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はてなキーワード: 公立とは

2018-12-13

女子校なんて無理


女子高校女子大学なんて絶対いきたくない。

私の母は中高大と女子校に通っていたらしいけど、「もっと男の人と遊んでおけばよかった」と還暦間近のくせに愚痴ってる。大学ではなかったらしいけど中高時代はいじめや陰口が当たり前だったという。とにかく聞いていて嫌だったのは教育実習生と生徒が付き合うとか、講師と生徒が付き合うとかいう話。卒業たか問題ないでしょ?ってスタンスであったと。

...察しの良い方はお気づきかもしれないが、うちの両親がまさしくそなのだ。私は狭い男女の環境だけでおさまるなんてまっぴらだ!しかも母は愚痴を言うわりに「他の女生徒ではなく自分先生に選ばれた」という点にプライドを持っている。その話を聞くたびに私は絶対共学に行って、普通に男女問わず交友関係を保ちたいと思っていた。中学公立に行きたいとゴリ押しして、勉強を頑張ってMARCHレベル大学に行ける見込みのある高校に行けなければ両親のいた中高一貫校に行かなくてはならなかったので、勉強はとにかくひたすら頑張った(私がいたときには中学入学と、高校編入のどちらのパターンもあったので気を抜けば入学させられる状況だった)。

晴れて志望する共学校に通うことになった私は楽しくはつらつと通学した。共学に行けてほんとによかった。

そんな自分なので女子校に対するネガティブイメージ半端ない女子校なんて無理、絶対無理。ドロドロした陰険なとこなんて誰がいくか!異性への自意識ばっかり高めてさ。絶対いきたくないんだ。

anond:20181213102906

ことエスカレーター名門幼稚園については、その後名門大に入れるのがほぼ確約している事だけじゃなくて

そこで人脈を得られて大学から受験して入って来た人より人生有利になる事を考えたら

幼稚園の方が人生に与える影響が強い気がする

が、そもそもそういう幼稚園に子を入れられる親を持っている事が何よりも影響大だな

中学受験も同じだろ

そのまんま系列大学に入れる楽さとか、中高一貫で培われる人脈を求めて受験する人も多数いるわけで

そういう中学に入るか、普通公立中入るかで人生はかなり変わってくる

東大御三家から入らないと入学後も人脈なくて不利になるとか言うしな

中学受験コネやら寄付金ねじまれてるの多そうだけどな

2018-12-12

anond:20181212222406

ちょいずれるがアメリカホームスクーリング合法から学校行かずにオンラインで授業受けてる子は多数存在する。

けど、小学生子供だけでそれでちゃん勉強出来る子なんかそうそういないので(そもそもアメリカじゃ小学生を一人で家に放置したら違法だし)

親ががっつり面倒みられる家庭でないと無理だよ。

アメリカ小学生だろうと一定の成績取れなければ落第もあるからホームスクーリングという事にして全く勉強させないで放置は許されないし。

なので教養があり教育熱心な母親(たまに父親)が子供につきっきりで勉強教えられる(それが出来るだけの経済的余裕もある)家庭が多い。

中流層で高額な私立に通わせるほどの余裕はないor田舎在住でそういう私立が近くにないが

地元公立は荒れてるから通わせたくない、なんて親たちね。

そのせいでホームスクーリングの子の方が通学してる子より学力平均が高かったりする。

日本でも、それが(法律的、あと社会的に)許されるなら

学校に行かせず家や塾で勉強させたがる家庭は多そう。

中受するのに公立校の勉強なんか役立たずだし学校行く時間無駄、とか言ってる人沢山いるし。

まあ横並びの国民性からあと数十年は無理だろうが。

女性差別多浪差別という合目的判断について元医学部受験生が思うこと

今年は医療業界にとって画期的な年になった。

東京医大からまり順天堂岩手医大金沢医大昭和、北里、福岡神戸日大と次々と入試不正が明らかになったからだ。

特に東京医大順天堂、北里などが現役男性優遇し、女性多浪生を低評価してきたという。

私は大卒後に医学部を再受験旧帝大医学部卒業した身なので国公立私立を問わず医学部入試差別の話には敏感だったのだが、男性であるいか女性差別実態には全く無関心であった。そのため実際に一部私立大学でここまであからさまに男性優遇してきたことを知って驚いたのだが、まあそれが合目的的に当然でもあったのだなあとも思ったのだった。

合目的的、すなわち大学医局にずっと従ってくれて、一人分のマンパワーを有する男性医師を優先するという目的だ。その点で男性優先なのは合理的であろう。体力をどうこう記者会見していた大学もあったが、医師必要な体力とは、長時間のオペをこなすというものではなく、36時間勤務や緊急呼び出しや32連勤等々全く患者と関わらない休日がなくとも働くという体力のことであるが、これも行間を読まないとわからないことがあると思う。多浪生については、特に私大医学部偏差値下位校では多浪でかつ勉学の意欲のない学生のせいで国家試験合格率が悲惨になることがあるので、それも合理的ということになる。

先程、日大出身の子弟を優遇していたという報道があったが、私大医学部出身の子弟を優遇するのも合目的である。この場合は、(私大医学部に子息を代々入学させられる家庭=病院経営者だとすれば)経営している病院医師派遣してあげるかわりに、子息を大学医局に入局させ、10数年はそこらはお礼奉公させるといった意味合理的だ。順天堂でも同じようなことは行われているようだが。

https://twitter.com/mio1227/status/1065531336381751296

先進的な診療従事しか研究もして学位も取得する立派な医師となるには、大学医局所属せねばならない。昔から言われていることだが、いまだに大学医局教授を殿様とする封建主義的なところがあるので、まともな医師になるには10数年間それに耐える必要がある。そして大学医局人事権を持っているような大病院地域中核病院であり急性期病床が主となっているため、ここから医師がいなくなれば、急性発症の命に関わる疾患を診る医師がいなくなることを意味し、その地域健康寿命低下に直結するだろう。

結婚妊娠出産でいなくなる可能性が生物学的に存在する女性積極的医師にしたくない、という感情医局運営当事者教授たちにあることは想像やすい。各大学な多彩な言い訳をしているが、単純な理由だ。年齢が極端に上の再受験生を積極的に歓迎しないことも同じ理屈である

よく医師不足と問題になるが、実際に「不足」しているのはこの急性期病床で働く医師だ。医師の中でセカンドキャリアと言われる診療科で働く40代女性医師から話を聞いたことがあるが、この医師とある内科にいたが配属先の病院医師が少なく、40歳になっても2日に1回は36時間勤務をしていて体調を崩したから転科したという。単純にハードワークな急性期を担う医師が充足されない限り、現場に残る医師疲弊しいなくなり、かつ後進も増えず、部分的崩壊していくものと容易に想像がつく。

まだ不正とは明らかになっていないが、元医学部受験生として情報収集していた身としては、国公立医学部にも不正はあると思っている。それは特に旧帝国大学を除く非都市部地方公立大でだ。地方公立大で顕著なのは入試一般枠とは別に地域枠を持つ大学だろう。

この話の背景として長くなるが述べておく。2008年から医学科定員が増加し現在約1800人医学科定員が増えたが、2004年開始の初期臨床制度によって大学医局の力が低下し、昨年かた開始された新専門医制度でも地方(のハードワークな診療科)は人員確保に難渋しているところである医師の少ない地方は、研修医や若手のうちは経験積極的に積めるという意味では魅力的なのだが、そのハードワークがずっと続くとなると、選択肢の多い首都圏に行きたくなるのも当然ではないだろうか。おそらく、(大学医局権威復活を目論んだとも言われる)新専門医制度のせいで、地方に若手医師がいなくなっていくであろう。

さて、そんななか地方に残る医師はどんな医師か。当然、その地元出身であることが蓋然性が高いというべきであるしかし、国公立医学部入試は、地方公立受験生が首都圏中高一貫校出身者に蹴散らされてしまうということが当たり前の世界だった。なのでどうするかというと、県内高校生向けの推薦枠を多くとるわけである。私の出身県の医学部では前期日程の地域枠とは別に40人もの推薦枠が確保されている。かつて、一般入試では受かるはずがない高校の同期が合格していくのを見てきたが、これも医師定着率を優先した合目的的な対策であろう。もちろん、一般入試面接県内出身者を優遇していないとは絶対に言い切れない。特定の県出身者を面接で一律優遇している国公立大も全国には必ずあるだろう。

(余談だが、50代女性合格者平均点を超える点数を取っていたのに不合格となった群馬大学医学部の件があったが、友人の証言東医体での群大を見る限りではこの女性は家から通えるという理由でもって群大を受験したことが最大の不幸であった。群大医学部卒のライターである朽木氏も群大の体質について触れているが、公正平等リベラル入試をする大学とは到底思えない。。

https://www.buzzfeed.com/jp/seiichirokuchiki/ishikokushi-saijuken-03 )

そんな背景があっての合目的的な入試不正であったが、東京医大による文科省局長の息子斡旋のおかげで白日の下に晒されることになった。このことは長期的には歓迎すべき事態であろう。男性優遇根拠には急性期病院医師不足とそれに起因する医師の過重労働があったのだから、公正平等入試になることで加重労働をする医師は今度20年間は減るはずである医療需要の高い、高齢者比率の高い地方から崩壊していくことは間違いない。しかしさすがに現場医師疲弊撤退が限度を超えるはずなので、労働環境改善制度改革をする方向に動き出すのではないか日本医学部史のなかで、1960年代の反インターン闘争と同じように取り上げられる記念すべき年が2018年であったと、今後語られるようになるのか、その前に私がドロップアウトするのが先か。おそらく後者であろうと思っているが、どうにか期待を裏切ってはくれまいか。どうせ裏切るとしたら「高輪ゲートウェイ駅」といった類の裏切りなんだろうなとうんざりしているところではあるが。

anond:20181212203454

英語先進医療情報へのアクセスに役立つからともかく、日本一ハイレベル数学力をドブに捨ててる集団医師だと思う

特に上位国公立医学部卒の

しかしこの現状は、理系受験少年少女達に対し、医師に替わる魅力的な雇用保障を伴う技術職や数理系研究職の口を準備してあげられなかった非医系学術界の敗北でもあるわな…

anond:20181212174511

公立に通えるなら医学部にも通えるだろう

まぁ学費の話はちょっとまた別のベクトルの話だな

現在日本は国公立学費ですら高額すぎる

2018-12-09

anond:20181209223227

結婚視野に入れずに暮らしていくつもりなら、看護入学だね

試験簡単だし、学費公立なら54×4だ。

4年サバイブしたらあとはなんとでもなる。

まれつきの不平等について

はじめて書く

きっかけはこの記事https://anond.hatelabo.jp/20181130212224

大企業派遣として働く女性正社員の持つ文化資本などに対する劣等感を綴ったもの

僕はどちらかと言ったら大企業正社員になるレールを歩いてきた人間で今某有名私大生だがまもなく就活を迎える。

文化資本の不平等について、それに恵まれている人間がどれだけ考えているか僕にはわからない。僕が人よりそれに気がかかるのは、高卒の両親を持ち、母の教育熱心の為無理して中学から私立へ入れてもらったからだと思う。金が限界で妹はずっと公立である東京貧乏地域から私立中学へ行くとやはり全てが違って、その時僕は世の中には色んな人種がいて、自分のいる環境はその一つに過ぎないと知った。

例の記事を読んで、筆者は海外旅行観劇趣味であるような人種劣等感を抱いているらしいが、自分劣等感からそういう人種自分を育てた。それが出来たのは首都圏に住み、自由学校に通い、なおかつネットのある時代からこそだろう。クラシックが大好きだし我ながら美術文学の造詣も深いと思うが、自分出自を考えると鹿鳴館猿真似のようでたまに可笑しくなる。

無理して私立に入ったから常にそのコミュニティの中では経済的に最下層にいたと思う。教養はその劣等感と共に育んだもので、今でも親が教授医者だったり(なんと多いことか)すると、「お前の今の地位は全くお前の能力努力とは関係無いんだぞ」と内心劣等感丸出し。そのくせ僕は自分だってまれている方の人間だと知っているのだ。知っているだけマシだと思う。

こういう考えを延長すると、全ては生まれ環境。つまり運。努力出来るかさえも運。ある種の決定論になる。これだと何するにも気力が湧かない。僕は今この状態に近い。

成功」した者はそれが自分努力能力所為だと思いたいし、「失敗」した者はそれが自分がどうしようと覆せなかったものだと思いたい。両者は分かり合えるのか。

僕含め、社会の上流にいる者、生まれ環境に恵まれていた者は、それだけである種の原罪を背負っていると思う。この原罪自覚すべきだと思う。慎重でなければ単なる上から目線の、オリエンタリズムに陥る危険はあるけれど。

まれた人は、もうこんなことはとっくに考えていて、自分なりの答えを出して生きているのかもしれないと考えることもある。

しか自分の中で折り合いをつけるだけでなく、恵まれ人間は、そうでない人間との断絶についてもっと考えるべきなのではないか

以上が記事を読んで思ったことです。長くなったけれど。

2018-12-08

anond:20181207143515

これ読んで自分中学時代の嫌な思い出を思い出したから書く。(あんまり関連性はないけど)

しか中学三年生の2学期のできごとだったと思う。

中間だか期末だか忘れたけど理科テストが返ってきたこから始まった事件だった。

自分クラスにうまく溶け込めず、仲のいい友達がいないというわけではないけど特定グループには所属していないというような若干浮いた生徒だった。

クラスには自分と似たようなポジションの子がもう一人いて、その子とは小学生時代に少し仲良くしていたこともあり一緒にいることが多くなった。

の子をAとする。

そして問題理科テストについてだが、このテスト自分理科の点数はたしか75点くらいだった。

一方Aの点数は30点くらいだったと思う。

自分比較勉強ができるタイプ(と言っても75点じゃあまり説得力ないけど)でAは勉強ができない不良系のタイプだったのでこれぐらい差がついていた。

テストが返却されてから一週間ぐらい経ったころ、丸付けにミスがあったと言って答案をもう一度提出するよう理科教師が言い出した。

自分は家で答案を探しまた持ってくるのが面倒でしばらく放置していた。

ある日の掃除時間に私は突然理科教師に呼び出されて軽く話をした。なにを話したのか忘れてしまったけどその答案を早く持ってこいとかそういう話だったと思う。

そしてまた一週間ぐらい経った頃、中学三年の二学期ということで午後の授業を潰して担任教師と進路面談を行う機会があった。この日までに答案を持ってこいと言われていたのに、私はすっかり忘れていて持ってこなかった。私の面談の順番は後の方だったのでその待ち時間の間に一度家に帰って答案を持ってこようと思いその旨を担任に伝えると、なぜか厳しい顔で「言えないようなことはしないようにね」と言われた。答案をとりに家に一回戻るくらいでなんでそんなことを言われなければいけないんだ?と思ったのを覚えている。

そして家に帰り答案を探したのだがなぜか見つからない。いくら探してもないので仕方なく手ぶらでまた学校に戻った。

答案がなくなったということを理科教師に伝えにいくと「これに見覚えはある?」と言って答案を見せてきた。明らかに私の字だったので、もしかして理科室の机にでも忘れていましたか?それなら先に言ってくださいよ~などと言いながらなんとなく手に取ろうとしたらすかさず離された。

その拍子に見えた裏面にはAが書くような字と似ているものが並んでいた。

その後、私は空き教室に連れて行かれテストを返されてからこの答案をどうしたのか時系列ごとに説明を書けと言われた。

ここで私はようやく気づいた。

Aが答案を私の机から盗み、自分の字で(なぜか片面だけ)書き換え、成績表の点数と実際のテストの点数が違うと言い理科教師に提出したのだ。

そんな小細工に教師が気づかないわけもなく、元は誰の答案だったのか確認するために一度答案を集め直したのである

恐らく最初から私の答案だと気づいていたと思うが……

教師達は私が答案を盗まれたのではなくAに提供したのだと疑っているようで、学年主任・他のクラス担任等総勢5人の教師に囲まれ尋問(っていうほどでもないけど)を受けた。

私は地味で比較的真面目に学生生活を送ってきたのでそれまで教師に怒られる機会というものほとんど無く非常に新鮮な機会だった。

もちろん無実なのに疑われていることに腹は立った。

結局私としては知らない間に答案がなくなっていたという以上に説明できることはなく、とりあえず保留ということで解放された。

その後しばらくの間このことについてなにか言われることはなかった。

もはや忘れかけていたときに親・担任・私の三者面談で私にはなんの非もなかったという結論になった、ということが伝えられた。

その後私だけ外に出され担任と親との間で話し合いがあったが何を話していたのかはわからない。(今度聞いてみようかな)

そして私は一度も教師から疑ったことを謝られることはなかった。犯人を謝らせることもなかった。というか結局犯人が誰なのか直接教えてもらうこともなかった。

え、理不尽すぎん?

若干授業態度は悪かったけどそれでも成績はよかったし公立中学スーパーヤンキー共と比べると超いい子なのにこの扱いなのか?

なんだかんだ言って教師達は人間的に優れているのだと信じてたけど無実の人間尋問しといて謝罪の一つもないって普通に人間としてやばいやつしかいないじゃん?!

道理が通ってなくない??!

と思いつつも別に教師達が悪いわけではない事件だったからそこまで謝罪を求めるのってどうなんだろう……と考えもう9年ぐらい経ちました。

ちなみに事件後もAとは一緒に行動していた。

からお前がやったんだろう?!とはさすがに言えず微妙な感じで時が流れ、一緒に行動する人がいないといろいろ不便なのでまあいいかと思い特に変わらないままであった。

一応言っておくと、99.999%Aが犯人であることは間違いないと思うけど決定的な証拠があるわけじゃないからもしかしたら犯人は別人かもしれません。

もしAじゃなかったらごめん。

2018-12-07

anond:20181207180855

忘れてたからしれっと足した

でも広島公立って一番上でも基町じゃん...

あそこのやつでも頭いいと思ったことないなあ

anond:20181207174044

いやいや、東区中区南区西区佐伯区安佐北区安佐南区安芸区しかないんだから、だいたいどれがどこにあるかとかわかるだろ

迷う要素ある?

あと広島市偏差値60の公立高校って井口とか皆実じゃん

そんなに頭がいいやつが行くところではない、底辺ではないが

anond:20181207162612

正確に言うと何となくは分かっても適当場所でここは何区?って言われたら〇区か〇区かな、としか答えられない感じ。

偏差値60は超えてる公立高校卒だけど

2018-12-05

anond:20181205114338

中学受験してその後遊んじゃった子が微妙なんだよな

順調に勉強してた子と公立中で無双してた子は自己肯定感しっかりしてる

2018-12-04

九州大学医学部の男女差について

今更ですけれど文科省医学部における入学者の性別に関する調査を見ているんだけれど

http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/detail/__icsFiles/afieldfile/2018/09/10/1409128_002_1.pdf

公立大だと九州大医学部の男女差が一律にあること(女に対して男が1.5倍合格している)が際立っていて

土地柄なのかと愕然としている。

地方公立だとほぼ男女差なかったりむしろ女子のほうが多いとこもあるのにな。

2018-12-03

anond:20181203102614

うちの子学校そもそもゲーセンは親同伴でも禁止

自治体教育委員会方針なので公立はどこもそう、私立もそうだろう)

それ破って行かせてる親もいるらしいけど

勉強するのが格好悪いという呪い

ちょっと流行ってた増田を読んで自分にも思うところがあった。

まさにこれ。

小中とそういう環境で育って来たんだけど、うちは貧乏だったけど親が教育熱心だったか大学に向けて勉強はしていた。

でもサッカーして貰ったりキャッチボールして貰ったりとかは全然なくて、運動部に入ったりとかしても落ちこぼれだった。

まあそれは根性足りなかったのかもしれんが。

高校公立だけどそれなりのところに行って、ようやく勉強評価されるようになったけど、やっぱり部活とかで成果出してるやつの方が評価高くて

勉強もいいけど、あくまでサブでやってそこそこ結果出すのが格好いいみたいな。

実際部活も頑張ってて勉強もそこそこやってるやつの方が多かったし。

俺は結局勉強でも中途半端浪人しちゃったけど、一浪東大に入れたから、やっぱり人生変わったんだとは思っていて、親にも感謝している。

でも、やっぱりそれまで育った価値観から逃れられてなくて、向いてないのに華やか(?)なサークルに入って、そこでまたちょっと落ちこぼれてたりした。

勉強が一番重要で、それをやってればいい、って信じようとはしているけど信じられない、みたいな。

運動コミュ力では落ちこぼれなのに、そこで評価してもらいたい自分から逃れられない。

から勉強とかキャリアアップに全力に出してるやつにかなわないし、どこかそれは格好悪いとか思っちゃう

理性ではそれが正しいはずとわかっているのに。

そんなだから就活も力を入れきれずに失敗して不本意な結果に終わっちゃう。

皮肉な事に、そういう不本意状態から目を背けて現実逃避してる時が、一番勉強とかが捗る

結局頑張って転職して現状はけっこう満足いくものになった気がするけど、周りの人の向上心についていける自信がやっぱりない。

頑張らなきゃいけないところ、ちゃん努力が実を結んだところ、それが分かってても別の場所で受け入れてもらいたかった自分から逃げられない

ひたすら格好悪い。

山月記の虎よりもなお悪い。

勉強が格好悪い世界幸せに生きている人ももちろんいるから、それがゆがんだ価値観だとかは思わない。

でも、そこでは落ちこぼれている人間が逃げ出したはずのその価値観に囚われているのは我ながら滑稽だ。

2018-12-02

anond:20181201155849

自分と似た境遇だったのでレスする

自分底辺家庭で育って派遣でその手の企業に行って衝撃を受けた

でも底辺家庭だったからこそ、やばい勉強して手に職つけておかないと死ぬ、という危機感だけはすごいあって、学生時代底辺公立ながら勉強だけはした

金がないか大学には行けなかったが、先生っていうのは「勉強必死でやっている生徒に対しては、バカでも優しい」

いろいろ聞けばたくさん教えてくれた

就職しても、四畳半ワンルーム格安野菜ぼっち生活をしている自分からしたらまぶしい世界が広がっていたが、いい機会なので、勉強のコツとか勉強方法かいろいろ教えてもらったよ

増田がいうように基本いい人なので教えてくれる

でもこのまま派遣だとやっていけないのは分かっていたので、退職して、それなりの企業正社員で入った

高卒底辺だけど、入社時の試験ではそんなの全く見てなかったようで、なぜか受かった

そこそこ金は入るようになったが基本スペックが違うので、家族海外旅行☆とかいう人たちをほえーと見ているが、金の余裕は心の余裕で気楽にはなった

格差は感じるが、卑屈にはならないでいる

ぶっちゃけ貧乏でも勉強はできるし、家庭環境くずでも今はスマフォがあれば無料知識は手に入るので、増田も諦めないで欲しい

どうせ私なんてぐずぐずってなるのは時間無駄なのでやめたほうがいい

すごいなーと思ってる程度でいい

anond:20181201155849

20年前の自分と似てる。大学は渋る親と交渉して現役国公立のみという縛り、学費以外はびた一文出してもらえずバイトに明け暮れ、

ギリなんとか卒業はしたけど氷河期内定ゼロ。2年ほど病んだあと某専門職養成学校通って

人気就職ランキング一桁の会社バイトで潜り込んだ。そのあとは増田と同じ状況。

育ちも素養経験地頭も違う山猿のような自分にみんな優しく接してくれたが結局いたたまれなくなって5年で退職

5年いた経験で同じ業界のちょいランク下の会社に入れた。社外で知り合った人と結婚もした。その人も専門卒。

まったく別業界下方婚だったけど、その後彼の才能が世間に認められて生活は安定、子どもも産んでまだ仕事は続けてる。

増田派遣がどういう仕事をしているかからないけど、補助的な仕事ではなくて、専門的な仕事ができるようになれば色々変わると思うよ。

2018-12-01

中学校スマホ持参OKへ 大阪府災害時の連絡用に

https://www.asahi.com/articles/ASLCZ4DR1LCZPTIL011.html

 携帯電話スマホを含む)の持ち込みについて、文部科学省教育活動に直接必要ないものとして都道府県教委に通知し、原則禁止としている。大阪府でも公立中学校への持ち込みを禁止してきた。通院が必要児童など、やむを得ない場合保護者申請して学校許可すれば、例外として認めている。私立では、緊急時の連絡手段として持ち込みを認めている中学校もある。

 へー、そんなに徹底してたんだ

50歳 300人程度規模企業での収入晒す

私事だが、この夏で50歳になった。

新卒時に「嫌だな〜、これから40年も働くのか」と思ったサラリーマン人生も残すところあと10年となった。

仕事のものは、予想に反して楽しく過ごさせてもらったが、収入はなんともだった。インターネットが普及してからは「平均」というものをググったりもしたけど、ピンと来なかった。

同じ思いの人も多かろうと思い、匿名をいいことに赤裸々にしていこうと思う。

生立

財閥総合商社勤務の父の元、比較的裕福に育つ。幼いころはアトピー喘息と親には心配をかけたであろう。4人兄弟の長兄。

喘息を治す為に習った水泳はその後、特技となり、大学生の時はイントラなどのバイトをした。公立小学校公立中学私立付属高校→F欄私大文系

社歴

全国展開している学習塾系の広告代理店営業新卒営業として入社。なぜか社長に気に入られ、直轄のプロジェクトなどを担当。2年目のボーナスの少なさに腹を建てるのと、担当したプロジェクト出会ったデザイナー側になるべく、転職。なぜなら営業よりもデザイナーのがかっこよく楽しそうだったから。ちなみに新卒時に入った会社は今は整理され、もう無い。

吸収した会社は今では一部上場

その後、ベンチャー就職し、マッキントッシュ出会う。個人的には人生が変わったと思っている。Photoshopillustrator、afterEffect、directorMAYA、3Dmaxなどのソフトなどを習得する。ここでの報酬はそう悪くなかったが、デザインする内容に飽きてしまい、転職。ちなみに今、この会社は一部上場

その後、転職した会社現在に至る。組合のあるのんびりとした雰囲気過去に大きな成功体験がありそこから抜け出せていない会社。外部から来た人間という事で割と新しい事業を任されがち。たまたまそこで結果を残し、特許を取得するなどをし一定地位を得る。会社リソースは有限で発言積極的にする人間や声の大きい人間がそれを使えるんだなあと理解

収入

現在役職技術系の部署部長。得に資格手当などはなし。現在の月収は456,590円。組合が今、闘ってくれているまもなく振り込まれるであろう賞与の額は956,907円。夏は908,100円だった。去年は103万くらいだったのになあ。あ、3月給与には調整金の名目で8万円程度加算される。いわゆる期末賞与的な。

なんとなく年齢*万円を目指してきたけども、うちの会社規定ではこの年令になると難しい。新卒で入った会社最初ボーナス(夏ではなくちゃん計算になる冬)が16万円程度だったのに腹を建てて辞めたもんだが、この年令ではそのような動機で辞めてしまうと再就職が難しいので、行動に移せない。

前述の通り、これが人と比べて多いのか少ないのかはわからない。誰もはっきりと教えてくれないし、平均では実態がよくつかめないし。俺は近所の同世代くらいの野郎いくら貰ってんのかを参考にしたいのよ。

子ども手当が今年度から120,000円になったのも痛い。

ちなみに妻はパートタイマーで今年は103万をちょっと超えたくらいの収入だそうです。

家族

パートタイマーで働いてくれている嫁が1人と子供が3人いて家計が火の車なのは確かです。ってか借金地獄子供は上から私立文系大学1年生で自宅からの通学。真ん中が公立中高一貫校、下が公立中学大学は別として下2人は公立なので、世間的にはかかっていない方かと思いますが、塾!これが痛い。

また、大学生の子には奨学金を借りてもらっています。不甲斐ない父親申し訳ない。俺自身は借りなくても住んだし、一人暮らしもさせてもらったってのにごめんな。

支出

塾は月額それぞれ、25,000円くらいかかってる。子供小学生のころはスイミングなども習っていましたが、+6,000円くらいかかってしまうので、断念せざるを得ませんでした。

2人とも部活運動はやっています

ちなみに私自身も20代の頃から続けていたジム通いを断念。今は自宅での筋トレと近所を走ることにしていますジムのいいところはジャグジーとかプールとかだったのですが、モチベーションや侘しさは別として年齢なりの運動強度は得られているかと考えていますジム、行きたいけどね。時々電車の中から見えるジム光景が眩しくて泣ける。

あと、筋肉体操はかなり効く。

家は持ち家です。ローンはまだ19,259,788円残っており、月々96,404円返しています。これは金利0.857%で借り入れています

車は1台所有。来年車検頭痛の種。あと来年大学学費どうしよ。

電気代は1万4,000円/月程度、水道が1万円/月、通信費は2万円/月程度発生していますNHKは払っていない。

保険は車が65,000円/年、生保やら傷害保険やらで30万/年って感じ。

2018-11-29

嫌な夢を見た

自殺するなんて口に出したこともないし

死にたいって思うことは多いけど黒歴史思い出したときに言っちゃう程度で本気で思ってない。

さっきまで見てた夢が、両親と話してて

なんだこのくそみてーな人生!って叫び出すってやつ。

31歳の誕生日に首吊って自殺してやる!って叫んだ。

そんな気は毛頭ない。

親にそんなこと言ったこともない。

しかくそみてーな人生だし他の人が普通に出来ること何一つ出来ないタイプだけど

一応日々を楽しく生きてるつもりではある。

そんな夢見てショックだった。

あのあとずっと夢の中で暮らすことになってもどうせ自殺なんて出来なかったと思う。怖いもん。

公立高校落ちたときの話とかもしてて、別に15年前くらいの話だしどうでもいいんだけど、

まだ心の中で引きずってるんだろうか。

楽しい思い出より辛い思い出にまみれて生きてる自覚はある。

しかたことは思い出さない。

辛かったことや思い出したくないことを毎日考えて、あーってなってる。

そういう性質からしょうがない。

でも親に向かって自殺してやるとか、そんな夢みたくなかった。

今の人生が気に入ってないのか。

でも現時点で自分のできる範囲で最良の選択をしてるはずなんだけど。

まぁくそみてーな人生だけど。

自分が一番自分否定してたのかもしれない。

いつまで経っても自分肯定できないまま。

死にたいとは思わないけど、逃げたいとは思ってる。

から人生から

2018-11-28

中学3年まで特別支援学級だった自閉症児の息子が大学合格した

 参考になるか知らないが、適当に綴ることにする。

 語尾がバラバラなのは許せ。(気が向いたら編集するが)

まずは生い立ちから

 3歳になっても言語を全く話せず、クレーン動作を始めとした典型的自閉症状を示していたため、児童センターを介して専門機関受診したところ、聴力も問題なく知的障害自閉症)との確定診断。

 そのまま知的障害者の扱い(療育手帳交付)。

 応募した私立保育園には全て断られたものの、自宅から少し離れた市立保育園へ無事入園

 「知的障害児」ということで、ほぼ専任のような保育士さんを増員していただき、時々奇声を上げて脱出を企むながらも、最後まで追い出されることなく何とか卒園

 保育園の間は、ずっと会話は不成立。

まずテレビを捨てました。

 3歳でビデオデッキ操作(VHSカセットの交換・スロー再生・逆再生等々)をマスターしていたものの、毎日テレビの前でビデオ操作しながら、全く同じシーンを延々繰り返しながら奇声を上げて踊ってる有様。

 確か「お母さんと一緒」のビデオだったと思いますが、キメのポーズのところで一緒にキメて、そりゃ見てて可愛いわけですが、親からの会話は理解できていない。

 テレビに映った、いわゆる芸人さんの笑いを(意味も分かってないくせに)オウム返しし始めたあたりで、これはヤバいと感じ、(当人は知らない)裏のコンセントをコッソリ抜いて「テレビさん壊れちゃったみたい」ってやってやりました。

 しばらくは寂しそうにしていたのですが、何ヶ月かしたら、直ったか試すこともしなくなったので、未練がなくなったのだろうとテレビごと廃棄。

 たしか4歳か5歳の頃だったと思いますが、この時から自宅からテレビがなくなりラジオだけの生活になりました。寝る時に子守歌かわりの童謡CDを流す習慣にしていたのですが、高校1年くらいまでは寝る時に自分操作して鳴らしてましたね。(ずっと川の字です)

 テレビがなくなると空いた時間を埋めるべく、絵本をめくったり、オモチャを手にしたり、パソコンに興味を示したりするようになりました。テレビは捨てて正解だったと今でも確信しています。(モニターDVDは視聴可)

小学校先生に恵まれました

 発語はあるが会話は成立しないのですから小学校は当然にしてストレート特別支援学級です。

 集団登校には親の同伴を求められたので、6年間ずっと同伴通学でした。(とは言え、後半は列の後方から見守る程度ですが)

 「環境の変化」と「予想しない事態」に極度のストレスを感じるのが自閉症児の特徴なのですが、特別支援学級の1年生~5年生まで、担当教諭の異動がなかったことが幸運安心すると精神状態が落ち着くんですね。

 特別支援学級教諭って、ナニかワケありで左遷ポストみたいな雰囲気があると思うんですが、1年生~5年生まで担当して下さった教諭は全く違ってました。

 言葉で書き尽くせないのですが、自閉症児では健常児以上に苦手なところが多いのですが、無理矢理に克服させようと正面突破させるのでなく、苦手なところを避けて歩く方法みたいなことを息子に伝授してくれたように感じます

 予期しないことが起きるとパニックに陥って奇行が始まるのですが、先に予定が分かっていて、その予定どおりに進行すればパニックは起きにくく、そういう特性最初から見抜いて下さって、本当に上手に導いて下さいました。

 伊藤先生、今でも感謝しきりです。(年賀状は欠かさず(息子に)出させてます

ほぼ毎週のように外出しました

 息子にはとにかく外界からの刺激が必要だと思って、ほぼ毎週、公園だの何だの、とにかく外へ連れ出しました。200キロ距離にある実家へは毎月通ったり、とにかく土日2日とも家に籠もっていたことは年に数えるほどだろ、という位に連れ出しました。

 電車が好きだったので、環状線一周(全ての駅で降りて看板写真を撮る)みたいな、そんなオタッキーなこと喜ぶ児童がいるのか?みたいなことやってました。時効から打ち明けますが、1区分切符でずいぶんと遠回りさせて頂いたこともあります

 地名や駅名とかはすぐに覚えましたね。

 実家へは(下道で行くと)幾つものトンネルをくぐるのですが「このトンネル最後」みたいなこと言ったり、いついつにこういうことがあった、みたいな何年も前のことを年月日まで揃えて呟いたり、とにかく記憶力だけは半端ない

 ちなみに息子と年子の妹(健常児)がいるのですが、彼女存在も大きかったように思います。友だちのいない息子にとって、唯一の同年代の子どもが妹だったのですから

 特に小さい頃の妹は兄の障害のことが分からないので、時々は手を繋いだり引っ張ったり(兄のほうは照れて逃げ回ったり)、それはそれは友だちのように接してくれたのですから

JRウォーキング企画に連れ出しました

 家族での外出のほか、JR沿線企画するウォーキングに猛烈に参加しました。

 参加するとスタンプが貰えるのですが、有効期限内にフルコンプリートして最上位の景品を貰えるくらい、1級障害者じゃないので運賃は安くならず、相当お金はかかりましたが。

 他の子達と同様、かならず電車最前列に張り付いて、運転手さんの呟き(点呼)をオウム返し。運転席に手が届くような、どこぞのローカル線に乗った時は、運転手さんが息子の点呼(出発シンコー)に合わせてマスコン操作してくれたりで、電車が大好きになったようです。

 あと英語ナレーションも覚えたみたいで、英語が流れないローカル線でも自分英語で This train ・・・ Bound for ××× Thank you! って大きな声で「通訳」すると、周囲の大人が褒めるもんだから、より調子に乗って・・・みたいな。

 10キロとかの健脚向けコースに参加しているときなんかは、おばちゃん達が「小さいのに偉いねぇ~」って飴ちゃんくれたりするものの、会話が成立しない(がんばって1往復)うえに当人は飴なるものを口に入れたがらず。

 食へのこだわりが強烈で、少しでも怪しいものは決して口に運びません。妥協なんてありえないのです。

パソコンに息子用のアカウントユーザー権限)を作って使わせました

 ヤフーキッズブラウザデフォルトにしたのと、使用時間制限(夜の9時だかを超えると使えなくなる)したくらいで、基本的にノンフィルターで使いたいように使わせました。

 パスワードはかけてなかった(息子も自分でかけようとしなかった)ので、時々何をしてるか監査してましたが、Youtube で馬鹿映像を見てるほかは名探偵コナンを追いかけてる風。あとドラえもんプリキュア(笑)

 年頃の男の子が興味を示すサイトへは立ち寄った形跡もなし。アニメ芸能関係Wikipedia更新もやってたみたい。

 基本的には「泳がせながら監査」という状態を続けましたが、ずっとパソコンで遊べるわけじゃありません。

 時々妹がやってきて「私もパソコンを使いたい」って言う話になれば、兄に勝ち目はないので、みすみすパソコンを奪われることに。

 まぁずっとパソコン漬けはよくないし、時々はパソコンを奪われたほうがいい(占有じゃなくて分け合う)と思うので、パソコンを追加することな喧嘩させる選択(妹相手喧嘩練習をしておけ、と)

5年生くらいか運動会で息子が見つけれなくなりました

 3年生か4年生くらいになると、少しずつ会話が成立し始めました。

 その奇行ゆえ、運動会では常に、どんな遠くからであっても、あれが自分の息子だ、って識別できていたのですが、5年生の運動会くらいからでしょうか、一生懸命に探さないと見つけれなくなりました。

修学旅行に息子だけで行けました

 小学校入学当初は「修学旅行へは親さんも同行してもらうことになりますから(同行できないなら修学旅行は無理です)」って言われていたのですが、伊藤先生の後任の女性教諭も「大丈夫でしょう」と。

 無事に一人で(同級生と)行ってきました。

 プラスチックの刀を土産に買って帰ってきましたが、どこが気に入ったのか今でも理解不能。

卒業式

 養護教諭フォローなしに壇上で卒業証書を受け取る息子を見て涙が出ました。

中学特別支援学級

 奇行も減って落ち着いてきたので、普通学級でも辛うじて何とかなるかも?って言われつつも、他の生徒さんに迷惑がかかるといけないと思い特別支援学級希望

 2人の学級で、これまでは異学年の混合授業だったのが、初めての同級生が出来ました。

 しか女の子! だけど家庭の事情引っ越し)で1年で転校して行ってしまいましたが、別れの日は私物を整理して親と一緒に帰る時間見送りに行ったようです。買って持たせた花束の中に、コッソリ前年の年賀状の余り(自宅の住所が印刷されている)を忍ばせておいたのは私なのですが、お礼状と共に今でも年賀状の往復だけ続いています

 その子もワケありなんだけど、息子とは特性が違う(不得意分野が違う)ので、嫁さんになってくれるといいんだけどなぁ~とは心の中の声。

同学年の女の子を好きになる

 気に入った女の子が出来たみたいなのですが、息子の挙動があまりキモかったらしく、当人から拒絶されたうえに親にも厳重注意

性的なことをやったわけじゃありません)

 当人は加減を知らないし、女の子のほうも自閉症児につきまとわれるのは嫌でしょう、分かります

混合授業を希望する

 中学校の特別支援学級担任は、父兄の間で評判の良くなかったらしい教諭が着任して翌年に異動とか、産休予定の教諭が数ヶ月だけ担当して交代とかアレな風でしたが、本人には良い意味で刺激になったよう。

 3年生になり進路が気になるころ、どこへ進学するかはともかく、特別支援学級という超少人数学級じゃなくて普通学級にも慣れておかないと選択肢がないと思い先生相談

 数学理科は進度が全く違うという理由NG が出たものの、それ以外は何とかなるだろうと(授業の妨げになるなら追い出す条件で) OK

 7割は同じ小学校から上がってきた生徒で一応は幼なじみ。1学年50人ちょっとギリギリ2クラス)という少人数な学校だったこともあり、先生の目が行き届きやすいという判断もあってのことだろう。

 JRウォーキング企画を始めとして外にばっか連れ出したおかげか、地名都市位置関係)に関しては健常児を超えていたと思う。

 理科小学校から全く履修していなかった(見込みなしと見捨てて他の教科に割り振られた)のだけど、履修してない教科があったのに卒業できてしまうとは。

偏差値40弱の普通高校合格する

 その下は定時制しかないというランクのところではあるものの、「荒れてない」という理由だけで選択した公立高校に無事に合格

 たまたま定員割れしていた年で、落ちた生徒はいなかったと思うのですが、翌年は定員超えしていたので1年ずれてたらヤバかったかも。

義務教育期間・無遅刻無欠席を達成

 9年間、無遅刻・無欠席ということで学校と市から表彰されました。

 ちなみに一つ下の妹のほうも同じく9年間無遅刻無欠席。

 4歳だか5歳の頃に妹のほうがキャンプに行きたいというので「キャンプ場は遠いよ」って言って大正池から徳沢まで歩かせたり、お山に行きたいと言われれば「山小屋売店であって泊まるとこじゃない」と諭してテント背負ってガチ登山に連れて行ったり、ロープウェイに乗ってみよう!って誘っておいて「入り口は上にあって登らないと乗せてくれない」って登らせて下りだけロープウェイとか、とにかく欺しまくりました。

 温泉に行きたいって言われて湯俣温泉に連れて行った(吊り橋の先の河原で掘って「これが温泉だ」って)のが最凶だったと自覚してます(小2+小1)

 よって、うちの子たちは本当に頑丈です。

高校普通学級で頑張る

 中学までの26~27人学級と違って、40人近い教室で、一人も知り合いのいない学校。つまり他の生徒も息子の特性を知らない。

 小学中学は通しの生徒が多いせいもあって、息子がワケありってのは全校生徒のみならず、その親にまで知れ渡っていて、わざわざ寄りついてくる奇特子どもはいなかったのだけど、高校では最初のうちは先入観なく普通に接してくれたみたい。

 同級生から寄りついて来られたことのあまりなかった息子は話しかけられただけで「友だちができたかも」って思い込んで家に帰ってニコニコ自慢してましたが、それが「ぼく友だちいない」に変わるのはそう遅くはありませんでしたけど。

 とはいえ、友だちが出来ないまま15歳まで過ごしてきてるので、全く気にならないようではあります

 年に数回、学校開放みたいな行事があって親も観に行っていい日には出かけたのだけど、偏差値が低い=ガラの悪い生徒が多い という先入観を見事に打ち破ってくれました。いやほんと、殺伐感の全くないノンビリした校風の良い高校で良かった。

 迷惑をかけるのだからせめてもの恩返しということで、学校保護者委員?(PTAに近いと思うが、もっとイージー)は進んでお受けし、時々校門にたって挨拶運動かに参加したわけだけど、先生命令に従って渋々挨拶してるような感じはなく、どの子自分言葉挨拶してくれて、挨拶運動に参加するのはとても楽しかった。

JRウォーキング企画に一人で参加するようになった

 高校になってから自我が芽生えたか、親と出かけるのを嫌がるようになり(本気で拒絶するほどでもないが)、親としても自立する方向に誘導しないといけないため、JRウォーキング企画に一人で参加することを許可

 前日までに行程(電車の乗り継ぎを含む)と予算を紙で提出すれば金は出すという条件で。

 コンビニの外ベンチにDSを置きっぱなしのまま買い物に行って、案の定その間に置引きされたときがあるんですが、ちゃん自分交番に行って遺失物届を出してきたり、普通じゃないながらも何とかなる次元には成長

大学見学会大学進学に目覚める

 学校行事か何かで、家から最も近い私大偏差値40~50クラスか?)の見学に行って、学食としてマクドナルドみたいなバーガー屋を含む何軒もあったりで感動したのか、コンビニなんてもの学内にあることに恐れ入ったのか、コナンに出てくる大学生のイメージと重なったのか、どういう訳でか知らないが大学なるものに興味を持った模様。ただし、最初に見に行ったそこだけが気に入ったみたいで、他の大学へは見学すら行かない。

最後文化祭の劇で一躍ヒーロー

 高校になると授業参観なるものが滅多にないのですが、高校3年の最後文化祭(平日)へは仕事を休んで観覧。

 劇で何の役をやるのか教えてくれなかったので、観に行くことも言わずに黙ってビデオ回しながら見てたのですが、ステージの袖からナレーター(司会だったらしく)として登場したところで目を疑う。

 名探偵コナンナレーション意識しているとハッキリと分かるのですが、恐らくは普段の息子と全く違うキャラだったこともあってか、会場の体育館は大爆笑の渦に。適度なアドリブ(意外性に沸く観客生徒に向かって「ありがとう!」って言ってみせたり)を交えたり、完全に自分世界に没入していたのだろう、とにかく凄かった。

 審査表彰式まではいなかったのだけど、息子のクラス最優秀賞を、息子は最優秀個人賞を、それぞれゲットした。

指定校推薦という優遇枠でありながらも大学合格しました

 進路指導先生からの「なりたい職業に応じて学科を絞って学校を選ぶべきだ」という助言を無視する形で、第一希望~第三希望まで全て前述の大学にある学科で、文系理系おかまいなく・・・という風に進路希望を出していたので三者懇談では「本当にいいのか?」って迫られたけど、「息子が大学に行きたいと思ったキッカケは、そこの大学出会たからです」なのだから仕方ない。

 いわゆる進学校ではないため、一般入試での合格絶望的だろう、と先生から言われ、最初最後のチャンスということで指定校推薦に応募

 そもそも、その下には定時制しかないような、こう言うと悪いんだけど学力的には良くない生徒の集まる学校だったのだけど、挨拶運動で感じたようにガラの悪い生徒はおらず、確かに当たりは少ないけど外れはいない、そんな学校ゆえにか「指定校推薦」という枠が設けられていたのは凄い幸運だった。(誰しも外れを引くことを恐れるわけで)

 第一希望学科(息子はパソコンが好きだったのでそういう系)は成績が足りないと言われ、第三希望くらいのパソコンとは無関係なところだったら・・・みたいなこと提案に乗って応募。ちょまどさんだって文系大学なのにプログラマやっててマイクロソフト行かれたんだから、その気があればどこの学科であってもパソコン仕事はできるのよ。

 劇のナレーターで最優秀個人賞をゲットした余韻もあってか、上手に面接をこなしてきたのと指定校推薦で落ちるのは難しいという条件が重なって、無事に合格の通知。

 

社会で自立できるか知らないが

 高校3年でやっと中学生?ってくらいの状態なので、大学卒業できるか知らないが、ちょうど卒業時点で高校生くらいの状態になるかもしれない。

 完治は無理、喋らなければバレない、くらいが限界なんだけど、健常児を遙かに超える得意な分野があるので、そこだけ見て、ダメなところは諦め。

 ただ普通の子に近づいたせいか、幼少期に感じた「ありえない記憶力」とかの特殊能力は徐々に衰え、ヒゲも生えだして、すぐに忘れる平凡なオッサンに近づいてることに寂しさも。

 仕事に就けるかどうかは分からないが、とにかく社会に出るまで大学生の身分に甘んじて時間稼ぎしてろよ、と

貧乏の子もの増加、実感できる?(正直よく分からん

俺が公立小学校に通っていたとき給食費を滞納している貧乏の子がいた。親がいなくて、擁護施設に入ってる子もいた。

クラスに1人ぐらいはいたような気がするけど、今はもっと増えてるの?

 

日本の子もの貧困率は13.9%

  →7人に1人が貧乏な子

2018-11-25

公立教師給与は見合ってない

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/news.yahoo.co.jp/byline/ryouchida/20181125-00105367/

で「教員給与保護者の平均給与の約2倍」と言われていた上に結構スターを貰っていて驚いたので書いている。

父が公立小学校教師をしていた。今は定年退職済みであるが、最後副校長教頭)にまでなった。

その際に自分一人暮らしをすることになり保証人として年収記載してもらったのだが、ワープア自分からしたら結構な額をもらっていた。

けれど父の労働時間などを考えるとあまり多いとは言えない額だ。

平日は勤務先が然程遠いわけではないのに夜10時に過ぎに帰ってくることが普通で、家族食卓を囲むことは滅多になかった。

土日も日直だったり地域スポーツクラブ指導に行ったりしていてほぼ家にいなかった。

たまに家にいると昼まで寝てゴロゴロとしていたけれど、それも仕方がないものであるし、父が家にいるだけで外出しなくとも嬉しかった。

近年職場男性が「子供卒業式入学式から」とおやすみをもらう機会に何度か遭遇している。

時代は変わったな、と思う反面、我が家では絶対に無理なことでもある。

まりは「普通保護者給与よりも高いかもしれないが同じ時間だけ働いた人と比較すると貰っていない方である」という結論である

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