「自己肯定感」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 自己肯定感とは

2018-01-19

自己肯定感さえ持ててればどうにでもなるんじゃないかなと、隣の芝生的に思ってる。

いい年してその辺もコントロールできないのは恥ずかしいと思うこともあるけど、根っこが呪われてるとリカバリが厳しい。

習字教室

同じアパートに住んでた幼馴染、Aちゃんと妹のBちゃん

めちゃくちゃ可愛くて大好きだった。本当に好きだった。Aちゃんがだいすきだった。

Aちゃんのおばあちゃんが習字教室をやってて、そこに一緒に通わない?って誘われて、幼稚園の時から行くことにした。毎週土曜日、13時くらいから15時くらいまで。AちゃんとBちゃんが前の席、私は後ろ。

よく考えなくても当たり前だけど、私だけ他人。AちゃんBちゃんは大好きなおばあちゃんから教えてもらえて、楽しそうだった。私にとっては知らない人だから、すごく緊張した。けど行き始めたし、Aちゃんが大好きだったから通い続けた。

おばあちゃんからしたらそうなるのは当たり前だけど、私よりAちゃんBちゃんをよく見て、指導して、ひいきした。私は放置が多くて、おばあちゃん!増田ちゃんもみてね!とかAちゃんが言ってた。でもしょうがないよね、先生から見たらAちゃんBちゃんは可愛い孫、私は他人なんだよなって子どもながらにぼんやり思った。

習字教室は学区外にあった。通い方は、私は鍵っ子だったので自転車で来て帰る。雨の日は1時間とかかけて歩いて行く。AちゃんBちゃんはお母さんによる車での送り迎えがあった。

初めは気にしていなかったけど、小学校6年間それが続いたのはけっこうつらかったんだと思う。

AちゃんBちゃんは小学校入る前くらいに大きな一軒家に住み始めた。庭のある大きくて綺麗なおうち。おとうさんの趣味だという豪華なキャンピングカーなんかもあった。お金持ちだ。

対する我が家は当時はかなり珍しい共働き。ずっと鍵っ子だった(クラス鍵っ子は私だけだった)。しばらくアパート住まいだったけど、お金が無くなったり色々あって、恐ろしいほどぼろぼろな平屋に引っ越した。風が吹き込み、トイレのドアは薄くて変な木で出来てて勝手に開いた。毎日サバイバル生活ができる家だった。狭くて、二段ベッドの上しかパーソナルスペースがなかった。でもその家は好きだった。夏休み毎日庭でひまわりと一緒に過ごせたから。

普段遊ばない友達が家に来たいというのであげたら、その子は偵察部隊で、うちのボロ屋をたくさん観察して、帰ってお母さんに報告して、私のぼろぼろのおうちの話は一気に広まった。そんなことするひともいるんだなと思った。

AちゃんBちゃんはすごくかわいい。本当に可愛くて、いい子で、大好き。おばあちゃんにも愛されてて、習字の後の筆もお湯で洗ってもらえる。私は他人から洗ってもらえなくて、たまーにAちゃんが増田ちゃんの筆も洗おうよって言って、洗ってくれた。でもほんとうに申し訳なかったから、大丈夫だよ、家で自分でやるよって断ってた。家はお湯が出なくて、水で洗うからたかった。

雨の日、かさをさして歩いて帰るけど、小学生には習字道具が重かった。AちゃんBちゃんは車でばいばーいって私に手を振ってくれた。家の方向が真逆なので、私も手を振って別れた。早く帰らないと寒いし、重いし、冷たいし、風邪を引いてしまう。雨はしとしと降り注いだ。

おばあちゃんの家にはおじいちゃんもいて、そのおじいちゃんは明らかに私に気を遣ってくれた。帰り際、私にだけこっそりぽたぽた焼を渡してくれたり、ある時はナイショで自転車の後ろに乗せて家まで送ってくれた。すごく優しかった。

Aちゃんは私にもいつも声をかけてくれて、優しくて、可愛くて、お菓子もくれて、きをつかってくれてた。おばあちゃんも、きちんと習字を教えてくれた。そのおかげで今綺麗な字を書けている。おじいちゃんも、ほんとうにすごくやさしかった。

そのはずなのに、その頃のことを思い出すとぼろぼろ涙が出てしまう。大好きなAちゃんとの思い出がたくさん詰まってるのに。いろんなお話も出来て、楽しかったはずなのに。

帰路、なんであんなに泣きながら帰ったんだろう。

Aちゃんちはお母さんがむかえに来て、お休みの日は家にお父さんもいたけど、なんでうちはお母さんの休みの日はなくて、お父さんは週に一度、木曜日20から10分、宅配仕事の合間にしか会えなかったんだろう?

しかたないじゃん。お仕事なんだからさ。

がんばっておしごとしてたんだからしかたないじゃん。お父さんのせいじゃないでしょ。私ががんばって我慢すればよかったじゃん。全然会えなかったけど、どこにも出かけられなかったけど、みんな休み明けにお土産くれる中一度もおかえしできたことないけど、仕方ないじゃん。グアムお土産とか貰いっ放しだったけど、夏休みは家と近くの公園を行き来してたけど、しかたないじゃん!

誰も悪くないよ!だれもわるくない!習字のせいにするのやめろ!悪くないじゃん!悪くないのに

そうやって人のせいにする

そういうところ よくないよ

あなた自己肯定感は全くない、もしくは著しく低い。最近、そんなことを言われた。

みんな悪くないのに、この話が原因かもなんて思ってしまう。今思い出しても涙が止まらなくなる。悪いのはこういう解釈しかできなかった私。みんなごめんなさい。元気になローソン

2018-01-17

謙遜強者特権

いからこそ謙遜価値がある。

凡人が使いこなせるものではない。

凡人が使うと自己肯定感が低くなるだけ。

まり使わない方がいい。

anond:20180117124614

自己肯定感の欠如が見られるので地雷案件

承認欲求くらい夫に満たして貰えよ

自己肯定感を高めるのには小さな成功体験を積むのがいいってあるけど

あれは少なくとも自分には合ってなかった

自分自己肯定感が低いってのを常に意識すると気分が落ち込んだ時に多少マシになるからしばらくはそれでいこう

2018-01-14

自己肯定感を高める薬ってないのかな。

不安な気分を和らげる薬は飲んでるけど、効いてるんだかどうだかわからん

人に何かを褒められても、それが純粋には信じられない。

自分が認められるわけなんてない」という思考根本根付いてしまっている。

自分はせいぜいレトルトカレーでさ、気楽に手に入るからまるで良いように見えてるだけでさ、

あなた方は高級ホテルカレーを食べてないだけですよ?みたいな。

いからこんなの相手にしてないで早くいいもん食えよ、って。

根気よく褒めてくれた人はいたけどさ、結局は自分が潰れるか相手が潰れるかばかり。

どんどん遠ざけてしまって、周りからいなくなっていく。

でもなにか人恋しさのようなものも感じている。

自分でもなにをどうしたいのかもうわからん

もう自力じゃまともになれん。誰か助けてくれ。

キモくて金のないオッサンになりそうな23歳の俺の愚痴

高校卒業して、進路担当先生に勧められるまま地元工場就職して働き始めてからもう6年になる。

23歳になった。

世の中に楽な仕事はそんなには無いのは知っているが、零細企業工場で働くというのは、まぁ、それなりにキツい。

体力勝負だし若い社員が少ないせいで、年配の上司にこき使われる様にして毎日働いている。

若いんだから、という理由でキツい仕事こちらに回ってくる事も多い。

そんなこんなで仕事を終え、家に帰って両親や弟と夕食を食べる。

大学生の弟が今度彼女デートしてくると両親に話していて、青春してんなぁと俺は嬉しくなった反面、こう思う。

んー、なんか俺このままで大丈夫なのかなぁ、って。

インターネットでここ最近所謂キモカネ」という単語を見かける様になった。

キモくてカネのないオッサン

キモいせいで性的な魅力も無ければ、経済力もなく、もう若くない人の事。

三重苦だ。

しかしこういった概念に人を当てはめて、抽象化して判断するのは良くない事かもしれないし、こういう事は個人問題、という意見もある。

だけれど俺は自分自身に対して将来自分がそういった所謂キモくてカネの無いオッサン」という存在になってしまうのではないかという危惧感を抱いている。

うちの会社工場は男ばかりだ。

これは肉体労働系の仕事から仕方がない事で、そしてコレは全く個人意見でその上ちょっと極論的でもあるから一般論としては見ないでもらいたいのだけれど、男というのは視野の狭い生き物だ。

話題に上がるのは大体風俗ギャンブルの話ばかりこれに辟易している毎日なのだがこれに加えて、肉体労働系の仕事ではまず自分の見た目に対して物凄く無頓着になる。

まずヒゲを剃らなくなる。ヒゲを剃るために早起きしなくてはいけないぐらいなら伸ばして週一で剃るぐらいが丁度良い。

そして次に顔を洗わなくなる。

うちの工場粉塵が舞うので人によってはマスクを着用して作業するが、そうすると顔を晒す事が飯を食う時と昼の休憩中ぐらいしかないので、誰も見ないなら良いだろうと、俺のような自堕落人間は考えてしまうのだ。

そうすると、キモくてカネのないオッサンの「キモい」という条件が完成する。

不潔にしてる奴はキモいのだ。

コレに関して言えば殆ど反論余地は無いだろう。

そして次の問題はカネだ。

カネは大事だ、命の次に大事ものだ。

これが尽きれば即ちオマンマ・エンプティで即餓死である

カネを自らの欲しいものと交換して得られる幸福感というのは、得てして他人から自分への愛によって得られる幸福感の代替と成りうるので、これを欠かしてはいけない。

うちの会社は金払いが悪い。

俺達は金に飢えたマネードッグスなので金払いさえ良けりゃどれだけこき使われようとも納得出来るのだが、うちの会社社長というのは安く労働力をこき使おうとしやがる上変な所で見栄っ張りなのだ

社長が「ウチの会社一部上場したぞう」とドヤ顔で言ってきた時は、これで俺たちの給料も上がる!とまだ若い同期や先輩達と喜んだものだったが、社長がしたのはまず自分のダサイ型落ちのスポーツカーを真っ白の高級ベンツと取っ替えた事だけである

彼は日本法治国家である事に感謝すべきだ。

もし日本が法に縛られていない無法地帯の荒涼たる大地であったならば「白は血が映えるから良い色だよね!!」と叫んで、マチェテを振りかざす気の触れた俺と対峙する事になったであろうから

それはともかくとして、こういうことがあるのを踏まえた上、6年間も働いているのに未だ昇給しない事も考えると「全く金のない」という事にはならないだろうが、「同年代中年男性と比べて」金のないオッサン、という事にこのままではなりそうである

そして最後の条件、「おっさんである

老いからは誰も逃れられない。

全ての人間が生まれ落ちた瞬間に、死に向かって歩き出す。

やがて訪れるその瞬間まで人々は悲しみを味わい喜びを噛みしめるのだ。

その様子はまるで狂乱の渦に巻き込まれていくパレードの様で、誰ひとりとしてその宴の列を抜け出す事は出来ないししてはならないのだ。

俺もいつか年老いおっさんになる。

だがなっていたいのは、自らをキモくて金のない中年だと自称して悲しみに暮れるおっさんではない。

俺はモテなくてもいいし、特別金持ちでなくても良いから(ポップコーンドリンクを買って映画館映画が見れて、楽しみにしていた新作ゲームを躊躇なしに買えるぐらいには金が欲しいけれども)ユーモラスなおっさんでありたいのだ。

自己肯定感、これが一番大事なんじゃないだろうか。

支離滅裂怪文書の様になってしまったけれども、自己肯定感さえ持っていればキモカネおっさんから抜け出せると信じていたい。

例えそうじゃなくても、常に成りたい自分想像して努力が出来ていければ良いと思う。

自分で言うのも何だが、まだ若いのだから今の内から色んなことに目を向けて頑張っていければ良いと思う……。

anond:20180113163358

似たような経験をしてるからよくわかる。

私の周りにもそういう男性いた。既婚上司からされた時は本当に参った。

貴女の助けになるかはわからないけど、私が自分経験上で気づいた事を上げると、

それはモテじゃなくて、相手自尊心支配欲に都合のいい女。

相手男性の傾向と文面から貴女雰囲気鑑みるに、雰囲気の柔らかくて優しそうで怒らなそうな貴女なら、優しくしてくれそう(歯向かわれなさそう)、自分でも大丈夫だ、なんとかできるって、相手は満たされない男性的な支配欲を刺激されるんだと思う。

そういう男性貴女が好きなんじゃなくて、貴女自分欲求の捌け口にしたいだけ、貴女を見ていない。

それはモテじゃない。周囲の人や巷ではモテかいうのかもしれないけど。

私は貴女ほど実害はなかったんだけどね。退職はしたけど。

1番大きな違いは、隙があるかないかかもしれない。

私は優しそうとか言われたり笑顔で愛想よくしてても隙がないって言われたので。

から貴女に隙があるとすれば、なんとなく感じる自己肯定感自尊心の低さ、謙虚すぎて気弱に感じる姿勢、言い方が失礼だけど幸薄感とか。言動、行動、雰囲気から相手男性は察知するんだと思う。

対処の仕方としては、服装髪型ももっと好きにしてみてほしい。それでもっともっと自分のこと好きになって、自信をもってほしい。魅力と幸せが表情や雰囲気から出るぐらい。可愛いかブスかは関係ない。

仕事パートっていうことで任される業務限界があるかもしれないけど、集中して積極的に打ち込んで。もう今めっちゃ仕事に集中してるんです!みたいに。テキパキ動いて話して、仕事の話しかしない。

歩くの遅いのも、そう思うならテキパキ早く歩くようにしてみて。

趣味にも集中して打ち込んで。脇目触れないほど好きなんです!みたいに。極端にいえば暇そうだなって思われたり、感じさせないように。歩くの遅いのはそう思わさせるところある。

とにかく優しくはしても、隙を感じさせない。

挨拶別に笑顔じゃなくていいんだよ。ハッキリと聞こえるように挨拶だけしてたら、そういう相手には目も合わさなくていいし。

効果は数ヶ月とか1年とか時間がかかるかもしれないけど。

相手の男のしょうもなさもあるけど、自分で張れるバリアがあると思う。で、そのバリアはギスギスして貴女自身を損なうものではなくて、貴女を今よりも魅力的に輝いてみせるものにしてほしい。服装髪型趣味、何でもいいから。

そうしたら、そういう類の男は好意よせても話しかけづらくなるかもしれない。

次は別の傾向の男、チャラ男が寄ってくるかもだけど、その時はこいつは遊べない女だって思わせたらいいし。

あと好意を断る時は、彼氏がいるって絶対に言ってほしい。嘘でも。

それ以外の断り方だと、相手男性自分拒否された事にプライド(よくわかんないけど)傷つけられて絶対攻撃的になるから

貴女の感じだと、最近metooのこと知ってる思うしもう見てるかもしれないんだけど、そこで発言してる人や内容に触れてみるのもいいかもしれない。

私はフェミじゃないし過激フェミニストは嫌だけど、同じような女性の方が多いと思うからフェミじゃないけどっていう人。

精神的につらいかもしれないけど、頑張って戦って。自分の盾をもって。

自分と重なる部分がたくさんあったので、つい自分の事を照らし合わせながら語ってしまったので鬱陶しかったらごめんね。

anond:20180114050925

コメントありがたいです。

ジェンダー論でもなんでも、自分が楽なものを選べば良いなと思ってるんだけど(ジェンダーロール降りる選択をした方がそれが楽だと思って、実行して、大変だったの後のことは試行錯誤応援してます自分はそこにはなれませんてしかならない)(すまんけど、なんだ、こちらが女であることを利用したしないに対してはコメントして終わりかみたいな気持ちには少しばかりなる)(セクハラされて結果、人間全般こわいってなった人のことまでは想像しないのかなみたいな)、書き込んだときに楽になりたい 思いついたとこ試したけど、あちこちで言われ続けてる自己肯定感とかその辺りはじゃあどうやったら良いんだろうって思いながら書いた。

さいこからコツコツとっていうので、一言日記みたいなのもやってるけど、がっと来た死にたい、消えたいに対しては意味が無いようで、とりあえず吐き出した先がここだった。

なんかもっとひどい書き込みあるかと思ったけどそうでもなくて、でもコメントあってありがたいなと思ってます

仮に死ねって書き込まれて、実際死んじゃってもそれは伝わらないだろうから、そこがある意味増田のやさしさなのかもと思うとちょっと楽しい

anond:20180114062201

コメントありがとう

やっぱり自分体験以上のことは知っても分からないことが多いと思う。

自分は仮に結婚できて養ってもらえたとしてもその対価に対してどうにかできるのかとぼんやりしてしまう。

ジェンダー以前の関わりに、人として生まれて、なんとなくほかの人たちが身につけてる自己肯定感とかそういうものが、経済面で他の人から助けられたとして増えたり身についたりするんだろうかと。

逆に今よりしんどくなりそうだど、そこには行き着けてないからなー。

anond:20180114055608

恋愛は、就職とか趣味を通じた発信だとか、自己肯定感や自信に繋がるものひとつとして挙げただけ。

2、3試しただけ?どれとどれのこと?1020は試してうまくいったりいかなかったりして、今のところその自己肯定感みたいなところにはあまり繋がってないなと思ってる。

ホームレス一直線なのは同じだと認識してるよ。

今は親がまだ働いててたまたま持ち家で嫌な顔はされるけど、とりあえず置いてもらえてるからホームレスじゃないだけ。

実家に戻る前は家賃払えなくて人の家に置いてもらってたこともある。

そこは甘えさせてもらえて感謝してるけど、そこから人並なところまで持っていけなくて、じゃあどうしたらいいんだろうって色々試して数年経ってる。

このままホームレスにすらなれないんなら自死視野に入れた方が良いのかなってのがここ数日のことだよ。

甘いのは認識してるけど、どうしたらいいんだろうってなってるんだよ。

いっそ男に生まれてたら早々に淘汰されるか矯正されてるのかもしれないから、今より事態は良かったかもと考えたことあるよ。

寝る前も目が覚めてからも涙が出て瞼が腫れてんなーって思う。

自己愛から抜け出せないか自己肯定感が育たず、自信が持てない(身につかない?) みたいな内容を見かけたんだけど

そういうのってどうしたら人並みに身につくものなんだろう。

ネットで見かけたり知り合った人で、似たようなこと言ってて、その人たちも自分も調べたり本を読んだり、趣味で発信して多少承認されたりもしてたけど

その反面、ブラック企業ばっか引いたり、趣味でやな事言われたり(これは数あればあるくらいかもしれない)なんかうまく回らない方に乗ってる気がしてる。

それでも、見かけたり知り合った人たちは一人暮らしして少なくとも自分が飢えないように社会生活送っててすごいなって思う。

就活転職、うまくいった試しがない。

就職する、勤務してリズムできてきたかなと思うと体調ガタガタになる。ねこむ。なんでできないんだろうってなる。

学生時代の同期が、体調崩して仕事辞めてから正社員では働けないから早く結婚したいになって、そこからそろそろ結婚するらしい。

自分社会人2年目くらいの体調ガタガタなときに、そのとき甘えさせてくれた同級生から「そんなにしんどいなら落ち着くまで、利用してくれていい」と結婚を持ちかけられたことがあるけど、結局しなかった。

その同級生とはその後数年して、縁を切った。結局のところ利用するだけしたところはあった。

友人たちの集まりで踏み込んで聞いてくる子が苦手で、話題話題だし自分からも言えないなと思ったこういうのはお金払って聞いてくれる占いとかで吐き出してたんだけど、

「女の人は経済的ものは、そういうの持った相手結婚しちゃえば解決するから」って言われて、占いからなのか一般的にそうなのか、とぼんやり思ったことがある。

30過ぎてどうなのかなと思わなくないけど、人を好きになってもこじらせて迷惑かけたこしかない。

流れでそれっぽくなって関係持ったことが2回あったけど、事後の嫌悪感がすごかった。それも一人目は家庭がガタガタしたときに連絡とかのキャパ越えて無理だと思ったし、二人目は完全に自傷行為だったなと思う。

恋人だったかと思うと、そうじゃない気がしてるけど、かといって占いとかネットとかでたまに見かけるみたいに積極的にそういう関係の人を作ろうと動く体力も気力もない気がする。

第一、そういうのってある程度自分の面倒を見られてはじめて手を出せる領域か、開き直って守ってくれーみたいな舵切りがいるんじゃなかろうか。

後の方だって1020代なら良いだろうけどと思ってしまう。

気にしてないつもりだったけど、年齢も容姿も含め持ってるカードはどんどん悪くなるのにそんななかで相手を見つけて「こんな人どうですか?」なんて勧められないって思っちゃう

そんなとこで結婚恋人だ、それで落ち着くものがあるよって言われても、できるものならしたいけどさ、まず無職の時点で無理じゃんてところにいる。

なんかすごいなー、ってオンでもオフでも思う。

そして自分については上記無駄に輪になってぐるぐるするんだなー。大多数ができてるのになんでこんなにできないかな。

泣いてないでなんかすれば良いとは分かってるけど、なんかってなんだろうな。

親にだって迷惑かけ続けてたけど、この先を想像してこれまでと同じこと繰り返すくらいなら早く消えてなくなりたいなって思う。

投身自殺失敗した人のブログも読んだけど、その人もその後結婚して家庭を持って今が幸せからやっぱり死なない方がいいよってなってた。

自分場合積極的自死エネルギーないし、失敗するくらいならこのまま緩やかに栄養失調とかそんな感じの方になりそうだけど、そこに辿り着く前に、人にせよ場にせよ出会いがあってどうにかしようってなったりするんだろうか。

先のことは分からないけど、ネガティブ妄想するとそっちに引っ張られるっていうけどさ、ポジティブにもネガティブにも妄想できないってなるとへらへらやり過ごすしかなくなるんだ。

まじめってなんだろうな。

踏ん張り時にやり過ごしちゃったから今がこうなんだろうけど。

しんどいな。

こういうのは落ち込むだけ落ち込んだらあとは勝手に、気分だけはこれまでくらいのとこに戻ってくるんだけど、戻ったとこでどうするよって改めて思ってる。

奮起して転職活動して? また見る目がなくてブラックで働くの? そもそもブラックでもホワイトでも働き続けられるの?

人材会社とか使ってもブラックしか引いてないのに、万が一ホワイトでも迷惑かけることになるでしょ。

出会いがあってもこんな現状話したら? 自分ならドン引きでしょ。物好きはいるけど、また変な人かもしれないし、変だけどまともな人だとしても不義理したりしてまた迷惑かけるでしょ?

ぐるぐる同じこと考えててどうしたらいいんだかさっぱりだ。

2018-01-12

anond:20180112033703

気づけてよかったじゃん。

「それでもこんな私と一緒にいてくれるなら」なんて思いがちな自己肯定感の低い人間なら、相手のクソさに耐えてしまう。

そして悲劇が起こる。

2018-01-07

それでも、なんだかんだ成人式って行ったほうがよくない?という話

副題:イケてない人間成人式をどう迎えたらよいのか?

大学の同期が成人式をむかえる前に書こうと思っていたが、結局こんな時間になってしまった。

この時間になって成人式ねーうん・・・みたいに思ってネット見てる人間が見ればそれでいいや。

成人式に行かない人って、いったいどんな理由があるんでしょうかね」というのは、改めて考えてみるとこれがいまいちよく分からない。

あるいは自分がなんだかんだ言って結局行った方の人だからなのかもしれないが、行くのを結局決めたのは前日の夜になって「ああやっぱ行こうかな、一応準備だけしておいて寝坊したらあきらめるか」といった具合でいたら当日きっちり目が覚めたので、ええホントに行くの俺?みたいな思いを抱きながら行ったという有様だったので、その辺のところ行くまではかなり割れていたのだが、実際行った後になってああやっぱ行ってよかったなとなるような強い価値観の変化があったので、そのあたりのことがいまいちよく思い出せないし、結局行かない側の人ではなくなったので、行かない側の人としての物言いをしなくなったからだと思う。

というのも、その成人式人生三回目のセンター試験の一週間前だったし。

その頃の自分に何があったかというと、まあなんだかよくわからないことになっていた。少し本題とずれるので、結論だけ見たい人は読み飛ばして構わない。

単にシンプル物言いで表したり表されたりしたくないだけなのかもしれないが、一年目も二年目も、センター利用で受かった大学にそれぞれ親に入学金と半期の学費それから半期の休学費用をハタかせておきながら大学受験をおかわりしていたかである

結局一度目はもっと高いランク大学に行きてえと抜かす自己肯定感の欠如と、それでいて自分の有様をよくわかっていないが生きる上では大切な若者特有の貴重な熱意を、18,9年生きててそれだけしか身に付けなかったんかとばかりの崇高な偏差値という単線指標に振り向けて、それさえ達成できればこれまでも中高大と一度たりと第一志望というものに受かったことのない過去自分の救済になると信じて突っ走ったものの、大元問題が何一つ解決されてないがゆえに何一つ解決するはずもなく、終盤完全に行動の伴わない支離滅裂メンヘラという訳の分からない人になりながら本試は全て落とし、所属するが故の苦い部分から解放されもはや生きてるだけで自己肯定感補填できる依存先と化していた元の大学と、唯一受かった1ランク上の、しか受験が終わった後になってどうやら自分本来大学でやりたいと思っていたものと違うらしいということが分かった大学のどちらにすればいいか迷っていると口にし親父を激怒させて終わった。

二度目のほうはもはや凄惨と言う他はなく、元の問題、つまり自己肯定感の欠如であるとか偏差値以外の指標を実のところ持ち合わせておらず、大学受験というそういうことの最後の振り分けが終わった後でじゃあ自分が何をすればいいのかがわからない、自分に好きなことややりたいことがあるんだかないんだかわからない、ましてそいつを新しく見つけ出すこともできちゃいないし、前の大学の専門や多分野性は楽しかったし、自分のやりたいことのような気もしていたがそいつ自分でかなぐり捨ててしまった。そうこうしているうちに時間は過ぎ、周囲にいる一つ年下の人間はめいめいにそれを見出したり、あるいはそうでなくても仲間を見出していく。新しい人間を迎えるムードチャネルは閉じていき、ただ一人、コミュニケーションに長けているわけでもなく、まして19になって未だ携帯電話さえ持ったことのない現代人にあるまじき自分人間関係からも完全に弾かれたまま過ぎゆくただ時間に溺れ流されていた。前期の単位は夏前に再受験が決まって期末を受ける必要もなくなっていた前の大学のさえ下回り、初めてのバイトもクビになり、夏が終わるころには高校のころ深刻であった鬱状態が完全に再発状態となり、対人恐怖に加えて社会恐怖に陥り、狭いキャンパスの狭い学科で知っている人間と会うのも、知らない人間がそれぞれ彼らなりの為すべきことや適応見出しているさまを目にするのも耐えられず、大学は来てもまともに講義に出ることもなく普段人の来ない大学非常階段で横になりながら、人の話し声や足音におびえ、ただ一日中耐えぬ眠気と抗うつ薬副作用からくる体調不良でくたばっていた。

そのような状況を見かねてか、というより、自身家族学生相談室もお手上げ状態と化しており、少時に発達障害でかかっていた大学病院心理士やら全落ちした中学受験時代予備校先生にまで話に乗ってもらい、しまいに温情で元の大学に戻るなり、また別のところに入りなおすなり、リセットの機会を与えてもらったというのが11月、という有様であった。

というような具合だったので、高校を出てから二年間の間で、自分人生高校を出るまでは同期で同い年の(自分の周囲にいた)人間が辿っていたそれからは大いに逸脱していた。

二度目の大学の同い年の同期とも、ましてや歳の違う同期からも逸れていた。少なくとも、当時の自身にとってはそうだった。

もとは転勤族で住んでいる地元にそれほど愛着があるわけでもなく、昔から付き合いのある人間もいない。親類ですら、精神物理的に最も長い付き合いがあり、肉親としての付き合いらしさを覚えはじめていた爺さんは最初大学受験の途中で突然死した。ましてや住んでいるところの人間など、地理的なり関係性的になり分断が続いたので、初めて親しいらしき人間関係が三年を超えたのは、電車で一時間高校を出てからのことである

↑以上読み飛ばし

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

↓読み飛ばし

そんなわけで当時の自分は、血縁地縁または精神的な人間関係という側面において、また学年や同期など社会的地位としての側面において、そして以前より自分が持っていたイメージ(と現状との乖離)という三つの面において、一般的な「20歳」という存在から離れていた。(すくなくとも、当時はそう自覚していた)

はい成人式ハガキというものは、本人のそうした事情自意識とは全く関係なく、ただいつ生まれてどこに住んでいたかということ以外何一つ問わず、だれの元にも届くものである

ハガキが届いた時点で、すでに自分人生が同年代の多くの人間が歩んでいるのと同じような人生など望むべくもないと思ってはいても(事実そうだとしても)、である

これは生まれ20年の1月を迎えるまでの経緯がどんなに平凡であろうが特殊であろうがおそらく同じことだが、成人式というものは、義務教育を終えた人間に来る、「ただ同じ年(度)に生まれたというだけで世間から全く同じ扱いを受ける」最後の機会だろう。ひょっとしたら最後ではないかもしれないが、少なくとも当分同い年というくくりではこれほどの等しさと無差別性を持った体験をする機会はないだろう。たとえ義務教育をどっかでドロップアウトしようが、義務教育後に社会に出ようが、小中高のどっから私立なり特殊学び舎に通っていようが、あるいはそういうことのなかろうがである

分かりやすいので義務教育を例にとってはいるが、それ以外であっても人間この国で20年も生きていれば意識しようがしまいがなんがしか本人なりの本人しか持たない(あるいは似たような人しか持たない)部分というものが出てくるものだし、そんなことはないと思っていてもそう思えること自体がそうである

これは多分行く前はあんまり分かりにくいことだと思うが、ともかく成人式というのはそういうもの可視化してくれるこの上ない機会だと思うんすよね。

自分が変わっていようが、あるいは変わっていなかろうが、それがどう変わっていて、どう変わっていないのか。会場に集まった普段どこに住んでたんだみたいな70年代珍走団の生き残りみたいな連中やら、無数にいるスーツトレンチコート羽織った黒い大群やら、量産型みたいな晴れ着の女やら、(ときキンキラキンの)紋付袴決めた男達やら、そこにいる連中すべてがまぎれもなく自分と同い年という光景は、少なくとも成人式以外にあるまいと。自分が前日にやっぱ行ってみようかなってなったのは、そういう風な光景って実際どんななんでしょってのを見てみたかったのが一つある。これ考えても実際に見てみないと絶対からないぞと。少なくとも、行ったことは何かの話のタネになるが、行かなかったら何にもならない。あとでやっぱ行けばよかった、がシミのように残ると思った。

成人式ハガキをなくしたのならなくしたと言えば現地で何とかなるし、着ていくものがないならまぁ少しでもちゃんとしてそうな格好をしていけばよいだろうし、そういう成人式だってあってもよいだろう。別に地元友達がいなかろうが、それはそれで自分にとっての成人式はそういうもので、そっから見える光景というものがあるだろう。ひょっとしたら、意外な出会いというものがあるかもしれない。俺の場合は誰一人知り合いとすれ違うこともなかったが、それはそれで面白かった。久しぶりにでも会いたくないやつがいたとしても、そいつと会うのはその日が最後だ。遅刻したって別に会場に入れてくれないということはないし、まあ既に終わってても贈答品くらいは貰えるだろう。

いずれにしても、成人式に行くことによっぽどの、それこそ生命危機が伴いでもしない限り、積極的に行かない理由をひりだすことはないんじゃないか

仮に生命危機があっても相手少年法適用外だ。別に贈答品目当てだってよかろう。地方によっては金券まであるらしいし。ぶっちゃけ、ほかの自治体のでも潜ってる人はいるし、そういう手もあるだろう。

成人式という上に述べたような場で何が起こるか、あるいは自分にとっての成人式がどういう場で、どういう体験をしたかってのは、これまでの自分を同じ年齢の違う人間という物差しで照らし合わせて改めて見直すことができるいい機会になりうると思うし、あるいはこれから自分がどうするかを決める上で一つの観点を得られる機会となることもあるだろう。

俺の成人式の話をすると、その日の朝は普段より早く起きて、普段予備校に行く格好のまま家を出て、最寄り駅のトイレカバンに忍ばせたスーツと革靴(最初大学入学祝い)に着替えて行った。

贈答品は会場に一番近いマクドナルドクーポンなのは事前情報で知っていたので、特に期待はない(要らねえけどなんかムカついたから二枚使った)。

日本で最も規模のでかい成人式ひとつなので、夥しい人間がいた。その中で明らかに事前の期待を裏切ってよかったこと・面白かったことが3つと、クソだったことについて書いて終わろう。

まず前座で良かった点、開式の国歌市歌斉唱。これは完全に盲点だった。いや、人生であれだけの人数で国歌市歌斉唱するという機会は以前もなく、おそらく今後もそうないだろう。規模は地元によって変わるところなので一般化はできないが、大勢国歌だとか市歌だとかをまともに歌ってみるというのは、歌というもの(または斉唱)が持つ効果について体感することができたし、本人の政治的スタンスによって様々に見方があるものだと思う。

クソだったのは、少しは面白い話するかとほんのちょっぴり期待していた林文子(市長)が死ぬほどつまらない話しかしなかったこと。マジで役に立たねえ話しねえ。1行で要約すると

携帯電話が普及して直接コミュニケーションをとれる機会が私たち世代より減ったと思うので密接な人間関係を築けるよう頑張りしょう。」

いやもっと役に立つ話しろとは期待が高すぎたかもしれんがせめてなんかそれについて掘り下げた話はできないのかよなんだそのお手本みたいなお年寄りのお手本トーク・・・というもの。これはこれで、ある種の貴重な機会かもしれない。毎年使いまわしてる可能性があるから横浜市民は要チェックだ。

輪をかけてクソだったのがその次の新成人スピーチ。まあ新成人代表なんぞに選ばれてスピーチを打つやつはまず間違いなく模範的成人みたいなやつかそれに類するものだと思っていたのだが(それ以前のスポーツ選手みたいなのの紹介とかもそうで)、そいつの語り口が聞いていて気に食わなかった。正直後のインパクトで話してた内容をあまり詳しく覚えてないのだが、まあ今はボランティアかいろいろやってます系の大学生自分人生を語るというものだったんだが、その途中で(当人人生実態としてどうであれ)妙に「こいつスピーチの話術として落としをやっているな?」というところがなんか聞いていてイラついてくるのである。「いじめられもしました」の言い方が湿っぽいんだよなんか。でもお前いい人に囲まれててよかったねいい人生だねと市長スピーチに続いて半ば来たことを後悔し始めたのだが、ここからがとてもよかった。

乱入である

これは行く前と行った後で最も価値観が変わったこである。かねてから成人式乱入というものはまぁおよそまともなものではないと思っていたが、しかしその場ばかり、その場の自分にとっては違った。

むかし怪獣特撮怪獣が町を破壊するシーンで喝采があがったとかいう話が少し分かった気がした。

成人式というのは、その主役は新成人である。そこにいる、会場に座っている全ての人間が主役である。彼らの社会的日向日陰此方彼方近郊遠方、全てを問わずしかし彼らのものであり、選ばれた新成人と、一世一代の晴れ舞台乱入を試み壇上へ駆け上がった名も知らぬ煌びやかな和装姿の彼と、私と、あるいはすれ違うこともないがしかしそこにいるはずの知人どもとの間に、いったい何の違いがあるというのか。誰が彼と彼らと分かちうる権利を持ちうるのかと。成人式とは、生きてきたこと、為してきたことの如何を問わず万人がそこにいる場ではないのかと。

ひとり私は拍手し、心の中で喝采をした。壱萬の大群と自ら選んだわけでもない代表者という構図の中に包まれていた会場を破戒し、否、そうではない、と示した彼の姿に。

そのように見出した彼の姿に心打たれ、ある種の感謝と、自らの肯定を覚えたからだ。彼の行動によって、万人の場としての当市成人式は成立をなしえたのだから

最後に。これは来ていちばんよかったと思えた光景なのだが、式が終わって駅に行くまでが死ぬほど混んでいたので見物感覚で大回りして駅の空いてるほうに向かっている途中、まあいかにもあまり中学休み時間窓際で話してそうな感じのイケていなさそうな感じの風貌のダウンジャケットの男二人が、しかし久しぶりに会ったと思わしき感じで、いかにも久しぶりにやるその頃の二人のやり取りという感じで楽しげに歩いている、その光景を後ろから見ているときだった。

こういう成人式も、あるのだと思った。

anond:20180107194704

他人がっかりさせてしまうかもしれないとか、他人がこう思うかもしれないと思うことをやめることかなと思います自分が失敗したりしたときに離れていく人間所詮その程度だったのだと思うようにしたら、失敗を恐れなくなりました。それで他人と比べることも減ったような気がします。でも自己肯定感ってなかなか育たないなと自分でも感じるので、あまり思いつめないようにしてください。

負け犬同士で傷を舐めあうような恋がしたい

結婚して家庭を築きたいとか、あまつさえ子供が欲しいだなんて高望はいしません

お金なんてなくてもいいし、外見もそんなこだわりませんから自分と同じように自己肯定感低めの異性と傷を舐めあうような恋愛がしたいのです

1人きりで生きてくのはつらいので寄り添うことで寂しさを埋めたいのです

そういうパートナー出会うにはどうしたらいいでしょうか?

anond:20180107145747

日本が異常に他者否定するからじゃない

幼少期から否定されるから、こうしろああしろ強制されるから自己肯定感が育たない

こうじゃないとダメ、平均から外れるとダメダメダメダメ

こういう村社会から

2018-01-04

anond:20180104011217

親に評価されたい一心で生きていた子ども幸せにならないよ。自己肯定感も低くなるしね。

この点は全く同意なんだけど、

世の親たちは褒めるべきところできちんと子を褒めてほしい。

褒めて育てた子ほど、親に評価されたい一心で生きることになるのでは?

アドラー心理学視点から書かれた記事によると、「褒めることは相手自律心を阻害し、褒められることに依存する人間をつくり出してしまうことになる」と捉えているそうで、「褒められたい」と思うことは依存自律性を欠いた状態であり、人を褒めるということは、その人の自律性を奪うことになるのだそうです。

人が自信を持って行動するのは「上から評価して褒められたとき」なのではなく、「横から勇気づけられたとき」であり、こうした感情を何度も受け取ることによってのみ、人間自律的に成長していくことができるのだそうです。

だそうな。

頼むから世の親たちは褒めるべきところできちんと子を褒めてほしい。

褒めてもらえないと、成績あがれば褒めてもらえるかな、期待に応え続ければ褒めてくれるかなと、褒められたいという動機づけで物事を頑張ることになる。

そんでもって主観的評価よりも客観的評価を受けたほうが確実と思い、特にテストを頑張るようになる。

そうするとさ、テストじゃなくて、議論いかクリティカルなことを言えるか、場に一石を投じられるか、みたいなことが必要となってくる大学では自信を失って死にたくなるんだ。もう褒めてもらえるすべがないとね。

そうするとね、ツイッターかまってちゃんをかますようになるんだよ。友達がいなくなるよ。だんだんみんなに反応されなくなってくるから、こうやってブログを書き始めるよ。

親に評価されたい一心で生きていた子ども幸せにならないよ。自己肯定感も低くなるしね。

お願いだからちゃんと褒めてあげてくれよ。

兄弟区別という名の差別をしないで。

2018-01-02

anond:20180102002611

「俺は自己肯定感が低い…」>もうね、グルグル思考が回ってるんでは?

一切の判断ストップさせる瞑想、やるのがいいよ。グナラタナ気づき瞑想オススメ

呼吸だけに意識を集中させるタイプヴィパッサナー瞑想やってみて欲しいな。

自己肯定感の話

俺は自己肯定感が低い…と思う。

毎日何をやっても満たされない…満たされた気がしない。

それどころか「こんな無価値人間は生きていること自体が恥ずかしい」という心境である

自己肯定感が低いのは幼少期の環境が原因らしいが、幼少期は過保護なほど愛情を受けて育ってきたからあまり関係ないような…。

では何が原因なのだろうか。

半年ほど前ためし心理カウンセリングというものを数回受けてみたが、あまり改善されていない。

回数が少ないのかもしれないが、安くもないので頻繁には通えないし…。

こういうの「詰んだ」っていうのか、あるいは、まだ何かやりようがあるのか。

死ぬ勇気はないくせに毎日生きてることが苦痛しかたない。

正月休み時間だけはあまってるから余計にこんなことを考えてしまうんだな。

2018-01-01

ダメンズウォーカー卒業したよ!!!

みんな私を褒めて!一緒に喜んで!!!!!

今まで色々関係があった人たちはみんな周りからダメンズとかひどいとクズって言われていたし、まあ実際一般的にそうだろうなと思うこともあった。

でもそれでも私にとってはいい人たちだったんだけど、とうとう終止符を打ったよ!

まあ結婚したんじゃなくて、誰とも付き合いたいと思わなくなっただけだけどな。

最後の人と別れてから 1 年経ったから、卒業したって言っていいだろう。

最後の人、好きじゃなかったけど告白してくれたから付き合ったけど、なんかこれで一気に目が醒めた感じだった。

嫌な思いをしたときとかはっきり言えたし、私に八つ当たりしてきたときはやめてって言えたし、私にいう事聞かせようとしたときは話し合いをしようって言えた。

この人は人間性はいいとは言えなかったけど、大事なことを気づかせてくれたか感謝してる。

ダメンズ(またはダウィミンズ?女性版ってなんていうんだろう)ウォーカーなっちゃっている人たち、もし卒業したいならまずは自分自己肯定感の低さに気づいて欲しい。

気づいてからも難しいけど、あなたが友人や周りの人たちを大事に思って幸せになって欲しいと思うのと同様に、周りの人たちもあなた幸せになって欲しいんだよ。

からよっぽど相手の人と一緒にいることが幸せでない限りは、周りの人達心配させないためにも別れた方がいい。

相手の人が OK かどうかの基準は「信頼している友達にその人を紹介できるか」だ。がんばれ。

2017-12-28

anond:20171227142804

2文字です。しかも読みで4文字

漢字の画数もかなり少ない。

テストでの時短効果はかなり言われてきたが、現実には有意な差がないことは明白だ。

それより小〜中学校では名前短すぎ、変、とイジられることが多くて嫌だった。

いじめにまでは発展しなかったが、自己肯定感の低減にはかなり寄与した名前だった。

今は自分名前個性的で好きだと思えるようになった。

名前ネタ自己紹介もできるし、何より名前を覚えてもらいやすい。

デメリットはある。

名前が短いこと、名前自体も少し変わっていることからニックネーム的にフルネームで呼ばれることが多い。

病院等で必要に迫られて呼ばれるケースも含め、実はこれはかなり厄介だ。

赤の他人に素性を知られることが思わぬ危険を生む可能性があるというのは、ネットリテラシーの高いはてな民なら同意するところかと思う。

私の場合はこれが日常的に起こりうる。名前の一意性が高いので、ネットSNSでの検索結果が相当少ないからだ。

顔まで見られていると、SNSでは一発でアカウント特定されることもありえる。

なのでSNS等のWebサービスでは本名顔写真を極力公開せずに利用している。

2017-12-23

セクハラ問題は無くならない

最近高校時代に一緒にいた奴と話して、食事約束をした。

彼と自分は考えが全く一致しない。

しかし、今回のセクハラ騒動に関しては考えが一致した。

恐らく、これはイデオロギーを超えた本質的属性によるものだろう。

ふたりとも容姿が醜い男であるというものだ。

自分が思うにセクハラというものはなくならないだろう。

インターネット上で、加害者晒してもなくならないはずだ。

構造的にセクハラは起こり得るものなのだ

性的魅力というもの個人それぞれの格差がある限り無くならない。

高校時代に顔が良くて、尻がでかいマナカちゃんという女の子がいた。

彼女は肌が透き通るようで、アニメ声だった。

どこまでも、高校では大切にされていたし、その自己肯定感武器にしてか慶應大学に進学した。

恐らく、もうじき自分と同じく彼女就活だろう。

彼女は如何に選ばれるかを考えるはずだ。そうなると絶対自分性的魅力をアピールするはずだ。

それは彼女自身意識してようが、意識してなかろうが行うはずだ。

性的魅力というものアピールされた側は、「特別な才能がある」と彼女を選び取るだろう。

それの性的魅力アピールが行き過ぎた結果が、セクハラに繋がるのではないか

そう考えるとセクハラ問題地雷的なものである事がわかる。

性的魅力を持つ人間しか殆ど関係がないのだ。

それを持たぬ者は、そもそも性的魅力を持つことすら叶わないのだから被害者に何か同情を感じたりはしない。

自分のような人間は、持つ人間不公平感や怒りすら覚える。

皆で解決するために加害者告発するのも最終的には悪化を招く可能性もある。

解決しようと思う人間も、最終的には被害者性的魅力ゆえに突き動かされている可能性が高いからだ。

セクハラを無くすには、皆が平等性的魅力を持てる世界に変わっていくしかないのだろう。

そんな方法があるのかわからないけれど。

とにかく自分にも性的魅力が欲しい。容姿が良くなりたい。

マナカちゃんは高校時代を笑ったが、自分空気扱いで自分の鏡を見ては泣く毎日だった。

彼女社会人になり、セクハラを叫んでも自分にはどうでもいいことだろう。

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん