「宇野常寛」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 宇野常寛とは

2017-11-15

50歳以下の日本思想家で後世に残りそうなのがほとんどいない件

はてな満場一致で残ると思われてるのが宇野常寛ぐらいしかいない。

やばくね?

2017-11-05

[][][]

宇野:後期宮台さんへの評価は若手の中ではかなり高いほうだと思いますよ。変な言いかたですけど、ある種のダブルスタンダード的な

モチーフには共感します。例えば東さんは棲み分けでいいと言ってしまう。逆に大塚英志はまだ近代は終わっていないのだから、無理や

りにでも物語を作る必要があるという。宮台さんはその中間で、セカイ系になるのはしょうがないが、それをうまくまわすために工夫し

ていこうと思っている。そういう発想が好きですね。

「ゼロ年代の批評」のこれから──宇野常寛さんロングインタビュー - 荻上式BLOG

2017-10-01

宇野常寛母性ディストピア刊行記念呪詛

宇野常寛の「母性ディストピア」が刊行されることを記念して、私が宇野ブロックされた時のことについて書こうと思う。

まず最初に言うと、私は宇野尊敬している。

だってそうじゃないか

立命館で「サークルクラッシャー研究」なんてしょうもないことして卒業サラリーマンやりながらミニコミ編集から身を立てて今や地上波キー局コメンテーターにまでなったんだからNHKじゃ時の人として特集まで組まれたよ。誰彼かまわず喧嘩を売って、使えそうなオヤジには取り入って転がすホステススタイルは誰にも真似できるもんじゃない。

で、ブロックされた時の話だけど、メンション飛ばしたり、引用RTしたりしたわけじゃない。

おそらく彼のシンゴジラ批評についてくさしたツイート宇野エゴサーチして見つけたんだと思う。

ツイートの内容は「宇野はいつまで大澤真幸や宮台慎司の残飯整理してるんだ」みたいなもの

ブロックされた時、まず「小せえな」って思った。

普段テレビコメンテータとしての発言炎上すると「耳障りの悪いことには耳をふさぐ愚民どもめ」みたいなこと言ってるくせに批判されるとこれかよと。尊敬してたのに見損なった。

次に「宇野はいつまで大澤真幸や宮台慎司の残飯整理してるんだ」って私の批判妥当かどうかって自己反省をしてみた。

宇野批評の要旨はだいたい以下の2点に集約される。

戦後日本をささえた「大きな物語」は失効したから、これから中間共同体に依って自立して生きていくことが大切だ。

村上春樹ファンとか高橋留美子ファンとか、母性依存した惰弱オタク死ね

前者については大澤真幸や宮台慎司90年代前半から言ってきたことで、これをいまだに繰り返しているのは芸がない。後者についてはそもそも誤読だが、百歩譲ってもほっとけよっていう程度でイキるような話でもない。そもそもこうしたマチズモ的な言説そのものが「大きな物語」への郷愁であり、まさに自家撞着に陥っている・・・とか書けば宇野批評いっちょ上がり。安っぽい。

宇野サブカル批評対象を都合よく解釈編集、捻じ曲げてこの1か2のどちらに接続するだけのものだ。

映画評論家の町山は「評論って串焼きみたいなもので、客観的ディテールや背景の事実などをできるだけ集めて、最後自分主観という串で貫く。集めた材料の量や質、それを外さずに貫けるかどうかで味(面白さ)、強さ(説得力喚起力)が決まる」って言った。

宇野批評は串ありきで、串に合わせて都合のいい材料を集めているだけだ。

考えれば考えるほどブロックされるようなことを言った覚えはない。

何がいいたいかというといちいち裏垢でツイート読むの面倒だからブロック解除してほしいのと、どうせくだらないんだろうけど「母性ディストピア」読むってこと。

あと教養のない若者は仕方ないと思うけど、あまり宇野批評とか真に受けないようにな。 

以上。

2017-06-23

そろそろ本気で秋元康

政治の不満をAKBガス抜きしてる説を真剣検討すべき。

まず総選挙の時期が意味不明

宇野常寛小林よしのりはちゃんと仕事しろ

2017-03-20

http://anond.hatelabo.jp/20170319092732

宇野常寛AKB48を褒めるのも売上で圧倒してるからで、

それを社会を語るネタにするのが便利だからでしょ

2017-03-19

マイナー作品楽しんでる俺スゲーからの売上至上主義

 マスコミチャートに唾を吐き、大衆を見下したつもりになっている

サブカル野郎オタクの一部がいけ好かないのは分かる。そういうもの

へのカウンターとして宇野常寛は新しかったんだろう。

 彼の影響かどうかは分からないけど、最近の売上至上主義というか

ビジネス視点に立ってメタに立ってるつもりの人を見るのが辛い。

 

 まとめブログもそこに参加するようになってるのも辛い。

 数字を出した『君の名は。』に少しでもネガティブ評価をすれば

嫉妬乙!』『数字で負けてる奴に発言権は無い!』みたいな反応が

ネット意見としてまとめられてしまう。

 『けものフレンズ』も良い数字を出しそうなので勝ち組ポジション

得ていますね。

2017-02-27

宇野常寛がいけ好かない理由がわかった

何かを悪く言いたい時に「僕は好きなんですけど」とか「あの作品何回も見てるんですけど」とか言うからだ。

2017-02-07

山本一郎(切り込み隊長)や宇野常寛善良な市民)がいつの間にやら平然と「知識人」として昼日中お茶の間に顔を出せるようになってるのって本当に日本的現象だなと思う

テレビを見てる民衆は誰もこいつらが何をしたのか知らない

テレビに出てるから何か偉い奴なんだろうと思ってる

2ちゃんねらー煽動してネットゴロとして有名になっただけですよと言われたら顔をしかめるだろう

しかし実際それしか功績がない連中がテレビに出る、有識者面をする

隠してもいない、隠せようもない、知ってる人は誰でも知ってる経歴は何故かなかったことにされる

有名になった経歴が曖昧にされたまま、とりあえずテレビに出てるから「有名で偉い人」ということで落ち着く

あまつさえネットゴロですよとこのように教えてすら、テレビに出てるんだからそれだけじゃないでしょうとか何とか言って多くの日本人事実より印象を固持し続ける

 

プロラジオDJとして長い経歴を持ちながら、いつの間にか整形してミドルネームがついて経営コンサルタントとして有名になっていたショーン川上を見ていた、事情をよく知るラジオ業界人の気分はどんなものだったであろう

ショーンKは最終的に化けの皮をはがされた

しかしこの事実は何も楽観的な未来を感じさせるものではない

ショーンKは化けの皮がはがれた

しかしそれは「ニセ外人」としてのことに過ぎない

外人さま」を僭称した罪では裁かれたものの、「いやいやそれでも良いことを言っていた」などと言う馬鹿信者は未だに途絶えない

ただただどっち付かずで100%無難なことを言い続けた「ザ・日本コメンテーター」にすぎなかったのに、あの声と格好で印象づけられた「この人は凄い人」という思い込みは、経歴詐称でもその「凄さ」の根拠が灰燼に帰してもも永遠に変わることはないのだ

 

愚かなりしやわが同胞

これではまるきり白痴ではないか

日本人に印象に左右されないまともな判断力というものがつく日は来るのだろうか

このままでは本当にこの国は、つまらない自滅をまた繰り返すだけの未来しかない

2016-07-19

もしも古市憲寿荻上チキ宇野常寛政治家になったら

どんな国になるのだろうか

若者代表の彼らのこれからに期待

2016-06-16

【保存版】 新都知事選びの参考資料 【2016年版】

〇:都知事にするメリット、期待出来るポイント

×:都知事にするデメリット不安要素

     ※過去都知事選出馬たか出馬が取りざたされた人物を集めた。

     ※金銭面の強欲さや不倫隠し子問題等が知られていた舛添都知事

       結局人格面の難によって都知事椅子を追われる経緯から

       金銭クリーンさや家庭面にもやや重みをつけた。

     ※順番は公平を期するためにシャッフルをかけたので無作為である

マック赤坂

宗教法人増税とそれ以外の法人・個人の減税を提唱

東京大学教授安冨歩マック赤坂こそ日本社会に潜む暴力への対処法を我々に教えてくれる人物であると高く評価している。

×2010年脱税有罪判決を受けている

×離婚歴あり

東国原英夫

2011年都知事選石原慎太郎に惜敗2位の人気&知名度

宮崎県知事を大過なく任期満了企業100社誘致マニフェストも達成

×不倫歴とバツ2は舛添現都知事と同じ

×16歳との淫行歴

橋下徹

〇都構想とか言い出さな

会計に明るく金銭利権面ではスキャンダル無し

糟糠の妻一筋 7人の子が全員嫡出子

×市長知事任期途中で自らやめてしまった

×維新の会のようなフランチャイズを作っては面倒になって野に放つ

×部落出身で親はヤクザとの報道があった

山本太郎

〇豪腕小沢一郎を抑えて政党代表をとる腕力

山本太郎のなかまたちが1350万人増える計算都民人口

×スピード離婚歴・非嫡出子あり

×バックが中核派

宇都宮健児

2014年都知事選で2位に付ける人気&期待度

隣国・韓国から日本代表する良心知識人に選ばれる宇都宮』と評価される(京郷新聞2013年12月29日記事)。

〇著名文化人の支持者が多い(坂本龍一辛淑玉北原みのり想田和弘森田実、ほか多数)

×政治家としての実績無し

×石原・舛添に続き外交分野に嘴を突っ込みそう

田母神俊雄

軍事に強い

反グローバリズム思想の柱としておりトランプ次期合衆国大統領と気が合う

作家アーティストの支持者が多い(デヴィ・スカルノすぎやまこういち百田尚樹三橋貴明ほか多数)

×公職選挙法違反逮捕

×愛人不倫、妻と離婚係争

中松義郎

発明に強い

〇反朝鮮学校反原発と言う左右バランス感覚

高齢者の老化防止を公約

イグノーベル賞受賞

×末期ガンのため任期満了に黄信号

渡邉美樹

労働者に強い

家入一真

ポーカーが強い

〇最年少

〇支持者に若い人が多い(堀江貴文ロンドンブーツ田村淳安藤美冬宇野常寛、ほか多数)

×離婚歴あり

×study gift等の不明会計問題

細川護熙

2014年都知事選で僅差3位

首相経験者、細川家18代目、経歴の華麗さではトップ

〇支持者の幅が広い(小泉純一郎小沢一郎鳩山由紀夫菅直人鎌田慧、ほか多数)

×首相時代佐川急便からの1億円政治資金スキャンダルで辞任へ

2016-05-25

宇野常寛冨田真由刺傷事件警察批判したいと言ったらNHKに出演キャンセルされた 接触が悪いことにしろと依頼された」

僕は今回の事件は明確に警察捜査不手際があったと思う

かなりはっきりした形で嫌がらせの形跡がソーシャルメディア上に残っていたし

本人も真剣相談していたのに

警察盥回しに近い扱いをやっちゃっている

それでここまでの事態に発展してしまって

警察認識が甘かったんじゃないかって言う事を

フェアネス観点からコメントせざるをえなかったと思う

僕は放送を見てはいないんだけど

打ち合わせした段階では

接触系アイドル文化を背景にした事件というvtrになっていて

それに補足するような解説にしてほしいという依頼だった

その中にどうしても警察の話は入れて欲しくないという事で僕は出演キャンセルになりました

僕は非常に残念です

何故かというと識者のコメントというのは問題多角的に写す為のもの

事態を立体的に浮かび上がらせる為に識者のコメントは要るはずなのに

この程度のコメント内容で出演をキャンセルされるんだったら何の為の識者のコメント取材なのかなと思った

あとは本当に被害に会った元アイドルの方の回復を祈るばかりです

https://youtu.be/bzdHjDWWd_g?t=36m47s

http://hanabi.2ch.net/test/read.cgi/morningcoffee/1464125024/

2016-05-11

宇野常寛の友人が女がらみで次々と失脚している件

濱野智史ドルオタが嵩じてアイドルグループを立ち上げるものちに泥沼撤退

乙武洋匡相手の人数を把握できないレベル浮気常習犯

堀潤DV浮気離婚

2015-10-05

宇野常寛國分功一郎って顔似てると思った。

ちなみに私は宮野真守に似てます

2015-05-08

@hazuma 福島観光地化計画よりサブカル批評やってくれ

サブカル批評、体力が要るらしいんですよ。

アニメクールも見たり、ゲーム徹夜プレイしたり、ラノベ読んだり。

で、「35歳になって体力が持たなくなってきた」から福島~』に転向したらしいんです。

昔のあずまんに戻ってください。

体力ならつければ良いじゃないですか。

昔の清原みたいに肉体改造して、ムキムキの締まったボディになってください。

福島コミットしたがる人間なんてたくさんいるんですから、放っておけば良いのです。

でも、キレッキレのサブカル批評あずまんしかできません。

宇野常寛鈴木謙介のクソっぷりを見てください。

東-宮台世代の後継が育っていないんです。

頼みますよ、社長

2015-05-02

http://www.fujitv.co.jp/fujitv/news/pub_2015/i/150407-i060.html

もやっとする。

初回の「なぜいじめは無くならないのか?」の回を見る。

討論というのはであれば、

いじめ定義づけをしてほしい。

文部科学省が出されている定義フリップ1枚出せばすむものを出さない。

評論家社会学者ともにいるのに、定義をまったく触れない。

座談会楽屋の駄話であれば、わかるんだ。

討論と銘打つのであれば、討論の体を保ってほしい。

「私はこんなに不幸なの(だったの)よ」と話すのであれば、討論の必要があるのだろうか。

また、評論家宇野常寛学校教育の流れおよび現場を見ない印象論だけのイメージを話す場面も

あったが、評論家でかつ学校教育について触れるのならば、それなりの知見のもと話すのが筋ではないのか。

2014-08-10

アニメオタクアニメに何も貢献していない。むしろ害悪だ。

自分の中でのアニメオタク(特に萌えオタ)に対する嫌悪感が一体何なのかきちんと考えてみた。

すると恐るべき結論に達してしまった。これから書くことは正直私も断言して良いものかどうか躊躇している。しかし、アニメ文化の発展のためにも、心を鬼にして書かなければいけないことだ。

アニメオタクは何もアニメに貢献していない!

今までも、そしておそらくこれからもずっとそうだ。これは岡田斗司夫のような豚野郎の言う「オタクは死んだ」でも、東浩紀のような豚野郎の言う「読者の質が悪い」でも、宇野常寛のような豚野郎が言う「萌えオタはクズ」でもない。もっと根幹に関わる重大なことだ。そして恐ろしい事実だ。

まず、オタクオタク向けに作ったオタクアニメが大きな評価を得てきたことは今まで一度たりともない。

名作を作ったクリエイター側は言うまでもなく、『ガンダム』の富野由悠季は仕方なくアニメ現場に降りてきた人だし、『攻殻機動隊』の押井守は元々映画監督志望でジャン=リュック・ゴダール敬愛していてたまたまタツノコプロ求人が目に入ってアニメ業界入りした人だ。

「でも、今は世界的にアニメブームが起きているじゃないか」と萌えオタがブヒブヒ言ってきそうだが、それは幻想である。まず90年代後半に盛んに言われた「ジャパニメーションブーム」を取り上げると、これは岡田斗司夫オタク地位向上のためにでっち上げものだ。本人も後にそれを認めており、外から圧力に弱い日本オタク市民権を得るにはそれしかなかったと言っている。この岡田斗司夫苦肉の策電通村上隆が乗っかり、ジャパニメーションブームという虚構ができあがったのだ(元々別称だったジャパニメーションという言葉を良い意味として輸入したのが村上隆である)。

それは今まで世界的な評価を得てきた作品を見ていけばわかる。

まずは、宮崎駿アカデミー賞も受賞し、名実ともに日本代表するアニメーション監督といった地位を得ているが、その作風アニメ界ではむしろ異端であるスタジオジブリ的なもの宮崎駿的なアニメは本人にしか作れず、その作風を引き継ぐような後継者は未だ誰一人いない(宮崎駿の後進育成が下手という話ではない。宮崎駿に影響を受けた人間が外で宮崎駿的なアニメを作ったっておかしくないのに、そんな人は日本はいないのだ。海外ではどうか? そう、モンスターズインクを制作したピクサーが後継にふさわしいだろう。言うまでもなく彼らはアニメオタクではない)。

宮崎駿にはオタク的なるものを避けて避けてやっと今日地位を築いたという歴史がある。オタク的なものを避けて世界的評価を得た、これは非常に重要ポイントだ。

押井守もその一人だ。『うる星やつら』を制作し、オタク向け監督の一人で終わるかもしれなかった彼は『機動警察パトレイバー2 the movie』や『攻殻機動隊』においてオタク向けアニメ想像力を捨て去ることで作品の強度を確立した。『ビューティフル・ドリーマー』はどうなんだ、という声があるかもしれない。これには後に押井守がこう語っている。「劇場版第一作『オンリーユー』を作ったとき原作者やファンが喜ぶことを全部詰め込んだ。上映されると当然原作者やファンは満足したようだが、作品的には酷い代物だった」。この諦観によって『ビューティフルドリーマー』は作られた。オタクから距離を取ることで傑作に仕上がったのだ。

他にも大友克洋の『AKIRAだって一見すればわかるようにオタク的な想像力から離れたものであり、渡辺信一郎の『カウボーイビバップだってそうだ。

オタク監督だと言われるウォシャウスキータランティーノだってウォシャウスキーSFの人で決してオタク想像力に耽溺しているわけではないし、タランティーノ高校中退して一日中映画を見まくっていた怪物だ。

エヴァンゲリオン無視しているじゃないか、と言われるかもしれない。確かにエヴァオタクオタク向けに作ったオタクアニメであり、社会的現象を起こすほど大ヒットしている。だが、これ一本でもってオタク想像力の勝利にはなりえない。何故ならオタク外にも評価されたオタク監督庵野ただ一人、例外中の例外なのだ。その庵野ですら、オタク偏狭さに嫌気がなして反オタク改宗した。その事実オタクは裏切った、とこれまた偏狭さを見せて批判している。

このようにオタクオタク向けに作ったオタクアニメで傑作が生まれたことは、一件の例外を除いて存在しない。オタクが喜ぶ想像力や「萌え」なんてもの全然強度を持ち合わせていない(十年前にオタク想像力オタクに受けていたクリエイターの今の地位を思い浮かべて欲しい、それが十年後の山本寛新房昭之の姿だ)。

しろオタクの好みに少しでも外れると烈火のごとく怒り、作画監督が少しでも個性を出すと作画崩壊と騒ぐその類まれなる偏狭さは害悪だと言ってもいい。

オタクオタク的な想像力から外れるような、例えば『スーパーミルクチャン』や『TAMALA2010』のようなアートアプローチから生まれた傑作を評価できない。どちらも発売時にはタワーレコード平積みされ、オタク想像力は一瞬で敗れ去った。

それどころか『フリクリ』をオサレだとかラベリングして嘲笑するほど、子供のような舌でもってクレームをつけて回っているのだ(『フリクリ』はガイナックスが作ったオタクアニメじゃないかという屁理屈が聞こえてきそうだ。ガイナックスは今や庵野の反オタクキャンペーンによってオタク的な人間駆逐されており、鶴巻は反オタク急先鋒である)。

そして、それは明らかにアニメ進化を阻害している。その理由を書こう。

まず、オタクが大好きな絵柄、要するに萌え絵アニメーションに不向きなのである。あの頭と目が大きく、等身が低くて身体か華奢という構造は、見た目通り人間的に動かすというのは困難だ。だから、どのアニメにおいてもよく動くと言われるもの萌え絵から距離を取っている。萌え絵を選択すると自動的紙芝居的な動きが縛られたものしか作れなくなる。ディズニー萌え絵を選択せず、あのような絵柄なのは動かすことを念頭に考えているからだ。

しかし、アニメオタク萌え絵以外の絵柄のアニメを「絵が変」と言って嘲笑し、批判する。ここがアニメオタクの一番の問題点であり、私が害悪と言い切る理由だ。

例えば近年稀に見る傑作である鉄コン筋クリート』を例に出そう。この作品も「オサレ」「絵が変」といって批判されているが、この作品こそアニメーション快感、動くことの快感を思い出させてくれるものはない。画面の中を縦横無尽に動き回るキャラクター達が見るものの心を掴んで離さない。そして、それはアニメオタクが「変」といって批判するその絵柄が貢献している。もし、この作品萌え絵だったらここまで動くものになってはいない。現にそんな作品はない。

そして、アニメーション快感を蘇らせたのがオタク外のマイケル・アリアスだったことは非常に重要だ。アニメオタクアニメーションのことがわかっていない。だからスタジオジブリ的なものピクサーに取られ、アニメーション快感マイケル・アリアスに取られてしまうのだ。

もう一度言おう。オタク想像力は強度を持っていないし、オタクが好むアニメ絵アニメーションに向いていない。アニメーションに向いているオタク的じゃない絵を排除するその思考はアニメ進化を阻害している。

アニメオタクが本当に現実逃避ではなくアニメのことを愛しているのなら、今すぐアニメを見るのをやめて即刻退場することだ。それが一番の貢献だ。

2014-08-08

知識人読書量・知識量ランキング

SSクラス 江藤淳柄谷行人、廣松歩、栗本慎一郎谷沢永一村上泰亮中村元

クラス 小室直樹浅田彰福田和也渡部昇一、呉英智蓮實重彦永井陽之助中村雄二郎すが秀実佐伯啓思高澤秀次筒井康隆小谷野敦菅野覚明養老孟司 見田宗介佐藤誠三郎大森荘蔵西部邁

クラス 丸山眞男吉本隆明長谷川三千子丸山圭三郎橋本治村上陽一郎佐藤優松岡正剛伊藤貫、猪木武徳坂部恵坂本多加雄大澤真幸中川八洋永井均野矢茂樹小浜逸郎飯田隆河合隼雄片岡鉄哉鎌田東二梅棹忠夫竹内洋山本夏彦山口昌哉、入江隆則

クラス 猪瀬直樹坪内祐三中沢新一御厨貴橋爪大三郎鷲田清一北岡伸一池田清彦中西輝政立花隆山本七平宮台真司桶谷秀昭宮崎哲弥司馬遼太郎古田博司市川浩東谷暁苅谷剛彦秋山駿関岡英之加藤尚武浅羽通明松原隆一郎東浩紀

クラス 中島岳志鎌田哲哉兵頭二十八内田樹森本敏村上龍西尾幹二仲正昌樹大江健三郎齋藤孝森岡正博富岡幸一郎小泉義之井沢元彦、桝添要一、中西寛中島義道鄭大均山内昌之村田晃嗣山形浩生林道義松本健一

クラス 斎藤環福岡伸一副島隆彦榊原英資梅原猛寺島実郎佐藤健志大塚英志五木寛之笠井潔潮匡人高橋源一郎岸田秀山田昌弘竹中平蔵池田信夫萱野稔人大川隆寛、大森望櫻田淳上田紀行手嶋龍一和田秀樹藤原正彦、中野剛志

クラス 佐々木中村上春樹三橋貴明田原総一郎木村太郎池上彰竹田恒泰切通理作島田雅彦酒井信、夏野剛苫米地英人上野千鶴子姜尚中、鷲田小爾太、竹田青嗣小阪修平佐藤亜紀

クラス 糸井重里加藤典洋中上健次勢古浩爾北田暁大藤原和博小熊英二佐々木俊尚西條剛央玄田有史城繁幸茂木健一郎岩田温千葉雅也、岡田斗司夫

クラス 小林よしのり宇野常寛勝谷誠彦荻上チキ鈴木謙介勝間和代伊坂幸太郎濱野智史赤木智弘坂本龍一いとうせいこう上杉隆酒井順子

クラス みのもんた久米宏古舘伊知郎ハマコー太田光水道橋博士テリー伊藤、リリー・フランキー、コシミズ、香山リカ森永卓郎、ホリエモン、津田大介ひろゆき中村うさぎ雨宮処凛桜井誠

異論がある人は修正版をトラバでどうぞ

2014-04-04

ビッグブラザー亡き後の世界

宇野常寛『リトル・ピープルの時代幻冬舎2011の続きを野木の行き帰りに読み続ける。「リトル・ピープル」とは「ビッグブラザー」と対で使われ、その意味大きな物語に対する小さな物語とかなり近い。その意味ではビッグブラザーモダニズムの真理を体現し、リトル・ピープルはモダニズム解体後の小さな物語を紡ぐ個々人ということになる。

と聞けばお決まりポストモダニズム論かと思うがそうではない。著者は村上春樹を80%称賛しながら、この対概念村上の中でどのように扱われているか分析する。それによれば、村上はお決まりポストモダニズム論に読者を引きずり込むのではなく、ビッグブラザーが壊死した後にリトル・ピープルの紡ぐ小さな神話に引き込まれることこそが最も危険なことである警鐘を鳴らしていると解説する。

そしてその小さな神話の実例としてあがるのがオオムなのである。そして大きな物語から安易デタッチメントではなくコミットメントというメッセージを発するのだが、ではそのコミットメントとは何か?

これが最も難しい。小さな神話が厭世的なカルト物語であるのならコミットメントとは社会的公共的な何かへの取り組みということになるのかもしれない。そして恐らく現代はそう言う方向へ流れている。3.11はそれに拍車をかけていると言えるだろう。しかし、ここで、はたとショックドクトリンの議論を思い出す。社会的コミットメントであればそれは全てが正しいことなのかと言えばそれはそう簡単に肯定できることでもない。ここにも様々なリトル・ピープルが潜在し目に見えない邪悪ものが潜んでいると僕には思えるのである。リトル・ピープルの時代とはそうした小さな邪悪との闘いの社会であり、それ故にビッグブラザー時代よりはるかリテラシーが求められるのだと思う。

2013-12-23

知られざるサードブロガー歴史

私がサードブロガーという言葉を始めて目にしたのはこの記事を読んだときである

はてな村では「誰が言ったか」より「何を言ったか」とか言うけど嘘だよね。またはサードブロガーアワードでも、γブロガーアワードでも、+αブロガーアワードでも同時並行で勝手にやったらええねん

http://bulldra.hatenablog.com/entry/2013/10/19/072115


この記事について私はこのような感想を残している。

順位を気にしてるからこそ「順位なんか気にせず行こう!」って言ってるみたいで、なんか根本的な解決になってない気がする。宇野常寛っぽい。 2013/10/19

http://b.hatena.ne.jp/masudamaster/20131019#bookmark-165863730



私が池田仮名氏についてずっと持っている違和感はこれである

池田氏は最新のサードブロガー記事で

電車に新しい席を作ろう」という話を書いたつもりです

http://bulldra.hatenablog.com/entry/2013/12/21/121133



と言っているが、新しい席も何も、インターネットという場には無数に席がある。それこそ無限にだ。

勝手に座ればいいのに、アルファブロガーがうんぬんアワードがうんぬんと言い続けるその姿勢

http://bulldra.hatenablog.com/entry/2013/10/19/072115

宇野常寛匂いを感じ取ったのである

これではまるでスクールカースト論ではないか

カースト論そのものがそもそも馬鹿馬鹿しいし、ましてやブログにはそういった類の優劣は無いはずだ。

私のような疑問・違和感を他の人も表明している。

・サードとかフォースとか言ってる人たち


ゴメンやっぱりよくわからない。

この人ら、何が言いたいの?

「僕はアルファーになれない。アルファーになれない僕らは何者にもなれないのと同じ。でも何者にもなれないのはツライから自らが何者かである自称する。よかったら認めてくれ」って話なの?そうとしか聞こえないわけだが。

それが書き手個々人の自尊心とかやる気にとって意味があるのは何となく分かる。だが、読み手にとってそれ何の意味があるの?個々人が胸の内で持っていればいいことじゃないの?その概念を広めて最終的にどうしたいの?

なんで読み手は君等の自己満足に付き合わなきゃいけないの?

(略)

そのサードブロガーとやらは、アルファとは何が違うの?アルファと違って何が読み手にとって素晴らしいことなの?別にブロガープロアマの違いがあるわけでもないし、「アルファブロガー」の劣化版としか思えないわけで。 サードブロガーとして認められたら何か満たされるの?すでにサードブロガーとして認められた人たちは、何か心が満たされましたか? 何か生活変わりましたか

自分なりの目標立てて満足したいだけなら、そんな名前いらなくない?

そもそもなんでアルファにこだわる必要があるの?アルファとかにこだわってるの君等だけじゃないの?自分に自信はあるけどアルファは無理、だからカンド、サード、フォース、フィフス。そんな志半ばで折れてくたびれた人みたいな話に読み手が付き合う必要あるの? 

毎日のように「本物のブロガーとは」みたいなこと言ってる人は、本当はアルファになりたいんじゃないの?

自己欺瞞でもないし、すっぱいぶどうでもないなら、サードブロガー存在意義が読み手にも伝わるように語ってほしいの。

http://anond.hatelabo.jp/20131025010235




「僕らはアルファになれないブロガーです!」と自称する意味がわからないし、それを公表して一体どうしたいのか、とは

誰もが持つ疑問であるほとんどのブロガーアルファではない。しかブロガーはそんなこと気にしないし、ましてや

いちいちそのような自虐めいたことを記事にはしない。

「僕らは競争から降りたんですよ」と言っているわりにはアルファブロガーに対する意識がとても高く、これにも矛盾を感じた。


この時点で、私のサードブロガーに対する印象は最悪である自分立ち位置意識して書かれたブログなどに価値は感じないかである


こうした私たち感想に対する回答として

サードブロガー」が公式トピックになったけど次世代アルファへの成り上がり論みたいに誤解されている件について

http://bulldra.hatenablog.com/entry/2013/10/23/074502

このような記事が投稿されたが、私はこれがまったくわからないのである

何が言いたいのかわからないのである村上春樹がここで出てくる。


「○○かもしれないし、○○かもしれない」

完璧な○○など存在しない。完璧な○○が存在しないようにね」


一事が万事この調子で、とても難解な文章になっているし、私や他のはてなユーザーへの回答・反論にはなっていないと言って良い。

なっていないから「サードブロガー」の意味は二転三転したのである

それはこの池田批判にも繋がる

サードブロガー問題について理解したいと思っている読者に対して何かを説明しようという意図は全く感じられない。説明する前にさら自分課題意識を語って問題をさらにややこしくしている。読んでる人完全においてけぼりである

http://anond.hatelabo.jp/20131221150536




そうこうしていると、次はトマト祭り(?)なるものが開催され、よくわからないが、この事件には私よりも私以外のユーザーが不満を漏らしていた記憶がある。

たぶん、トマトをお題にブログを書いてブックマークし合う、といったような話であろう。

身内ブクマ問題である。この部分にはあまりコミットしていないので私にはわからない。



そうすると今度は、やけに声の大きいとても目立つブロガーたちが集団で現れた。体調わる子を筆頭としたはてな女子、大彗星ショッカーまつたけetc・・・

彼らははてなで大騒ぎをした。とんでもないタイトルととんでもない極論をまぶした記事をはてなに大量に投げ込んだ。

はてな移住前のファンを引き連れてやって来た(ホットエントリが確保されていた)。

お金をください、ファンになってください、と叫んだ。自殺宣言をした。馴れ合った。アイコンを女体に変えた。


私は彼らのことをさっぱり理解できず、嫌悪感を持ちながらも考察した。彼らがブログを書く動機や目的は何か。

そして彼らをどうカテゴライズすればいいのか。


そのとき、私やはてなユーザーは、池田氏提唱した「サードブロガー」という言葉を持っていた。

これを使わない手はなかった。


最近うるせーうぜーブロガーサードブロガーだ!」


池田氏提唱する「サードブロガー」に対する嫌悪感と、新参DQNブロガーに対する嫌悪感が合体した瞬間である

「まとめて呼んでしまえ」

ここで池田氏は「提唱者が違う」とおっしゃられるかもしれないが、私はこの記事を提示したい。

サードって言葉使うと俺はサードではないとか、まつたけは一緒にするなとか、原義がー事実誤認がーってうるさいんだよ、あいつら。

そんな細かいこと知らないし、ソース当たるために読み返さねーよ…

そこまでしたくなるほど魅力的な人物や文章がない。

http://anond.hatelabo.jp/20131223115244

かなり口は悪いが、それなりのことは言っていると思う。

まり我々は、友達でもない人のブログをいちいち過去に溯ってまで読まないということだ。

自分ブログ過去に溯ってまで読まれるということはとても光栄なことであり、それは自分に興味を持ってくれたということでとても嬉しい。

ただ、それはとても稀なことであり、だから私の過去あなた過去ほとんど参照されない(それは救いでもある。東浩紀レベルになってようやく参照されまくる)。

池田氏以外の最近ブロガーにも言えることだが、「私はこのときこう言ってるんですけど!」「過去記事見てください!」

というのは文章のコミュニケーションではたぶん有り得ないことだ。文脈の時制を統一するのが文章のやり取りであり、もちろん

日本インターネットに居るほとんどの人ができているのに、サードブロガーになると途端にこれがダメになる。

「私の過去ぐらい知ってるでしょ?(みなまで言わないわよ)」ときたもんだ。そんなもん知らないのである

そういう姿勢が、サードブロガーの文章の読みにくさの大きな要因となっている。


話は逸れたが、つまり私や他の多数のユーザーにとって、「サードブロガー」の提唱者・代表者は間違いなく池田氏だということだ。


さて以上が「私がサードブロガーという言葉を使うまで」の私的(主観)歴史である

サードブロガーという概念言葉が二転三転した経緯を私はこう捉えている。

他の人はどう考えているのか。最後に私の目に止まったものを紹介して今回の記事を終わる。


kanoseサードブロガー」が今までのブログとどう違うか明確に説明されず、他人が理解できない時点で、定義がどんどん出てきたのは当然だったんじゃないかな 2013/12/23

http://b.hatena.ne.jp/kanose/20131223#bookmark-174308326

そんな絶望した世界サードブロガーという言葉定義されました。

サードブロガー意味は全く共感できませんでした。

だって、そんな名前つけなくてもWebには、小さな世界日常をを映し出す人達なんていくらでもいた。

その小さいものを見逃さないように、見つけ出す人達によってネット歴史は歩んできたんだと。

http://anond.hatelabo.jp/20131123175129

サードブロガー提唱をした本人は

トマトブロガーになりませんかって茶化す記事があったときに一緒になって笑っていた。

別の人間も、フォースブロガーでもプラスアルファブロガーでもええやんと言い出した。

サードブロガーという言葉はどうでもいいって態度を見せた。

いっぽうで、はてなブログ馬鹿騒ぎに苦々しい思いをしている人たちは、

そいつらをまとめて表現する言葉を欲していた。

から、彼らが大して大事にせずにほったらかしにしてた言葉を使うことにした。

この動きがあった時も、大して反論のようなものは見られなかった。

この時点で、もはやサードブロガー提唱のものではなくなってしまった。

乗っ取りが完了してしまっている。

(略)

起源などどうでもいいとはいわない。言葉提唱したこと自体意味が全くないとは言わない。

だが、サードブロガーという言葉をどのように使うか決められるほど

提唱者らはこの言葉コミットしなかった。

トマトバイトテロ洗濯機に入って浮かれているときに笑って見ていた。

しろ積極的にその言葉あいまいにして、ぼろぼろにするのに関与した。

http://anond.hatelabo.jp/20131222145816

ところが、「サードブロガー」周辺のやりとりをみるに、このあたりがよくわからない。PVや影響力だけがすべてではない、と主張しているようにみえるけれど、実際、サードブロガーに該当しそうなブロガーPVや影響力を軽視しているようには見えなかった。既存はてなダイアリーはてなグループブログ群のほうが、よほどPVや影響力を意識せず動いているようにみえたからだ。そして、彼らはお隣さん同士で「拍手」をつけあい、「あしあと」を気にしあうようなプライベートブログ文化圏のソレに近いようにもみえた。本人達の思惑はさておき、日本ブロゴスフィア全域を前提として考えた時、第三の極と言えるようなポリシー鋭利さは見出しえなかった。

http://d.hatena.ne.jp/p_shirokuma/20131227/p1



http://anond.hatelabo.jp/20131222231100

http://anond.hatelabo.jp/20131209142219

http://anond.hatelabo.jp/20131224125320

http://anond.hatelabo.jp/20131228163827


俺はブログと言う世界で生きている、この世界で偉いのは金持ってる奴でも喧嘩強い奴でもない、土日祝日ブログ書く奴。サードブロガーです!

http://azanaerunawano5to4.hatenablog.com/entry/2013/12/24/170036


めんどくさいがざっくり説明しとくと、

元々、Tumblr界の魔神otsu●e氏が道路暴走し、それを「情報戦略は始まっとるんや」とウチで茶化したらクマのお医者さんが鉄製の屑籠を振りかぶって

「悪いことは悪いって言わんかい...オマエネタにして調子乗っとったらぶち○すど、このクソ猿ブログが!!」

と怒鳴られ説教されて「やべー!殺される―!!怖ぇぇぇっ!! (((( ;゚Д゚)))」と冷や汗かいてるところを取り囲んでブコメで騒ぐはてな村お馴染みの盛り上がりの一連をyarukimedesu氏が

さらば、「はてな」よ。 - 団劇スデメキルヤ伝外超

ブログ記事を沢山書いて、アルファーブロガーになりたいな、なんて思ったこともあったけど。今でも思うけど、こらあかんわ。人生はあきらめが肝心だ。“

さらば、「はてな」よ。

と書いた。

それを見たinujin氏が「アルファなんて目指さないでいいんじゃね?」と言い出したところが最初

局所的なコップの中の嵐

から元々の発祥も「ボクたちサードブロガーもっとブログ界を盛り上げて...」なんて意味でも無かったんだが、ちょうどその頃新進気鋭でロジック・思考甘々で釣りまがいの記事を挙げまくって軽く炎上するようなブログが(昨日今日も何やら燃えてたらしいが)幾つも出て来たもんだから「新進気鋭のブログサードブロガー」と結びついて、その瞬間本来的な「サードブロガー」と言う言葉概念は死んだ。

(略)

サードブロガーとは、誰も旗を振らず責任を持たず、思惑から逸れてすぐに蔑称と化した概念

サードブロガーを語る時、誰しものサードブロガーはそれぞれに違う。

2012-11-20

俺の東浩紀がこんなにヱヴァンゲリヲンQを否定するわけがない

ヱヴァンゲリヲンのQをみた。東信者である俺は村上裕一×坂上秋成×さやわかによるQ最速座談会ももちろん聞いたし、風花でのあずまんと坂上村ustも見たし、はるしにゃんとあずまんtwitterでの絡みもチェックしたし、文学フリマでのQの感想を言いたくて仕方ない空気もしっかり感じた。相変わらず、文学フリマは「東浩紀不在の存在感」しかなかった。

さてQの感想はというと最初は「あれ?もう終わりか」というあっさり感。やけにシンジカヲルいちゃついてんな、くらいが印象的だったのと、短いのもあってまるでTV版を見ているような感覚だった。劇場は満員で、上映が終わった後の観客の態度もなんだかしっくりきてなく見える。ロフトイベントに出る直前のQを見たあずまん感想が「僕には退屈だった」というのもあり、まあこんなものなのかと大して感動もないまま家に帰る。

避けていたネット上の色んなネタバレ感想をチェックしているうちに、Qは旧エヴァを見ている人間ほど思う所が強く、新劇場版から入った人間ほど低評価、という傾向にあるようだ。低評価の人間に多く共通しているのは「ミサトさん達ひどい」だ。シンジ共感している人が多い。確かにミサトはレイを助けるシンジ背中を押したくせにあれだけシンジ嫌悪感を見せるのはひどい。他のヴンダーメンバーも気持ち悪いくらいシンジを否定している。そりゃサードインパクト引き起こした張本人を前に友好的になれってのは無理な話かもしれないが、シンジだって使徒止めたしニアサード引き起こしたのはマークシックスなんちゃうん…あとシンジエヴァにさえ乗らなければフォースインパクト起きないんだからちょっとは優しくしとけよ。自分だけ14年置き去りにされて(28)や(43)にあんだけきつくあたられたらそりゃネルフ側に行くわ…と突っ込み出したら切りがないが、14年という年月の間に明かされてない事が多いのでどうとでも解釈できる。ミサトさんヴンダー立ち上げるまでに色々あったんだろうし43なら更年期障害とかあるかもしれんし、部下の前で弱い所も見せれんかったのかもしれん。

ひと通りネット上の感想を見た後で坂上村さやわかQ座談会も聞く。三人とも旧エヴァからのファンで、Qにかなりの衝撃を受けた直後から感想が生々しくて実に良かった。彼ら的にはQは決して高評価でなく、エヴァを見続けている人間として胸をえぐられた気持ちになり、傷つきつつも、座談会を通して次作のシンエヴァを待つ気持ちにようやくなれたということらしい。しかし他の低評価の人たちに比べたら随分高評価だと言える。聞いていて庵野信者とはこういうものか、と納得できた。

その後続けて風花のあずまん上村ustをみる。こちらはゼロ年代風景が再びといった面子で東クラスタ的には涎が止まらない。重要なのは坂上がtwitter上で思想地図β2の震災特集号の巻頭言に大して上から目線感想をし、あずまんがカジュアル破門をし、その後坂上が宇野常寛陣営に下った後の初の二人の対面という構図だろう。

http://togetter.com/li/183399

人間関係においても時間という薬は効き目が抜群で、あずまんと坂上もあのカジュアル破門の一件から一転して普通に話している。しかしどこかギスギスしている所は否めない。坂上の立場としてはとても難しい。宇野との関係がある以上あずまん必要以上に交流したら立場として面倒くさくなるのは明白だ。それでもこのustで坂上が冗舌なのはだって信者からであるあずまん尊敬して、でもあずまんの強烈すぎる人格性に耐えられなくて逃げて、それでもあずまんが諦めきれないのだ。俺がustの一連の坂上の発言から読み取ったのは「俺を認めてくれあずまん!」というメッセージに尽きる。でもあずまんはもう坂上に大して興味がないしQにも興味がないのだ。坂上が言うQの解釈というのはあずまんにとって遊びでしかない。ゼロ年代的な言葉遊び辟易した彼からしたら坂上の仕事は頑張っているとは言えても世界を変えるまでには至らない、とるにたらないものだろう。それでも坂上の仕事あずまんの影響下にあるもので、「よく出来た劣化コピー」のような、あずまんから見たら愛憎交じるアンビバレントな思いもあるだろう。だから彼はゲンロンカフェの話を持ちかけた。これは坂上にとって良い話なので、当然受けるだろう。これは同時にあずまんから宇野に対する牽制でもある。仮面ライダーの話をした点からも明らかだ。坂上の「仮面ライダーなら村上さんも語れますしね…」と力なく呟いたのが印象的だ。そこは明らかに宇野名前が出るはずなのに、出なかった。出せなかったのだ。まったくもってめんどうくさい話である

あずまんはなぜQに感動しなかったのか。彼と坂上および村上の間で共通している見解としては「庵野が旧エヴァのような事を再びQでやった」である。破で宮崎駿押井守に負けるとも劣らぬクオリティの高いエンターテイメント提供した庵野が、敢えてそれをぶち壊すような所にシビれ、憧れたのが坂上であるが、あずまんはそこに反応しなかった。いや、一定の評価はした。そんなことをしてしま庵野さんは誠実な作家だし、評価されるべきではある、と。しかし、旧エヴァのようなことをして、それで出てきたものがこれだった、それだけの話だと。つまりあずまん庵野が破で得た物を失う覚悟で旧エヴァ的な事を再びやろうとしたQを理解している。坂上と見解は一緒なのだ。その上で退屈だったと評しているのだ。ここでのあずまんのQに対する低評価は謎だ。新規のエヴァファンが破のようなエンタメを期待してQでがっかりするのとはわけが違う。旧エヴァからのファンが庵野の再暴走困惑されながらもさながら90年代の頃のように「それも庵野の手の平の上で踊っているにすぎない」と自覚しながらも難解な解釈を並べ悦に浸る様子とも違う。旧エヴァからのファンでもあるあずまんはすべてをわかっている上でQを評価していないのだ。そこには坂上と同等かそれ以上のエヴァに対する愛がある。愛がある上での諦め。庵野さんはこの程度だった、という残念感。それはなんなのか。あずまん純粋に作品から狂気が感じられなかったとも言っている。一方で坂上は破を見せつけた上でこんなことをしてしまう(旧エヴァからのファンに大して14年時間を飛ばすという暴挙を突きつけてしまう等)庵野さんからはやっぱり狂気を感じた、と村上さやわか座談会で述べている。坂上が感じたこの狂気ゼロ年代である。あの作品があったから感じられる庵野さんの狂気、という文脈ありきの話である。これは言ってしまえば島宇宙内での狂気カタルシスだ。座談会でも述べられていたが、Qは海外で評価される可能性は限りなく低いだろう。ガラパゴス化したエヴァファンの間で熱狂的に批判され、評価され、むさぼられるのは目に見えている。あずまんが興味があるのは世界を変えるレベルのことなのだ。Qによってその可能性を落とされたエヴァに対して興味が薄くなっているのも無理はない。彼がエヴァで興味のあることとしたらそれによって動員できる人員、客および金と若い芽くらいだろう。シンエヴァによって変わる可能性も否めないが、現時点ではわからない。

大量に書いてしまったが、この二つの座談会ustを見ることで俺個人では感じれなかった旧エヴァ時代からの熱いファンの解釈を知ることができた。それが何よりの収穫だ。みんなも罵倒ながら見るといいんじゃないかな。

http://www.nicovideo.jp/watch/sm19379597

http://www.ustream.tv/recorded/27145006

2012-02-03

東浩紀氏の会社コンテクチュアズ」のだいたいあってる歴史

2010年

(春)

東浩紀濱野智史宇野常寛 会社設立宣言

東・李・浅子・濱野・村上 スタート

宇野out

濱野智史くんは本業が忙しいということでコンテクチュアズを退社することになりました。全般的にメールも返してくれないので、残念ながら今後一緒に仕事をすることは難しそうです。

http://twitter.com/hazuma/status/14757012238

→濱野out

(夏)

村上out

入江in

←斎数in

(秋)

女子バイト×2 in

2011年

(冬)  

→李out 横領

女子バイト×1 out

(春)

「きみはおれの会社になにか恨みでもあんの?」とマジ尋ねちゃいました。おれの人生にそんな台詞叫ぶときが来るとは…… RT @JanBassist: @hazuma もしかして入社してまで東さんを妨害しようというアンチだったのでしょうか?

http://twitter.com/hazuma/status/61276165767307264

→斎数out

岩本昇格、バイト複数in

←寺澤in

(夏)

岩本out

←大脇昇格

■2011

(春)

儲かっているときは人は集まる。持続可能な会社にするため頑張ろう、業務精査すようというと覿面に人は離れる。ぼくはいまそういうありふれた現実に直面していますが、コンテクは絶対にやり続ける。β3も出すし、別冊もどんどん出す。負けるものか。

https://twitter.com/hazuma/statuses/161391133472206849

→浅子out

←徳久昇格

2012-01-06

宇野常寛を批判している人によくある無知、もしくは勘違いについて

ポップカルチャー評論家宇野常寛ARBはいかにもな90年代Jロック(キリ」オレ「ARB80年代なんだが」宇野ぐぬぬhttp://b.hatena.ne.jp/entry/togetter.com/li/237067

この人達勘違いしてるよ。宇野氏ポストモダニスト歴史実証主義への深刻な懐疑が

思想形成の根底にある。

 

南京大虐殺捏造か実在か、戦後民主主義虚妄か否か、好きなほうを信じればよい。」

宇野常寛ゼロ年代の想像力』50ページ、

 

何故彼がこんな挑発的な主張をしたかといったら、歴史実証主義が現代ではもう「無力」だからだよね。

ポストモダンフェミニスト上野千鶴子は、従軍慰安婦南京大虐殺論争に加わった時、

なんとウヨク修正主義者を実証的に批判する吉見義明らを批判した。

 

上野曰く「南京大虐殺はなかった」と主張するウヨクも、あったとするサヨクも、実証主義を使って

己に都合のよい史料だけを見て無限自分正当化し続ける。

そんな土俵ウヨク批判に実証主義者は無力すぎる。それを第三者が見たら、

ウヨクサヨクも同様に確からしくない」という印象を持つでしょう。

 

重要なのは過去を生きた人の身になって想像しようとする気持ちと、物言わぬ「痕跡」の声に

耳を傾けるオーラル・ヒストリーでさ。

戦後生まれのアジア人が、日本軍に殺害された被害者の声を想像して代理できるように、

宇野氏も70~90年代当時を生きた日本人として「ARB」を受容し、語ることができる。

 

ARBを聴いて「いかにもな90年代Jロック」「いかにもな「虚構の時代by大澤真幸)」のロック」と感じた

彼の感想は、1個の体験的事実であって、この印象を他人が抹消することはできない。

物知り顔で「あの時代の空気は~」って説教垂れる老人は、自分の感じた空気感が正しいと

独断している事がタチが悪い。偏った体験とセンスを持つ1人でしかなくなんの根拠もないのに。

 

個別の事実よりも、全体として過去がどのような感じであったかを再構築する想像力が重要でしょう。

相対主義世界で、ロックアニメといった個々のコミュニティ正当化せずに、

色んなコミュニティを見て周り、その上でニュートラルであろうとする誠実な意思が必要でしょう。

閉じたコミュニティから偏見剥き出しの批判に意味はないでしょう。

正しさは正しくあろうとした人物を、未来の人々が正しく判断するでしょう。

   

    

タグARB けいおん! 輪るピングドラム 幾原邦彦 批評評論 ポストモダン

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