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はてなキーワード: プライドとは

2018-10-22

東京まれ東京育ちのプライド

いや無いんですわ。

練馬区まれ練馬区育ちだけど、全然無いんですわ。

渋谷とか世田谷とか浅草地元の奴らはそういう意識が凄い高いんだよ。

でも俺は……無いんですわ。

今は東小金井に住んでるけど、そっちの方が好きだし。

体育会系はクソ

体育会系イライラする

全然仕事しない、愛想だけはいいか偉い人には可愛いがられる

大体体育会系ってなんで偉いね

体育会系ってだけでマウント取る

プライド高いアホばっかやろ。

どーせ仕事と同じでテキトー練習して、テキトーマネージャーセックスしてただけやろ

2018-10-21

anond:20181021194612

簡単じゃん。

記憶喪失じゃなければ、おまえが子どもだったときを思い出せ。

おまえも昔はバカだっただろ?

大人臭いプライド出すなよ?

マウント取ろうとしたら、クソガキどもでも分かるからな。

プライド自意識が異様に高い惨めな絵描きの話

私は産まれからほとんどをオタクとして過ごした。

息をするかのように絵を描き、ゲームをし、漫画を読みアニメを見るような生活をしてきた。

pixiv歴は9年、Twitterアカウント作成しては潰してを繰り返してはいるが、初めてアカウントを持ってから6年が経過した、一般的オタク絵描きだ。

ただ、どんな時もオタク絵描きとして生きていて楽しいことはほとんどなかった。厳密には人と関わって楽しいと思えたことがなかった。

私の異常なプライド自意識邪魔をするのだ。

今、本当にオタク絵描きである意味を見い出せないほどに楽しくなくなってしまっているので、整理の意味を込めて自分語りをさせてほしい。

小学校では教室で絵を描いても、どの学年のクラスにいても1番にはなれず、いつも2番かそれ以下だった。

パッとすることもなく遠足のしおりの表紙を任されることもなく、1番絵の上手い子がちやほやされる姿を眺めては羨む日々が続いた。

中学校では「クラスという狭い世界でも1番なれない私は、相当絵が下手なのだろう」という自覚も持ち、イラスト部のような部活はあったが入部することはなかった。

画力人格までも叩き潰されるのが怖かったのだ。

この時点でもう十分無駄自意識が身に付いていたと思う。

高校に入る頃には某マイナーゲームシリーズを主とするTwitterアカウントを作った。

メジャーアニメ漫画も好きではあったが、自分のような低い画力ではそのような世界では淘汰されてしまうという自覚が十分にあり、その上そのマイナーゲームシリーズ物心がついた頃から家族の影響で好きだった。

狭い世界古参な方であったので、まずそれだけでマウントが取れると踏んだのだ。

予想は当たり、数年はイマイチ画力でもちやほやされる日々が続いた。

私が何かしら絵を描けば相互達がある程度のふぁぼをくれる。ゲームステージ構造音楽に関する深みを持たせたツイートをすれば空リプやふぁぼをくれる。気分のいい日々が続いた。

ただかなり古いシリーズであったので、再熱と飽きで人の出入りが激しく、たまにいわゆる「神絵師」のような人も現れた。

古いゲームなだけあって古参新参が、という話が盛んに行われる界隈であったので、そういう話はタブーであることは分かっていたが、ハマって数ヶ月の神絵師がその界隈で大きな波を作り出すのを何度か目撃した。

絵師擬人化を好めば擬人化流行り、あまり人気のないキャラを好めばそのキャラ神格化された。

私は正直、激しく嫉妬した。

この人はゲームシリーズを全作やってないではないかシリーズの中でたった1作やってイラストを描いただけで大きい顔をしないでほしい、といったどす黒い感情が渦巻いた。

結局2年経たない内に妙な輩に絡まれ、それを理由アカウントを消した。

その輩も不快ではあったが、それよりも界隈で波を作り出す「神絵師」を見ているのが辛かった。今思うと被害者面してアカウントを消す理由と機会がただ欲しかっただけだと思う。

それから半年、私は某アニメシリーズとあるAというキャラに本気で惚れた。

それまでゲームアニメを嗜んではいたが、特定キャラクターに入れ込むことはあまりなかったため、大きな衝撃を受けた。

ただ、それとほぼ同時に自分性癖の異常性にも少しずつ気がついた。

Aが洗脳されている姿が見たい。

Aが痛がる姿を見たい。

Aが致命傷や後遺症を負わない程度にあらゆる手を使って痛めつけてやりたい。

いわゆる「精神リョナ」というものだと、しばらくしてから理解した。

その性的趣向に嫌な予感と前述の苦い思い出もあり、すぐにTwitterアカウントを作ることはなかった。

しかしそのキャラにハマって半年ほど、できる限りイラストの腕を磨きペンタブレットの扱いに慣れ、そのジャンル流行っているものに媚び、溜めに溜めたイラストまとめのようなものpixiv投稿したところ、予想以上の反響を得た。得てしまった。

気分が良くてたまらなかった。

同時に、「今ならあの時の神絵師たちのように、私の趣味趣向で界隈に波を起こすことができるのではないか。私が好きなもので界隈を満たすことでできるのではないか」と妙に高い理想を抱いてしまったのだ。

それから少しした頃、そのAがいるアニメを主としたTwitterアカウント作成した。

できる限り周りの空気に媚び、私自身の趣向を出さず、ふぁぼやRTにより私の存在を知らしめるために絵を描いた。イラスト漫画RTが多めな絵師を中心にフォローした。

ツイートもそのアニメ話題で徹底し、他の話題自分語りをすることも控えた。

客観的に見て私の画力はそうでもないが、そういうことを続けているとアナログ適当落書きを描いても100ふぁぼはもらえるようになった。

その頃に界隈の流行りと自分性癖半々くらい織り交ぜた、オールキャラギャグ本を自身初の同人誌として出したが、完売させることもできた。

こうして私の実力が全てでない、媚びによって得た数値と実績による自意識プライドが着々と育っていった。

同人誌を出した少し後くらいからであろうか、私は自分趣味趣向を全面に押し出しイラスト漫画ツイートをするようにした。

媚びた絵よりも数値は減るがふぁぼやRTをしてくれる人も多くいて、正直投稿不安ではあったが予想よりは上手くいった。

ただ、私の絵(性癖)に便乗してイラストが描かれることはおろか、そういったツイートや私のイラストに対する言及空リプも見られなかった。

私は悔しかった。あそこにあるふぁぼやRTは惰性に近いものしかないのだ、と思ってしまった。やり口からして勿論なのだが。

そして、引かれているだろうな、とも思ってしまった。それまで好きだった相互の方々にも、ツイートを読むのが辛くなるほどの疑いを不安を抱くようになってしまった。

私の中の冷静な部分は「そりゃそうだ、精神リョナなんて倫理抵触する趣向広まらなくて当然だ」と思えているのだが、私の拗らせた部分は「なんで流行らない?擬人化の方がキツイでしょ。他の人の性癖を歪めることもできないなんてこの絵公開してる意味ある?」と思ってしまう。

私には波が作り出せないことが、あの羨んだ神絵師たちの足下にも及ばないことが自覚できてからは、自分趣味趣向が急に恥ずかしくなり、FFの極端に少ない身内アカウントに引きこもった。

身内アカウントに引きこもったまま数ヶ月。現在に至る。

結局は私の実力不足と、歪んだ自意識プライドが悪い。分かっている。

Aに対する熱意や、自分趣味趣向に刺さる創作物を見た時の衝迫を、自分表現して他人を揺さぶ画力や魅力はない。

他人を揺さぶらない創作になんの意味があるのだろうか?だったら絵なんて公開しないでパソコンファイルの中で腐らして、自分けが眺めている方が幸せなのではないだろうか?

最終的に私の趣味趣向を認め、同意し、同じ熱量で盛り上がってくれる仲間がほしい。

だって趣味趣向の合う仲間とオフ会がしたいし、Skypeだってしたいし、趣味から知り合った仲間とプライベートな話がしたい。

人とオタクとして接することが楽しいのは中途半端に知っているので、私が理想とする仲間とオタクとして楽しく生きたい。

そういう界隈を自力で作り出そうとしたのが失敗だった。

そして画力がそうでもないまま大人になってしまったのも失敗である

イマイチなままで固まった画力無駄に高いだけのプライド自意識をもって絵を公開して、何が楽しいのだろう。

何も楽しくないに決まっている。

Twitterで絵を描くようになってからというものの、評価評価をくれる人々の動向にばかり目を向ける癖が付いてしまい、私一人で何をすれば楽しいのかわからなくなってしまった。

絵描きなんて趣味やめた方がいいんだろうな、私には向いてないんだろうなって、今はそう思うのです。

力不足を痛感してとても悲しいです。

お目汚し、失礼致しました。

2018-10-20

YUIMETAL

スーパーで夕飯の買い物をしている最中LINEの通知が届いた。

BABYMETAL新体制のお知らせ」という件名を見て、とたんに胸騒ぎがした。嫌な予感だったから、ボタンを押すのを何度かためらった。


結局、後回しにしても結末は一緒だと思ったので、買い物かごの野菜を袋に入れるついでに、LINEを開いた。

YUIMETALが脱退したニュースを私はそうやって知った。

そのまま家に帰り、風呂に入り、泣いて夕食を食べて、今少し落ち着きを取り戻してこれを書いている。


私がBABYMETALにハマったきっかけは、サマソニ2014の出演者紹介ビデオのギミチョコMV

不敵な顔で客席を煽る女の子の顔を目にしたかである

それがYUIMETALだった。

それからはよくあるメイトの話といっしょで、昼夜YoutubeLIVEビデオあさり、一週間後にはアルバムを買って

サマソニに参加した後は幕張に申し込んだ。

イベントホール最上階で見る米粒のような彼女たちのパフォーマンスに心打たれた。以来4年間、ずっとファンである

私はラウド系の音楽が大好きで、独身のころはよくモッシュピットでその場の有象無象がもみくちゃになる激しいライブが大好きだったが、

BABYMETALライブで初めて、地蔵になるファンの心境を理解したし、実際自分がそうなった。

ノリのいい爆音の中で、体を動かすことより彼女たちのダンスから目が離せなかった。

そういう体験BABYMETALが初めてだった。


本当は彼女活動中にこういう記事を書くべきだったが、私は心底YUIMETALのダンスに惚れた。

彼女ダンスは、静と動の緩急が見事だった。

私はダンス素人批評できるほど色々を知っているわけではないが、

激しく頭をふったかと思いきや、音ハメをするステップ乱れることもなく、

時ににこやかに時にクールに表情を作る彼女プロフェッショナルだと思った。

マニアックな話だが、彼女ダンスの中で私が一番好きなところは

ヘドバンギャーという曲の最後最後操り人形がこと切れるように、腕を持ち上げてぶらぶらと揺らす振付の部分だ。

彼女たちのことを良く知らない人に説明すると、BABYMETALライブは毎回ほとんど同じ曲で展開するが、

パフォーマンス中は曲転換の演出を除いてトークなしのノンストップライブである

およそ一時間半ほどのライブ中、インターバル3分程度の状態で、十数曲やるのが彼女たちのライブスタイルである

スポットライトや火柱などの演出の中、たまにバラードバンドソロを挟むとはいえ、ずっと踊りっぱなし、歌いっぱなしになる。

その運動量は凄まじいの一言に尽きる。

ヘドバンギャーは大抵ライブラスト前など、最後のほうに持ってくる曲だ。

BABYMETAL振付PerfumeMIKIKO先生がほぼ振り付けている。

ヘドバンギャーのダンスは、ジャンプ土下座などのダイナミックな振付から

先のMIKIKO先生らしい上半身の、特に腕の先までビタッと止める動きまで多様だ。

曲の中で腕をまっすぐ伸ばしながらも、肘から下をぶらぶらさせて

段々と力を抜いて座り込む一連の動作を見ていて気付くのだが、

YUIMETALはこの四年間ほとんど、あらゆるライブにおいて

持ち上げる腕を水平に保つ、姿勢を保持する長さが変わらない。

ピタっと水平のまま持ちこたえて、ゆっくりとしゃがみ込む。

その間の腕は吊り下げられたかのように持ち上げられ、キープされている。


真夏酷暑の中のフェスステージだろうが、パイロの炎をガンガン焚いて観客まで熱風の餌食になった幕張だろうが、

90分ノンストップで繰り広げるどのライブステージでも、タイミングは変わらなかった。

疲れていれば、腕を早く下してしまうほうが楽だろうに、彼女はそういうことをしなかった。

どの状況でも、いつものベスト振付を全うする。

そういうダンスへのプライド垣間見れるようで、私はそのパフォーマンスを楽しみにするようになった。

私といえば毎回のライブの総括としてそれを見逃さないように躍起になった。

祈るような気持ちヘドバンの腕の角度を見ては、その夜のライブもいいライブだったと満足するのが常だった。


YUIMETALのダンスは、上半身が激しい動きをする中一切下半身をぶらさな体幹の強さと動きのキレ、

バランスを保ちつつも、着地の位置まで決まっているかのように無駄のないステップなど

あらゆる点が華麗だった。

何度も上演する曲を、私が想像できないほど修練したのだろうと思う。

まりにも洗練されているので、見ていて重力を感じることがないほどだった。

そういう彼女パフォーマンスを、私はいつも楽しみにしていた。


YUIMETALのBABYMETALからの脱退はショックだ。

しかし、彼女は恐らくとても自分を強く持つ女性だということは、パフォーマンスの端々で感じていた。

その人が、あんなに大成功したグループを抜けるという意思を持ったら

これはもう何があっても覆らないのだろうと思う。

彼女がどんな夢を叶えたくて、あるいはどんな事情があって脱退するのか、私にはわからない。

でもあらゆる状況でも素晴らしいパフォーマンスをやり遂げた人が意思を持ったら

それは貫かれるものだと思う。

から彼女の脱退を承認した、このバンドに関わる全ての人に、彼女意思尊重してくれてありがとうと言いたい。

SU-METAL、MOAMETAL、そしてマネージメントスタッフにはこの状況下で、ひっそりと新体制リリース準備を進めたことは

頭が下がる思いだ。


私は来週、幕張イベントホールBABYMETALライブを観に行く。

奇しくも初めてBABYMETALライブを観たのと同じ会場だ。

大好きなYUIMETALはいない。そのダンスは二度と見れない。

新しい体制となったBABYMETALを、私は目撃しに行くのみだ。



BABYMETALは、パフォーマンス以外の意思表示の機会は少ない。

ファンとして感じていたYUIMETALの信念を、意思の強さに、私は心底惚れていた。

一回り以上も年の違う女性に対して、同じ女性として尊敬をしている。

彼女の体調の詳細は知らない。回復を祈っている。

水野由結の名義で発表されたメッセージどおり、己で決めた自分の夢に向かって、これから突き進んでいてほしいと思う。

これから人生女性としてのターニングポイントは多くあると思うが

どうかあなた未来が素晴らしく輝いていますように。

夢を見せてくれてありがとうあなたファンより。

2018-10-19

株式会社ホリ 営業担当者様へ

 

https://camp-fire.jp/projects/view/95196

おい、タニタのド素人の糞野郎バーチャロン対応PS4ツインスティック作るってよ。

お前らさ、そんなんでお前らのプライドが許されるの?

 

三和電子と内通してさ、タニタ製の製造中止を要請して、ホリ1社独占でのPS4ツインスティック出そうぜ。

56000円前後の小売価格販売すればタニタのド素人が作った糞品質なんかよりもゲーマーに喜ばれるって。

 

グズグズ言わずにさっさとやれ。

 

以上、よろしくお願いいたします。

anond:20181018164022

食事での改善はずっと維持できるからいいよな

ただそこまでデブプライド(食う量)があると依存的なことがあったんじゃないかなと思うんだけど、いきなり間食やめたりできたん?

2018-10-18

やる気のない自分を認めた

そしたらもう、ずいぶんと楽になった。

プライドが高くて完璧主義だったのでやる気のない自分を許せなくてストレスガン溜まりだったけど、やる気ない日はないでいーじゃん。ゴロゴロするしダラダラするしボーッとするよ。愛想笑いもしないし自炊もやめる。仕事必要最低限。

そしたら1日の終わりくらいにムズムズしてきて、寝たらさっぱり起きられる。やる気も回復だー。

おい!今日もやる気ないぞ!まあいいか

猫のプライド

今日我が猫の猫砂を替えて新しいのにしたら、ちょっと足らなくていつもの半分くらいの量になってしまった。

我が猫は大変それが不満らしく両足で砂をザッ!ザッ!!と掻いて不服の念を表明していた。

ちょっとかにしてよ!!とかなりがなったあと静かになって、ゴハン時間にゲージから出してやったら

いつもは綺麗好きで頭の先から爪先まで舐めて手入れしているようなプライド高き我が猫のおしりの横に少量の砂で固まったうんちがぺとっと付いていた。

猫砂足らなくてトイレが出来なくて、ストレスだったんだね。はんせいしました。

食事改善結構痩せたから共有しとく

身長170cm 5年ぐらい前は60kg 半年前95kg 今75kg 目標体重は59.8kg(BMI的にそこらへんが標準らしい)

他の人からも明らかに体重が減ったことがわかるレベル

 

やったこ

三角食べをやめた

・米摂取量を減らした

コスパ重視をやめた

食事時間を厳守した

 

三角食べをやめた

三角食べっていうのは、肉→米→汁→肉→米→汁みたいなのをやめたということ。

この場合あと、汁→汁→汁→汁→肉→肉→肉→肉→米→米→米→米というふうに食べる時に一つの皿があくまで次のものに手を付けないという事。

これは次の項目にある「米摂取量を減らした」にもつながるんだけど、米って正直おかず無しで食うと苦痛に感じるタイプなので、結果的に米が減った事、そして、肉→肉→肉の間に肉にあきるので、肉摂取量を減らしてその分を卵とかサラダとか、煮物かに変えれるようになったことで、満腹感はほぼ変わらずカロリー計算したら元々1200キロカロリーだったのが800キロカロリーぐらいになった。

 

摂取量を減らした

前述に書いたが、米を茶碗によそうとき、よそったあと箸二回分ぐらい炊飯器とかお櫃に戻すというのをした。

でも、前述通り、最後に残った米だけ食うのは最初はいいけど、最後の方は苦痛なので最終的に今までよそってたのの半分ぐらいまで減らすことになった。

 

コスパ重視をやめた

買い物してると当たり前だが、量が多いものを買ったほうが量あたりの円は安くなる。これがコスパだと思う。

保存が聞くものは別として、例えば食パンは1斤と半斤打っているが1斤で買ったほうがコスパがいい。しかし、一人暮らしだと消費期限までの3~4日で食べきれないので、4枚切りを買い、なんとか食べきる。それを一切やめて、コスパの悪い半斤3枚切りを買う。(ただ、結局、1斤かうと、どうしても消費期限過ぎちゃって捨ててしまうことがあったので無駄はなくなった…と思う。)

あとは、野菜は高く、肉は安いので、肉を多めに買い、もやしキャベツと一緒に炒めるだけみたいなのを一切やめて、肉少量で野菜は多種にしたのもよかったのかもしれない。(なので結果的に食費は3割ぐらい増えた。)

あと、ラーメンが好物だが、700円のラーメン+100円で追加できるのはスープ代だけで600円ってわけでもないかコスパが良いとして大盛りにしていたがそれを一切やめた。

実際はこれが効果一番あったんだと思う。なぜなら、はっきりいって95kgになってくると「デブプライド」という開き直りが発生する。「デブなら大盛り」「デブならこれぐらいの量は余裕」という謎のデブプライドだ。そして、満腹になって体は「それ以上はまずい」といっているのに心はデブプライドがあるので「いける」となって食う。それを一切捨て去ることができた。

 

食事時間を厳守した。

やむを得ない事情を除き、夜食や完食は全てやめた。また、夕食を食べる時間は必ず7時~8時と決めた。そして、8時まで食卓を立たない…というよりか洗い物などはするのではパソコンテレビのある部屋に行かない。

これを設定したのは早食いをやめるためである。満腹感が来るのは食べ始めから20分後という謎の情報を得た事、あとはパソコンがしたい一心で15分ぐらいで1200キロカロリーを平らげているような状況は流石に内蔵に負担かかりそうと思い、よく噛んで食べることにした。てか、わかったことだけど、その時の自分ほとんど飲んでたのだ。5回ぐらい噛んで飲んでた。それを意識して30回噛むようにしたら少ない量でも満腹感を得られるようになり、なんとか800キロカロリーまで抑えることができたというわけである

 

自分が痩せただけなので、他の人にも通じるかはわからないけど、自分場合は、「デブプライド」が捨てられたことが一番効果的だったと思う。

 

追記

デブプライドに注目してくれる人が多かったので補足しま

デブプライド」について

内的要因もありますが、少なく食べている時に「見た目ほど食べないね」とか「ダイエットしてんの?」とか言われると「いや、そんなんじゃないです。」と言って無理して食べてしまう事があったり、飲み会とかで「どうせ増田が食べるからバンバン頼もうぜ」となられると、外的要因としてデブプライドが刺激されますね。

自分はもうダイエットしてると公言したのでいいですが、密かにダイエットをしている人に周りの人はあまりデブプライドを刺激してあげないでほしいです。

これはわかったことなんだけど、デブからガリから胃袋の容量が大きいわけではないと思う。デブは食べ方が(早く多く食べる方向に)上手いから容量をフルにつかえるだけで胃袋は一般人と同じだと思います

 

anond:20181018105409

だったら塾で出会った男とヤリまくっただの勉強がおろそかになっただの素行不良だっただのしょーもない言い訳する必要もないし、チンケなプライド守るためにとはいえ見苦しいなと。

セフレへの片想いをやめた

10月18日。1年以上好きだった人を諦めた。諦めると言えば大そうに聞こえるが、1ミリ希望もない恋だった。

好きでいることをやめる。この1年と4か月、どれだけ冷たい態度をとられても、数少ない友人たちに口をそろえて諭されても、検討すらしなかった選択肢今日自分で選んだ。

好きな人がいた。顔を見た瞬間一目ぼれだった。誰が見てもわかるくらいに整っていた。バンドが好きないまどきの若者だった。

特別可愛いわけでもスタイルいいわけでもない私は、ものの数日で目も当てられないくらい夢中になってあっという間にフラれた。好意プライドもズタボロになって、しばらくは抜け殻みたいだった。一人でいたくなくて、マッチングアプリで知り合った男の子と頻繁に会っていた。彼は、その中の一人だった。

好きだった人と同じ髪型だったかLIKEして、マッチして、しょうもないやりとりをして、初めて会ったとき「ああハズレだな」と思った。タイプじゃなかった。背丈は私と同じくらいで、髪は写真よりもずっと短かった。

「どこか行きますか?」と聞いてもめんどくさそうな声で「どうしましょうね」と返ってきた。待ち合わせ場所でしばらくグズグズしていたけれど、ようやく入ったファミレスで彼はずっと携帯を触っていた。気を遣って話しかけるとようやく液晶から顔を上げる。眠そうな目がこちらを向くのも少し怖かった。

私が「ハズレ」だと思ったように、彼も私を「ハズレ」だと判断したのだろう、と自分を納得させた。ドリンクバーデザートのみの会計は彼が払ってくれたけれど、それくらい自分で払いたかった。

いざ帰るとなったとき、彼は駅のホームまで送ってくれた。自分が乗る反対方面の電車が行ってしまっても、私が乗る電車が来るまで隣で待っていた。乗り込んだ電車が発車するまで見送り、すぐに「気を付けておかえり、また会おうね」とLINEをくれた。

これは「ハズレ」だとは思われていない?しばらく様子を伺いながら連絡を続けたけれど、彼のLINEは会う前と変わらず好意的で、なんなら会う前よりも少しくだけたように思えた。

「変わった人だなあ」が第一印象だった。

その後は以前よりも親しげに、日常的なこともLINEで話すようになった。なんとなくレスしていただけだったけれど、次に会うのが少し楽しみになった。

2回目に会ったときにはもう夏も間近で、2人でかき氷を食べた。くすりとも笑わずに、淡々と話をする彼は、言葉選びから仕草視線の移し方に至るまで私のこれまで知る男の子とは違っていて面白かった。彼は、一通り二股にはげむ友人のクズエピソードを話し終えたあと、最後に残った餡子に向かって「もう1つくらい白玉入ってると思ったのに…」と小さく悪態をついていた。

それからは急速に仲良くなっていったように思う。そう思いたい私の記憶いかもしれないが、7月に入るころには、無愛想な受け答えやつまらなそうな振る舞いに悪気はなく、それが彼の癖のようなものだとわかるようになっていた。「今日はどうしようか」と聞けば相変わらず「どうしようね、決めて」とめんどくさそうな返事が戻って来たけれど、「いつも私が決めるんだけど?」と軽口を返すことができた。彼に興味があった。見ていて飽きなかった。別れ際はいももう少し一緒にいたかった。でもその感情好奇心とよく似ていて、私はまだ自分の恋心が動きつつあることに気づかなかった。

ホテル映画見ようよ」と誘ったのは私だった。彼は一度断ったけれど、不機嫌な私の態度を見てか、「いいよ、行こう」と言い直した。何度も「たぶん俺すぐ寝るよ」と言っていたのに無視をした。私が選んだ映画再生して、眠そうな彼を何度か起こして、エンドロール流れるころには深夜2時を回っていた。彼は髪を撫でたり、頬を触ることはあってもそれ以上のことはしなかった。「ここまできてキスしないんだね」とけしかけたのも私だった。彼は「そういうこと言わなくていいから」と言った。私たちは付き合う前にセックスをした。

それ以降、泊まりが増えた。元々向こうのバイト終わりに会うことが多かったから、時間を気にしなくていいのは嬉しかった。お金に多少ルーズな彼と会うために、ホテル代は私が多めに出すことが多かった。

このころには、「彼のことを好きになれそうだ」と思い始めていた。まだ失恋を引きずっていたし、次に依存できる恋愛を見つけたかっただけかもしれない。

それでも男女の関係にありながら、普通に「この間会った男の子がね、」なんて彼に話していたし、彼はそれを興味なさそうに聞いていた。

彼はたまに、らしくない、思わせぶりなことを言った。「他の男の人の話されるの好きじゃない」と言ってみたり、「俺のあとに他の人に会いに行くって俺は気分良くないよ」と言ってみたり。失恋自尊心を損なった私にはそれがとても気持ち良かった。ある土曜日、私は他の男の子との約束をやめて彼とホテルに泊まった。彼と会う前に少し嫌なことがあって、本当に本当に馬鹿だと思うけれど、抗不安薬オーバードーズした。視界がぐらぐら揺れて、手足がしびれるような感覚がしていた。彼は私の腰を抱いて「馬鹿じゃないの」と叱ってくれた。嬉しかった。どうしようもない女だと思う。そこから記憶は途切れて、次のシーンはホテルのベッド。「他の男のところに行かせなくてよかった」そう言われて抱きしめられて、私はいとも簡単に恋に落ちた。あるいは、いとも簡単に落ちていた恋に気づいてしまった。

そこからはまた、一瞬だった。失恋を忘れたい、新たな恋愛依存したいという気持ちが、このしょうもない恋愛アクセルをかけた。踏み込んだら思った以上に加速した。告白をしたらもう止まれなかった。

「フるわけじゃないけど、今は付き合えない」

保留にされて、少し冷静になって、「あれ、ブレーキのかけ方知らないや」って気が付いたときにはもう遅かった。7月中旬には、彼を好きでいることが私のアイデンティティになっていた。どうして付き合ってくれないの?「もう好きに寄ってるよ」って言ってくれたのは嘘だったの?告白を保留にされていた期間は不安心臓が千切れそうだった。幼稚な私はそれをそのまま彼に伝えて、彼は「わかるよ」とだけ言って肝心なことはいつもはぐらかした。それでも、どれだけ不安でも寂しくても辛くても悲しくても、このころが人生で一番幸せだった。

はいつまで経っても告白の返事をくれなかった。

告白からひと月がすぎ、彼の返信は少しずつ遅くなっていった。「会いたい」といえば「忙しい」と言われた。

「好きでいることは迷惑ですか?」と聞いたことがある。彼は「これまたクズって言われると思うんだけど」と前置きをして、「好きでいてほしい」と言った。

8月14日お盆休みの4日目。ようやく彼と約束を取り付けた。朝10から連絡を取って、会えたのは18時。喫茶店他愛もない話をしながらお茶をして20時には彼は駅のホームまで私を送って行った。「まだ一緒にいたい」というと「もう充分でしょ」と笑い、「充分に見える?」というと「俺はもう充分だから帰るよ」と返された。

ホテル行こうよ」と誘ったのは私だった。彼は初めて誘ったあのときよりもずっとめんどくさそうな顔をして嫌だと言った。「これが最後から」と腕を引っ張ると、「だったらお茶してまた会えた方がいいんだけど」と小さく言っていたけれど、すぐ「ホテル代タダならいいよ」と言い直した。ホテルを出た帰り道、彼は駅の階段の前で「じゃあ元気で」と言い、私の顔を見ると「また泣くじゃん、泣く前に帰ってね」と冷たく言い放って手を振った。ひとりホームまで歩いて電車に乗り、方面を間違えたことに気づいたら我慢できずに泣けてきた。

それでもこの頃の私は、この恋がこれまでしてきた恋と何一つ変わらないと思っていたし、こんな気持ちもまたひと月すれば忘れられると思っていた。

すぐに彼氏ができた。すごく優しい人だった。私に好きな人がいることも知ったうえで、「僕のことを好きにさせます」と言ってくれた。一緒にいれば楽しかったし、だんだん惹かれ

ていったのは確かだった。

でもデートをして、車で送ってもらい、別れ際にキスをして部屋に戻ると見るのは好きな人SNSで、ただでさえ不安定気味な私の情緒さらに揺れて、そう長くは続かなかった。

「好きだけどもう疲れた」と言われたとき、「やっぱり私には好きな人しかいないんだ」なんて馬鹿たことを思った。

そこからまたひと月、ふた月と過ぎて、気持ちは一向に変わらず。最後だと言っておきながら彼に連絡をしては、無視をされたり冷たい言葉で返されるような日々が続いた。毎日毎日彼のことだけを考えた。いつしか私の生活は会うこともできない一人の男の子のためにあると思うようになった。SNSを盗み見るのが習慣になり、彼の友人に彼の写真をもらったり、彼の好きなものを調べては行きそうな場所待ち伏せをした。

彼が手に入るなら何もいらなかったし、彼が手に入らないのなら生きている意味がなかった。それでも私が明日を生きるのは、明日返信が来るかもしれないから。数年先の未来には、彼の隣で私が笑っているかもしれないから。

彼は最後の日から今日にいたるまで、2回だけ、気まぐれに私に会ってくれた。

2月17日、たった1時間ちょっと時間だったけれど、本当にこれまで頑張って生きていてよかったと思った。渡したバレンタインチョコにお返しはなかったけれど、おいしいと言ってくれただけで嬉しかった。

2回目は、そこからまた4ヶ月。1年前、まだ仲が良かったころにも遊んだ6月17日。二人でウィンドウショッピングをした。人がごった返す渋谷駅で、私には彼だけが輝いて見えていた。彼は優しかった。面倒なセフレに対する態度ではなく、親しくない友人にするように。どんどん距離は離れて、それでも私は何も変わらず彼が好きだった。

10月16日。彼のSNSひとつに鍵がついた。もうひとつSNSでは落ち込んでいるような旨の投稿をしていた。彼の友人から、私との出会いきっかけでもあるマッチングアプリを消したときいた。「真面目に生きる」のだそうだ。彼女ができたのだと思った。ついに恐れていた日が来てしまったと思った。

息がすえなくて抗不安薬をたくさん飲んだ。「もう薬たくさん飲んだりしちゃだめだよ」ってあの日優しく言ってくれた彼がちらついてあるだけ飲んだ。気絶するみたいに眠りについて、気がついたら15時間が経っていた。彼女かあ。彼女いいなあ。可愛い子なんだろうな。こんな惨めな女がいることなんて知りもせず、当たり前のように彼と手を繋ぎキスをして、セックスをするんだろうな。

悲しくて悲しくて、だけど好きな気持ちは変わらなかった。好きで好きで好きで好きで、笑った顔を思い出しては、彼がその彼女と楽しそうに過ごしているといいと思ったり、すぐに別れてほしいと思ったり、どうか幸せになってほしいと思ったり、殺してやると思ったりしていた。

これから私は彼女持ちの男に不毛な恋をしていくんだなあ、とぼんやり思っていた。

ただそんなことを考えながら泣いているだけで、丸1日が経った。

彼のSNSには相変わらず鍵がついていたけれど、祝福のコメントひとつでも読んでやろうと彼あてのメッセージ検索した。涙も枯れて、何を見ようとこれ以上悲しいことなんてないと思った。でもこれが、彼を諦めるきっかけになった。

好きな人には、彼女はできていなかった。

「両想いだと思っていた女性から連絡が来ず、傷心している」といった内容のことを彼の友人が茶化して書いていた。投稿に添付された写真には、大好きな彼が写っていた。やっぱり世界中の誰よりもかっこいいと思った。でも私の知らない横顔だった。私の好きな彼じゃなかった。

喉の奥がきゅっと詰まるような感覚がした。虚しくて、寂しくて、吐き気がして何度もえずいて、信じられないような気持ちで見返しても写真は変わらず切なげな表情の私の知らない好きな人だった。

好きな人が、私を好きにならないことにはとっくに諦めがついていた。でも私以外の誰かを好きになる好きな人は見たくなかった。私がどうやっても手に入らない彼の好意が、無下にされていることも虚しかった。私は誰かを好きだと思う彼を知らない。彼の事を知らない。これまで散々私と恋愛をする彼の妄想も私に愛をささやく彼の夢も見てきたけれど、現実の「恋をする彼」は、あまりに遠くて、遠くて、遠くて。もう潮時だと思った。大好きだけどもう好きでいてはいけないのだとようやく気が付いた。

彼の写真を消した。何度も見返したLINEも消した。

SNSももう見ないと決めて、一番そばにいてくれた友人と姉に「諦める」と連絡をした。

私の人生で一番大きな恋が終わった。はたから見れば遊ばれたメンヘラ女の、惨めで愚かなよくある話だと思う。

今はどうしたらいいのかわからない。たった1年と数か月でも、もう彼は私の生活だった。彼に出会う前に何を思い何を考えて生きていたのかわからない。死にたくはない。

やめた方がいいのだとたくさんの人に言われたし、諦めたと言えば「頑張ったね」「よかったね」と大切な人が喜んでくれた。これは進歩なのだと思う。本当にできるのかもわからないけれど、彼を忘れることは喜ばしいことなのだ。私が彼を好きでいることは誰にとっても悪いことのようだったから。でも今はまだそれが悲しい。こうして、何度も思い返すうちにすりきれてしまったような曖昧な昔の記憶を引っ張り出しては誰にも言えない心情とともに匿名日記にするくらいには悲しい。

本当に本当のことを言えば、これは備忘録だ。忘れることを強いられた私の最後の逃げ道だ。たとえ叶わなくても、私は君にずっと好きでいさせてほしかった。毎日がすごく苦しくて悲しくて幸せだった。君は迷惑だったかな。好きになってごめんなさい。ずっと好きでいてごめんなさい。気まぐれに言っただけの「好きでいてほしい」を一年以上も信じてごめんね。君は優しくてかっこよくて面白くて愛おしい、最高の男の子から絶対絶対絶対幸せになってね。

2018-10-17

著:手塚治虫火の鳥』、ゲーム化される

「我王が火の鳥彫刻の欠片を集めて鬼瓦で足場を作ってタイムリープしながら冒険するアクションゲームやで^^」

バンゲリングベイみたいな無限ループするフィールドを我王が進むシューティングってのはどうや!^^」

手塚治虫、昔からライセンシー商品に対しては大してプライド持っていなかった説。

anond:20181017082502

自殺責任負ってたりプライドあったりな強い人のほうがするんじゃない?

https://anond.hatelabo.jp/20181014183100

乞食とか卑下してるけど、心のどこかでは「感想送ってるんだから私は他のROMとは違う」って思ってたんだろうね

他の何もしないROMとひとまとめにされて不当な扱いを受けたのがショックだったんでしょ

ジャンル雰囲気が嫌いになったとか言ってるけど、離れた理由プライドが傷ついたからだよ

別にそれが悪いって言いたいんじゃないよ

しろ気持ちわかるよ

変に理由つけないで「傷ついた!悲しい!」って認めたほうがいいよ

そのほうが立ち直りが早いか

2018-10-16

anond:20181014151146

介護でも20万は稼げるぞ。でもボケジジイの排泄処理は嫌なんでしょ?くだらんプライド捨てて目標決めて死ぬ気でやれやとしか。あと家はやすいところに引っ越そうな。シェアハウスとかがいいんじゃない

2018-10-15

anond:20181015112802

ジジイババアくら寿司かにすらプライド邪魔して行けないもんだから、それよりも数段新鮮度が下がるデリカテッセンのパック寿司でもうまいうまい言って食べられるんだよ。

増田民って煽り耐性がすげー低い

プライドが高い割に世情に疎くて、知識マウンティング簡単だし、議論ステップをそっと抜いて指摘できるようにしても怯えてつついてこない

草刈り場って感じ

しかったはずのお絵描き

最近、絵を描くことの目的自分の中で変わってしまっている気がして心を整理するために書いている

最初はただ絵を描くことを楽しいと感じて本能のままに描いていた、ある程度の年齢になると、もっと上手くなりたいという気持ちが強くなってきてひたすら色々な参考書を見ながら学んでいった。(プロレベルにはなっていない)

そして、そこからTwitterによく絵を載せるようになっていった。

それからというもの、描いている時はまだ楽しめている、が、Twitterにアップした瞬間から、突如襲いかかってくる不安、焦燥、後悔。

描いている時はあんなにも自信に満ち溢れて筆を進ませて、こりゃ100ふぁぼは来てもおかしくないなぁなんて軽くふざけながら楽しくやれていたはずなのに

こんな下手くそな絵を一体誰が見て好きと言ってくれるのだろう。と

SNS上に載せた瞬間全てがネガティブになってしまう。

理由はおそらく、自分よりもはるかに上手い人達の絵がたくさん流れてくるからだと思う。しかも、自分の好きなキャラクターCPで。

から、こんな上手くもない絵を描いたところで、誰の目を惹くことができる?あのレベルじゃないと私を見てくれる人なんていないだろう。私の描く○○なんかなくても、大手もっと上手い人達が沢山描いてくれてるんだから、私は必要なんてないんじゃないか、と。

でも、逆にその上手い人達の絵を見て、私も描きたい。と思ったり、いい構図が思い浮かんだりもするのだ。

それに、有難いことに、ふぁぼは毎回少なくとも10は超えてくれるし、RTも毎回3はくる。小規模ジャンルほど距離感が近いおかげなのか、ほぼ毎回リプライで最高です!なんて言ってくれる人もいる。

少なくともこの人たちがいてくれなければ、今頃私は無駄に高いプライドに押しつぶされて絵を描くことを諦めていたかもしれない。

そう感謝しながらも、今日もまた誰かの絵に感化され自信満々に描き始めて、結局SNSにあがる頃にはモチベが一気に下がっているのだ。これは褒めてくれる周りの人達の思いを受け止めてないとかじゃなくもう私の中でそういうシステム勝手作動してしまうから辞められない。

卑屈になってしまうのはかまってほしいからではなく心の底から、こう、上手くもない奴が描いちゃって申し訳ない…となってしまう。自分が好きで描いてるのになぁ。

ああ、これが無限ループかぁ…

まさかコメント貰ってたことにびっくりしたので追加させてください。

そりゃもう性格ひん曲がってますとも、よく分かってくださいました!(?)

でも直せるものでもないので、そんな自分を乗り越えて生きてかなきゃなあと思います。絵を描くことを楽しいとは思ってますから他人の目を気にしすぎるのがほんとに良くないなって自分で思います

読んでくれてありがとうごさいました。

2018-10-14

anond:20181014110541

滅茶苦茶難しい事言うようだけど、自分を哀れな存在だと思わないでほしい。

自分を下げていい事なんてひとつもない。

人間面白いもんで、どんだけ悪い条件と思われるようなものでもそこに興味持つ人はいるもんだ。確率的な難しさはあるけど。

エベレストみたいなプライド超いいじゃんって思ったよ。そのままでいて。

片山さつき荻上チキマウント

あれって高学歴権威主義ダメなとこを凝縮した感じ。

財務省とかああいプライドが高くて万能感持った無能が多いんだろうな。

ちなみにわたしはむかし学内たまたま道案内した見ず知らずのオッサンエール大学PhDマウントされたのはいい思い出。

anond:20181014110541

プライドはわかるけど、男の人はなんか笑顔でいるとそんなにブスとかブサイクとか気にしないらしいからひとまずニコニコしておけばいいと思う

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