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はてなキーワード: 反動とは

2018-01-20

シリーズ不寛容社会』0001 日本人が「ネットバッシング」を止められない理由に「日本人が元来持つ特性」があった

 日々、ネット世界悪人が仕立てあげられ、ネットバッシングネットリンチが繰り広げられている。確かに、叩かれるほうには否があり、叩くほうの意見に理がある場合が少なくない。しかし、バッシングが開始され、その流れが定まってしまうと、にわか大勢が参加し、過激さが加速度的に増していくさまは、脅威を感じるときすらある。

 『他人非難してばかりいる人たち バッシングいじめネット私刑』(岩波 明/幻冬舎)は、こういったネット住民たちの多くは一見正義派」を装っているが、目的他人を徹底的に糾弾し、傷つけ、ひねりつぶすことにあるという。

そうだとすると、なぜ、「バッシングすること自体自己目的化したバッシング」が横行しているのだろうか。本書によると、これには「世界が小さくなっていること」と「社会の変化」、そして「日本人が元来持つ特性」が関係しているという。

 まず、「世界が小さくなっている」というのは、インターネットSNSが大きな役割果たしている。“隣人”の範囲が広がりつつあると共に、個人秘密を保つことが難しくなってきている。

新しいデバイスを得たことで容易に他人の弱みにアクセスし、付け込むことができるようになった。また、匿名性が声を過激にしている。

 「社会の変化」については、社会で「コンプライアンス」が重視されるようになってきたことを挙げている。昨今の「クレーマー」は、“普通の人”や“善人”が豹変する特徴があるといわれる。

なぜか。内面的には「他人を許せない」「非難せずにはいられない」という不寛容日本人が増えてきているからだ。背景にあるのが、社会の「コンプライアンス重視」らしい。

 社会で「透明化」が推奨され、会社などで「コンプライアンス」が強調されることを、マジメな日本人は表向き良しとしている。一方で、「コンプライアンス」によって、これまでの慣行が突如「悪」として否定されることがしばしば起きている。

コンプライアンスを遵守するということは、不自由煩雑手続きを伴うということだ。ルールが細かく決まっているほど、余裕がない現場では「違反」も生じやすくなる。もちろん、コンプライアンスは遵守すべきだが、「違反」が発覚したとき他者は「自分は守っているのに」という抑圧された気持ち反動で、バッシングの火を過剰なまでに燃え上がらせる、というのだ。

 「日本人が元来持つ特性」とは、「差異に敏感」なこと。日本という島国の“閉鎖的空間”が培ったものだという。

閉鎖的な空間ではしぜんと同質集団形成され、「微妙差異に敏感」になる。たとえば、多様な民族宗教的背景を内部に持つアメリカに比べると、同質集団である日本には大きな「安心感」があるが、バックボーン価値観が似たようなものになりやすいため、すこしの異質でも排除しようとする働きが起きるのだ。

「アイツはどこか浮いている」「同期で能力はたいして差がないはずなのに、アイツだけ出世した」「あのガンダム作品好きが気に食わない」など、学校職場とかで生じる「妬み」や「憎悪」が「イジメ」や「ハラスメント」に発展しやすいのも、この日本人特性と深く結びついている、と分析している。

 以上の3つの要因が複雑に絡み合い、「ルサンチマン(常日頃から感じている悔しい思いやねたみの気持ち)」を抱えやす日本人は、攻撃できるはけ口を見つけると、ボルテージが一気に増幅。日常は抑えている攻撃的な衝動があらわになる、というわけである

 バッシングをすることによって、物質的な利益を得られるわけではない。むしろ、相当の時間エネルギーを消費してしまう。非合理的な行動なのだ

本書によると、そもそも人の行動の多くは、合理性よりも「快、不快」あるいは「好き、嫌い」の感情で左右されるものだという。攻撃的で不寛容な人たちは、自らの感情に忠実な人たちという側面も併せ持つ。

 閉ざされた狭い島国において、似たような顔をしたものどうしがお互いを監視しつつ、ほんのすこしの差異のために競い合い、憎みそねみ合っている。

私たち日本人は、こういった状況を世界的にみて特別だと気づくこと、特殊だと認めることから始めるべきではないか、と投げかけている。

https://anond.hatelabo.jp/20180120162858

https://ddnavi.com/news/270886/a/

容姿差別は厳然としてあるのに

まるでないみたいなきれいごと蔓延してしまってるのが辛い。

もうちょっとみんな正直になった方がいい

たまに不用意にホントのことを言った奴を囲んでぶん殴って正義すっきりってのは、てめえの醜い顔よりもずっとずっと醜い所業だと気付こう。

俺はツラで選り好みしてるわ、って堂々と言えたほうが、ツラの好みの違いに対する受容も生まれる気がする。

下手にツラで選り好みしてることを隠さなくちゃいけないから、万人に当り障りのない美人だけを基準にしてしまうんじゃないだろうか。

簡単に言うと刃牙っぽいと言われたこから剛力好きだった。

あいつは不細工ごり押しから殴っていい、みたいな空気は辛かったぞ。

好みは人それぞれ、という割に、すんなり「でもアイツブスでしょ」みたいな本音が透けるのは辛い。

美醜の基準世間の評判に左右されて、ほぼ完璧美人にこれなら「褒めていいや」っていう合意ができるのの反動

「これならぶん殴っていいや」ってやや残念なツラの人に向ける刃が鋭くなってる気がしてならない。

ローリスク取引ビットコイン資産6倍マン

お前ら最近ビットコイン暴落ニュースばっかり見るだろ?

その度にビットコイン買って反動で戻ったらそく利確するローリスクスタイル資産6倍になった

といっても元が100万だし、税金でたくさん持ってかれるだろうからあんまりお得感はないがな

はてな民って賢いかもっと金増やしてるんでしょ?

まさか仮想通貨やってないとかないよね?

2018-01-17

さてとまた入金だけしてたビットコイン買ったで

暴落ニュースが出る度に買い増してるんや

100に落ちないとこくらいで買ったが底じゃなくても、どうせ150くらいには反動で戻るだろ

そこでまた売り抜けます

こういうの繰り返してここ半年でぼろ儲けしたからな

ガチホとか本当にアホ

いつゴミになるとも分からんもんよくキープしてられるわ

2018-01-14

童貞つらい男やめたい

性的な強さというものがある場合童貞というのは弱い存在だと思う。

はじめての彼女ができてしばらく経った。

彼女のことはほんとに大好きだし、お互いにやや依存傾向がある程度には想い合っている。

しかし、彼女と過ごした半年ちょっとの中で、ぼくには少しばかりトラウマになったことがある。

からすればほんとに些細なことだろうと思うのだが、「〜くんってたまに童貞っぽいこというよね」といわれたこである

このときぼくらは、ちょっとしたエロ話のような雑談をしていたのだ。

そして笑いながらこう言われ、ぼくは突然のことに面食らい、あからさまに落ち込んだ。

男にとって、童貞をいじられることほどみじめなものは無いと思う。

なぜなら童貞は誰に言われるまでもなく恥ずかしいものだと思ってるし、男として性的にみじめな存在だと自覚しているからだ。

ハゲみたいなもんだと思うが、改めていじられるのは本当に辛い。ただでさえ劣等感という自分の刃で傷ついているのに、他人の刃でも刺されるからだ。

それに、童貞というのはほんとにどうしようもない。恋愛のものが難しいものだと思うし、いくつになってもエロ漫画を読むのが楽しかったりするように、どんなに性交渉経験を重ねようが童貞っぽさは無くなりきらないものだと思う。

誰でもかつては妄想を本分とする中学生だったのだ。

しか彼女にいわれるというのがまたこたえるところで、彼女はいわば、童貞卒業に関わるあらゆる決定権を有しているといっていい。なにせ、初めての彼女なのだから

そのときすでに、一緒の布団で寝たり、ちょっとしたイチャコラはする程度にはなっていたので、あとは時間問題とでもいうところだったと思う。

しかしこのとき童貞をいじられたのをほんとに引きずっていて、男性として力がないことをとても恥ずかしく思う。

彼女とナニをしたいとも思うが、不慣れな醜態を、こともあろうにこの世で一番そんな姿を見られたくない相手晒すのかと思うと、しない方がマシな気さえしてしまう。

いっしょにいられれば、そんなことしなくともいい。性的なことに関心を持つと童貞ゆえに必ず醜くなってしまうくらいなら、いっそお互いにかこつけて品を保っててもよいではないか

童貞でいると、童貞でいてはいけない気持ちでいっぱいになる。

事実童貞ですら童貞バカにする世の中である。味方などいないのだ。

ぼくは選択肢が2つあると考える。1つは、めげずに男を磨くことだ。

セックスに慣れて、なんなら筋肉も多少はつける。髪型服装ももっと男として性を感じるようなものにして、彼女のいう色気とやらを出してみる。

時間はかかるが根本的な解決になる気もする。

しかし、これは過酷な道だ。

いってみれば、ゼロからスタートだ。

ぼくは彼女含め、いろんな女性高橋一生に似てると言われる。

すると、フワッと盛った髪型や、ニットのセーター、黒縁の眼鏡などが似合う。僕自身、そういうやさしげな風貌が好きだ。

でも、彼女いわくそれはだめらしい。

髪型ひとつとっても、もっとおでこを出して色気を出すべきらしい。

白いニットではなく、黒い服装をするべきらしい。

髪を刈り上げてジェルで固めるべきらしい。

ちょっと趣味個性的な部分もある彼女だが、要はもっと男性的な部分をプッシュした方がいいということらしい。

しかし、ぼくはそれが嫌だ。

男っていう性別自体むいてないんじゃなかろうか。

人としての自分には誇れるところもある。しかし、男としては恥ずかしいところしかない。

彼女はもう知ってるが包茎だし、童貞だし、彼女いたことなかったし。

専門学校美術勉強一生懸命やっているのはいいけど、そういう性的ステータスに関してはおろそかにしていたのだ。

でも、ぼくは魅力的な男性になるより、優れたクリエイターになることが遥かに大事だったのだから、仕方がない。

しかし世の中的には、自分の生まれ持った性に見合わないことははずかしいことらしい。

そこで考えるのは、2番目のプラン

男を捨ててしまうことだ。

女になりたいわけじゃない。男でも、女でもない人間になりたい。

男らしくあることを求められると、反動でそう思ってしまうことが増えた。

であることが理由で、劣等感を抱いたり、バカにされたりするくらいなら、いっそ性別に左右されない人間になりたい。これは切実だ。

陰茎も陰嚢もとってしまいたい。

100万くらいあればできるらしい。

でも別に女性ホルモンは打たない。女性という性で勝負したいとも思わないからだ。

ぼくは人として、あるいは職業人として評価されたいとは思うが、性的評価されるのはいやだ。結果がわかっているからだ。

マイナスを取り返すのにどれだけかかるのか。

夢を追いかけて過酷勝負が待っていることがわかっていながら、今になって男も磨くようなこともしなければならないのか。

子どもの頃、体育の授業が大嫌いだったのと似ている。

でも義務教育を終えたいま、評価する人間がいなくなった途端、運動は好きだ。ランニング楽しいし、友達バドミントンをしたときも、楽しかった。

でも、体育でいい成績をとる努力なんて、絶対にしたくなかった。

努力が嫌ならいっそひとりでいろとでもいうのか。

性を捨てるなら愛も捨てろというのか。ぼくはこれはわがままではないと思う。愛し愛される喜びは、一度味わったらけして捨てられない。そしてそれを捨てないがために、ぼくは男を捨てることさえ厭わない覚悟だ。

二人とも子ども絶対にいらないという考えなので、仮に結婚するにしても問題はない。

でも彼女は、「そういう手術は死ぬリスクもあるからやめてほしい」という。

彼女要望にこたえるのにも慣れつつあるが、ぼくは自分容姿生理現象から感じる男性らしさを、今日もちょっぴり憎んでいる。

彼女にはなんでそんなに憎むのか理解できないらしいが、ぼくはやはり憎い。

ぼくは男っぽくなりたいんではなくて、人としても容姿の面でも、美しくなりたい。

でもおっぱいが欲しいわけじゃないし、声を高くしたいわけでもない。

男性に恋をするわけでもない。

男としてどうかというバイアスをかけてみられたくないだけなのだ

自分男性であることが恥ずかしい。彼女ができてなおそうなのである

ぼくにはもっとやるべきことがある。

それは男を磨くことではない。

anond:20180114071701

(福祉マターも含めた)キモくて金がないオッサン権利平等それ自体第一義じゃないならそれって単なるフェミ反動だし、フェミが沈んでいったら一緒に沈んでいくんだろうなと思う

2018-01-13

最近わかってきたこ

ヒューマニズム人間本質としてあるものではなく

ヒューマニズムを信奉する意識高い人たちが

偉そうに上から押し付け強制するものだということ

FACEBOOK意識高い人たちの要請でその方向に向かうためニュースフィードを分解再構成することになった

要するに、偉い人たちは仮想の民を人間と言う名の猿だと思っていて

ヒューマニズム「教育」してやろうと思っている

ニーチェの考える道徳起源モデルだと

弱者ルサンチマン」と「強者倫理」のバランス道徳が決定されていくのだが

現代強者発言力が強くなった

この反動は強力なルサンチマンとなっていつか爆発するだろう

anond:20180113034454

誤訳の指摘ありがとうございました。

以下、ご指摘の点について修正検討させていただきます

✖そのことがマッチョ侵害行為保証することにはならない。

⇒また、女性に対する慇懃な振る舞いを女性を傷つける男性優位の態度と見なすのは間違いです。

さっそく冒頭で私の訳はダメですね。galanterieをgarantirと完全に読み間違えてます

恋愛のお作法に乗っ取った男性からの誘惑の手順ですね。

https://fr.wikipedia.org/wiki/Galanterie

agression machisteは痴漢行為と訳すのが良さそうです。

violを指す犯罪crimeは殺人と同じくらいの犯罪なので、そのニュアンスの違いは入れるなら、

強姦殺人と同じくらい重大な犯罪だ。しかししつこかったり不器用だったりするナンパ犯罪ではないし、誘惑のお作法痴漢行為とみなすのも違う。

✖正しく意識されるようになった。

意識されるようになったのは正統なことだ。

プロフェッショナルのせかいにおける性暴力だ。

職業生活の中での性暴力だ。

ここは訂正どおりにさせていただきます

✖いわゆる普遍の名の下で、

⇒誰にとっても善いのはこういうことだと勝手に決めて、

(この下りはかなり皮肉な書き方になっていると思います)

公共利益代表者気取りで

✖実際、報道メディアソーシャルネット上で、#metooが巻き起こしたのは密告と、個人個人に抗弁の余地や弁護の余地を与えることなく、性暴力加害者と同じ俎上糾弾することだった。

事実、#metooを通して、報道メディアソーシャルネット上に密告と公の場での告発キャンペーンが発生した。犠牲になったのは、性暴力加害者たちとまったく同じ俎上に乗せられ、抗弁の余地も弁明の余地も与えられない人びとだった。<<

実際の所、#metoo引き起こしたのは、報道メディアソーシャルネット上での密告と公開の場での糾弾キャンペーンだ。槍玉にあげられた人々は抗弁の余地も弁明の余地も与えられず、性暴力加害者と同じ俎上に乗せられた。

✖「豚野郎」たちを屠殺場へ送り込むこの熱狂だが、女性が自立することを手助けるには程遠かった。 実際には性の自由の敵、宗教的過激主義、最悪の反動主義者に利益をもたらすことになってしまった。この反動主義者は、実質的にはヴィクトリア朝モラルのもとで、女性を「別扱いな」存在とみなし、女性保護することを求めながら大人の顔をした子供とみなすのだ。

⇒「豚野郎」どもを屠殺場へ送り込もうとするこの熱病は、女性自律的になるのをいささかも助けない。それどころか、実際にこの熱病から利益を得るのは、性の自由の敵たち、宗教的過激主義者たち、最悪の反動家たち、そして、実体論的な善概念とそれにともなうヴィクトリア朝風のモラルの名において女性一種「別扱いの」存在と、大人の顔をしていながら子供のように庇護されることを求める存在と見なす人びとなのである

豚野郎」たちを屠殺場に送り込もうとするこの熱狂状態は、女性が自立していくことを手助けするには程遠かった。それどころか実際には、性の自由の敵、宗教的過激主義者、最悪の反動主義者、そして善の本質的概念とそれに伴うヴィクトリア朝的なモラルを掲げ、女性を「別扱い」の存在にし、保護されることを求める大人の顔をした子供と考えるような人々に利益を与えてしまっているのだ。

ミケランジェロ・アントニオーニ映画欲望』を「女性差別」で

ミケランジェロ・アントニオーニ映画欲望』を「女性蔑視」で

mysogineはどちらの訳にもなると思われます

✖「女性として振舞うことのトラウマに苦しんでいる」ことを

⇒「女性登場人物たちが被ったトラウマ」を

✖「スイスで提出されている法案

⇒「スウェーデンで提出されている法案

✖「やりりたいこととやりたくないことに」

⇒「してもいいと思うことと、するのはいやだと思うことに」

ここはご指摘の通りです

中指を立てる自由

⇒人の気分を害する自由

この概念攻撃しようとするのは(神や国家指導者のような)「権力」「権威」とそれをアンタッチャブルものにする空気ですので、「人の気分を害する」は避けたいところでした。

彼女給与男性平等に支払われるように注意しているべきだ。しかし、地下鉄痴漢にあっても、それが犯罪からといって、トラウマを植え付けられたと感じる必要はない。

彼女彼女給与男性平等に支払われるように注意することができる。しかし、地下鉄痴漢にあっても、痴漢行為犯罪と見なされるからといって、一生涯続くトラウマを植え付けられたとは感じないでいることもできる。

彼女給与男性平等に支払われるように注意していることができる。しかし、それは確かに犯罪なのだが、地下鉄痴漢に体を触られたからといって生涯消えないトラウマを植え付けられたと感じなくてもよい。

✖評判だおれだったとさえ考えてもいい。

さらには、大した出来事ではなかったと考えることさえできる。

たいしたことは起こらなかったかのようにさえ考えてもよい

女性としての私たちは、自分たちが、力の乱用を超えて、男性たちとセクシャリティへの憎しみという顔をもったフェミニストになることを認めない。

私たち女性として、権力濫用告発することを超えて男性たちとセクシャリティへの憎しみとして表れるフェミニズムに強い違和感を覚える。

女性としての私たちは、権力の乱用を告発することを越え、男性たちとセクシャリティへの憎しみという様相を呈しつつあるこのフェミニズムを、自分たちのものとして受け入れることはできない。

✖ウザがられる自由無しでは上手く働かないと私たちは考える。

⇒ウザがられる自由が男たちの側にあってこそ意味を持つと私たちは考える。

ここは「ウザがられる自由」が男たちの側にあると解釈するのは無理ではないかと思います

性的提案(これはナンパかもしれませんし既に恋人同士の間で行われるものかもしれません)に対して「ノー」という自由は「ウザがられる自由」が無いと上手くたちゆかないということなので、

誘いを受けた側(これは男性であるとも女性あるとも異性愛者の間のこととも限りませんが)にあると考えるのが自然ではないでしょうか?

子供を持つことを選んだ人々のために、

私たちのうちで子供を持つことを選んだ者について言えば、

✖娘たちが気後れさせられたり罪の意識を感じさせられたりすることなどなく、自分人生を精一杯生きるために十分教育されて自覚を持つことが適切だと考えている。

自分の娘たちが、〔性について〕気後れさせられたり罪の意識を感じさせられたりすることなく、人生をのびのびと生きるのに十分なだけの知識を得て意識的になるように育てることこそ適切だと考えている。

私たちの中で子供を持つことを選んだ人達のために、私たちの娘たちは十分に教育され、気後れさせられたり罪の意識を感じさせられたりすることなく、人生謳歌できるように十分な知識を与えられ、意識的であるように育てられることが適切だと考えている。

✖たとえそれが辛く、生涯残る傷を残すものだったとしても、身体を傷つけられる事故にあった女性尊厳を傷つけられないし、傷つけられるべきでもない。

女性身体に関与するアクシデントは、必ずしもその女性尊厳を傷つけるわけではなく、ときにきわめて辛いものであっても、そのアクシデント理由に当該女性を終身犠牲者のように考えるのは必ずしも適切なことではない。

女性の体を傷つけるようなアクシデントは必ずしも彼女尊厳を傷つけるものではないし、ときには極めて辛いものであったとしても、彼女を当然の様に永遠犠牲者としてしまうべきではない。

まだまだ検討余地はあるかと思いますが、ご指摘の点については以上のように。

anond:20180111072916

『[翻訳] ドヌーヴ「女性口説く権利」 全訳』を掲載された方が、"la liberté d'importuner"を「ウザがられる自由」とお訳しになったのはなかなかの技だと思うのですが、惜しいことに、この全訳はかなりの数の誤訳を含み、その結果、多くの箇所で、原文の文意を正しく伝えていません。

 以下、大急ぎで、主だった誤訳箇所を列挙し、元記事http://www.lemonde.fr/idees/article/2018/01/09/nous-defendons-une-liberte-d-importuner-indispensable-a-la-liberte-sexuelle_5239134_3232.html)の正確な読み取りに基づく改訳を提案しておきます。「✖」で誤訳箇所を示します。「⇒」でその部分について、正確であろう訳文の例をを示します。ご検討ください。

✖そのことがマッチョ侵害行為保証することにはならない。

⇒また、女性に対する慇懃な振る舞いを女性を傷つける男性優位の態度と見なすのは間違いです。

✖正しく意識されるようになった。

意識されるようになったのは正統なことだ。

プロフェッショナルのせかいにおける性暴力だ。

職業生活の中での性暴力だ。

✖いわゆる普遍の名の下で、

⇒誰にとっても善いのはこういうことだと勝手に決めて、

✖実際、報道メディアソーシャルネット上で、#metooが巻き起こしたのは密告と、個人個人に抗弁の余地や弁護の余地を与えることなく、性暴力加害者と同じ俎上糾弾することだった。

事実、#metooを通して、報道メディアソーシャルネット上に密告と公の場での告発キャンペーンが発生した。犠牲になったのは、性暴力加害者たちとまったく同じ俎上に乗せられ、抗弁の余地も弁明の余地も与えられない人びとだった。

✖「豚野郎」たちを屠殺場へ送り込むこの熱狂だが、女性が自立することを手助けるには程遠かった。 実際には性の自由の敵、宗教的過激主義、最悪の反動主義者に利益をもたらすことになってしまった。この反動主義者は、実質的にはヴィクトリア朝モラルのもとで、女性を「別扱いな」存在とみなし、女性保護することを求めながら大人の顔をした子供とみなすのだ。

⇒「豚野郎」どもを屠殺場へ送り込もうとするこの熱病は、女性自律的になるのをいささかも助けない。それどころか、実際にこの熱病から利益を得るのは、性の自由の敵たち、宗教的過激主義者たち、最悪の反動家たち、そして、実体論的な善概念とそれにともなうヴィクトリア朝風のモラルの名において女性一種「別扱いの」存在と、大人の顔をしていながら子供のように庇護されることを求める存在と見なす人びとなのである

ミケランジェロ・アントニオーニ映画欲望』を「女性差別」で

ミケランジェロ・アントニオーニ映画欲望』を「女性蔑視」で

✖「女性として振舞うことのトラウマに苦しんでいる」ことを

⇒「女性登場人物たちが被ったトラウマ」を

✖「スイスで提出されている法案

⇒「スウェーデンで提出されている法案

✖「やりりたいこととやりたくないことに」

⇒「してもいいと思うことと、するのはいやだと思うことに」

中指を立てる自由

⇒人の気分を害する自由

彼女給与男性平等に支払われるように注意しているべきだ。しかし、地下鉄痴漢にあっても、それが犯罪からといって、トラウマを植え付けられたと感じる必要はない。

彼女彼女給与男性平等に支払われるように注意することができる。しかし、地下鉄痴漢にあっても、痴漢行為犯罪と見なされるからといって、一生涯続くトラウマを植え付けられたとは感じないでいることもできる。

✖評判だおれだったとさえ考えてもいい。

さらには、大した出来事ではなかったと考えることさえできる。

女性としての私たちは、自分たちが、力の乱用を超えて、男性たちとセクシャリティへの憎しみという顔をもったフェミニストになることを認めない。

私たち女性として、権力濫用告発することを超えて男性たちとセクシャリティへの憎しみとして表れるフェミニズムに強い違和感を覚える。

✖ウザがられる自由無しでは上手く働かないと私たちは考える。

⇒ウザがられる自由が男たちの側にあってこそ意味を持つと私たちは考える。

✖そして私たちは、このウザがられる自由にどう応えていくかを知らなければならない。性的な獲物の役割に閉じこもる以外のやり方でだ。

⇒そして私たちは、このウザがられる自由に対して、獲物の役割に閉じこもる以外のやり方で対応する能力を持っていなくてはいけない。

子供を持つことを選んだ人々のために、

私たちのうちで子供を持つことを選んだ者について言えば、

✖娘たちが気後れさせられたり罪の意識を感じさせられたりすることなどなく、自分人生を精一杯生きるために十分教育されて自覚を持つことが適切だと考えている。

自分の娘たちが、〔性について〕気後れさせられたり罪の意識を感じさせられたりすることなく、人生をのびのびと生きるのに十分なだけの知識を得て意識的になるように育てることこそ適切だと考えている。

✖たとえそれが辛く、生涯残る傷を残すものだったとしても、身体を傷つけられる事故にあった女性尊厳を傷つけられないし、傷つけられるべきでもない。

女性身体に関与するアクシデントは、必ずしもその女性尊厳を傷つけるわけではなく、ときにきわめて辛いものであっても、そのアクシデント理由に当該女性を終身犠牲者のように考えるのは必ずしも適切なことではない。

以上。

2018-01-11

anond:20180111130937

問題は弱い男性マッチョ男性を目指そうとしたら昔は競争相手が男だけで済んだのに

まるで関係のない外野からキモいオッサンは頑張るなw」って横やりで刺されて満足に走れず子孫も残せず死ぬってことだな

国民の総数が国力に直結する以上は優秀な人間だけ残っても生存バイアスは働かないどころか

大した能力でもないのにテッペン取れる状態になって尚更悪化する未来しかない

これが昭和のクソ爺たちがやってきた反動遺産だというならそうだろうなと思うけど

その負債昭和のクソ爺たち本人ではなく今の若い男たちに背負わせるってのはマジで理不尽しかない

2018-01-06

一連のガキ使騒動

反動松本ネトウヨ化に拍車をかけそうで嫌なんだけど。もういいっしょ。

左派のここぞとばかりに攻撃する態度がネトウヨを生み出す要因のひとつだと思うのだが

2018-01-04

[]1月4日

○朝食:なし

○昼食:あんかけ炒飯唐揚げ、しゅうまい

○夕食:ご飯、納豆、卵、たくあんフライドチキン、もち(2個)、吸い物

○間食:サプリメントマルチビタミンミネラル)二粒

調子

はややー。

仕事始めでした。

調子はでなかったけど、やらないといけないことはちゃんとこなせたので、問題なし。

定時でサクッと帰って、のんびりはややんしてた。

明らかに夕飯を食べ過ぎているが、もちが美味しいから仕方ないね

ポケとる自分なりにケリをつけたのが大きくて、その反動ゲームをするパワーが湧いてこない。

3DS

スバラシティ

ぼーっとラジオ聴きながら適当プレイするとダメだね。

気づくとラジオそっちのけで、熱中してしまう。

面白いわー。

2017-12-31

2017年人生最悪の年だった。

年明け早々母親は亡くなるし、祖母ちゃんは認知症になって俺が介護する羽目になるし、

金貸した親戚は蒸発するし、仕事くれてた会社廃業してしまった。

悪い事って続くんだな。1年前はこんな事になってるなんて夢にも思ってなかったよ。

もう成功した人とか幸せそうにしてる人とか見るとすげえ妬ましいの。

こんな感情を抱いたのは40年近く生きてきて初めてだよ、我ながらびっくりする。

来年はいい年にできるんだろうか。

反動ですごくいい年になったりするんだろうか。全くそんな気がしない。

とりあえず、このクソみたいな運気を増田に擦り付けに来た。

皆さん、良いお年を

2017-12-29

年末

昨日は夜12時近くまで残業して無理やり仕事をおさめた

その反動今日は昼すぎまでだらだら寝てしまった

夕方すぎて買い物にやっと出かけたけど

まだまだ体力が回復しない。

 

汚部屋なので大掃除はともかく掃除はやらなきゃ…

2017-12-28

https://anond.hatelabo.jp/20171228005437

旧章の元監督が潤沢な予算スケジュールを食い潰したからこその新章なんだよな

その反動で新章は超低予算とカツカツの納期設定にどこのスタジオも難色を示したからね

から旧章2期をサポートしたミルパンセが仕方なく引き継いだだけだし

まあ全て元監督が全て悪いだけという結論

2017-12-26

激動したようなしなかったような2年

2016年はヒドかった。母親代わりだった祖母を皮切りに、親友口約束だが婚約していた恋人挙句の果てには唯一の肉親だった親父が死んだ。

でもそれが転機になって、恵まれ職場転職することができた。友人関係も充実していた。というのも、昔から悲しい時にはがむしゃらに動いて忘れようとする人間からだ。

特に仲のいい後輩がいて、新しい趣味を教えてくれ、いい気分転換になった。

新しい仕事に就いて迎えた2017年は、反動のような停滞の年だった。仲の良かった後輩が留学仕事が忙しく友人関係も停滞。出会いもなし。よく遊んでいる友人グループとなんとなく険悪なまま年の瀬を迎えてしまった。仕事が忙しかった記憶しかない。望んだ仕事から別に悪いことではないのだが。

2018年はどうなるかな。友達でも恋人でもいいんだけど、新しい出会いを作りたいな。

2017-12-25

あんまり持ち上げられたり言及されたりするとその反動で過剰に叩かれたりするから心配

はてな増田はそんなのが多いでしょう

あの人は大丈夫だと思うけどマイペースでやってほしい

2017-12-23

anond:20171221225604

多分躁 落ちた後が怖いか反動で遠くまで行かないようにね

anond:20171222224433

そういう話ですね。。女性の望みを叶えていこうとすると息苦しくなるポイント閾値がある。

なので、女性希望を列挙して、その先を提示して、じゃぁ、女性自身積極的にやっていきましょうね、という。

ちょっと話は変わるんだけど、今の女の子って1980年代の肩パット時代からすると、ずっとフェミニンというか女性的になってきてて、

勝間さんとか、インディペンデント生き方女性から比べるとだいぶ柔らかくなってる印象がある。

これって「女性社会進出して自立して、更に稼ぐのが正義!」って強制し続けると、女性の中にも「いや、そんな枯れたくない」「うるおい...」みたいな反動があるのかなー、と思ったりしてる。

という訳で「女性バリキャリ目指すべき」「男性と同様に働くべき」「それが男女平等ってやつだ」って言い続けたい。

2017-12-22

anond:20171222201149

うそう。その手の息苦しさはウーマンリブとかフェミニズムが台頭してきたあたりからそう。

まぁでも時代簡単には戻らないよね。君のいうように反動みたいな形にならないと、戻らない。

から私は一度、ガチガチ政治的に正しい、それこそ多くの女性が息苦しく感じるような政治的に正しい主張がされるような状況にならないかと期待している。独身女性に対して息苦しくなるような政治的に正しい意見を言い続けたい。

2017-12-19

お買い物ツアーって…

正直いって買い物目的旅行に行って、荷物の重量オーバー心配しなければならないほど買い物してくる人の気持ちが分からない。自分職場あてのお土産と、必要最低限の自分が気に入ったものだけを買ってくる。

自分場合、家が散らかっていて、片付けられない&捨てられない人なので、極力モノを増やさないようにしないといけないからというのが大きいけど、お買い物大好きな人は買ってきたものをどのように収納しているんだろうか?お菓子とかの消えものはまだいいけど、自分とか家族で食べられる量に限りがあるし、友達かに配るにしても、ほどほどの量にしておかないと大変だろうと思う。

ブランド物の靴とかバッグとか、日本で買うより安いものを現地で買うというのはありなんだろうけど、私の場合母と旅行に行くことが多く、母のモットーが「荷物は極力少なく。無駄遣いはしない」なので、あまり買い物に熱中する余地がない。この間北欧に行ったときは、北欧デザインガラス器とかしゃれたマグカップソーサーとか欲しいものだらけだったけど、旅の日程の真ん中ぐらいだったし、割れ物だし、家の食器棚はいっぱいだし…といろいろ考えたら何も買えずに帰るしかなかった。

一度買い物好きの友達ハワイに行ったときは驚いた。自分が「あまり旅先で買い物はしない」と言ったので、かなり我慢していたんだろうとは思うけど、それでもショッピングセンターで高そうな靴を買ったり化粧品を買ったりいろいろしていた。普段カジュアルボーイッシュな格好が多いのに、結構化粧品を選んだり、女の子っぽいサンダルを履いたりしている姿を見て、日本での彼女とこっちでの彼女とどっちが本物なんだろうと思った。仕事では動きやすく汚れてもあまり気にならない服の方が良さそうなので、プライベートでは反動が出るのかもしれない。

物欲は人並みもしくはそれ以上にあると思うけど、家の中の状態を思うと、あまり買い物しすぎるのは良くないと思う。たぶん毛玉の出たセーターとかあまり着ない服はどんどん捨てないといけないんだろうな。こないだはトレッキングシューズが壊れたので捨てないと新しいのが買えない。目標は1個買ったら1個捨てることだ。

2017-12-15

インターネット

2000年代に入ってインターネットが身近になって

ネットde真実が増えて嫌韓とかネトウヨ成分が大増加、

その反動2000年の終わりにはてサみたいなリベサヨが躍進

2010年代震災ポリコレ疲れなんかでネトウヨ成分マシマ

後半の現在歴史は繰り返しつつ、やっぱ政治厨クソだわってところに回帰しつつある?

っていう認識であってる?

2017-12-09

酒を飲む金があるのならそれは底辺ではないよ

本当の底辺は酒なんて飲めない。

オナニーしか出来ない。

そのオナニーだって貴重なエネルギーを使ってしまうから基本的にはやらない。

やるのは夢精だ。

オナニーをしなすぎるといつの間にか夢精を狙ってやれるようになる。

オカズは拾ったビニ本でいい。

寝る前に気に入ったページをよーく読み込んでから枕の下に敷く。

元々ゴワのタオル雑誌かに撒いたのが枕だから雑誌をそれに入れ替えるだけでいい。

しろそれすらいらないぐらいだ。

夢精できるぐらいに体力が有り余ると日頃ご無沙汰していた反動いくらでも妄想が広がる。

それをそのまままぶたの裏に焼き付けながら眠りにつくだけでいい。

夢の中は自由だ。

酒なんて飲むよりよっぽど非現実に浸れる。

もちろん酒なんかよりよっぽど酷いバッドトリップもするけどな。

ともあれ、酒なんて飲む余裕があるやつは金持ちなんだよ。

千葉市長について、思うこと

​これまで基本的ネット界隈(はてな界隈含む)から好意的な目で見られることの多かった千葉市長であったが、今回のミニストップの件を機に評価が一転、地の底まで堕ちようかとしている。

30代の若き千葉市長はこれまで様々な施策ツイッター上で議論の題材に乗せてきた。市民と直接議論を交わすことでその内容はちょくちょくTogetter等にまとめられ、ネット上でも話題になることが多い。

自分懸念しているのは、今回の件をターニングポイントに、ネット上では千葉市長のやることなすことが全てが「否定」されること前提で議論が始まることになってしまわないか、ということだ。

やまもといちろうに対するはてな評価を見ても、基本的にはそれまでほとんどのケースで肯定的に見られた隊長が、あるタイミングを境から何を書いてもはてなユーザーから否定前提で見られるようになってしまった。ある議論をする際に、発言の内容よりも誰の発言かという点でブコメ方向性が決まってしまうという傾向は、はてなユーザーならよく分かっているだろう。

まあ、やまもといちろう場合はそのほとんどが内容的にはヨタ話の類なのでどうでもいいんだが、千葉市長の場合市民生活に関わる「政策」の話なので問題だ。

これは個人的感想だが、これまで千葉市長絡みで議論になった政策については、千葉市長の言っていることに理があると思える事がほとんどだった(中には「ん?」と思うことがちょくちょくあったことは否定しない)。千葉市長にまつわるホッテントリブコメとか見るに、同じ感覚の人は多いのだろうと想像するが、ネットムードが一気に千葉市否定に切り替わり、それが至極まっとうな内容でも「千葉市長が提言することなら反対」のような、議論に変なバイアスが発生してしまうことを懸念している。

いや、これまでも朝鮮学校補助金問題あたりを機に、一部のはてサから千葉市長に関するホッテントリには否定的なことしか書かれないという状況を見てきたのだ。右翼とか左翼とか全然関係ない話題でも基本的には否定しかしない姿は議論もヘッタクレもなくて、正直「なんだかなー」と思っていた。こういうのも一部のはてサくらいなら微笑ましい話で済むが、それがネット全体のムードとして広がると、理性的であるべき議論千葉市否定感情論無意味揚げ足取り等が目立ちはじめて議論も有らぬ方向に進んでしまうことも有り得て、こうなるとそれはちょっと怖いなと思っている。

これまで千葉市長はネット上にはファンが多かったので、「千葉市長のやることなすこと全部好意的な目」で見てきた人が、フラットな目で見る切っ掛けになったのならそれはそれで良いことだと思う。ただ、ネットムードは怖いもので、フラットどころか反動で一気にマイナス前提ばかりの空気感になることは議論の場として健全とは到底思えないので、先に懸念として表明しておく。

※この記事を書いたのは、そもそも自分千葉市長を最初に知ったのはいつだっけと考えて、そういや↓のTogetterだったっけなと思い出し、もしかたらこ有意義提言も今のタイミング発言だったら市長側が必要以上に否定されてしまうような流れになることも有り得るのではないか、と思ってしまったのが切っ掛けです

https://togetter.com/li/509818

2017-12-05

ナショナリズム世界で湧き上がってるように、同性婚とかもそのうち反動がきてとんでもないってことになるよね。

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