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はてなキーワード: フラッシュバックとは

2018-11-14

anond:20181114001001

7日のTechCrunchはFacebookクエリ言語GraphQLが独自オープンソースファウンデーション設立した件。

9日10日のiFixitはMac MiniMacBook Airの分解記事

Billboard防弾少年団関連の記事ブクマが集まる。

The Vergeはスマホ場合ダークモードを使うと節電になるとグーグルが発表したという記事液晶場合ダークモードは電力消費が増えるが、有機ELが主流になったことでブラウン管時代常識が復活した感じ。

NewScientistはテトリスをすることでトラウマフラッシュバックを抑えることができるという2015年記事ブクマが集まった。

2018-10-31

anond:20181030230923

嫌な事、フラッシュバックはつらいね💦

体調が案外気持ちに影響するから、冷えて体が凝ってるならお風呂であったまるとか、

タオルを固く絞ってポリ袋に入れて(閉じないで)レンチンしてあっためたので冷えてるところを温めるとかー。

自分は目と首が得に駄目なので、調子悪い時はこの2つを温めたりします。

体調じゃないなら

リマインダーで優先順位上位の事にまず手を付けて気分を変えるのもひとつの手かなぁ。

2018-10-29

ただいま禁ネトゲ中 3

一週間前から中毒ネトゲを断っている。

日曜日からネトゲしてみた

こんなゲームに夢中になっていたのかメタ視点で冷めた気持ちがある一方、うまくいったとき楽しい部分は残っていた。

かなり腕がなまってしまってショックだった。そしてまた中毒パターンにはまって一日が終わった。

なにが中毒至らしめるのか?

FPSなので、やられた時イライラが一番大きい。

現実世界イライラがあったときFPSストレスを発散している。

イラったらカッとスタート押してキリの無い中毒

ストレスは発散されるより勝ったり負けたりで発散されるというより疲れて曖昧になって寝ている。

中毒のキツさは禁断症状にあり

なのに、今日、楽しくもないのにまたゲームイメージフラッシュバックしてやりたくなってしまった。

まだこらえてゲームはやってない。

この映像記憶再生真剣にやり始めてから発生するようになって、状況判断や上達のきっかけに貢献しているが誘惑にもなっている。

冷静に考えたり他のことをして紛らわせている。

本当はゲームを楽しみたい

中毒にならないよううまく付き合えるよう、しばらく自分を見つめる増田は続けようと思う。

2018-10-18

話題会社インターンしていたときの話(フィクション

※この話はすべてフィクションです。実在企業人物とは関係ありません。

追記10月19日午後5時

ブクマ数に驚きました。

ブコメもすべて読ませていただいてます

ありがとうございます

いくつか補足させてください。

小上さん(仮名)たちの行動について

本文で書いたとおり、私個人は小上さん(仮名)に対して良い印象がありません。

ただ、今回の小上さん(仮名)たちの行動自体好意的に捉えたいと思ってます

今回の報道がなければ多くの人があの会社のことを知ることはなかったでしょうし、私もOさんの件を耳にしなかったはずです。

これまで私があの会社のことで辛い思い出を抱えつつも発信できなかった理由ひとつに、「自分が感じているほど大した問題ではないんじゃないか?」という疑念があったんだと思います

いわゆる正常化バイアスなんでしょうか。

ただ、今回の件に対する世間の反応をみて、また記事客観的に読んだ私個人感覚としても、やはりあの会社はめちゃくちゃだったんだと、ようやく確信できました。

今回の件、小上さん(仮名)たちが主張している内容が真実かどうかはわかりません。

でも、以下に書いたような私個人体験と照らし合わせると、彼らの主張の多くに真実味が感じられます

それと、社長よりも小上さん(仮名から叱責を受けることのほうが回数としては多かったと書きましたが、心の傷の深さでいえば、社長によって負わされたもののほうがずっと大きいです。

本文にも書いたように、回数こそ数えるほどでしたが、1回1回が大きなトラウマになっています

ネットの関連記事でも小上さん(仮名)の写真は見れても、社長の顔は未だに正視できません。

私はあの会社を離れて以来、関西弁を喋る男性自体に苦手意識が芽生えてしまいました。

関西の人、ごめんなさい)

気持ちが途切れた大きな理由

本文で、辞めた理由気持ちが途切れた理由をいくつか挙げましたが、ひとつ大事なことを忘れてました。

ある営業先の担当者の方と1対1で打ち合わせしていたときのことです。

改まった口調でこう言われました。

あなた方の会社・・・怖いんです。普通私たち担当者と話をしてから順番に進めていくのに、いつもいきなりうちの社長との間で結論を出してしまって、それから私たちのところに話がトップダウンで降りてくる。だから怖い会社って印象なんです」

ショックでした。

業界を良くするための仕事と言われて、それを信じてやってきたのに、実際のところ私たち営業先へだまし討ち同然の行為をしているだけなんじゃないか

営業電話も、ほとんどの相手先で嫌がられながら何十何百件と片っ端からかけている。

(後になって、別の職場営業電話を一日に何度も受けては断る立場経験し、あらためて営業電話の鬱陶しさを実感しました・・・

あのときに言われた言葉が、自分のしている仕事に疑問を抱く大きなきっかけでした。

追記ここまで)

9年前、私がとある会社インターンしていたときの話です。

9年も前なので私の記憶違いもあるでしょうがショッキングなことが多く、その後何度もフラッシュバックしているので大筋は間違っていないと思います

インターンについて

当時、その会社では新卒営業職を募集しており、私を含めた数名が、選考過程で在学中にインターン営業の実務に携わっていました。

インターン自体は珍しくないと思いますが、この会社では「職業体験」ではなく、「採用条件」でしたし事実上の「労働」でした。

採用過程

私のときはこういう過程だったと思います

  1. 説明会エントリーシート持参)
  2. 社長面接
  3. インターン

リーマンショック直後だったので当時の就活はみんな必死でした。

この会社説明会にも大勢集まっていた記憶があります

ただ、ES選考で大半の人がふるい落とされて、面接まで行った人はごく一部だったようです。

面接会社事務所で、社長と一対一でした。

社長は大柄で存在感はありましたが、話してみると関西弁の軽快な口調で物腰柔らかく、第一印象は悪くなかったです。

アニメ漫画雑談が中心で、面接通過の連絡をもらったときは、どこで合格が決まったんだろう?と不思議でした。

 

私の代はインターン制度の2年目だったと思います

私は大学3年の冬にインターン入りしたので、ひとつ上の学年にも4年生で在学中の内定者が3,4人いました。

私の同期は最初6,7人くらいいたと思いますが早い段階で抜けた人もいたので正確な人数は覚えていません。

 

仕事内容

インターンの主な仕事は以下でした。

  1. 営業電話をかける
  2. 会社主催する業界交流会への招待・運営
  3. 業界内の会社同士のマッチング
  4. 求人広告営業

2も3も最終的な目的は4です。

今はわかりませんが、当時の会社事業求人広告がメインだったと記憶しています

(他にもクリエイター支援ゲーム攻略サイトなどもやっていると説明会で聞きましたが、私たちノータッチでした。)

 

営業電話

会社リスト電話マニュアルを手にひたすら電話

1日に数十件かけるのは当たり前でした。

電話個人携帯を使うので、電話代も本人持ち。

電話代は申請すれば出るみたいな話もあった記憶がありますが、(当時はかけ放題プランが無かったので)電話代の請求額に青くなった覚えもあるので、本当に電話代を貰えていたかどうか曖昧です。

事務所から電話することもありましたが、出先でも自宅でもどこからでも電話をかけてました。

初めての会社宛でも社長と知り合いであるような調子でかけるよう指導された覚えがあります

 

業界交流会への招待・運営

上の営業電話の流れで、会社不定期に開催している業界交流会への案内をすることが多かったです。

どこかパーティー会場で交流会をやっていたそうですが、私は運営に参加できなかったので詳細を知りません。

 

業界内の会社同士のマッチング

「こういうことができる会社と知り合いたい」と言っている会社に他の会社を紹介する仕事です。

私自身に何も伝手がなくても、上司には名の知れた会社との付き合いがあったので、このマッチングは喜んでいただけることも多く、やりがいがありました。

 

求人広告営業

一番大事仕事ですが、安くはない金額契約なので一番苦労しました。

ここで成果を上げることが採用の条件でした。

なので、広告を出してもらうことが事実上ノルマだと解釈していました。

 

業務請負契約

インターンは全員、会社業務請負契約を結んでいました。

全員に契約書を渡されてその場で印鑑を押しましたが、ちゃんと読む人はいなかったですし、詳しい説明もなかったと思います

 

条件で覚えているのは、日給+成果報酬制だったことです。

日給はたしか1000~2000円くらいだったと思います

時給ではなく日給です。

成果報酬は、求人広告が成約したときにもらえるものでした。

この当時は貯金がどんどん目減りしていた記憶があります

 

人間関係について

社長

先に書いたように第一印象は悪くなかったです。

私たちに気前よく食事を奢ってくれることも多く、客先に同行してもらうと大抵の交渉も良い方向に進みました。

ただ、気に入らないことがあったときの身内への当たり方はすさまじかったです。

それと、当時から読書量は自慢の種でした。

 

幹部A

社長大学の同期。

当時は会社ナンバー2だったと思います

仮に小上さん(仮名)とします。

私のイメージでは社長とまったく同じ思想・行動原理の人で、社長よりむしろこの人のほうが私たちに厳しく当たることが頻度でいえば多かったです。

当時の印象しかないので、この人が社長反旗を翻すとは思ってもみませんでした。

 

幹部B

社長や小上さん(仮名)よりも数歳年上の男性幹部

先の業務請負契約などはこの人の担当だったと思います

この人も社長同様に激昂型でした。

特に男性に厳しかった印象です。

同期の男性がめちゃくちゃに怒鳴られている現場に何度か居合わせたことがあります

今はこの会社にいないのでしょうか。

 

新卒メンバー

新卒の1つ上の先輩だった人が副社長になっていたので驚きました。

9年前の時点でリーダー立場だった覚えはありましたが、小上さん(仮名)より上になっているとは思いませんでした。

 

同期は良い意味個性的な人が多かったです。

アニメ漫画などの趣味オープンにできる環境だったので、最初から打ち解けやすかったです。

知り合うタイミングが違えば親友になれていたのかもと思う人も多かったです。

なんで辞めたのか

まず、営業電話件数広告の獲得も事実上ノルマがありました。

フルタイムもこなすのが困難なくらいなのに、大学に通いながら達成するのは厳しかったです。

電話代や交通費など金銭的な負担も大きかったです。

 

ただ、それでも同じような趣味をもった同年代の人たちと仕事できるのは楽しかったし、あこがれのアニメを作った会社自力アポをとって行けたときの喜びも大きかったです。

あの会社に入っていった人たちはそういう気持ちが持続したんでしょう。

でも私は途中でその気持ちが途切れました。

 

内定者の先輩の中にいきなりいなくなった人もいました。

「他の仕事に就くため」と説明された気がしますが、入社間際に急にいなくなるなんておかしいと他の人と噂しました。

同期もどんどん減っていきました。

その様子をみて「あの人たちはこの程度で辞めてしまって情けない、私たちはこんなに頑張れているのに」と思ったこともあります

 

私もノルマ達成できずめちゃくちゃに恫喝されました。

 

私の人生であれだけの恐怖を覚えたのは後にも先にもありません。

まず、社長幹部普段と全く違う表情でにらみつけてくる。

その時点でパニックです。

直接的な暴力は振るわれません。

代わりに、わざとらしく大きな音で机や物を叩く。

社長の大柄な姿から威圧感が放たれるので、その拳や脚が自分身体に直接向かってきたら……と思うと頭が回りません。

何を言われたかもよく理解できず、自分罵倒する言葉にただ「はい」としか返事できない。

彼らにとっては日常だったのでしょうが、私にとっては生涯忘れられないトラウマです。

 

これだけ恫喝されても「もっと頑張らなきゃ」と思った人たちもいます

同期は恫喝された後にもっと重いノルマを達成するための誓約書を書かされたそうです。

私には無理でした。

いろいろな負担がかかっていたところに恫喝でとどめを刺されました。

 

なんで今、増田で書いたのか

怪文書の類なら増田かなと。

というのは冗談ですが、前々からこの会社について書こうと思っていました。

いつか書こうと思いつつ自分の中でうまく消化しきれずにいました。

 

私はあの会社に傷つけられましたが、争ったり告発したりすることはしませんでした。

この9年間、彼らと距離を取り続けていただけです。

一種PTSDなんでしょうか、ネット上でたまに彼らの会社名やサイト名を目にすると思考が止まってしまうことがありました。

何かの拍子に当時のことを思い出し、怒りや恐怖が心が満たされることが、9年経った今でも時折あります

 

ただただ、距離をとっていました。

いくらなんでもあの当時よりはまともな会社になっているだろう、と心の隅で期待していました。

私の頃は新卒採用を始めたばかりで、いろいろな仕組みづくりが追いついていないのだろうと好意的解釈していまた。

 

もちろん、今回背中を押されたのはOさんの件がきっかけです。

私はOさんと同期で、もちろん面識もありました。

とてもいい子でした。

 

今回、9年ぶりに彼女名前を目にしたときのショックは言葉にできません。

私もOさんのようになっていたかもしれない、という恐怖よりも、私に何かできたんじゃないか?という悔しさが先にありました。

 

当時、ただ距離をとるのではなく、たとえば労基署とか、駆け込むべきところに駆け込んでいれば少しは彼らのめちゃくちゃな行為に歯止めをかけることができたのかもしれない。Oさんの件も防げたのかもしれない。

たらればの話に過ぎないのはわかっていますが、そう考えると無念でなりません。

 

今回の件がどう展開するにせよ、最終的な結果が出るまでかなりの時間がかかると思います

世の中にはいろいろな事件が起きています

時が経つうちに、今回のニュース自然と忘れられてゆき、彼らはまた何事もなかったかのように誰かを追い詰めてしまうかもしれない。

この件が簡単に風化してほしくありません。

それでこの文章を書いて公開した次第です。

 

記事には目を疑うような記述が多く載っていますが、(あくまで私個人の感想では)いずれもありえる話だと思いました。

 

後になって気づいたことですが、彼(ら)は社内に常にスケープゴート役になる人物を用意して自分たちの怒りのはけ口にしたり、他のメンバー優越感の材料にしていたんじゃないかと感じました。

Oさんの話を読んでいてそのことを思い出しました。

当時の私もそうなっていたのかもしれません。

私自身、いちばん追い詰められたときには自殺を考えました。

 

先に書いたように、私は小上さん(仮名からも厳しい言葉を受けたことがあります

当時の小上さん(仮名)もいわゆる洗脳状態にあったのだとしても、彼に対する個人的な不信感はぬぐえません。

なので、単純にどちらが正しくてどちらが悪いか判断はつきません。

両者の言い分に差異があるようですし、それは今後明らかになってゆくことでしょう。

 

ただ、事実がどうあれ、あの会社の発信しているメッセージ違和感を覚えている人は多いようです。

個人的には、会社側の文章最後に書かれた、実名にせよ匿名にせよ虚偽の情報を流した人物には訴訟を辞さない、という旨の記述に恐怖を覚えました。

この機に乗じて会社のことを告発するなんて許さないぞ、と私たちに向けて恫喝しているように感じました。

彼らは今も自分たちにとって都合のいいスケープゴートを探しているのかもしれません。

 

最初に書いたとおり、この文章フィクションです。実在企業人物とは一切関係ありません。

具体的にどの会社のどの件を指して書いたのかも明言しておりません。

何かあればまた追記します。

2018-10-13

若おかみは小学生見てきたけど(全力ネタばれ

えらく評判だったので見に行ったが、画竜点睛を欠くとはこのことかという感じでした。

背景は美麗だしキャラもいい。笑いも含めながらテンポよく進むので飽きない。皆言うようにおっこに感情移入ながら見ることができた。あのシーンまでは。

両親の幻想や「両親は生きてると思う」というセリフから、おっこが両親の死を全く受け入れられていないことを全編を通して描いている。

それから過呼吸フラッシュバック描写(やたらとリアルでエグかったが)から、早急にカウンセリング必要レベルトラウマを負っていたことも示していた。

からてっきり俺は、客がトラック運転手とわかった時、すなわち両親の死と心の傷にいきなり直面させられたときには、感情の爆発や失感情といったかなり酷い精神状態が描かれるのかと思っていた。

しかし実際は、おっこは取り乱しはしたものの、水領の車で落ち着く。このあたりから違和感が出始めた。

そして例のシーンであるトラック運転手に対して「花の湯温泉は誰でも受け入れる」とおっこが言うシーンだ。おいおいちょっとまてと。

あれは両親を亡くしたばかりの小学生としてではなく、若おかみとしてのセリフだ。一体どれだけ自分を押し殺せば、あの状況で、あの年齢の子が、あの相手に、あのセリフを言える?両親を殺されたと感じてもおかしくない相手に、両親を殺したことは許す、かつ客人として自分にもてなさせて下さいと言うようなものであるしかも彼には家族がいる、さらに言うなら彼が去ろうとしているのは「自分が辛いから」だ。そんな相手にに対しておっこのようなセリフを言える人がいるだろうか?

百万歩譲って客がトラック運転手だとわかり宿を飛び出した後、水領の車で両親の死を受け入れていたとしても、それに加えて、トラック運転手が両親を殺したのではないこと、さらにその人間家族まで含めて世話するという2つの心理的ハードルをこえる必要がある。

いやいやさすがに無理あるでしょー。周りのキャラは「立派だ・・・!」とか言ってて音楽もこれでまとめようとしてる感じだしマジかー。

と思ってしまい興ざめだった。ここまでの心理描写は良かったのになー。

あと、「おっこは一人じゃない」というセリフが印象的に描かれており、かつその他の描写からも、「一人じゃない」ことが作品テーマの一つのように思える。だけど実際はおっこが一番誰かにいてほしい時、すなわちトラック運転手(=トラウマ)と対面した時には、幽霊たちは見えず、宿の人間も出てこず、やっと会えたのがスピリチュアル理由で駆け付けた、他の登場人物たちに比べて交流の少ない水領だ。これじゃ「一人じゃない」の説得力も薄れる。

完成度が高いだけにほんと残念だった。そもそも冒頭で両親が死んで、90分できれいにまとめあげるなんて無理なんだと思う。テーマが重すぎる。

2018-10-10

[]若おかみは小学生!

若おかみは小学生!』を見てきたので感想。いつものごとくネタバレ気にしてないのでネタバレ嫌な人は回避推奨です。あらすじ解説とかもやる気ないので見た人向け。またこ作品書籍漫画版アニメ版あるけれど、それらは横に置いといて映画の話します。

総評

これは120点っすな。点数の基準は「上映時間映画料金を払ったコストに対して満足であるなら100点」なので、「見れて大満足! もうちょいお布施したい」でした。

演出とは裏腹に内容的にはかなりヘビー(というのを見越して爽やかで明るい演出を用いていた)なので、児童文学原作でお子様向け痛快娯楽活劇とは言い切れないんですが、個人的にはクオリティさえ伴えば子供を思いテーマや悲しい作品でぶん殴ってもええやないか、いてもうたれ、子供ってのは子供なりに受け取るんだ派なので、クオリティでぶん殴ればいいと思いますふるぼっこドン

この映画に関してはTwitter児童労働がどうのこうのという話もちらりと耳にした程度で事前情報収集もなく見に行ったんですが、そういう物語じゃなかったですよ。

喪失を乗り越えるという話

じゃあ、どういう物語だったかといいますと、大きく2つの柱が絡み合うストーリーでした。それは大きなテーマで言えば「喪失を乗り越える」と「自分自身と居場所を見つける」という話。

初っ端から重いですが、主人公である女子小学生・関織子(通称おっこ)は、本作冒頭の交通事故において両親を失います。もうこの時点で軽い話になりようがないわけですよ。にも関わらず事故被害のシーンはグロカットされ、葬儀とそれに続くドタバタのシーンも描写はされず、おっこは新生活の場であるところの、祖母の営む温泉旅館「春の屋旅館」へと向かいますトランクひとつ持って別に落ち込むわけでもなく、ちょっと大変なだなあくらいの顔色で一人旅をして、到着し、新しい部屋(いままでのマンションとは違う昭和的な和室)を与えられ、転校して新しいクラスメイト挨拶をして、ひょんなことから家業である温泉旅館を手伝うことになります

若おかみは小学生!』って言うタイトルから当たり前ですが、こうして女子小学生おっこの若女将修行生活が始まるわけです。

「春の屋旅館」がある「花の湯温泉」は歴史のある温泉街で、古都然としたまちなみに浴衣姿の観光客が歩く割合賑やかで、カラフルな町です。この辺音楽美術演出あいまって、しみじみと明るく暖かく描かれていて雰囲気良いですね。美術レベルは高かったです。

でも、この明るく爽やかなあたりが(とうぜんそれは演出意図に沿ったものなんですが)、ある意味ホラーでもあるわけです。

小学生児童にとって、両親を失うというのは、最愛家族を失うということであるのみならず、加護者も生活基盤も導き手も失うということです。もう、それは世界崩壊かいレベルでの悲哀なわけですよ。

にも関わらずおっこはそこまでの苦しさを見せない。両親を思い出してちょっとうつむくことはあっても、笑うし、日常生活を送るし、新しい出会いにも前向きでいる。それはよく考えればとてもとても異常なことなわけです。

異常なおっこの新生活は、やはり物語後半に向けて徐々に破綻してゆきます。「両親がまだ生存していて自分と一緒に暮らしている」という幻想を何度もみてしまうおっこは、あるシーンにおいて事故の原因となった(もちろん別のですが)大型トラックを見て、事故フラッシュバックから過呼吸になってしまう。おっこは、両親の喪失という悲しみを乗り越えたわけではなくて、ただ単に今まで封印をして日常生活を演じていたに過ぎなかったわけです。

あらすじなんかにおいて本作は「主人公おっこの成長を描く」なんてサラリと書かれているわけですけれど、それは不誠実な欺瞞であって、おそらくおっこの身になってみれば、それは成長じゃなくて引きちぎられてバラバラにされてしまった自己の修復というサバイバルなわけです。失った何かから目を背けて、決定的な破綻をしないようにごまかしながら疾走するというのが、この物語の前半部分でした。

自分自身と居場所を見つけるという話

そういう意味で、おっこが若女将をやるというのは、児童労働とかそういうレイヤーの話ではないのです。両親を失って加護者も生活基盤も支えも失ってしまったおっこにとって「いまできるなにか」に必死に飛びついて自分を騙そうとしていたとも見ることができます祖母である旅館経営者(現女将)の後継者問題という、旅館側の都合があったにせよ、おっこが旅館雑務に飛び込んで笑顔で充実していく背景にはそれがあるはずです。

事実おっこの若女将雑誌に取り上げられて評判を呼ぶという広告的な価値はあったものの、従業員としてみたとき、お客さんに感情移入しすぎて夜闇の中に駆け出すなど(一般的社会人価値からすれば)行き過ぎな面もありました。

でもそれも仕方がないと思うのです。両親という生活基盤を失ったおっこは、同時に目指すべき将来の自分像も失っています。「将来こういう自分になったらいいな」です。その空隙を、目の前に提出された安易な「若女将」で埋めてしまったわけですから、その意味では、おっこの若女将労働としての若女将ではなく「若女将ごっこ」でもあって、つまりはある種の自分の居場所探しなわけです。

たとえおっこ自身がそれを言語化できるレベルで気づいてなかったとしても、まだ収入もなく住む場所自分では決められない小学性にとって、他にできることなんて事実ないじゃないですか。それはせめて居場所を獲得するという生存努力です。

おそらく祖母はそのおっこの悲痛に気がついていて、周囲が無責任に「若女将誕生!」とはしゃぐなかで、決して自分からは手伝え、継げとはいいませんでしたし、おっこの労働危惧してた素振りも見えました。経営者として「子供接客なんてさせられない!」と拒絶することもできたでしょうけれど、おっこから女将をとりあげて、じゃあ不安定彼女精神に何をしてあげられるかと言えば何もない。だから黙認しかないわけです。

だいたい「自分自身と居場所を見つけるという話」なんてもの現代社会において、大学卒業して就職して一年二年経った青年が、俺はどうやらこういう方面には我慢が効くがこういう方面は苦手だぞ、どうやらおれはこういう仕事とこういう人間関係の中でなら生きていけそうだ――みたいなのをやっとこさやるものなわけで。そんなものを、小学生が引きちぎられるような喪失を乗り越えるのと二正面作戦でやるのは無茶というものです。

そういう意味では、周囲の大人たちはもうちょいどうにかフォローしてやれなかったのかよ、とも感じるんですが、でも逆にそれこそ大人視点傲慢物言いであって、大人だろうが子供だろうがどんな人間でも自分自身の心の中の悲しみや未来とは、自分一人で向き合うしかないというのも一面の真実です。

おっこは画面上の軽やかさやおっちょこちょいさに隠されがちですが、実は誇り高い女の子です。特に自分が設定した自己目標に対しては愚直なまでに誠実です。だからこそ、宿泊客のために対立している真月に頭を下げて教えを請うこともします。その実直さが両親を失うという危地の中で彼女孤立してしまった原因だし、それが巡って彼女の味方を増やす原因でもあったのは素敵だったと思います

ふたつの話の交差点

おっこは「喪失を乗り越えること」から逃避して、目の前のロールである女将に飛びつき、そこで必死に働くことによって苦しかった過去ある意味塗りつぶそうとしたわけですが、その逃避が「自分自身と居場所を見つける」ことにつながってゆきます

幾つかの出会いがあって、目指すべき未来のヒント、ロールモデル出会います。たくさん登場人物がいるのですが特筆すべきなのは三人でしょう。

まずは旅館女将である祖母。登場シーンは少ないのですが、彼女個人人格職業倫理が融合してしまったあの佇まいは、今は亡き母経由もふくめておっこの誠実さの根っこのように思います職業倫理がついには人格化しちゃうって、昭和的な善人のあり方としてすごく共感できるんですけど、今の時代では流行らないのかもしれないと思ってちょっとロリしました。

二番目には、おっこの同級生、秋野真月(大旅館の跡取り娘、通称ピンフリ)でしょう。この娘は小学生女子なのですが、広い視野旅館業と湯の花温泉京の未来を見つめていて、顧客に対して誠実であろうという、幼いながらある種の達人系キャラです(傲慢物言いをする残念キャラでもあるのですが)。この娘と同年代として出会うことができた、ライバルとして対立したり和解したりできた、というのはおっこを取り巻く幸運の中でも格別のものでした。彼女との交友は、悲痛から逃げ出して飛びついた「若女将ごっこ」に、その内実の精神性を加えて「本当の若女将」へ進化させてくれたと思います

(余談&劇中では語られませんが、温泉郷に住まう子供の中でも誰よりも本気で町の未来について抱え込んでしまってる真月の孤独にとって、その孤独の闇に現れて、自分の高さまで登ってくれると約束してくれたおっこの存在は、想像すると涙がこぼれるものが有ります。真月からみてもおっこは救いであったと思うし、そうだと良いなあ)

三番目は宿泊客である占い師グローリー水領です。長い黒髪をたなびかせたこ宿泊客は、都心部事務所を構える凄腕の女占い師なのですが、私生活での失意から「春の屋旅館」で飲んだくれ生活をしています

抑制的な演出描写される彼女鬱屈をおっこはどうにかして励まそうと、浴衣を着たことのないという彼女着付けを手伝います浴衣経験のそんな彼女艶姿におっこが感嘆した感想が「格好いい!」でした。

ものすごくさり気ないシーンだったのですが、それはおっこが喪失していた「自立した憧れるべき大人の女性像」を見出した場面だったんじゃないでしょうか?

私生活で辛いことがあっても他者に当たらず、それどころか宿泊先の幼い従業員おっこに気を使っておどけてまで見せる。グローリー水領はおっこ視点では「素敵な大人のお姉さん」です。その素敵な年上のお姉さんに、「可愛い」でも「素敵」でも「綺麗」でもなく「格好いい!」と小さく叫んだおっこに、少し泣けました。お洒落で(←女子小学視点では重要です)、颯爽としてて、自立をしてて、視線を合わせて話してくれる。そんなお姉さんはおっこにとってどれほど輝いて見えたことでしょう。暗闇の中で我武者羅に迷走していた、それでも笑顔だけは守っていたおっこにとって、それは小さな灯火で「未来自分」「目指すべき形」です。

祖母の言う「誰も拒まない花の湯」、同級生真月のいう「客を癒やすレストスペース」、女占い師自分仕事を「他人を励ます仕事」だと評したこと。それらは全て本作テーマに重なるパラフレーズです。そしてそういう人々の輪の中に、自分も入っていける。癒やしたり癒やされたりしながら前へ進んでいくコミュニティの一員になる。「若女将」という「自分自身と居場所を見つける話」は、おっこにとっては生存努力であり逃避だったわけですが、それを誠実に、ごっこから実体にしていくのならば、結局逃げていた「両親の喪失という苦しみを越えていく」につながっていくのだ、という脚本はすごく良かったです。

別れ

ここまで触れてませんでしたけれど、おっこには霊感があるという設定で「春の屋旅館」にきてから騒々しい幽霊少年やおませな幽霊少女出会い、励まされています。両親が今でも生存していて日常は壊れていないという幻想に悩まされていた頃おっこを支えていたこ幽霊たちですが、物語終盤でおっこから見えなくなってしまうという形で別れが示唆されます

でもそれは、おっこが人間社会のなかで居場所確立した――七つまでは神のうちといういわばまだ神様たちの一員であり神楽の主役でもあったおっこたちが、社会の中で着地して、痛みも悲しみも乗り越えていく季節がやってきたのだというエピソードです(おそらく魔女の宅急便黒猫ジジが喋れなくなる、も同様の構造ですよね)。

見終わってから気づいたのですが、この作品幽霊や鬼たちは、幼いおっこが空想したイマジナリーフレンズだとしても物語が成立するように設計されています

おっこは自分の中の勇気かしこさと一緒に自分の悲しみと戦った。「春の屋旅館」はその舞台であり、若女将はおっこが戦うための姿だった。

すべてのフィクションファンタジーなので現実視点を持ち込みすぎるのは野暮というものなわけですが、今後おっこは中学入学卒業して、大学はともかく高校くらいは出るはずで、一人前になるまで十年近い時間があります。(このお話のおっこは絶対旅館業一筋だと思うのとは別に一般化するのならば)そのなかで、旅館から離れるかもしれない。現実に寄せて考えるならその可能性は高い。

でもそんなことはおっこの戦いとそこで得たものとは関係がないわけです。おっこは若女将というコスチューム身分を手に入れたわけではなく、戦いの中で手に入れた人間関係自分自身がある。将来どこでなにをしようと、おっこの手に入れたものが曇ることは二度とない。それがこの映画の中心であって、それは児童労働とかそういうのではなく、もっとパーソナルで尊いものだったと思います

ps.おう真月ちゃんパート書き足したで!

2018-10-06

価値提供できず無職

六本木ベンチャー企業に勤めていたが「会社にどんな価値をもたらせますか?」という質問を繰り返し繰り返し受けていたら病んで結果的退職となった。

質問を重ねる話法は元々苦手だったんだけど、目標なり課題なりを上司と話すたびに「それはチームにどんな価値をもたらしますか?」「どんなメリットがありますか?」「会社にとってどんなプラスになりますか?」「チームにとってのメリットとは何ですか?」と畳み掛けられるたびに自分に対して懐疑的になり段々と自信がなくなり、休職の末の退職だった。

ここまでにいたるに約2年。上司との面談は2週間に1度。2週間ごとに価値のある人間だったかを問われ続け辛かった。こういうのは自己肯定感が強いと耐えられるものなのかな?具体的に自分の成果が数字で現れるような職種ではないのでなおさらどうしたらいいのかわからなかった。

この価値提供問答に先輩達は(就活のノリで)茶番ショートコントで乗り切ると言っていたが本当に何もしてないのに茶番ショートコントが上手い人が評価を得ていたこもつらかった。それが社会と言われたこともあったが茶番価値になってしまうわけで、茶番うまい先輩に押し付けられたタスクを深夜になるまで対応し続けた日々は何だったのだろうと遣る瀬無い気持ちになった。

すぐ業務で使えるわけではないが将来的に必要かもということを勉強していた時もそれって必要ありますか?今業務で使わないですよね無駄ですよね価値なしと言われてそこまで言わなくても…と口に出しそうだった。価値提供とはなんだったのか?今でも価値メリットという言葉を聞くと頭にモヤがかかる。

さらに追い討ちをかけたのは婚活だった。婚活の場でも「あなた結婚することで相手にどんな価値提供できますか?」だった。家事は一通りできるし節約レシピは得意だけど「相手が家庭的な女性を求めてないなら価値がないことになりますよ?」だって家事くらいみんなできるので価値ではないとのお言葉もまぁそうだよねと思いつつそれならもう圧倒的な収入とか実家の太さとか揺るぎないアゲマンとかそういうのし価値がないのではと思い詰めるくらいには視野が狭まっていた。

そろそろ社会復帰しなければならないのだが「あなたにはどんな価値が?」とフラッシュバックして動けなくなる。自分にはどんな価値があるのかこの歳でわからないなら社会的に価値はないということなのかな。価値提供できるようになるにはどうしたらいいのかわからない。そもそも価値って何だろう?

2018-10-02

クスリフラッシュバック

とあるクスリに頼るのをなんとか辞めた。

脳に作用するきついやつ。

フラッシュバックがきつい。

記憶障害がある。

既に辞めた薬の名前すら思い出せない。

短期記憶が確実に欠如している。

三日前、一週間前、一ヶ月前に自分がやったことを脳が覚えていない。

いろんな記録や結果を見るとそれは確実に自分がやったこであるのが明白なのに、その行動に関する記憶が完全に欠如している。

この先どうなるんだろう。

認知症になって何もかもわからなくなっていくんだろうか。

明日の記憶が思い出せない。

2018-09-27

俺が福島産を買えないのは全部反核サヨクのせい

当方、産まれも育ちも広島

今は東京

親は共産党員毎日赤旗新聞見て、反核平和行進にも毎年参加し、原爆資料館にも行き、家でも学校でも核の悲惨さをうったえる映像を見て育ちました

なのでもうほんとに福島産無理なんですよ

少しでも放射能が入ってる(意味不明)食べ物とか

被爆可能性がある、それだけで子供の時に見た被爆してグロになった映像フラッシュバックするんですよ

自分グロになって死ぬんですよ

いくら基準値以下で安全とか言われても、勝手に思い出される

ほんと理性じゃどうにもならないんですよ

福島の人には申し訳ないけど

3つ子の魂100まで、とはよくいったものです

核実験映像核実験を受けた兵士映像被爆の後の広島映像画像いろいろ見たなぁ

あれ今でもやってるの?

広島以外の小学校でも見せてるの?

ちなみに、グロ映像のおかげでグロ耐性はついた

今は東京ですが、311の時はフクイチの爆破弁(笑)チリ風向き変わって東京方面に飛んできた時に恐怖のあまり仕事も休んで実家に飛んで帰りました

再度上京する時は2度とはできない思いで墓参りしてからでした

なので一生、福島産の物は買えません

茨城北部宮城の海沿いも買うの避けてます

女性に対する性的暴力を軽く見るな

https://www.sankei.com/affairs/news/180926/afr1809260011-n1.html

この記事ブコメ見て、愕然とした。なんか大喜利ネタができたみたいな反応が多い(もちろん真摯コメントもあるけど)いくらなんでも女性トラウマを軽視しすぎてはないか

この女性はムチャクチャ怖かったと思うよ。だって下手したら加害者男性レイプされて殺されてたかもしれないんだから男性レイプされて殺される、ってのにいまいちリアリティが沸かないのかもしれない。爪を一枚一枚剥がされながら殺されるとか歯を一本一本折られながら殺されるとか想像してほしい)

こんなことされたら、これから夜道なんて怖くて歩けない。下手したら携帯から音声が流れるだけでフラッシュバックするかもしれない。怖い思いをしなくていいように駅前安全なところに住むために、とてもお金がかかるかもしれないし、就ける仕事制限されるかもしれない。そういうことが起こった事件なんだよ。そういうことだという想像力が欠けてる人が多くいる。それが怖いし愕然とする。

例えば、会社男性社員が凄まじいパワハラを受けて鬱になりましたって記事で「今年のパワハラ番付上位だな」とか「大声を上げて怒鳴るなんてオペラ歌手進化系か?」なんてブコメにこんなに沢山のスターがつかないでしょ?少なくとも自分は見たことない。殺人事件でも一緒だよ。なんで女性に対する性的暴力ネタにしていい、と思ってる人がたくさんいるのかわかんない。

そして、こういう事件が起こっても暴行でも殺人でもないか厳罰に処されないというのが、納得いかない。

2018-09-26

同じようなものしか書けなくなったらもう終わりだな

蜘蛛ちゃんフラッシュバックみててそう思ったわ

まあ西尾維新とかもそうだけど

結局最初の才能のほとしりみたいなのを維持できる人間なんていねーんだよな

最初の芽で注目されたら後は残尿みたいなカスだけを世に出して平然としている

悲しいなあ

2018-09-13

学生時代いじめ

もう30過ぎた大人なのに、誰かと少しでも仲が良くなるたびにフラッシュバックする

相手些細な言葉や行動にビクビクする

いじめられ、人が怖くなり、社会の全員が自分を嫌っていると思いこむようになり、引きこもり、鬱になり

初期の対応が悪くて、社会復帰できるまでに数年かかった

もっと早く病院に行っていれば良かったのだろうけど

今も薬を飲みたいけど、それで良くなることもあれば悪くなることもある

なんなんだろうなー

2018-09-11

anond:20180911000813

・上の階の人は寝る前になると急に過去フラッシュバックして暴れ出す人である

2018-09-06

anond:20180906070348

つらい経験フラッシュバックしてその衝動ツイッターへと走らせるんだよ。

地震の度に「注目されたい」って古い地震体験談を嬉々としながら慌ててツイートする奴ら

もう少し他人に優しくなれよ。自分の頭の中の回路を分析してみ。

2018-09-04

F5キー

最近 Visual Studio を使っている。

デバッグの開始」が F5キー に割り当てられていて、チョコチョコっと打ってはF5キー、ってのを繰り返していた。

何度も繰り返していると、突然昔の記憶フラッシュバックした。

小学生の頃の部屋とパソコンで、ポチポチコードを打っては F5 キー 、を繰り返している光景だ。

しか、F5キーに "RUN"コマンドプログラム実行)が割り当てられていた。

どうりで、体が馴染んでいるわけだ。

2018-09-03

飲み屋とかで楽しく会話した次の日死にたくなる現象何なの

あらゆることが黒歴史化してフラッシュバックしてくるから辛い

2018-09-02

鬱状態が酷いので呼吸を整えながら瞑想しよう、と瞳を閉じて呼吸に集中しようとしても、次から次へとフラッシュバックのように辛い出来事や思い出が現われては消えてゆく。

呼吸に集中するのってとても難しい。

2018-08-28

anond:20180828213221

劇中、少年がお姉さんを海に連れてってイチャイチャしようとしたらあからさまに嫌気とフラッシュバックなどの身体的症状を出してたぞ。

あれは性的消費の被害実態その一と言えないだろうか。

2018-08-25

anond:20180825211358

わかる 自分も今まさに(ていうかずっとだけど)同じことで困ってる

2日前にもそんな選りすぐりの嫌な記憶更新してしまった

フラッシュバックとかとは違うんだろうけどほんといやだよな…

一人でいる時だと思わず声出たりしてて人前でいつかこれやるんじゃないかと思って怖い

いつか忘れられると思ってやり過ごすしかないのかね

2018-08-24

警察検察に行ったり民事裁判を起こしたりした話

警察被害届を出そうとしたとき、私は北海道にいたので、北海道苫小牧署に行った。

そこでは、事件が起こった場所被害届を出すのがよいから、横浜に行く機会があったらそのとき警察に行くのがよいと言われた。

その旨を、現場管轄である神奈川県警戸部署に相談してみると、やはりこちらに来る機会に来署してくださいとのことだったので、

数か月後、東京に行く用事のあったときに、戸部署に寄った。

戸部署で話をすると、それでは被害届を受けるので明後日また来てくださいとなった。

なので2日後にまた行くと、女性警察から被害届は受けられない、ただ話を聞きたいだけだと聞いている、被害届を出したら加害者が怒ってあなたに何かするかもしれない、同じ女性としてあなた危険な目に遭う可能性にさらすことは出来ない、という話をされた。さらには、どうして時間が経ってから来るのだと言われた。(そのことについては事前に戸部署に相談しており、こうなっているのに。)


苫小牧署の対応と随分と感触が違う。

北海道に戻った私は、再び苫小牧署に行き、こういう被害届を出したいと言われたら苫小牧署ならどういう対応しますか?ということを質問した。

そういった場合にはこういう捜査をするだろう、という説明苫小牧署の警察から受けた。

から警察に不満があれば監察に申し立てるとよいと聞いたので、

戸部署ではじめに対応してくれた警察官と2日後に会った女性警察官とでは話が違ったこと、

苫小牧署ではこういう相談があればどういう捜査をするという話をしているのに戸部署では被害届を受けつけてくれなかったこと、事件に遭った場所によって捜査格差があってよいのか、

ということなどを手紙に書いて、神奈川県警の監察に送った。


手紙が届いたであろう頃に、戸部署に電話をしてみると、電話を取った人からして、ああはいはい、と話をわかっている感じであった。

そして、私の事件刑事課の(企業でいうと)部長クラスと思われる人が担当することとなった。

監察の力ってすごい!


ところで、私は、例えば「医師は全員女性なので安心」のような、女性相談を受けるスタッフ女性なので安心だという世の中の謳い文句安心を感じたことがない。

戸部署の女性警察官のように、「同じ女性として」という文句が「私も我慢しているのだからあんたも我慢しろ」という風に使われることがあるからだ。

生物学的な性が同じである前に、私とあなたは別の人間だ。

たいていの事件には加害者復讐可能性というのは伴うのではないか。そうした場合被害者は泣き寝入るしかないと警察はいうのか。

被害届を出すかどうかは私が決めることではないのか。同じ女性からといってそれをさせてもらえないのであれば、私とあなたは別の人間であるということの尊重のうえで相手の状況を慮ってくれる男性警察官が担当となってくれた方がいい。



事件捜査してもらえることとなって、2か月に1回くらいの頻度で戸部署に呼ばれた。

その頃には北海道から埼玉引っ越していたのだが、平日の昼間に片道2時間近くかけて警察まで行かなくてはいけないのはなかなか大変であった。


戸部署では、いつも刑事課の個室の中で話をきかれた。

その個室に入るときは、携帯電話をドアのポケットに入れなくてはならなかった。”いつもは悪い人を取り調べる部屋だから、外に連絡して打ち合わせることができないように”という説明を聞いた。

たいてい冷たいお茶を出してくれた。個室の壁のペンキはひび割れていた。警察建物ってたいてい老朽化している。お金がないからあまり捜査をしたくないのかもしれない。でもだからといって私が人権侵害行為を受けたことを泣き寝入ることはしたくない。


車で被害現場まで行き、ここですと指さしているポーズ写真を撮られることもあった。「おお、それっぽいことをしてる」と思った。


被害届刑事作成してくれるのだが、被害者の喋り口調で作るものになっているようだ。加害者被害者ニックネームがあれば、その名前が使われる。例えば、「みちょぱ」と「らぶりん」がニックネームであればそれが被害届のなかで使われる。こういった種類の事件テンプレートなのだろうか、「ときには優しいこともあって、そういうところが好きでした」なんていう文言も入る。つまり「みちょぱはらぶりんの、ときには優しいところが好きでした」という文面が出来上がる。それを刑事に読み上げられて、恥ずかしくってしかたがなかったのだが、こういうものなのかと思い「はい、それでいいです…」と言っておいた。


この頃、私はちょっとした男性不信になっていた。

加害者人権は守られている。例え立件されても、起訴されたとしても、特殊権限のある人がそれを調べない限り、そうなったことは知られない。

そう考えると、道を歩いている人も、実は殺人犯なのかもしれない。あの男の人は親切に道を教えてくれたけれど、家では妻や恋人を殴っているのかもしれない。そんな考えが頭をよぎった。


現場に関するものが少しトラウマとなっていた。「横浜」の文字を見ると嫌な感じが湧き上がってきた。加害者がよく着ていたような白いTシャツを着た男の人を見ると、恐怖感が湧いてきた。


私が警察被害を届けることを知人に話したら、その知人が加害者にそのことを告げるということが起こり、ショックを受けた。


加害者が「女性は1人の人間としてではコンテンツとしてみていて、必要がなくなったら他のコンテンツに乗り換える」と語っていたことがあり、その話をまた別の知人男性にすると、その知人男性も「男はみんなそうしたいと思っているところがある」と言って、そのことにショックを受けた。


ネットなんかで「女性ちょっとしたことでもすぐDVと騒ぐから」と書かれているのも見かけると、私の言っていることもそう思われるのだろうか、信じてもらえないのだろうか、と思った。

そんなことがあり、警察にも通っていたりで、精神的負荷がすごかったのだが、それで精神的に不安定になったら、”メンタル不安定な人”ということで、私の言うことの信憑性が低くなるのではないか、と思い、周りに支えの無さを感じていた。

そんなときに、10年ぶりに会った後輩に、これまでにあったことを打ち明けると、

「僕はあなたの言うことを信じますよ。だってあなた、苦しんでいるじゃないですか。」と言ってくれて、こころが救われた。

私が警察被害を届けようとしていることを知人が加害者に告げたことも、女性コンテンツ扱いする発言も、「ひどい」と言ってくれた。ようやく、私がおかしいと思っていたことを「おかしい」と言ってくれる人が現れて、私はほんとうに救われた。


警察捜査の進みはほんとうに緩慢で、1年くらいかかったと思う。

ようやっと書類送検ということになった。

警察で立件された時点で、前歴となり、その記録は警察自治体永久に残るらしい。


横浜地方検察庁に私も1度行き、話をきかれたりした。


事件は「執行猶予」となった。

これは加害事実があったと認められたということである

起訴」には社会的に重大な事件ではないとならないらしい。


その後、民事裁判を起こすことにした。


この時点で時効が迫っていたので、内容証明郵便加害者宛てに送った。こうすることで時効半年延びる。

その間に弁護士を探した。


親切にしてくれる弁護士もいたけれど、証拠が少ないということで引き受けてもらえなかったりした。

嫌な思いもした。被害に遭ったことについて私が馬鹿だと言う弁護士もいた。

私はDV被害者当事者会に出たりして勉強したが、DV被害者というのはみんな自分馬鹿だと思っているんです。そう思っているから、なかなか外に打ち明けられなかったするんです。それなのにそんなことを言う弁護士がいるなんて。

そもそも、人を疑って警戒しながら生きているのが賢くて、人を信じると馬鹿と言われる社会なんて。


そんな中、ようやっと、引き受けてくれる弁護士出会えた。

実は、警察では証拠不十分で立件できなかった加害事実について(数種類の加害行為があり、証拠が揃っているものけが立件された)、加害者検察での供述の中で加害事実を認める発言をしていることを、私は検察から聞いていたのだ。

裁判となれば、その供述調書の開示を求めることができるかもしれない、と弁護士は言った。開示されたら、それが重要証拠となる。


そして裁判が始まった。


東京地方裁判所は大きなビルの中に部屋(法廷)がたくさんあって、廊下の壁は明るい色に塗られ、大きな病院学校みたいだった。

地階に食堂があるので、ここは「裁判に勝つ」ということでカツ丼を食べようとしたのが、カツ丼メニューに無かったのでざるそばを食べた。

裁判官は頭に黒い帽子をのせてポンチョのような黒い服を着ており、「あれは昔はシルクだったけど今は合成繊維になった」と弁護士が教えてくれた。


私も裁判に出席して事件について述べなくてはならなかった。

ハンカチくらいは持ち込んでもよいと聞いたので、すごく緊張したかハンドタオルをぎゅっと握りしめて法廷に立った。

述べる前には、ドラマとかであるように、嘘はつきませんってことを宣言しなくてはならなかった。その文言は、プリントされたものが前に置かれていたので、それを読んだ。

私が述べた後には、加害者側の弁護士から質問をされる。

ここでも結局、私が馬鹿だということを匂わせることを言われる。

いくらDV被害者には特殊心理状態があるという研究があっても、DV被害者当事者団体が訴えても、それはなんにもならない。

私は「はい」か「いいえ」しか答えられない。私を侮辱するようなことを言われても、反論しようとすると裁判から制される。


この後しばらく、私は加害者側の弁護士の喋り口調がフラッシュバックすることがあり、精神的な危機を感じた。

弁護士の喋った内容ではなく、息遣いのようなものフラッシュバックがあった。

これまで警察検察に行ったり裁判を起こしたりして、かなり精神的に負荷を感じることがあったけれど、これが一番ひどかった。なるほどこれがセカンドレイプってやつかと思った。数週間したらおさまったのでよかったのだが。


私の弁護士裁判の中で、検察庁に加害者供述調書の開示を求めてくれたのだが、

それが開示されることな裁判は終わった。

和解ってやつになった。



警察被害を届けたり裁判を起こすときに、どうして警察に行くの?どうして裁判をするの?と言う人たちがいた。どうしてそういう質問がなされるのか私にはわからなかった。

泥棒に入られたら警察に行くのと同じことだと思った。カバオくんを泣かせたバイキンマンは、アンパンマンにやっつけられる。幼稚なのかもしれないが、世界はそういうものだと思っているので、私には泣き寝入るという選択肢は無かった。けれど、泥棒に入られても警察に行かない人もいるのかもしれない。

「得られるものに対して自身へのダメージが大き過ぎる」と忠告してくれた人もいた。

(確かに、負荷は大きくて、円形脱毛症になりかなり派手にハゲをこさえた。裁判が終わって1年近く経つ現在もまだ完治していない。)

そう考えて泣き寝入る人たちはたくさんいるのだろう。けれど私はそんな例を増やしたくはなかったし、このままあったことを無かったことにされたくなかった。

暴力的自分の意にそぐわない状況に置かれるという体験は、私の自己効力感とか自信を失わせるものであった。

むかしの私は将来に希望を持っていて活動的であったが、被害に遭った後は、何かをしようと思っても、自信がが持てずに力が入らないのだ。

警察に行ったり裁判をすることは、暴力的に意にそぐわない状況を受動させられたことを、自分で動くという能動に変えることであった。

から私は、やれるだけのことをやってよかったと思っている。

2018-08-20

anond:20180820014957

私も自分経験他人に話したことはないですね。

まり安易共感できる、みたいなことは書きたくなかったので先の投稿では消してしまったのですが、「子供の頃の自分に会う機会があったとして、何の言葉もかけられないだろう」という感覚、正直とても良く分かります (ついでに書くと、私も田舎中学校出身で帰り道に川があり、最後段落を読んだときは当時の光景フラッシュバックしました)。

私も以前は子供自分に対してかけてあげたい言葉があったはずなのに、それがどういうものだったかすら思い出せません。

子供ときは、この経験は将来自分人生において糧になるだろうと考えていましたが、振り返ってみると、意識していないような部分に広く薄く、負の方向へ作用している印象があります。程度の差はあれ、おそらくこれは一般的事象なので、増田必要以上に卑屈にならず客観的に受けとめてみてほしいと思います。おそらくは健全な人たちが指摘しているように、ある程度自分の力で変えられることも事実だと思いますが、それはそれ、これはこれ、です。

最後ひとつだけ。少なくとも今の私は日陰から景色をけっこう愛しているかもしれません。たとえ日向人生選択できるとしても、それを選ばない程度には。

2018-08-16

怖い話

さっきシャワー浴びて出るとき、いつもはしないんだけど結露落とし?みたいなワイパーやってたら、シャワーの水が出しっぱなしになってた。

すぐ寝たかったのでシャワー温度を下げるべく、いつものお湯蛇口に加えてちょろちょろの水蛇口をおひねりしたからなんだけど。

うっかり忘れてて、いつもどおりそのまま浴室を出てたら、一晩中、なんなら一日中出しっぱなしになるところだった。

危ない危ない。いったい何リットルの水を無駄にするところだったんだろう。一分間にペットボトル1本分としても、1時間で60本。

6時間360本、12時間で720本、24時間で1440本。やべえやべえ。とんでもない量だ。浴室にためたら天井との隙間はどれくらいになるだろうか。

確実に重みで死ねる。崩れたペットポトルの山の下敷きになったら死ねる。想像だけでも圧倒的な存在感重厚感。

それを無駄にしてしまうところだった。

いつもどおりの行動でうっかりに気付けなかったら思うと、とてつもなくもったいないというか、オカルト的な恐怖を感じた。

そもそも人間にとっての恐怖とは、命を守るのに必要本能的な感情で、日本在住の現代会社員の俺には持て余すものだ。

駅のホームうつらうつらしてしまってハッとする恐怖や上司ミスを暴かれる恐怖や飲みすぎて怒られるから家に帰りたくない恐怖とは別物だ。

バーンってきてドーンってなってウワー!っていうのも恐怖だけど、隙間からにゅるって入ってきて気付いたら足元に絶望がいた、みたいな恐怖。

一度でも体験してしまうと、二度と思い出したくない感情。雪を見てフラッシュバックしたり、体が震えたり。

から、そういう「タグ」を作っておく。幽霊とか、妖怪とか。

水のもったいないお化けがいたんだ。

そのお化けが、いつもはしない結露落とし?みたいなワイパーをやらせたんだ。

お盆だしな。

2018-08-15

楽しく盛り上がった会話をした次の日死にたくなる

盛り上がってるその時は凄く楽しいんだけど、次の日になると変なことを言ったんじゃないか、変に思われたんじゃないかって

不安がこみあげてきて、会話内容フラッシュバックしてきて「しねしねしね」とか「ばかばかばか」とか言ってる。

客観的に振り返るとそんなおかし言動はしてないって頭ではわかるんだけど、どうしても不安が拭えない。

人と話すのは嫌いじゃないけど、これのせいで精神力を削られるのでなかなか辛い。

それっぽいワード検索すると似たような人は結構いるみたいだけど、不安障害みたいな感じなんだろうか。

心療内科かいけば改善する?

2018-08-09

好きなもので恥かい

自分はこれが好きで頑張ってたくさん勉強して練習して上手くなったと思ったけど本番で上手くいかなくて大勢の前で恥かいた。

もう見るのも嫌だったから「もうやめようかな」と思ったけど、今日2時間くらい練習してみた。

かいた時の記憶フラッシュバックして嫌な汗が出たけどとにかく無心でやった。

ら、やってるうちに楽しくなって「まあまた頑張ればいいか」と思った。

良かった良かった。

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