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2018-10-16

anond:20181016212749

中高を卒業してすぐ就職した同年代の半分ぐらいかしらん

anond:20181016153353

うむ。さっき見た。

ワイはファンタスティックビーストしか見てなかったので勘違いしてたんだが、

ハリーポッターは一応作者?の制作年と時代は同じくらい設定なのな。

まあでもそのくらいの年代設定なら非ポリコレ的でもまだいいんじゃねえか。

ケータイ出現前くらいまでならそんな感じでいいと思われ。

anond:20181016105016

https://www.vlcank.com/mr/report/086/

お店などのBGMは除き、自分意思音楽聴く頻度を尋ねたところ、全体で、『週に1日以上』音楽聴く人が約6割(64.4%)を超え、「毎日聴く人は、2割を超えていました(23.6%)。 楽器経験別に見ると、楽器経験がある人の『週に1日以上』聴く割合は7割を超え(73.1%)、楽器経験がない人(56.6%)とは16.5ポイントの差が見られました。 性年代別に見ると、20代は男女とも、『週に1日以上』聴く割合が8割前後と高く、概ね年代が上がるにつれて音楽を聴かない割合が高くなっていますが、その中で、女性50代は、あまり聞かない人(「それ以下」の人)の割合40代や60代と比べると低くなっていました。

2018-10-15

anond:20181015152227

政策で変更可能なのは確かだけど現行の民主主義的な範囲政策じゃ無理でしょ。

お金がないか子育てできないし少子化になるってのは少子化の端緒がバブル期であったこからも分かる通り明らかな嘘であって、どちらかといえば子育て可能年代価値観が、子供を作るよりも自分たち自身生活の充実を重視する方向に変わった(=結婚しない子供を作らないカップルに対する社会的圧力が減じた)ことが原因です。これは逆に言えば、自由ライフスタイル選択可能にした結果なわけです。

逆に言えば少子化こそがみんなの望んだ幸せな国の姿で、介護する人手が足りないからと言って今更恨み言を言う方が間違いですよね。

イノベーション起業というのはわからないものから新自由主義が宛にする。

新自由主義は、ケインズの知見を意味もわからず取り去って、自由にしたらうまく行く、以上の意味もない。

恒常期待仮説を元にした国債破綻トリクルダウンマンデルレミングによる公的投資の増大による金利の上昇も起きなかった。

一つ一つの理論は当てはまる場合もあるかもしれないが、企業の強い資金余剰の前にはあまりにも無意味だ。

ただ、なぜその企業資金余剰が起きたかといえば、貸し剥がしフリーハンド法人税減税。資金余りの原因として、累進所得減税。金融分離課税もいれておこうか。

よって不景気を30年創りだした。

資金循環ガン無視で、ほっといたら金を貯めこむところに溜め込ませたら不景気になるというのは自由主義時代産業革命以降1920年以前の思想)の焼き直し。

自由主義時代と一点違うことがある。それはイノベーションという思想が生まれたということだ。それ自体は良いとは思っている。

ただ、どこから誰が起こすかは全くわからない。そのわからなさ故に、叫べば生まれてくるとおもってるのだろう。

新自由主義時代イノベーションなんて叫べば願いが叶う以上の意味しか無い。もはや洪水に人を殺してボンボン投げこめばイノベーションというのが生まれるようにすら思える。

具体的に金の流れをどうするか考えず、かつ、イノベーション必要リスクをとれるのは誰か?というのを完全に無視しているから。

だがイノベーションというのは結局のところ新しい知見で新しい商売が生まれた以上の意味は全くない。

実際創業率は経済成長率と強い関わりがある。創業なんてただ会社を起こしただけだから指標としては弱い。

しかし、それでも第一段階の創業をするという点でも元々の経済成長率を新自由主義の基では鈍化させるから起きなくなる。

これだけイノベーションだ!とさんざん騒いでもね。むしろ起業すると地獄を見るのが知れ渡ったから誰も起こさなくなったというのが正解だろう。

叫び声なんて、それが故にどうなるかというのが何年も積み重ねれば嘘だとバレる。

まあ、これはアカデミックポスト志願者数についても言える。ある程度の競争主義必要だが、競争と、実際得られるポスト比率の調整は必須だ。

ましてや競争資金だよりでポストの数は全く増やさないというものでは一方的アカデミックポスト志願者が減るのみだ。

新しい知見を作るのに時間がかかることもある。それは企業ベンチャーキャピタルでは耐えられないリスクマネーが必要になる。

企業ベンチャーキャピタルとかはすでに投資対効果が見えるものしかさない。とすると、もう理論が完成して、2,3年でうまくいくようなものしかさない。

大学の基礎研究としてやるぐらいしか選択肢は無いだろう。

近年目立ったイノベーションというのは免疫チェックポイント阻害剤だ。ただし、この現象発見されたのは1990年。

そこから実用化が2014年。そして、ノーベル賞だ。

実用化まで24年。一番最初の奇妙な鍵穴の発見をするところから企業ベンチャーキャピタルの金を入れることや、競争資金で持ってきた金で研究することな不可能だ。

まさに1980年代までの高成長を作っていたケインズ主義から新自由主義に切り替わり、バブル崩壊とやらのせいにされる直前の徒花だ。

新しい知見、その元となるのは?もちろん誰でも起こせる可能性はあるが、知見、科学として検証可能性が保てるように整えるのは大学だろう。

失敗した新自由主義を捨て、ケインズに戻し、なにか新しいことがあるかもしれないという息吹の基礎研究を整えること。ここからしか革新的イノベーションは起きない。

ただ創業率を増やす死体を増やせば革新的イノベーションを増えるという考えからぜひ脱却してもらいたい。

翻してみれば、きちんと基礎研究増強に立ち戻らないと革新的イノベーションは起こせない。それには新自由主義の破棄が必要だ。

競争資金一定必要だが、競争資金になじまないほど先駆的なものについては研究研究者の運営費交付金絶対にやらないとならないわけだからあくまで両輪で成り立たせないとならない。

2018-10-14

グリッドマン選曲



一部年代を狙い撃ちしてきそうな合唱曲歌詞を思い出すのに必死アニメ視るのがおろそかになる

今後も期待

2018-10-13

男のメンタルの弱さ

どっちかというと女のほうが開き直りが早かったりでメンタルが強い気がするわ

男の場合ちょっと怒られるともうヤダーって泣き言になる人が増えた。

おっさんよりも若い子がメンタル弱い感じ。

俺も若いんだけどね。

周りの同年代が怒られたから辞めるわってみんな辞めていく。

女は怒られても「怒られちったよ」ってしばらくグチグチしながら続ける。

この辺はやっぱ精神的に女の方が大人になってるんだなって感じがする。

まぁメンヘラになったりメンタル病にかかるのは女性のほうが怖いけどな…。

でも、鬱は圧倒的に男だろう。

anond:20181012201951

勉強会出会い目的じゃないかっていうのは感じる

男女じゃなくて、男同士でも、社内だけではうまく仲間を作れない技術会社っていうのはあるので、

からないことや、同じ興味のある人達で、話せるようになりたい

そう思って、勉強会に参加したとしても、そう悪い事じゃない

そこで、たまたま、参加理由とは別の意味で、好みの異性がいたとして、同年代相手がそれに反応してしまったとして

そうひどくいうようなことだろうか?っていうのもある

もっと真剣な、学会ガリガリコーディングするような場所にいけ、というのも当たってるところがある

一方で、女性の行動が制限されてしまう原因として、本人が意図しないのに

異性としてみられて、勉強関係なく付きまとわれるようなことがある

から男性女性自由に行動できるように、場所をわきまえて行動すべきだということ

ただ、そうすると、自分に興味のない女性をどうやって誘っていいのかっていうこともある

どの場所なら、どのタイミングなら、このように知らない所で名前こそ出なくても自分の事を残念に不特定多数に書かれないように誘えるのか

最初から、この場の人とは、お付き合いに興味がありませんと宣言しておくとか、

何かしらの明示的線引きをしておく必要はあるのかもしれないし

即座にブロックするようなはっきりとした態度がいるのかもしれない

もちろん、はっきりした態度に、激情するような男性もいて、恐ろしいことがおきるかもしれないと思うと

益々、女性は委縮していってしまうので、増田のように、狂ったように文章を書くのは

たとえ、正しい事があったとしても、誰のためにもならないし、事態をよくすることにもならない


どうやって出会って、どうやってお付き合いをはじめたらいいのかっていう男女の問題を、

どちらかのひとつ意見だけで、世の中はこうならなくちゃいけないというのが決まってしまうのは残念なこと

2018-10-12

ごくごく個人的な、キズナアイが巻き込まれ騒動のまとめ

キズナアイの件、だんだん疲れてきたので自分見解をまとめることにする。

文章化しておかないと区切りがつかなくて永遠に頭の中グルグルしそうなので。


論点は二つあった。

  1. キズナアイの格好はNHKに出せないくら性的かどうか
  2. ジェンダーロールの再生産になっていないか



1. キズナアイの格好はNHKに出せないくら性的かどうか

1. は個人的には問題ない。というか、フェミニストから批判してはいけない部分だと思ってる。




2. ジェンダーロールの再生産になっていないか

2. が今回の主戦場

年代階級普段二次元表現VR界隈に触れているかによって感覚が違っているようだとは感じた。

批判側の意見としては、男性講師役・女性が生徒役という枠組みが旧来のジェンダーロールを再現しており、女性を萎縮させるとのこと。

世の中が完全に男女平等になっていれば、たった一つの例に目くじら立てないが現実はそうなっていないという意見を見た。


なんとなく納得できそうなところと、でもなーというところとあり、未だに整理できていない。

このくらいのことで、本当に女性は萎縮してしまうのか?と思ってしまうが、それは自分があまり抑圧を受けずに育ってきたからかもしれないし。

公的性格が強い媒体ではポリコレに則って多様性配慮した表現をするべきだ、という理屈はある程度納得できなくはないんだけど、

などなど疑問点や不安な点がいっぱいある。

そもそもそういう表現公的場所から狩ろうとすることは、長い目で見るとポリコレに反する表現絶滅させることに繋がるんじゃないか?という懸念が拭えないわけで。

ポリコレに反するから隠す。存在自体が許せないのではない、悪ではないが場所をわきまえてやれ」

これが、容易に

「隠されるものは悪いもの。悪いものは細々と裏で楽しむべき→悪いものはなくなるべき」

に変わっていくんではないか?大多数の人は「存在自体が悪い訳ではない」と思ってくれるのか?

多様性配慮した表現も大好きだけど、多様性クソ食らえ!な表現も大好きなんだよ。

男性向けも女性向けも、エロも非エロも。

でも、社会の大多数に認められにくいのって後者じゃん?

ポリコレ絶対を突き詰めていく先に、多様性クソ食らえ表現が狩られる未来しか見えないんだよな。

そこまで社会の理性を信じることができない。だから怖い。

本当は楽観的でありたいんだけれども。


規制しろとは言ってない、ゾーニングだ、という人がいる。

でも、ゾーニング規制だし、ゾーニングのやり方によっては容易に表現の場が失われてしまうこともある。

からゾーニングって簡単にすることができない。


個人的理想としては、ある表現をなくして目立たなくするのではなく、自分がいいと思う表現をどんどん作ったり推したりしてそれらの存在感を上げていく方向が建設的でいいと思う。

子どもができたら「これは良くないから見るな!」って言うより、「こっちにはこういうのもあるよ」って接したい。

その上で、親が眉を顰めるようなものに触れてしまうのも当然だしそれは成長の一部だと思う。

親が全部管理なんてできやしねぇしするべきでもないし。

全部ひっくるめて子ども当人人生で、自分自分がよいと思うものを選び取れるようになってほしい。

結局は私も根拠のないお気持ちでこう主張するわけですがね。


そして今回、一番衝撃だったこと。アカデミックフェミニズム側がジェンダーロールの再生産を非常に問題視しているという点。今更なんですが。

今回、1.の論点重要視してるかどうかでフェミニズム側は分かれていたように思う。前述したようにこれをフェミニスト自称する人が問題視するのはどうかと思うので、ここでだいぶフェミニスト側を分類できた。しかし、性的だとはしない/もしくは問題視しない人々でも共通していたのは、あれが旧来のジェンダーロールの再生産であり若い女性を萎縮させる、ということだった。個人的に、アカデミックフェミニストの中で信頼がおけると思っていた人も、ここは強く問題視しているようでかなり衝撃を受けた。

かつて自分が被ってきた女性差別を生々しく思い出して重ねてしまう傾向が一定年代以上の人や女性差別が酷かった業界の人には多いということなのかもしれないが、それ以上にフェミニズムの中で長らく重要視された観点っぽい。そこまで確固たる共通見解となっていたというのが驚きというか。それを各種表現にここまで簡単に当てはめることに躊躇がないんだな、と。

個人的にはうなずける部分もあるが、女性差別のみを特に重要視して男性に対するジェンダー的な抑圧を無視する傾向がある気がするし、私が育ってきた中では幸運にもひどい女性差別を受けては来なかったこと、そして自分ジェンダーロールの再生産になりそうな作品もそうでない作品も両方楽しんで育ってきたことなどから、そこまで切迫感を持つことができない。私とそういう人たちとの間に断絶がある。

女性差別って私が想像する以上に酷いものがまだまだあると思うし解消に向けて動くべきだし動きたいんだけど、私は上記理由からこの方向の活動にはどうしても同意できないな…。この方向で頑張ることによって、そういう酷い女性差別改善していくとは思えない。


おまけ1 VR界隈について

ちなみにVtuberVR界隈に対しては、既存ジェンダー観でははかれない技術革新がもたらした今までとは違うジェンダー観が存在すると思っている。キズナアイも見た目は女性だがAIという設定で性別はない。ガワと中の人性別が違うなんてざらにあるし、自分が望めばなりたい性別セクシュアリティになれる・それを当たり前のように受け入れてもらえるという土壌がすごくいいと思っている。

まりVtuber界隈詳しくなくて今回初めていろいろ調べてみた程度なのであまり語れないんだけど。バ美肉とかは、すごい革新的すぎて興味持っている。みんなもっとチャレンジしてジェンダーの壁を軽率に越えるべき。

参考:おじさんを美少女化したテクノロジー 先端心理学が語る「VR世界

https://withnews.jp/article/f0180401000qq000000000000000W00g10701qq000017020A



おまけ2 社会学等の研究成果評価システムについて

1~2の派生で、千田氏の炎上から社会学などの研究成果評価システムにまで話が発展したのは大変興味深かった。

というあたりか。それぞれの分野に合ったシステムがあって、外野から簡単に口出せるものではないと思うが、若手の方々がより良い方向を目指して試行錯誤されているらしい、ということは分かった感じ。

参考:社会学では査読論文より著書を重視する文化でそれで学術クオリティが保たれるシステムもあるらしい?という話。

https://togetter.com/li/1274988

2018-10-11

さとり世代に彼が当てはまって欲しかった

年代を十把一絡げに語るそれ。

ゆとり世代だの、さとり世代だの。

関西人はみんな漫才している、とかいうそれに近い。

みんなそうだったらいいのに、なんて思った。

話は仕事に移る。

わが部署さとり世代と思われる新人は熱血系で、正直しんどい

なんか、メンターかいうめんどくさい役割になってしまったので彼と話をするが

キラキラした目で、部屋が真夏になる勢いで熱い理想情熱を語られると、溶けてしまいそうだ、心も体も。

なんというか、僕みたいなオワタ系の社員にこういう子をぶつけられると困るのですよ。。。

せめて彼が世に言うさとり世代ならって、メンターという役割押し付けられたときに期待したけど、

そううまくは行かないよね。。。

自身がどうこうというのどうでもいいから、せめて彼の熱量を受け止めてあげられる人をメンターにして欲しい

そう課長相談したら、君も彼の熱量を思い出せ、みたいな僕の再教育もかねているみたいなクーリングオフ却下を言い渡された。。。

いや無理っすよ、僕は入社時点から熱量がないので、思い出しようがないですよ。。。

僕には力不足って何度も伝えるけど受理してもらえない。

本当に彼がかわいそうだと思うので、別の人に教育してもらいたい、それだけなんだけど。。。

2018-10-10

週5日8時間正社員

18卒で、今ニート

金銭的に裕福じゃないから、きちんと仕事をしようと求人サイトを漁るけどその先の行動がなかなか起こせない。

週5日8時間+α労働についていける気がしない。

世の中の人特別興味のある仕事なんてしていない、生活のため世間体のためそうするのが当たり前だから好きでもない仕事をしているらしい。

ネット上でもリアルでも、社会人職場への不満は散々撒き散らされている。

社会人生活楽しいという意見はあまり聞かない。

毎日毎日満員電車に乗って東京に出て靴底すり減らしておっさんの顔色伺いながらやりたくもない仕事して将来の保証もなく理不尽に耐え忍び少ない手取りで生きていくのが怖い。

じゃあフリーターかと言われると、その選択正社員以上に未来がないのが見えてる。

どうしよう仕事を見つけなければと焦る。まだ待遇がましな正社員への道があるのは若いうちだけ。

わかっちゃいるけど、面接オフィス訪問しただけで辛くなってくる。

就活し始めてから色んな社会人に会ったけども、みんな精神強すぎるのかぶっ壊れてるのか。

社会人たるもの甘えた学生時代とは違って、お客様笑顔提供するためにこんな事業をやっておりますそのためだったらなんでもできるところで甘えた学生の皆さんなんでうちを志望したのその経験難の意味があるの給与については聞くな休みについてもだ楽しいことなんか求めるな仕事は辛くてあたりまえこっちが期待してる答え言えよああそうだわたくしはこの会社に入れて社会貢献できて大変幸せだと思っていますあみなさんもどうぞ。にこにこ。

こういう人たちに囲まれて染まっていくのも怖い。毎日毎日楽しいこともなく社会貢献お客様笑顔のために辛い思いして働く想像ができない。

社会人なんだから楽しくなくてあたりまえ辛くてあたりまえと言う人が必ずいるけども、ナニもオフィスゲームやって漫画読んでドッジボールしたいとか言ってるわけじゃない。

年代と気負わず談笑とか将来開けてるとか、新しい発見とか余裕とか、そういうものが楽しみ。面白みといった方が近いか

辛くて当たり前というけども、履歴書手書き問題のような不満が多くて必然性を欠くものはなくてもいいんじゃないですか。だめか。

手書きもできないようなやつを弾くため、適正を見ているんだ、社会はそういうものだ。

と言われればその時点でコールド負け。

魔法言葉か?『社会人になったら』『社会とは』。

そうはいっても、こういう世界で週5日8時間以上毎日働いてる人の方が多数派だ。自分もそれになろうとしてる。お客様笑顔のためじゃなくて生活のためだけど。

これ読んでるどこかのだれかさん。

おそらく働いてる人もいるでしょう。なんで毎日仕事行けるの?秘訣ある?子供時代から精神強かった?疑問に思ったことない?

ないんだろうなあ。

最後に同じニートに言っておく。就活エージェントはやたら足元見て追い詰めて来るけど、会社ごとに言ってることも紹介求人内容もバラバラからあんまりショック受けんなよ。あれ商売から

じゃあいつか社会で会おう。

[]若おかみは小学生!

若おかみは小学生!』を見てきたので感想。いつものごとくネタバレ気にしてないのでネタバレ嫌な人は回避推奨です。あらすじ解説とかもやる気ないので見た人向け。またこ作品書籍漫画版アニメ版あるけれど、それらは横に置いといて映画の話します。

総評

これは120点っすな。点数の基準は「上映時間映画料金を払ったコストに対して満足であるなら100点」なので、「見れて大満足! もうちょいお布施したい」でした。

演出とは裏腹に内容的にはかなりヘビー(というのを見越して爽やかで明るい演出を用いていた)なので、児童文学原作でお子様向け痛快娯楽活劇とは言い切れないんですが、個人的にはクオリティさえ伴えば子供を思いテーマや悲しい作品でぶん殴ってもええやないか、いてもうたれ、子供ってのは子供なりに受け取るんだ派なので、クオリティでぶん殴ればいいと思いますふるぼっこドン

この映画に関してはTwitter児童労働がどうのこうのという話もちらりと耳にした程度で事前情報収集もなく見に行ったんですが、そういう物語じゃなかったですよ。

喪失を乗り越えるという話

じゃあ、どういう物語だったかといいますと、大きく2つの柱が絡み合うストーリーでした。それは大きなテーマで言えば「喪失を乗り越える」と「自分自身と居場所を見つける」という話。

初っ端から重いですが、主人公である女子小学生・関織子(通称おっこ)は、本作冒頭の交通事故において両親を失います。もうこの時点で軽い話になりようがないわけですよ。にも関わらず事故被害のシーンはグロカットされ、葬儀とそれに続くドタバタのシーンも描写はされず、おっこは新生活の場であるところの、祖母の営む温泉旅館「春の屋旅館」へと向かいますトランクひとつ持って別に落ち込むわけでもなく、ちょっと大変なだなあくらいの顔色で一人旅をして、到着し、新しい部屋(いままでのマンションとは違う昭和的な和室)を与えられ、転校して新しいクラスメイト挨拶をして、ひょんなことから家業である温泉旅館を手伝うことになります

若おかみは小学生!』って言うタイトルから当たり前ですが、こうして女子小学生おっこの若女将修行生活が始まるわけです。

「春の屋旅館」がある「花の湯温泉」は歴史のある温泉街で、古都然としたまちなみに浴衣姿の観光客が歩く割合賑やかで、カラフルな町です。この辺音楽美術演出あいまって、しみじみと明るく暖かく描かれていて雰囲気良いですね。美術レベルは高かったです。

でも、この明るく爽やかなあたりが(とうぜんそれは演出意図に沿ったものなんですが)、ある意味ホラーでもあるわけです。

小学生児童にとって、両親を失うというのは、最愛家族を失うということであるのみならず、加護者も生活基盤も導き手も失うということです。もう、それは世界崩壊かいレベルでの悲哀なわけですよ。

にも関わらずおっこはそこまでの苦しさを見せない。両親を思い出してちょっとうつむくことはあっても、笑うし、日常生活を送るし、新しい出会いにも前向きでいる。それはよく考えればとてもとても異常なことなわけです。

異常なおっこの新生活は、やはり物語後半に向けて徐々に破綻してゆきます。「両親がまだ生存していて自分と一緒に暮らしている」という幻想を何度もみてしまうおっこは、あるシーンにおいて事故の原因となった(もちろん別のですが)大型トラックを見て、事故フラッシュバックから過呼吸になってしまう。おっこは、両親の喪失という悲しみを乗り越えたわけではなくて、ただ単に今まで封印をして日常生活を演じていたに過ぎなかったわけです。

あらすじなんかにおいて本作は「主人公おっこの成長を描く」なんてサラリと書かれているわけですけれど、それは不誠実な欺瞞であって、おそらくおっこの身になってみれば、それは成長じゃなくて引きちぎられてバラバラにされてしまった自己の修復というサバイバルなわけです。失った何かから目を背けて、決定的な破綻をしないようにごまかしながら疾走するというのが、この物語の前半部分でした。

自分自身と居場所を見つけるという話

そういう意味で、おっこが若女将をやるというのは、児童労働とかそういうレイヤーの話ではないのです。両親を失って加護者も生活基盤も支えも失ってしまったおっこにとって「いまできるなにか」に必死に飛びついて自分を騙そうとしていたとも見ることができます祖母である旅館経営者(現女将)の後継者問題という、旅館側の都合があったにせよ、おっこが旅館雑務に飛び込んで笑顔で充実していく背景にはそれがあるはずです。

事実おっこの若女将雑誌に取り上げられて評判を呼ぶという広告的な価値はあったものの、従業員としてみたとき、お客さんに感情移入しすぎて夜闇の中に駆け出すなど(一般的社会人価値からすれば)行き過ぎな面もありました。

でもそれも仕方がないと思うのです。両親という生活基盤を失ったおっこは、同時に目指すべき将来の自分像も失っています。「将来こういう自分になったらいいな」です。その空隙を、目の前に提出された安易な「若女将」で埋めてしまったわけですから、その意味では、おっこの若女将労働としての若女将ではなく「若女将ごっこ」でもあって、つまりはある種の自分の居場所探しなわけです。

たとえおっこ自身がそれを言語化できるレベルで気づいてなかったとしても、まだ収入もなく住む場所自分では決められない小学性にとって、他にできることなんて事実ないじゃないですか。それはせめて居場所を獲得するという生存努力です。

おそらく祖母はそのおっこの悲痛に気がついていて、周囲が無責任に「若女将誕生!」とはしゃぐなかで、決して自分からは手伝え、継げとはいいませんでしたし、おっこの労働危惧してた素振りも見えました。経営者として「子供接客なんてさせられない!」と拒絶することもできたでしょうけれど、おっこから女将をとりあげて、じゃあ不安定彼女精神に何をしてあげられるかと言えば何もない。だから黙認しかないわけです。

だいたい「自分自身と居場所を見つけるという話」なんてもの現代社会において、大学卒業して就職して一年二年経った青年が、俺はどうやらこういう方面には我慢が効くがこういう方面は苦手だぞ、どうやらおれはこういう仕事とこういう人間関係の中でなら生きていけそうだ――みたいなのをやっとこさやるものなわけで。そんなものを、小学生が引きちぎられるような喪失を乗り越えるのと二正面作戦でやるのは無茶というものです。

そういう意味では、周囲の大人たちはもうちょいどうにかフォローしてやれなかったのかよ、とも感じるんですが、でも逆にそれこそ大人視点傲慢物言いであって、大人だろうが子供だろうがどんな人間でも自分自身の心の中の悲しみや未来とは、自分一人で向き合うしかないというのも一面の真実です。

おっこは画面上の軽やかさやおっちょこちょいさに隠されがちですが、実は誇り高い女の子です。特に自分が設定した自己目標に対しては愚直なまでに誠実です。だからこそ、宿泊客のために対立している真月に頭を下げて教えを請うこともします。その実直さが両親を失うという危地の中で彼女孤立してしまった原因だし、それが巡って彼女の味方を増やす原因でもあったのは素敵だったと思います

ふたつの話の交差点

おっこは「喪失を乗り越えること」から逃避して、目の前のロールである女将に飛びつき、そこで必死に働くことによって苦しかった過去ある意味塗りつぶそうとしたわけですが、その逃避が「自分自身と居場所を見つける」ことにつながってゆきます

幾つかの出会いがあって、目指すべき未来のヒント、ロールモデル出会います。たくさん登場人物がいるのですが特筆すべきなのは三人でしょう。

まずは旅館女将である祖母。登場シーンは少ないのですが、彼女個人人格職業倫理が融合してしまったあの佇まいは、今は亡き母経由もふくめておっこの誠実さの根っこのように思います職業倫理がついには人格化しちゃうって、昭和的な善人のあり方としてすごく共感できるんですけど、今の時代では流行らないのかもしれないと思ってちょっとロリしました。

二番目には、おっこの同級生、秋野真月(大旅館の跡取り娘、通称ピンフリ)でしょう。この娘は小学生女子なのですが、広い視野旅館業と湯の花温泉京の未来を見つめていて、顧客に対して誠実であろうという、幼いながらある種の達人系キャラです(傲慢物言いをする残念キャラでもあるのですが)。この娘と同年代として出会うことができた、ライバルとして対立したり和解したりできた、というのはおっこを取り巻く幸運の中でも格別のものでした。彼女との交友は、悲痛から逃げ出して飛びついた「若女将ごっこ」に、その内実の精神性を加えて「本当の若女将」へ進化させてくれたと思います

(余談&劇中では語られませんが、温泉郷に住まう子供の中でも誰よりも本気で町の未来について抱え込んでしまってる真月の孤独にとって、その孤独の闇に現れて、自分の高さまで登ってくれると約束してくれたおっこの存在は、想像すると涙がこぼれるものが有ります。真月からみてもおっこは救いであったと思うし、そうだと良いなあ)

三番目は宿泊客である占い師グローリー水領です。長い黒髪をたなびかせたこ宿泊客は、都心部事務所を構える凄腕の女占い師なのですが、私生活での失意から「春の屋旅館」で飲んだくれ生活をしています

抑制的な演出描写される彼女鬱屈をおっこはどうにかして励まそうと、浴衣を着たことのないという彼女着付けを手伝います浴衣経験のそんな彼女艶姿におっこが感嘆した感想が「格好いい!」でした。

ものすごくさり気ないシーンだったのですが、それはおっこが喪失していた「自立した憧れるべき大人の女性像」を見出した場面だったんじゃないでしょうか?

私生活で辛いことがあっても他者に当たらず、それどころか宿泊先の幼い従業員おっこに気を使っておどけてまで見せる。グローリー水領はおっこ視点では「素敵な大人のお姉さん」です。その素敵な年上のお姉さんに、「可愛い」でも「素敵」でも「綺麗」でもなく「格好いい!」と小さく叫んだおっこに、少し泣けました。お洒落で(←女子小学視点では重要です)、颯爽としてて、自立をしてて、視線を合わせて話してくれる。そんなお姉さんはおっこにとってどれほど輝いて見えたことでしょう。暗闇の中で我武者羅に迷走していた、それでも笑顔だけは守っていたおっこにとって、それは小さな灯火で「未来自分」「目指すべき形」です。

祖母の言う「誰も拒まない花の湯」、同級生真月のいう「客を癒やすレストスペース」、女占い師自分仕事を「他人を励ます仕事」だと評したこと。それらは全て本作テーマに重なるパラフレーズです。そしてそういう人々の輪の中に、自分も入っていける。癒やしたり癒やされたりしながら前へ進んでいくコミュニティの一員になる。「若女将」という「自分自身と居場所を見つける話」は、おっこにとっては生存努力であり逃避だったわけですが、それを誠実に、ごっこから実体にしていくのならば、結局逃げていた「両親の喪失という苦しみを越えていく」につながっていくのだ、という脚本はすごく良かったです。

別れ

ここまで触れてませんでしたけれど、おっこには霊感があるという設定で「春の屋旅館」にきてから騒々しい幽霊少年やおませな幽霊少女出会い、励まされています。両親が今でも生存していて日常は壊れていないという幻想に悩まされていた頃おっこを支えていたこ幽霊たちですが、物語終盤でおっこから見えなくなってしまうという形で別れが示唆されます

でもそれは、おっこが人間社会のなかで居場所確立した――七つまでは神のうちといういわばまだ神様たちの一員であり神楽の主役でもあったおっこたちが、社会の中で着地して、痛みも悲しみも乗り越えていく季節がやってきたのだというエピソードです(おそらく魔女の宅急便黒猫ジジが喋れなくなる、も同様の構造ですよね)。

見終わってから気づいたのですが、この作品幽霊や鬼たちは、幼いおっこが空想したイマジナリーフレンズだとしても物語が成立するように設計されています

おっこは自分の中の勇気かしこさと一緒に自分の悲しみと戦った。「春の屋旅館」はその舞台であり、若女将はおっこが戦うための姿だった。

すべてのフィクションファンタジーなので現実視点を持ち込みすぎるのは野暮というものなわけですが、今後おっこは中学入学卒業して、大学はともかく高校くらいは出るはずで、一人前になるまで十年近い時間があります。(このお話のおっこは絶対旅館業一筋だと思うのとは別に一般化するのならば)そのなかで、旅館から離れるかもしれない。現実に寄せて考えるならその可能性は高い。

でもそんなことはおっこの戦いとそこで得たものとは関係がないわけです。おっこは若女将というコスチューム身分を手に入れたわけではなく、戦いの中で手に入れた人間関係自分自身がある。将来どこでなにをしようと、おっこの手に入れたものが曇ることは二度とない。それがこの映画の中心であって、それは児童労働とかそういうのではなく、もっとパーソナルで尊いものだったと思います

ps.おう真月ちゃんパート書き足したで!

anond:20181010170618

まぁ主なメンバーが2000年代デビューした歌手ばかりだから

流石に18年も経つと色々状況変わるし・・・

司書愚痴

職場自分権利だけを主張する週1、4時間勤務のばあさんが来た。

職場と言うのが学校図書館なのだが、週に1度しか来ない人に任せられる仕事というのも少なく、その時々で軽作業のような仕事を振っていた。

来月新刊として出す本が届いた際、その中から1冊選んで、紹介文章を書くという仕事をお願いしたところ、答えは「できません。」だった。しかも即答。

全員やっていることだと説明するも、とにかく時間がないから無理だと主張するばあさん。当たり前だが、本を読むのは勤務中は禁止

結局、翌月までやるやらないの議論(?)が続いた。

最終的にばあさんの言い分はこうだった。

「勤務時間外に読まないといけないのは時間労働。私は私の読みたい本しか読みたくない。勤務中に読むなら書いても良い。本を紹介したことがないし、苦手だ。そもそもここの勤務時間コロコロ変更になることも気に食わない。最初契約と違う。勤務簿のフォーマットが同じ会社なのに他の学校と違っていておかしい。みんなで同じ方向を見て仲間として仕事がしたい。そのためにまずは、労働環境改善を求める運動をしよう!!!そういうことのためなら私は何時間でも惜しまない!そもそもそんな本の紹介って私がやるべき仕事なの?」

私は絶句した。司書として6年ほど勤めているが、本を読みたがらない司書をはじめて見た。

委託業務から私達に文句を言っても仕方がないし、同じ方向向いてないのはお前だけだよ。仲間とかいうけど、お前が拒否した仕事って他の人にしわ寄せ行ってるけどそこら辺はどうなの?仲間ってそういうもの?この人の言う「私がやるべき仕事」ってなに?今までのラベルを切るとかそんな軽作業あなたのやるべき仕事だと思うの?つまり楽な事だけやりたいという事?と、いろんな思いが一気に駆け抜けた。

選書自分たちでおこなっていて、読みたい本、話題の本、利用者の傾向や年代に合わせて読んでほしい本を選書している。つまり毎回自分が読みたいまたは利用者に読んでほしい本があるわけ。それを読んで紹介するのができないとは?といったカルチャーショックそもそも時間外といってしまったら司書って多分機能しなくなると思う。

失礼だが、初めて顔を合したときからヤバい系の雰囲気だなと思っていたが、まさかここまでキチガイだったとは。

最終的に考えることをやめた。実は私はものすごくキレやすい癇癪もちなんだ。すぐに心のゴリラが暴れ出してしまうから、その時は考えることをやめた。後から思うとこれでばあさん調子乗ったよね。

シフトの件でもひと悶着あった。

学校行事があり、開館時間が変わった際、ばあさんの勤務時間を通常より1時間延ばしてもいいか?と聞いたらOKだったのに、当日になって「え!この時間までなんて聞いていない!物理的にはいられるけど~物理的には~」とやたら物理的をくりかえし、結局わたし12時間労働をした。

さらに、ある人が、普段シフトと違う曜日の出勤をばあさんに頼んだところ、会社に連絡せず、他の司書にも一切伝えてなかった。「○○さん(頼んだ人)が連絡したと思っていた。自分積極的に出たいわけじゃないから私が連絡する義務はない」という。

いやいや。頼んだ人も連絡しろよと思うけど、どっちが連絡をするか話し合ってよ。コミュ障かよ。

その間会社担当者は出られる人がいないか手あたり次第連絡していた。皆もそのばあさんが出るとは聞いていないから伝えようがない。毎回毎回、すべての連絡が滞り、それを毎週解消するのが私の業務になりつつある。なんでだよ。

しかもばあさん、遅刻しても連絡ひとつよこさず、勤務簿は通常通りに来たように偽装しよる。

とりとめもない愚痴だけど、自分権利義務を主張するのはいいけど、他の人については一切気にしない姿勢ってどうなの?とモヤモヤするので文章にしてみた。

2018-10-09

子持ち友人の感覚理解できない

今度学生時代ゼミ同級生(男女半々で10人くらい)で久々に集まろうという話になった。既婚者が約半分の年代だけど、子持ちはまだ2組程度。

独身だし仕事もたいして忙しくないので幹事を買って出て、会場の目星もつけ、日程を投げて参加希望を募ったら子持ちの友人が一言

企画ありがとうー!旦那子どもも連れて行ってもいい(^^)?」

これって普通感覚なのかな…?ちなみにその子旦那さんとゼミメンバーは全く面識が無い。彼女の息子に会ったことが無い(出産祝いを送るほどの関係性では無い)友人も結構いる。加えて彼女旦那さんは育児にかなり協力的なので半日くらい一人で面倒見られそうだし、なんならお祖母ちゃんのいる実家も近い。

いや、百歩譲って子ども連れて来るのはまだ理解出来るんだけど(仕方無い部分があるだろうから)、旦那も連れて来るのがよく理解できない。一人で連れ出すのが大変だからってことなのか。それにしても学生時代の思い出話に花咲かせても旦那さんは疎外感感じるだけでは…?私たちも気遣うし。

正直、広めのカフェ居酒屋かなーなんて考えてたか子連れ向けの会場新たに探す必要が出てきそうでめんどい。それ全部私がやるの?なによりこんな風に聞かれたら断るに断われないんだけど…断ったら完全に心の狭い人じゃん、私が。

他のメンバーがどう思ってるのかも気になるけど、陰で共通の友人の悪口言うのも嫌だし聞くに聞けない。幹事が返答しなきゃ誰も何も言えないだろうから、いいよーとだけは答えたけど。

久々に懐かしいメンツで集まろうというせっかくの会の趣旨が変わってしまうし、楽しみだったのにいきなり気が重くなって来た…めんどくさ……

友人の感覚理解できないんだけど、これは単に私が結婚も決まっていない独身からモヤるだけなのかな?ただでさえ普段から子持ちの友人には譲歩してること多いのに。自分ハッピーからみんなもハッピー!私の子どもは可愛いからみんなも会いたがってる!って感じなのかな?メンタル強くない?モヤるわー

anond:20181008182750

年代3人くらいで徹夜してわけわからんようになりかけてるときにいつもは結構無口で聞き役なやつが持ち出してきてむっちゃ受けてテンション上がってそのまま徹夜が続いていくやつやん

[]コトノハ〇×の「複垢連投オヤジ」の連投と無断転載に関する考察

コトノハ〇×(http://kotonoha.cc/)の連投行為無断転載行為に関して、複垢連投オヤジから最も個人攻撃を受けてきた被害者のひとりである私が考察していく。

も併せて閲覧願いたい。
複垢連投オヤジ」に関するいきさつや、複垢連投オヤジ投稿したコトやコメントでの滅茶苦茶な理論や言い分については上記言及解説している。

連投

■連投を行う目的

複垢連投オヤジ以外にも以前から連投行為をはたらくユーザーは居て問題視されていたことはしばしばあったが、その人達共通点は、人に共感することよりも自分記事(コト)を投稿することが主体となっていることである本来コトノハへの関わり方は投稿ではなく様々なコトへの回答や共感が基本であり、投稿既出のコトに無い話題に関して語りたい場合に行うというのが基本であるが、それがわからない人には中々難しいことであるしかし、それを守るために「30コトに回答するまでは投稿できない」、「自分のコトへの回答数が十分でないならば新しいコトを投稿できない (詳細な基準非公表)」といった仕様になっているが、それに抵触してエラーが出ても何も感じないのだろうか?
ここで、不定期に誰かが投稿するコトとして、「Postは1人1日1回までにしましょう」というものがある。これは、連投や多数の投稿を行うユーザーに関してコトノハ趣旨を再認識してもらうためのものであるが、そのようなユーザーには中々聞き入れてもらえないようである
そもそも連投を行うユーザー目的は、投稿することが目的になっている、誰よりも早く投稿しなければ気が済まないなどであるように思える。

複垢連投オヤジ最近の連投の傾向

複垢連投オヤジ最近の連投は、上記の他の連投を行うユーザーと同じ理由も勿論考えられるが、他のユーザー投稿を下に下げる目的があると捉えられる。特に自分(複垢連投オヤジ)にとって不快不利益な内容のコトが投稿された時、それに対する反論コトや羅列の連投コトが大量に投稿されることが多いかである複垢連投オヤジにとって連投ネタは何でもよいようである

複垢連投オヤジの重複投稿

複垢連投オヤジは、以前は他人のコトに回答していたことがあったが、最近ほとんど回答していない。他人のコトやトピックに関して言及したい場合は、自ら同一か類似のコトの投稿を行っている。現在検索(Search)機能機能していないため行えないが、本来コトノハはコトを投稿する前に類似のコトがないか検索して重複確認することがルールとなっている。勿論、確認出来ず重複するのは仕方なく誰でもあることだが、態と重複させるのは明らかなルールマナー違反である
SNSを利用していて、ここまで他人に関心が無く共感力に欠けるユーザーは珍しいと思う。寧ろ、何のためにSNSを利用しているのかと不思議に思う。

無断転載

投稿クローズ(鍵垢、友達のみ)にすれば良いのでは?

複垢連投オヤジによる無断転載行為が行われるようになって以来、多くの方から頂くアドバイスであり、クローズにすれば無断転載が起こることは一切考えられない。特に、私と同年代若者場合クローズにして内輪(親しい仲間内)での交流を主としている人も多い。しかし、私の活動スタイルからして、本名での活動を基本とし、クローズにしたくないというのが本音であり、その理由としてボランティア一人旅等の諸活動が言える。
ボランティア一人旅、またスポーツ音楽起業等も含めた個人での諸活動を主としている人の多くはSNSオープン活動しており、活動きっかけに興味がある人と友達関係を結び、活動交流の輪を広げていくことが多い。オープンをすることで探しやすく、また近い活動をしている人とも繋がりやすいのは大きなメリットである特に友達承認申請フォローする場合も、投稿内容が分かることで安心できる。私もこのメリットが大きく、オープンでの活動を基本としており、本名学歴等もその理由により記載してきた。
このオープンクローズかはリアルでの活動も大きく関連していると思う。クローズの人たちは基本的に内輪を好む人が多い。私は中堅の大きな大学であるため、ボランティア委員会でも私の大学メンバーは多かったが、活動先では他大学、他団体メンバーも多く居たのに呆れることに同じ大学メンバー同士でしか交流していない人が多かった。他大学からは「〇〇大学仲良いね」と言われていたが半分は嫌味に聞こえていた。しかし、私は真逆で今も昔も主に他のメンバーとの交流が多かった。ボランティアは同じ大学でも一度切りのメンバーが多かったが、他団体交流することの方が貴重な機会であることは間違いない。
今まで本名活動してきて不都合な点は全く無く、5ちゃんねる(旧2ちゃんねる)に晒されたり、外部機関通報されたり等の経験は無い。要するに、そのままで問題無かったのだ。しかしながら、複垢連投オヤジが登場するようになって初めて晒し等の迷惑行為を受けるようになった。私は不謹慎投稿一方的誹謗中傷暴言等の迷惑行為や、犯罪自慢(所謂バカッター行為)や犯行予告等の違法行為をした覚えは一切ない。複垢連投オヤジ私怨での一方的嫌がらせ目的である。それにより初めて対策せざるを得なくなった。

100%複垢連投オヤジ、只一人のせい(為に行っている対策)である

作成中~

2018-10-08

査読論文なしで教授になった話だけど

自分の知ってる社会学者もそんな感じ。

論文と呼べるようなもの博士の時にチョロっと書いただけだと思う。

それも先進国のとりくみを日本に導入するために、みたいなしょーもない内容だった。まあ当時はジェンフリさえうたってたらいい時代だったしね。で指導教官の引きでどっかにポストもらって職を確保したらそれ以降はブルーバックス?みたいなのを書いたり、行政の冊子にチョロチョロ書いたり。そういう需要があるから余計に怠けるのかな。一応今も生き残ってる。

まあ千田さんだけじゃないけど、お手軽なテレビ漫画映画を題材にして適当なこと言ってたら社会学の授業になるんだしね。

自分学生時代に受けた授業もそんな感じだった。

先生リベラル系の集会とかデモのチラシとかビラを配るのに熱心だったし。そっちで名前が売れることのほうが大事なんだろうね。

他の社会学者も似たようなもんじゃないの?つか古市なんかが目立ってるけどむしろ若い世代社会学者のほうが真面目に一生懸命論文も書いてるのにポストがなくて任期付きだったりするのに、適当論文のし上がったある程度上の年代が相変わらずポストを占めてるのが問題

anond:20181008113132

無頓着ペット同様に育ててしまったら野生の群れに返すのはほぼ困難。

から、野生の群れに返すことを前提としている場合、育て方から、実際に返すまでどうやるのが最適なのか

何度も検証し、何度も失敗している。

絶滅危惧種の「野生復帰」の研究は、1970年代から行われていて、

ゴールデンライオンタマリンっていう南米サルが有名な成功例なんだけども、

それでも何十年も研究し続けてこその成功なので、難しい分野ではある。

クロアシイタチの野生復帰は、人間が育てる時点で500匹程度の群れの状態で育てて

群れのまま野生に返すので、これはこれで合理的なやり方かなって思う。

エサも豊富で群れも流動的な動物種であればそんなに苦労はしないとは思うけれど、

「感動の別れシーン」の影で動物学者の苦労も虚しく、野生に適応できず死んでしまったり、

結局、出戻りしちゃった動物が多数居るのは間違いない。

2018-10-07

日本人の平均的なおっぱいサイズって思ったより大きくない?

年代だと自分のは控えめな方だとは知ってたけど、スパかに行くと自分より一回りか二回りくらい上の年齢層でも普通にEやFカップくらいあるんでは???みたいなの結構見かける

コンプレックスあるからそういうのが目に付きやすいだけかもしれないけど、平均サイズがCって本当ぉ??って思うんだけどどうか

鬼太郎27話で思い出す

いたなあ中世呼ばわりに便乗してジャパン蔑称啼き喚いてたの

中世ってことにしたい2013年あたりから76年前には

本来なら無くせてた蔑称を啼き喚き続けとるのは

時代の啼者なんだろうね

中世ってことにしたい年代よりさらに76年ほど遅れとる所業

首吊らさせられ破滅させられた存在をゆめゆめ忘れるなかれ

峰不二子ポルノじゃない

キズナアイポルノ

従順そうで年端のいかない少女が、

胸や股間を強調した服装をするのがダメ

AKBは同年代の憧れみたいになってるからOK?

モー娘。意思が強そうでカッコいいかOK?

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