙な古めかしさと懐事情垣間見れる。)

何よりあの郷里家族を重んじる性格

(スパコンの氷を持ち出したのも仏壇の供え物にするためだった。)

のちに「マイルドヤンキー」などという言葉電通マンレッテルを貼られてしまう「田舎若者」を

ある種忠実になぞっているのがあのキャラ「翔太」じゃないかな。

そしてそれは地方都市に住み、

家族との繋がり方がドライかつイレギュラーで、

集団行動が苦手(であるため農耕社会に由来する田舎特有全体主義には馴染めないだろう)な

カズマと対になる存在だと思う。

極め付けとしてカズマOZ内のコミュニティで半ば伝説として降臨しており、

彼のアイデンティティ仮想現実内にあることは明白。

暴走するAIを退治することに躍起な男どもと、それを尻目に淡々催事の準備を遂行する女性陣の対比で成り立つ「サマーウォーズ」において

OZという作品設定そのものを軽視し関わろうとしない翔太は特異な人物の一人。

翔太が氷を持ち出したことでスパコン熱暴走を起こしため事態は急転直下で窮地に陥り、

皆に責められた彼が頓珍漢な弁明を始め挙句カズマの在り方を否定しまいキレたカズマに殴られる。

この一連の流れは現代的な感覚に則った都市型生活20世紀から続く田舎ライフスタイルのかち合いであり、

作中では話についていけない若者だと置いていかれている翔太が、健二やカズマに冷や水をぶっかけて反撃してくるシーンじゃないだろうか。

登場人物の不協和という域を超えて、

細田守都市人として持つ自負と「田舎」というものの捉え方が色濃く表れたシーンであり、

サマーウォーズ」の世界観を探る上で見過ごせない部分だと思う。

もう一つの翔太のハイライトである健二逮捕のシーンも

現実ではありえないあの暴挙からかなり気になる描写と感じるけどその話は割愛する。

2017-10-23

若者自民党が人気な理由世代が違うから

https://anond.hatelabo.jp/20171023144455

俺は塾講師から10代の奴らと話して感じるのは、これは世代やね。

何が違うのかって、戦争への時代感覚と、アジア諸国への感覚が違う訳。

から日本的リベラル価値観が刺さらなくなってる。

まず、太平洋戦争への時代感覚

30,40歳以上の世代だと爺ちゃんが戦争行ってたりするから、少しだけあの戦争へのリアリティがまだある。

ましてや50,60歳世代は親が行ってる訳でしょ。

から戦争責任みたいな話に胸がぐっとき左翼になる人たちも当然いる。

日の丸を掲げる群衆に対する嫌悪感教育も浸透してる。日教組が圧倒的な力を持っていた時代

でも、今の10代は爺ちゃんが戦後まれだったりする訳。

爺ちゃんが戦後まれなのに戦争責任がと言われても圧倒的にリアリティがない。

そして、ワールドカップ日本が出場して応援するのが当たり前の世代なので

日の丸を振って一体となって応援するという経験とともに育っている

日の丸への忌避感がゼロなので、日の丸悪者扱いしてくるリベラルな人たちの価値観がうざいだけ。

はてなで「おとな塚本幼稚園」だのなんだのと揶揄してるのがバズってたけど、

日の丸振ってるのを揶揄するのは全然今の10代に刺さらないというのははっきり言える。

あとアジアの国への感覚ね。

日本戦争責任贖罪を訴えるオールリベラルな人たちには

うっすら「貧しいアジアの国」への哀れみの感覚があったんだと思う。本人たちは絶対認めないだろうけど。

侵略をして未だ豊かな我々は、か弱い貧しいアジアの国に謝罪し続けなければならない。

その感覚オールリベラル的な、9条的な価値観を支えてきたのだと思う。

日本の周りの国ではなく、日本こそが侵犯する可能性のある悪を秘めた国だから憲法で軍備を縛るべきだと考えるのも無理はない。

じゃあ、今の10代はどうだろう。

北朝鮮拉致を認めたのが2002年だ、だから彼らは物心ついたときから北朝鮮は悪の国だ。

中国反日デモが起きるたびに日本の店がボコボコにされたのを幼いときから見ている。

何より、中国韓国は「貧しいアジアの国」ではない。

韓国ほぼ日本くらい豊かな国だし、中国日本より経済大国だというのがデフォルト価値観な訳だ。

彼らは哀れみの対象ではなく、むしろ恐怖の対象だ。豊かな彼らは更に豊かになり、拡大を続けている。

貧しいはずの北朝鮮日本列島の上をガンガンミサイル飛ばしてきてる。

から危機に備えて憲法改正すべきだと彼らは思う。だけどクラスにいるネトウヨみたいなのはちょっとやりすぎでダサいし、K-POPは聞くよねという感じ。

それくらいが今の10代のリアリティだと思う。

まぁ、あと今就職率は高いし、失業率自殺率は毎年低くなってるし。だから入れるなら自民じゃね。そんな感じ。

2017-10-21

最近アニメはおもんないって言ったじゃん、嘘つき!

 全然アニメ見なかった自分が去年からアニメを見始めたんだけど、見た作品の7割以上が面白かった。てかアニメどんだけあるの。

※長いので、「どうして面白いのか」のとこだけ読んで下さい。

アニメにハマった経緯

 きっかけは去年の5月、ニコニコ動画西尾維新〈物語〉シリーズ時系列に配信する企画があって、初めて最近?の深夜アニメ?を見てから。それが本当に面白くて、当時のちょっとした楽しみになっていた。

 これまではジブリ作品とかポケットモンスターとかワンピースとか観たりして育ったんだけど、高校生になる頃には殆ど観なくなった。大学生社会人の頃見たアニメはAKIRA、攻殻機動隊くらいしか覚えていない。

 でも去年の10月頃、ひょんなことから精神病院に入院したついでに無職になって、時間を持て余すようになった。今までできたことが、全くできなくなったからだ。それでも〈物語〉シリーズ視聴だけは続けていた。そのうち「他のアニメってどうなんだろう、もしかして面白いものもあるんだろうか?」とか思い始め、今に至る(ちなみに今は職業訓練中)。あとアラサー

どうしてアニメがこんなに面白いのか

1.作品当たりの情報量多すぎ説

 アニメは、世界観があってシナリオがあってキャラクターデザインがあって背景美術があって声があって音響があって音楽があって場面ごとの演出があってキャラの動きがあって…云々、とてもじゃないがその作品を構成する要素すべてを理解するのは難しい。どれだけの人が作品のすべてを理解したうえで、あっちが面白い、こっちが面白い等評しているんだろうか。

 私が作品を観ていて面白さを感じるとき、「あ、このシーンの音楽最高だな」とか「このシーンの美術やべえ、どうなってるんだこれ」とか「ここの演出しゅごい」等、作品の中のごく一部分だけを切り取って考える場合が多かった。それはつまり、切り取り方(主観)が面白さの大事な要素っていうことじゃないんだろうか。たとえその作品が長い歴史の中で使い古された手法で再生産された焼き増しの類だったとしても、他の作品と全く同じという事はないわけで、見方を変えればいくらでも個性は見つかる。新しいアニメが既存の作品と似ているからと言って、どちらかが劣っていることにはならないんじゃないだろうか。

 これまでアニメは1度観たら終わりだったのだけれど、今は同じアニメを見返すたびに新しい発見があったりして、マジで錬金術じみている。なんせアニメは総合芸術ゆえ、多種多様な、千差万別な主観を受け入れられる器がある以上同じ作品でも多様な評価があるはずで、もしどの作品もおもんないというの事実がだとしたら、観てる人たちの切り取り方がどんどん似てきている、つまり視聴者側の多様性が失われているっていうことなんじゃない?

2.作品の多様化

 まだじぇんじぇん作品を観れていないのだけれど、思った以上に表現方法が多種多様で驚いた。最近はキャラクターがCGオンリーアニメなんかもあったりして、すごいよねあれ。表現方法が増えるってことはつまり「何か」を伝える方法が増えるわけで、より多様な人たち、それこそアニメとは無縁の人たちにも新たに「何か」を伝えるアニメが作られることで、面白いと感じた人の絶対数は増えてるんじゃないだろうか。

 また、私が沢山の作品を好きになれたのは専ら作品の多様性のおかげだ。今まで見たこともないような表現に出会って感動するたび、これまでなんとも思わなかった作品が突然面白く感じるようになるという経験を沢山した。自分の「アニメを見る目」どころじゃない、心そのものが多面化していく、豊かになっていく感覚だ。こうしてアニメ多様化するたび、受け手側もどんどん変化していくのだと思う。

3.視聴方法の多様化

 あくまライフスタイルを優先しながらアニメは観るべきで、放送側の都合で観てたら、やっぱり疲れると思う。あれはあれで楽しいこともあるけど…。

 ちなみに私はこれまでアニメを見る=TVを録画するか円盤を買うか?しか無いと思ってたので、こんなにも視聴方法を選べるとは思わなかった(ただしひまわり動画、テメーはダメだ)。なんせ私の兄弟たちは皆テレビレコーダーが大好きで、今もなお空き容量と戦争している。とりわけアニメは熾烈で、「とりあえず一通り録画→早いうちに1話を見比べる→ピンときた作品を残し、それ以外の作品の録画をやめる→CMを削り、ディスクに焼く」と言った具合だ。一方円盤はくっそ高いし、そういうのが嫌でアニメを今まで見なかった。

 ところが、先のニコニコ動画では無料配信があるし、amazonPRIMEでは年間3000円そこらで一部のアニメが見放題だし、abemaTVではアニメが垂れ流しだ。すごない?これ(ちなみにアマプラとd'アニメabemaTVプレ垢契約しました。ネトフリは検討中)。

 そんなわけで、最新作の最新話をリアルタイムで追いかけるのがアニメ視聴のすべてじゃなくて、疲れてるときにはアニメを見なくていいし、1話が微妙だったら観るのを止めて、また気が向いたら見始めれば良いし、見たことなアニメも他のアニメを観るついでに、試聴してみればいい。いっそ5年位寝かせてみてもいい。楽しむためにはこれが必要だと思う。今年の最新作も、2025年頃には「昔のアニメは良かったリスト」に加わってるかもしれないぜ。

4.アニメ視聴以外の楽しみ

 アニメイベントがこんなに盛んだとは思わなかった。1作品でも2回3回とトークイベントとかあるのね。あと驚いたのが、ラジオ。大抵の作品に広報のためのラジオ番組(あるいはニコ生とか)があるという。何かしら作品を深く理解したいと思ったとき、こういう催しはとてもありがたい。作り手の考えや苦悩が作品をより立体的に、奥行きのあるものへ変化させていくし、作る人を好きになるきっかけを与えてくれる。作り手への興味はその人が作る他作品への興味に繋がるので、よりアニメへの造詣が深くなる好循環を生む。マジでトークショー行って良かった。

 すこし脱線するけど、声優ファンって最初はこんな感じだったんだろうか。彼らはよく広報担当として公の場に出てくるから顔と名前を嫌でも覚えるし、その割にはあくまで作品づくりのごく一部を担当する外注の技術者?(クリエイターと言えば良いのだろうか?)みたいなもんなので、作品に対してはなんというか、他のスタッフよりも「ただの作品ファン」側に近い存在のような印象を受けることがある。実際、放送されるまでどんな絵になってるか一度も見てないとかあるみたいだし、作品作りの中核を担っていない場合が多い。すると、アニメ視聴者からすれば声優は「そのアニメ思い入れのある同士」みたいな、変な親近感を覚えてしまう。ほれてまうやろー

ここから余談

 いろんなアニメを観ていると、悪魔みたいな作品に出会うことがある。それはとても不快で、心がざわざわして、二度と観たくないと思わせるような。観たら最後、寝ても覚めても脳裏に焼き付いたシーンがフラッシュバックして、頭のなかであの音楽が流れ続け、胃痛で眉をしかめ、何も手につかなくなってしまう。

 しかも、そういう作品に限って評価することが出来ない。悪夢みたいに思い出すシーンや音楽は美しく、登場人物の瞳は深淵みたいに深く、あの声優の演技は恐怖さえ覚える。そういう作品のどこまでが演出で、どこからが自分の感情なのかわからない。作品のことを一生懸命考えてるつもりが、気づいたら自分の過去の記憶で胸が一杯になってしまう。もはや作品の面白さがどうとか考えられないくらいに、心をかき乱されて頭の中がぐちゃぐちゃになってしまう。

 ああいう悪魔みたいな作品を観ることのできる幸せを、今日も噛み締めています。

最後に、ここ1年位で見た作品を(覚えてる限り)載せときます。検索妨害になりそうだったら消します。長文駄文失礼しました。

機動戦士ガンダム ポケットの中の戦争(1989)

カウボーイビバップ(1998)

攻殻機動隊 TVシリーズ(2002~)

キノの旅 -the Beautiful World- (2003)

APPLESEED(2004)

BLACK LAGOON(2006)

パプリカ(2006)

さよなら絶望先生シリーズ(2007~)

〈物語〉シリーズ劇場版含め全部)(2009~)

東のエデン(2009)

刀語(2010)

侵略!イカ娘シリーズ(2010~)

生徒会役員共シリーズ(2010~)

四畳半神話大系(2010)

gdgd妖精’sシリーズ(2011~)

日常(2011)

てーきゅう シリーズ(2012~)

ジョジョの奇妙な冒険(2012)

絶園のテンペスト(2012)

氷菓(2012)

人類は衰退しました(2012)

キルミーベイベー(2012)

じょしらく(2012)

ポンコツクエスト~魔王と派遣の魔物たち~シリーズ(2013~)

夜桜四重奏 -ハナノウタ-(2013)

境界の彼方(2013)

有頂天家族(2013)

てさぐれ!部活ものシリーズ(2013~)

直球話題ロボットアニメ(2013)

ジョジョの奇妙な冒険 スターダストクルセイダース(2014)

ソウルイーターノット!(2014)

結城友奈は勇者である シリーズ(2014~)

四月は君の嘘(2014)

ワンパンマン(2015)

機動戦士ガンダム サンダーボルト(2015~)

機動戦士ガンダム THE ORIGIN(2015~)

ゲート 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり(2015)

ふらいんぐうぃっち(2016)

くまみこ(2016)

ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない(2016)

この素晴らしき世界に祝福を!シリーズ(2016~)

ファンタシースターオンライン 2 ジ アニメーション(2016)

Re:ゼロから始める異世界生活(2016)

亜人ちゃんは語りたい(2016)

けものフレンズ(2017)

アリスと蔵六(2017)

正解するカド(2017)

エロマンガ先生(2017)

クズの本懐(2017)

終末なにしてますか?忙しいですか?救ってもらっていいですか?(2017)

サクラクエスト(2017)

サクラダリセット(2017)

フレームアームズガール(2017)

ゲーマーズ!(2017)

メイドインアビス(2017)

プリンセス・プリンシパル(2017)

セントールの悩み(2017)

恋と嘘(2017)

徒然チルドレン(2017)

アホガール(2017)

少女終末旅行(2017)

アニメガタリズ(2017)

魔法使いの嫁(2017)

妹さえいればいい。(2017)

Infini-T Force(2017)

UQ HOLDER! 魔法先生ネギま!2(2017)

宝石の国(2017)

いぬやしき(2017)

此花亭奇譚(2017)

キノの旅 -the Beautiful World- the Animated Series(2017)

<2017-10-22追記>

 こんな与太話に付き合ってくださりかありがとうございます(汗)幾つか気になったコメントがあったので…

・なんの分野にせよ自分がハマり始めた頃を最盛期と思う人が多いから仕方ないね

 書きながら全く同じことを思ってた。例えば私の場合、新作ゲームの評価がまさにそうなっていたりする。恐らく10年前よりも面白い新作ゲームがたくさんあるはずなのに、買う前にやたら躊躇するようになった。そのくせ「面白いゲームないかな-」とか言っちゃってたりするわけで。これに対する答えはきっと無いんだろうけど、強いて言うなら「作品を作る人達への尊敬の念を忘れない」ということなんじゃないだろうか。それを忘れない限り、70歳位になってもアニメゲームを楽しめると信じてる。

・BACCANO!見ようぜ!ヒャッハー

・もう見てるかもしれないけど、攻殻機動隊好きなら「PSYCHO-PASS サイコパスおすすめする

 「○○お勧め!」的なコメントはとても嬉しいです。ただ、本文にもある通り「どんな切り取り方をすると」面白いのか、に興味がある。バッカーノは、原作が成田良悟電撃文庫)、監督が大森貴弘(デュラララ!や夏目友人帳の監督、音響演出兼任)、構成、脚本が高木登(デュラララ!のシリーズ構成地獄少女シリーズの一部脚本)、キャラデザ岸田隆宏(デュラララ!やボールルームへようこそキャラデザ)、音楽が良守信(デュラララ!や夏目友人帳の音楽)みたいな感じなんだけど、夏目友人帳やデュラララ!も好きだったりするんだろうか?とか思う。もしそうなら、上記の中の誰かがグッとくる何かを持っているクリエイターということになるはずだし、そういうのを知りたい。

・最近見たアニメの中で特に面白かったの3つ位あげて欲しい。どういうの好きなのか知ると皆無責任に自分のおすすめアニメ教えてくれるぞ(酷

 アニメを観てると、やっぱり「面白い」作品の中に「劇的に面白い」作品があるなぁ、と感じる。根拠はもちろん主観なので、これは「一般的に比較できる面白さの差」ではないのだけれど。

一つ目:アリスと蔵六

 2017年の作品。原作は今井哲也(月刊COMICリュウ)、監督は桜美かつしふらいんぐうぃっちの監督)、シリーズ構成高山文彦超時空要塞マクロスの演出、機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争の監督)、音響監督岩浪美和ふらいんぐうぃっちプリンセス・プリンシパルジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない音響監督)制作はJ.C.STAFF

 去年見たふらいんぐうぃっちで、桜美かつし岩浪美和すげえ!ってなって、同作のスタッフを見て「これは観るしかない!」と思ったのがきっかけ。脚本と演出と音とBGMと背景美術とキャラデザと声優の演技とが優れた作品だった。難点は見放題方式の配信しているサイトが少ないので、見る機会が少ない点。

二つ目〈物語〉シリーズ

 2009年に始まった作品。原作は西尾維新講談社BOX)、監督・シリーズ構成新房昭之さよなら絶望先生3月のライオンの監督)、セカンドシーズン憑物語などの監督は板村智幸さよなら絶望先生絵コンテ3月のライオンの演出)、キャラデザ渡辺明夫神のみぞ知るセカイグリザイアの果実キャラデザ)、音楽は神前暁らき☆すたかんなぎなど多すぎて書けないくらアニソンやBGMを作ってる人)、制作はシャフト

 同作は作品の章毎にOPやEDが違うという演出がされているのだけれど、それらが全部極めて良い。楽曲もそうだし、アニメーションも。自分の中ではこの作品の魅力は半分くらいOP、EDが占めていて、本編を観るほどにOPEDが輝く。今のところ、すべての作品の中でOPEDが最も優れていると感じる。難点は話数が非情に多く、どの順で観ればいいかわからない点。

三つ目:攻殻機動隊 TVシリーズ劇場版まだ観てないです)

 2002年に始まった作品。原作は士郎正宗ヤングマガジン)、監督・シリーズ構成神山健治東のエデンひるね姫などの監督)、メカニックデザイン寺岡賢司スレイヤーズモンスターデザインやってたらしい)と常木志伸PSYCHO-PASSのメカ監修)、音響監督若林和弘東のエデン、各ジブリ作品の音響監督)、音楽は菅野よう子マクロスシリーズカウボーイビバップの音楽)。

 世界観がずば抜けて優れてる。しかもこの作品はほとんどオリジナルストーリーらしい(原作未読です、すみません)ので、このアニメ作品世界観ストーリーの良さ≠原作の良さと言っていいと思う。軽く「もう一つの地球」が想像できるくらいの深さがあるので、アニメを観ずに考えているだけで楽しい。加えてメカニックデザインもすごく良い。セブロとかマテバとか外骨格フレームとかタチコマとか大好き。菅野よう子の音楽も非常に良いし、ベテラン声優たちの演技もヤバイ。近々新作が作られるようだけれど、世界観と脚本とメカニックデザインと音楽と声優演技が優れているのだからきっと自分好みの優れた作品になるだろうと思っている。

 難点は難しい点。兄弟に勧めてみたけど、「よくわかんない」って言われた。

・好きなモチーフが描かれてないと心が震えないのよな。そのとき作品の巧拙を判断する回路が走る。そうなるとよくできた作品にはなっても面白い作品になることはない。

 よく出来てるなぁ、すごいなぁ。という感覚にエクスタシーじみた何かを感じる事はないだろうか。それは例えば神前暁の音楽だったり、岩浪美和の作る音だったり、江畑諒真アクションだったり、ムーンフラワーの美術だったり、悠木碧の演技だったり。ぶっちゃけそういう技巧的な魅力を感じたシーンの前後の文脈とか全然覚えてないし、どうでも良かったりする。ただあの瞬間をまた観たくて、何度も再生したりする作品を「面白い作品」と評してもいいとおもうけど。

2017-10-17

「立憲民主」の旗の下の君に告ぐ

 この増田は、立憲民主党好意的で、強く支持している(17/10/17現在人間によって書かれたものである。そのへんの是非はすっとばして本題に入るので、そのことを念頭に置いてください。

 小林よしのり立憲民主党演説会に現れたということで、お前が言うなとかまずいままでにやったことについて反省しろとか、とても、もっともな罵声が投げつけられている。まったく同意である

 一方で、これを割と素直に受け入れてる立憲民主党支持者もいる。右へのウィングを広げて支持者を増やす良い機会じゃないかという反応もある。一理あるとはいえ、なんせ小林よしのりなのでそのため、そういう人に対する疑問の声も上がった。

 官能小説家の西田三郎氏は、こんなツイートをしている。

いまの若い世代自称リベラル小林よしのりを赦すなら、俺はおまえらを許さん。奴は安上がりなレイシストロジックを基礎から作った。覚えておけ。これがお前らが声援を送った男だ。

https://twitter.com/nishida33336/status/919556721546108928

 気持ちは、とてもよくわかる。

 ただ、ちょっと待って欲しいと思うこともある。

 俺の観測範囲問題もあるんだろうけど、わりに無批判小林よしのりを受け入れる立憲民主党支持者は、若い人が多い。アラサーを少し超えた程度の俺から見ても、若い。つまり20代だったり、もっと下も混じっているかもしれない。上の西田氏のツイートでの呼びかけも、若い人に対してである問題はここにある。

 小林よしのりは、はっきりいって過去の人である。いい年をした人にとっては、昔楽しませてもらったり黒歴史の源泉になったり、インフルエンサーとして、あるいはアジテーターとして思いが深いんだと思う。でも、いま2017年という時点では過去の人だ。

 考えても見てほしい。東大一直線から35年、おぼっちゃまくんから25年、薬害エイズから20年。歴史修正主義運動の前面から消えてから(おそらくこのとき最後の「第一線」にいた時期)ですら、もう15年くらいたつ。その後も小さい話題引き起こしてるとはいえ、すでに知ってた人にとっての話題くらいにしかなってなかったのではないか。「わしズム」で初めてはまった人とかいるのだろうか。

 個人的な話をすれば、高校時代ゴー宣クラスちょっと流行たことがあった。オタクっぽい、本好きの間だけだったけど。

 気になって最新刊立ち読みしたら、すでにつくる会がぐだぐだになってた時期だった。つくる会という運動はともかく、小林よしのりのマスへの影響力自体はもうほとんどなくなってたんじゃないか、当時。

 まあ、それでも無印時代~新の初めのころまではおもしろかったのでよく読んだ。部落差別についての一連の話も、興味深く読んだ(同和教育のない地域だったので)。無印に登場する時事的な話題は、高校生にとっては、そこで扱われてる話題ほとんどは「小学校のころ見聞きした事件」だった。薬害エイズも、オウム真理教も、おぼっちゃまくんPTA白眼視されたのも、小学校のころニュース番組から流れてきた話題である。今くらいの年齢なら数年前もなんとなくつい最近と思えるけど、高校生にとっての小学校時代は「大昔」だ。田舎町の高校だったからなのかは知らないが、たまたまクラスで数年遅れで流行たから、手に取ってそれなりに影響も受けたけど、そうじゃなければ小林よしのりなんて大して意識しないまま大人になった可能性が高い。

 例外もあるだろうが、自分体験を鑑みても、ゴー宣に「ピンと来れる」のは、ほぼほぼ俺くらいの世代最後なんではないか。扱われてる人物の盛衰もあるし。小林よしのりにちゃんと接した世代というのは、俺かもう少し上の世代までじゃないだろうかと思うのだ。つまり、30代以上である

 だから若い人は小林よしのりなんて知らないのだ。あるいは名前くらいは知ってて、「保守の大物文化人」くらいは認識してるかもしれない、でも近年のアイヌ否定のことだって知らないし、昔のことなんてもっと知らないだろう。認識の外のものはどうやったって外のものである若い人のせいじゃない。吉本隆明なんて読んだことはなくても名前だけはわかる。そんな感じ。

 さらにいうなら、おそらく小林よしのりが「やばい」というのも通じないのだ。小林よしのりに怒ってる人は、歴史修正主義運動カジュアル化した極右、くらいに思ってると思う。

 でも、そうじゃないのだ。多分、若い人には、歴史修正主義極右のやらかすような、行き着きすぎたところにある行動だと思っていない。それは、保守を認ずる人なら、当たり前に身につけることだ、と思われてるんではないだろうか。

 回り見回したらわかるではないかネット出版業界も、そういうふうにできているのだ。これも、若い人のせいではない。

 間接的な話をすれば、2001年つくる会教科書が検定を通っている。2002年からは、新しい指導要領の下での教育が始まりつくる会教科書はその指導要領の下で採用されている。いわゆる「ゆとり教育である2002年中学入学したのが89年度生まれ。それ以後は地域によっては小林よしのり的なもの教育現場浸食されはじめた後の世代である被害者なのである

 数年の差はあるけど、くっつけて言ってしまえば、ゆとり教育世代(以降)は、小林よしのりを知らない。小林よしのりのことをよく知らなければ、そして、歴史修正主義学校から世間までが侵食されきった状態普通世界人生を送ってきていれば、そりゃこんなに「普通保守」までウイングが広がった、と喜ぶほうが普通決まってるではないか普通保守、そのものがそういうしろものまで後退しているのである

 いや、なんだかヘン、というのはわかるのだ。でも、それを安易に難ずることは、つまり「よくわからなくても批判せよ。俺たちが駄目だと言っている」と言う話なわけで、こんなのは典型的パターナリズムであるリベラル思想をともにする人のやるべきことではない。こういうレトリックは、自称中立とか冷笑系といわれるような連中みたいで嫌なんだけど、もちろんあの手の連中みたいなことをいいたいわけではない。

 かといってほっときいいとも思わないので、ちゃんと小林よしのりがどういう人かを(むやみに相手を傷つけないよう)継承するしかないだろうけど。引用した西田氏などは乱暴な口調ながら説明はしているだけ良いかもしれない。

 もう一つ心配になることがある。上にも少し触れたけど、小林よしのりを知るか知らないかは、「ゆとり世代」前と後に、偶然ほぼ重なっている。ゆとり世代なるレッテルをふりかざして、インターネット内外でどういうバッシング世代叩きが起きたかゆとり世代以前の人間なら知らないはずはないだろう。若者叩きというと新聞TVや「リベラル文化人」の責任押し付けておいて素知らぬ顔の人も多いかもしれないが、これはインターネット2chまとめサイト利用者テキストサイト個人ニュースサイトなどの運営者に重なる集団大手を振って謳歌していた「バッシングであるゆとり叩きをしていたネット民、について彼らが何かを総括したという話は寡聞にして聞かない。匿名ほとんどなのでそんなこと期待するだけ無駄であろうが。

 話がそれたけれど、世代バッシング被害者世代がその上の世代をどう思っているかは、俺にもよくわからないところがある。ただ、目に見えないところに微妙な反感が潜んでいても、あまり非難はできない。

 なので、たまたま分断ラインがほぼそれとかぶっていると思われるこの小林よしのり評価をめぐる見解の相違は、乱暴に扱うととんでもないものに着火させるような気がする。

 むやみに相手を傷つけないよう、などと注釈したのも、そういう理由であって。

 若い人はともかく、小林よしのりのものには擁護余地はない、大いにバッシングすべきだ、という意見もあろう。すごくわかる。

 ただなあ。

 小林よしのりって、自分の見込みからズレるとすぐ相手罵倒しはじめるじゃん。事例はそれこそ星の数ほど。

 うかつに叩きまくると、蛇を出してきそうでめんどくさそうなのだ。一方、↓みたいな危惧もある。菅直人が手のひら返されたのなんてそれこそあっという間だったわけで(しかゴー宣見る限りでは、主なきっかけは「対談を断ったから」)。

 バッシングするなとはいわないが、いろいろと腫物扱いしておくべき人だな、という気はする。

 今回の選挙は、多分、立憲民主党議席を伸ばす。とはいえ、自民党も伸ばすのだろう。希望の党がポシャったので。安倍晋三の顔にタテ線を入れるという意味ではもう少し希望の党が持ちこたえて欲しかったが、それ以外の意味では希望の党がしぼんでくれて良かったわけで、まあしょうがない。

 なので、これから大事だろう。立憲民主党いつまでも追い風なわけもない。これからさまざまな合流もあるだろうし、いろいろな批判も出てくるだろう。すでに公明党が目の上のタンコブを検出してロックオンしている。

 立憲民主党Twitterはやけに上手い。きっとネットに造詣のある人がやってるんだろう。でもそういうさばけた感じでうまくやる人と、やらかす人が紙一重なのはネットウオッチャーには常識である。何とか炎上させるための火花がほしくて仕方ない人はきっと与党支持者を中心にいっぱいいるわけで、上げ潮だからこそ心配、な案件かもしれない。

 というわけで、あんまり立憲民主支持者がのんびり自分たち陣営が予想以上に多いことを喜んでる場合ではあんまりない(連日TLで見かける立会演説写真は、うぉーっとは思うけどそういう意味でつい一歩引いて見ている自分がいる)。そこに安易世代バッシング火種を投入するのは、いま立憲民主党に期待している人にとって、まったくいいことがないと思うのだ。もうちょこちょこと局所的なディスカッションが発生しているのは自分観測範囲でも見かけるし、わかるんだけど、これが躓きの石になったら、さすがに残念すぎるだろう。

2017-10-13

anond:20171013044943

ruby

# 曜日定数定義
module YOUBI
    Sun = 0, Mon = 1, Tue = 2, Wed = 3, Thu = 4, Fri = 5, Sat = 6
end

# 指定年月日の曜日取得
# https://en.wikipedia.org/wiki/Determination_of_the_day_of_the_week#Implementation-dependent_methods
def get_youbi(year, month, day)
    day += if month < 3 then year-=1;year+1 else year-2 end # <
    (23 * month / 9 + day + 4 + year / 4 - year / 100 + year / 400) % 7
end

# 13日の金曜日判定
def super_friday(year, month)
    get_youbi(year, month, 13) == YOUBI::Fri
end

# メイン関数
def main
    for year in 2000..2100
        msg = "#{year}年:"
        for month in 1..12
            if super_friday(year, month)
                msg += "#{month}月13日 "
            end
        end

        #print msg + "\n" # back-slash
        puts msg
    end
end

# 実行
main

出力

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2097年:9月13日 12月13日 
2098年:6月13日 
2099年:2月13日 3月13日 11月13日 
2100年:8月13日 

28年周期なの?

wikiのSakamotoメソッドソースwiki記法不具合じゃないの?

と思いましたが、、。

 ↓

https://groups.google.com/forum/#!msg/comp.lang.c/GPA5wwrVnVw/hi2wB0TXGkAJ

 ↓

"-bed=pen+mad."[m] 文字列の添字なんだな・・。

2017-10-05

anond:20171003201918

そもそも痛車とか、ああいう人に見せびらかすようなオタクが増えた事自体がそう昔の話ではないだろう

トゥナイト2でコミケ特集とかやってた頃は、皆日陰で後ろめたく暮らしてたと思うんだが

ウィキペディアを見ると

トゥナイト2の最終回2002年3月29日

痛車の項目に「2000年代前半以前は愛好家同士のみで通じる隠語のようなものだったが」

という記載があるので、長くても15年弱だね

やっぱエヴァンゲリオン社会認知が一番でかいのかな

2017-09-30

氷河期自己責任だと思う

氷河期自己責任だ。

俺にはそういう権利がある。

なぜなら俺は最悪氷河期2002年卒だからだ。2003卒が最悪だという説もあるが2chスレの延びからしても2002最悪説を採用してもいいだろう。

さらに俺の親はリストラされている。

話外れたが同じ超氷河期として言わせて貰うが氷河期非正規ゆとりのごとく考えが甘い。

小泉竹中批判するやつらが多いがお前ら当時は諸手を降って賛成し批判する俺を売国奴扱いしただろうが

将来のために英語を学べといっても学ぶやつもおらず、国に不満があるのに国を出ようともしなかった。

おれも既卒当時はフリーターだったがいまは難関資格をいくつか持ちなんとかやっていけている。結局多くの氷河期努力が足りないのだ。

自己責任、この言葉をもう一度噛み締めなさい。

2017-09-22

anond:20170922152750

ポリコレアメリカで言われ始めたのは1990年代

日本で「ポリコレ」が流行るのは2016年

ただし保母保育士に改められたのが1999年看護婦看護師に改められたのは2002年で、

まり左翼は昔からポリコレにもとづいて運動を展開してきていた。

どちらかというと「右翼ポリコレという言葉を見つけてやたら連呼しはじめた」が正しい。

2017-09-20

妖怪アパートの幽雅な日常はどうなってんだ?

4話まではよくある人間妖怪が出て来る癒し系アニメかと思ったが、

5話で精霊が封じ込められてる魔導書を手に入れて使いこなすための修行をはじめて、

9話から12話はバトル物に路線変更して引き伸ばしの末ようやく1つの事件解決するという超スローペースっぷり。妖怪アパート要素は申し訳程度に最後にちょろっと出る程度。

妙に話の進みが遅いと思ったらこれ2クールやるんだな。このままバトルアニメになるのか?大和リビングはそれでいいのか?

つーか主人公の声と演技のせいでとある魔術の禁書目録見てる気分になる。

話は逸れるが映画タイムマシン(2002年リメイク版)」をご存知だろうか?強盗に殺された婚約者を助けるためにタイムマシン過去を変えようとするが何度やってもうまくいかないというシリアスな前半なのに対し、中盤から婚約者なんてどうでもいいぜとばかりにアクション冒険もの路線が変更され前半と後半で別映画を楽しめるという怪作映画。このアニメを見ていてふと思い出した。

2017-09-12

5分で読めないカタルーニャ情勢の補足

5分でわかるカタルーニャ問題増田です。すごい伸びててビックリしました。増田ブクマ四桁行ったのなんて初めてです。みんなカタルーニャに興味あるんやな……!

https://anond.hatelabo.jp/20170910082231

ということで、補足説明の補足に来ました。

sgo2 東京税金地方にばら撒かれるのはうんざりから独立する!と言ったら他県民がどう思うか考えれば、スペイン中央政府辛辣なのも多少は理解できるかと。(その辺差し引いても愚行とは思うが)

その喩えでいうなら、東京はたくさん税金を払っているのになかなか高速道路は作られないし老朽化した鉄道しか走っていない、しかもどちらも他の地方では整備されているのに、という状況なんですよね(近郊電車整備計画実施率はマドリードがほぼ100%バルセロナでは10%以下)。

さらに、法律では介護費用中央政府自治州が均等に負担することになっているのですが、2014年度のカタルーニャ自治州拠出額は9億ユーロを超えるのに対して中央政府は2億ユーロ弱。2015年度のカタルーニャへの文化予算は凍結されたのですがプラド美術館への予算は増額。最も視聴率の高いカタルーニャ語TV放送局廃止対象として名前が挙がっています(この辺、詳しくは参考文献にある奥野良知「カタルーニャでなぜ独立主義が高まっているのか?」38~40ページを参照してください)。

仮に日本でこんなことされたら都民が怒っても許されるのではないかと。

mahal しか徴税権の上前問題ぶっちゃけバレンシアラマンチャアンダルシア辺りから見ても「ヤツら俺らより金持ってるやんけ」みたいな感情とかはありそうなのが、また難しそうな。

実は2006年カタルーニャ自治州自治憲章は、中央政府だけではなく、ムルシアラ・リオハアラゴンバレンシアバレアレス諸島の5自治州から違憲だとして提訴されていますムルシア自治州ラ・リオハ自治州はご承知の通り1県だけで1自治州構成しているところで、何やら思うところがあったのかもしれません。バレンシア自治州バレアレス諸島自治州というカタルーニャ語圏に属する自治州から提訴されてるのは、カタルーニャ自治州独立運動が単純に言語だけに根ざしたものではないことの証明といえそうです。アラゴン自治州は州内にアラゴン語という少数言語を抱えていますが非常に規模が小さく、むしろカタルーニャとの州境沿いに広がるカタルーニャ語勢力の方が強い州ですね(州としての多数派言語スペイン語)。要するにカタルーニャ隣接する全ての自治州から違憲だと訴えられてることになるわけで、ご指摘のような要素は間違いなくあるだろうなと。

shoot_c_na こういうアプローチだとカタルーニャ可哀想だろうが、視点変えたら「貧乏人の面倒をもう押し付けられたくない。中央が取り立てるから習い事が続けられない」にもなるので、憤る前に深呼吸した方がいい

スペイン語という習い事カタルーニャ人押し付けているのはスペイン政府の側なのですがそれは。

スペイン語を「学ぶのが当然」、カタルーニャ語を「地方しか通じない特殊言語で学ぶ必要特にない」扱いする態度こそがカタルーニャ人の怒りを買ってきたわけで。

IkaMaru そこまで経済力のある地方を懐柔するのでなく抑圧して怒りを買うって、善悪別にしても政治のものがヘタクソすぎないか

これはもう統治技法問題じゃなくて、国民党(や市民党からしてみたら国家のあり方の根幹に関わる問題なので、妥協できないんだろうなーと思います。彼らからすれば憲法無視国家統一破壊する暴挙を阻止しようと懸命なのでしょう。

hahiho これ中央政府側もカタルーニャに甘い顔した奴は失脚一直線みたいな空気感すごそう

ていうか、スペイン中央ではけっこう反カタルーニャ雰囲気が強いんですね。彼らにはカタルーニャ要求が反スペイン的なものに見えていて、カタルーニャへの反感が政治家だけでなく市民レベルでも見られるっぽいんです。正直それがどの程度「ふつう市民」の感覚を反映しているかは疑問ではありますが、与党国民党の台頭にあわせてそういう風潮も増大したとか。

もちろんカタルーニャ側もけっこう強引なことをやってたりするんですが、それでもカタルーニャ民意をそれなりに反映しているわけです。独立派独立するかどうかは別にして住民の声を聞くべきだよね派で議会のかなりの数を占めていますし。ところがマドリードの側は「一部の煽動政治家によって国家分裂が試みられている」という認識なんですね。これは話通じませんわ。

あと、分離独立ということで、カタルーニャ独立運動フランス国民戦線みたいな国粋主義的・排外主義運動だと誤解する人も結構ます。実際には既に指摘したように移民出自独立に賛成している人も大勢ますし、普段スペイン語生活してる人の中にも独立派がいますし、そもそもカタルーニャ独自ネーションと認めないのってスペイン国主義以外の何物でもないと思うんですが。カタルーニャ移住した子どもが無理やりカタルーニャ語を学ばされている! と憤るスペイン人も多いようです。自分たちカタルーニャの子どもにスペイン語を学ばせていることは気にならないみたいですね。

以下のような体験をした人もいて、割とナチュラルカタルーニャ人のことを下に見てるカスティーリャ人って多いんだろうなぁと。

これに関して、「みんながカタルーニャのこと悪く言うけど、実際に住んでみたら全然違うじゃん!」という内容の動画ようつべで人気になってたみたいです(上で挙げた論文の注9で紹介されています)。

https://www.youtube.com/watch?v=M14ebPJ-AtM

こちらの論文も参考になります

  • Kathryn Crameri, “Anti-Catalanism, Moral Panics and the Catalan Language: The Case of Ciudadanos de segunda,” Journal of Iberian and Latin American Research, vol.21, no.2 (2015)

atahara なぜそんなにカタルーニャには、民族的アイデンティティがあるのか?という辺りに興味がある。例えばフランスも強力に言語統一して、国を維持してるよね。イギリススペインよりうまくいってないし。

いや、フランスバッチリ少数言語アイデンティティは残ってますよ。公用語としての地位こそないですが、オクシタンでは地名の二言語表記なんかもされるようになってますし、フランス領バスクではバスク語が話されていますし、ブルターニュではブレイス語を公用語にしようという主張が昔からあります。そしてコルシカ島では第2次世界大戦後に分離独立主義者テロが絶えなかった時期がありました。かつて少数言語絶対認めないマンとして有名だったフランスですら、最近地域語の存在を徐々に認めるようになってきてます(まあ、それでも地域公用語にすら指定してなかったりするので、かつての面影は健在というか)。

ちなみに欧州の少数言語Wikipedia作りが盛んで、バスク語オック語などの有名どころだけじゃなく、コルシカ語版(https://co.wikipedia.org/wiki/Pagina_maestra)やピカルディ語版(https://pcd.wikipedia.org/wiki/Accueul)のWikipediaも作られてますね。

参考文献はこちらです。

stet "逆に言えば、それ以外の言語を使う「義務」を州が課すことは違憲"ここの論理おかしいと思った。後段を見ても「それ以外の言語のみを「義務」とする」のが違憲ということでは。

私もこの辺の法律論争は詳しくないので、具体的にどういう理屈違憲とされたのかは参考文献で挙げた『現代スペインの諸相』を見てほしいのですが、たぶんこれは「知る義務」との兼ね合いじゃなくて「使う権利」の方に引っかかってるんだと思います。「カタルーニャ語を使う義務」があったとしたら、それは「スペイン語を使う権利が侵されている」ということになりますよね。

anus3710223 仮に独立した際、ビルバオ処置は如何に/いいまとめ。元々カタルーニャには興味あったので、参考文献読んでみたい。

mrescape 独立したらリーガバルセロナとかビルバオも脱退なのか?それだけはやめてほしい。アメリカMLSにもカナダのチームあるよね?そんなイメージ

ビルバオバスク自治州のチームなので、今回の住民投票カタルーニャ独立宣言しても問題なくリーガ・エスパニョーラには残れますね……。バルサに関しては、スペイン側が「リーガには参加できない」と言明してたような。カタルーニャ共和国リーグを作るか、あるいはリーグ・アンに参加するか、になるんじゃないかと思いますhttps://www.soccer-king.jp/news/world/esp/20151028/364245.html)。まあ、もしリーガ側が計算高ければ、独立が確定して覆せなくなった段階で残留してもいいとか言い出す可能性もありますけど。

gomaaji バスクはかなりの自治権を認められて停戦したのかなとぼんやり思ってたが、これを読むとバスク自治権なさそうで、あちらの解説もお願いしたい。

whirl 5分でわかるバスク地方もお願いしま

バスク自治州ナバラ自治州自治制度に関しては

が詳しく説明してくれているので、ぜひ読みましょう。かなりオススメです。

yogasa 権限委譲をしてしまっているのと教育なのかな。それと比べると本邦はおおよそ全ての国民47都道府県単一民族と思ってるだろうし統治成功しているんだなあ

いやだなあ、日本にもあるじゃないですか。選挙で示された県民民意中央政府にガン無視され続け、県民の怒りを逆撫でするような政策発言ばっかりされている、独自文化歴史を持つ県が。

最後

「5分じゃ読めない」って反応だらけだったの何なの!? ちゃんと5分でわかるまとめパートと補足説明パートは分けてたでしょ!? はてな民、読解力だけは信じてたのにがっかりだよ!1!!!

2017-09-10

5分でわかるカタルーニャ住民投票独立問題

このへんの話。

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170907/k10011129891000.html

http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20170908/p2

事情に詳しくない人からすると「なんでそんなにカタルーニャは熱くなってるの?」って感じだろうと思うので、簡単に解説したあとで補足説明をつけます。

5分でわかるまとめ

補足説明

背景を説明するためには、時代をいっきに40年ほどさかのぼ必要があります

1975年に、スペイン総統フランシスコ・フランコが亡くなりました。その結果スペイン王政復古し、現国王の父であり当時国王だったフアン・カルロス1世のもとで民主化への道を歩んでいくことになります。この王様、退位前の数年間はひどく評判が悪かったんですが、民主化に反対する軍将校が起こしたクーデター鎮圧したことで即位直後は民主化守護者としてたいそう人気がありました。ちなみに現国王のフェリペ6世は当時10歳にもならない子供だったので深夜に行われた国王クーデター首謀者との会談の席ではおねむだったのですが、船を漕ぐたびに「おまえは王様になるんだから王様のつとめをよく見ておきなさい」と父君に優しく揺り起こされていたそうです。なにそれ萌える

閑話休題。このフランコ政権ですが、典型的な「スペイン単一民族国家だもん!」派の政権でした。彼が在世中はカタルーニャ語バスク語をおおやけの場で用いることはひどく抑圧され、内戦前のカタルーニャ州政府首脳陣は殺されるか投獄されるか亡命するかという感じでした。そのフランコが死んだことで、亡命州政府トップスペインに帰国し、民主化が進展します。このときフランコ体制下で抑圧されてきた「スペイン多民族国家になるべきだもん!」派が一気に声をあげはじめます

(ここでいう「民族」ってのは、英語ネーションにあたる、スペイン語のnación、カタルーニャ語のnacióのことで、「自分で国を作れる権利や能力のある集団」みたいな感じなんですよね……うまく説明できないんですが。なので移民とかは勘定に入れてません。この文脈だと「国民」と訳した方がいいのかも。「スペイン単一民族国家だよ」というのは「スペインにいるのは『スペイン国民』だけであり、カタルーニャ人バスク人もひとしく『スペイン国民』だよ」ということで、カタルーニャ人たちは「スペインには『カタルーニャ国民』や『バスク国民』もいるんだ」と主張してるわけですね)

民主化したからにはちゃんと民主的な憲法を作らないといけませんが、これが紛糾します。単一民族国家というのはフランコだけの思想ではなく、熱心なスペインナショナリストフランコ死後も消えてなくなりはしなかったわけです。彼らは頑強にスペイン統一、つまりスペイン単一民族国家であることを守ろうとします。一方でこれまでさんざん煮え湯を飲まされてきた地方の側もそれでは収まりません。そんななか、妥協として制定されたのが1978年憲法でした。条文の英訳をウィキソースからコピペします。

Section 2

The Constitution is based on the indissoluble unity of the Spanish Nation, the common and indivisible homeland of all Spaniards; it recognises and guarantees the right to selfgovernment of the nationalities and regions of which it is composed and the solidarity among them all.

太字にしたところはテストに出るので覚えておいてください。ここではスペインひとつネーションからなり、不可分であること、そしてネーションの他にいくつものナショナリティ存在することが謳われていますナショナリティっていわれると普通は「国籍」って意味なんですが、この文脈では「準ネーション」みたいな意味だと思ってください。つまりネーションひとつしかないけど、準ネーションっぽいものはいくつもあるよ! ってことですね。

(ところで、この憲法からもわかる通り、スペイン連邦制国家ではありません。連邦制かと見紛うばかりに地方に権限委譲がなされてはいますが、それでも「連邦制=国の集まり」ではなく「スペインは不可分のひとつの国!」ということになっているのです。これを専門用語自治州国家体制といいます

この憲法にのっとってカタルーニャ自治州の地位を得、フランコ体制下で迫害されていたカタルーニャ語を復活させるための政策に着手します(これを「言語正常化」といいます)。使用弾圧されただけでなく、工業化が進む中でスペインの他地方からの移民が来て、カタルーニャ語を解さない州民が増えていたのです。また、なにせ相手は数億人の使用人口を誇る言語ですから、話者数数百万人のカタルーニャ語など放っておいたら自然淘汰されてしまいかねません。州政府公教育カタルーニャ語を導入し、様々な場面でカタルーニャ語使用を義務づけ、カタルーニャ語使用助成金を出し、結果として今ではほとんどの州民がカタルーニャ語スペイン語の見事なバイリンガルに育つようになっています

助成金は、たとえばパソコンのOSのカタルーニャ語訳とかに出されています。数億人が使ってるスペイン語経済的にペイするのですぐに翻訳されて、なおかつ州民はみんなスペイン語ができるので、放っておくとみんなそっちを使っちゃうんですよね……)

ところでこの憲法、実はもうひとつトラップがあります。それは公用語について定めた条文です。

Section 3

C1. Castilian is the official Spanish language of the State. All Spaniards have the duty to know it and the right to use it.

C2. The other Spanish languages shall also be official in the respective Self-governing Communities in accordance with their Statutes.

C3. The wealth of the different linguistic forms of Spain is a cultural heritage which shall be especially respected and protected.

そう、カスティーリャ語(つまりスペイン語)は、スペイン市民(たとえバスク人カタルーニャ人であっても)にとって知る「義務」があり、使う「権利」がある唯一の言語なのです。逆に言えば、それ以外の言語を使う「義務」を州が課すことは違憲になります

この時点で、たとえばカタルーニャ州が州内の教育カタルーニャ語だけで行おうとしたら違憲です。カタルーニャ州が州民に高度なバイリンガル教育を施しているのは、理想が高いのではなくそうせざるを得ないということです。またカタルーニャ州言語政策も、たとえば「お店のメニューカタルーニャ語を使う義務」「商品のラベルカタルーニャ語を使う義務」「企業広報活動カタルーニャ語を使う義務」といったものを法で定めたりしていますが、これは個々人に対する義務ではないのでギリギリ合憲ということになっています。なっているはずでした。

ところで、カタルーニャも極楽ではなく、何をするにも先立つものがいることには変わりありません。つまりお金です。ところが、スペイン自治州には基本的徴税権がありません。バスク自治州ナバラ自治州には歴史的事情(ありていに言うとスペイン継承戦争官軍についた)によって徴税権があり、その一部を国庫に納入していますが、カタルーニャあくまで国が徴税して配分するお金を受け取る立場です。そしてカタルーニャスペイン全体でみても豊かな地域であり、多くの税金カタルーニャから徴収され、多額の税金カタルーニャ還元されています

しかし、その収支が赤字だということが大問題なのです。カタルーニャから徴収される税金は、カタルーニャ交付されたり還元されたりする際に8%ほど目減りしていますしかも、これだけ払っていながらもインフラ整備は後回しにされているのです。カタルーニャだけ高速道路は有料で列車老朽化も放置、EUから勧告されたカタルーニャ高速道路整備も中央政府拒否っておきながらマドリードなどカスティーリャインフラはしっかり整備しています。他州より高く払っているのに他州より低いサービスしか受けられないのは何事だと、カタルーニャ州民が怒るのももっともです。

こうした状況を受け、2000年代に入ると自治憲章(要するに自治州の憲法ですね)改正の動きが活発化します。自治州議会は、徴税権やカタルーニャネーション(nació)であることを盛り込んだ憲章草案を可決しますが、中央政府(当時は左派社会労働党)との交渉徴税権は削られ(かわりに公平な交付金の支給を約束。結局実施されてませんけど)ネーション条項は前文のみ。妥協のすえ2006年にようやくスペイン国会を通過して新自治憲章が成立します。

これに待ったをかけたのが国民党(現・与党)です。彼らからしてみれば、「一地方の自治権強化はスペイン統一に反する」というわけですね。彼らはこの自治憲章が憲法違反だと憲法裁判所に提訴、これに対抗してカタルーニャではデモが盛り上がり、「我々には自決権がある」という主張が登場します。そして2010年憲法裁判所は自治憲章の多くの条文に違憲判決を下しました。しかもその判決は、これまでカタルーニャが行ってきた自治権強化政策を否定し、自治権をより縮小する方向のものでした。カタルーニャ語を行政において優先させる規定違憲となり、カタルーニャネーションとした前文は、スペインにおいてネーションはただひとつとして法的拘束力はないとされたのです。そしてこの違憲判決に基づいて、カタルーニャ学校ではスペイン語で教えるべし、という判決も出されました。

ここまで妥協しても憲法違反になるのか……という絶望が、一気に民意を独立へと傾けていきます。それまで20%前後を行ったり来たりしていた独立への支持率が、この違憲判決を境に一気に30%を超え、2013年には60%に達しました。今の憲法がある限り、スペイン国家に留まっている限り、カタルーニャ自由にはなれない、と多くの人びとが考えるようになったのです。移民の子だってカタルーニャ暮らしているわけですから独立に傾きます

2014年カタルーニャ自治州は「法的拘束力のない」住民投票実施を計画しますが、違憲とされて差し止めが命じられました(提訴したのはもちろん中央政府です)。じゃあ非公式の模擬投票やろうぜ、と言ったらそれも違憲とされて差し止め命令が出されます(模擬投票も認めないなんて表現の自由に対する攻撃だと国際的に抗議が殺到した模様)。結局自治州非公式の投票を決行しましたが、中央政府憲法違反の投票を強行したとして当時の州首相らを刑事裁判にかけますちなみに裁判期日として指定されたのは、フランコ政権によって内戦前最後カタルーニャ自治政府首相が銃殺された日でした。煽り力高い。州首相だけでなく州議会議長まで訴追するよう憲法裁判所は命じています民主主義とは。

このような国民党政府対応が火に油を注ぐ結果となり、今回の住民投票実施に至るわけですが、この期に及んでなお国民党は「カタルーニャ自治州に毎週会計報告を義務付け、違反した場合交付金を停止する」と表明したり(http://www.pressdigitaljapan.es/texto-diario/mostrar/775503/)、プッチダモン州首相を訴追する準備を進めていたりして(http://www.politico.eu/article/catalonia-independence-referendum-spain-the-carles-puigdemont-factor/)、まあある意味通常運転です。「やっぱスペイン国家の枠内では自治権保証されないじゃん……」とカタルーニャ人に思わせるだけの簡単なお仕事こうして着々と独立に向けたフラグが立っていくのでした。

スペイン政府オプションとしてカタルーニャ自治州政府の停止も視野に入れているという報道があります。根拠となるのはスペイン憲法155条です。

Section 155

1. If a Self-governing Community does not fulfil the obligations imposed upon it by the Constitution or other laws, or acts in a way that is seriously prejudicial to the general interest of Spain, the Government, after having lodged a complaint with the President of the Self-governing Community and failed to receive satisfaction therefore, may, following approval granted by the overall majority of the Senate, take all measures necessary to compel the Community to meet said obligations, or to protect the abovementioned general interest.

2. With a view to implementing the measures provided for in the foregoing paragraph, the Government may issue instructions to all the authorities of the Self-governing Communities.

ぶっちゃけこのオプションが採られた場合投票は物理的にはできなくなるでしょうが、まあスペイン国家とスペイン憲法へのヘイトをためるには十分すぎるほどなので、余計に独立への意志を強めるだけですよね……という辺りが現状言えることです。部外者としてはワクテカが止まらない祭り出来事ですが、楽しむためには背景知識必要だろうと野暮を承知解説してみました。部屋を明るくして画面から離れて住民投票をお楽しみください。

参考文献

この増田のパクr……ネタ元です。どれもネットで読めます

違憲とされたカタルーニャ州法の条文が詳しい解説が。

スペインにおける地方分権についての基本書。

現代カタルーニャ入門書

インド系カタルーニャ人独立派についての記事

そもそもなんでカタルーニャスペインの一部になってるの? とか、カタルーニャの栄光時代はいつだよ……ジャウマ1世の時か? とかの疑問が湧いてきた時にオススメです。住民投票は……住民投票は今なんだよ!

2017-08-26

24時間テレビのメインテーマがどんどん気持ち悪くなっている

80年代前後24時間テレビのメインテーマは、必要支援は何かということを明確化していた。

気持ち悪さはあまり感じない。むしろ誠実さや実直さといった、プラスイメージを抱くテーマである

回数(放送年)メインテーマ
第1回(1978年)・第2回(1979年寝たきり老人にお風呂を!身障者にリフト付きバス車椅子を!
第3回(1980年カンボジアベトナムラオス難民のために!
第4回(1981年アジアアフリカ障害者のために!国際障害者年記念
第5回(1982年ストップ!ニッポン姥捨て時代!
第6回(1983年君の地球ボランティア!アフリカ飢餓緊急援助!世界コミュニケーション記念
第7回(1984年この地球未来子どもたちのもの!
第8回(1985年アフリカ飢餓救援
第9回(1986年寝たきり老人にお風呂を!身障者にリフト付きバス車椅子を!そしてアジアアフリカの飢えた子どもたちのために!
10回(1987年SAVE THE CHILDREN
11回(1988年君は地球ボランティア年寄りに在宅福祉を、障害者社会参加を!
12回(1989年アジアアフリカの子どもたちに海外援助を!
第13回(1990年地球を救え!10計画
第14回(1991年雲仙・普賢岳災害救援!寝たきりのお年寄りにお風呂カーを!障害者社会参加を!アジアアフリカ海外援助を!

 

90年代ごろ、何が必要支援かということがメインテーマから消えた。

その代わり、メインテーマ薄っぺら美辞麗句だけで構成されるようになった。

個人的にはポジティブ押し売りみたいな薄気味悪さを感じるし、一抹の気持ち悪さすら感じる。

回数(放送年)メインテーマ
第15回(1992年愛の歌声地球を救う
第16回(1993年出会い
17回(1994年チャレンジ!
第18回(1995年もう一度、チャレンジ
第19回(1996年ONE LOVE〜つなげよう!ひとつの愛〜
20回(1997年勇気を出して
第21回(1998年いま、始めよう
第22回(1999年伝えたい…夢のちから!
23回(2000年がんばる…君のために!
24回(2001年家族って何?
第25回(2002年家族で笑ってますか…?
第26回(2003年あなたを一番愛する人
第27回(2004年あなたの夢はみんなの夢
28回(2005年生きる

 

2000年代の中ごろ以降、メインテーマ90年代以降の薄っぺら美辞麗句路線を維持しつつも、

本来漢字ひらがな表記すべきところを意味もなくカタカナ表記キズナ・キセキなど)したり、

一般受けやす単語(絆・愛など)に薄っぺらポエムドッキングさせたりしている。

得も言われぬ気持ち悪さを感じさせるものばかりという印象。

回数(放送年)メインテーマ
第29回(2006年絆(キズナ)〜今、私たちにできること
第30回(2007年人生が変わる瞬間(とき
31回(2008年誓い〜一番大切な約束
第32回(2009年START!〜一歩を踏みだそう〜
33回(2010年ありがとう〜今、あの人に伝えたい〜
第34回(2011年力(ちから)〜わたしは、たいせつなひとり。〜
第35回(2012年未来 みらい
第36回(2013年ニッポンって…?〜この国のかたち
第37回(2014年さなキセキ、大きなキセキ
第38回(2015年つなぐ〜時を超えて笑顔を〜
第39回(2016年愛〜これが私の生きる道
第40回(2017年告白勇気を出して伝えよう〜

 

数十年もの間、毎年数億円単位募金を集め、それを社会福祉のために役立てている24時間テレビ存在には頭が下がる思いだ。

そういう実績がある以上、今後も続けていくべき番組だろうとは思う。

しかし感動やポジティブ押し付けと言い、気持ち悪いメインテーマと言い、見ていて歯が浮く番組でもある。

2017-08-23

[]夜見山北中学3年3組の生徒はガンダムパイロットになれる法則

ヒーローまたはヒロインガンダムパイロット

望月優矢
佐藤和江
中尾順太(逝去)

サブキャラクターガンダムパイロット

小椋由美(アニメ版逝去)

ガンプラバトルなのでガンダムパイロットに含めていいのか分からない

サブキャラクターモビルスーツパイロット

敕使河原直哉
王子誠(アニメ版逝去)
猿田昇(アニメ版逝去)

王子猿田が共にMSパイロットになれて目出度い

ヒーローまたはヒロイン

杉浦多佳子(逝去)

サブキャラクター(追跡しきれなかったがモビルスーツを操縦していた可能性はある)

榊原恒一(主人公)

回数は多いがメインキャラではないゲームでの出演ばかり。Another出演以降は1回

風見智彦(アニメ版逝去)
綾野彩(アニメ版逝去)
前島学(原作逝去)
辻井雪人
役名が確定しない3年3組生徒

2017-08-18

最低賃金の推移(全国加重平均)

2002年 663円

2003年 664円 0.2%

2004年 665円 0.2%

2005年 668円 0.5%

2006年 673円 0.7%

2007年 687円 2.1%

2008年 703円 2.3%

2009年 713円 1.4%

2010年 730円 2.4%

2011年 737円 1.0%

2012年 749円 1.6%

2013年 764円 2.0%

2014年 780円 2.1%

2015年 798円 2.3%

2016年 823円 3.1%

2017年 848円 3.0%

http://archive.is/dqI4Y

http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/minimumichiran/index.html

2017-08-15

https://anond.hatelabo.jp/20170815074955

あーなんか「セックスを推奨してるように読める」だけじゃなくて全体的に話が印象ありきになってるな

こちらがそちらが一番聞きたい部分にちゃんと答えられていなかった、ってのは認めるけど

そちらの

現状の教育が過剰に忌避してるとは思えない。

あんたが具体的にあげた項目は性行為作法以外全部現行の教育現場でやってるって言ってるじゃん。んでそれは流行りの同意プロセスと似たような話だと思うんだけど、コミュ力ありきで察しろみたいな記事しかないけど教育現場でどう教えるつもりなのかが俺はしりたい。

実践的な性教育って教育範疇超えちゃうよね。

このへんの発言も単なる主観の域を出てないよね。少なくとも「実践的な性教育教育範疇を超える」という増田理屈自分にはピンとこない。このまま話し合っても平行線になるし、自分意見の論拠となるデータをちゃんと提示しあって「なにを拠り所にしてそう考えるか・そう主張するのか」を踏まえ直すべきでは?

まずこちから先に提示するけど

自分意見形成過程で見聞きした情報、ないし見聞きした情報と同種の内容が掲載されているサイト。とくに「現状の性教育が不十分である」とする論拠、それから後で書く増田の「実践的な性教育セックス講習ではない」の根拠ととなっているのは1と5。

1ははてブでもホッテントリに上がるくらいブクマがついていたからもしかすると増田も読んだかもしれないけれど、この記事の中に「1990年代は熱心だった日本性教育」という項目があり、次のように書いている。

1990年代は熱心だった日本性教育

 実は、日本学校教育現場でも性教育に熱心だった時期はあった。「性教育元年」と言われた1992年からの約10年間がそれだ。1980年代エイズパニックきっかけとして、「エイズ感染予防のためにも性教育必要」と言われるようになり、学習指導要領改訂。「理科」や新たに始まった「保健」を通じて小学校段階から「性」を本格的に教えるようになった。

 流れが変わったのは、2000年に入ってからだと言われる。

きっかけは、厚生労働省所管の財団法人母子生協会が中学3年生向けに作成した冊子「思春期のためのラブ・アンド・ボディBOOK」の回収騒動だ。冊子にはコンドームの装着方法ピルの紹介などもあり、2002年頃、国会で「中学生の性行動をあおっている」といった激しい批判を受けた。冊子は結局、全面回収されてしまう。

 この当時、国会地方議会マスコミを主舞台として「過激性教育学校でまん延している」「教室性交渉方法を教えていいのか」といった批判が激しくなり、「性教育元年」と呼ばれた動きは教室から姿を消した。

 ここを読めば、現在性教育についての内容が行政の取り組みの段階から過去教育と比べて後退的であるということが分かる。また3の記事でも00年代初頭の性教育へのバッシングについての言及があり、ここでも同様の見方を取ることが出来る。

 「性教育の不十分さ」の可能性については増田自分とそれほど意見が違っていないようだから、ここはそのまま承服してくれるだろうと思う。

 次に5について。これは日本オランダアメリカタイといった実践教育を行っている国との教育内容の比較で、この中からオランダアメリカの部分を引用する。

オランダでは~(中略)~思春期を迎える前の時期から性は食事睡眠と同じように日常生活の一部であり、ごく自然で当たり前のことだと教えられます小学校によっては高学年でバナナを使って実際に避妊具を被せる実習を行うこともあるようです。

~(略)~

このように、オランダ若者は性に関する十分な知識を身につけているため、10代の出産率と中絶率が世界の中でも極めて低くなっています

アメリカでは大きく3つのパターンにわかます

○「総合性教育セクシュアリティ教育)」…性を生物学心理学社会学など多角的にとらえて1人の責任ある人間としていかに行動するかを教え、避妊妊娠中絶同性愛否定しません。

○「禁欲教育」…結婚まで性交せずに禁欲生活を送ることがいか重要かを教える教育です。

○「総合性教育禁欲教育プラスしたもの」はどちらか一方に比重が置かれる場合があります

(強調部分はいずれも元サイト準拠)

これ以外のタイでも、これらと同様に単に性機能避妊方法と言ったごく狭い範囲に教えるのではなく、対人関係人権視点と言った多角的目線で“性”を捉えることを重視している、といったような記述が成されている。

 それで、この1と5を踏まえて言えるのは、まず日本性教育世界はもちろんのこと“過去日本にさえ”遅れているということ。また、これだけ行き遅れている状態性教育についてのカリキュラムを多少なり進展させたところで、それが踏み込みすぎになることはあり得ない、とも言える。

 また、コンドーム仮想利用まで教育にとり入れることを容認しているオランダ出産率、中絶率の低さから言っても「踏み込んだ性教育が、乱れた性風紀を生み出すことと直結することはない」というのも明らか。これで自分

セックスという行為存在自体肯定的に捉えつつ、それはそれとしてセックスする前に必要不可欠な知識はしっかり頭に入れてからやってね」

が単にセックスを推奨するものではない、ということを理解してもらえると思う。

 そして最後増田の言う性教育には限界がある、という主張に対する反論として、先に引用したアメリカ性教育についての文章(抜粋なのでできれば元サイト文章も)を読んで欲しい。

 アメリカ場合特殊で、「同性愛避妊中絶」といった部分までひろく教えるところ、現状遅れているとされる日本さえ先進的に見えるくらいにガッチガチの「反中主義禁欲主義」を掲げるところと、州によって性教育カリキュラムに天と地ほどの差がある。つまりこれは性教育過程で教えるべき知識・教えるべきでない知識」「性教育限界がどこにあるのか」というのは、単に教育者側・行政者側の主観によってしか取り決められていないってこと。

 ともすれば、性教育限界説なんていうのは単なるまやかしで、本当に拠るべきは「性教育限界がどこにあるのか」なんていう主観いくらでも変わるものではなく、「実施した性教育が、実社会にどのような結果をもたらしたか」のはず。そしてその「踏み込んだ性教育実施した結果」は、オランダのそれを見れば分かるように、充分に好意的に捉えていいものになってる。

 はじめの増田記事自分含めたくさんのブクマが集まったのもこの増田のはじめに書いたように

実践的な内容に踏み込めば踏み込むほど、教育とはかけ離れていく

教育とかけ離れれば、それはもうセックス講習

っていう、主観しかない「実践的な性教育セックス講習と同義」「実践的な内容に踏み込む教育とは違うものになる」という理屈立てをさも自明の理であるかのように書いたからなんだよね。

で、自分含めみんなその理屈立てがそもそもおかしいことに気づききれないまま

コンドームを使いましょう

避妊薬を使いましょう

くらいまでならまだ教育範疇だけど

どちらもない時はシックスナインしましょうなんて言いだしたらもう教育はいえない

の部分に突っ込んで、「オーラセックス知識必要」「オーラセックスの話になる意味がわからない」といったように、概ね「踏み込んだ性教育をするべき」という意見にまとまっているはずなのに、各発言にばらつきが出てしまったわけだ。

それで、この辺の話を踏まえたうえで改めてトラバ言及するけど

元増田でも言ってるんだけど

実践的な性教育って教育範疇超えちゃうよね。じゃあ、結局性教育ってどうすればいいんよ

ってのが俺の趣旨なんだけど、言いたいことだけ言ってる感すごくない?

 まず自分質問をする前に、増田自分でさんざん挙げている「教育範疇」というものについて定義する必要がある。明確な定義けがなされなければ増田意見は単なる主観の域を出ないし、主観ありきの出発点で話を始めている以上、そのレールに乗ったまま自分が何か意見を挙げても増田が「それは教育範疇じゃない」と言えばそういうことになってしまう。これはこれまでのトラバ増田が「どう読んでもお前の意見セックスを推奨しているとしか読めない」と主張した、またそう主張し続けることができたことから言っても明らかだ。

 しかしながらそこで「教育範疇とは何か」を定義づけするにしても、先に挙げたアメリカオランダといった他国性教育の例を見れば明白なように、教育者行政者側の視点いくらでも変わり得る「教育範疇」に絶対的基準などないし、もし絶対的基準というものがあるのだとすれば、その基準にもとづいて性教育カリキュラムを制定すればいいわけで、増田の「性教育には限界がある」という主張は成立しなくなる。

 ただ、こう書いて「煙に巻いただけで、さんざん自分質問したことには答えてくれていない」と言われるのは嫌だから元増田

コンドームを使いましょう

避妊薬を使いましょう

くらいまでならまだ教育範疇だけど

どちらもない時はシックスナインしましょうなんて言いだしたらもう教育はいえない

 ここの部分を例に挙げて自分意見を述べておく。

 自分主観と、これまでに引用した記事の知見に拠るなら、妊娠リスク回避しつつ性的快感を互いに感じ合うというのは未成年に依らず性的機能を保持しているあらゆる男女で行われていることだし、別に自分オーラセックス存在を例示するのは何も問題があるとも思わないし、自分はそれが「教育ではない」とは思わない。

 ただ、オーラセックスでも性病感染リスクはあるわけで、「そうするようにしましょう」とまで言うべきだとも思わない。原則として「妊娠したくない(させたくない)、妊娠しても出産できない状況下では、妊娠リスクを伴う性交渉は最大限避けるように努めるべきだ」としつつ、避妊手段や口淫などの性器同士を直接触れ合わせずに性的快感を感じ合う手段を例示する(実際にそういった手段を行うかの判断は生徒側に任せる)のが理想的だと考える。

 どうだろう、増田意見に沿うかはさておいて、ひとまず確かな一意見提示として読んでもらえたなら幸いだけど。

2017-08-16 14:29追記: 全体的にタイプミス意見として明瞭でない部分があったので、論旨は維持しつつ一部文章を手直しした。なんか返信もらえなかったけど、それはそれとしてひとまず読んでくれたのならよかった。

2017-08-14

全国高等学校ラグビー大会花園島根県予選

1992年(第71回大会江の川(初出場)
1993年(第72回大会江の川(2年連続2回目)
1994年(第73回大会江の川(3年連続3回目)
1995年(第74回大会江の川(4年連続4回目)
1996年(第75回大会江の川(5年連続5回目)
1997年(第76回大会江の川(6年連続6回目)
1998年(第77回大会江の川(7年連続7回目)
1999年(第78回大会江の川(8年連続8回目)
2000年(第79回大会江の川(9年連続9回目)
2001年(第80回大会江の川10連続10回目)
2002年(第81回大会江の川11連続11回目)
2003年(第82回大会江の川12連続12回目)
2004年(第83回大会江の川(13年連続13回目)
2005年(第84回大会江の川(14年連続14回目)
2006年(第85回大会江の川(15年連続15回目)
2007年(第86大会江の川(16年連続16回目)
2008年(第87回大会江の川17連続17回目)
2009年(第88回大会江の川(18年連続18回目)
2010年(第89回大会石見智翠館(19年連続19回目)
2011年(第90回大会石見智翠館20連続20回目)
2012年(第91回大会石見智翠館(21年連続21回目)
2013年(第92大会石見智翠館(22年連続22回目)
2014年(第93回大会石見智翠館23連続23回目)
2015年(第94回大会石見智翠館24連続24回目)
2016年(第95回大会石見智翠館(25年連続25回目)

2009年校名変更

尚、出場校は2校(1回戦が決勝)の模様

2017-08-10

https://anond.hatelabo.jp/20170810180722

 

湘南ゴミ拾いオフ 2002年 対テレビ局 中止

安倍晋三ゴミ拾い 2007年

 アララ安倍首相ゴミ拾いパフォーマンスのために、小学生らがしかられちゃった――

安倍首相は3日午前、地元小学生らに交じり、丸川珠代参院東京選挙区候補者東京世田谷区

多摩川河川敷ゴミ拾いの清掃活動に参加した。

 冒頭、「美しい日本をつくっていくため、きれいな日本をつくっていくことが大切だ」と得意満面

挨拶した首相だが、安倍首相作業を始めるとゴミがない……。河川敷は先日も清掃したばかりで、

しかも先に作業した人たちがゴミを拾ってしまっていた。それに気付いた関係者が「ダメだよ拾っちゃ! 

ここは総理が拾うところだ!」と絶叫。拾った人は渋々ゴミを袋から地面に戻した。

 安倍首相の当日の姿はシャツと革靴。参加者の中には首相のやる気を疑問視する声もあった。ゴミ

拾いに挑戦してゴミをまいてきた小学生たちは、首相が叫ぶ「美しい国」をどうとらえるのだろうか。

 

2007年6月4日掲載記事

http://news.www.infoseek.co.jp/gendainet/society/story/07gendainet02032141/

2ch系ニュアンスメンタリティの変化

自分は昔,2chを見ていた.ほとんど書き込んだことはない.初めて見たのは高校生ときだろうか.1997年くらい? 家に自分お金ネットをひいたんだっけかな.確か当時は月に接続時間10時間とかそういう契約だったと思う.ページを読み込んではちまちま切断して接続時間節約していた.

イラストサイトを見たり,怪しい海外の○○なサイトを見たり,んでもって結局何を一番見ていたのかというと2chだった.特にどの板というわけでなく,ニュース系や趣味を見ていたかな.ここでの刺激はすごかった.第一印象として,みんなすごく頭がいいんだなと思った.上っ面じゃない文章がそこには溢れていて,普段自分の周りで起きないような会話だらけだった.例えば何か海外紛争があったりする.そしたら当時に自分だったら「平和が一番」レベル感想しか持たなかった.だけど2chでは「勝手に血を流しあえ」とか「俺には関係ない」という正直な自分本位感想だったり,国際情勢を鑑みての発言だったり,なんというか上っ面じゃないものにあふれていた.逆に自分の考えは相当上っ面なんだと思った.人は思ったよりも「我」が強い生き物なんだなと気づいた.

何が言いたいのかっていうと当時のネットの登場は,高校生自分にとっては,上っ面メンタリティ破壊したものだった,ということだ.標準的教育を通して推奨される応答ではない,自分にとって関係あるかどうかそれに根ざしたもの,そしてそれをお互いが譲れないということ,そういうものネットにあふれていた.「氏ね」「あぼーん」「逝ってよし」「DQN」などで表現された嘲笑ネットにあふれていた時代だった.

最初期の直接的嘲笑時代から少し時間が流れ,VIP的な時代が来る.時代的に2002年2008年くらいか? VIP書き込みしたことがない人でも以下の顔文字webネトゲに氾濫したことは覚えているだろう.名称内藤ホライゾンとかブーンとか言うらしい.うざばか系顔文字(^ω^)の時代だ.これまでの直接的な嘲笑から少し生活感のあるひねりや皮肉が加えられたような表現,「○○なんだお」「○○なんですお」.

この顔文字や「~だお」表現の直接的な意図としては,「氏ね」などと同じく嘲笑であるものの,幼さから来るフレンドリー感や必死さをばかにするようなシニカルニュアンス冗談ぽさが増えたように感じる.「氏ね」は使ったことはないがネトゲで(^ω^)や「だお」は使ったことが自分にはある.使ったことがあるどころかネトゲでは多用し多用されていたと思う.「氏ね」はweb上のバトルでしか存在しなかったが,(^ω^)はWeb上の会話として用いられ,やがてwebから出てきたような表現かなと.

結局のところ,これら表現は望まれたのだと思う.ああ! 他人シニカルバカにしたい! けど「氏ね」だと直接的すぎて使うのが忍びないし,知ってる人には使えない...→(^ω^)コレでいいじゃん! → 爆発的に利用されVIPというまるで人格めいたもの認識される →やがて一般的にも広がりアングラ感が薄れてる → 少しダサさを帯び始める.確かに今使ったら年寄り扱いされそうな表現ではあるな.

フレンドリーさは急速に拡大していく,現在の到達点はなんJ語かなと.関西弁ベースに「○○ンゴ」「サンガツ」「ええんやで」などなど,なんか土着的というか生活感がぐっと出てきたというか,「氏ね」ほど直接的でなく(^ω^)ほど間接的でなく,もっと自然で素朴な飾らない我の出し方というか,時代を経てバランスした表現だと感じる.ベース標準語ではなく関西弁というもの興味深い.繰り返すが流行っているということは便利だと思う人がたくさんいるということだ.なんJ語がこの形なのは,そんなニュアンス無意識下に望まれたからだ.ただしなんJニュアンス現実世界よりもフレンドリーになってしまい,なんJ語を使うには現実世界は冷たすぎる,というバランス.実際職場学校で使う所を想像すると,何?突然馴れ馴れしいんだけど?ってなる気がする.

やがて次のニュアンスがそろそろ望まれていて,何かの誤用かなんかで急速に広まるだろう.もしかしたら次は表現の変化ではないのかもしれない.2ch的なスペースはwebでは小規模なものになっており,まとめサイトでその規模が維持されているような状態だ.そういう意味ではまとめサイトは新表現を育成したり周知する苗床みたいなものだろう.しか最近では広告ばかりで末期感があるしなあ.次は一体何が来るのか? ニュアンスの到来というのはツールの到来と違い,もう一つの世界という気もするが,次はどうなるかわからない.発散して宇宙の塵として消え,現実世界ベースFacebook世界のみになるのか(個人的にはコレはつまらない),Youtuberの個にぶら下がる形のカリスマ傘下型になるのか(個人的にはコレもつまらない),それともニュアンスの苗床たるまとめサイト以上のものが登場するのか.

ネットスラング,形をもたずニュアンスの共有し,まるで人格めいたものがそこにいるような気がするスペース.ツールではない人の拠り所.いくつもなく,現実世界と常にバランスして変わり続ける.そんな曖昧ものが愛しくてやまない今日このごろ.

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