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はてなキーワード: ネグレクトとは

2020-05-25

鬱病の妹が夫の両親にキチガイ行動を繰り返していて困っている

ある日、妹は、夫の両親に電話をかけ、あんたんとこの息子が育児放棄してるよ。と言い放った。

かにうちはワンオペ育児であるが、これは妊娠から決めていたことだった。勤務医の夫は時給100円代になるほどずっと多忙を極めているからだ。

妹は、お姉ちゃんいじめられてるとでも思ってるのか夫の実家に鬼電。電話に出ないとなるや、鬼LINE育児放棄ネグレクトDV、思いつく限りの強い言葉で夫の両親に報告し、本人は満足そうにしている。

妹はうつ病からこんなことされても怒るに怒れない。とにかくやめてくれ、本気で迷惑だと訴えても、DVされて言えないお姉ちゃんの代わりに私が正義執行者になるといった感じ。うざい。

夫の両親には、妹は精神障害があっておかしな行動をしてしまったと言い訳して謝った。電話ラインも着拒してくださいとお願いした。なんで私こんなことしてんだろって思うよね。赤ん坊は一人で十分なんだよ。正義マン野何があれかって、自分気持ちよくなるために人の境遇利用してるからだよね。

2020-05-07

虐待を受けてる子。どうすればいい?

東京住まいで、虐待を受けている子とネットで繋がっています

年齢は15才以下。家族構成は、不倫ばかりする母親、家庭から逃げている父、兄弟は上から兄、姉。兄は彼女持ちで、家を出ています

の子母親ネグレクト身体虐待され、母親不倫相手レイプされています

母親は何度も家にその子の「妹」や「弟」を連れてきます

の子は何度も「妹」「弟」ネットで知り合った虐待を受けてる子たちを守ろうとして、失敗すると自分のせいだと自分を責めます

警察児相シェルターNPOへの相談を勧めても頑なに聞きません。

兄や兄の彼女が一緒に逃げようと言いますが、彼女は「その人達も母と同じだ」と拒絶しま

どうすれば説得できますか?助けられますか?母の不倫相手は他にもレイプしているみたいで、できれば刑務所ぶち込みたい。

同じような家族を知ってる方、もしかしたらと思ったら強制的警察児相を介入させてください

追記

ありがとう

でもボイスレコーダーを買ってやるとか保証人になってやるとか言っても、その子名前も住所もわからないよ。ネットだけの付き合いだし。

名前や住所がわかったらとっくに通報してる。

の子誕生日5月4日

2020-05-01

6歳年上の姉がいる

小さい頃から座っているだけで姉から怒られたり暴言吐かれることが多かった

そんな姉は母からなぜか一目置かれていたか

私も無条件に姉は常に正い込んでいた

姉が家にいるといつも不機嫌な顔をしていつ怒って来るかも予測がつかなくて憂鬱だった

6歳も年上だからから見れば大人のようだ

そんな人から暴言吐かれるのは恐怖でしかなかった

怒られるたびに「私は悪い人間なんだ」と縮こまって行った

あれから成長して、姉は社会人になり様子が妙になっていった

今思えば彼女鬱病を患っていたんだと思う

日中寝てばかり、起きて来ても不機嫌な顔で一日中椅子に座っているだけ

母が何か問いかけてもまともな返事が返って来ない

そのうち会社トラブルばかり起こしている事が発覚

普通平身低頭で謝るべきだろうに、母も姉を正当化して逆切れしている

そのうち姉は見合い結婚した

嫁ぎ先でまたトラブルばかり起こしているようで、お義母さんから苦情の電話が入ったほどだ

出産してもネグレクト家事育児もしていないようだ

こんなに問題が山積みなのに母も姉も言う事は「相手が悪い」

その頃から段々と「姉は正しい、私は悪い」と言う潜在意識にすりこまれた何かが崩壊していった

うちの母も姉もなんか変じゃないの

小さい頃から姉が暴言吐いてきた時にいったい何に怒っているのか理解できたことがない

就職しても嫁いでもその訳のわからない性格を発揮していると知って疑問で仕方がなかった

どうして恥ずかしげもなく嫌われるような事を繰り返せるんだろう?

トラブル起こせば改めればいいだけなのに、一向に改める気配もなく次々ともめ事を起こしている

もしかして姉は自分の考え方がずれている事を自覚できてないのだろうか

アスペルガーと言う言葉が頭をよぎった

うちは機能不全家族だったかもしれない

なんとなくそう思い始めた

2020-04-30

anond:20200430101928

カップ麺で飯を済ませる層よりパスタ作る方がマシと考える層が多いってのもありそう

休校の子供の昼飯にカップ麺ってのはネグレクト家庭みを感じるが

パスタなら普通だし

2020-04-29

底辺女がコロナでそろそろしぬ日記

金がない。職場自粛で休業になった。職業キャバ嬢。休業補償なんてないし、国から支援も受けられない。

頼れる家族もいない。生まれときから上手くいかない人生で、それでもそれなりに生きて三十路まできたが、今回ばかりはそろそろ終わりかもしれない。

まれてすぐ、親には育児放棄された。どういう流れか知らんが、父方の祖母に育てられていた気がする。

小学校高学年の頃に両親が離婚した。母親に引き取られたが、今でいうネグレクトみたいなやつで、家にいられなかった。

私は適当駐車場の隅で寝たり、同じように放置されてる子の家で寝かせてもらったりしていた。

食事ももらえなかったり、給食費もらえなかったり色々あったから、そのうち学校も行かなくなった。

中学に入ってもあんまり変わらないというか、むしろ私が反抗期に入って余計荒れて、状況はひどくなった。

ある日、母方の祖母がやってきて、私を引き取った。お気に入りぬいぐるみ一個だけ持っておばあちゃん家に行った。

おばあちゃん家に行っても安寧はなかった。気難しい祖父と何かとぶつかり喧嘩ばっかりだった。

高校は行けなかった。不登校なりに勉強して、進学も希望していたが、親権を持つ母親が反対した。

お前は高校なんて行かなくていい、お前に回す金があるなら弟に使う、だそうだ。

祖父母も母親同調した。女が学歴なんか持たなくていい、と言われた。似たもの家族だなぁと思った。

この時までにすでに、親から「しね」「お前なんて産むんじゃなかった」などテンプレなこと言われたりなんだり、

他の大人にも問題児扱い、私自身も何かとごちゃごちゃ悩む性格だったので、死にたいモード真っ盛りだった。

それでも、死ぬ勇気なんてなくて、とりあえずアルバイトした。働いて金さえあればなんとかなる、と思ってた。

だけどそうそう上手くいかなくて、職場人間関係はいつも最悪。幼稚な人格他人への不信感マックスが相まって、仕事もへたくそ

年上のお姉さま方には嫌われ、いつも孤立男性陣には、無関心を貫かれるか、変態に好かれるか。痴漢靴下売ってくれ、ストーカー、いろいろ体験した。

中でも一番の衝撃だったのは、ある職場上司に、個室に連れ込まれ、手コキを強要されたこと。

子供だった私はオナニーとか射精とかよく知らなくて、言われたままに勃起したチンコをただシコシコした。なんとなく気持ち悪さは感じた。

気づいたら上司は他店舗に移動になっていた。私も仕事辞めた。

ある職場では、壮絶なパワハラに遭った。特に毎日人格否定と、休日にかかってくる上司からの6時間以上の長電話がつらかった。

もともと病んでたが、これが追い打ちになって、鬱状態になった。

そんなときに、旦那となる彼に出会った。彼は私の現状を知って、助けるって言って結婚した。

私の本音は、「この人はダメ」だった。彼のふるまいを見ててなんか引っかかるものがあった。それでも流されて結婚した。抵抗する元気なんてなかった。

元旦那モラハラ男だった。たまに暴力も振るった。家から出るなと言われ、専業主婦とは名ばかりの軟禁生活が始まった。

生きるのに疲れてたから、それでもいいと思った。旦那のことだけ気にしてればいいし、言うこと聞いてれば怖いことはない。このまま旦那そばで年老いて、死ぬんだと思った。

癌にもなった。相変わらず精神も病んでたが、なんとか生きてた。死にたかったけど死ねなかった。

29歳のとき、そんな生活が急に怖くなった。

旦那が死んだらどうやって生きていけばいい?

職歴もなく、資格もなく、自分お金もない自分が、どうやって生きていけばいい?

なんかハッとして、このままじゃいけないと思って、旦那に働きたいとせがんだ。当然、却下された。

それから何度も何度も頼んだ。激しい喧嘩もした。徐々に旦那の束縛が嫌になっていって、離婚を考えるようになった。

結局、離婚した。離婚して1年以上経つが、たまに考える。もっと上手くやる方法はあったんじゃないか?って。

でも、旦那絶対に変わる気はなかったし、私も目が覚めてしまった以上、家に閉じ込められて死ぬのは嫌だった。仕方ない。

離婚して一人になって、まず派遣をやった。ハロワにも通った。上手くいかなかった。

学歴もなく、職歴もない、資格もない、精神は病んでて、能力もない。何もない私に、社会生活は難しかった。

年代が、やれ出産子育てだ、昇格だなんだと言ってる中、私は15歳の頃から何も変わってなかった。焦った。

高卒認定をとろうと勉強した。小学校からまともに勉強してなかった私には、もう難しかった。

資格をとろうと思った。金がない。とにかく働くしかなかった。なのに、鬱が酷くなったり、不眠のせいで、仕事も上手くいかない。

ふらふら仕事してるうちに、今のキャバクラにいきついた。

幸いにも、理解のある上司で、鬱で情緒不安定になろうが、体調不良で震えてようが、クビを切られることはなかった。

夜職は居心地がよかった。こんな自分でも受け入れてもらえる。色々病むことはあるけど、努力すれば結果が出る。

このまま、夜の世界で生きていくのもいいな、と思った。

夢とか希望とか、自分のやりたいこととか目標とか、何にもないけど、この職業は嫌いじゃないと思った。

夜職に入って、差別的なこともたくさん言われたし、保証も何もない職業だけど、頑張ろうって思った。

その矢先、コロナであるはい、休業。収入ゼロ貯金もない私、再び生活困窮者に逆戻り。

ちなみにだが、夜職は稼げない。歌舞伎町の有名店ナンバーワンとかなら話は別だが、田舎場末キャバクラじゃ、たかが知れてる。

なのに、美容代や交際費はかかるので、手元に金は残らない。

今は再び派遣バイトをしている。けど、コロナの影響で派遣先が休業になったり、人員削減になったりで、椅子取りゲームみたいになってる。

バイト面接も受けたが、落ちた。30過ぎの、何もないおばさんを雇うところがあるのか、自分でも自信がない。

このままじゃダメだと思う。出来ないから、自分人生はこうだったから、なんて、甘えてぐちぐち言うのはよくないと思う。

自信もないし、めそめそする気持ちも嘘じゃないけど、死ぬ勇気がないんだから生きるしかない。生まれしまたから、生きるしかないのだ。

考えることもやることも山積み。死にたい明日生活費どうしよう、支払いどうしよう、仕事どうしよう、この先どうしよう。不安しかない。

でも、明日仕事面接を受ける。採用されたい。働きたい。そのために、今は、頑張り続けるしかない。

2020-04-17

anond:20200416180927

手を差し伸べる価値がない奴らを処刑したり餓死させるのであればその思想有効ではある。

そうではなく、彼らを放置するのであれば、より凶悪犯罪者となって結果的社会システムを壊していき

手を差し伸べる以上のコストがかかる、というのが大方の判断だと思う。寛容ではなく。

あとは、引きこもり、自堕落犯罪者は、精神疾患遺伝気質教育の不足など

本人に直接の非がない要因が元になっている可能性が高く、

支援すべき「生まれ持った障害を持った人」との区別が難しい。

頑張っている一般人と同じ支援ではなく、依存症患者ネグレクト被害者に対するような支援必要だと思う。

コロナ対策お金は、日本人全員はもちろん、

苦しんでいる事業者にもあまり支給すべきでないと個人的には思っている。

お金は配ったらそれで終わり。来年の種モミを食べているようなもの

からコロナ被害蔓延していてもお金を増やせる社会システムを作るところに投資すべき。

お金が増えれば選択肢が増える。分配先も増やせる。

こういった「今あるお金をどう分配するか」vs「お金を増やす仕組みをどう作っていくか」が、

自分としてはリベラルvs保守対立構造ポイントだと思っている。

2020-04-16

ネグレクト

自分自身人生に対して、責任を持たないままに大きな選択をし、その結果、いろいろな他のことに対しても責任が持てなくなった

自己ネグレクトしていたのだ

他人に対しても責任を持てないがゆえにその他の重大なチャンスを逃した

自己ネグレクト他人へのネグレクト

どうしようもないな

2020-04-14

保育園休業につき在宅ワーク子供をみろというけれど

緊急自体宣言保育園原則休園で、在宅ワーク場合子供を家でみてねとなった。

保育園を休園にすること自体は正しいと思うんだけど、在宅ワーク日中子供の面倒をみろと言うのは仕事の手を抜くか子供ネグレクトしろ行政が言っているのだということを認識してほしい。

「日額いくら上限で補助出すから残りは持ち出しで有給特別休暇」とか会社が持ち出しを嫌がったら使えない方法じゃなくて、もっとシンプル方法で満額じゃなくていいんで休業補償してくれ。

そしたら休んで子供みるから

2020-03-18

anond:20200318184528

父親と息子が二人きりで歩いてたら

特に会話もなくどっちかが数十m先に行ってるとか普通だけど

世話するのが必要なくらい幼い息子でも?ただのネグレクトだな

2020-03-13

過去のつらい思い出の話をする。

おはようございますこんにちは。こんばんは。

わたし最近になってやっと意識を獲得した人型の動物です。

などとおかし自己紹介になってしまったのには理由がありまして。

というのも、わたし人生を振り返った時、そのうちの半分は「自らがおかれた環境下で生きることにいっぱいいっぱいだった動物」だったというのを最近になって自覚したタイプの生き物だったからです。

この気付きから過去記憶フラッシュバックが止まらなくなり日常生活が滞ってしまった為、こうして書き出すことにしました。ネットの海に流して供養することが目的記事になります

友人や知り合いに吐き出せるような話ではないし、読んでいて気分が良くなるものでは決してないのと、あくまで「わたし」の為のごくごく個人的文章であることを理解された上で読み進めてください。

また、精神的なネグレクトを受けたと感じた側からお気持ちなどがあるので、そこら辺を見て落ち込みそう/気分を害しそうな人は見ない方がいいと思います

書こうとしたはいもののどこから話せばいいのかな……そうだ、きっかけですね!

これを思い返すことになったきっかけは兄を相手家族の話をしたことだと思います

わたしは兄と二人兄弟で、小さなころから同じ家で過ごしました。兄もわたし所謂オタク趣味にしていて、いつも何かしら共通話題があり、この日もひょんなことから幼いころに感じていた家族についての話になりました。

この書き方だとあまりそういう風には見えないと思うのですが、兄とわたしが話すとき父についてのシリアスな会話はタブーのようなものでした(少なくともわたしはそう感じていました)。なのでこのときわたしは、もう2人で擦り合わせをする機会はこの先訪れないかもしれないと思い、勇気を出してシリアスな話を切り出しました。

真っ暗な井戸の底のほうまで下ろしたと重い桶を、慎重に引き上げていくような心地でした。

家族構成するメンバー祖母、父、母、兄、わたしの5人。祖父もいましたがわたしが幼いころに亡くなった為、「わたし家族」と聞いてまず頭に浮かぶのはこの面子です。

兄と話していて思い出したのは毎晩の食卓のこと。始まりはいつも概ね穏やかな食事でしたが、時間が進むにつれわたしの緊張感は高まりました。

それはなぜか?

答えは「父と祖母の怒鳴りあいがいつ始まるかわからいから」です。

間に母が入り両者を宥めるところまでが1セットの物騒なコミュニケーションは、晩ご飯時間中にどんなきっかけで始まるか、どのくらい続くか、何回起きるかなどわからない尽くしのハリケーンみたいな現象でした。

簡単喜怒哀楽にうっすらとした自我ふりかけただけの「小さなわたし」にとって、父と祖母が行う激しい親子のコミュニケーションは「こわいこと」として分類されたんだと思います。それがほぼ毎日続くうち「一日の終わりに起こるうんざりすること」にもなったのは自然な流れだったんじゃないかな。繰り返し体験するうちにその特殊コミュニケーションに巻き込まれるのも、火種になるのも嫌で、食卓の上で誰かに会話を振られても可もなく不可もない答えを返していたし、誰かの琴線にふれてしまわないよう、割とつねに気を張っていました。

自分食事が終わるとすぐに「ごちそうさま」と言って食器を下げて、兄と一緒に別の部屋へ退散しました。まあ古い家だったので別の部屋へ逃げても怒鳴り声が聞こえてくるわけですけれども。

なぜにこにこと笑っている父や祖母が、一瞬で鬼の形相になってしまうのか。

「それはそういったコミュニケーションの形なんだよ。二人はちゃんと仲が良いか大丈夫心配いらないよ。」

などとハグしてもらったり、教えてもらうきっかけもないまま体験する毎夜の嵐は、わたしの心を大変疲れさせたのではないでしょうか。(ないでしょうかってなんだよって自分でも思うんですが……そのころにあったであろう学校行事や友人とのこまかい記憶などがうすぼんやりしか残っていない為「ないでしょうか」としか言いようがない……)

また怒鳴りあいコミュニケーション祖母と父の間だけではなく、父と母の間でも行われていました。父母の特殊コミュニケーションの日程は決まって土曜日祝日開催。つまり顔を合わせて長く話すようなことがあると、口論としてヒートアップしていったわけです。

小学校から帰ったら夜ご飯と共に家族口論。土日祝日は両親の口論ランダム勃発、のちに夜ご飯タイフーン上陸

以後、このうんざりするようなタイムスケジュールわたし高校卒業してから少しするまで延々、ずっと毎日、十数年続いていきます

たここまで読んでうっすらとお気づきの方もいるかと思いますが、これはコミュニケーション値が大変低い家族の中でなるべくしてなり、起こるべくして起きた地獄しかない日々の思い出を吐き出す記事でもあります。この先も気をつけてください。

そうなんですこの家族、全員が全員ともコミュニケーション数値がおそろしいほど低かった。

ここでいうコミュニケーション値が低いというのは「人との関わり方が上手くない」ということで、人に頼る方法での問題解決能力が著しく低いことを指します。

別の言い方をすると「感情を消化させることが不得意」であったり「困ったことは大体自分一人で解決しようとすること」にあたるのですが。なんとこの家族祖母、父、母の3人が3人とも「本当に困った時は家族相談せず自分一人で決断するタイプ人間」だったのです。

少なくとも小さい子供の前で困ったときに「困ったな~」と息抜きにでも呟くような人間がいませんでした。口下手なので子供の前でふざけることとか本当になーんにもしないの。かっこいい大人背中を見て育てってか?え?口から言語を扱ってから言え!バーカバーカ!

失礼、話が逸れました。

それで、そんな大人の姿を見て育った「わたし」という子供はどうなったのか?

家庭内で困ったことがあっても家族相談してはいけないんだ」とすっかり思い込んでしまいました。

するとどうでしょう自分が困ったときにどうしたらいいのかわからなくなり、解決の糸口がガチでわからず、何かあると問題には触れず解決を先送りにし、心に不安わだかまりを抱えたまま癒し時間に任せて過ごしていくことばかりを覚えていったのでした。

おしまい

……いやもちろんおしまいなんてことはなく、「わたし」の人生はそこで終わらず続いていったので、普通に人との接し方がよくわからない人型の喋る動物が大きくなっていっただけなんですが。(なんですかこれ、言葉にするとめちゃくちゃ怖いな……)

途中でなんとかならなかったのか?という問いには「残念ながら……」という回答しか差し上げられないんです。本当に。残念ながら。

そもそもなぜなんとかならなかったのか。

それは「わたし自我形成される期間中、親への信頼なくなったこと」が多分大きく関係しています

わたしの両親は共働きで、週休2日の週5勤務。母は帰宅したら少し休憩をしてご飯作りを始め、父は帰ってきたら風呂に入ってご飯の前の晩酌をする。まさにひと昔の夫婦って感じでした。

これだけ書いたら「なんだ、普通家族じゃん」って感じなんですが。ここに「夫婦はどちらも自分一人の時間がないとしんじゃうタイプ人間で、作業趣味息抜きも一人で没頭したいタイプ」、「なお2人は仕事クタクタ疲れたコミュ障」という特性が加わると、どうなると思いますか?

結果をお伝えすると、2人の隙を見ては今日の出来事や楽しかたこと、悩み事などを話そうとしていた幼いわたしが、見えないシールドにはじき返されて転ぶばかりになりました。あと癇癪持ち酔っ払い相手(酔った時に話したことは覚えていないタイプ)にする真剣な悩み相談ほど、面倒で参考にならないものはないですよね…。(遠い目)

また、このインターバルにも思える時間を逃すともうだめです。チャンスはありません。最初の方に書いた、いつ雷が落ちるかな?ドキドキ☆晩ご飯タイム()になってしまう為、まともにお話しできるような時間おしまいです。解散

そして「何よりもただただ話を聞いてほしかったわたし」はこのころの経験から、そういった方面での親への信頼をじわじわと減らしていきました。もともとの内向的性格と、両親からいつ発せられるかわからない大きな声への苦手意識ゆえに、その不満を爆発させるような機会もなかった為だと思われます。我が子からのそういった信頼値がマイナスに傾いているなんて事実、両親は知らずに生きていることでしょう。わたしも今更そのころのことを知らせて、改めて地獄を見る気はまったく以てありません。

ちなみに、わたしは小さなころから「手のかからない」と評されてきたタイプなのですが、実情は「親への信頼度の低さゆえに何も話さなくなった子供」になります

忘れられない話なのでついでにここに書きますが、高校性のころ三者面談で割と信頼していた担任

おたくのお子さんのように子供を育てるにはどうしたらいいですか?」

と父を持ち上げたとき

「いやあ、放っておいただけですよ。」

と照れ臭そうに答えた映像がいまだ焼き付いて離れないんですね。「心の底からやめたほうがいい。」と思ったけど、そのときにはもう心の開き方がよくわからない動物になっていたので(あと不意打ちのショックで)、そのことを担任には伝えられなかったことが心残りでならないです。

(他にも、親がわたし子供のころの「手がかからなかったエピソード」を良き思い出のように話すのを聞く機会があると、心が荒れ狂って獣のようなかたちになってしまうんだよなあ。いつか本物の虎にならないよう注意します。)

あとこの記事を書くきっかけとして兄との対話がありましたが、兄曰く

高校大学くらいまでの記憶がとんとない。」

ということだったので擦り合わせのようなものはかないませんでした。ちょっと残念でしたね。



閑話休題

こんな環境の下でグレる気力もなくしたわたしが、体だけはすくすくと立派に育ち、高校生くらいになった時の話でしょうか。

父が仕事で体調を崩し、自宅で過ごすことが多くなっていたころです。

いつものように休日を家で過ごしていた両親とわたしが昼食を食べていたときわたしにとって衝撃的な事件が起きました。

ふいにしゃっくりを出てしまった母、それを見た父が

「母のしゃっくりは相変わらずかわいいな。」

と言ったのです。

…………h、?は?

ハァ????????????????????????????????(フォントサイズ最大)(太字)(赤色)

と、そのときは思わず内心ではバチクソにブチ切れる若者になってしまいました。その後「えへへ…(照れ)///」みたいな態度を返した母に対してもです。

突然のことに(非常に残念ながら)体は驚き固まり動かず。突然見せつけられるリアル夫婦の惚気(十数年間生きていて初めての!)とのにテンションの差でしにそうになりながら、息をするのがやっとだったわたしは、心の底から思いました。

お前ら仲悪いのんちゃうかい、と。(太字)(赤色)

その後わたしの遅めでささやか反抗期挨拶や会話を振られてもちゃんと返さない(面倒な人間相手にぶつかり合うのが面倒になっている為こうなりました)」が発動されることとなりました。

また、今思い返してみればという話ではありますが。

わたしの両親は「限りなくマイペース自分のペースが保てないとストレスを溜め爆発する」、「一人の時間がないとしんでしまタイプ」、「作業趣味息抜きも一人で没頭したい人間」、「疲れるとコミュニケーションの余裕がなくなる(もともとのコミュニケーション許容量が多くない)」という属性のほか、

「親である前に恋人

という隠れ属性を持っていたわけですね!すごい!

もっと早くに知らせてほしかったな~~~~~~~~~~泣きそう!!!!!!!!!!!!!(もう泣いてる)

幼い子供の前で十数年!ガチシリアス雰囲気で怒鳴りあい時に片方と見ていた子供不安で泣くようなギスギスした特殊コミュニケーションが?!痴話喧嘩だったなんてことあるか?!?!?!?!?!?!!!知るか~~~~~~~~い!!!!!!!も~帰らせていただきますわ~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!!(実家が住む家)(秒で顔合わす)

ハァ……ハァ……

すみません、取り乱しました。

冒頭に書いた通りですが、最近になってやっと比較ちゃん人間としての心が正しく揺れ動くようになったので、これが「怒り」であり「悲しみ」だというのを”理解”して”発露”してしまいましたね。フフッ ウッカリウッカリ☆(棒読み)

そんなこんなでややダウナー気味の反抗期を迎え、両親との溝を更に深めたわたしですが、更なる問題が発生します。

私が大学に入ってすぐのころ、父が亡くなりました。

大病の末の結果なので、家族として心の準備はできていたと思っていたのですが、それでも誰かがいなくなるのは悲しいですね。

などと心から人間味のある言葉が出てくればよかったのですが、そんなことはなく。ただただ日々感じていたひとつ大きなプレッシャーから解放された自分の心を、不思議な目で眺めるわたしがいるだけの生活になりました。

特に大きく日常が変わることはなく、このまま過ごしていくと思っていました。しかしそのときわたしは気づいてしまった。

「あれ?もしかしてこの先もずっと生きなくちゃいけないのか……????」

そう、そこでわたしは「自分人生真剣に向き合うということをおろそかにしていた」ことに気づいてしまいました。

「家でプレッシャーを放ち続ける父母祖母のご機嫌を伺いその日その日を生きること(解放されるのは外出時と寝る時)」に人生の大半を費やしてきたわたしはどうも「自立する」、「新しいことに挑戦する」、「ペットを飼いたいと交渉する」など、両親との長めの話し合いが発生する場を悉く避けて通ってきたようです。本当に、ここまでまったくの無自覚でした。

まあ気づいたところで急に何かに目覚めるわけでもなく、まずもって気力がないので出来るわけでもありませんでしたが。「このままじゃいけない気がする」という漠然とした焦りから映画漫画アニメなどの創作物に対し、心新たに触れるようになりました。(もともと漫画アニメなどは好きで小さいころから見ていたんですが、日常からの逃避先がそこだった為か、内容を覚えていたりいなかったりするんですよね……記憶がない状態で楽しむアニメ漫画、めちゃくちゃ面白いよ!ヤッタネ☆)

その後なんやかんやで就職できて、何年か社会人経験し、先輩や同僚にもまれたり気の合うゆかいオタク友達との出会いがあったお陰で、やっと「人語を話すけど意思の疎通がはかれない人型の動物から「たどたどしいがやろうと思えばなんとか意志の疎通がはかれる人型の動物」にクラスチェンジできました。

こんなクソ重いありがとうを直接伝えることは憚られるので、ここで叫ぶことをお許しください。

特にかいオタク野郎のみんな~~有難うな~~~!!!これからも仲良くしてくれるよう頑張るよ~~~~!!!!!

相変わらず親に似てコミュニケーション容量が低いままではあるけど、それも含めてなんとかやってます。(しかしここまで来るのがあまりに長かったので、これまでに大変なご迷惑をお掛けした人のことを思うと、ただただ申し訳ない気持ちでいっぱいです。本当にすみません。もうこんな(わたしを始めとした)人間未満みたいなもの出会わないようにと祈っております。日々が穏やかで良いものでありますように。)

自分では上記にある辺りの激しめの感情はとっくに昇華されたものだと思っていたのですが、疲れて余裕がないときバラエティなどを見て笑っている母をみると無性に苛立ち、シリアスに泣き出したくなってしまときがありますちょっと危険だなぁと思っています一種ボーダーラインだと思ってそういう時は寝て回復に努めるのですけれども。

この文章を書きながら全然昇華されてなくて自分でも笑ってしまいましたし、いつか本当に追い詰められた時に有事引き起こししまうようなぼんやりとした予感がありますお金が貯まったらちゃんと離れて暮らそうと思います。お互いの為にもね。

また未だに「健康精神状態運営された家族という団体」への憧れは強くあるようで。

誰かが手掛けた創作物キャラクターが心通わせる表現にふれると、あまりに眩しく尊く感じ涙を流したり、TLで健全コミュニケーションが成立し、信頼関係が成り立ったご家族アカウントを見かけると「本当に実在し(ていてくれ)たんだ」と感動してしまます。なんか、アレだ……太陽の光に当たってぼんやりと、あたたかく眩しいなと感じるような瞬間に似ています存在していてくれて本当に有難うございますわたし勝手に救われています

繰り返しますがこの文章は、それなりに情緒が育ちその当時の感情言語化、過去の振り返りおよび分析ができるようになってきた「わたし」が、その気づきとともに過去自分感情に圧し潰され、溢れだす記憶に涙が止まらなくなり、座り込んでしまった「わたし」のための個人主観記事です。

今何かに苦しんでる「あなた」を追い詰めるためのものではないので、もしもここまで読んでちょっと苦しくなっちゃった人は、とりあえず体をあたたかくしてゆっくり休んでほしい。休んで。寝て忘れてね。どうぞお大事に。

ときどき思い出に苦しめられつつ、寝ずに一気にこれを打ったので、ところどころぐちゃぐちゃな文章になっていると思うのですが、ここまでお付き合いいただき本当に有難うございました!

こんなところまで読んでくれたあなたにも、ちょっと良いことがあるといいですね。

それでは。

2020-03-10

anond:20200310102407

毒親が原因だから

甘やかして育て過ぎた

あとおそらく過干渉か金だけ投げてネグレクト気味だったのだろう

2020-03-04

anond:20200304015701

まーだから、ほんとなら確かな一次情報メディアは噛み砕いて提示すべきで、

それをやらずに「旬な話題」としてコロナコロナ言ってるから結果こーなるわけで、直で煽ってないけど裏から煽ってるというか、ネグレクト虐待のうち・サボタージュ破壊工作のうちって話だよね

2020-03-02

俺は家に置き去りだったなー

妹がいたから一人ではなかったし

辺鄙田舎治安心配宅地ほどないということもあったろうが

今ならネグレクトだーって言われるところ

2020-03-01

種付け系のエロはデキた子供の養育まで考えてるの?

種付け系さあ、産まれた子の養育どうすんの?まさかネグレクト養育費ブッチすんの?とかいろいろ考えちまうから抜けない(養育費支払い中おじさん)

2020-02-27

anond:20200227210758

そもそも小学校低学年で一人で留守番させるのは「ネグレクト」と言う名の「虐待」扱いですが…

増田子供の頃はそんな「虐待」するのが当たり前だったかもしれないけど、

それは「昔は体育教師竹刀持って生徒叩いてた!」とか言うようなノスタルジーしかなく

今時そんなもの許されないのは当たり前なんですが…

2020-02-18

anond:20200218184348

マネジメントスキルを伸ばそうと子供を作ったはよいが思うようにスキルが伸びなかった場合子供ネグレクト死ということになるのかな?

2020-01-22

子どもの足がヤバいことになっている

若かりし頃に子どもの靴を売っていた。新人のうちは子どもの足の形の違いなんて全然わかるはずもない。それが月日を重ねていくと子どもの足をみる機会も多くなり、どんなタイプの足なのかわかり、その子オススメできる靴をピックアップできるようになっていた。

そして、ふと気づいたことがある。

親たちが子どもの靴をちゃんと履かせないと何が待ち受けているのか。

それはガチャガチャな足。どうやって走れるの?みたいな足。すぐ疲れる足。

見るに耐えない悲惨な足をした子を見た時は、これはある意味ネグレクトではないのか?と思ったほど。

まだ2歳とか3歳なのに、外反がすすみすぎて歩き方おかしくなってる子どもがい〜っぱいいた。

だいたいそういう子どもの親はコンバー○とかニューバラン○とか大好き。

機能よりも見た目重視。

そしてピッタリサイズよりも大き目を買いたがる。

マジで大きめの靴を買うな。

子どもの足が変形するし、ケガは増えるし、歩き方に変なクセが出てくるからやめろ。

今履く靴はぴったりを買え。足は一生ものだぞ。

徒競走で1位になれないのは一重に靴のせいでもあるかもしれんのだぞ?

早いと思うかもしれないけど、つかまり立ち、伝い歩きスタートしたあたりから靴を買って室内でも履かせて慣れさせた方がいい。

個人的オススメはアシック

ここのメーカーさんはデータめっちゃとってるので信頼できる

より子ども靴の作りがいい!

踵がめっちゃ頑丈でソールの曲がりよくクッション性も高い。マジでいいぞ。

他のメーカーも散々見て触って接客したけどコスパの良い靴は今のところ他にない

3歳くらいまでは足首くらいまでの高さがあるハイカットぎみの靴を選ぶと安定して良いよ

軟骨状態のふにゃふにゃ足をちゃんと支えられる靴がオススメ

ローカットの靴はだいぶ冒険と言えよう…グラグしまくって危なっかしい

個人差あるけど踵がやわらかい子ほど、靴の踵がしっかりしてるかよく見たほうがいい

シック○を履いても踵がぐらつくようなら、値段は高いが思い切って革靴にしてみるのもよい

革靴の方が馴染んでくるととても歩きやすい靴になるし、踵の作りがかなりしっかりしているものが多いか

最後に…

結構歩いてるような状態ファーストシューズくださいとかドヤ顔で言うな!

ファーストシューズは歩く前に履くんじゃー!!

の子が初めて履く靴という意味でならあってるけどさ

とにかく子どもの靴は足を計測してもらって足の形に合ったピッタリサイズを買ってください!!

大人にも言えることですね…

大人の方も一度は専門家に計測してもらって足の形に合う靴を探してもらう体験した方がいいよ

自分の足の形、ちゃん認識した方が間違った靴を買わなくてすむよ

とにもかくにも子ども大人も足を測って自分サイズや足の特徴に合わせた靴を履いて欲しいと思う私です。

2020-01-19

anond:20200119141219

子供への押し付けをしない、自分の頭で考えさせる、と言う名目

単に最低限の躾すらしないネグレクト親かもしれんよ

叱らない育児とかあるやん

2020-01-16

anond:20200115110911

お前がかつてそういうパワハラ野郎だったことを忘れるな

自分が受けた愛情分ぐらいは返そうな

虐待ネグレクトを受けて育っていたら?

自分がして欲しかたこと、してくれなくて悔しかたことぐらいはやってやろう

されて嫌だったことを止めるのもな

2020-01-12

anond:20200112092210

あながちバカではないのに厄介な人。妙に幼稚でいろいろむき出しの人。

こういうパーソナリティ形成されるのは、結局のところなにかしらのネグレクト被害者で、そこをサバイブするために我流に凝り固まった結果なんじゃないかという気がした

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