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2018-05-22

anond:20180522125732

これをはっきり言うと失礼になる場面もあるかもしれませんが、親本人というより、子どもに対する保障のようなイメージで私は捉えています

法律上結婚子どもに対して、親はそう簡単にいなくなったりしませんよ、単身赴任などをしてもちゃんと会えますよというそういう立場を与えていると考えます

もちろん、子どもを巡る問題は、そういう事に止まらないので、つまり虐待などの不適切な養育により実の親から引き離さなければならない事もあるし、入籍していても親が離婚したり蒸発したりは起こりうるので、上記あくまで一面ですけどね。

2018-05-15

妹のゴミ部屋を掃除した

妹が一人暮らししていたゴミ屋敷のような部屋を、この3日間をかけて片付けた。
とにかく吐き出して残したいという思い9割、誰かの役に立つかもしれないという雑な期待1割で書きます

経緯

2009年春に妹が地方大学へ進学し、それからアパート一人暮らししていた。
その後いろいろあって、3年前の4月に突如実家に帰ってきて、実家ニートに転身した。もともと内にこもりがちの性格であったが、在学中にうつ病も患っていたらしい。3年近い休学を経て、結局退学した。今もそれほど状況は好転していない。
それ以降、アパートに戻っておらず、契約けが残る状態が続いていた。

丸3年放置されていたため、さすがにだめだろうと父へ打診し、今年の5月に父と僕で片付けと解約を行った。この件については妹は一言も口を聞かなかったので、二人で強行した。
大人二人いればなんとかなるだろうと2泊3日で予定を組み、自分が先行して部屋に入って片付けを先行する手はずになった。
この件については全く頑なな妹の態度から、「人が死んでるのかな?」とか、「異臭騒ぎになっているはずだからバラバラにして冷凍されているかも」とか、「郵便受けに大量の督促状とか入ってたらどうしよう」とか、出発までの数日間はそんなことを勘ぐり、心中穏やかではなかった。
父が出発当日に妹に声をかけたが、部屋に引きこもって出てこなかったらしいので、結局父と二人で作業も行うこととなった。

大家さんに借りた鍵(妹は持っているとも無くしたとも、何も言わなかったらしい)を使い、ドアを開ける。
アパートはよくあるタイプの1Kで、玄関から入るとキッチンがあり、扉を挟んで左にユニットバス、奥の戸を開けると6畳の居間があるという構造自分は妹のアパートにこの時初めて入ったが、大学時代は全く同じ間取りアパートを借りていたので、。

開けた瞬間、なんとも言えない臭いが真っ先に鼻についた。多分、配管の中の水が蒸発しきって、下水臭いが逆流していたのだろうと思う。3年間開けていたのでこんなものかもしれない。
玄関は、空き缶が詰められた大きなゴミ袋(45Lくらい)と、紐でくくられた雑誌が何束か、それと買ってきたであろう掃除用具が転がっていた。
次に、左側のユニットバスの扉を開ける(内心、かなりビビっていた)。ゴキブリカマドウマ死体が転がっていたり、シャワーカーテンが真っ黒にカビていたり、臭いも更にきつかったけど、思っていたほどではなかった(シャワーカーテンなんかは消耗品だし)。とはいえ、ここで用を足す気には全くなれなかった。

最後居間の戸を開ける。が、30cm位しか開かない。何かがつっかえているらしい。30cmの隙間からは、ゴミ部屋が広がっていた。テレビで見た、あのゴミ屋敷のような部屋だった。
床が見えなかった。ベッドと同じ高さまでゴミが層に積み重なっており、畳なのかフローリングなのか、カーペットを敷いているのかどうかとかは全くわからなかった(ちなみにフローリングの上にカーペットが敷かれていた)。

その後合流した父と3日間(作業時間は丸2日)をかけて、なんとか片付けを終え、解約までこぎつくことができた。
可燃ごみは45Lのゴミ袋で40袋弱、ビン・缶が10袋程度、ペットボトルも同じくらいで10袋、粗大ごみが約100kg、これに加えて冷蔵庫洗濯機リサイクル家電処分した。

教訓と考察

ゴミ屋敷の片付け作業において

片付け作業でのポイントを忘れないように記録します。もう二度とやることは無いかもしれませんし、そう願っていますが。

事前に”どの程度の”状況なのかは把握したい。
妹がこの件については全く口を割らず、また僕も父も部屋に入ったことが無かったので、状況がわからず、準備も中途半端になってしまった。
もし屋敷と言えるくらいの広さだったり、糞尿があるようなら、心身の衛生のためにも、専門業者に頼んだほうが良いと思う。今回はそういうのが無かったので、なんとかなった。運が良かった(?)。

二人以上で作業するのは必須だと思った。一人では絶対心が折れる
僕は心が折れた。居間をひと目見ただけで、頭の中が真っ白になり、10分くらい部屋の前で狼狽していた。動転していた中、「とにかく十分な装備が要る」と思い、部屋からいったん離れて近くのスーパーマスクゴム手袋軍手ウェットティッシュ調達した。部屋に戻り、まずは何かに着手しようと玄関に散らばっていたカタログ雑誌を、紙紐(転がっていた掃除用品の中にあった)で縛り始めた。雨が降りしきり、薄暗い玄関で黙々と作業しながら、「妹はこんなところで6年間も住んでいたのだろうか」「こんなところにいたら頭がおかしくなるに決まってるやろ」「こんなしょうもないものに囲まれて、6年間で何が得られたんだろう」「玄関にあった掃除用品は自分でなんとかしたかったけど、どうにもならなかったのだろう、自分を恨んだり呪ったりしたかもしれない」「なぜ助けを求められなかったんだろう」「今もそう、どんな思いで、どんな気分で生きているんだろう」「なんでこうなったんやろ、なんでやろ」と頭がぐるぐるし、だんだん悲しくなり、終いには泣きそうになっていた。作業したくない言い訳かもしれない。その後、父が到着するまでの間、恥ずかしいことに作業を投げ出して近くのカフェに逃げ込んで、清掃業者を調べていた、というか茫然としてしまっていた。
父が加勢してからは、とにかく話しながら作業した。話すことがなければ、「オラオラオラ」とか「うげーなんじゃこりゃ」とかなんでも良いか独り言を出して、”黙々”という状況をなるだけ避けた。そうして余計なことを考えないようにした。独り言は案外一人では言えないものなんだな、というのも初めて得た気付きだった。

できれば一緒に作業する人は年長者が良いかもしれない。
僕の父は、僕ら兄妹の引っ越し祖母遺品整理などを手伝っていたので、片付けは手慣れたもので、そういった作業用キット(父曰く「いつものやつ」)を自前で作って実家から駆けつけてくれた。僕が狼狽して入れなかった居間を見ても、「おうおう、アイツ(妹)、なんちゅう散らかしようや。ちょっと中入ってつっかえてるもん取って」と怯まなかった。「あ、このおっさん、やる気やな」と、自分もここで覚悟を決めた。

車も必須可能なら、軽トラなどを借りておきたい(量が多いのと、ゴミなので車内を汚したり臭いをつけたりするため)。
借りるときは、片付けている部屋から持ち込み可能自治体清掃センターがどの程度離れているのか、といったところから積載量も考えた方が良いかもしれない(遠いとこまめに運んだときタイムロスになるため)。

土足で作業すること。そうでないと身動きが取れない。靴もできれば底が頑丈な登山靴や安全靴が望ましい。ゴミの下に鏡などがある(今回はゴミの下から合計5枚、そのうち2枚が割れていた)。自分も気づかずにそれを踏み抜いたが、軽登山可能な厚手のスニーカーだったので助かった。
土足に加えて、ゴム手袋マスクメガネ(花粉症用の装備が良いかもしれない)は必須。3年人が住んでいなかったので臭いはそこまでだったが、代わりに埃っぽさが酷く、メガネが無いと危険だった。実際、作業が終わるころにはレンズホコリで白くぼやけていた。衛生面でダメージを受けるとモチベーションがすっごい下がるし、何より感染病とかが心配になってくる。

作業スペースが限定されるので、二人で作業するときはきっちり役割分担をすること。
居間ゴミ処分作業の中心になるが、動けるスペース・何かを置いておけるスペースが全く無かったので、二人が作業するためには何らかの作戦必要になった。
そこで、僕がとにかく可燃ごみ・ビン・缶をゴミ袋に詰め込みまくって部屋を原状復帰させること、父がダンボール分別必要もの解体や、分別必要ゴミの分解、雑誌などの資源ごみの紐括りなどを担当することにした。そうすることで、足の踏み場がない居間には僕、玄関には父という配置で、前衛の僕が分別できないゴミ玄関に投げ、後衛の父が投げられたゴミを処理するというフローができるので、二人の動線干渉せず、効率的作業できた。

進捗は正義
床に敷かれたカーペットが少し見えたときは「このゴミ無限ではなく作業意味があるんだ」と勇気づけられたし、いっぱいにしたゴミ袋の数を数えるのが少なくともそのときは僕にとっての勲章だった。2日目の午前、居間の奥の窓まで到達し、締め切られていたカーテンと窓を開け、光と風が差し込んだときは「ライン川を渡った連合国軍兵士はこんな気分だったのか」と思いながら、ガッツポーズをしていた。完全に頭が湧いているけども、何にせよ進捗をあげている気分になれないと、無限に続くような作業に耐えきれなかった。

一番ゴミが多いのはベッドの周り。
ゴミ屋敷になってくるとベッドの上は最後生活圏になるので、燃えるゴミの大半はここから出るのだろう。実際、ゴミ袋に詰め込む作業時間の7割程度は、ベッドの周りに関わっていたと思う。逆にベッドからというところのゴミは、実はベッド際ほど層が高くなかった(放り出された空のダンボールが折り重なって、最初は見えなかったが)。
ちなみにベッドの周りのゴミの中に、(合算すると)現金十数万円が埋もれていた。大事な物もきっとベッドの付近で見つかるのだろう。「こうして廃棄品から千万が見つかることになるんやなー」と父がのん気にぼやいてた。そのとおりだと思う。

ゴミ屋敷にしないためにできることはなんだろうか

延々と続く作業の中で、「なぜこうなってしまったのだろう?」と考えていた。
妹が精神的に患っていたこともあって決して一般論ではないですが、自分一人暮らし経験とも照らし合わせながら、整理したい。

ベッドの周りのゴミの中で特に多かったのは、ティッシュビニール袋、綿棒、割り箸から揚げ棒や焼鳥の串、500mlの牛乳パック、レシートアイスの棒とカップ、コンドーム(もちろん全て使用済み)。要するに、普通は捨てることに一切躊躇しない物がほとんどだった。
でも人によっては、ビニール袋は「何かに使うかも」とか、レシートは「いくら使ったのかわからなくなるのが不安」とか、そういう(場合によっては無意識的な)抵抗が働くかもしれない。捨てるときには、その都度、軽重異なるが判断が求められるし、捨てて得られるものも無いので"保留"という形で、なんとなくそのへんにうにゃむにゃしてしまうのかもしれない。
上でも述べたとおり、ベッドの周り(特に上層)はもはやゴミ屋敷化してしまった状態での行動を反映していると考えられる。この時点では、もう何かを判断する力を失っていたのだろう。ベッドの周りには大量のバファリンもあった。ゴミ屋敷とかそれ以前に、妹がそうなってしまう前に手立てを打ちたかった。悔やみきれない。
「余計なものを買うから、ああなるんだ」と思い込んでいたが、そうではなく「本当にしょうもないものも捨てられないから、こうなるんだ」という当たり前の気づきもあった。

あれだけ汚い居間の中で、中身の入ったゴミ箱・ゴミ袋の類が不思議と見当たらなかった(未開封の市指定ゴミ袋は片付けの途中で見つかった)。
捨てることがシステムの中に組み込まれておらず、捨てるハードルを高くしてしまっているというのもわかった(これは自分一人暮らしの中で覚えがあって、生ゴミ用に蓋付きのゴミ箱を買ったが、ゴミを放り込むのも、袋を出して捨てて入れ替えるのも面倒になって使わなくなったことがあった)。
ゴミ箱なんて使わずに、不格好でもそのままくくって捨てられるように市指定ゴミ袋を部屋に転がしておき、そのゴミ袋の下とか横にでも換えのゴミ袋を置いておくなど、とにかく「捨てやすい、ゴミ出ししやすい」を状況を作ることが大事なのだと思った。

捨てられない人にとって、通販は敵。
ダンボール処分に困る。解体担当の父もうんざりしていた(任せきりですまんかった)。硬くて解体しくいし、資源ごみだし。中身の方を早く取り出したくてダンボール処分どころではないかもしれない。
特にひどいなと思ったのはニッセンで、ゼクシィみたいな分厚いカタログが何冊も何冊もゴミの山から出てきた(発狂するかと思った)。体積的には、ニッセンで買ったものより多かったのではないだろうか。資源ごみは回収日が限られていて、しかも包装ビニールから取り出して紙紐で縛るなど手間がかかるので、捨てられない人間はあっという間に溜まる(自分定期購読した雑誌を、未開封状態積読した覚えがある)。
ゴミの下層の方に多く見られたのも、もともと捨てる手間が大きく、また捨てるメリットも少ない(生物のように腐ったりしないし)ので、まだ正常な判断ができる初期の時期でもなかなか捨てられず、結果、ゴミ屋敷へのトリガーとなるのだろう。

仕送りも敵。
ごみの下層でほったらかしにされたダンボールの中には、自分も見覚えのあるものメーカーのもの散見された。送り主は母で、仕送りされたものだった(僕も同じ時期に別の地方大学へ進学し、一人暮らしをしていたときに送られてきていた)。
中身はマヨネーズとか、ごま油とか、缶詰とか、そういうどこでも買えるような食品だったが、台所を片付けていたときほとんど未開封なのに気づいた。確かに、そのへんで買えるもので、しか調理しないと使えないようなものなど邪魔しかない(僕は強く「仕送りをやめろ、やるなら現金にしてくれ」と伝えていた)。
送られた品というのはなんであっても捨てにくいものだし、ましてやそれが一人暮らし栄養状態心配する母なのだからなおさらだありがた迷惑とはまさにこのことなのだろう。残念ながらこれもゴミ屋敷トリガーとなっていたと思える。

これは僕の直感なのだけど、一面床が見えなくなったらおしまいで、誰かに助けを求めたり介入したほうが良い。
床にゴミがある状態というのは、心理的ストレスが高い。捨てたくなるはず。だけど、一回ゴミで覆い尽くされたら、あとは高さしか変わらないのでゴミが増えたことを認知できない。そしてその期間が長くなるほど、もはや変えられない事実になる。ちょうど僕が初めて居間を見て「これは専門業者に頼むしかない」と感じたときと同じ絶望に、毎日毎日曝される。
この状況を打破するためには、他の誰かの助けがいるのだと思う。

どうでもいいこと(なんか汚い話)

初日に父がアパートに到着したときのこと。ユニットバスを見ると「うわーきたなー」と言いながら、そのまま入って、じょぼじょぼじょぼとおしっこをしていた。ちなみに2日目には自分大事荷物ユニットバスに置き、3日目には大の方もしていた。団塊世代の衛生感覚、恐るべし。僕は最後まで我慢してしまった。

意外とゴキブリは居らず、生きているのは1匹も見なかった(これは地域特性かもしれない)。
その代わり、5ミリくらいのうねうねした、尺取り虫のような、ちっちゃなムカデのような虫がそこかしこで這っていた。なんだったんだろう。

賞味期限が5年前に切れた卵の処理は簡単乾燥しきっているので液体ではなくなっていた(冷蔵庫の中だからかも)。

2018-05-13

anond:20180513155230

そういえば新宿駅あたりでもホームレスって激減したな

まだいるけど

昔たくさんいたホームレスってどうなったの? 文字通り蒸発して闇に消えたの?

2018-05-05

anond:20180505035025

増田蒸発現象を知らないのかな?

歳をとると、すれ違いビームでも眩しすぎるんじゃボケ

角度とか自動で切り替わる防眩ライトの普及が進めばいいと思います

2018-04-26

anond:20180426020859

ありがとう

でも漫画を描いてるのは家族と一緒に居る為だからそれは出来ない

日雇い派遣世界は50代以降が極端に少ない

みんな体を壊して消えていく自殺したり蒸発している

俺もぜったいそうなる

それまでに金に出来るようになりたい

これを言ったらだったら資格勉強しろ言ってると余計キレられたけど。

2018-04-23

最近充実してる。

クライアント蒸発して入金されていなくても、好きな子好きな人が居たとしても最近すごい人生楽しい

ずっと社会から逃げて部屋に引き込もっていて今月から社会復帰したんだけど、何が起きても「生きてる」って実感が持てて幸せだ。

ずっと出来事に対してテレビの向こう側のような気持ちでここ数年間生きていたけど、今最高に自分人生を歩んでいるって感じがする。

少しでも好きな子に振り向いてもらえるように、髪型を気にして服装も多少マシになった。

きな子とのデート練習の為に、普段断って行かないカフェに行って会話の練習をした。

でも純粋友達と過ごしたその時間もいつもより鮮明に感じて楽しい

人生にかかってた霧が晴れたみたいに小さな事に喜びを感じる。

シャンプーを新しい物に変えたこと、シーツを新調したこと、昔だったら気にもとめない事が喜びに繋がる。

人生ってほんと楽しいね。

2018-04-11

兄がライターになったらしい

なんだかよくわからないけど、ライターになってお金もらってるらしい

すっごく心配なことがあるんだよね

西日本田舎に急に蒸発したり、仮想通貨暴落直前にビットコイン買ってたりして…


イ〇ハヤ信者じゃないよね!?



自分の兄がイ〇ハヤ信者とかマジで嫌なんだけど!!!

兄も増田やってる兄弟なんて嫌だろうけど!!!

明らかに兄のネット歴は自分より浅いから、誰かから吹き込まれて騙されてないかなぁ

ブログツイッターとインスタやってるっぽいけどアカウント教えてもらえない…

というかネット歴の浅い人がネットライターなんて務まるのかなぁ…何について書いてんだろ…家に滞在中の行動が想像上のネットライターと違った…


とりあえずライター業については何も言いませんし頑張ってほしいとは思いますけど、イ〇ハヤ信者だけはマジでやめてください

2018-03-20

人間やめて違うものになりたい

何年も人間やってるとかなり辛くなることがまあまあな頻度であってその度絶望するので、人間ではない何か違うものになる妄想をよくしちゃう

今のところは樹になりたい

長生きな大きい樹

そんなに人気はないけど地元民にはなんだかんだ愛されてるみたいな樹になってボンヤリ成長して枯れたい

それ以外だと大きい入道雲かになって、夏の午後、どこかの誰かに大きい雲だなぁ雨が降りそう、なんて一瞬思われた後、短い雨を降らせて、すごい雨だったねえなんて言われながら、終わったらそのまま蒸発して空に帰りたい

人間、ちっぽけなわりに悩ましいこと多すぎて本当にだるい

今すぐやめたいけどやめられないから、無理やりやりたいことを見つけてお金を稼がなきゃならない かなり大変じゃない?

今ちゃん人間やってる人全員ものすごく偉くてすごい みんな自分を褒めたほうがいいよ…転生できないの実はかなりのハンデなので…

みんな知らなかったかもしれないけど…

あー本当に今すぐ人間やめてハワイのヤシの木になりたいな あーあ

2018-03-19

成長だけ追い求めるなら辞めるわ

素直に辞める時期がきたかと思ってる

特に数字を追いかけるのは結構だけど利率の低い会社無視するようになってきた

大きい所からクレーム出るくらいなら小さい所は忘れてもいいという態度

そりゃ成長しない会社は生きていけないけれど

小さい会社は見捨てていいって話にはならんだろう

何のフォローもないし信条にも反してきたし辞めても心痛まない段階に来た

そういうのがまかり通ると今度は社内でも下を潰す文化になる

特に今やってる事業にしても今でこそ成長してるけどいつコケるのか誰も分かんないからね

それだけやっていたいとかよく言えるなあ

元々死のうと思ってたし適当に生きて蒸発でもして海で死ぬ

2018-03-17

増田はまだいい方だと思うがな

画面から出てこないもん。

リアル人間マジでクソ。

特に客。

あいつらなんで店くんの?

滅びてほしい。

核かなんかでジュッと蒸発しねえかな。

2018-03-10

anond:20180309223403

別に乾かなくても衛生上問題ないと思うが、どうしても一晩で乾かしたいなら、

消毒用エタノール(混ぜ物のない日本薬局方の)を百均で買った小さいスプレー容器に入れ、

洗った後に、ペットボトルの内側に何回かシュッシュッとスプレーする。

良く振ってエタノールが内側全体に行きわたるようにしてペットボトルを下向きにして乾かしておけば、

内側のエタノール混じりの水分は速やかに排出され、あるいは蒸発する。

内部の雑菌繁殖も防げて一石二鳥

ペットボトルの口は塞がず、通気と排水ができるようにしておくこと。

2018-03-06

日本って近いうちに死ぬんじゃね?

日本って、5年ごとに四国人口が丸々消えていくようなスピードで人が減っていくらしいじゃん。保育園落ちた家庭に言われなくても死ぬんじゃね?

人が減れば、回るお金が少なくなるし、生み出すものも少なくなる。

鍋のお湯をどんどん蒸発させていくと乾ききる直前には水滴になるように、減っていくものには偏りが生まれる。限られたパイの奪い合いだから地方の多くは淘汰されるし、貧富の差も拡大する。余裕がなくなるから文化スポーツも衰えて育たない。

活躍とか多様性って、要は人が減るから一人何役もやらないと維持できないってことでしょ。技術進歩生産性の向上は、人にゆとりをもたらさず、息つく間もなく忙しくなるだけ。

才能ある人や魅力的な企業は今後も日本に出てくると思う。ただ、それは厳しい境遇自力で這い上がったごく一部。多くの人々は、沈みゆ社会にゆっくりと飲み込まれるだけ。

日本で生まれたからって、日本を愛しているからって、日本と一緒に死ぬ必要はないと思う。

2018-02-27

父ちゃんが凝縮した。

https://togetter.com/li/1203187

リンク先は昔は父ちゃん蒸発がよくあった、という話。

で、私は生まれときから父親存在を知らなかったのだが、小学生の頃、いきなり父ちゃんだよ、と会わせられた。

こういうのを父ちゃんが凝縮した、と言うのだろうか?

女性専用電車で揉めるみんな殺しあえばいいのに

いやホントに。

その方がすっきりすると思うよ?

ロシア中華キタの核で通勤ラッシュ時にジュワッと蒸発ちゃうのもアリかもしんないけどさ

2018-02-25

2年以上付き合った彼女最後に言われた言葉

生理的に無理

俺の時間返してくれないかな。

君は俺を傷付けるためにこれまで付き合ってたのか。

夜の営みも生理的に無理だと思いながらしてたのか?

酷い女もいるもんだ。

許せないし、一生関わりたく無いけど仕事関係上関わらなければならない。

はー、蒸発したい。

次はまともな相手に巡り会えますように。

【追加】

最初から生理的に無理だったと言われたんだよ。

本当に恨んでるし、これ以外にも色々悪口言われたわ。

でも向こうの主張は「お互い様だよね?あなたも悪いよね?」の一点張り

正直、向こうに蒸発して欲しい。

表面上は円満に別れたように対応する気すら無くなる。

仕事に支障が出てしまえばいい。

人の人生踏みにじるな。

2018-02-15

スーパー銭湯の仮眠室で喋ってりヤツ。脳ミソあんのか?どっかへ蒸発してくれ。

2018-02-08

寒いのに打ち水してる店がある

何のために打ち水するの?

朝一ジョウロで歩道一面、毎日水まいてるんだよね。

打ち水って、夏の暑い日に太陽の熱で水を蒸発させて

周囲の温度をさげるために利用するんじゃなかったっけ?

掃除するために使っているようにも見えない(湿らせてるだけだし)

2018-02-07

うんまあ…あの歌で救われる母親って、もうあれしちゃダメ、これしちゃダメを真面目に受け取りすぎて苦しんでる人なんだろうなっては思います

そして、苦しいけれどそれでもあの歌でもそう言っていた、これだけ我慢してる自分は間違っていないんだって確信するのだと思います

でも、本当にネイルや服やおかずやたまに行くライブやお出かけやそういったものをお母さんが我慢することが子供幸せにつながっているのでしょうか?

大人から多少我慢することも責任を取らなきゃいけないこともありますが、それは子供のための犠牲ではなく、家族や周囲全体の最大幸福値を目指してする努力でしょう。

それができないで恋人蒸発するようなどうしようもない母親わがままを許容せよと言っているのとは違います

それからそれを子供向けの歌にして聞かせるって結局、「お母さんはこれだけ我慢してあなたに尽くしてるんだから感謝しなさいよ、あなた我慢しなさいよ」っていう息苦しさにしかならなくないですか…それってすでに、無償の愛ではなくて、子供に交換条件を求めてませんか。

親の幸せをいつも願う優しい子供たちのことだから、「自分はお母さんの負担になっている、そして自分はそれに対して何もできない」って思っちゃうと思うんですよ。

そしてもし、自分がお母さんにこういうことをしてもらっていないと感じるお子さんは、「お母さんとは本当はそうあるべきなんだ、自分絶対自分犠牲になるいい母親になるぞ」って「いい母親像」に苦しむお母さんを新たに作り出してしまうのでは。

これがいい歌だっていって流行って、保育園幼稚園子供達が歌わされ出しちゃった日には…もう親としてはそんな歌を歌う子供ちょっといたたまれないです。

そんな歌を歌わなくていい、あなたは決してお母さんの犠牲の上に成り立つ存在ではない、お母さんはあなた犠牲にはなっていないという前提で、お母さんはあなたに会えて幸せである理解していてほしい。

そして親離れがしにくくならないように、あなたを何より大事に思っているが、あなたがいなくてもお母さんは幸せにやっていけるから心配しないで自由に生きなさいと伝えておきたい。

2018-02-03

母を思う

まず最初に。

はちゃめちゃ長文だ。誤字脱字もある。

読む人がいるかは分からないがとても読みにくいと思う。

いい年して駄々っ子のようだとも自覚しているが、ここはそういう場所だと聞いたのでただ吐露していく。

私は母親が苦手だ

ありきたりな話だと思うが母親が苦手だ

私は生まれた頃から生粋のおじいちゃんおばあちゃんっ子だった。当時祖父母の家と自宅が目と鼻の先の距離だったこともあって、小学校に上がるくらいまでは自宅で過ごした記憶しかいくら祖父母宅にほぼ住んでいた。

初孫で初めての女の子だったこともあり、蝶よ花よと祖父母は可愛がってくれた。頻繁に遊びに来ていた親戚も可愛がってくれた。それが母親面白くなかった。

それもそのはずだ。自分にとっても始めての子供を姑に取られてしまったのだから

この事が私と母親の根っこに未だに深く残っているのだと思う。

私も母もお互いへの接し方が分からず、当たり障りなく過ごしているうちに私が小学生に上がる頃祖父母宅とは遠い場所へ引っ越すことになった。

その辺りから徐々に、いや今まで溜め込まれていたものが少しづつ外へ出てくるようになってきた。

母は怒りを頻繁に爆発させた。

親は怒るものだというが、母の怒り方は常軌を逸していたと思う。

何に怒っていたかは分からない。職場や外で何か嫌なことがあったのだろう。そういう日は玄関を蹴りながら開け買い物袋から自分荷物から全てキッチンに投げ捨て包丁まな板をグサグサ刺し続けるのだ。

初めて目にした時はこのまま殺されるのかと思い体が動かなかった。今さらながら蛇に睨まれた蛙とはこの時の様な状態なんだと思う。

まな板にいくつもの刺した後が残るころ、気が済んだのか笑顔になり『うるさくてごめんねーごはん作るね』と言うのだ。いつも通りに。笑顔で。ついさっきまで包丁まな板を刺していた人がだ。

この頃から母はやばい人だな逆らわないでおこうという生存本能のようなものが植え込まれていた。

他にもテーブルを蹴る。物を投げ捨てる。大声を出す様な事はわりと頻繁にあった。

母の出した料理に少しでも微妙な反応(上記の通り逆らいたくないので間違っても不味いなどは口にしてはいない)をすると食べなくていいと食事途中であっても膳を下げられた。なので食事中は大げさに『おいしい!今日ごはん作ってくれてありがとう!』とまるで『いただきます』を言うように言っていた。

幸いなのはどんなに起こっていても私や妹たちには決して手を出さなかった。なのでここまで書いておいてだが虐待されたとは微塵も思っていない。少し他の母親と違うだけだ。

母がこうなってしまったのにはいくつもの理由がある。

まず始めに書いた私を小学校上がるまでほぼ祖父母に取られてしまたこと。

我が家比較的裕福ではないこと。

父がクソなことだ。

我が家比較的裕福ではないこと、は父がクソなとこに繋がるので父の話をさせてもらう。

父は私たちを養うためにあまり家にも帰らず必死に働いてくれた。それは大人になった今有り難みが心の底からわかった。労働して家族を養うってものすごい大変だ。

それでも父はクソだった。

パチンコに入り浸り、出会い系をして、一回り下の子不倫をして、借金を残して蒸発した。

父の話は以上だ。

あれだけ書いたが、私は母を恨んではいない。感謝している。父が蒸発しそれでも働いて私たちを育ててくれた。私が母と同じ状況になったらもっと駄目な母親になると思う。少しやばいけど尊敬する母だ。

それでも苦手なのはいまだに変わらない。

そんなことがあって、女手一つで育ててくれた母親にむかってと思う人もいるだろうが苦手なのだ

嫌いではない。人として反りが合わない。

子どもの頃の母の言動がいまだに忘れられないというのもある。トラウマというには大げさだが、自分に向けられていないにしろ母親包丁を振りかぶっている姿というのは忘れたくてもなかなか忘れられないものである

それから母の一つ一つの言動に疑問に思うことが多々ある。

例えばパチンコ店で働く親戚に対して、あんな所で働いて恥ずかしくないのかと言ったり。所謂『オネエ』が嫌いで、女の武器を使って姑息だと言ったり(そもそもLGBTにあまり理解がない)。階段ベビーカーを持ち上げて登っているお母さんが居たので手伝おうとしたら『私がベビーカー使ってたころは自分で持つのが当たり前だったんだから今の人たちも苦労しなきゃいけない。手伝わなくていい』と私の手を止めたりもした(そこで母に逆らいたくないあまり手伝わなかった私も同罪だ)。

それから、母に面と向かって『お前を育て直したい』と言われたことがある。

もちろん母なりに考えていて悪意のある言葉でなかったと思う。そう信じたいが、それを言われた子ども気持ちは?

それを言われた瞬間に『今のお前は失敗作だ』と言われた気がした。

弁解させてもらうと私はいたって真面目な子だったと思う。ずば抜けて優秀だった訳ではないがほどほどの成績を取り。校則違反を犯した事もなく。教師からの評判もいい地味で真面目な子だった。働く母に変わり夕食を作り家事を手伝った。今思えば幼少期に埋まるはずだった信頼を必死で埋めようとしていたんだと思う。

それでも言われたのは『お前を育て直したい』だった。

少し他と違う、少し変わった母でも信じようと思っていた気持ちがそこで切れた気がした。

崩れたんじゃない。切れた。

母への想いがそこで終わった。

尊敬はしている。育ててくれた恩も感じている。だけど終わっている。

母は今再婚して、義父となった人と暮らしている。私も妹もみな家を出ているので母の現状の暮らしがどうなのか詳しくは知らない。

義父が地方出身で将来的に地元に帰るので、母も付いていくのだという。

くその日が来ないかなと思っている。

あの人の人生幸せだったのだろうか。これから幸せになれるのだろうか。

私はあの人からまれてあの人に育てられたのに、もう終わってしまたからそんな事をぼんやり思うしか出来ない。

ごめんなさい。

育て直せればよかったね。

2018-02-01

anond:20180201214803

ならば焼き付ける前にざっくりと蒸すというテクニックもある。

水でも中華スープ溶いた出汁でもいいから、フライパンが温まりもやしに若干火が入ったところでぶち込んで蒸発させてしまうんだ。

熱が7割がた通っていると判断したら強火で焼き付ける、最後の1割は皿に盛りながら余熱で通すくらいの勢いだ。

良いもやしライフを!

2018-01-30

義実家の隣に家を建てたくない

その提案を夫からされたとき、瞬間的に身体の中をストレスが駆け巡って。

どこかの新築マンションに住もうかなぁとか、モデルルーム見にいきたいなぁとか、それとも小さな一戸建てかなぁとか、

楽しみにしていたことが一瞬で吹き飛んで、嫌だという思いが沸き上がってきて。

例えば私が嫁の立場から拒否しちゃいけない辛抱しなくちゃ、との思いでそれを承知したとしても、

家を建てることが憂鬱憂鬱で仕方なくなるから、きっと考えることもしなくなって、夫に丸投げになって、「何なの?嫌なの?」とケンカになるであろうことも容易に想像できるし、数年後に耐えられなくなって私は蒸発してしまうかもしれない、と半分本気で思っている。子供を置いて、夫を置いて、今まで積み上げてきた生活から逃げ出す私。

おそらく私はストレスに弱い。嫌なことはとことんやりたくない。不快ものは視界から退けたい。HSPだと自己判断はしてるけど。

拒否していいかな。拒否していいよね。結婚した以上相手の親と近居になったり面倒みたりということは自分の身にも当然起こることだと思ってはいたけれど、こんなに拒否反応が出るなんて。はぁ。自分のことばっかりで、嫌な女だなぁ。でも、我慢してストレス抱えて生きていけない。今からでも話し合うか。。。

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