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はてなキーワード: 面接とは

2018-01-22

おおよそのサラリーマン

おおよそのサラリーマンは月給を貰うために働いている....それが本質だと思う。もちろんおおよその範疇に入らない人はそうではないが、概ねそういった感じだろう。だから面接なんかではそこらへんの探り合いは明確にした方がいいと思う。「やる気は特にありません!月給を貰うためにここで働きたいだけなんです!」こういうことを明確にした方がサラリーマン企業幸せではなかろうか。「ここでぜひ働かせていただきたいんです!」なんて嘘が精神鬱屈させて悪循環にさせるのだから

差別のはなし

私の家は2004年あたりまでラブホテル経営していた。男同士の宿泊お断りだった。

母の話だとラブホテル経営し始めた当初は男同士も問題なく受け入れていた。90年代になって経営し始めたうちのホテルではとにかく客がほしかった。

そのもっと前だとエイズへの恐怖で男同士を禁止するラブホテルが多かったみたいだけど、うちが経営し始めた頃は感染理由も広まり無知の恐怖で断る必要はなくなっていた。

最初は受け入れたうちのホテルだが、すぐに断るようになった。これも母が言うには「すごく汚すから」という理由だ。

清掃費や従業員精神負担考慮すると断るしかないとのことだった。そうじゃなきゃ潰れてしまう。

男同士の客の8割は汚くしたと母は言っていた。そのなかでは宿泊施設がなく友人同士で泊まるケースもあったので男性同性愛者が汚す率は実際は8割を超えてたと思う。

経営者としてとにかく客=金が入ればいいので、差別意識で断ってるラブホテルあんまりないんじゃないだろうか。

でも差別て訴える人は、そのなかにいた<汚さない人>なんだと思う。彼らにとってはそりゃあ理不尽な話だとも思う。

私は差別生活が天秤にかかったときにどっちを選ぶかと問われたら差別を選んでしまう。

差別される側としてもその感覚骨身に沁みている。ラブホテルをやってる家の子供、<ザイニチ>の子供として。

小学校の通学路近くにラブホテルを建てたものから散々クレームが来たうえに、これだからザイニチは・・ともよく言われた。

金に汚く性的なことを子供にあけすけに話す母親と母の内縁の夫と暮らしながら、家では日本への呪いを、外では日常的な差別を受けてきた。

学校ではあだ名が「姫」だった。ラブホテル=お城=姫ってわけだ。地味でお世辞にも姫っぽさのかけらもない私が「姫」と呼ばれてることを教師たちは問題視することはなかった。

言葉自体には悪い意味はなかったから。

ザイニチの私はザイニチだと言われつつもそれで得したこともある。就職氷河期短大出の私がそれなりに良い条件でそれなりの会社正社員になれたのはそのルーツによるコネのおかげだった。

あのとき同じ会社面接を受けた私より優秀で有能な人たちにとってザイニチは狡い存在だと思う。ザイニチだから結婚を考えた人に振られたけど、ザイニチだから就職できた。

日本人結婚させたくなかった母や母の夫は私が別れたときに喜んだけど、それから38歳になった私は今も独身子供もいない。これからもずっと独身でいると思う。

子供は産みたくないしほぼタイムリミットになってきて嬉しい、って

書いてたら何を書きたかったのかわからなくなったので終わります

anond:20180122141343

いや、差別生活ってぴったりくっついてるから厄介だなーって生活とか日常を守ろうとすると差別したりされたりって繰り返していくんだなーってことを言いたかったんだけど、途中から考えがまとまらなくなった。

2018-01-21

研究が失敗したのだけど就活はどうすればいいのだろう

就活研究の紹介をしなければいけない状況に多々陥るのだが研究が上手くいってなくて苦しい

アプローチが間違っていて無駄を繰り返してしまった

面接官は過程を見たい」だの「失敗したことを分析すればよい」だの言うが最初から間違っていたものはどうすればいいのだろう

そもそもテーマから間違っていた

くだらないしがらみのせいで歪んでいるテーマ研究課程をどう説明すれば高評価を貰えるのだろう

過程は無茶の連続だし失敗は最初からだし

問題に対しては自分なりに真剣に悩んできたのに問題からおかしいのはどうすればいいのだろうか

あんだけ苦しんだ結果がこれかよ

みんな死ねばいいのに

日本根付いている本当の差別

精神障害者への差別

例えば一度でも心療内科に通院すると、その段階で保険にも加入できなくなるし、住宅ローンも組めなくなる。

そして人権屋の人たちにはほぼ興味持たれない。

まあ、精神的に病を持つ人は病気になるリスクが平均より顕著に高いという統計が出てるんだろう。

だけど、それがまかり通るなら黒人犯罪率が高いから家を貸さないとか面接で落とすとかも正当化されると思うのよ。

あんたは えらい

転職活動を始めて、色々文言面接とか修正してるんだけど、

特集ページとか読んでも、全然まとめらなくて、ひねり出すのに それはそれはすっごい時間がかかる

面接用の文言とか NG文言に該当するのばかりで まぁーまとまらない

思考や考えがふわっふわのオムレツレベルで我ながら良く生活できたなぁと

ブクマカ世間様といった皆がハードボイルドエッグ思考

就職活動やXX活動とかで上記経験をこなした上で社会活動してるんだから凄いよ。

素直に褒められる経験だよ あんたらは偉い

偉いアンタらの賢いノウハウを教えてくださいお願いしま

都内 デリヘル

この間、深夜ストロングゼロきめながらノリで風俗面接予約して、受かったかデリヘル嬢になった。

そんなかわいくないんだけど、お客さんが本番狙いのためかかわいいかわいい言ってきてウケる

8時間で4万~5万稼げる、そんな稼げてないな

予約が入らないといらいらする

素人系学園店だから、いろんな高校制服スク水着たり痴漢プレイしたりするんだ

目的も無く暇つぶしに出勤してる

予約入らなくても待機所テレビパソコン食べ物もあるし

風俗はいろんなお客さんが来る、所謂キモ客みたいなのばかりだけど、たまにかっこいい大学生とかいけめんとか

正直、イケメンだと緊張するからキモ客のほうがいいかも、見下してるのかもね

おっさんってなんであんなに身だしなみに気を使わないんだろ、

一流企業に務めてるって自慢してるけど小学生みたいな靴はいて、コート毛玉つきまくり

ほんとは21なのに18歳の女子大学生って設定でやってる

たまにほんとはいくつ?ってきかれるけど、18だよ~って言ってる

同じ店に5年くらい勤めてて19設定の人いるけど、素人店でいいのかそれ

私も将来ああなるのか

風俗掲示板治安ゴミだし、女の悪口しか書かれてないけど、たまに褒めてもらえるから嬉しいな

承認されてえ~

なんか風俗店のボーイさん?激務らしいよ

出勤したら毎日同じ人いるし、あの人たち店に住んでるのかも

2018-01-19

金がない

生きるのが辛い。眠い面接バックれた死にたい

anond:20180119151010

「公平」な選抜ではないが?

勿論差別だが、私学なら仕方ないだろうね。

コネありの子は成績悪くても入学させる、とかも普通にあるわけだし。

公立面接点で差を付けたら証明しようがない。

anond:20180119125509

女子学生落とす大学もあるしね

女は出産すると男医より働かなくなるから、と

勿論女性差別も年齢差別も表に出れば違法だけど、面接点なんて公表されてないしね

誰かが大勢の結果を集めて「学力試験では合格点取ってるのに明らかに合格数が少ないのは統計的差別があるとしか認定出来ない」として

訴訟を起こせば勝つかもしれないが…

anond:20180119124308

まあそりゃそうなんだけど、おっさんがどんどん増えたらどうするんだ?ってのもある

実際年食ってる受験生面接で落とす大学もあるし

彼氏いたことないけど出会い系処女は捨てた

※長い

まれて22年間彼氏ができたことがない。ここで私の容姿客観的判断しかねるので一旦置いておく。話の論点はそこじゃない。

好きな人ができて、告白して、でも振られたり、すごい癖のある変な人に好かれたことはあったけどお付き合いをして彼氏になってくれた人は1人もいなかった。もちろん処女

でも残念なことにセックスにはすごい興味があった。自慰中学生の頃からずっとしているし、AVエロ漫画、TL漫画BL漫画、R18二次創作もめちゃめちゃ読むし見るし、知識だけはめちゃくちゃ豊富

もっと残念なのはセックスしたいと男に思ってもらえるってことは女として認めてもらってるってことじゃん」と思っていたこと。自分セックスたことないから女として見てもらえてないんじゃないかと自信がなくて不安になってた。

今思えば別に22歳で処女なんて山ほどいるし、べつに焦る年齢でもないと思う。でもそれは処女じゃなくなったからこそ言えるのかも知れないし、別に後悔もしてないけど自分はまぁまぁ他人から見ればクズな考えをしているなと思った。

去年の9月ぐらいに急に思い立って18禁出会い系サイト登録結構有名なサイトなだけに登録している人は多いし、いろんな人がいた。

私が処女喪失した相手地元から新幹線で3時間かけて行かないといけない地域に住んでいる同い年の学生男の子。1人旅行が好きだったから宿代わりにその子の家に泊まらせてもらった。後腐れなく別れたくて遊んだり一緒に食事はしなかった。

の子はすごく言い方が悪いけど「当たり」だったと思う。顔は別にかっこいいわけではないけど、清潔感もあるし何より優しくて終始女性向けAVみたいな感じだった。嘘だと思うけど「好き」「可愛い」と言ってくれたし、「女」として扱ってくれて自分はすごく満足だった。やっと女になれた気がした。満たされた。

この後何回か知らない男とセックスするけどこの子が一番優しかったし、一番私が満たされるセックスをしてくれた。

この時は知らない男とセックスしてしまったという罪悪感で半端なかったけど、それから出会い系で同年代の男とアポ取ってはセックスするという流れを何回もしてしまった。みんな奢ってくれるし、お金からないし綺麗なラブホセックスできるし、みんなちゃんとゴムつけてくれるし最高じゃん。と思っていた。でも必ず帰ってから罪悪感と虚無感に襲われて空っぽになる。またその空っぽを埋めようと思って知らない男とセックスする。ゴム付けてくれてるのなんてただ運が良かっただけだし、犯罪に巻き込まれてないのがおかしいぐらいだと思う。中には「知らない人とセックスちゃうなんて悪い子だなぁ」なんて言いながらケツをペチペチ叩いてくるやつもいたけど、そいつの言ってることの方が100倍正しいと思う。

別にセックス気持ちいから繰り返しているわけじゃない。よく言われる「イク」という感覚には全くわからないままだし、今セックスをしている!!という雰囲気を感じるだけで濡れたし、だからセックスして女として認めてもらえる欲求を満たしてもらえて、この人は私とセックスしたいんだなと感じることの満足感を得るために繰り返したんだと思う。まだ私には見知らぬ男の人に性的な目で見られることの気持ち悪さがあまり理解できない。

恋人もできたことないのにセックスだけはそこら辺の友だちより回数を重ねている自分がどんどん気持ち悪くなって、挙げ句の果てに開き直っていっそのこと風俗で働くか!!って行動し、デリヘル面接に行った。

体験入店のはずがあれよあれよと採用になり正規入店

その日に2人の客をとるけど「中に入れさせて」しか言わないジジイ。2人の客を取って無理な体位をしたせいで筋肉痛になって9000円。この仕事自分には荷が重すぎたし、風俗で働いてる女の子たちに失礼な気がして仕事トンズラした。失礼な気がしてるのにトンズラするあたりがクズ

それから同じ生活年末まで続けて、途中でめちゃくちゃ優しい出会い系の同い年の男の子に恋をするも「よく考えたら好きになっても向こうはセックスするしか考えてないじゃん」って目を覚ましてセックスして音信不通になった。

年が明けて私は一切の出会い系サイトを退会して、出会い系のためだけに使っていたカカオトークも削除した。今この世の中、何があるかわからいから、もしかしたらセックスした男がストーカーになって追いかけてくるかもしれないし、トンズラしたデリヘル店長が家に来るかもしれないし、気づいていないだけで性病になっているかもしれない。私はこういう人間をなんと言うか知っている。「ビッチ」「ヤリマン」だ。学生時代その言葉軽蔑する時に使う言葉だと知って、そういう噂のある女の子のことを軽蔑していたはずなのに。私は結局その道に進んでいた。

見えるものは全部消したけど自分記憶には残っているし知らない男で処女喪失したという事実は変わらない。

今でも無性にセックスしたくなる時があるけど、出会い系にいる男なんて所詮そんなレベルしかいなくて、自分も同じレベルなんだと思うと我慢ができるようになった。

もしどうしても同じ過ちを繰り返しそうになった時に読み返せるように自分の戒めのためにここに残しておく。誰かに叱ってもらいたくても、親にも友だちにも言えないから。

2018-01-18

anond:20180118083150

なるほどね、

年齢にもよると思うけど、

ある程度の年齢なら、

スキルは十分なことを説明した上で、

家族のことを考えると、このまま今の会社に寄り添うのは経済的不安で」

とか言うのが正攻法かな... と

幹部である点は結構ネックで、

(呑気に話してるけど、幹部としてやることはないの?)

とか、

(幹部のお前が逃げて申し訳ないと思わないの?)

かいう疑問は生じるからね。

そこに対抗するには、

の何れかだよ。

あなたが、若いならむしろアピールポイントだけどね

ワーママSE増田転職理由(追記)

増田は、去年末から転職活動してるSE

子持ちで残業できない、アラフォー、職歴が微妙、の三重苦。

正直難しいかと思っていたけど、子育て理解があるまぁまぁの企業から一次面接通過した旨をもらった。

純粋SEではなくなるが、上手く行けば自社定住の上、仕事内容も面白い賃金も上がる。嬉しい。

昨今減っていく一方だった自信が潤う。

この波に乗って転職を決めたい。

転職活動をしていて、思ったことを記録しておこうと思う。




転職活動をしているが、実は、別に増田の務める会社はすごく悪いわけではない。

しろ全国平均よりはぜんぜんいいほうだ。

詳しく書くと身バレするので避けるが、女性に関する制度管理職比率で売りにしているところがある。

だが、増田は今も半分、マミトラックに入りかけだ。

普通レベル能力で育休復帰後、短縮勤務をしたら、

長年お付き合いあるところの成長もできない案件に押し込められて、

職歴的に中途半端転職もできず、

安い給料気持ち程度しか上がらず、教育機会は少なく、

メインの案件ももらえないで飼い殺しにされる事実が、

SEとしての増田の目の前にある。






性別差別が少ない業界だ!って若く希望燃えるSEお嬢さんに夢のないことを言ってすまない。

しか仕事の差、賃金差は少ないのはいい。

ただ出産育児はどうしても日本女性に全て押し付けられてしま事実からすると、後々悩みたくないなら外資オススメする。

激しく旦那外資オススメする。英語を頑張ってほしい。増田学歴的に無理だったが。


それはさておき、夫もSEで、しかも常駐先が遠いため、増田子供の送り迎えをほぼ一手に引き受けている。

この現状では、ほぼ残業できない。

そう考えると、成長機会のない仕事をしてる暇はワーママには一分たりともないことに気がついて、復帰して落ち着いてからと言うもの、すごく焦ってる。

首切られない、または潰れても他の会社で、国際情勢も合わせると、最悪海外子供を喰わせていかないといけない。

それには、技術経験語学力の獲得が必須条件。

それに趣味にもお金使いたいから、能力に伴って、給料も上げていきたいんだ。

から残業してバリバリの人ほどの成長スピードは無理でも、せめて成長はできる仕事はしないと、60歳になるまで前線技術者やってられる気がしない。

今の会社じゃ、ワーママに成長機会を与えてくれるかというと、残念ながら、ほぼない。

子供の手が離れるまでは、良くてリーダー、開発の手伝い。大体は運用保守

場合によっては事務系に転向させられる。やんわりとした首切りも見かけた。

ごく普通会社所属する特殊能力のない大半のワーママSEって、いつその立場になるのか、怯えながら、給料も上がらないのに成長せず糞つまんねえ向かない案件ばっかりやらされた上で「仕事をもらえて有難うございます」みたいな顔しなきゃならない会社勤めを強いられてるんですよ。

それは心理的に負荷が高いから、転職する。

今ならまだ年齢がギリギリ間に合うから








と、面接受かったよの報告と共にこの考えを夫に言った所

業務を変えるとか馬鹿か」

「そこは親会社の使えないやつが集められた所」

「お前は子供が要るのに転職するリスクなんも考えてないな、相手に踊らされてるだけ」

「俺は転職するなら大企業でのほほんとしたい」

楽しい仕事なんて上辺だけだよ」

ってね、言われてね。

増田はそれを言う精神理解出来なさすぎて唖然としたし、喧嘩してしまった。

自分仕事愚痴ばっかりで増田愚痴の一つも聞かなかっただろお前はよ~。

自営業の親を持っているせいか、ケツが小せえなあと思ってしまう。

これが一般の夫の普通感覚なんだろうか。

伴侶の見る目は、信用されてないんだろうか?









というか、ワーママSEからこそ、技術や手に職をつけないといけないと必死におもってる増田は、おかしいのだろうか。





増田は、ワーママという括りではなく、興味のある仕事で、給料もあがる、どこでも勤め出来るだけのスキルを手に入れられる、という当たり前の理由転職したいだけなんだが。



追記:

夫氏は神経質すぎる家庭の主婦が一番似合っているという気はしており、できれば増田が稼いで家族を養うほうがいいとは前から思っている。

この場合増田のそれほどでもない能力性別差別等のガラス天井問題になる。最悪それは起業すればチャラになるが。

ただまあ、どっちかというと、以前夫氏が病んだ時、増田

「いいよすぐ辞めて養生してから転職しろそのくらいの金はある」

って言ってたのに無理やり影で転職活動してて大手ばっかりうけて(全部落ち)たって事件があって、

増田の状況を話した上で「踊らされてる」だの「大手親会社以外移動に意味がないでしょ」だのって言ったことが、愛がなさすぎてドン引きしているのが一番引っかかってる。

anond:20180118080603

全然詳細分からいか的外れ意見かもしれないけど、

ベンチャー幹部から転職で「ぬるま湯から脱出」って凄い違和感あるよ?

一般的イメージ大手企業の平社員よりは圧倒的に大変と思われてるからね。

もし面接落ちてるとしたら、そこじゃない?

ベンチャー幹部から転職記録⑬ 二次面接が通らない

転職活動を初めて早3ヶ月。

これまでの数字は以下の通り。

エントリー 90

書類通過 19(21.1%)

一次面接通過 6/15(40.0%)

二次面接通過 1/4(25.0%)※2社は辞退した

最終面接通過 0/0 ※1社は辞退した


書類通過が20%、一次面接通過が40%というのはエージェントに言われた数字の通り。

ただ、二次面接通過は60%くらいのはずなんだけど、25%・・・

きびしい・・・

3月退職と、現職には言ってしまっているので、退路はない。

どんどんとデッドラインが近づいてくる。

聞けば4月入社求人ピークは1月2月らしい。

ここ1ヶ月が勝負

だが、先日も志望度の高いポジション見送りを食らってしまった。

本当にきびしい。

いろいろな求人を見ていると、現職は求人票上はそこまで悪くないということがわかってきた。

ただ、求人票に載らない、将来性などなどが、転職理由

ゆでガエルになるのを避けるため、居心地がいいぬるま湯から飛び出そうとしている。

辛いのは当たり前。

リスクがあるのも当たり前。

このチャレンジを、必ずモノにする。

強い気持ちで。

ドナドナドーナ

人売り会社転職した。

もともとチームで現場に入れるという話だったが「いまは新人をセット売りしたいので経歴が嵩増しできるお前はソロ派遣だ」と言われた。死ね

今日営業と共に派遣先(になると思ってた)のB社に行った。

うちの営業はB社の営業に俺を引き渡すと「それじゃ、頑張って」と帰っていった。死ね

B社の営業は俺に「名刺は切らしたってことにしておいて」と言って、C社に俺を連れて行き、C社の営業に俺を引き渡して「それでは後はお願いしますね」と行って帰っていった。

C社の営業は、俺と同じ境遇であろう複数社畜たちを見て言った。

「これからD社さんとそのエンドユーザのE社さんが来ますのでみなさんが携わってた案件説明してください。詳しくはわからないので質問はそちらに。」お前は何のために存在してるんだ。死ね

やってきたD社とE社の人たちは時間外に面接になったせいかとても不機嫌そうに俺達の話を聞いた。辛かった。

頑張ったので一人で焼肉にいった。

カルビハラミとご飯とレモンサワーを食べて飲んだ。

会計をしてるときに隣の席の大学生たちが「一人焼肉うけるw」と笑っていた。

2018-01-17

日本人って戦国時代好きだけど

下剋上やらリアルお上に指図したり滅茶苦茶やんけ

 

武士道精神ガー忠義ガーとか言ってるけど

結局はおまえらウザい上司ぶっ飛ばしてえんだろ?

 

面接で「好きな武将織田信長です」って

言わざるを得ないような企業は嫌いなんだろ?

anond:20180117185332

「僕の長所は勇敢なところです。これをご覧下さい」と言ってタグのついた(タグなんかついてないのか?)女性用下着を鞄から取り出す。

面接担当のおばさん社員は一瞬怪訝な顔をしたが、他の男性社員2人は笑って頷いてくれたし、なにより他の就活生の「やられた」っていう顔が効いたと思う。

それ以降もいくつかやりとりがあったが、扱いが変わったのがはっきり分かったので、部屋を出る頃にはもう僕は内定確信していた。

anond:20180115192216

資格を持っていたが、当たり障りないことしか言わなかったぞ。

しょうもないこと書いたもん。

・無遅刻無欠席です

約束があるのならば、15分前に到着するようにしてます

パソコン文書処理とかが得意です

御社にどうしても入りたいのです!(理由~~)

みたいなしょうもないことを書いたが、大手グループ会社受かったぞw

面接で頑張れ。

会社に入りたかった理由キッチリしているが、それは秘密な。

2018-01-16

anond:20180115192216

まわりの奴らもほとんどおんなじようなもんだよ。そらほんとになんかある奴もいるとは思うけどさ、6割くらいはそんなもんだよ。

正直ボランティアとかマジでどうでもいいよ。個人的には面接ボランティアという単語が出た瞬間からシラケるよ。ボランティアはやめろ。

やってることはどっこいでも言い方とか捉え方が違う奴はいるよ。

塾講師だって、つらい大変だって思ってやってる奴ら多いと思うけど、増田さらっとできちゃってたんだろ。そういうとこに増田の強みがあるんでない?

子どもと親が頑張るんだろみたいな考え方も、ある意味仕事の切り分けがよくできててストレス耐性高そうだなとか思った。

なんとなく読んだ感じだと、増田は細々した作業的な仕事をあまりストレスなくさらっとこなすタイプな気がする。

そういうのブツブツ文句いいながらクソみたいなクオリティしか処理できないやつばっかだぞ。

ガクチカの答え方でいうと、

塾講師アルバイトをx年間続けてます。とは言っても、塾で頑張るのは生徒さんで、私はそれをアシストする役だと思ってます。中にはモチベーションが落ちやすい生徒さんもいたりして、そういう子には○○な感じで接するようにしてました云々。

大学入学以来、○○を作るサークルに在籍しています学園祭では販売もしており3日間でx個が完売するくらいには売れます利益を出すために作っているわけではないので云々。

とか。そんなんで良いと思うよ

医学部に行って一番よかったこ

医学系の増田が伸びてるので自分語り

今某大の医学部に在学している学生

高尚なエピソードはないが、医者になって仕事を頑張ろうと思って勉強し、医学部合格した。

医学部に行って一番よかったな、と実感したのは講義でも実習でもなくアルバイト

医学生ですってだけで、家庭教師塾講師の高給バイトの口が山ほどあるんだ。

先輩や同期の紹介があれば面接審査もなく働き始められるし、受験時の知識ちょっと高校生相手するだけで、時給だってそこらの飲食の3〜4倍はゆうに超える。

他の学部の奴らがブラックバイトの安い時給で働きまくって金が無いだのウン連勤だの言ってるのを高みから眺めながら、空いた時間でちょろっと働いて同額以上を稼ぎ出す。

世間様が医学生に持ってる神聖イメージのおかげで、こんなに楽にバイトで稼がせてもらって、高校時代勉強頑張ってきてほんとによかった。

学費自分で稼ぐ場合でも、国公立大で奨学金ももらっとけばまあ苦労はしないだろうな。

学問と将来の社会貢献のために大学行ってるくせに意識低くて悪いが、これが現実の今、身に染みて感じてることだな。

医学部行ってよかった。

私小説 不登校

私は中一の途中から不登校になった。

元はと言えば小学校高学年で「ハブる」という文化のもと、クラスメイトからの徹底的に無視をされたことが発端である担任との相性の悪さなども相まって、学校生活への自信や信頼をなくしていった。核家族共働き家庭の一人っ子の私は、学校では人と話せず、放課後時間も一人で過ごした。特に習い事などもしておらず、学校と家庭の二つしか生活の場がなかった私は人間関係における信頼や安心などを失い、自分の考えを人に話すことや言葉スムーズに出すことができなくなっていった。

そして中学入学環境が変わることを期待したが、結果的には悪化した。たいていの公立中学では部活動には強制参加させられる。しかし私が入学した中学校は全校生徒が少なく、文化部は一つだけ。他運動部一般的にはあるような部活がなかった。当時文化部に入るとスクールカースト底辺になる空気があり、私は運動部所属した。しかし、運動神経が良くない方だったため部活でもうまくいかず。小学校高学年で人間関係に対する安心や信頼を失った私は、中学出会ったクラスメイトともうまく接することができなかった。

そして決定打となったのは合唱コンクール「絆」「仲間」「大きな声を出す」「グループ練習」などといったものは当時の私には地獄だった。音楽時間が恐怖の時間になり、合唱コンクールが近づくにつれ朝練や帰りの学活でも練習を行うようになり、一日の始まりから終わりまで恐怖の時間となった。そこから学校に行けなくなるまでは簡単だった。学校に向かう足が遠のき、制服に袖を通すのが怖くなり、家から出られなくなった。共働きの私の家で朝一番最後に家を出るのは私で、一番最初に帰るのも私だった。そんな中で、朝起きて制服を着て仕事に行く親を見送り自分学校へ行かず無断欠席をするようになった。当然学校から固定電話電話が掛かってくるが、家には私しかいないため無視。親に連絡が行く。意外にも親は私が不登校になったことを受け入れてくれた。

会話からまり日常生活の行動全てに自信をなくした私は学校での学習電車に乗るといった行為もおぼつかなくなっていた。授業で先生から発問されれば、注目される恐怖や答えを急かされるような焦燥感で「わかりません」というのが精いっぱいだった。「私は何をしてもうまくできない」という強迫観念に襲われ、不登校の間に学習障害検査などを受けたこともあった。一人で家で勉強する分には問題なく、また中間テスト期末テストを受ける分には人と関わらず済むため、それなりの点を取れていた。

不登校だろうが、家から出られなくなろうが、無情にも時は過ぎていく。中二では、通知表は「1」「2」「-」がほとんどになっていた。中三が見えてくると頭をよぎる高校受験入試資料集などを見ると、入学選抜に当たっての内申点基準数字が踊っていた。家から出られなくても、学力低下だけは避けたかった私は家で学習を続けていた。当時、私の学力から出される偏差値は60〜63あたりであった。それくらいの学力層の高校では、おおよそ大半が9教科36以上の内申点基準としていた。一方、私の内申点は9教科で23地元工業高校ですらあやしい点になっていた。また、中二の時の担任は繰り返し私に面談の場を設けてくれた。私の話を無視したり、相槌を打たないなどということはなく、久々に会話ができることに感動した。担任もっと話したいと思うようになり、徐々に学校に行けるようになっていった。

この状況の中で、私には一つだけ自信が持てるものがあった。それは絵を描くことである。まだ学校に行けていた中一の初めに美術先生から風景画を褒められ、不登校になってからは家でよく写真模写などをしていた。授業にも出られるようになった中三一学期、今まで体験たことのなかった画材出会った。油絵である。失敗しても被覆度が高く上から重ねることができ、乾くのも遅くゆっくり描くことができるこの画材は私の中で革命的であった。人間関係で失敗を重ね、急かされることに恐怖を覚えていた私は、個人で取り組むことができ、ゆっくりと描ける油絵具に希望見出した。もっと油絵が描きたいと思い、誕生日には親から油絵セットを買ってもらった。もっと油絵を描きたいと思い、美術コースのある普通科高校への進学の意思を固めた。

その高校を受けるにあたり、偏差値は足りていた。美術コースを受けるにあたり、実技の力も合格するであろうという程度には達していた。しか問題となったのは、やはり内申点であった。担任からは渋い顔をされた。それでもやっぱり受けたい、あの高校に行きたいと思い受験制度などを調べ尽くした。すると、不登校などを経験した生徒のための特別選抜制度発見した。内申点度外視し、受験時の学力テストと実技、面接入学選抜を行うという制度だ。その制度担任に報告すると、なんと担任は知らなかった。50も過ぎたベテラン教員がその制度を知らないということにはがっかりした。その教員が受け持ったクラス過去不登校の生徒はどんな進路をたどったのか心配になる。

何はともあれ、私はその制度活用し無事志望校合格することができた。入学後は絵と勉強に励み、学力では上位10%あたりを維持し絵では県の高校美術展で賞を取った。

そしてやってくる大学受験もっと油絵を描きたかったので美大を望むも、家計が厳しく断念せざるを得なかった。幸い、学力はそれなりにあったため国立大教育学部美術専攻に進学することでどうにか油絵を続ける手段を得た。

時は流れ大学四年。義務教育時代に失った人間として生きる自信や信頼関係高校大学の友人と接するうちに取り戻し、バイトをしたり彼氏ができたりと一般的大学生として大学生活を送ることができるようになった。教育学部で学ぶ中で、義務教育時代自分メタ認知することができた。当時の自分と同じように人間関係に悩む子供に接し前向きな未来を示せたらと思い、教員の道を選び教員採用試験合格した。

卒業制作バイトに追われる今日、私が四月より働く予定の自治体では不登校の生徒が高校に進学する際の特別選抜制度が数年前に廃止されたと知った。

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