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2020-09-20

サボテン喜怒哀楽

育てて3年になるサボテンがなんだか今日は元気がない。

どうかしたのと本人に聞いてみても「さぁ・・・なんででしょう」というような曖昧な返事しか返ってこないので困ってしまった。

私もサボテンも、あまり人付き合いが得意なタイプではないのだ。だからいつもは程々の距離感を保っている。

しか相手が落ち込んでいるとなると話は別である実は私はサボテンに助けられたことが何度もあるのだ。

例えば仕事ミスをした時。そのミス些細なものであっても私は勝手に考え過ぎてしまって、そして深く落ち込んでしまう事がある。

そんな時、サボテンは私を慰めたりは決してしない。むしろ文句を言うのである

もっと肥料がほしい、湿気が多い気がする、日光浴がしたい、云々」

私はそれに従って忙しく働くのだが、世話をされて楽しそうなサボテンを見ているうちに仕事ミスなどは自然と忘れて気にならなくなるのだ。

そういうことがこれまでに何度もあった。

  

私はサボテンに顔を近づけてよく観察してみた。いつものようにツンツンと張ったトゲが針のように光っている。

・・・もしかして私と同じような事がサボテンにもあるのだろうか。何かを深く考え過ぎて落ち込んでいるのだろうか。

  

「ねえ、ちょっと触っていい?」

私の突然の問いにサボテンは驚いたようだった。そして少し怒ってもいるような気もした。無理もない。

触られるのを防ぐためのトゲを持っている生き物に対して「触っていい?」が禁句ということは誰にでも分かることである

  

私はサボテンの返事を聞かずに、その身体てっぺんにある唯一トゲの生えてない場所人差し指をそっと乗せた。

この3年間で初めて触ったサボテン感触は、他の植物と同じようなものだった。瑞々しくて少し弾力があって、そして生きている感触があった。

  

私が触ってもサボテン一言も喋らなかった。

  

その間、私はサボテンの悩みとは何なのか考えてみたが、正直なところ見当もつかなかった。

しかサボテンにはサボテンの悩みがあるに違いない。それだけは確かだろう。

私には私の悩みがあるのだから

  

・・・しばらくして私は指を離そうとした。その瞬間、サボテンはその身体を突然ブルブルブルッと震わせた。

私はとてもびっくりしたが、その震えが喜怒哀楽のどれなのかは、少しだけ分かった気がした。

2020-09-02

自粛間中に色々考えた話

考えたことをなんとか文章化しているだけでオチはない

 突然だがそもそもの前提として私は成人前の学生だ。今更自粛間中の話をするのも謎っちゃ謎だがまあ良いとして話を進めると、その頃私は学校課題も無く趣味文字を綴っているので友人の企画に参加する小説をちまちま綴ったりしていた。バイトも無かった。要するにだらけていたのである

 私は本当に昔から計画性が無く、頭の八割を推しに残りの二割を長期休暇課題パラダイスを除いて常に一週間以内に入っているやばい課題なり推し誕生日なり企画締め切りなりに割り振ってきた人間であった。半分くらいは十割推しだった。それ故自分人生について考える機会が無かったのだ。作文の課題とかで出されない限り「推しと戯れられる収入が欲しい」とか漠然とした欲望以外では無い。殆ど無い。

 ここまで読んだ普通に義務教育を受けてきた人間なら思うであろう。「お前進相談とかやらなかったの?」と。

 実は私は小学校時代から塾に入れられ、路頭に迷わない程度の大学付属エスカレーターに乗せられた人間である天才じゃ無くても保育園からチャレンジ一年先取してればなんとかなるのだ。これは自慢では無いしこのことに関しては本当に感謝しているのだが、うちの両親は共働きで貯蓄もありうっかり連帯保証人サインしたりしない限り多分大学まで普通に行ける。勿論中学受験をしないとか別の学校に入るだとかそういう選択肢もあった。でもそれは実質無かった。こちとら数年塾に通いとある料理店なら身体中に塩を揉み込むくらいには出来上がっていたのである。そうして私は「受験面倒だから出来ればエスカレーター文化部が充実してるとこ」とかいう雑な条件で受験入学した。

 私は私の人生を、「時々上手く選択してジャンプして乗り越えなきゃいけないし手すりは無いから何人か落ちるし本数も数本あるけど、普通にやってれば辿り着けるし方角もルートも大体おんなじな歩く歩道」だと思っていたし思っている。長いけど他の表現が見つからなかった。そうして私はそんな人生雰囲気選択してなんとな〜く生きてきた。実を言うと中学受験あんまやる気なかった。

 しかし冒頭で言った通り、時間ができたので色々考えてみることとする。昔から幕末戊辰戦争が好きだし新撰組白虎隊辺りは大分調べたが攘夷志士に関してあんま知らないなとか。擬人化ジャンルとは別に小学生エクスカリバーが好きな気持ちのままに日本刀からもっと見方やら逸話を知りたいとか。19世紀西欧男性ファッションもっと調べたいとか。宇宙の果てが気になって寝れないとか。

 ……あれ、私、思ったよりやりたいこと色々あるじゃん。そう気がついた。

 私の人生はレールの上ではない。ただ突っ立って流されるだけでは無い。歩く歩道の上なんだから流されるだけでは無くいくらでもダッシュできる。それに、私が今まで見ようとして来なかっただけで少し離れたところに色んな方向に伸びる道があった。

 私はまだ十代だ。まだ助走を付ければ少し遠くの道にだって飛び移れる。笑いながら走れる。そうやっと気づけた。

 外から見れば私はただ惰眠を貪っているようにしか見えなかったようで母親有意義に過ごせだの嫌味を言われたが、私にとっては人生の中で最も有意義な休暇だった。私はやっと、自分の足で歩き出せたと思う。

2020-08-17

anond:20200817100519

でも実は私は、かつてあなただったんです。だから、私はあなた自身としてあなたのことがわかります。まさに私自身の痛みとして、あなたの痛みをこの人格統合しているの。

2020-07-05

実はネカマに対して興味があるので女性っぽい文体模写出来る人に憧れている

ネットでは現実での人種性別は何も関係なくただ一人のネットユーザーになれるのも良い所の一つだろうに

僕は周囲に女性っぽく見られたいな…と思っていても多分男だとバレバレなんだと思う

これは「そうよ!実は私は女なのよ!」と吹っ切って演技が出来ないのも問題だと思うけど

ネットで「俺男だけど~」って普通に性別を騙れるネナベ女性は本当に凄いなあって思う、女性は嘘が上手いからだろうけど

お前実は女だろう?って突っ込まれても逆ギレして「いや俺は男なんだが?」って言い切れるあの胆力は本当見習いたいなあ…と思う

腐男子自称する女性や「生物学上は女=精神は男ですが?心にちんこ生えてるしな」とか度胸あるなあ…って本当ただただ憧れるばかりです

2020-07-03

ある漫画を読んで全然関係ない自分経験を思い出した話

私がこれを書こうと思ったきっかけは、Twitterで流れてきたある漫画だった。それは、神字書きに触発され自分でもそのカプを書こう!となりその神や神の相互に心を掻き乱されまくるという話である(トレンドにも入っていたので、目にした方は多いんじゃないかと思う)。オチもないし読み返しても何が言いたかったのかわからないので、時間のない方はスルーするのをオススメする。こういうことがあったよーという経験談であることを了承した上で読んでいただきたい。

私は、出戻りし再ハマりしたジャンル(以下某ジャンル)にて自カプ(以下AB)にどハマりしていた。ここで隙自語させていただくが、自分はめちゃくちゃ、めちゃくちゃ飽き性である。熱しやすく冷めやすタイプである。それを前提にこの文章を読んでもらうと、憐みが増すと思う。

その話は置いておくが、私はABを検索している中神を知った。神は、可愛い絵を描く絵師だった。まだ駆け出しだったし、おそらく公開垢で同人活動するのは初めてのようで、フォロワーも全くいなかった。私は神の絵に惚れ込み、誰からも送られてなかったマシュマロに長文の感想(というか1枚しか絵を上げていなかったので、ほぼ好き!!という告白)を送った。すごく喜んでくれた。それから自分もABで同人活動を始めよう。そう思った。

自分には死ぬほど絵の才能がなかった。なので文章を書くことに挑戦した。某ジャンルに初めてハマった時に、一度だけ文章を書いたきりであったが、頑張ってSSを書き、そして神をフォローした。私など神にとっては虫けらのようなものだったが、神は私の1つのSSだけで、フォロバをしてくれた。その時既に、私は神と自分より2週間前に繋がった相互(以下Xさん)がいることを知っていた。そして、私もXさんと相互だった。

Xさんは、絵を描くのは初といった感じの人で、沢山のジャンルにハマってきた歴戦の兵士だった。正直、Xさんの絵は上手いと言われればそうではなかったと思うし、ABへの熱だけで絵をあげている人だった。いい人だった。でも、だからといって、私にはXさんと繋がる理由はない。ということは、今思い返してみても私は心の奥底で2人が仲良くしてるところに混ざりたい、という醜い欲望があったのだと思う。

私は、神がアカウントを作ってからずっと見てきた。Xさんが繋がる前に神があげ、消した絵ももちろん見てきた。神と繋がった時に、「以前あげていた〇〇のABがメチャクチャ好きでした!!」と送ったら、「そこから見てくださってたんですね!ありがとうございます!」と返信してくれた。私には神をずっと見てきているという傲りがあった。そして、神はそれをすごく喜んでくれ、そこから約3ヶ月後のイベントに参加するなら、会いませんか?と言ってくれた。もちろん会います!!!!と食い気味に返信した。

私は神とお近づきになりたいと思っていた浅はかな人間で、あわよくば通話とかもしたいな〜なんて思っていた(自分コミュ障なのでこちからしかけることはできないタイプだった)。そこで、神とXさんが通話アプリ通話し始めたのを知った。私もその通話アプリで2人とフレンドだったから、アプリの通知で2人が話していることも知っていた。ツイッターでも毎週◯曜日の深夜に話しましょう!と話しているのも見かけた。そのアプリは、そのメンバーとフレンドだったら勝手に話しているところに入っていけるシステムだった。しかし、私には入っていく勇気がなかった。

それから、数週間たった。彼女らは、タメで話していた。そして、その通話アプリ最近話していないなと思っていたら、LINEを交換してLINE通話をしていた。それが堪らなく嫌で嫌で死にたくなった。なんだか全体的に冷めてしまった。萎えた。今思えば私から歩み寄りをしていなかっただけだったが、私はABの生産量が足りないから神と話せないんだ、と思い込みABをすごい勢いで生産していった。かなり反応も貰えるようになり、ありがたいことにフォローしてくれる人も増えてきた。

しかし、ここで、スキル:飽き性が発揮された。まず、私はハマったカプは1ヶ月も持たないのだ。アカウントを作り同人活動を始めたことを本当に後悔した。そして、ここでABに対する自分価値観と、ABに対する大衆価値観が違うことに思い知らされる。ABは、公式提示してくれて、しかハッピーエンド万歳という雰囲気のカプだった。カプの傾向を左右する何人かの大手絵師ハッピーエンド万歳傾向にあったし、ほとんどの二次創作作品が、幸せで溢れていた。しかし、私の生み出す作品は薄暗くて、あまりに浮いていた。そこから自分はABについて何もわからなくなった。アカウントを消せばよかったのだが、せっかく神と繋がれて、約3ヶ月後のイベントで会う約束をした以上、とりあえずイベントまでは頑張ろう、そう思って苦しみながらABを生産し続けた。

イベントも約1ヶ月後!とみんなが浮かれている中、私は某ジャンルにもABにも疲れ果てていた。某ジャンルは離れ、別のソシャゲをしていたし、ABなのかBAなのかわからなくなって、解釈に悩みすぎて終いにはA、B、2人のカプが見れなくなってしまった。今すぐ消えてしまたかった。それでも、私は神をイベントで一目見たかった。

そして日数が過ぎイベントの前日、神はXさんと遊んでいた。私は何をやっているんだろうと思った。謎の嫉妬焦燥感に襲われて、死にたくなりながら寝た。ABのスペースがたくさんあるイベントなんて面倒くさくて行きたくなかった。

当日、私はずっと仲の良いリア友兼オタ友とイベントに行った。もう好きじゃなくなってしまったABのスペースをてきとうに巡回し、神に送った「会場にいるなら会いませんか」というDMへの返信を待ち続けた。神から「ABのスペースらへんにいます」という返信が来た。私はダッシュで神のところへ向かった(会場で走っちゃダメです)。

神はめちゃくちゃ可愛かった。そして、すごく優しくて親切でいい人だった。性格が悪くて毎日鬱で死んでいる自分とは対称的な人だった。神は一緒にABのスペースを巡回してくれ、初めて直接話してAB以外の話でも盛り上がり、LINEを交換してくれた。もっと神と話したかったし、自分にも連れがいたものご飯の予定でも立てられないかななんて思っていた。

神は、私をXさんのところへ連れて行った。神はXさんと慣れ親しんだ感じで電話しながら、落ち合った。Xさんもいい人だった。目の前で、神とXさんが話しているのを見て初めてああ、圧倒的に"足りない"と思った。ABに対する情熱も、過ごした時間も。本当に死にたくなった。その後、3分足らずで解散し、大好きなリア友と帰りカラオケに行った。同じタイミングで、神とXさんが同じくカラオケに行きABの歌を歌っているのをツイートしていた。神は遠征組だったので、帰ってしまった。ああ、もう神と2度と会うことはないだろうなと思った。

イベントに行ったからと言って、ABがまた好きになるわけではなかった。自分が書いた文章を読み返して吐き気がした。本当に、何もかもが嫌になって、TLを見るのをやめた。私は神とのLINEを途中で無視した。

それから約5ヶ月がたった。完全に某ジャンルからは離れ、ABも読めなくなった。久々にアカウントログインし、TLを見たら、みんなはまだABが大好きだった。ずっとABを生産し続けていた。アカウントを消すのも億劫だった。LINEは未だに無視している。最低だ。5ヶ月何もツイートもせず作品をあげることもせず、LINEも返さない私の存在なんて忘れているに違いないし、別にそれでよかった。そして、今もこの状態が続いている。

あそこで、同人活動を始めなければ解釈が難しくなって、ABを嫌いになったりなんかしなかったのだろうか。イベントに行く前に、ABを生産できなくなった時点で、アカウントを消すべきだったのだろうか。理不尽LINE無視されている神は当然悪くないし、Xさんも悪くない。悪いのは一時的な興奮で神に踏み込みたいと思ってしまった私である

それでも私は、イベントで神が私と話して嬉しそうにしてくれた時のことを思い出して、この一連の思い出が良かったのか悪かったのか、それを決められないでいる。

(追記)

身バレすると思い上の文章では書かなかったが、実は私は高校生だ。ちなみに神も高校生だったし(イベントで知った)、Xさんは成人済みの方だった。いい年した大人がこんなゴミみたいなことしてるわけではないです。すまん。いやまあ高校生でも恥ずかしいけど。

(追記)

というか何が最低かってネット上の知らん人間嫉妬したのもそうだけど、神はイベントで私と話が盛り上がって、しかも年齢層高めの中で神と私は年齢低めで近くて、っていうのでイベントからLINEもくれたし通話しましょう!って言ってくれたのにABを拗らせすぎて嫌いになってしまったという至極どうでもいい個人的な都合で神から差し伸べてくれた手を振り払って無視してるのはこちらなんですよね!!それが最低…

2020-06-28

ソフトバンク和田選手

中学の頃の初恋ダイエーホークス和田選手だった。

端正な顔立ち、出どころの見にくい球で三振を取る。

私もスポーツをしていたから、いつもすごいな、って思っていた。

長くプロ生活して、今でも活躍している

怪我に気をつけてこれから選手生活を全うしてほしい。

投球前の呆けたような顔が最近は好みです。

この前和田選手西武戦で先発した。

おかわりくんさんにホームラン打たれてた。

実は私はおかわりくんさんも大好きで、歳若い頃、夢の中で電車に乗ってて急停止した瞬間に中村選手に圧迫されて興奮した思い出がある。

しかしてめーつよぽんからホームラン打つなよ! って思うけど、もちろん中村選手も長く活躍してほしいと思う。

子供の頃からずっと活躍している人がいると、自分も頑張ろうと思える。

2020-06-08

結名美月さんについて1

私はふとしたきっかから結名美月さんを知ることになった。それは今年の2月から始まった番組である、ここでは番組名は伏せておくが、声優関根瞳さんと結名美月さんが月1でやっている声優バラエティ番組である2月Twitterにて番組アカウントが開設されてふとした興味でフォローをしたのである実は私は結名美月さんの現場に行ったことがあったらしいが実は顔をちゃんとみたことはなかったのでどんな人かなと思った。話は戻すが私はその番組を1回目と2回目はなぜかみていなかったのだが3回目3/23日にその番組を初めてみたのである。その時の番組内容が最近巷で流行っているASMRというなるものであった。その時に問題かなにかを解いて間違えた人がASMRをやるものであったこの回にはゲストが来ていてそのゲストと一緒にやった。ゲストは成海瑠奈さんであった。企画罰ゲームらしくものだったが視聴者からすると楽しいものであった。で、結名美月さんがASMRをやった時に私はこんな感情に陥ってしまった。”好きかもしれない”と実際結名美月さんの声がとてもよくて声豚の私はよかったのかもしれない。一般の人からしてみたら何言ってんだこいつと思ってるかもしれない安心してください私も思ってます。その番組は1時間番組で前半は無料で後半は会員限定というものであったので、前半みて足りないと思って会員になった。その後会員限定放送はとても楽しかったのであり私は満足した。その頃新たにシャニマス声優の人で4人ほどがチョクメに追加されるということでその中の一人に結名美月さんがいたので即追加をすることに決めた。ざっと私が結名美月さんとの邂逅はそう言ったものであった。

2020-05-26

懐古

たぶん癖みたいなところはあって、自分ブラッシュアップとかいうのも違う気がするけど、どうせなら日々成長というか昔の自分よりは多少マシになりたいなあと常々思っているからか、脈絡なく懐古し始めることがよくある。

過去の嫌な思い出って、意外と海馬に蓄積されちゃってたりしませんか?私はするんですけど()、ただ、どうせなら嫌な思い出に新しい解釈デコレーションして、ひとりよがりにならないように、嫌な感触が少しでも減るように、加工したいなあと思っていて。

そんなことをやっているうちに、あのイベントは気付いたら昇華してたな、そういえばあの時のアレは自分にも非があったな、相手からたらこう見えていたかも、とか言って、自分の中で過去のヘドロと、過去自分と折り合いをつけていく。

少し前から、私は実家から離れた環境に身を置いていて、親とも、多感な思春期をともに過ごした友達とも、ありえん可愛いマイエンジェル(飼い猫)から距離をとった生活をしている。

しかもこのご時世。やるべきこと自体はたくさんあるけど、引きこもっているからか思索の海に潜りやすい。とはいっても、これまでに潜りすぎてほぼ海を開拓しきってしまたから、最近はもっぱら世間タイムリー話題に手を出してみたりして(本当は都度文章化して整理しようと思っているけど筆が進まず)(そのためにこれ始めたのに)(暇を拗らせた)。

ただ、思索の海にダイブしているのはどうやら私だけではなかったみたい。

学生時代の同期から突然電話がかかってきた。話を聞くと、昔喧嘩したときに言い過ぎてしまった、と、ずっと思っていたけどタイミングが無くて謝れなかったことが引っかかってたから、謝りたい、とのことだった。


??????あっごめんそれ私もう解決したと思ってたwwwwwwwwww


というわけで、そういえばこうだったね、そんなこともあったね、若かったね、と昔話が満開になったもんで、しみじみしつつ、なんかちょっとセンチになったので、整理してみよっかな、と改めて海馬を旅しつつ旅の記録を。


当時は色々すごかった。とにかく皆のコンディションが悪かった。学生時代(人によっては人生)最大といっても過言ではないほどのストレス環境に皆が身を置いていたし、そんななか自分さらに不幸続きだったり、人生に迷走していたり()で、少しでも落ち着くためにか諦めが早くなったりして。

そうやって当時の自分なりに現実に折り合いをつけていたつもりだったけど、あくま自己満足に過ぎないそれは、自分に余裕をもたらすどころか、ただ心の柔い部分にメッキをしまくっているだけで、しかもそんなことは自分しか知らないから、外から見たら、行き過ぎなくらい友達想いな自分親友から見たら、どんな風に感じたんだろう…だなんて考えもしなかった。

先に友達の方に限界が来た。少しずつ私への風当たりが強くなって(きっとそれは無意識だった)、遂に表情にも露骨に出るようになった。そこまできて、今度は私に限界が来てしまって、しかも無理矢理メッキした心にはヘドロ満タン、その場こそなんとかやり過ごしたけど、後になってラインで大乱闘の火蓋を切って落としてしまった。任☆堂もびっくりなくらい、お互いに、皆が皆、それはもう暴れに暴れて、私のライフはゼロどころかむしろマイナス、もう後には引けなかった。

私たちはこのあと違う道を行くことは皆わかっていたけど、あれだけやりあったから折り合いなんてつくわけなくて未解決のまま終わったし、ここでそのまま喧嘩別れになるか……

と思いきや、道が分かれる直前に、友達最後に直接話したい、と言ってくれた。(正直どちらが誘ったか覚えてないけど、たぶん友達)

私がそうだったように、友達にもこのままじゃいけない、という思いがあったのか(だといいなあ)、二人でお茶した。

まーーーーーーーあ喧嘩話題には触れない!引くに引けなかったのもあるし、気まずくなりそうだったから。あの喧嘩は、当時の自分たちが譲れないもの同士のぶつかり合いだった。道が分かれることが分かっていても、そう簡単に折り合いなんて付けられないし、引っ込みもつかない。

結局喧嘩話題や、ごめんねの言葉はお互いに出ないまま、関係ない他愛ない話をして、元気でねって別れた。

ただ、その時点で自分の中では、わだかまりほとんど昇華されてしまった。もちろん全部ではないけれど、このままもう話すこともないんじゃないかと思っていた身としては、話せただけでも大収穫だった。また話せるようになった、それだけのことが、すごく大きかった。

そのあと自分環境人間関係摂取する情報に沢山の変化があって、自分の考え方も変わった。

あの時友達に指摘されたことは間違っているけど、当時の自分はそう誤解されても仕方ないような態度だったなあ。

仲が良かったからこそ、我慢ならなかったんだろうなあ。

仲が良かったからこそ、言わなきゃ気が済まなかったんだろうなあ。

気付いたら、あの時の喧嘩の落としどころが見つかっていた。皆、何かしら拗らせていたし、何かしら青い部分があったし(青さしかなかったという説もある)、皆が皆悪かった。

この時はまだ、喧嘩の時に言われたこと、その前やその後にやられたことを、許すつもりなんて毛頭なかった。ただ、それは相手も同じかもしれないし、許す許さないは別にして、総合的に見たら友達として好きだから友達付き合いはしていきたいなあ、と思えた。

落としどころが見つかったあと、無事に食事に行くことも出来たりして、色々な花が咲いてすごく楽しかったし、友達も楽しそうだったし、お互いにまたしばしの別れを惜しめていた。

から、てっきり、あの喧嘩はこれで手打ちになって、これからも緩く友達やってくんだろうなあ~と気楽に考えていた。てへりんこみたいな。


経験は人を変える。自分で十分実感したつもりだったが、まさかたこ気持ちを味わうとは思わなかった。

友達は、学生当時に私を襲っていた不幸のうちの一つに限りなく近い経験をしていた。辛さ、悲しみ、面倒臭さ、疲労感、その他にも沢山の負の感情がごちゃ混ぜになったような気持ちを味わっていた。そして、そういう思いを知って、いざこのコロナ禍で思索の海に潜っていたとき、あの時の喧嘩を謝れなかったわだかまりにぶつかり、そういえばと、私の身に起こっていた、自分が以前経験したその不幸を思い出し、ある程度年齢を重ねた今ですらこんなにしんどいのに、学生だった私はどれだけしんどかったんだろうか。ただでさえストレス環境下にいたというのに、こんなしんどさも味わっていたなんて。という思いに行きつき、居ても立っても居られずに、ただあの喧嘩の時の言い過ぎを謝るためだけに、私に電話をかけてきたのであった。

知ってはいたけど、改めてこの人と友達になれて良かったなあと思った。そして、まだ私はひとりよがりだったのか、と思い知らされた。

実は私は道を分かつ前に既に友達に謝っていて、というのも、納得がいっていない部分も多かったが友達自分を思って言っているのはわかっていたし、色々と拗らせている自覚もあったからだ。友達も私を責めるスタンスであったし、私が謝り、その後も交流が続いていることで、一応は解決した案件だと思っていた。折り合いをつけたけど許せない言葉については相変わらず許すつもりはなかったけど、これは分からない人には分からない感情だし、仕方ないかとも思っていた。

しかし、わだかまりがあったのは友達もそうであったのだ。そして、当時の私を襲っていた不幸の類似経験したことで、その感情を知った。

歳を重ねると、なかなか素直になれないし、当時責めていた相手に謝るというのは殊更に一歩が出ない。たとえ相手気持ちを痛感するようなことがあっても。でも、思い立ってわざわざ電話をかけてまで謝ってくれた。

驚きすぎて間抜けな反応をしてしまったのは本当に申し訳ないが()、改めて私も謝り、そして感謝した。友達が謝ってくれたこと、当時を振り返られたこと、知ることが出来なかった事情を知れたこと、懐かしい話が沢山出来たこと。

あの時知ることが出来なかった友達の思い・事情を知ることが出来て、友達も私と同じような感情を知っているとわかって、それでやっと、私のわだかまりも完全に昇華することが出来たのだ。

友達も私もスッキリ出来た。(不覚にもちょっと泣いてしまった)

本当にこの人と友達になれて良かったし、この日を迎えるまでに自分が成長していてよかった。

これからも頑張れる気がする(チョロい)。

2020-05-14

1年半ぶりに恋人ができた女の惚気話を聞いてくれ

彼氏ができた。

コロナ禍の中、マッチングアプリで知り合ってメッセージを重ね、密にならないよう気をつけてデートをし、そして付き合うことになった。

付き合って半月ほどたった今、正直言って、めちゃくちゃ幸せである

この幸せを誰かに聞いてほしい。

言葉にして噛み締めたい。

でも、惚気話って、人にはなかなか言いにくい。

聞いてくれる友達もいるけれど、やっぱり気を使ってしまう。

なので匿名で書くことにした。

聞いてくれなんてタイトルにしたけれど、正直全然読まなくていい。

読むにしても、付き合いたてで浮かれた三十路女が酔って書いた文章だと鼻で笑ってくれればいい。

まず、彼氏はめちゃくちゃ優しい。

私のまとまらない話をうんうんと聞いてくれる。

重い荷物を持ってくれる。

だって出してくれる。

私のペースに合わせてくれる。

菩薩の生まれ変わりなのではないかと思う。

こんなに優しくされたら、私の方が堕落してしまいそうだ。

彼氏身体が大きい。

縦にも横にも大きく、くまさんみたいな感じである

私は中肉中背〜ちょい小柄くらいの体型だ。

そんな感じなので、腕の太さも何もかも違う。

まるでかよわい女の子()みたいな気分にさせてくれる。

それが良いかどうかはさておき、私は気に入っている。

実は私は昔、太めの男性が苦手だった。

なんだか自己管理ができてなさそうなイメージがあった(すみません)。

から昔の私が見たらびっくりするだろうし、友人にも意外と言われたけれど、結局人は中身である

最初メッセージを交わしていたおかげもあるのかもしれない。

初めて会った時、自分でも驚くほど、嫌悪感がなかった。

それは付き合い出しても変わらず、その分厚い胸板や、二の腕が大好きになっている。

好きな人身体が大きいのはいいことである

触れる面積が広いのは喜ぶべきことである

変態みたいだけど、本気でそう思う。

元彼とは3年付き合っていた。

ダメ恋愛のお手本みたいな感じだった。

バンドマンの彼に私が一目惚れして、追いかけて追いかけてなんとか彼女になった。

幸せだったけど、いつのまにかお互いに気遣いができなくなって、わたしは彼の機嫌を損ねないように振る舞うようになり、そのうち辛くなって、そして別れた。

別れる少し前に彼が言った言葉が忘れられない。

結婚する相手は、もっと家事ができて、ちゃんとした子を選びたい」

ショックだった。

今目の前にいるお前の彼女は、20代後半をお前に捧げた女だぞ、と思った。

だけど何も言えなかった。ただ愛想笑いした。

自分が選んだことだから、後悔はしていない。

元彼を好きだった自分がいたのは事実だし、当時は元彼幸せにしてもらおうと依存していた。

20代後半という、女性にとってはやっぱり重要な時期だったけど、これも必要経験だったんだと思っている。

翻って、現在

元彼と別れてから1年半、恋愛する気にもならずのんびりしていたけれど、さすがにずっと1人というのも味気ないな…と思ってマッチングアプリ登録

登録して1週間くらいして、今の彼氏マッチングした。

それから1ヶ月くらいで、もう恋人になったのだから、変化の時っていうのはこうもトントン拍子に行くのかと感心している。

今の心境を言おう。

ハチャメチャに浮かれている。

世界に、この人が私の恋人ですと言って回りたいくらい浮かれている。

なんならいます結婚したい。

彼氏の前ではすましてるつもりだけど、多分バレてるだろう。

こういう、その気になったら一直線なところが、私の短所なんだろうと自己分析してる。

まだ付き合って半月だ。これからいろんな面を知って、悩んだり、迷ったりすることはわかっている。

だけど今の幸せ気持ちをこうやって記しておけば、迷った時に思い出せるかもしれない。

もう恋なんかできないと思っていた。

新しい人間関係を作るのも、休日を合わせて会うのも、めんどくさいと思ってた。

だけど今、何よりも優先して彼に会いたい。

彼は、また恋ができると思わせてくれた人だ。

から最後の恋をしたいと思う。

ずっと隣にいたいと思う。

2020-03-04

「隠れソフト奴隷問題」についてのお話

今日は、「隠れソフト奴隷問題」について書いておきます

これは、本来は、マスコミジャーナリストが徹底的に取材して、安倍政権官僚組織が既に解決しているべき問題ですが、深刻かつ巧妙な仕組み・構造になっているため、現在に至るまで、ほぼ「問題として提起されることさえ無い」状態が続いています

それでは、「隠れソフト奴隷問題」とは、そして、「隠れソフト奴隷」とは何のことでしょうか?

例えば、若い社会人女性が、学生時代性的暴力を受け、また、その際にスマホ画像動画でハメ撮り画像動画を撮られたとします(以前、スーパーフリーの様な問題がありました)。

その画像動画ネタにして、加害者側が、被害者女性社会人になった後も性的搾取し続ける、あるいは、金銭的に揺すり続けられている(性的金銭的な搾取)様な場合被害者女性は「奴隷に近い状態」におかれているのであり、しかも、証拠(弱み)があるために被害を申告できない状態に陥っているので、「隠れた奴隷である定義することができます

更に、一応は社会人として生活することができているので、すくなくとも牢獄で鎖に繋がれているような奴隷ではない。

その様な構図であるため、この種の人々を、今回は「隠れソフト奴隷」と表現しています(本人はソフトだとは感じていないかも知れませんが)。

上記の構図の、若い女性学生社会人)が弱みを握られて性的金銭的に搾取される、あるいは売春の様な仕事をさせられる、だけど、それが問題として一向に表面化してこない様な事例は、山のようにあります

それは、被害者女性画像動画で弱みを握られて、脅されて、お上警察)に訴え出ることが出来ないからです。また、「本物の奴隷」よりは縛りが弱い(隠れソフト奴隷な)ので、被害が表沙汰になって、現在仕事などの社会的地位を失うよりも、隠れソフト奴隷である続けることを選択している結果であるわけです。

現在行われている、若い女性の性被害についての報道は、氷山のほんの一角しかありません。水面下には何十万・何百万の「隠れソフト奴隷女性がいる一方、弱みを握られているために一向に表面に揚がってこない様な事態現在進行形で継続しているわけです。

安倍政権官僚組織は、そのこと(問題本質)をしっかりと認識して、根本的な対策を立てなければならない。

しかし、また、実は私は、この事(問題)だけを問題だと考えてこのことを書き始めた(タイピングし始めた)訳じゃないのです。

実は、私は、“安倍政権官僚組織自身が隠れソフト奴隷だ”、ということを告げるために筆を執った(タイピングし始めた)わけです。

正確には、政治家官僚組織の一部が「隠れソフト奴隷であることは間違いありません。

この主張を耳にして(読んで)、「こいつ何言ってんの?」と感じる向きもあるでしょう。

要は、「加害者側もソフト奴隷化している」ということです。

以前、スーパーフリー事件社会問題化しましたが、これは早稲田大学イベントサークルメンバー若い女性を集めて輪姦、直後に被害者女性笑顔ピースをしている写真を撮って和姦だと主張していた、その様な性犯罪事件を次々に犯していたという問題です。

それで、輪姦された女性は「ソフト奴隷化」し、その後、新しい女性が輪姦のための飲み会に参加する(性被害に遭う)ようにナビゲートする役をこなしていくような仕組みになっていたわけです。それは、本人が望もうと望まざろうとやらざるを得ない。

一方、スーパーフリーメンバーは「キングとして振る舞っていた」かというと、そんな事はありませんでした。ケツ持ちとして別の人物組織存在し、いわば、中間管理職的な性犯罪者・性的加害者として機能していたわけです。また、性的加害者として秘密を共有しているので足抜け出来ない。

実は、スーパーフリー問題の様な構図はかなりの程度ステレオタイプ化していて、学生社会に深く浸透していますが、(前記の若い女性問題と同様に)ほぼ水面下で動いているので社会問題として表面化してきていません。

私の学生時代に、実際に「ソフト奴隷化」している知り合いが(男性女性も)いましたので、学生時代における実感を基に推定すると、女子学生全体の1割以上、男子学生も1割以上が、学生中に「隠れソフト奴隷」となり、彼らが社会人になった後も問題として表面化せずにくすぶり続けていると考えられます

「本当にそんなことあるの?」と感じますよね。

そして、「男子学生が隠れソフト奴隷とはなんぞや?」とも感じませんか?

一例を挙げると、その際は創価学会学会員主催でしたが、渋谷円山町クラブスペースで、あるイベントが行われていました。

しかし、そのイベントは、普通クラブイベントとは異なる印象を与えており、また、そこでは異様な光景が現出していたわけです。

具体的には、ホール全体の中で、10人くらいの若い女性が程よい距離感で立っていたわけです。それだけなら違和感ありませんが、異様だったのは、それらの女性の前に、男たちが大挙して列をなしていたことです。

そこは確かに円山町クラブスペースでしたが、誰も踊ってなんかいませんよ?

10人くらいの若い女性が立っていて、そのそれぞれの女性の前には、劣情丸出しの大勢の男たちが並んでいるわけです。

要は、宗教団体の力を借りて、スーパーフリーバリエーション摘発されない形で行っていたわけですが、この様なことは学生社会人対象として星の数ほど行われてきているわけです。

私が通った大学でも、似たような事をしている連中がいましたが、「ヒエラルキーの頂点に暴力関係者半グレ集団カルト宗教団体狂信者がいる」という点ではどこも大小同異ではないでしょうか。

円山町クラブイベントに話を戻すと、加害者男性側も「ソフト奴隷化」します。

当たり前ですよね?

そういうイベントに参加して、若い女性を輪姦したという事実自体参加者男性の弱みになるわけです。当然、参加後は脅されて、社会人になった後も、ポイントポイント、節目節目で(スーパーフリー事件被害者女性ナビゲート役になったように)言うことを聞かなければならなくなるわけです。

表現を変えると、男子学生男性社会人本人が「得をした」とでも感じて、鼻の下を伸ばして、ギラギラした目つきで、ヨダレを垂らして、劣情丸出しの表情と心理状態で、ある種のイベント乱交・輪姦)に参加したところが…

実はそれは、倫理道徳観に問題のある男性ターゲットにした罠だったのであり、そのイベント被害者女性美人局女性セックスをした後は、そのネタで脅され続け、また、ゆすられ続け、つまり搾取され続ける「隠れソフト奴隷」としての生涯を送ることを強いられることになります

そして、指示を出しているのは「暴力関係者半グレ集団カルト宗教団体狂信者幹部)」なわけです。

まりスーパーフリー事件というのは見せ物のようなもので、あの事件が済んで万事解決のような空気がなきにしもあらずですが、実際は「んなこたあない」、学生社会人コミュニイティで深く長く浸透し、本人は、弱みがあるだけに警察相談することも出来ず「隠れソフト奴隷」であり続けているわけです。

無論、霞ヶ関官僚の中に「隠れソフト奴隷」がいますロボット化した人材と混在しています)。本人が名乗り出ないので、わからないわけです。

もちろん、地方公務員にも、企業会社員の中にも「隠れソフト奴隷はいます男性の中には加害者としてワークしてしまった人材が多くいますので、脅され、職や社会的地位を失うことを恐れて黙っているわけです(その方がマシだとの判断です)。

政治家にも「隠れソフト奴隷」がいて、彼らは、「ハニートラップにかかった政治家」と似たような状況におかれています

安倍晋三総理麻生太郎副総理、そして霞ヶ関官僚諸君におかれましては、この問題解決するために少し時間を割いていただきたい。

この日本社会における「隠れソフト奴隷」の問題は、ある意味で、「失われた三十年」と表現されるような、ここ30年間における日本社会の腐敗と没落の結果として生じた現象の一つだと考えられます

この国が繁栄していくために、この問題放置していてはならないでしょう。

拡散歓迎・拡散希望です)

2019-12-27

マイナンバー入りの住民票

ふるさと納税をしたところ、夫が通知カードを無くし、マイナンバーカードも持っていないとのことだったので、マイナンバー入りの住民票を取得しに行った

どちらも年末多忙であったが、比較日中動き回れる私が仕事を少し抜けていくことになった

念のため委任状を作り、区役所に行ったところ、同一世帯ではないため、マイナンバー入りの住民票はその場で私に渡すことができないと言う。

補足だが、私たち夫婦フルタイム共働きのため、生計を同一にしていない。

まり夫の扶養に入っている妻であれば、その場でマイナンバー入り住民票を持ち帰ることができるのだが、扶養ではない私は今日その場で受け取ることは出来ず、翌日以降、市役所職員が自宅に届けにくると言う。

(後から調べたところ、他の市町村では郵送での対応ほとんどで切手持参することと記載があるところが多数だった)

その際にポストフルネームで表札を出しておくようにと言われた。

私たち賃貸マンション暮らしで、集合ポストだ。オートロックで更にマンションエントランス側にもダイヤル式の鍵が付いていて外部の人間ポストの中身を抜き出すことは基本的にはできない。

このご時世に誰一人マンションの集合ポストに表札など掲げる人などいないと食い下がるが、郵便局員ではなく市役所職員が届けるため、間違いがあってはならないので、フルネームで表札を出しておけと譲らない。

それならなぜ郵便局に依頼しないのか。

パートのおばさんと押し問答を繰り広げても一向に埒があかないので、仕事が終わって帰宅したら夜にフルネームを書いて貼り、住民票が届いたらすぐ取り外せばいいと納得し、区役所を後にした。

今日実は私は誕生日で、夫が美味しいディナーに連れて行ってくれた。

昼間の出来事には腹が立ったが、美味しい食事気持ちも晴れやかに

帰宅すると時間23時。

いつものようにポストを覗くと、いくつかの郵便物に紛れて見慣れない紙が一枚。

名古屋市 ◯◯区

マイナンバー入りの住民票を届けにきたが、表札に名前確認できないので、持ち帰りました。

12月26日 15時

との内容。

私が区役所を後にしたのは14時ごろ。

明日届けにくると聞いていたのに?

扶養に入っていないだけで、こんなに大変な思いをしないといけないの?

扶養に入ってないってことはたくさん納税してるっていうことなのに、どうしてこんなに不親切なの?

女は普通扶養に入るものだって、言われてるみたいな気持ち

腹立たしい。

本当に名古屋市って終わってる

2019-12-09

anond:20191209180102

なるほど、調べたらそんな感じのことでるね

実は私は酒が強すぎて、一周回って飲めない可能性があると言うことか

飲めない人の体質も色々なのかも知れないね

2019-12-02

チャンピオン盛り上がらんなぁ

弱虫ペダルイカ娘実は私は刃牙、今期は入間くんにビースターズ浦安ドラマ化されるし、映画クローズ好調だ。

漫画単体ではすごく盛り上がってるのに、雑誌として盛り上がってないこの感じは、うしとら連載してた頃のサンデーを思い出す。

今はわりとどの雑誌もそんなもんだけど。

2019-11-23

私のことを公衆便所と呼んでくれたお母さまへ

お母さまへ。

お久しぶりです。増田です。5年前に何も言わず家を出てしまい、ご心配をお掛けしました。

まずそのことについて謝りたいと思います。本当にごめんなさい。

今日手紙を書こうと思ったのは、洗濯物を干していて、ふと空を見上げたときママが優しかたことを急に思い出したからです。5年も経っちゃったけど、ママが私のことを覚えていてくれていることを願っています

それでね。

幼稚園の頃、ママは私にフリフリの服を着せてくれたよね。

私は教室で一番可愛い服を着てて、それが毎日誇らしくって、毎日幼稚園に行くのが楽しかったんだ。

男の子からも「増田ちゃんはいつもお姫様みたいな服を着てるね」って褒められて、誇らしかったよ。

小学校の頃になると、ああゆう服って目立つんだ。女の子から増田はいつもお姫様みたいな服を着てるね」って褒められて、それがとても怖くて、ママ相談したのを覚えてるかな。

でもママは「これは高い服なのよ」って言って、ズボンは履かせてくれなかったよね。

中学も私の希望で一番制服可愛い女子校に行ったよね。制服がすごく可愛くて、毎日が本当に夢みたいだったの。その頃からだったかな、ママは私をブスって言い始めたよね。

でもね、私なりに努力して、中学の間に年下の彼氏を作ったの。ママにも紹介したことあったよね。

彼は本当に女の子みたいで可愛くて、私の制服を着せてあげるとよく似合ってたっけ。

あのこが私の初体験相手だったよ。制服を交換し合って遊んでたら、どっちが男の子で、どっちが女の子か分からなくなっちゃって、もうとても楽しかったの。あの日夜に帰ったら、ママに叱られたっけ。ママは私のパンツを脱がして、初めてがなくなっちゃってるのを確認して、大泣きして、私のことを公衆便所って呼んでくれたよね。ブスって言われるより公衆便所って呼ばれてたほうが私は嬉しくて、嬉しくて、嬉しくって、あのとき泣いちゃってごめんなさい。

そういえば子供の頃、ママママが死にかけの未熟児で生まれたんだって、いつも悲しそうに、ちょっと自慢気に、何度も何度も話してくれてたよね。きっとママは成長が遅くって、30過ぎて出会ったパパが初めての相手だったくらいだから、私は成長が早くって、羨ましかったんでしょう?

あのとき泣き喚いて、被害者ぶって、私を傷つけて、自分の地味な思春期肯定できてよかったね。

そうだね、ママ可愛い女の子だったんだね。

実は私はママがこの手紙天国で読んでいることを願っています。それではさようなら

2019-11-05

フェミニズム先進国

たぶん海外出羽の守とか、カブレとか、嘘松とか言われるんだろうけど誰か一人にでも知っといて欲しいから書くね。

私は今いわゆるフェミニズム先進国と言われる国に住んでて、もうすぐ2年になる。

万が一にも身バレはしたくないので詳細は伏せるけど、大学院生をやっている。

まず、この国でキャットコールナンパの類にあったことがない。

日本であれだけ毎日どこか歩けばどこからか大声で性的言葉を叫ばれたり、人混みでもそうでなくてもナンパされたり触られたりっていうのがあったのに、

こっちに来てから全然ない。たぶん、すごく少ないのだと思う。0ではないとは思うけれども。

あ、お酒の入るパーティーだけはこっちも要注意だけど・・・でも、触られて嫌だとはっきり言った時、ちゃんと守ってくれる他の人たちがいた。男女ともに。

この国では、化粧をしないと失礼に当たるという考えもない。

から、平日の昼間から化粧をしている人は本当に少ない。もちろん、したかったらしてもいい。それは男女ともにだ。

男性が堂々と化粧して出歩けるようになるにはもう少し時間がかかると思うけど、それもきっとできるようになるという希望がある程度持てる状況だ。

もちろんハイヒールや革靴の日常での強要もない。履きたい人は履いてもいい、履きたくない人は履かなくていい。とてもシンプル解決法だと思う。

フォーマルの場でも、そこそこしっかりして見えればなんでもいいよ、ということがほとんどだ。

ここにきて一番驚いたことは、行事キャンプに行った時、男女混合のテントだったこと。

そして、女の子たちが平気でパンツとブラの姿になって、男の子の目の前で着替えられるということ。

それに驚いている人は誰もいなかった。

注目している人も。

もちろん、盗撮なんてするわけもない。私だけがものすごく驚いていた。

流石に、友達に小声で あれ大丈夫なの、と聞いた。すると、その子は胸を張って言った。

「なんでダメなの?男がやっていいのに、女はダメだと言われていることがあったら、それは差別だよ」

私は、そうだな、と思った。男も女も互いの体をジロジロみたりしない。ネタにもしない。かれらは互いに信頼しあっているように見えた。

夜、私はあんまり仲良くもない男の子たちとすぐ隣で寝転ぶのは落ち着かなかったけど、彼らは実際私の嫌だと思うことは何もしなかった。

ノーメイク理由からかわれたりすることもなかった。日本では日常だったのに。

保育業に従事している男性も多く見るし、土木建設をやっている女性もたくさんいる。

かれらは特別男っぽくも女っぽくもない。ただ人間なのだ

育児筋トレのため、ベビーカーを押してランニングしている男性もいる。

ここの国でどなたかの御宅に何日かステイさせてもらうこともままあるが、家の中でもかなりしっかり作業が分担されている。

友達の家に遊びに行ったら、その子彼氏ご飯を作ってくれていて、みんなで食事したこともある。

私たちが中心に作ることもある。どちらにしても楽しい場だ。

ここに来て、実は私は自分の力でいろんなことができるんだなと気づけた。

例えば、両手に各30kgキャリーを引いて、さらに体の前後に10kgと5kg荷物をくっつけて移動するとか。

案外、やってみたらできるものだ。

タクシーを捕まえて、現地語で行き先まで行ってもらったり、初対面の人と英語で話して仲良くなったり。

さいことが自信になって、一人の人間としていられることがとても嬉しい。

私は、日本もこうなれると信じている。

同じ人間したことなのだから、必ず同じくらい素敵に生きていけるはず。

(もちろん、嫌な奴も、気の合わない人も、なんでって思うこともある。全てが最高とは言わない)

もちろん、日本には日本のいいところもあるから、それを全部ぺしゃんこに潰してなんて思わないけれども、

かいい道を、時間がかかっても見つけられたらなあーとずっと思っている。

2019-07-12

ひととき

少し前に市役所職員逮捕された「ひととき」。実は私はあれにすがったことがある。

離婚と同時に借金任意整理任意整理から減額はされるものの返済は続く。その矢先に子供怪我をしてしまったのだ。泣きっ面に蜂とはまさにこのことだった。返済の期日が迫る。司法書士先生には「これを遅延させたら訴訟もありえる」と聞いていて誰も頼る者のいない私は完全に追い詰められていた。

融資相手ニュースのようにネットではなく田舎特有口コミで紹介された50過ぎの独身の男。そして返済が滞ったとき関係を迫るのではなく、始めから決まった月にとその提案をしてきた。フードコートテーブルに置かれた信金封筒の厚み。情けない話だが私はその封筒しか見えてなかった。溺れる者が藁を掴んだのだ。踏み越えてはいけない一線を踏み越えたとき感情は意外にも自己嫌悪とかそういったものではなく、追い詰められていたのが解放される安心からか、漠然と醒めた冷静な開き直ったものだった。

だが初回の「ひととき」はさすがに緊張した。30代も佳境で子供もいる歳なのに。余談だが私は元夫と別れて2年、そして離婚からすでにレスだった。しか通算4~5年ぶりに身体を開く相手が夫でも恋人でもなく「借金相手」と言うことに自己嫌悪は確かにあったが、ホテルを出たあと車を降ろされて独りになったときに、意味のない作業完了感というか今月分の支払いを済ませたような安心感を覚えたのだ。

それ以降の「ひととき」には何も感じなくなっていた。待ち合わせ時間に車で拾われホテルへ入る。シャワーを浴び、まさぐられて、奉仕をして、揺さぶられながら喘ぎ、それを何度か繰り返したあと再びシャワーを浴びてホテルを出て、拾われた場所で車を降りるという、ひとつ作業として私の中で習慣づけられていた。男は余計なことは言わない、そして訊かない。私を乱暴に扱うこともなく、自分がして欲しいことを命じるのではなく頼み、私がされたくないこと(避妊なしとか)は絶対にしなかった。

それが約1年続いており、来月にその男への返済が無事に終わる。仕事低賃金ではあるが、わずかずつの貯金をしながらも任意整理の返済はまだ続いている。前回の「ひととき」の際に提案されたことがある。日にちは特に決めないで月に4日こういう時間約束することを条件にと金額を提示されたのだ。その金額は非常に絶妙で、耳を疑うような高額でもなく、かと言ってバカにしたような低額でもなくとてもリアル数字子供を塾に行かせてなお、毎月の貯金が少し増やせるような金額だ。たぶん東京あたりなら高校生コンビニアルバイトで稼いでしまうくらいのだろうが。

断っておくが私はこの男を好きになってなどはいない。なにせ借金のかたに女に関係要求するような男だ。弱みにつけこんで来た男だ。ただ、情のようなものが僅かながら私の中に芽生えてないこともないのだ。

「ひととき」の数時間、私はフィジカルな部分を委ねている代わりにメンタルな部分は閉ざしている。しか一年の間、毎月ではなく決まった月とはいえ、委ね続けていたフィジカルイベントメンタルな部分に少し影響し始めている。非常にグロテスクな言い方だが「体がなじんできた」のだ。その行為に「本気で感じてきた」のだ。最中に口走る淫らな言葉リップサービスではなくなってきたのだ。それを情と呼ぶにはあまりにも動物的なのがいやで、あえて情「のようなもの」という言い方をしている。

決して恋愛感情などではないのだが、その情のようなもので、これまでの割り切りの中に少し気を入れられる関係は築けると思われる。だが息子に話せる関係には断じてなりえないことは永久に変わらない。このあたりが考えどころなのだ

合理的判断した上で、来月返答するつもりだが。まだ悩んでいる。

2019-06-21

はてなJinまとめ速報をを排除できない(その理由も教えるよ)

おはようございます

ホッテントリをご覧の皆さん、いかがどうでしたか

Jinなどのゴミクソまとめ速報ブログで埋められてますね。

普段スパムならすぐに排除されてるはずが、

排除されていませんね。

なぜでしょうか?

まとめと繋がってるから運営の怠慢か?

その理由明日まで考えといてください。

答えは明日教えます

追記

皆さんも待つのは嫌でしょうから教えます

ざっくり言うと、「運営が贔屓してるから」です。

こっからは読み飛ばしてもいいです。

実は私はとある事情で2年前から東南アジア某国に住んでいて、

日本プロキシに繋いではてなを見てます。それはさておき、

私にはささやかな楽しみがありました、

それは色々な個人サイトブクマして宣伝してあげることでした。

しかし私が宣伝していた個人サイトは皆はてブから時間のうちに「排除」されました。

なのにjinや速報系サイトまとめブログ

それ以上に酷いブクマ工作をしても排除されることはありませんでした。

私は思いましたよ。

「ここの運営は速報系サイトまとめブログを贔屓してるんだな」と

これは不公平だし検閲ではありませんか。

いずれにせよ私ははてなには絶望しました。

なのでこの日記をもって、はてなとは距離を置くことにします。

長くなりましたが終わりです。

さようなら

2019-01-30

自分は親の奴隷なのかもしれない

東進林先生が「進学校男子なんてみんなマザコンだが、いいマザコンであり、本当に尽くして貰ったからみんな自然ママのことが好き」みたいに言っていたけど、進学校男子と付き合ったことのある私からすると「きしょい」だけ

みたいなツイートを前に見かけた。

親のいいなりになって10代を過ごしたら何もできない人間になった

みたいなツイート最近見かけた。

 要は進学校男子の大半は親と仲いいけど、親の言いなりで自立心がない。はたからみたらいいように見えるかもしれないが、きしょい、と言いたいのだと思う。

 皆さんは反抗期はあっただろうか。最近反抗期がない子供が増えているという記事もあるが、どうだろうか。私はなかった。理由は「喧嘩しても意味がない」「いろいろ弁当作ってくれた義理がある」とありきたりなものだ。後者反論余地がない…と信じたい。そもそも高校以降は自力で行くのは困難であり、親はスポンサーみたいなものである。そんな親に反発するのは理不尽ではないかと思うのだ。しかし、前者に関しては違う、私は喧嘩をしても疲れるだけだと今まで考えていたが、それは単に無条件に親に降伏しただけに過ぎないのではないかと思うのだ。

 皆さんは親と話すのは緊張するのだろうか。私は親と極力会話したくない。例えると、小学のころに職員室に行く感じである。家ではおとなしいが、外では饒舌というのは男子あるあるな気もするが、これはなぜなのだろうか。

 皆さんは夕食は楽しいだろうか。家族団らんで囲む夕食は楽しいものなのだと思う。しかし、いつからか、家族がいるときの夕食は目の前のメニューを「食べなければならない」という苦行のように感じるようになったのだ。早く終わらないだろうか、さっさと食べて早くここから去りたい、と思うのだ。料理がまずいわけではない、多分旨い方だと思う。でも、苦痛なのだ部活用事などで遅く帰ってきた時の一人で食べる夕食はどんなに気が楽か。

 皆さんは「親に殺される」と1度でも思ったことはあるだろうか。私は私の内面しかからないため、これが異常なのか正常なのかはわからない。親の名誉のために言っておくが私と親の仲は決して悪いわけではない。家族旅行もいったことがあるし、むしろ仲は良いほうだと思う。もちろん、殺人を含めて一切の前科はない。児童相談所案件になるような暴力を振るわれたこともない。あくまでこの思い込み杞憂しかない、と思う。

 親が怒った時にそう思ってしまうだけである夫婦私たちのことで喧嘩をしている時に、えも言われぬような恐怖心が襲われ、自分は今夜殺されるのではないか、とそう考えるだけのことである小学からそんな考えが自分支配する時がたまにあった。このとき、怒られている対象自分ではない。大体は夫婦喧嘩である。そんな考えをしている私から喧嘩火種を起こすなんてとんでもないことだ。

 小学生の時、私は寝ている間にナイフで刺されるのではないかと思い、腹に雑誌を装備して眠ったことがある。これはくだらない子供自衛策程度でしかないと思うかもしれない。でも、高校になってもその考えは抜けず、殺されると思って、部屋のドアにバリケードを築いたこともある。自衛レベルが上がっただけで本質的には何一つ変わってはいない。

 改めて言うが、私自身にも、身の回りにもそうした物騒な出来事が起きたわけでは断じてない。しかし何かしらのトラウマのようなものがあるのは事実であろう。

 中学校とき友達と遊ぶことに罪悪感があった。夕方まで遊んでいると親が怒るのではないかと怯えながら遊んでいた。そんな心境でろくに遊べるわけもなく、中学ではあまり遊ばなかった気がする。高校になって、その夜遅くまで遊ぶのには相変わらず罪悪感はあったがさすがに恐怖はある程度は克服した。

 最近海外旅行いかいかと誘われた。何故か私は海外にいくことが怖い、と感じていた。しかし、実は私は海外旅行にいくことを親に伝えるのが怖いのだ。そう気づいてしまった。結局根本にある恐怖はぬぐい切れていなかった。

 あれらのツイートに強い衝撃は受けたが、私はマザコンなのかといわれるとそうではないように思われる。ただ、親の都合のいいように生きて、親におびえながら生きる。それならさっさと家を出ればいいじゃないか、と思うだろうが、それをする勇気もなかった。まるで奴隷のようなのであるしかし、この奴隷論は私の心の中のものに過ぎない。勝手に設けた精神的な束縛に勝手にもがいているような、そういうところがあのツイートした彼女にとってはきしょいんだろうなぁ。

2019-01-15

属性の人と三連休で眩しいデートをした

はてなポイントメッセージをもらったことがきっかけでメールをやり取りするようになり、先日闇属性の人とデートしました。

 

車で2時間ほどの駅まで迎えに来てもらい、雪の残る山道ドライブ

夕暮れに彼の地元の宿について宿のカフェご飯

宿の近くの湖畔をドライブしながら街に出ました。

 

お酒を飲まずにこの時間に話せる場所がどこにもなくて、仕方なくカラオケ

あんなにメールをやり取りしたのに、私たちは初めて会った人同士で、改めて正面に座るのがなんだか気まずい。

私は次々に曲を入れて、すごく恥ずかしかったけど、ひとりで歌って時間が経ちました。

「人前で歌うのは苦手」とはじめは聞くだけだった彼だけど、釣られてきたのかトイレへいって戻ってきたらこっそり1人で歌っているのを発見

彼もすごく恥ずかしそうだった。

そこから彼も歌い始めて、最後は一緒に歌ったりもしました。

やっとちょっと打ち解けた感じがして、うれしかったな。

 

翌朝も宿のカフェで待ち合わせ。

昨夜走った湖畔を眺める高台へ連れていってくれて、湖から海に続く水面と晴れ渡る空をみました。

快晴

 

そのあと彼は桜の木立に囲まれた近くのカフェに案内してくれたのですが、時間が早くてまだ開いていませんでした。

ちょっと残念そうな彼。

最近出来たばかりのカフェチェーンにまだいったことがない」と彼がいうので一緒にいってモーニングを食べました。

 

それから「山がきれいに見えるところがある」としばらくドライブして海へ。

海辺公園で遊ぶ子供たちを眺めながらとりとめのない話をして、浜辺に出て冬の波打ち際をみて、地元の史蹟の草原を並んで歩きました。

 

車に戻ってまたしばらくドライブ

「この道を戻るとき山がきれいに見える」といわれ、高架をくぐり抜け元来た道を戻ると雪を頂いた雄大な山の峰が正面にあらわれました。

「天気がよくてよかった」とちょっと得意げに誇らしさでにこにこしているうれしそうな彼。

 

時刻は三時過ぎ。お昼を食べずにドライブしたので、少しお腹が空いてきました。

珈琲の美味しいお店がある」と地元に昔からあるレストランへ。

彼はキャラメルモカを、私はハンバーグセットをいただきました。

地元の人はみんなここへ来る。知り合いがいるかも」と彼はちょっとそわそわ落ち着かない様子。

 

実はカフェチェーンに入ったときも、カラオケへいったときも、彼はずっとどこかで知り合いに会うんじゃないかと何度も口にしていて。

そんなに気になるところへ、なぜ私を連れて来ちゃうのかな。

 

そろそろ日暮れになり、少し寒くなって来たのでお土産屋さんで浴用タオルを買って路地に並ぶ足湯へ。

 

冷たい風に吹かれながら並んで足湯へ入っていると、向かいに座ったおばあさんがちらちらこちらを見てくる。

「今頃のこの辺の名物といえば、やっぱり蟹ですか?」と話し掛けてみた。

「そうだね、やっぱり蟹だ」とおばあさんは応じてくれて「ここは美味しいものがたくさんある。私は長崎から嫁に来たけど、あなたこちらへ来たらいいよ」と思わせぶりなことをいわれる。

 

彼の方を見れなくて、すぐに話を観光に戻して、どうでもいいのに地元温泉について根ほり葉ほり聞いてしまいました。

 

すっかり温まって、ちょっと無謀なことをしたい気持ちになって、一緒に温泉へいこうと彼にいってみた。

彼はびっくりしていたけど、すぐに近くの温泉へ連れていってくれて。

 

私は温泉めぐり趣味で、温泉慣れしている方。

彼は「人と待ち合わせして温泉に入るのは初めて」といっていて、彼のいろいろな初めてを一緒に経験できることがうれしかった。

 

二人でぽかぽかになったところで以前はてなでも話題になっていたお寿司屋さんへ。

回転寿司なんだけど、ブログ話題になっていたお店。

彼の街はお魚が新鮮なことで有名。

握りも茶碗蒸しも、カウンターのお寿司屋さんに引けを取らない美味しさでびっくり。

店内は大混雑。彼は知り合いに会うんじゃないかとまた少しそわそわしながらも次々お皿を積み上げていきました。

 

それから朝の高台へ戻って、湖畔を囲む夜景と満点の星空を見ました。

誰もいない高台は静かで、雲の流れる音や星の瞬きさえ聞こえてきそうだった。

 

彼は星座名前を調べるアプリでずいぶん長い間iPhoneの画面を眺めていて。

二人きりの車内で小さな画面を一緒に見ながら画面の中の星空と、真っ暗な夜空の本物の星空を長い間交互に確認し続けていました。

 

星空がそんなに気になるのか、気まずくてアプリに夢中なふりかのかからなくて、でも聞けなくて

 

外は暗く穏やかな月明かりで何もかもやさしいのに、心の中には鼻先に暗幕を下ろされるような闇があった。

 

宿の駐車場に着いてから、また車の中で色々な話をしました。

「『○○駅で僕と握手!』ってメールに書いていたのに握手してないよ」といったら握手してくれた。

「実は駅で両腕広げて待っていようかと思った」と笑いながらいう彼。

ウケるかと思って」

 

 

 

三日目。

 

昨日の高台で昨日と少し違う水面を眺めながら、お互いの仕事の話や趣味の話やはてなの話をしました。

 

彼も私もxevraさんが好きで、xevraさんに会いたいねと何度も話した。

生きることが辛くて考えがまとまらなかったとき、「とにかく野菜運動瞑想睡眠!」と思って乗り切ったこと。

いまもそれで結構助けられていること。

そこが私達の数少ない共通点

 

お互いに書いた増田の話、好きなブックマーカーの話、ブクマや星が集まったときのこと、なくなってしまはてなハイクのこと。

 

これもこの三日間で何度も繰り返された話題

 

idしか知らなかった人が目の前にいて、知らない山の高台で私を名前で呼んでいる。

今頃はてなでは何の話題が盛り上がっているのかな。

こんなにスマホを見ないで過ごしたのはいつ以来だろう。

 

そのあと昨日いけなかったカフェへ。インスタ映えしそうなリア充ビジュアルケーキセットを二人で頼む。

彼は数量限定パンケーキセットが売り切れでちょっとシュンとしてる。

 

ケーキを食べたら駅に出て、そろそろ予約した新幹線で帰らなければならない。

自由席から慌てなくてもいいんだけど、彼も疲れていると思うし、ちゃんと元気にさよならしたい。

 

なんてこっそり考えていたら、「昨日いけなかった見晴らしのいい公園がある。いってもいいですか」といわれた。

いいけど、いいのかな。

いいの?

 

そこからまた街を抜け、野山と木立をいくつも過ぎて、山の中腹にある運動公園へ向かいました。

助手席から眺める冬の道はまぶしいくらいで、遠くに見える焚き火の煙と掛けていく子供と枯れ草を集めて燃やす老人が絵のようだった。

 

運動公園で私達は子供たちに混じって長い長いすべり台を滑り、広々とした草原凧揚げしました。

凧揚げをしている子供をみて「凧揚げしたいな」とぼんやりひとりごとをいったら、彼が売店ゲイラカイトを買ってくれて、びっくりした。

 

凧揚げなんて子供とき以来で、どうやって飛ばすのか思い出せなかったけど、彼は「親戚の子供のために去年あげてやった」と、すぐに軽々凧を飛ばしてくれた。

 

三日間何もかも楽しかったけど、芝生の上を走りながら凧揚げしたことがとくに印象に残っています

青空に真っ白な凧糸がくっきりと伸びて、舞い上がる凧は生き物のようだった。

楽しい気持ちしかなかった。

あとのことがどうだとしても。

 

彼はどうしても私に白バラ牛乳を飲んでほしいみたいで、何件かお店を回って最後直売所へいきました。

もう新幹線が出る時間はとっくに過ぎていたけど、牛乳は美味しかったし、珈琲牛乳を飲みながら得意そうな彼はかわいかったです。

 

彼の帰り時間心配で、最寄り駅で大丈夫といいましたが、帰りも彼は2時間かけて新幹線がでる街まで送ってくれました。

 

「私達、仲良くなれるかな?」

「少なくとも僕は三日前より友達になれたと思います

赤紫の夕映えを背に稜線が黒々と横たわる山道で愛車を走らせながら彼はいった。

 

駅について駐車場の前にあったカフェ茄子と豚の生姜焼き定食を食べました。

「これで野菜がとれた」

「あとは瞑想睡眠

と二人で笑った。運動凧揚げで解消されたんじゃないかと思う。

 

並んで改札口へ向かいながら、どんな風にさよならをいえばいいのか、まもなく訪れる瞬間を思って胸が痛んだ。

でも表示板に出ていた発車時刻が迫る新幹線に助けられて、私は軽々と改札を抜けて彼に手を振った。

彼も改札の向こうで、三日前まで知らなかったやさしい笑顔で手を振ってくれた。

 

席に着いてからこだま」に乗ってしまたことに気がついた。気持ちが乱れていたことを思い知らされた気がして切なかった

 

実は私ははてなちょっとブログを書いたことがある。

ブログに書いていいですよ。僕は言及されたがりなんです」と彼はいうけど、こんなあまりにも個人的過ぎる話題はいものエントリーから浮いてしまうと思う。

それに彼と違って私ははてなで目立つ方でもない。

 

というわけで、彼が大好きな増田に書きました。

 

ちなみに恋人としては見れないとシリアスに何度も念を押されたので、彼は引き続きみんなのアイドルだし恋人募集中です。

 

残念だけど、私のおっぱいが大きくないからいけないんだと思う。

 

 

 

 

思わせぶりに切ない感じで書いておいたので、遊び人として名を馳せて欲しい。

 

嘘。ほんと真面目でいい人なのでみんなカジュアルに誘ってみてください。

今回はすっぴん黒髪でしたが、大規模オフだったら金髪女装も考えるとのことです。

vlxst1224さん、お疲れのところありがとうございました。

pixivアカウントエロゲ販売成功するように祈っています

知名度の低さが悩みらしいから誰か掘り当てて暴露してくれよ。どうしても吐かなくってさ。

2018-09-11

新卒看護師ホスピスで働き始めて燃え尽きた話

身バレが怖いので具体的な話はほとんど書いてない上に長文です。

看護師になり、ホスピスで働き始めてもう半年になる。

同期が出来ていることが全く出来ず、優しかった先輩がだんだん呆れ顔になってきた。

大学時代から気付いていたが、はっきり言って要領は悪いしミスも多い。患者とのコミュニケーションも下手だ。

新卒ホスピスという選択自体無理があったかもしれない。

しかしそうした点ではなく、もっと根本的な部分で医療者に向いてないなと思い始めた。

一つ、患者に対して興味が持てないこと。

そしてもう一つ、どうしても患者に対して「生きていることそれ自体が無条件で尊い」とは思えないことである

こんなことを言うのもみっともないが、高校時代の成績から言えばどこかの医学部に入れたと思う。

それでも「五感を使って患者さんをアセスメントし、医者とは違う側面から患者さんの生活を支えるクリエイティブ仕事」という看護師像に憧れ、親族の反対を押し切って看護師の道を選んだ。

患者さん一人ひとりが自分らしい死を迎えられるように手助けしたい」と思ってホスピスで働くことを選んだ。

しかし実際に看護師になってみると、患者に対してケアをすることに全く喜びを見出せない。

患者の病状が良くなろうが悪かろうが感情が動かない。

一つ一つのケアがただの業務に成り下がっており、勉強する意欲も失ってしまった。

から経済的な面や安定性を求めて看護師になったのであればそれでも耐えられるのだろうが、高い志を持ってこの仕事を選んだ(つもりだった)ために余計に辛い。

医学自体は嫌いではない。

基礎研究をしている研究者の話を聞くと楽しそうで羨ましくて仕方がなく、選択を誤ったという思いが強い。


そしてもう一つのなのだが、もし良ければリンクで紹介する記事を先に読んで欲しい。

ホスピスケアを中心として活動されている新城拓也先生がお書きになったものだ。

「生きる価値のない病人」という発想はどこから生まれるのか

この記事趣旨はこうだ。すなわち、

医療従事者が『こんな生産性のない病人には生きている価値がない』と考えるのは未熟と無知によるバーンアウトが原因であり、十分な教育があればそのような考えには至らない」

というものである

本当にそうなのだろうか?

実は私は大学時代から生産性のない病人を生かすことに社会的価値があるのだろうか」とずっと考えていた。

生産性がなくても、生きていてほしいと誰かに思われているのなら医療は全力を尽くすべきだろうとは思う。

では、例えば長いこと寝たきりで、家族にも嫌われないまでも重荷だと思われているような場合はどうだろうか?

そんな事を考えてしま自分が嫌で、きっとホスピスに行って現場を見ればそんなことも考えなくなるだろうと思っていた。

しか現場に出てみてもその疑問は解決されないばかりかますます私の頭を圧迫している。

それでも救うべきだ、と断言できる人間けが臨床には必要とされている。

新城先生の言う「教育」とはコミュニケーション技法なのだと私は解した(もちろんそれだけではないと思うのだが、具体的に大きなウェイトを占めるものコミュニケーション技法だろう)。

しかしその解釈場合、「コミュニケーションが取れない人間は生きている価値がない」という思想を持つ植松聖の凶行は止められなかっただろう。

なにせ患者コミュニケーションが取れないのだから

真に必要ものは「医療倫理が善しとする方向に感情を向ける技術である

患者がどのような状況であっても善行・無危害原則に則って行動し、患者権利擁護することに専念するための感情操作技術

それでもダメなら、もう終末期医療には携わらないしかない。

医師しろ看護師しろ介護士しろ、終末期医療にはそういう燃え尽きてしまった人間を弾く制度必要なのではないか(「医療」という枠とはまた別で)。

少なくとも医療という世界に限れば、それくらいのことが許されると思う。

最近良く祖母葬式を思い出す。

普段祖母を嫌うような言動をしていた両親と兄とが沈痛な顔をして座っていて、もしかするとここにいる誰も祖母の死を悲しんでいないのではないかと思った。

それ以来、死んでも誰にも悲しまれない人間というもの存在するのではないかと思うようになった。

今も見舞いに来る家族に対して「この人は本当に患者に死んで欲しくないと心から思っているのだろうか」と疑問に思ってしまう。

私がやがて死ぬ時、心から悲しんでくれる人はいるだろうか?

もし将来家族がいないか家族に疎んじられていたら、働けなくなった時点で自殺したい。

とりあえず、ホスピスで働くのはもうやめようと思っている。

患者のためにも私のためにもならない。

出来ることな大学院に行き、看護系の基礎研究をしたい。

少しだけ提言染みたことを言うならば、コミュニケーション技法教育というのは本当にしっかりやったほうが良いと思う。

アレをただの情報収集技術だと思って大学時代まともに聞いていなかった私は大馬鹿だった。

そうした技術論は患者パターン化しているように思えて、一丁前に不誠実だとも感じていた。

熱いハートさえあれば十分だと思っていた。

どうやらそうではなかったらしい。

国試に出るだけの空虚理論だと思っていたら私のように完全に燃え尽きてしまうかもしれないぞ。

2018-07-18

リア充じゃないと遺伝子を残せない

じゃあ何故私は生まれてきたのか

 

仮説1,リア充から非リア充が生まれ

仮説2,「リア充じゃないと〜」は最近の話であって、過去は違う

仮説3,実は私はリア充である

2018-06-30

キラキラしていない恋をしていること

自分は恋をしている。

恋をしていると言っても完全な一方通行で、いつもその人を見かけては勝手にドキドキしたり運よく話せると1日嬉しくなったり、30を越えているというのにまるで中学生のような片思いをしている。

テレビ漫画では恋は良いもので素敵で、その気持ちは大切にしていいと大抵話している。でも自分場合絶対に違う。なぜなら、自分は既婚者で夫と子供いるかである

詳しい定義はわからないけれど、きっとこの状況は不倫とは呼ばないけれど浮気ではあるんだろう。家庭に不満はなく夫のことも息子のことも大好きだけど、それはほぼ家族愛に近くなってしまったのかもしれない。特に不倫という行為自体に興味があるというわけでもない。だけど何故だか、理屈抜きでとてつもなく好きな人が出来てしまった。

好きになってからやや一年ほどたつけれど、このことは当たり前に誰にも話せていない。

家族申し訳がなさすぎて自己嫌悪が酷く、嫌いになろうと相手の嫌なところを沢山探したがうまくいかなかった。

それならば好きになってはいけないという背徳感に酔っているだけなのでは?と思い逆に気持ち肯定して好きな人がいる生活を楽しもうともしてみたが、そんな空元気も長くは続かなかった。

それからはずっと、好きな人を見るとバカみたいに元気になるくせにいつもぼんやりと罪悪感をもっているまま生活するようになった。

世の中では恋愛理屈ではないという意見が多くを占めている。理論説明できないのが恋で、頭で考えてパートナーを選ぶのは打算的だという風潮ですらある。恋で検索すると、苦しいけれど辛いときもあるけれどそれはとても素敵なことという意見が沢山出てくる。

ただし、それに「既婚」とつけると当たり前だが世間の反応は180度変わってくる。

文春が猛威をふるっているのを見ても、一般的不倫はかなり許されない悪とされているのだろうなと感じる。こんなことを書いている自分も、もしも夫が他の人と恋愛をしていたら悲しいし辛い。なのに自分には好きな人がいるのだ。

誰にも相談できないことが辛く、以前匿名チャットで一度だけ見知らぬ人に対して恋をしていることを打ち明けたことがあった。すてきだね、応援するよ、どんな人なの?と沢山質問されたが、こちらが「実は私は既婚者なんです」と話すと「不倫応援できません」という一言を残してチャットは切断された。

不倫はしていないしそんなことになることはほぼ100%ありえないと思っているが、万が一相手好意に答えてくれたとして、それをはねのけられるのか?と考えてみると自信がなかった。だからもうこれは不倫しているようなものなのかもしれない、と思っている。

先日友人の結婚式に出席した際に、永遠の愛を誓い合う2人を見て永遠の愛とはなんだろうか?と考えてしまった。一生同じ相手を好きでいられるなんて確約どこにあるのだろうか?私だって本当は、同じ相手を一生好きでいたかった。

こんな日記を書いてしまったけど、私は不倫肯定するわけでも結婚否定するわけでもない。ただ、大好きな人がいることをどこかで言いたかっただけなのもしれない。

早くこの恋が終わりますように。

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