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はてなキーワード: 仮面浪人とは

2021-04-24

anond:20210423234432

自分一社目がまさにそんな会社だったのでガチアドバイスを。

もう 20 年以上前になるが本当に状況が似ていて、メーカー系のグループ会社2000 人規模の SIer親会社仕事ばかり、新卒100 人超、コーディングはしない、ビジネスマナーから始まる超絶ホワイト研修半年、などなど。

ちなみに言い当てると、月収が 22 万程度で、6月には寸志が 10 万ほど出る。年功序列で毎年少しずつ給与が上がるが、40 歳で課長、50 歳で部長になっても夢のある金額にはならない。そもそも上には謎の名ばかり役職がもりもりあって、部下無し管理職すらいる、そんな感じじゃない?

自分場合その会社就職したのは安定感を求めて、ではなく「この業界にいてどこの仕事が一番自分に合っているか俯瞰して見たいから」だった。ネットで調べたりまあ卒業生に話を聞いたりとかしたところで、学生身分では絶対に見えない部分があるという確信があったので、一社目は言わば仮面浪人気分で、二社目で本気の就職をするつもりでそもそも入った。それを目的とすると、大手 (あるいは中堅) SIer というのはとても良い立場で、うっかり壮絶ブラック職場を引く事も無く、ちっちゃなベンチャー井の中の蛙になる事も無く、業界全体を俯瞰し、どこにどんな仕事があるか、何を避けるべきか、その中で自分がやりたい事は何か、自分がやりたい仕事はどこにあるか、などを見ることが出来る。

結局二年半ほどその会社には勤めて、大手の何が駄目か、何が良いかを学び、駄目なところを一応変えようとしてみたりもして (*)、その後、Web 系の自社サービスをやっている小さなベンチャー企業プログラマとして転職をした。この初めての転職の時点では「何を避けるべきか」「何を優先すべきか」などが二年半の経験で明確になっていたので、面接時にそれらをちゃん質問する事が出来た。また「面接官のずるいムーブ」も的確に見抜いて、会社から選ばれると同時に会社を選ぶ立場面接に臨みとても良い会社を引くことが出来た。

本気の就職をした二社目では、今も交流が続き師と仰ぐ素晴らしい上司に恵まれて、システム開発イロハから学ぶことが出来たし、五社目になった今でも時に一社目の経験が ── 避けるべき事例としてではあるものの ── 役に立っているので、遠回りでは無くあれは必要な二年半だったと自信を持って言える。

ただ技術的な知識を学び力を付けるという意味においては、一社目は全く役に立たなかったと言って良い。その点については自分自身担保する必要があるけれど「安定感は会社に与えられるものではないです。自身技術力が担保するものです。」と言い切る増田にあれこれ言うのは野暮だろう。

以上を踏まえて、合計 5 社、足かけ 21 年 IT 業界で働き続け、転職スキルアップを契機にやれる事や給与を増やし、今なお現役のプログラマとして外資系 IT 企業で日々コードを書いている自分としては、1 ヶ月で判断して転職してしまうのは勿体ないよ、と言うアドバイスを送りたい。今の立場を最大限に生かして業界知識を蓄え数年後の転職につなげるのは、増田人生にとって大きなプラスになりうるはずだ。

(*) 日替わりで誰かしゃべる部全体向けの朝礼で、根回しなどもちろん無く、今の会社の仕組みの何が駄目か、どうしたら良くなるかを提案したところ、後で直属の課長から呼び出され「お前、部長から呼び出されるところだったぞ。おれが代わりに謝っておいたやったからな。」などと謎の恩を売られ色々と察した思い出。

2021-03-17

anond:20210317192339

哲学専攻の3割ぐらいそんな感じ。その人たちはよく留年したり消えたりする

あとは推しがいるとか推し学派があるとか

実家宗教家とか

仮面浪人とか

2020-10-21

ただ高学歴になりたかった・・

 自分現在とある旧帝大に通う3年生だ。しかしオレは編入してこの大学に入ったのだ・・・

しかしなぜだかいまだに学歴コンプレックスが治らない。もうすでに旧帝大学生なのだ。自他ともに認める高学歴なのだ

高校友達と比べても自分より上の大学に通っている人は10人いない。

それでもなぜかダメなのだ。いまだに劣等感に度々さいなまれる。

おそらく大学に落ちて地方大学に入ったことが原因だろう。

県内でも有数の進学校で常に成績上位だった自分がなぜこんなに偏差値が低い大学にいるのだろうか・・。大学に落ちた日からずっと思っている。

そもそもこの大学に入ってしまったのは自分理系選択してしまたからだ。

自分はもともと英語国語地理が得意だった・・。それにもかかわらず「ドラゴン桜」で理系がよいといわれ理系に進んでしまった

高校2年生の頃は順調だった。常に成績はTOP20で余裕で入っていた。ところが3年生の夏になってからおかしくなり始めた。どうやっても物理数学Ⅲが攻略できない・・。常に勉強しているのに成績が上がらなくなってしまった。ついにはそのまま文転することもなく受験を迎えて落ちてしまった。

何度理系に進んだことを後悔したかはわからない・・。文系だったら普通に旧帝大に現役で行けただろう。それなのに理系に入ってしまったせいでこんな地方の帝偏差値大学に行くしかなくなってしまった。自分には勉強しかない。

高学歴でないのは絶対に許せないことなのだ。異常なまでに学歴へ執着した。

自分よりも成績が悪かったやつが自分よりも高学歴大学に行っている。自分浪人が許されなかった・・。

そんな気持ちとは裏腹になぜかこの大学では 友達は多かった、勉強もよく出来たから非常に頼られた・・・

でもダメだったのだ。あまりにも自分が行けたであろう大学よりも低すぎた。理系で多少就職が有利なのかもしれない。大学社会に出たら関係いかもしれない悔やむこと自体時間無駄 十分に頭ではわかっていた

でもどうしても納得がいかないのだ。自分低学歴であることが納得いかないのだ。文系だったらはるか高学歴大学に行くことが出来たのだった。そう思い大学スタートしてからはずっと仮面浪人編入することしかやってこなかった。

編入が許されても常に自分学歴イライラしていた。中学生とき自分より成績が悪かったやつが・・ はるか高学歴になっている。

その後なんとか勉強を続けて見事旧帝大編入学することができた。

最初コンプも消えていた。でも今3年生になってあることに気づいた。自分編入以外に何もやっていない。車の免許さえ取っていない。旅行にも行けなかった

何かスキルを身に着けようにもなにもない。気づけばもう就職だった。

俺の大学生活はどこにいった・・? このまま就職して卒業したら思い出は何が残るんだ・・? 俺の人生何だったのかな・・

しか自分編入したとはいえ結局自分地方大学にいたという経歴は残るのだ。

いまだに自分京大に行けなかったことにはくやしさが残る。編入して旧帝大に在籍しているにも関わらずいまだに なぜ○○大学に行ったんだ・・ という気持ちがずっとある高校合格を報告に行ったがなぜかむなしい。現役で受かることが大事なのだ自分低学歴時間があることが許せないのだ。

最近副業を頑張っている。副業を頑張って収入自動化すればまた再受験が出来るからだ。まだ2万円ほどしか自動で入ってこないがあと少し頑張れば20万円程度まで自動化できるのだ。

そうしているとまたふと疑問に思う。またその大学に入ったことで何があるのだろうか・・。

Twitter編入界隈を見てももやもや思う。やっぱり自分たちは負け組なのだ一般で俺は入りたいのだ。またもう一度挑戦したいのだ。

高校の頃大学在学中に億稼ぐのが夢だった。残念ながら100万行けばいい方だろう。

日本入試は一度失敗するとあまりにも大変すぎる。自分のような人が他に出ないことを望むばかりだ

2020-10-05

ただ高学歴になりたかった・・

 自分現在とある旧帝大に通う3年生だ。しかしオレは編入してこの大学に入ったのだ・・・

しかしなぜだかいまだに学歴コンプレックスが治らない。もうすでに旧帝大学生なのだ。自他ともに認める高学歴なのだ

高校友達と比べても自分より上の大学に通っている人は10人いない。

それでもなぜかダメなのだ。いまだに劣等感に度々さいなまれる。

おそらく大学に落ちて地方大学に入ったことが原因だろう。

県内でも有数の進学校で常に成績上位だった自分がなぜこんなに偏差値が低い大学にいるのだろうか・・。大学に落ちた日からずっと思っている。

そもそもこの大学に入ってしまったのは自分理系選択してしまたからだ。

自分はもともと英語国語地理が得意だった・・。それにもかかわらず「ドラゴン桜」で理系がよいといわれ理系に進んでしまった

高校2年生の頃は順調だった。常に成績はTOP20で余裕で入っていた。ところが3年生の夏になってからおかしくなり始めた。どうやっても物理数学Ⅲが攻略できない・・。常に勉強しているのに成績が上がらなくなってしまった。ついにはそのまま文転することもなく受験を迎えて落ちてしまった。

何度理系に進んだことを後悔したかはわからない・・。文系だったら普通に旧帝大に現役で行けただろう。それなのに理系に入ってしまったせいでこんな地方の帝偏差値大学に行くしかなくなってしまった。自分には勉強しかない。

高学歴でないのは絶対に許せないことなのだ。異常なまでに学歴へ執着した。

自分よりも成績が悪かったやつが自分よりも高学歴大学に行っている。自分浪人が許されなかった・・。

そんな気持ちとは裏腹になぜかこの大学では 友達は多かった、勉強もよく出来たから非常に頼られた・・・

でもダメだったのだ。あまりにも自分が行けたであろう大学よりも低すぎた。理系で多少就職が有利なのかもしれない。大学社会に出たら関係いかもしれない悔やむこと自体時間無駄 十分に頭ではわかっていた

でもどうしても納得がいかないのだ。自分低学歴であることが納得いかないのだ。文系だったらはるか高学歴大学に行くことが出来たのだった。そう思い大学スタートしてからはずっと仮面浪人編入することしかやってこなかった。

編入が許されても常に自分学歴イライラしていた。中学生とき自分より成績が悪かったやつが・・ はるか高学歴になっている。

その後なんとか勉強を続けて見事旧帝大編入学することができた。

最初コンプも消えていた。でも今3年生になってあることに気づいた。自分編入以外に何もやっていない。車の免許さえ取っていない。旅行にも行けなかった

何かスキルを身に着けようにもなにもない。気づけばもう就職だった。

俺の大学生活はどこにいった・・? このまま就職して卒業したら思い出は何が残るんだ・・? 俺の人生何だったのかな・・

しか自分編入したとはいえ結局自分地方大学にいたという経歴は残るのだ。

いまだに自分京大に行けなかったことにはくやしさが残る。編入して旧帝大に在籍しているにも関わらずいまだに なぜ○○大学に行ったんだ・・ という気持ちがずっとある高校合格を報告に行ったがなぜかむなしい。現役で受かることが大事なのだ自分低学歴時間があることが許せないのだ。

最近副業を頑張っている。副業を頑張って収入自動化すればまた再受験が出来るからだ。まだ2万円ほどしか自動で入ってこないがあと少し頑張れば20万円程度まで自動化できるのだ。

そうしているとまたふと疑問に思う。またその大学に入ったことで何があるのだろうか・・。

Twitter編入界隈を見てももやもや思う。やっぱり自分たちは負け組なのだ一般で俺は入りたいのだ。またもう一度挑戦したいのだ。

高校の頃大学在学中に億稼ぐのが夢だった。残念ながら100万行けばいい方だろう。

日本入試は一度失敗するとあまりにも大変すぎる。自分のような人が他に出ないことを望むばかりだ

2020-09-28

自粛期間を経て研究ができなくなった

理系大学院生にとって実験というのは食べて寝て呼吸をするのと同じくらい当たり前にするものである

人間ってどうして呼吸するの?なんて日々考えてる人がいないように、毎日研究室に行って論文を読み先生と先輩の研究雑務をし自分研究も進めて後輩の面倒をみるのに疑問なんか持ってなかった。

でも自粛期間を経て一回立ち止まってみたら、当たり前にしていた研究室生活ができなくなっていた。自主自粛期間が6ヶ月を超えて修了出来るかも怪しくなってきたM2の、心と生活の変化を記録してみる。

コロナ

コロナ前は月-土で8時には家を出て研究室に行き、9時過ぎに帰って、日曜日は一日中バイトしてたから、毎日疲れてて自分のことも必要最低限しかできていなかった。夜でも日曜でも先生からメールは来るし、後輩から添削お願いしまメールがくる。結局は自由時間研究室業務をしていたから、本当にメール確認せず過ごせるのはなんとか時間を作って高校友達ご飯を食べに行く時だけだった(同じ大学友達はみんな同じ境遇から、一緒に何かしてても研究室関連の連絡が来たら即対応してた)。でも、連絡にはすぐ対応しないと先生から色々言われるし、特に先輩は嫌な感じでストレスだったから、すぐ対応できるよう携帯が手元にないと不安だったし、友達トイレ行ってる間とかに新着をいつも確認してた。とにかく時間がないから付き合える人間が限られてくるし彼氏ができてもわたしは週7で労働してるようなものから続くわけもない。

3月末〜

3月末、大学研究自粛となり、バイト先も休業し就活も終わっていたから、大学生になってから初めてなんの予定もない1週間ができた。うちは実験室に行って手を動かさないと基本何もできないタイプ研究室から、本当にやることがない。(この時はデータ大学から持ち出せなかった)。みんなすことないから誰からメールがこない。携帯が手元になくても、不安にならない。思い切って1日電源を切ってみたけど、次の日つけてもメールが一通もなかった。幸せを感じた。

久しぶりに2時間とかかけて料理してみたり、道具と材料揃えていろいろなお菓子作ってみたり、夜になったらYouTubeみながら毎日45分運動してみた。どうぶつの森を買って一日何時間Switchと向き合ったり、録画して観る時間がなかったドラマをみたり(やっと逃げ恥みれた)、Netflixに入ってずっとみたいと思ってた作品を一気に観た。1時間くらい散歩したり、zoom高校の友人と久しぶりに話した。夜も時間あるからパックしたりストレッチしてみた。メイクも、集めてても結局考えたくなくて同じものばっかり使ってたけど、毎日いろいろな組み合わせを試した。髪も巻く時間たっぷりあるし、実験しないから好きな洋服毎日着れる。食べる量とかは変わってないけど、生活習慣が格段に良くなったおかげでニキビとかも無くなったし、体重も減った。何より毎日肩が軽くて快適だった。

そして現在

そんな日々が1週間を超え3ヶ月が過ぎ研究が解禁された頃、研究ができない体になってた。研究室に行ってた時も、全く自分時間がなかったわけじゃないけど、気力が起きなくてせっかく1時間あってもずっと横になりながら意味なくSNSを眺めてて終わってた。もうそんな日々に戻れなかった。

研究室に行かないと人生がこんなに楽しいのに、なんで年間50万円の学費を払ってあんなことしなきゃいけないんだろう。っていうかなんで50万円払って先生研究の手伝いと後輩の指導してたんだろう時給マイナスじゃん。マイナスなのにストレスまで多くてなにこれ。あーもう無理無理。明日こそ行こうって毎日思って寝るけど全然から出れない。買い物とかには行けるのに、研究室に行こうと思うと家から出れなくなる。

今思えば、ブラック企業みたいなものだった。もしこれが会社だったらみんな辞めて転職しろって言ってくるやつでしょ。会社はいいね、やめて次踏み出せるから。てか辛くても長時間でもお金もらえるからいいな。研究室ってね、入ったら合わなくてもストレート卒業たかったら耐えるしかない。やめたら就職に不利だし、他大学に移動できるタイミングも限られてるし、仮面浪人なんて莫大なお金かかるし。学科パワハラ相談室とかあるけど、有名な教授よりどうせ卒業する生徒を切り捨てるから何の役にも立たないし。

本当なら7月から大学行けてたけど行かないでもう9月も終わって自主自粛期間6ヶ月になっちゃった

3ヶ月の空白分を実験するのも大変なのに6ヶ月ってやばいよね。だってから実感してデータまとめて考察して修論書くの?無理無理。

何より今更先輩と先生と顔合わせたらなに言われるか分からなくて無理。同期からは気にかけてるよって連絡くるけど、2人きりになったらわからないじゃん。

でもせっかく就職先決まったし、今週内定式もあるのに就職できないのは嫌だな。推薦じゃないか迷惑はかけないかどもう就活したくないし…。

あーもうどうしたらいいんだろう。明日こそは研究室行けるかな。

2020-09-19

withコロナ学歴フィルターが復活する

大学生がほぼキャンパスに行けず、サークル活動課外活動が出来なくなり、新しい友人などの人脈もほぼ築けず、バイトも限られているから、就職活動開始までに学生間で差別化出来る要素が大学ランキング以外にほぼなくなる。

これは、就職活動学歴フィルターが復活することを意味する。選考する側が書類選考学生を振り分ける要素は学歴しかなくなってしまうからだ。一部の企業大学名を尋ねない選考を謳ってたが、来年からは無理だろう。

学歴フィルターを打ち破れる要素はコネしかないが、これは生まれついた家柄に依存する。従ってコネのない家柄の子供はなんとしても上位の大学に行かなくては就職できなくなる。

来年就職活動から学歴フィルターが大々的に復活するのは間違いない。中堅以下の大学に入ってしまった人は、今からでも遅くないか仮面浪人して上位の大学に入り直すべきだ。

2020-08-24

同時に2つの大学に在籍していた知人

現役時代慶應経済学部学費免除特待生合格して、仮面浪人(とはいえ数ヶ月で慶應は行かずに地元に戻ったみたいだけど)して東大理一に受かった同級生がいた

慶應2年(東大1年)の夏に会ったときはまだ慶應の近くに住んでてどっちの授業も受けてるとか言ってたけど、どっちも卒業するのは難しいだろうし慶應は辞めたのかな

東大に受かったこ高校にも報告せず落ちたって嘘ついてたのは慶應に通いたかたからなのかな

もう何年も会うどころか連絡もとってないけどふと思い出した

ネタじゃなくて本当の話

2020-08-08

anond:20200807231408 10年前の自分を見ているようだ

10年前、自称進学校出身センター模試70%代のネットジャンキー底辺受験生だった増田からアドバイスだが、

学費に余裕があるようだったら英語超長文とリスニングに絞ってICU慶応SFCを目指してみるのはどうだろう。

理系志望らしいから数3はきちんとやっておかないと後悔しそうだが)。

ちなみに現役の時はICU受験模試受験勉強ほぼ手付かずの状態で1位をとったが、本番ではICU入試には落ちた。

ただ、某中堅大学仮面浪人して翌年にはICUに受かっているので、とにかく保険にはなるとは思う。

英語で点が取れるようなら数学理科国語社会勉強していけばいい。

まずは少しずつでも勉強するペースを取り戻せ。

2020-07-27

41歳の私・毒親への感情

41歳の私は、現在実の親と絶縁状態である

理由は親による虐待兄弟びいきだ。

私には血の繋がった弟が二人いるが、こちらとも絶縁している。

親の仕打ちを少しだけ具体的に書くと

教育格差

私に対し親は「公立学校以外駄目」と言い、指定した高校大学受験させられた。

当然浪人も不可。しかも「文学部は食えないかダメ」と学部指定

一方で弟は高校から私立

その弟は付属大学に進学したが『遠いから』という理由仮面浪人

なのに結局『一人暮らししたい』と遠い大学へ。

仮面浪人費用一人暮らしお金等々、親はすべて支払った。

しかも進んだ学部は「文学部」。

さら大学院に進学(文系私立の)し、すべて親がお金を出す。

●親に反対意見を出すと殴る蹴るの暴行

私だけ親に暴力を振るわれていた。

弟が窃盗事件を起こした時でさえ親は「駄目だからね」と口頭注意のみで終了。

「なぜ私だけ殴るの?」と聞くと親は

「弟を殴ると倍になって返ってくるから怖い。女のあんたは二人がかりで殴れば言うこと聞くし」

とのこと

●私には「耐えろ」、弟には「可哀相」

小学生の時ブラスバンドに入ったけど、担当教師はいわゆるスパルタ

夏場に炎天下練習をさせ、倒れる子が続出。

また小突いたり罵ったりとパワハラオンパレードでやめる子が続出。

私も「やめたい」と親に言ったけど、親は「やめたら家に入れない」と私を叱り飛ばした。

(ちなみにその担当教師は他の親の訴えで担当を降ろされ、のちに処分も受けています

一方、弟はサッカー部に入り、高いスパイクやウエアを購入したけど二か月で退部。

親は「運動部は可哀相だな」とあっさり退部届に判を押した。

●都合が悪くなると「あなた女の子。弟は男の子から仕方ない」という

上記の差について私が「不公平だ」と訴えると

「弟は男だから優遇するのは仕方ない」という親。

その反面、私が部活などで帰りが遅くなっても迎えに来てくれることはなかった。

急に雨に降られて私が「駅まで迎えに来て」と電話した時

親は「知らない。ずぶぬれで帰ってこい」と冷たく言うだけ。

なのに弟のことは毎日迎えに行っていた。

親が仕事で行けない時は「あんた、迎えに行って」と私に言う。

私が断ると「かわいいちゃんが誰かに襲われたら困る。弟ちゃんが雨に濡れたら可哀相でしょ」とのたまった。

「私が襲われてもいいのか」と聞くと「あんたは自分でなんとかしな。ブタみたいだから大丈夫、襲う人いない」と笑った。

まだありますが、このくらいで分かっていただけると嬉しいです。

こんなことがあり、社会人になってから絶縁し、一切会っていませんでした。

絶縁する際、私の親は「あんたなんてもう娘じゃない」と言ったので、こちらも安心して(?)絶縁していました。

ところが先日親が入院したと親戚から連絡がありました。

上気のことを伝え「絶縁してるから会わない」と言ったら

「もう許してやれ」と返ってきました。

許すなんてとんでもない。

私は一時、命を絶とうとしたことがあります

暴力を受けて転んでしまたことがあり、そこがケロイドになって残っています

「許す」なんて考えられない。

命を絶とうと思った時踏みとどまったのは

あんな親のことをいつか見返してやる」「いつか(合法的方法で)仕返ししてやる」と思ったから。

親を怨む気持ちがあったから生きてこられたし、

今でも心の中で

「ほら、あんたたちにブタと罵られて私はこんなにちゃんとした大人になった。納税も勤労もしてる」

とほくそ笑んでいる。

毒親のことはたびたびいろんなところで相談した。

精神化に通っていたこともある。

いのちの電話」やお坊さんや各種の相談員に悩みを打ち明けたこともある。

相談を受けた人は100パーセント「親を許せ」と言った。

親身になって相談に乗ってくれているのは分かるし、そう答えるのがセオリーなんだろうけど

私は彼らの回答を飲み込めない。

なんとか生きていたらいい人に巡り会い、家族に恵まれた。

伴侶の親もいい人で、私は彼らを本当の親だと思っている。

でも、それはそれ、これはこれ。

多分、親を怨む気持ちがなくなったらあっさり命を手放すと思う。

親を怨む気持ちが、私の生きるパワーになっている。

今願うのは一刻も早く親が死んでくれること。

遺産(多分ほとんどない)放棄して完全に縁を切りたい。

弟とも話したくない。

何故血縁があると戸籍上のつながりを消せないのか。

あんな人たちと血が繋がっていることが嫌なので、一刻も早くこの世から消えて欲しい。

こうして文字に起こしたらかなりすっきりした。

これから毒親を恨み続け、心の中で踏みつけて元気に過ごしていこうと思う。

2020-07-05

仮面から就職

変にプライドけが高かったので、

マーチでは納得いかず、某国立大仮面浪人合格した。

あれから3年が過ぎ、就職浪人ジョブチェンジしそうになっている。

なぜか、マーチ時代の友人とは何人も繋がっているが、みんな大企業に勤めていて楽しそうだ。

からもろくな事がないな、あんたの選択とののしられた。言いたくもなるだろうが、辛い。

2020-06-05

特進科という悪夢

自分が住んでたところは地方県庁所在地ではなくマクドナルドすら存在しない田舎だった。

そんな所でも中学までは友達がそれなりにいたので楽しかった。

当時自分はそれなりに勉強が出来たので地元私立進学校学費免除合格してしまった。

ガラにも無く東大とか京大を目指そうと漠然と考えていた。

しかし、高校入学から自分性格が180度変わってしまう。

まず、周りの人間に馴染むことが出来なかった。

クラスメイト医者とか市議会議員の子どもが多く

母子家庭である私は会話レベルに全くついていけなかった。

最初は色んな人と話したものの私がつまらない人間だということがバレて次第に孤立するようになった。

次に母親統合失調症になった。

中学の頃までは母はパートに出かけたりパチンコをしたりして楽しそうに過ごしていた。

しかし、私が高校生になってから母は事あるごとに「〇〇さんが私を殺そうとしている」「元旦那が私を裁判で訴えようとしている」など言うようになったのである

それで私に対して「あんたは楽をしてる、お母さんが子どもの頃は…」「あんたを生まなければ私は自由だったのに」と言われるようになった。

家にも学校にも居場所がない私は次第に精神病み高校カウンセリングルームに通うようになった。

それから担任いじめられるようになった。

両親揃って社会的地位のある職に就いている家庭の生徒が大多数のクラス問題のある家庭の生徒は今思えば面倒を見たくないと思うのは自然だと思う。

しかクラスから孤立してるのもそれを拍車をかけたと思う。

記憶に残ってる例を言うと、

運動会当日に熱が38度出て体力が無かったのに高校に来るよう強制され登校したものの頭が痛く、教室椅子から動けず「本当に気分が悪いんです」と訴えても「じゃあ帰れば?」と言われたり、

高3のセンター試験後に受ける二次試験はどこを受験するかで教卓の前に呼び出され当時目指していた大学名を言うと「お前が受かるわけがない!」とクラスメイトの前で怒鳴られ公開処刑されたり、

その後担任に受けろと言われた地元大学合格報告をしても合格実績に載せてもらえなかったりした。

そしてあの高校卒業大学入学してしばらくした頃

どうして私のことをひどくいじめた奴が受けろと言われた大学に通わなければならないのか疑問を持つようになり

頑張って都会の大学に行きたいという気持ちが出てきたため仮面浪人をすることにした。

母親から受験費用自分で稼ぐように言われコンビニバイトをしながら受験勉強を頑張った。

大学の授業は出席強制であり、その上バイトもやるため限られた時間の中でだったが受験勉強高校の時よりも集中できたと思う。

その結果、第一志望は落ちてしまったものの第二志望に合格することが出来、4年間大学生活を思いっきり楽しむことが出来た。

社会人になりしばらく経ち、振り返ると当時の私は母親はともかくクラスメイト担任は確かに扱いをひどくするだろう。

担任行為は行き過ぎたものだが、育ちの違いを勝手に卑屈に感じてる人間に対して良い扱いをする必要はない。

それに当時の私は全く優等生ではなくむしろ体調不良(おそらく精神的なもの)で1週間とか2週間とか休むことが多かったので鼻つまみものだったろう。

ちなみに母親と離れて暮らすようになってから関係は良好である

人生って本当に自分に行動する力がないと自分を変えられないと思った。

でも当時の私はよく頑張ったと思う。お疲れ様高校生の私。

2020-02-24

学歴コンプレックス

私は学歴コンプレックスだ。

大卒国家資格持ち。他の人から見たら立派なお仕事ですね、とか言われる。

でも私は学歴コンプレックスだ。

卒業した大学Fランで志望大ではない。

資格のために仕方なくといったところだ。

もちろん行かせてくれた両親には本当に感謝している。感謝してもしきれないくらいに。

高校なんちゃって進学校だった。偏差値は60くらい。

なんちゃって進学校だったのもあり、中途半端クズみたいなプライドがあるのだろう。

しか根暗だったか勉強ばっかりしていた。ここも変なプライドが出来上がった要因かもしれない。

大学生の頃から仮面浪人をして受け直したいとずっと考えていた。

でもそれも出来なかった。勇気が出なかった。家庭の事情もあり体力も気力も削り取られていた。

ずっとモヤモヤしていたまま卒業した。

働いている時は多忙だった事もあり余計な事は考えずに済んだ。

この学歴コンプレックスという醜い感情が再び湧き上がってきたのは今の彼氏と付き合ってからだ。

彼氏は有名私立大学卒業社会的に高い立場職業に就いている。

人柄も優しく欠点など見つからない様な人だ。

しかし醜い私は彼といるとモヤモヤしたようなイライラしてどうしようもない感情が湧き上がってくる。正に醜い感情だ。

自分自身がとても無価値で生きている意味などない様な最低最悪の人間に感じるのだ。

学歴さえあれば私はもっと良い人生を歩めたのではないのか?

もっと自分自身を愛せるのではないか

インターネット高学歴の人々を見て勝手嫉妬するような醜い自分などいないのではないか

学歴さえあれば、自分に足りないのは学歴なのだ

毎夜醜く汚い私が顔を出してしまう。

彼と出会わなければこんな事にはならなかったのだろうか。

勝手嫉妬してイライラしてストレスを抱える自分勝手な私が大嫌いだ。

本当に私は自分が大嫌いだ。

大して頭も良くないのに中途半端プライドを持ってる自分が一番許せない。

時折、本当に死ねばいいと思う。

何をしても満たされない。

大学を受け直し、念願の高学歴を手に入れたとしても本当に自分を愛せるのだろうか。

もし高学歴を手に入れたのに自分を愛せなかったら私はどうしたらいいんだろう。

それこそ本当に分からない。

しかし今は学歴コンプレックスが強く出ているだけで他にも自分の許せない部分は多くあるから次に憎むべき物はすぐに見つかるのだろう。

2020-01-25

大きくなりすぎたプライドと見栄に引き摺られて生きてるから仮面浪人しているし受験目前なのに何も勉強していないし、してこなかったくせにそれで眠れず、でもまだ勉強しないでこんなところにいる。

2019-09-20

また甘ったれの血が出ている。

職歴なし 2○歳 女」で検索する癖がやめられない。

鬱で休学中の医学生です。そろそろ復学の案内が来ると思うと憂鬱憂鬱で逃避が止められない。

元々鬱っぽい気質だし軽度の発達障害(これは今年判明した)持ちなのだけれど、医学部の閉鎖的な人間関係独自文化、生徒や教員自尊心の高さに勝手に当てられて何があったわけでも無いのにめちゃくちゃ病んだ。

他大を仮面浪人で辞めて医学部に来たので、そんな私を見て両親は「元の大学に復学してもいい」と言ってくれているが、何しろ時間のロスが長い。同級生たちは働きだしている歳で、たとえ元の大学に復学して卒業したとしても四捨五入すれば30の歳だ。

そこで職歴なし 2○歳 で検索する。そうすれば流石に厳しいだの何だの、辛辣意見が多く出てくる。

それを見て私は「やっぱりそうだよな、もうどうしようもないからとりあえず頑張って今の大学卒業しないと」と思って踏ん張る。

そうして今までごまかしてきたが、負のモチベーションで踏みとどまれば踏みとどまるほど、元々私が好んで行きたかった医学部という場所が私にとって辛い場所に塗り替えられていく。

あと5歳若ければな、辞めたんだけどな。

内容の薄い話ですみませんでした。まだ復学の案内は届いてないので、もう少しこんな感じだろうな、と思って踏ん張ります

2019-07-16

発達持ちは理系学部に進学すべきだが院進はやめておくべき

電気機械などの就職がいい学科オススメ

ここで絶対バイオを選んではいけない。建築土木コミュニケーションの力が強いので親が建築家の場合を除き選択肢から外す。

大手メーカー品質管理部門への就職を目指そう。

なぜ院進をしてはいけないか大学研究室村社会である事がほとんどで、大抵の発達持ちはすぐバレて人間関係で辛い思いをする事が多い。

そして研究面でもどうしたらいいかからずただ時間が過ぎていくパターンが多い。

勤勉な発達もいるだろうけれど、研究勉強と違って、一人では絶対に完結しないし自分を律する力が勉強よりめっちゃ必要

指導教員から「変な子」と言う烙印を押されるだけでとても居づらく大変になる。

就活しながら研究少ししてみて、無理そうだったら就職するという選択肢は悪くない。

でも大抵就活出遅れがちになるのであまりオススメではない。就活は早ければ早いほど決まりやすい。特に理系学部レベルでも「推薦だします!」って言えば内定もらえることが多い。(後推薦)

就活しつつ院進学も視野に入れるという方法は、大学受験で言うところの仮面浪人に近いものがある。自制心が強くないと、「あー就活ダルいし院進学でいいや」ってなってしまい、結局思い入れもないまま院へ、その後研究人間関係がしんどくなり不登校がちになる。

2019-05-14

学歴コンプレックス研究概観展望津田容子)

【関心テーマ意図

日本社会は表向き実力主義成果主義を掲げつつ、未だ学歴主義体質が根強いと言われている(渡辺,2006)。そのような社会の中で、大学学者割合が初めて5割を超え(文部科学省,2009)、数十年前と比較して高学歴化が進んでいる。全入時代までは至らないが、志望大学に拘らなければ受験生の9割超が大学に進学できる時代となった。今後は大卒肩書きのみでなく、大学知名度や質を重視する傾向が強まり受験競争さらに激化するとも考えられる。ここで問題となるのが、受験という競争に伴う敗者と勝者の存在である。彼らが過剰な挫折感や劣等感、あるいは優越感に囚われた場合学歴コンプレックスとして諸々の心理的社会的な問題を引き起こす。しかし現状は、定義自体曖昧であるため、研究者独自概念言葉で当問題が扱われている。そこで、今回は心理学分野での学歴コンプレックスに関する研究に注目し、考察と今後の展望を述べることとする。

【先行研究概観

学歴コンプレックスとは、不満足の原因を自己あるいは他者学歴に関連づけることで感じる、劣等感自尊心のこと(鷲田,1995)であり、学歴に対して劣等感を抱く場合学歴への誇大な自尊心を抱く場合の2層に分けられる。両層に共通する主な特徴は、以下の3点に集約される。第1に、自己の実力不足や失敗を過度に学歴帰属すること、第2に、自己だけでなく他者をも学歴評価すること、そして最後に、学歴ばかりに囚われ学業という本来目的を見失いかねないことである。これらの根底には、学歴が高いほど将来は報われると考える「学歴社会意識」(安藤,2007)や有名大学の進学のみに価値を見出す「学校主義」(野田,1996)といった学歴志向存在が窺える。層別に見ると、劣等感層では上述の志向に加え、入試時に第1志望に落ちて仕方なく所属大学に入った「不本意入学」(伊藤、1995)がコンプレックスの主要因となっている。そして、不本意から多浪仮面浪人、退学を繰り返す再受験症候群や、国公立大の進学者優遇する国公立大学至上主義下での私大学者なども本層に含まれる。一方、誇大な自尊心層では、学歴社会の勝者であるがゆえに、学歴に比例して自己過大評価する傾向がある。その裏には人柄や実力よりも学歴イメージが先行する、レッテルとしての学歴の影響が見られる。その他、学歴に見合った社会待遇でないと受け入れられない学歴保証希求や、就職時に多い高学歴者の挫折体験等の問題も挙げられている。これらの学歴コンプレックスに伴い、失敗感、挫折からくる無気力自尊心低下、不本意感に由来する不適応抑うつ状態といった心理的問題に加え、充実感や生き甲斐の欠如、自我同一性拡散の深化など、生き方のものに関わる問題存在示唆されている。また、学歴志向や進学観が親子間で継承される(吉川,2005)ように、親子間でのコンプレックス継承家庭内学歴格差によるコンプレックスなど、個人のみでなく世代間に学歴問題が発展する可能性もある。

【先行研究臨床心理学的意義と展望

先行研究は、学歴コンプレックスを多側面から検討し、日本独自学歴観や学歴の持つ意味学歴認知思考に及ぼす影響について言及した点で、学歴問題の諸相と今後の研究可能性を提示した意義を有する。今後の展望としては、同じ状況下で不適応に陥る人とそうでない人との相違や学歴にまつわる不適応への対処法など、臨床実践に向けた研究を進めていく必要がある。

津田容子引用文献>

安藤聡一朗 (2007).学歴社会意識とスチューデントアパシーとの関係についての考察 学習院大学人文科学論集,16,137-165.

池上知子 (2004).「学歴社会」に対する意識大学自己同一視との関係 愛知教育大学研究報告(教育科学),53,79-86.

伊藤美奈子 (1995).不本意就学類型化の試みとその特徴についての検討 青年心理学研究,7,30-41.

吉川徹 (2005).7-106間移動を考える.日本教育社会学会大会発表要旨集録,(57),44-45.

文部科学省 (2009).平成21年度学校基本調査.2010/02/02情報取得

野田陽子 (1996).学歴観の構良智 (学生とその親の学歴観の分析をとおして― 淑徳大学研究紀要,30(II),87-113.

鷲田小弥太 (2005).コンプレックスに勝つ人、負ける人PHP研究所渡辺山.

渡辺良智(2006).学歴社会における学歴 青山学院女子短期大学紀要,60,87-106

引用元:東京大学大学院教育学研究科臨床心理学コース下山研究室 社会と臨床心理学―研究会活動から見えるその諸相―

2019-03-30

anond:20190330151450

既にあなたの倍ぐらい生きてしまった者です。

私も第一志望ではない大学に進学しました。

私の場合第一志望に合格できなかった不本意さは入学後1年間は消えませんでした。

私と同じように、第一志望に合格できなかったからここに来た、というような人は多かったし、仮面浪人して別の大学に行ってしまった人もいました。

不本意気持ちがなくなった理由ですが

高校時代に出来なかったことが出来るようになり、日々の暮らしに慣れていく中で段々どうでもよくなってきたからではないかと思います。成り行き任せであまり積極的理由ではありません。

から振り返ると、不本意気持ちを持ち続けていた時間がとてももったいなかったと思いますいくら第一希望ではなかったとはいえ大学大学だし、高校浪人時代とは全く違った環境を実現していたのだから、高い学費の元を取るぐらいの気持ちを持てばよかったと思います

これはあなたにもなるべく早く気づいてほしいと思います

特にもったいなかったこととして、第一志望じゃないからうちの大学はたいしたことないという気持ちが強すぎたという面があります

私は自分のいた大学過小評価していました。そのことに気づいたのは卒業後、何年も経ってからでした。

過大評価するのも考えものですが、自分の今通っている大学過小評価することは、いろんな意味自分活動の幅、生きる可能性を狭めてしまます

結局月並み意見ですが、新しい大学のなるべくいいところ、今まで出来なかったけど今なら出来ることを見つけていくといいんじゃないかと思います

きっといいことがあるのでがんばってください。

anond:20190330151450

はいはい、現役時代京大受けて落ちて、一浪してセンター試験で失敗して、足切り怖さで志望先を変えた俺がコメントするわ。

まず、大学ってのは入ることよりも、そこで何を学んでどう自分ビルドアップするかの方が余程大事京大を引き摺ってこの先低迷する位なら、これから学業なり、他に学ぶことなりに集中すべきだよ。

ただし。東大京大ってのは、やはり内部でもある意味特別扱いというか、同族意識というか……が強いところ。その中に入ると、まあ何かしらか安心感はあるよな。東大出身者で言うと、たとえば某大臣自分付きの新聞記者に、

「君、何期?」

って訊いていた、という有名な話がある。この大臣は、自分が出た東大法学部以外は大学じゃない、位に思っていて、そんな自分に付く記者東大法学部でない筈がない、という前提でこう訊いていたらしい。

この話を聞いて、へートーダイってなあすごいところですなー、位に思っていたのだけど、あるとき、俺が一緒に仕事していた京大出身の某研究者二名が、

「○○さんって京大××(学部学科)らしいですよ」

「へー、何期や?」

とか話しているのを聞いて仰天したことがあった。この二人はそういうことに全く頓着しない感じだったんだけど、やはり同族意識というかね……そういうものがあるらしいですよ。

から、その中に入りたいという思いが強いなら、仮面浪人してみる選択もあるかもしれないわな。ただ、これにやたらにこだわる東大京大出身者って、俺が知る限りたいがい無能な連中だったけどさ。

2019-03-04

姪を嗜めてくれと言われたので説教した

この春から大学入学する姪が、「大学に入ったらお化粧しておしゃれする」「友達とたくさん遊びたい」などと浮足立っており、祖母である俺の母から嗜めてくれと言われたので、以下のメールを送った。

「この4月から大学入学だね。おめでとう。わくわくしているところに悪いけど、現実を伝えるよう、君のおばあちゃんからお願いされたのでメールを送ります

僕には君の未来が見えます風俗に堕ち、シングルマザーになり子殺し懲役をくらい、出所後は中年とは思えないほど老け込み、体も売れずラブホ住み込み掃除婦としてなんとか食いつなぐも、過去犯罪がバレるたびに追い出され、北へ北へと点々と居場所を変え、やがて冷たい雪の降る夜、公園トイレの隣のベンチで汚物にまみれて凍死する。新聞の片隅にも載らないその死骸の老婆が、あなたです。

なぜこんな未来なのか。あなた実家は太いですか?遊んで暮らせますか?違いますよね。そうです。4年後には、あなた徒手空拳残酷極まる世の中に出なければならない。

その点では、この未来あなた責任ではない。生まれの不幸が大きいでしょう。しかし誰も救いはしない。あなたあなたが救わなければならない。

4年後、社会に出てどう生きるのか、その戦略はありますか?それがなければ、卒業後ほどなく、その後の人生を不幸のどん底で常に死を願いながら生きることになる。

それが嫌ならば戦略を練ろう。すでに「内外の一流大学か、一流学部医学理工学部)」は失敗しています。なので私から提案できるのは以下の4つ。

1)大きな会社に入って40代までに独立できるよう資産と人脈を作る

2)太い家柄の相手結婚する

3)太い学歴を作れる大学編入できるよう受験勉強を始める(仮面浪人

4)40代独立を目指し、就職できるよう学生のうちに士業の資格を取るため勉強する

僕はバカからこんな提案しかできない。もっと良い戦略を立てられればそちらを実行するのが良い。

あなた資産があれば、実家が太ければ、太い相手と繋がっていれば、時間をカネで買えます。買えないあなたは、就職したら詰みです。勉強時間はなくなり、社畜に堕ち、風俗堕ちしなかったとしても、いいところDV男に人生収奪されて終わりでしょう。

から戦略をもった勉強です。結果を出すための努力です。遊んでいる暇など無い。あなた青春はない。青春とは、太い親のカネで買うものです。

化粧は武装です。華やかさは男に貢がせるための飾りです。あなたが楽しくなってどうするんですか?

この社会は、どんどん残酷になっている。収奪できる人間のみが、人間らしく生き残れるようになっている。あなたはそれに適用し、収奪する側、勝ち組に入って初めて、人間らしいワクワクとした人生を送れるのです。

頑張ってください。あなた未来に幸がありますように」

2019-03-03

あれ、俺大学出たっけ?

たまに分からなくなる

意識朦朧としてるときとか、夢見てるときとか

今朝もそうだった

 

実際には大学院を出ている

でも、まだ仮面浪人をしていた頃のような気がする

3月」と考えて冷や汗が出る

あれ、何で二次試験受けてないんだ?って

夢の中ですげー焦って

起きてからちょっと焦ってる

大学出たっけ?大学院修了したっけ?と記憶をあさる

 

まあなんというか

それほどまでにあの時期は希薄だったんだ

地続きな感じがしない

 

もちろん今はもっと希薄

数年したら、何故今自分が今のような状況にいるのか思い出せないかもしれない

全てが薄い霧の中、何かに追われるようにひた走る感じだ

2019-02-23

医学部中退した

医学部中退した。というかさせられる事になった。理由は何しろ頭が悪いからである自分でもなんでこれっぽっちの量のものが覚えられないんだ?と思うけど覚えられなかった。

一般試験合格して入ったわけだけれど物理選択だったこともあり暗記事項はほぼ通らずに来たのでもしかしたら自分は病的に暗記が出来ないんじゃなかろうか、そもそも。(だけど好きなアニメゲームについては良く覚えていられるのに。何故。)

理工系から仮面浪人医学部入ったから、

医学部入学試験受ける(もしそれに受かったところでまた同じ事になる可能性は否めない)

・元の大学の復学試験受ける(もしそれに受かったところで就職できるのか?)

高卒になる(親に医学部時代学費を完済するだけで人生終わる)

という三つの道がある。医療人を目指すための高い志なんてものがあったわけではなく、単に時間には困れど金にはさほど困らない暮らしがしたかっただけなのに逆に詰んでしまった。

そんな甘ったれた考え方だからいけなかったのかな〜

自分なりに必死に机にかじりついたみても覚えられなかったのは適性がないからなんじゃないかとも思っている。

うーん、人生詰んだなあ

2019-01-04

大学 3年次編入試験の思い出

anond:20190102063518

anond:20190102174908

anond:20190103131014

高校時代

同じく地方出身者はなんとなくわかると思うんだが、高校は「地元では自慢できる」レベルのとこに通っていた。

県下一、というわけでもないけど、地元で一目置かれるようなそんなところ。東大学者を毎年1名出したり出さなかったりするような。

自分はというと文化系運動系狭間みたいな部活にがっつりのめり込みつつ、子供の頃から親の影響で続けていたとある楽器寺社仏閣が好きな、自他ともに認める「変わった子」であった。学力でいえば中学までは特に勉強しなくてもまあまあいい成績が取れる、中途半端に器用な子だった。

親は勉強については大してうるさくなかったが(むしろ楽器練習をしない方が厳しく怒られたし、数学10/100点をマークしようが音楽の成績が満点じゃない方が嫌な顔をされた)、お金には厳しく、「大学は国公立しかさない」と宣言されており、真に受けた私は私立すべり止めも一切受けなかった。だが高校3年間を部活に捧げた、数学テストで毎回赤点叩き出すような人間にそのルートは厳しかった。見事に滑りおち、進学先を失った。進学校に通っておきながらこの体たらく

これから1年浪人するしかない、と思ってふさぎ込んでいたが、そこで偶然にも某専門学校の「大学編入コース」なるものを知る。専門に2年通った後、大学へ3年次編入するというコースだ。ははぁ、よくできてるなあ、と思いながらも学校担任と両親に相談し、その専門学校へ進むこととなった。

専門に入る

正直入試はあってないようなものなので割愛する。学力レベルからペーパーテスト免除され、英語面接だけだった。まあまあ緊張したが絶対かると半ば解っていたので強気でいった。ちなみに高校時代苦手にしていた教科は数学英語だ。瞬間的な暗記力となんとなくで世界史及び国語高得点を叩き出す完全なる文系である。妙にコアな知識を植え付けてくれたラノベ推理小説たちとヘタリアには今も感謝してる。日本史文化史だけ異様にできた。

学校生活

身バレが怖いので色々伏せるが、駅チカでこぎれいなビルキャンパスだった。キャンパスと言っていいのか?

専門学校内での大きな学科のくくりとしては「英語学科」に属することになり、その中で「英語を使った仕事に就きたい人のコース翻訳通訳など)」と「海外大学に行きたい人のコース」、あと「大学編入したい人のコース」に分かれる。

なんで大学編入英語学科に属するかというと、ほとんどの大学編入試験の科目が「英語」「小論文」「面接」のみだからである。(学科によっては専門科目の試験がある場合もある)

授業は9割は英語の授業だった。ネイティブ講師日本人講師もいたが、とにかく英語リーディングリスニングライティングスピーキングの授業がそれぞれあり、それ以外に大学編入のための英語試験対策授業がある。少人数にこだわってて、基本の4つの授業はそれぞれTOEIC学内試験の結果から5段階にレベル分けされていた。私は入学時のペーパーテスト免除しか学費も一部免除特待生扱いで入学したので、「は~やっぱこの程度か専門」とか思っていたが、最初TOEICテストで300点台叩き出して5レベルあるクラスの下から2番目に入れられる。「出身校」の学力が高かっただけで「私」の学力はクソだった。ただ真面目に授業を受けていればクラスはすぐに上にあがり、最後は一番上のクラス所属していた。この基本の4つの授業は大学編入以外のコースの人もいた。

残りの1割は資格の授業(英検、ワー検、秘書検、漢検など好きなもの選択できる)の他、第二外国語小論文対策PC(というかOffice)など……まあ大学1年生の一般教養と似たような感じだろうか。選択教養の授業もあったが種類は2,3種類しかない。しかも大して面白くない。

大学1年生と違うのは、自分で授業を選ぶ幅がとても狭いところ。というのも学年によってどの授業を受けるか、カリキュラムが既に綿密に組まれており、「朝ゆっくりしたいから1コマくそ~」というのは全くできない。選択授業も「とってもとらなくてもいいよ」ではなく「この中からどれか選べ」という選択。なので学期はじめにコース人間全員集められてHRみたいなことをして、時間割を配られたりしていた。

学生

上記の通り様々なコース人間が入り混じって授業を受けていたので、通っている人は本当にいろんな人がいた。アンタこんなしょぼい専門いていいの!?っていうような頭のいい人から、クソほど簡単テストを「難しくてヤバかった~」という人まで、本当に様々。Lv.2→Lv.5まで駆け上がるといろんな人と話した。超絶パリピ野郎もいたし、内気で根暗で今にも引きこもりになりそうな人もいた。

同じ大学編入を目指すコースの中だと、まあまあ頭いいけど大学入試では一歩及ばなかった、みたいな人がほとんど。大体がプライド高くてそれを一度へし折られてしまった人、という印象。(私もだけどさ)すべり止め私大に受かってたけど行きたくなくてこっちを選んだ、という人もいるにはいた。あとは行ってた大学が嫌になってやめて再チャレンジしたいとか……。比較的頭のいい人は多かったけど、それでもやっぱ学力でいうと「まあまあできる」か「いまいちできない」のどちらかだった気がする。コース内で一緒に行動していた友達は国公立に受かっていった人から最後最後どうにか推薦で滑り込めた人までいた。

コース人間の数は結構多かった。高校の一クラスくらい……?もっと少ないと思って入学したので意外だった。やっぱり学力レベルでつるむグループが分かれる。男女比は男子の方が圧倒的に多かった。3分の2くらい。でも学年全体で見ると女子の方が多かった気がする。

あと意外といろんな地方から集まってた。やっぱり学校周辺の人が多いのだけど、隣県や新幹線帰省するくらい離れている土地から来る人もいた。私はかろうじて同じ県ではあるが学校までは通学に2時間かけていて、隣県出身学校近くに一人暮らししている友達がうらやましかった。

学費

高い。私大に2年行くとのかわらん。でも高校時代まあまあ成績取れてたら学費免除簡単に取れる。(模試の点数とかセンターの点数を基準学費免除とかしてくれる学校もあると聞く)

本来公立しか行かせてくれなかったはずの両親があっさり行かせてくれたので、絶対学費無駄にすまいと2年間は真面目に必死に授業や資格取得に打ち込んだ。その後まあまあ就活に有利そうな資格とかちょいちょい取れたので、短大とか他の私大行って仮面浪人するよかよかったなあ、と思った。けどその辺って結局当人努力次第なので、学校の授業の時間を使って資格取得や受験対策に打ち込める環境お金払ったと思っている。払ってくれたのは親だが。でも無利子の奨学金も2年次から勝ち取って少し貢献できた。と思いたい。今返済しんどいけど。

編入試験を受ける

編入試験

1年間みっちり英語を叩き込まれたあと、2年生からいよいよ編入試験が始まる。

3年次編入試験は多くの大学がやっているが、大学によって受けられる条件は様々。私が行きたかった大学は他の4大からの受入のみで、専門卒は受け付けていなかったので諦めた。(でもそういう学校の方が少ない印象)

編入試験の日程は学校によってかなりばらつきがある。早いところだと6月くらいで、遅いところだと2月くらい?私は全部で3つ受けたが、ひとつ8月で、残りのふたつは12月だった。やっぱ秋~冬にかけてが多い。

面接練習なども授業でしながら、それぞれの試験日に向けて準備を重ねていく。8月試験を受けたところが第一志望にして最難関の大学だったが、ものの見事に落ちてしまい、泣きながらそのあと友人らとカラオケに行った思い出がある。編入試験受験科目が少ない分やりやすいと言われるが、その門はかなり狭く、私が受けたところも倍率は5~10倍くらい(だったと思う、もう記憶あいまい)最終的に編入浪人の道を選ぶ人もいる。専門→大学編入のいいところは浪人などの1年のロスを出さずに大学卒業できる所だが、結局編入試験の壁が高くて編入浪人したりレベルを落としてD~Fラン大学に入ったりと、メリットが活きないことも多い。でも努力してそれが実ればいい大学に入れるのも事実なので、そこは編入チャレンジする人次第なのかな……とも思う。専門入って遊んでしまった人たちは上位クラスの人でも結局ランクの低い私大に行った人が多く、しっかり努力し続けていた人は国公立偏差値高い私大に進んでいった。英検1級取得したり、TOEICマックススコア出した人もいる。

あとTOEICスコア試験免除がある学校とかあって、TOEICマジもっと気合入れてやればよかったな、と思った。試験免除にならなくても入学後の単位に換算してもらえたりした。

試験対策

英語はもうとにかく授業をガンガンうけてガンガン問題解くだけ。喋る・聞くは捨てて、ひたすら読むにステータスを振り続けていた。(書くは申し訳程度にやった)9時半から15時まで授業を受けた後、18時まで学校に残り友達と多少ぐだりながらも勉強(というか課題)、家に帰ってから英語の長文読解とひたすら向かい合う日々。

小論文は書き方の作法を徹底的に叩き込まれ、あとは個人文章センス知識量がモノをいう感じだった。国語世界史、そしてラノベから影響を受けた文化史系に強かった私には最高の科目だった。

編入試験過去問も一応あって、見せてもらうためにその大学に足を運んだこともある。(コピーはさせてもらえないので、目で見て出題傾向を把握するのが精一杯だが)あと学校過去問を回収して過去問集みたいなのを作っていたので、行きたい学校が人気校ならそんなことしなくてもコピーできたりした。英語試験はどの学校も長文読解系が多く、TOEICをそこそこにして英検受けまくっていた自分にはありがたかった。

面接指導就活とほぼ一緒、だと思う。なんでこの大学に行きたいのかをはっきりさせろ!と言われ続け、「御校に在籍の〇〇先生研究室で●●について研究したいです!!理由としては!!」みたいな答えをガチガチに固めていった。これはのちの就活に活きたと思う。

試験

どの大学小論文は楽勝だった。8月に受けたところは英語で予想外の作文が出て動揺し、読解問題では時間が足らず、涙を呑んで不合格覚悟した。翌日即結果発表だったが、当然私の受験番号はなかった。

第二志望の大学の前に第三志望の国公立を受けにいったが、家から遠く深夜バスでの移動となった。しかバスからまた電車で移動するが乗換をミス試験遅刻。席に着くために荷物通路に置いたら試験管に怒られ、萎縮しながら受験したが英語は予想できたレベルでむしろしかった。1週間後には結果が開示され、無事合格

そして満を持しての第二志望。同じ学校から他にも2名受けることになっており、一緒に移動。英語試験はやや苦戦した覚えがあるが、それよりも面接がしんどかった。大学に、特にその学校に入りたい理由を述べ(行きたい研究室があるでゴリ押しした)、なぜそれに興味を抱くに至ったかなどを話したが、とにかく緊張して噛みまくり面接官に不審な顔をされ落ちたと悟った。しかしその試験当日、夜から私の受験期を中学から支えてくれた某バンドライブがあり、普通に間に合わなさそうだったので走って会場を後にした。ライブギリギリ間に合った。そして入試も無事にパスできていた。

大学編入

進学先が二つ用意されたわけだが、もちろん第二志望を選択。一応国立大なのと、高校時代から学びたいと思っていた専攻があったのが決め手だった。思う存分研究に打ち込めたと思う。嘘。2年では足りない。もっとやりたかった。でも取りたかった単位や聞きたかった講義はほぼコンプできた。

上記でも少し触れたが、入学時に専門学校の授業の単位大学単位へ変換してもらえるため、本来4年で取る卒業単位を2年間で全部とれ、ということにはならなかった。特に私は人文学系だったので、変換がスムーズにいったというのがある。法律経済系の学科は専門科目の変換が難しく、卒業単位を取れなくて留年した人が多かった。(と後に聞いた)

1年大学ライフ満喫したのちすぐ就活なのはきつかったが、興味のあったサークルにも在籍し2年間最初から最後まで活動できた。でもいくら単位変換してもらったとはいえ他の3年生に比べると圧倒的に単位は足りてない(その上私は卒業単位にならない資格系の講義も取っていた)ので、ほぼ毎日1~4コマ、そのあとサークルバイト!みたいな生活をしていたし、就活の時期は本当にしんどかった。英語資格TOEICスコア700前後英検準1級)と進級のために取らざるを得なかった数々の英語以外の資格、そしてあの日面接対策小論文対策が活きたのだろう……と思うと私はこのルートをたどってきてよかった。他の短大や4大出身編入生は就活で軒並み苦労していた。でも専門より大学の方が圧倒的に楽しかったです。普通に1年生から大学入りたかった。

大学編入後で一番しんどかったのは、3年生でありながら1年生に交じって体育やらされたことかなあ。


色々書いたけどあくま文系の話です。理系編入もっと大変と聞くし、そもそも専門→理系学部編入というルートが恐らくない。

東大京大に比べたら底辺もいいとこだけど、こういう抜け道もあるよっていう話をしたくて。でも根っから文系だった私だからこそうまくいった裏ルートみたいな感じではあるんだけどさ……。うまくいかなくってせっかく編入した大学やめて引きこもりになってしまった知り合いもいるし、正直この専門→大学編入というルートを誰にでもお勧めできるかというとそうでもないけれど。

あと社会人なってから編入大学入って、教員免許だけ取って中退した編入生の知り合いもいる。社会人なってから大学で学びたいという人で4年は長いという人にもいいんじゃないかな。あと大学とりあえず入ったけどつまんなくて他の学科行きたいとか他の環境行きたいって人。

私は本当は大学院に進みたかったのだけど、やっぱり学費関係で諦めて就職した。研究してた分野とも全然違う仕事をしているけれど、趣味としてまだその分野についての情報収集勉強は続けている。なお英語をかなり使う仕事だし専門時代に取った資格もそれなりに活かせてはいるので業務内容には満足している。

いよいよセンターが近づいてきて、不安受験生たくさんいると思うけど、どうかここだけが人生の決め手とは思わずに気楽に頑張ってほしい。案外人生どうにかなることの方が多い。

2018-11-25

anond:20181125114008

小学校で躓いたやつにどうするかなんですか?

仮面浪人だろうが大学入学とき一年遅れるののを許容するなら、小学校一年遅れたか人生真っ暗だなんてのは成り立たないが。

あと、わからないものにわからないものを積み重ねていったって無意味時間を過ごすだけだしな。

それなら、これヤバイって段階で留年させてきちんと指導し直したほうがいい。

小学校で躓いた学生を産んだことの責任小学校に取らさせたくないというだけの言い逃れにすぎんと思うね。

最も、だいぶ躓いてるやつの復旧は何に躓いているかをしっかり見ないとならないから、手間がかかるがね。人手をふやさんとならんとは思う。

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