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2018-08-12

WORKING!!

先日息子と一緒にアマゾンプライムを観ていたところ、その題名に耳を疑いました。

ウォーキング」。戦争の王。

高校生アルバイト、つまり学生の勤労をテーマとするこの作品

戦時下の「学徒勤労動員」を彷彿とさせます

この作品を見る若者達に無意識のうちに勤労奉仕の喜びを刷り込むとともに、

無意識のうちに国家の忠実な奴隷としての一生を全うすることに生きる意味を与えるのです。

また作中に暴力的女性を登場させることによって、

一見男女平等が実現した近代日本社会の「職場」を微笑ましく描写しているようでもありますが、

女性と一緒に職場で働くとヒステリックパワハラに遭う」という恐れを男性に植え付けており、

男女共同参画社会の実現を阻害する試みであるともとれます

そしてオープニング中のヒロインのグースステップ

日本徴兵制を導入する、と主張する過激右翼がいますが、

ここではグースステップ=軍の行進をかわいらしく描くことによって、

男性潜在的戦争への憧れをかきたてようとしています。もはや異常。

まりの衝撃に私はその場にへたりこんでしまいました。

この国は一体どこへ向かって行くのでしょうか。

軍靴の音に怯えて夜も眠れません。

2018-08-11

ゴキブリキモがる女性は、実はゴキブリを食べたい

ゲイが嫌いだというと、決まってお前が実はゲイ潜在的に男に性的興奮を覚えてるからだ!という。

まぁ確かに、これが実に効果的な嫌がらせであることは認める。

更に言い返すと、ほらみろみたないことになって実に面倒だしな。

例えば、ゴキブリ見てキモイって思ってる女性は、実はゴキブリを食べたいと思ってる?ないだろww

このマツコ・デラックス死ぬほどキモイと思ってる気持ちは、Gへの恐怖感と同じだよ。なんなら界面活性剤かけたい。

ゴキブリキモイわって言ってたら、食べてみればわかるとかって言ってゴキブリが口の中に飛び込んできたらどうよ

ゴキブリという種を地上からせん滅する為に人生をささげる決意をして化学を専攻するわ

ゲイの言ってることって、つまりはこれ

(ほんとに湧いたw)

てな話を書いてたら、本当にゴキブリが湧いたので、新聞こん棒で叩き潰した後に

勉強中の女子(18)に、実はお前ゴキブリすきなんやろ?なんなら食べていいで?って言いつつ死体を見せに行ったら

マジでブチ切れられたよ。もうこれ、しばらく口きいてくんないわwまぁこんなもんです。

https://anond.hatelabo.jp/20180812010706

2018-08-10

anond:20180810123743

ネガコメ食らった時に「実在する人間から生の敵意を向けられている」ということに対して自覚的になるべきなんだろうなと思った。

これまで「インターネットの向こうに生身の人間がいる」というのは、傷つけるようなことを投稿するのはやめましょう、という文脈教科書的に使われてきた。けれど、むしろ傷つけるようなコメントをつけられた時こそ、それが生身の人間によって投稿されていることを忘れてはいけないと思う。バグったAI罵倒してるんじゃなく、実在人間自分に対して強い敵意を向けて書いてるのだ。削除すれば終わり、BANすれば終わりじゃない。強い敵意に基づくしつこいネガコメが削除され、投稿者がBANされたからといって、その敵意がなくなるわけではない。

はいえ、たいていの人はネガコメガス抜きできてて実際に刺しにくるわけじゃないし、削除されたりBANされたら戦意喪失するかもしれない。

しかし、削除やBANによって敵意を募らせるような異常者もいる。そして敵意を向けている人から見ると自分のほうが憎むべき加害者であり、削除されるのは卑劣加害者通報してるからという思い込みすら持たれる(実際には通報ではなく運営が消していたとしても)

警察がどうにかするしかないって言う人もいる。

しかし、単に敵意を持っているだけでまだ加害行為に至ってない異常者は、たとえ警察通報しても実際に危害を加えるまでは放置される。

これはインターネットじゃなくてもでもそう。騒音おばさんですら1年半大音量隣家を罵り続けて捕まらなかったのだし、ネット暴言ぐらいならば厳重注意ぐらいで済まされる。むしろ警察沙汰になったことで余計に恨みを持たれるのではないかとも思う。

潜在的加害者を未然に捕まえたり拘束することができない(もし予防拘禁ができたとしたら、それはそれで恐ろしい世界だ)のだから、結局は自衛するしかないと思う。

アカウントで誰かの恨みを買うようなことは書かない。炎上に加担してヒーロー気取りするのもやめる。そして増田を使う。

2018-08-09

anond:20180809112520

批判があるからNGという考えには同意はでけへんやろー。

ただでさえ社会的圧力が強い女児向けコンテンツ大人向け展開について、ここでノイジー要求を叫べるマジョリティ的なファンそもそもおらんやろ。

からビッグ(もしくはピッグ)データ分析した結果の潜在的需要を掘り起こした結果が抱き枕という商品だったのかもしれんで?

2018-08-05

anond:20180804191253

嫌な事やブラックな事するなっていうと、究極的には、例えば、

医師ほとんどはいなくなるよな

風邪ひいてるとか、よくわからない細菌ウィルス感染してる人を診て治療するって

こんなブラックな事はないと思う

病気の人をみたら、逃げ出すのが、楽で、メリットがある


全体として、貯蓄など含めて潜在的に金が、日本国内部留保が余ってるから

メリットない仕事なんかやめるべきって話になるんだろうな

そして、真面目な人だけがからせて、小ずるい人だけが内部留保、余剰金を取り崩して生きてる

日本全体で、みんな金がなくなって、明日の米にも困るようなことになればいい

2018-07-30

anond:20180730095813

それどころか、このままで行くと「別に性別性愛性別マッチさせる必要はない=すべての人類潜在的バイでありバイ健全ヘテロホモがむしろ異常」になりそうな気配すらある。

ある意味バイ勝ち組やな。

2018-07-29

anond:20180729015735

そういう小さい揉め事社会や家庭のごたごただけで十分だ。自分は「どこからどうみても悪いときまりきってるやつら」をぶったたいている主人公をみてスカッとしたいんだ。

という読者傾向を少年漫画編集者が作者たちに反映させただけ。

逆にいうと「ドロドロの恋愛ドラマ」とかフランス映画とか元増田が言うような作品を見る人は内ゲバに耐えられる潜在的能力がある人たちで、そういう人も日本にはたくさんいる。日本はとか主語大きくしてないでほしいし、自分の好みをおしつけないでほしい。

 

皇国とか、銀英伝とか、アルタイルが好きかもしれんけどまあ知っててdisりたい人の罠にははまりたくないのでこのへんでいいか

2018-07-28

若い女は得をしている」と男はよく言うけど

潜在的ホモ発言しか思えない

差別に敏感な女性

アウアウアーという声しかさな知的障碍者(男)とあなた結婚してセックスしま

あなたの子宮に彼の精子が入り込み受精し着床しま

上の文字列を見て不快感を少しでも感じた方は潜在的差別主義者であり優生思想の持ち主です

2018-07-27

男を潜在的痴漢レイプ犯として警戒し自衛するのは

女として当然。

だが、この自衛コストを払わねばならないのは不当。よって対価を要求する。

2018-07-15

anond:20180713202349

ビデオゲームであること」に対するコンプレックス潜在的にあるんだろうね。

ビデオゲームとしては競技シーンが盛り上がらない」と思ってるからビデオゲーム以外の既に競技として確立されてるものに縋る」わけで。

2018-07-13

田舎暮らし始めたが、皆いつまでも高校生気分でドン引きする

田舎役場就職できた

まぁ、居なかってゆーかほぼ地元なんだけど…

消防団にも無理矢理入らされたんだが、この消防団がまぁ酷い

話す内容といえば

高校生の頃の話

自分たち青年会だった頃の話

・人の悪口

この3つ

特に潜在的排他意識』が異様に高い、口ではよそ者歓迎~と言うのだが

自分たちが上で、よそ者は下」というヒエラルキーを前提とした話で

まさに王様気取りで「よそ者を"受け入れてやってる"」って感じ。

しかも、よそ者が町を出ていったら「根性がない」だの

よそ者は3人に1人はいなくなる」だのと嬉しそうに語る

『なぜこの町に町外の人が定住しないのか』等と考える人は居ない。

そして、すでに出来上がったグループがある

そのグループは二種類あって、『高校同級生』と『元青年会』の二種類

50を超えたいい大人高校生の頃の自慢話を22歳前後若者団員に語る。

青年会でいかにして祭りビール券を捌いたのか、そんな自慢話をずっとする。

しかし聞いてみれば凄いっちゃ凄いけど、本当に凄いわけじゃないだろうって感じの話ばっかり

かに1人100枚のビール券を捌いたという話は素直にすごいと思った。

しかし話のオチはどこどこの社長に頼み込んでに何十枚も買ってもらったとか

足りない分は自腹きって払わされるので一度売った相手にも何度も売ったとか

要は「いかに目上の人間に助けてもらったか。媚を売れたか」という結論になる。

かにそれは凄いことだろうが、町の過疎化が著しい今、昔と同規模のイベントは無理。

そもそも酒飲みをメインとしたイベントを望んでる人は本当に少ない。

交通手段に優れ、娯楽に溢れた今の時代ビールしかも値段設定がちょっと高い)

をメインとしたイベントじゃ人の心を引くことな不可能だと、本人達理解できていないのだ。

それなのに、「俺たち何期生の武勇伝」を延々と、本当に延々と繰り返す。

それだけならまだ良い

いか自分たちが凄いのか、いかに今の若者がだらしないのか

代替わりしていく中で青年会の弱体化の原因を作ったというAさんを延々と批判する

かつて存在したノルマ制を廃止したというAさんは、会ったことはないけど恩人だ。

だが本人達は、消防団だの祭りだの、OB会だのと事あるごとに集まり

若者を集めて武勇伝披露

「俺達の世代は」「俺が若い頃は」といつまでも高校生のように振る舞う

滑稽だ

人達が楽しそうなのが唯一の救いかもしれないが

本当にもう勘弁してほしい

2018-07-11

保守派こそどうなんだ!は、すごく損する言い方

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/1245677

政治の話をする時に「アベちゃん」「ネトウヨ」などの砕けた表現をあえて使うことはすごく効果的で、

ブクマカラースターが大量に集まっていることを見ても分かる通り、想像以上に多くの支持者を得ることができる。

ツイートの親御さんはお子さんの反応に多少戸惑っているみたいだけど、今後も引き続き使っていく方が良い。

潜在的理解者は多いので、下手なトーンポリシングに惑わされる必要はない。

だけどブクマの中で複数見られる、保守派こそどうなんだ!という言い方の人は、すごく損していると思う。

なぜなら、「そっちこそどうなんだ」主義(Whataboutism)は保守派も多用する論法から

保守派はすぐサヨクこそどうなんだ、民主党こそどうなんだ、このように正面から向き合わない論法批判をかわそうとしてしまう。

頭の良い人が集まっているブクマなのに、Whataboutismの論法を自らが使ってしまうのはすごくもったいない

今回のブクマ保守派こそどうなんだ!と言った人は、今後別の議論保守派に対してWhataboutism批判をすることが二度とできなくなってしまった。

強力な武器をこんな話題の中で一つ捨ててしまったのは、長い目で見ると損だと思う。

anond:20180710150114

日本の男の人が家事をやりたがらない、ひどい人だと家事ができないorやらないアピールするのは

まず潜在的家事は女がやるものだと思っていて、その逆の行動をすることで【=自分は女ではない】という意味での男らしさ(笑)を示そうとしているか

2018-07-09

昨日久々に街中で黒ギャルを見た。

潜在的需要というか、結構ギャル好きっていう男は多いはずなのになんでいなくなってしまったんだ。。。

医療関係者モラル 看護師患者関係

https://anond.hatelabo.jp/20180709065932

の続き。

職業倫理 看護師患者関係の基本

なぜ、看護師などの医療従事者のモラル問題となり、医療従事者の中で「看護師特別」という自意識を持つものが多いのだろうか。基本となる看護師患者関係を見てみよう。基本的大前提として、患者医療者の関係は対等ではない。

 欧米での看護師に関する看護倫理を見てみる。

Boundaries and the Nurse-Client Relationship:

Keeping it Safe and Therapeutic

Guidelines for Registered Nurses

Power

The nurse-client relationship is one of unequal power, resulting from clients’ dependence on the services provided by nurses, as well as nurses’ unique knowledge, authority within the healthcare system, access to privileged information about clients, and ability to influence decisions (CRMN, 2007). This power imbalance can place clients in a position of vulnerability and potential abuse if trust in the nurse-client relationship is not respected. It is the nurse’s responsibility to recognize this imbalance of power and to be aware of the potential for clients to feel intimidated and/or dependent (CRNBC, 2006).

Intimacy

Nursing practice, by its very nature, can create an atmosphere of physical, emotional,

and psychological intimacy that can, in turn, increase the vulnerability of clients.

http://crnns.ca/wp-content/uploads/2015/02/ProfessionalBoundaries2012.pdf

 要約すると、「患者」対「看護師」という時点で不公平な力関係が生じ、患者看護師に対し脆弱で言いなりにされるがままの弱い立場に置かれる。看護師がその職業的立場自覚せずに軽視すると、患者潜在的虐待搾取対象となる。その不均衡は、患者看護師提供するサービス依存し、看護師の専門知識医療機関における権限患者個人の秘匿情報に触れる立場、そして患者決断を左右させうる立場などから来る。

 また、看護という仕事特性上、患者に対して密の肉体的、精神的、感情的な親密さという雰囲気を醸成するが、これは同時に患者脆弱性を増長させてしまう。

 この潜在的権力の乱用につながる力関係の不均衡と職業的立場認識し、患者を萎縮させてしまうように感じさせたり、依存させるようなこと、または弱い立場に付け入るようなことにならないように注意するのは看護師責任である

 医療を受ける患者の弱みに付け入ったり、看護師立場上得られる力を乱用しない、というのが患者看護師の間における信頼関係の基本となる。

 と、このように欧米での基本的教育看護指針では、これ以上ないくらいはっきりと明記している。

 しかし驚くべきことに日本における看護教育の課程や臨床現場のみならず、看護協会にも学会にもこの観点から指摘した具体的な倫理規範も指針・ガイドラインも一切存在しない。日本では臨床の看護師も当然、誰一人知らない。

 つまり看護師達は、権力を乱用したり弱みに付け込んでいる、という事すら、認識しないで、乱用しまくっている状態が多いのだ。態度の悪い、タメ口を平気で使う若い看護師を見れば分かる話だ。

 さらに、

https://anond.hatelabo.jp/20180709055614

でも触れたように、医療従事するものは、『患者の命は自分が握っている』と思い込む傾向が強い事が明らかになっている。殺人をして逃げおおせたシリアルキラーが神に近い万能感を感じるという例に似て、医療者は勘違いやすいのだ。

 そして、

https://anond.hatelabo.jp/20180709065932

でも触れたように、日弁連も指摘しているように、

ところが,我が国には,このような基本的人権である患者権利を定めた法律がない。・・・そのような中で,今日我が国医療は様々な場面において多くの重大な課題を抱え,患者権利が十分に保障されていない状況にある。...ところが,いまだ,患者権利に関する法律は制定されていない。

 看護師を取り巻くモラル問題は、エイジズム、共依存パターナリズムと幅広く、根深い。

にも拘わらず、

https://anond.hatelabo.jp/20180709065932

でも明らかにしたように、患者一般はもとより、日本看護界においては無教育無知蔓延していると言ってよいだろう。

補足

https://anond.hatelabo.jp/20180709203858

参考

https://anond.hatelabo.jp/20180709220712

2018-06-28

定期的に男オタク脱オタファッションとか女オタクなら化粧や服装とか気をつけろとか見かけるけど、みんな心の深い部分にオタクだけどオタクじゃないリア充いやリア充雰囲気持った自分になりたいと思ってるのかな。

外見を磨くことも、確かに大事ではあるが脱オタファッションを成し遂げたオタクが、他のモサいオタクを見下してマウントを取るのが多くなるのはなぜだろう。オタクというジャンルからかけ離れた身だしなみというジャンルで起こるのだ。オタクという生き物は、どこか潜在的自分以外のオタクより優れた者になりたい競争心があるのかもしれない。

ポリコレ野郎共に読んで欲しい、お前らがクズ理由

ポリコレポリティカル・コレクトネス)が大好きな野郎が身近にいてかなり鬱陶しいので、なんでお前らが嫌われているのかわかりやすく伝えてやる。バズって本人の元まで届けこの想い。

クソポリコレ

まずこれを見て欲しい。

とある日本大学留学生学科長賞を取った際)「日本不自由なのに凄いな」

はいアウト〜!ポリコレ的に間違いです!!!

どこが駄目か

こんなことを言うやつは潜在的留学生を見下している!日本不自由を女に変えて「女なのに凄いな」って書いたら駄目さわかるだろ!

うぜぇ…

言うまでもなく見下す意図で言っているのではなく、「日本語が不自由環境でも努力して結果を出すなんてホント凄いな」という意図で言っているし、仮に「女なのに凄いな」と言ったとしても「現代社会ではまだまだ女性に目に見えないハンディキャップを背負わされているにもかかわらず結果を出して凄いな」という意図で言っている。

しかポリコレ野郎は「レイシストが『そんな意図はなかった』と言っても、根底にそういう考え方があるのが駄目なのであって、意図のあるなしは問題にならない。それで傷つく人がいるかもしれないのであれば、二度とそういう言葉を言わないように反省すべきである」という主張をしてくる

厄介なことに

その主張は正しい。正しいから「コレクトネス」と言われる。この場合の正しいは「面と向かって否定することが出来ない」という点で正しいが、本当にその正しさって社会必要なのか?本当に全ての人間が正しい社会理想なのか?

そんなもんディストピアだろ

意図からし差別的だった場合は注意すべきだ。「韓国人はクソ」みたいなのがその例だ。一部クソな韓国人はいるが、クソではない韓国人もいる。関わりのない未知の韓国人をクソであると断じるのはレイシストだ。それは発言者を注意するなり、発言者から距離を置くなりすべきだ。

しか意図全体が差別的でない表現も「未知の人がしてショックを受けるかもしれない」と言うのはどうなの?そりゃいるかも知れないが、本当にそんな人がいたらその人が「この表現にショックを受けました」と表明してきた場合に「こういう意図だった」と説明し、その段階で初めて元発言注釈を付け加えるなりするのが正しいだろう。知らない間に相手にショックを与え、その人が自分に対して距離を置くことがあるかもしれないが、それは仕方ないし、差別的意図がない以上それはもう個性として受け止めるべきだろう。

ネットの要因

Twitterなどで公に発信した場合は、意図しない受け取り方をする人がいる確率ダントツに上がる。なのでポリコレ的に問題のある発言が指摘を受ける機会は多いだろう。しかネットであれ、実際にそれでショックを受けた人が直接的に表明するのが正しいあり方で、第三者が「それはおかしい!」と声を上げるのは余計なお世話しか言いようがない。

そういうと「そのツイートを見た他の人も同じようなミスを繰り返し、結果としてポリコレ的に間違ったツイートが増えることになり、将来傷つくかもしれない人を増やす要因になる」みたいな反論があるんだけど、これこそまさにポリコレ警察ですね。そういう奴らをまとめてカリフォルニアディストピア都市を作って引きこもってもらいたいもんです(←ポリコレ違反だ!)

ポリコレ野郎クズ理由

ポリコレを指摘する奴らがうんざりなのは理由上記の通りだが、本当にクズなのはここではない。内心ではポリコレ違反だと思うけど、わざわざ注文つけるほどではないな、という奴も間違いなくクズなのである

なんでか。ポリコレそもそも、「絶対的に正しいあり方があって、そこから外れたもの否定する」面がある。もっと別の言い方があるだろうとか、誤解を招く書き方をするなとか、ポリコレ的に間違っていることを指摘すれば、それは100%議論で勝てる。

からポリコレ野郎は「ポリティカル・コレクトネス絶対的に正しい基準である」と考える。

そうするとポリコレ野郎は「外れているやつはその点で配慮がない、劣っている」と考える。

減点法

ポリコレ野郎は、徹底的に減点法の考え方になる。傾向として今までの人生に自信がないので(←ポリコレ違反!)、絶対に間違いのない基準があると安心するのだろう。自分が正しい、ということを何より大事にし、重症の奴に至っては構造図を書いて正しさを確信し、それを相手に突きつけたりする。信じられないだろ?いるんだよ。

減点法は最悪だ。他の良い面が一杯あったとしても、その1点だけが気になってしまい、悪い評価をつける。人の良さを評価することが出来ない。才能豊かで社交的な奴でも、何度かポリコレ的に正しくない発言をすれば、内心で「こいつは正しくない」とか思う。

何様だお前。

そういう奴に限って、例えば育ちの悪い奴を否定することを極度に嫌がる。ご飯に箸を突き立てて何が悪い、そういうのを否定することこそ間違いだ、というわけだ(さすがにそんなに育ちの悪い奴を見たことはないが)。そして自分は寛容だと思いこむ。なぜなら、それは正しいから!育ちが悪いのは本人のせいじゃないから!誰にも迷惑をかけていない以上否定することは出来ないから!世間の人は差別して偏狭だ!俺は寛容だ!

アホか。

言うまでもなく人間には脈々と受け継がれてきた文化があり、その文化の中で発展してきている。文化の中で育ちの悪さは文化否定となり、社会全体として育ちの悪い人間排斥するのは当たり前の話だ。その程度の前提の教育も受けていない人間は、社会から見れば底辺であり、悪い評価になるのは仕方ないだろう。

そして、普通に育っていれば(←ポリコレ違反!)、そうでない人に対して生理的嫌悪感を抱くのは文化的な反応で、それをただ「正しくない」という理由否定するのは視野が狭いと言わざるを得ない。また文化というのは深いし絶対的な正解がないものだ。敬語の使い方とかも各人各様で、とんでもルールを持っている人がいる。絶対的基準がない。だから否定出来るのであればその方が楽だ、というのはそうだが、文化や各人の有り様を学んでその人の立場に寄り添う方がよほど寛容だ。それはポリコレ違反を指摘するよりはよほど大変だし、その結果受け止めきれず注意すべきことはあるだろう。でもそちらのほうが健全だ。茶碗に箸を突き立てる人を注意しない人の方が嫌だよ。

ポリコレ野郎はよく「理性で生理的衝動を抑えつける」ということを言っているけれど、そうではない。ポリコレ野郎は、判断するのが怖いから(正確には判断否定されるのが怖いから、議論に負けるのが怖いから)ポリコレ基準絶対視しているのがほとんどだ。むしろ「怖い」という生理的衝動に負けている。理性をなくして基準だけで生きていたいと思っている。生き方規定されていれば生きていくのは楽だ。自分の行動を規定に従って完璧コントロールするのが素晴らしいと思っているけど、それならあなたいらないです、あなた規定一覧を頂ければそれでいいですから…。

まとめ

そんな奴ら、生きている価値は十分あるが(社会貢献は十分にしてくれるだろう)、人として付き合う意味は極めて薄い。かかわらないでくれればそれでいい(が、ポリコレ警察は望む望まざるにかかわらず、向こうから頻繁にやってくる)。個人的にはポリコレ生理的嫌悪感を覚える人の方がよほど真っ当な人だと思う(←ポリコレ違反)。

ここまで否定して最後に持ち上げるのは卑怯だとも思うが、信念を持ってこういう活動をしている人たちは社会にとって大事だと思う。本当にマイノリティで辛い思いをしている人たちのアンフェアな状況を改善したいと活動することは立派だ。例えば広く嫌われている動物愛護団体とか、イっちゃってる行き過ぎた主張が注目されている側面はあるけれど、一方で彼らがいないと一線を超えて何かをやらかす人たちを留めることが出来ないし、文化法律の変化も起こらない。それが仮に茶碗に箸をぶっさす人に嫌悪感を持つのをやめよう、という活動であったとしても、本気で取り組んでいる人たちは立派だ。自分は近づきたいとは全く思わないが、社会多様性のためには必要存在だろう。

ただ、ポリコレを正しいと思っているやつのほとんどは、特にそういう信念もなく、人との関わり合いを定型化しようとするクズなんだよなぁ(←ポリコレ違反

最後

匿名じゃないとこういうことを書けない自分が情けないと強く思う。情けないと思うので、せめてこの記事に対する反応はしっかり読んで咀嚼したい。罵詈雑言でも構わない、遠慮なく書いて欲しい。釣り気味の記事にしてすまなかった。

2018-06-25

幸色のワンルーム』について、弁護士太田啓子氏の記事に思うこと

幸色のワンルーム』(以下、「幸色」)放送中止騒動について、弁護士太田啓子氏の記事を読んで思ったこと。

この日記は、以下の記事を読んでの感想である。筆者が、他所での議論ほとんど追えていないことについては、ご容赦願いたい。

幸色のワンルーム放送中止批判の嵐……弁護士太田啓子氏が「誘拐肯定」の意味を語る

http://www.cyzowoman.com/2018/06/post_190588_1.html

以下では、当該記事の内容について適宜要約し、筆者なりの疑問点を整理していく。

【元記事の要約①】「幸色」放送中止への批判として、『ルパン三世』や『名探偵コナン』は放送中止にならないのに、なぜ「幸色」だけが、というものがある。この批判に対して、太田氏は、現実における殺人犯誘拐犯の認知の違いを説明することで応答している。すなわち、殺人犯自身行為殺人である認識している一方で、誘拐犯はその限りではない、という。また、この認識の違いは、これらの犯罪行為を受け止める側の人々の認識の違いと並行している。

→<①への疑問>太田の応答は、“現実における殺人犯自己行為殺人である認識しており、それを受け止める側の人々もそうなのだから殺人にまつわる番組放送したところで問題はない」というものであり、確かにルパン」や「コナン」が放送中止にならない理由説明しようとはしている(内容の是非は置いておいて)。しかし、この議論から導き出せるのは、せいぜい“誘拐テーマ殺人よりも注意して放送すべきである”程度のところまでであり、副題の「なぜ殺人OKで、誘拐NGなのか」はミスリーディングである

【元記事の要約②】太田氏いわく、『幸色のワンルーム』は、加害者一部の人事件に抱いたであろう妄想作品にしたものであり、「実在被害者に対する中傷のものだと思う」という。

→<②への疑問>言いがかりに過ぎない。

【元記事の要約③】太田氏は、ドラマ公式SNSの“盗撮ハッシュタグ”に触れた後、「公共電波に乗せるのは、表現者社会的責任を伴い、おかし社会規範を作ることに寄与することは、やはりやってはいけないと考えます」と述べる。

→<③への疑問>“盗撮ハッシュタグ”に眉を顰める気持ち、そして“公共電波に乗る表現には社会的責任が伴う”、という点には同意できる。ただ、もっと議論されるべきは、“「幸色」の表現者が十分な社会的責任果たしていない、と言えるのかどうか”という点である問題は、瑕疵の有無ではなく、その大きさなである太田氏の記事では、この点についてあたか自明のことであるかのようにほとんど触れられておらず(太田氏が、別の場所議論しておられるのであれば、申し訳ない)、実際問題、この点についてほとんど議論がなされないまま放送中止が早々に決定されてしまった。

【元記事の要約④】誘拐被害者は「助けを求めなかったからといって、誘拐犯と一緒にいることを望んでいたということではあり得ない」。しかし、今の日本社会では「女性被害を訴える声を歪曲して捉える空気が強すぎる。このような空気社会の中で、『女児誘拐したが実はその女児はその「誘拐」を喜んでいた』という言説を肯定的に描くことは、女児誘拐についてのそのような歪んだ認知肯定し強化することにならないでしょうか。」

→<④への疑問>まず、「助けを求めなかったからといって、誘拐犯と一緒にいることを望んでいたということではあり得ない」についてだが、“必ずしもあり得ない”という意味なら同意できるが、“絶対にあり得ない”という前提であるならば、疑問である。“人間が何を望んでいて何を望んでいないかはっきりとひとつに決定できる”という素朴すぎる人間観は置いておいて、実際のところ、実親から虐待から逃れるための緊急の避難が、結果として誘拐事件というかたちをとってしまうケースはままあるように思われるからである(筆者は、それを肯定している訳ではない)。ただ、「誘拐犯と一緒にいることを望んでいたということではあり得ない(というのが常識になるべきだ)」という太田氏の見解は、客観的事実認識というよりはむしろ弁護士としての倫理を加味したものであるように思われるし、そのこと自体に対しては、筆者は敬意を表する。次に、「女児誘拐についてのそのような歪んだ認知肯定し強化することにならないでしょうか」であるが、これに対しては、“それは本当なのか、本当ならどれほどのものなのか”“それは果たして放送中止に足る理由なのか”という二つの疑問が浮かぶ。前者の疑問は、そのままの意味で、「幸色」の放送によって“歪んだ認知の強化”が本当に起こるのか、起こるとしてそれはどれほどの強化なのか(微々たるものではないか)、という疑問である。また、後者の“それは果たして放送中止に足る理由なのか”という疑問は、もし「幸色」によって引き起こされる“強化”が微々たるものであるならば、それは「幸色」の表現者が果たすべき社会的責任範疇を超えているのではないか、という疑問であるそもそも社会というのは、何かひとつドラマによって大きく変わったりするようなものではないだろう。もしそういうことがあったとすれば、それは社会のなかで変化への準備が潜在的に進んでおり、作品最後の一押しになったということにすぎない。そうだとすれば、個々の表現に過敏に反応する態度は、社会本質的領域から目を背けた盲目的な“水際作戦”であり、また作品への“責任押し付け”になりかねないようにも思われる。

【元記事の要約⑤】表現の自由は「公共空間で何をやってもいい権利ではない」。『表現の自由への弾圧』という批判的外れであり、太田氏は、公共空間のあり方や、社会規範の作り方の話をしているのだという。

→<⑤への疑問>表現の自由は「公共空間で何をやってもいい権利ではない」、という点については同意であるしかし、繰り返しになるが、もっと大事論点は“「幸色」は本当に許されない表現なのか”ということであり、元記事では、その点について一方的議論しかなされていないように見える。放送中止批判している人々も、太田氏と同様に、「公共空間のあり方や、社会規範の作り方の話をしている」ことは明白であり、「『表現の自由への弾圧』という批判的外れ」という応答は、それこそ的外れ揚げ足取りではないか

【筆者の意見とまとめ】

 「幸色」放送中止騒動について、筆者が問題視しているのは、公的権力による弾圧ではなく、むしろ私的検閲>と呼べるようなものである公的検閲によって作品発禁になった、という過程ではなく(すなわち、行為主体の種類の問題ではなく)、あるイデオロギーによって「幸色」が放送中止に至った、という実際的な結果に注目しなくてはならない。元記事には「作品が“世間にどう受け取られるか”を熟考することも重要とあるが、「幸色」を放送中止に至らしめた“世間”とは、決して“世間一般”のことなどではなく、特定イデオロギーをもった少数の人々にすぎない。少数の人々から批判テレビ局が過敏に反応し、“本当に許されない表現なのか”を議論する機会が十分に設けられないまま、放送中止の決定が下される。“事実上は”の次元では、特定イデオロギーによる“世間”を無視した検閲が行われているのである。それが果たして公共空間のあり方」として正しいのだろうか?

 ここまで筆者は、「幸色」の表現瑕疵はそれほどまでに大きいのだろうか、という疑問を発してきたが、一方で、「幸色」の表現にはプラスの面もたくさん存在するだろう。生きづらさを抱える少女少年希望を与える(例えそれが幻想にすぎないとしても)ことはもちろんのこと、適切にテロップを入れるなどすれば、虐待問題への啓発にもつながる。そんな大きなことを言わなくても、普段何気なく接してる表現いかに我々の人生を豊かにしているか、考えるまでもないだろう。表現瑕疵ばかり取り立てるのではなく、“望ましい表現”か“許されない表現”かの二分法に訴えるのでもなく、光る部分にも目を向けていくべきではないだろうか。“100%良いもの表現)”というのは、それが人間の営みにおいてほとんど存在しないということもあって、薬にも毒にもならない(ただ筆者は、そんな“何の役にも立たない”ような表現にも、発表の機会が与えらるよう願いたい)。

 「幸色」は、本当に“許されない表現”だったのだろうか。そして、<私的検閲>が事実機能している現在の状況は、果たして公共空間公共表現の場として、望ましいものであると言えるのだろうか。

2018-06-19

関西ディスは関東圏在住の出稼ぎ労働者

anond:20180619153432

から言ってるのにご理解いただけない。

・行ってるのは関東圏に在住の地方から出稼ぎ労働者

・金を求めて故郷を捨ててきたくせに、故郷を嫌いになり切れない矛盾したハンパもん

オフィスのある東京では馬鹿にされるので方言自粛している、これが潜在的ストレスになっている

しかテレビや世の中では関西弁が受け入れられているし面白がられているのにさらストレスを溜める

・それに加えて出稼ぎしなくとも稼げる商社が多い関西圏嫉妬爆発

関西ディスは関西人も面白がって乗っかるので効果が得られずディスを繰り返すもフラストレーションばかり蓄積する→さら関西嫌いになる

・根っから東京人間は方言動物園感覚認識しているので方言ディスるのはパンダキリンディスるようなもの

京都人自然体で大阪を見下しているのでいちいちネットでディスらない

神戸金持ちが住んでいるので大阪をディスってる暇がない、人生無駄

北海道はでっかいどう

埼玉千葉県民は自分らを東京だと勘違いしている

2018-06-18

ブックマーク潜在的問題

ネットニュースまとめサイトだけでなく

ツイートにすらコメントを入れることができる。

しかし、ブックマークコメント自体コメントを入れることができない。

常にレイヤー最上面にいて批判されることが無い。

本当に悪質な(自身にとってマイナス評価の)ブックマーカーをどう顕在化させるのか、現状のシステムでは解決できていない。

ブックマーカー達は1ツイートに何百件のブックマークが付く状態に、不均衡さを感じないのだろうか?

2018-06-16

anond:20180616195801

お前が不細工コミュ障で誰にも相手にされなかったらロリコンになっていたかもしれないので、全ての人間潜在的ロリコンかもしれない

うん、無理があるわ

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