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はてなキーワード: 大学院とは

2020-05-26

なぜ博士号をとったか大学教員になったのか

すまん。書き出しで結論を言うと、自分でもよくわからん

アカデミックあきらめた博士号保持者の記事が目に留まったので、運よく大学に残れた側のエッセイを書く。小さなころから科学者になりたかったんです、なんていう大学教員を見ると、眩しくてクラクラちゃうんだ。すまんな、憧れもなく大学教員になってしまって。

僕は少年時代に、科学者に対する憧れというものほとんどなかった。ニュートンとかガウスとかアインシュタインなんかの伝記を読み漁ったりして、心惹かれるものがあった。だけど、それは自分科学者になりたいという憧れとは少し違って、科学者仮面ライダーウルトラマンのように現実と断絶した世界にいるヒーローのようだった。

大学に入ると、教員たち講義を受けて、ずいぶん大学先生は楽しそうだと思った。あとでわかるが、それは誤解だった。ただ一人、すごく楽しそうに熱く語る先生がいた。専門を簡単説明する。それでいて奥が深い講義だった。僕はその講義に夢中になったが、周りの学生からは評判が良くないのが不思議だった。こういう先生なら、なってみたいかもしれない、とぼんやりと思った。

僕は研究者というよりは科学ファンだった。自ら新しい科学を切り開くということに、それほど魅力を感じなかった。それなのに、大学院へ進んだのは「もっといろいろなことが知りたい」という一言に尽きる。このセリフは厄介で、一見すると科学者適性がありそうだが、実際は逆だ。「ただ自分の興味が向くことを、気の赴くままに知りたい」という僕のような人は研究者に向かない。いったい僕は何になればよかったのだろう。大学院生としての一番の幸福は、図書館の薄暗い書庫顔パスで入り、紙が焼けているのにピンピンしていて、全く手を付けられていないような文献を読むことだった。だから論文が書けず苦労した。今もしている。研究者世界は手を動かす、アウトプットをするのが貴ばれる。研究世界に飛び込むことは少し違和感を覚えたが、もっと良い場所もなかったので居続けた。卒業したいので、しかたなく研究した。

学会で一流の知性に出会うのは、本当に楽しいことだ。僕にとってはスターライブであり、学会の懇親会で大物に研究の着想を聴いてみることほど楽しいことはない。

大学から学位記と一緒に追い出されるように飛び出し、一つ目の職場就職した。就職が上手く決まらなかったので、ダメなら別の業界に行こうと思っていた。だけれど何とか職場が見つかった。そこへ行った理由は、この業界にいれば、また暗い図書館での心躍る体験が、いつかできるかもしれないと、不純な希望を持ったからだ。着任した先では、学力が酷かったけれど、教員博士号持ちの熱血教師ぞろいだった。教員たちの教育に対する熱いパッションを聞かされて、なぜだかすっかり気持ちが冷めてしまって、他に居場所を探した。転職するためには、論文必要だったので必死研究した。欲しがりません勝つまでは、を地で行くスタイルで無理をした。体調を崩して大病してしまった。

なんとか次の職場を見つけ、落ち着いている。学生時代の環境を思えば、ここの学生世界が狭くかわいそうだと感じることもあるが、一つ目の職場と比べればだいぶましだ。すべては相対的だ。転職して、自分時間が増えたのでぼちぼち研究している。いつか解明したいテーマも懐にしまっている。いつか、は来ないので少しずつチャレンジしている。だけれども、ほとんどの研究時間は一日も早く給料を上げたい、そう思って不純だと思いながら心の血を流しながら論文を書いている。僕は興味が散発的なんだ、だから論文がこれほど憎たらしく感じられるんだと思い続けている。

博士号取ったのに大学教員にならなかった氏が言うように、大学が残念な場所であるとは認める。成績不良の学生面接したときは、部屋に一人残って泣いてしまうこともある、僕が。これから教員仕事うなっちゃうんだろうかって悩みつづける。実にこの業界ジリ貧だ。だけれど、大学教員以外に僕のふわっとした欲求を満たせる場所を知らない。雑用を投げてくるスーパースプレッター同僚もいるが、傷付きやすい僕を大学以上に放っておいてくれる職場を知らない。

文科省大学経営陣も学生も同僚もみんなクソだ。クソだけれど、僕はそんな奴らの戯言を骨抜きにしながら、今の場所に居座ってみようと思う。僕の興味と幸運の続く限り。

研究者にもなれない、だが学生を思いやる教育者にもなれなかった。一人でいたいから、学内政治家もっとごめんだ。いったい僕は何になればよかったのだろう。

進学校に入らなければ良かったのかもしれない。

院試勉強が辛いから吐き出す

子供の頃からずっと保育士になりたかった。

歳の離れた兄弟がいて、年下の子の扱いには慣れていたから、保育園でも小学校でも小さい子から人気だった。小さい子のお世話が得意な女子ってやつだ。

最初は、ただ小さい子と遊ぶのが好きだから保育士になりたかったんだと思う。大きくなるにつれて、なんとなく「私は将来保育士になるんだろうな」って思っていた。

高校生になってもその夢は変わらなかった。けれど、その頃から希望進路を伝えると、親や先生を含めた周りの担任の反応が微妙なことに気付いた。

私は受験でめちゃくちゃ勉強を頑張って、割と有名な進学校に通っていた。高校は、東大京大一橋東工大などの有名国立大学医学部早慶のいずれかに入るのが良いことと考えている人が多かった。

先生もそう考えていて、高校1年生の頃に私が保育士になりたいか資格が取れる地元大学に行くと伝えたら、やんわりと否定された。親も最初は夢を応援してくれていたけど、「折角良い高校に入ったんだから名大に行ってほしい。」と思っているのが言葉の節々から伝わってきた。

周りの友人も東大医学部を目指してる子が多かったし、有名大学に行けなかった先輩のことを軽く見下しているような雰囲気があった。そんな雰囲気に徐々に飲み込まれていって、「良い大学に入らなきゃ!」と思うようになっていった。その頃から「良い高校に入ったんだから保育士になるのは勿体ない」という謎の思考に侵されて、保育士の夢を諦めた。不快に思う人もいるかもしれないから伝えるが、これは保育士馬鹿にしているのでは決してない。私がただ馬鹿で、窮屈な価値観を持っていただけだ。

保育士の代わりに自分が何をしたいのか考えて考えて、結論を出した。「有名大学に行って、ある興味のある分野を学んで、企業の開発職に就く」というものだった。高校生の頃の自分は納得していた答えだったけれど、本当に納得していたかはわからない。ただその学問に関わる教科の偏差値が高いから好きなだけで、実のところ興味があるわけではなかったのだと思う。

それでも、いつのまにかその進路に進むことが本当の夢のように感じられて、大学受験をがんばった。

結果、かなり有名な大学に入れた。親も担任も大満足で、たくさん褒められた。あまりしたことのなかった親戚からもめちゃくちゃ褒められて、たくさんお祝いしてもらった。周りの反応が今までにないくらい良いものだったから、「自分は正解の道を歩めた」ってすごく安心したのを覚えている。

でも、「正解の道」を歩めたから、「不正解」になることをすごく恐れるようになった。大学に入ってからは、単位を少しでも落とすことが怖くて勉強をきっちりしたし、体育会サークルで悩んだ時は体育会が「正解」だと思ったからそちらにした。企業の開発職に就くという「正解の道」に進むため大学院に進学することも決めた。

今、私は大学院の入試試験勉強をしている。周りの友人は大学院に進む人が多いものの、就職する人もいる。就職する人を横目に学生をすることに少し負い目があり、なぜ私は大学院に行きたいんだろうと考えることが増えた。考えるたび、「本当は保育士になりたかった。別に大学院行かなくて良い人生だって歩めたのにどうしてこんなことしてるんだろう?」という思考が頭を占める。

不正解の道」を歩んでしまったのではないか?とすごく不安になる。本当は「正解の道」は保育士になることだった?

人生選択連続であり、その選択に正解や不正解がないことは重々承知している。今の生活にも満足している。友達がいて恋人がいて学歴も持っている。世間から見たら満足していないのがおかしいと思う。それでも、やはり保育士になるべきだった、なりたかったという気持ちが湧き上がってきてとても辛い。

後悔しても仕方ないから、目の前の院試勉強を頑張るしかないのはわかっているので、勉強は頑張る。

ただ、とても辛く苦しい。

2020-05-25

東大法学部民法2部でくもえもん事件大審院判決解説を受けたが気持ち悪かった

   なぜに当時の法学部民法教授がこんな明治も終わった頃の大正に出たババアパンツみたいな判決重要判決として紹介したのか分からないが

教授はこの判決を至高の判例かのように解説していたが、カタカナだし、長いし、センスがないし無内容だし、当時の学部生は誰も興味がなかった

   本当に素晴らしい大審院判例は、明治28年頃に、公開されていない無数のテキストの中にあるが、平成18年の法学部がそれを用いて講義をせず

民事でも行政でも刑事でも、もうカスになった頃の判決例を用いて講義をしていたのが問題

 意味のないことをされて多くの平成学部から今でも恨まれているし、現在の新司法試験制度ロースクール制度も、最悪だしで、平成の文才から放火大学院」などと

のしられ、ぶちきれられて消えた。

http://www.sekidou.com/articles/cases/dt030704.shtml

桃中軒雲右衛門事件

大判大3・7・4刑録20輯1360頁, 大正3年(れ)第233號 著作權法違犯竝附帯私訴ノ件

第一審・東京地方裁判所、第二審・東京控訴院

判決

公訴私訴上告人島口與茂作 (當35年)同松村忠三郎 (當48年)同春城源之助 (當44年)同神田新平 (當30年)同板倉五郎 (當39年)同佐藤源七 (當32年)辯護人播磨辰治郎〃長島太郎江木 衷〃松澤九郎〃佐藤重之私訴被上告人リツチヤード、ワダマン

著作權法違犯被告事件竝之レニ附帯セル私訴事件ニ付大正二年十二月日東控訴院ニ於テ言渡シタル判決ニ對シ各被告ハ上告ヲ爲シタリ因テ判決スル左ノ如シ

原院公私訴ノ判決ハ共ニ之ヲ破毀ス

被告與茂作、新五郎、新平、忠三郎、源之助、源七ハ各無罪

押收物件ハ差出人ニ還付ス

私訴被上告人ノ私訴上告人ニ對スル請求ハ之ヲ棄却

私訴費用ハ被上告人ノ負擔トス

2020-05-23

エリート底辺メンヘラが辛いしにたいっていうの馬鹿みたい

精神科医はもちろん医者というエリートだし、臨床心理士大学院まで卒業した金持ちエリート

そんな人達にツライヨーしてる自分が急に馬鹿に思えた

anond:20200523104843

それができる財力あるなら文系大学院博士ぐらいまで行って目一杯休学とかもして在学するとかではだめなんかなあ

実家太いなら文化人的なアレの行き先もあるだろうに

2020-05-21

anond:20200521175300

超まじレスすると、そこそこ難関レベル四年制大学情報系の学科卒業して、大学院修士)も出て、それなりの会社就職。以上。

もちろんそれでも独学で学ばねばならないことは多いが、受験勉強の時点で勉強する習慣は付いているわけだし、大学在学中は勉強する環境があるのが大きい。先輩たちもいるし、先生たちもいる。勉強仲間もできるし、情報交換しやすい。

暗記数学が正しい

受験生諸君は、悪質な情報に惑わされないように。

暗記数学の要旨

和田秀樹らによるいわゆる「暗記数学」の要点をまとめると、以下のようになるだろう。

数学重要なのは、技巧的な解法をひらめくことよりも、基礎を確実に理解することである

これは従来、数学入試問題を解くのに必要なのはひらめきや才能だと思われていたことへのアンチテーゼである特別な才能がなくとも、基礎事項を確実に習得することで、入試を通過できる程度の数学力は身に付くことを主張している。

そもそも大学入試大学研究をする上で重要知識や考え方の理解度を問うているわけであって、徒な難問を出して受験生を試しているわけではない。したがって、そのような重要事項(つまり教科書の基礎事項や、数学活用する上で頻繁に出てくるような考え方)を身に付けるのが正攻法である

そのための教材としては、エレガントな別解や難問に拘ったものよりも、基礎事項や入試頻出の問題網羅したスタンダードものが良いとされる。

数学理解するには、具体的な証明計算例を通じて行うのが効果である

これはいわゆる解法暗記である。なぜ、具体的な実例を学ぶのかと言えば。数学に限らず、具体的な経験と関連付けられていない知識理解できないためである

実際、教科書を読んだばかりの人の多くは、自身知識入試問題との間にギャップを感じる。たとえば、ベクトル内積定義線形性等の性質を知っただけでは、それを幾何学問題に応用するのは難しいだろう。教科書を読んだばかりの段階というのは、将棋で喩えれば駒の動かし方を覚えただけのようなもので、実戦で勝つのは難しい。実戦で勝つには、定跡や手筋のような、ルールだけから直ちに明らかではない、駒の活用法を身に着ける必要がある。

将棋の定跡を初心者独自発見するのが難しいのと同様に、数学自明でない実例を見出すことも難しい。そのほとんどは歴代数学者が生涯をかけて究明してきたものなのだから、当然であるしかし、現代高校生には既に教科書入試問題がある。特に入試問題は、数学専門家が選りすぐった、良質な実例の宝庫である受験生はこれを通じて数学概念活用のされ方や、論理の展開等を深く理解するべきである

そしてこれは、大学以降で数学工学を学ぶ際も同様である特に大学以降の数学では、抽象的な概念が中心になるため、ほとんどの大学教員は、具体的な実例を通じて理解しているかを非常に重んじる。たとえば、セミナー大学入試等では、以下のような質問が頻繁になされる。

  • ある概念(群やベクトル空間など)の具体例を言えるか。
  • 逆に、そうでないものの具体例を言えるか。
  • ある定理を具体的な状況に適用すると何が言えるか。
  • ある定理仮定を除いて、反例を構成できるか。

論理ギャップや式変形の意味等の不明点は曖昧なままにせず、人に聞いたり調べたりして、完全に理解すべきである

教科書記述や、解いた問題は完全に理解すべきである。つまり

といったことを徹底的に自問するべきである自分理解絶対に正しいと確信し、それに関して何を聞かれても答えられる状態にならなければいけない。「微分極値が求まる理屈は分からない(或いは、分からないという自覚さえない)が、極値問題からとりあえず微分してみる」というような勉強は良くない。

そして、理解できたと思ったら、教科書の一節や問題の解答を何も見ずに再現してみる。これはもちろん、一字一句を暗記するということではなく、上に書いたような知識有機的な繋がりを持って理解できているのかを確認することである。ある事実が、どのような性質を前提としていて、どのように示されるのかという数学ストーリー理解していれば、何も見ずともスラスラ書けるはずだ。

また、問題を解く際は、いきなり答えを見るのではなく、一通り自分で解答を試みてから解答を見ることが好ましい。実際に手を動かすことにより、分かっている部分とそうでない部分が明確になるからである

以上のことは、何も受験数学に限った話ではない。他の科目でも、社会に出て自分で調べたり考えたりしたこと他人に発表するときでも同様である

暗記数学に賛成している人・反対している人

一般的に、暗記数学に賛成している人。

要するに、数学の専門知識社会的常識のある人は暗記数学に賛成しているようだ。

逆に、反対している人。

反対しているのは、金儲けが目的で目立つことを言っているか、何かをこじらせて勉強法に無駄な拘りを持っている人たちのようだ。

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追記

思うに、アンチ暗記数学派というのは、精神根底に以下のような考えを持っているのではないのだろうか?

一部の人は、大学入試では「ひらめき」や「発想力」を試すために敢えて典型的ではない問題を出しているとか、「天才」を発掘するために常人には解けないような難問を出題していると思っているのかも知れない。しかし、先にも述べたように、大学入試は、大学に入って研究するための基礎学力を測っており、入試問題は、そこで問われている知識や考え方が重要から出題されるわけである。したがって、そういう重要知識や考え方を十分に身に着けていれば受かる。ただそれだけの話である。そして、良識ある教育者は、数学重要なところが分かっているから、それに基づいて教材や予想問題を作っている。

また、「数学自体重要ではなく、数学を通じて思考力を鍛えることが重要」とか「受験勉強社会に出て嫌な仕事我慢するための訓練」等と思っている人もいるかも知れない。特に前者は、自称数学好きにもいるようだ。しかし、深く考えるまでもなく、大学受験数学が課せられるのは、大学研究するために(少なくとも、教員が望む水準で)絶対必要からである。また、数学をそれほど使わない学部にも課せられるのは、多くの大学には転部等の制度があり、文学部から経済学部とか、農学部から工学部に転部するような事例は珍しくないかである

上記2つに共通するのは、「理解」よりも「ひらめき」等のオカルティックなものを重視することである。これは、上に述べた胡散臭い教育業者や、受験生に絡んでる学歴コンプが暗記数学に反対する理由と符合する。金儲けがしたい受験業者にとって、「基礎を確実に理解することが重要」などと言うよりも「入試本番に典型問題は出ないから、ひらめきが大事」などと言った方が、客は集まりやすいだろう。また、SNS等で受験生教員などに絡んでる奴にしても、数学本質理解できず霊感的なもの価値見出しおかし勉強理論かぶれてしまったと考えれば納得がいく。

繰り返しになるが、受験生諸君はそういう悪質な情報に惑わされてはいけない。

anond:20200521135806

情報系の大学院を前期で出ていて、指導教諭が定年をお迎えになったけど

大学以後のスキルを使わないことも多いぞ。

anond:20200520204737

情報系の大学大学院を出たヤツに「俺はスクールに行ってない。全部独学だ。」と言われてもなあ...

そんなの大嘘だろ!

(てか、自分でも大嘘と書いてたわw)

2020-05-20

大学院に入って、好きだった勉強がつまらなくなってしまった

俺は中学生ときから化学が好きだった。

高校ではもちろん理系選択、全国模試をやれば化学偏差値70をいつも超えていたし、先生にいつも色々と質問をぶつけていた。

化学の成績で俺の右に出る奴はいなかった。

大学は誰もが知る難関大学化学系に進学して、学部の間もそれなりに優秀な学生だった。

自分博士課程に進学して、優秀な化学者になる未来を思い描いていた。それを疑ったこともなかった。

で、いざ学部4年になって本格的に研究してみると、これがあまり面白くない。

割り当てられたテーマはやりたいことではなかったけれど、学部4年の1年間自分なりに頑張ってみた。

でもテーマの都合で見かけの進捗が同期に比べて随分遅い。

これが俺のプライドを傷つけたのかもしれないし、そもそも結果がなかなか出ないとやりがいがない。

じゃあ座学はというと、上にも書いた通り俺は”それなりに優秀”程度なので、研究室内に自分よりすごい同期がいるし、1,2年じゃ追い越せないような先輩もいる。

座学でも特段目立ったところがない。

だがそれ以上につらいのが、化学を”楽しい”と感じられなくなったことだ。

同期や先輩が、何かしらの論文だとか他人研究だとかについて楽しそうに語っているのを何度も見てきた。

けれど、俺は論文他人研究も”面白い”だなんて思ったことがない。

ギリ”interesting"はあっても、”fun"や"exciting"になったことがない。

教科書レベルの話ではない、突き詰めて詳細で、地道な研究データの積み重ねは見ていて楽しくない。

結局俺があんなに好きで、将来を捧げたいと思っていた”化学”とはいったい何だったのだろうか?

高校大学学部程度の勉強で語られる学問神秘性が好きだったんだろうか?

それとも俺がただの負けず嫌いで、化学他人に勝ってることが好きだったんだろうか?


コロナの影響で大学が閉鎖しているが、自粛間中化学勉強をする気があまり起こらなかった。

もうすぐ再開される研究活動を考えると憂鬱でたまらない。

プログラマーになるのにスクールはいらない。独学で十分」は本当か

https://anond.hatelabo.jp/20200519162131

上の増田ブコメで「学校に通わないと勉強できない奴はプログラマーに向いてない」とか強い言葉意見が目立つけど、こういうやつらはもちろんCS系の大学にも行かず、プログラミング相談ができる友人もいない状況で、1つのノートPCK&R本を片手にのし上がってきた天才たちなので、凡百の俺らは真に受けてはならない。

プログラマーになるのにスクールはいらない。独学で十分」が成り立つ条件は、「小学生夏休みくらい無限時間がある場合」や「大学特有ハイパーモラトリアム期間」に限る。バグに遭遇したら朝から晩まで試行錯誤しても何も言われないとか、環境破壊しちゃったら何もかもめんどくせーからOSごととっかえたりできるとか、そういう無限時間ご飯はお母さんが作ってくれる(もしくは一人で適当にすませることのできる)環境じゃないと難しい。ましてやスクール検討してるのなんて成人済みが多いだろうから、よほど実家が太いとか養う相手がいないとかでない限り、短期集中でのスクール検討するのは自然合理的と俺は思う。ただ俺はスクールを知らない。

プログラマーとしてある程度のレベルになると(そして職業プログラマーになると)、あらゆるバグ機能実装要件そもそも実現可能か?などは、自分(と同僚)で調べて相談して解決できるようにならないといけないので、そういう意味では「学校に通わないと勉強できない奴はプログラマーに向いてない」本当。しかしそのレベルにいくのに独学に拘る必要はない。

再度言うけど俺はスクールを知らんので、スクールが良いとも言わない。数十万の金があるならドラム式洗濯機買ったほうが良いとかいろんな意見が出てるから、それらを参考にして、結局は自分で決めるしか無い。ただドラム式洗濯機はお前にプログラミングを教えない。ドラム式洗濯機を推めるやつもお前にプログラミングを教えない。放送大学という選択肢もあるかもしれない。

ひとつはっきりと言いたいのは、「どんなにしょぼくても挫折せずひとつアプリケーションを作りきってみせる」が最初は大切だと思うので、そのへんの面倒を見てくれる人が付いてくれるなら、スクールでもなんでもいい。プログラミングは兎にも角にも挫折ポイントが多い。

今回の増田のことをきっかけに、はて俺はどうやってプログラミングを覚えたかと考えてみた。俺は情報学系の大学になんとなく入って、そこからまれて初めてプログラミングをやり始めた。大学で友人もできなかったので学業に力をいれていたら、そのままズルズルと惰性でプログラミング生業とすることになった。大学院にも行ったので、6年をプログラミングに費やしてから就職したと言える。俺はスクールに行ってないし、先述したとおり友人もいなかったので、全部独学だ(大嘘大学の授業を受けてC言語アルゴリズムの基礎を覚えていった)。そんな俺がおすすめするのはドラム式洗濯機。あれはQOLが爆上がりする。プログラミングは教えてくれないけど。

2020-05-18

似非リベラリズム似非アカデミズム跋扈

大学教育現場では、

等の声を頻繁に聴く。一方、テレビに出て発言している「学者先生」は

等と調子の良いことを言う。そう言うのって、なんかインテリっぽくて、かっこいいからね。

2020-05-16

人間として未熟であったため生産技術職を1年目で退職した

特定を避けるため、業界や具体的な職種をぼかします。

大学院卒業し、電気関係生産技術職に就いた。

大学大学院では情報関係のことを行っていた。

AIIoT使用して、工場スマート化に貢献をしたいと思い、ある会社生産技術職を希望した。

給与面は十分である労働時間は80時間をいくときがある。しかしながら給料にしっかり反映されるため、私自給料が出るならなんの問題もないと思っていた。残業して給料が出なければ、ブラック企業である残業した分給料を多くもらえるならホワイト(グレー?)企業であるという考え方であった。今もこの考え方は変わっていない。

最初から上記のような工場IoT化は就職した会社では出来ないと分かっていた。しかしながら会社として積極的に取り組んでいると伺った(実行するスピードは遅いがやってはいた)。

工場に関する電気系統知識仕事の進め方など基礎知識を1-3年学び、自分がやりたいことに応用できればいい思っていた。

しかしながら、私自身の性格問題上司にうまく仕事物事相談が出来なかったり

書類ミスがあまりにも多く、上司にすごく叱られた。上司責任者部長印鑑がなければ書類は通らないため、何度も手戻りをくらった。私自身、挽回しようと努力をしてみた。しかし、生産技術仕事は非常に広い範囲わたり忙しい。また書類仕事が非常に多かった(うちだけかもしれない)。分からない資料に対して多くの承認印を押していた。

入社5ヶ月目くらいで頭痛がすごかった覚えがある。そして、月1くらいのペースで精神科に通っていた。

自分に対して当時甘い部分と人間としての未熟さが原因で上司とうまくいっていなかった

非常に細かい上司で「そんなことまで指摘するか?」と思ったことが何度かあるが

今思うと、叱ってくれることはありがたいことだった。生産技術仕事段取りがとて

重要である。協力会社現場の人とのコミュニケーションがとても重要である作成する資料は誰がみてもわかりやす資料でなければいけないし、説明もしっかりできなければいけない。私自仕事に対する姿勢が甘かった。資料理解も遅いし、分からないところの質問もしっかりと出来ない。やっていれば分かるようになるだろうという思いがあり不十分な理解のまま仕事が進んでいた。

いつかはしっかりと仕事が出来るようなるから大丈夫だと前向きに考えて過ごしていた。同期との仲はとてもいいし、会社自体ブラック企業ではない。業績もよく、ホワイト企業である

しかし、1年目の12月どうしても辛すぎて会社に行けなくなった。自分にはこの仕事

向いていないとその時はもうそしかえれなくなってしまっていたと思う。、転職エージェント登録した。そこからは流れ作業のように第2新卒として就職活動会社にいながら行った。転職先が見つかり、大学で行っていた情報系の仕事が出来るようになった。そして課長に時期が早いが退職したいと伝えた。課長私自身が生産技術仕事があっていないのではないかと思っていたらしく、他の部署への転部も考えてくれていたらしい。しかし私の転職活動が終わっており、次の会社との約束があるためその話を申し訳ないが断った。今現在情報系の研究職として働いている。

長々と文章を書き、まとまりがない文章になってしまった。第2新卒やこれから就職先を決めようとしている大学生と大学院生に伝えたいことがある。

まず、第2新卒転職を考えている人は今現在仕事の不満はどこからきているかを把握すること。自分自身に問題上司問題があるなら、出来ることは全てやるべきである言葉書くと簡単であるが難しいと思うけど。仕事の量を減らしてもらうことや部署移動を相談したほうがいい。上司に腹を割って話し自分が思っていることを全部話すとよい。それで仕事の悩みが解決されるなら安いものである私自身しっかりと上司に腹を割って相談していれば違った結果になっていたかもしれないと思っている。

会社環境に明らかに問題があるのであれば、転職活動をするのはいいと私は思う。

大学生と大学院生は就職先を決めるときに3つのことを大事にしてほしい。それは誰とどこでどんな仕事をするかである大企業になると誰と働くのかは運命になってしまうが出来るだけどんな人と働くのかしつこいくらい人事に質問し、実際に働いてる人に会いに行くと私はいいと思う。それで人間関係が分かるなら安いものであると思っていたほうがいい。また、仕事内容に関しても同じである。実際にどのように仕事を進めているのかをしつこいくら会社聴くこと。現場を見ること。自分が思っていた仕事と違ったという要素は徹底的に減らすべきである。どこで働くかは調べればわかると思う。都会がいいや田舎いやであるというこだわりがある人はしっかり調べておこう。

私自身の人間としての未熟さと社会的スキルのなさの結果、転職をしてしまったと思っている。第2新卒やこれから就職先を決めようとしている大学生と大学院生は志をもってある企業就職を決定したのなら私のようなことを起こさないでほしい。簡単会社を変えるものではない思う。自分自身と会社真剣に向き合い、その結果だめなら、別の道を選んでほしい。

2020-05-15

大学院をやめたい

修士1年。研究、つらい。

学部3年の終わりごろ、周囲の友人が就職の道を選ぶなか、俺は院進を決めた。

院進を決めた理由は…何だっただろう。

研究活動を一度経験してみたかった。もっと学びたかった。就職活動が嫌だった。TAの人が優しかった。もし自分研究に不向きだったとしても、(学部時代の成績が良かったので)まぁ2年くらいなんとかなるっしょ、と思って決めてしまった。

当時はそんな自分の浅はかさを薄々自覚しつつも、得意の楽観視をキメることで、「大学院生活が失敗に終わる自分像」から目を背けていた。

学部4年になり、俺は希望研究室に配属された。

その研究室に同級生や先輩はおらず、学生はなんと俺一人だけという環境。(博士課程の学生なら何人か居たが、非常にとっつきにくかった)

なので分からないことは指導教官に聞くしかなかったのだが、これが最初挫折ポイント学部までの授業は席に座って聞くだけのいわば受け身でいい。しかし、研究は誰かが手取り足取り教えてくれる訳ではなく、自分で行動し、分からなければ質問に行かなくちゃいけない。

研究室に入ったばかりで分からないことすらわからなかった俺には、指導教官の顔色を伺いながら質問に行くのが辛かった。せめて同級生か先輩が居てくれたら、ちょっとはマシだったかもしれないが…その研究室を選んだのは自分だし。がんばって新しい環境に慣れながら、がむしゃらになって駆け抜けた。

そして、沢山の恥ずかしい失敗(マジで思い出しては消えたくなる)や挫折を重ねながらも、指導教官手取り足取りなご指導のおかげで成果を出すことができ、なかなか満足いく形で大学卒業した。

やってよかったなと思った。(成功したのは9割指導教官のおかげたが)

その一方で、研究に対する拒否反応がじわじわと膨れ上がってきているのも感じていた。

コロナ流行り、今年度から研究室には行っていない。面倒でつらい発表ごともなく、進捗も求められない生活は非常に心地がよい。

いままで騙し騙しやってきたが、自粛がずっと続けばいいのにと思っている時点で、俺はやっぱり研究なんてやりたくないのだ。

自粛の終わりが近づいているのが憂鬱だ。気がつくと涙がとまらなくなる。

どうして俺は大学院なんか来てしまったのか。ちゃんと考えて進学するべきだった。やっていれば興味が湧くだろうと安易な考えで進学したことを悔やむ。

何かと理由をつけて辞めれたら、心が一瞬楽になるだろうが、周りに全てを打ち明ける勇気はない。

いまだに俺は論文の読み方も分からないし、発表もド下手くそだ。なのに上達する努力はしたくない。疲れた。やめたい、やりたくない、やめたい、そればかり考えているクズだ。

論文を読もうとしても、資料を作ろうとしても、すぐに意識明後日の方へいってしまう。

ここまでにしよう

とりとめなく気持ちを書いていたら、少し気分が軽くなった気がする。

2020-05-14

日本ハイクラス国立校アメリカのそれと比べて学費が安い方。大学院で海外を狙うのが一番よね。高校で現地校→日本大学海外大学院、とかいいかも知れない。

そんな人生を歩んでみたかった。

手持ちのカードいかに勝つかが人生の楽しみになってきたので、まあ、夢想に過ぎないのだけれども。

2020-05-13

貧乏などの不満を親や子供時代境遇のせいにする人が嫌い

いるんだよねえ、、、

「俺が貧乏なのは親が貧乏だったせいだ」「田舎に生まれたからまともな教育を受けられなかった」「貧乏遺伝する!」

みたいに、不満を親や子供時代境遇のせいにする人。

それを言ってもキミにメリットないし、俺にもメリットないよね? 一体何のための発言? キミのお母さんみたいに親切な人が助けてくれると信じているのかな?

俺が生まれた家も貧乏で、1日3食食えない時期が長かった。高校給食がないから裕福な家の友達パンをおごってもらっていた。中学校では給食をたくさん食べていた。夕食はなかった。

両親ともになんとか高卒だけど、母はパートタイマー、父は初任給が時給換算で最低賃金会社で働いていて、50歳になっても年収350万円に届いていなかった。

通っていた公立中学校は校内暴力があった。不良が6人くらいで徒党を組んで、廊下を歩いている教師を男女問わず襲うんだ。

ボコられた教師がキャーとかウワーとか叫んで体育教師が飛んでくる、けれどもさらに集まってきた不良によってまとめてボコられるということが2日に1度は起きていた。

教師が食べる給食にはチョークの粉や押しピンを入れていた。

2年生のとき担任が車の事故で死んだ。

亡くなったという報せを朝のホームルームで聞いて、爆笑だったよね。

偉そうに説教たれてたくせに、死んどるやないかー笑

それからしばらくは不良がいじめられっ子に机をぶつけて「お前今車に轢かれただろ!早く死ね!」と言って囲んで蹴り飛ばす遊びが流行ってた。

いじめクラス10%は不登校になっていた。つまり1クラス(30人ちょい)に3人か4人は不登校だった。

そうした子たちがたまに登校してくると、ポケモンごっこで、10万ボルトや大爆発を繰り出すように命令して、従わなければサンドバッグにしていた。

不良たちは中学校卒業すると工場に入って安い給料でこき使われたり、高校へ行っても1年も経たずに中退して暴力団へ入って成人式の頃にはすでに音信不通になっていたりしていた。

不良以外の子たちも、ガソリンスタンドで何年も最低時給で働いた末にあっさりとクビになったり、工場事故右手の指が2本なくなったり、

女は風俗店に入ったり、ティーンエイジャーのうちに結婚離婚経験して養育費コンビニバイトでなんとか食いつないでいたりしていた。

荒んだ環境で育つとそれが「普通」になるからまともに働けない。

勉強するのはバカだけだから普通の子にはまともな働き口がない。

定職につかないのが普通だし、高校中退しても普通だし、教師ボコっても普通最低賃金でも普通、平日毎朝働きに出るのが嫌でふっと職場から消えるのも普通

大学へ行って東証一部上場の平均年収800万円を超える企業に入った子もいたが、

何年も経たないうちに休職してやがてやめてしまった。

人に命令されるのがイヤ、カネだけ欲しい、そもそも働くのが嫌、金持ちの女を見つけて結婚して働かずに暮らしたい……

子供時代にキミが住んでいる団地へ行くとお父さんはお酒を飲みながら寝転んでテレビを見ていたしお母さんもいつも部屋にいた。そうだね、生活保護だ。

働かないのがキミの普通なんだ。

そうして中卒も高校中退もそれ以外もみんな普通に何年も過ごして、気がつくと僕らはゴミみたいな暮らしをしている。

貧困遺伝する。

金銭だけでなく文化資本社会資本も同じ。

全部は親のせいだ!陰湿田舎に生まれたから女は大学へ行けなかったんだ!男は5次受けくらいの末端激安トラックドライバーになるしかないんだ!

さあ、みんなで親と社会批判しよう!

批判することで暮らしをよくしよう!誰かが俺たちのために何かをしてくれる!投票には行ってないけど!

俺も最初に入った会社毎日サービス残業が当たり前だった。

親を見ている限り普通から当時は疑問を持っていなかった。

でも平日の夜や休日勉強して、景気のいい時期に何度か転職して、

なんとか人並みの給与を得ている。

チームのリーダー奈良先端なんとかで博士号を取っているし、上司東大を出たあとアメリカ大学院で博士号を取得している。

博士号を持っていれば仕事ができるというわけではないし、実際責任回避のために万事について結論を述べないから一切仕事が進まない使えないうんこドクターもいるけど、

俺が行った大学が超低レベルで、教授の著書さえ買ってあれば出席しなくても単位をくれるようなほぼ違法な授業がいくつもあるようなところだったことを思うと、

良くここまで"上がって"きたなあと思う。

700万円近くあった奨学金借金)も数年前に完済できた。

今は毎日3食食える。

子供時代環境大人になってから収入多寡労働環境に大きな影響を与えるのは、肌感覚同意できる。

タイミングや運でどうしようもないこともある。

しかし親や地域社会責任転嫁したところで、彼らが責任を取って俺たちの生活改善してくれるわけではない。

まり環境タイミングのせいにしてもメリットがない。

俺たちは自分で何とかやっていくしかない。

荒んだシビア環境で育ったくせにそのことを自覚していない甘ちゃんが、人生他人のせいにすることで人任せにしか生きられないことを吐露してしまっているその弱さが、俺は嫌いなんだよなあ。。。

見せつけられると、「貧困遺伝する」という運命に俺や子供まで飲み込まれしまうような気がして…

2020-05-12

教師の息子(失敗作)です

 

大学大学院とのんびりと生きてきた。その後シンクタンク就職したが出来ない仕事を振られ精神的に摩耗し精神病を発症

紆余曲折があり「本物の」障害者になった。

最終的に復職できずそのまま解雇され、実家から離れた遠い東京砂漠の片隅で親の経済的支援公的保障で何とか一人暮らししながら食いつないでいる(無職)。

結局自分は失敗作だったんだなと。誰の期待にも応えられていない。親に経済的負担ばかりかけている。

月刊少年ガンガンJOKER』を近所の本屋で買うという禁忌を犯したし、もうだめです。

実家の両親(特に父親)は自分障害者だということを知って内心せせら笑っているだろう。

教師の息子でも失敗作。それが自分

anond:20200512180640

いろんな種類のコミュニティに属してる、属してきたけどこの条件満たす男は超絶マイノリティだと思う。でも数としては全然いる。

下ネタ絶対に言わない聞くのも大嫌い、休日オライリーの本読んだり、Twitterで知り合った同業界の人と勉強会してますライフハック系のブログ大好きです的な「性欲は一切ございません」風社会人なんかには条件満たしてる人多いと思う。

あとは男なのにわざわざ人文系大学院行ってる人とか。

でも全体で見たら超超超マイノリティよ。

学歴あっても、一流企業勤めてても浮気セックスしたり、風俗行きまくったり、パチンコめっちゃやったり、Twitterに晒されたら炎上ちゃうようなバカやったりする人平気でいるから、これは知能の問題じゃなくて性格問題だろう。

高校同級生にあった

20年ぶりに会った彼女は少し疲れているけども活き活きとしていて、

緑色カーディガンが似合っていて、

目元はあのころのままで、

俺が大学院学生やってたころには社会人マンション買ってて

結婚して子供ふたり設けて幸せだったけど離婚して、

新たな人生を歩みだしていた。

強くて美しくて、まぶしい。

2020-05-10

人を愛することのむずかしさ

人を愛するためには自分を愛する必要があって、それはとても難しいよ。って話。

人生を振り返る。

小学校では「お受験」をしていた。

受験勉強に忙しく、友達遊んだ記憶が全く無い。

女の子と遊んでいた記憶もあるけれど、受験成功して地元から離れることになって以来、その人とは会ってない。

辛い勉強甲斐あって、進学校である中高一貫校入学した。

中学校では虐められていた。

理由は入部した運動部活躍できなかったから。

毎晩泣いて帰宅していたことを覚えているし、毎日ぼんやりと死に際について考えてた。

最終的にこの運動部引退間際に活動停止になったこともあり、その流れでやめることとなった。

高校では勉強だけしていた。

仮にも進学校だったのもあって、成績が良いとそれなりの地位にいれることを学んだからだ。

人と関わること無く勉強に熱中したおかげで、いい大学に入ることが出来た。

大学でも勉強だけしていた。

大学というところは便利なところで、勉強だけをしていても白い目で見られることが無い上に褒められることもある。

ある意味では現実逃避にうってつけな環境だった。おかげで興味のある進学先へ行くことも出来た。

大学院では研究だけをしていた。

この世がひっくり返るほどの発見はできなかったものの、卒業時には表彰されるほどの名誉を得た。

研究者の道もあったが、生きていくお金が欲しかったため、自分テーマに最も近い民間企業就職をした。

企業でも同じく勉強をしている。

大学ギャップがあるとは聞いていたが、自分としてはやることは同じだと思った。

からないことがあれば人に尋ね、知識を補強するために勉強をし、そして自分の成果を発表する。

なんのことはない、単調な作業

30目前になると、周囲の人が結婚し始める。

から心配されたのもあって、結婚を考えるがうまく行かない。

色々な本を読むと、そこそこ順調だと思ってた自分人生は失敗だらけだったことに気づく。

そして「自分は進んで人生選択したことがなく、劣等感払拭するために生きている。」ことにも気づいた。

小学校受験生活は親に強制されたこと。

中高の学生生活では虐められないために生きていたこと。

大学大学院では現実逃避のために勉強研究に熱中していたこと。

今の企業へ入った理由も、何かがやりたいわけでなく、自分の得意なフィールドであれば最低限虐められることはないだろうとの考えがあったこと。

全ての選択受動的であり、また常に「見えない何か」に怯えた生活をしてきていた。

結局、自分自分のことを愛していないし、愛そうとも思わない。

劣等感でグズグズで、何かになろうと努力をするもゴールが曖昧なので成ることも出来ない。

自分を愛することが出来ない以上、どんな人と会っても自分を売り込む気になれず、恋愛結婚は失敗する。

この話にオチはないし、これから未来におそらく劇的な展開も起きない。

「見えない何か」から逃げ続けつつ、生きていける道を見つけた以上、自分はこの道を外れることを過度に恐れている。

もし外れたことを考えると恐ろしいし、それこそ決断せず逃げることしか出来ないからこそ、

中学校の頃に戻りたくないからこそ、このように決断しない人生を歩んできてしまったのだから

2020-05-08

夜になると頭がおかしくなる

先に述べておくが、うつ病発症しているものである

発症たころは、大学3年生だった。なぜか学校に上手に通えず、成績不振だった。面倒なのでいろいろ省くが、保健センターに行き、大学病院の精神科を紹介され通いだした。

通いながらなんとか大学を四年で卒業し、大学院に進学し、今は修士一年である

まともな生活を少しづつおくれ、将来についても第一志望の会社に推薦でもらえそうだ

なやんでいた吃音もだいぶ改善してきた

人間関係も少しづつ上手に送れている

卒業旅行なんか縁のないものだと思っていたのに卒業旅行に行けた

異性関係もうまくいっている

まりいい生活を送れているのである

しかし、夜になると頭がおかしくなる

いい生活を送れているのに

一人でいると耐えられなくなる

つらくなり、トリスハイボールの濃いめのロングをよるの間飲み続けていないと、よるがつらい

どうしたらいいのかなあ

2020-05-05

次の災害までに稼ぐにはどうすればいいのか

1997年 アジア通貨危機

2008年 リーマンショック 補正予算10兆円

2011年 東日本大震災 約18兆円

2016年 熊本地震 約7000億円

2018年 大阪北部地震 約7000億円

2019年 台風19号 約4000億円

2020年 コロナ


日本災害が多いわけで、お金必要になる。

毎回お金を出せという議論になるが、次の災害までに稼げる金額が少ないので出し渋りが起こる。

日本全体で稼げるようになっていれば一部が被害を受けても助け合いはできよう。


経団連提言に沿って政策を打っても、いまいち稼げていない。

自動車以外の産業は駄目になった。

EU圏で強いドイツイギリスフランスなどから嫌われるように、強い日本は嫌われる。

勝手観光客来日してお金を使うことは制限しにくいため、日本政府として推し進め易かったということだろうが、交通機関は儲かっても地域お金が降りない。

飛行機新幹線には万単位お金を使うが、観光地では1日数千円だろう。アメリカとしても旅客機が売れることになるのでいいのだろう。


今回のコロナでもわかるが、国内必要な機材・薬品消耗品を作るだけの生産能力もなければ、人材もいない。

Molecular Biology of the Cellを読んだりPCRをやっていた人は国内に多くいるはずだが、活用できてもいない。

大学院を出ても国内能力を活かせないのでアメリカに出ていくのが個人選択肢として最良となり、

国側からすると国益にならない人材税金をつぎ込むことができない悪循環におちいっている。


研究にしても、欧米成功した事例かどうかで予算を付けてきたので打率はよかったが、

研究から産業応用への時間が短くなった現代では国内産業が育つ前にアメリカ人材を奪われる。

2020-05-04

大学の上に大学院があるという事をいつ知ったか

ご家庭の教養レベルがわかる

おれは大学生になるまで知らなかったわ

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