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2021-04-29

発達障害になるくらいなら生まれたくなかった

発達障害になるくらいなら生まれたくなかった


中学校はずっといじめられてた。みんなが当たり前にできることができなくて、どうして自分にできないのか理解もできなくてパニックになってよく泣いていた。勉強はできなくもないけれど得意な訳でもない。板書が極端に遅くて、授業後はいつも黒板消し係の人に急かされていた。運動は目も当てられないくらいできなくて、友達も少ないから体育の授業の「二人組をつくって〜」で余るのが常だった。中学くらいになるとそういう時に相手を探す行為自体無意味だと悟ったのでただ時間が過ぎるのを待っていた。そして先生と組む。

学校生活がうまくいかなくても頭がバカなので不登校という発想がそもそもなく、あと学校に行かないと親にクソほどキレられるので学校がある日は半泣きになりながらも登校していた。学校が嫌いだったか勉強も好きになれず、でも勉強しないと親に怒鳴られるので勉強は大嫌いになった。

勉強はしたくなかったか高校普通科ではない少し特殊学科を選んで入学した。これがたまたま合っていたのか、成績はクラスでも上位に入るようになった。授業は楽しいクラスメイトも優しくて、初めて学校いじめられなかった。高校卒業したら同じジャンル専門学校にでも行こうと思っていた。が、ある時担任にこの成績なら大学視野に入ると言われ、それを親に話したところいつのまにか第一志望が大学になっていた。高三の頃には中学いじめフラッシュバックメンタル限界を迎え、卒業式も保健室で迎えた。遅刻も多かったけれど成績は維持できていたので、地元のそこそこ良い大学指定校推薦で進学した。

大学生活は大変だったけれど今までで一番楽しかたかもしれない。

勉強の習慣がなかったか毎日の予習復習ができるようになるまで二年かかった。基礎もできていないから授業にもついていけない。それでも、今まで学んだことのなかった社会学心理学哲学法律外国文化歴史英語以外の外国語… 高校でやった普通科目がかなり少なかったのもあるのか、俺は義務教育でやったような国語算数理科社会みたいなやつだけが学問だと思っていたからとにかく衝撃で、全てが新鮮だった。

人間関係は相変わらずカスだったが、何とかグループに入れてもらってその人たちと一緒にいくつか講義を受けたりした。大学は一人でも勉強できる環境はあるけれど、「あの先生講義は楽」

だの「この授業が面白かった」「課題の提出期限が変わる」「今度こういうイベントがあるらしい」とかの情報があると段違いで勉強やすくなるから友人はいた方がいい。

大学三年のある日、そのグループの人たちに合わせて一緒に取っていた言語学関係講義発達障害存在を知った。

俺のことかと思った。

俺が発達障害

気になるとそのことしか考えられない。

数日後には県内発達障害を扱うメンタルクリニックを予約していた。初診は1ヶ月後しか受け付けていないと言われたがメンクリでは珍しいことではないらしい。素直に1ヶ月待つ。




「恐らく、自閉症スペクトラムと呼ばれる発達障害可能性があります




絶望した。


自分障害者なのかあんなに知りたかったのに、いざ面と向かって発達障害だと言われるとそこには絶望しかなかった。

俺は「あなた発達障害ではありません」と言われたかったのかもしれない。自分普通なのだとその証明医者から貰いたかったらしい。そのことに、発達障害だと診断されてから気付いた。

今までできないなりに努力もしたつもりだったけれど、お前の能力では努力してもどうにもならないのだと、現実を突きつけられた気分だった。

医者に進められるがままにwaisというIQテストを受けることになった。

waisの結果は最悪だった。

総合的なIQは平均以下の90、特に低い処理速度が65、作動記憶が70。

典型的ADHD、その上自閉もあるからコミュ力もない。

自分のできないことが数字として可視化され、心理士に読み上げられる。情けなくて悔しくて、でも誰にもこの感情をぶつけることができなかった。

俺はメンクリに来たことを、誰にも言えなかったから。

それから投薬が始まって、聞いたこともない名前の薬が沢山出された。

一番飲んでいた頃は一日で

ストラテラ120mg

インチュニブ2mg

コンサータ18mg

ルーラン12mg

セロクエル12,5mg

ルネスタ3mg

レンドルミン0,25mg

を飲んでいた。ストラテラのせいで異様に目が覚めるから睡眠薬で無理やり寝て、それでも3-4時間で起きてしまうから毎日睡眠不足だった。卒論がうまく書けなくてそれを主治医に言ったらこうなった。

卒論は何とか間に合い、俺は無事大学を卒業できた。

大学卒業後、よりによってアスペに不向きな接客業就職してしまったので結局ストラテラは減らせなかった。仕事はできない上に人間関係も上手くいかなくて、薬を減らしてもっと無能になるのが怖かった。夜は眠れない。朝が来たら仕事に行く。

その状態一年働いて、心身共に限界がきてついにこの前仕事を辞めてきた。

ストラテラもやめた。

一気にやめたら副作用なのかちょっとしんどかったけど。

貯金がなくなったら自殺しようと思う。

もう嫌なんだよね、俺が何かするたびにおかしい目で見られて、俺が喋ると会話が止まるの。仕事ができないのも悔しくて、だって俺さ、接客業やりたかったんだよ。この仕事に就きたかったんだよ。バイト接客業やってさ、楽しいなって思って就職して、でもできなかった。やりたいことだったのに、好きだったのに、できなかった。

俺は空気が読めなくて、喋り方もおかしいかダメなんだって

普通じゃないってなに?

数が多いってだけでお前らが正しいの?

俺がおかしいから、お前らに合わせないといけないの?

指摘されたこととか、怒られたことを思い出して俺の何がダメだったのか、どうすればよかったのか考えてるんだけどさ、

もう何も考えたくない

何も考えたくないよ


貯金が尽きるまでは本を読んで、ゲームをして、アニメを見る生活を楽しもうと思う。

多様性を認める社会

ダイバーシティ

そんないつ実現するか分からない理想社会を語るんじゃなくてさ、今困ってる俺を今助けてくれよ。

発達障害に生まれた俺が全部悪かった

発達障害になるくらいなら生まれたくなかった

2021-03-03

マーチにも落ちる人間だったのに早慶首席になれた

運良く早慶の某文系学部首席に選ばれた。これが何かに直接役立つことはないだろうけれどやはり嬉しい。

私みたいな馬鹿にも首席を取らせてくれるこの大学のこの学部に受かって本当に良かった。

思い返すと本当に、何故受かったのだろうと感じるような受かり方だった。やはり受験ロト6。(マークシート場合)

元々高3の夏まではマーチ指定校推薦で行こうとしてた。(高校偏差値が高くなかったので早慶指定校推薦はなかった。)今思うと本当にやめて良かった。夏にオープンキャンパス行って通学時間長すぎると思ったのと、本当に早慶じゃなくて後悔しないか不安になったので、結局やめた。

浪人して早慶目指すつもりだったのと、学校通って宿題やるだけで疲れる人間だったか受験勉強全然できなかった。予備校にも行ってない。受験勉強と言える勉強をし始めたのは高3の冬休み入ってからだった。学校休みに入ったのと、一応で受けるセンター試験の結果を学校に報告するときにあまりにも点数が低いのは恥ずかしいと思ったからようやく基礎から勉強を始めた。といっても、その時ちょうど新しいソシャゲをはじめてしまったりとそれほど頑張れたわけではない。

寝不足センターを受けた。勉強不足と頭の悪さで国語は6割を切る始末だった。その後燃え尽きて一週間はほとんど何もやらず。その後ぼちぼち少しだけ勉強した。どうせ来年が本番だしと、始めたばかりのソシャゲバレンタインイベを完走するなどした。

その後模試感覚マーチを2,3回、早慶を2回だけ受けた。私は小テストにも一々気持ち悪くなるほど緊張する人間だったのだが、「どうせ落ちるし。お試しお試し。来年がんばろ〜」みたいな感覚で受けたのが功を奏し、緊張や焦りは抑えられた。しかしそれでも勉強不足。普通にマーチに落ちた。知ってたことなのであまりショックでは無かった。受からせてくれたマーチは1つだけだった。

その後1,2週間があき、早慶受験。はじめに受けた方は赤本すら買っておらず過去問すら解いていない。「ここにいる人たちにとっては大事な日なのかな〜私はお試しお試し」と物見遊山感覚受験。一応は真面目に取り組むも、英語でかなりの長文を書く問題が出され、めんどくさくなって放棄した。ここは落ちた。

そしてその次に受けた学部が私が何故か受かり、何故か首席をとれた学部だった。なぜだか忘れたけどここの学部赤本は一応買っていて、一周くらいならしたような気がする。問題平易な方だが合格点は高めの学部という感じだった。前に受けた学部とは違って、ここのは一応最後まで真面目に取り組んだ。模試気分だからこそ緊張せずに解けたが、それでもバカ勉強不足の私には難しかたから、まさか受かってるとは思わなかった。マークシートで運が炸裂したのだろうなと思う。(マークシート記述混合)

そうして思いがけず早慶に受かって、浪人もすることな予備校にも行かずに何故か早慶入学模試高校実施の以外面倒で受けなかったような人間なのに。受験って運の要素強すぎるのだなと感じた。

その後ちゃん卒業できるのかも危ぶみながら学生生活が始まった。高校偏差値は低いし真面目に勉強取り組めない人間だしマーチにも落ちるし、過去問等の入手もコミュ障ぼっちなので高難易度単位取れないのでは?と思いながら授業情報雑誌にらめっこ。

長くなったしここら辺で終わる。GPAとるために個人的したことなどやる気が出ればまた書くかもしれない。

とりあえず思ったのは、GPA取るのにあまり地頭必要ないということ。過去問とかもあるに越したことはないが、無くてもA+はくるということなど。文系だけかもしれないが。

自己満備忘録でした。

(追記)

首席(学部事務所の方曰く総代という言い方でした)に選ばれたのは学部の成績がトップだったからです。最終的にGPA約3.9でした。

卒論は…ゴミの塊ができました。

2021-02-21

anond:20210221143454

マトモな人間教科書を読めば答案が埋まるような人間比率は都会でも田舎でも1割くらいじゃなかろうか。

それは、1990年当時、低学歴9割の町や99%の町でも同じことが言われていた。

ポスト新幹線授業世代ゆとりの二つ前世代)、1970年代まれ人間団塊世代バカに耐えなければならなかった。

そのバカは、後日大量に詐欺などで逮捕された。

1970年代まれ人間も、結構暴力行為警察逮捕された。

の子供はアプリダウンロードして先読みして、大学入学しているだけで知能の向上には全くつながっていない。

まったくその手の支援ツールがなく、自腹でやってこいと言われて奮起したのが、1970年代まれでたったの1割だった。

別の1割は、なんとなく指定校推薦や親の重課金で入ってしまった。

残りの8割は大学に、行っていない。

インターネットがなければ、誰もがこの程度なのである

2030年代になると、子供勉強の面倒を見ることのできない大卒が大量に社会に溢れかえる

2020-12-25

anond:20201225214917

ただし、30年以上前マイルドBランと呼称できるほど大学の進学率そのものが少なかった。

低レヴェル中高一貫用教材も、今ほど多くはなかった。

いまは、マイルドBランという層にまとまって確実にいる。指定校推薦弊害内田樹は「大卒ブルーカラー」と言っているが、ブルーカラーとはちょっと違う。

2020-12-09

anond:20201209161017

地方だけど流石にそこまで情報少ないわけじゃなかったよ・・

かに偏差値に比べて指定校推薦枠は多めだと後で知ったけど、むしろ考えようによってはメリットだったように思われるし。

時代地域によって違うと言われればそれまでかもしれんが。

2020-12-01

同じ棟の4人

私は首都圏マンションで育った。平成初期に建てられた分譲マンションは同世代が多く、私の住む棟は平成3年生まれが私含めて4人いた。30歳を目前にしてそれぞれの人生を振り返ってみた。

1.優等生女子

中学時代水泳部部長を務め、行事ごとにリーダーシップを発揮してキラキラしていた子だった。地元一番の進学校へ進みそのまま首都大に進んだ。小学校先生を目指していたが試験に通らず、現在都内ホテルで働いている。

2.女子(私)

中学時代はとことん地味だった。高校受験都内進学校御三家)へ進み、現役で学習院へ進んだ。外資系人材企業就職して数年でメンタルを壊し、現在SE

3.元気な男子

野球一筋の男子いじめっ子だった。頭は当然悪く、地元偏差値40くらいの高校へ進んだ。指定校推薦で体育系の学校日体大?)へ進み、今は駅ナカにあるマッサージ店で働いている。

4.地味な男子

元気な男子に虐められていた。地元一番の進学校優等生女子と進み、一浪の後中央大へ進んだ。三菱系の企業へ入り、アメリカ現地法人で働いている。

地味な男子が一番楽しそうに生きていた。いじめっ子は楽しそうに働いており、親と同居している。優等生女子キラキラしてるけれどたまにつらそうな投稿をしている。私は身の丈にあった生活をしている。昨年末中学同窓会に誘ったのに誰も来なかったのは、何かしらのコンプレックスがあったからかもしれない。

2020-10-27

anond:20201026003439

東大卒地方出身です。我ながら性格が悪いと思うが、元増田について、色々と納得できないので、ネチネチと指摘しておく。

増田は、「東京国立大学」に入学し、その後、東京で育った子供が与えられる塾教材を見て、「私も東京に生まれていれば東大に受かったのに」と書いている。

東京国立大学東大の他に、東工大一橋大、お茶の水東京医科歯科大学東京学芸大農工大芸大電通大といったところがある。インカレサークル東大生と知り合ったとあるから、恐らく増田お茶の水ではないかと思う。

大前提として、東大入試問題比較オーソドックスであるお茶の水学生が、高校予備校の教材を見て、「これが有れば合格できたのに!」と思ったことに対して共感ができない。育った環境の中でお茶大には合格することができたが、その先の東大との差を埋めるものは教材なのか。教材を見て、その差をうめるための何かを感じ取れるほどに受験をやっていた人間ならば、東大入試は、赤本チャート式で行けてしまものだと思う。そんなの嘘だろ、と思うかもしれないが、東大中の人間には入試はそのように見えているのであり、そう見えていないのはあなたが「わかってない」からである冗談抜きに「ドラゴン桜」を読んでみよう。あれはよく書けている。

入試問題の癖とかアドミッションに関する諸々に対する最適化という意味では、都市部の塾予備校中高一貫進学校メリットがあるのは事実で、たとえば、「予備校に行っていれば早慶受験対策ができたのに!」「あの高校からであれば指定校推薦取れたのに」とか、「もっと視野が広がる環境であれば海外大学を受けていたのに!」と思うのであれば理解できる。が、繰り返しになるが、お茶大と東大の差を環境で埋める、というのは理解しづらい。

一方で、そもそもお茶大でないとするならというのもあるが、こちらは更に納得感に欠ける。東工大一橋大や外語大であれば、東大本質的入試難易度の差は無いので東大に入らずそれらの大学に行ったことを環境のせいにしないだろう(これらの大学学生には自分東大生に劣っているとは思って欲しくない、という私の勝手な願望もある)。学芸大電通大以下であれば逆に偏差値が違いすぎて環境云々の差以前の問題であるし、普通感覚ならこれらの学生自分東大はいることを想像しない。

増田お茶大なら、という前提のもとで穿った見方をすれば、かの学校校風やら学内のなにやらに、地方出身のぽっと出の真面目な学生が影響されてるだけのように思える。負けず嫌いなのはいいが、ぜひこの先の人生を間違えて欲しくない。例えば学歴ロンダリングだけを目的仕事をやめて東大の院に入りなおす、とかそういうのはやめよう。書いてて酷いと思うが、上記が私の結論である

2020-09-26

正直わりと自分人生イージーだと思ってる奴

いない?ちなみに自分がそう。

とは言っても、特に実家金持ちとか顔が良いとかってわけでもない。

たぶん、とにかく周囲の人間に恵まれてた。あとは運とタイミング

まず親が良かった。

父親出世欲と物欲のない男で、万年係長大河ドラマ将棋番組を見るのが趣味。家は古い社宅だったし、車も軽自動車だったけど「こだわりないか別になぁ」って感じだった。

母親世渡りの上手な女で、40過ぎても更に年上のジジババから「〇〇ちゃん」って可愛がられるタイプ

この両親、とにかく穏やか。夫婦喧嘩してるところを見たこともなければ、親子喧嘩ほとんどしたことがない。生まれから高校卒業と同時に家を出るまでの18年間、我が家に怒鳴り声が響いたことはなかった。

家のローンや車のローンが無かったおかげで、奨学金を借りることも生活費自分で稼ぐこともなく大学生活を満喫バイト大学の近くにあった本屋でしんどくない程度に小遣い稼ぎをした。あとは時間に余裕があったから、ボランティアサークルと、名ばかりの映画研究会所属してみたり。

田舎実家から地方都市に出てきたレベルだったけど、ラウンドワンとチェーン居酒屋駅前にあるだけで十分楽しかった。

この大学に入ったのも、受験でめちゃくちゃ頑張ったとかじゃなく高校担任から「あそこの指定校推薦、できれば今年はおまえで出したいんだけど」って言われたから。ちなみに成績自体は上の下くらい。授業中に寝ないタイプだったし、わりと教師に懐いて「センセー!ここ教えて!」って聞きに行ってたからウケが良かったんだと思う。それであっさり合格して、入学

就職活動もそんなに困らなかったな。大手企業ではないけど地元なら「あそこね!良いところ入ったじゃん」って言われるような職場にスッと滑り込んで、大学4年の夏休みには就活から解放されてた。

新卒で入った職場の同期は30人くらい。25人は高卒と専門卒、残りの5人は大卒幹部候補枠みたいな比率だった。田舎によくあるパワハラ結構ひどくて辞めてく奴らもいたけど、自分は「まぁ3年は続けろって聞くし」と思ってとりあえず3年続けた。おしゃべりな先輩の話を鵜呑みにするなら、同期の中では一番出世コースに近かったらしい。仕事はそれなりに楽しかったし、上司に連れられて行くスナック苦痛に感じたことも無かった。これは置かれた立場を楽しむスタンスで生きてるからなのかも。

で、なぜか入職4年目のときにポンっと「転職してみるか」と思った。理由としては、まぁ前述の通りパワハラがそこそこ酷くて不快な場面に遭遇することが多かったこと、あと単純に給料が安かったんだよな。直属の上司や同僚は好きだったから、退職するときは少し心が痛んだ。

ちなみに転職活動は働きながら。転職エージェントの人には営業向きですよ〜と言われつつ営業は止めておいた。

10社応募して、受かったのは2社。お断りした方からは何回も電話があって、社長とも面談させてもらったけど(内定が出た時点では社長と会ってなかった)、もう1社の方が良い条件だったので丁重お断りさせて頂いた。そっちを辞めたらウチに来な!ってニコニコしてた社長、今思い出しても良い人だと思う。

そうやって決めた会社に入って、ちょうど2年。前の職場にいた頃と比べると年収100万くらい増えた。有休100%消化できるし、夏冬には1週間休める。パワハラどころか社内で悪口を聞くことも無い。コロナ禍でもボーナスを貰えた。ありがたい話だ。

自分より稼いでる人は自分より優れてるって考えてるから金持ちを妬むこともない。努力したんだな、運がすごく良いんだな、とは思う。

から増田を見てると、人間の妬み嫉みを感じて「なるほど」って感心したりする。自分と違う思考を持ってる相手面白い

ここに書いたことを現実で口に出したら、いけすかない奴だと思われるんだろうな。分かってるから増田に書いたんだけど。

世の中にはこういう奴もいるんだ、っていう話でした。

2020-07-29

妹の緊急避妊に立ち会った話

‪私と妹には大きな断絶があった。

から未だに「あの頃のお前たちは喧嘩の途中から姉妹で殺し合うんじゃないかと思わせるくらい憎みあっていた」と言われるほどに。

勉強ができて中高と国立に入り賢い賢いと言われた私を見ていた妹は、地元中学から私学への指定校推薦を勝ち取って高校入学した。

「金がかかるけどお前は勉強ができないし仕方ないな。先生に媚び売って内心稼げる人当たりがあって良かったな」と妹は父から言われていた。

推薦で高校に入るにはおべんちゃらだけでは叶わない。

妹もきっとたくさん努力をしたけど、専業主婦家庭だった我が家では、稼ぎ頭の父の言うことが全て正しかった。

から、妹は「先生に媚びを売って大学付属の私学に入ったしたたか女の子」だった。

その頃の姉妹喧嘩はいつでも「賢いだけの堅物の姉」vs「したたかで気が強く感情の起伏が激しい妹」だった。

殴り合いもしたし、一度喧嘩したら数日どころか数週間口をきかないなんてざらだった。

そんなある日、妹が弱々しく「お姉ちゃん、私新宿に行きたい」と言ってきた。

私も妹も地方都市から都内学校に通っていたので、都内に買い物へ行くのに私が付き添う必要はない。

しかも今は土曜日の早朝だ。

友達と行けば?」と断ったら「お姉ちゃんとがいい」と言うので、たまたま暇だった私は妹と一緒に新宿へ行くことにした。

新宿へ行く電車に乗り「買い物?それならルミネ行く前に伊勢丹行こうよ、どうせ買えないけど高い香水のいい匂い嗅ぎたいな」なんて言う私の横で、気が強い妹が真っ青に震えていた。

おかしい。こんなこと今までなかった。

その瞬間、私の直感が働いた。

「ねえ、ママに言えないことあるでしょ」

そう尋ねた瞬間、喧嘩した時には私の顔を引っ掻き容赦なく蹴りを入れてくる妹が静かに涙を流した。

彼氏避妊してくれなかった」と。

ああ、そうか。と私は気がついた。

親の同伴が必要でなく、地元で親にこっそりと知らされる危険性もなく、緊急避妊薬を処方してくれる医者をこの子は探したのだと。

新宿からほど近い産婦人科モーニングアフターピルをもらい、妹はそこから数日体調が悪かったが、無事避妊はできたようだった。

もし、あの時彼女が私に頼ってこれなかったら。

もし、彼女モーニングアフターピルを知らなかったら。

きっと、彼女は16歳で子供を身篭った馬鹿な女としてその後の人生を過ごしていただろう。

堕胎したにせよ、産んだにせよ、彼女の心と体には、緊急避妊薬を飲まなかった時よりもずっとずっと大きな傷ができていただろう。

知人の堕胎手術経験者は「高校生のときに堕ろした子は、今なら何歳になっていた」と産みもしなかった子供の歳を数えている。

望まない妊娠を防ぐ最後の砦が緊急避妊薬だ。

性教育が行き届いてない代償を、医療提供しないという形で当事者に払わせるべきではない。

堕胎手術は女性身体だけでなく、心にも大きな傷を残してしまう。

から、どうか緊急避妊薬を手軽に買える世の中になってほしい。

今を生きている女性にも、これから人生を選ぶ権利はある。

堕胎手術で堕した子供の歳を数える人がこれ以上増えないように。

望まぬ妊娠人生を壊される女性がこれ以上増えないように。

診察室で緊急避妊薬を飲んだ妹を横で見ていた私はこう思う。

「私の妹はただ運が良かっただけだった」

「こうならなずに堕したり産んだりした女性はきっと世の中にたくさんいる」

結婚していても避妊してもらえない女性もたくさんいる」

性教育問題ではない。これは女性自己決定権を持てないように規定付けているシステム問題だ。

からこそ、緊急避妊薬へのアクセスもっと簡単にしてほしいと今は願う。

慢性的死にたい

 さして文章が上手いわけでもないがつらつらと書いていこうと思う。

 他人希死念慮が好きだ。増田でもnoteでもブログでも、タイトルに「死にたい」だとか「自殺に失敗した」といったような希死念慮を匂わす記述があると心が躍るし、自殺した人の最後ツイートは保存してたまに見返している。同様に拒食症精神疾患など死に近づいている人の記述も好きで、つまるところ追い詰められた人が見たいわけだが、「慢性的死にたい」というタイトルを見て本エントリに興味を持ってくれた誰かの中にも同じような嗜好を持つ人がいるのではないだろうか。私の独り言がそのような同志の一瞬の暇つぶしにでもなれば僥倖である

 昔から中途半端人生を送ってきた。特に受験勉強もせずにそこそこの成績で中堅の高校合格し、そこで何かに熱中することもなく、まずまずの成績で指定校推薦をもらって大学に進学した。やりたいことも学びたいこともなかったから今は文理もよくわからない宙ぶらりんな学科毎日を過ごしている。(学科学問貶める意図は全くなく、高い志をもって勉学に励む方のことは尊敬している。ひとえに私の受け取り方の問題である。) 就職サポートが手厚く、どこかしらには就職させてくれることを売りにしている大学でもあるので、きっと就職活動もつつがなく適当なところで終わらせることになるだろう。

そう、ここまで読んでいただけたらわかるように私は努力挫折も全くしたことがない。いまさら努力の仕方なんかわからない。というか人生目標がないか努力もクソもない。わたしの目の前は常に真っ暗で、でも押されて足を出してみたらなんか道があったから一歩進んでみる。これを繰り返していたらいつの間にか成人を迎えようとしていた。積み重ねてきた努力も明るい未来への展望も私にはないから、大事にできる自分なんかないから、私はいつも死にたいなあって思っている。

 そんな中で、もしかしたら自分が誰かにとって価値ある何かになれれば生きたいと思えるのでは?という仮説を立てて、手っ取り早く価値を高めるために整形をした。ちやほやされれば死にたくなくなるのではと考えて水商売をやってみた。誰にも内緒だけど、風俗もやった。風俗を始めたあたりで、病んだ勢いで自殺するかな?なんて思ったが、今日に至るまで私の手首には傷の一つも付いたことがない。思えば、人生の中でいじめだの一家離散だの身内の自殺だの十分に自殺を考えそうなタイミングは何回か巡ってきた。それでも今まで自殺を図ることがなかったことを考えると、結局のところ、私は死にたいのではなくてただ生きていたくないだけなのかもしれない。タイトル詐欺なっちゃう上になんとも中途半端だな。持論ではあるが死にたいと生きたくないは全然違う。死ぬことにすら希望を見出せないか積極的に死のうとは思えないけど、生に執着がないからいつ死んでもいい。もし今この瞬間に通り魔に殺されたとしても、私は欠片も恨まず笑って成仏する自信がある。死ぬ時まで人任せとは我ながら怠惰なことだ。

 自殺を考えることはよくあるよ。でもそれを実行できるとは思えないから、やっぱり私に死ぬ気はないんだと思う。一昨日は銃で自殺するとしたらこめかみか咥えるかどっちにしようか考えたし、昨日は自殺配信するとしたら最後に居もしないリスナーになんて声をかけようか考えながらお風呂に入った。今日自分葬式で泣いてくれそうな知り合いについて考えながら寝ようと思う。おやすみ!!こんなまとまってなくて厨二臭い文を読んでくれてありがとう。目を覚ましたくないなあ。

2020-07-02

田舎高校生選択肢

部活はほぼ強制参加

指定校推薦で進学

基本的に金がないので奨学金を貰う

そういうとこ

2020-06-25

回避性パーソナリティ障害人生詰んでる

回避性パーソナリティ障害は、自己否定が強く、失敗や批判を極端に恐れ、対人関係社会活動において臆病になってしま障害

診断を受けたのは回避性パーソナリティ障害気分変調性障害

長いことうつ症状と付き合っている

干渉母親ネグレクト父親のもとに育ち、小学校中学校高校では理不尽な難癖をつけてくる教師達に勉学と道徳を説かれた

学んだのは、大人の顔色の窺い方とバレない手抜きの方法だけだ

勉強はそれほど努力しなくてもそこそこ良かった

高校の時模試では某旧帝大理系学部でいつもA判定だった

当時、容姿が悪く性格も捻くれた私にとって勉強は唯一誇れるステータスだった

高校2年の冬、うつ悪化した

特に決定打となる具体的なきっかけは無かったが、明らかに肉体的にも精神的にもエネルギーが枯渇していた

徐々に学校にも通えなくなっていき、しまいには実家の自室に籠りっぱなしになっていた

毎朝自室に起こしに来る母親に対して「胃が痛い」「頭が痛い」「動けない」と言い続けるのは苦痛だった

「気のせいだから学校に行きなさい」とまくし立てる母親に対して、口が裂けても「死にたい」だなんて言えなかった

高校は、当時の担任(私が唯一感謝している先生)が尽力してくださったおかげで不登校ながらもなんとか卒業できた

卒業後は予備校に通うため、都会に出て一人暮らしを始めた

最初の数カ月こそ解放感にハイになっていたものの、すぐにまた引きこもりに戻ってしまった

親に金を出して貰ってまで一人暮らし引きこもりをやっていること、

自分より遥かに成績の悪かった連中がAO指定校推薦で難関大医学部に行き、未成年飲酒の様子をSNSに垂れ放蕩の限りを尽くしていること、

心が進学を望んでいるのに体が言うことを聞かないこと、

毎日母親から連絡が来ること、

全てが酷だった

それでも進学を諦めたくなかったので一人暮らし浪人生活を続けていたが、翌年遂に進学を放棄し、引きこもりニートが完成した

今は心療内科カウンセリングに通うニートをしている

ずっとバイトを探しているが、ここで回避性パーソナリティ障害が真価を発揮している

まず、一番求人件数の多い接客業であるが、厄介な客1人にでも出会おうものならすぐに辞表を叩きつけるであろうことが目に見えている

10代にして大人達の醜さに触れ、理不尽さへの耐性が異常に無くなってしまっている

コロナ禍においてマスクの欠品が相次いだ時、マスクが無いからと店員にキレる客が社会問題となっていたが、もし私が店員だったらすぐにでも自死していただろうと思う

接客ダメなら事務系か?とも思ったが、求人サイト事務系として募集している仕事内容にはだいたい電話応対が含まれている

それを省いたとしても残る求人件数は数少なく、社名を検索すれば悪評が湧き出てくるようなものほとんどだ

私は某求人サイトでヒットした事務系の求人の社名を全て検索し、ああでもないこうでもないと虱潰しに探していったら全てダメだった経験がある

頭のどこかには「やってみたらなんとかなることもあるだろう」という考えはあるのだが、それよりも「失敗が怖い」という感情が遥かに上回ってしま

あらゆる職種に就こうと思えず、かといって今更進学を目指す気持ちにもなれない今、本当に行き場を失い、詰んでいる

だって失敗は嫌だ、ただ逃げているだけだ、甘えだ、そう思われるかもしれないが、

私にとってこの問題はそんな言葉で片付けられるほどのものではないのだ

人の感情矮小化する行為ほど無礼ものは無いと私は思っている

嫌なものは嫌、無理なものは無理なのである

10代にして人への信頼、新たなことに目を向けるエネルギー、ここぞという時に踏ん張る力、自己肯定感

あらゆる人生の楽しみを失ってしまった私は、これから先どうすればよいのか

私はもう疲れてしまった

2020-03-29

人生に負けちゃった女のひとりごと

平日は普通に出社してるのに、土日はコロナのせいで家にこもって鬱々とした気持ち。鬱々ついでに今まで書けなかったことを書いてみる。自分語りでごめんね。

公立中学から公立進学校に進み、部活をやりながら指定校推薦MARCHへの入学が決まった。高校の友人(特に部活の子)たちとは、卒業後も遊んだ合コンしたりしていた。大学留学することもなければ留年もせず、可もなく不可もない成績だった。けど、思いがけず就活で苦労した。

先輩たちから就活体験談は聞いていたけど、彼ら・彼女らはなんだかんだで有名企業内定をもらっていた。だから、甘く考えていたところもあったと思う。少なくとも大学名で足切りされることはほぼないし、成績も素行も悪くはないから、どこかにはひっかかるだろうと。でも、早い段階で選考が始まる大手には見事に全落ちした。特に好きなものも熱意もない私がほんのり持っていた「やりたいこと」は、「大手企業ゆるキャリ事務職」だったのに、早々にその芽は潰えてしまった。

その上、私の就活時期は地震の翌年で、3月以降は中小企業選考をとりやめたり、内定を取り消したりして、就活生には厳しい状況が続いた。…そんな中でも、やはり決まる子は決まるのだ。同じ大学友達はもちろん、高校友達も。私よりランクの低い大学の子や、「就活厳しい」と笑っていた、聞いたことのない美大の子まで。

4年の12月までかかって、やっと今の会社内定が出た。誰も聞いたことのない、小さな会社だ。業界にも業種にもまるで興味が持てなかったけど、嬉しかった。あらゆる企業不要のハンコを押された私を救ってくれた気がした。

女友達とは、社会人になってからもずっと会っていた。話題学生時代とあまり変わらず、最初の3、4年は楽しく過ぎた。けど、20代も半ばになると明らかな差が表れる。仕事レベルが開くにつれて、生活レベルスタイルも違ってくる。「既婚者と独身じゃ変わっちゃうよね」みたいな話じゃなくて、同じ独身でも、経済的理由でひとり暮らしのできる子/できない子、自分お金をかけられる子/そうじゃない子、あとは、周りに色んな知識を持った人がいる子/いない子…などなど。稼ぐ力の差は明確に出るし、これからもどんどん開いていく。

今の会社にはもうすぐ8年務めることになるけれど、給料はびっくりするほど安い。かろうじてひとり暮らしができているけど、貯金はできないどころか実家暮らしの頃の貯金をたまに切り崩して、ボーナス補填する有様だ。

その上、これほどリモートワークが浸透してもうちの会社対応していない。せいぜい時差出勤で、マスクを消費し、怯えながら出社している。自分よりずっと高収入な友人が、リモートワークとUBERイーツで家から出ずに働いている状況をSNS確認しながら。

いやらしい話だけど、稼ぐ子の彼氏高収入だ。いやむしろあなた無職男性養えるよね…?ってくらい稼げてる子でも、そういう例ってほんとに見ない。まぁ、仕事趣味の場で知り合うことが多いから当たり前だけど。いくらマッチングアプリ市民権を得ても、やっぱりそういう、周りの環境ふくめた恋愛の方がお互い本命になりやすいんだと思う。マッチングアプリは、関係ふたりの間で閉じすぎていて嘘がまかり通ってしまうし、信頼関係を築くまでに時間がかかり、しかもお互い同時に複数の人とやりとりをするという難しさがある。結局、高収入男性結婚したければ、高収入男性のいるコミュニティに入るのが1番だったのだ。

勝ち負けで考えるのは良くないとわかっているけど、私の人生は負け、なんだと思う。

好きなことも得意なこともなく、それを見つけようともせず。明らかに大学卒業から、描いていた将来図からズレた。結婚に夢も持てないけど、結婚しないと私はますます辛いと思う。結婚する・しないを本当に選べる女性って、余裕を持って自分を養える人だけだと思う。だから私みたいなのは焦れるのに、アプリにも疲れてしまったし、コロナもあるしで何もしてない。言い訳ばかりの人生で涙が出る。

2020-03-15

指定校はクソ!!!!!!

地元私大には馬鹿ってバレてるから推薦もらえないのに、遠くの日本トップレベルの誰が聞いても羨む有名私大から推薦もらえるって何?意味がわからない。

体育祭文化祭コスプレ大会卒業式はヘアメしてティアラつけて馬鹿かい花束持って。絵に書いたような馬鹿LIFE送ってこっちが3年間勉強しても受からない私大の推薦もらえるなんてほんと人生イージーモードだよね。

こっちは1年の頃から毎日授業でも朝でも帰りでも小テストやって、土曜日学校に行って、朝補習もあるし夏休み冬休みも半分以上補習。体育祭メガホンさえ持たせてくれない。当たり前だけどスマホ禁止

自分はまあ国立受かったからいい。いいけどさあ、周りにはまだFラン私立しか合格なくて後期まで私立受けて未だに不安抱えてる人だっているんだよ。

そんなに勉強してそれかよって思われるかもしれないけど、それはそうだけど、でも馬鹿高のトップよりは勉強できるわ。

指定校推薦の人は吐きそうになりながらセンター試験受けたりなんてしないでしょ?白髪になったり円形ハゲになったりもしないでしょ?どんだけ辛かったと思ってんの。センター試験模試だと思って受ければいいとか信じられない。

まじで指定校はクソ。

2020-01-27

増田15歳「偏差値63の都立高校受かった!現役MARCH以上は確定だろうな」

合格実績

東大0

京大0

東工大1

一橋0

公立医0

地帝0

地元公立7

早稲田11

慶應1

上智3

理科大10

明治29

立教20

中央23

法政42人

(※浪人指定校推薦込みの延べ人数)

現役時点でMARCH以上の大学合格できるのは学年上位1割までという大魔境でした。

僕は受けたなかで唯一合格した東京経済大学へ進学しました。

自分では赤っ恥だと思っていたのですが、いざ蓋を開けてみれば、こんな大学でも現役で受かれば学年平均より上だったのでおどろきました。

愛知県のように地域4番手(≠4番目)の高校でも名古屋大学複数人受かるような田舎の人には信じられないと思います東京都高校レベルは本当にこんなもんです。

てか、後に調べてみたら東京に限らず神奈川千葉埼玉偏差値60台前半のローカル名門校もこのくらいグズグズな進路レベルでした。

2020-01-03

大学受験の思い出

もうすぐ最後センター試験であるもっとも、諸々の仕様変更があった結果来年度以降の「共通テスト」も現行のセンター試験とあまり変わらなそうではある。結局センター試験+個別の2次試験というシステムベストではないがベターな仕組みなのだろうと思う。

高校時代1人の友人がいた。彼は学校先生になりたかった。そのためには教育学部(いわゆる教員養成系、旧帝大教育学部名称こそ同じだが教員を目指す課程ではない)に入る必要があった。教育学部の中で一番レベルが高いのが東京学芸大学であり、第一志望は学芸大だった。ただ、教員養成系というジャンル特性上、一番レベルの高い学芸大でもセンターボーダーは7割5分から8割程度で、旧帝一工のようにべらぼうに高い訳では無い。したがって、元々頭の良かった彼はかなり余裕をもって学芸大に受かった訳である

YouTuberグループ東海オンエアの虫眼鏡氏も概ね似たような経緯で愛知教育大学に入っている。一定数その手の人間はいるようである

俺の周りで第一志望に受かった人物というのは指定校推薦組に加え、一般組でも実力に対してかなり控えめな大学を目指した人間殆どであった。そうでなければ、早慶国立を目指してMARCHMARCHを目指してニッコマといった人間が大半で、明治を目指して法政なら勝ち組だし、早慶を目指してニッコマというのもざらにいた。

大学受験界隈ではやたらと“第一志望”という言葉煽り文句に使われる。しかし結局のところ大学受験は元々の地頭による部分が大きく、なるようにしかならない。現状最適という意味でよりレベルの高い大学に入るに越したことはないし、就職活動でもSPI公務員試験において高校時代勉強した経験は活きる。その一方で、第一志望に落ちたところでそれが普通であり、別に何が起こる訳でもない。就職活動に失敗したとしてそれは大学名ではなく本人の資質問題である

大学受験如きでそんなに根を詰めすぎないでほしいなと思うし、周りの大人も騒ぎすぎないでほしいと思う。

2019-12-28

anond:20191228172428

指定校推薦とかは最初から特定学校の生徒のみ採る」と明言してるわけだけど

そうではない一般入試特定学校の生徒だけ採るなら詐欺だろ。受験料返せ、となる。

https://anond.hatelabo.jp/20191228165120

公平なんかじゃないわ。

指定校推薦やらAOとかで入学してるのを見ろ。

採点の数点でビービー文句言ってるのが馬鹿らしいわ。

公平じゃなくても、ちっとくらいのハンデ背負ったくらいで勝ち抜けないってことは、そういうこととして諦めろ。

2019-12-11

いい大学に行きたかった人生

最初に言うと私はい会社に勤めている。人間関係もほどほどで金には苦労していない。旦那とは違う会社だけどお互い正社員バリバリ働いてて、長期休みには海外に行っている。

ただ、私はい大学を出ていない。MARCHよりワンランク下の大学で、指定校推薦枠が半分以上を占めているようなところで4年間過ごしていた。

いい大学に行きたかった。旦那業界大学OB会(何かにつけて集まりがあるやたら大きい大学)にたまに参加して、ものすごく満足げな顔をして帰ってくる。大学時代の友達も立派な人が多くて、Facebookのやりとりもすごく楽しそう。

私はサークルの同期の多くはサービス業で、あまり貯金もせずに遊びまわっている。ゼミの集まりに参加してみたけど、地銀一般職だったり契約社員だったり。男の子も同じような感じで、趣味もなく酒とタバコに溺れる日々みたい。

中高はよかった。都内歴史ある女子校六本木にも近くて日々刺激的だった。大学は何も面白くなかった。ただいいところに入るために資格を取り、経験を積む場所だった。

子供ができたら絶対に良い大学に行かせたい。いい大学では学歴以上のものが手に入ると思うから。私みたいな経験をしてほしくないから。

2019-12-10

[][][][][][][]

一般入試突破してない在学生卒業生が、その大学偏差値について語る資格はあるのか?

私、おバカですが、何か?―偏差値40のかしこい生き方 カスタマーレビュー 早稲田政経は、「ロンダリング(AO/指定校推薦)学科試験免除入学7割以上らしい。高偏差値一般試験は、偏差値操作だった」という実態が理解できた。

早稲田の政経でさえ一般入試は40%

慶應大学の一般受験率

1: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2017/07/14(金) 19:01:43.45 ID:Dzv2H1wT0

半分近く推薦で草

15: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2017/07/14(金) 19:03:58.32 ID:Dzv2H1wT0

慶應大学受験偏差値語ってる奴は草

半分近く受験しとらんやんけ



慶應法は入学者の6割以上が推薦等の現実

慶應経済学部一般率51%、ついに慶應法に続き一般率死亡

今年の一般定員630人

今年の入学者1223人

なお商は58%、法は3割台

ここ2014~2016の一般定員120人減による偏差値操作の傾向からするに数年後にまた減らすだろう

このままあと150人減らすと経済も3割台に足突っ込む予定



駿台 入試資料集アドバンス2007年06月発行より⇒転載

早稲田大学理工学部

偏差値  合格者   入学

45      1      1

47      2      2

49      1      1

51      2      2

53      2      2

55      14     11

57      27     21

59      45     22

61      78     37

63     108      2

65     131      3

67     131      3

69     83       2

71     41       1

73      4       0

75      3       0

76      1       0

合格偏差値 64.5

入学偏差値 56.9

慶應義塾理工学部

偏差値  合格者   入学

44      1      1

47      1      1

49      1      1

51      3      3

53      2      2  

55      16     16

57      31     17

59      44     21

61      88     32

63      101      4

65      112      2

67      123      2

69      75      1

71      32      0

73       3      0

75       3      0

76       1      0

合格偏差値 65.1

入学偏差値 57.1

偏差値の見方⇒手間を省略している為、転載部分がかなりあります。その場合でもソースを明記しておくので参照して下さい。



偏差値操作

2019-09-22

anond:20190922010507

ちょっと厳しい言い方に聞こえるかもしれませんがご容赦を。

補足を読んだ限り、学問に対する心構えも職業に関する心構えも受験偏差値の枠でしか考えられていないように見えます

もちろんまだ高校生なのだから仕方ありませんが。

県内国立(悪い言い方をすれば駅弁大学)に受かるかどうか自信がないのにFランバカにしたり、同じくらいの成績の同級生早慶マーチレベル指定校推薦で行けるのはズルいと言ってみたり。

法学系を志望するということは、法曹裁判官検事弁護士)を目指すか公務員中央官僚地方公務員)を目指すかです。もちろん一般企業でも活躍の場はたくさんあります企業法務最初から目指す法学部生はあまりいないと思います

法曹を目指すのであれば、勉強を苦にしていては司法試験は受かりませんし、任官してからハードワークは受験勉強の方が楽なくらいです。

司法試験改革の失敗以降、低所得に甘んじる弁護士も多くなっています

中央官僚は、基本的東大京大早稲田慶応以上の世界です。駅弁大学出身厚生労働省次官になった村木さんという女性もいるので、駅弁大学もそう捨てたものではありませんが。

地方公務員になるのであれば、むしろ駅弁大学が最強です。

実は推薦入試入学した学生は、企業からの評判はあまりよくありません。基礎学力が劣るといわれているのです。早稲田で約1万人、慶応で約5千人も一学年にいるのですから早慶の中で上位にいかなければイージーモード就職は難しいです。私立大学入試偏差値一般入試の人数を調整することでなるべく高く出るように工夫している面もあるのです(昨年くらいから定員は厳しくなりました)。

から出て都会に進学したいという気持ちは痛いほどよくわかりますが、地縁血縁をぶった切って都会で一人で生きていくのは思った以上に大変ですよ。

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