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2021-09-07

流山おおたかの森子育てしようだなんて狂気の沙汰だと思う。

流山おおたかの森子育てしようだなんて狂気の沙汰

我が家流山おおたかの森周辺に住むようになって長いが、ここ10年くらいで信じられないスピードで開発が進められていて、今までうっそうとジメジメした雑木林だったところが太陽の光が差し込む綺麗な住宅地になっている。大規模なマンション群と美しい戸建てがニョキニョキ建てられて道路は整備されて駅前には綺麗なタイルが貼られていて、とにかく見栄えがいい。

休日におおたか森駅前に行けば少子高齢化なんて信じられないくらいの大人数の幼児がわやわや遊んでいる。

流山市TXが通った後から「母になるなら流山」などのキャンペーンを展開して大量の子育て世帯を呼び込んだ。だけど最近流山にやってきた若い世代の人たちは本気で流山子育てをするつもりなのかと、流山で長く生活してきた住民としては疑問に思う。流山市公教育の闇、それも何十年もの間、流山市だけじゃなくて東葛地方を覆ってきた風土を知ってここにきているのだろうか。

流山に突然大量の子育て世帯流入しているか教育面で様々な混乱が起きているのは既に指摘されている。例えば、この人(https://anond.hatelabo.jp/20170528232611

)が言うように、急激な児童数増加に小学校の受け入れ体制が追いついてないせいで、元々の計画に反して、入る予定だったのと違う小学校に入れられそうになっている子供がいる。私はこの古い方の小学校10年くらい前に卒業したのだが、本当にオンボロな校舎を無理やり増築・改築して使ってる。それでも流山がただの田舎だった頃は近くに綺麗な校舎なんて他に存在しなかったから、学校なんてこんなもんだろうって思えたと思うけど、今は綺麗で新しい学校が近くにたくさんあるから事情が違う。広報誌で駅周辺の新小学校の綺麗な新校舎の写真をたくさん見せつけられたら古い学校に通う子供たちは嫌な気持ちになるんじゃないかと思う。元から住民のいるところの子供には汚くて古い校舎を無理やり改修して使わしておいて新しいマンション住民には新しい小学校をあてがうのか…って気持ちになる。とにかく古い小学校に突然変更された子供たちが気の毒だ。

あとやっぱり突然児童数が増えたので多分先生たちの受け入れ準備が追いついていけてなくて学級崩壊とか先生メンタルがやられてるという噂をよく聞く。なんてったって日本一児童数が多い小学校(令和2年)の2位がおおたかの森小学校で、5位が小山小学校なのだ。こんなに突然児童が増えてる地域は他にないのではないか。これに伴って教育の質が落ちてても不思議じゃない。

だけど私が本当に問題にしたいのは流山の悪い意味で特異な教育伝統というか慣習というか、その風土のことだ。それは管理教育のことだ。紛れもなく流山市は古くから熱狂的に厳しい管理教育実践してきた地域であって、その体質は少なくとも私が中学校に通った10年前には色濃く残っていた。

管理教育とは、Wikipediaの「管理教育」のページ(https://ja.m.wikipedia.org/wiki/管理教育)を要約すると、集団行動の徹底を通して生徒を学校生活内で厳しく管理するタイプの1980-90年代教育のことだ。そんな教育流山に限らず普遍的だと思われるかもしれないが、実際には地域差があったらしい。その中でも特に有名なのが愛知千葉県北西部(東葛地域)だ。Wikipediaにも管理教育実践されていた地域として流山が名指しで示されている。父親はまさにこの教育を受けてきたのだが、丸刈りは当然で教師体罰も酷かったと言ってた。あと、八千代市が酷かったらしい(https://togetter.com/li/68277)が、酷かった頃の流山市も似たようなものだったと思う。Wikipediaだと、流山市中学校では衆人環境の中で集合の歌を歌わされたと書かれているがこれは某洗脳新人研修を思い起こさせる。笑えないのが、2010年代ではこれが微妙に形を変えて、山の上や広場での合唱とか、能を見せてくれたお礼と言って能楽堂合唱を歌わされたことだ。これは本当に恥ずかしかった。

強力に染み付いた管理教育実践は当然急に無くなったりしたい。私が約10年前に受けた流山市の某中学校での教育は紛れもなく、1980年代管理教育から暴力けが取り除かれたタイプ管理教育だった。

まず、管理教育というのは単に校則が厳しいとか、そういうことではない。最近問題になってるブラック校則のような、理不尽かつ意味不明な決まり事はもちろん細かく沢山あるのだけど、管理教育の中ではその決まりを破るとか、それに反抗したいって発想がそもそもまれない。集団同調圧力半端ないので校則を守らないという選択肢がまずない。だから、風紀の乱れなんて発生しない。ものすごい細かいまりが細々と決められているのにそれを全員が完璧に守り相互監視をしている。それくらい集団単位とした管理を強くしもの管理教育だ。校則を守ること自体集団内の繋がりを強化するためのツールなので、校則/拘束は細かく沢山あればあるだけよく、その意味とか合理性は極力排除されている。そのためには書かれた校則だけじゃ足りないので、暗黙の複雑な校則が沢山あった。例えば1年生の女子ポニーテール禁忌とか(上級生には許されているので)。持ち物から振る舞い方に至るまで大量の暗黙の約束があった。校則は風紀を保つためにあると思われがちだが、そもそも私の学校は全く荒れてなく、外から見たら何の問題もない学校しか見えなかった。だから健全に風紀を保つことが目的ならそんなに細かく校則を作る必要はない。反対に中学生という多感な時期の子供の集団が全く荒れてないって、それだけ強力に規則押し付けがされている事の表れでしなかないと思う。

あと、流山とか流山周辺の地域特有なのが、学校生活ジャージ制だ。学級に着いたらみんな制服を着替えてジャージになって生活する。男女別の着替え室なんて立派なものはないのでみんな制服の下に体操服を着て登校する。ジャージが人の自尊心を傷つけるくらいダサいとか、高い制服を買わせられるのにそれをほとんど使わず高いジャージをたくさん買わなきゃいけないとか、ジャージ寒いとかジャージに関する校則がめちゃくちゃあるとか、そういう文句は当然ある。だけど、本当の問題は、生徒がいつでもジャージを着ていることによって集団全体が強制的体育会系化されてしまう事だと思っている。学校生活の全てが体育会スポ根原理の下に置かれるのだ。

強制的ジャージ制は活動的からいいじゃんという意見を見たことがある。だけどそのように言う人は、管理教育においてジャージが生徒の学校生活全てを体育の授業の延長線上に置くシンボル役割をしているということまで想像しているのだろうか。スポ根というか、戦前軍隊のような、そういう事を想起させる振る舞いが基準化、自然化されていくのだ。例えば、もちろん教室の移動のために綺麗に整列させられるし、いちいちめちゃ大きな声で返事しなきゃいけない。そういう軍隊的な仕草自然に見せるのがジャージだ。

そして、そういう集団意識スポ根根性遺憾なく発揮されるのが、体育会合唱祭・学年集会で、このためにめちゃくちゃ集団練習させられる。法律的な決まりとして授業数がどのように決められているのかわからないが、やたら座学の授業が削られて集団行動のために時間が使われていたと覚えてる。私が私立高校に進学してから一番びっくりしたのが、時間割通りにちゃんと授業を受けられることだったので、中学校ではかなりの時間数、法律ギリギリまで??よく分からないけれど本当にしょっちゅう座学の時間が消えていったことは覚えている。それくらい集団の催しのための準備は徹底的に行われた。体育祭の前の一週間などは全て授業が無くなって体育祭練習のみのために一日中外にいる状態になる。しか体育祭応援の歌と踊りまで完璧に覚えさせられるので息をつく余裕はない。全体主義的で怖かったのが学年集会で学期のまとめ的な発表を学年ごとにするのだが、めちゃくちゃ発表の練習をさせられ、思ってもない事をみんなと一緒に絶叫しなきゃいけなかったことだ。\私たちは!この学年のみんなが大好きです!!/みたいなノリの発表を年に何度もやる。発言方法といい内容といい北朝鮮プロパガンダ顔負けの内容だと思う。総書記への愛が学年とかクラスへの愛へと置き換えられただけだ。こういう練習を何度も何度も繰り返させられることで、集団論理というか、集団の中に呑み込まれる感じがして本当に嫌だった。もっと怖いのが、大多数が嫌がることなく進んで集団行動を行っていたことで、その中で少しでも集団の求める基準から外れる人間は徹底的に叩かれて矯正される。集団の期待に沿ってないと指摘された人間努力して集団論理を内在化させなければみんなに許してもらえない。集団についていけない人間指導するのはどこまでも合法的からここにイジメはない。

から管理教育というのは、単に校則が厳しいとか先生暴力的とか、そういう問題なのではない。クラスの一体感が強いとか、そいういレベルのものでもない。そうではなくて、管理教育とは、集団の行動と集団の絆を維持することを何よりも第一目標に置く事で、学校生活の全ての側面で個人というものを完全に消し去ることを達成する教育方法のことだ。この中で理不尽校則など問題になるはずがない。なぜなら理不尽な決まりをみんなが守ることがみんなとの絆を深める方法であり、かつその絆が存在することを証明するからだ。

当然このような環境にいることは身体的にも肉体的にも疲弊させられる。体育系の人間はともかく、普通人間は体力がないと、長時間の発表練習なり体育祭練習に耐えられない。ちょっとでも集団ルールに疑問を抱いたらそれだけで精神的に疲れてしまう。思ってもいない反省言葉とか標語を何度も絶叫させられるのは本当に疲れる。何度も何度も合唱をすることもこういう環境だと本当に疲れる。本当に細かい風紀の乱れ(飴のゴミが落ちてたとか)で何度も学年集会が開かれて説教されるので理不尽さで精神疲弊する。とにかく自分の中の主体性を消し去ることに成功しない限り、管理教育の中で生きていくことができない。この環境の中で、他者との関わりを通して健全に成長することは無いと思う。

管理教育は何のために行われているのか。とにかく全ての生徒を集団の中に入れて異質な動きを封じ込めることが目的だと思う。そしてその環境に疑問を持たせないようにする訓練なのだと思う。当時は、従順労働者を育成するためなのかと思った。あとよく半日だけ刑務所に通うという夢を見たので、なんかの罪に対して罰されている感覚だった。あとは、マイルド北朝鮮なんだと思う。

ただ、流山は某自動車工場のたくさんある愛知と違って特別そういうタイプ労働者大量生産しなきゃいけない地域じゃないと思うので、なぜこの風土が残ってるのか謎だ。治安もそれほど悪くないし。

私はこの教育を3年間経験したが、元々違う地域の都会の小学校に通った経験があったからか、流山学校に馴染めていなかったので、この習慣が本当に嫌だという気持ち流山中学校に通っていた。だから反対に、ずっと流山近辺で生きている限り疑問に思ったり辛くなったりすることは無いのかもしれない。実際にこの管理教育を受けていた同級生たちは辛そうじゃなかったし、彼らは積極的集団「絆」を強めようと頑張っていた。

だけど、今流山転入してきているご家庭はこの実態を知っているのだろうか。流山中学校に行く限り自分を殺し、授業時間を削って、環境に疑問を抱かないようにしてしか生きられないということを分かっているだろうか。自分の子供が、この環境の中で積極的集団問題なく従うグループに入るか、それともそこから外れていくのか、そもそもそういう枠組みの中で生きることになるということを知っているのだろうか。たしかに、カースト上位に入れたら本当に楽しい学校生活になると思うが(カルト的なノリなので熱狂しないわけがない)、カースト最下位は本当に辛い。それを避けたいなら私立に行くか不登校になるしか選択肢がない。不登校クラスに何人もいたし身近な選択肢だった。

このブログで伝えたかったのは、流山最近転入したご家庭と転入を考えているファミリー層に対して、かすかに噂になっている流山市管理教育体質というのは現実実践されているもので、1980年絶頂から形を変え、暴力性を抑えながらも管理の強度を失なっていないということだ。今は過剰な生徒数増加で学校自体疲弊しているので、元の管理教育と混ぜ合わさってもっとひどいことになっているかもしれない。もしくは、管理教育が緩まっているのか、それならいいと思うが、分からない。ともかくも少なくとも10年前に流山市管理教育経験した人間として、その問題点を指摘したかったし少しでも多くの人に知ってもらえたらいいなと思う。

私の目から見て、最近流山に来たファミリー層は結構教育熱心ではないかと思う。だから、その期待とは全く異なるタイプ教育基準である流山市公立中学校に、意に沿わず進学してしまうことは悲劇なのではないかと思う。少なくとも私の経験上、流山市中学校学力的な意味での教育に対しては全く熱心じゃないので。勉強熱に燃えてるような子供入学してしまうのは悲劇だと思う、授業がしょっちゅう潰されていくので。

流山市子育て世帯ターゲットにして企業のような方法PRするからと言って、市が子育てに最適なサービス提供しているとは限らない。少なくとも教育という面で流山市根深問題を抱えている。そんな環境子育てしようだなんて狂気の沙汰だと経験者としては常々思っている。

2021-08-31

コンサート熱狂するのとか意味不

コンサートとかで熱狂する感覚がわからない。体育祭運動会で熱くなるのに似ているんだろうか。団体競技合唱での一体感とかが好きな人はそういうのが好きなんだろうか。

それら全てが謎感覚。皆繋がれば繋がるほど、疎外感が強まる。飲み会もそうかも。

2021-08-24

anond:20210824113551

うん。

というか、月末にうちの高校生旅行に行かせようと思ってる。

手を尽くしたおかげでワクチンも2回打てて二週間たった。同じくワクチン二回済みの友人と二泊で京都に遊びに行かせる予定。学校海外研修修学旅行体育祭文化祭も全部つぶれたんだし、これぐらいはないとやってられないでしょ、彼らも。

人も少ないようなので楽しんでらっしゃい。

2021-07-30

anond:20210730154525

morishioo 自分生活大事だよね~

tasknow アスリートである事は自身主体的選択だし、平社員とはかけ離れた影響力と他者リソースの上に成立してる事実を、この状況下でどう考えるのか問われてるんよ。混乱と不平等についてアスリートから無視できるの?

bodibod なんでアスリート五輪"開催"の当事者扱いになってるんだよアホか。中高の体育祭じゃねえんだぞ。ほんと頭悪いな

Nishijima 五輪批判者に理解を示しつつ、開催そのものに疑問を呈さない。何も変えることができないと言い辞退の圧力を躱し、最後にそれを全選手適用する。勇気希望を届けたいというクソ標語を使わない。巧妙な文章だね。

junk6 人の命を軽く見過ぎでは?

lli 一連のツイートが終わる前にメディア記事が出てるのはなんで?デイリースポーツなど早いところは9時10分にアップされてるよ。誰の仕込みかな?

2021-07-24

開会式ゲームミュージックが使われた感想

学生時代放送部にいて校内放送体育祭ゲームミュージックを流そうと企んだ身としては「国際舞台でやりやがった!」と喜び半面、「何で学校で流させてくれなかったんだろうな」という当時の日陰者意識が再燃しそうにもなった。

どちらかというと後者の方が強いのだが、この流れでゲームミュージックが見直されてゲームサントラの入手性が改善されたら嬉しいなと期待している。

なお、開会式は見ていない。ゲームミュージックが使われたことはネットで知った。

ゲームミュージックから話が飛ぶけど、もし開会式が会場内にいる選手大会関係者の全員でハレ晴レユカイを踊るって内容だったら、俺は開会式を見なかったことを一生後悔していたかもしれない。

2021-07-21

人間関係の難しさを思い知った話

高校の頃、クラスいじめられてるってわけじゃないがかなり浮いてる奴がいた。そいつLINEアイコンは明らかに最中の様子だとわかる美少女の顔のイラストで、ちょっと不潔で、周りに本人がいる状態でも平然と悪口を言う奴だった、とここまで書けば避けられていた理由がわかると思う。

でも自分は嫌いじゃなかった。むしろ好きだった。そいつ映画の話をするのはめちゃくちゃ楽しかたからだ。自分の知らない面白い映画を山ほど知っていて、感想批評も交えながら楽しく聞いてくれた。休日に何度か一緒に観に行ったこともあった。一緒にいて前述のような嫌な点を感じることも少なくなかったが、話すうちに彼が周囲を忌み嫌う原因もわかった。「彼は周囲が自分を嫌い避けるような態度を取るから自分も相応の態度を取っていて、あちらが改善するまで改めるつもりはない」とのことだった。正直鶏と卵だしどっちが先かなんてわかんねえなとは思ったが、そいつ自分アドバイスなら聞いてくれた。ちゃんとある程度は崩さずに制服着たほうがいい、とか貧乏ゆすりはやめたほうがいい、とか。事実多少は彼の態度は改善されていたんじゃないだろうか。

から自分そいつを変えられると思っていた。思い上がりだし傲慢だった。結論から言うと先に自分限界が来た。何せクラスで彼と話せるのが自分しかいないので、体育祭文化祭修学旅行etcクラスで行う集団行事グループ分けでは自分が彼とクラスの面々との間を往復し双方を宥め上手く取り持つことになった。高校三年間ずっと同じクラスだったが、案外このために操作されていたのかもしれない。でもいくら取り持っても彼は「自分の影響で揉めて困っているクラスメイトがいい気味だ」「(受け入れた班のメンバー名前)は偽善者だ」などと大声で叫ぶ。注意すると「でもあいつらの態度だって〜」。結局は行事中も自分そいつの側にいてずっと上手く繋げ続けるしかない。

初めのうちはこれが嫌じゃなかった。だってそいつと話すのは好きだったし、性格で好きなところも少なくなかったから。困ったやつだなくらいにしか思ってなかった。ある日突然、高三の修学旅行かなんだかで、急にこの取り持ち作業が嫌で嫌で仕方なくなった。原因はわからない。何か決定的な軋轢があったわけでもない。ただどちらも宥めるのがキツくて辛くて無理になった。こうなると何故か彼の嫌なところばかり目につくようになって、映画の話をするのもしんどくなってしまった。これ以上そいつを嫌いになりたくなくて、直接伝えた。あいつらとお前を上手く繋げるのはもう自分には限界で、そもそもあいつらを変えるにはまずお前が変わらないとどうにもならん、みたいな話をしたと思う。そこからは彼がキレて、自分ヒートアップして仲違いして終わった。なかなかに酷いことを言われたし、自分も同じくらいのことを感情に任せて言った。それ以降連絡は取っていない。


この出来事がずっと自分の中で蟠っていて高校時代の長い記憶だったんだが、高校時代の友人に先日「あいつのことあのとき見捨てて正解だったと思うよ、お前も大変だったと思うし同情するよ、本当に縁切れてよかった」みたいなことを言われて「見捨てた」って言葉がずっとぐるぐる回っている。事実見捨てたのと代わりないことをしたし、自分が最低だってことはわかってたつもりなんだけど、でも自分別に彼とはただ友人だっただけでそこまでの面倒を見る義務があったのか?それが辛くなって辞めたら裏切りになるのか?とずっと考えている。あのとき自分最後まで我慢できてたら、今でも映画の話ができてたのかもと思うと後悔する気持ちがあるし、今でもずっと彼のサポートをし続けていたかもしれないと思うとはっきり嫌だと思う自分もいる。結局どうしたかったのかは今でもわかんなくて、なんとなくたまに思い出して辛くなるのがずっと嫌だ。いっそ忘れたい。

2021-07-14

チェコ民族意識社会主義ブルマー

序文

あれだけブルマーについて調べたのだから、しばらくはブルマーに対する知的関心も収まるだろう。そう思ってはいものの、何となくツイッターブルマー検索したときに、ヨーロッパ女の子ブルマー姿を目撃し、疑問が再発した(画像はこちらフェチの人のアカウントにつき注意)。結局、東欧ブルマーの普及っていつからだったんだ?

以前の調査でも、チェコポーランドにもブルマー存在していることまでは調べたが、言語の壁もあり画像検索にとどまっていた。ならば、まとまった時間が取れたことだし、しっかり調べてみるべきではないだろうか。元々チェコ文化には文学音楽を通してなじみがあることだし。ドヴォルザークいいよね。

調査方法

チェコ体操着事情

社会主義政権下では、制服を着て体育の授業に出るのが義務であった。

体操服としての制服は、第一共和国時代(1918-1938)にはすでに一部の学校やソコル(後述)で必要とされていたが、社会主義時代になって初めて一斉に普及し、広く統一されたものとなった。

男子は白いタンクトップに赤い短パン女子は短い袖に青いスエットパンツだった。この強制され対象階級のない社会主義未来象徴だった。これは1965年チェコの3回目のSpartakiada(東側体育祭、後述)のためにデザインされ、70年代から80年代にかけてが最盛期であった。1985年のSpartakiadaではチェコ国旗三色再現するため、赤いブルマも導入されたようだ(ここは誤訳かもしれない)。

女子の短パンはお尻の周りゴワゴワとまとわりつき、ウエストは高く、太ももにはゴムが入っていた。ブルマーによく似ているが、体育の授業のたびに太ももに跡がつくくらいきつかったという。

ちなみに、この時代運動靴は後に普段使われたり、バレーダンサーがはくようになったりしたそうだ。のちに、ポーランドなどに輸出もされたらしい。

Jednotný cvičební úbor: noční můra děvčat za socialismu - ExtraStory

https://www.abczech.cz/Jednotny-cvicebni-ubor-P7035300.html

ソコル

プラハで創設された民族的体育運動協会。現チェコ国民性形成重要役割を果たしたと言われる。元々はハプスブルク家から独立を目指す意図を持っていた。

ソコル設立の動きは他のスラヴ系民族にも波及し、1908年スラヴ・ソコル連盟設立された。チェコ以外にもスラヴ諸国連盟が加入し、1912年にはプラハで全スラヴ・ソコル祭典が開催される。1926年には180,000の観客を収容可能マスゲームの上演のためのGreat Strahov Stadiumが完成。

大戦間にソコルはより発展するが、ソビエト連邦では活動禁止された。ナチス下では解散させられるが、戦後協会は再建される。しかし、共産党政権下では東欧諸国のソコルは事実上活動禁止され、協会国外活動継続した。1948年プラハで開催されたソコル祭典の集団演技には98,000人の学童と273,000の会員が参加し、2週間にわたって行われた大会の中で共産主義政権への反発が露にされた。

チェコスロバキアではソコルの活動が停止した後、社会主義的な演出を施した「Spartakiada」というマスゲームを中心とした体育大会1955年から5年ごとに行われるようになった(後述)。

なお、もともとは同じユニフォームの着用、マスゲームの参加は過去には民族主義による開放感をもたらしていたが、関心が多様化した社会ではそれらの行為は拘束として受け止められているそうである。現に、上から国民教育しようとしたこ運動はあまり成果が出ず、徐々に管理主義的になっていったという。民族自由を求める戦いも、完全にクリーンというわけでもないらしい。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BD%E3%82%B3%E3%83%AB_(%E9%81%8B%E5%8B%95%E5%8D%94%E4%BC%9A)

Spartakiadaとは

ソビエト連邦スポンサーになったスポーツ大会であるソビエト連邦はもともとオリンピックに対抗し、これを補完しようとしていた。国際Spartakiadaは1928年から1937年に5度開催されたが、のちにこれは東側ブロックの国ごとのイベントになった。名前スパルタクスから来ており、プロレタリア国際主義象徴する。貴族的・資本主義的な(古代オリンピックとの対比になっている。

その後、チェコでは大規模場マスゲームを指す言葉にも転用された。これは先述のGreat Strahov Stadiumで5年に一度開かれた。規模は非常に大きく、1960年は75万人が国中から参加し、200万人がイベントを目にしている。

1955年から5年ごとに開かれたが、1970年プラハの春で中止、1990年ビロード革命で中断され、小規模な形で再開した。

1994年以降ソコル祭典は6年ごとに開かれているが、祭典のマスゲームパレードに参加する会員の多くは過去のソコルに馴染みが深い高齢者で占められているらしい。

Spartakiad - Wikipedia

https://en.wikipedia.org/wiki/Spartakiad_(Czechoslovakia):title]

結論

今後の研究


今後も調査継続したい。

2021-07-13

著作権絡みの尊法意識男性より女性のほうが低いと思う

なんというか、

男性:少ない人数で大規模

女性:多い人数で小規模

といった感じかな?

 

公式の絵を使って無断でグッズ化してフリマアプリで売りさばいたり

ジャニーズアイドルが出演したテレビ番組を録画してTwitterで堂々とシェアしたり

VTuber期間限定ボイスをフリマアプリ転売したり

トレーディング缶バッジを売ってる店の前に並んで露店で売ったり(いわゆる野生のアニメイト

公式の絵をトレスした同人誌を数々の誹謗中傷にもめげず頒布したり

上記は全部女性が行ったやべー行為からね。ぶっちゃけもっとあった気がしたけど思い出せない。

最近フリマアプリで謎にディズニーとか呪術廻戦などの人気のアニメ作品のグッズとかを作ってる例が多い。悪いと思ってやってるのかは知らない。

 

男性が高いかと言われるとそんなことはなく、

もっぱら金儲けのためにグッズを大量に作ってAmazonで売ったり、

承認欲求のために違法アニメアップロードサイトアニメを上げたりする。

 

二次創作などは除くと、こんな感じだと思う。

女性向けジャンル作品だと顕著で、石を投げたら誰かは侵害してるくらいTwitterやインスタ、フリマアプリでよく見かけるので

何も考えてないのかそこまで頭回らないのかはわからないけどあんまり守る気とかないよね。なんでなんだろう。

 

追記

高校とかの体育祭クラスTシャツとか作ったりすることあったと思うけど、

デザイン女子が主導してそれこそディズニーとかそういうモチーフを使ったTシャツ作ってるとこがそこそこあった気がする。

なんでそうなっちゃうんやろなぁ

2021-07-10

夏合宿なくなった

なんなら去年の修学旅行も無くなってるし文化祭体育祭調理実習も無くなってる この気持ち言葉では言い表せない感じ

2021-07-08

オリンピック中止になってくれよ

二度とやるなマジで

うちの子供は修学旅行最後体育祭文化祭も無くなったし、オープンキャンパスもろくに行けなくて大学選びも苦労したっつーのに何がオリンピックだよ今すぐやめろ。

子供から経験は奪っといて自分らのやりたいことは状況がどーなってもやるんだな。

たくさんの人から夢や仕事を奪っといて希望を与えるとかちゃんちゃらおかしいだろ。

命を奪うことにもなるかもしれないのになんでそんなこと言えるな。

今すぐやめろよ糞虫が!!!!!!!!!!!

って叫びたい。外じゃあんま口汚くは言えないからここに書く。本当に非常識だと思う。

2021-06-22

幼少期の呪い

小さい頃からずっと運動が苦手であった。

記憶がある限りもっとも古い記憶幼稚園まで遡る。幼稚園から苦手だったので、きっとこれは持って生まれ性質だろう。

バブル経済崩壊するかしないかぐらいの頃に生まれ幼稚園児の頃からヨッシーのクッキー』で製菓業を営み、日々の『おかあさんといっしょ』と『カクレンジャー』を生き甲斐としてきたもの運動が苦手だった幼稚園の頃の自分は、その頃から体操教室やら何やらに通わされていた。

理由としては幼稚園に入って早速いじめに遭って陰キャ+ADHD+オタク君の片鱗を見せていたこともあるが、一番の要因は小学校受験を見据えていたことだ。

小学校受験では学校によっては体操もあるからだろうか、幼稚園の頃からマット運動鉄棒や跳び箱やらをやらされていたし、小学校に上がってからは従来の体操教室に併せ更にスイミングスクール、高学年になれば更にアイスホッケー日曜日になればいつも父親キャッチボールに誘われ、近所の校庭開放されている区立の小学校へしぶしぶついていき、キャッチボールさせられていた。

とにかく、親は、とにかく子供の将来を願い、その家の経済的、立地的な『太さ』を100%活かして子供への投資を惜しまない親だった。

しかしながら、運動が苦手だった自分がそこに通うことでできなかったことができるようになるかというとそう甘くはいかず、マットは前転後転が精一杯、三点倒立だのブリッジだの側転だのは全くできなかった。多分今もできないと思う。走り回ればあらゆるところで頭をぶつけ尻もちをつき、跳び箱はもはや何段飛べたかなんて覚えていないが、とにかくある程度高さが出てくるとジャンプからいっきり頭をぶつけていた覚えしか無い。

まともに運動ができないどころか、口を開けばトンチンカンなことしか喋らず、他の子と違うことをしだしたり、体育館の隅っこに居た蟻を眺めてたり、当時からすでに「悪目立ち」してADHDの片鱗を見せていた。

そういう感じに「恥」となるようなことがあると、別室で見守っていた母親は帰りの車で常に自分を「みっともない」と怒っていたので、とにかくこの体操教室苦痛しかなかった。自分にとっては怒られに行くようなものだった。

ただ、この体操教室で最も苦痛だったことがある。

毎回後半になると、3,4人ぐらいで横並びでスタートし、体育館の中で走ってマットで前転したり側転したりした後に跳び箱を飛んだり、平均台を渡ったりしてゴールを目指す実践パートのようなものがあった。要は競争である

このパート自分は決まって最下位であった。

さて、このパート最下位の子供に対しては皆で応援を行う。

大抵、最下位の子は跳び箱やら平均台やらで詰まっている間に大差をつけられて取り残されているのだが、この時先生が主導して全員で応援する。

「頑張れチャチャチャっ!頑張れチャチャチャっ!頑張れチャチャチャっ!」という掛け声と拍手をするのだ。

これは先生側は全くそのような意図はしていなかっただろうが、自分にとってはこれが本当に苦痛だった。

この応援、常に

「お前は劣っている、劣っているか最下位だ」と言われているように聞こえたのだ。

それ故に、途中で泣き出してそのままリタイアすることもあった。周りは不思議に思っていた。(もちろん、それも悪目立ちして怒られた)

体操教室で毎回、

「お前は劣っている」という呪いをかけられていた自分は、将来あらゆることを諦めるようになった。

幼稚園や後の小学校では「どうせ取れない」とサッカーボールドッジボールを奪いに行く姿勢を一切見せなかったし、クラスから浮きたくないから無理やり参加している感が強かった。(とっくに浮いてたけど)

体操教室に対しても熱心に取り組もうとする姿勢は見えてこなくなり、できない中でも比較的マシだった水泳もそんな感じになた。小学校高学年のときにやってたアイスホッケー最初こそ好奇心真剣にやっていたが、練習試合になると「どうせパックの奪い合いにに勝てない」と考え、試合放棄してゴール裏で氷を引っ掻いて雪集めに興じるようになった。

当然、莫大な投資をしてきた親からしてみれば激怒し、失望するのは当然で、あらゆる習い事は終了し、中学受験を見据えたサピックスのみになった。

サピックスでは毎回算数の授業の頭で10分間のテストをするが、全く無気力白紙で提出、常に0点だった。

両親はそういった無気力さに対して親としての無力さを大いに嘆きながら、いつからか「みっともない」は「お金をドブに捨てた」という言葉に変わっていった。

そういうわけで、幼稚園で常にかけっこすれば最下位体操教室でも最下位、小中高で運動会やら体育祭やらで短距離走を走っても最下位マラソンで流石に最下位はなかったが後ろから数えて何番目だった自分は、常にその後も「最下位」という劣等感がついてまわってしまい、競争に参加することができなくなってしまった。

自分トップにはなれない、真ん中にもなれない。最下位であることを常に運命づけられている」と潜在的意識に刷り込まれしまった自分は、幼少期から今に至るまであらゆることを途中で投げ出すようになってしまった。大学は「卒業しないと死ぬ」と危機感を持っていたので、大学を出るだけはできたが。

同時に、莫大な投資をしてきた結果今の自分が出来上がってしまたことに対して、毎日のように両親に対して申し訳無さを感じる。若干リソースのかけかたを間違えていたんじゃないだろうかと思ってはいるし、自分幼稚園児や小学生だったら「親が悪い」と言えばなんとかなるが、流石に30近い今になって親のせいにするのはあまりに情けなさすぎる。

この間、あるネット対戦eスポーツ系の対戦ゲームを買った。

eスポーツ、楽しそうじゃん。そう思って気軽に買って始めてみたものの、当然不慣れ故にネット対戦最下位

いくらやっても最下位。前方と比べてダブルスコア最下位

徐々に、幼少期の記憶が掘り起こされてきて、ゲーム苦痛になってきてしまった。

そうだった、自分は人と争って勝てたことがないから、人と争うゲームが本当に苦痛だったんだった。

FPSでもレースゲームでも、自分最下位で大幅に負けていると、脳内で「頑張れチャチャチャっ!頑張れチャチャチャっ!」がフラッシュバックし、それに「お前は劣っている」と同時通訳されて耳に入ってくる。

ああ、そうか。勝つための努力必要だし、必ずしもそれでも勝てないのはわかっている、だがその勝つための努力自分経験則時間をかける効果が見込めないので、勝つための努力をする気が起きないんだった。

大した努力をせずに勝てる最弱設定のCPUこちらのルール一方的ボコボコにすることでしか楽しめないんだった。

そう考えながら、幼稚園児の頃の記憶を思い返しながら、自分今日試合を初っ端でリタイアした。

オンリーワンではなくナンバーワンになりたい。二番手や隙間産業ではなく、競り勝って一番になりたい。

何かの分野でナンバーワンになることはできるんだろうか。

きっといつまでも最下位なんだろう。

実際は最下位ではないことは多いが、それより何かで一番を取りたい。ゲームでも、仕事でも、なんでもいい。でもその努力苦痛だ。もう頑張れない。

幼少期の期待とその投資効率の悪さに今も苦しめられている。どうすりゃいいんだろうか。

2021-06-18

anond:20210618144310

体育祭変態カメラマン侵入していて

気付かないうちに自分股間ズーム写真撮影されておりネットデータを売られたりしてたら

全ての男性不快感を覚えるのでは

2021-05-21

anond:20210521094922

5点10点減点するかどうか、体育祭総合得点が600点にも満たないという中16450点は天を穿いてるだろ

2021-05-20

恩師の下着感謝

中学時代下着校則違反を数えて、体育祭得点から減点するという「伝統」があった。

当時は管理教育の全盛期。

下着だけでも色・形状などが細かく校則指定されていた。

悪質なのは、それを生徒同士で監視するシステムになっていたこと。

違反者は教師にチクられ、その分がのちに体育祭の持ち点から減点されるという決まりなのだ

赤組白組それぞれの減点数は日々校内で告知され、連帯責任を煽る構造ができあがっていた。

もちろん、これに反抗する生徒は多かった。

二年生のあるとき体育祭の出し物を決める学級会のなかで、この制度おかしいという話になったことがある。

「生徒だけ監視されるなんて、不公平です!」

立ち上がって先生に抗議したのは、ボス格の女子だった。

やがて「そうだ、そうだ」という声が教室のあちこちから起こる。

私たち担任はといえば、まだ若い女教師だった。

いま思えば、先生自身もこの制度おかしいと思っていたのだろう。

しかし、新人立場ゆえ学校方針に逆らうことはできなかったのだ。

すこし黙って考えたあと、彼女は落ち着いた声でこう言った。

「それでは、私の下着監視していいですよ」

この一言から先生相互監視対象に加わることになった。

問題はここからである

先生下着は、校則という狭い檻を軽々と飛びこえていった。

端的にいって、先生毎日のようにエッチ下着を履いていたのである

赤、ピンク、紫、Tバック、紐パンハイレグなど、色とりどりの大胆な校則違反によって、いままでにない大規模な減点が生み出されていった。

そして私たち生徒は、その集計に追われる日々を送ることとなった。

集計にあたっては、色や形状など要素ごとに配点が決められていたので、その日の下着をよくよく調べる必要がある。

生徒手帳を片手に、校則下着を照らし合わせていく。

たとえばレース場合は1ひだ5点の設定なのだが、先生前後に幾重にもレースの連なったピンクパンツを履いているときもあって、それを数えなければならない。

このときは最終的に84ひだで420点に決まるかと思ったのだが、その後ピンク色は減点2倍だというルール存在が判明し、結局840点という結論になった。

こうして、体育祭を迎えるころには、16450点という天文学的な減点が積み上がっていた。

さて、ここで問題になるのが、私たち先生赤組白組のどちらに属すかという問題である

この中学では、体育祭の当日まで、先生たちの赤・白は決まらないことになっていた。

事前練習中の不公平感をなくすためか、最終種目である教員リレー」のときにはじめて、赤・白がクジ引きで決定されるのである

16450点の減点は、赤組白組どちらのものとなるのか。

体育祭勝敗先生次第といっても過言ではない。

そうして迎えた10月体育祭当日である

両チームともに熱戦を繰り広げ、お互い一歩も譲らない戦いとなった。

教員リレー」の時点で、赤542点に対して白551点と、白組が優勢。

私は赤組である

この種目ですべてが決まるのだという緊張感があった。

先生はどちらのチームなのか。

入場ゲートに全校生徒の視線が集まる。

長い髪を後ろで縛り、ジャージを着てすらりと立つ先生

かぶっている帽子の色は……赤だ!

そうだ。

先生下着で一番多いのも、この鮮やかな赤色だった。

きっと、いまジャージの下に履いている下着も赤なのだろう。

先生赤組なのも必然というわけだ。

これで赤組の負けは決まってしまった。

それでも私たちは、落胆などしなかった。

先生、がんばれ!!」

声援がどこからともなく起こり、増えていった。

それはやがて大きな波となり、校庭を包み込んでいく。

私たちと一緒に下着監視しあった先生

そうして積み上げられた16450点の減点。

こうやって先生私たちに教えてくれようとしたのは、この校則不条理ではなかっただろうか。

先生リレーで勝ってもらいたい。

そうして、赤組不条理な敗北へと導いてほしい。

私たちの心は、このとき一つになっていた。

歓声の渦に包まれながら、先生は猛スピードで左コーナーを走る。

まさに瞬足だ。

……こうして赤組は「教員リレー」に勝利し、10点を獲得した。

先生の減点を加え、赤組マイナス15898点、白組551点。

赤組の敗北である

しかし、不思議と負けた感じはしなかったことを、いまでも覚えている。

それから数十年、私もいまでは大人になり、日々エッチ下着を履くようになった。

でも、あの日先生を見ていた私は、そのことを決して恥ずかしがったりしない。

いまも減点1273点の下着はいて、この文章を書いている。

2021-05-17

anond:20210517150648

体育でダンスの授業は受けたし体育祭では毎年ダンスを踊っていたが、人のダンスを見ても上手い下手は分からないぞ。

その判断経験があるかどうかじゃない気がする。

2021-05-16

anond:20210516065603

アスリート関係者はずっと背負っていけばいい。」そう思う。

子供は、2年もまともに部活ができない状態体育祭は今年も中止。

未来アスリートが、スポーツを楽しめないのに、なぜ大人が優先されるのか?

でも、このままでは五輪は中止じゃないかな。

今週の新規感染者は、1500人になる日があるかと。

そうなると来週は、3500人になる日も。

焦って、リモートワークを呼びかけるも、6月の1週目の新規感染者は2000人弱を推移。

そんな感染者の高い状況を続けると、病床使用率も高止まり

医療が逼迫している状況下では、ワクチン接種もなかなか進まない。

7月の頭からは、都議会選だ。

公明党は国政より都議会大事母体東京都から法人格許可を得ているから。

都議会では、与党で居続けなくてはならない。

五輪コロナも、母体婦人部の声次第だ。

anond:20210516122138

選手だけ検査でも入院でも露骨特権階級扱い

差別独裁差別を強化するオリンピック金正日記念体育祭一般国民の声に負けて中止なったほうがいい

2021-05-11

運動音痴のクソインキャだったか体育祭とか雨で中止!と毎回願ってたな

運動好きなやつの言動もイチイチうざかった

今もずっと中止を願ってる

中止になったらざまーの意味を込めて身バレ祭りやってやんよ(笑)

2021-04-10

お前の見る目が無いんだよ、と、言えたら

最近ね、やっと自分に一番似合う髪型出会ったんです。それがハンサムショート。横から見たときに目元が隠れて、それが大人っぽくて素敵なヘアスタイルショートでありつつ女っぽさも残っていて、人生で一番似合っていると思うし、周囲からも好評で、鏡を見るたびに「素敵だなあ」と思ってる。

それがね、きょう客に、「でか。髪も短いし男と間違われるだろ」って言われて、バキバキと音を立てて崩れていきました。

身長が169cmあります。周囲には167って嘘ついてるけど、本当はあと1cmで170cmに到達してしまうくらいの背です。子供の頃から背の順じゃ一番最後で、今の今まで高身長であったことで何一つ良い思い出が無いから、正直コンプレックス

たとえば小中学生の頃、女の子のほうが男の子より多い学年だったから、背の順であぶれた私は体育祭フォークダンスとか男の子ポジション女の子相手をしてきました。男子女子練習する場所が違ったから、私だけぽつん男の子の中に入れられて練習して、ダンスをすれば「女の子だ!安心する〜」って相手の子に言われて、その度に地味に傷ついて。男女を意識しだすくらいの年齢でコレするの、だいぶキツいんですよ。「私だってそっちに行きたいのに!」ってずっと思ってました。それからずっとずっと、コンプレックス。毎年こんなのが夏にあったから、運動会体育祭も大嫌いでした。

そんな身長を持っている私、小さいころから髪型はほぼショートかボブ。ただでさえ背が高いのに、髪なんて伸ばしたら、もっと面積が増える(※追記1)じゃないですか。怖いんです、圧を感じられるのが。「高い」を「でかい」に変えられると、もう心臓潰れそうになるんです。ほんとに。

で、身長があってショートヘアってなると、ちょっと男性っぽくなっちゃうんです、どうしても。女らしさとか男らしさとかがボーダレスになってきたこ時代でも、「高身長ショートヘア」より「低身長、ロングヘア」のほうがちょっと女性らしさを感じちゃったりするでしょ。それでよりによって私がひとえだから、くりくりおめめの可愛い女の子から程遠いのね。泣けるでしょ。

過去に外見で「男の子かと思った」って言われてメンタルボコボコにされた経験があるので、少しでも女性らしくと思って頑張ってきました。整体に行って女性らしいラインキープしたり、カジュアルになりすぎない服装を心がけたり、眠たい朝でもまつげはばっちり伸ばしたり、乱暴言葉はなるべく言わないようにしたり。ぱっと見たときに「あ、ショートヘアの女性だな」って思ってもらえるように。

そんな中で出会ったのがハンサムショート。女らしさのあるショート。もうね、運命出会い。ショートヘアが得意な美容師さんに切ってもらって、「めっちゃ似合うじゃん!顔見えないようにブログ載せていい!?」なんて言われて、毎日鏡を見てウキウキして、楽しくて、自分を少し好きになれたのね。

さっきまでね。

やっと持て始めた外見に対する自信を見ず知らずの出会ったばかりの赤の他人破壊されて、たまらんよ。本当に。

初対面の人間に対していきなり上から下までじっくり見たあとに外見についての評価を下してきて、その後にセクハラまがいのことまで言われて、その客が終わった人間性を持っていることはわかってるんだけど、でも本当にショック。"可愛い"と無縁の外見だからこそ、そう思ってもらえるようにって頑張ってるのに、男性に「男と間違われるだろ」なんて言われて、傷つかないわけがないのね。「素敵な大人女性に近づけたかも」なんて思ってたのに、男って。「でか」なんて言われて、コンプレックス刺激されて、「結局身長なんだ」「何をしても私はちっさくて可愛い女の子になんかなれやしないんだ」「ハンサムショートだって結局意味ないんだ」って、もう、この文章打ってて涙出てきた。でもやっぱり私は今のハンサムショートが大好きだし、ロングヘアにはしたくないし、はあ、もう、どうしたらいいの。

追記1】

いきなりコメント来て驚いた。拙い文章でほんとすみません仕事接客業です。

ロングヘアだと面積が増えるっていうのは、もつ意味わからん表現でした。長方形が2つあったとして、一部でも欠けてたほうが小さく見えるでしょ。それを言ってます表現が乏しくてすみません意味わからんかったらそのまま飛ばしてもらっていいです。すまんな。

2021-04-04

運動音痴の不遇、全員リレーかい悪魔行事

増田学生運動音痴だ。50mは9秒後半、遠投?は10m。

この前成績表が帰ってきて概ね良好ではあったのだが、テスト4回中3回俺が勝っていたにも関わらず友人に評定平均で負けた。発言もするし提出物も完璧。ではなぜ?そう!体育の存在である

しかもこれは推薦とかいうクソ制度にも使うらしく、体育みたいなゴミ教科の評定もそれに含まれるらしい。一般受験確定である

それでいて来年体育祭(笑)で全員リレーが決まった。誰が提案して誰が得するんだ。そもそもこんな時にアホみたいに体育祭なんてするな。もう本当に嫌だ。

個人競技ならまだいいんだ。嗚咽しながら1500走っても、泣きながら泳いだりするのならまだいい。なぜ連帯責任を生ませる?明らかに俺みたいなカスいじめる原因になるだろう??

努力しろ!みたいに言われることも多いが、している。していてこれなのだ。手を抜いてなどいない。筋トレしたり、いい歳こいて(ガキだが)走る練習もしてる。一向に何も変わらないけどな。

俺よりなんもしてないのに俺よりできてるやつ沢山いるだろ。泣けてくる。

またいつものように「増田のせいで負けた」とか「死ね!」とか言われないといけないんだ。

休んだこともあるけど結局白い目で見られることに変わりないし。

どこにも打ち明けられないからここに書く。辛い。

2021-03-22

お手本を見せられて、はい、今やった通りにやってください

ってヤツにクソ弱い

 

 

実習、実験、体育の授業がトラウマ

体育祭ダンスとか最悪

吹奏楽部とかやらなきゃよかった、マーチングでみんなと動きを全然合わせられなかった

接客系のバイトマジでダメだった

なんでできないの?みんなはできているよ?君全然ダメじゃんという目線言葉が辛かった

未だにフラッシュバックする、割と氏にたい

要するに鈍臭い不器用人間それでもその場をやり過ごしたり、何度も教えてもらったり、何回か練習したり周囲からフォローを受けたりしてなんとか生きてきた

 

 

今はIT企業に勤めている

ここでは、すぐに再現ってことは求めらないし、ちょっと調べますねと逃げることが割とできるし、PCインターネットは私の不器用さをある程度カバーしてくれる

でもアナログ作業があってそれは苦手

帳票を打ち出したり、カットしたり、圧着する色んな機械操作があるが、教えてもらってもなかなかすぐ覚えられない

からやっぱりちょっと辛い、教えてくれる先輩がまだ優しいけど、それもいつまで続くか分からないのも怖い

 

 

相当自分は鈍臭い人間だと自覚している

もうしゃーないと諦めている部分もある

でも何かトレーニングをすれば、ある程度カバーできるんじゃないかという思いもある

 

 

何をすればいいんだろうな?

ダンスのお手本見せられて、あれが再現できんとなると記憶力とかがたりんのか

くるっと回られると、「あれ今あの人どっち回ったっけ?」となるんだよなあ

それとも空間把握能力が低いんやろうか

2021-03-20

絆の軽さ

ふと中学の時のことを思い出したので書く。

学校行事のたびに、「クラスメートの全員分の下の名前ひらがなで書くのが好きな女子」っていなかっただろうか。

体育祭の時の黒板とか、学級旗とか、遠足のしおりとか、寄せ書きとか。

スペースのあるところをみんなのファーストネームで埋め尽くす系女子

ウチらのクラスは仲がよくて、気軽に下の名前で呼び合えるようなアットホームクラスなんだよね~っていう「絆」の表明だと思う。

自分が中二の時のクラスに、それが好きな女子がいた。(Aちゃんとする)

Aちゃんは、クラスの中心的な存在で、行事が好きで、「クラスみんなで取り組も~っ」ていう感じの陽キャ女子

宿泊行事のしおりの表紙の作成を任されたときにも、Aちゃんはいものようにクラスメートの下の名前で空白を埋めていた。

でも、Aちゃんはそのときやらかししまった。クラスの中の目立たない系の女子名前を一人書き忘れてしまったのだ。

そのことが発覚したとき、Aちゃん自分ミスにすごくショックを受けていた。泣きながら何回もその子に謝っていた。

書き忘れられたほうの女子は、Aちゃんがあまりにも泣きじゃくるので、逆にAちゃんのことを心配して慰めていた。

の子クラスの中で、嫌われたり、いじめられていたというわけではない。

Aちゃんと仲が悪くて、意図的ハブられたというわけではもちろんない。Aちゃんに悪意なんて本当になかった。

Aちゃん行事に向けてみんなの一体感を強めようと努力していたけど、

その「みんな」の一員として、その子名前を思い出すことができなかった。

Aちゃんが大好きな「クラスのみんな」のなかに、その子の占める場所がなかっただけだ。

この騒動が起きた時に、自分がある種の爽快感を感じたことを思い出した。

クラスみんな仲良し!」なんてないことを、自分のほうから証明してくれた、

目立たない女子存在なんて一人ひとり覚えていない、ということを何の悪意もなく証明してくれた、みたいな。

2021-03-19

2021年カレンダー妄想してみる

クラスのマドンナである海の日ちゃん

ある日隣のクラスイケメン山の日くんが転校してきた

正反対なのにどこか似たものを感じる二人は

喧嘩しながらもいつしかお互いを意識するようになっていた

そして今年、海の日ちゃん山の日くんは

体育祭実行委員として同じグループに入ることに

しかしそこには別のクラススポーツの日くんもいて

急に二人の間に割って入り、海の日ちゃんベタベタするようになった

国民からも二人が隣にいるのっていいじゃん!って冷やかされている

山の日くんはそれを極めて近く、しかし限りなく遠いところから見ることしかできない…


っていう設定はどうでしょう

よろしくお願いしま

2021-03-06

聖火ランナー取りやめた後の五輪イベント参加

あい体育祭準備中全然手伝わなかったくせに本番当日は来るんだな…

2021-03-03

anond:20210303133407

体育祭で全員参加のクラス対抗大縄跳びってのがあったんだけど

跳んでる最中クラス一の巨乳の子のブラホックが壊れてしまったみたいで

両手で胸を抑えて真っ赤になりながらも必死に跳び続ける姿に興奮したよ

今となってはよい思い出だわ…

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