「書物」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 書物とは

2019-03-17

スタバ舐めてた。

最近になってコーヒーを飲むようになりカフェとか行くことが多いのだけど、スタバとほかのカフェを比べて感じることがある。(特に都心部ほど顕著。)

PC開いてカタカタ

→ほかでもないスタバでないとできないことなのかは謎。

資格書やビジネス書意識高い系書物を開いて読書

スマホや周りの声が気になって集中できていない。

学生同士の意識高い度比べ

→夢はベンチャーCEO

就活生の仕事

→まだ働いてない。

・なんか無駄スケジュール帳を塗りつぶしてる

自己満

恋愛論からの異性批判

うんこ

美味しくコーヒー飲みたいな。

スタバ舐めてた。

最近になってコーヒーを飲むようになりカフェとか行くことが多いのだけど、スタバとほかのカフェとを比べて感じることがある。特に都心部ほど顕著。

PC開いてカタカタ

→ほかでもないスタバでないとできないことなのかは謎。

資格書やビジネス書意識高い系書物を開いて読書

スマホや周りの声が気になって集中できていない。

学生同士の意識高い度比べ

→夢はベンチャーCEO

就活生の仕事

♪まだ働いてない。

・なんか無駄スケジュール帳を塗りつぶしてる。自己満

恋愛論からの異性批判うんこ

美味しくコーヒー飲みたいな。

anond:20190317120720

それから宗教を信じている。のではないと思うよ。先人が作った知識の上に成り立っているのだと思う。

あくま宗教もそのうちの1つ。

ただ、デカルトによる明証、分析、列挙、総合からなる科学の勃興がなされ、

ある程度疑いをもっても残る知識の体型が生まれていったということがある。

無論、明証、分析のなじまないものは数数多ある。そこに宗教時代の知見が役に立つこともある。

だが、あくまで今の時代、多くの書物を読み吟味して選んでいってなすようなものだと思う。

科学以前の宗教時代のように無謬存在を前提にするような時代ではないとは思う。

2019-03-05

日本英語教育がクソな理由が分かった

30年前に受けた英語教育って、なんであんなに読み書き、文法偏重なんだと思ってた。

今は、だいぶましなんだろう。詳しくは、知らんけど。

根本的な原因は、日本島国から

地理的な要因が、言語に影響を与えて相互にその特徴を先鋭化していった結果だと思う。

大陸にある国は、他国との交流に人を介してやりとりすることが、可能

それに対して、島国は、書物を介して知識技術を導入することがメインになる。

遣隋使遣唐使から始まって、明治維新昭和時代まで、いつだって日本人は、外国語書物から、最新の知識技術を導入していた。

そうすると、必然的に読み書きしか必要なくなる。会話する相手いないんだから

その伝統文化の集積が日本英語教育だったんだと、昨日気づいた。

英語教育関係者の間では、常識なんだろうか?

常識だったとしたら、もっと早く日本人全員に周知徹底してほしかったわ。

30年間、英語勉強方法について、ずっと誤解してたわ。

2019-02-16

2.5次元界隈が嫌いです。

2.5次元ってもともとあんま好きじゃなかったんですけど、とある件で色々調べてたら本当にヤバいなと思った。

チケットがクッソ安い。

事務所がかなり盤石だったり、パフォーマンスはあっても特に演技を求められないならわかる。

・常からキャラになりきる

・以前からの2.5で活躍していた人間最上級サービスを全員に要求する

キャスト変更という演者に1ミリ責任のないことで演者がほぼ全員叩かれる(とあるジャンルだけかも)

SNS運用まで文句をつける。まああの人のは若干仕方ないと思う部分もあるが、私は嫌いじゃないです。

クリアだけで数日はかかるゲームの最新イベントまで網羅してないと叩かれる

なのにチケット単体が1万円以下。地獄かよ。

レッスンにどのくらい力を入れるかなんて評判聞いたらわかるじゃん。なぁなぁじゃできないよ。

もしくはさっき言ったように事務所が太くて他方面金策がとれたり、大人気で大きなハコがとれるならこれもわかる。でもそうじゃないでしょ。

大人気っていっても某Jグループかに比べたらたかが知れてるでしょ。

余談なんだけど、

クリアだけで数日っていうか2週間以上余裕でかかるゲームの全てのキャラクター性を網羅して仕事しろ、期限は三日な」

とか

原作調査としてかなりの長編歴史的書物古事記とか色々)を全部読んで調査しろ、期限は土日の間な」

って某アルバイトで言われたことあるけど、クッソキツいよ。毎週数日は入って一ヶ月にもらえる額が4桁とか当たり前だったのもあるけどね。

愛なんて感じない。ただただテキストと設定が流れていくだけ。仕事短期間でゲームやってもなんもわかんないよ。普通に

余談終わり。

上記のキツさで「安くない金を払って」って客が言うのは信じられない。

運営側演者が心構えで言うならわかる。「お客様神様」みたいなもんだよね。

みんな貧乏なの? って煽りじゃなくてさ、2.5じゃない舞台にどんだけ金がかかるかちょっと調べればわかるじゃん。

そこに違和感はないの? っていう、そっちの話。

金額としては確かに安くはないけど、コスパで考えたらトップバリュ以下レベルでしょ。

それとも「自分の見ているものは通常の舞台のずっと下位であり、価格帯は合っている」って言うのだろうか。

ただでさえ原作IP使用権とか端々で金もってかれるだろうに。

まぁ価格設定の理由想像つくよ。

需要を見込んでいる層が若年層で金持ってないからでしょう。

でもそれをビジネスとしてやっていく以上その限られた資金計画の中でやっていかないといけないのは運営のほう。

でも演者さんって先に繋がることでもあるし、金額以上に頑張っちゃうんでしょうね。

なんとかして来てもらうためにやっていたサービス低価格しか支払って居ないユーザーにとって当然のことになってしまって、

結果演者全員の首を締めてると思うよ。

低価格サービスのほうがクレームが多いってのは常識でもあるけどね。

「本当に良いものだし、低価格サービスでもない」って思ってる人はどうかしてると思うよ。

夢の国チケットのほうが高くなってく勢いじゃん。で、夢の国キャストブラックだって騒いでたじゃん。

多分パフォーマンスをするような職種全体に関係することだと思うよ。

仕事以上の仕事をしてくれる人がいっぱいいた結果、業界価格が下がっていってしまったように思う。

良いものには金がかかる。良ければ良いほど価格帯は上がるべきであり、

この金額では「本当にいい」と「低価格サービスではない」は共存しないと私は思いますよ。

これは本当に叩かれるかもなんだけど、

低賃金の若年層をターゲットにしているがためにこんなにチケットが安くなってて、

それを釣り上げたら収益が下がる可能性がけっこうある……っていうことなのであれば、

そんなビジネスは間違ってるから存在してはいけないだろう。

いいものなのはわかるけど、それで誰かが割りを食うならおしまいじゃん。

割りを食っている人がいるなんてなにも考えずに喜んでいる人は多分たくさんいるけどね。

2.5のファンが払ったお金の中からIP使用権脚本その他裏方、ハコを抑える金額、その他諸々。

さっぴいたらどのくらいになるんだろうね。

私がファンでないながら望むのは

運営が金をもっと集める

演者が頑張りすぎない(これは難しいと思うけど)

だな。

もう怖いよ。本当に怖い。

低価格帯の中で喘ぐ演者低価格帯にふんぞりかえるファンもどきも怖い。

2019-01-30

anond:20190129235513

どういう報道書物を捨拾選択した結果、そこまで偏って凝り固まった思考になってしまうのか、

しか政府国民を同一視するということを当たり前に行っている。

その国の人に直接なにか酷いことをされた経験でもあればわからなくもないが(それでもそれは国籍よりそいつ個人問題だが)

これが仮に、日本人一般的韓国人への印象だとしたら、国家破局は近いと真剣に思うよ。

起きてることはアメリカを憎めと国民に叫ぶ北朝鮮と何ら変わらんし、むしろこっちのが巧妙でやばい

2019-01-23

anond:20190123182524

互いの争いのために書いた訳ではないので、荒れているのは厳しい。

女性生理特に月経比較子宮を中心に独立した作用として解明が進んでいるが、その際に不機嫌になるとかそういった心の変化とホルモン変化をちゃんと追える書物はあるのだろうか。個人差があって役に立たないのかもしれない。

男性生理現象についての理解は、女性月経よりも脳の話と強く結びつきそうなので解明がかなり遅れてる印象はある。

精巣や、脳下垂体の出すホルモンの変化、性的に興奮するメカニズム射精に至ってからホルモン変化など調べるべき点は多い。

性欲と支配欲、暴力性あたりが関係しているようには感じるが、それを体系立てて説明する書に出会っていない。

また、話をややこしくするのがそこに男性同士の社会の話が関わってくるところだ。

小中高と、射精から、好きな女性タレントや身近な人、性行為の有無までずっと競争というか、ランク付けされているようなところがある。

男性の敵は男性という側面だ。

それくらいのことは自分自身で克服してくれと言うのは簡単だが、なかなかできるものではないだろう。

それでも、いずれ上記社会のことは教育によって解決されるとして切り離すならば、造精、射精メカニズムと、その際の気分の変化くらいはもう少し男女ともに理解するのがよいとは思う。

2019-01-15

anond:20190114234242

宗教親和性があるということなので、貴方は禅周りの書物を多く読んだほうがいい。あるいは基礎仏教周りの執着心についての本を読んだほうがいい。

おすすめなのは小池龍之介草薙龍俊周り。

貴方宗教を信じているといいながら、少なくとも仏教からはかけ離れたことをしている。

2019-01-05

anond:20190105201724

大した家に住んでるわけじゃないが、机だけはでかい

書斎の8畳の4割ぐらいが机で、最奥に二台のディスプレイ、手元にノートPCと筆記具の入った小抽斗、両端に小さな書棚と冷蔵庫、グラスケース

机はでかければでかいほどよい

書物をする人は特に

2018-12-23

anond:20181217110830

「誰か権威を持つ人が正しいと言ってる」が信仰

検証可能性再現性をもとに科学検証を行った上で正しいという」が科学

昔は、科学検証というものがなかったから、すべてが信仰領域だった。

しかし、科学検証が生まれ、かつ科学検証が馴染むもの信仰から出ていき科学となった。

昔は、天地はどのようにして作られたか?や、人類はどこからたか?も信仰領域だった。

信仰に近い仏教瞑想脳内スキャンの進展によりマインドフルネスということで科学になりつつ有る。これは最近信仰から科学への転換の例としてあげられるだろう。

しかし、対人関係や、社会、体内については、まだまだ検証可能性を整えるまで至っていない部分がある。

検証できないものは、自分が正しいから正しいとしか言いようがなく、他人が言う話を、言うやつの信頼性を含めて各々が判断するしかない。

まりは、「信仰」としてまとめられた書物や、今生きているやつが正しいと思うというだけの言葉から学ぶしかない。

なお、これについて釈迦はある言葉死ぬ間際に残している。釈迦死ぬ間際、弟子がこれから何を信じて生きればいいのですかと聞いたところ。

「自灯明、法灯明」(自分自身を拠り所にし、世の中の正しいという原理を拠り所にしなさい)

2018-12-18

anond:20181218174650

まあ、歴史面白いでもいいんだけどね。

世界史のほうになってくると君主論とか、貞観政要とかの元となるのは、その時代より前の歴史だ。その時代以前の歴史について教訓になるものを集め、生まれ書物だ。

戦国時代織田信長豊臣秀吉の天下取りと、老後の暴走、それを見ていた家康の行動、教訓になりつつも面白いよ。

歴史政治であり、それは人と人の間の権力物事の実現のドラマだ。面白くもあり、また現代の教訓でもある。それは人の強さ弱さの結果だから

2018-12-02

anond:20181202172508

それは、逆に日本人ネトウヨと、韓国旅行を見ればわかりやすいでしょう。

ネトウヨはごく一部、韓国旅行に行くやつは、何らかの見どころがあるから行く。

あとさ、このあたりはお互いが敵か味方か、敵なら攻撃する、みたいな党派的なところだから、公平な書物を見つけるだけでも一苦労だ。

というか、真実がどうかすら資料がなくてもはやわからんものもある。

興味があったら見てみたらいいけど、掲示板なんかで聞いたら、どちらかの党派的なものに絡み取られて、the「ネットで真実」みたいになる。

あ、これはネットで怪しいやつに「真実」やらを吹き込んで洗脳された人を馬鹿にして言う言葉

例えて言えばさ、霊感商法として有名なやつってどう?なんてきいたら、その霊感商法信者が、教祖様は素晴らしく、どんな奇跡を起こし、がんなんかたちどころに直し、、、、みたいなのが真っ先によってくるじゃん?

そういう界隈だと思っておいたらいい。

anond:20181202114305

でもそういう消費豚がオタク自称することはなかったのよ。その主な理由オタク賤民であって自称する魅力も利益もなかったからなんだけどね。

そもそも中世から昭和に続く日本社会において、未成年は家の従属物(ソフト表現)だったし、成人女性家事労働提供者(ソフト表現)だったし、成人男性会社奉公人ソフト表現)だった。この社会において自由の幅ってのは現代に比べて極めて少なく、特にそれは趣味分野において顕著だった。庶民が嗜んで白眼視されないものなんてのは、男性において飲む打つ買うとその後継だけだったし、パチンコなんてのはその最たるものだった。女性においては男性にもましてきつきつであり、かろうじて数種の習い事が芸として社会認知されてたかどうかくらい。書物を購入してそれを読み漁るなんてのは、金持ち道楽であり、庶民の間ではむしろ唾棄すべき軟弱さの現れとみなされていたふしがある。まあ、だからこそ与謝野晶子あたりの明星派などによる「既存価値観への抵抗」としてのそれがあったわけだけど。

高度成長期を経て70年代から急速に文物が発展して、今現在趣味と呼ばれる文化が爆発的に多様化した。多様化した以上に「余暇に個々人が己の興味のあることをして過ごすのは当然の自由であり権利である」という認識一般化した。テレビ文化がひろまって、ヒッピームーブメントの余波から洋楽ブームが来て、ニューエイジ思想からオカルトブームUFO心霊写真! そしてフジテレビホイチョイ結婚してユーミンウィンタースポーツブームを生んで、広瀬香美とチューチュートレイン若者苗場に連れ出した。

の、だけど、そんなに主体的に生きてる人間ばっかじゃないのよな。増田の言うとおり。結局現在、「ソシャゲと深夜のアニメネット炎上案件に対するコメント時間を潰している、オタク自称している(下手したら自分自身ですらそう信じ込んでいる)人々」ってのは、昭和中後期で言えば「パチンコやって飲み屋愚痴言ってる箸にも棒にも引っかからないおっさんたち」だったわけよ。別段彼らはそれが好きでやってるわけではなく、「受け身で流されて適度に脳内麻薬がチョロチョロ出る余暇の消費」としてそこに流れ着いただけで、最初から徹頭徹尾ただの消費者であって、オタクでも何でもなかった。多分当時であったとしたって、パチンコ博打や酒が本当にそこまで好きだったかどうか疑わしい。そういうふわっとした人々が社会の大多数だったってのは、当時も今も変わらない。

どちらかというと「社会人は全員そういうもん(休日パチンコするくらいしかない消費者)だろ」っていう同調圧力がなくなり「余暇自由選択」になっちゃった結果、それが可視化されただけにすぎない。そのうえ「社会人は全員そういうもんだろ」っていうのは同調圧力である以上に、大多数にとっては劣等感を刺激しないカバーストーリーでもあったっていうのが問題で、いまのこの日本現代社会は「余暇の過ごし方」でさえも階級があるってのが、多分きつい。

まりはっきりとは指摘されないけれど、「何ら主体的趣味を持たない人間」ってのはやはりいまの社会では軽んじられる。一回級下の存在だと現在みなされるんだよ。それこそ「オタクであるほうがまだマシ」と考えるほどに。

から「(絵が好きなわけでも今まで描いてきたわけでも強い動機がなんにもないにも関わらず)絵が掛けるようにな(って賞賛を受けるようにな)りたいな」なんてボヤキがWebにあふれる。

べつに「何ら主体的趣味を持たない」って罪でもなんでもないのにね。前述の戦後から高度成長期にかけて、そんな人々は、社会に出て飲む打つ買うを一巡経験したら、すぐさま「どうやったら異性に興味を持ってもらえるかレース」に回収されて、あまり悩む間もなく半強制的結婚させられ、身体に異常でもない限り速やかに子供ができて、子育て忙殺されるというスケジュールに打ち込まれていた。そうすれば「主体的趣味を持ってない」なんてことは遥か彼方にぶっ飛ばされて、問題意識すら持たないで済んだのにね(その後は、後輩や年少者に対して「結婚社会人の義務だ」とか「子育てはいいぞ」ってマウンティングして余生をすごせた)。

社会の多くの人にとって、「個人アイデンティティと紐付けられた強固な趣味邁進する人生強要苦痛だし、でもそれを拒否するにせよ趣味する余暇なく仕事を詰め込まれるのはもっと苦痛だ。多くの人にとっては自由が毒にしかなってない。そういう価値観の変遷に、オタクは巻き込まれちゃっただけなんだよね。

2018-11-26

https://rkyudo-riron.com/

前々から思ってたけど、こいつ適当なことばっかり書いてるな~。

過去書物を調べたり漁ったりしていて、それをネットに上げる努力には頭が下がるけど、文字面の解釈だけなのか実践が伴わないのか理解レベルが浅い感じだな。

頭でっかち」を体現してるわwww

現在の高段者はまだネット親和性いから、先んじて情報をだすのは出さないのよりは益があるように見えて、こんな間違いだらけの屑情報並べられると害悪の方が大きいなぁ。

特に若い人に忠告するけれど、教本は読みにくくて理解し辛いから、このサイトは読みやすいんだろうけど、はっきり言って、このサイトは間違いだらけなので鵜呑みにしないほうがいいよ。

来年くらいには30年ぶりくらいに教本一巻が改訂されるみたいだから、こういうニセ情報に流されないように、読みやすくしてあげて欲しいなぁ。

まぁ、読みにくいのを何度も読んで、弓を引いて、腑に落ちる作業理解促進になるので、読みにくいのも悪くはないんだけども。

2018-11-15

逆にガラパゴスを売りにしたらいいのでは

という発想。

キャッシュレス決済もストリーミング配信も、日本は立ち遅れている。というか、現金払いCD購入がいまだに力を持っている。

ここを見るようなはてなの人々は前者を勧める、あるいは推進する人が多いだろう。ただし現状はまだそこまで動いていない。

政府が何をどうしようとも、国民のこういうところは治らないのかもしれない。世代が変わればあるいはしだいに動いていくのかもしれないが。

ところで近世以前の日本では、中国古典籍を大量に輸入した。とうの中国の人々が捨て去ってしまった典籍日本人は大事に保管して読んできた。

そして近代に入り逆に中国の蔵書家日本を訪れて書物蒐集する動きがあった。

またもう少し典籍を絞ると梁のオウガンが著した『論語義疏』という論語注釈書の注釈書は早く中国では失われたにもかかわらず、日本に何故かあって研究資すること大である

日本の「物持ちの良さ」はある場所では武器になるかもしれない。

ま、こんな感じでさ、ガラパゴスも悪くないわけよ。むしろガラパゴス求心力を生むこともあるわけよ。

生活に著しく不便を感じないのであれば現金買うのでも、CD買うのでもいいのかもしれない。

100年後、外国人に、彼らにとって珍しい物理紙幣物理貨幣を買わせて(両替させて)物理音源を買い物させる謎国ジャパン、という発想も部分的にはあっては良いのではないか

2018-11-13

anond:20181113115843

検索しないにしても、そのわからん言葉について解説している別書物読むだろ…

2018-11-07

anond:20181106201315

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%80%88%E5%AD%90%E4%BE%9B%E3%80%89%E3%81%AE%E8%AA%95%E7%94%9F

『〈子供〉の誕生』(こどものたんじょう、フランス語:L'Enfant et la Vie familiale sous l' Ancien Regime)は、フランス歴史学者フィリップ・アリエス著作である1960年に公刊された。子供大人の一線を当然視し、学校教育制度を当然視する現代の子供観に対して、疑義を呈する書物であるフランス語原題は『アンシャレジームの子供と家族生活』という意味であり、「〈子供〉の誕生」は、日本翻訳者がつけたものである

アリエスは、中世ヨーロッパには教育という概念も、子供時代という概念もなかった、と言う。 7〜8歳になれば、徒弟修業に出され、大人と同等に扱われた、と言う。飲酒恋愛自由とされた、と言う。なぜ大人子供の一線を7〜8歳に引いたのかと言えば、この時期に言語によるコミュニケーション可能になると考えられたためである、と言う。 7〜8歳以前の子供は動物と同じ扱いであり、大人フリスビー代わりに投げ遊び、落として死なせたこともあるという。乳幼児死亡率が高く、5歳までは頭数に入れられなかった。もっとも、乳幼児死亡率が高かった理由として、医学水準が低かったことだけではなく、両親のベッドの中で、あまりにも頻繁に窒息により非業の死を遂げる子供が多かったといった理由も挙げられている。

教会は、嬰児殺しを厳禁していた。が、両親があれは事故だったと主張してしまえば、それ以上追及する者はいなかった。

近代的な学校教育制度が現れたのは、17世紀のことである。当時の教育者たちは、古代には存在した学校教育を倣い、「純真無垢」を理念とした。「純真無垢」とは何か。子供大人を引き離すこと、特に子供にとってセックス禁忌にすることだった。また、子供として保護される期間の延長も提唱した。この時期から美術子供テーマにし始めた、それ以前は美術子供テーマにすることはなかった、と述べる。

近代学校教育制度は、大人とは異なる、子供服というものを編み出した、と述べる。この傾向は特に男児に顕著で、男児の特徴的な衣装であるズボンが考案された。それに対し、女児服装の変化には無頓着であった。女児家事に専念すればいいのであって、学校教育を受ける必要性が少ないと考えられたためだ、と述べる。

これを受け、近代的な学校教育制度は、同年齢の子供を同一のクラスに編成した、と述べ、極端な場合には、寄宿舎制度を設け、子供を外部から遮断した、と述べる。

2018-10-24

社会学に対する私の偏見

社会学詳しくないけれどネット社会学社会学者のやっていること見ると

社会学他人に偉そうにしたり、他人嫌がらせすることをいくらでも生成できる魔法書物に見えてくる

それは社会嫌がらせで満ち溢れてるということからかもしれないし武器だけでなく防具も生成してくれるかもしれないけれど。

2018-10-11

anond:20181011040543

人文学社会科学か。社会科学のほうが科学なのに怪しさが入り込む余地がある気がしてしまうのも奇妙だが、哲学とかだと論理的議論はあっても「正しさ」を決めることはできないからかな。

なんとなく「人文学」と書いたけど,「人文科学」と呼ぶこともある.私個人としては別にどっちでもいいかと思うけど.人文系社会科学系と呼んだりもする(総称は「人文社会系」とか「人文社会科学」とか).「社会科学」は略せないんだよな,「社会学」とかぶちゃうから.このへんは前増田で参考文献として挙げた隠岐さんの著作面白かったから読んでほしい.オススメ

理系でも教授の贔屓やコネはないわけじゃないけど論文数(あるいは引用数)で無能認定する仕組みは馬鹿排除には有効なんだよ(捏造動機にもなるけど)。

論文数で無能認定文系でもよくあることです(ただ,論文をあまり書いていないだけで該博な知識を有してる人なんかは尊敬される.周りは「もっと論文書いて! 読みたい!」って思ってるけどw そういう人がポストを得られていなかったりして業績少ないから仕方ないと思う反面すごいもったいないなと思ったり).ただこれも分野によっては1年に1本書いてりゃまあ標準的,というところもあれば1年に2・3本書くのが当然だろ? という分野もありで,その上分野によっては査読の有無での格付けとかもあまりしないので(そりゃ学振申請書では査読つきとなしを分けて書くけどね),安易に異分野の人が自分野の基準無能判定するのは本当に良くないからやらない方がいいと思う.今年は著書1冊書いてるけど論文は書きませんでした,を理系基準で業績ゼロって判定されたら暴動起きますよ.

あと歴史学文学だと,いちばん大事仕事論文執筆じゃなくて史料校訂だ,という感覚もあったりして,そのへんがきちんと評価されるのが望ましいよなぁと.ある平安貴族について論文書いても分析視角ニッチならあまり引用されないかもしれないけど,どこぞのお寺なり旧家なりにしまわれてたその貴族日記活字に起こして誤字脱字を訂正して単語意味解説して背景情報を補足して(日記って本人にとって当たり前のことは書かれないけど,1,000年経ったらそんなことわからないので),っていう作業をしたらその後平安時代歴史文学をやる人に参照されまくる基礎文献になったりする.こういう地道なレファレンス作りや史料校訂がきちんと評価される仕組みであってほしい……

で,引用数については問題点が2つあって,

1.どうやって数えるのか

これは技術問題.色んな言語で発表される紙の本での引用数,どうやって数えたらいいの……? ってやつ.異国の本屋さんで面白そうな学術書があったから手に取ってみたら私の論文引用されてたとか,異国で買った本をパラパラ読んでたら知り合いの英語論文引用されてたけどその知り合いはその異国語を読めないから多分存在を知らないだろうなとか,そういうの割とあるあるなので,人文系じゃ誰も被引用数なんて気にしてない.ぶっちゃけ無理ゲーだと思う.

あと,英語の本で引用されて,そのあとその英書が10国語翻訳出版されました,という場合は,何回引用されたと数えるべきだと思う? 1回? 11回?

2.それ数えて意味があるのか

そもそも優れた先行研究を褒めるのにもダメな先行研究をけなすのにも引用をするわけで,ある論文の中でむっちゃ参考にされた文献とけちょんけちょんにされた文献の2つがどちらも引用1回ってことにされちゃう不公平すぎない? って思うんだけど.それに,自分の専門分野についてあまりにひどい俗説が広く出回ってるとき学術文献じゃなくても引用して批判することがあるので,たとえば日本近代史の人が小林よしのりの『戦争論』を名指しで批判するとかよくある.純粋引用された数で勝負したら小林よしのり惨敗するマトモな研究者って大勢いると思うんだよね.

というか,文系だと「他人の書いた文章研究対象にする」というのがあるので,村上春樹研究なら当然村上春樹引用するわけで.さら学問分野によっては,「文献リストに先行研究研究対象を一緒くたに並べる」慣行を持つところもあり(これはその分野なら英語圏の査読誌でもそうなってる),たとえば樋口直人『日本排外主義』という日本極右研究した本の文献リストには,日本欧米社会学者が書いた真面目な研究文献と桜井誠櫻井よしこ西尾幹二の本がABC順でごちゃ混ぜに配列されていて,両者は引用形式からはまったく判別できない.本文を読めば前者を参考にして後者分析したり批判したりしてるのがわかるんだけど,機械的区別することは不可能.なので在特会に関する研究が進めば「桜井誠引用数で負ける研究者」がたくさん出てくると思うけど(というか現時点での私が負けてる疑惑),この基準どう考えてもおかしいでしょ.文系の業績を考える上で被引用数はマジで無意味だと思う.

追記

id:q-Anomaly 面白かった。一般文芸と一緒になっているから大変なのかな?理系だとわざわざトンデモさんに言及したりしないしね。間違いを指摘するとき論文ではなくて直接メール、もしくは研究会で議論かな。

もちろん文系でも別に公な場で晒し上げるほどじゃない間違いだったら直接本人に言うとかあるのでそのへんは批判する人の性格とか人間関係にも拠るところはあり,一方で理系でもSTAP細胞ときはさんざん批判論文出てたように思うので公開の場で批判する文化は当然あると思うのだけれど,間違いの指摘を必ず公開の場でやるわけじゃないとか言われるとじゃあこれまで理系には透明性のある評価基準があるけど文系にはそれがないかダメとか言ってたのはいったい何だったんだよ……って思うわ.あなたが言ってきたわけじゃないかあなたに言うのは不当なのかもしれないけれど.

id:hogefugapiyox 増田 理系(理論)でも独創的な論文で高く評価されるけど問題自体が超ニッチ引用は増えないことはありうる。そこで論文誌や国際学会のランクが役立つことはある。正しくてもレベルがそぐわないもの査読で落とされるので

これは文系でもあるあるメジャーテーマ研究していてもつまら論文しか書いてなければ意味はないしマイナーテーマでも面白論文が書ければ就職が決まる.

id:death6coin 参考にしたのと批判したのは別にリストアップする形式がいまからまれ得るかというと・・・難しそうですね。批判にも論外から一部の点で疑問があるまで程度があるだろうし。

「この論文はこんな資料を発掘してくれたので重要だ.でも発掘した資料解釈に疑問がある」とか,どっちにリストアップすればいいんだよという話で.

でもって,リストアップの形式については出典をどう示すかという形式が大きく絡んでくるんですわ.たとえば,歴史学なんかだと先行研究研究対象は別々にリストアップするけど(それでも流石に優れた先行研究ダメダメな先行研究は分けないよな),それは社会学とは違うやり方で出典を表記しているからそういうことが可能なんだという事情もあって,まあこのへんは自分学術書やら論文やらを読んで出典チェックしたことがないとわかりづらいかもねえ.社会学とか一部の分野で全部ごちゃ混ぜにした文献リストを作るのにも合理的理由があるんですわ.

id:hisawooo 増田に言うんじゃないんだけども、トンデモ論文への直接的な批判するなら一番マトモで普通な手段編集者宛のレター(つまりは読者からのお便り欄)じゃないかね(理系の話をしてます

なるほど,そういう慣習があるのね.言われてみれば文系でletter欄って見ないな.

で,文系論文だと本論に入る前に「先行研究の整理」ってやるんですわ.「先行研究Aは基本的妥当だがこの部分の解釈問題があり,先行研究Bは古いため近年発見された資料を使っておらず,先行研究Cは優れた研究だがちょっと私のやりたいことについてあまり触れられてなくて,先行研究Dは論外」みたいに整理した上で,じゃあ先行研究A~Cの成果を踏まえて先行研究Cが見落としている角度から先行研究Bが使ってない新資料を使って先行研究Aとは違う解釈します,みたいに自分論文の意義や新規性アピールするわけ.なので純粋な参考文献だけの抽出とか無理ゲー

id:enemyoffreedom 引用数の正しいカウントがやりづらいのは、さすがにその分野の引用慣習に問題ありな気も。他分野や門外漢から見た透明性の確保も今後は必要になっていきそう。まぁそれだけが業績評価を左右するようだと不健全だが

たくさん引用されたか価値がある研究! とかいローカル基準に基づいてヨソの分野の引用慣習をまるごとdisるならこっちもお前らのそれってPV数狙いのSEO対策でクソ記事垂れ流す互助会みたいなクソ慣習だなって言っていい? つーか文系査読なしで論文のチェックをしない! 不健全! と文系批判対象も引用に含めている! 不健全! ってマジどうやれば同じ口で言えるんだよって感じ.クソ論文をきっちり論文中で批判してるから正しいカウントが難しいって話に正しいカウントがやりづらいか問題とか言われるのマジ批判のための批判じゃん.全部ごちゃ混ぜで引用するのにも合理性はあるんですよ.そんなのはその分野の論文なり著書なりを読んで出典チェックしてみればわかりますよ.何度も言うけど英語圏でもこういうやり方なの.本当にこの慣習を是正たかったら理系の皆さんが大好きな英語で全世界普遍的問題提起をなさってくださいよろしくお願いしますクソが.

すごい大事追記

id:rci このシリーズはとても面白い。

面白いと言ってくれるのはありがたいんだけど,あなた一連の増田ちゃんと読んでる? このトラバリーの中で,私は何度も自分オタクだって言ってるよね? だからhttp://b.hatena.ne.jp/entry/372509722/comment/rciみたいな雑括りされても本当に困るんだけど.まあ記事の隅っこで書いてるから気付かなくても仕方ないところはあるけど,そうやって文系オタク対立構造にされて困るのは私みたいな文系オタクなんだよ.ほんと勘弁して.

正直私はキズナアイについては興味ないし,どうせならシロちゃんやらせればよかったんじゃ,とか思うけど,同時にあのくらいの服装が叩かれるとかおかしいよな,とも思うよ.なぜか服装に関してはゴリゴリ保守派になる連中が多くて目眩がしてるよ.色んな変わった服装を好む人への抑圧だろ.ぜんぜんNHKに出ていいよ.それが多様な社会であり自由社会だよ.

とにかく私は両側にもうウンザリ.ろくに事実関係を調べもせずVTuberについて基本的なことを知りもせずキズナアイを叩く連中にも,ろくに文系について知りもせずどんな研究をしているか理解もしないできないのにクソバイスを垂れ流す連中にもウンザリです.オタク叩きも文系叩きもクソくらえ.どっちも私の敵.ただもう本当にこれ以上関わり合いになりたくないのでここ数日の荒みきった心を『ヤマノススメ』の録画を見ることで癒やしてきます.一連のレイニーブルー展開を鑑みる絶対ここなちゃんはひなたをあおいから寝取ろうとしてるしかすみさんはあおいをひなたから寝取ろうとしてると思うんだよね.

もうちょっとだけ続くんじゃ

これ面白い。「実際は擁護・反発ツィートが多かった」オタがヒステリックにわめいていたことが可視化されました。千田さん、池内さん、森次さん、宇野ゆうかさんあたりはネットリンチ被害者といっていいよなあ

http://b.hatena.ne.jp/entry/373077720/comment/rci

理不尽言いがかりに反発したら「ヒステリックにわめいた」ことになるんだ.そんなの私が書いた増田を「なんで発狂してるの」とか「文系理系と違って感情的」とか言ってきたクソ野郎どもと同じじゃん.

キズナアイ叩きについてはオタクとして腹が立つし社会学叩きについては文系として腹が立つし,とにかくこの騒動に関わった連中全員不快だとしか思わないよ私は.つーか公共放送でへそ出しノースリーブの服着て解説して何が悪いんだか.

あー、この内容の本だから表現の自由戦士に粗さがしされて叩かれた、ってことなのね(今やっと理解)。回収にならなかったら読みたかったのに。

http://b.hatena.ne.jp/entry/374561923/comment/rci

あなた文系学問に敬意なんてさらさら持ってないことはよくわかりました.あなたみたいな人は文系叩きに加わってた方がお似合いですよ.

一章まるまる他人の論なのを擁護するつもりはないけど、なぜ編集も見落としてしまたこの件がいま見つかって話題になったんだろう?っていう話。で、地味な本書がじっくり読まれたのはそのテーマのせいだよね?

http://b.hatena.ne.jp/entry/374571758/comment/rci

勁草書房みたいな文系学術出版では名の知れたところから現代社会と密接にリンクした論争的なテーマの本を,学術書としてはお手頃な価格販売しておいて「地味」はねーわ.あれは当初から論争的な書籍として出版されたものでしょ.そういうのを出したら一般読者からも読まれるに決まってる(だからあの価格でも売れたんだよね).

で,それが日本語で学術出版する意義だって私はこの一連の増田で主張してきたわけだけども.日本語で学術論文学術書執筆することは研究成果を広く私たち社会に届けることと同義であり,文系にとってはそれが重要社会貢献なんだという話を私はしてきたのだけれど,私の増田を「面白い」と言ってた人がそれを真っ向から否定するのには困惑しかないっすわ.あなた,いったいどこを読んでいたの?

ファンタジーに興味のある一般人が中世ヨーロッパについての学術書を読む,小説好きの一般人が文学研究書を読む,古代文明ロマンを感じる人が考古学書物に手を伸ばす,そういった行為の延長として「表現の自由に関心を持つ人が表現規制を主張する著書を読む」という行為があるのであって,それは学術書をじっくり読む動機としては極めて真っ当としか言いようがないです.文系出版を,学問バカにしないでください.

2018-09-27

かって2chに貼ってあった「学生の内に必読すべき書」に表れる書物至上主義

現実にあの量の本を読破している人物がいるわけが無いというのが笑いどころなのだ

たまに、本気でそうであるべきだと思っているイかれた奴をみる。

そもそも書物に縁の無い層は、そんな考えすらないか

件の人物はある程度の読書家で自己顕示欲権威主義に塗れた人物だと勝手に想定する。

安直かもしれないが、いわゆる人文の教授ですら、自分の専攻分野の大家の本を読破しているか?というそもそもの疑問がある。

本当に読んだかどうか確かめる術はないし、読んでいたとしても記憶は減衰していく。

すると、ある話題について話すとき互いの緩い確認作業くらいしかないわけで、それで済むのであれば

本を丸々読まなくても概略であったり、抜粋で済むわけだ。

そのような大家ですらその有様なのだから一般読書諸君は如何だろうか。スノッブを効かせざるを得ないのではないか

私はそれでいいと思う。古来よりそうなのだ

本だけ読んで人とも交わらず孤独死ぬのならば、全部読んだ方がいいかもしれない。

2018-09-12

anond:20180912164460

言論表現摘発して政府が良くも悪くも書物監視するって世界各国であるもんね

日本でも昔やってたわけだし

2018-08-27

[][][][][]

[25億秒]【カネより時間を大切にせよ】人生は25億ページの書物

[時間とは出来事である][機会費用][権内][権外]英語・会計・IT

1時間は60秒*60分=3600秒

1日は3600*24時間=86400秒

1年は86400*365日=31536000秒(約3100万秒)

80年は31536000*80=2522880000(約25億秒)

一年は60分 * 24時間 * 365日 = 525600分

1年は365日*24時間=8760時間

365日*80年は29200日

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん