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はてなキーワード: コミュニケーションとは

2019-02-23

anond:20190222165004

>そして「おもいやり」なんて大げさな言葉ではなく、お互いがお互いを支えてコミュニケーション取り合うのが普通になってたのよね。

車椅子の人たちは健常者の何を支えてくれるの??

全部読んだけど、まずはあなたあなた方がフランクにお願いするところから頑張って始めてみれば?

と思った。

でもやっぱり、くそみたいな障害者様気取りの障害者あなたのことではないですよ)がいろいろぶち壊すことになるんだろうなという気がする。

障害者を助けたい気持ちって誰もが持ってると思うけど、

障害者対応で嫌な気持ちを味わった人も多いと思うよね。

2019-02-22

人と無駄コミュニケーションしたい

挨拶しないし、無駄な会話しない今の職種疲れた。※必要なことは教えてもらえるし、相談には真剣時間をかけて考えてもらえるので決してコミュニケーションが0なわけではない。

まあ何となく想像つくかもしれないけどitエンジニアをやってる。最近営業顧客と会話するようになって上記ストレスに気がついた。

前々から効率的と言えば効率的なんだろうけど「おはようございます」が返ってこないのが辛かった。そんなストレスを抱えながら職位も上がって営業と打ち合わせしたり顧客と会話してる中で挨拶不要コミュニケーションがとても楽しいと気がついてしまった。

エンジニア集中力を奪うのは悪っていうのはその通りだと思うけど、無駄な会話からアイデアって生まれたりすると思うんだ。エンジニアやってるうちはこういうこと求めるのは無理ゲーなのかなあ

地下鉄で感じるバリアフリー未来

私は車椅子を使っている。

学生時代交通事故が原因で先天的理由ではない。

通勤・行楽で利用するのはもっぱら電車だ。

その中でも特に地下鉄を利用することが多い。

結構色々な所へ出かけるので下手な駅員よりも私のほうが駅のどこにエレベーターがあるのか詳しいくらいだ。

昨日も東京メトロを利用した。

どこの鉄道でもそうだが必ず改札で「何駅まで行きますか?」と聞かれる。

そして私がどこどこ駅までお願いしますと言うと、本部かどこかに連絡をとって迎えの人が来てくれる。

最近警備員の人が対応してくれる場所も多い。

そして降りる駅でも駅員なり警備員が待っていてスロープで降ろしてくれる。

メトロは駅員さんも警備員さんも愛想のいい人が多く色々世間話をすることも多い。

本当に助かっている。

車椅子生活になった時には死にたかったが、人生楽ありゃ苦もあるさとはよく言ったものだ。

しかしたまーにふと思う。

もし私に自由に動く足があれば好きな駅に降りれたのにと。

「あ!今何々デパート北海道展やってるのか!途中下車ちゃおうかな」

とか

「たまにはあのラーメン屋行きたいからやっぱりもう一個先の駅まで行こうかな」

とか。

フラットな道を整備し、エレベーターを作り、ハードを整備しますよ。それがバリアフリーですよ。

そんな風に世間が手を差し伸べてくれる状況を享受する私がこんな疑問を持ったらバチが当たるかもしれないが、もっとこう根本的な心の自由がほしいと思うのだ。

以前アメリカ旅行した時何よりも驚いたのはハードの充実だけではなく、私と同じような車椅子を使う人達がもう驚いちゃう位「堂々」と好きなように人生を楽しんでいることだった。

好きな場所食事し、お酒を飲み、インスタ映えするものを片手にスマホ自撮りしている。

そして健常者の人達車椅子を使う人達をこれといって特別視しないし、なにか問題が発生しても「段差があるの?いいよ、手伝ってやんよ」みたいなフランクなノリで当たり前にちょこっと助けてくれる。

「段差のある道は通れないからこういうルートで何々が~」とか一々大げさではないのよ。

みんな好きなように生きてて、それを健常者も車椅子を使う人も当たり前に享受してる。

そして「おもいやり」なんて大げさな言葉ではなく、お互いがお互いを支えてコミュニケーション取り合うのが普通になってたのよね。

私は日本にこんなバリアフリーを目指してほしい。

贅沢かな?贅沢だよな~。

でもさ、お金をかけてたくさんハードを作りまくるよりきっと皆が幸せになると思うのよ。

私は今も日本バリアフリーにはすごく助けてもらってる。

にも関わらず、将来的には私が駅員や警備員に頼まなくても好きなように電車で乗り降りできる未来が来てほしいなと贅沢な夢を見ている。

少しだけの段差ならスロープがなくてもほんの少し手伝ってもらえれば電車の乗り降りは出来る場合が多いのです(重かったらごめんなさい(;_;))。

電車に乗りたいのですこし手伝ってもらえますか?」

「次の駅で降りたいのですこし手伝ってもらえますか?」

もしもこんな風に健常者の人とフランクに話して当たり前に手伝っていただける時代が来たら素敵だなと夢見てます

丁寧でなくていいし、テンプレートもいらないんですよ。

特別なことや形式ばったおもいやりではなく、「降りれなさそうだから支えてやるか」位の軽い気持ちでやってくれれば凄く嬉しい。

(前にある展示場で警備員さんたちに階段で介助してもらった時「その言葉使いはダメだ!」とか注意されてる警備員さんがいて、「私はヨッこいしょういち!位のノリでいいですよ」と言ったらスルーされた悲しい思い出(T_T)

感情のままに書きました(;^ω^)

何というかまあもっと肩の力の抜けたバリアフリーのほうがいいなぁと思う今日この頃です。

クアラルンプール風俗に行ってきた

anond:20171215212135

上記以来、一年以上ぶりの海外風俗

初めてマレーシアにやってきたのだが、クアラルンプール(KL)めっちゃいい。ご飯がおいしいし、英語が通じるし、物価が安い。取り立てて道行く女の子かわいいわけではないのだが、行きのマレーシア航空のキャビンアテンダントのお姉さんが凄くフェロモン系でいい感じだったのが心に残っており、せっかくKL来たんだし、風俗いっとくか!という気分になった。

相変わらず、情報Webから得るしかない。KLには有名どころが何個かあるらしいが、潰れたり復活したりを繰り返してるらしい。その中でgenesis sauna spaに行くことにした。道中はGrabを使う。Uberアジア版だけどめっちゃ便利だね、これ。アプリ簡単白タク配車。料金も登録してるクレジットから自動。とりあえず、店の前までタクシーをつけてもらうのも設定しとくだけ。店と行っても銀行からエレベーターで上がって10階。

中に入ると受付があるんだが、スルーして中に入れと言われる。すると何か勢いのあるおばちゃんladyか?と聞いてくる。はぁ、みたいな顔をしてると、とりあえず、バー的なとこにつれてかれる。

隣に場をしきってるおっさんがやってきたので、システムどうなってるの?と聞いたら、タイベトナムインドネシアは228(7000円くらい)、中国人は298(9000円弱くらい)リンギッドと言われる。何か言おうとする前に、タイ人にいい子いるよ、と言われ、待ってると確かにかわいく見える子が現れる。あ、その子でいいよ、と即断してしまったので、そのまま受付に戻って支払い。そして女の子と一緒に、下の階に。部屋は普通にキレイ

この女の子、よく見たら結構年いってるなと、あとから気づく。まぁ仕方あるまいと、対応しかし愛想はいいのでOK。何歳と聞いたら、永遠の18歳と帰ってくる(地雷)この前まで長野行ってたよー、めっちゃ寒かったー、とかひとまず、いろいろ話は返してくれるのでよかった。やっぱコミュニケーションできるのはよいねタイ英語できないイメージあったけど、さすがにマレーシアにきてる人には英語必要なんだね(この認識は後日覆される)、と思った。一緒にシャワー浴びて、うつ伏せでマッサージしてもらって、仰向けにされて、リッピングサービスキスNGだけど、babyキスだけね、と軽くしてもらえる。自分で攻めれないのはもどかしいのだが、そんなもんなんだろうなという感じ。騎乗、座、正常でフィニッシュイチャイチャ求めると少し物足りない感じ。もう1回戦いく?と聞かれたが、いやいいわー、と終わり。そのままGrabでホテル帰る。

2日後、ネット中国人の方がサービスいいらしい、と聞き、よし!今度こそ!と再チャレンジに行った。

今度は女の子がずらっと並んでそこから選ぶ形式だった。よし、中国人選ぶぞ、と思ってたら、めっちゃかわいいベトナム人が!もう、全く、初志貫徹せず、じゃあ、あの、ベトナムの子お願いいたします!と。

しかし、このベトナム英語喋れないんだよ。全くコミュニケーションできない。そして、ありがちなんだけど、かわいい子はサービス悪い。キスだめはもちろん、胸さわるのもダメ。とりあえず、早く終わらす感がありあり。終わったあとも特に会話なく寝る。いや、かわいいんだけどね。最近はかわいさよりもどれだけイチャイチャできるかを求めてるんだな俺、と再認識させられた。そして、めっちゃチップ要求される。いや、そのサービスでよく言うなと。

関係無いけど、その後に入ったspaタオル片付けてるおっさんからチップ要求された。欧米じゃないんだから気持ち入らんとチップ渡す気にはなれんわ。

総じて飛田みたいな感覚かなーと思いました。とりあえず、やって終わりみたいな。安いのは安いけどね。

どこかにやるだけじゃなくて、恋人気分が味わえるとこないですか?

そんなこんなで明日日本に帰ります

2019-02-21

anond:20190221171918

トロフィーワイフをもてはやすのはそれがコミュニケーションとかゲーム性があるから

元増田が好きになるような男はすでに女(隠し彼女)がいて余裕がある、ファッションにも人付き合いにも彼女からアドバイスが入ってるからそう見える。

まりお前が好きなのは彼女調教され手綱をつけられた男ばっかり。

まれて20年そこそこで成長が十分なわけが自他ともにない。

そのなかで彼女とステディな付き合いしておちついてるのが3歳くらい成熟してみえから良さげに見えるだけ。

経験値問題

未熟マザコン野良男のなかで成長株をつかまえてファッションから髪型から育て合うのが一番の王道

KKO、弱者といって食わず嫌いしてるのはお前自身が未熟だから

最初からメタルスライム刈りとかすんなよひのきの棒しかないくせに。

anond:20190221102929

増田は「以心伝心」を知らないのかな?

例えば増田京都旅行したとき喫茶店コーヒーを注文したところコーヒーの代わりにお茶が出てきた。これはどういう意味だろうか?

これは考えなくとも分かることだよね。「増田はんみたいなワイルドな方をうちのお店でおもてなしなんてありえまへん! もっと増田はんを認めてくれる店に行ってくりゃんせ」ってことだよ。

そのことは、言葉にせずともお茶を出された時点で増田の頭の中にカッコつきで流れている<テレパシー>だよね。

超能力でも不思議なことでもなんでもないんだ。言葉言葉の中に行間というメッセージがあるように、人と人とのコミュニケーションにはテレパシー普通に存在しているんだよ。

増田上司の人もきっといろんな場面でテレパシー飛ばしていたのさ。でも、増田はそれを受け取れなかった。

からその上司の人も遂にに言ってしまったんじゃないかな?「増田は〇〇も知らないのか?」ってね。

増田アンテナ角度とかが悪かったって事だよ。これは反省しなきゃね。

もにょる」とかい表現嫌い

たまにリアルでもいるけど、もにょるかいう謎ワード使ってくる人。

てめーがもにょもにょしてることなんか興味ねーよ。

しかもそういうやつに限って対象のどこがどう気に食わなかったか明言しない。

そんな抽象的な言葉じゃなくて頭ん中でちゃんと具体化してから言えや。

コミュニケーションになってねーよ。投げっぱなしかよ。

2019-02-20

anond:20190219221003

挨拶否定したりはしないけど、いちいち挨拶することで集中を切らせたくないのがある。

普通に作業集中時以外ならしてもらってもいいし、すれ違ったら会釈なり軽く挨拶なり意思疎通はするし。

どう考えても

集中が持続することによる生産性向上 >>> 越えられない壁 >>> あいさつによって生じる便益

だと思う。

コミュニケーション問題だったら郷に入った形式日常的なコミュニケーションとって信頼を得れば?と思った。

で、挨拶を押しつけるやり方がまずかった結果人がぼろぼろ辞めてった会社をいくつか知ってる。

2019-02-19

ベンチャーコミュニケーション制御問題

ベンチャー企業は人の入れ替わりが激しく

しか上下関係すら曖昧なことが多い

すると後から入ってきた人は、訊ける人に訊くという感じになる

その訊かれた人が一緒に知ってる人を見つけてヒアリングをしてくれればいいけど

答えたがりだと自分で答えようとする

結果情報コミュニケーションに断絶が起こる

 

ベンチャー必要なのは話したがりではなく、聞きたがりだ

2019-02-18

童貞捨てないからお前は駄目だ

かいう暴論をオッサン上司にされてイライラする

お前の、お前だけの経験則をさも宇宙の真理であるかのように語るのをやめろ

若いときセックスして猿になったお前は確かにそのとき変わったんだろうが

俺はもう30手前のオッサンだしそんなんで変わってたまる


人とのコミュニケーションのとり方が駄目だという意図なのかと思って、

童貞なのが駄目なのではなくて、その前段階の交渉を人並みにこなせないのが駄目なんですよね?」

と言ってみたら、

「いや違う、液と液がまざりあうと覚醒するのだ、だからお前はソープへ行け

とかわけのわからないことを言いだしてこいつアホかな?と思った

そもそもソープだったらゴムつけるから液と液は混ざりあわねーよハゲ

ソープ行ってゴムつけてベッドに寝て天井の染み数えてるだけで人が変わったら苦労しねーわ

女をいかせることができたら変わる、とか言うならまだ分かるけどなんなんだ


経験したことのないことを、経験すれば絶対に変わると主張してくる上司

「じゃああなたも○○を経験してみてください、絶対人生変わりますから

 それ経験したら変わります?変わりませんよね?」

という○○に当てはまるスカッジャパン一言を返してください

はい圓楽さん早かった

まだcoinhive事件にうだうだ言ってるオタクいるのかよ

なぜ捕まるのか理解できないなら単純に頭悪いわ

高校時代とか変なコミュニケーションしかできない陰キャグループでキャッキャしてたやつらなんだろうな

anond:20190218210612

機嫌取るのはコミュニケーションのうちというか、日常業務だよな?

から時にコミュニケーションは面倒ってんならわかるけど、それは誰でもそうだろ。

2019-02-17

アメリカを横断する夢を持った中学生を優しく見守ってあげて

この話を最初に聞いた時は、結末は殺されるか、行方不明だろうなって思ってました。

おじさんの雑な想像申し訳ない。

歩いてアメリカ横断なんてすごいことだとおもってるでしょ?

ドキュメンタリー番組じゃないんだから交通機関使ったほうがいいよ。

僕は歩いて行ったことはないんだけど、自転車観光地まで行ったことあります

やってみるとすごい充実感があるの。走ってる最中植物の種が服についてて感動したりとか。

途中まで仕事でよく使う道を走ったんだけど、同じ道を走ったと思えない。

でもね、全く知らない土地に行くときには、歩き=難しい、公共交通機関=楽、という数式が成り立たないの。外から応援する人だと歩きで行くなんてすごいって思うんだけど、実際自分でやる人間には、歩きは体力さえあれば到達するけど、公共交通機関コミュニケーション取らないと目的地にたどり着くこともできない。歩きが一番イージー方法だと思います

旅は自分主観で見ると歩きとか自転車は、旅の充実感がすごくあるんだけど、脳みそが道の記憶で全部埋まってしまます目的地の印象がほとんど残りません。ここ行ったことあるけど何やったっけ?という記憶しか残らないんです。

それはそれで楽しいんだけど、いろんな旅行体験したほうが楽しいと思う。

から次にアメリカに行く時は公共交通機関を使って周りの人とコミュニケーション取りながら移動しましょう。

彼は今回の旅行強制終了で終わりましたが、次は周りの人を納得させて素晴らしい旅行になると思います

でも、一言だけいうと、周りの大人は猛省しろ。初めて行く土地言葉も通じない状態で無計画で行かせるな。

せめて計画は立てさせようよ。

コンドームには負担がないとでも思っているのか

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/gendai.ismedia.jp/articles/-/59887

フランス避妊は「女性ピル使用」が大多数である深い理由

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/59887

この記事についたブコメを読んで、いろいろと思うことがあった。

この元記事によってフランスの性事情特に避妊中絶に関するそれを知って、合理的先進国であるという印象を受けた。

記事中には執筆者パートナーの言い分として、次のことが挙げられている。

ーーお互い性病がない。

ーーお互い恋人同士と認定しあった。

ーーけどまだ君と子どもを持つことは考えられない。遠距離でもある。

ーーそしてセックスコンドームなしの方がいいに決まっている。

ーーコンドーム感覚面だけではなく、経済的にも手間的にも自分には負担だ。

ーーちゃんと付き合うことになった今だから、この話ができると思った。

この一つひとつコメントを付すことができると思う。

ーーお互い性病がない。

性病に関して率直にコメントができる関係を築けている。そしてそれを信頼することができる。私たち一般的感覚では、初対面の相手に対して、ここまでの信頼を寄せることはできない。「性病を持っていない」という発言に対して、それがポジションや、欲求からなされたものであるという推理をはたらかせる。それはしばしばまっとうなものであり、一夜の関係性病キャリアに関する発言を信じるべきではない。しかし一方、たとえば結婚をも考えるパートナー関係にある場合相手の言うことのほとんどすべては真実でなければならない。結婚はお互いの財産の分有であり、家族の結合であり、代替不可能な補完関係にお互いを置くことである。そのような関係においては、たとえば相手借金を負えば共同の責任が課され、病気に侵されれば互いに看病をし、肉体的交渉が何らかの事情によって不能になったとしても、しかし唯一の交渉相手として相手を認めることであると、私はこのように考えている。性交渉生命誕生させる唯一の手段であるという点において他のコミュニケーションとはまったく異質のものであり、結婚パートナーシップはそのコミュニケーションが許された神聖関係である同性愛避妊を用いた性交渉は確かに生命誕生させ得ないが、しかしそれは十分に性交渉に擬せられているという点で神聖である性交渉生命へ向かう両性の結合である

ーーお互い恋人同士と認定しあった。

前段でだいぶ言いたいことを書いた気がするが、お互いの認定はそこに強制暴力がなく対等であるという示唆である。それはレイプセクハラではない。お互いが求めるときはどちらか一方だけが求めるのではなく、お互いに求め合うのでなければならない。それは同時に発生する必要はない。しかし、どちらかだけが求め、求め続けるのであれば、それは単なる暴力である

ーーけどまだ君と子どもを持つことは考えられない。遠距離でもある。

この言葉結婚後の性交渉においても意味がある。上の二つのコメントはお互いの関係が信頼されているということに過ぎないが、ここで避妊問題が出てくる。避妊結婚前の問題ではなく、結婚後においても存在する。夫婦の営みをより良くするものの一つは性交渉であるが、子供を多く作れば家庭の営みが上手く行くわけではない。むしろ多産は家系を圧迫し、子供一人当たりに対するコミュニケーションの不足をもたらす。家庭の収入は限られている一方、子供にかかる学費は人数に比例し、多産であればあるほど子供学歴良識を身につけることへの期待は薄くなる。そのために結婚後においても避妊は不可欠である。その最善の方法は、避妊に失敗することがない低用量ピルであるが、次のコメントに進もう。

ーーそしてセックスコンドームなしの方がいいに決まっている。

ーーコンドーム感覚面だけではなく、経済的にも手間的にも自分には負担だ。

ここはまとめて論じよう。ピルには副作用がある。吐き気不正出血頭痛、そして血栓症。低容量ピル比較的に副作用が軽いと言われているが、それでも副作用普通にあり、特に服用を始めたばかりの頃に何らかのそれがあるのは不自然ではない。副作用以上に問題となるのは、毎日飲み続けなければならないということである健康な人が毎日何らかの薬を飲むことに拒否感があるのは通常の感覚であると思うし、しかもそれで男性に何らの負担も課せられない。不公平である

それでも避妊にはピルが最適であると思うのは、成功率と金銭的な負担、手間、そして快感問題であるコンドームには失敗が普通にあり、その失敗率は少なく見ても3パーセント程度だそうだ。最近ではコンドームの真価はむしろ性病予防にあると言われている。

金銭的な負担に関して言えば、おおよそ月に10回以上の性交渉を持つならば、低用量ピル薬価もおおよそ2000円程度であるからピルと変わらない。(もちろん受診料は別にかかるのであるが。)それは保険適用のない日本で見てもそうなのであり、保険適用のある諸外国から見れば、ピルの方が安価に写ることだろう。ピルの購入費を女性けが持つというケースは、これは私も反対である。そしてコンドーム場合でも、男性けが負担すべきではないだろう。先に述べたように、性交渉は両性の合意の上にあるのであって、共同で負担し、共同で行為するべきであると考える。

手間に関しても、性交渉したことがある人間ならば分かるだろう。車やホテルなど外出先でコンドームを忘れるということがないではない。また家でコンドームを切らすこともあるだろう。ピルを飲んでいれば、そういうときにも行為に励める。

最後快感問題だが、男性の陰茎は人ごとに、そして時ごとに太さが異なる。いつでも誰でもフィットするコンドームというのは存在しない。そして基本的には抜けないようにややきつく作られているのであり、また体温は伝わりにくく、感触は最悪である。お互いができるだけ気持ちよくなるのが性交渉であるならば、コンドームと生とでは、少なくとも男性気持ちよさは完全に相違していて、そして恐らくは女性も(私の経験から言えば)生の方がより快感を得られる。女性場合は生そのもの快感なのではなくて、男性がより快感を得ていることによって増幅している可能性もあるが。

避妊成功率快感関係する。避妊に失敗できないということがずっと頭にあれば、コンドーム着用のみだとそれがずっと不安だが、性交渉に没入できない。それで十分な快感に導かれるはずがない。

ネット社会は書きたいことを書けて、満足だ。最後に要点だけ書くと、信頼できない相手とは性交渉を持つべきではない。また性病不安相手コンドーム無しで行為するべきでもない。しかしもはや目的避妊だけであるならば、最終的にはお互いがより快感へと導かれる性交渉をするべきであるという理由で、ピルを飲む方が良いというのが私の意見である

私の経験だと、これまで1年以上付き合った相手とは、ピル代を自分負担して服用してもらっていた。それがお互いの幸せにつながったと思う。一方、最近はそれほど長く付き合うことがないかコンドームを付けてしか行為していない。

もちろん、付き合い方は人それぞれだから、誰かが強制することはできない。しかし、結婚前も結婚後も、コンドーム基礎体温法、外出しみたいな不確実な方法に頼って、避妊することを願いつつ性交渉し、中絶という母体に最も負担のかかる状況に陥ってしまうくらいなら、最も確実な低用量ピルを服用するのが一番ではないか。そのように思って書いた次第である

馬鹿の振りをしてしま

自分が優れているとは全く思っていないけど、他人に真面目だとか、知識をひけらかしていると思われたくない

知らないふりやよくある勘違いをして、相手ツッコミを待つようなコミュニケーションが楽だと感じる

頭の中で物事を考えているとき自分と、他者と会話しているとき自分が別人のようなのが嫌だ

anond:20190217031525

空気を読んで、第二次世界大戦に行った悲劇を繰り返したくないから。

空気を読む?ソレは思考停止と同じ意味

空気って何さ?ただの多数派偏見だとしたら?

吟味しないで空気がそうだからって突き進む先に本当に未来はあるかい

半世紀前、何故じゃあ自衛隊が嫌いで、9条好きな人多かったの?

半世紀もの間、世間イメージを一番コントロールしてきた政党は?ソレに本当に正当性があるとする根拠は?

少数派で異端意見に耳を貸さないなら、ノーベル賞なんて少数派で異端研究の方が多いわけだけど?

少数派で異端から間違ってると最初から耳を貸さなければ、大多数の中にソレを吟味する機能がなければ、それが衆愚と呼ばれるものになるのでは?

空気を読む努力コミュニケーションでは必要でしょうけど、世の中良くしようって議論の場で必要政治の方向決める話で空気で突き進んだら皆、幸せになれる?そんな事は無いと歴史の多くは語っていると思うけれど、あなた天動説多数派である世界で、地動説に石を投げる者と同じになるのがよいのか?

耳を貸す努力をしないといけないのは、常に多数派の方ではないのか?だからLGBT尊重しなければと言う話になって来ているのではないか

それともあなたは、彼らがマイノリティから空気を読んで何も言うな、そう言うのか?

君の問に応えよう、だから君もこの一連の質問に答えるべきだ、ソレが問を誰かにかけたもの議論の場にある最低限の礼儀だ。

1.多数派だと理解しろというが、そのエビデンスは偏っており乏しい、仮にそうだとして、「あくまで現時点での」多数派意見が正しいのかは、意思表示の段階までは、双方において議論が尽くされ、納得に近づくべき、耳を塞いでは何処にも光はないと考える。

2.少数で異端結構、私達国民には、少数派でも異端でも発言議論権利があるし、ソレはこの先法律世界が変わろうとも尊重し続けなければならないと考える。

反省する義理はない、多くの人が正しいならそれでよし、そうでないリスクを多くの人が考えない事が危険、その危険回避する為にそれぞれは好きに思った事を発言し、吟味してよいし、意見を変えてもいい、取り入れてもいい、これくらい、人間であれば当たり前の知的活動だと思う。

3.空気を読む努力は世の中がどうやれば良くなるか、というある意味理詰めで考えなければならない場面において毒にすらなりうる、故にしないのが懸命、多数派(自称)の皆さんには、少数派の意見の中に光るものが無いか探す視点大事である、と思う。

ほぼ同じ事をあなたが3つ言ってるから、内容被ってるけど、根本的に、異端から意見も聞かず従えというのは思考停止宗教じみた考えである

ソレを正義だと思うなら君は何かのコミュニティにおいて、自分が少数派になった時に意見すらしてはいけないのを望む、という事だろうが、どうしてもそうするなら、ご勝手にどうぞ、他人押し付けるのは良くないと考える。

私が勇気を出してヤリチンセックスした話

物心ついた頃から精神疾患名前がつくもののいくつかに乗っ取られ、それを必死でひた隠しにし、自分を騙し、なんとか生き延びてきた。

病気はすべて私の妄想が産んだ被害者意識で、なんらかのメリットがあるから治らないのだと頭で分かっていても、今でも発作的に昔のトラウマが蘇り、みるみるうちに身体支配されてしまう。

自分に嘘がある状態はとても不安定で、

自分理解できていないから、当然まわりのだれにも理解してもらえなかった。

自分を受け入れられないから、

他人に受け入れられるわけがないと思い込んでおり、

傷つくことが怖すぎるから

人との関わりが怖すぎて社会の中で生きられなかった。

誰も信じられないのに、承認欲求が暴れていた。

私は自分が嫌いだった。

そして他人も皆嫌いだった。

きっかけがあり、ヤリチンと知り合った。

またとないチャンスだと思い、勇気を出して自分から抱きついてセックスした。

まれてはじめて自分意思セックスした。

少しだけ、自分が好きになれた。

ヤリチンとは関係が続いた。

セックスだけでなく、長い時間をかけて、たくさんの話をした。

ヤリチンは日の当たる場所にいる人だった。

容姿端麗で、才能も資質も人とは違う、目を惹くものを持っていた。

光に虫が集まるように、彼のまわりにはいつも人が集まっていた。

女に囲まれるのは当たり前で、経験人数なんてとっくに数えることをやめていて、

彼女は5、6人いる状態が通常運転だったと。

しつこく聞いたら、ちゃんと答えてくれた。

ヤリチンは、まさに私が喉から手が出るほど欲しい「承認」を受け続けてきた人だった。

青春時代がすっぽり抜け落ち、恋愛コミュニケーションも失敗し続けた私は、ダイレクトコンプレックスを刺激され、嫉妬心がグラグラ煮えた。

これは彼の女性関係に対してではなく、彼自身に向けられた羨ましさだ。

「みんな君のことが好きだよ」と友達に言われていた、というエピソードを聞いた時、私は、劣等感からくる彼への憎しみで頭がおかしくなりそうになった。

こんな人生があったのか!と。出来れば知りたくなかったと思った。(今でもたまに思う。)

ただ驚いたのは、私たちは似ているところがあったということだ。

ヤリチン孤独そうに見えた。

一際目立ったり好かれたりすることで、

たくさんのひとの、勝手理想や期待を押し付けられてきたんだろうと思う。

それは等身大自分無視されていたということだ。

たくさんの人が彼に恋愛感情を抱いていたとしても、彼自身を守り安心感をくれるものではなかったのではないだろうか。

そして彼も、誰も幸せにしてこなかったのだろうと思った。

ヤリチンは心を閉ざしていた。

自分気持ちは伝わらないし、そんなことはどうでもいいと思って生きてきたようだった。

自分でない自分でいる状態を強いられ、求めるものと求められるものが食い違い続けるの状態は、とても不安定で、心が満たされないことだと思う。

それを不特定多数とのセックスで埋められるなら、私からたらこの上なく羨ましいのだけれど、本当は欲しいものが手に入らない飢餓感が続くだけだし、彼自身女性たちの気持ちを無碍にしたことを悔いており、幸せなことではないのだな、と自分を納得させるように考えた。

彼もまた、自分が嫌いだったのだろう。

私のように、他人を嫌う気持ちがあるのかはわからないけれど、人を信じることに恐怖心があるようには感じた。

真逆人生を歩んできた私たちは、少しお互いのことが理解できたように思えた。

正確には、私は傷つくことを恐れすぎて、時間が経つほどに自分劣等感を通してでしか彼を見られなくなり、彼の意図感情無視した。

彼はそのことを悲しんでいたのだろうけど、それも口に出さず、私に気を遣い、心を閉ざしたままだった。

私が弱さを振りかざしたせいで、自分だってつらい、という気持ち我慢させてしまたことには後悔がある。

ただ、ほんの少しの理解が生まれたことは、

私にとって、たしか自分がいる、という証だった。

すごく感謝したし、大げさに言うと、彼に対しては生まれてきてくれてありがとう、という気持ちが生まれ自然にそれを自分に対しても与えることができた。

損得勘定や条件のない関係性の中で、お互いが強く関心を持ち、認め受け入れられるという安心感は、

私が欲しいものだったし、今まで感じていた寂しさの正体を明確にした。

私は多分、体感として、承認を得た。

一緒にいるときは、お互いに影響を受けまくった。

私のようなタイプは人と自分感覚と同一視しがちで、他人思考侵食されていく自覚はあったが、

意外にも、信念を貫いているように見える彼もまた、受け取りやすい体質だった。

皆、不安で揺らいでいるのだな、と思った。

愛があるとかないとかどうでもいい。

相手ヤリチンなんだから、私なんてただ流れては消えていく、女の一人で構わないと、今では思う。

私には私の人生があり、これは私にとっての大切な出来事だ。

自分存在に気が付かせてくれた。

人として、女として生きていてもいいと、自分を認めることができた。

勇気を出して、自分から抱きついてセックスしたことのご褒美だ。

人生はうまくできていなくて、おもしろい。

物理的に離れることになり、会わなくなってようやく、自分いかセックスに溺れていたかに気づいた。

それが、承認されている感覚助長させ、必要とされている実感を何割増しにもさせていたということも、それにしがみついていたということも。

最近身体の繋がりがなくなったことへの不安感が、ようやく抜けた。

同時に、自分と彼との間に境界線を引くことができるようになり、自分比較せず彼の人生俯瞰的に考えられるようになり、気持ちがとても楽だ。

非モテ自己陶酔してる妄想話と言えばそうかもしんないけどw

実際相手がどう思っていたかなんて図りようがない。

私は私に必要体験をしただけで、

得られたものは私だけのものなのだから、それでいい。

夫に整形して欲しい

年代結婚した友人、配偶者には友人もいた。

あの顔が羨ましい。私の好みの顔では全くないけど、すぐ子供作れそうな顔だろう。

良い意味で軽薄。

かたやこっちはだっさい眼鏡システムエンジニア。大して頭も良くない。

コミュニケーションにも問題のあるアスペルガー内面はこの際仕方ない。

外面をせめて街中で見られるレベルにして欲しい。ま、田舎埼玉人だから何を期待しても仕方ないか

2019-02-16

anond:20190117105006

教職課程から逃げた学生はたくさん知ってるけど「ブラック過ぎる現場」というのも別に部活動多忙理由でなくて(むしろ部活顧問自分らの経験からやりたい子が多い)今どきのひねくれたガキとその親とのコミュニケーションブラックすぎるから自信なくして去っていったケースだったけどな

いじめ事件マスコミネット報道過熱具合が人が去ってく理由だろ

関係性を志向するファンダムのこれから 後

承前

https://anond.hatelabo.jp/20190216023228

3【オタクによって関係性を消費されるオタク

キャラクタ化するオタク

 本章では、オタク同士の関係性をテーマにした創作作品や、バーチャルYouTuber同士の関係性が消費されることについてより深く考察していく。

1章で述べたバーチャルYouTuber同士の関係性に視点を戻すが、バーチャルYouTuber現在6000人が活動している。その中で人気を得ている配信者こそ、関係性を構築し、バーチャル上での物語消費者提供しており、姿かたちや趣味嗜好こそ多様なものの、ひとくくりにいえば大体の生まれは「オタクである。つまり、「オタク」だからこそ萌えられるキャラクタ関係性をセルフプロデュースし、それをまた「オタク」が消費しているのだ。これがループのように連続することで、時には自らも憧れてバーチャル世界に踏み込んでいくためにバーチャルYouTuberは日々増え続けているのである自分人生趣味嗜好を、キャラクタというフィルターを通すことでシェアし、自らが創作物/キャラクタのものになるということは、自伝エッセイ執筆し、その読者と直接対談するようなことだ。「オタク人生」を物語として消費し、絶え間なく新たな物語関係性が発生していくというコンテンツに、オタク萌えることができる。たとえパーソンが基底現実においてどんな人物であったとしても、「生けるキャラクタ」としてのバーチャルオタクの魅力に、オタクシンパシーと巨大なエモーショナルを感じざるを得ないのだ。自分と近しい存在人生物語として消費することは、永久機関のような底の知れない魅力を持っている。

また、「このマンガがすごい!2019」*4 では、オンナ編第1位に鶴谷香央理「メタモルフォーゼの縁側」(2018)、第8位に町田 粥「マキとマミ」がランクインしており、この作品はどちらも腐女子同士の関係性を主題としたものである。2章で述べた「腐女子特有の親密さは、既に広く認知されており、さら創作物として女性からの支持を強く得ているということである。この背景にも、自らのオタク言動コミュニケーション「あるある」と思いながら読むような自伝エッセイ的な要素ももちろんのことだが、「腐女子特有の親密さへの愛着」や「登場する腐女子同士の関係性のリアリティに即した萌え」が確実に存在していると考えている。

・「関係性」の基底現実での実践

 上記のようにキャラクタ化したオタクや、親密さの自覚を持った腐女子は、基底現実においても関係するようになる。1章で述べた「バーチャルYouTuber同士が三次元で会った時の飲食物画像」や、腐女子特有の「なりきりアカウント文化の「背後交際」などが主な例だ。バーチャルYouTuberコラボ放送をしていた親密なパーソン同士が3次元でも会うようになり交際に至ったという例も、キャラクタとして表沙汰にならずとも存在する。また、腐女子コミュニティにおける「なりきりアカウント」とは、主にTwitterなどで作品キャラクタのロールプレイをし、自分の好きなカップリング相手ネット上で交際したり、同作品キャラクタ日常会話をする文化である。このアカウント運用主を「背後」と呼ぶのだが、彼女たちは基底現実でもオフ会をし、実際にロールプレイ交際していた相手現実でも交際に至ることがあるという。

 つまり関係性消費が加速し、自らもキャラクタ化したオタクは、パーソン同士としての基底現実でも「萌え関係性」を実践しているのである。この状況において、「わたしたち関係性は萌える」という自覚の有無はもはや必要ない。パーソンとキャラクタ境界あいまいになり、オタクは自らを自らで消費することが可能になっていくのだ。

4【関係性消費はどこに行きつくのか】

 本論では、関係性消費が牽引していくというトピックからオタクのものキャラクタ化、そして完全なる相互消費の永久機関にまで言説が行きついてしまった。しかし、現実での関係性消費において立ち上がってくる問題はやはりジェンダールッキズムである。これに対するアンサーは2つある。1つは、すべてのオタク理想バーチャルキャラクタとしての3Dモデルの肉体を手に入れることであるバーチャル空間での関係性の構築はYouTubeだけでなく、「VRchat」という果てしない多様性を持ったもう一つの世界ともいえるVR空間でも今まさに進行中だ。全オタク理想キャラクタとなり、主体的交流してその関係性すべてを消費することができれば、そこにはジェンダー格差ルッキズムによる格差存在しなくなるのではないだろうか。2つ目は、キャラクタ化しない、あるいは関係性に参入せずあくまでも傍観者としての消費・あるいは創作を貫く選択肢を選ぶことである。2章で述べたように、創作物と消費者セクシャリティ/あるいは創作物と作者のセクシャリティなどは分けて考えるべきというスタンスに基づく在り方である

これらの二つの未来像は両極端にも見えるが、しかしこれらが混じりあい議論が巻き起こっているのが現状であるしかし、バーチャル空間上でのルールマナー議論の末に整えば、それぞれが理想関係性を追い求めて基底現実バーチャル世界を横断していくようになるのではないだろうか。創作だけに留まらず、現実世界拡張現実侵食する「関係性消費」は、しか古典時代から物語として脈々と行われてきた文化であるオタク文化、双方がその形を変えて混じりあう瞬間に、今わたしは立ち会っていると思うと感慨深い。

関係性を志向するファンたちのこれからは、今後のオタク市場の動向と、バーチャル技術の発展にかかっていると感じた。これからジェンダーセクシャリティ論とカルチュラルスタディーズ、両方の視点からわたしも一当事者として今後の動向を研究していきたい。

引用文献】

*1 東園子,2015,「宝塚やおい、愛の読み替え 女性ポピュラーカルチャー社会学新曜社

*2 難波優輝,2018,「バーチャルYouTuberの3つの身体 パーソン、ペルソナキャラクタ」『ユリイカ』第50巻:117-125

*3 斎藤環,2009,「関係する女 所有する男」講談社現代新書

*4 このマンガがすごい!編集部,2018,「このマンガがすごい!2019」宝島社

【参考文献】

玉川博章,名藤多香子小林義寛,岡井孝之,東園子,辻泉,2007,「それぞれのファン研究 I am a fan」風塵社

吉澤夏子,2012,「『個人的もの』と想像力勁草書房

山岡重行,2016,「腐女子心理学 彼女たちはなぜBLを好むのか?」福村出版

塚田修一,松田聡平,2017,「アイドル論の教科書青弓社

2014,「ユリイカ 特集百合文化現在」第46巻第15号 青土社

2018,『ユリイカ 特集バーチャルYouTuber』第50巻第9号 青土社

美水かがみ,2004-,「らき☆すたKADOKAWA

なもり,2008-,「ゆるゆり一迅社

あとがき

期限ギリギリで提出したので粗も多いが、これをベースディスカッションできる地盤固めができたので良かったと思っている。オタク人生で遊んでいこうな!

友人が鬱になった。

友人が鬱になった。元から厭世的な奴だったから、それほど不思議な気分ではなかった。それでもって、今時不思議な事ではないだろう。

しかし、僕の周りに鬱になったやつはいなかったから、どう接したらいいかからない。

彼は今ちょっと遠い所に住んでいる、とはいえ首都関西都市であるから、折に触れて会うことはできるのだが。

だが、普段のつながりはSNSをはじめとして文章しか交わせない。僕は文章でのコミュニケーションをあまり信用していない。

古い人間というわけではないと思うが、どうにも信用できないのである。どうしたらいいかさっぱりだ。人間体験したことのないことには無力だ。

どうしたらいいのかなんて匿名で聞いても答えはないだろうし特に期待もしていない。

ただ、この如何ともしがたい気持ちを、なるべく彼の聞こえないところで形にしたかったのかもしれない。

彼の為に明日は晴れてほしい。

2019-02-15

40代キモくて金のないおっさんである自分は一生独身だと覚悟してる

なんかホッテントリ若者のそんな考えが上がってたので自分のことを適当に書いてみる


仕事以外で共同生活を営むのは絶対無理

まず一番大きいのがこれ。

仕事は金を稼ぐっていう大きな目的を共に行う以上、共同生活を行うことに拒否感は無いし、仕事という無くならず常に新しいネタ提供されるモノがあるのでコミュニケーションにも困らない。

けど、私生活ではたまに誰かと遊びに行くのではなく共同生活をするとなると、まず目的がない。

他人の助けを必要とするような重病や事故など今まで生きてきて一度も無いし、今後もし襲われたとしても野垂れ死ぬなり、中途半端障害が残って自由に動けなくなっても別にいかな、と思っている。

生活に支障の出るレベル障害を患ったら、自己責任の旗の下で公的保障ガンガン削られていく昨今はそう遠からぬうちに死ぬだろうし。


そもそも一緒に居て息苦しくない人間が周りに一人も居ない

家族を含めて、自分以外の人間と一緒に居るととても息苦しい。半年とか一年に一度ぐらいなら良いけど、それ以上頻繁に一緒に居ると話すことがなくて息苦しい。

早く一人になりたいと強く思う。


首都圏暮らしてると一人で不自由を感じない

稼ぎも独身には十分だし、娯楽はオンライン/オフラインわず豊富にあるし、ちょっとした病気けがなら周りに病院もあるし、ホントに何一つ困らない。


パートナー幸せ暮らしている人を見ると微笑ましくはあるが自分とは別次元出来事

夫婦仲睦まじい様子をネットや町中で見たり、子供と楽しそうにしている光景結構見るし、それに否定的感情は一切浮かばないが、自分と同じ世界出来事とはどうしても考えられない。

ドラマアニメと同様に「鑑賞するモノ」という認識


年齢に関係なくこういう考えの人は居るんじゃない?

恩着せがましく結婚しろなんて最近の風潮的に誰も言わないし、特に問題も無いでしょ。

anond:20190215122126

なるほどね。

受動態へしやすいかどうかの違いもたしかにありそうだね。

とはいえ、その表現他責ときにつかうものだ、という学習をしてしまった層が相当数いるのかな。

言葉は変化するとは言え、自分の覚えた本来的な意味合いと、違う理解をしてしまう一部の層とで、

コミュニケーションがギクシャクしてしまうのは、不幸な話だ。

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