「大学院」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 大学院とは

2019-05-20

anond:20180725160741

 数学に関しては、ハーバード大学院で習う内容は東大学部レベルだそうです。(藤原正彦氏の証言

から大学院でぶち抜かれるというのは勘違いですね。

卒業時も圧勝です。学力だけならね。w

2019-05-19

オタク街コンに参加した話

街コンに初めて参加した。

街コンとは、年頃の男女が飲み会を始めとするイベントを指し、相手との継続的恋愛関係を築くことを目的とする。

今回は参加した1つの街コンに関して、参加した経緯を含めてまとめる。

この記事を読むような人間は私と同じような特性を備えているだろうから参考にしてほしい。

今年の3月同棲を匂わされた女性から突如ストーカー扱いされ、共通友達をほぼ全員失ったというスプラトゥーンオフ会ではよくある被害を受けた私は精神的に参っていた。

ここら辺の事情は以下の増田にまとめたので、暇な方は読むといいと思う。

https://anond.hatelabo.jp/20190420023629

前述の記事では、如何に「私がめんどくさい人間か」が主観を通じて表現されている。

流石に全てを読む人間はいないと思われるので、端的に私の人間性を列挙しておく。

⁃ ほぼ男子校大学院社会人2年目

ブサイク細身

彼女いない歴=年齢、無論童貞

趣味が完全にオタク趣味(開発アニメゲームetc.)

人間関係を構築する能力が著しく欠けており口下手。要するにコミュ障

女性に対してトラウマを抱えている(前述の記事参照)

前述の女性に対してのトラウマいつまでもくすぶっていた私は、一種のショック療法として街コンに参加することにした。

婚活というよりは、会話慣れを目的とした参加だ。

まず共通話題で仲良くなろうと、「動物園開催のアニメ雑談街コン」に参加を決めた。

動物園アニメの話って何だかちぐはくな気がするのだ...

不安を感じながらも、この街コンが見慣れぬ形式で催されていたことに気がついた。私は賢いので。

何でも男友達とともに参加し、男2女2で周る形式だそうだ。

この形式街コンとしては一般的らしいが、経験のない私には衝撃的だった。

何それダブルスじゃん。マリオテニスするか?

この街コンにピンときた私は、大学の同期であるイカれた風俗通いの笹山に声をかけた。

私「街コン行くぞ。街コンが何なのか全くわからんけど」

笹山「わい街コン童貞

私「童貞は捨てるもんなんだよ。わかるか?」

笹山「じゃあ今週」

このようなやり取りでトントン拍子で決まった。やったぜ。

当日を迎え、動物園に向かった。

髪は整えた。服はまあ...大丈夫だ...多分。

会話に困ったらゴリラでも見ておけばいい。

そう考えて電車時間を潰していると、笹山から連絡があった。

今日街コン中止になったらしいで」

...え?

何だそれやってられるか。

俺は動物園ゴリラを見る気満々なんだぞ。

やりきれない気持ちのまま笹山と合流し、二人で動物園に行って3時間ほどデートした。

ゴリラは寝てた。可愛かった。

おわり。



...流石にこれでは悲しいので、シンプル街コンに申し込むことにした。

メンバー風俗通いの笹山からバンドマン武藤に変えた。

武藤コミュニケーション能力に優れた友人で、今回のイベントにはぴったりだった。

結論から言うと、私のコミュ障が彼を阻害した。申し訳ない。

でもネタします。許して。

順を追って説明していこう。

まずは準備だ。

以前のようにアニメ縛りの会話はできそうもない。

私はそもそも年頃の女性と何を話せばいいのかわからなかったので、事前にマッチングアプリを使って一般的趣味とは何かを探ることにした。

結果としては「友達と遊ぶ」「夢の国」「旅行」など、「いやそれ趣味か?誰でもやってないか共通話題になるのそれ?」となり、何の役にも立たなかった。

まあ...仕事の話でもすればいいか...

街コン当日になった。

街コンは小洒落形式レストランで開催され、男2女2の組み合わせをコロコロ変えるマリオテニス形式だった。

1組目の女性陣は、街コンに初めて参加したとのことだった。

「あー、街コン初めてなんですねー」と武藤リードしてくれた。してくれた。

向こうからの反応は薄かった。

こちから話題を振ったとしても二言程度でやり取りが終わった。

というか、1度も目が合わなかった。

私はテレサのよう乾いた笑いで場を誤魔化した。所謂、居てもいなくてもいい奴だった。

何これしんどい。これが後n回続くの?

流石にこのままでは勿体無いと、次の組からコミュ障ながらにも話題を振ることにした。

反省するオタクは強い。

2組目、3組目はそこそこ盛り上がった。

お互いの趣味仕事など、THE OMIAIな会話しかすることがなかったので、実際盛り上がっていたのかは謎だが、1組目よりはマシだ。

この調子だ、この調子

よくわからない会話で「なんかこれ成功してるやろ」感を出していた私だったが、武藤の顔は暗かった。

「連絡先さっきから誰とも交換してなくね?」

あー、これそういうイベントだったわ...

Twitterで「オフ会しかったダブルピース」って呟くだけだと済まないやつだったね。ごめん。

ちなみに、他の男性参加者に進捗がどうか尋ねると、やはり連絡先は交換していなかったらしい。

ビギナーしかいないのかよ。

そこからは連絡先の交換を最低限の目標として数組と会話した。

特に盛り上がりにかけるため割愛するが、連絡先をそこそこ交換できた。

ほぼ武藤の力であるから私がしたことは何もないのだが。

そんなこんなで街コンが終わった。

その後は闇のフェイズが待っていた。

所謂今日ありがとうございました」メッセージを送るフェイズだ。

相手ドローフェイズを終えた後に返事があると実質的マッチングが成立し、返事が無ければフィールド上のモンスター破壊される。

会話慣れを目的としていたため正直気乗りはしなかったが、気になった女性メッセージを送った。

当然返事は無かった。

正直なところ私は目立つタイプではないので、見ず知らずの人間からメッセージが飛んできたときの反応としては妥当だろう。

もう少し女性受けするようなキャラを身につけなきゃいけないのか?

でも無理やり趣味サッカーですと言ったとしてもなあ...続かねえよなあ...

だったらオタクキャラ全開である程度受け入れてくれる人のがいいよなあ...

年収若い人そんな殴り倒せないしなあ...

色々考えて一つの結論に至った。

やっぱ動物園に行くのがいい気がするのだ。

おわり。

大学院 (特に博士課程) 進学を考えるとき研究室選びのTIPS 3

https://anond.hatelabo.jp/20190519202053 の続き

指導教員の業績を調べる

端的に言って、業績のない研究室はいかない方がよい。テーマがどれだけ合っても、研究論文を発表していない人間研究者を辞めているのと変わらない。指導者としては絶対に選んではいけない。

研究業績は概ね研究室ウェブページに載っているが、ウェブページがなかったり、更新が止まっている場合は、以下のサイトが役に立つだろう

Google Scholar:author: “hogehoge” で検索すればhogehogeさんという著者名検索ができる

https://scholar.google.co.jp/

Researchmap (再掲):研究者のFacebook的なやつだ。

https://researchmap.jp/

ResearchGate:研究者のFacebook的なやつ (こちらは国際的) だ。

https://www.researchgate.net/

まず注目すべきなのはコンスタント論文が出ているかだ。例えば、最後論文が出たのが10年前であれば、それがその研究者の寿命だったわけだ。分野がどれだけドンピシャでも、そのような研究者の下で研究するのは勧めない。

・業績の質を吟味する

コンスタントにその研究室から論文が出ているなら、どのような論文が出ているのかを精査すべきだ。インパクトのある研究をしているのかというものもちろん大切なのだが、あくま過去研究過去研究だ。これまでの研究履歴を見て、その研究室あなた自身キャリア寄与してくれるような研究状況にあるのかを見定めることが大切だ。

例えば、「過去研究の焼き増しを続けているだけではないのか」という点に注目しよう。残念ながら、教員自身大学院生時代の頃のテーマを引きずって、代わり映えのしない研究20、30年と続けているケースは実在する。もちろん、長年の苦労の末、大発見をするというケースもあるのだろうが、大半は単に最新の研究インプットをしなくてなって久しいだけだ。つまり研究者として賞味期限が切れてしまっている。そういう人のところに行くと、あなたは間違いなく腐る。なぜなら、その手の教員は「新しいもの」が嫌いだからだ。なので、あなた面白いと思って見つけた新手法現象アイデアを持ってきても、気の無い返事をされるだけだ。

国際誌に論文を発表するのが当たり前な分野で、和文誌の論文でのみ書いている場合、完全に赤信号だ。論外なので、その研究室博士課程には絶対に上がってはならない。そこに進学しても大した業績もなく博士生活を終えるだろう。28無職爆誕の時である

科学研究の過度の業績偏重主義自体は、これはこれで問題であるのは私も思うところだ。しかし、博士院生が育つのはやはり、研究立案遂行、発表、そして論文化の一連のプロセスの中にあると思う。従って「院生に業績を出させる」能力があるのは、指導者として必須資質なのだ

まとめると、結局は主観的な言い方になるのだが、その研究室論文を読んで「革新的だ」「分野を前進させている」「意欲的な研究をしている」とあなた自身が感じるかどうか、再三自問した方がよいということだ。

指導教員の業績がそこの院生から出ているのかを調べる

研究論文が出ていても、それが学外の共同研究者との研究ばかりで、そこの院生研究でない場合もあるので注意した方がよい。この状況が生じるのはやや特殊だが、「教員本人は優秀だが学生がいない」あるいは酷い場合指導があまりできていない」といったことが考えられる。研究室ウェブページには、概ね「メンバー」の欄があり、そこには所属している学生ポスドク名前が書いてある。彼ら/彼女らの名前が「業績」欄に載っているのかはチェックした方がよいだろう。それを見たら、概ねどれくらいのペースで各学生論文を書いているのかも確認することができる。

指導教員の年齢

かいところだが、これも一応確認しておきたい。指導教員の年齢が定年間近の場合修士までは受けれ入れられても博士では指導できないこともある。また、そうでなくとも、学位をとって独り立ちをした後も、元指導教員は一研究者としてもっとあなた理解してくれる人間であるはずだ。そんなかけがえのない存在が、あとどれくらい研究世界に残るのかは知っておいた方がよいだろう。

私の例だと、新進気鋭の研究者を選んだが、大御所を選ぶのはそれはそれで正しい。どちらが自分の合っているのかは自分で考える部分だ。結局はケースバイケースであるため、個別にきちんと候補研究室吟味した方がよいのだが、一般論としては

比較的若手の場合

メリット

デメリット

大御所研究室場合上記メリットデメリットを反転させて考えればよい。

最後に、ここまで注意深く研究室を選んでも、失敗することは十分にありうる。

そういうときはどうすべきか。答えは一つ、すぐにでも脱出してほしい。

脱出先は、就職活動でもいいし、研究を諦めたくなければ他の大学院を受け直すのでも構わないと思う。

劣悪な研究室に長く滞在すると、人はゾンビ化する。学会に行けば、ゾンビ化した院生は必ずいるので、研究者諸氏には実感があると思う。

ゾンビ化した院生には

といった特徴がある。

あの手この手で止めてくる

劣悪な研究室では「ここで逃げても何も得られないよ」「ここでダメならどこにいってもダメ」「とにかく手を動かせばいつかは報われるよ」「未来のことは考えるな、目の前のことに集中しろ」と、さながらブラック企業上司のようなセリフを吐いてくるらしい。

当然、全力で無視した方がよい。

・他大学教員との繋がりを保とう

「あれ?私ゾンビ化している!?」と自分で気づくことができるのは稀だ。大抵、他の大学院人間と会話する中で「もしかして、今の状況はおかしいのかもしれない」と感じる。

従って、他大学人間と繋がりを持っておくのはとても重要だ。悪い教員は外との交流を持たせたがらない傾向がある。学会での懇親会や、研究会には積極的に出よう。それならば、教員としても止めようがない。とにかく、サードオピニオンを得る機会を作ろう。

随分長くなってしまったが、これで終わりだ。

この記事で読んで、良い指導者に巡り会える人が一人でも増えたら嬉しく思う。それと同時に、全ての研究室健全化が進み、このような記事不要になる未来を願う。

大学院 (特に博士課程) 進学を考えるとき研究室選びのTIPS 2

https://anond.hatelabo.jp/20190519190721 の続き

・その研究室院生と会話をする

首尾よくそこの院生を紹介してもらえたら、教員には聞きづらい研究室生活リアルを存分に聞こう。就活で「残業」について聞くと嫌われるらしいが、研究室見学でこの手のことを聞いても印象が悪くなることはまずないと思う。むしろ、心象を悪くしているようだったら、今すぐ、そこから逃げた方がよい・・・

具体的には次のようなことを聞けばどういう生活になるのか、見当がつくだろう。

(i) 教員とのやりとり

指導教員とはどれくらいの頻度でディスカッションをしていますか」

研究室によっては完全放置というであることがあるため、自分に合ったペースで面談をしているのかを確認しよう。個人的には、二週に一度個別面談、半期に一度くらいに研究室メンバー全員への進捗報告があるとペースがよく感じる。ただし、分野、研究内容、個人性格で変わる部分なので、どの程度がよいペースなのはその人次第だ。まだ研究のペースについてよくわからなければ、「それくらいでちょうどいいですか?まだその辺りよくわかっていないので」と先輩に聞いてしまえばいい。

(ii) 研究の決め方

研究テーマはどうやって決めていますか」

指導教員からかなりトップダウンで降りてくる場合もあるし、ある程度裁量がある場合もあるだろう。これに関しては何が正解というわけではない。私の経験したパターン後者で「まず自分が知りたいことを見つけてこい」と放り出されたところから始まった。あなたにとって納得できる方針であるかを確認しよう。これは教員本人にも聞いた方がよい。

(iii) 労働時間

「平均して何時頃に来て、何時頃に帰っていますか」

「土日はどれくらいの頻度で来ていますか」

ラボコアタイム (必ずいなくてはいけない時間) はありますか」

働きすぎは人生の毒だ。必ず確認しよう。コアタイムが長い (例えば8時間) 研究室であれば、警戒した方がよい。

ただし、8時間研究室にいること自体不思議であるとは思わないし、実験が佳境であったり学会前にはそれ以上いることだってざらだ。大学院生になる以上、それは覚悟しておく必要がある。あくま懸念事項は、「平常時から8時間強要している」という点にある。私が知っているケースだと、就職活動コアタイム中これなくなったことに苦言を呈されるという事態を見たことがある。これはいくら何でも無茶苦茶だ。

どれだけ長く滞在しているのかを誇っている様子だと、やや注意した方がよい。もちろんあなたが、大学院に入ったら研究以外全てを投げ打って働きたいというのなら、それはそれで構わない。しかし、多くの人間にとって研究人生の一部である人生ではない。「これは奴隷の鎖自慢なのでは?」と一歩引いた目で見るようにしておいてほしい。

(iv) 所属メンバー

博士学生ポスドクはいますか」

博士学生ポスドクがいたら、自分よりはるかノウハウがある先輩がいるわけなので、入学後大きな助けになる可能性がある。いる場合、「博士学生ポスドクとは議論したり、一緒に研究をしたりしていますか」と聞いてみるとよいだろう。

(v) 学会出張などへのサポート体制

学会などへの出張費はきちんとカバーしてくれていますか」

信じられないことに、自費で海外学会に行かせる研究室もあるのだ。博士学振研究員に採択されているのならともかく、多くの学生にとっては経済的にこれはかなりきつい。

人件費をどれだけ重視しているのかは教員によってかなり落差があるので、聞いておいた方がよい。

(vi) 学位取得の要件

学位の取得状況はどうですか (博士号は3年で概ね取れているのか)」

学位要件は、実際のところどの程度要求されていますか」

「隠れた要件はあるのか (要綱には書いてないが、実質的要求されること)」

これまた信じられないことに、博士号を頑なに出さな教員というのは実在する。理由は様々だが、中には目を覆うような酷い話もある。だが、理由など知らなくてよい。あなたがすべきなのは人生を棒に振らないためにも学位取得状況は早い段階で知っておくことだ。これは教員本人にも聞いておくとよい。「その人次第」としか返ってこなかったら、黄色信号だ。その人次第な部分が大きいのはその通りなのだが、これでは答えになっていないからだ。

上記にあげた質問に、先輩の博士院生教員が明快に回答できなかったら、要注意だ。

(vii) 学生生活

学生間の仲はどうですか」

「同じ研究科他の研究室との関係は良好ですか」

研究室でのduty (研究以外での義務、例えば掃除) はどれくらいありますか」

快適に研究室ライフを過ごせるかどうかはこの辺にかなり左右される。ただしdutyがあること自体普通なので「あるからダメ」と言いたいわけではない。あなたにとって適切な量と内容なのかが重要なのだ

(viii) 大学院試についての相談

見学して好感度が高い場合、具体的に院試を受ける際の助言も聞いておいた方がよい。どの教科書を使って勉強するのか、講義資料院試過去問はもらえるかといった点だ。

さて、首尾よく研究室見学ができたとする。「もうここしかない」と思うかもしれないし、決めかねて迷っているしれない。が、どちらの場合にせよ、即決するのは性急だ。最終決定するにはまだまだやることがある。

複数大学院見学する

一つだけ見て、そこに決めるのは危険だ。できれば複数研究室見学しよう。

複数研究室比較することで「実はあそこは環境が悪い/良い」ということに改めて気付けるかもしれない。

劣悪な環境研究している院生は、本人たちは「大学院はこういうもの」と思い込んでいることが多い。奴隷はいしか自身を縛る鎖に安心感を抱くものなのだ。そうならないためにも、早い段階で多様な研究者と話すことで、研究に対する価値観養生していった方がよい。

・話せる大学教員研究者にその研究室評価を聞く

「授業を受けていた」程度の間柄でも構わない。「大学院進学をしたくて、○○研究室を考えています」と言えば、よほど酷い人格の持ち主でない限りは何らかの返答はしてくれるだろう。「そこは素晴らしい」だとか、逆に「正直お勧めしない」だとか。もちろん、研究者も人間なので、その人一個人見解だ。なので、全て鵜呑みにする必要はない。例えば、私は知り合いの研究者に「君、そこに進むと厳しいよ?」と諌められたが、(今のところは) 生き延びている。あくまで、考える材料として聞いてみるとよい。

指導教員研究費を取れているかを調べる

研究には金がかかる。指導教員研究費を取れているのかは、自身の学び、研究の質、量、そこから生じる心理的幸福全てに絶大な影響を及ぼす。どのようなテーマ資金を獲得しているのかは、研究室ウェブページに書いてあることもあるし、そうでなくても調べようはある。

科研費データベース

https://kaken.nii.ac.jp/ja/

このウェブページには、 日本学術振興会提供する科学研究補助金 (科研費) の採択リストが載ってある。研究室教員名前を打ち込めば、その人がキャリアを通じて獲得した科研費を全て知ることができる。もちろん、科研費限定なので民間助成金は載っていないが、大きい額の研究資金は概ね科研費なので、これを見ておけば大体の資金獲得状況はわかるだろう。

Researchmap

https://researchmap.jp/

これは、雑に例えると「研究者のFacebook」だ。研究費の獲得歴を記載してある人が多い。自分の興味のある教員名前を打ち込んでみよう。

資金自分入学時も継続している場合は、どのようなテーマ教員資金を得ているのかが、自分研究テーマにも直結するため、必ずチェックしよう。

博士号取得者のその後

その研究室学位を取った人のその後のキャリアを追ってみよう。人によっては研究室ウェブページ掲載している。そうでなくとも、博士取得したであろう過去院生名前検索したり、その後の業績を追いかけるとよい。著者名での論文の調べ方がわからなければ、「Google Scholar 著者名」で検索してみよう。

学振DCPDの採択実績

学振DC、あるいは学振PDとは、日本学術振興会特別研究員という制度だ。簡単に言えば博士課程や、その後のポスドクでもらえる給料研究制度だ。博士課程を希望していてこれを知らないのはもったいないので、知らなければすぐに調べたらよい。

博士に進む場合は、学振採用されることはかなり重要だ。色々問題ある制度であることは否めないが、例えばDC1に採択されれば少なくとも3年間の生活保障されるので、狙わない手はない。

学振に通る研究室は、大体固定化される傾向にある。「結局は知名度」と言われる意見散見されるが、私はそうは思わない。学振に毎年のように通る研究室は、先輩が後輩の申請書を添削したり、後輩が採択された先輩の申請書を丹念に分析して執筆しているものだ。

従って、進学先の研究室の先輩が学振に採択されているのかはしっかりと見ておいた方がよい。学振に通っているのかは、研究室ウェブページ掲載されていることが多い。そうでなくても、学振ウェブページに採択者一覧が載っているので、教員名前で調べるとよいだろう。

https://www.jsps.go.jp/j-pd/pd_saiyoichiran.html

学振に通らなくても研究者として成功している人が大勢いるので、学振に通ることと研究者として成功することはイコール関係ではない。だが、ある程度博士課程学生がいるのに、誰一人通ってない研究室というのは、やや危険かもしれない。個人的にはやめておいた方がよいと思う。学振が通っている研究室は、申請書を見せ合う文化がある。往々にしてそのような環境の方が、平時から学生同士が活発に議論したり、お互い批判的に語りあえる仲であることが多い。

少なくとも、学振が全く通っていない研究室では、質の良い申請書を書くノウハウ指導してもらえることはあまり期待できないだろう。

https://anond.hatelabo.jp/20190519202206 に続く

大学院 (特に博士課程) 進学を考えるとき研究室選びのTIPS 1

タイトル通り、大学院進学希望者が、進学先を決める際にした方がよいこと、すべきことについて助言を書いた。

既に巷に溢れている記事ではあるが、様々なところで進学先の失敗談を聞いて、改めて書こうと思った。主に博士進学を考えているもの念頭に書いたが、修士就職する人にも参考になるかもしれない。

当方現在ポスドクで、大学院時代はそこそこ上手くやってきた方であるとは思っている。もちろん、相応の努力はしたが、それだけではない。上手くいった大部分は指導教員、ひいては研究室選びで良いスタートを切れたことによるのだが、修士課程に上がった当時は、右も左もわからず、たまたま見つけた研究室に進んだ。つまり、運が良かったのである

今だからこそわかることもある。また、諸所で指導教員とのトラブルの話を聞いていると「それは下調べさえしていれば避けられていた・・・」と感じることが多い。

そこで、大学院特に博士進学まで見据えて考えている人に、今自分学部4年、あるいは修士2年次であればこうするであろうというTipsを述べたい。

当然、部分的には当たり前であったり、逆に分野によって文化の異なるところもあるかもしれない。なので、納得のいく箇所があれば適宜参考にしてもらえれば幸いだ。

研究室を探す

まずは自身の関心のある分野の研究室を探さないと始まらない。研究室の探し方は人それぞれで、どうしてもその時々の巡り合わせに左右されてしまう。なので、ここでは私の経験を書く。

私の場合学部研究室テーマからは変える予定であった。具体的ではないにせよ、方向性を決めたのは学部3年生の頃で、大学にその分野の研究室がなかったのだった。仕方がないので、その分野で有名と思しき研究室を調べ、いくつか候補とした。

候補となる研究室は、学部時代指導教員に当該分野のある大学を聞いたり、学外の研究会に出席することで知った。また、見学に行った先の教員から教えてもらうこともあった。ようはとにかく、行動することだ。

ただ、私の場合は、結局最終的に行き着いたのは学部2年生の頃受講した講義で知った研究者だったので、この点は運がよかったとしか言いようがない。

学会などは、学部生が無料場合もある。絶好の機会なので参加するとよい。学会にいけば、シンポジウムで当該分野で目立っている研究者の顔ぶれを知ることもできるし、ポスター発表会場で直に会って、実働隊として研究をしている大学院生やポスドクと会話することもできる。「知識もないのに聞いても迷惑ではないのか」と不安かもしれないが、心配はいらない。大部分の研究者は、意欲的な学部生が聞いてくれることを喜んでくれる。邪険に扱ってくる者がいれば、その人の問題なので、気にしなくてよい。

研究室見学にいく

研究室見学には必ずいった方よい。大学院説明会というのもあるが、可能であれば個別アポを取って見学にいく方おすすめだ。そちらの方が平常運行状態研究室を見ることができるし、個人的質問相談ができるチャンスが多いからだ。

多くの研究者研究室大学ウェブページ自身メールアドレスを公開している。そこからコンタクトを取ればよい。大抵の場合は、返信をくれる。メールを書く際には、件名に「研究室見学のお願い」と、要件を必ず書くこと。

メール文章例を載せる。この例以外にも、「研究室見学 メール」などとググれば文例はいくらでも出てくるので、自身に合った書き方を真似つつ、丁寧かつ、要件が明快なメールを送ろう。

ポイントとしては

  • 簡潔に「進学先を探しているので見学をしたい」という要点を書く
  • 何に興味がありコンタクトを取っているのかをごくごく短く書く
  • 名前所属記載するのは忘れないように

といったところだ。

例1

————————————————————————————

○○先生

お忙しい中、突然のメール失礼します。

hogehoge大学hoge学部hoge年の○○と申します。

私は大学院進学志望でhogehogeに興味があり,○○先生研究室見学したくメールをさせていただきました。

もしお時間があれば研究室訪問させていただきたいのですがいかがでしょうか。ご連絡お持ちしております

[ここに名前]

hogehoge大学hoge学部

[ここにメールアドレス]

————————————————————————————

例2

————————————————————————————

○○ 先生

突然のご連絡失礼いたします。

hogehoge大学hoge学部hoge年の○○と申します。

○○先生研究室を~~~~~~~~~~をきっかけに知り、是非見学させていただきたく、メール差し上げました。

私は現在~~~[現在の状況]~~~~~で、進学先の進路を模索している最中にあります

それを考えるにあたり、○○先生現在のご関心や今後の展望について一度伺いたいと思うに至りました。

つきましては、入試などでお忙しい中大変恐縮ではありますが、2, 3月中に訪問時間をいただけませんでしょうか。

どうぞよろしくお願い申し上げます

[ここに名前]

————————————————————————————

修士学生ならともかく、学部生は教員メールを送って見学にいくのは、(他大学だと特に) ハードルが高いかもしれない。しかし、繰り返しになるが、研究室見学には絶対にいくべきだ。相手無駄時間を取らせてしまうかもしれないと恐縮する気持ちもわかるが、大学院に進めばあなたは少なくとも2年、場合によっては5年かそれ以上の時間をそこで費やすのだから

さて、首尾よく研究室見学に行けたとする。何を話し、聞くべきか。こちから聞かずとも、概ね先方が紹介してくれると思うが、必須な項目を述べておきたい。

・目下の研究について聞く

研究室は大きくなればテーマが多様であることも多いし、先端の分野であるほど研究流行り廃りは激しい。従って、未来指導教員が今、現在、何に関心があるのかは率直に聞くべきだ。

とはいえ、下調べは忘れずにしておくの忘れないように。具体的には、見学にいく研究室の直近の論文には目を通しておこう。目安としては、最低5年分はざっと読んでおくとよい。全部理解できなくてもよい。むしろ理解しきれなくても「面白い」と思えればそれを実際に会ったときにぶつければ会話が弾む。これを面倒に感じるなら、そもそもその研究室あなたに合った場所なのか考え直すべきだ。

実際に会って話すときは、回りくどい言い方はしなくて構わない。ストレートに聞きたいことを聞けばよい。

最近論文、例えば去年のhogehoge掲載された研究は○○についてでしたが、今後もそのテーマ継続されるのでしょうか?」

「今後5年間では、どのような題材を扱おうとお考えでしょうか?」

「まだ実現していなくとも、先生自身が今後着手したいテーマや注目している現象などがあればお聞かせください」

など。

この手の質問への回答が、あなた琴線に触れるかどうかが一番大事だ。指導教員自分明後日の方向を向いている状態博士課程を生きるのはかなりつらい。「乗るしかない、このビッグウェーブに!」と思えることがまず重要なのだ

研究テーマ相談する

自分がその研究室に進んだとしたら、どういうことをやりたいのか、興味がどこにあるのかを伝えよう。相手あなたが何者で、何をしたくて来ているのかわからない以上、何を話せば楽しんでくれるのか探り探りなのだ博士課程に進むつもりなら、その旨も伝えた方がよい。

興味関心を伝えれば、何を話せばいいのかも明瞭になるし、場合によっては「それを扱うことができない」ときっぱり伝えてくれて時間無駄にしなくて済むかもしれない。

そうであっても、場合によっては当該分野の研究者を紹介してくれる可能性もある。相手業界人なのだ。頼りまくって構わない。私自身、それで別の研究室見学に行かせてもらったことがある。

特にまだやりたいことが明確でない場合、そう伝えればよい。ただ「○○を面白いと思った」といった、どの辺りに関心を持って見学に来ているのかは伝えよう。テーマを決めかねているのを恥ずかしく思う必要はない。多くの教員は「一緒に考えていけばいい」「今日見せたものなら何が面白かった?」「実は君が面白いと言ってくれた○○は今後こうしようかと思っていて・・・」と話を広げてくれるだろう。

余談だが、実を言うと、具体的なテーマが決まっていない方が受け入れ側からすると「楽」場合もある。なぜなら、学部修士学生が独力で思いつくテーマは大抵面白くないのが現実であるからだ。なので、「こういう方向に興味があるが、具体的にはまだわからない」くらいの方が楽しく議論しながら研究を具体化できるので、指導する側からすると気が楽であったりする。最悪なのは絶対にこれをやりたい」と熱意にあふれているが、そのアイデアがつまらない学生だ。下手に折ると熱意が萎えしまいかねないが、そのまま受け入れると研究リソース無駄になってしまう恐れがある。そのため、気を遣いながら方向修正していく必要があるからだ。

設備について質問する

研究には設備必要だ。自分のやりたいことがある程度決まっている場合必要設備も自ずと定まってくる。それが研究室にあるかどうかは、確認した方がよいに決まっている。マウス研究室ショウジョウバエ研究をしたいと言っても苦笑いされるのが関の山だろう。

また、使いたい設備がわかると、そこから指導教員と会話が広がる可能性もある。どういう方法論に興味があるかがそれで伝わるためだ。

自分が使うかもしれない設備については、研究室の人数に対して適正な規模になっているのかを見ておくとよいかもしれない。例えば解剖スペースが学生数に対して小さすぎると、なかなか自分が使えないといった事態もありうるかもしれない。これは数年の生活では結構ストレスになるので、快適に仕事ができるかどうかは十分に見ておくとよい。

また、実験設備以外にも、共用の院生室などの充実具合も確認しておいた方がよい。

作業机は個人ごとにあるのか、共用であれば十分な広さであるか。私の知っているところだと、二人で一つの机を共用で、曜日ごとに融通し合わなければいけないところがある。キャンパスに通うモチベーションがガクッと下がるのは言うまでもない。

さらに驚くべきことに、ゼミ資料印刷費が自費という研究室存在する。学費を払って大学院に来て、さらに雑費まで払わされるのだ。

余談だが、私はコーヒーが好きなので、研究室に上等なコーヒーマシンが置いてあったのはかなりQOLを高めてくれた。

とにかく、見学した際に、自分がそこで生活するイメージが湧くか考えてみよう。

収入事情

博士院生金銭に頓着しない人間が多いが、生きていくだけの金銭が確保できるのかはよくよく検討した方がよい。金銭というのは、あまり多くても心理学的な幸福を増加させてくれないが、ないと一瞬で人を鬱にしてしまうのだ。

学振が取れればそれでいいが、問題修士課程と、博士学振取れなかった場合だ。

具体的には奨学金RA (research assistant)、TA (teaching assistant)、学費免除制度について尋ねよう。研究室によってはRA学費実質的にタダであったり、そもそも博士課程に学費がかからないところもある。

一方で、無償TAやらせたり、年々あれこれ理由をつけて学費をジリジリと上げている研究科も、私は知っている。

博士課程であれば、学生非常勤講師をどうの程度しているのかを聞いてみるのもよいだろう。ツテがあれば、非常勤の枠を斡旋してもらえ、収入源となるだけでなく教育もつく。

また、日本学生支援機構奨学金は通常ただの学生ローンであるが、大学院生かつ、一種 (利子なし) の場合免除制度がある。その研究室ではどの程度通っているのか聞いてみるとよいだろう。

これらのことも、率直に聞けばよい。

学費について不安なのでお尋ねしたいです」

奨学金はどの程度取れるものですか」

RATA制度はありますか」

非常勤講師の枠などはありますか」

のように。

教員現在ポジション

興味がある教員肩書きが「准教授である場合博士号の主査になれないことが多い。

その場合、通常は名目上、その研究科の別の教授主査になってもらうことになる。その際に不利益が生じることがある。

例えば

真っ当な良心を持っている人には何を言っているのかわからねー部分もあると思うが、私にもわからない。とにかく、現実にあるのだ。

ただ、そのようなことがないか確認するのは、入学前だと極めて困難であるのが実情だ。

少なくとも、そこの准教授学生がきちんと学位取得まで学生を育てているのかはよくよく確認した方がよい。

大学事務システム

これは博士で、特に学振DCを取る人向け。大学によっては研究費の執行システムがかなり厳格なことがある。研究不正をなくすためという高邁な精神は清く、正しいのだが、その結果大部分の研究者にとってはただただ煩雑であることも少なくない。将来的にDCを狙う場合は、聞いておいて損はないだろう。

まぁ、「事務研究者にsupportiveですか?」とか。学生が聞いてきたらちょっと気味が悪いかもしれないが。

研究室雰囲気はどうか

研究室雰囲気というのは面白いもので、実際に脚を運べば必ず漂っている。アクティブ研究室は活気に溢れているし、停滞している研究室には淀んだ空気が流れている。学生が働いている様子を見れば、自分がそこに加わりたいか、実感を持って考えることができるだろう。

気の利く教員なら向こうから所属している大学院生を紹介してくれる。そうでなくとも見学に行った際には「所属している大学院生と話がしたい」という旨を伝えるとよい。よっぽど後ろめたいことがない限りは、快諾してくれるはずだ。

https://anond.hatelabo.jp/20190519202053 に続く

2019-05-17

高校卒業時に死ぬべきだった

大学に入ってからロクなことがない。

勉強はつまらない。

サークルは何かと内輪揉めが多い。

バイトは単純につまらない。

彼女はいないし、童貞だ。

4年だから就職活動してるけど、内定は出ないし、そもそも内定が出たところで働きたくもない。大学院に行きたくもない。

高校卒業特に楽しいことはなく、色々考えてみても高校卒業の時に死ぬべきだったなぁと思う。

2019-05-14

学歴コンプレックス研究概観展望津田容子)

【関心テーマ意図

日本社会は表向き実力主義成果主義を掲げつつ、未だ学歴主義体質が根強いと言われている(渡辺,2006)。そのような社会の中で、大学学者割合が初めて5割を超え(文部科学省,2009)、数十年前と比較して高学歴化が進んでいる。全入時代までは至らないが、志望大学に拘らなければ受験生の9割超が大学に進学できる時代となった。今後は大卒肩書きのみでなく、大学知名度や質を重視する傾向が強まり受験競争さらに激化するとも考えられる。ここで問題となるのが、受験という競争に伴う敗者と勝者の存在である。彼らが過剰な挫折感や劣等感、あるいは優越感に囚われた場合学歴コンプレックスとして諸々の心理的社会的な問題を引き起こす。しかし現状は、定義自体曖昧であるため、研究者独自概念言葉で当問題が扱われている。そこで、今回は心理学分野での学歴コンプレックスに関する研究に注目し、考察と今後の展望を述べることとする。

【先行研究概観

学歴コンプレックスとは、不満足の原因を自己あるいは他者学歴に関連づけることで感じる、劣等感自尊心のこと(鷲田,1995)であり、学歴に対して劣等感を抱く場合学歴への誇大な自尊心を抱く場合の2層に分けられる。両層に共通する主な特徴は、以下の3点に集約される。第1に、自己の実力不足や失敗を過度に学歴帰属すること、第2に、自己だけでなく他者をも学歴評価すること、そして最後に、学歴ばかりに囚われ学業という本来目的を見失いかねないことである。これらの根底には、学歴が高いほど将来は報われると考える「学歴社会意識」(安藤,2007)や有名大学の進学のみに価値を見出す「学校主義」(野田,1996)といった学歴志向存在が窺える。層別に見ると、劣等感層では上述の志向に加え、入試時に第1志望に落ちて仕方なく所属大学に入った「不本意入学」(伊藤、1995)がコンプレックスの主要因となっている。そして、不本意から多浪仮面浪人、退学を繰り返す再受験症候群や、国公立大の進学者優遇する国公立大学至上主義下での私大学者なども本層に含まれる。一方、誇大な自尊心層では、学歴社会の勝者であるがゆえに、学歴に比例して自己過大評価する傾向がある。その裏には人柄や実力よりも学歴イメージが先行する、レッテルとしての学歴の影響が見られる。その他、学歴に見合った社会待遇でないと受け入れられない学歴保証希求や、就職時に多い高学歴者の挫折体験等の問題も挙げられている。これらの学歴コンプレックスに伴い、失敗感、挫折からくる無気力自尊心低下、不本意感に由来する不適応抑うつ状態といった心理的問題に加え、充実感や生き甲斐の欠如、自我同一性拡散の深化など、生き方のものに関わる問題存在示唆されている。また、学歴志向や進学観が親子間で継承される(吉川,2005)ように、親子間でのコンプレックス継承家庭内学歴格差によるコンプレックスなど、個人のみでなく世代間に学歴問題が発展する可能性もある。

【先行研究臨床心理学的意義と展望

先行研究は、学歴コンプレックスを多側面から検討し、日本独自学歴観や学歴の持つ意味学歴認知思考に及ぼす影響について言及した点で、学歴問題の諸相と今後の研究可能性を提示した意義を有する。今後の展望としては、同じ状況下で不適応に陥る人とそうでない人との相違や学歴にまつわる不適応への対処法など、臨床実践に向けた研究を進めていく必要がある。

津田容子引用文献>

安藤聡一朗 (2007).学歴社会意識とスチューデントアパシーとの関係についての考察 学習院大学人文科学論集,16,137-165.

池上知子 (2004).「学歴社会」に対する意識大学自己同一視との関係 愛知教育大学研究報告(教育科学),53,79-86.

伊藤美奈子 (1995).不本意就学類型化の試みとその特徴についての検討 青年心理学研究,7,30-41.

吉川徹 (2005).7-106間移動を考える.日本教育社会学会大会発表要旨集録,(57),44-45.

文部科学省 (2009).平成21年度学校基本調査.2010/02/02情報取得

野田陽子 (1996).学歴観の構良智 (学生とその親の学歴観の分析をとおして― 淑徳大学研究紀要,30(II),87-113.

鷲田小弥太 (2005).コンプレックスに勝つ人、負ける人PHP研究所渡辺山.

渡辺良智(2006).学歴社会における学歴 青山学院女子短期大学紀要,60,87-106

引用元:東京大学大学院教育学研究科臨床心理学コース下山研究室 社会と臨床心理学―研究会活動から見えるその諸相―

2019-05-13

奨学金完済した

国民金融公庫教育ローン第一種奨学金、計約600万を完済した。

コツコツと卒業してから約14年かかった。

よその家庭よりも多く借りたと思う。

大学入学してすぐに父が倒れ働くことができなくなり、中退可能性もあったけど、

ぼんくらなりに国立大学院まで卒業させてもらうことができた。

最初の数年は月七万くらいのペース返していたので、新社会人には結構大変だった。

でも死ぬほどでもなく、趣味の充実もあったのでそんなに辛くもなく、20代を楽しく過ごせたように思う。

自分場合は当時長期出張扱いだったので、たまたま手当で支払えただけで、とても運が良かった。

あんまり貯蓄はできなかったけど、都心中古マンションも買えたし、自分にしては十分やれたほうだろう。

しかし助けとなった奨学金にはそれなりに感謝してるけど、今の昇給を期待できない低年収化の世代には奨学金はとてもオススメできない。

お金払っても行く価値のある大学ってどれほどあるんだろう。

親が裕福でないこれからの子供たちはどうするべきなのかな。

2019-05-11

学校に行かなくて良い」じゃなくて「学校に戻れるよ」って言ってほしかった。

不登校 現在大学で1留したけど大学院に通ってる。

例の小学生YouTuberの件で、色々不登校に関する記事を見かけたので、ちょっと自分語りを。


まず、私が不登校になったのは中学生の時。

原因はいじめ?かな。正直いじめだとは思うけど、金をせびられたり、暴行されたりと言った事はなくて、無視されるとかキモい汚いと言われるとかそんな感じだった。

当時、私は結構ひどいアトピーで、それが原因でキモいだのなんだの色々言われた。そこから元々あんまりきじゃなかった学校がどんどん嫌になって、2年生の時に夏休み終わった2学期の初日に行けなくて、それからズルズル休み続けた。

不登校の期間はあんまり覚えてないけど1年いかいくらいだと思う。


不登校を脱したきっかけは自分や親の力と言うよりは学校先生のおかげかな。親がそっとしてくれたのもあるけど。

3年生の時に担任になった先生がすごく熱心な先生で、頻度は忘れたけど何度か家にきては「増田君!学校に行かないか!」とか言った感じで半ば強引に引き出してくれたおかげ。当時はすごくテンション高くてちょっと強引だったのは嫌だったけど、今となっては感謝してる。


今は良くなってるのかもしれないけど、もっと自然社会のレールに戻れたら良いのにって思う。

私が不登校の間、不登校の子達が行く民間学校?みたいなところの見学もしたんだけど、そこはあまりにも今までの中学校と違いすぎて、私にはしっくり来なかったし、不登校の子として、学校に合わない子として扱われてる気がした。


今思えば、私は学校から自由になりたくて不登校だったんじゃなくて、学校に戻るきっかけが掴めずに不登校だったんだと思う。だから不登校って言う事を特別な子として扱われてる事に私はなんだかすごく違和感がある。

特別な子も確かにいるんだろうけど、不登校の子の中の何人かはただきっかけが掴めなかったりするだけで、学校を変えるくらいでまた通えるんじゃないかなって。

2019-05-07

おかし人生は建て直しが難しい

高校出てすぐ入った大学をすぐ辞めた。3年働いてから芸術系大学に入って文系研究をした。褒められた。大学院に行った。そして今。才能がないことに気づいてしまった!

これは大変なことになった。修士ジエンドとは思わなかった。貧乏やりながら博士課程まで行って哀れなポスドクになって死ぬんだ、創作系の連中はいいなー!と思いながら死ぬんだ、とばっかり思っていた。最初から破滅することはわかってたけど、思ってたのとは違かった!

就活することになった。最近始まった。何も書けない。論文は書けるのに。発見はないけど。こりゃきつい。今まで「書けない」ってことに遭遇したことがなかった。嘘も本当もたくさん出てきたのに!

そもそも年齢で弾かれる。まだ肌は水を弾いてるけど。その内いろいろシミるんだな。みんなに「おもしろい」と言われてきたけど、そのうち「哀れ」に変わるんだな。こえーよ。親すら面白がってくれなくなるなんて。

もともとの破滅計画では、社会不適合者であることを呪いつつもやりきった人生になる予定だったんだけど、蜘蛛の糸降臨予定地で場所取りはつらい。就職できるかな?乞うご期待!

2019-05-05

気分が落ち込んでいるので聞いて欲しい

大型連休仕事から離れることができてホッとしている一方、時間ありすぎて仕事人生について考え過ぎ、毎晩真っ暗の中、布団の上で自然と涙してしまうようになってしまった。

端的に言えば、仕事に対するモチベーションが地を這っていて、かといって自分が何をやりたいのかもはっきりとせず、ただ将来に対する希望が見いだせない状況に陥っている。

正直どうしたら良いかからないので、何かアドバイスが有ればコメントいただければと思う。

profile

背景

現在新卒2年目で、今の会社学生時代の専攻とは異なるものの、第一希望会社であった。就職活動トントン拍子で進み、苦労することはなかったが、違和感入社してからすぐに感じた。

説明会では自らをベンチャーと称していたものの、ほとんどが大手企業から転職してきた中途社員で占められていることもあり、入社前に思い描いていたITベンチャーのような自由闊達雰囲気は全く感じなかった。後者のような環境を志望していた自分にとって、肩透かしを食らった。

しかしそれ以上にミスマッチを感じたのは業務内容であり、メーカーと言いつつも仕様以外はすべて外注に任せきりで、自分たちはプロジェクト管理と、出来上がってきた製品評価をするだけであった。研究寄りの開発がしたかった自分にとってこれは大きな誤算だった。就活中の面接でも上記は伝えていて、そういうことができるという話であったのでこの点は失敗というよりほかない。また曲がりなりにもベンチャーを称しているのにもかかわらず、肝心の開発は丸投げし、あまつさえ不具合が出ようものなら全力で外注先に詰め寄り、自らを顧みることをしない体質には疑問を感じずにはいられなかった。

そして追い打ちをかけるように、最近ではメンター社員から、専攻が違うために理解が追いつかない点をなじられることが多くなり、精神的につらい日々が続いている。

どうしたいか

できれば学生時代研究の延長線上に、専門性を突き詰めていきたいと考えているが、転職しようにも学生時代研究内容は社会に何の役にも立たない基礎研究で、直接生かせるような業務はなく、かといって博士課程への進学もそこまで研究に熱中できるかは甚だ疑問である

仕事を辞めたいと思って半年経つが、将来が見えないまま時間けが過ぎ、結局鬱々としたものを抱えながら毎日表面だけはなんとか取り繕って仕事に向かっている。でもこの連休中、仕事のことを考えただけで心拍数が上がるのを感じ、寝る前には自然と涙が流れるようになって、正直限界を感じている。

同期は勤務地が異なるので会えず、友達関西はいない。一人暮らしのため相談できる相手もおらず、生まれて初めて孤独を感じる。家に閉じこもるのは良くないと思いつつ外出するも気分が晴れることは無く、結局何もしないまま帰宅してしまう。

将来について、考えれば考える程自分が何をしたいのかわからなくなり、正直疲れてしまった。

どうしたら良いのかわからない。

2019-05-04

大学弱者から強者への分配

大学に通うのは、低賃金若者が、学費が安い時代大学大学院を卒業した教授らに学費を上納して人生を搾り取られるシステム

2019-05-03

トマス・ピンチョン小説の『V.』の翻訳がひどい気がする

新潮社トマス・ピンチョン小説の『V.』を読み返していたら、ちょっと気になる箇所があって、これは原文ではどうなってんだろうと、図書館原書を借りてきてみました。そしたら、あれ、もしかしてこれ、この翻訳ひどい?

というわけで、原文と翻訳を照らし合わせたうちで、これはいくらなんでもという箇所を以下で検証していきます

第六章のⅡの最初の方にある段落です。

この段落ニューヨーク下水道に巣食うワニを狩るパトロール隊として雇われているプロフェインという男が第五章で書かれたワニ狩りのことを回想しているというところです。訳文とそれに対応する原文を引用していきます。訳文の引用は『V.』上巻の217,218から

 フェアリング神父教区を抜けてイースト・リヴァー近くまで、独りで追っていったワニのことを、プロフェインは振り返ってみた。

He thought back to the one he'd chased solo almost to the East River, through Fairing's Parish.

「抜けて」とありますが、第五章を読めばわかるようにプロフェインは教区を抜けていません。ここのthroughは「~の間を通って」の意でしょう。

ちなみにフェアリング神父下水道ネズミキリスト教布教しようとしていた人物です。

そいつは、みずから歩をゆるめて追いつかせ、自分から求めるように撃たれていった。なにか取り決めでもあったのか。プロフェインが酔っぱらってか欲情してか、頭がポワンとしていたとき、ワニの足跡だらけの泥の上で、契約を交わしたのか?

It had lagged, let him catch up. Had been looking for it. It occurred to him that somewhere--when he was drunk, too horny to think straight, tired--he'd signed a contract above the paw-prints of what were now alligator ghosts.

「なにか取り決めでもあったのか」という訳文に対応する箇所がない。

これに対応するらしき原文はこのあと出てくるのですが、なぜここに置かれているのかわかりません。それ以外にも問題がありますが、それは後述。

It occurred to him thatが訳されていない。

tiredが訳されてない。

of what were now alligator ghostsが訳されていない。

この段落ではこのalligator ghostsなるものがどういう存在なのか、このあと縷々綴られていくので、これを落としてしまうのはちょっと。ここは訳すなら「今や幽霊であるワニたちが、かつてそうであった存在の」となるのでしょうか。あまり自信はないですが。

プロフェインはワニに死を与える、ワニは彼に職を与える、それでイーヴン、恨みっこなしと。

Almost as if there had been this agreement, a covenant, Profane giving death, the alligators giving him employment: tit for tat.

Almost as if there had been this agreement, a covenantが訳されていない。

上に出てきた「なにか取り決めでもあったのか」が訳文なのかもしれないけど、this agreement, a covenantとわざわざ言い直して二回言っているのを「取り決め」の一語にまとめるのはどうなんですか。しかもcovenantなんて「(神との)聖約」という強い意味の語なのに。そんな語がワニ相手に使われているというのがこの文のミソだと思うのですが。うーん。

プロフェインにワニは必要だが、ワニはなぜプロフェインが必要だったのか。その原始的な脳の回路に、記憶理解が生じていたのか。子供のころ自分たちはただの消費財で、財布やハンドバッグになった両親や親戚のおじさん、おばさんたちと一緒に、世界中デパートで、あらゆるガラクタと一緒に陳列されていたことを覚えていたのか。

He needed them and if they needed him at all it was because in some prehistoric circuit of the alligator brain they knew that as babies they'd been only another consumer-object, along with the wallets and pocketbooks of what might have been parents or kin, and all the junk of the world's Macy's.

息の長い原文を切って日本語として不自然じゃないようにしているのでしょうが、かえって意味のつながりが見えにくくなっているような。

it was becauseが訳されてない。

おかげで分かりづらい。これでは「必要だったのか」「生じていたのか」「覚えていたのか」と三つの疑問文がただ並列されているように見える。せめて「生じていたのか」「覚えていたのか」を「生じていたからなのか」「覚えていたからなのか」にした方が良いのでは。

the world's Macy'sを「世界中デパート」としているのは明らかに誤訳です。メイシーズ基本的アメリカしか展開していないようですし、なによりもこの挿話の元になった都市伝説ニューヨークのメイシーズで、ペット用に売られた赤ちゃんワニがトイレに流されて下水道で成長していたというものだったわけです。なのでthe world'sはここでは「ここらの界隈の」みたいな意味ではないでしょうか。

あと英語仮定法を日本語疑問文で訳すというのは翻訳テクニックとしてアリなのでしょうか。いや、アリならアリで全然いいんですけど。ただの素人なのでよくわかりません。

トイレを通って、地下の世界に流れてきたのは緊張の中の束の間の平和に――いずれは子供の、見かけだけ動きのあるオモチャに戻っていくしかない、それまでの借り物の時間に――すぎなかったのだろうか?

引用者注・「動きのある」のところにルビで「アニメート」)

And the soul's passage down the toilet and into the underworld was only a temporary peace-in-tension, borrowed time till they would have to return to being falsely animated kids' toys.

the soul's passageが訳されていない。

トイレジャバーっと流されて下水道に流れ着くという事態を「魂の道行き」なんて大げさな言い方をしているのが、面白いところなのになんで訳されていないのか。あとダッシュをいれて「――いずれは子供の(中略)借り物の時間に――」と挿入するくらいなら原文の語順通りに訳したほうがわかりやすいように思えます

もちろん自分から望んでのことではない。望みは、もとの自分たちの暮らしにある。それを叶える完璧な形は死ぬことだ。死んで、ネズミ職人の歯によってロココ様式の死骸になることしかない。そしてそのまま、教区の聖なる水に浸食され、あの日、あのワニの墓場を明るく満たした光のような燐光を発する、アンティークな骨細工になっていくしかない。

Of course they wouldn't like it. Would want to go back to what they'd been; and the most perfect shape of that was dead--what else?--to be gnawed into exquisite rococo by rat-artisans, eroded to an antique bone-finish by the holy water of the Parish, tinted to phosphorescence by whatever had made that one alligator's sepulchre so bright that night.

to go back to what they'd beenが「もとの自分たちの暮らしにある」でいいんでしょうか。このあとに続く文に則して意味をとるなら「暮らし」では変では? それに原文はto go backなのに「帰る」という意味が訳文から感じとれないです。

さて、ここから先が問題です。ここは第六章の中で非常に重要段落の中でも、さら重要な一文だと思うのですが、まともに訳されていなくて頭をかかえました。

まず、ダッシュで囲まれたwhat else?が訳されていない。

しかない」という形で間接的に訳されていると言えるかもしれませんが、それでもこれを落とす理由にはなりません。

exquisiteが訳されていない。

tinted toが訳されていない。

by whatever以後の節を「燐光」にかけて訳していますが、これは英文解釈的に無理なのではないでしょうか。また、そのせいなのか原文の語順がぐちゃぐちゃにされてしまっています。なぜeroded to an antique bone-finishとひとまとまりなっているのを千切って「浸食され」と「アンティークな骨細工」をかけ離れたところに置いているのでしょうか。

原文を素直に読めば、ワニは死後、gnawed-齧られてrococo-ロココ彫刻になって、そのロココ彫刻がeroded-浸食されてan antique bone-finish-骨仕上げのアンティークになり(bone-finishというのは妙な言い方ですが、matte finish-つや消し仕上げをもじったような表現だととりました)、そのアンティークがtinted-染められてphosphorescence-燐光になると読めます

まりワニの死後、時間の経過によってワニがどのように変貌していくかの推移を追うことができるように読めるわけです。しか翻訳ではそのように読むことはほぼ不可能です。

さらにこの段落の一番最後に来るのは原文ではwhatever had made that one alligator's sepulchre so bright that nightなわけで、ここに意味上の大きな負荷がかかっていると思えるのですが翻訳では「燐光」の前に置かれて目立ちません。

これでは、4コママンガコマの順序を入れ替えてしまったために、オチ意味がわからなくなっているようなものです。

ここのところをわたしなりに試しに訳してみたので、ここに置いておきます

そして、その望みの最も完璧な形とは死ぬこと――他に何があろう?――であって、そうして工匠ネズミに齧られて精妙なるロココ彫刻とされ、教区の聖なる水に浸食されて骨仕上げのアンティークになり、何ものかに染められて澄んだ緑色燐光と化すのであり、そしてその何ものかこそ、あの晩、あのワニの地下埋葬所をあんなにも輝かしく光らせていたのだ。

(phosphorescenceという単語を見ていたら、どうしても『宝石の国』のフォスフォフィライトの顔がチラついてしまったので「澄んだ緑色燐光」としてしまいました)

とにかく第六章にはここ以外にも訳されていない語、節、文がたくさん出てきます。他にも誤訳誤訳とは言いにくいけどおかしい訳もままあります誤訳ではなくてもあまり使われない珍しい単語が使われていたり、凝った表現がされていたりするところが、平易な分かりやすい、いいかえれば、ありきたりでつまらない日本語になっていたりします。

いったいなんでこんなことになっているのでしょうか。ピンチョンが好きでこの『V.』も何度も繰り返し読んできたというのに、今まで読んできたものは何だったのかという気分で、ショックが大きいです。

訳者の一人、佐藤氏は何十年もピンチョン研究翻訳をされてきた人で、こんな訳をするとは思えないのですが。それとも、このころ『重力の虹』の翻訳に集中していて実は『V.』にはあまり関わっていなかったとか? しかしもうひとりの小山氏もイギリス大学院留学して英語著作もある人だそうですし。学生に下訳させて、ろくに直さずに出版したとか? まさか

ただ原文を横において検討したのは第六章だけなので他の章はちゃんとしている可能性はありますわたし英語力では全文チェックするなんてとうてい無理なので、誰か英語を読むのが苦ではなくて、現代アメリカ文学に詳しい人に『V.』全編の翻訳をチェックしてみてほしいです。

2019-04-30

余命が見えた

どうやら大腸癌が肺に転移したっぽい。

GWが終わったら、入院・手術する予定。

たぶん、余命は3年から5年ぐらい。

子供中学生小学生成人式を見ることはできなそう。

僕が家族に残せるのは何だろうかと考えた。

理想毎日勉強をみてやりたい。学力をつけさせたい。

ローリスクハイリターンかつ、選択肢が多い人生を送るためには

やはり学力をつけるのが一番確率が高いと思うから

でも、拒否される。勉強重要性を理解してくれない。

僕も妻もFランクの大学院卒で、収入もそれほど良くないから?

次点としては、価値ある本をいっぱい買っておく。

今は必要なくても、家にいっぱい本をあればそのうち読むだろう。

幸い、僕は自営業なので書籍はほぼ経費になる。

デザイン美術マーケティング自己啓発などの

書籍は300冊ぐらい、その他の書籍は100冊ぐらいはあるけど、

これからは、自分が読まなくても一般的に名著と呼ばれる本は積極的に買っておこう。

2019-04-29

私大学部から国立大学大学院に行って思うこと

学部生、大学院生共に


明らかに親が裕福な奴らが多い。

乗ってる車のランクが上(田舎すぎて、車がないと暮らせない)

親の職業専門職医師会計士大学教授弁護士等)が多い。


国立大学法人学費を低くする必要あるのか?

俺の親が払ってきた学費は、金持ちに低コストで豊かな教育を受けるために使われてないか

なんか納得感が低い。

上級国民の子弟は、国立大学法人入学してもよいが、せめて学費は多めに払え。

2019-04-28

そういえば私もど田舎理系大学院出身だけど、露出狂とか遭遇したことないどころかメーリングリストの防犯情報ですら見たことないな

空港もないガチ田舎県の山の上のガチ田舎キャンパスだっからかな

露出するおじさん達

大学生から社会人10年目くらいまで、下半身露出するおじさんに年内に何回かは遭遇していた。

理系だったし割と遅くまで大学会社にいて帰宅が遅くなることが多かったからか、私の周りにもそういう被害者?が少なくなかった。

帰り道の公園露出した状態で立ってたり、路地に入った曲がり角で見せられたり。大学院は田舎だったか自転車通学で、夏休みの閑散としたキャンパスを車で追いかけられたりもした。どんだけ見せたいんだ?

遭遇回数を重ねると慣れる、というか、彼らは驚かすことが目的であって危害を加えてはこないことを知ると、そんなもんか、となった。毎年同じ時期に同じおじさんに見せられてる友達が何人かいて、面白おかしく報告しあったりもした。(しか文章にすると異常な光景だなと今更ながらに感じる。)

毎年暖かくなると、そういうおじさん達のことをふと思う。彼らは幸せ暮らしてるんだろうか、と。あん夜遅くに、一人で暗闇で、来るかも分からない若い女を、ひどく滑稽な格好で待ち構えていた中年男性哀愁しかない。いま帰る家はあるのかしら、と。

夢も希望もない

大学3年、20歳資格なし

高3の頃に気を病んで入院して地元の国公立適当入学して今に至る、鬱の診断をもらいました

3年生の時自殺未遂して親に生きてるだけでいいと言われて大学に行かないでおこうと思ったら大学には行けと言われるし、バイトしなかったらバイトしろと言われるし本当に人は自分勝手だなぁと思う

本当になんとなくで大学に行っていて将来の夢とかもなく大学院に行ってもう少しダラダラするか就職するかも決められていないです

から人と話すのが苦手だったんだけど、高2の時に信頼してた人から急に縁切られてしまってそこからずっと人と関わるのを避けてて、この歳になっても人並みに話ができない

親は大人になれば話できるようになるよとか行ってくれるけど本当に変われる気がしないです

飲食店バイトしてるんですが、なんとなく嫌な気持ちがあってなんとなく気分が落ち込んでなんとなく辞めたいです

社員さんには将来の話をすごいされてその度にお前は夢がなくてダメ人間だと言われています


自分でも自分のことがわからず、友人も恋人もおらず、将来の夢もしたいこともなく、漠然と日々を過ごしていて、なんのために生きているのか分からなくて、いつ死んでもいいなと考えてしまっています

2019-04-25

就職氷河期って騒がれるけど

Wikipedia就職氷河期とは、

1990年代半ばから00年代前半に社会に出たり、2000年前後大学卒業した、2019年(平成31年)現在40歳前後世代のことだとされる。

と書かれているけど、2010年卒の方が圧倒的に地獄だと思う。

同じくWikipediaでは60.8%の就職率とされているが、大学院進学や転属など非就職希望者で就活失敗隠しがされてこの数字である

とんでもなく異常だよね。どっちの方が辛いから何だって話じゃないけど、若い方に力割いた方がいいよね。

若けりゃ自力でなんとかできるってのが最大の過ち

2019-04-24

学会の意義】研究室先生言葉反論する。

納得できない出来事があったので、初めて匿名ダイアリーを書いてみる。以下独り言

私の所属している研究室では、毎週発表会がある。研究室学生教員が全員参加し、学生の発表に対して議論する本格的なものだ。研究室内で行うぶん参加者は皆分野に関する知識を持っており、レベルが高いものとなっている。学生は(炎上を避けたいがために)気合を入れて発表をする。

先日、私の発表順が回ってきたため、全研究室メンバーの前で発表をした。プレゼン後、学生間の質疑応答があり、それから先生議論をする。

先生は開口一番「君はこの前、学会で賞をもらっていたね」と言った。

私は先日、学会で受賞をした。とある委員会が開催する、1年を通して複数回行われる学会の中から2018年度の若手賞に選ばれたのだ。

私は「はい、もらいました」と応えた。すると先生から、このように返ってきた。

「君の研究は、高校生レベル稚拙ものだ。君の説明がわかりやすいのは認める。わかりやすいから、質疑応答も盛り上がる。ただ、君は研究内容ではなく発表のやり方で受賞をしたのだ。正直、委員会人間にも頭の悪いヤツは多いから、君の発表が評価されたのだろう。研究室内の人間はみんな、君の発表をアホかこいつはと思って聞いているよ。」

衝撃だった。そして、こんなにも他者理解しようとしない人間がいるのか、と思った。圧倒的な選民思想他者を見下す態度、相手理解させようとする姿勢の無さ。

自分とは評価基準が異なる人間馬鹿にする態度。委員会人間バカなやつが多い、という言葉。私を評価してくださった方々は、先生からするとみんなバカなようだ。議論を盛り上げてくださった方々も同様。仮にも専門家である自分理解できないものは、全て低俗ものであるという考えなのだろう。自分評価軸だけを信じ、自分のもの見方だけを信じ、 他者価値観を一切受け入れない姿勢

私は、今回の受賞において研究内容だけで評価されたわけではないと思っている。私が大切にしていたのは、発表に対する態度や、わかりやす説明、盛り上げようとする工夫である相手にできるだけ話をきいてもらおう・理解してもらおうと努めることである

私は大学院から専攻を変えたので、分野に関する知識はかなり浅い。だからこそ、こんな自分学会に参加させていただき、発表させていただくことになったとき、じゃあ自分にできることは何かと考えるのだ。

学会とは、最先端研究成果を共有する場である。それと同時に、他分野の研究についての理解を深める場でもあると思う。そのため、相手理解してもらい、自分研究内容について理解してもらうことが大切であると思うのだ。どんなに素晴らしい研究をしていても、誰にも理解してもらえない発表をするなら学会に参加する意味はない。ただの時間と金無駄である他者時間をも浪費する愚行である。そんなやつは、1人部屋に篭って好き勝手研究していろ、と思う。

先生無知馬鹿にするが、無知馬鹿にしていては研究成果が世の中に広まることはない。分野に対する知識が浅い人でも興味を持って議論に参加でき、理解できる発表をしなければ、どんなに素晴らしい研究成果も内輪に留まってしまうだろう。相手理解した上で、相手理解させる説明をする必要がある。

私にできることは、研究内容を理解してもらうこと。それと同時に、自分研究分野についても理解してもらうことなのだ。それが、無知である私だからこそできる最大の貢献であると思う。

今回受賞した学会には、私と同研究室から、私より遥かにハイレベル研究をしている方も多く参加していた。それでも、受賞したのは私だった。だからこそ、委員会先生方は、私の発表に対する姿勢評価してくださったんじゃないかと思うのだ。

そんな評価軸を持っているであろう先生方を、「バカ」一言で片付ける。研究室内の知識ある人々にとってハイレベルでない研究を、「アホ」の一言で片付ける。

ハイコンテクストなコミュニケーション以外を拒否する姿勢では、いつまでたっても世の中は変えられないのではないだろうか。

2019-04-23

anond:20181215215646

そんなにゆとりのある人生は羨ましいです。

私は仕事を辞めて大学院に行ったけど悲壮な決意をして

勉強しました。

博士号取ってもポストが確実に得られるとは限りませんので。

今は、必死になって研究の結果を出す未踏峰に冬に単独行している

感じです。

2019-04-21

会社の代わりにプロジェクトごとに人の招集解散をしたらどうなのか

  1. 世の中の課題解決するアイデアを持っている人を募集
  2. 人が必要なのか、金が必要なのか判断し、人が必要場合にどういうスキルの人が必要要求仕様をまとめる
  3. 2年などの期限付きでプロジェクトを開始する
  4. プロジェクト担当しない期間は、大学院などコミュニティでで最新の情報スキルを磨く

というのが出来たらどうなんでしょ

2019-04-20

就活こわい

大学院の1年。理工系

大学山手線の中で、家は東京まで30分程度の通勤圏。

なんだかんだ今まで都会でしか生活したことがない。

しかしおそらく専門の業界職場はだいたい地方にあって、実家から通えるところは無いんじゃないかな。

その生活漠然不安しかたがない。

一番くだらない話題だと、東京地方では恋愛文化が違うのではないか不安

今のうちに捕まえておいた方がいいのだろうか。

客先常駐を辞めて社内SEになった話。

概要

年収330万の客先常駐をやめて、年収520万の社内SEになりました!

年収200万弱ほどのアップです( *`ω´)

自己紹介

旧帝大大学院修士課程を修了。

新卒で他業界に進んでいたが2年経ってIT業界に未経験転職

客先常駐に捕まり年収300〜330万の安月給で数年働く。

転職時は30代前半。

IT業界通算3年以上5年未満。

※年齢など、ややぼかして書いてます

年収

25歳:450万

27歳:300万

現在:520

と推移。

客先常駐死すべし

客先常駐給与低いのにスキルはかなりのものを求められて、もううんざり

お客様的には60〜70万出してるから当たり前なのかもしれないけども。

中抜き酷すぎて20しか貰ってないっつーの!

ミスは決して許されない。

ミスしそうな案件は難癖つけて他部署に回す。

ミスしたら原因探求をしてなるべく他部署責任へと転化させる。

己の責任が取れる範囲仕事をする。

管轄外以外の仕事はしない。

こういう創造性に欠けた働き方が客先常駐です。

あと自社がクソ嫌いになる。

自分の単価の6〜7割は自社によりピンハネされ、自社のお偉いさんは定時退社が原則のゆるいお仕事

かたや我々常駐員は毎日残業ばかり。

特に社長重役出勤10時ごろに出社し、事務員小間使いのように使って悠々自適生活をする。

社長は何の価値も我々に提供せず、自室(会社の中に社長専用部屋がある)でゴロゴロするだけ。ゴロゴロしてるだけなのに一番高い給与をもらう。その高い給与は我々常駐員の単価からピンハネしたお金である

社内開発を全くしないのも腹がたつ。

社内開発の案件がたまに来るとなんとかして断ろうとする。社内開発は失敗のリスクがあるが、客先常駐なら失敗のリスクがないからだと思う。

成長を怠り客先常駐の甘い蜜に引っかかったクソ会社だね。今後何の進展もないか、もしくは衰退していく会社典型です。

転職した感想

毎日私服勤務!!

フレックス労働!!

周りがみんな優しい!!

フリーソフト勝手ダウンロードしても構わない!!

でも一番大きいのは

工数をつけなくてもいい!!!

工数つけるの本当に苦手で、特に時間がかかりすぎたタスクがあると現実逃避工数を変えてしまいがち。

でも今の会社工数をつけなくてもいい( ´ ▽ ` )楽園か、ここは!!

あとは社長がすごく忙しそうにしている。

転職した会社子会社で、社長親会社からの出向者。

おそらく親会社での仕事をいろいろこなしてるのかな?と思うんだけど、よく出張があるしとても大変そう。

重役出勤どころか私よりも早く出社(私は定時出社)し、私より遅く帰る。

前の尊敬できない社長はえらい違いだ。

客先常駐ノウハウは使える

客先常駐はクソだが、客先常駐時に培ったノウハウは使える。

まずプログラム構造であるため、改変に強い。

客先常駐部品ごとに担当者が変わるので、作業を分担できるように構造的なプログラムを組むのが普通だ。

大切なのはプログラム部品として見れるかどうかだ。

再利用がしやす部品という概念を持つことで、読みやすプログラム、柔軟性に富んだプログラムが出来上がる。

特に1部品1機能という概念が大切で、1部品複数機能を持たせるのは柔軟性に欠けたものとなってしまう。

この発想を客先常駐の中で得たため、転職先での私のプログラミング力はかなり上位にあるようだ。

転職成功秘訣

残念ながら転職成功秘訣などない。

ただ単に運が良かっただけである

私は退社してから6ヶ月ほど遊び呆けていた。前職がクソすぎて休息が欲しかったためである

7ヶ月目に転職活動を再開したが、再開して4日目に現職の企業求人があったのである。聞けば数年振りの求人らしい。

6ヶ月休息を取っていなければ現職の求人とは出会えなかったであろう。

それだけでなく、この企業よりも先に最終選考まで行った企業がある。

最終選考感触は悪くなく、教育係(世話役?)の方とも顔合わせがあったほどなのだが、一向に選考結果が届かない。

3日後、最終選考の結果が届き、残念ながら不採用理由給与希望に添えないため、と書かれていた。

もし、ここで合格していたらそこに進んでいて、現職には入っていなかったかもしれない。(実はこの時かなりの金欠でなるべく早く内定が欲しかったのである。)

他にも身バレ防止で詳しくは書かないが、数々の偶然が重なり、現職と出会えた。

一つでも歯車が合わなければ現職には出会えなかったし、無理やり歯車を合わせたりもした。

そして、現職に採用となったことに運が決め手だと思った理由が次である

私はある程度プログラミング能力は高いと思っている。

しかし、私が選考を通過した理由はこのプログラミング力ではないらしい。

しろ入社して分かったことだが、現職の方々はプログラミング能力には期待していなかったらしい。

私が選考を通った理由はおそらく、人柄と大学/大学院学部会社ニーズに沿っていたためだと思われる。

やはり会社によって採用ポイントは異なるのだろう。技術力を評価する会社もあれば、人柄を評価する会社もある。

人によってその会社が合う/合わないもあるだろう。私は現職の雰囲気結構あっていると思う。

運良く現職に出会え、給与アップができたのは自身能力ゆえではなく、やはり運だと思う。

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん