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はてなキーワード: 年代とは

2020-05-29

初めて会う人とマンツーマンで話す時こういうテンプレ会話には注意な

「こんな時期だし家で映画みたり日記書いたり本を読んだりかな」

「一人だと寂しくないの?」

「没頭するタイプから外大丈夫」

「そうなんだ」

休日は何してるの?」

フットサルとかバスケやってる!」

「ふーん、そういうチーム?みたいなのってどうやって見つけるの?」

たまたま知り合いづてで入って、いろんな職業とか年代の人がいるか楽しいよ」

「たまには運動でもしないとね、そういうの全然やってない」

「ところでお仕事は何?」

社員ウエディングカメラマンやってる」

「へーそうなんだ、いつかは独立したりするの?」

「そのうちね」

「それだったらやっぱりお客さんとか捕まえないとだめだよね」

「そうだね」

「でも独立した方が収入もあがりそうだね」

「頑張り次第ではそうだろうね」

「でもその為にはやっぱり人脈とか作ったほうが良いと思うよ」

「それはそうかもしれないね」

「今やってるフットサルをまとめているリーダーが」

「うん」

自分お仕事をされている人なんだけど人脈もすごくて」

「うんうん」

「一回遊びに来たらいろんな人と繋がれるよ」

「そうなんだね」

「そのリーダーも人脈が大切っていつも言ってるし私もそう思う」

「うんうん」

「来月も日曜日やってるよ」

「夜とか?」

「んーだいたい昼だね」

カメラマンから日曜日はもしかしたら仕事かも」

「いつわかるの」

「もう少し先かな」

「一回遊びに来てよ」

仕事がなかったらね」

「また連絡するよ」

「うん」

「そろそろ行こうか」

「そうだね」

「珍しくカメラマンの人に出会えたのでなんだかラッキー

「ありがとう」

あなた今日お話できたのはラッキーかもしれないよ」

「うんうん」

「じゃあまた連絡するよ」

「そうだね」

「またね」

「またね」

匂う・・・匂うぜ!!!アムウェイ匂いがプンプンとよォ・・・!!!!!

2020-05-28

三大どこいった90年代腕時計ファッション

・『スプーン』スケボーやスキーとかのスポーツから派生したようなイメージだった

・『TAGホイヤー ダイバーウォッチ』この流れは今でも耐えず脈々と続いているが、その始祖は案外みなもう忘れてそう

・『スウォッチ』を片手首もしくは両手首!に、複数個はめる!!

次点カシオの、テレビリモコン操作できるボタン付いたヤツ(意中のGFにあげたが、使えなかった!と言われた...)

2020-05-27

anond:20200527145007

1998年制作の「雑誌ができるまで (ザ・メイキング)」を見てほしい

https://www.youtube.com/watch?v=CELBPgqAFqY

冒頭のアナログすぎる写植マシン1998年という時代の古臭さをきっと感じるはずだ

しかし後半、輪転機パートになるととたんに現代テクノロジーの息吹を感じるはずだ

1998年存在したとは思えない輪転機ハイテクな佇まいに驚くであろう

写植マシンソフトウェア)と輪転機ハードウェア

この2つは同じ時代にあったものだが、それぞれ進化の速度が違ったためこのようなあべこべな状況が発生している

そこで貴方の疑問に立ち返ろう

はいかに現代だ!」と知覚するのであろうか

おそらく、今の貴方のように年代で区切る感性では

この先もずっと現代を感じることは出来ないであろう

一度に全ての物を見ようとし過ぎである

ぼんやりとした視野ではぼんやりとした知覚しか得られない

もっと一点に焦点を定めるべきである

そして過去と今現在を相対化するのである

さすれば今起きている事象全てに対して「現代だ!」と知覚できるようになるであろう

戦後30年に東京23区を作った人が偉いと思っているバカ

  本質的には偉くない。マンコとして生まれたのに強い奴ばかりだったし、力は超絶だったが、裏は悪事ばかりだった。

   本当に偉いのは、明治天皇と、戦後最初の20年、昭和50年代(最高)で、それ以外の時期が最低最悪なことが分かっていない。

     戦後30年に昭和東京を作った者は確かにやばい奴がたくさんいたし結果も出たが裏は真っ黒で、明治天皇ほどの偉大な人らでは

ないことに注意しなければならない。

     昭和東京基本的日本人否定するものであり、23区の稠密な内容があったか是認されたので、自殺してこの内容がなかったら最悪だった

我が国において本当に偉い数学者は少ない

  

   以下のとおり色々いるけど基本的日本人数学ができないか特別な人でないと明治時代から数学ができなかったので数が少なかったし、以下に列記の全ての数学者が偉かったわけではない。明治時代活躍した数学者が偉いことをしたことと、昭和時代数学者がはっちゃけていただけ。昭和40年代以降の数学者は怪しい腐れゴミだし、

   戦後30年の男の数学者は知り合いの仲間と共同してクソ必死になって研究していたが、昭和50年代になり女性化の時代になって、文科省がニホンジンに教える数学から初等幾何学はやめましょう、日本人女性に害があるということで、初等幾何学は一切教えなくなったことで、もう相当昔から我が国数学教育はすたれ果てている。

  以下に列記の数学者以外にも、国が隠していて活躍していた数学先生で偉い人は、明治昭和時代はたくさんいたが、今はろくな奴がいない。

 菊池大麓(1855-1917):数学最初日本人教授、のちに東京帝国大学総長

藤沢利喜太郎(1861-1933):2人目の教授数学教育、本格・応用両面の西欧数学移入

林鶴一(1873-1935)

吉江琢児(1874-1947)

高木貞治*(1875-1960):類体論近世日本初の世界数学

藤原松三郎(1881-1946):「日本数学史」ご進講

窪田忠彦(1885-1952):幾何学

園正造(1886-1969):代数学

小倉金之助(1885-1962):数学史、随筆家

掛谷宗一*(1886-1947):連立積分方程式、掛谷の定理

竹内端三(1887-1945);『関数論』

辻正次(1894-1960)

吉田洋一(1898-1987):『零の発見』<岩波新書

末綱恕一(1898-1970):解析的整数論

20世紀まれ日本数学

1901年 - 1910年まれ日本数学者[編集]

岡潔*(1901-1978):多変数複素関数論。多くの随筆を残した。

中村幸四郎(1901-1986):位相幾何学の導入、数学

正田建次郎*(1902-1977):抽象代数学上皇后美智子の伯父

岡村博(1905-1948):微分方程式

南雲道夫(1905-1995):解析学

弥永昌吉(1906-2006):整数論。優れた多くの弟子を育てた。

吉田耕作*(1909-1990):関数解析学

1911年 - 1920年まれ日本数学者[編集]

角谷静夫(1911-2004):角谷の不動点定理

矢野健太郎(1912-1993);微分幾何学。多くの数学専門書・啓蒙書で知られる。

中山正 (1912–1964)

伊藤清*(1915-2008):確率微分方程式

小平邦彦*(1915-1997):代数幾何学

古屋茂(1916-1996):解析学

岩澤健吉(1917-1998):整数論。岩澤理論

加藤敏夫(1917-1999):加藤定理

太郎(1920- ):力学系関数解析

1921年 - 1930年まれ日本数学者[編集]

溝畑茂(1924-2002):解析学偏微分方程式

西正武(1924- ):複素解析

冨田稔 (1924-2015) : 作用素環論

竹内外史(1926- ):数理論理学

一松信(1926- ):関数

鈴木通夫(1926-1998):群論

岩堀長慶 (1926–2011)

永田雅宜(1927-2008):代数幾何学ヒルベルトの第14問題否定的解決した。

佐武一郎 (1927-2014) : 代数群、

谷山豊(1927-1958): 複素解析谷山志村予想

佐武一郎 (1927–2014)

森毅 (1928-2010) : 関数空間の解析。数学教育についての多数のエッセイで知られる。

佐藤幹夫(1928- ) : 佐藤関数代数解析学の創始

境正一郎 (1928- ) : 関数解析学, 数理物理学

服部晶夫 (1929–2013)

久保田富雄(1930- ):整数論

志村五郎*(1930-2019 ):複素解析谷山志村予想

米田信夫 (1930-1996)

1931年 - 1940年まれ日本数学者[編集]

広中平祐*(1931- ):代数幾何学

荒木不二洋(1932- ):数理物理学、場の量子論代数的構造論

小林昭七 (1932–2012)

竹崎正道 (1933- ) : 作用素環論

伊原康隆(1938- ):整数論

1941年 - 1950年まれ日本数学者[編集]

足立恒雄(1941- ):代数整数論数学

飯高茂(1942- ):代数幾何学

藤原正彦(1943- ):専門は数論。エッセイスト、『国家の品格』<新潮新書

齋藤恭司(1944- ):複素解析

上野健爾 (1945- ) : 代数幾何学

秋山仁(1946- ):専門はグラフ理論、離散幾何学テレビにも出演

柏原正樹(1947- ):代数解析学佐藤幹夫弟子

斎藤 裕 (1947-2010) : 保型形式

砂田利一(1948- ):大域解析学

宮岡洋一(1949-):代数幾何学。ボゴモロフ・宮岡・ヤウの不等式

三輪哲二 (1949–)

石井志保子(1950- ):代数幾何学

https://anond.hatelabo.jp/20200527140734

その年代3.11の影響まで受けた大卒世代ならともかく

高卒でガキ作って自ら氷河に片足踏み入れて

リーマンショックのせいにして救済してくれってすげえ思考回路してんな

忘れられた第二次氷河期

1987年まれは、就職活動期(2009年)にリーマンショックによる企業新卒採用縮小のあおりを受け、就職に苦労した世代だ。

三学年くらい上〜一学年上の代までは売り手市場と言われ、就職氷河期からは脱したと思っていた。だがリーマンショック事態は急変、回復傾向から急落した。

第一志望だった企業採用活動さえしていなかった。後から聞いたらその年は縁故入社のみであったらしい。

子供を産んでからでも転職活動はできると考え、20代子供を産もうと思った。

1人目を入社3年目で妊娠し、4年目で出産した。

2人目を7年目で妊娠出産

その後の景気回復を横目に転職活動も考えたが、自分仕事の忙しさに加え妊娠出産育児に追われて思うようにいかなかった。

いま考えたら転職がうまくいってから子供を産めばよかった。

最近氷河期世代就職支援案が叫ばれているが、1987年まれ対象外になっている。

私のように新卒時思うように就職できず、チャンスがあれば転職したいと願っている人は同年代大勢いると思う。

特定年代の救済を考えるなら、この年代も議題にあげてほしい。

2020-05-26

ネット上の誹謗中傷 与野党協議 を考えてみた。

国がまともに対応出来るわけがねぇと吐き捨てたけど、じゃあどうすれば良いって真面目に考えてみた。

結果的に、今後を第一として「教育」に組み込むのはどうだろうか。という結論になった。

まず、「ネット上」という空間をおおよそ30代を堺にして認識が違っていると思っている。

みんながみんなそうでは無いけど、今30代以上(40代中盤ぐらいまで)の人達にとって

ネット」というもの基本的不用意に発信するものでは無いと考えている人も多いんじゃないだろうか。

まずスタート地点が「ネットは遠く、怖いモノ」という所からスタートして、その後、たくさんのサービス流行等、色々あって今のようにネットが近くなっていったと感じている。

なのでその年代は一番ネットとの距離感絶妙な人が多いと思う。

じゃあ「その年代完璧なのかよ?」と言われるとそうではない。その年代おかしなやつは

ネットは遠く、そして自分には程遠いもの」と思い込んでるヤツだと思う。だからその年代

とても振り切った形でネットに発信して迷惑をかける事が多いと思う。そういうやつはバンバン逮捕すれば良いと思う。

では、30代以下(10代等の子供も含む)はどうかというと

まれた頃にはネットがすでに普遍化していて「あるのが当たり前」という所がスタートだろう。

"良い"使い方、よりよくネットを使う事が出来るようになった世代と言おうか。

例えば、インスタやTiktok自分生活をアップするという行為は、「ネット怖い世代からすると

「そんな事して大丈夫なのか?!」と思うわけだが、この世代は「大丈夫」で、そしてそこからコミュニケーション

深める事が出来る世代なんだろう。

ただ、それは"良い使い方"をした場合であって、今回のネット誹謗中傷のように

"危ない使い方"や"悪い使い方"においては鈍感で無防備なままだと思う。

ネットを使う事が当たり前の世代においてこの認識のまま成長するって今後はもっと危険になる。

から、もし国としてこの件を"対策"していくならば、その一つとして

ネット歴史と怖さ」を教える教育というものを入れるのが良いのではないかと思う。

"道徳"という科目が昔はあったが、それに近いもので良いと思う。ネットトラブル追体験出来るようなカリキュラムが良い。

例えばクラスを半々にグループわけし、それぞれにまったく違う情報ソースを渡し、それを伏せた上でそれぞれに議論させるとか。

話が何故か噛み合わない、相手が何を言ってるのか読み取れない、悪意があるのかそういった疑心暗鬼体験するような感じ。

また、その疑心暗鬼を生み出すのが自分の発信がもとになる事も分かるようになると良い。

自分の主張は文字に起こすとめちゃくちゃチープでイミフで何も伝わらない事がほとんどだという事が

理解出来るようなカリキュラムであればなおよし。

国として対策するのならこういった「教育」に注ぐのも重要だと思う。

なんか書いてて「なんで俺こんなえらそーなんだ?」とか「言いたい事かけてるか?」とか

「ていうか言いたい事ってなんだっけ?」とか混乱してきた。自分で書いてて自分で訳わからなくなるような文章

誰でも発信出来て、誰でも見れて、誰でも反応出来るっていう事なんだなっていう事で。

うんこちんちーん。

anond:20200526105758

うちの会社では

 「女が頭が悪い

 「女はすぐに(結婚で)辞める」

 「女は仕事よりプライベート優先」

  =「だから雇わない」

  =「だからこの仕事は任せない」

  =「(仕事男性よりできているけど)マネジメントは任すことができない」

というのが当たり前の空気になっているから、増田の話は頷けないな。

20代には優しい世界だとは思うよ、裏でどう思われてどういうシステムや思惑が働いているか想像できない年代だと思うし。

我々は君たちのためにもできるだけこういう考えをなくしていく努力をしていくね。君たちになんて思われようとも。

2020-05-25

anond:20200525200015

ほんとにそれだよ

この年代若者って普通老人が説く綺麗事を毛嫌いするよな

高卒だけど貯金が1000万円を超えた

高卒とはいえ、もう15年も働いている。

中年増田には同年代の妻と子供が二人。

妻は毎月5万円程度のパートをしていて、子供小学生

苦しくて仕事を辞めたい。ずっと悩んでいる。

anond:20200525141216

そもそもシノギなんで街宣よりネット街宣がメチャ儲かるからそっちに大規模に移動化して事業化されてったのが10年代じゃね

あいつらは稼げればなんでもいいんで

許せない

俺が13歳の時の話をしたい。23年前の話だ。

俺は当時、田舎男子中学生だった。住んでいた場所がどれくらい辺境かというと、まさに地名がそのまま「村」なぐらいだった。現在はもう村としては存在していないが地名としては残っている。

それはどうでもいい。そんな田舎中学校で、俺は卓球部所属していた。

もちろん、別に卓球が好きだったわけじゃない。当時は何処かの部活に入るのが必須な風潮だったし、野球部だとかサッカー部だとかに入るぐらいなら比較的楽そうな卓球部へ…などという安易すぎる考えで俺は卓球部に入った。

当然、そんな生半可な気持ち卓球が上手くなるわけもない。大会などでは一回戦敗退が定番と化しており、サボり方も身につけ始めた中堅卓球部員となっていた。

当時、男子卓球部女子卓球部は別れてはいたが一部では一緒に練習したりすることもあった。

その中で、俺はある1人の女の子に恋をした。

相手は同い年のAちゃん

決して目立ったところがない子ではあったが、なぜだか話しているうちにどんどん惹かれていった。

決して付き合うとか、好き合ってるとかそういうことではなかったが(この年代はみんなそうだろ?)俺たちは心が通じ合ってた気がした。

彼女はよく俺に

「サボらなかったらコーラおごってあげる」

と言った。練習サボりがちな俺をいじりながらも気にかけてくれたことをよく覚えている。

そしてちょうど23年前の今の時期、同じ会場で大会が開かれるということで途中まで一緒に行くことにした。

彼女

「優勝まで行かなくても準々優勝ぐらいまでいったらコーラおごってあげる!」

と茶化して俺に言った。もちろん、俺が一回戦敗退の達人であることを知っての発言である。こんな会話が好きだった。

「じゃあAが優勝したらなに奢ろうかな」

と話し出したところで会場につき、別々に試合をして(俺は当然一回戦敗退、Aちゃんの結果は覚えてない)別々に帰宅した。

そしてその後、Aちゃん行方不明になった。

大会の帰り、そのまま彼女は消えた。

たちまち学校中は噂でもちきりになった。誘拐だとか、神隠しだとか、家出だとか、そんなクソみたいな噂話すべてに腹が立った。

俺は気が気でなくなって、村のどこかに彼女がいないか探した。でもどこにもいなかった。新聞には彼女が消えたとされる場所で靴と血痕が発見されたと書いてあった。

帰り道だからすぐにわかった。現場は綺麗に片付けられていたようでなにも残ってなかった。俺はもはやなにも考えられなかった。あらゆる可能性を考えてもクソみたいな結論しかかばない。

彼女が消えてから1週間、1ヶ月と経っても彼女は消えたままだった。

もう、彼女は一生帰ってこないんじゃないかという話を同級生がしていた時、俺は掴みかかって否定した。帰ってこないはずがないんだよ、絶対帰ってくる。

ちょうど3ヶ月後ぐらいに、テレビ犯人逮捕されたというニュースが流れた。

そいつはこの村のクソみたいなゴミクソ人間で、彼女にクソみたいなことをしようと思って声をかけたが無視されたので車で轢き、車に乗せて首を絞め、石で何度も何度も何度も何度も打ち付け、彼女を殺した。そして布団に包んで捨てた。

俺は何もかも許せなかった。犯人のことも、自分のことも、この犯人の親とか、友達とか、全てが許せなかった。何もかもがどうでも良くなった。

なにも許せず、なにも成長できないまま俺は大人になった。

今でも許せない。犯人は早々に自殺したらしい。それが何なのか、あの男が死のうとなにも終わらないし始まらない。

最初から存在すらしなければよかった。それだったら彼女は今も普通女性として生き、普通就職したり、普通結婚したり、普通子供を産んだりして彼女人生を歩んだんだ。

23年経っても許せない。許せないまま、あの子コーラを奢ってもらえる日を待っている。

anond:20200524223945

広さN(N>1)以上のマップNPCエミュレートできるぐらい細部までちゃんと作りこむには、人力ではゲームコストが見合わなすぎるので、十分以上に実用可能自動生成の仕組みにが開発される必要がある。 

一方で、自動生成が実用化したなら、広さはサーバーが持つ限り無限拡張できる。

いきなりN=100とかのゲームができる。

 

 

から元増田みたいに年代と広さが線的に拡張していくことはないな。

マップが広がるときは一気だ。

50の手習って言うけど、50くらいって仕事人生だと消化試合、家庭だと子供結婚して孫を見るか見ないかくらいで生きる目標を無くしがちなとこなんだよね

寿命まではまだ余裕があるので、はてさて何をしていこうかというところ

からこのへんでまた新しく何か目標を作ってみようかなという人が多いんだと思う

オレはボクシングに通うようにした

聞くとこの年代から始める人もそこそこいるらしい

強くなりたいとは思わないけど健康維持にちょうどいいし今のジムフィットネスコースもあって若いヤングギャルもいて目の保養にもなって一石二鳥

ボクシングは使える武器が少ない分、駆け引きや読み合いやフェイント、逆にラッシュで圧倒することもあってなかなか知的スポーツだと思うので、知的派が多い増田達にもオススメできる

2020-05-24

anond:20200524183318

昔はそういう扱いだったけど

2010年代から正義を担う知識人の一人って位置づけになったんじゃなかった?

良く言えばアットホーム、悪く言えば公私混同、つまり緩い

昔務めた職場が良く言えばアットホーム、悪く言えば公私混同中小企業で、とても”ゆるい職場”だった。

勤務態度についてはあまりとやかく言われず、フレックス制では無いにも関わらず、始業時間を過ぎてパラパラ出社する社員が年齢問わずおり、業務時間中の就寝、外出は黙認されていた。

また職種セキュリティに関しては厳しいはずなのに、重要パスワードが社内の壁に貼られて一般公開されていたり、メールの誤送信が頻発していた。(いずれも大事には至っていなかった)

モラルの点でも悪い意味で緩かった。

一例を挙げる。

男性社員の一部は先輩社員の私用に駆り出され、休日祭りに参加したり、政治活動に参加した。

休日には役員お花見会があり、若手女性社員仲居さんとして駆り出された。当然休日出勤扱いではない。

独身寮では同棲する社員も多く、寮はピンクハウスと呼ばれていた。

・ある役員は、部下の結婚式スピーチをした際に、新郎にあたる部下を下げて笑いを取ろうとしたため、新郎の親戚一同が気まずい空気になってしまった。(そりゃそうだ。)

飲み会女性社員の太ももタッチする先輩男性社員がいたり、男性管理職の膝の上に座る若手女性社員がいた。

・酒乱社員がおり、飲み会で具合の悪くなった若手を放置して2件目に行こうとしたり、食器を破損したりした。(保護責任者遺棄や器物損壊では?)

男性社員の一人は社内結婚したにも関わらず社内で「良い店(風俗)ありませんか?」と聞いたり、共に終電を逃した女性社員に「金欠からビジネスホテルで同室を取ろう」と声をかけていた。

・恋心を拗らせた男性社員女性社員ストーカー行為をし、周囲の社員はそれを煽った。

アダルトサイトVIP会員である男性社員が、動画を他の社員横流ししようとした。(違法では?)

・その他各種ハラスメントいじめは完備しており、管理職・人事担当者も率先して参加していた。

これは何も昭和の話でなく、平成後期の話だ。

このように書くと「所謂底辺”の集まりでしょ?」と思われるかもしれないが、社員学歴だけ見れば決して”底辺”ではなかった。

役員大手企業出身者が多く早慶レベル以上、中堅社員以下は国公立から早慶辺りが多かった。

中小企業だったので、もしかすると、採用担当者悪趣味過ぎたのかもしれないし、中核社員モラル意識の低さがそのまま社風に反映されたのかもしれなかった。

以下は業務無関係だが、モラル意識の低さが私生活でも悪影響を及ぼしたのでは?と個人的邪推していることだ。

一定年代管理職はほぼ離婚している。

・社内デキ婚から社内離婚社内恋愛から社内婚約解消、等社内恋愛に絡む事案が多数発生する。

素描 2020/05/24

若い女子プロレスラーが亡くなった。

https://wwr-stardom.com/news/release523/

正直、存じ上げない方だったし、テラスハウスも見ていないので事のいきさつはよくわからない。

見出しが目に入ったとき事故死か、急病か…もしかしてコロナ?…とか思った。いずれにせよ若いのに残念なことだ、と。

原因(と思われる事象)は、ネット歴史で嫌というほど繰り返されてきた、ありふれた事件ひとつではある。具体的な案件被害者を挙げればいとまがない。対処法も千差万別裁判所に持ち込んで徹底抗戦をする、これも有名税と割り切った対応をする、など。

ただ隣国・韓国で相次いだ、トップアイドルと言って差し支えないレベルタレント自殺事件があって、様相がすこし変わってきてもいた。そしてついには、日本でも 同様の事件が起きてしまったということか。

いわゆる、こうしたネットイナゴ/ネット暴徒にどのように立ち向かうか、また、そもそもここで言う悪とは何なのか誰なのかといった論は差し控える。付け焼き刃の知識で雑な論を書いても何も実るものはない。

ただ、私自身、この事件に腑に落ちない、わだかまりを感じている。すなわち、SNSで叩かれて、なぜ自ら命を断たなければならないのか、ということに、左脳的なところでは承知していても右脳的なところで納得がいっていないのだ。

私事で恐縮だが、昨年書いた増田がプチ炎上をした。頭の悪いことにセルクマなんていうものをしていたため、はてブの通知は大変なことになった。ブクマ数が10を超えたところで「おや?」となり、そこからはあっという間だった。ブラウザ更新するたびに数字は増え、アプリを開くたびに通知が届いていた。最終的に300くらいになっていたはず。というのは、該当する増田およびブクマこころの裡に封印しているからだ。思い出したくもない屈辱である

そんなに大したことのない数字ではある。しかし、こちとら鳴かず飛ばず10年やってきた。今回もひっそりと増田の片隅に埋もれるものだと信じて疑わなかった。そういう身に、これはかなり刺激の強いできごとだった。

このとき私が試みたのは、アプリを消すということ。10年やってきてそこそこスターもつけてもらったアカウントだし、物書きなので、一度書いたものはどんなに拙かろうが残すべきである、それを含めて責を負うべきなのだ…などと半端なプライドがあったりもした。アカウント/エントリーを消す、という方策は初めから俎上に上がらなかった。代わりに、アカウントと実世界で生きる「私」との間にある接点を切り離すことにした。

どれだけ反論してみても意味はない、ただ時間が過ぎるのを待つしかない、ということを長年のネット経験感覚的に理解してもいた。そうして半年はてなサイトには近づかないようにしようと誓った。その代替として、グノシーだのスマートニュースだのを入れてみたが、これらは端的に言ってクソだった。

私は1980年代初頭の生まれでいわゆるアラフォーという年代なのだが、ネット世界は極論的には物理の力で強制的遮断できる、という観念がどこかにある。

勇午」という漫画で、敵に逆探知(?)かけられそうな時に電話線もろとも切断する、というシーンがあったはずなのだがまさにこういうイメージだ。

ところが今の10代〜20代前半の人たちの文章を読んだり、動向を追ったりすると、SNS日常こころの深いところまで入り込んでいることが見えて驚きを禁じ得ない。

言葉暴力が人を殺す」とはネット時代以前から言われ続けている。それ自体は新鮮な論ではなく、ここに疑いの余地はない。彼女を死に至らしめた誹謗中傷を許さない。書き込んだ奴らは恥を知れ。まったくもってその通りである

ただし、善人ばかりで回らないのもこの世の常。防衛手段としてなんらかのオプションを持つことも生き抜くためには必要な知恵かと考える。その際、SNSを、そこで持つペルソナ自身から切断するという手段は、もはやネット黎明期牧歌的幻想なのだろうか。

まとまりのない文章だがそんなことを考えた。

2020-05-23

anond:20200522130445

この絶望エントリー読んでて思ったけど……

中学とかって「こいつの分際でオシャレ始めやがった!!!全力でからかって恥かかせてやろ。許さねえ」みたいな正義感たぎらせる奴うじゃうじゃいたやん?


それと完全に同質にクソなの社会人世界でもやっぱあるよな。

ここで書かれてる「資格試験受かったらからかう」とかモロにそうだけど。

俺の会社に外見でドルオタってあだ名付けられてる先輩いて同年代から超絶バカにされてるけど最速出世してる。

でもそれすらバカにされてる「出世してるwww生きようとしてるwww」みたいに。

だいたい同年代から成人を過ぎたぐらいの異性愛者ってなんていうの?

 俺はもともと、俺などと言う人間ではなく、わたくしとか、私という人間だったが、平成18年に東大法学部刑訴法の川出の講義

試験対策中に、川出が買えと言っていた腐れ刑訴法判例集我が国刑事訴訟の真の姿だったとずっと誤解していて

  その試験対策中、もともと脆弱文系女子だったのに、いつのまにか自分のことを俺というようになった。

   井上正仁などが選定した東大出版会の刑訴法判例集はとにかくそ文体気持ち悪く内容も最悪で、色狂いの脆弱女性器たる

平成日本人文系女子には受け付けなかった

   東京帝大ないし東大法学部において真に素晴らしい刑事手続き法の判例を書いていたのはもう大昔のことだが、東大法学部悪人の男の陰謀

そういう素晴らしい判決集は東大法文1号館のエレベータ付近にあるひっそりとした法学部図書館の中に封印されてしま

   東大法学部自身が、自分が本当によかった時代テキスト封印した。このため平成時代東大法に行った文系女子にぶちきれられ暴発して終わった

     平成18年の東大法ではクソ男やじじいの嫌がらせで、もう具体性や精彩さがなくなった時代判例ばかりを見せていて文系女子から嫌われていたし

当時の東大法は法学教育をなんら実施していなかった。

    当時文Ⅰ採用された人はZ会予備校などで活躍した日本人ばかりだったが、せっかくそっちで文才を磨いた奴らに対し、法学部陰謀

法律教育につなげなかった、その結果、今のような最悪な政権が出来上がった。

    平成15年東大文Ⅰ選抜組に対し、その文才を生かし、明治時代戦後20年ないし昭和50年代ばりの法律教育実施していれば可能性はあったが

当時いた東大スタッフがそれをしなかった。

2020-05-22

厚生労働省事務次官はなぜ殺されたのか

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    いずれも東大法学部卒だ、吉原昭和30年という一般に厚生労働行政が素晴らしかった時代厚労省に入省している

もう一人の方はもうだめになっていた昭和40年入省だ、そして、いずれも厚労省トップ上り詰め年金局長などをしていたのは昭和50年代の話で

  平成に入り二人とも退官している。そうすると、二人ともかろうじて平成時代昭和を引き継ごうとして真っ白い犬の保護を手掛けていたものと解される。

      殺害した小泉毅は、おそらく、この二者が、平成20年に昭和を棄てて、支配していた白い犬を犠牲にしたボスとみて殺害したとみられる。要するに真っ白いものを見捨てたからだ。

慰安婦被害者の証言「挺対協が汚い金を受け取るなと言った」

日本軍慰安婦被害者日本側の基金を受け取らないように勧めた事実はない」という韓国挺身隊問題対策協議会挺対協)の釈明と相反する被害者証言が出てきたことが確認された。

韓国挺身隊研究所研究員出身のキム・ジョンラン氏が2004年に書いた博士論文日本軍『慰安婦運動の展開と問題認識に対する研究挺対協活動を中心に」によると、1990年代日本政府次元の「国家賠償」ではない、市民が集めたアジア平和国民基金支給しようとした当時の状況が詳細に出ている。

論文によると、挺対協は1997年1月に被害者7人が日本国民基金受領することにした事実が明らかになると、「ごく少数のおばあさんの行動は他の多くのおばあさんにさら屈辱的だ」としてさびしさを示した。

実際に活動家らと国民基金受領した被害者の間の葛藤を見せる証言もある。論文引用した証言集で被害者のソク・ボクスンさんは「私たちは年を取ってどんどん死んでいく。どからであれくれるお金を受け取って使って死にたい。多数がこうだ…。おばあさんたちの要求は無理でもなく、そこでこんどはまた挺対協で(国民基金を)与えるなと日本に噂を言いふらしたんだ」と話した。

ソクさんはまた「何であれ何千万ウォンもくれるならそのままおばあさんたちがもらえるよう放っておけばいいのに…おばあさんたちはみんな死にかかっているじゃないか。ところが募金を受け取るな、それを受け取れば汚い金だ、売女だ、こうした耳障りなことばかり言う」と吐露した。

論文によると挺対協は「日本被害者の間で信頼回復が先行しないため」「国民基金日本軍慰安婦犯罪に対する免罪符日本政府に与えるもののため」「被害者名誉尊厳をもう一度踏みにじるもの」という理由国民基金受領に反対した。当時挺対協声明で「日本国民基金を受け取った7人のおばあさんの行動は正しくなかったと評価されるほかない」と言及することもした。

論文著者であるキム氏は中央日報電話取材に、「論文は具体的な資料に基づいて作成した。当時論文内容に挺対協が反発したり異議を提起したりはしていない」と話した。

これに先立ち日本性奴隷問題解決のための正義記憶連帯のハン・グクヨム運営委員長は20日にソウルの旧日本大使館前で開かれた1440回目の水曜集会で、「日本政府が1994年8月に発表した国民基金挺対協が受け取れないようにしたという批判を受けている。被害者に受け取るなと勧めたというのは一抹の真実もない歪曲だ」との立場を明らかにした。

ハン委員長は2015年の韓日慰安婦合意後に被害者日本政府出資金設立した「和解・癒やし財団」の支援金を受け取らせないようにしたという疑惑に対しても否定した。彼は「この合意によって韓国政府国連など国際社会慰安婦関連発言を中断し、撤去危険に直面した平和少女像を守ろうと若い学生たちが寒い冬の道路で夜を明かした。その時の不正義な状況と挫折感を私たちはみんな忘れることはできない。その渦中におばあさんに支援金を受け取るなという原則に外れたことを挺対協がどうしてするだろうか」と話した。

正義連と尹美香ユン・ミヒャン)前代表をめぐる後援金流用をはじめとする議論は7日に李容洙(イ・ヨンス)さんの記者会見で始まった。李さんは正義連に向け「水曜集会をなくさなければならない。ひとつも役に立たない。参加した学生たちが出した義援金はどこに使ったかもわからない」と批判した。

結局のところ、これこそが「慰安婦問題の真の解決法」だったわけだ。

明治法は偉かった奴で3000万人に流行った奴で

   戦後20年法もほぼ同じ。   戦後30年東京法においては、警察官だろうと悪事絶対にできなかったから人気があって流行った

   昭和50年代法は、芸術があったか流行った。東京帝大の武藤春光は、昭和57年に東京高裁判事としてその時代音頭を取ったことも忘れたか

  配下にはたくさんの司法修習生弁護士がいて、素晴らしい時代があったことは知っているはずだ

    昭和悪化したのは、昭和40年以降の一般的な法で、男が悪いことばかりしていた。あの時代の法がとにかく嫌い。今の最高裁判事大谷

 前の最高裁判事の逸郎も嫌い。あいつは偽物だ。

    今のクソ以下の最高裁でも昭和時代は超絶だったが、今はいいところは何も残っていない。ただの罪人。

法は好きだけどお前は嫌い

  なぜ俺が東大文Ⅰに受かり東大法学部に行ったかというと、昔の法が好きだったからだ

    明治と、戦後20年と、戦後30年の東京昭和50年代の法は、俺の本音に一番合致

  やりたくてたまらんかった奴だ。俺が担当したい法は社会にはない。

    もっと死ぬほど内容があった奴。あれがやりたかったができなかったか東大テロった。

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