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はてなキーワード: 面接とは

2024-07-22

anond:20240722214125

うむ、わらわが説明してやるのじゃ♡

まず、「新卒一括採用」が廃止される世界というのは、現在日本雇用慣習が大きく変わることを意味するのじゃ。

新卒一括採用がなくなると言っても、企業中途採用しかしなくなるわけではないのじゃ。

しろ、より柔軟な雇用形態が生まれ可能性が高いのじゃ。

例えば、インターンシップアルバイト期間を通じて企業学生が互いを評価し合うシステムが広がるかもしれんのじゃ。

さて、30歳で社会人経験なしの者についてじゃが、欧米のように年齢や経験に関わらずスキルや適性を重視する文化が浸透すれば、年齢による偏見は減るじゃろう。

人事がそういう人を採用する理由は、その人が持つ能力ポテンシャル、またはその人の特有経験視点に期待できるからじゃ。

さらには、企業業務内容やチームの構成に合わせて多様な背景を持つ人材を求めるようになるじゃろう。

まり社会経験がない30歳の者でも、その人が持つ特技やスキルを活かせるポジション提供されるのじゃ。

選考基準についても、「スキル」や「適応力」、または「チームワーク」などが重視されるようになるのじゃ。

面接はその人の能力価値観企業にどのようにフィットするかを見る場所になるのじゃな。

まり、変化を恐れる必要はないのじゃ。

しろ、新しい雇用の形が生まれることで、より多様な価値観企業に取り入れられるようになるのじゃよ♡

新卒一括採用批判派が想定している社会がまったくわからない

新卒一括採用がなくなったら中途採用だけになるってことだぞ?

中途採用で未経験者雇うと思う?

新卒一括採用廃止されたら学生はどうやって就職するの?

その世界で30歳で社会人経験なしな人はどうやって就職するイメージなの?

人事は30歳未経験のやつの履歴書のどこを見て「よーし、こいつを採用するか」になるの?

経験者を無条件で雇う世界になるんなら選考基準はなに?

その世界面接はなにを見る場所になるの?

19歳のかけがえのない夢を飲酒喫煙ときで奪うなよ!

本人が「飲酒喫煙とき」と「かけがえのない夢」と天秤にかけただけじゃん。

飲酒喫煙ときとか言ってる奴らに言いたいわ、飲酒喫煙とき大きな夢の前では我慢しろよ。

知り合いに某トップアイドルオーディション面接前にプレッシャーに負けてストゼロ1缶開けて挑んで

お酒飲んできたんですか!?って詰められて不合格にされた奴いるけどさ。

自身の大きな夢の前でプレッシャーに負けて酒飲むような奴、怖くてグループに入れられないだろ。

どうすんだよ、武道館公演の前のプレッシャーに負けてシャブ打って出てきたら。

もう終わりだね(織田哲郎)ってなるだろ。

オリンピック代表プレッシャーがあったんろうねとか言ってる奴いるけど、代表になっただけのプレッシャー犯罪犯す奴がオリンピック本戦に出たらどうなっちゃうんだよ。怖すぎるだろ。

 

本にもなってるようなケーキを三人分買ってこれないレベル境界知能で「18歳から成人になるから飲酒喫煙大丈夫だと思ってたんです」って言うんならまだわからんでもないけど、んなわきゃねーし。

普通に20歳未満での飲酒喫煙犯罪」って理解した上で「自分オリンピック代表」っていう自覚をもって飲酒喫煙したんだろ。オリンピック代表である自分飲酒喫煙を天秤にかけて飲酒喫煙を選んだんだから、それがバレて責任を問われたときオリンピック代表を辞退するのは当たり前新体操しかない。自分選択の結果じゃん。

何をそんなに声を大にして庇う必要があるのかわからん

これがサッカー伊東みたいにハメられて週刊誌に乗っただけの「疑惑」の段階で代表降ろされたとかだったら、黒確定もしてないのに19歳のかけがえのない夢を奪うなよ!って言いたくなるのはわかるけどさ。

今回は実際に煙草も吸った、酒も飲んだ、自分意思快楽を選んだ、そういう話だろ。

どこに同情の余地があるんだよ。

 

こいつを擁護してる奴らの思考マジで理解できない。

ワンチャン、ここで庇って印象よくしといたらそのうちパコれないかな?って下半身が喋ってるならギリ理解できるレベル

ブラック企業就職してみた。

事情ブラック企業だと面接の段階からわかっている会社好奇心就職してみたのだが、想像を超える治安の悪さに笑ってしまった。毎日不快感半端ない

今迄の人生、ここまでの頻度で「〇んだらいいのに…」が喉まで出かかった会社があっただろうか。

まず個人経営なのだがこの経営者が多分そこらへんの平凡な人で、経営者として生きてこなかった系なので無茶苦茶をする。法律って知ってる?

入社1日目から求人票の内容8割ブッチしてきた。

流石に労働条件提示書は突っ返したが、戻ってきても間違えてる。最後まで求人票と同じものはでてこなかったが、まあまあセーフなものが出てきたのでサインするも、

「年休120日って書いてあるけど社則では108日だから108日で働いてね」

「9-17時の勤務の契約だけど6時間残業してね。うちの会社では23時まで正社員は帰っちゃだめなんだ」

希望休2日は受け付けるけど、出勤日に希望休出さないでね」

と言ってきかない。何それ草。

休みの日に希望休出して何が起こるんだ。と思いながらも出勤日に希望休だしたが全部却下された。

あと人権人権言うけど、社長とその家族人権を守る為なら社員人権ゴミカス以下と平然と言うので、みんなよく働いてんな…!?と思ったが、後で聞いたら離職率半端ないそうで安心した。

自分ポストはここ5年くらい離職者が居ない、みんな長期で働いているか安心して、と聞いていて「そんなに奴隷労働好む人が集まってんの!?」とびっくりしたが、アルバイトで付かず離れず適当に稼ぎにきているお陰で長く続いているという人から

正社員で入職したのアナタが5年ぶりだからね。前任者は揉めて辞めた」

なるほど嘘じゃなかった。

そもそも応募が滅多にない上、あの面接じゃみんな断るだろうしね。

で、やたらミーティングがあるのだが、ミーティングの内容が稚拙で笑ってしまう。

最初聞いた時はゲエ…となったが、あまりにも稚拙なので逆に変な業務やらされてるよりはミーティングコントを鑑賞させて貰っている方が気楽という。

顧客首に紐をつけて引きずったら、早く移動出来て顧客も満足」

みたいなことを平気で言う。ガチで。上から下まで誰もつっこまない。突っ込み不在のデスバトルコント。

最初まりもびっくりして

顧客首につけた紐を引っ張った場合、下手したら死ぬので一般的手法誘導した方がいい」

と言ってしまったのだが、

「それだと時間がかかって顧客の満足は得られない」

はまだマシな返事で

顧客誘導をしないというのか!」

「数十年かけてこのルールを作ってきたのに!」

論点がずれていく。これも誰もつっこまない。

面白過ぎてつっこみまくってたらミーティングに呼ばれなくなった。ついでに責任者の顔もみかけなくなった。

顧客首に紐かけて引っ張るとかそんな馬鹿な嘘つくんじゃないよって思うじゃん。

俺も最初ジョークで和やかなミーティング演出してるのかなって思った。

実際やってたか現場でもダメだよって諭したけど、絵面が無茶苦茶面白くてちょっと笑った。

同じことをお前もしろと言われて真顔に。断固拒否

後で聞いたら、その場にいたスタッフ責任者も、資格もなくバックグラウンド勉強もしていない本当に何もないド素人から採用されて、専門知識がないまま20年くらいかけて職場ルール作ってきたらしくて、今迄もずっと顧客首に紐かけて引っ張ってたけど誰も突っ込む人がいなかったし、顧客が死んだことがなかったので正しいと信じてやり続けていたらしい。確かに当たり前過ぎて「顧客首に紐をつけて引っ張ってはならない」とわざわざ書いてある教科書なさそうだしな。SMクラブとかなら推奨だったりするかもだし。

耐えられない人は突っ込むのを諦めて辞めていったそうで、今回俺が言ってくれて顧客首に紐かけなくてもいい事になって助かったと新人バイトに言われた。管理職ミーティングの場では「これから首に紐をかけます」って言い張ってたけど知らない所で折れたらしい。

ちなみに突っ込むのを諦めた人が多かった理由は無言の圧じゃなくて、有言の圧で、喋ってる最中にずっとヤジとばしてくるんだよ、管理職も含めていろんなスタッフが。

小学生が注意されるやつまだやってんのか。ダサい国会議員じゃん。

正直これが無期で働き続ける予定だったら胃が痛すぎたと思うのだが、入る前から半年だけの予定だったのでむかつきながらも割と面白く過ごせたと思う。

ただ流石に無法地帯過ぎて身の危険を感じたので、半年の予定が1カ月に短縮されはしたが。

だってティッシュ在庫が切れたのは正社員のせい」とか平気で言い出すんだもん。現場ティッシュ在庫管理は担当事務員仕事だし、その現場には週に10分くらい様子みにいくくらいしかなかったけど、管理職曰く

「その10分でティッシュ在庫確認できたのにしてないのはお前のせい」

だそうで、多分これティッシュどころじゃなく全部言い出すんだろうなと思ったら、本当に「バイトがコップ割ったのはお前がコップ落としたら割れるって言わなかったせい」とか言い出して面白かった。10分/週の期待値がでかすぎる。

絶対顧客首に紐つけて引っ張ってんのも、事故おきたら俺のせいにしただろ。

そもそもアルバイト採用だったのに入社したら正社員になってた時点で面白いよね。

半年しか働かないのに5年後には理事にするとか初日から言い出してて、大卒地方三流)雇うの初めてっぽい初々しいクソデカ期待も面白かったよ。

ありがとうさようなら

2024-07-21

ブレザーを着ずにセーターだけで登校してはいけないとか。それでメチャクチャ怒られるんです。

面接試験不採用事由になってたな

夏でもリクルートスーツ

これがニッポン

2024-07-20

anond:20240720110339

ワイは全ての人を舐めてかかるタイプ発達障害から面接は受かる

土壇場に強い発達障害

自動車免許の教習の最後試験の時のことをよく思い出す。

その試験ではどの道を走るか事前に頭に入れておかねばならず、普段の教習のように教官が指示をくれることはない。

なのでみんな必死地図を見て道順を覚えて試験にのぞむわけだ。当然、俺もそうだった。

しかしいざ試験になると、俺は「道を自分で選んで走る」という工程のものを忘れた。

ただ道を忘れたのではなく、これが試験であるという意識のもの消失した。

から普段通りにリラックスして道を走り、いつまでもまっすぐ走っていたら、教官に「通り過ぎましたよ」と指摘されて初めてこれが試験だと思い出した。

思い出したはずなのだが、道を引き返し、本来の道に戻って走り出すと、俺はまたこれが試験であるということを忘れた。

都合3回、教官に道を通り過ぎたことを教えられ、その都度引き返しながら俺の試験は終わった。

当然試験は落ちたものだと思ったわけだが、どうも道順の間違いは減点にならないらしく、結果として俺は合格した。

要するに俺はそういう人間なのだ

人並みに緊張はするし、物怖じもするのだが、土壇場になると何故かパフォーマンスが上がる。しかしどこか抜けている。

就活面接でもそうだった。

障害オープンにしていたのでそういう贔屓目もあったのだろうけども、どこに行っても「落ち着いていますね」みたいなことを言われた。

面接で突然役員の人があらわれた時も「なんか話しやすおっさんが出てきたな」くらいにしか感じず、一切緊張しなかった。

良くも悪くも第一印象ピーなのだ

人付き合いでも、初対面の人間が一番話しやすい。逆に言うと付き合いが深まるほど会話の難易度が上がっていく。

そういうファーストペンギン性質をよく羨ましがられるのだが、俺からすると、尻上がりに調子を上げていける人の方が長期的には楽なんじゃないかという気がしてならない。

ASDADHD話題で俺のようなタイプはあまり話題にならないが、こういう人間もいるってことを知ってもらいたい。

2024-07-19

anond:20240626114536

面接会場の思い出

・みんなスーツ着てた

・落ちた

男だけど事務職マジでからねえ

鬱になってずっとまともに働けず30手前になっちまった男です。

運よく派遣事務で雇ってもらえて

2年頑張って期間満了で退職したんだ。

事務系の仕事なら俺にもできるかも…と思って

勤務形態わずひたすら中途採用に応募してるんだけど

ほぼほぼ面接すら受けさせてもらえない。

場所東京以外の関東

失業保険も切れた、

もうどうしたらいいのかわからない。

鬱の再発が怖くて足が重い。

男の事務ってやっぱほとんどいないのか?

とてつもなく厳しい道だったりする?

anond:20240719172748

知事殺害したならともかく、勝手に死なれただけで何が闇だよ

知事面接やって採用するわけでもあるまい、メンヘラの一人や二人まぎれこむだろ

すぐポリコレ棒で人を殴るな

死にたい どうしたら良いかからない

来年卒業大学生なのに未だに内定ゼロだし、クレジット借金20万あるし、バイトしようとしても面接で落とさるし、部屋も片付けられなくてゴミ部屋だし、アパートにカビ生やしすぎで退去費用が気になって眠れないし、去年からトイレが詰まってて流せなくてハエが大量に湧いてるし、ストレスで暴食しすぎて過去最高体重だし、今も履歴書書かなきゃいけないのにやる気出なくてベッドで寝転がってる

毎日生産性の無いゲー厶をするだけの昼夜逆転生活 精神科に行けと言われてもお金がありません いったい私はどうしたら良いんだ

死にたい どうしたら良いかからない

来年卒業大学生なのに未だに内定ゼロだし、クレジット借金20万あるし、バイトしようとしても面接で落とさるし、部屋も片付けられなくてゴミ部屋だし、アパートにカビ生やしすぎで退去費用が気になって眠れないし、去年からトイレが詰まってて流せなくてハエが大量に湧いてるし、ストレスで暴食しすぎて過去最高体重だし、今も履歴書書かなきゃいけないのにやる気出なくてベッドで寝転がってる

毎日生産性の無いゲー厶をするだけの昼夜逆転生活 精神科に行けと言われてもお金がありません いったい私はどうしたら良いんだ

anond:20240717183753

ChatGPTに数行にまとめてもらった:

「応募者がOpenAI Japan面接を受けた際の体験についての記録です。応募者は面接プロセスを通過しましたが、最終的に不採用となりました。面接一般的外資系プロセスで、リクルーターとの初回の面談採用マネージャーとのインタビュー課題提出、複数人とのループ面接がありました。しかし、面接中にクレジット付与が遅れるトラブルが発生したり、課題提出後の連絡が遅れたりするなど、対応に不満があったとのことです。応募者は、課題提出から1か月以上待たされた末に不採用通知を受け取り、その後のフィードバックも得られなかったことを残念に思っています。それでも、OpenAIのビジョンには共感を示し、今後の発展を願っています。」

anond:20240719085517

ワイはすき家の夜間に応募しようと夜と昼の計2回も希望店舗で食べたけど本部面接と適性検査テストで落とされたやで😢

…ちな味は吉野家のほうが甘辛で好み😋(すき家醤油しかしねーよ🤤)

anond:20240719034201

面接だったら答えるけど益の無い質問には答えねー主義なんだわ。

anond:20240719003950

面接する側は一日に何十人も相手にする

圧迫面接はする方がストレスがかかる

社員健康犠牲にしてでも取りたい人材を見極めるということ

2024-07-18

カンニングした理由からカンニングをやめるまで2

前半→https://anond.hatelabo.jp/20240718232635

勉強なんてますますしてやるかボケとなり、母が理想としていた聡明で清楚な娘なんてぶち壊してやった。制服スカートを短くして、私服も男っぽくして、寄り道買い食い、刈り上げにして、運動部日焼けしまくって、口も悪くなった。母が嫌いなゲーセンにも内緒で行ってた。さすがに身売りとか夜の街とか借金とか法律に反するとかのやばいことはしなかったが、できる限りで親の理想と反対を行った。

学校の授業は楽しかった。一部の先生は母みたいな上から目線で嫌だったが、大体はみんな優しかった。上から目線バカにする人はほぼいなかった。私立だったからだろうか。勉強以外で得意なことがあるならそれを伸ばそうという校風だったからだろうか。

そうなってからカンニングなんて頭になかった。気が付けば追試の数が減っていた。追試になったときも同じ追試仲間と一緒に勉強するのは苦じゃなかった。学校で受けた全国模試では下から数えた方が早かったけど、得意科目は上から数えた方が早かったからそれでいいやと思ってた。小学生の頃は得意科目がよくてもメインの科目ができないといけないと思っていたがそんなんど〜〜〜〜〜でもよくなった。父と夜遅くまで遊び、兄弟旅行遊園地に行き、母に強烈に怒られた時は友人が「じゃお泊まりしよっか!」と友人宅に何度もお泊まりした。友人の母も「子供がいっぱい楽し〜!ふぅ〜!」なノリでよく花火をして、焼き肉に連れて行ってもらった。この友人の母は「留年しない程度に勉強すればいいじゃ〜ん。あそぼーぜ!」な考えで、影響されたと思う。

一度高校の頃、地学で満点近いテストを母に見せたが「学校勉強なんだし当たり前じゃん。しか地学って笑」と笑われた。それ以外覚えていない。くそな思い出。勉強しろ!とお小遣いで集めていた漫画アイドルグッズを全部捨てられたときもあったが、それでも勉強なんかしてやるか!となった。

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大学受験期に差し掛かり、母がまた中学受験の時のようにテストの点数点数点数となった時期。入りたくもない塾にいれられ、難しすぎる授業を受けた。宿題・予習の量が尋常じゃなく、難しさも相まって何もわからない。学校の点数も口うるさく聞いてくる。親が金を払っているからさぼる事はしなかった。塾の授業も遅刻せずに真剣に聞くが授業スピードはかっとんでいくのでわからない。

その時の塾の先生は優しかった。すっごく初歩的なことを聞いても「わからないの?」と責めて来ない。しかし優しすぎてずっと何度も質問するのがなんだか申し訳なくなってしまった。

せっかく中学で治ったと思った小学生の頃に身に染みてしまった質問は恥が邪魔して何度も質問に行けず悩んでしまう。

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母は教えてくれない。教えないくせに「こんなの聞いていればわかる」「私はできた」と責めてくる。「あんたはやる気がない」「大金を払っているのに」「私は自力大学に入った」と武勇伝も出てきて家では口を開けば喧嘩だった。点数点数偏差値偏差値検定検定順位順位ばっかりだった。当時の私の偏差値は34で高校3年でようやくギリギリ英検3級が取れた(一敗している)。バカなのはわかってた。学校テスト大丈夫だが、受験となるとレベルが違う。全くわからない。

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そんな中、塾で模試を受けたとき、ふと横の人をカンニングしてしまいそうになった。目が横に動いたと意識した瞬間に前に戻した。カンニングという選択肢が常に頭にあることに気が付いた。小学生の頃に常態化していたカンニング邪魔をしてくる。

それから模試最中は目の前の答案用紙ではなく、自分との戦いだった。駄目だ駄目だとペンを握る。時間を見ようと顔を上げたときに他の人に目がいってしまう。そして自分を責める。カンニング文字が頭に浮かんでしまう。結局集中できずに模試が終わる。

自分はこんなにもカンニングがすぐ思い浮かぶ人間だったのか。最低だ。でも点数が悪いと怒られる。否定される。もう親は自分関係ない!と言い聞かせても思い出すのはあの冷ややかな目。「あ、今から怒るな」とわかる表情。思い出すだけで耳が痛くなる甲高い声。早くこの受験戦争から脱しないとカンニングをしてしまう。絶対にしてしまう。早く脱したい。でもどうやって脱するんだ。だめだ、だめだ、だめだ、と模試を受けるのが怖くなった。その後も模試を受けたがカンニングしては駄目だという戦いをしていたこしか思い出せない。いつも終わった後はお腹が痛かった。

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勉強してカンニングしないようにすればいいと勉強しても「カンニングしちゃえば楽なのに」と悪魔のささやきが頭にこだまする。勉強しても頭に入らない。覚えられない。勉強していると何故か頭が痛い。喉が苦しい。お腹に激痛が走る。自習室にいるのに母に怒られてしまうと怯える。母の視線が怖い。怒っていない時でも怒っているんだと毎日思う。あの耳が裂ける金切り声でキレてくる。突然来る。負けないぞと立ち向かおうとする。でも朝「おはよう」とあいさつするのも精いっぱいだった。「おはようから何に転じて怒られるかわからない。同じ屋根の下というだけで朝から晩まで、いや寝て意識が飛ぶまで怯えていた。「おはよう、そういえば模試の結果まだ届いていないの?」と言われるのではないか?「おかえり、今度テストだよね?」と言われるのではないか?眠くなって自室に戻ろうとすると「受験生なのにこんな早く寝るの?!」と怒鳴られることがある。母の気分次第だ。

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そんな時、行きたいなと思った大学AO入試を知った。自分勉強指定校推薦は無理だったので早急にAO入試シフトした。論文面接は楽しかった。自分の考えを丁寧に文と言葉として落とせばいいので、公式を覚えなくていい。面接自分の会話ペースに引き込んで、延長するくらいには自信があった。

大学は有名どころに受かったので母は喜んでいた。「あんたはしゃべりがうまいからね!」とドやっていた。「何自分手柄にしてんだよくそが」と反抗期真っ只中の私はキレていた。今までさんざん「勉強できないあんたは大学なんか行けない。受験を舐めている」と言っていたくせに都合のいいやつと思っていた。私が成人した現在は「あの中学に行かせてよかった」とほざいている。お前のせいでカンニングしたという過去存在しているのになと時たま思い出してしまう。

受かった後に、とある大学入試を本気で真面目に解いて、マーク試験なのに200満点中18点だった時は父は大爆笑、母は呆れていた。「択一式なのにwwwwwま、真面目にといて?wwwある意味天才だwwww」といった父の言葉。なんだかその時に呪縛が解かれた気がした。

母は既に大学に受かっているという体があったから呆れで済んでいたと思う。それか父と兄弟がその点数で大爆笑していたからか。怒られなかった。

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AO入試を受けさせてくれた母には感謝している。大人になってから聞くと「AO入試なら受かると思った」と。「お前にとりえなんてない。おしゃべりがうるさい子。反抗期長すぎて親を何だと思っている」とキレていたくせに。母には感謝している部分とぶん殴りたくなる部分がある。

中学受験についても感謝している。受験させてくれたことには。小学生の終わりかけのころはいじめられていて、近所の公立に行ったらそのままいじめられ続けていたと思う。受験で救われることもあったから、受験を完全なる悪だとは思わない。むしろ受験をして出会えた素敵な人たちがたくさんいる。

当時、いじめられていると母に言ったら「あんたが弱弱しくするからだよ。勉強で見返せば?」と助けてくれなかったので、ま、いじめ受験させたのではなく、母の自己満だろう。それでも私は良かった。複雑な感情だ。

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大学時代の時は授業と勉強が楽しすぎて単位上限を超えたので聴講もしてずっと大学にいた。

そして検定を好んで受けた時、カンニング意識することはなかった。自分のペースで勉強するのは楽しい。誰にも怒られず、自由勉強して好きに試験を受けるのは楽しいので、カンニングなんて微塵も思わない。試験が楽しくて試験中は解くのに夢中になっている。落ちたって「あちゃー」と自己責任で終わるからプレッシャーもない。

検定で〇級受かったと母にいうと「まだその級なの」とバカにしてくる。そんなもんだ。

勉強以外では仲良くしている。受験就活も終わったからか母は丸くなった。怒らなくなったが、勉強の話になるとこんな感じだ。

社会人の今は帰りに図書館に寄って気象勉強をしている。今度は地震勉強でもしようと思う。

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カンニングしたというニュースを見るとカンニングをした子が心配になる。ニュースから家庭環境は知る由もないけど、気になってしまう。カンニングをしてバレてしまい、退学、そして親から怒られるのだろう。思春期に親から怒られるあの形容しがたい恐怖と不安自死すら考えてしまうだろう。詳細は分からないが、「この子カンニングした理由が私と同じならかわいそうだな」と思う。カンニングは悪いことだ。悪いことだという大前提での話だ。金銭取引をしているようなカンニングは知らん。

ましてやカンニングで責められて自殺、親が学校を訴えるなんて察するものがある。なんで子供カンニングしたのか親はわかっているのだろうか。(処分の内容は一旦置いといて)

出来心だったとしても何でカンニングという行為をしてしまったのか。いじめとか、学校側がカンニングを仕向けて嵌めたのなら訴えるのはわかるが、そうでないのなら親がどんな思想で訴えたのか、何となくわかってしまう。子供の心情を察する。

定期的に話題に上がる教育虐待を受けて親を殺してしまった女性までは酷くないとはして、テストの点数によって怒鳴られ・責められる子はたくさんいるのだろう。バレていないだけでカンニングをしている子もいるだろう。

それを思うだけで辛くなる。私も反抗期がこなかったらカンニングを続けていたかもしれない。親に逆らえない性格だったらと思う事がある。勉強以外を認めてくれる人に出会わなかったらどうなっていたか。父、祖母兄弟も私を勉強いじめはしなかったという家庭環境も助かったと思う。

カンニングをする子は本人の意識問題もあるかもしれないが、環境も強い気がする。カンニングが悪だとはわかっているが、少しでも点数を良くしないといけない事情がどこかにあるのではないかと思ってしまう。私はモラル<親の優先順位になっていた。悪だと思ってもやらなければいけない。そんな環境があるのだろう。

点数を気にしない人と出会しかない。そんな環境にしないと抜け出せない。どうにかしてその環境から逃げ道を見つけてほしいと思う。カンニングをしてしまった事実を消すことはできないが、その子カンニングを続けないという選択肢を選べる環境になってくれ。そう願うばかりだ。

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カンニングした人、ごめんなさい。カンニングした私は最低です。カンニングだと気が付かずに点数を付けてくれた先生たち、ごめんなさい。

今は勉強をすることが苦ではないです。大学に入ってから勉強が楽しくて仕方が無いです。だから昔の分、大学から今まで勉強していますカンニングなんて、ニュースを見なかったら思い出さないくらいには存在を忘れています。今は勉強楽しいです。自由に、好きに、勉強できるのが楽しいです。

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カンニングした理由からカンニングをやめるまで1

カンニング卑怯であり、姑息であり、やってはいけないことだ。大前提である

長いけど吐きたくなった。本当は墓場まで持って行くべきだと、ずっと思っていた。

だけどカンニングニュースを見て以来、ずっとモヤモヤしていた。過去清算をしたくなってきた。そんな年齢なのかもしれない。

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カンニングしたことがある。小学生中学生くらいまで。

私にとってテストの点数なんかどうでもよかった。友だちと遊べて、学校行事に楽しく参加できればそれでよかった。だけど親は違う。成績が全てだった。普段は優しくて褒めてくれるのに、点数を見たときは怒ってる。だから低い点数なんか取るわけにはいかなくてカンニングした。誰にもバレない上手いカンニングをしていた。

こんなことを言えば「カンニングをするなんてクズ」「性根が腐ってる」「カンニングした奴はぶん殴れ・退学」みたいな意見が出ると思う。そうだろう。自分もそう思う。そう思っててもカンニングはやめられなかった。やめたら点数が悪くなる。そうすると親に怒られる。第三者から指さされるより、自分の母に怒られるのだけは死ぬほど嫌だった。

「なんでこんな低いの?」「なんで勉強もっとしないの?」「遊んでいるからだよね?」と責められる。

でも当時の私はそれに「はい、ごめんなさい」しか言えなかった。小学生だった当時の自分は「なんで?なんでがわからない」としかならなかった。しかし言えば「ふざけてんの?」と絶対に怒鳴る。怒鳴らなかったとしても頭悪いと思われるという事実が嫌だった。怖くて怖くて怖い。母が自分否定してくるという事は、小学生自分にとって死ぬことの次に嫌な事だった。母がキレたときの金切り声が嫌だった。

そして勉強しようと机に向かう。何もわからない。何をどうすれば覚えられるのかわからない。あ、そうだ、聞けばいい、そう思っていたのは最初だけだった。今思えばやらなければよかった。

小3くらいの時、学校先生に「これがわからない」と聞く。先生は小ばかにしたように「こんなのがわからないの?!」と大声で驚く。クラスメイトに丸聞こえ。クスクス声が聞こえた。「わかんねーから聞いてんだよボケカス」と思った。「ひたすら書けばいい」と言われた。どうしても根本的な説明が欲しくて何度も聞いたが「あー、はいはい。これは教科書のここみて」と言われただけだった。先生はそのまま1軍のグループと一緒に遊んでいた。

また塾で算数範囲簡単でどんどんレベルアップして、学校で習っていない割り算に突入した時がある。初めてみる記号でわからない。いつも親切に教えてくれる信頼していた大人休みだったので、別の人に「教えてください」と言ったら「は?!こんなのわからないの?!」と言われたのが今でも鮮明に思い出す。「えと、初めてみる記号で…」と怯えながら言うと「ぷwwww割り算なんて簡単だよ。ほら6÷2は、鉛筆6本を2人で割るんだよ」と。明らかに面倒くさそうな態度だったから「あ、はい、わかりました」と切りあげた。"割る"という概念すらわからなかった私は適当に解いて採点に出す。全部バツだった。泣きたくなった。全部バツ人生で初めてだったからだ。

中学受験期、受験用の塾に通い始めた。わからないことを塾の先生に聞いた。「この程度で質問しにくるの?こんなとこスルーしていい」と言われた。「この程度もわかんねーから聞いてんだよ」と思った。教えてくれたけど「こんなの簡単。余裕だよ。試験になんかでないよ」と言う。私にとっては本気で悩んで本気でわからなかったことだった。それは簡単なことで質問する質じゃない。自分質問することは簡単すぎて馬鹿にされる。そう思うようになった。

親に聞く。「塾(または学校)の先生に聞きなさい」と言われた。怒られるかもと思い何度もお願いした。しかし母は上から目線で「ねぇ、なんでわからないの?こんなに説明しているのに?聞いてる?」と言った。私が「どうしてそうなるの?」「なんで?」と聞きすぎたのかぶち切れた。「理由より覚えろ!」

そこからかに質問するのをやめた。

積み重ねによって、わからない→この程度もわからない・簡単と言われるだろう→自分馬鹿→なら勉強したって意味ないじゃん。といったループになってた。

解説を読んで「なるほど」と思っても、何も見ていないと何もわからない。テキストを解いても見たことある問題だなで終わってしまう。そして解説を見て「あれと同じ問題だったのに覚えていない。自分記憶力はダメなんだ。自分馬鹿なんだ」と自分が嫌になる。もっと勉強が嫌いになる。自分も嫌いになる。間違えちゃだめだと普段勉強試験並みのプレッシャーを感じていた。そしてもっと勉強が嫌いになって机に向かっても宿題に答えを写す作業だけしてた。

また、父は「遊んでこそ人生。いろいろ遊べ!」そんな人間だったので、私は父親っ子だった。それもあって母に内緒で父と一緒に出掛けたり、買い物をした。バレたときは怒られたが父はヘラヘラしていた。母が父に怒らないようにカンニングをしていたのもあった。私の点数がよければ母は怒らない。父も怒られない。兄弟に飛び火がいかない。

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理科だけは楽しかった。星とか断層とか自然には興味があった。だから塾のテストでも理科だけは点数がよかった。全国順位も高かった。だけど一個だけ点数がよくても塾のクラスは上がらないし、母は「理科ひとつできたところでねぇ…」と言う。中学受験のメインは算数国語から特に褒められなかった。理科のみの受験なんてないからだ。

父は勉強のことを「お母さんに聞いてね」としか言わないのでテストの点数を見せても「点数なんて気にしちゃいけないよ」と言う。励ましだと思うけど当時の自分は母と父、どちらも点数を褒めてはくれなかった。

はいつも比べる。○○さんは、兄は、テレビのあの子は、同い年なのに、あんたも同じ塾通っているのに。そして仲の良かった友人を嫌がっていた。あの子のお母さん嘘つきだから、あの子貧乏で意地汚いから、あの子小学生テストすら0点だから別に仲いいなら良いけどというが、そんな言葉は嫌いだから言うのだ。

ある時、酷かった国語テストの点数を書き換えたこともある。先生と同じペンを使ってバレない程度に書き換えた。と思ったがうっすらとバレた。「こんなに間違えているのにこの点数なの?」その時の母の目を今でも覚えている。

母に疑われている。怒鳴られる。○○さんは×点なのにと比べられる。なんで?責めされる。また遊びが規制される。兄弟と比べられる。この子は頭がよくなくてと紹介される。こんな子に育てた覚えはないと言われる。塾の金が無駄だったと言われる。教えてもくれないのに勉強を傍で監視してくるようになる。趣味バカにされる。

そんなことがドッと脳内を襲ってくる。おぼれて死んでしまいそうな罪悪感と恐怖で吐き気が喉元まで来るが、飲み込む。「そ、そんなことないよ」と答える。大きなため息をされた。冷や汗が止まらなかった。塾のラウンジでみんなが帰宅だと盛り上がる中、テストを見られて責められていた。小学生の頃のある日の記憶だが、今でも思い出すと頭痛吐き気がする。

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カンニングがひどくなる。塾で一回遠回しに指摘された。親に連絡入っていなかったが、でもやめられない。「バレない方法は」と考え、バレない方法にたどり着いた。でもカンニングには限界があって多少は点数がよくなっても多少で止まる。

でも楽だった。カンニングさえすればちょっと点数が上がる。本当は自分の実力で勝負しようと勉強を頑張った。でもわからない。わからないのにやらなきゃいけない。怒られる。怒鳴られる。金切り声が響いてしまう。頭に全く入らない。やらないといけない何かをこなしているだけだった。

勉強する→わからない→宿題が進まない→進捗を見に来た親に「これしかやっていないのか」「なんで?」と責められる→わかんないと言えば「解説をみてもう一度解くの」と言われる→解説を見たとき理解する→また自力で解くがわからない→解説をみると同じ系統問題だと気が付き自信を無くす→やる気がそがれて進まない→進捗を見に来た親に…と責められる時間自己嫌悪時間になる。

勉強なんて嫌いで仕方がなかった。答えを微妙アレンジして写すだけの日々だった。勉強時間なんて写すだけなので10分で終わる。10分で終わると親が怪しむので、父が持ってた漫画を借りてこっそり読んでいた。自分の部屋があって良かったと思う。

「私、そばで見ているから」と母が監視しながら塾の宿題したことがある。しか問題を見てもまず何をすればいいのかすらわからない。ずっと悩んでいると「寝てる?」「集中しなさい」としか言わない。怖い。責めてくる。「全然進んでない。なんで?」「なんでわからないの?」と責めてくる。私は「ごめんなさい。わからない」しか言えない。解説バンと渡される。解説が難しすぎてわからないと母に言う。「文章の通りでしょうが!」と怒ってくる。ますます頭が痛くなって解説が頭に入らない。文字が嫌になる。責められる。そして私は限界に達し「わかんない!うるさい!ババァ!」と叫ぶ。母と喧嘩をして「親になんて態度だ!」と家をつまみ出される。そして「私が悪かった」と泣きながら家のドアをたたく。「勉強しないあんたが悪い」「勉強すればこんなことにはならない」と責めながら家に入れてもらう。そんなのばっかりだ。兄は第一子だから母は優しかった。弟は末っ子だったから母は優しかった。私だけいつもこんなんだった。

でも優しいところもあるからすべてが嫌いになれなくて嫌だった。誕生日は祝ってくれるし、お年玉だってくれる。私の好きな食べ物もわかっていて「あなたが好きな食べ物よ!」と夕飯を豪勢にしてくれることだってある。「男たちには内緒ね」と高級なお菓子をくれることもある。旅行にも連れて行ってくれる。だからなおさら怒らせたくないとプレッシャーがかかった。小学生の頃、勉強の話を家でしたくなかった。みんなで楽しく生活しているのに私のせいでぶち壊れる。勉強して追い込まないとと思っても全然できない。そして誰も見ていないお風呂で泣いてた。勉強のできない自分なんて。何で覚えられないんだ!バカだ!バカ!と自分が大っ嫌いだった。枕が濡れることもよくあった。

小学生の頃には戻りたくない。社会人になった今でも思う。社会プレッシャーの方が何倍もましだ。

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小学校テストは授業を聞いていれば簡単ですぐ解けたのでいつも満点だった。でも母は「学校のはあたりまえじゃん」と笑っていた。塾のテストだけを見て、塾のテストだけで怒っていた。

結局、中学受験面接が重視されるところに受かった。おしゃべりは得意だった。

他の筆記だけの場所は全部落ちた。筆記だけのところはカンニングしていた。でも落ちた。そんな程度の能力だ。私は。カンニングしておいて落ちる。クズバカだ。

親としては微妙ライン学校だったらしく「受かって良かった」と言う裏では明らかに嫌がっていた。反抗期がくっそ尖っていた時期に「やっぱそんな学校いれるんじゃなかった」と言われていたのを覚えている。私が大好きな学校のせいにするなと私は怒ったから覚えている。

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中学に入っても母はテストの点数を見てきた。英語が酷くてすごく嫌な顔をしていたのを覚えている。英語は将来必要だとかどうでもいい必要性を1時間述べて、英語を教えてあげると言われたが上から目線だったので、案の定私はキレて断った。

そんな中、中学一年先生は優しかった。一年が終わる時の面談勉強が苦しいと相談した時こう言われた。

「君はどんなタイプの子でも仲良くなれる。これほどまでいろんなグループの人と仲良くなれるのは僕の教師人生40年で初めてだ。確かに成績は良くないけど、そこだけで落ち込まなくていいんだよ」そこで初めて勉強以外を褒めてくれる先生出会った気がする。

「君の友人の**って子は成績がいいから、その子相談してみたら?」と目から鱗だった。自分小学生のころから同級生と比べられていたせいで同級生に聞く=恥だと思っていた。人に質問する=恥だとも思っていた。

そこからカンニングをしなくなった。した記憶もないし、していないと断言できる。

成績は悪かったが、学校生活はとても楽しかった。先生たちは私の成績に頭を抱えていた時もあったが「まぁ、君は学校を楽しんでいるからいいか」みたいな感じで責める人はいなかった。学業以外で頼られることも多かった。追試会場でも追試仲間と一緒に先生に「授業が面白くない・わかり辛い。こうしてほしい」と相談することも増えた。そこの校風職員室がカフェのようなノリで入れるため、おしゃべりが好きだった自分先生に遠慮なく雑談を仕掛けた。そこからテストの点数が悪いぞお前→じゃあテストどうすればいい?→ここを山にして覚えればいいんだと教えられる→山なら授業のあそこがわかり辛いなどを相談する。

追々々々試くらいまでしょっちゅう行ったことがあるが、先生バカにしてきたことは一度もなかった。むしろ「君はよく逃げずに会場に来るねぇ」と感心していた。そこから追々々々試に来る、忍耐だけあるバカ共に一から丁寧に教えてくれた。ありがとう先生

そこから母への反抗期が激しくなった気がする。父方の祖母が亡くなったからのもあった。祖母戦争体験者で父と似ていて「自由笑顔であることが一番」な人だった。私はそっち派だった。母からしたら姑としていつも喧嘩していたのは覚えている。

から何を言われても「うっせぇんだよ!」で返した。小学生の頃は母に怒られたら怯えるしかなかったが、中学高校は「世の中は勉強だけで評価されるんじゃないんだ」と感じ、勉強のことしか言わない・認めない母と時には殴り合いになった。

後半→https://anond.hatelabo.jp/20240718233140

Markdownで送るなんて礼儀がなっとらん!相手配慮してPDFしろ!そんなんじゃ合格しないぞ!」じゃねんじゃ

気軽な質問のつもりで依頼するときも、スーツピッチリきて面接語で話さないといけないなら、もう一切聞かないし絡まんわ

そういう聞かれてもいないマナーをいちいち指摘することが、合格必要資格なのか?

そんな感じで、立場が上の人が起こしているミスコミュニケーション忖度する人ばかり合格させてるから認知度低いしリスペクトされず、趣味資格呼ばわりされてるんだろうが

転職活動する度に一次面接数回落ちてガッカリして変にヘラった結果、派遣適当就職決めるから面接が苦手なまんまだしキャリアアップもできない

書類作成はやる気満々のときセミナー対策するから書類選考はある程度通るけど面接カスの出来上がり

2024-07-17

anond:20240717214436

おれはエンジニアだよ

面接ちゃんとチェック項目あるんだよ

好き嫌いで決まらんねぇんだよ

anond:20240717214436

通りすがりの人事だけど、クソみたいなやつは現場からあいつなぜ採用した」って文句言われるから採用面接現場管理職を参加させてる

「え?でも○○さんが面接しましたけど」って言えばだいたい黙る

anond:20240717213949

増田勉強しているエンジニアなのかただの人事なのかで評価が分かれる

ていうか一緒に働きたくないなら通すなよ

お前が面接した意味が無くなるだろ

エンジニアなら親になっても勉強しろ

今日面接の日で色んな人と面接したんだけどさ

子どもいる人たちって子どもいるか勉強してないとか平気で言うよね

空いた時間で何しようが勝手だけどそういう人と働きたくないよね

「いやぁまだ2歳なんで手がかかって寝かしつけでそのまま寝ちゃうんですよ」

「土日は公園とか連れて行かないとなんで中々時間が取れなくて〜」

いやぁ時間なんていくらでも作れるだろ

言い訳ばっかしやがって、この仕事舐めてんの?とか言いたくなるね

一応技術的な質問は一通り答えられるし人格もまともな人たちだったから通したけどね

でも次の面接でしっかり落としてほしいわ

anond:20240717115200

イミフ。俺が指示したai会社面接の合否決められると思うか?

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