「景色」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 景色とは

2018-07-18

anond:20180718191559

から見た目だよ

すごく開放感があるいい国の景色って感じがしませんか

食う義務があるなど行ってない

2018-07-16

映画SUNNYを観て、離れていく船の友人たち

映画SUNNYを観て、学生時代の友人のことを思い出した。

私にはこの映画ほど仲良しな仲間はいなかったが、学生のひと時、時間を過ごした彼女たちのことを考えた。

今はその誰とも連絡を取っていないような状況だ。

私と誰かとの出会いと別れ、特に別れは、私にとって離れていく船同士のようなイメージだ。

ある時間、近しく港に留まり同じ時を過ごす。

そしてある瞬間を迎え、そこからゆっくりと、しかし確実に、私たちの船は互いに別の航路を行き始める。

初めはまだ私たち距離は近く、相手の顔も見えるほどだが、徐々に顔が、姿が、船影もおぼろになりゆき最後には海のかなたにきらめく光の粒に思いを馳せるのみになる。

共に過ごした時間の中で、良いことばかりではないし、嫌なところもあったし、相手が私のことを私が思うように思っていたのかどうかなど、

からないことばかりだが、私が彼女たち、彼らを思い出すとき、そこには確かに何かちらちらと光る光を感じる。

私は、彼らに興味を持たれたこと、声をかけられたこと、私の話を聞いてくれたこと、共に過ごした時間があったことを眩しい光のように感じる。

から、彼らは私の中で、波間の向こうにきらめく光の中に知覚される存在なのだと思う。

彼らはどうしているのだろう。これまでどんな時間を過ごし、今どんな時間の中にいて、この先どんな景色を見るのだろう。

私が彼らにまた会うかどうかは分からない。特別に会いたいとは思っていない。

私は、誰かと出会う度に様々な関係性を築く。助けられたり助けたり、好きになったりなられたり、話を聞いたり聞かされたり、安心したり警戒したり。

もし彼らに再会することがあったら、私はその時、果たすべき役割を全うできるようになっていたい。

できるなら、彼らにもらった温かさを返せる自分になっていたい。

でも彼らに会うことがもうなくても、私はまた別の誰かと新しい関係を始める。

私が彼らと出会った学生の頃、私は友達に強い憧れと嫉妬のような感情を抱き、親友、や一緒に騒ぐ仲間、を渇望していた。

でも今(本当に今この瞬間だけ、かもしれないけど)、そういったイメージに対する思いを確認してみると、意外にも私の気持ちは穏やかだ。

それは私があの時期を経て今まで、同じクラスの友だち、以外にも人と出会うことはできるし、深い関係になることはなくてもお互いに温かさや労わりを与えあうことができる、という関係経験してきたからだろうかと思う。

それはきっと私が獲得してきたものだ。私は私を誇りに思う。

もう会うことがないかもしれない私の友人たち。

私はあなたたちを、まばゆい光の中に想う。あなたが今どんな人になっているかは分からないけど、私はあなたに光を感じている。

どの人に対しても、不幸であってほしいとは思わない。無理に再会することはないと私自身に対して思っている。

私たちには私たち自身の、それぞれの役割があるのだと思う。その道行きの中で、あなたたちの気持ちが穏やかに凪ぐ時間が、少しでも多く訪れるよう願っている。

そしてこれから出会う私の友人たち。

私はあなたと、どんな関係を築けるだろう。出会いを楽しみにしつつ、私は私自身に対して、あなたたちに誠実に向き合っていける私でありますようにと背筋を伸ばす。

どうか私たちが、明るい時間をともに作っていけますように。

はいろんなことを考えるが、夜の時間も手伝って、今日はそれを文章にしてみた。

明るい時間に見たら穴を掘って飛び込みたくなるかも。

2018-07-15

担降りするよ

別にこれといった確証みたいなのは無いけど。あぁ、でもきっと降りるってこういうことなんだろうなぁ。私は最近それをゆるゆると実感している。あ、なんだこんなに呆気ないものなんだ。と思うと同時、こんなにも好きな気持ちを引きずるものなんだ。なんて、驚きと未練。いや、この気持ちを未練と呼んだら彼にかわいそうだ。私はきっとこれからも、この先も多分神山くんのことが好きだと思う。

素敵な人を所謂担当に持てたなと思っている。今でも。最初はどっちかというと、んん、ちょっと無いなって思ってた。なんていうの、インスピレーションというよりももっと単純な所謂第一印象最初なんて軽く重岡くんから入っていったからね。そのまま重岡担になってたらどうなってたんだろう。今の一文を書くまで考えたことがなかった。けれども可能性は十分あったと思う。昔人に話したことがあった。私が神山くんを好きになったのはわりと確率としては低いもので。ありとあらゆる平行な世界線の中でも数少ない一本だと。友達、何言ってんの?って顔してた。うん、私もそう思う。でもそうなんだ。好きになった可能性を言葉に当てはめるとこうしかない。数ある世界線のうちの、一番可能性の低いものだと。

所謂自担くんがもう一人いるんだけど、その人はきっとわりとどの世界線でも好きになってたと思う。顔が好きだし。え〜!なんで今日もこんなに顔がかわいい?!っていつもおもってる。対する神山くんの顔は、綺麗だし、かわいいなーって思うけどめちゃくちゃ好き?って問われたら。んー…って濁すと思うなぁ。あ、でも世界で二番目に好きな顔がリバーフェニックス。顔の輪郭だけならちょっと似てる?……いや、似てないか。まぁそんなこんなで私はまずこの人の顔は好きになれないなって初めて見た時思った。

思ったんだけど!!!!いやー、人生何があるか分からない。だってさ、そう思った数ヶ月後ジャニショ写真買ってシングルの予約してるんだよ。神山くんが好きだからって。好きになる前までの少クラカットしてなくて良かったって自分感謝した。

重岡くんの昔からシンメって知って。(オタクあるあるシンメに弱い)ダンス見て、アクロバット見て、歌聞いて。その他諸々知って。あ、この人のこと愛さなきゃなって。

しかったなぁ。神山担してた時。だいたい二年くらい?そんなんでこんなの書くなってツッコミ絶対あるだろうけど。これは初めて降りるという概念を肌で感じた一人の人間メモです。好きになったらすぐおっきな舞台仕事来て。えっ、脚本あのクドカン?!大手劇団?!座長生田斗真?!そんな中で演技するん?!夜中に見てビックリしてその後ベッドでごろごろ喜んだ。次の日寝不足だった。でも嬉しくて。その日の午後くらいにはチケット取れるか不安だったけど。ほんと〜にチケット取れるか不安だった。最初の方の抽選ことごとく落ちて。神頼みしてたのに。もう今後チケットが当たりますようにって神棚には頼まないことにした。これ見に行けないのでは??と項垂れてたらとりあえず一般取れて。やったー!って思ってたら大阪追加公演当たった。え、自分大阪公演行くの???とか思ってたら友達から急にLINEきて神ちゃん舞台いける?って。行けるよー大丈夫!って返したら友達チケット余らせてるんだけどって話で、行きます!ってもうすぐに言った。あの時の現在は濵田くん担の方ありがとうございます。話は前後するんだけど、神山くんを好きになったばかりの頃。ちょうどしんどいな〜って思う時期で。基本的に寝たら忘れるあぱー!みたいなタイプなんだけど、その時はまぁ今考えると病んでるみたいな感じで。家でも耳にイヤホン突っ込んで話し掛けないでみたいな雰囲気出して。後に母親から精神科連れてこうかと思ってたとか言われたりして。これ笑い話。でも神山くんも頑張ってるからと思うと自分もなんとかしようって。理想とは違う今だけどあの時自分なりになんとかしようと動いてこの生活があって。わりと人生楽しいから悔いはそこまでないよ。そうさせてくれた神山くんには頭が上がらないなぁ。いつも動画漁って、こんなに頑張ってるんだと考えると自分も。とか思っちゃうよね。で、話を戻して舞台の話なんだけど。三劇場で見れて。神山くんがどんどん成長していくのが見れて良かった〜!!いつも公演終わる毎にもう胸いっぱいで。掌痒くなるくらいに拍手してた毎回。この人のこと好きで良かったなぁとつくづく感じた。こんなにこの人のこと好きで良かったなぁと考えたの初めてだよ。

神山くんのこと好きになれて本当に良かった。ダンスが上手くて歌が上手くてアクロバットが出来て。料理も出来るし、メンバーに優しいって言われるし、挙げだしたらキリないよ。器用だから器用貧乏みたいに言われることもあった。うるせー!!不器用より器用の方がいいだろ!!って。好きだなぁと思わせてくれることをいっぱい出来るし持ってる神山くんが好きだ。きっとこれからも好きだと思う。

でも、多分降りる、きっと。神山くんのことが好きだ。これまでもこれからも。これを読んだ誰かがそれは好きじゃないと考えればそれはそれで別に構わないけれど。でも私は声を大にして言いたい。神山くんのことが、これまでもこれからもきっと好き。

追い掛けるって言うのかな。それが出来なくなった。DVDCDを買わなくなった。一応稼いではいる身なのでオタクとして最低限の費用は出そうと考えてオタクやってる。CDは全種類買う、Blu-rayは特典が被らない限りは初回も通常も買う。でも出来なくなった。お金が無かったわけでもないけれど。でも買わなくなった。ちゃんと見るかな。見ないなら買わない方がマシでは?と考えてしまい買わなくなった。シングルは、言ったら怒られるだろうけど音楽性がなんて言うか、買いたいなって思えなかったものが続いた。

グループは限りなく一本に近い平行線の集まりだ。自論。その線の集まりから抜け出すにはグループから抜ける他は方法が無い。個人担の人すごいなって思う。自分絶対自担を見る時にその後ろにいるグループも見るから。それらを全部引っくるめて飲み込んで咀嚼して。そしてようやく好きかどうか言える。グループが嫌いになったわけではない。神山くんが愛しているグループが好きだ。忘年会やろうって言って神山くんの家へ集まった。そんなグループが好きだ。でも、それだけでは私の心は追い掛けようという気持ちになれなかった。グループがやりたい方向性を肌で感じて、ようやくその人が好きでじゃあ追い掛けようとする私だから

正月明け早々横浜アリーナに行った。westivalを見に。地元が笑えるくらいの悪天候でこれ間に合うかな?とか若干心配してたけど余裕で間に合った。ペンライト電池忘れてたけど。(三十分前に思い出した)時間になって七人が出てきて。神山くんかわいいな〜!って思ってた。ちょうどバクステ側のアリーナだった。センターじゃないよ。バクステ側の席が好きだ。ちょうど構成が分かりやすく見えるから。おまけに横アリで言うアリーナだったので万々歳。自チケはその公演のみで、でもやっぱりまだ行きたいなって思ったら別の公演のチケット探そうって思ってた。探さなかった。

あぁ、多分もう合わないんだろうなぁ。って公演の途中から肌で感じてしまった。文句というより、不一致。それが文句だろうと誰かが言うのなら文句で良いです。私の中では不一致だけどね。彼らがやりたくてやろうとしていること。それが今の私には些か合わなかった。ううん、些かじゃないんだろうなぁ。七割くらい合わなかった。びっくりした。コンサートでこんなこと思うんだ!って。入ったことに関しては後悔ないよ。だって神山くんかわいいしかっこよかったし。でも、いつものかわいい!かっこいい!よりも盛り上がらなかった。それは好きな人が私とは合わないなと思うことをしていたからだ。何処がどういう風に。と明確に返すのは難しいけれど。兎にも角にも、少なくとも私はこういう演出や魅せ方を見たいわけではなかった。グループ否定ではない。むしろ彼らが本当にやりたいことの答えがwestivalであるのなら。それを貫き通してほしい。貫くと言っても改良を重ねて。本人達にとって、より良いものになることを祈りたい。でも私には残念ながら合ってなかった。悲しかった。腹立たしかった。どうしてそうなの?って。なんでこんなに私の感性は捻じ曲がってるの?って。自分も見たものも、どちらにも納得は出来なかった。でも私一人なんかの我儘。そもそも本人たちの耳にまず届かないであろう声。それが万が一聞こえたとして。それだけで自分たちの信念を曲げないでほしい。絶対に。自分たちがしたいことをして、そしてファンを楽しませる。それが私の中のアイドル理想の一つであって。あの日、後ろにいたまだ若い高校生くらいかな?)女の子たち。楽しそうだったなぁ。ドラゴンドッグ歌うって時に、え、ヤバイヤバイ!みたいな。ヤバイ連呼で内心出川哲朗になってるよ><ってちょっと笑った。パラチャーの前の映像でめちゃくちゃキャーキャー言ってて。若いなぁ、楽しそうだなぁって。すっごい大きな声出してて。でも全然辛くなさそうで。むしろ楽しそうで。あぁ、彼らにこういう女の子たちのファンがいて良かったなとつくづく感じた。そしてあまり盛り上がれなかった自分。惨めだ。

それから電車乗りながら考えて。チケットは探さないこと。それと、多分もうコンサートは行かないだろうなぁ。なんて結論が出た。自分が合わないなぁと思うものの中でアイドルをする神山くん。どんな彼も好きではあるけど、応援し続けたいかと問われたら素直に首を縦には触れない。神山くんが、それらを自分のやりたいこととするなら口出しなんて出来るわけない。むしろ頑張れって言うよ。でもそれを追い掛けることは多分出来ない。残念ながらそこまで感性が豊かでないというか。神山くんをひたすら純粋に素敵と思う前に色んな邪念を持つだろうから。色々なものも買わなくなったし、ここら辺が潮時なんだろうなと。ぼんやり。帰り道、だんだん地元に近付く景色を見ながら考えていた。

でもやっぱり神山くんのことは好きだ。彼の何がすごいかって、見る度に好きだなぁと思わせてくれる所。すごくない?見る度に私この人のこと好き!好きで良かった!と思えてしまうの。そんなアイドル、きっとなかなかいないよ。みんな心の何処かで大好きな人に対して多かれ少なかれ受け入れない部分がある。そりゃあ神山くんにそれが無いとは言い切れないけど。でも姿を見て、歌ったり踊ったりする姿を見ると好き!って感じてしまうのだ。好きって気持ちサイコーサイコーだけど、でもも応援することはしない。私が理想のしない神山くんの理想の中でアイドルとして彼は生きていくから。残念ながら私はその齟齬を飲み込めるほど心が広くない。もうファンでなくなってしまうなと同時に考えた。

それからちょっと楽になった。もう追い掛けないと決めたら、その前まで番組を見逃したりしてファンとしてどうなのと思ってたけどそれが無くなって。気持ちが軽くなった気がする。CDDVDを買わない後ろめたさから解放された気がした。見たい時に見て、見たくない時は見ない。それだけでかなり楽になった。ちなみに今まで買ったものはまだ売りません。無意識のうちに楽じゃない好きを持ち続けないといけないって考えていたことに気付く。でも今は楽だ。もう降りるから

ここまでつらつら書いたけど。もー文章支離滅裂でびっくり。担降りブログ書く人、よくもまぁあんな端的に且つおもしろく書けるよね。ジャニオタ文豪。一理ある。とりあえずは九月の舞台を見て。ちょうど九月がFC更新時期だから。このまま更新せずに。そうしていずれメールが来なくなることを思い描いている。でも舞台には行く。一回くらい行きたいって思った。好きだから最初に肉眼で神山くんを見たいのが舞台から。それで舞台は見たいと思ったんだろうなぁ。チケットは本当にドンのケツって感じの一番後ろの一番値段が優しい席。そこで好き!とはなる。きっと。けれど、じゃあまた追い掛けよう!とはならない。気がする。どうなるか分からないけどね。でもとりあえずは舞台見て。神山くん好きだなぁとしみじみ思いながら降りる。でも好きだよ。これまでもこれからも。

神山くん担してて楽しかった。ラキセはギリギリ行けなくて。次のなうぇすと入ったらドラマと被って髪が黒かった。もしかしなくとも黒髪神山くんを肉眼で見れてしまう?案の定そうで。本人は黒は子供っぽく見られるからと言うけど、私は黒も大好きだよ。茶色も、金も、たっくさん他の色も。そう、なうぇすとでさ、トランペット吹いてたじゃん。一応音楽齧ってて、そんな自分の耳で聞いた神山くんのトランペットの音はもうとびきり柔らかくて優しくて。ちょっと荒削りなところがあって。こんな優しい音を出せる人が好きなんだ。そう考えると誇らしかった。自担すごいでしょ、って。あと先陣切って花道歩いてたのもかっこよかったなぁ。あとタオル落とした人に対して落としたタオル拾って、汗拭ってから返してた。返された人、崩れ落ちて。あと頭にリボン付けてたのもかわいかった。ええやんけェ!だ。私が珍しく振り付け覚えたやつ。あと、あと、そう。七人で並んだ時ね、重岡くんと神山くんが隣で。前の曲の余韻でちょっかい出す重岡くんを神山くんが柔らかく笑いながら、ちょんっと押し飛ばしたの。それがもう二人の世界で。見ちゃったな、なんて気分になって。それと同時に胸がきゅうっとして、見れてしまたことが幸せだった。神山くんを好きになるきっかけ(?)である重岡くん。神山くんに対して普段ちょっと遠慮がち(?)なのに。ああいう時には二人だけの世界なっちゃってさ。見てて幸せだったよ、ありがとう

あとドラマ日曜日、楽しみだった。同じクールで他に好きな人ドラマ出てて。今年の冬終わらないでって三月に入ってからずっと願ってた。こぐちゃんかわいかったよ。特別目立つわけではないかもしれない。でもちゃん存在感があって。この子はどんなキャラクターなんだろ?って視聴者に印象付けするのが得意な人だなと思った。全話通してかわいかった。だから偉い人お願い、円盤出して。今からでも遅くないよ。それは買うから。ここで言わず手紙書こうね自分

他にも色々と書きたいことあるだろうけど。とりあえずは浮かばいからここまで。これまでもこれからも、きっと神山くんのことが好き。そうでいたいな。そしてこれは単なる我儘だけど、見るたびに好きと思える神山くんがずっと続きますように。

あと遅くなったけど誕生日おめでとう!

2017.7.15

2018-07-14

anond:20180714203706

山の手線の内側に住んでるが、そろそろ切り上げようと思ってる

人が多すぎて気分が悪いし、風景も悪いからね

また東京に戻ってくることもあるかもしれないが、その時は景色の良い所にしたいね

2018-07-12

増田被災状況

anond:20180712022508

自分はこの日の夜、うかつにも実家のある呉に向かって車を走らせていた。

昼を過ぎたあたりで、フロア中のスマホがけたたましく緊急エリアメールの受信を告げる。

初めは安佐北、佐伯、安佐南。避難準備、災害対策本部設置、避難勧告などと、ほんとうに10分おき位に緊急エリアメールアラートが鳴り響く社内。江波舟入宇品・・・会社がある南区にも、豪雨の濁流が近づいてきているのを感じ、同僚たちは落ち着かない雰囲気で顔を見合わせていた。

自分仕事そっちのけで市のホームページの緊急情報にかじりついていた。

仕事が終わったのが18:30。いったん荷物をまとめるため自宅に戻る。しかしすでに平和大通りは激混み。段原の同僚から床下浸水したとかなんとか連絡をもらい戦々恐々。普段なら10分もかからない自宅についたのが20:00。

荷物をまとめて呉に向かうことにした。

なぜなら、市内が一番危険だと思っていたからだ。

(これが最大の判断ミス。)

特別警報は、県内で一番に広島市内にむけて発令された。

口田は明るいうちからすでにとんでもないことになっていたのをツイッターで見て知っていたし、それこそ四年前の災害も市内北部で起きたことだ。そして呉市内(中央付近中心部)に住む両親や姉とのラインでは、二人はいたって普通で、市内ほど緊急エリアメールも届いていないようだった。

とにかく市内から逃げるのが最適解だとその時は思っていた。

しかしその目論見もあえなきさだめとなる。

会社を出た時点ではまだ生きていた広島高速道路がついに全域通行止めになっていたのだ。こうなったら焼山経由か31号線で帰るしかない。

家を出る前に確認しておけばよかったと歯噛みした。

(第2の判断ミス。高速が止まったことに気づいた時点で引き返しておけばよかった。)

東雲あたりに到着したころには21時になっていた。普段から混む場所ではあるが、自宅から時間もかかったことはない。

車のガソリンが切れそうでイライラしていた。今にもエンプティが点滅しそうな領域

目につくガソスタは全部閉めていた。そりゃそうだ特別警報発令中、ガソスタ店員だって避難してるにきまってる。

雨脚は弱まることはなく、車の天井をたたく雨粒の音でカーラジオオーディオ聞き取りにくいほどだった。

渋滞に巻き込まれてる間も緊急車両はそこらじゅうでひっきりなしにサイレンを鳴らしていて、数分おきには路肩によけるような状況だった。西区、安佐北や安佐南の署名が書かれた消防車が目立ち、不思議だと思った。なぜなら自分が走っている道は市外へ向かう道。市外から応援が駆けつけてくるならともかく、広島市内の緊急車両が市内を手薄にしてまで市外を目指すなんて妙だ…。この先でなにかがおきているのか…?

このへんで高校時代部活ライングループに連絡が入る。

「坂で土砂崩れ

吉浦浸水

31通行止め

焼山通行止め

瀬野川氾濫」

中野付近2号線崩落」

呉市孤立

広島東西分断」

このときにようやく自分が向かっているところは安全じゃないと気づいた。なんだか予想以上にとんでもないことがおきている。

そもそも呉にたどり着けるルートは完全に失われているようだった。

その時にはすでにバイパスに乗っており、引き返すことができない状況だったうえにガソリンも切れる直前だった。

とにかくいったん海田に抜けて、ガソリン入れてから考えよう!と思った。

渋滞中、ガソリン節約のため空調を切っており土砂降りのため窓も開けられない蒸し暑い車内で、あわててツイッターなんかで情報取集すると、呉も地元もひどいありさまだった。

見慣れた景色が土砂や濁流にのみ込まれている様子は、どこかリアリティに欠けて見えた。

ようやく大正交差点に入るころには、やや雨脚は弱まっていた。

そしてガスメーターのエンプティマークは点滅していたけど、頼むから持ってくれ!という気持ちで覚えのあるセルフ24hのガソスタをところどころ勃発している通行止めイライラしながら目指した。

悲痛な願いは届き、蛍光灯と値段表示でらんらんとかがやくガソスタにたどりつけたときは半泣きになった。

ガソスタの床には、流木ゴミが散らばっており、一時は冠水したのかも、と思い背筋が凍った。

ふんずけてパンク、なんてことにならないよう、細心の注意をはらって車を進めた。

救急車も給油していた。

さて、ガソリンも入り車内空調にようやく電源が入り曇りまくっていたフロントガラスクリアになったところで0時過ぎ。

未明にかけて雨脚は強まると昼間ラジオで言っていた。

ここで選択にせまられる。

1.市内の自宅に引き返す

2.そのへんで車中泊する

ぶっちゃけもう運転はしたくなかったので車中泊をしたい気持ちもあったが、すでに一部冠水していた海田町にとどまるのはおそろしい。すぐそばには荒れ狂う瀬野川もある。

帰宅してしまえば鉄筋マンションの6階の自宅は流されることはないだろう。かといって市内の状況もわからない。マンション付近浸水していたらジ・エンドだ。この時ばかりは、リバービューに憧れて部屋を選んだ自分を恨んだ。

それにどこかでまた通行止めで立ち往生する可能性もないとは言えない。

これ以上判断ミスするわけにはいかない。いろいろと取れる限りの情報収集し、迷った末に、市内の自宅に引き返すことにした。渋滞に巻き込まれている間に対向車線確認した限りでは、下りはそんなに混んでるように見えなかった。(逆にどこかで通行止めしてるんではないか不安でもあった。)

運転時間はぶっ通しで6時間にのぼろうとしていたけど、この判断が間違っていないと信じて、がむしゃらに車を走らせた。幸い通行止め渋滞もなく、恐ろしいほどスムーズ広島市内に帰ってこられた。

驚いたのは、緊急車両が市内に向かう車線を逆走しながら市外へと向かっていたところだ。当方は片側三車線の最も左を走っていたので何事もなかったが、なんの警告も交通整備もなく逆走しているのをみて世紀末を感じた。。

(それくらい市外へ向かう道は混んでいたというのはある)

市内に帰ってくると拍子抜けするくらい渋滞もなく浸水もないようだった。緊急車両よりタクシーが多かった。

最悪週末は一歩も部屋を出られない覚悟を決めてコンビニでアホほど買い物をし、自宅に戻った。

この時すでにコンビニの水のペットボトルの棚は空白が目立っていた。

自宅につくと、おそらく間違っていなかった判断安心し、疲れていたので風呂も入らずに眠った。

皆さんに忠告

車で避難するときガソリン確認しとけ。

7/12はお母さんの命日。死んだお母さんに添い寝したこと

死んだお母さん。

ちょうど今頃の時間、飲んでた時に電話がかかってきた。

正確に憶えてないけど、肺に水がたまっているから、胸の切開をしていいか?と。

助かるもんなら、お願いします、ということを言ったと思うけど、訳がわからなかった。

午前1時過ぎ、死んだ、と電話があった。たぶんお父さん。金曜の夜だった。

一番早く帰らなきゃと思いながら、お金もないか成田発のジェットスターの予約を取った。始発で成田に行った。

成田で、田舎友達から電話掛かってきた、のか、自分から掛けたのかは憶えてない。これから帰る、と。

もう、家に帰るまではほとんど憶えていないけど、知ってる景色が見えてくると、だんだん父母の姿が目に浮かんできた。

最寄の駅からタクシーで家に帰って、家にあがったら、お母さんの顔に白い布が掛かった状態で、分厚い布団を被って仰向けに横たわってた。

その時は憶えている。お母さん、と言って、たぶん泣いた。

で、顔に掛かっている白い布を取った。いつもパーマを掛けていたお母さんの髪がストレートで、顔は少し白かったけど、ふっくら感は寝てるようにしか見えなかった。

わずほっぺに触ったら、冷たかった。

たぶん、お母さんは死んだんだ。死に目に会えなかった。でも目の前にいる。

お母さんの横に添い寝して、冷たい顔を撫でながら話しかけた。

お母さん、聞こえる?帰ってきたよ。起きようよ。オイ、オイ!

お母さんと密着するのは、たぶん幼稚園くらいまでだった。

そのころの癖、お母さんの二の腕を摘んだ。

ほっぺを触り続けて、冷たいほっぺに何回もキスした。これまでお母さんにキスなんかしたことなかった。

つのまにか寝てて、朝起きたら、お母さんが布団を被って寝てた。

一瞬死んだことを忘れてたから、意味が分からなかった。お母さんのほっぺを触ると、冷たかった。

今、2018年。これは2014年。もう4年も経つ。あのときのお母さんの顔と冷たさははっきり憶えている。

いまだにお母さんの夢はたまにみる。

今日はお母さんの命日。夢に出てきてくれるかな。

2018-07-11

富士登山はつまらない

山登らない人がなぜ富士山に登るのか。

代わり映えしない景色、辛いだけの登り、人が多く混雑する道。

登山初心者富士山登って、また他の山に行くのか。いや行かない。

なんともったいないことか。

北八とか良いよ。苔とか見ながら緩い登山道を楽しみながら歩いて、山小屋で揚げパン食べよう。

登山まりしない人が富士山登ってそれで満足しちゃう

他の山行かないの。

あんクレイジーなきっつい山だけ登るなんて勿体無い。

上高地行こ。上の大変な山はまだ行かなくて良いから。涸沢とか数段階踏んだら行けるかも。

上高地の池とか見て回り、帝国ホテルケーキ食べよう。

ちょっとずつ山を知って、登山好きになってほしいな。

2018-07-06

日本人はきれい好きというのは本当かなあ

世界ゴミを拾って日本人話題になったニュースで、「やっぱり日本人はきれい好き」みたいな話の流れになるけど、日本人がきれい好きだとは思えないんだな。

100円ショップドンキホーテパチンコ屋、電柱看板ゴミ屋敷、渋谷

いまの日本構成するあらゆる景色がとてもではないが「きれい」だとは思えない。

かにゴミは拾う意識の高さはある。

でもそんなゴミを拾う日本人が作り出した日本景観がきれいかというと、他の国と比べて見劣りする。

いや、どこの誰が捨てたかも分からないゴミを、いくら掃除はいえ触ってしまうということは、

衛生意識の低さの表れじゃないか

れいにしたいかゴミを拾うというそ自体が、ゴミを拾うという汚いことをしないと達成できないのだ。

ゴミを拾うかられい好きというのは嘘だ。ゴミを拾うなんて汚いことができるんだから

2018-07-05

茶の間ヅカオタ記

大好きだったタカラジェンヌさんが退団されて、そのファンクラブ解散式に行ってきた。

芸能事務所にも所属が決まって、恐らく東京メインで今後は活動されていくのだろう。

遠征は出来ない身の上なので、彼女活躍を間近で見ることが出来ないことは残念ではあるが、覚悟していたことなのでそれほどダメージはない。

退団してから久しぶりに会う元贔屓の姿に、私は一体何を想うのだろうと戦々恐々としていたのだけれど、案外あっさりとしていて、ただ楽しかったという想いしかなかったのが意外ではあった。

もっと、会えたことに感極まるとか、タカラジェンヌでなくなってしまった彼女に対して絶望するとか、変化に戸惑ってロスに苦しむとか、そういうことを想像していた。

でも違った。

久しぶりに会った彼女は在団中とあまり変わっていなくて、そうそう数カ月で激変するわけもないなと冷静に思った。

着る物が女性らしくなっても、中身は同じだし、髪もそんなに伸びてない。

ただ綺麗に彩られた爪が、一際存在感を放っていて、なるほど元男役が退団後にすることと言えばまずはネイルというのは都市伝説じゃないなってことを確認した。

在団中の思い出を語るというよりも、これから展望を語るという面が大きくて、未来が楽しみになった。

遠くからではあるけれど、彼女の今後の活躍を祈りたい。

そして久しぶりに会ったファンの仲間たち。

奇譚のない意見を交換し、いろんな屈託をぶちまけ合えたことが、一番楽しかった。

同じ人を好きだったはずなのに、見える景色はこんなにも違うんだなぁって発見もあった。

彼女言葉一つとっても、受け取り方や感じ方が全然違っていて、その差異面白かった。

人はきっと見たいものしか見ないように出来てる。うまく出来てる。

3日坊主増田健康グッズ紹介

増田スペック

27歳 女

健康にかかわりそうな家電が好き。

便利グッズも好き。

買って良かった健康グッズ

特になし

今まで試したもの

ワンダーコアスマート

 腹筋1回も出来た事が無い増田だけど、出来た!

 (今まで腹筋だと思っていたものは、足の力「のみ」でやってたらしい!)

 でも、やり続けると尾てい骨が痛くなった。

 お尻の一番下にある骨ね。めっちゃ痛くなって全然出来なかった。

 反り腰で骨がゴリゴリ行くのかもしれない。めっちゃ痛かった。

 メルカリで売った。

トランポリン

 メッチャ楽しい毎日飛んだ。

 確か、1週間で3kgくらい痩せた。最高!

 でも、引越しに際し畳むと広げなくなった。

 そもそも広げるスペースが無い。難しい。

 あと、3階とかだから音が響きそうで出来ない。残念。

踏み台運動

 現在ちゃぶ台の横に置いてあり、椅子のように活用されている。

 1週間継続して、こりゃまた痩せたんだけど

 古いマンションから軋む音が酷い。下の階に響いてそうで断念。

 あと、テレビを見ようとすると体が横向きになるので辛い。

ぶら下がり健康器

 肩こりに良いと聞いて導入。3000円くらいだった。やすい。

 外の景色を見ながらぶら下がることが出来る。

 でも、痛い。バーを掴む手が痛い。

 靴下で下の支え部分に足を置くと、細いからツボ押し以上になって痛い。

 (もっと下げれば良いんだけど、工具使わないと高さ調整できないから面倒)

バランスボール

 普通に楽しい。でも、ホコリがメッチャつくから嫌になった。

 あと、寝室以外ではやりにくい。

骨盤回し用ベル

 骨盤辺りにベルトを巻いて、ネジ(?)を回して締めることが出来る優れもの

 3日やって、面倒になってやってない……効果不明

EMS

 電気パット筋肉を変わりに動かしてくれるってやつ。

 どうしてもやる気でないというか、汚れるのが嫌で断念。

 安かったしいいんだけど。

二人以上で行く旅行

冷静に考えたけど、あんまり楽しくないな

何のために行ってるかを考えてみたら、俺の動機は綺麗な景色を楽しむというその一点でしかない

誰かと一緒に何かをやっているという連帯感を楽しめる人はいいのかもしれないけど、

自分は誰かが一緒にいるというだけで思い出がうんと色あせる


一緒に行ってる相手だって費用負担しているわけだから、できるだけいい同伴者でいたい

大してうまくない飯だっておいしいふりして食うし、

人があふれててクソみたいだとしか思えない景色でも来てよかったって言うし、

できるだけ楽しそうな振りをする

もちろん、こんなこと誰だって当たり前のようにやってるだろう


でも、自分にはやはり荷が重い


著名な観光地とかじゃなくていいから、人のいない(少ない)場所にいきたい

過去にどれだけ沢山の人が行った場所であろうそうでなかろうが、その瞬間だけは自分一人の景色にしたい

普段人で溢れた場所いるから、人のいない場所気分転換


今度から本当に行きたい場所は一人で行ってみよう

2018-07-04

anond:20180703210550

準備している間に気が済んじゃった?

まず普通の人はディズニーランドのことを「パーク」とは呼ばない。

あなた、かなり入念に下調べ・準備してこの旅行に臨んだね。

ホテルに泊まって8万。

ホテルビュッフェ食べて2万。

チケット代が2万。

パーク内のお昼やらお土産やらポップコーンに1.5万。

ホテルコース食べて3万。

かなりウキウキで準備したね。

ホテル8万はミラコスタ

8万ならヴェネチアサイドかポルトパラディーゾサイドか。予約頑張ったね。

どういう景色かなとか家族と話し合ってる時が楽しいよね。

チケット食事を別立てで金額出しているってことはバケーションパッケージではなく素泊まり

ホテル食事は部屋の予約に紐付けただろうから、予約が取れてまず喜んで、そのままハイな気分でどんなもの食べようかな、子供が小さいとコース料理なんて滅多に食べに行けないもんな、とか考えながらお店見るのが楽しいよね。

チケットは1デー?

2デーだと夫婦子供の3人で3万超えるから、2万ってことは1デーだよね。

書いた順が行程なら、1日目は泊まるだけにして、2日目がパークかな。ランドとシーのどっちかは書かれてないけど。

どっちのパークに入るのか、ホテル特典のアーリーエントリーで入るのか、効率よくどう回るのか、何時には起きないととか嫁さんと相談しながら決めていくのが楽しいよね。

この様子だとパーク内のお昼もしっかりPS取ったんでしょう?

パーク内の回り方とかFP時間とか考慮して、何時くらいが良いとか、何を食べたいだとか、子供と一緒にメニュー見るのが楽しいよね。

現地に着いたらタスクをこなすだけになっちゃったんじゃない?

2018-07-02

赤の他人のみなさん聞いてください

電車ですれ違うこともない、高層ビルから見下ろした景色の中にもいない、お祭りの人混みにもいない、もちろん一瞬のすれ違いすらもない。

きっと永遠に会わないみなさん。赤の他人のみなさん。聞いてください。

どうせ会うことがないなら、知り合いには言えないような恥ずかしいことを書こうと思います

勢いだけで文字を打っているので読みにくいところもあると思いますが、お付き合いいただけたら嬉しいです。

自分

2018-06-28

anond:20180628113315

精神が追い込んでるだけで身体は何処へでもいけるので、ふらっと綺麗な景色でも見る旅にでも出ればいい。

2018-06-27

今、Hagexに聞きたい事

さぞ無念だったろう。

活動ネットからリアル世界に移して、これから成功しようとしていた矢先に、命と未来を奪われてしまって悔しかっただろうな。

刺される前、刺された時に犯人との間に会話はあったんだろうか?とか

何とか思いとどまらせる事は出来なかったのだろうか?とか

普通に聞いてみたい事が皆にもあるんではないかと思う。


誰に聞いても善い人、優秀としか答えが返ってこない岡本氏という穏やかで知的な表情をする人が

PV欲しさの為に、ターゲットと定めた他人煽り嘲笑馬鹿にする行為を何年にも渡って続けて来たのは何故なのだろう?

そうして手に入れたPVネット上での存在感は、命をかける価値のあるものだったと思ってるだろうか?


手に入れた人気と名声を使って、何か大きな事をしようとしていた矢先の死で

我々も彼が見せてくれたかもしれない景色を二度と見る事は出来なくなった。

殺人は許されざる罪だが、彼の場合は、それを招き寄せてしまった側面はぬぐい切れない。

煽る事によってターゲットを追い詰めて自殺させる可能性を知りながら、自らの命が失われる危険性は考えた事がなかっただろうか?



犯人となった松本は、岡本氏を、自らが忌み嫌っていて衝撃を与えて後悔をさせたいはてなーにとってのカリスマ、として選定した様に見える

松本煽り馬鹿にした無名はてなーを襲った所で世間は、被害者はてなーである事にも気づかず、はてなー松本低能先生とは認知しなかっただろう

からこそ、はてな本社への望まれ訪問計画していたはずだし、岡本氏という絶好のカリスマを襲えた事で満足も出来たんだろう

岡本氏がHagexとして、他人を数年に渡って追跡し事あるごとに嘲笑して手に入れたこの様な名声は命を懸けるに値しただろうか?

天国にいるであろう岡本さんに聞きたい。

もう一度、ゼロからやり直せるとしたら、あなたは再びHagexとして活動しますか?

恋愛をはじめて気づいたこ

新宿駅キスしてるカップル多すぎるだろ!

たぶん今まで景色同化して気にも留めなかったんだろうな。

リア充爆発しろみたいなのの言ってる意味がやっと分かってきた。

25歳童貞の夏が始まる。

anond:20180627155159

屁理屈に見えちゃうのこそが、程度の低さの表れなのでは。

そこからじゃ見えない景色やりがい存在するし、それを見る能力がない、または見なくても幸せだと目をつぶるかどうかの違いだよね。学歴とは関係ないでしょ。

2018-06-25

anond:20180625190721

善良な男性が協力を強いられてる景色、だな。

男性差別に肩入れし過ぎて、「みんな喜んで協力」と言うように認知が歪んでる。

2018-06-24

これ 露天風呂? しょっぼい露天風呂ランキング上位確実

せっまいベランダに 体育座りじゃないと入れないバスタブ置いただけみたいなのでも露天風呂だって

しかも、そのせっまいベランダには目隠しの壁がドーン!で、景色なんか見えないし。

しかに屋内ではないけどさー

これを露天風呂と言い張る神経…

このマイナスを補って余りある他の…なんてことがあるわけはなく…

元々がしょっぼいとこなら期待もしないか

「こんなのでも露天風呂」みたいなのでも

どうってこともないんだけど。

露天風呂目当てで取ったとこではないから、

ガッカリはしたけれど…と 他に期待したのに…

露天風呂を見てよぎった嫌な予感がことごとく的中…という最悪。

想像するに

かなりの規模だし

昔は団体客向けのとこで、

大浴場はやたらデカくて、

庭なんてもんじゃなく、申し訳程度の植え込みが見える大浴場で…

そのうち、団体客なんて存在は激減してしまって…

個人客にウケるようにと考えたら露天風呂!と…

カタログかに露天風呂』という言葉あるかないか全然違ってくると…

大浴場脇の申し訳程度の植え込みに無理矢理みたいな湯船作って…置いて?

露天風呂だと言い張る…みたいな…

そんな露天風呂

そんな露天風呂で こんなことをうだうだ考えるのもまた楽し…とでも思っておくか…

ただただいやーーーーーーーーーーな気分で終わりたくはないから。


そんな しょっぼい露天風呂ランキングってないのかな?

2018-06-19

嫌われて部活を辞めた話。

高校生の時、部活同級生から無視されるようになった。

高校入学したばかりの頃、毎日が楽しかった。関西でそこそこ有名な進学校に受かり、高等教育を受けなかった親が泣いて喜んでくれたことが誇らしかったのを覚えている。

部活小学校から続けてきたこともあり、サッカー部に迷わず入った。中々ハード高校部活にも少しずつ慣れ、試合にも出れるようになってきた秋頃からじわじわ部活同級生の態度が変わってきた。

部活が終わると皆で日課のように立ち寄っていたコンビニも、皆俺を置いていくようになった。急いで着替えて走って追いかけると例のコンビニの前に皆いて、少したむろして解散すると、いつも同じ電車で帰っていた同級生は俺と話そうともせず、スタスタと先に歩いて行ってしまうようになった。最初は話しかければ素っ気なくも会話があったが、気づいた時にはすっかりスルーをされるようになっていた。休み時間に話しかけても部活同級生は俺の言葉に反応をしなくなった。自分でもいよいよこれは無視されている、と気付いた。

この頃から世の中の景色が一変した。あれだけ毎日通うのが誇らしく、楽しかった校舎も見るだけで気分が沈むようになった。それでも通学の自転車時間は一瞬で過ぎ、家を出て次の瞬間には学校の前に着いているように感じることがよくあった。

同級生と会うのが怖くなり、学校休みがちになった。胃が痛くなったり、身体が鉛のように重くなった。

世の中には殴られたりカツアゲされたり、物を隠されたり、もっと卑劣いじめをされる人が沢山いることは知っているが、人からこんなにもあからさまに嫌われることが生まれて初めてで、辛かった。

なんとか部活に出た日は、それでも練習が終わるとひとりぼっちになるのが嫌で、真っ先に着替えて日課コンビニに置いていかれないようにもした。無視されることに変わりはなかったし、思考回路がもう萎縮していた。

もうこんな生活は続けられないと思い、小学校から続けていた大好きなサッカーを辞めようと思った。顧問部活を辞めたいと切り出すと、

「辞めたいなら主将自分で話せ」

と突き放された。

部活辞めてどうするんだ、どうせ髪染めて煙草でも吸うようになるんだろう」

と言われた。この時顧問は部内の1年生に何が起きているか、把握していなかった。

中々主将に切り出せず、1ヶ月経ってようやく辞めたい旨伝えることができた。この1ヶ月毎日「言わなきゃ」と頭に渦巻き、それでも言い出せず、意識朦朧としていた。

やっと主将に辞める意思を伝えた。

そのあと駆け足で顧問

主将に言いました、もういいですか」

と言った。顧問

「そうか、元気でな」

とあっけらかんとしていた。

この日から俺は帰宅部員になった。

体調は少しずつ回復し、学校でも違う方面友達と付き合うようになった。今まで怯えて過ごしていたことが嘘のように思えるようにまでなり、日常を一応は取り戻すことができた。

—*************

辛い思い出だが、何故こんな目に遭ったのか、20年近く経った今でも考えることがある。この件、自分に原因があったと思っている。

原因は、自分の話ばかりしていたこと。人の話に自分の話をすぐに被せていたこと。どんな話題にも返しは「俺はー」だったこと。これに尽きると思う。理由もなく嫌われた訳ではないのだ。高校1年生といえど面倒くさい奴と思われたのだろう。

しかし、集団無視はきつい。どうか嫌いな人にもそういう罰は与えないでほしい。一生のトラウマになってしまうこともある。俺が今もし部活で一緒だった彼らに道端で会ったら、間違いなく物陰に隠れると思う。

そして、理由は様々あれど、部活を辞めることは決して恥ではないと思う。長い人生部活辞めたことなんてほんの些細なことです。本当に些細なこと。

部活を辞めてしまった学生の皆さん、どうか負い目を感じずに興味の持てることを探したり、一生懸命勉強したりして楽しく過ごしてください。

学生の頃によく通ったバーがなくなったという報せを聞いたのは、出張東京から大阪に向かう新幹線の中だった。

新幹線大学進学を機に東京の西の方へ引っ越したぼくの出身新潟県で、当時のぼくにとって、新幹線といえば、東京都と新潟県をつなぐ上越新幹線のことだった。新潟。海沿いの街ならばともかく、山に近い町では、一年のうちの半分以上が雪と雲に閉ざされる土地だ。

冬に東京から上越新幹線に乗ると、日本海側が「裏日本」と呼ばれるのが納得できる。携帯電話電波の入らない、長いトンネルを抜けると、そこはたしか雪国だ。トンネルに入る前の、抜けるような青空からしてみたらまるで異世界のような、モノクロに塗りつぶされた街が見える。たまにしか来ない旅行者にとってはそれは心踊る風景かもしれないが、「裏日本」の住人にとっては、長く続く冬のあいだ、ほとんど太陽を見ることができないという気の沈む現実をそのまま描き出したような光景だ。

新潟県に住んでいるころの生活は、そんな冬の憂鬱景色と似たり寄ったりだった。中学校クラスメートの多くは、ぼくに猿山の猿を思い起こさせたし、教師たちだって、そのうちのほとんどが想像を絶して想像力のない無神経か、生徒へ媚びては「人気の教師」というくだらない肩書きに執着する俗物のどちらかだった。

ぼくにしたって、そんなくだらない学校生活から颯爽と抜け出せたわけではない。自分も、くだらない生徒のうちの一人であることには違いなかった。そんな鬱屈をぶつけるかのごとく、音楽を聴いて、小説を読んだ。音楽小説は、ぼくの肥大した自意識をなぐさめながら、同時に、その自意識さら肥大させた。

ひとことで言えば、ぼくは、音楽小説自分存在のものさえを仮託する、盆暗だった。そうして、ぼくは中学高校をやり過ごしていった。

車内販売ワゴンを押しながらお土産コーヒーを売る販売員の声で、ぼくはふと我に帰った。いつのまにか新幹線名古屋駅をすでに過ぎていたらしい。車内販売からぼくはコーヒーを買った。熱いコーヒーを飲みながら、ぼくは高校卒業した年の3月のことを思い出していた。

大学進学に伴って、上越新幹線を使って上京した。まだ雪の深く残る街から荷物を抱えて新幹線に乗り込み、トンネルを抜けたときの空の青さにせいせいしたのをよく覚えている。これからは、猿山の猿や無神経や俗物に付き合わなくていいんだ、そんな気持ちを、青い空は祝福してくれたように思えた。

そうして手に入れた大学生活にも慣れ、過剰な期待もなくなり、肥大した自意識ともうまく距離をおけるようになった頃のぼくに、ほんとうのお酒のおいしさを教えてくれたのが、件のバーだった。学生街にありながら、その店はいつでも静かだった。生まれて初めて、本や音楽の話が心からできる友人とも、そのバーで知り合った。マスターは、少し背伸びをした学生に、いろいろなお酒を教えてくれた。酔うためではないお酒を、リラックスしながら飲む日々は、ぼくにあの新幹線で見た青空のような解放感を与えてくれた。

そのバーがなくなったことをメールで教えてくれたのは、当時の友人のうちのひとりだった。大学を出た後、ぼくとはまったく違う業界に進んだ彼と会うのは、3年に一度程度の頻度でしかなかったけど、会うたびにぼくらは、リラックスできる店で静かに酒を飲んだ。そんな彼の名前と一緒に携帯電話の通知に表示された、「あの店なくなったの知ってる?」という文字列に、それほどショックを受けていない自分に少し驚きながら、ぼくはヘッドレストに頭をあずけて目を閉じた。

ぼくたちが店に通っていたときから、もう8年が経つ。東京就職し、大阪に頻繁に出張に行くようになったぼくにとって、新幹線といえばもう、あの長いトンネルを伴う上越新幹線ではなくて、東海道新幹線のことになった。ぼくはもう一度携帯電話の通知欄を眺めてから、また目を閉じて、新幹線規則的なゴトンゴトンという音に耳をすませた。

スポーツカー助手席修行の場か

車高低くて屋根も低いのにシートのサイドだけはやたら高いから乗り降りが超大変、

着座位置も低いので景色を楽しもうにもガードレールしか見えないし、

他の車からは見下ろされる形になる上に「誰が乗ってるんだ?」という好奇の視線がウザいし、

ドアが大きいので開閉にいちいち気を遣うってか狭い所じゃ開けられないし、

乗り心地めっちゃ硬くてお尻どころか腰に来るし、

荷物ほとんど載せられないし、

雪降ったらまず走れないとか言うし、

エンジン大きいとか言う割に街乗りだと正直加速トロくて鈍くさいし。


これだったら中古ハッチバックの軽のほうが全然マシじゃん。

(車内が綺麗に片付いてればだけど)


てかスポーツカーは一人で乗れっつーの。

誰か乗せて自慢とか考えんじゃねーよ。


おまけ

なんか、GT-Rは上に書いた欠点がかなり解消されているって聞くけど実際どうなんだろね。

知り合いに乗ってる奴いないから知らないけど。

もっとも同乗者にとって、ロールスロイスの後ろの座席に勝るクルマなんてないと思うが。

2018-06-18

幸せなうちに死にたい

21歳だけどもう何も欲しくないです

ものすごくハッピーなことがあったというよりも、信頼して安心して受け入れ合っている人たちと最近たくさん会えて、当たり前の日常幸せを噛み締める事が出来て、なんかもう満足してしまった

イメージとしては夕日がさす窓辺の病床でこれまでの日々を振り返って、なかなか面白くて良い人生だった という感じ

これからまた沢山の辛いことや幸せなこと たとえば子供が出来たりお家を建てたり働いて失敗したり成長したり、見たことのない景色を見て感動したり、人と一緒に笑ったり泣いたり。それはとても人生を豊かにするし幸せなこと。その途中で夢だって見つかるかもしれない。

でもなんか、想像するだけでその膨大さにうんざりして疲れてしまった

もう人と競い合ったり比べたり、勝手判断軸で評価し合ったりすることを1ミリもしたくない。今のゆるやかな幸福の延長線上で一区切りして死を受け入れたい

また周りの世界自分との間に薄い膜が張って、車の流れや人の声が遠くに行ってしまった。電車のゴウゴウという音だけがやけに鮮明に聞こえて、細い月がじっと私を見ていた。

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん