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はてなキーワード: 公共性とは

2024-03-17

anond:20240317102027

それなら、発端の焼肉食べ放題プランにどんな社会的目的があって公共性があるか説明してくれよ。。。

せいぜい、他の客に対して十分な提供ができない(サービス平等性が損なわれる)くらいだと思うが、それならあらかじめ制限しとくか、今後ちゃんと明記しておけば?

それにいちいち企業戦略カスタマーが想定しながらサービス利用する世界なんて単に地獄しか思えないが。今こうして使ってる増田だってはてな目的なんて気にして使ってるわけなくないか

2024-03-14

anond:20240314174143

コンプラ意識というのは、順法意識ではなく、公共性意識のこと。

 

なんつーか、身内でやったことは身内のことで、公共とは関係ないと思いがちなんだよな。

そっちが人間デフォから、実感がないならしょうがない。

若くてバカだと醤油ペロペロをLINEで流してしまうようなもん。

 

訓練とか体験とかねーとわかんないから、そればっかりは判らない奴には教えるしかねーよ。

2024-03-07

自殺すれば殺されずに済む理論ブクマカ

表現規制に関する議論で「自殺すれば殺されずに済む」理論を唱える連中が多くてマジで辟易する。

過激な」水着ポーズNG 県営公園での水着撮影会新ルール公表朝日新聞デジタル のブクマ

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.asahi.com/articles/ASS356S3FS35UTNB00G.html

規制の不在や曖昧さをタテに「自由に」やった結果がコレ。オレは「規制派」だが、これは最悪に近い落としどころと思う。行政の介入の口実を与えただけだ。こういう事態を避けるために自主的規制は行うべきなのよ。

典型的な、「自由」より「行政に介入されないこと」の方が重要だと言っている例。

群馬の森朝鮮人追悼碑も、自主的撤去していれば、行政の介入(代執行)は無かっただろうね。

校則が厳しいのは基準を示さないと加減がわからず荒れていく底辺校って相場が決まってる、それと同じだね。

単なる偏見

この件で得られたのは公共施設バカチキンレースやると行政無駄ルールを作らなければいけなくなる、という当たり前かつ不毛な教訓。なぜ過激なのがダメなのか説明しろやって人らが他者自由を奪ってる。

そうだね、各地の公共施設で行われ、自治体の冠付けが行われてきた反戦平和歴史認識問題に関する催し物について、行政ルールを作って排除するようにしてきましたけど、素晴らしいことなんでしょうね。

表自界隈が毎度の如く暴走した結果、アホな規制を呼び込んでしまった例がまたひとつ暴走族が二輪通行規制を呼び込むのと同じ。

黙ってたら、単に排除されて終わりでしたね。

こういうしょーもない規則を作らせたのは撮影会側なので撮影会側が悪い

日本共産党破防法規則)に基づき監視されているのは、日本共産党が悪いってことですね。

つか、こうまでしないとわかんないのか?ってくらいには、あれを擁護してる連中の公共性のなさが、ひたすらに情けない。

そうだね、ちゃん社会暗黙のルールに逆らわずに生きてくださいね

ロリコンや表自が騒ぐから行政が細かいルールを決めざるを得なかった。

左翼が騒ぐから警察が細かいルール決めざるを得なかったんですね。

こう言うめんどくさいことになるんだから撮影会側は権利とか主張せずに距離感を保つべきだったと思う。

権利を主張しなかったら、今頃全面禁止されてますよ。

自由を「俺らのやり放題」と曲解すると首を絞めるという話。社会性に欠ける表自戦士他者存在という観念がないので公共私物視する。逆に他者政治主張を排除したがるのも公共空間私物勘違いしているから。

そりゃ、最初から水着撮影会なんかやらなければ規制もされないですけど、それって意味あるんですか?

あと、公共において、一方の自由を「私物視」として、別の一方の「政治主張」をたれ流すことはそうではないとするのは、非常に恣意的ですね。

社会的調整の領域コンセンサスを取る努力をしないで「禁止されてること以外は全て自由だ」というスタンスで好き勝手やってると、結局その中間領域もどんどん統制側がコントロールするようになるのよね

正義道徳を笠に着て、政治的圧力をかけてくる民主集中制の連中は交渉不可能でしょ? こっちが譲歩したら許すの? そんなわけないでしょ?

コンセンサスを取る」って、人民裁判コンセンサスを取るのは屈従しかないですからね。まだ、行政ルールのほうがなんぼかマシでしょ。役人憲法擁護義務があるし、変なことをすれば裁判で負けるからね。

良識に照らせば判断できるものバカの振りしてナイナイしてきた馬鹿どもがこういうルールを呼び込む。馬鹿表現の敵でしかない。

なるほど、良識に照らせば、慰安婦などの歴史認識問題についての展覧会については判断できるでしょうね。(なんせ、各地で排除されてきてますからね)

世襲

とある公共性の高い事業管理を担うとこである会合

そこんとこのリーダーさんは昔ながらの西欧は進んでる日本は見習わなければの方で非現実的テーマ理念として語られる

出席してる他のかたがたはめんどくさそうに黙ってスルーする

そんなトコに居合わせ続けて10年超

最近、その黙ってスルーする側の社長ズの息子たちがオンラインアピールしてるのを立て続けに見た

お一人はなんか哲学的テーマをぶち上げて某ネットでバズりがち現代思想家と対談しておられた

お一人はなんかフワッとした会社理念でもらった政府助成金やら自治体予算やらいっぱい駆使してやってる商売がだいぶこう、アレで、

特定されるの嫌なので詳細は書きにくいのだが、地元生活環境を守りたい方々からすごい批判されておられた

で、お二人のやってるのが、同じ業界なので言ってることはどうしても近いのだが、内容的には対立してそう、そしてどっちもキモイ

あー、セシュウズー、おれのニアミスしそうなとこでキモイことしてんじゃねー

10年かけて余計な事言わずやり過ごすスキルを入手したつもりであったが

やっぱキモイものキモイのでここに愚痴りにくるのだった

2024-03-02

大手企業「大変だ!なり手がいない!」→初任給引き上げ/年間休日増 等々 バス会社「大変だ!なり手がいない!」→減便/廃止

要するに人員不足理由に元々儲かっていない赤字事業をたたんでしまいたいだけなんだよねー

公共性が~」とか「交通弱者が~」とかウルサイ輩に「なり手がいないからやむを得ないんです」っていういい口実なんだよねー

これは複数事業不動産とかホテル等々)を手掛けてる事業者ほど顕著に見られる傾向

だって、一台3,000万円くらいのバス買って客一人当たり数百円しか得られない商売より、

不動産とかホテルやってるほうが断然儲かるから

「昔はな、”バス”っていう何十人も運べる自動車があったんじゃよ~」っていう昔話をする日はそう遠くない

2024-02-22

anond:20240222185526

無罪推定原則」と「メディア実名報道」の矛盾についての問題提起は、現代社会における法律メディア倫理の間の複雑な関係を浮き彫りにします。以下に、この矛盾存在する理由についての考察を述べます

1.無罪推定原則とは: 無罪推定原則は、被告人裁判有罪証明されるまでは無罪であると見なされるべきだという法律の基本原則です。この原則は、人々が公平な裁判を受ける権利保障し、無実の人が不当に罪に問われることを防ぐために重要です。

2.メディア実名報道: 一方で、メディア事件犯罪に関する情報公表する際、しばしば被疑者被告人実名報道します。実名報道は、公共利益や透明性を促進するためとされますが、個人名誉プライバシーへの影響も大きいです。

矛盾の原因:

情報公共性と報道自由: メディア情報公共性や報道自由根拠に、社会重要情報提供する役割を担っています実名報道がされる理由の一つは、公共の関心事に透明性を持たせ、社会的責任や個人の行動に対する説明責任を促すためです。

法律メディアガイドラインの違い: 法律では無罪推定原則保障していますが、メディアが守るべき倫理ガイドラインは異なる場合があり、それぞれの国や地域実名報道に関する規制ガイドラインが異なりますメディアは、法的な枠組みの中で、時には社会的な影響力を考慮して報道判断を下します。

社会的影響と個人権利バランス: 実名報道には、犯罪の抑止や再発防止、公共安全の確保などの社会的な目的がありますが、同時に個人名誉プライバシー無罪推定原則への影響を考慮する必要があります。このバランスをどう取るかは、メディア倫理規範社会価値観によって左右されます

結局のところ、この矛盾法律倫理社会価値観交差点にあり、簡単解決策は存在しません。メディア自由個人権利の間の適切なバランスを見つけるためには、法律の枠組み、メディアガイドライン改善、そして公共意識の高揚が必要とされます



うーんやっぱり増田よりAIの方が知能高いな

2024-02-08

anond:20240208191119

生みの親より命が重いのはAIという公共性だけだよ

anond:20240208104932

公共性として最悪だろうがなんだろうが単なるビジネス判断ってことか

それはそうかも

2024-01-26

金光翔 『<佐藤優現象批判

インパクション』第160号(2007年11月刊)掲載

目次

1.はじめに

2.佐藤優右派メディアでの主張

 (1)歴史認識について

 (2)対北朝鮮外交について

 (3)朝鮮総連への政治弾圧について

3.佐藤優による主張の使い分け

4.佐藤優へ傾倒する護憲派ジャーナリズム

5.なぜ護憲派ジャーナリズム佐藤を重用するのか?

 (1)ナショナリズム

 (2)ポピュリズム

 (3) 格差社会

 (4)「硬直した左右の二項対立図式を打破」―〈左〉の忌避

6.「人民戦線」という罠

 (1)「ファシズム政権樹立」に抗するために、人民戦線的な観点から佐藤擁護する

 (2)「論壇」での生き残りを図るために、佐藤擁護する

7.「国民戦線」としての「人民戦線

8.改憲問題と〈佐藤優現象

9.「平和基本法から佐藤優現象〉へ

10.おわりに

1.はじめに

 このところ、佐藤優という人物が「論壇」を席巻しており、リベラル左派系の雑誌から右派メディアにまで登場している。

 だが、「論壇の寵児」たる佐藤は、右派メディア排外主義のものの主張を撒き散らしている。奇妙なのはリベラル左派メディアが、こうした佐藤の振舞いを不問に付し、佐藤を重用し続けていることにある。

 佐藤による、右派メディアでの排外主義の主張の展開が、リベラル左派によって黙認されることによって成り立つ佐藤の「論壇」の席巻ぶりを、以下、便宜上、〈佐藤優現象〉と呼ぶ。この現象意味を考える手がかりとして、まずは、佐藤による「論壇」の席巻を手放しに礼賛する立場記述検討からはじめよう。例えば、『世界』の編集者として佐藤を「論壇」に引き入れ、佐藤の著書『獄中記』(岩波書店、二〇〇六年一二月)を企画編集した馬場公彦(岩波書店)は、次のように述べる。

 「今や論壇を席巻する勢いの佐藤さんは、アシスタントをおかず月産五百枚という。左右両翼の雑誌寄稿しながら、雑誌の傾向や読者層に応じて主題文体を書き分け、しかも立論は一貫していてぶれていない。」「彼の言動共鳴する特定編集者と密接な関係を構築し、硬直した左右の二項対立図式を打破し、各誌ごとに異なったアプローチ共通の解につなげていく。」「現状が佐藤さんの見立て通りに進み、他社の編集者意見交換するなかで、佐藤さんへの信頼感が育まれる。こうして出版社カラーや論壇の左右を超えて小さなリスク共同体が生まれ編集業を通しての現状打破への心意気が育まれる。その種火はジャーナリズムにひろがり、新聞社会面を中心に、従来型の検察官邸主導ではない記者独自調査報道が始まる。」「この四者(注・権力民衆メディア学術)を巻き込んだ佐藤劇場が論壇に新風を吹き込み、化学反応を起こしつつ対抗的世論公共圏形成していく。」

 馬場見解の中で興味深いのは、〈佐藤優現象〉の下で、「硬直した左右の二項対立図式」が打破され、「論壇」が「化学反応」を起こすとしている点であるある意味で、私もこの認識を共有する。だが、「化学反応」の結果への評価は、馬場と全く異なる。私は、これを、「対抗的世論公共圏」とやらが形成されるプロセスではなく、改憲後の国家体制に適合的な形に(すなわち、改憲後も生き長らえるように)、リベラル左派が再編成されていくプロセスであると考える。比喩的に言えば、「戦後民主主義体制下の護憲派が、イスラエルリベラルのようなものに変質していくプロセスと言い替えてもよい。

 以下の叙述でも指摘するが、佐藤は対朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮武力行使在日朝鮮人団体への弾圧必要性を精力的に主張している。安倍政権下の拉致外交キャンペーンや、一連の朝鮮総連弾圧に対して、リベラル左派から批判や抗議の声はほとんど聞かれなかったのは、「化学反応」の典型的ものである。「戦後民主主義」が、侵略植民地支配過去とまともに向き合わず在日朝鮮人に対してもせいぜい「恩恵」を施す対象しか見てこなかったことの問題性が、極めて露骨に出てきていると言える。〈嫌韓流〉に対して、リベラル左派からの反撃が非常に弱いことも、こうした流れの中で考えるべきであろう。

 私は、佐藤優個人は取るにたらない「思想家」だと思うが、佐藤右派メディアで主張する排外主義を、リベラル左派容認・黙認することで成り立つ〈佐藤優現象〉は、現在ジャーナリズム内の護憲派問題点を端的に示す、極めて重要な、徴候的な現象だと考える。

 馬場は、佐藤が「左右両翼の雑誌寄稿しながら、雑誌の傾向や読者層に応じて主題文体を書き分け、しかも立論は一貫していてぶれていない」などと言うが、後に見るように、佐藤は、「右」の雑誌では本音を明け透けに語り、「左」の雑誌では強調点をずらすなどして掲載されるよう小細工しているに過ぎない。いかにも官僚らしい芸当である佐藤自身は自ら国家主義であることを誇っており、小谷野敦言葉を借りれば、「あれ(注・佐藤)で右翼でないなら、日本右翼なんか一人もいない」。

 佐藤が読者層に応じて使い分けをしているだけであることは誰にでも分かることであるし、事実ウェブ上でもブログ等でよく指摘されている。そして、小谷野の、この現象が「日本知識人層の底の浅さが浮き彫りになった」ものという嘲笑も正しい。だが、改憲派の小谷野と違い、改憲を阻止したいと考える者としては、この現象について、佐藤優に熱を上げている護憲派を単に馬鹿にするだけではなく、〈佐藤優現象〉をめぐって、誰にでも浮かぶであろう疑問にまともに答える必要がある。なぜ、『世界』『金曜日』等の護憲派ジャーナリズムや、斎藤貴男魚住昭のような一般的には「左」とされるジャーナリストが、佐藤に入れ込んでいるのか? なぜ、排外主義を煽る当の佐藤が、『世界』『金曜日』や岩波書店朝日新聞出版物では、排外主義ナショナリズムの台頭を防がなければならない、などと主張することが許されているのか?

 この〈佐藤優現象〉はなぜ起こっているのか? この現象はどのようなことを意味しているのか? どういう帰結をもたらすのか? 問われるべき問題は何か? こうした問いに答えることが、改憲を阻止したいと考える立場の者にとって、緊急の課題であると思われる。

2.佐藤優右派メディアでの主張

 まず、佐藤排外主義的主張のうち、私の目に触れた主なものを挙げ、佐藤排外主義者としての活躍振りを確認しておこう。

(1)歴史認識について

 佐藤は言う。「「北朝鮮が条件を飲まないならば、歴史をよく思いだすことだ。帝国主義化した日本ロシアによる朝鮮半島への影響力を巡る対立日清戦争日露戦争引き起こした。もし、日本ロシアが本気になって、悪い目つきで北朝鮮にらむようになったら、どういう結果になるかわかっているんだろうな」という内容のメッセージ金正日に送るのだ」。朝鮮植民地化に対する一片の反省もない帝国主義者そのもの発言である。また、アメリカ議会における慰安婦決議の件に関しても、「事実誤認に基づく反日キャンペーンについて、日本政府がき然たる姿勢反論することは当然のことだ。」と述べている。

 特に大川周明テクスト佐藤解説から成る日米開戦真実大川周明著『米英東亜侵略史』を読み解く』(小学館、二〇〇六年四月)では、極めて露骨に、日本近現代史に関する自己歴史認識開陳する。以下、引用する。佐藤が自説として展開している部分である

 「日本人は(注・太平洋戦争)開戦時、少なくとも主観的には、中国アメリカイギリスによる植民地支配から解放したいと考えていた。しかし、後発資本主義である日本には、帝国主義時代の条件下で、欧米列強植民地になるか、植民地を獲得し、帝国主義国となって生き残るかの選択肢しかなかった。」(三頁)、「「大東亜共栄圏」は一種棲み分け理論である日本人はアジア諸民族との共存共栄真摯に追求した。強いて言えば、現在EUを先取りするような構想だった。」(四頁)、「あの戦争を避けるためにアメリカ日本妥協を繰り返せば、結局、日本アメリカ保護国、準植民地となる運命を免れなかったというのが実態ではないかと筆者は考える。」(六頁)、「日本武力によって、列強による中国の分裂が阻止されたというのは、日本人の眼からすれば確かに真実である。(中略)中国人の反植民活動家の眼には、日本列強とともに中国を分割する帝国主義国の一つと映ったのである。このボタンの掛け違いにイギリスアメリカはつけ込んだ。日本こそが中国植民地化と奴隷支配を目論む悪の帝国であるとの宣伝工作を行い、それが一部の中国政治家と知的エリートの心を捉えたのである。」(二八一頁)。また、蒋介石政権については、「米英の手先となった傀儡政権」(二五七頁)としている。他方、佐藤は、汪兆銘南京国民政府は「決して対日協力の傀儡政権ではなかった」(二四九頁)とする。

 右翼たる佐藤面目躍如たる文章である。ちなみに、こんな大東亜戦争肯定論の焼き直しの本を斎藤貴男は絶賛し、「大川こそあの時代知の巨人・であったとする形容にも、大川の主張そのものにも、違和感を抱くことができなかった」としている。

(2)対北朝鮮外交について

 佐藤は、「拉致問題解決」を日朝交渉大前提とし、イスラエルによるレバノン侵略戦争も「拉致問題解決」として支持している。「イスラエル領内で勤務しているイスラエル人が拉致されたことは、人権侵害であるとともにイスラエル国権侵害でもある。人権国権侵害された事案については、軍事行使も辞せずに対処するというイスラエル政府方針を筆者は基本的に正しいと考える」。さらに、現在北朝鮮ミュンヘン会談時のナチス・ドイツに準えた上で、「新帝国主義時代においても日本国家日本人が生き残っていける状況を作ることだ。帝国主義選択肢には戦争問題解決することも含まれる」としている。当然佐藤にとっては、北朝鮮の「拉致問題解決」においても、戦争視野に入っているということだ。『金曜日』での連載においても、オブラートに包んだ形ではあるが、「北朝鮮に対するカードとして、最後には戦争もありうべしということは明らかにしておいた方がいい」と述べている(10)。

 さらに、アメリカが主張してきた北朝鮮米ドル札偽造問題が、アメリカ自作自演だった可能性が高いという欧米メディア報道に対して、佐藤は「アメリカ政府として、『フランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥング』の記事に正面から反論することはできない。なぜなら、証拠を突きつける形で反論するとアメリカ情報源情報収集能力が明らかになり、北朝鮮を利してしまうからだ」(11)と、いかなる反証根拠も示さずに(反証必要性を封じた上で)、「北朝鮮情報操作」と主張しているが、この主張は、保守派原田武夫にすら否定されている(12)。佐藤現在右派メディアの中でも最も「右」に位置する論客の一人であると言えよう。

(3)朝鮮総連への政治弾圧について

 佐藤は、「在日団体への法適用拉致問題動く」として、「日本政府朝鮮総連経済活動に対し「現行法の厳格な適用」で圧力を加えたことに北朝鮮逆ギレして悲鳴をあげたのだ。「敵の嫌がることを進んでやる」のはインテリジェンス工作の定石だ。/政府が「現行法の厳格な適用」により北朝鮮ビジネス利益を得ている勢力牽制することが拉致問題解決のための環境を整える」と述べている(13)。同趣旨の主張は、別のところでも述べている(14)。「国益」の論理の下、在日朝鮮人の「人権」は考慮すらされてない。

 漆間巌警察庁長官(当時)は、今年の一月一八日の会見で、「北朝鮮が困る事件摘発拉致問題解決に近づける。そのような捜査に全力を挙げる」「北朝鮮日本交渉する気にさせるのが警察庁仕事。そのためには北朝鮮資金源について事件化し、実態を明らかにするのが有効だ」と発言しているが、佐藤発言はこの論理と全く同じであり、昨年末から激化を強めている総連系の機関民族学校などへの強制捜索に理論根拠提供したように思われる。佐藤自身も、「法の適正執行なんていうのはね、この概念ができるうえで私が貢献したという説があるんです。『別冊正論』や『SAPIO』あたりで、国策捜査はそういうことのために使うんだと書きましたからね。」と、その可能性を認めている(15)。

3.佐藤優による主張の使い分け

 排外主義者としての佐藤の主張は、挙げ出せばきりがない。前節で挙げたのも一例に過ぎない。では、佐藤は、こうした主張を『世界』『金曜日』でも行っているのだろうか。

 佐藤が仮に、「左」派の雑誌では「右」ととられる主張を、「右」派の雑誌では「左」ととられる主張をすることで、「硬直した左右の二項対立図式を打破」しているならば、私も佐藤をひとかどの人物と認めよう。だが、実際に行われていることは、「左」派メディアでは読者層の価値観に直接抵触しそうな部分をぼかした形で語り、「右」派メディアでは本音を語るという下らない処世術にすぎない。「左右の二項対立図式」の「打破」は、「左」の自壊によって成り立っているのだ。佐藤が『金曜日』と右派メディアで同一のテーマを扱った文章を読み比べれば、簡単にそのことはわかる。

 一例として、米国下院での「慰安婦」決議に関する佐藤の主張を読み比べてみよう。産経新聞グループサイト上での連載である地球を斬る〉では、「慰安婦問題をめぐるアメリカ報道を「滅茶苦茶」と非難し、「慰安婦問題に関する二〇〇七年三月一日の安倍発言についても「狭義の強制性はなかった」という認識なのだから正当だとして、あたかも「慰安婦」決議案自体不正確な事実に基づいたものであるかのような印象を与えようとしている(16)。ところが、『金曜日』では、こうした自分の主張は述べず、国権論者としての原則的立場から日本政府謝罪には反対だとしている(17)。なお、『金曜日』の同文章では「歴史認識を巡る外交問題 Permalink | 記事への反応(1) | 18:32

2024-01-23

氷河期世代

氷河期世代棄民されて人生がつらい一方で、

ボリューム世代から選挙で世の中をひっくり返すこともできるのに

ずっと投票率が低くて、交渉もせず低賃金で働いて

虐待され捨てられたのに親に逆らえないDV児」みたいなんだよな

世の中を信用していない、無力感が強いせいで、世の中を変えることもできるのに気づいていないし、やらない

棄民されたから、社会を捨て返してる感じがある

大人になってもずっと子供世代アダルトチルドレン

これが今の日本の40~50代だからね そりゃこうなるよなという

有能な人材はたくさんいるが、使い捨てられて力がないし

しかも少数の成功者は、幼少期に飢えた子供みたいに、かき集めたものを両手で囲って腹いっぱいでも誰にも分けない

ルサンチマンが強くて卑屈で公共性のないバケモノ世代を生み出して

日本を衰退させた当時の大人自覚ない毒親みたいなもの

氷河期世代高齢者になったら、今度は下の世代に捨てられると思うし救いがない

そうならないように、今まだ数の力で社会を変えられる可能性はあるんだけど

難しいよな

2024-01-19

anond:20240118205341

「このくらいの差別しょうがない」ならわかるけど「差別じゃない」はドン引きするわ。

引用されてるXで書かれてる「私の知ってる大家さんたちは……年金生活者もいます。そんな人に差別イカンっつって……退去とかのリスクを負えとか言えないんですよね」というのは肌感覚としてわかるし、このくらいの差別しょうがないと思う(たとえば、英語わからんジジババだけでやってる地元民向けの食堂外国人お断りでもしょうがないでしょ)。

ただ、それは差別だし、本来は良くないことですよ、っていうコンセンサスがないのはヤバいだろ。

人ひとり雇うかどうかですげえ苦労してる個人商店が「辞められたら困るから女性は雇わない」というのは仕方ない面もあるけど、これは差別だよね? 本来よくないけど、個人商店の店主にそんなこと言ってもなぁ……っていう話だよね? そこで「そうだ、女はすぐ辞めるからそういう扱いを受けても当然なんだ!」とか言い出すやつはヤバいやつだよね? 同様に、偏見先入観に基づいて「日本人男子ホームステイちょっと……」っていうのも、本来はよくないけど、ボランティアホストファミリーにそんなこと言ってもなぁ……っていう話だよね? そこで「そうだ、日本の男は家事をしないからそういう扱いを受けても当然なんだ!」って言い始めるやつはヤバいやつだよね?

もちろん、家事をしないなどの迷惑留学生は追い出せる契約にしておいて、実際に家事をしていなかった場合に追い出すのは問題ない。「中国人お断り」はNGだけど「マナーの悪い客は退店していただきます」はOK。それなら、家事をする日本人男子マナーのいい中国人は何も困らないし、家事をしない女子留学生迷惑日本人の客は容赦なく追い出されることになるわけだから差別にはあたらない。

ブコメに返信

最近差別は良くないことの場合限定して使われてるので、この位はしょうがないと判断されるもの差別と呼ばないということはあり得る。辞書的な意味ではどちらもある。

えっ??? 本文読めてます??? ここでは「仕方ないけど、本来は良くないことだよ」と言ってるんですが??? 大丈夫ですか??? 当然、「これは良くないことなので差別と呼ぶべきだ」と主張しているんですけど???

本人の行動や能力ではなく属性によって区別するのは、良いかいかでいえば悪いでしょ。ただ、「これは社会的に強く非難するに値する」のか、「そこまで強く非難するほどでもないか……」という程度なのか、という違いがあるだけで。でも、後者を「良くないことではない」と判断するのはおかしい。そういう話です。

差別の話じゃないけど、たとえば同じ殺人罪でも、秋葉原ホコ天刃物振り回して何人も殺すのと、長年父親性的虐待受けてた娘がついにキレて父親を絞め殺すのとでは全然量刑が違ってくるじゃん。そういう感じ。それと同じように、大企業社長確信犯的に「◯◯人を追い出せ!」というのは猛烈に叩かれるべきだけど、これまで日本語の通じない客に悩まされてきた小さな飲食店が「Japanese only」って書いてても、まあ情状酌量で内々に取り下げてもらう程度が適切な落とし所なんじゃないの、という感覚

これリベラルの主張では度々ある話だよね。それが差別であることを頑なに認めようとしない。その結果、論点主題から離れて「その行為差別であるか否か」という分が悪い議論することになってしまう。

これオブこれ。「差別だけど、このくらいは仕方ないじゃん……」って言うなら「まあそうだね……」ってなるけど、「これは差別ではない!」って言われたら「いや差別だが??? お前は何を言ってるんだ???」ってなる。インターネット議論でこういうのよくあるよね……(女性専用車両とか、料理教室で女性専用デーが導入された件とか)(あまりに「これは差別ではない!」論法を聞きすぎてもう女性専用車両は廃止すべきだなと思うようになった。しょうがない差別だし、このくらいなら甘受してもいいかと思ってたけど、そもそも差別であることを否定し始めるならもう無理だよね。公共交通機関における差別はなくすべき)。

この件は銭湯入れ墨お断りくらいには差別的だと感じている。

こはちょっと意見が違う。旅館温泉とかならまだしも、公衆浴場って過当競争にならないように法律条例一定規制がされてるんだよね(たとえば東京都では新規の設置は既存公衆浴場から一定距離がないとダメ)。つまり銭湯公権力によって一定保護が与えられている公共的な施設なのであって、そこで入れ墨を弾くというのは普通に人権侵害から一刻も早くなくすべきだと思う(もちろん、旅館とかでも本来差別しちゃダメなので、入れ墨での浴場・プール利用を禁じる措置全面的撤廃すべきなんだけど、仮に優先順位をつけるならまずは銭湯でしょう)。一般家庭に留学生を受け入れる問題とは公共性が違いすぎるので、「仕方ない」のハードルは上がるよなと。

はてなー権力勾配論を偽理論として否認してしまうので、差別定義が混乱している。それでいて差別認定勝利条件だと思い込んで棍棒にする。

なるほどなるほど、異国の地にやって来た留学生ホストファミリーとのあいだに権力勾配はない、という認識なんですね? そうすると、たとえば日本人ホストファミリーやってるお父さんが外国から留学生と性行為をしても、権力勾配はないから完全な自由恋愛ってことですね!

個人的な好悪は差別ではないとおもう。つまり黒人採用しない」は差別だけど「黒人結婚したくない」は差別ではない。線引きは非常に難しいのだが,大家店子を選ぶのは,まあ個人的範囲じゃないかな。

それ言ったら部落差別とかどうなってしまうん……部落差別では就職差別だけじゃなく「結婚差別」も大きな問題だったじゃん……「あのひとは被差別部落出身から結婚したくない」はアウトもアウト、ド直球のアウトでしょうよ……

2024-01-16

anond:20240116214405

珍しい名字だね。

もしこの名字と同じ名字の人に会ったら、毎日新聞記事を保存しておいて、この記事に載ってるのと同じですねとか見せながら話した方がいいんだろうか。

ローカル記事ならともかく、公共性の高い全国紙掲載されてるわけだし。

2024-01-07

0.5%当たる確率ギャンブル

先日、自称インフルエンサーの暇空茜氏が「名誉毀損ネームド含めて20人程と裁判してる」といったツイートをしていた。


増田ブクマカにも暇空氏に対し限度を超えた中傷コメントを繰り返す人間散見されるが

氏と裁判対峙する、あるいは内容証明が届き和解金を支払う可能性としてはどの程度あるのだろうか?

尚、インプレも死んでおり名実共に一般人である暇空こと水原氏に対する誹謗中傷は、公共性公益性認定される事はまず無い為

訴訟された場合、不起訴となる可能性はかなり低い。

(例として、はてなでも人気の堀口英利による「暇空こと水原氏は東大寺学園近畿大学特殊学級出身では無いですかね?」というコメント場合、暇空こと水原氏が勝訴する可能性は95%程度だろう。

一般人に対する名誉毀損厳罰となる傾向がある為、公共性認定され不起訴となる可能性は低く、また反訴をしても勝訴出来る可能性は限りなく低い)


暇空こと水原氏に誹謗中傷を繰り返す人間はさすがに三桁ではきかないだろう。

おおよそ数千人はいると考えられる。

仮に4000人程いるとすると、「名誉毀損20人程と裁判してる」という証言真実である場合、暇空こと水原氏に訴訟される確率は約0.5%となる。


0.5%。

数値で書くと相当低い確率に思えるが、ソーシャルゲームでお目当てのキャラをゲット出来る確率よりは低い事を考えると、決して楽観視して良いものでは無いだろう。

実際は20人以外にも裁判にまで至らず和解が成立している(件数不明)、という証言もあり、実際の確率は更に上がる。

仮に裁判と同程度和解が成立していたとするのであれば、確率は約1%に跳ね上がる。


0.5%の確率で、暇空こと水原氏と裁判をするリスク(弁護士費用裁判で拘束される物理時間、及び裁判被告となるストレス)や

和解金(相場で言えば50万~100万程度となる)を支払うリスクを引き当てるギャンブル、と考えると、一体何が楽しくてやっているのか、まるで理解出来ない。


暇空こと水原氏への批判というギャンブルに躍起になっている人達は、今一度振り返り考慮すべきだろう。

自称インフルエンサーの勢いを削ぐのは、何も反応せず黙殺する事だと学ぶべきでは無いだろうか。

anond:20240107051855

公共性公益性認定される可能性が高く訴訟を起こしても勝てる可能性が低いケースだからかな、日々実名言及してても訴訟起こされてない人がたくさんいるよね

公共性公益性理解がめちゃくちゃだけど君も自称リーガル強者(笑)の人?


堀口英利に関しては、ひどい誹謗中傷に対して言い返しているわけですからね。

無関係一般人がいきなり脈絡もなくそう言ったのとは訳が違うでしょう。なぜそこを言及しないんですか?法学部一年生でも留保つけますよ?

まり詳しくないんですかね?

やっぱりあなたも、暇アノン自称リーガル強者(笑)の人?

どうして詳しくないのにリーガル(笑)ちゃうの?暇アノンってどうしようもない無知ばっかですよね。

単純に、暇アノンさんたちは、無知で全く整合性のないデタラメを語りまくるからバカにされてるんですよ?

2023-12-27

anond:20231227124220

何が言いたいかというとオタク界隈でコンテンツに対して教養みたいな位置けがなくなりつつあって、逆に教養ってなにそれおいしい(この言い回し自体教養みたいなものだが)ので各々がほんとに好き勝手に数十人以下レベルのごく一部の内輪でしか共有されないようなものしかしまない人が普通にいるようになってるらしいということ

そしてそれにより、その活動に伴う知識もまた昔と比べその価値雑学にも満たない公共性皆無ことがありえるという状態になってしまった

オタクの語りがマジで価値で聞くに堪えない時代になった

単に電車オタクとか商業アニオタマンガオタが話すことならまだ一般性があると思うが、今じゃオタクといっても向こう3軒両隣しか知らないレベル配信者の信者なんてのもいるわけで、そんなお前が好きなだけの公共性皆無の個々人の個人情報ひけ散らかしてドヤ顔で俺知識あるだろみたいに張り合われても、はあそうですかとしか思わないよな。

vssf?の音がどうのこうのとかこれは何々系だかいうのはマニアックではまああるがこういうこき詳しいのは乗り鉄撮り鉄ジオラマ屋にかぎらず電車オタク全体で一目置かれるし、私のような畑外の人間でも雑学ぐらいにはなるかなと全く無意味知識とは感じないのでそれなりにその人を尊敬できる。

でも数人数十人しか囲いがいない同人作家配信者一筋で、オタク顔(したり顔みたいな)でかつその知識で張り合われても、オタクってのは否定しようがないが(いやただのストーカーか?)、うーんだよね。

でも今じゃそういう奴が天然でいそうで恐ろしい。

2023-12-21

昨日も鳴門礫損服用した。お酒ほとんどのまなかった。

さいとうこうへいっていうマルクス主義者言ってることはおもしろいので、いいのだが、

なんでもかんでも左翼に味方する主張するのはいただけないな。

神宮外苑のような公共的な空間に無理やり介入して、そこに根付いていた伝統歴史などの公共性は一切関係なしに、再開発という名のもとで高層ビルを建てる

神宮外苑大木は、残しておくべき分は移植するんじゃなかったっけ?再開発だって明治神宮側が宗教団体として収入不足で維持管理できないよってことで

切り売りすることを決めただけでは?宗教団体がそうせざるを得ないように追い込むのが ケシカランって話?

2023-12-19

anond:20231219091859

こんなこと言ってる奴もアメリカ行けばアジア人というだけで程度の低い連中にカス扱いされる。

これホントひどいよな

道を歩いてるアジア人暴漢にぶん殴られても世間は冷淡らしい

それどころか大学みたいな公共性の強い機関ですら堂々と差別してくる

アジア人というだけで受験生が減点されたり不合格にされる事例が多発してる

それを防ごうとするのがポリコレ。お前の定義は知らん。

もはやアジア人が頼れるものポリコレしかないな

2023-12-17

anond:20231217221735

あぁ、いや、書き方が悪かったんだけど、モデル構築より、より公共性が高い(と思ってる)データセットの方が、全体の底上げという観点ではデータセットの方が良いのではないか、と思ってたんだよね。

あくま相対的な話なので、完全に否定しているわけではないです。

2023-12-16

教育委員会最後に取り組んだ課題 <其の四>


(前part)

https://anond.hatelabo.jp/20231214132432

5. 発達障害のD君

の子社会教育課にいた。子といっても、当時すでに40歳を過ぎていた。明らかにそういう症状があった。それで周りとの軋轢が生じていた。

の子場合は、それなりの割合で悪意があった。発達障害であるだけで問題になることはない。彼もまた、T区の人事部局が認めるところの問題職員一角だった。

話は逸れるが、前段として必要であるため述べる。私が学校教育現場で教壇に立っていたのは十余年である。そこまで長くはない(教育現場から教委に異動する者としては標準的な年数)。その十余年の中でも、今でいう発達障害とされる児童と接した経験がたくさんある。

当時はまだ発達障害という言葉はなく、ただ「ボヤっとした子」「癇癪持ちの子」「よく動き過ぎる子」「細かいこだわりがありすぎる子」などの漠然とした分類があるだけだった。確かに、彼ら彼女らは扱いづらい。話が通じないこともある。

そんな児童と関わる中で感じたのは、人間多様性というものだ。動物植物も、これまで多くの種が生まれ現在に至っている。ハイデガー風に、存在し続けていることが正しさだと言うのなら、発達障害の人も其処に生きる意味がある。

個人意見だと、説得力がないかもしれない。以下にひとつ引用したい。

「もしも誰かがわれわれの手紙を読んだら、あまりの多様な内容にびっくりするのではないかと思う。なにしろ、われわれ二人ときたら、大変な重要人物ででもあるかのように、荘重な口ぶりで国際政治を論じあうかと思えば、一枚紙をめくるや、話題は一転し、軽い普通の人々に日々起るものに変るからだ。

 このやり方は、品位を損ずると思う人もいるだろうが、わたしは悪くないやり方と思う。なぜなら、われわれ人間自然模倣するものだが、その自然たるや多種多様が当り前で、だから多様は非難さるべきことではないのだ」 わが友マキアヴェッリ1 (2010) 塩野 七生 (著) P.361



さて、厳しい現実ではあるが、上のような発達障害の子公務員試験を受けるとどうなるか。ほぼすべての子面接試験悲惨な結果を遂げる。私はこれまで何百人もの正規職員非正規職員面接試験官を行ってきた。発達障害と思われる人には次のような傾向がある。

本音と建前の区別がつかない

 例)理想を述べるか、言いたいことをストレートに言うのどちらか

そもそも喋ることができない

 例)会話が極端に遅い、内容も伝わり辛い

・考え方が極端

 例)児童虐待は絶対に許せない、地球温暖化はどんな犠牲を払っても止めるべきなど

稀にではあるが、面接に適性のある子がいる。D君はその一人だ。彼の外見や、話している最中の態度はまともとしか言いようがない。無能の鷹ではないけれど、外資系企業営業マンのようだ。発達障害には見えない。

実際、公務員試験評価される観点は、本質的民間企業と同じである。「弊社で使える人材か?」ということだ。使える人材であれば、多少のことには目を瞑る。

日本国の法に反する思想があってもいいし、公にしないのであれば共産党員でもいい。有給休暇を取って組合活動をするのは公に認められているし、選挙期間外であれば多少の政治活動には目を瞑ろう。

勤務時間中に煙草休憩をしたり、ほんの小さな横領行為をしたり、取引会社飲食を共にしたり、小売業者個人購入品を値引きしてもらうとか、そういった行為でも咎めない。

そんな些末なことより大事なのは、その人がこれから公務員として採用されて、「使える人材」でいられるかどうかだ。国の機関だろうと地方自治体だろうと関係ない。何十年もこの世界にいた私が断言する。

話を戻そう。D君はどういうところが悪かったのか。私が三年間で見てきた彼のよろしくない行動は、概ねこんなところだ。

≪勤務態度≫

 気分にムラがある。仕事に意欲的なこともあれば、反面ボーっとしていることもある。皆が必死に働いている時でさえも。

 イベント・式典の時なども、サボっているのでは……? と思えるほど何もしない。C係長などに怒られても平然としている。

反社会性≫

 D君の隣の席にいる職員コーヒーか何かを机上にひっくり返した時、ほかの職員は一緒に机を拭くなど手伝っていたが、彼は何もせず書籍を読んでいた。

 私がつい激高して、彼を叱責したところ、「お前には関係ないだろ!!」と逆ギレのような形で食いかかってきた。

無責任

 区民や取引業者迷惑をかけた時も、上司に言われるまで報告せず、報告の際にも悪びれた様子がない。

 ある時などは、自治会長と思われる人との約束をすっぽかした後、現場から堂々と事務所に帰って来た。その際、C係長からどやしつけられていた。それでも、淡々とした態度で心の篭っていない「すいません」を繰り返したところ、C係長がまた怒鳴り声をあげた。

 最悪だったのは、都庁から視察に来ていた都職員らにその現場を見られたことだ。パソコン入替業者や、シルバー人材センターの清掃員も聞いていた。

 その後、C係長と、そのさら上司である社会教育課長厳重注意を受けた。教育局長の部屋で二時間に渡る説教を受けたのだ。D君は反省文をひとつ書いただけでお咎めなしだった。

≪嘘≫

 平然と嘘をつく。このタイプ発達障害者はそうなのだが、涼しい顔で嘘を吐ける。まるで、自分自身が嘘をついている認識がないかのような。D君もその例に漏れず、上司にも同僚にも他部署職員にも、区民にも(自らの利になる)嘘をついていた。傍から聞いている私でもわかるレベルの。

 嘘がバレても平気な顔をしていた。周りの職員がどれだけ、何を言っても、例えば「Cさんは信頼できない!」と言われたとしても、彼は「心の底からどうでもいい」という表情だった。

あれは、言うなれば悪魔』とか『魔族』とか言われるものだ。神話時代創作者は、ああいった者をモデルとして悪魔を作り上げたのかもしれない。

ここは官公庁である診断書を要するレベル障がい者が働くべき世界ではない。公務員というのは、陰ながら社会を支える存在であり、その地域住民全員が相手である学校教育で教わった考え方や価値観を元に、毎日コツコツと気を緩むことなく働き続ける人に適性がある。

いざ災害などの非常事態になれば、自分のことは一番後回しにして人助けを行う必要がある。私個人も、災害級の風雨の中で児童生徒の避難誘導をした経験が何度もある。命が危なかった。

公務員というのは、地域住民毎日幸せに、無事に暮らせる社会を支えるのが仕事である教員だろうと自治体職員だろうと変わりはない。

そのような仕事を、人柄や人格精神性、肉体に異常のある人間にこなすことはできない。自分という人間が安定・成熟しているからこそ、人を助けることができる。身分保障もそのひとつだ。

D君はその域に達していなかった。その意味では、先ほど取り上げたB君にしてもそうだ。誰かが、どうにかして辞めさせるのが組織にとっての正しい在り方だった(残念ながら、D君はC係長でも匙を投げるほどだった)。

官公庁においては、仕事にならないレベル人間採用すべきではない。公共性の高い仕事をこなすことができないからだ。そういった類の雇用は、民間企業NPO主体として行われるべきである

(次part)

https://anond.hatelabo.jp/20231216182604

2023-12-06

anond:20231206130133

ええっ!?

公共交通機関をご利用ください。」の場合

タクシーも含めて車で来るな、ってことだよね。

渋滞するから

タクシー公共交通機関扱いで公共性が高い仕事とされる

anond:20231205192129

タクシー公共交通機関扱いで公共性が高い仕事とされる

その従業員業務中に起こしたことから、だと思う

公務員とか教師とかが実名報道されるのも同じ理由

多分一般人自家用車でやった事なら報道されてない

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