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2019-03-14

新自由主義社会

金沢とか京都とかで観光公害とかが起きる一番の原因作っているのは、公共交通商業になっていることじゃないの?

anond:20190314075825

そもそも景観から価値評価が難しいからな。

それこそ、ごみごみした光景が売りの大阪東京下町で無理に電柱をなくすことで利益が出るのかと。

京都だとか金沢だとか小京都を売りにしている場所ならメリットデカイだろうが。

からデータを元に類推したりするのだが、えてして声のでかいやつでねじ曲げられたり、逆に、断片的な指標ねじ曲げられたりもうこれダメかもわからんね。

2019-03-11

就活って難しい

3月入ってから2週間も経っていませんが、すでに第1志望会社に落ちました。とても辛いです

どうせもう縁が無いだろうからぶっちゃけると某アイドルゲームを作ってるB社です。

割と前から就職したいと思っていて、インターンシップにも参加して、早期応募で採用面接等を受けました。

1次面接からずっと「この会社とは何かズレてる気がする。人はめっちゃいいけど、なんか違う。」って心のどこかで感じてたんですよね。

ただ、まあ割と楽に最終の役員面接まで行けたので上手く行くと思ってました。

はい、最終で落とされました。この会社は割と早くに連絡をしてくるので1週間近く経ってる時点で怪しいとは感じていました。

お祈りメールを受け取ったときもそこまで落ち込みませんでしたね。割と自分的には鬱になるのでは?ぐらいに考えていたのですが、あっさり受け入れました。

で、その会社第1志望ですでに選考を受けていることは親に伝えていましたから、結果を報告しました。

すると「ちょっとゆっくりしてから探したらいい。最悪、院に行ってもいいから。」と言われました。

正直、お祈りメールを受けたショックよりこの親の優しさに泣きそうになりました。

よく考えると僕が何かの選考で落ちるって相当久々なんですよね。

僕は中学受験しましたが、その学校には割とすんなり入ることが出来ましたし、大学もあまり苦労せずに入ることが出来ました。

多分、そういう事情を知っているからこそ優しくしてくれるんだと思っています

親って大切にしないといけないですね。昔、迷惑を相当かけたので本当に申し訳なく感じます

ただ、実を言うとB社を受ける前に某白猫とか黒猫とかが付くゲームを作っているC社も受けて落ちてます

ただ、ここは第1志望では無いですし、元々インターンシップに応募して落としたにも関わらず新卒採用受けてくれとかいう謎なことを言ってきたので試しに受けたという感じなので、ほぼほぼノーカンです。


さて、ここからが本題です。第1志望最初に受けて、ここが通れば他の選考を受ける必要が無いと考えていたので、落ちた後のことを何も考えていません。

自分が行きたいのはゲーム業界のはずです。「はず」なんです。

なのですが、本当にこれでいいのか迷っています

今までの人生を振り返った時にゲームをそこまでやってきたかと言われたら、やってないとはっきり言えるレベルでやってません。

苦手なんですよね、ゲームプレイするのが。

ゲーム自体は好きなんですけど、自分プレイするのがとても苦手です。誰かがプレイしているのを見たり、自分ゲームを作ってみる分には結構面白いと感じるのですが。

ただ、今までゲームをそんなたくさん作ってきたかと言われてると、これも作ってないとはっきり言えます

基本的アイデア力が無いので、「こういうゲームがあると面白いかも」みたいなのが全然思いつきません。ただ、他人意見を聞いてそれにアドバイスみたいな感じで意見を出すのは割と得意だったりします。

さて、こんな僕にゲーム業界ゲームを作ることが出来るのでしょうか?もっとゲームが好きで昔から色んなゲームプレイしてきたっていう方のほうが向いてると自分では思います

でも、他に興味がある業界がありません。自分で作ってきたものには、機械学習を用いた画像認識Webアプリケーションなどがありますけど、これを仕事にしたいとは全く思っていません。

自分は飽きやすいので興味が無いことを始めたとしてもすぐにやる気が無くなります。多分、半年ももたないと思っています

からこそ、少しでも興味のあるゲーム業界を目指しているのですが、現実はとても厳しいものです。

自分がやりたいことも割とここ数年の間にコロコロ変わっているので、ゲーム業界就職したとしても5年10年後には多分違うことをやりたいと思っている気がするのですが。


あと、もう1つ悩んでいることがあります。勤務地です。

B社を志望していたときは「絶対東京がいい」みたいなことを考えていたのですが、落ちてから冷静に考えると「別に東京じゃなくてもよくない?」ってなってきています

正直、東京はたまに行く分には楽しいのですが、住むかってなるとなんか違う気がします。

ただ、イベントとか趣味関係(B社の某アイドルゲームですw)を考えると東京近郊に住んだほうが楽なんですよね。

今は実家の近くである大阪を中心に会社を探していますあんまりないんですけどね。

いっそのこと全然違う場所就職するのも面白いと考えています。例えば、金沢にあるD社とかはエントリーを考えていたりします。

どこで就職しても難易度はあまり変わらないとは思いますけど、東京よりかはちょっと離れた場所のほうが楽なのかなとかは思ったりします。


さて、ここまで色々書いてきましたが、多分殆どの人が「こいつ、文章書くの下手くそだな」って思っていると思います自分でも思っているぐらいですからw

文章力が無いとエントリーシート書くのもなかなか辛いんですよね。

てか、自己PRとか志望動機とかってどうやって皆さんひねり出しているんですかね。正直、第1志望以外はほぼ適当に見つけた会社なので、志望動機なんて書けないんですよ。

エントリーシートを書いていると自分が今までどれだけ何もせずに人生を過ごしてきたかがよく分かります


結局、自分がやりたいことを見つけることが出来ず、特にこれと言って特別なことをしてこなかった人には就活というのはとても辛いものということを少し実感しました。

就活なんてまだ始まったばかりなのに何言ってんだ、こいつ」と言われるかもしれません。ですが、第1志望をすでに落ちている身としては今後の就活なんて消化試合みたいなものです。やる気なんて全く出ません。

親に言われた通り、院に進むのも手だとは思っているのですが、今の研究室でやっていることを院に進んでまでやりたいか?ってなるとやりたくないです。

研究室も割と適当に選びましたからね。正直、結構後悔していたりします。ゲーム開発に全く関係の無いことですし。


新卒採用なんて人生で1度しか経験出来ないことなので、色々飛び込むのもありなんですかね...

2019-03-08

「過ぎたるものが二つあり」集

家康に過ぎたるものが二つあり 唐の頭に本多平八

「唐の頭」とは唐物中国製)の珍しい兜のこと。

追記:指摘があったので訂正します。「唐の頭」とは正確にはヤクの毛の兜飾りのことです。武田信玄石田三成が描かれるときに、よく兜に付いているカツラみたいなやつのことですね。実は三河武士あいだでやたらと流行っていて十人いたら七・八人は唐の頭をつけていたと言われており、というのも唐の頭を大量に積んだ貿易船が難破して三河に漂着したから棚ぼたで手に入れたんだとか。そら「過ぎたるもの」と言われますわ。

本多平八」とは徳川四天王のひとり、本多忠勝(1548生)のこと。

三方ヶ原の戦いに先立つ一言坂の戦いで、退却する徳川軍の殿を本多忠勝がつとめた。

家康に過ぎたるものが」はその活躍を称賛した落首である

治部少に過ぎたるものが二つあり 島の左近佐和山の城

治部少は石田三成(1560生)のこと。

島左近」(1540生)はもともと筒井氏に仕えていた武将で、一説には当時の三成の禄高の半分である二万石で召し抱えられた。

関ヶ原の戦いで討ち死にしたが、敵の足軽が後々まで悪夢に見たというほどの戦いぶりだったという。

佐和山城」は三成が改修した城で、五層の天守閣を備えた立派なものだったが、中に入ってみると極めて質素な造りだった。

駿河には過ぎたるものが二つあり 富士のお山に原の白隠

富士のお山」とはもちろん富士山のこと。

白隠」とは「臨済宗中興の祖」と言われる高僧・白隠慧鶴(1686生)のこと。

大量の書画を残しており、その作風は荒々しくバランスの崩れたものだが、それが逆に迫力を生んでいるとして現代でも人気が高い。

本所に過ぎたるものが二つあり 津軽屋敷に炭屋塩原

本所とは東京都墨田区地名

津軽屋敷」とは、本所にあった津軽藩の広大な江戸屋敷のこと。

火災ときに版木ではなく太鼓を叩くのが「本所不思議」として知られている。

「炭屋塩原」とは、炭団を改良して一代で豪商となった炭屋の塩原太助(1743生)のこと。

明治期には「塩原多助一代記」として立身出世物語が語られ大人気となった。

亀山に過ぎたるものが二つあり 伊勢屋蘇鉄に京口御門

亀山とは、現在三重県亀山市にあった、東海道亀山宿のこと。

伊勢屋蘇鉄」とは、亀山宿の旅籠伊勢屋の庭にあった蘇鉄の名木のこと。

現在亀山市の文化会館移植されている。

京口御門」とは、亀山宿の西端、つまり京へ向かう道に作られた門のこと。

坂の頂上に建てられ、下から見上げると壮観だという。

岩槻に過ぎたるものが二つあり 児玉南珂と時の鐘

岩槻藩は埼玉県さいたま市にあった小藩。

児玉南珂」(1746生)は高名な儒学者

祖父江島生島事件江島の弟だったため甲斐流罪となり、南柯は甲斐で生まれ岩槻藩士養子となった。

儒学を学んだ南柯は、藩の要職歴任し、隠居後は私塾・遷喬館を立ち上げて子弟教育に努めた。

「時の鐘」とは、城下に時を告げるために1671年に設置された鐘のこと。

改鋳されたもの現在まで残っていて市指定有形文化財となっている。

青山に過ぎたるものが二つあり 鳶の薬缶に原宿山車

青山東京都港区の地名

「鳶の薬缶」とは「薬缶平」と呼ばれた幕末の火消し・平五郎のこと。

本職は鳶職人で、頭がハゲていたので「薬缶」と綽名されたらしい。

原宿山車」とは、青山熊野神社の祭りで使われる山車のこと。

都座に過ぎたるものが二つあり 延寿太夫鶴屋南北

都座とは江戸にあった歌舞伎劇場の一つ。

「延寿太夫」とは、歌舞伎伴奏音楽として発展した浄瑠璃清元節」を創始した、初代・清元延寿太夫(1777生)のこと。

鶴屋南北」とは、「大南北」とも呼ばれる歌舞伎狂言作者、四代目・鶴屋南北(1755生)のこと。

一ノ関に過ぎたるものが二つあり 時の太鼓建部清庵

一関藩は、仙台藩から分知されて成立した小藩で、現在岩手県一関市にあたる。

「時の太鼓」とは、城下に時を告げるための太鼓のことだが、これは幕府から特別許可されたもので、鐘ではなく太鼓が設置されるのは非常に珍しかったらしい。

建部清庵」(1712生)は蘭学を学んだ名医で、『解体新書』で有名な杉田玄白の盟友であった。

八代に過ぎたるものが二つあり 天守屋根乞食の松

これは加藤家が改易されたあとに熊本藩に入った細川忠興の評らしい。

八代城は、熊本県八代市にあった城で、1622年に完成したもの地名から松江城」とも言う。

熊本藩本城はかの熊本城であり、一国に二城あるのは特例である

その気兼ねもあったのか、城は未完成放置されており、天守閣だけは壮麗だったというが、それも1672年落雷消失した。

乞食の松」とは、「浜のお茶屋」とも呼ばれる松浜軒庭園にあった松のことらしいが、詳細は不明

保土ヶ谷に過ぎたるものが二つあり 苅部清兵衛に花見寿司

保土ヶ谷とは、現在神奈川県横浜市にあった、東海道程ヶ谷宿のこと。

「苅部清兵衛」とは、その程ヶ谷宿本陣・名主・問屋を務めた苅部家の当主が名乗る名跡のことで、地元の名士として代々慕われたという。

花見寿司」は程ヶ谷宿名物で、現在でもその伝統を引き継ぐ店があるとか。

挙母には過ぎたる物が二つあり 大手御門に海老名三平

挙母とは、現在愛知県豊田市にあった小藩のこと。

挙母城は、三河尾張美濃信濃遠江伊勢近江が見えるということで七州城とも呼ばれ、「大手御門」とはその立派な正門を指している。

海老名三平」とは、挙母藩の剣術師範役に代々指名された海老名当主名跡で、落語家のことではない。

岸和田に過ぎたるものが二つあり だんじり祭りに千亀利のお城

岸和田とは、現在大阪府岸和田市にあたる岸和田藩のこと。

だんじり祭り」は全国でも有名なお祭りで、1703年から始まったという。

「千亀利のお城」とは岸和田城の別名で、五重の天守に総構えの立派なものだったが、天守閣1827年に焼失している。

鴨方に過ぎたるものが三つあり 拙斎 索我 宮の石橋

鴨方藩は備中の小藩で、現在岡山県浅口市にあたる。

「拙斎」とは、儒学者西山拙斎(1735生)のこと。

松平定信に「昌平坂学問所朱子学を教えるべき」と訴え、これが「寛政異学の禁」の原因となったという。

「索我」とは、絵師田中索我(1742生)のこと。

京都に出て絵を学び、仙洞御所の屏風を描いている。西山拙斎とは親友同士だった。

「宮の石橋」とは、鴨神社参道にある石橋のこと。

川ではなく道に掛かっていて、立体交差となっているのが特徴。

京極に過ぎたるものが三つあり にっかり茶壺に多賀越中

京極とは、讃岐丸亀藩主の京極家のこと。

「にっかり」とは、刀剣乱舞でも有名となった名刀「にっかり青江」のこと。

「茶壺」とは、二代目藩主京極高豊が好んで収集した、陶工野々村仁清の茶壺のこと。

多賀越中」とは、京極家の筆頭家老を代々務めた多賀当主名跡

三原には過ぎたるものが三つあり

三原とは、広島藩の支城である三原城があったところで、現在広島県三原市のこと。

その「過ぎたるもの」とは、まず石高のわりに壮麗な「三原城」。

三原城主であり広島藩筆頭家老であった浅野忠真(1618生)に、徳川家光の娘・月渓院が一目惚れし、駄々をこねて彼の側室に入ったために使用許可された「葵の御紋」。

日光東照宮工事にあたって、難所をわずか十日で仕上げて称賛を集めた家臣「鈴木方衛」の三つだそうな。

安中に過ぎたるものが三つあり

安中とは、現在群馬県安中市にあたる安中藩のこと。

「過ぎたるもの」とは、藩政を改革して名君と謳われた藩主の「板倉勝明(1809生)」。

現在も名所とされる「安中杉並木」。

第六代安中藩主板倉重形のときに作られたという、城下に時を知らせるための「安中様のお太鼓」(一ノ関だけの特別扱いだったはずでは…!?)。

桜田に過ぎたるものが二つあり 火ノ見半鐘に箕輪の重兵衛

桜田東京麻布のあたり。

「火ノ見半鐘」は江戸で最も高いと言われる火の見櫓があったから。

箕輪の重兵衛」は桜田町の名主を代々務めたという家の名跡

永坂に過ぎたるものが二つあり 岡の桜と更科蕎麦

永坂は現在東京麻布永坂町のこと。

「岡の桜」は、御番医師・岡仁庵の屋敷に植えられていた大きな枝垂れ桜のこと。

更科蕎麦」はそのまま更科そばのことで、蕎麦御三家の一つである蕎麦処・更科が永坂にあったことにちなむ。

保科には過ぎたるものが二つあり 表御門に森要蔵

保科とは上総国飯野藩主の保科家のこと。

「表御門」は、三大陣屋と呼ばれる飯野陣屋の門のこと(か?)。

「森要蔵」(1810生)は幕末の著名な剣豪で、保科家に剣術指南役として仕えていた。

この飯野藩保科家の江戸屋敷麻布網代にあった。

森要蔵は藩に召し抱えられたあと、近所の麻布永坂・岡仁庵の屋敷の一部を間借りして道場を構え、

更科そばの初代も、この屋敷に反物商として出入りしていたところ、

蕎麦を打つのが上手いということで藩主から蕎麦屋になることを勧められ、

同じく麻布永坂に店を出した、という縁がある。

高取に過ぎたるものが二つあり 山のお城に谷の昌平

奈良まれ儒学者森田節斎の言葉であり、高取とは現在奈良高取町にあたる高取藩のこと。

「山のお城」は高取城のこと。

日本国内では最大規模の山城で、その白漆喰が輝く様を「巽高取 雪かと見れば 雪ではござらぬ土佐の城」と評した言葉が残る。

「谷の昌平」とは、幕末儒学者・谷三山(1802生)のこと。

若年の頃に聴力を失うが、勉学に励んで大成し、高取藩に召し抱えられて尊王攘夷を説いた。

新城に過ぎたるものが二つあり 前の小川太田白雪

新城は、現在愛知県新城市にあたるが、「新城藩」は藩主安中藩に移封されたため1645年に消滅、代わって旗本の菅沼氏が入った。

「前の小川」とは、新城陣屋の堀へ水を引き入れるために作られた運河のことらしいが、現在存在しない。

太田白雪」(1661生)は、地元名家の生まれで、松尾芭蕉門下の俳人となった。

土浦に過ぎたるものが二つあり 刻の太鼓と関の鉄砲

土浦藩は、現在茨城県土浦市にあたる小藩。

「刻の太鼓」は、例によって城下に時を知らせるための太鼓のこと。

「関の鉄砲」とは、関之信が開いた「関流砲術」のことで、その宗家土浦藩の鉄砲指南を代々務めていた。

下総に過ぎたるものが二つあり 成田不動に久保木蟠龍

下総下総国のことで、現在千葉県北部茨城県西部のあたりを指す。

成田不動」とは、言わずと知れた成田山新勝寺のこと。

久保木蟠龍」とは、儒学者久保木清淵(1762生)のこと。

伊能忠敬と親交が深く、忠敬亡き後は大日本沿海輿地全図の完成を手伝った。

金沢に過ぎたるものが二つあり 刀正次 兜興里

金沢はもちろん現在石川県金沢市、加賀藩金沢城下のこと。

「正次」と「興里」はどちらも鍛冶師で、刀を打たせれば正次が、兜を拵えれば興里が優れていると言われていた。

そこで正次の刀で興里の兜を斬ったところ、兜は両断できなかったが欠け、刀には刃こぼれがなかったため、引き分けということになった。

しかし実のところ、興里は兜が割られないよう小細工をしており、それがなければ正次に負けていただろうと分かっていた。

悔しがった興里は刀を打つようになり、後に「長曽祢虎徹」として知られる名工となった、という伝承があり、歌舞伎演目になっている。

「正次」は志摩兵衛正次という名らしいが、こちらはよく分からない。

番町に過ぎたるものが二つあり 佐野の桜と塙検校

番町とは、東京都千代田区地名

佐野の桜」とは、旗本佐野政言の屋敷にあった見事な枝垂れ桜のこと。

「塙検校」は塙保己一(1746生)のことで、盲人として検校にまでなりながら、著名な国学者でもあった。

秋元に過ぎたるものが二つあり 無の字の槍と岩田彦助

秋元とは、現在埼玉県川越市にあたる川越藩主の秋元喬知のこと。

「無の字の槍」とは、藩祖・泰朝が家康から賜った十文字槍のことで、鞘に「無」の金文字があった。

岩田彦助」(1658生)は、川越藩家老を務めた儒学者のこと。

松山に過ぎたるものが二つあり 河原布衣徒に千秋の寺

松山は、現在愛媛県松山市にあたる伊予松山藩のこと。

河原布衣徒」は河原にいる乞食のことと思われるが、芸が上手かったことを言っているのか、よくわからない。

千秋の寺」はそのまま千秋寺のことで、昔は二十余棟からなる大伽藍があったが、戦火で失われたらしい。

谷田部に過ぎたるものが三つあり 不動並木広瀬周度 飯塚伊賀

谷田部は現在茨城県つくば市にあった谷田部藩のこと。

「不動並木」とは、谷田部藩主細川興昌(1604生)が植えたもので、沿道に二百本ほどの松が並んでいたというが、現在はない。

広瀬周度」(1782生)は、杉田玄白門下の蘭学医でありつつ、画家としても活躍したという人物

飯塚伊賀七」(1762生)は発明家で、自宅の向かいにある酒屋まで往復するからくり人形や、人力飛行機などを作っていたという。広瀬周度から蘭学知識を得ていたとも。

徳山に過ぎたるものが三つあり 藩主墓所と桜の馬場奈古里人

徳山は、長州藩支藩で、現在山口県周南市のあたりにあった徳山藩のこと。

藩主墓所」は、徳山毛利家の菩提寺である福山大成寺にある歴代当主墓所のこと。

「桜の馬場」とは、初代藩主毛利就隆によって作られた藩士の調馬場のことだが、数百本の桜が植えられて名所となった。

奈古里人」(1671生)は、万役山事件に伴う徳山藩改易の際に活躍し、徳山藩再興運動の中心となった人物

2019-02-07

anond:20190207125144

一応人材紹介会社アスコムってのは金沢名古屋本社があるんだが、

結構広いエリア業務展開してるみたいだなあ。テレビCMを出している

かどうかは分からんのだが……

2019-01-29

anond:20190129165550

惜しい

1時間早く21時発なら金沢23時30分

北陸新幹線いいよ

週末のプチおこもりにもぴったりだよ(地元民)

2019-01-15

anond:20190115185029

地元金沢なんだが、京都大学に通ってたとき、朝っぱらから大音量ゴーゴーカレー宣伝カーが走り回ってて申し訳ない気持ちになった

お金沢の本店ガラガラの模様

2019-01-07

加賀百万石のれん

いわゆるデパート催事だけど

ここ北海道札幌にやってくる各都市地域催事の中で一番好き

仕事終わりに足繁く通ってしまい毎度期間が終わるまでに3万くらい使っている気がする

だいたいどこのお店のどんなものを買っても外れたことがないような気がする

和菓子にしても海産にしてもその他の食べものにしても基礎の位置そもそも高いというか

素材が良いだけでは決して太刀打ちできない完成度の高さがある気がする 何食ってもうまいってすごい

地元の人にしてみれば催事に出てるあの店なんか大したことないよ~って感じなのかもしれないけど

(北海道の店でも催事専門みたいなそういうお店もあるし)

でもどこの菓子食っても本当にうまい 金沢に住んで太らないのってすごく難しいんじゃねーのって思う

金沢お菓子と言えば「芝舟」が有名だけど

これを生姜の効いた糖衣を載せてサラッとした餡子をくるんだ柔らかい生地のそのすべてが絶妙マッチした

口どけのいいめっっちゃうまい和洋菓子「生しばふね」に仕立てた「清香室町」の職人マジ天才だなっていつも感心してる

あといがら餅ともえがら餅とも呼ぶあの生菓子すげえええええうまいんだけどほんと金沢の人たちがうらやましい

あん和菓子文化根付いた街なかなかないんじゃないか 島根も同じように羨ましいけどこちらにはなかなか来ないし

とにかく金沢のあの発信力すごいなってただの道民はただただ思いながら金を使いまくってる

地元の人のおすすめ和菓子屋や洋菓子屋や食事情について地元の人から一週間くらいレクチャーされたい

実際旅行にでも行ってみたら6キロくらい太って帰ってきそうな気がする

2018-12-30

クリエイティブ(笑)仕事がしたければまずは東京に来るべき

地方クリエイティブで元気にする!とか地方から新しいクリエイティブを発信する!とか色々あるけれど、クリエイティブ産業市場とか人口とかから生み出されるチャンスを考えると、地方で始めるメリットなんてほとんど無いと思ったほうがいい。

街にはモデル俳優いくらでも溢れていて、今この瞬間(12月30日午後18:00前)俺がいるファミレスの周りではみんなPC開いていて、ざっと見回すだけで映像編集コーディング脚本執筆雑誌の誌面構成やってる人が見える。隣のグループは話の内容的にコミケ帰りのゲームアプリ開発者が雑談してる。こんな街他にあるだろうか?梅田にある?四条にある?天神にある?

クリエイティブ産業を目指している若者よ。周りの人は色々言うだろう、京都は昔からクリエイティブの街、任天堂はてな京都だ!ロフトワークのオフィスもあるぞ!1→10やOvaqeもある!大阪でもチャンスはあるぞ!AID-DCCだって株式会社人間だって大阪だ!福岡は今一番イケてるリモートワークでKOOKIみたいに全国規模の仕事できる!金沢から変えていこう!沖縄オフショアにチャンスが眠ってる・・・。それもいい。それもいいんだけど、スタートだけは東京に来てみないか

しか地方成功した人はいる。でも、君個人スタート東京という場所で始めたほうが後から得なことも多い。東京地方どちらもメリットデメリットあるけど、スタート東京にするほうが安心スタートを切れると思う。僕も関西から上京して今に至っている。

地方会社だって東京進出したり、東京でできた会社地方に戻ったりなんてのも多い。

今、大学生専門学校生で色々未来模索している君に、これだけ伝えたかった。

よいお年を

2018-12-22

anond:20181222203333

島根和菓子金沢とか京都和菓子有名だけど

また違う進化をしてて、

でも今風になりすぎずでいい感じなのよ。

気取りすぎてないけど、田舎すぎずって感じで。

質実剛健骨太なところもあるけど、繊細なところもあるというか。

2018-12-18

anond:20181218212808

金沢旅館ホテル客室数が名古屋抜かしたって聞いたけど街中も激混みなのかしら

2018-12-17

運転免許必要性

学生時代二年くらい車に乗ってた、その後は五年くらいペーパー。

帰省したら地元で少し運転するくらい。

大人になってから気がついたけど、運転できると旅行の幅が広がる。

学生時代バス電車の乗り継ぎしか頭になかったんだけど、一度レンタカーを借りて沖縄運転してから考えが変わった。

北海道東北九州の方なんかも、行くのは電車飛行機バスを使うけど、現地に着いたらレンタカーを必ず使う。

金沢仙台なんかはレンタカーいらないけど、大体はレンタカーないと自由に行動できないし、なにより友達とワイワイしながらする運転は最高に楽しい

旅行に行くたびに運転免許持っててよかったと思う。

今は免許を取らない人が増えてるみたいだけど、旅行好きな人絶対必須だと思う。

もっと免許とる値段安ければみんなとるのかな?

2018-11-25

anond:20181125133154

うん!内定だね!内定で行こう!

北陸新幹線 金沢敦賀開通 内定4年

北陸新幹線 新函館北斗札幌開通 内定12

九州新幹線 新鳥栖長崎開通 内定4年

リニア 品川名古屋開通 内定9年

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なんか読んでて頭痛くなってきたんだけど。

1ヶ月でも無理だと思うけど、一ヶ月でなんとか頑張ってるところに、役立たずの神道カルト日本会議共の横やりで、1週間前とか10日とかだしな。

サマータイムといい、本気でパソコン使ったことない爺ばかりなんだろうなぁ。

もう内定で定着させたほうがいいね

2018-09-20

anond:20180920121900

東京以外にそういう高級なんがあるんか? 豊洲とか?

ニセコ金沢かにホンモノがあるってんならそれはそれで知りたいが。

2018-09-11

anond:20180910012329

金沢から北陸新幹線で2時間ぐらいで現地に到着 レンタカー駅前含めMAP見ながら市内回ってたけど楽しかったね

5thツアーときも思ったけど大所帯のシンデレラはどんどん地方開拓していってほしい

(できれば広めの駐車場がある箱で頼む)

2018-08-26

anond:20180825190041

ならば、京都金沢等の景観保護されている地域に住む人々に、日常生活が不便かどうかインタビューしてみてはどうでしょうか。

あくまでも外観の話なので、不便だという感想は恐らく出てこないと思いますよ。エアコンも車もインターネットもあるわけだし。

例えば電柱の地中化にはお金が掛かるけど、日常生活が不便になるという話は聞いた記憶が無い。

ヨーロッパの街並みなんてのは狙ってやったあざとさ全開で気色悪いんじゃ。どう?俺たち美しいでしょ?みたいな。

日本景観は、建築自由の為に統一感がなくてばらばらになってしまったという事情があり、それを考えると日本も似たようなものだと思う。

どう、俺が選んだ家は美しいでしょをやって、ばらばらになったんだと思う。

美しさなんて狙ってない、何気ない日常風景こそが美しくあるべき。我ながら名言じゃね?

歴史的景観なんて、全部何気ない日常風景からまれたんじゃないかな?最初を追求すれば

個性歴史が失われると勿体ないか保護する事にしただけで。

電車や車や電柱やらコンクリートやらに美を見いだすのは自由だけど、ヨーロッパコンプレックスは言い過ぎ。

2018-08-15

anond:20180815122544

冬は日本海側一帯でカニ祭り状態だよ。東京からだと山陰よりも金沢あたりの方が行きやすいかもしれない。城崎とか三朝とかだと温泉カニだ!良い旅館は早く埋まるので、残暑のころからスケジュール予算の算段を立てておくのだ!

2018-08-02

金沢県って何があるの?

金沢工業大学能登麻美子以外に何かあるの?

2018-08-01

金沢蓄音器館がアラフィフ洋楽ファンにやばすぎる場所なことについて

夏休みで初の金沢一人旅。昼間から日本酒真琴飲み放題(超おすすめ、2,000円で地元の美味い日本酒文字通り飲み放題) でいい感じになってちょっと寄ってみるか、蓄音器とか知らないけど自称音楽にはうるさいし、てなわけで割引250円で入ってみる。

順路は3Fからというので上がってみるとLP試聴コーナー。さあ本題です。LPって何があるのかな、クラシック落語って図書館かよ、お、洋楽ポップスとかあるじゃん、、、そこからここが天国であることに気づくまでもの10秒。

日本CDが発売されたのが確か1988年。ここのLPライブラリにはその前のLPしか聴く手段がなかった時代80年代前半の作品ピンポイントで充実しまくり。あの小坊中坊時代音楽聴くのにはレコードに針を落とす手続き必要だった頃の再現

と言うわけで聴いたレコード一覧。

The Styx / Kilroy Was Here (遊&愛のヘビーユーザーだったのに初めて2,800円払ったアルバム)

Men at Work / Cargo (Overkillのイントロで涙)

Journey / Frontiers

Billy Joel / An Innocent Man

Paul McCartney / Pipes of Peace (個人的ポールと言えばこれ)

Kenny Loggins / Vox Humana (!!!!!!)

Wham! / Make it Big

Hall and Oates / Rock ‘N’ Soul Part 1

Queen / The Works

勿論、本業の蓄音器実演も良かったです。むちゃかわいい (+多分結構巨乳) お姉さんが楽しく解説してくれるし。

2018-07-13

anond:20180713202323

例えば、個人的経験だと、鹿児島とか盛岡とか金沢なんかは地の飲み屋感があった

地の空気もある

仙台ではそれは感じなかった

前橋もなんもなかったな

2018-07-12

どこでもドア

家に帰ったら部屋にどこでもドアがあったらどうする?なんていう下らない話題20歳そこそこの時盛り上がったことをふと思い出した。

35歳になった今!さあどうする?!

どこでもドアがあったらどうする?!

世間にばれたら大騒ぎだから、とりあえず隠す。

嫁にどう説明しよう

つかなんでそんなもん家に置いていくんだよ。

誰がそんなことしたんだ?!

なんてこと考えると破壊以外の選択肢が無くなるので、細かいことは考えない。

どこでもドアがあったら休みの度に旅行に行くな。

先ずは金沢行きたい。その後北海道

でもどこでもドアって座標を指定出来るんだっけ?

出た先が商店街だったらあっという間に拡散されちゃう

うーん。やっぱりもしもボックスちょうだいな。

2018-06-22

バブル恩恵を受けていたおじさんの恩恵を受けた話

おばさんの話でつまんないかもしれないけど。

平成になって間もなくの頃、都内の某銀行で窓口をしていた。

そこでけっこうお客様食事のお誘いを受けることがあって本当はダメなんだけど課長が目をつぶってくれる雰囲気暗黙の了解でお誘いを受けていた。

さんま接待費自由に使えていた時代

ある経理のおじさんはとてもグルメな方で一人では行きにくい店だから鉄板焼き金沢料理ロシア料理すき焼き銀座カウンターのお寿司屋さん帝国ホテル最上階のビュッフェなどなどいろいろ高いものをごちそうしてくれた。

もうひとりの経理のおじさんは音楽が好きで銀座ピアノ弾き語りのバーやシャンソンバー。あとはドイツ料理屋さんのビール祭り生演奏でみんなで踊るとか。

銀座ハシゴして遅くなることが多かったかタクシー代もらって帰るのが恒例だった。

ある社長さんは窓口3人を別荘に招待してくれて一泊二日でおもてなしいただいたり。

思えば携帯電話メールもなかった時代に待ち合わせとか取り付けるのも一苦労だし会えるかどうか賭けだしよく一度もトラブルにならずに会えていたなと思うよ。

まぁサラッと読むと体の関係は?とか思われるんだろうけどどの方もとても紳士でそんな気配もなかった。

もちろんそんな気配にさせない接待術というのもこちらには必要なんだけど。

バブル給料が跳ね上がったとか豪遊したとか22~3歳だとなかったけどちょっと違う楽しい思いをしたお話でした。

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