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2020-07-07

未だにUXUIの違いを理解出来てない書物が多過ぎ

頭の悪いデザイナーが多過ぎってことだ

圧倒的加害者として生きて

昨今は、書物タイトルにもウェブページにも、沢山「生きづらさ」について書かれていますね。私は「生きづらさ」を感じたことはありません。都合よく生きていますぶっちゃけ他人に生きづらさを感じさせる「圧倒的加害者側」の立場からだと思います。辛い目にあわせてしまった人たち、ごめんなさい。

今まで生きてきて沢山の天才出会ってきました。勉強は勿論のこと、イラスト音楽的や、料理セルフプロデュースなど芸術的な才能、コミュニケーション能力洞察力、周囲への気配りといった対人関係を圧倒的有利に傾けさせる力といったところでしょうか。私が手に入らなった、文才を持つ人も何人も目の前に現れました。 

私は凡人です。ですが、天才を沢山殺してきました。暗喩ですが、本当に殺してきたと自負しています簡単に言えば、私のせいで、心理的肉体的負担を与えて潰してしまたことです。一人一人お詫びして回りたいですが、そういった被害を被った天才たちは私の顔も名前も思い出したくないでしょう。詫びの金品も欲しがらないと思います。私が逃げているだけでしょうが。こういう罪の意識ははっきりとあり、残りの人生は隠れ住むように生きます結婚子どもも作りません、娯楽という概念を捨てます。一生罪を償っていきます。とふとした拍子に思います。どうしようもなく生きています。すぐに死ぬのが正解なのですが、勤め先に迷惑がかかるなどと言い訳をして生き延びます。正直、今だって、職失って、家を解約すればすぐ実行に移せるはずです。少し前に、引っ越しきっかけに自分の所持物を9割くらい減らしたとき、この世に私の痕跡ほとんど消せた、やっと死ねると思いました。結局己の愚鈍さに負けて飛べませんでした。人を現世に縛るのは、なんでしょう。なんとなく生きたくないを引きづって生きることに絶望しています。こういったです。私は天才達の死体の上をスキップしています

2020-07-03

anond:20200703185350

たとえば

1945年8月15日できっぱり「戦前的な価値観」は消滅たかと言えば

そんなことはなく、教育勅語軍人勅諭を叩き込まれ復員軍人

戦後もしばらくあちこち職場軍隊価値観実践していた

明治元年できれいさっぱり武士の習慣は滅んだわけでもなく

私的個人的ちょんまげを結い続ける人や

維新以前の教育方針ほとんど変わりない教育方針

武道道場やら朱子学を教える私塾などを運営する人は大量にいた

鎌倉幕府ができた瞬間に平安貴族死滅したわけでもなく

京都公家にはその後も平安時代と変わらん感覚人間大勢いた

わかるかなあ?

1989年1月8日でいきなり世の中ぜんぶリセットされたわけじゃないんだよ

地方で当時40代以上のおっさんばかりの職場なら

平成10年ごろまでは職場精神空気は「昭和価値観」そのまんまで

そこから昭和の気風というものがおおむね類推できる(全部ではないが)

たまーに一部のネタウヨ

終戦時に小学生だった世代より俺らの方が戦前戦中を知ってる」

とか偉そうにドヤ顔するけど

そういうのは大抵、大東亜戦争の意義がどうのとか大本営真意はどうのとか

大局の話ばっかりで、軍隊内のイジメ上下関係軋轢、銃後の食糧

慰問袋を作ってた人たちの日常勤労動員させられてた人たちの日常

そこでの苦楽(単にひもじかったとか疲労したとか、物資が不足して

病気がろくに治療できなかったとかの肉体的に辛かった経験

とかの細かい実感的デテールはすっぽり抜け落ちてる

終戦時に小学生なら少なくとも親兄弟就職後の数年歳上の世代から

書物によらない直接に耳で聞いた知識としてその辺がたっぷり身に染みてる

平成元年に18歳でも

平成生まれ正真正銘アニメで見た知識だけで語ってる奴よりは

昭和職場がわかってるつもりだぜ

ことに地方高卒就職した身とあっちゃね

2020-07-02

馬鹿が読む古典ランキング1位

孫子

馬鹿古典に興味を持つと決まってたどり着く作品がこれ。

大学に入って突如「教養」に目覚めた大二病リアルが充実していなくて読書に逃げる社会人などが、古典などを漁り出す傾向にある。しかし、そういう連中は大抵、基礎学力が足りておらず、安易に「読んだ気」になれる本を求める。その代表格が孫子である

なお、「馬鹿孫子を読む」と言っているのであって、「孫子を読む奴は馬鹿」と言っているのではない。もちろん、中国文学歴史等の研究孫子を読む人を馬鹿だと言っているのではない。また、孫子の内容を批判しているわけでもない。

馬鹿孫子を読む理由

なぜ孫子馬鹿に読まれるのか。その理由は2つある。

  1. 短く、文章が平易
  2. 抽象的な内容が多く、自由解釈できる

まず、孫子は短い。他のまとまった漢文文章、たとえば荀子韓非子などと比べても1/4未満の分量しかない。そして、使われている漢字や構文なども特に難しくはなく、レ点等が適当に打ってあれば書き下し文で読める。つまり漢文の基礎力が足りない馬鹿ちょっとしたパズル感覚で読むのにちょうどいいのである。実際、孫子にたどり着いた人が他の漢籍に手を出すことはほとんどない。

そして、書いてある内容は正直どうとでも取れるようなものが多い。これが読解力のない馬鹿にはちょうど良いのである。彼らは、文章に書いてある事実関係を読み解くことができず、抽象的な内容を自由解釈し「深い」「含蓄がある」などと思うことを好む。そのため、一見して日常に通ずるような格言警句が満載のこの本は、馬鹿にとってうってつけなのである

要するに孫子は、学力の低い人が「何かを考えた気分」になりたいときに、ちょうどいい本なのだ

馬鹿は短い本が好き

馬鹿は短い文章が好きである理由は単純で、長い文章が読めないかである

文学好きな人は大抵、短編長編を問わずにいろいろな作品を読んでいる。それは文章の長さで選んでいるからではなく、内容に関心があるからである。ある本に何が書いてあるかが気になり、それが正しく読める人は自然といろいろな本を読む。

しかし、孫子を読む馬鹿にとっては、まず短いことが重要である。そして馬鹿は、ふつう文学愛好家などとは異なり、孫子以外の古典は読まなくなる。馬鹿は、書物に書いてあることに興味があるのではなく、安易に読めることだけが重要からである

馬鹿孫子から読み取るもの

馬鹿孫子を読むと必ず抱く感想が以下である

孫子の考え方は○○(e.g. 経営など)にも活かせる

孫子に限らず、本を読んでこの種の感想を抱く奴は、その本を読めていない(元々読み取るべき内容が大して無い新書等は別として)。典型的な「文章が正しく読めず、妄想を膨らませて自分世界こじつけている」タイプである。彼らは、「彼を知り己を知れば百戦殆うからず」という言葉を聞けばビジネスに結びつけたがるし、「戦わずして勝つ」という言葉を聞けば平和主義を唱えだすし、孫子クラウゼヴィッツ比較論を聞き齧って東洋思想の優位性を説いたりする。要するに、論じられている内容そのもの理解しようしない。

というか、馬鹿にとってはそれこそが「文章を読む」ということなである馬鹿文章の読み方はこうだ。

孫子は、前後文脈無視しても意味の通る格言が満載であり、こういう読み方で「賢くなった気」になるのにぴったりな本なのである

2020-06-25

anond:20200625084532

近代以前の戦争の話」も視野に入れてます

スペイン人アステカ・インカ征服なんか圧倒的な大勝利も大勝利だけど

現代ではほとんど、悲惨きわまる話としか伝えられてないよね

豊臣秀吉朝鮮侵攻は最終的に敗北したけど、勝ってた時期のことでも耳塚鼻塚の話

プラス侵攻前の秀吉千利休や秀長などに対す粛清の数々での残虐イメージ)によって

全体がすっかり悲惨イメージの方が強いよね

織田信長天下統一に向けて勝ちまくってた時期の比叡山焼き討ちなんかも然り

これら戦後平和主義教育のせいで悲惨イメージがついたとは限らず

信長公記だとか当時に記された書物でも充分に悲惨イメージは強いっすよ

2020-06-21

anond:20200620195045

現実人間と比べて差のない力なき人間主人公で、多くの尋常ではない能力の協力者に支えられ偶然の運を手にしていくお話ファンタジーの本格というなら、その全く逆のジャンルなのであたりはないでしょう。

上記の「だれでも主人公に置き換えられて乗り換えて自分主人公と重ねて考えられる」体験型じぶんが主人公になろうという本格ファンタジーと、完全に出来上がった舞台上でパフォーマンスを発揮するイベント傍観するラノベなろう系とでは、自己投影共感アイドルという同性や同趣味ジャンルの先達や成功者スポーツ選手や分野の先達と、自分には出来ないことを叶えていく姿に応援をしたくなる応援支援要請型の自己自立系アイドルいわゆる未成年女子アイドルバーチャルもの投げ銭やグッズを買って自分とは全く関係ない分野や環境自分には影響を返さず生活する相手好奇心を奪われるものの差があります

子孫を残すという生物本能において環境へのアプローチとして自分で実行するために自分を強化と同種の連携並列化を期待する性質と、能力や子孫の発生と継承育成を期待する性質とで興味は大きく二分されその二つは全く異なるものなので、文字だけで空想記述している書物小説として同じに見えるからと言ってなんでも口に入れたら食中毒を起こします。

用法容量を守って正しくお使いください。

2020-06-20

安倍首相原動力

確固たる思想を持った保守派ではない。

祖父岸信介憧憬を抱き、祖父が目指した道筋をたどることで「認められたい」

その一心なのではないか


安倍晋三 沈黙仮面」より

 晋太郎戦争体験を「思想形成に影を投げかけていた」とネガテイプに捉え、岸の青春時代大正期)を「日本が大変飛躍的な前進を遂げた〈栄光時代〉」と憧憬を隠さない。安倍歴史認識の原点がここに読み取れる。しかし、よく考えれば祖父青春時代も父の戦争体験も、安倍はもちろん直接知らないし、恩師や学友が言うように歴史書物を繰って勉強した形跡もあまりない。それでも「祖父は正しい、父は間違っている」と断を下したのは、おそらくは「パパより、おじいちゃんが好き」というようなパーソナルな体験によるのだろう。

 安倍新人議員時代読書も、純粋意味での知識の吸収というよりは、幼心に刻まれた「おじいちゃんは正しい」という思いを確認する作業だったように思える。「おじいちゃんのやったことは間違っていなかった」とする「岸史観」が、首相に就いた安倍をして憲法から安保教科書に至るまで、戦前回帰とも思える戦後体制否定にひた走らせているのではないか


2020-06-15

エンジニアのやってる事

最近、知見にない事をやってるからひたすらドキュメントを読み漁る生活をしてる。

この状態って、漫画アニメで出て来る書物庫に籠るシーンと似てるよね。

山積みにしてひたすら文献を読み漁って、メモして、読み漁って、メモして…最終的につなぎ合わせて「あーそうゆう事かー。」って知識の深層に行くやつ。

って想像したら、絵になる事してるなーってちょっと楽しくなった。

まあ、エンジニア以外には共感してもらえないと思うけどさ…

2020-06-11

ESOたのし

拙者、TESシリーズFOシリーズもすこすこの民(いうてTESは3~5、FoはNVと3と4だけしかしてないが)と申す。

ESOがDMMで900円も出せば買えるので買ったに至ったでござるがクソたのしい。

 

TESやん、やっぱ

これだった。メインストリーはある。メインストリーはあるがそれを無視してどこに行っても良い。

街の中にはクエストを出してくれるNPCが満載。あまりにも周りがクエストだしてくれるNPCまみれでコンパスの印が役割を果していない。

町の外には採取できる鉱脈、花などもありそれを集めていると時間が過ぎる。

もう間違いなくTES。慣れ親しんだゲームの進行方向。よくやったなベゼスタ。

 

強い敵と戦ってると野良が助けに来てくれる

昔なら「横殴りやめてください」とかいってたけど最近ネトゲは横殴り関係ないらしい

マップを探索中にいきなり空から鎖が落ちてくる

そこからくっそ強いモンスターが何匹も何匹も湧いてくるわけだが拙者は†ナイトブレイド†(まぁ拙者はナイトブレイドではなく『夜刃(ヨルハ)』と読んでいるでござるが)という暗殺、隠密、奪還が得意な職業複数の者に襲われるのは得意ではござらんわけだなぁ…

そこに来たのが僧侶キャラ野良。拙者を回復しつつターゲットを取る、そこに拙者が後ろから回転攻撃をするわけでござるな。

雑魚殲滅するとでてくるのはもちろんボス

ここで拙者の夜刃式暗殺術『影潜斬』(神速の影)からの夜刃式双刀術『連斬』(連続打撃)がボスの肉を切り裂き、気がついたら拙者が死んでいるのでござるな(笑)

なんだよ1撃って…

でも僧侶は一人で持ちこたえている…だから拙者は貴重な復活アイテムを使い復活 あとは二人でタコ殴りにして終了

やっぱこれですなオンラインゲーム醍醐味

僧侶が屈伸する 拙者も屈伸する 無言のコミュニケーションですな

 

TESで慣れ親しんだ土地での冒険

実際は全部しっかりとプレイしてるわけじゃないんだけど他の地域冒険していた時に聞いた土地を実際に冒険できるのは楽しいでござるな

また後に書物にでてくる人物もいたり「わぁ1000年前からここあるんだ!」と感動したり…

歴史観光でござるなぁ 現実でもたまーにそういうところいくのでござるが拙者無学なためそこまで詳しくなくガイドを読んで「はえ^~」としか声を上げられないので…

 

ストーリー楽しい

王道でござるな

昔にいざこざがあった5人の英雄を救う物語ですな 拙者は「面影」と呼ばれて「預言者」に世界を救うように働かされるんですな

特にリリスという女戦士キャラ美人で情に熱く、アブナーというおじさんは帝国人らしい冷静さと大局観をもって、まぁぶっちゃけこの二人の「情」vs「合理性」みたいな喧嘩は見ていて楽しいんですな

まだまだ途中だけど続きが気になるから早く帰ってやりたいでござる

 

興味があったら900円出せばメインストリーができるので是非やってみてほしいんですな

ストーリーだけな基本ソロでも余裕みたいでござるよ

今の所、ダークソウルのようなゆるいコミュニケーションを楽しんでいるでござるよ

2020-06-06

anond:20200606055847

権謀術数をする人間を身の周りから排除するということ込みで、権謀術数への理解必要だよ。

理解したうえで、どうしようもない時は権謀術数をする覚悟と、日常的に権謀術数をする人間身の回りから排除しないとならないと理解するべきなんだ。

天国への近道は、地獄への道を熟知することである(マキャベリ)という言葉がある。

マキャベリ君主論という権謀術数が多く含まれているという書物を書いているが、上記天国の~の言葉を踏まえるとまず権謀術数への理解をしてそれに備えることという側面もあるというのがわかる。

ウシジマくんやクロサギを見て、詐欺他人をはめ込む手口を知ったうえで、詐欺師や他人をはめ込む人間を遠ざけるべきだというのを見ればもっとわかりがいいだろう。

2020-05-23

anond:20200523225230

古典美学とかなんとか..

慰めの書物かもしれませんね

2020-04-01

。何世紀にもわたりリシ(聖仙)たちは教義を磨き上げ、それをシュルティスムティに展開した。さらにはヒンドゥー哲学の6学派は認識論、形而上の理論をシャーストラと呼ばれる書物にまとめた。

https://hyperlapsepro.zendesk.com/hc/sos/community/posts/360042564374-01-04-2020-Корни-21-серия-в-хорошем-качестве-от-1-апреля

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2020-03-23

2019年に読んだ本

『おあむ物語・おきく物語』(天保8年(1837))

家近良樹『歴史知る楽しみ』(ちくまプリマー新書2018年12月)

石川太郎監修・小泉吉永編集『女大学資料集成〈別巻〉』(大空社、2006年)

磯田道史監修『江戸家計簿』(宝島社新書2017年)

磯田道史他『戦乱と民衆』(講談社現代新書2018年8月)

伊藤セツ『山川菊栄研究――過去を読み未来を拓く』(ドメス出版2018年12月)

今井幹夫『富岡製糸場と絹産業遺産群』(ベストセラーズ2014年)

岩田真美・桐原健真編『カミとホトケの幕末維新』(法蔵館2018年11月)

大塚英志日本バカから戦争に負けた 角川書店教養運命』(星海社新書2017年)

小川剛生『武士はなぜ歌を詠むか 鎌倉将軍から戦国大名まで』(角川学芸出版2016年)

金澤裕之『幕府海軍の興亡 幕末期における日本海軍建設』(慶応義塾大学出版会、2017年)

上條宏之『絹ひとすじの青春――『富岡日記』にみる日本近代』(NHK出版1978年)

神谷大介『幕末海軍――明治維新への航跡』(吉川弘文館2018年1月)

神谷大介『幕末軍事技術の基盤形成――砲術海軍地域』(岩田書院、2013年)

神作研一近世和歌史の研究』(角川学芸出版2013年)

香内信子編『資料母性保護論争』(ドメス出版1984年)

呉座勇一『陰謀日本中世史』(角川新書2018年3月)

佐々大河『ふしぎの国のバード』1~3巻(ハルタコミックス、2015~16年)

サビーネ・フリューシュトュック他編『日本人の「男らしさ」――サムライからオタクまで 「男性性」の変遷を追う』(明石書店2013年)

篠田信一『殴り合う貴族たち――平安朝裏源氏物語』(柏書房2005年)

中公新書編集部編『日本史の論点――邪馬台国から象徴天皇制まで』(中公新書2018年8月)

内藤一成『三条実美 維新政権の「有徳の為政者」』(中公新書2019年2月)

中島岳志保守大東亜戦争』(集英社新書2018年7月)

中野節子『女はいからやさしくなくなったか』(平凡社新書2014年)

中屋敷均『科学非科学』(講談社現代新書2019年2月)

長山靖生帝国化する日本――明治教育スキャンダル』(ちくま新書2018年9月)

文芸春秋編『日本史の新常識』(文春新書2018年11月)

本郷和人『戦いの日本史 武士時代を読み直す』(角川学芸出版2012年)

松浦だるま『累』全14巻(イブニングコミックス、2013~18年)

宮地正人日本リブレット人68 土方歳三榎本武揚 幕臣たちの戊辰函館戦争』(山川出版社2018年8月)

森正人鈴木元編『文学史古今和歌集』(和泉書院2007年)

山川菊栄記念会・労働者運動資料室編『イヌからすとうずらペンと 山川菊栄山川写真集』(同時代社、2016年)

山本博文編『織田信長古文書』(柏書房2016年)

山本ルンルンサーカスの娘オルガ』第3巻(完)(ハルタコミックス2019年)

吉田麻子『知の共鳴 平田篤胤をめぐる書物社会史』(ぺりかん社2012年)

和田裕弘織田信忠――天下人嫡男』(中公新書2019年8月)

渡部周子〈少女〉像の誕生――近代日本における「少女規範形成』(新泉社2007年)

渡邊大門関ヶ原合戦は「作り話」だったのか 一次史料が語る天下分け目の真実』(PHP新書2019年9月)

渡辺尚志『江戸明治 百姓たちの山争い裁判』(草思社2017年)

渡部泰明『和歌とは何か』(岩波新書2009年)

★再読★

鬼頭宏『日本歴史19 文明としての江戸システム』(講談社2002年)

ニコライ著・中村健之介訳『ニコライの見た幕末日本』(講談社学術文庫、1979年)

中屋敷均『ウイルスは生きている』(講談社現代新書2016年)

山川菊栄武家女性』(岩波文庫1983年)

山川菊栄著・鈴木裕子編『山川菊栄評論集』(岩波文庫1990年)

和田英『富岡日記』(筑摩書房2014年)

2019年に読んだ本

『おあむ物語・おきく物語』(天保8年(1837))

家近良樹『歴史知る楽しみ』(ちくまプリマー新書2018年12月)

石川太郎監修・小泉吉永編集『女大学資料集成〈別巻〉』(大空社、2006年)

磯田道史監修『江戸家計簿』(宝島社新書2017年)

磯田道史他『戦乱と民衆』(講談社現代新書2018年8月)

伊藤セツ『山川菊栄研究――過去を読み未来を拓く』(ドメス出版2018年12月)

今井幹夫『富岡製糸場と絹産業遺産群』(ベストセラーズ2014年)

岩田真美・桐原健真編『カミとホトケの幕末維新』(法蔵館2018年11月)

大塚英志日本バカから戦争に負けた 角川書店教養運命』(星海社新書2017年)

小川剛生『武士はなぜ歌を詠むか 鎌倉将軍から戦国大名まで』(角川学芸出版2016年)

金澤裕之『幕府海軍の興亡 幕末期における日本海軍建設』(慶応義塾大学出版会、2017年)

上條宏之『絹ひとすじの青春――『富岡日記』にみる日本近代』(NHK出版1978年)

神谷大介『幕末海軍――明治維新への航跡』(吉川弘文館2018年1月)

神谷大介『幕末軍事技術の基盤形成――砲術海軍地域』(岩田書院、2013年)

神作研一近世和歌史の研究』(角川学芸出版2013年)

香内信子編『資料母性保護論争』(ドメス出版1984年)

呉座勇一『陰謀日本中世史』(角川新書2018年3月)

佐々大河『ふしぎの国のバード』1~3巻(ハルタコミックス、2015~16年)

サビーネ・フリューシュトュック他編『日本人の「男らしさ」――サムライからオタクまで 「男性性」の変遷を追う』(明石書店2013年)

篠田信一『殴り合う貴族たち――平安朝裏源氏物語』(柏書房2005年)

中公新書編集部編『日本史の論点――邪馬台国から象徴天皇制まで』(中公新書2018年8月)

内藤一成『三条実美 維新政権の「有徳の為政者」』(中公新書2019年2月)

中島岳志保守大東亜戦争』(集英社新書2018年7月)

中野節子『女はいからやさしくなくなったか』(平凡社新書2014年)

中屋敷均『科学非科学』(講談社現代新書2019年2月)

長山靖生帝国化する日本――明治教育スキャンダル』(ちくま新書2018年9月)

文芸春秋編『日本史の新常識』(文春新書2018年11月)

本郷和人『戦いの日本史 武士時代を読み直す』(角川学芸出版2012年)

松浦だるま『累』全14巻(イブニングコミックス、2013~18年)

宮地正人日本リブレット人68 土方歳三榎本武揚 幕臣たちの戊辰函館戦争』(山川出版社2018年8月)

森正人鈴木元編『文学史古今和歌集』(和泉書院2007年)

山川菊栄記念会・労働者運動資料室編『イヌからすとうずらペンと 山川菊栄山川写真集』(同時代社、2016年)

山本博文編『織田信長古文書』(柏書房2016年)

山本ルンルンサーカスの娘オルガ』第3巻(完)(ハルタコミックス2019年)

吉田麻子『知の共鳴 平田篤胤をめぐる書物社会史』(ぺりかん社2012年)

和田裕弘織田信忠――天下人嫡男』(中公新書2019年8月)

渡部周子〈少女〉像の誕生――近代日本における「少女規範形成』(新泉社2007年)

渡邊大門関ヶ原合戦は「作り話」だったのか 一次史料が語る天下分け目の真実』(PHP新書2019年9月)

渡辺尚志『江戸明治 百姓たちの山争い裁判』(草思社2017年)

渡部泰明『和歌とは何か』(岩波新書2009年)

★再読★

鬼頭宏『日本歴史19 文明としての江戸システム』(講談社2002年)

ニコライ著・中村健之介訳『ニコライの見た幕末日本』(講談社学術文庫、1979年)

中屋敷均『ウイルスは生きている』(講談社現代新書2016年)

山川菊栄武家女性』(岩波文庫1983年)

山川菊栄著・鈴木裕子編『山川菊栄評論集』(岩波文庫1990年)

和田英『富岡日記』(筑摩書房2014年)

2020-03-16

anond:20200316171801

そもそも大抵の技法書が成功体験ご自慢本だよ

「このとおりにやれば誰でも同じ結果が得られます」って内容が書かれてる書物は「説明書」って呼ばれてる

2020-02-26

anond:20200225230155

まず、古いものを一律に捨ててしまう人が多い中で大切かも? と思うのはとっても大事なことだと思います

お示しの資料書物のような形態と思います

書物出版物なので、世の中に同じものが何冊も出回ります

それで、その出版物レアリティ問題になってきます

たくさん出版された本であれば江戸時代のものでも図書館にあったりします。

本件の勲章リボンの見本帳は一般向けではなく、内部の検討資料と思います

なんとなくですが、あまり出回ってはいないのではないかと思います

書物にはっきりとしたタイトルや奥付はありますか?

あれば、国立国会図書館所在があるか調べてみてください。

https://www.ndl.go.jp/

あるいは、同じく国会図書館デジタルコレクションでも調べてみるといいかも。

https://dl.ndl.go.jp/

これで出てくるのであれば、基本的にはレア度は高くない。

由来をしっかり書いて本に挟んでおくと良い。


ただ、元の文章読む限りそういうタイプの本ではなさそうな気がする。

こっから面白くなってくるのですが、お示しの資料は「なんだかわからないが古いものが出てきた」的なものではない。

ちゃんと「お祖父様が戦前に働いていた勲章リボン工場の見本帳だ」とわかっている。とっても良い。

博物館職員にとってはこの情報の揃いが大いに大切になってきます

あるいは自治体博物館に声をかけてみるのも良いと思います

その際に、先ほどの5w1h的な情報を揃えて伝えると良いです。

ファミリーヒストリー言葉がでてきましたが、それも含めての歴史資料です。

祖父さんが用いた資料増田家の歴史のなかで伝えられてきた。

この経緯も博物館職員にとっては貴重な情報で、資料の確からしさを深めます

県博よりは市博などの規模が適当と思います。ただ、勲章工場地域で有名だったら判断余地があります

もし勲章リボン業界博物館や関連する企業博物館があるなら、そこも寄贈先としては候補になりますが、あまりいたことがありません。

タオルとかなら博物館あるんですが。

なお地域博物館の都合や資料の如何でもしかしたら受け取ってもらえないかも知れません。

そんな時もあります

自分で持っておくのであればデジカメで1ページごとに写真を撮りましょう。

本体を扱わなくても見られる状態にしておくことが大切です。

また先ほどの通り由来を書いておく。代替わりするとこういう情報はすぐに失われます

逆に、情報がしっかり書かれていると子孫も大切さに気づけやすい。

「なんだかわからんが古いものがある」という状態にならないことが重要です。

また、資料情報収集するのも面白いかも知れません。

上の世代の方はお元気でしょうか。祖父の一つ下の世代。また祖父世代でも兄弟多いとご健在の人がいるかも知れません。

この資料や、昔の写真なんかがあったら一緒に持って行って、いろいろ話を聞く。それも記録しておく。

モノが残っていると格段に記憶を呼び覚ましやすい。勲章の見本帳はそうした魅力を秘めています

こういう周辺情報を備えておくことで、モノは未来に伝わりやすくなりますし、博物館でも受け入れやすくなると思います

以上です。

劣化を防ぐ手段もいろいろ大切ですが、こういう周辺情報の整理もまたモノにとって重要です。

2020-02-23

anond:20200223193933

その場合は「Julius Caesa」に「Romana」とか関連キーワードを加えて検索すんじゃ

さら英語ではなくラテン語綴りを試してみたり

地名人名、他の言語書物とかの著作名などなどキーワードはいろいろある)

俺は「本物」を調べたいときはよくこの手を使うで

2020-02-16

古今伝授ウイルス

思うところあって中屋敷均『ウイルスは生きている』を再読。走り読みなので細部までは目が行き届いていないが、これを読んだ時に受け取った熱を思い出した。2016年3月初版発行からそう経たぬうちに読んだと思うが、今は随分ここから遠くに来た気がする。本書が今の自分とは縁遠いものという意味ではなく、寧ろ逆にずっと俺の心を捉えて離さなかった。自分世界認識に深く影響を与えた(与えている)ので、もっとずっと昔から自分の中にあったように感じていたが、たった4年前のことなのか。

思うところが何かを明確に言語化するのは難しいが、

古今伝授を真に理解するためには、それが中世社会特質と深く関わっていることを考えなければならない(古今伝授和歌という縦糸だけで説明しようとするからダメなんだ。中世という横糸を忘れている)。中世は壮大なコジツケの体系が構築された時代神仏習合本地垂迹説・卜部神道中世日本紀等々…の奇妙奇天烈世界観!古今伝授もその一環として見るべきではないか。コジツケと言われればそうだけど、それはその時代の人々にとってとても必要なコジツケだったのだ、という。もし積極的な意義を見出すのならその方向から説明しなければならないのだ。(古今伝授を受けた天皇を中心に優れた歌人が輩出された、だから歌学教育として意味があったとかバカか。優れた和歌とは何かという定義評価軸じたいが古今伝授支配圏内形成されるのだから、優れてるかどうかを論じること自体ナンセンス。)

古今伝授古今伝授になっていく過程、つまり古今集という単なる書物が、あるいは勅撰集編纂という律令制国家の一事業が、その枠を超えた何か大きな・尊い民族文化の精髄のように認識されていくそ過程において、付与された様々な言説――三木三鳥だの八雲神詠だの人麻呂がなんちゃらかんちゃら、後世から荒唐無稽とさんざ罵倒されることになるこれらの言説は、あたか胎盤形成におけるシンシチン(syncytin)のような役割果たしていた、と考えることはできないのか。異物を異物と感じさせない、捏造捏造と感じさせない仕掛け。それは、倫理的断罪とか文化価値の優劣の俎上に乗せるのはふさわしくなく、その仕掛けを通じて何が実現されたか、その何かはその仕掛けを用いずには実現され得なかったのか、をこそ見るべきではないのか。

本来ウイルスもつ能力自己の一部として、機能として取り込む。生物自己の維持に必要機能の一部を外部環境依存する。ポータブル外部環境としての細胞生命と非生命境界は我々が思っているほど明確に線引きできるようなものではない。我々の生命定義は、あまりにも我々が日常的に馴れ親しんだもの見方に、「個人」という概念にひきずられてやしないか・・・というのが本書の示唆するものの最も深い所だ。

契沖や子規の批判は分かる。俺も一個人としては古今伝授(に代表されるもったいぶったコジツケ家)はバカジャネーノと思う。が同時に、それは文化・知・個人といったものについてこっちの定義/概念押し付けてるだけじゃないの?とも思う。

根拠がない、合理的でない、和歌質的向上につながっていない、という。では何故根拠がなければならないのか?合理的でなければならないのか?なぜ質を向上させなければならないのか?

これらの批判は、文化とは何か、個人とは何かについての定義をすでに前提にしていて、その立場から加えられている(反論する側(古今伝授擁護する側)にもその立場から反論するやつがいからどうしようもない)。まず始めに個人がある、歌は個人気持ちを詠むものだ、しかるにコレコレの御方に入門しなければ和歌は詠めないのだとはけしからんしかもその御方の教えたるやひたすらややこしい制約ばかり、かつ透明性のかけらもない、おまけにそう教える根拠はどこにあるかと探してみれば無い、要はこいつがでっち上げた妄説じゃねえか、それで偉ぶったり金巻き上げたりするなんて悪どい奴らだ・・・、こういう自他の区別、新旧の区別、真偽の判別をつけずにはいられない、ある意味病的な正義感いかにも科学合理性に偏っている。

しかし、それとは全く異なる評価軸があって、古今伝授は(中世の壮大なコジツケ志向は)その軸からみればもっとずっと整合的に理解できるはずだ。

本書の示唆する構造は、外来文化自家薬籠中の物にする日本文化性質(漢字仏教等々)、中世の遺制としての近世身分制(身分的周縁論)、象徴天皇制(近代国民国家の中の「伝統」)などに比較してみると実に都合がいい。

本来異質な要素を自己の維持に不可欠な一部として取り込み、その「元異質たち」も含めた全体として再生産されていく。あるいは新しい政権が成立する際に、それ以前からあったが途絶えかかっていた慣習を改めて制度化し流用する。取り込まれた方は同一性が失われ単なる機能に解消されてしまことなく、細胞異変があれば細胞生物独立した生物としての振る舞いを取り戻すこともあり得る(少なくともあり得ると見なされる。226事件を想起せよ)。天皇機関説ならぬ天皇ミトコンドリア説。

文化じたいが多かれ少なかれこういう性質を持っているのだが、特に日本はその傾向が顕著というか、世界中に普遍的にみられる文化現象の一例というだけでは説明のつかない点が多い。(なぜ先端技術の粋を凝らした構造物を建てる前に、土地の霊を鎮めるための宗教儀礼をやるのか?なぜ参加者は誰もその宗教信者でないのか?わけがからない。)こういう部分を説明するうえで本書の示唆する構造は役に立つ。その応用系として、古今伝授についても似たようなことが云えるのではないか

2020-02-10

ミソジニーとかミサンドリーってなんでカタカナ語のまま使われてるんだろうね

それぞれ三十路ミサンガしか思い浮かばないよ

なにか適切な日本語訳がありそうだけど最近日本人はそういうの諦めてるのかな

昔の人は頑張って西洋書物なんかをわかりやす日本語に直してたと思うんだけど

これも戦争に負けたからなのか

2020-02-07

名医と噂の鍼灸に行った

待合室には哲学書建築家写真集が並んでいた

そのなかに真っ黒な装丁黄色文字で「日本黒幕 100の名言」と書かれた怪しい書物があった

2020-01-13

anond:20200113225512

若者叩き、老人叩きは平安時代書物かにも残ってるらしいけど

平成生まれとか昭和生まれとかのレッテル貼り始めたのっていつからなんだろうな

2020-01-01

100分de名著シリーズバックナンバー約100冊を読破したら人生変わった

補足書きました

思った以上の反応を頂いて驚いてます

コメントへの返信など、追記しようかと思ったのですが、長くなったので別記事しました。

興味あったら見てください。

https://anond.hatelabo.jp/20200102201209

はしがき

釣りっぽく書いたけどほんと。

結構色んな意味読書知識というものに関する意識が変わったので、なんかアウトプットしたくなった

なお、名著そのものを知ったことに関する感銘とかは今更私が言うまでもないので省きます

書きたいのは100分de名著シリーズ対象にした読書を集中して実施したことに関するメタ効果に関して。

ちなみに、読破したと言っても読破したのはあくま解説本。

スペシャル版とか、ブックス版はもう少し厚いけど。どれも約120ページで、読書慣れしてる人なら2-3時間で読める量だと思う。

いやそれじゃ読んだことにならないだろ原典あたれよ、って思うよね。私もそう思っていた。

から最初20冊くらいは解説本を読んで、原典にあたって、と繰り返していたけど、以下の2つのことに気づいて一気に解説本を読む方向に転換した。

原典を読むのは、それが終わってからでも遅くないと感じた。

本の解説で繰り返し取り上げられる要素(人名思想歴史上の出来事など)があることがわかった

勉強とか、何でもそうだと思うんだけど、繰り返し出てくるものって記憶に定着しやすくなる。

さらに、その要素が「影響を与えられた」もの解説として出てきたり「影響を与えた」もの解説として出てきたりする。

何でもそうだと思うんだけど、流れというか構造の中にある知識って単発の知識より遥かに定着しやすくなる。

なので、バックナンバーの中で関連のありそうな同時代、同地域、同分野の本をグループ化して間開けずに読んでいくのが効果的に思えた。

原典が全16巻とか(おまけに明治時代の訳だったり)あるものがあった

まぁ要するに、それを読むだけで半年とかかかりそうなものがチラホラあったということ。

そこに突っかかっているうちに飽きて来ることを懸念した。

実に20年ぶりくらいに読書エンジンがかかっていることを実感していたので、これに水を指したくなかった。

約1年かけてバックナンバー読破して効用として感じていることは、、、


文系学問価値理解できるようになった

ちなみに私は理系出身

よく「文系は作者の気持ちでも考えてろ」と言われるけど、「本気で作者の気持ちを考える」ってのは実に尊い活動だと考えられるようになったこと。

今みたいにリアルタイム意見のやり取りが出来るわけでもないのに、驚くほど人間の考えや意識ってのは「繋がって」いることがわかった。

ある偉い人がいいことを言うに至った過程を忘れてしまうのは人類の損失だなと。というか、理系と一緒なんだよね。

アインシュタイン相対性理論だって洞窟暮らしていたアインシュタインがある日突然思いついたわけじゃない。

それに、曖昧さを嫌い、論理にはもととなる論理が明確に存在する理系学問「ですら」そうなんだけれど、

現時点の主流見解は現時点の正解ですらなくて、考え直しが迫られるのはよくある。

そういうとき、どこから間違っていたかどこから考え直すためにも歴史的な思考の経緯は絶対に失わせてはいけない。

文系学問の究極の目的は、新しい思考を生み出すことと思っているけど、新しいものを生み出すために今までの流れを知ることも必要だ。

果実を生み出すのがポンと生まれてきた天才的な作家哲学者だけれど、

天才誕生を待つ間その過程を丁寧に残すのがむしろ普通文学者役割で、

アカデミズムとしての文系学問の真髄はそちらにあるのかもしれないと思った。

これ、理系ブレイクスルーを起こす天才待ちと同じ構図だよね。

天才、と呼ばれる人間自身の業績についてちょっと違う視点物事を捉えただけ、とかちょっと違う組み合わせを思いついただけ、と語るのはよくあることだ。)

大学教育意味について捉え直せた

バックナンバーの消化も終わりに近づいたことろ、私は思った

「かなりいい勉強になった」

大学生の頃にこういうことをやっておくべきだった」

「というか大学でこういう講義あってもいいのに」

「あ、でもこんな事やってたらそれだけで四年間終わっちゃうか?」と。

そこで計算した。

100分deというくらいなので上記解説本一冊は、約100分の映像となる(補足説明踏めると1-2割、解説本のほうが情報量多い気がするけど)。

以下、とても雑な計算だけれど。

大学はだいたい15時間講義で1単位とされる。

まり900分だ。上記解説本でいうと、9冊。

100冊なら、約11単位計算してみて驚いたが、たったそれだけ。

一般的大学生は1年に20-30単位取得するだろうし、卒業には120単位程度必要だ。

定義サボり気味の大学生の半期分程度の勉強しかしていないことになる。

嘘でしょ?

驚いたついでにもっと攻めた想定をしてみる。

こんなことを意識している大学生はほとんどいないと思うけど、15時間講義には、30時間の事前学習と30時間の事後学習が想定されているらしい。

http://www.ohshiro.tuis.ac.jp/~ohshiro/univlaw.html

1冊辺り6時間程度の読書時間が追加で想定できるわけで、

原典には上記したとおり全16巻あるものもあれば、100ページもないものもあるから、慣らすとだいたいそれで読めてしまうとする。

するとつまり大学とは本来

「最も頭の冴えた4年間に」「専門家が選んだ良質なテキストを」「専門家解説付きで、必要なら質問し放題の環境で」「1200-1300冊読んで理解する」

場所だ、ということだ。

ああ、確かにそれをこなせば立派な「学士様」になれたろうと思う。

私は修士を持っているが、この10分の1も学士になれた気はしない。俺はなぜあん無駄時間を、、、

可能なら、放送大学なりでもう一度大学生をやってみたいと思う。

叶うなら今度こそ、学士になりたいものだ。

読書習慣と、読書をする体力を取り戻せた

なんというか、これから実施していきたい諸種のおもーい本を含む読書に挑む筋トレというかジョギングと言うか、基礎体力を作ってくれた感ある。

活字を追う体力、意味を捉え続ける体力みたいなのがないと、ほんとうの意味読書趣味にすることは出来ないと思った。

ていうか、楽しむ余裕がない。

スポーツと一緒で、やる気と勢いだけでやっても続かないと言うか。

この1年やってきたことは運動部の1年生が実施するような、練習をするための練習。これがまず必要だったとろこで、その役割果たしてくれたと思う。

練習のための練習として、この「解説読破」が有用だったと思う理由は以下の2つ

2-3時間で1冊終わること

週末、朝と夕方に一時間読む気でいればその日のうちに「また1冊読めた」と思って寝れる。

平日でも、風呂に入ってる30分で読めば25%終わり、はっきりと進んだ位置しおりを挟んで寝ることが出来る。

進捗が目に見え、さらにすぐ終わりが見えるというのは精神的に楽だ。

無駄足にならないこと

価値保証されている書物を、その書物についての深い理解があることが保証されている著者が解説する本であるということは、

読んでいた時間無駄になることはない(たとえ激烈につまらなくても3時間で終わるし、つまらなければ原典を読む必要はないという判断ができるということだ。)

という確信を持って取り組めるということだから、これも精神的に楽だった。

つらいだけのうさぎ跳びとかしたくないのよ。

今後読書を続ける動機づけになった

いろいろな本の中で語られていたことだが、

日々「モヤッと」してることはたいてい昔の人も同じこと感じていることがわかった。

下手の考え休むに似たりではないが、自分程度が疑問に思ったことはきっと昔の頭の良い人が一生かけて考え抜いているので

自分の中で結論出そうとするより同じ疑問を持っているであろう偉人の著書にあたったほうが

考えを前進させる上でコスパが遥かに良いことが芯から理解できた。

実はこれが一番の収穫だと思っている。

これから

というわけで、これから年末にかけていよいよ原典にあたっていこうと思う。

の前に

山川日本史世界史を買った。

解説読破の中で出てきたいろいろな付随知識、これがまとまりそうで纏まらなかった。

これをまとめてからの方が、今後の知識吸収速度が格段に上がりそうな気がすると思って、適切な本を暫く求めていたが結論まさか高校教科書だった。

今読むととんでもなく面白い本だ。まさに私の求めていたものだった。無論完璧じゃないが、知識統合がすすむすすむ。

なぜ俺はあん無駄時間を、、、と思うけど、おそらく解説読破と順番が逆じゃだめだったろう、OKOK。

さて、年末山川をやっつけたあと、原典の中で特に気になっていたものを30冊ほど買った。解説本で実施した筋トレ効果で読むスピードが上がっているが、

途中で気になった関連書籍とかその年気になった本とかをはさみつつ、100冊(巻数でいうと200近い)読み終わるのは3年後くらいの想定だ。

来年シリーズは続いていくので、積ん読もどんどん増えるだろう。

やりたいことが増えていくともっと若くからやっときゃよかったと思うことばかりだけど、

何もすることが無いよりはいいか、、、

とりあえず、今買った30冊とプラスαくらいは、今年の年末までに読み終わっておきたいところだ。たぶん出来る気がする

2019-12-30

年末年始休暇なので書物を読んで思い付きを記す

EPWは相互作用行列をどんな場合でも求められるとしよう。この行列を変形ポテンシャルに変換できればいい・・変換ルール定義を参照しながら、自分で導くしかないような気がする。自分で考えるしかないのか?どこかに変換プログラムが転がってないのか?

変形ポテンシャル定義に従っている素朴な方法は、変位させたラティスを組んで、エネルギー計算。そしてエネルギー差分抽出・・・ってことだろうけど、半分手作業でもできそうだ。アレイジョブ発生させればいいのか?たぶんこの手の作業仕事にしている人がアイルランドにいる。変形ポテンシャル n-type PbTe ABINT

変換ね?変形ポテンシャル定義する時点で摂動がらみの積分を真面目に行うという作業が略されるような気がする。

2019-12-28

anond:20191228091429

かつてそのように考えていた者より。

無理です。

理想的な考え方ではありますが、

相手にぶつけることな

狂うことな

相手がなぜそのようなことをしたのかあっちこっち書物や高名な方の話を聞き、

必死になって違う道を探しておりましたが、

かえって自分不都合記憶が消え、

受け止めてくれる有り難い存在にぶつけまくりました。

気づけば元増田のお母様のように都合の悪い記憶がすっぽ抜けたり、

表に出せない思いが身体の症状として現れたり…

そうなってしまうのを防ぐには

逃げること。

あと心の中でだったらいくら母親罵倒しても良いと思うこと。

心の中なら犯罪ではない。

逃げるまでの間はしんどいと思う。

カウンセリングを受けること。

それと同居中は心の中でお母様を呪いましょう。

軽い呪いに限ります

その代わりたくさんたくさん呪いましょう。

でも手は下さないように。

このやり方でもキツいかもしれないから、無理はしないように。

できる限りプロカウンセリングをしっかりと受けてほしい。

その際、なんで被害者の私が金を払ってカウンセリングを受けなきゃならないんだ。

その費用加害者に払わせたい、と思うかもしれません。

幸いにしてまだ同居中です。

かかる医者がどこであるかは伝えないまま、遠くの医者にかかるための費用であるとしてお母様からお金を手に入れましょう。

それができなかった(相手小学校いじめっ子、縁は切れている)私はかなり苦しんでいますが、

うまく行く相手に伝えることで少しは気が晴れます

GOOD LUCK

2019-12-11

anond:20191211134560

営利目的書物日本出版されたのは寛永年間(17世紀前半)の京都からまり、貞享2年(1685年)に刊行された書物は約6千種になり(『新訂総合国語便覧』 第一学習改訂281998年 (初版78年) p69)、17世紀末になると京都では1万点近く発行された。

ということなので東海道中膝栗毛ではないだろう。

あと写本の購入についても(源氏物語の例だが)

室町時代中期以降には地方権力者源氏物語の写本を持つことを欲し、没落したり財政的に困窮した京都公家から貴重な古写本を譲り受けたり、地方権力者の注文に応じて写本が作成されるといった事例も生じるようになる。

らしいか枕草子の購入もありえないとは言い切れないのでは。

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