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2019-05-21

行きたくねェ〜!

転職4日目。

50目前にしてリストラ、よく考えたら今まで25年ぐらい転々としつつもずっと接客業だったが、最初から人付き合いは不得意で苦手だった。

ので、この際そうじゃない職種に、

よく考えずに応募して採用していただいてしまって、2日間後の土日休み後の4日目。

何にも、出来ない。

いたたまれない、居場所がまだない、

教わってはいるけど、さっぱり覚えられない、

居たくない…

職場側に非は絶対に無い、なぜなら頼んで採用して入れてもらったのはコチラだから

だがしかし今はただただ邪魔してるだけ、私が居なければ定刻や定時に終わるはずなのに。やくたたずだから収益にもなっていない。

教わっても教わっても言われたことが出来ない。いま指示されてやった事の意味が解っていないので、次回に自分で出来ない。

何を何のためにやったのか解らないので、これからやる事が分からない…

誰かが知らないうちにコロシテくれたらラクなのに

2019-05-12

仕事を辞めようか迷っています

理由残業が多くてプライベート時間が少ないからです。

私は30代で独身ですが、このまま定年まで勤め続けることに不安を覚えました。

また、職場仕事のやり方についても不満があり、それが改善しそうにも無さそうなことも辞めたい理由の1つです。

上司問題点は気づいているし、上に伝えているけど理解してもらえず現状変わっていない、という前歴があるので半ば諦めているのではないかと思います

しかに、今無職になったら収入が無くなるので貯金を崩しての生活になるため、不安しか残りません。

また、うつにもなっていて次の仕事もすぐに決まるかどうかあやしいところです。

職業柄、業種を選ばなければわりと求人はありそうなのですが転々とするのは会社から見たら印象はあまり良くなさそうです。

夢や目標特にないまま今まで生きてきてしまったので自分人生どうしたいのか非常に悩んでいます

2019-05-10

MVP

職場で準MVPを受賞することになった。

いろんな職場職種転々としてきたけど、初めて公式な形で

評価されたのが嬉しい。

公式な、とわざわざつけなくても、基本、これまで評価されること

なんてなかったのだけど。

それどころか、会社お荷物扱いされたり、パワハラ

職場いじめブラック企業もあったし、あとは基本どこ行っても

馴染めなくて、嫌われて疎まれて、居場所なくなって辞める繰り返しだった。

職場と冒頭で書いたけど、会社で働いているわけでなく、

オンラインでほぼ完結するお仕事

現代ならではだと思う。

数年前までほとんど知られてなかった新しい業種。

ただ、在宅で働ける事が魅力で、飛び込んで、訳がわからないまま

がむしゃらに出来る事を積み重ねて約一年

気がつけばクライアントからたくさん感謝されるようになっていた。

そうなんだよな。

私、接客業をしてた時分から、同僚には大抵疎まれるけど、

お客さんには人気だったんだよ。

販売コンテストで優勝したことだってある。(これすらも、販売だけできたって

ダメなんだよ、っつわれる始末だし)

ほとほと人と働くのが嫌になって、この仕事始めて、一人で

自分裁量仕事ができるのが楽しくて。

顔の見えないクライアント文章と声だけで信頼関係をある程度築いて、

それも、期間限定の付き合いだから、しがらみもなく。

理想的仕事だと思ってた。

評価までされるとは、嬉しい。

そりゃ、いつかは取りたいと思ってたし、どうせならMVPが良かったけど、

MVPでも認められたことには変わりないから、喜ぼう。

仕事ができない人間だとは思わない。

そこそこ出来てたとこもあったと思う。

だけど、絶望的に同僚とうまく付き合えなかった。

人間関係が苦痛だった。

接客は好きだったのに、同僚や上司とは無理だった。

ほんと、どうしてこんなに嫌われるのだろう、と言うくらい嫌われた

こともある。

私、生贄の羊だったのかな、ってくらい。

働く環境って、ほんと大事

今の仕事に心から感謝している。

私をのびのびと働かせてくれて、クライアントから感謝してもらって

評価までしてくれる。

ありがとう

今後も、できることを粛々と続けていきます

2019-05-09

戦艦大和を「もったいないもったいない」言って最後の使い道があれかよ

あいうのを見ると昔の武士が死に場所を探して戦場転々としてたのも納得できるな

2019-05-08

anond:20190508014210

父親に殴られながら育ったから多分貴方と同じ位には人間嫌いだし友達1人もいないよ。学生の頃はクラス全員に無視されてたし。

でも他人の役には立ちたいと思う。苦しみをくれるのも喜びをくれるのも結局人間で、人間に大した差はないと思ってるから

パリピも隠キャの自分もロールと好みが違うからそのように振舞ってるだけで大して変わりないと思う。

で、人の役に立って金もらえるなんて最高、でもボランティアクソ喰らえ対価を寄越せって思う。

暴言吐く人間は「ああ人間になり損なった自分だ、可哀相に」って思う。

血圧からしょっちゅう倒れるけど癌や生まれつきの病気毎日苦しんでないのはありがたい、健康ありがたいと思う。

クソみたいな会社には貢献したくないからこの会社クソだなと思ったら自分の中で2年とか3年とか区切りをつけてすぐ転職してきた。

から割と色んな職転々としてきたよ。1番クソだったのは教育関係かな。でもクソな会社のおかげで下手くそでも自動的電話を取る癖がついたので電話が怖くなくなったのが仕事苦にならなくなった大部分の理由だと思う。

下手くそ文章申し訳ない。なにかの参考になれば。

2019-05-07

死にたくなったら絵を描こう

希死念慮モリモリ人間です。「死にたい奴は紛争地帯に行け」とか思ってる人にはイライラする文章を今から書こうと思う。早く死にたいけどなんとなく生きてしまってる自分みたいな人間に向けてダラダラとしたくだらない話。

まず前提として自分放任主義の親の元に、それも真ん中っ子として生まれた。父親は職を転々としていてたまに1年無職しかDVにパチカス母親は何事も波風立てたくない人間めっちゃ貧乏

もうこれだけであ、この人生ゲームクソだわリセマラ希望って感じだけどさら個体値ゴミ運動勉強もできませんクラスでビリ。

そんなんだから学生時代にひたすらへらっへらして他人悪口絶対言わないしめんどくさい事は率先してやる都合の良い、いい子ちゃんポジションになる事で乗り切ってた。

まあでも大人になったら今度は仕事ゴミほどできないわけで。もうね、学生の頃からだけど何やってもダメだし、誰から必要も期待もされないか普通に自分の生きる意味ってなんだ?ってなるよね。

まれちゃったから仕方なく生きてるって感じ。

で、タイトルの話だけど、絵を描く事が自分の唯一の趣味。下手なりに長いこと描いてはいる。自分みたいなタイプにとっての絵の良さは、「好きなキャラクターを描いたら誰かしらいいねをくれる」事。親から得られなかった承認が、こんなに簡単に得られるんだ。絵って凄い。絵を通じて自分と話をしてくれる人も増えた。何もない自分に、絵が、大好きなキャラクターが、居場所を与えてくれる。

それからさらに絵の良さもう1つ、「好きなキャラクター描いてたら楽しいから時間が過ぎるのが早い」。生きているという苦痛時間を早く潰す事ができる。しか楽しい

そしてなんといっても「睡眠時間を削れば早くぽっくり死ぬ可能性が増える」。

アーティストさんは若くしてなくなることが良くあるらしい。

死にたいと考えてる人、一回は死に方考えた事あるでしょ。でも大抵迷惑がかかるんだよ自殺って。勇気もいる。多分めっちゃ痛いだろうし。でも睡眠時間が少なくて体に異常をきたしてぽっくり死ぬ人って不可抗力じゃん?勇気必要ないし、身を委ねれば終わり。しかも死を咎められない。最高じゃん。

自分長生きしたくないから、ぽっくり死ぬために睡眠時間を削って絵を描いてる。楽しいし、自殺する努力が要らないから最高だと思ってる。

趣味のない自殺志願者で死ぬ勇気がない人は絵を描いてみてほしい。今すぐとはいかなくとも若くしてぽっくりしぬ事ができるかもしれない。し、楽し過ぎたら死にたくなくなるかもしれない。死にたくなくなったら睡眠時間を確保しつつ楽しく絵を描けばいい。

絵は、自殺志願者にとって最高の趣味だと自分は思う。

2019-05-02

anond:20190502114351

今のキャリアがまさにそれ。

昔は担当部署に関する長期にわたる政策なども政治家業者とも飲みながら考えたそうだが(癒着談合など悪い面もあったが)、

今は、官僚が一人でいろいろな職を転々とするだけで、専門知識は身につかないし、

長期にわたって物事が考えられない。

単にちょっと頭のいい器用な人が来て、上から要望

伝えて仕事情報を整理するということを繰り返している。

官民一体となって国の産業を支えていくような

政策立案能力が皆無で日本はもう終わった。

2019-04-30

anond:20190430232917

何をやってもダメで職を転々しまくった俺の親父は口を開けば韓国バカにするだけのクソウヨだよ

2019-04-29

2010.9.18から復讐者(アヴェンジャー

それは2010年9月18日だったか

19日だったか

それとももう少し時間が経ってからだったか日課ニコマスランキングをチェックしているととんでもない光景が録画されている動画ランクインしていた。

当時ニコニコ御三家と言われてたボカロ東方アイドルマスター

ボカロも良い、東方も良い、でもやっぱりアイドルマスター

もといニコマスが好きだった。

プロレベルのとんでもないPVバンバン投稿され、おもしろいの、シリアスな奴、ちょっとえっちなやつ、架空戦記、他色々、ネタ動画やありとあらゆるもの毎日投稿されていた。そんなニコマスが好きだった。

4人プロデュース不可。

他にも色々あったけれども個人的には割とどうでもよかった。

“団結”?笑わせる、13人プロデュース出来ないで何が団結だ。

アイドルマスター2及び2nd Visionプロジェクトの発表。

それからネットの一部は荒れに荒れた。

2ちゃんニコニココミュetc.

引退表明をして動画を削除する名プロデューサー達、

署名をしよう、運営を信じてればきっと救われる、2月の発売まで待て。

一旦落ち着こう。俺はP達の言う通り“仲間”を信じて待った。

2011年2月23日

やっと動画が作れる環境になったので簡単PVを作って投稿。確か1000再生ぐらいはしたはずだ。ランキングの下の下の方には入った記憶がある。

これで俺も2011年2月デビューPだ。

2011年2月24日

ダメだった。

スギコミュプレイ動画投稿された、なんだこれ、こんなもの誰も望んで無かった。

2011年3月11日

東北応援を送る為みんなでざわわんを歌おう。

なんだその企画?ふざけてるのか?

案の定発案者のPは炎上、あれはツイッターだったか2ちゃんだったか忘れたけど、まぁ長いこと鎮火しなかった。

もうだめだ、こいつらと一緒にされたくない。

この界隈に自分の居場所はなかった。

アニメが始まった。

なんの説明も無いまま終わったあずささんの髪型変更回、テンプレツンデレお金持ちお嬢様キャラと化した伊織

途中で見れなくなった。

その後お涙頂戴の為の運営お気に入り(?)千早エピソードがあったらしいがそこまで見る気が失せていた。

からアイマスが好きだって言えなくなった。

それからジャンル転々とした。

ラブライブはさっぱり興味が沸かなかった。

何か違う、でもそれが何か説明出来るわけではなかった。

シンデレラが人気出てきてアニメ化、アニメの出来はまぁ良かった。

生け贄にされた本田未央、2期のわけがからない展開、笑顔を奪われた島村卯月を除いては。

あぁ、やっぱりこのコンテンツはこういう事をするんだ。

脚本の都合でキャラを闇落ちさせてから更正させれば神脚本

プリティーリズムを見ろ、もっと上手くやってるだろ、クソみたいな脚本を褒め称えるやつらはなんなんだ。

シンデレラには期待していたのに、やっぱり無理だった。

つい最近、本当につい最近やっと落ち着け場所を見つけた。

二次元アイドルコンテンツは後発作品が山ほど生まれ消えていった。この場所もそう言ったコンテンツの一つだが納得している。

それでも、それでもまだあの頃受けた悲しみや怒りが消えてるわけではなかった。

ある日誰かが未だに918に囚われてるなんてまるでジンマン大尉だと呟いていた。

そうだ、俺たちの戦争は終わってない。

過去は変えられないしあの時受けた傷は消えるわけではない。

今の界隈じゃ当時一部のアンチが騒いだだけ扱い。

あぁそうかいあんたらがそう言うならネットの隅っこで言い続けてやる、アイドルマスター2に裏切られたと、二次元は裏切らないなんて幻想だと。

そこに来て夢見りあむの登場だ。

歓迎するものお気持ち投稿するもの、祭に便乗するもの

彼女の事を忘れない限り、名前を口にする限り、彼女の名はどんどん拡散され知名度は上がっていく。

総選挙中間三位発表から

夢見りあむをアンリマユに見立てエントリ

運営が切り捨てた者達の怨嗟という泥を飲み込んで成長する歪んだ願望器。

クラス復讐者(アヴェンジャー)、あの記事を読んだ時生まれ感情愉悦以外の何者でもなかった。

そうだ、これは復讐だ、コンテンツ未来がどうなろうが関係無い、あの頃裏切られて、置いていかれたまま年を食っただけのオタク復讐だ。

何が総選挙だ、そろそろこの茶番に一矢報いよう。

例え全てが運営の手のひらの上だとしても、お前がシンデレラになる事でイエスマン達の苦虫を噛み潰したような顔が見られるなら誘いに乗ってやる。

理想もなく、悲願もない。ならば愉悦を望めばいいだけではないか

泥被りのシンデレラ平成最後にクソみたいな夢を見せてくれ。

夢見りあむはアンリマユの夢を見るか

anond:20190428211527

2019-04-27

ゲーム内のチームメンバーの一人が突然抜けた。

彼はチームリーダーではなかったが、チームで一番のパワーだった。

課金額もけっこうなもんだったと思う。

それが、何か突然キレたかと思うとチームを抜けてしまった。

ゲーム内の各種チャットルームからも抜けてしまった。

彼の望むチームのイメージと、現在のチームメンバー状況が合わないのはずっと前からだった。

強いチームを望み課金を重ねる彼と、チーム統合で後から入った微課金勢では、意識がずれていた。

重課金メンバーもそこそこいるにはいたが、皆よい社会人だった。ゲームより仕事を優先したし、家族を優先した。

もちろん当の彼もそうだったのだとは思うが、他のメンバーに比べてかなりゲームを重視していた。

つのまにかチーム内は無課金・微課金プライベート優先というメンバーがかなり多くなっていた。戦力にならない。

それでもチャットが賑やかなのは、それはそれで彼も楽しかったんだと思う。

きっかけは半月ほど前、彼がパワーランクが最大ランクのうちの一人になったあたりからだと思う。

彼は強いチームを目指し、自分は最大ランクになった。

にもかかわらずチームイベントでは相変わらず他チームにぼろ負けだった。

次のイベントに向けて親交あるチームとの外交必要なのに、チーム内の誰もそんなことは考えてないようで、日常雑談チャットルームが埋まっていくばかりだった。

で、突然彼はキレた。原因はリーダー電話しても出なかったこと、にもかかわらずゲームチャットで彼にいつものように声をかけたこと が逆鱗に触れたらしい。

電話出ないくせに声をかけてんじゃねえ

勘違いするなよ、リアルで行くぞ、コラ

という意味のことを地方言葉で言い、チームメンバーが何事かと思っているうちにチームを脱退し 全ての連絡手段を絶ってしまった。

その後 彼は他国のチームを転々として、そのうちの一つに落ち着いたようだ。

彼はずっと日本人チームで政権を取りたいという思いがあったようだった。が、それより何より、勝てるチームにいたい 戦うメンバーと一緒に遊びたい という思いがあったんだろうなと思っている。

2019-04-23

anond:20190423225417

なのでホームレス手前みたいなどん底の女でも、それ専門で食い散らかす男の家を転々としてそれなりに生きてたりするんだよな

あと実家との関係とかもどうなんだろね

知り合いのメンヘラ女見てると、東京で食い詰めて実家に帰ったパターンが多いけど、男は帰らない

看護師(31♀)だけど、おないどしのフリーターマンが「どうせ治すような人生でもないし」って言っててつらい・・・。。。

数日前、診察に来た割とさわやかイケメンの、でも週数日しか働いてない(ドクターにそう話してた)フリーター31歳マン

単発の仕事転々としてて健康診断を受けたことがないレベルだったみたいで、

うちで調べてたらちょっと引っかかる数値があって、

ドクターが「くわしくしらべましょうか」って声をかけたら、

そう答えてた・・・

べつになにかできるわけでもないけど、なんかつらい・・・

男が言う「貴重なまんこが」っていう気持ちがすこしわかるかも・・・ってくらいにはイケメンだったし

2019-04-22

女のホームレス事情ってホームレスになる前に

DQN男の家を転々とするフェーズとかがあるところが男と違うんだろうな

そこで偶然まともな男に引っかかれば復活できる

2019-04-18

NEW GAME! バッドエンド集考えた

https://anond.hatelabo.jp/20190419174113

涼風 青葉

持ち前の健気さと真面目さを武器努力を続ける。しかスランプに陥り、絵が描けなくなってしまう。真面目さが災いし、誰に相談することもなく、自分の力のみでスランプを乗り越えようとするも、押しつぶされてしまう。自分が今までうまくやってこれたのは、コウという師がいてくれたから。そう結論づけた青葉は、コウを追いかフランスゲーム会社に入ることを決意。コウと再び一緒に仕事をできることを夢見て、フランスに渡る。

・桜 ねね

大学4年、イーグルジャンプから内定を貰ったねねっちは調子に乗って友人に自慢する。無い内定の友人の逆鱗に触れ、人間関係悪化する。ゼミに顔を出しづらくなったことが原因で卒業要件単位を取得できずに春を迎えてしまう。やむを得ず退学して高卒イーグルジャンプ入社。頼りにしていたうみこは何故か会社におらず、しかプログラマ仕事に没頭する。青葉が会社を去った時、遂に孤独を感じてしまったねねっちは、自分のやりたいことがわからなくなり、なぜこの会社入社たかを自問する。かつて師であり指導してくれたうみこはおらず、友人も会社を去った。こんなはずではなかったと衝動のままに退職し、少しの貯金を頼りに自分探しの旅を始める。

篠田 はじめ

アニメイベントに参加しているうちにオタク仲間が徐々に増え、その仲間内で姫扱いされるようになる。慣れない女性扱いに戸惑いつつも、ちやほやされるのが気持ちよくもあり、しか増長はしないように自重することで、良い距離感オタク仲間たちと共にコミュニティを築きあげる。ひょんなことでゆんにコミュニティを紹介すると、ゆんもコミュニティを気に入り参加するようになる。はじめと違い次第に態度が尊大になっていくゆんをたしなめるも、ゆんはその態度を変えることはなく、むしろ日に日に増長するようになる。ゆんとの関係悪化し、コミュニティ内にはじめ派とゆん派の派閥ができた頃、ギスギスした雰囲気が嫌になったはじめはコミュニティを脱退する。その後、ゆんと気まずくなり、職場ではただの仕事仲間の関係になる。数年後、部署が変わったはじめは、ゆんが会社を辞めたことを同僚から聞いたとき、気まずい人間関係が終わったことに内心ほっとする。以前よりもゲームアニメを楽しめなくなり、人と距離を縮めることに小さなトラウマを持つようになるが、何を行動するでもなく、そのまま仕事を続ける。

飯島 ゆん

はじめからコミュニティを紹介され、オタク仲間と仲良くなる。はじめと同様にちやほやされ姫扱いされるのが気持ちよく、よく顔を出すようになる。はじめがコミュニティを脱退すると同時に、ゆんのコミュニティ内の地位は決定的なものになり、尊大な姫として振る舞うようになる。しかコミュニティは次第に不安定ものになり、新しく女性コミュニティに参加するたびに争いと軋轢が生まれるようになる。コミュニティは分裂を繰り返し小さくなっていき、姫の地位を失うことを恐れたゆんは、きわどいコスプレ撮影会を開催、同衾し、なんとかコミュニティ繋ぎ止めた。だが行動はさらエスカレートし、ついに自分の妹弟の写真を使って気を引く様になった時、警察通報される。コミュニティ崩壊し、会社を辞め、親に泣かれ、妹弟から避けられ、何もかもを失ったゆんだったが、いまだ姫として扱われた幻想に囚われ続けている。彼女ひきこもりながら動画配信を始める。

・滝本 ひふみ

趣味コスプレ活動を続けるうちに、ファンが付くようになる。そのうち一人の女性と仲良くなり、友達になる。ある日、コスプレ活動をした帰り道、どこからかやってきた男性ファンに強引に言い寄られてしまうが、間一髪のところで友人に助けられる。ショックで泣いているひふみを慰め、危ないからと友人宅に泊めてくれた友人は優しかった。安心しきっていたひふみだったが、その夜、友人に告白される。混乱しショックを受けたひふみは友人宅を飛び出してしまう。家に帰り布団にくるまって考える。有名になってもいいことは一つもない……そう考えたひふみは、コスプレ活動を辞め、ファンとの交流の一切を断つことを決意。新しくできた友人の連絡すらも。数年後、ひふみは平穏な日々を過ごしていた。しかしふとした時に考える。友人と縁を切る必要はあったのか? 気持ちに応られなくても、友達として関係を続けることはできなかったのか? そのような考えも今となっては……ひふみは毎日宗次郎と暮らし、いつものように変わらない日々を過ごす。

・遠山 りん

コウがフランス出会った男性婚約独身最後パーティでコウに思いの丈をぶつけるが断られる。パーティの帰り道に出会ったバンドマンと一夜を共にして付き合うことになるも、二股と金の無心を繰り返される。恋人と別れ、東京から逃げるように地方WEB制作会社転職。そこで一からキャリアを再出発し、いかんなく能力を発揮し業績を上げるも、ワンマンセクハラ上司の誘いを断ったことに逆ギレされ、社内いじめが発生。再び逃げるように派遣会社転職する。その後派遣として転々とした生活をし、キャリアを終える。

八神 コウ

フランス出会った男性結婚共働きで忙しくも仲睦まじい生活が1年続いた後、第一子を出産する。育児休業を取り子育てに専念するようになるも、仕事に戻りたいコウと、家庭に入ってほしい夫とぶつかるようになる。第二子流産きっかけに離婚し、子供と二人暮らしをはじめる。元のゲーム会社に復帰し時短勤務を始めるも、以前のような仕事を任せてもらえず、また思うように絵が描けず、フラストレーションがたまっていく。仕事と家庭の両立に疲弊しつつも、コウなりに良い母親になろうと努力する。しかし思うようにいかない家事仕事鬱憤子供にあたるようになり、ついに暴力をふるうようになってしまう。激務に倒れ、病院に運ばれた際にDVが発覚してしまう。子供は元夫が引き取るようになり仕事に専念できるようになったコウだが、良い親になれなかった自身を生涯責め続け、以前のような絵を描けなくなる。

阿波根 うみこ

休憩中にふざけて撃ったガス銃の弾が同僚の目に命中失明させてしまう。多額の賠償金を支払うことになる。イーグルジャンプはいられなくなり、会社を去る。

年相応になれなくても

職場のおばちゃんが辞めた。たった3ヶ月。

五十半ばのおばちゃん独身

その年齢なら期待されるスキルや、リーダーシップ積極性、場を和ませるということはなにもなく、仕事を振っても出来ませんしたことありませんと返し、仕事以外の話は絶対しないと決めてるかのごとく、人とも距離を取っていた。

将来の自分を見てるようで戦慄した。

居づらくなったのか、ある日突然来なくなった。

事務に聞けば、職場転々としていた人らしい。居づらくなったらいつもそうしてたんじゃないと、他のおば様がたが口々に言った。

私が人ごとと思えなかったのは、私自身二十代は引きこもりで、三十点前でようやく社会復帰出来た人間からだ。年下にも舐められ、年上でもその年齢でなにしてたのと言われもした。両親に心配をかけたくなくてただ耐えた。あのおばちゃんにはそういう存在がいなかったのかもしれないな。

もし、あのおばちゃんが、ここを最後職場にしたいからと、必死で教えてくださいとか、人と関わりを持とうとかしたらどうだったんだろう。その歳でそれも出来ないのと笑われもしたかもしれないし、あの人距離おかしいのよねと陰口を叩かれたかもしれない。心のどこかは傷つくかも知れないけど、何かは変わっていったんじゃなかろうか。

自分の話に戻ると、怒られながらも笑われながらも、もう引きこもりに戻りたくないと、親にも妹にも迷惑かけたくないと、私は職場にしがみつき、年数もたち、出入りの激しい業界からか、やがて私の過去を詮索する人間もいなくなった。デブス、中年独身実家暮らしで、周りも察してくれるしね。低スペでも、勇気を出せば居場所くらいはなんとかなると、小さな自信を与えてくれた。

人生でどれだけ腹を括って物事に向き合ったかが、やがて経験になり、臆病が慣れになっていくのかな。結婚出産育児家を買う、どれも経験したことがない処女の私は、自信満々な職場のおばさま方や年下の主婦連が眩しい。彼女たちから見たら、私は取るに足らない物笑いの種なんだろうけど。

臭いながらも、私はなんとか居場所を作っている。今度はコミュ障なりに、人と関わりを持って、さっきのおばちゃんみたいな人がまた働きに来たら、こんな私でもやっていけますから、一緒に楽しくやりましょう?と言えるのが目標だ。

2019-04-17

3年位前まで毎日死のうと思ってた

いろいろなことが重なって3年くらい前が一番しんどかった

精神科に通ってたけど医者とも合わないし薬も合わない上に大量に出されててただつらいだけだった

友達相談とかしてなくて、ただまともなフリしてたけど

あの当時ちょっとおかしかったことは気づかれてたんじゃないのかな

そういうときって何してたのかって

身辺整理すんだら死のうと夢想するのが楽になる妄想だった。

楽しいとかじゃうれしいとかポジティブ感想じゃなくて

ただ、身体から力が抜ける瞬間だったんだよね

起きてられないくらしんどいのに

毎日会社にいって満身創痍になって帰ってきて

本当に何にも出来なくて這って生活してたよ

一年近く家にいる間は寝たきりに近い状態

アルバイト転々としながら生活して

合う医者と合った治療出会ってようやく元の状態になったと思う

それまでは、ずっと誰かと会うときもこれが最期になるかもと思って会ってた

何か思うところがあったのか、「また来ようね」「今度○○しようね」って約束された気がする

正直友達と遊ぶのもしんどかったんだけど、約束したことはしなくちゃって思ってたか

その約束が全部なくなったら死んでしまおうって思ってたんだよね

でも、約束を果たしに行ったら新しい約束ができちゃうから

これがなくなったら、そうしたら・・・って思ってるうちに新しいお医者さんに合って

別の治療されてそうこうしてるうちに回復してきてってなった

あの時の私を知らずにとめてくれた友達よ、ありがとう

2019-04-15

エロゲ業界衰退の一翼を担った懺悔をしていく

最近エロゲ衰退について議論するブログが盛り上がっているようだが、プロから言わせてもらおう。

https://anond.hatelabo.jp/20190415042641

http://kazenotori.hatenablog.com/entry/2019/04/14/113600

地方出身32歳。

父が大手電機メーカー下請け会社課長で、父母自分妹の4人のいわゆる平凡な家庭だった。

父の仕事関係結構早い時期からパソコンが家にあったように思う。

最初ちゃんパソコンに触ったのは1999年頃。中学生になったばかりの頃に家にWindows機が導入されて、要らなくなったPC-98機を貰った。

今思えば無限かと思われるような性欲の中、PC-98向けのエロゲ友達の兄からなけなしのおこずかいを使って売ってもらった。

「同級生」だった。

親が寝た深夜に夢中でのめり込み、全クリする頃には30回ぐらい抜いていた気がする。

その影響で高校時代大阪大学に進学した大学時代全般的エロゲに費やしてきた。

特に大学時代には欲しいパソコンエロゲが出ると深夜のバイトをして翌朝に近所のゲーム屋に直行

夕方に起きて翌朝までゲームという自堕落生活をしていた。

その頃普段見ないテレビニュースWinnyニュースを見た。こんなものがあるのかと驚きだった。

それから24時間パソコンの電源付けっ放しでWinnyをやり続け、ちょい昔のゲームでやってみたかったやつとか、無修正AVとかバンバン手に入って狂喜乱舞していた。

エロゲ基本的に抜きに使っていたけど、Winny泣きゲーを知った。

泣きゲー代表格でもある「AIR」は、絵の感じが受け入れられなくて買ってなかったが、Winnyで手に入ったのでやってみた。

観鈴ちんがゴールした瞬間涙が止まらなかった。

自分がなんとなく拾った子猫のようなゲームAIR」。

それが観鈴ちん境遇シンクロして、インターネットという空<AIR>に登っていくような気持ちになった。

そんなこんなで自堕落大学時代を過ごし、もちろん就活全落ちした。

幸い、顔なじみになった近くのゲームショップ店長エロゲメーカー営業の人を紹介してくれて、それ経由でエロゲメーカー業務委託、、というか長期のアルバイトみたいな形で雇ってもらえることになった。

その会社では在庫管理とかの仕事をしていた。

ある日、「売れない売れない」という他の社員社長の口癖に嫌気がさしいた自分は、自分なりに売ってみようと思い立った。

そこでまず、自分がどうやってエロゲ出会ってきたか思い出した。

するとほとんどが18歳19歳以降のWinnyを境にして出会たことに気づいた。

もしかして無料でまずは触れてもらってその口コミで多くの人に売れる、というやり方もあるのでは?

そう思った自分倉庫でその会社の全作品ディスクを借りてきて自宅からWinnyに流した。

もちろんプロテクトキーの解除なんて大層なことはできないので倉庫の奥の方に眠ってる、多分永久に売れないだろうソフトプロテクトキー20か30ぐらい一緒に流した。

先着20人か30人に無料開放だー!ぐらいの気持ちだった。

その後、1年ぐらいでエロゲ会社を2、3転々としその度に流出を繰り返していた。

そんなある日、FC2ブログ自分が流したプロテクトキーを使って何度でも解除できる方法が出現していることを知った。

まずいと思ったが既に止める手段も既になかった。

過去関わった3社8ブランドぐらいのゲームをすべて無料にしてしまたことに気付いた。

後になって、これらの流出が、善意であっても犯罪になることを知った。

いやむしろなぜそのリスクが考えられなかったのか不思議でならない。

自分の中では「布教活動の一環で友人にオススメゲームを貸す」という行為との違いがわかっていなかったのだ。

3龍大学にしろ法学部だったのだから大学時代もっと勉強しておくべきだったと後悔した。

その後3ヶ月ぐらいしてその会社を辞めさせられた。

流出の件はバレていなかったが個人的倉庫エロゲを持って帰っていたことがバレた。

いまはもうエロゲ業界には関わっていない。

いつか、自分無能さを認め、悪気はなかったこと、それでも取り返しのつかないことをしたこと社長たちに謝りたいと思っている。

それが終わったら、全部やり終えることができたら、ゴールしたい。

2019-04-10

上司高卒の上にコミュ障で困ってる

大学中退してプログラマSES転々として今の会社にいるらしいんだけど

雑談振っても返事が来なくて反応に困ってる

増田さんってどこ大出たんですか?」

「あ~大学やめちゃったんだよね」

「え、ってことは高卒ですか?」

「まあそういうことになるね」

「おれ日大出てるのに高卒と働いてるってやべえwww」

・・・

anond:20190410232328

日本大学新卒学歴マウントされた

大学中退してプログラマSES転々として今の会社にいるんだけど

日本大学10個くらい年下の新卒マウントされて反応に困ってる

増田さんってどこ大出たんですか?」

「あ~大学やめちゃったんだよね」

「え、ってことは高卒ですか?」

「まあそういうことになるね」

「おれ日大出てるのに高卒と働いてるってやべえwww」

・・・

なんとなく気持ちはわかるんだけどさ

大学早稲田に行ってたし、そもそも10年以上前の話だし

新卒のガキになんで舐められてるのか軽くイラついたし

プログラマとしては少なくとも今の会社ではマネージャーだし

仮に彼が東大出ててもこんな口の聞き方ありえないし

とは言っても説教もどうしたらいいかからないし


ていうか日大ってバカが行くところじゃん?

ていうのは思っても言ったらダメだし

うまく切り返せなくてモヤモヤした

2019-04-07

底辺SI屋で働いている

入社5年目頃からエンドユーザー顧客システム部の直受けで10仕事したあと、あちこち現場転々として、現在大手SI屋のアンダーでの新規開発案件にかき集められては放出され、を繰り返している

ユーザ側で要件確認から設計実装リリースから運用まで通しで担当し、さらには複数システムを受け持っていた頃 一番自分大事だと思っていたのは、何をどうしたいのか正しく把握すること、次にたくさん話すことだった

その後 某大手SI屋のアンダーに入ってから仕事はガラッと変わった

仕様書を読んでそれに従って書く

けど仕様書プログラムが完全に記載できるはずもなく、乖離していることも実際の現場では多い

その上 連絡は隣の席にいようとメール、といった風通しの悪い空気に、無茶な計画

その矛盾をどうやって克服しているのかは現場によって様々だったが、だいたいの場所は乗り越えられず火を噴いていた

今の現場はその大手SI屋の客先常駐

ここへ来て初めて仕様書文化でまともに回ってるプロジェクトを見た

いろいろ思う所はあるが、こっぴどく失敗するというのは大事だなと無数の屍の上に成り立つ平和を噛みしめる

失敗プロジェクト当事者はたまったものではないだろうが

2019-04-04

anond:20190404165952

それはまだ良心的な同人ゴロでは・・・・。

本物の同人ゴロは、そんな無駄努力はしないで、人気作品転々とし

作品考察もせずに出てくるキャラクターエロシーンばっかり描いてるイメージ

2019-04-02

anond:20190402204214

IT業界の人ってこういうところ(メルカリとか)転々として達成感あるのかしら?

2019-03-31

10年勤めた日系メーカ退職した

終身雇用制、手厚い福利厚生残業は多めだが全額出る、そんな昭和の夢の残滓のような会社に勤めていたんだけど昨年退職した。

待遇は非常に良かったんだけど(0.6Googleくらい)、安定が自分の中で恐怖に変わっていき、やがて耐えられなくなってしまったので退職に至った。今は年収が半分になってベンチャーみたいなところにいる。預金残高を見て不安になることはあっても前職で感じたような、先細りの籠に閉じ込められたような気持ちには未だなったことがない。

前職のような会社日本にあまりいから参考になる人は少ないかもしれない。これはあくまでも平成という時代10年間昭和サラリーマンをやってきた自分のそれまでの人生のまとめであり弔辞だ。

しかしたら、公務員とかレガシー産業利益を独占的に得られる会社に潜り込んだ人にとって何かの参考になれば幸いである。

○私の経歴(読み飛ばしオケ

地方都市まれ、小中高と公立育ち、大学は他県の国立大学へ、理系マスターを修了後に学校推薦で就職

地方医学部に進学した人がバズってたけど、私は井の中の蛙というか幸せ環境で育ったなあと思う。学区が良かっただけかもしれないけど、所謂ヤンキー的なタイプは少なくて、開業医の子息とかとも普通に遊んでた。うちは公務員だったけど(子供だったから気が付かなかったという事情もあり)、引け目や負い目を感じたことはなかったと思う。財力の違いを感じたのは高3で進学先に私立医学部を選んでたときくらい、他は塾とかも選択肢が限られていたのでみんな一緒だった。

理系を選んだのは高校で7割くらいが理系を選ぶ環境から何となくという要素が大きい、医者になりたいとかエンジニアになりたいとか思わなくもなかったけど、何より理系潰しが効くし、数学が苦手じゃなかったらやっとけくらいの気持ちだった。

高3のとき偏差値公立医学部には足りず、迷わず他県の地方国立大に進学。大学でやりたいこと云々より自分偏差値で行ける最大限の学歴に行ったという感じ。お陰様で入学後に学力不足を感じて本当に苦労した、かろうじて留年を逃れたくらいの成績。マスター殆どの人が行くからというだけで選択、例によって院試は内部生にも関わらず死ぬかと思った

そんな体たらくだったので、就職とき仕事研究との関連性だとか一切興味がなく、学校推薦で行ける会社年収四季報確認して上から順番に面接お辞儀できれば受かるという情報通りヌル面接をあっさり通り前職に内定した。

○どんな会社だったのか

環境

東京から車で2,3時間くらいでコンビニまで徒歩30分くらいかかる僻地面接に行ったときヤバイかなと思ったけど、地方大学からすれば東京まで2,3時間で行けるというのはそれなりにメリットがあった。あとアマゾンが送料無料をやり始めた頃で、アマゾンが届けば生きていけるかなあとも思ってた。

待遇

これは無茶苦茶良かった、待遇というか給与だけだけど。就職を決めたとき四季報だと平均年収は0.5Googleくらいで(平均年齢43歳のね)、辞めたとき年収は0.6Googleくらいあった。ただし、基本給:残業代:賞与が4:4:4で、賞与は完全に業績連動のため期待は禁物。リーマンショックの頃に3,4年働いても基本給が5000円しか上がらなかったのは忘れられない(さすがにその後是正された、けど過去の貰えていない分の保証はなし)。

残業代が4というところからお察しの通りで、残業時間は年間で700〜900時間くらい。寮や社宅は完備のため、平日は会社敷地から一度も出ることなく過ごしていた。

業務

表向きは最新技術研究開発となっているけど、実際は雑用書類仕事疲弊していた。入社してから一度も新しい技術みたいなのを研究したことはないと思う。ひたすらに社内調整、下請を買い叩く、行き当たりばったりで問題解決するの繰り返し。更に営業案件とか製造案件雑用がバシバシ入ってくる。先のことを考える余裕なんて一切なくてアワアワしているだけで10年過ぎてしまった。

私に限らず全社的にそんな仕事ぶりだったけど、市場は寡占状態なので会社は常に儲かっていた。そもそも枯れた技術なので顧客は新商品とか新機能は望んでいないのだから。たまに声の大きい営業が上げてくるマイナ案件対応するために右往左往して終わり。そのマイナ案件にかける時間を全体に対する原価削減に当てたほうが良いのではとは皆が感じていた。

一応良いところを挙げておくと、暗い実験室に引き篭もって量産の目処のない机上の空論をやるよりは、現場問題を拾い上げて設計に反映するのは楽しかった、それは生産技術仕事ではないのかと思いつつも。

同僚も学校推薦で来る似たようタイプなので、穏やかで話が早くやりやすかった。東大東工大が主な学閥なので地方国立大は肩身が狭いとか無いの?とかはたまに聞かれたけど、管理職になりたいだとか野心がない限りは別段に何も不自由は無かった、学歴よりも上司だとか部署ガチャ要素が大きかったし、皆が平等不公平という感じだった。

組織

上の意向忖度して言われる前にやることが尊ばれる文化という感じ。基本的マネジメントというものは全く無く仕事もこれやっといてというだけで納期仕様も何もない。上司の指示どおりに働いていたら、その上から烈火のように直接指導されることもザラ(そうゆう時の上司沈黙)。酷いなと思いつつも、上司とその上も同じような関係だし、その上もそのまた上も…

これがいわゆる昭和の日系企業かぁと思っていた(違ったらごめん)。賽の河原に石を積むというか、降り積もる雪をひたすら取り除くような気持ちで働いていた。

人事評価みたいなのも形式的で、上司査定するけど、結局は偉い人の好みに合わせて査定をつけないと書き換えられてしまったうえで上司評価も下がるので(人を見る目が無いという理由で)、偉い人の好みをどうやって察して査定をつけるかという作業になっていた。偉い人に取り入ろうにも年に一度も話すことがないし。逆に気に入られている人もそんなに親しげではないので、何が基準かは永遠にからなかった。

こんな状況でどうしてやる気を失わなかったのかというと、査定が悪かろうと昇進が遅れようと、何だかんだで高給をもらっている自覚責任を感じていたからだと思う。少なくとも自分給与以上は働かないと、お世話になっている子会社取引先に会わせる顔が無いという気持ちで踏ん張っていた。

○どうして辞めようと思ったのか

20代の頃は仕事組織に不満がいくらあっても、それを上回る待遇を得ていたので辞めようとは思わなかった。仕事なんてもの所詮時間感情の切り売りで、仕事やりがいかいうのは、金が払えない会社言い訳だと思っていた。

ところが30代になり預金残高が1Googleを超えたあたりで、ふと将来のことを考え始めた。余りにも遅すぎた自我の芽生えだったのかもしれない。

つの間にか同僚はみな結婚して家のローンや保育園の話をしている。家族がいる奴は良い、自分の代わりにお金を使ってくれて、それで幸せになれるのだから。ここで暮らしていれば子供の1人くらいは私立医学部に入れられるかもしれない。で、私はどうなる?20代の頃と預金残高以外で何が変わった?

お前も結婚すれば良いのではないかと言う声が聞こえるけど、これは中々上手く行かなかった。こんな僻地にある会社から相手地元の人ばかり。上記のように地方転々としてきた自分とはどうしても感覚が合わない、例えば同僚の結婚式で、高校部活の先輩後輩の関係が30過ぎても未だに残っているのが嫌だった。

敵を増やしそうだけど、地方にはヤンキーと良家の子しか残っていないんだと思う。ヤンキー説明不要でいわゆる地元マイルドヤンキーさん、看護学校もあるので一人でやっていけるこの手のタイプは多い。良家の子女は女子大を出て実家に戻って地元金融機関就職という感じ。同僚の奥さんはどちらも結婚したら寿退社して社宅に住んでいた。

私だったら、相手が1Google稼いでいても専業主夫になりたくないなあと思う。その程度の収入自分の後の人生選択肢の全てを預けたくない。私は夫婦人生連帯保証人だと思っているので、こうゆう自分感覚と合っている人と結婚たかったんだけど、残念ながらそんな人とは出逢えなかった。それほど立ち入った話はしないけど同僚と上のような話をしていたら「そもそも君は結婚相手に何を求めているの」と言われたのが印象深かった。私は友だちとか親友的な要素、少なくとも同じ地平で物事を見渡せる人が欲しかったし、これまでもそうゆうタイプと仲良くなってきたけど、同僚的にはそうじゃないらしい。明確な言語化はできないけど配偶者に求める要素は、自分や家庭を甘やかし指導する父母か、育て導く愚かな子女で、少なくても対等の関係という要素を求めてはいないようだった。

そんな食わず嫌いをしているうちに同僚の息子は小学1年生、これからも私がああだこうだ言っている間に大学生になって家を出るのだと思う。その頃の私はきっと40代半ば、もう結婚もできないし転職もできない、ただ自分は失敗した、取り替えしがつかないという気持ちを抱えながら、報われることのない仕事をしている。やがて50代になって預金残高が5Googleを超えて、高級老人ホームに入ること夢見て死ぬんだろう。

安定している故に見えてしま自分の将来、この少し広い会社敷地の中で人生を終えるであろう現実、その恐怖に囚われてしまってからはもう辞めること以外は考えられなくなってしまった。そこからは早い、たまたま自分のやっていた職種募集マッチングたから逃れることができたけど、本当だったらこの歳で逃れることは難しかったと思う。前述のように賽の河原のような雑務がメインなのでとても潰しが効かないし、何よりも給与が激減する不安に耐えられない。

高校生に対してライフプラン仕事出産などを含んだもの)を教育するみたいな話をニュースで見たけど、これは年齢関係なく必要だなと心から思う。別に結婚とか子供とか興味は無く、食べてくために働くというのは本心として良いと思う。けれど同期同僚が結婚して子供ができて、仕事意味や成果は無く、ただ歳だけが増えていく状況であなたはどこまで正気を保てますか?というのは自分自身によく確認したほうが良い。登山なりゴルフなり何かしら見つけられた人はそれで良いし正気を保ち続けることができると思う、私にはそれができなかった。

昭和という時代は、定職さえあれば誰もが家庭を持ち豊かで幸せになれるという幻想を皆で信じていたから実現できた神話だったんだと思う。家族がいれば多少の理不尽にも耐えられたし仕事に魅力が無く潰しが効かなくても何とかなった。けど平成が終わるこの時代神話はもう死んでいた。

私は辞めることができたからまだ良い、けど私のような気持ちで辞めることすらできない人が、あの会社に大量に留まっているとするなら。前職に留まらず、世の中の会社社会のどこかに、私のような人間が大量に潜んでいるとするのなら。

欧米でよくある銃乱射事件とかは、こうゆう時代の歪みから発生するんじゃないかなと思う。俺はきちんとレールに沿って人生を進んできたのになぜ幸せになれない?俺がおかしいのかそれとも社会が狂っているのか?

話が逸れてしまった。10年間よく会社に尽くしたし、会社も十分それに報いてくれたと思う、総じて良い会社だった。ただ、私は会社と同じ昭和の夢を見ることができなくなってしまった、それが退職理由平成の終わりにこうやって昭和の夢の残滓のような会社を去ることができたのは何か奇縁を感じる。

ありがとう昭和さようなら昭和、同じ夢を見ることはもう二度と無いでしょう。

竹ノ塚とか千葉駅前とか神戸市長田区番町地区とか福岡駅前とか

割とヤクザが多いらしいところを転々と移り住んでるのに

ヤクザっぽいヤクザたことないんだけどヤクザっぽいヤクザって新宿行かないと見れなかったりする?

2019-03-30

anond:20190330235021

パチンコ機器メーカー行きたかったんだけど面接で落ちたねー

今は普通にガテン系エンジニアやってるねー

昼は職工さん動かして夜はパソコンでチクチク図面書いてるよー

本社横のマンションと支社に出向いたときレオパレス現場出るときホテル転々としておるよー

特に会社に顧みられることもなく黙々と目的もなく働いてると、

社会と完全に絶縁して幽霊になった気分になるよ

私は一体誰なんだろうね

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