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はてなキーワード: 体育祭とは

2020-09-02

人生

まれた時から4歳までは自分世界一可愛いと思ってた。

5歳から幼稚園に入った時もう格差はあった気がする。あの子可愛いからの子と仲良くしたいとか、名札につけてるシール可愛いとか、、それでも自分可愛いだって疑わなかった。

小学校はいから嫌いになったかからない。2年か3年の席替えの日、隣の男の子が泣き出した。私が隣なのが嫌だったらしい。この日から私はお呼びではないんだな、、と感じはじめた。6年の時は好きな男の子を見てたら、こっちみんな気持ち悪いって言われたなー でも、小学校もそこまでブスではないでしょ、くらいだった気が

中学は暗黒。初っ端からカッコつけて一人で本読んでたせいで孤立。ブスで小太りで目つきが悪いため嫌われる。私がペアになったり、話しかけようとすると避ける。バレーの授業で運悪く陽キャ軍団に入ってしまい、私の守ってるとこばっかり狙われ(当然取れない)負け続けさらに嫌われる。陰キャ友達にも私服馬鹿にされる。その他もろもろ

定期テストでいい結果を取り続け、勉強できると勘違いする。高校受験は失敗する。

高校

陽キャになりたすぎてイキッて奇跡的に上手く擬態するが、本性が次第にばれ半分不登校になる。体育祭文化祭サボる陽キャグループには入れたが、男の話ばっかでつまんなくてサボる陽キャ、男好きすぎでは??

大学は当然行ってない。短大名前書けば入れる。

中学同級生にばったり会い、私が中堅大学にははいったと思っていたらしく、引きつった笑みを返された。

陽キャはいいよね。人のこと虐げても虐げても、自分はうまくいくもん。何してもいいんだもんね。いじめてても上手くいくんだよ。でも虐められてきた人は歪むよ。もうまっすぐに歩けない。残りの人生楽しめねえよ。なんなの?なんで当然私達が強いって確信してんの?なんで私は当然弱いの?ずっと怯えながら生きていかなきゃだめなの?もう嫌だ。陽キャ死ねよ。しね。

ここまで読んでくれた人、ありがとう。早く死にたいですね。でも怖くて死なないですね。お互い一刻も早く死ねることを祈りましょう。アディオス

2020-08-10

リアルクソデカ感情の話

人に興味ないよねとよく言われることが多かった。確かに人の名前は覚えられないし、学生の頃話題になりがちな誰と誰が付き合っているだとか全くわからなかったし興味もわかなかった。

あるときふと気づく。確かに私は人のことをあまり覚えられない。でも大切にする人は大切にしていると最近気付いた。人に興味のない人の言い訳テンプレートのようなものだけど、これが事実ほとんどの人に興味はなく、興味の大きさがクソデカ感情しかない人間だったらしい。

そんな私の3つのリアルクソデカ感情とその相手について話そうと思う。

無意識クソデカ感情

同じクラス不思議女の子がいた。

不思議というか破天荒というか突拍子もない行動をするというか、世間的には問題児しかないような彼女。なにか問題起こしてもまぁ彼女ならしかたないよねという風潮まであった。タバコを吸うとかそういう問題ではなく、体育祭日傘をさしていたり、人間が入れないはずの小さいロッカーから飛び出てきたり、入学式うそう他クラスまで殴り込みにいき、名前なんていうの?って聞いて回るような変人しかも一回みたひとの顔と名前絶対に忘れないという変人オブ変人だった。

そんな変人で、すらりとしていて、いつも飄々としていた彼女が美しいとしいと思ったのだ。恋愛的な意味ではなく、なんといえばいいのかわからないけど、毎日彼女がかわいくて仕方がなく、「おはよう今日かわいいね○○さん」と挨拶のように言っていた。かわいいね、好きだよと毎日言っていた。女の子同士のじゃれあいのような感じではなく、かといって恋愛的に好きなわけでもないのに、私はほぼ真顔で毎日伝えていた。私自身それがクソデカ感情だとよくわかっていなかったかである彼女ほどではないが、彼女に限らず、女の子がかわいくなったら、なにも考えず本心で「かわいくなったね」とか「美人になったね」と真顔で言っていたし、男の子にもまた「なんかかっこよくなったな」ということもあった。そのときは大抵ドン引きされるか「でっしょーーやっぱり私超美人からさーーww」と茶化されることばかりだった。それが当たり前だとは思う。

引かれてもおかしくないような挨拶毎日していたけれど、何故か彼女はいつも普通の顔をして「おはよ」といっていた。

学校卒業して一年後あったときに流石にクソデカ感情抑えようと以前の挨拶をしなかったら、「もう私のこと好きじゃないの?」ときょとんとした顔で聞かれた。流石に沸いた。何故かわからないけど彼女は私のクソデカ感情を、こいつはそういうもんだと思って受け止めてくれていたのだ。ありがたい。

気づいたらクソデカ感情

部活動で私とふたりセットにされる男の子がいた。ふたりとも他の部員より積極的活動していたからか、この学年だとこのふたりだよねといわれるようなセット。

彼は意図も言わず理解できないような無理難題を急に言い出して、私に押し付ける。不思議なことにそのどれもが成功し、私に押し付け無理難題は確実に意味のあるものだった。

最初は彼のことが恋愛的に好きだったのかもしれないけれど気づいたら、恋愛なんてなにもなく、崇拝していた。彼のやることな絶対成功する。彼の思い描いた思想を叶えることが楽しくて楽しくてしかたなかった。相棒のように頼り、頼られることがなにより嬉しかった(振り回されてばかりだったわけではなく、こちからもかなり頼っていた)。部活動死ぬことはないと言えど、不思議なことに彼のためなら死んでいいなと本気で思っていた。

ここにきてやっと、もしかしてちょっといかとしれない?と思うようになったこと、またもともと恋愛的に好きだった疑惑あいまり、クソデカ感情をぶつけるのは流石にアカンなと思うことができたらしい。しかし隠せないのがクソデカ感情というもので、疲れているとき無理難題を言われると、「君のいうことは必ずいい方向に向かうし私は君のためならなんだってやりますよ」とか言ってしまっていた。何度か言ってしまたことがあり、スルーされたり苦い顔をされたした。本当に申し訳なかったと思う。

カンと一発クソデカ感情

遠い昔「クラス部活も一緒なわけでもないし仲良いけど、二番目なんだよなー」とある女の子に言われた。他意はなかったのだろう。放課後とか休み時間によく遊びはするけれど、お互いの家に言ったこともないし、クラス部活も違う。クラス部活も同じ子とより仲良くなるのは当たり前だ。

いや、わかるけどわざわざいうかね?一番になりたいというより、どれだけ仲良くなっても私は二番目という認識が離れなかった。

私は特に怪我をしているわけではないが階段が苦手で降りるのも上るのも無意識なら上れるけれど意識するとよたついてしまう。母親には階段の上から「落ちても助けんからねーw」とよく言われていた。当たり前だ。幼稚園児や小学生ならまだしも高校生相手なら私じゃなくて下敷きになった母が大怪我する可能性がある。人が上からふってきて怪我したくないものリスク避けるのは大事

ある日疲れから死ぬほど段差に弱い日があって、「おまえほんと今日ヤバイよ気を付けるどころの騒ぎじゃない」と周囲に言われていた。そんな日でも階段を使わなければならないときはあるもので、彼女と一緒に下の階へ向かおうとしていた。

「おまえ絶対落ちるなよーww」といいながら彼女は私の前にでた。前と言うことは私の下。

「え、前いくん?落ちたら危ないよ?」

「目の前で落ちたら気分悪いじゃん」

恋におちたようにクソデカ感情爆誕の瞬間である

彼女は当たり前かのごとく少し前にでて後ろを振り返りつつ私をみて「大丈夫かー」と声をかけつつ降りてくれたのだ。もう二番目といわれたのは何年も前だけれど、二番目でも良いか彼女になにかあったら絶対に守ろう。彼女心配してくれたその言葉だけで生きていける気がした。

これ以来彼女階段を上るときも下るときもいつも私の落ちる側にいて声をかけてくれる。その度に彼女になにか嫌なことを言うやつがいたら、胸ぐらつかんで殴りにいこうと決心するのだ。

彼女はおそらくクソデカ感情が苦手なのでなるべく出さないようにしている。やっと自分がクソデカ感情持ちだと気付いたのだ。ただ、やっぱり隠しきれないのがクソデカ感情であり、彼女へのクソデカ感情を出すとガン無視される。ごめん。以前手紙かいたらラブレターになってしまったのは本当にごめん。


以上3つが私のクソデカ感情である

クソデカ感情を向けてしまっている方々には申し訳ない。

かにもあと2,3人ほどクソデカ感情を向けている方もいるが、あまりにも長くなってしまうので割愛する。

クソデカ感情をぶつけられて気持ちのいいものではないと思う。私は嬉しいが、苦手な人だっていっぱいいる。流石に私もあったことのない人にクソデカ感情向けられてぶつけられるのは怖い。クソデカ感情が生まれしまうのはもう仕方がない。なるべく出さず、クソデカ感情が苦手な人に無意識にぶつけないようにしなければならない。相手不快な思いをさせてしまったら駄目だ。

あとクソデカ感情以外の人たちにもっと興味をもつようにしなければならない。興味の触れ幅が0か100しかないのはいろいろと不便。あと大変申し訳ないのが彼氏がいたときですら、クソデカ感情のほうが限界突破してしまっているという状態(今は彼氏いない)。勿論彼氏のことはちゃんと大好きになるし大好きだから付き合った訳なのだけれど、その思いがクソデカ感情に勝てない。相手申し訳ないし、失礼だからちゃんと向き合わなきゃいけない。

私の人生はまだまだ続く。

クソデカ感情によって人を不快にさせないように。拗らせて犯罪を犯さないように。明日我が身だと自覚をもってクソデカ感情との向き合いかたを考えつつ生きていかねばならない。

人達人生も続く。

なにか困ったことがあるかもしれない。私が相談にのってよいと君が思うのならば私がいくらでも話を聞こう。愛する人を見つけるかもしれない。直接教えてくれたとしても風の噂で聞いたとしても私は全力で祝福しよう。直接教えてくれたのならば心からのおめでとうを沢山伝えよう。風の噂で聞いたのなら祝福の意味を込めてひとりぼっちティーパーティをしよう。

愛すべき友人達に幸あらんことを願ってこの文章を終わろう

2020-08-09

押し付けられる人」が羨ましかった。

体育祭リレー選手文化祭ポスター絵、合唱コンクールピアノ……学校には様々な行事があり、その度に「押し付けられる人」が出てくる。

別にやりたくないのに仕事押し付けられて嫌々とやる人もいれば、クラスメイトから期待される事は満更でもなさそうに引き受ける人もいた。

私はとにかく羨ましかった。〇〇さんなら出来るよね、任せても良いかな、頑張ってね、そんな会話に私の名前が挙がることは今までに一度も無く、恐らくこれからも無いであろう。

私は中高一貫校に通っていた。高校生になった時ぐらいだっただろうか、表舞台に出るのはいっつも同じ人だな、と気付いた。私は選ばれない側だということを初めて知った。それは思春期の私にとって、学校行事が急に憂鬱地獄と化すのに十分な理由だった。

嫌々押し付けられた人からすれば、選ばれた側の苦労も知らないくせに羨ましかったとかふざけんな、というような感じだと思う。本当は私だってそっち側の人間になりたかった。期待を背負ってみたかった。やりたくない〜自信ない〜と言いながら満更でもなさそうにしているクラスメイトを見る度に、じゃあ私にやらせてくれよと感じていた。

オチがないな。

押し付けられる人」が羨ましかった。

体育祭リレー選手文化祭ポスター絵、合唱コンクールピアノ……学校には様々な行事があり、その度に「押し付けられる人」が出てくる。

別にやりたくないのに仕事押し付けられて嫌々とやる人もいれば、クラスメイトから期待される事は満更でもなさそうに引き受ける人もいた。

私はとにかく羨ましかった。〇〇さんなら出来るよね、任せても良いかな、頑張ってね、そんな会話に私の名前が挙がることは今までに一度も無く、恐らくこれからも無いであろう。

私は中高一貫校に通っていた。高校生になった時ぐらいだっただろうか、表舞台に出るのはいっつも同じ人だな、と気付いた。私は選ばれない側だということを初めて知った。それは思春期の私にとって、学校行事が急に憂鬱地獄と化すのに十分な理由だった。

嫌々押し付けられた人からすれば、選ばれた側の苦労も知らないくせに羨ましかったとかふざけんな、というような感じだと思う。本当は私だってそっち側の人間になりたかった。期待を背負ってみたかった。やりたくない〜自信ない〜と言いながら満更でもなさそうにしているクラスメイトを見る度に、じゃあ私にやらせてくれよと感じていた。

オチがないな。

2020-08-01

近年のインターネットにおけるマウント文化について

最初に、「陰キャ」という言葉流行った。これは元々若者言葉の一つだったものネットに持ち込まれマウンティングの格好の道具になったとされている。次に流行ったのが「チー牛」だ。これは陰キャの見た目を表すネットスラングだ。ブサイク眼鏡、アデノイドといった個々の属性陽キャでも当てはまる人はいるだろうが、それらの属性が綯い交ぜになって生み出されるあのイラストの垢抜けない雰囲気陰キャしか出せないものだろう。

このようなネット上でオタク馬鹿にされる流れは明らかにここ数年で加速した。一昔前のインターネットなら「俺たち童貞ワロタwwwリア充爆発しろ!」といった傷の舐め合いが主流だったはずだ。それが今では「チー牛陰キャきっしょ!(無意識自分は除外)」のようなマウント合戦シフトした。一体何故か。

元々昔のインターネットで傷の舐め合いが流行ったのは、それだけオタクが傷を負いやすい弱い立場だったからだ。その昔ゼロ年代と呼ばれた時代アニメラノベエロゲといったオタク趣味もとい、それらを好むオタクという種族は今の何倍も世間の風当たりが強かった。その世間の流れに反発するかの如く、2chを始めとした匿名コミュニティが隆盛を極めた。当時から煽り合いはあったが、今ほどの陰湿さはなかったはずだ。少なくとも自分は「回線切って首吊って氏ね」より「電車とか好きそう」とか「vtuber投げ銭してそう」って言われた方が傷つく。まあこれは主観だが、やはり全体的に自虐混じりな煽りが多かったし、煽る場面でも無いのに一人で煽ってマウンティングして悦に浸るような者も少なかった。

しかし、10年代突入し、流れは変わる。スマホSNSの普及によるネット人口の増加、半匿名空間の拡大、深夜アニメを始めとしたオタク文化の浸透。これらによって、「インターネット=オタクオアシス」という構図が崩壊した。この構図はオタク達がインターネットに求めていた「一体感」に直接関わるものだ。この一体感というものは、普通の人なら学生時代体育祭文化祭で味わい、その後の人生の糧にしていくものだ。オタクはそれをインターネットで疑似体験していた。ただ、もうオタクとして振舞っても一体感を得られないか気持ちよくなれない。そこでオタク達が目をつけた手段マウンティングなのだ

こうやって上から目線分析っぽいことするのも一種マウンティングです。やっぱオタクって醜いねカス

2020-07-25

劇場版ヒロアカで切島が悲しかった話

ヒロアカ劇場版第2弾公開当時に書いたものです。

いい映画でした。面白かったしゲストキャラもよかった。全体としては満足です。

でも切島鋭児郎を(そんなつもりはまるでなかったのだが)思ったより愛してしまっていたので言わねばならないことがある。

 

 

***

 

 

まず、爆豪勝己のことは好きです。まあだいたい少年漫画ライバルキャラって人気ですよね。人気投票でもよく1位取るしね。で、人気あるからグッズもいっぱい出るしアニメ雑誌には謎衣装の謎描き下ろしイラストがいっぱい載るしなんかやたらカワイイ感じのアニメオリジナルエピソードを作られたりするんですよ。知らんけど。

とにかく、今回の映画スタッフ一丸となって爆豪激推しダブル主人公の勢いで緑谷と一緒に大活躍。かっこよかったし熱かったっすね。コンビで(というかCPで)推してる人は呼吸が大変だったんじゃないでしょうか。生きてる?

 

 

でもね。

悲しいんですよ。

爆豪すごい!爆豪やっぱつえー!かっけー!という場面作りのために切島が犠牲になったことが。

 

スタッフ需要わかってるから事務所シーンでやたら2人一緒に映したりとか、最初の襲撃のときに同じチームで動かしたりとかしてましたけど、かえってそのせいで残念なことになってしまった。切爆庇い合ってた❤️とか言ってる場合じゃないぞ!

 

だいたいね、なんですかあの敵の個性は?包帯的なもので包んだ物体自在に操れるんでしょ?包帯的なものでしょ?まあ普通の包帯よりゃ強いかもしれないけどしょせん布よ?

はい、切島の個性はなんですか?硬化!硬いの!銃弾程度なら軽く跳ね返す硬さよ。かつ鋭いの。実際断ち切ってたじゃないですか包帯を。それなのに巻かれただけで手も足も出ねえって何?国内トップの雄英高校ヒーロー科に入ってくる男はそんなにアホか?違うと思うよ。硬化させろよ!そこで硬化して脱出を図るくらいの頭脳はあると思うよ。ある程度弾性がある?転がれ!地面を!擦り切れ!

 

 

(以下蛇足

 

というかね、考えてみてください。「切島鋭児郎」なんですよ。この漫画の名付けの法則から言って彼の個性本質は硬さよりもむしろ「鋭さ」にあるはずなんですよ。

切島自身がまだそれに気付いていない設定なのか、それとも対人戦闘では硬化より断然グロいことになってしまうからそれは少年漫画主人公キャラとしてマズいと作者が能力方向性を変えた(=硬化に重きを置いた)のか、それはわからない。

でも目蓋の傷のエピソードやアームカバー導入があることから、人を容易に傷つける、場合によっては簡単に命を奪える個性だというのは時折描写されている。

 

蛇足おわり)

 

 

そうやって何かしらできることはあっただろうに切島と上鳴は文字通り手も足も出ず、結局誰よりもピンチの爆豪が自力解決

爆豪すごいね!さすが入試&体育祭1位!とか言ってる場合か!入試2位もいるんだよそこに!インターンクラスの誰より先に名が売れた、そして本物の現場で死に目を見た男もいるじゃんよ!

 

という、本当なら何かしら使えたはずの人間を、爆豪アゲのためにほったらかして木偶の坊に見せてしまった、これはちょっとスタッフミスだったと思う。細かいところあんま考えてません、というのが透けて見えちゃった。他のシーン、他のキャラでもチラホラあったけども。

 

しかしよりによって切島、かつて自分の弱さ無力さを思い知った経験のある切島が、よりによって彼の最大の強みを思い出させてくれた存在である爆豪(こうやって書くとすげーな)の目前で何もさせてもらえず、爆豪の優秀さに頼りきりにされてしまったのは無念でしかない。切島がまた落ち込んじゃうよ…ああ見えてネガティブなんだから

 

 

 

このシーンだけに限らず、切島はこの映画において全体的にあまり活躍していない。

(上鳴もミイラ戦では特に何もしてなかったけど、彼は使い勝手のいい個性日常でも非常事態でもできることをしている描写がきちんとあった。ほんとあいつ鍛えればめちゃめちゃ強いというか、使えるヒーローになると思うよ)

 

迷子探しにお前が何の役に立つかと爆豪に突っ込まれていたように、日常の困りごとでは肉体労働くらいしかしてないし、ミイラ戦ではあの有様だったし、個性「硬化」をいかんなく発揮したのがキメラとの最終戦のみだった。

あそこはまあ、あら文化祭カキ氷コンビねってホンワカしたっちゃしたけども、「神野を思い出すな」ってなんで言わせた?そんなカジュアルに語っていい思い出か?無理を承知、掟破りを承知危険に飛び込んでいって苦い結果の多く残る神野戦のことをそんなふうに?

まあ「俺たちまた無謀な賭けに出てるな」とかそんな自嘲込みかもしれないしあんまり突っ込まないでおくけど。「切島」「神野」と来たらホップステップで爆豪を連想させるスタッフからの(余計っちゃ余計な)目配せもあるだろうし。

 

えーとなんだっけ。そう、対キメラ終戦ね。

いやそのビーム(?)耐えられるなら相手にそこまで変身させちゃう前にもうちょいなんかできたのではと思わなくもないが、ここは「このメンバーなら確かにこれが最適解」と思える作戦だったからいいと思います

私のツッコミはそれ以前に遡る。

 

 

そこ、障子だろ。

障子、そこにいるべきだろ。

 

 

えっここに来て急に障子の話する?する。

思い出そう対キメラ初戦。うろ覚え申し訳ないけど障子に向けられたキメラセリフ。その外見は相当イジメられたろう、という。

私もそう思う。障子は何かしら外見に関して苦い体験がある(キャラブックの記述示唆されている)。キメラもそう考えたから、異形型個性持ちとして自分と障子は似たような過去があると直感たから言ったんだろう。

 

てな具合に敵と共感するところのありそうなキャラがいたら普通再戦させねえ!?させるでしょ!!似たところのある2人がなぜ片や社会に仇なす存在になり片やヒーローを志しているのか?お前は俺と同じ思いをしたはずだ、というキメラの問いかけが宙に浮いちゃってるんだよ。再戦で障子が答えを返すのがセオリーでしょ!

いやもちろん今後原作で描かれる可能性が高いしアニメスタッフ勝手に触っていい領分ではない。

でも「たとえそうだとしてもお前のようにはならない、俺はヒーローになる」くらいのことは言わせていいんじゃない?障子めっちゃかっこよくない?してよ!かっこよくしてよ!

 

いや障子はメチャメチャかっこよかった。身を挺してまほろちゃんとかつまくんをメチャメチャ守ってた。ほんとにかっこよかった。それは間違いない。

 

しかちょっと思ってしまう。

 

そこ、切島じゃね?

切島、そこにいるべきじゃね?

切島、お前の個性…「硬化」じゃね?

 

 

はいここに来て話が切島に戻った。

1Aメンバーは色々と周到に準備を整えて襲撃に備えた。しかし万が一それでも敵わなかった場合最後最後文字通り盾となって幼いきょうだいを守らなければいけない状況になった場合クラス内で適任者は誰か?

答えは切島だ。彼に基本的物理攻撃は効かない。他方、機動力や索敵能力には欠ける。守らなければいけない誰かがいる場合、動かず護衛役に徹するのが、最も合理的かつ個性を生かすオペレーションではないだろうか。

 

いや分かってます、障子が残ったのはキメラとの初戦によるダメージが大きかったから、切島が前線に出たのはダメージが少なかったから。

分かってるけど入れ替えた方がもっと2人ともかっこよく見せられたのでは??と思わずにいられないんすよねえ…

 

たとえば初戦のキメラあんなに頑張らせんでもよかった。いや徹底的に絶望感与えた方がいいのはわかるけど、彼の強さを見せるほどに対比でミイラがメチャメチャ弱く見えるんですよねえ…何しろほとんど爆豪一人で片付けたようなもんだし…

もうちょっとミイラ戦に尺使って、爆豪が捕まってる間に切島上鳴をはじめ他のメンバー活躍させとけば、最初の方で触れた爆豪アゲ他サゲ問題解決、爆豪も体力温存できて、かつ自分は捕まってクラスメイトに助けられた苛立ちで敵の親玉ナインさんに向かわせる原動力にもなる。

そしてキメラ戦をもう少し抑えめにしていたら、障子も再対面が叶ってさっき触れた激アツ展開になってたかもしれない。

(最終形態にどう立ち向かうかが新たな問題として浮上はするが…轟焦凍頑張ってくれ)

 

 

あと、キャラというか個性の生かし方問題でもうひとつ葉隠ちゃんマジで何もしてねえんだよ今回!切島以上に何も!なんかなかったのかよ!

避難所守るのも当然大事ですけど彼女個性は全く防衛向きではないから万一あそこで何かあっても役に立てない、なら見えないことを利用して前線で罠張っとくとかさせた方がよかったんじゃないかスタッフさんよぉ…

 

 

 

 

さて、ここまでおおむね「切島を使いこなして欲しかった」というモンスターペアレントかな?みたいなことを言ってきたわけだけど、わかってんだよ本当は。

切島を使いこなすのってすごく難しいんだよ。

防御力も攻撃力も高いけど、言ってみればただそれだけ。正面戦闘に持ち込めなければ個性の使いどころはそれこそ誰かの盾になるくらいしかない。機動力情報収集力には欠けるし、緑谷や八百万のような頭脳派でもない。

 

思い返してみれば前回の映画でも、爆豪関係で目立ちまくった一方、戦闘シーンに入るとこれといった活躍がなかった。魅せ方の豊富な爆豪や轟と比べると単純なことしかできない切島に尺使ってらんないよね、忙しいもんね。わかる。

あの神野でも、塀をブチ破った以外に個性のものは役に立ってない。そんなふうに切島の「硬化」はなかなか応用が効かない。言ってしまえば不器用

 

そしてそれを一番よく分かっているのは切島本人。

 

か…かわいそう…プロとしてやってくには今のままじゃダメだってすごいよく分かってて…それに追い討ちをかけるかのような今回の「バクゴーやっぱスゲー」係扱い…

作者もわかってると思うよ、あのメチャメチャかっこいいインターン中の切島回を経た上でなお、クラス対抗戦でやっぱり接近戦させてもらえないと詰むぞ〜ってわざわざ描いてるあたり…何か巻き返す手はあるのか、そもそも主人公でもなんでもない切島にそこまでページ割いてらんないだろうし、何か…何か希望をくれ プロヒーロー烈怒頼雄斗としてやっていくための希望を…

 

 

と、挫けそうになったそんなときこそ例のアレを思い出せ!

 

「倒れねーってのはクソつえーだろ」

 

あ……あざす……バクゴーさん……(なんの茶番だろうこれは)

 

そう、やっぱりこれに尽きるんだよ、切島の個性の真の強みは爆豪の指摘通り、倒れない、負けない、ってとこなんですよね。たとえ勝てなくても負けはしない、ということが可能なんですよ彼の個性は…不器用でも華がなくてもいい、他に何もできなくてもいい、絶対倒れないヒーローに…なってくれるといいっすね…がんばって…

 

 

 

【まとめ 】

・爆豪のために他が疎かになってしまった脚本が無念

・障子と切島チェンジ

・切島の使い方難しい

・切島がんばれ

以上です。

2020-07-22

うつ病休職して1ヶ月経つんうつになったきっかけとか書く①

6月頃に一回自殺未遂したけど死ねなかった女の話です。

したことは書いてないけど「へーこういう女もいるんだな」って思ってください。

休職中ずっと増田読み漁って色々な考えに触れたので、この記事も誰かの役に立てばいいな、と思います

クソ長い自語り、家庭環境諸々から書いてみる。ちょっとフェイク入れてるし人名は全部仮名です。


私について

北海道から上京してきた20代前半、上京してきて多分4年。学歴は専門卒、高校工業出身。今年始めて彼氏が出来た陰キャ

きしょいオタク文章書くのは割と好き。漫画アニメソシャゲ全部好き。乙女コンテンツに入り浸る典型的な女ヲタ

母(7人兄弟の次女:中卒)、弟2人の母子家庭。弟は今21(医療系の大学)、20(専門学校)。父親は小5の時に離婚した。

記憶にないけど死んだ妹がいる(私の1つ下だと思う、親に未だに聞けてない)

両親も親戚もみんなオタク父親ラムちゃんアイマスプロレス母親最近イケメンシリーズ、ボイフレ、アンジェと遥か、アトラスゲー。

弟2人はFPSとかモンハン兄弟二人ともゲーマーガチ世界ランク上位に入るレベル。一番下は格ゲーボドゲに目覚めた。

実家は村に近い山奥のドドドドド田舎同級生農家酪農やってる子がいっぱいいる。


小さい時

育ての親は母親の妹(3女:以下さっちゃん)。母親は働きに出てた。多分パートだったのかな?分からん

保育園に入ったのが5歳くらいだったんでそれまでは母方の祖母の家に預けられて育った。

イマジナリーフレンドが4人いた(らしい)、よく見えないお友達と遊んで親戚をビビらせた。ごめん。

ちなみにお婆ちゃんは私の見えないお友達存在しているもの扱いしてたらしい。とんでもねえばあちゃんだ……


物心ついたときには父方の祖母と両親、弟2人と一軒家に引っ越してた。

保育園に入った時にはもう住んでた。この頃から父方のおばあちゃん長男の弟かわいいで私に対して興味なかった。つーか嫌いだったのかも。

母親は土日関係ないサービス業なので、土日の食事祖母。弟たちの分はあっても私の分は無いとかザラだった。今思えば普通に虐待

ただご飯が無くてもゲームと本があれば全然平気だったのでお母さんは私がご飯を食べてないのを知らなかった。

後に私がさっちゃんに「お母さん(これは父方の祖母を指す、実母はママ)がごはんくれない」と遊びに来た時に漏らしたらしい。

当然ながら怒り狂う母とさっちゃん。父方の祖母は「お腹へったって言わないからいらないと思った」としれっとした顔で言ったのを見て目眩がしたらしい。そらそう……。

あとはさっちゃんが当時、父方の祖母の作ったご飯を食べてあまりの味の薄さに「これを毎日食べてて、ごはんも用意してもらえない日がある、食べた気しないんじゃ……」って思ったら私が不憫すぎて車で泣いたと聞いた。

かに味は薄かった。天ぷらだけはめちゃくちゃ美味しかったな。今狂ったように辛いものとしょっぱいものを食べてるのはその時も反動かもしれない。



小学生時代

全学年2クラス、2年ごとにクラス替えだった。2クラスしかないんで全員顔見知り状態

入学してからは超絶人見知りを発揮。保育園の頃に仲良くしてくれた子たちとだけ交流してた。毎日連絡帳に口数が少ないとか書かれてた。

家が近所のゆみちゃんと一緒に登下校してた。お互い何も言わなくても一緒に帰る仲だった。今は看護師やってるらしい。

教室でずっと本読んでた。徐々に色んな子と喋れるようになる。ぼっちに話しかけてくれたみほちゃんありがとう……

あとは算数が出来なくて宿題解けない……って泣いた記憶がある。ちなみに時計が読めなかった。


3年生ぐらいか普通に社交的になったと思う。クラス委員長とか誰もやらないなら…でやり始める。この時ちゃお読んでた。

この頃、休み時間教室以外にも図書室で本を読む女になってた。

同時期ぐらいに父親仕事をクビになってニート引きこもりになった。今で言うFXかな?やってたらしい。けど、あんま才能無かったのかも。

ただ、父親なりに色々と私も含めてかわいがってくれてたと思う。漫画とか全部父親が買ってくれてた。


高学年に上がってからは弟2人も一緒に学校に行くようになってたので、周りの親から評価めっちゃ高かった。

勉強ができて、運動もできて(足が速いだけ)、面倒見もいい女の子

実際、3年からは毎回クラス委員長だったし、同じクラスになったことない子も下の兄弟同級生同士で仲良し~とかあった。

ちなみにこの頃はちゃお少年Aジャンプ、母方の祖母の家でガンガンGファンタジー読んでた。


ただ両親がしょっちゅう家で喧嘩してた。祖母の部屋は1階、私達の部屋は2階。

多分祖母は病んでたのか、深夜に父親の部屋の前で名前を呼んでいるのを見た。めちゃくちゃ怖くて夜中トイレ行けなくなった。

祖母の私と弟への差別は益々酷くなっていて、私の家で友達と遊んでる時に「ごはんの準備しろ」「洗濯干してこい」とか言うようになる。

弟がなにか手伝おうものなら「あんたは長男からしなくていい」って言ったの聞いてなんで?と思ったけど、弟に手伝わせるのも可哀想だなと思って大丈夫って言ってた。


小5の夏、庭で土いじりしてる祖母に「倉庫からスコップ持ってきて(でかいやつ)」と言われてめんどくさいな~って思いながら取りに行った。

祖母に渡すために後ろに立った時、(あ、これ今殴れるな……殺してもいいんじゃない?)って思った。今思えばこの時には既に私ももう心を病んでいたのかもしれん。

その後、親が離婚して一軒家から団地引っ越した。離婚父親には一度も会ったことない。ただ、車で事故って半身不随になったのは聞いた。


これは高校に入ってから母親に聞いたけど、あの頃の祖母は枕の下に包丁を入れて寝てたらしい。こえーよ。病むっていうかキチだと思う。

母親はい祖母に殺されるか分からなくて毎日不眠の状態仕事に行ってたらしい。それでも授業参観運動会も学芸会絶対全部来てくれた。



中学生時代

田舎あるある小学校から生徒が全員持ち上がりなので知らない子はいない。お母さんがパソコン買ってくれたのもこの時じゃなかろうか。

半年間は平和だった。でも、中1の秋頃から毎日登下校をともにした仲良しのゆみちゃんいじめを受け始める。

ゆみちゃん堀北真希に似てる超絶美少女で、当時仲の良い男の子に数合わせでいいから、という理由野球部所属していた。私はゆみちゃんに「1人じゃ不安から……」と頼まれ野球部に入った。

まあよくある、男の集団に女がいるの気に入らないムキーッみたいなのが原因だったんだと思う。いじめてたのは女バスと女バドの5、6人。

私はゆみちゃんいじめを受けてるのも知ってた上で普通に仲良くしてた。ゆみちゃんの家も母子家庭で、当時は母親が家に彼氏を連れ込んで家に居にくいからってよく私の家で過ごしてた。

彼女の凄いところは毎日学校に行ってたところだと思う。私に泣きながら「リスカが止まらない」と相談してくれたこと、リスカ跡は今でも忘れない。


結局、ゆみちゃんは2年に上がるタイミングで転校した。その結果どうなったか

私がいじめを受け始める。いやなんでだよ。私は当時160cm80kgのデブだぞ。何が気に食わねえんだよ。と思ったけどいじめ相手が居なくなったから仲良かった私になった。

ただ、いじめられてることに気付いたのがゆみちゃんが転校してから2ヶ月後くらいだった。私は超鈍かった。周りは気付いてるけど自分だけ気付いてなかった。

なんでか自分ノートがないとか、教科書がないとか、下駄箱の上靴がないとか。そういう事が起こってから気付いた。

当時から仲良かった子に「あの頃めっちゃ陰口言われてたし、あんたと話したら次お前をいじめるとか言われたことあるで」って言われた。

そういえば当時はいじめを題材にしたドラマ流行ってたし、あれはいじめのお手本になってたなと思う。本当によくない。


中2の夏ぐらいだったかな。衣替えするかしないか、とかだった気もするから9月ぐらいかも。半年くらい我慢して学校に通ってた。

私は学校に行くのやめた。というか、行けなくなった、のほうが正しいかもしれない。制服を見ると気持ち悪くなって泣きそうになった。

休みたかったけど、母親は私が生理痛で辛い、と言えば痛み止め飲んででも学校に行け、サボるなと言う人だった。休むことはサボりだと言う人だった。

それでも母親には迷惑かけたくない、という一心で吐きそうになりながら学校に行くフリをしながらおばあちゃんの家に行った。

おばあちゃんは何も言わなかったし、おばあちゃんちの犬と遊ぶのが好きだった。おばあちゃんの膝が悪いから代わりに散歩に行ったのも覚えてる。

ただ、学校担任から「1週間ほど無断欠席が続いてるが大丈夫か」という連絡が家に入りバレてめちゃくちゃ怒られる。怒られた時に初めていじめられてると言えた。

母親はその日のうちに学校電話をして、学校側もいじめを知ってたけど本人が言わないから、とかそういう理由で何もしてなかったらしい。

後日、私は学校に行っていじめてきた女たちから「形だけのごめんなさい」を受ける。クソ無意味。謝られたからと言って事実は消えないわけだし。

どのみち私は学校に行っても教室に入れなかったし、教室に入れないなら授業も受けられない。だったら行く意味が無いな、と思って家に引きこもるようになる。

家に引きこもってる間も勉強は出来た。そう、みんな大好きTwitterです。当時高校生だったり大学生だったフォロワーたちが勉強を教えてくれた。スカイプ使って。


ネットが私の居場所だった。勉強ってどこでも出来るんだ、って思った。


そのフォロワーたちもいじめ経験した人たちで、私の学校に行けない、けど勉強はしたい、という気持ちに寄り添ってくれて教えてくれた。本当に頭が上がらない。

なので、テストがある日だけ学校に行った。テストは出席番号順で座るし、いじめっ子たちと真逆の席なのでその時だけは制服着て教室に入った。

クラスメイトたちは「久しぶり!」とか「テスト範囲大丈夫?」とか声かけてくれる子も結構居た。あの子達の勇気は今思うと凄い。

修学旅行は行ってない。何されるかわからないし。代わりに学校先生マンツーマン勉強した。凄い有意義時間の使い方だったなと思う。

卒業までテスト期間だけ登校する生徒をやった。家の近い子がテスト範囲プリントを持ってきてくれたし、フォロワーたちが勉強を教えてくれる日々が続いた。

高校は女で嫌な思いをしたので男子比率が高いし、比較的家から近い方(といってもバスで1時間)の工業を選んだ。仮に落ちたら通信制高校へ行く気でいた。

卒業式も出ていない。式が終わった次の日が高校合格発表で、無事に工業に受かったという報告と卒業証書アルバムをそこでもらった。アルバムはその日のうちに捨てたけどな。



高校時代

ぶっちゃけ担任がクソゴミだった。生徒の机を蹴って見せしめみたいに怒鳴り散らすタイプ体罰普通にあったし、クラスメイトの男子教室内でデカデカ万引を自慢するようなクラスだった。

担任はそれに対してもっとバレないようにやれとか、スリのほうが良いとか、教育者としてありえんことを言ってるのにドン引きして学校に行く気が失せた。

ラッキーなことに全日制の単位制だったので単位さえあれば進級できた。単位計算をして、単位分だけ出席した。常にギリギリ単位の女で普通科先生に「お前は出席点が足りない」と言われまくった。

後々、クラス男子に教科の単位を聞かれた。私と同じように単位しか出席しない人が増えたらしい。毎日の出席率は最悪だったと思う。まあ工業だしな。

担任露骨わたしを毛嫌いしてたし、私も嫌いだったのでお互い様だろと思ってた。高校ちゃんと授業に出たのは専門科目だけ。これだけは教科書読んでもどうにもならん。あとは実習。

他は中学の時と同じようにフォロワーを頼ったり、ネット検索したら大体答えの出し方があったので家で勉強してた。親は私が家に居ても何も言わなくなった。

学祭とか体育祭は出たことがない。強いて言うなら修学旅行東京だったので行った。お世話になったフォロワーたちに会いに行くという理由で。クラス女子は私含め7人で、うち1人は中学が一緒。

の子と出席番号が前後だったジャニヲタまなみちゃんと仲が良かった。ちなみにまなみちゃんまなみね、山田涼介くんのお嫁さんになるの!」と平然と教室でも言ってた強い女であるマジで強い。

ここまで書いてて思うけど本当に協調性のきの字もない女だな……。ちなみに進路相談も凄い適当で、適当AOで専門行くわ、と一方的に言って終わり。AO入試なんて軽い面談書類審査のみ。私は高3の夏休み中に進路が決まった。

この頃にハマってたのは黒子のバスケで私はほぼ毎日夢小説を書いて過ごしてた。あと支部BLも書いてた。当時黄黒を読んでた人はもしかしたら私の黄黒も読んだかもしれない。読んでくれた人が居たらありがとう

適当単位取って適当卒業した。これが私の高校時代の思い出である


専門学校は今までと比べたら楽しかった。ここでいろんな資格も取ったし、クラスメイトも普通に接してくれてた。唯一毎日学校に行けた時期だったと思う。ただ行事だけはゴミ

ここで就活頑張っとけばよかったんだよな~~~と思う。就活サボって適当に警備会社入社した。そしてこの後、地獄を見る。



2年間の社畜時代

前置きすると私より辛い人もいるとかそういうのはどうでもいい。私は私の辛いを話してるので。

上京してから半年横浜警備員をやってた。この半年はまだ良かった。残りの1年半は川崎地獄を見る。

警備は万年人手不足で月の休みは多くて4日、私が限界を迎える頃は3日だった。勤務時間は朝6時半~16時半の早番と13時半~23時半の遅番。あとは9時~22時までの中番。

入社時の条件は月8休みと言われてたのにマジで騙されたと思ってる。入社して半年は確かに8日間の休みがあった。でもその後から毎月3、4日の休み

休みの前日は絶対に夜間警備が入るため、帰宅は朝5時。当然、遅番か中番が終わった後に続勤。休みは実質半日しかない。寝て起きたら仕事に行く。

休めるわけねーだろバーーーーーーーーーーーーカ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

そりゃあ毎日寝ても寝ても眠いし、突然気分が落ち込むし、情緒があまりにも不安定にもなる。思えばもうこの時にはうつだったんじゃなかろうか。

心がしんどい……となり始めた頃、母親に「しごとつらい」といえば「社会なんてそんなもんだよ笑」と返ってきた。そして根拠のない「大丈夫!」「なんとかなるよ!」という返事。

私もそうだよね、なんとかなるよね、頑張るね、って返してた。これは絶対に良くなかったと思う。

そしてある日、体のほうが出社を拒否した。会社に行こうと思うのに涙が止まらない。手が震える。こりゃ今日出勤出来ねーわ、と思って職場電話を掛ければ「いや来てもらわなきゃ困る」。あっはい……。

無理に決まってんだろ、そう思いながら電話を切って母親電話した。泣きながら電話した母は、「偉い人に電話しなさい」と教えてくれて、私は本社に連絡を入れた。

元々寮で暮らしたこともあり、総務のとよく話をする事があったのでまずは総務に事情説明、そのまま直で警務部長から「休んで下さい」と言われた。

私は初めて、会社を休んだ。そしてそのまま退職した。

その時に初めてメンタル系の医者に行ったけど、まるで私がメンタル系にかかるの常習みたいな態度を取られるしいか自分が凄い医者なのかを言われた。あのクソジジイ一生許さねえ。



文字数制限引っかかったので適当に続き別の記事にでも書きます

2020-07-20

女子腋毛

うちの母も姉も生えてなかったし、剃ってるところも見たことなかったから、女子腋毛は生えないと思ってた。


高1の体育祭前、体育祭で使うマスコット夏休みに作ってるときとある女子の袖を捲った体操着の腋に、ぴろろーん。と一本生えていた。のを見た。


女子によってはごま塩の人もいただろうが、僕はそれで(女子腋毛生えるんだ)と知った。

2020-06-19

舞台にハマった同人女の話

元々、オタクだった。

ガラケー時代個人サイトを巡り、日々サイト主様に感謝をする毎日を送っていた。

言葉を綴ることも、語彙もない。ましてや一オタク感想など……と卑屈に思っていたこともあり、感想は送れないけれど、拍手を送る日々だった。

元々他者と関わることが苦手、コミュ障であることからROM専でいることは心地良かった。

そんな毎日の中でとても大好きなサイト主様がある日突然消えてしまった。その頃はまだ成人していなかった自分には、社会人であるサイト主様の私生活が忙しくなってしまったのだ、と勝手解釈をすることにした。

寂しい、という気持ちとどうして感想を一度でも送らなかったのだろうと後悔をしたのは恐らくその時が初めてだったと思う。

だが、新しいジャンルに出逢い、そして場所Twitterへと移り変わり、考え方や生み出す作品好きな人が出来てその気持ちは少しずつ薄れていった。その方が生み出す作品にファボを飛ばすのに精一杯であったものの、それでも楽しく日々を過ごさせてもらっていた。

そんなある日、また転機が訪れる。

そのツイ主様が心を痛めて、所謂病みツイートをされたのを見かけ、辛抱堪らず初リプを送ってみた。言葉は拙く、けれど誤解を与えないような言い回し必死に調べて、たった数行を何度も読み直し、何十分も掛けた後に送った。

返って来た返事は要約すると『ありがとうございます』と言うものではあったが、心は何処か晴々としていた。それが自己満足、とはわかっていても返事が来たのが嬉しかった。

だがそのお方もやがて消えてしまい、途方に暮れる日々が始まってしまったのだが其処は割愛させていただく。

 

月日は流れて、私も社会人となりストレスばかりの社会の波に揉まれる中で何故か声優さんにハマった。楽しそうに仲間と話す声や日常の話、好きな食べ物や嫌いな物の話、どれでも聞いたり、見ているだけで楽しく、

『凄いな』『自分も頑張ろう』

など、元気を貰い、なんとか仕事も頑張れていた。

その頃からイベントにも足を運ぶようになり、稼いだ給料を元に其処でストレスを発散する術を覚えた。

そんな時だった。

行ったライブイベントで、初めて触れるジャンルに落ちたのは。元々そのコンテンツ自体は好きな声優さんも出演されていたので、知っていたがいまいち足を踏み入れられずにいた。

しかも、目的とする声優さんがいるユニットではない別のユニットに落ちてしまった。

それからと言うもの、そのジャンルを漁り、Twitterアカウントも取得し直し、元気にROM専になっていた。

だが、そのジャンルに対する熱は熱く、誰かと話したくて仕方がなかった。しかし、創作をしない人間絵師さんや文字書きさんに話しかけるなど敷居が高い、かつ恐れ多いと思っていたため、何を思ったのか私は自分創作を初めてしまった。

初めてフォロワーになってくれた方々は、

ROM専だろうと関係ない』

と、言ってくれたが少しでも報いたいなどと思ってしまった私は創作活動に精を出した。

反応を貰えるのが楽しく、日々増えるフォロワーさんの数に嬉しくなる日々を送っていた私にちょっとした事件が襲い掛かる。

所謂フォロワーさん同士のいざこざだ。

卑怯にも無関係を装いたかったが、そうはいかず。矢面には立たなくともちょっとその揉め事名前を出されたりしたが、何とかやり過ごした。

私は初めてフォロワーになってくれた人側にいたのだが、その前後からそのフォロワー(Aとする)と何やら摩擦が生じるようになったきた。

Aは年上の方であり、当然ながら社会人である

地方住みであり、イベントには来れないがそのジャンル声優さんも好きであり、話すのは楽しかった。

だが、事あるごとに、

『25過ぎてイベントに行くのは痛い』

『年齢を考えた方が良い』

と、言う指摘を受けることが増えた。更にAは私が創作したものに対しても好みではない、と言ってみたり、

『別の人は天才だ』

などと言うようになった。

感想”には良い意見も悪い意見もあって当然。

貰えるだけ良い、と初めは割り切っていたが、あまりにもそう言うことが増えた。

なので、心の平穏なためにもAとは距離を置こうと決め、少しずつ離れて行くことにした。

そんな時に舞台にハマった。

まさか、とは思ったが若手俳優に、2.5次元に……?と自分で驚いた。

勿論、それを知ったAから非難を受けた。ハマった俳優さんに対しても心無いことを言われて、限界だった。

そして私はAをブロ解したのだが、その後も非難轟々。だが、こうでもしないと自分精神おかしくなりそうなほどだった。

あれだけ好きだったキャラ声優さん、そしてジャンル自体も嫌いになりそうなほど追い詰められていた。それが自分勝手理由だとしても、もう耐えられなかった。

それからしばらくは悶々とした日々を過ごしていたが、推し声優さん推し俳優さんのイベント舞台に参加するうちに頑張ろう、まだ好きでいたい、と言う気持ちを固めて改めて創作に打ち込んだ。

感想が欲しい、反応が欲しい。

いけない、とは思いながらも欲張りで身の丈に合わない思いを待つようになったのも、恐らくはAに卑下されたことも一因かも知れない。

尽く、

『話の内容が好みではない』

『Bさんは素晴らしい、本物の天才

『Bさんほど素晴らしい人はいない』

等々、それを個人メッセージアプリのやりとりで言われていたことを思い返すと気が狂いそうになったりする。

そんなAお気に入りのBさんも私と同時期に舞台にハマったこともあり、仲良く過ごしていた。

Bさん以外にも複数人仲良しと呼べる人がおり、所謂グループみたいなもの形成していた。

私は都内住みだが、他の方々は地方住み。

来れるイベント舞台にも限りはあることは百も承知だ。その中でもCは地方住みながら、フットワークが軽く推しイベント舞台には必ず参加していた。私は休み比較的融通の利く職種なため、Cとイベント舞台に参加することが増えていった。

特にCは推しに対する熱意が半端ない

その温度こちらも負けじと熱を注ぐことが楽しかった。

そんな時だった。

推しちょっとしたイベントに出る、と言うのを知った時に私とCは参加しよう!と盛り上がっていたところにBさん達からは、

『そんな数十分のために地方から……?』

『そんなに推し舞台に行きたいの…?』

と、言いたげな雰囲気が漂っていたし、現にそれに近しいことは言われた。

なんとなく、そのイベントからBさん達との温度差を感じるようになって来たが見て見ぬ振りをしていた。

仲良くしたい、このままでいたい。

そう思っていたから。

だが、一度出来た溝は埋まらないことを知ってしまう。

そして迎えた推しイベント後、案の定私もCも燃え上がっていた。そして同じように燃え上がっている人を見つけて、盛り上がった。

その時はBさん達も生温い目で見守ってくれていたが、溝が深まったのはその後だった。

その翌月にあった推し舞台

其処で埋められないほどの溝が出来上がってしまった。

全4パターンある舞台内容。推しのメイン回公演には仲良しグループが全員参加していた。

だが、私は4パターンもあるなら全部観たいタイプなので全てのパターンを観ることにした。

それはCも同じであり、1〜4パターン全て見た。

案の定、これでも燃え上がって盛り上がった。

そして先のイベントで話すようになったDさんと色々あって、とても仲良くなることが出来た。

そう、其処からだった。

『全パターン観てないから話についていけない』

そんな一言に、配慮が足りなかったなと反省したが燃え上がっているものを早々消せず、CやDさんと話す機会がより増えた。

勝手もので、燃え上がっているものをわかる人と話すことが楽しくて仕方がなかった。

そしてBさん一味の中の一人に、

最近、構ってくれないよね』

と、言われたことに何故か疑問を覚えてしまった。

構ってくれない、とは何だろうか。

何を言われているのかわからないと思ってしまった。

コミュ障だと自認している。他者コミュケーションが円滑に取れないが、流石に社会人になり仕事他者と話す機会や初対面の人にプレゼンしたり等々するようになってからは“他者と話せる自分”と言う偶像を作り出せるようになった。

雑に言ってしまえば“外面”だと思う。

職場でも“外面が良すぎる”と言われ、現在クレーム処理やらを行う羽目になっているほど、ある意味“外面”を取り繕うことが出来るようになっていた。なので、昔は出来なかったふぁぼを安易に飛ばす、感想を送る、リプをする、と言ったことが少しは出来るようになっていた私に突きつけられた『最近構ってくれない』と言う言葉

Twitterの中での友人ではあるが、間近にいる現実で顔を良く突き合わせるような存在でも職場の人でもない、ましてや家族でも恋人でもない人に、『構ってくれない』と言われることに首を傾げたくなった。ましてや、言ってきた人は私より年上。正直何を言っているのだろう、と思ってしまった。少し偉そうではあるが、構って欲しいと言うのなら何らかのアプローチが欲しいし、其方からリプなりなんなりをくれれば良かったのでは?とすら思ってしまった。

そもそも、だ。

拗れる要因となった舞台の待ち時間に、大手のツイ主さんと話す機会があり、初対面でこちらも緊張している時に大人数でその場に押し掛けて、その方を引かせていると言う所業やらかしている集団に私は少し怒りを覚えていた。

初対面の人に対するマナーとは如何に……?と。

それ以外にも私を足掛かりに大手と顔見知りになろうとする魂胆が透けて見えたり、そのグループから

『こう言うの書いて』

と、言われて書いたり(書いた後の御礼や感想等はなし)することが増えていて、これまた疲弊していた。

見返りを求めることが間違っているし、感想など貰えるものではない、御礼なんて持っての他。

とにかく自分我慢すれば……と思っていた。

それに其処のグループには熱心に感想を送ってくれる人がいるから、手離すのが怖かった。

実にずるいと思うし、他者を何だと思っているのだろうと自分でも思うけれど、その方がくれる感想は確かにモチベーションの維持にはなっていた。

だが、それも長くは続かなかった。

チケット争奪戦に敗れた私は取引垢で、チケットを譲っていただいたり、同行のお約束をいただいたりと奔走している時に、

『私達の分は?』

そう言われた時にもうダメだと思った。

相手側にしてみれば冗談だったのかもしれない。

本当にそんなことは思ってなかったかもしれない。

だけど、噛み合わない会話やテンポ温度差、考え方、とにかく全てに耐えられなくなってしまった。

もう創作やめよう、其処まで思い詰めた。

そして正直、今でも思い続けながら創作をしている。

苦しい、辛い。

そう思いながらも創作することをやめられずにいる。そんな気持ち創作をしていても、創作することで気分転換になることもあったからやめずにいる。だが、なんとなく私がBさん達から距離を取ろうとしていた頃からBさん達からの“いいね”が一切無くなった。

ああ、避けられてる。

そう察したが致し方ないと思った。

だが、とある日に匿名で、

『Bさん達と何かあったのか、あえて“いいね”を飛ばしてないみたいですよ』

と、言われて現実を突きつけられた。

やっぱりそうか、と思う反面やはりショックだった。楽しかった日々が全て忌々しく思いそうな自分も嫌だし、もうそれが取り戻せない日々になってしまたことが悲しかった。

そして熱心に感想を送ってくれていた人も今は一切何の音沙汰もない。そんなものだったのだろう、と割り切るしかない。

だが、身勝手ではあるがあれほど好きと言ってくれていたのに掌を返したような振る舞いをされるのは軽く人間不信になる。

考え方や熱量の差、温度差や金銭感覚、どれも皆同じではないとわかっていても、それによって此処まで溝を深める事態になるとは思っていなかった。

今の気持ちは強いて言うのなら体育祭に命を賭ける側と賭けない側のような感覚だ。

命を賭けたところで何になる?と言う感じだが、どうせやるなら楽しくやりたい。

そして同じようにやっていたつもりが、実は遠目で見られていただけだった、そんな気分だ。

誰が悪いとかではない、ただ熱量が違うだけだった。それだけだ。

私が多くを求め過ぎて我儘になっていた部分もあるだろうが、相手から受け身にならないでぶつかってきてほしかった。

それが出来ない人もいる、と言うのもわかる。

けれど、社会人として生きているのなら最低限の歩み寄りはしようよ、コミュ障って言うけど仕事でどうしてるの?と言うのが率直な気持ちだ。

舞台推しが出来たことがきっかけなのか、それともいずれはこうなることは決まっていたのか……

大人しく創作せずにROM専でいたらこんな気持ちにはならなかったのか、もうわからない。

ただ感想云々の話を目にして取り止めもなく吐き出したかっただけなので、すみません……

感想を貰えることは嬉しいこと、と言う認識だったけれど、そうではないんだなと実感しましたし、オタクの狭い世界でこうも拗れるのかと痛感しただけの話なんです……

それでも感想をいただけるのは嬉しいですし、モチベーションの維持や向上にもなるからいただけることを密やかに期待してしまうんです……

どうしようもない、底辺の女の話なのでお気になさらず。

2020-06-08

顔をあげて歩くようになった

私は昔歩くときは下を向いてばかりだった。

記憶にあるのは登下校の道の側溝を塞ぐ蓋の穴ばかり。

別に意識して下を向いていたわけでもないし完全に無意識なのだけど、とにかくそ景色けが鮮明に残ってる。

そんな奴普通にしかけたくないしあと普通に考えて前見て歩かないと危ない。

学校休みがちで友達といえば休み時間教室で絵を描いているようないわゆる陰キャの子たちばかり。

当の私も立派な陰キャだったし今だってそれは変わらないけれど、私はいつの間にか顔をあげてまっすぐ前を見ながら歩くようになった。

当時の友達、いつも一緒にいるようないわゆるいつメンとも普通に仲良くしていたし仲良くしてもらってたと思うけど、今考えてみれば心の内にあることを話せるような本当の友達は一人もいなかった。

学校休みがちだったのは大人になってから病気が判明してそのせいだったとわかったけど、失った思春期青春は帰ってこない。

高校に入って小学校の頃よりは学校にも通えるようになり、友達も増えた。

高3の頃、体育祭きっかけでいろんな子と仲良くなった。

今連絡を取っている子は数人に減ったけど、当時はとても楽しかったしまさに青春!って感じだった。

私にとっての人生ピークは絶対にここだと思ったし、それでいいと思った。

その頃にはもう顔をあげて歩いていたんだと思う。

高校三年生がとても楽しかったし、青春人生ピークはやっぱりここかなとは思うけど、今もそれなりに楽しくやっている。

病気かいろいろ大変なことは多いけど、大好きなアイドル出会ってからから大好きで信頼できる友達も年齢問わずたくさんできた。

しかしたら人生ピークは更新されているかもしれない。

今はこんな状況(世間的にも個人的にも)でアイドルにも友達にもなかなか会えない日が続いていて大変だけど、またこからいろんな青春に気付いていきたい。

また明日からも顔をあげて歩こう。

2020-06-04

体育祭では組体操をやめて操法すればいいのだわ

運動楽しいものという呪い

学生時代野球部だったしサッカーもやってた。体育祭ではリレーにでたり球技大会でも活躍してきた。

運動楽しい。はずが、30歳になった今思うのは運動するのがめんどくさい。着替えるのも移動するのも面倒だ。

運動が楽しかったのではなく、友達とする運動が楽しかっただけなんだ。

2020-06-03

高校3年の時の文化祭のこととか体育祭のこととか日常のこととか思い出してた。

本当に楽しくて高校3年生が私の人生ピークやって信じて疑わなかったしそれで充分、その思い出を胸にこれからを生きていこうって思ってたけど人生まだそれなりに楽しみはあるし、高3の思い出はどんどん思い出せなくなっていってる。

そんなもんかねえ。人生

文化祭クラス演劇をして、演劇部に所属していたこともあって役をもらったり、新喜劇オマージュで観客が笑ってくれたり、体育祭、遅くまで居残りして連合旗の色塗りをしたり、公園に行って深夜までダンス練習したり、6時間目終わってから教室に残って友達とくだらない事でたくさん笑ったり、こう思い返すとやっぱり人生の最高潮やったかなとも思うけど、案外今も悪くない。

大好きなアイドルを見つけてオタ活したりオタク友達たくさんできたり、現場がなくてもご飯いったり遊んだり、ああ、こう考えると今の私は大好きなアイドルと大好きなアイドルに生かされてるなあって思うよ。

なんの話やっけ。

なにはともあれ高校時代の思い出と大好きなアイドルオタクたち、ありがとう

2020-05-11

コロナ自粛反対

要約

コロナ自粛ってただのわがままだろ。なんで僕がそのわがままに振り回されなければいけないんだ。

イメージ

前らは鎖国だの攘夷だの大義名分を振りかざしているけれども、徳川幕府になろうが明治政府になろうがどのみち地方の貧農でしかないような人が、なんで幕府政府のために命がけで戦ってくれると思ってるの?

前置き

医学的な根拠の話ではない。

生きるということと社会というものについての話だ。

コロナなのに遊び回ってる人たちを見てみんなこう思っているはずだ。

『誰の目にも今は自粛するべき時だと分かりきっているのに、遊びに行く奴はよほど頭が悪いのだろう』と。

でも、それ以前に『そもそもコロナ自粛自体承服していない人』もいると言うことをわかってほしい。

今、自粛によって僕から当たり前の日常が奪われたのだ。これは重大な問題だ。僕はカラオケに行きたいし、プロ野球を観たい。簡単に言わないでほしい。

今ここで僕が野球を見たいという気持ちとお前が生き残りたいという気持ちがぶつかっている。この対立軸を整理して考えていきたい。

構図

問題の構図を明らかにする。

コロナなのに遊びにいきたいというのはわがままだということは認める。でもコロナから自粛してほしいというのも、もう一方のわがままだ。なんでこっちだけわがまま扱いされてそっちは社会正義扱いされてるか。そこが不満である

まるで文化祭合唱コンクール体育祭応援合戦絶対優勝したいクラスの中心人物たちと、クラス辺境にいる帰ってゲームしたいオタクの構図だ。

コロナ自粛派はただのわがままである

僕はわがままが悪いことだと思っていない。言いたいことは言ったほうがいいし、その上でお互いの利害を調整して、譲れるところと譲れないところの落とし所を探っていくのが社会ではないだろうか。

ところが、一方がたまたま正義』を名乗ることに成功してしまったら、際限なく一方のわがままけが増長することになる。

これは良くない。

から僕は、『どっちもただのわがままでしょ』と言い張っていくスタンスである

コロナ自粛積極賛成派の主張はこうだ。

  1. 自分が死にたくない
  2. 自分の大切な人が死んでほしくない

これはただのわがままである。僕が自粛したくないというわがままと同列に扱われるべきわがままだ。

かに、もしかしたら僕がコロナを持っているかもしれない。僕が遊び回った結果誰かが死んでしま可能性が僅かにある。でも、はっきりいうが僕とお前は完全に他人だ。知らない誰かだ。お前が死なないために僕がそこまでしないといけないのは全く納得いかない。

自分の大切な人が死んでほしくない』はより自分勝手わがままである高齢の両親が心配なんだろう。でも、それはみんなが当たり前の日常を送ったら死んでいたはずの人ということである。放って置いたら死んでた人を救うためになんで周りが気を使わんといかんのだ。お前は自分の力で守れない命を守るために他人責任なすりつけている。ヒーローになりたいなら一人でやってほしい。

ちなみに僕は家族が嫌いでとっくに絶縁しているので、特に死んでほしくない人とかいない。友達もいない。子供もいない。結婚もしていない。彼女ができたこともない。少々知らない誰かが死んだって困らないのさ。

これはわがままではないという主張について

コロナ自粛派は様々な理由をつけて「これはただのわがままではない。より上級命題だ。よってお前の遊びに行きたいというわがままに優先するべき事案だ」と言い張るだろう。

その主張の問題点を指摘して、やっぱりコロナ自粛はただのわがままに過ぎないことを明らかにする。

医療崩壊

医療崩壊なんてしない。お医者さんも看護師さんも定時になったら帰ればいいのだ。それで何人死のうがお医者さんも看護師さんも悪くない。

例えば、電車に轢かれて四肢バラバラになった死体を、お医者さんが直せなかったとして、誰も文句言わないはずである。それは医者の怠慢ではなく『現代医療限界である

そうであれば、お医者さんが定時で帰ってしまったがために誰かが死んだとして、なぜそれを『現代医療限界』と割り切れないのか。

『お医者さんが残業診療してくれれば死ななかったかもしれないのに!』なんて、都合が良すぎである他人に何を期待しているんだ。それこそただのわがままである

医療関係者普通の3交代制を引いて、定時になったら病人が何人いようとさっさと帰るべきだ。それで誰かが死んでもしょうがないで済ますべきだ。

人命や健康に関することは例外

かにそれはそうかもしれない。僕はそう思う。でもおそらくお前は本当はそんなこと思ってない。

僕は昔から8時間寝ている。野菜と肉と魚をちゃんと食べている。毎日運動している。お酒は飲まない。タバコ吸わない。嫌いな人との関係バンバン切っている。会社に歩いて行ける距離に住むことで満員電車回避している。

絶対お前の方が健康を粗末にして生きている。これをしていない奴が健康を持ち出して僕を批判するのはおかしくないだろうか。

突然だが、救急車に道を譲らない車が多すぎると思う。僕は運転中であろうと歩行中であろうと絶対に緊急車両に道を譲っている。でも譲らない人が大半である。多分この投稿を見てキレてるお前も普段救急車に道譲ってない。お前は本当は人命を軽視しているんだ。

救急車のためにたった30秒待たない奴のために、なんで僕が一ヶ月もカラオケ我慢しなきゃいけないのか。

から、人命や健康に関することはわがままと一括りにせず例外に扱うべきだという主張は納得するが、この件にそれを持ち出してくるのはお前の自己欺瞞だろとも思う。

みんなのため。個人のため。

コロナ自粛派はみんなのために言っている。コロナ自粛反対派は自分のことだけを考えている。そう思ったはずだ。

しかし、これには納得いかない。

そもそも、みんなのためという理由で人の自由を奪っていいのであれば、では年金暮らしのジジババや介護必要な方にはさっさとお隠れになっていただいたほうがみんなのためではなかろうか。お前が腎臓もっと優秀な人に分け与えたほうがみんなのためになるのであればお前は肝臓差し出すんだろうな。

年金ぐらしのおじいさんおばあさんも、生きていれば様々なことでみんなのためになっている、などと軽薄な功利主義を唱えるのはやめてほしい。教養がない。一番大事なことはそこではない。みんなのためだからといって個人我慢を強いるのは限度があり、絶対に超えてはいけない一線があり、その先のことをどうするかについては本人の意思決定尊重するべきだ。それがこの社会約束である

そもそも、僕がカラオケに行きたいというのは『みんな』に含めてもらえないのだろうか。野球を見たい人が野球を見れないのは『みんな』の問題ではないのだろうか。

これがこの投稿本質である

僕は大変優しい人なので、みんなのために自分犠牲になることはやぶさかでない。しかし、だからこそ「みんなのため」を誰かが勝手に決めていることに対して腹が立つ。

僕の人格について

先に断っておくが、僕は大変な紳士であり善人だ。

定食屋さんでは必ず『いただきます』『ごちそうさまでした』という。

スーパー店員さんにも必ず敬語だ。怒鳴ったりクレームをつけたことは一度もない。レジでは必ず『お願いします』『ありがとうございました』という。

職場でも全員に敬語だし、いわんや誰かをいじめたりいびったり口撃したことなんて一度もない。いつもニコニコしている。

読みたい本は必ずお金を出して買っているし、聴きたい曲は必ず各種有料サービスを使って作者にお金が回るようにしている。

道で警察官に呼び止められた時も礼儀正しく対応している。

モジラやいくつかの慈善団体に毎月数千円ずつ寄付している。

あくまで、これはこの問題の構図が完全に不公平であるという点を主張しているのであって、僕の人格おかしいからだとかいって済ますのはやめてほしい。

お前らは僕の善意寄生しすぎだ。

一番大事なこと

みんなのためだからという理由を持ち出して僕にアレコレ指図してくるのやめろ。

2020-04-06

新型コロナウイルスを受けた学校対応の記録

この物語フィクションです。


前提として、以下の「会議」というのは職員全員による職員会議ではない。

平成12年の学教法施規則改正により、職員会議意思決定の場ではなく決定事項の連絡・伝達の場とすることになっていて、通常その前段階で分掌主任管理職など一部によって構成される会議が設定されており、そこが様々な事項の調整・決定の場となる。自分はその会議の一員。

また、公立学校は通常「中央から通達・通知文を受けて動く。小中だったらその自治体教育委員会高校だったら県庁、都なら教育庁

記憶に頼ってるところもあることも了承されたい。飽きなければ追記していこうと思う。

1月

中国での感染流行。まだまだ対岸の火事

授業しながら生徒と「新型コロナウイルスやばいねー」なんて話してた。

2月上旬中旬

2月頭のダイヤモンドプリンセス号を皮切りに国内流行し始める。

この頃から職員同士でも「潜伏期間2週間だなんてもう我々ももらっててもおかしくないよね」とか言ってた。

2月26日

時期としては3月から学年末テスト、成績処理に向けて動いてる時期。

お上から通知が来て、昼休み臨時会招集

内容は「当面通学時間ラッシュと重ならないよう配慮する。具体的には10時登校、短縮授業して早めに返す。部活禁止学年末テストはやっていい。明日からよろしく。」

それを受けて午後の授業時間中に明日以降の時程を細かく決めて、保護者宛のお手紙を全校生徒分印刷して、明日からに備えてる。

2月27日

生徒は10時登校。生徒にもテストはやる旨を伝えて6時間こなして放課

さぁテスト作らなきゃねと残業していたところに、安倍首相による一斉休校要請報道

内容は「来週3月2日から春休み一杯まで、私立公立に関わらず休校にすることを各自治体に要請

しか19時くらいだったかな。管理職もいないし、皆で「え、テストやれるの?成績どうやって決めるの?」「要請って何?どんなレベル?」なんてなりながら、その日は一旦退勤。

2月28日

USJディズニーなどが休園を発表。

朝イチから校長職員室に来ていて、会議メンバーのいる人だけで簡単に打ち合わせ。

「要はお上の決定を翌日さらに上から国がひっくりかえした形。国の要請には従うしかない。中央はいま通知文を整えてるところだけど、大まかな方針は各校長に既に届いてるからそれに従って今日中に対応して欲しい。」

その内容は

こんなのが来た以上今日も授業どころじゃないので連絡文を急いで作って、授業潰して生徒たちにその旨を伝えて帰らせる。

お昼をまたいで臨時会議。正式な通知文を受けて校長が当面の対応レジュメにまとめたので皆で確認する。

通知文には上記の他にも

などの事項があった。

この辺で課題になったのが、次年度用の教科書販売とかどうしようか、とか。学校によっては代引き郵送の学校もあるらしい。

この日の報道安倍首相が「ああは言ったけどあれは基本方針であってまぁ地域の現状に合わせて柔軟に判断を」って発言して「なんやねーん」ってなったのを覚えてる。

3月2日〜

成績決定までのスケジュールは変更しないことを全職員に連絡。

それを受けて教科毎に成績をどうつけるか確認あい、成績会議に向けて仮成績をつける。

その上で、このままだと単位未修得の恐れのある生徒は個別に呼び出して、課題を課すなどの対応を行った。

個別対応に関しては、登校させる時間帯等に配慮すればいいよ、とのこと。

成績も教科内で決まっていよいよやれることがなくなると、一部の職員が時差通勤や自宅勤務をし始める。

3月7日

卒業式

卒業生が入場します。盛大な拍手でお迎えください。」なんつって教員数十人しかいないのでもの寂しい。

けどまぁ保護者来賓がいなくてかたっ苦しくない、アットホーム雰囲気卒業式も、それはそれで良かった。

3月中旬

成績会議。実際単位未修得、場合によっては進級の可否に関わる、というような生徒は毎年いて、そういう生徒には学年末テストやその前後で頑張らせるんだけど、それもできないし、こんな状況だし、で最低限の課題クリアで認める雰囲気があった。

東日本大震災ときに似てる。あのときも「こんなときから」という空気があった。

3月20日

五輪聖火が日本到着。

お上から通知文。来年度の入学式について、参列者は「保護者1名に限る」と。

新入生の入学説明会(今回の対応資料の配布と教科書販売のみに変更)を控えていたので、急いでその案内を作成し、準備していた配布資料に詰め込む。

3月下旬

東京五輪延期発表。

修了式、離任式。

生徒は久しぶりの登校。こちら側も生徒の顔が久しぶりに見られて嬉しかった。

生徒は教室から動かないまま放送で式を実施、今回の新型コロナウイルスを受けた春休み中の過ごし方に関する注意を行い、今年度修了。

3月27日

中央から学校再開に向けたガイドラインが示される。内容は


3月29日

志村けん逝去

3月31日

中央から通知文。

5月GW明けまでを目処に休校延長。

この日は休暇の教員も多く会議はなかったけど、校長は「もうこれでいくしかいからねぇ」って言ってた。

4月1日

新年度。今年度新しく着任する先生が新しく来て挨拶

新規採用者は通常中央での集まり、初任者研修があるため初日からしばらくはこないんだけど、今回はそれも中止になったので学校に来てた。

教科でも顔合わせ。にしても休校になった以上今後の予定も立てられないので、分掌毎に今年度の役割分担を確認して終了。

また入学式無観客試合にすることが決まったので、提出書類から急いでデータを打ち込んで住所録を作り、その旨のお手紙を新入生家庭に送る。

4月3日

臨時会議。また通知が来たらしく、その内容を受けた対応

6日午前中って6日始業式で終わったら生徒帰るんですけどどうせえっちゅうねんという感じでこの日はお開き。

あとは高体連関係6月までの大会や講習、総会なども全て中止する旨のお手紙も届いた。

4月5日

日曜。夜に緊急事態宣言の準備にと報道発表。

4月6日

始業式。うちでは2年と3年を午前午後で分ける形となった。

昼過ぎ管理職職員室に慌てて入ってくる。「正式な通知文はまだだけど明日入学式は延期」と。

WebサイトTwitterアカウントでその旨告知して、あとは電話連絡もできるかという話になったけど新入生家庭全てに今から半日電話連絡は無理という結論になり今日やれることはそこまで。

TwitterWebサイトをみた保護者数名から問い合わせがあった。

それと前後して報道では「明日にも緊急事態宣言を発表する見通し」とのこと。

4月7日

入学式は延期としますが本日付で皆さんの入学します」、「しばらくは登校日も設定できそうにないので以下の課題やっておいてください」という内容の送付物を新入生全員分作成郵便局へ。

文書作成している間に入学式実施されると思った新入生が数名来たので謝って帰ってもらう。

夕方安倍首相が7都県の緊急事態宣言を発表。

4月8日

すでに教職員の一部にも在宅勤務や時差通勤実施しているが、校務に差し支えない範囲で全員原則在宅勤務とするようにとお達し。

部署ごとに会議を開き、今後の見通し(見通しなんて立ってない)を確認し、ToDoを洗い出し、必要な人数やスケジュールを共有して、翌日からの自宅勤務体制を整える。

ここから週1,2くらいで出勤する生活が始まる。

4月9日

国内感染者が5000人を超える。

4月10

HIKAKIN小池都知事コラボ動画

郵便物が届かない」「学校からの連絡受信に使うWebサービスアプリの使い方がわからない」と数件問い合わせ。

自分は自宅だったので(家で出来る事なんて本当にほとんどない)週末明けに出勤して対応しますと学校に伝える。

4月12日

安倍首相星野源コラボ動画

4月13日

出勤。

保護者から連絡サービスアプリが使えない・繋がらないという問い合わせに答えているところに報道。まさに使っているその教育プラットフォームサービス提供する会社不正アクセスによるデータ流出があったと発表。そこから学校としての対応を問う電話もかかってくるようになる。

会議メンバーのうち出勤している人数名で集まって方針決めて、当分利用を見合わせる旨をWebサイト掲載

4月16日

緊急事態宣言、全国に拡大へ。

2020-03-15

指定校はクソ!!!!!!

地元私大には馬鹿ってバレてるから推薦もらえないのに、遠くの日本トップレベルの誰が聞いても羨む有名私大から推薦もらえるって何?意味がわからない。

体育祭文化祭コスプレ大会卒業式はヘアメしてティアラつけて馬鹿かい花束持って。絵に書いたような馬鹿LIFE送ってこっちが3年間勉強しても受からない私大の推薦もらえるなんてほんと人生イージーモードだよね。

こっちは1年の頃から毎日授業でも朝でも帰りでも小テストやって、土曜日学校に行って、朝補習もあるし夏休み冬休みも半分以上補習。体育祭メガホンさえ持たせてくれない。当たり前だけどスマホ禁止

自分はまあ国立受かったからいい。いいけどさあ、周りにはまだFラン私立しか合格なくて後期まで私立受けて未だに不安抱えてる人だっているんだよ。

そんなに勉強してそれかよって思われるかもしれないけど、それはそうだけど、でも馬鹿高のトップよりは勉強できるわ。

指定校推薦の人は吐きそうになりながらセンター試験受けたりなんてしないでしょ?白髪になったり円形ハゲになったりもしないでしょ?どんだけ辛かったと思ってんの。センター試験模試だと思って受ければいいとか信じられない。

まじで指定校はクソ。

2019-12-21

ヒロアカの2作目の映画をみた雑多な感想

まず注意いただきたい。

この日記には、以下の人には向かない。

以上気をつけて欲しい。

私は厳しい言葉を使ったりしてしまうと思う。

そもそも推考をしていないただのゲロなので気分が悪くなったらそっとタブを閉じて欲しい。そこら辺は自衛してくれ。

率直な感想

この映画、まさしく「ドラゴンボール」じゃない?

みんな思ったでしょ。

いや別にから悪いってことではないんだけど、安易気持ち問題で強くなるっていうのを連発しすぎじゃないか?(少年週刊誌のバトルものにありがちだが)

ちがうんだ、それは別にいいんだ、私も歳だしそういったことには慣れている。だが今回私が言及したいのはどうして心理描写曖昧なまま強くなるんだ? 共感できない部分が多々あったということだ。

少し応援されたからと元気になったりしすぎだろうと、いい加減そんなゲームじゃないんだからと、せっかくのボンズ屈指のバトルシーンで映画に入り込んでいた自分が急に覚めてしまったりして非常に残念。

まあ、それもいいだろう。どうせファンタジーだ。

しかし、ヒロアカ原作に関してはファンタジーでも確かにそこにキャラクターたちが生きていて、それがリアルに、まるで自分がその世界で生きているような引力のような没入感が素敵であり、だからずぼらな私も1ファンとして単行本アニメ映画を欠かさず見ているのだろう。

キャラ大事にし、そのキャラの迷いやこういうこと考えていてこういうことに重きを置いていて、ストーリ進行時には蚊帳の外にいるときちゃんと外でモブやってたりする、といったリアルな感じがいいのだ。

たぶんこれは、心理描写のために一時戦闘を中断させたりする、漫画ならではの表現なのかもしれない。映像テンポだ。リズムが全てだ。わかる。わかるんだ。でもそこを上手に見せれなくてはヒロアカには、いったい何が残るんだ?

関西の血が騒ぐ、キャラ周りを語りつつツッコませてくれ

    • スライス...思ったより強かったが、結構あっさり逝った。ナインと恋仲なのかなとかいろいろ予想したけど、全くなにも語れなくてあっ、モブかぁと思ってしまった。

    • キメラ...強すぎて良い。共闘には向かないが雄英生複数相手にしても全く引けを取らないどころか凌駕するほどの強さが大変魅力的だった。でも爪甘くない? しっかり倒した方が凍らずに済んだんじゃない? そういえば川に落とされた後葉巻吸ってたけど、湿気をも飛ばすほどの火炎で葉巻に火をつけたのかな。葉巻燃えカスにならないそれ? ちょっと気になっちゃってその前後記憶がない。
      ところで障子くんに「お前もいじめられたタチだろうな」のようなことを呟いていたこともあり、ヴィラン側で唯一過去が察せられたキャラだった。キメラだもんなぁ、一般には気持ち悪がられるよ。最終形態ゴジラみたいでカッコよかったけどなあ。

    • マミー...強そうな能力だし扱い次第でもっと残虐なことできただろうと思うが、製作陣がR-*をつけたくなかったのかなとかいろいろ考えた末のすぐ捕まって退場なのかな。ざんねん、私は好きだぞ。ただ捕まった後も一花咲かせて欲しかった。 というか捕まった後に避難民連れて大移動してたけど、捕まってからずっと避難所のボイラー室に放置だったのかな。。雄英生それでいいのか。ほんとうにそれでよかったのか。
      これは完全に願望なんだけどヴィラン側の共闘が見たかった。(そしたらば雄英生半分くらい退場してしまいそうな危うさはあるだろうが)

    • ナイン...君、本映画で最重要人物だけど、映画内での語り少ないし匂わせばっかりだったが、ヒロアカで楽しみにしていることの一つの「その気持ちちょっとわかる」が少なすぎる。「行きづらい世の中を、弱肉強食の〜」みたいな話、もう少し掘り下げてください。もう少し、戦いの間に主張してください。デクくんあたりが「その気持ちわかります!」って知ったかするあたりも見たかった。
      匂わせしかなかったせいで個性の通り、ほんとうに台風の人かなって(空を操るらしいけど)
      そういえば、8つの能力を奪えるみたいな話だったけど、結局いくつあったんだろうか?ここら辺がパンフレットや先着入場特典にも詳しい記載がなくて困ったものだった(眠いから見落としているだけなのかもしれないが)
    1. 見えないバリア
    2. 風圧
    3. 空遊咬鮫獣(くうゆうこうこうじゅう)サメラ  ←これだけパンフ記載あった、青い龍
    4. 細胞活性化 A細胞(パパの能力
    5. 個性の力を見る能力
    6. 空き(細胞活性化 B用)
    7. 空き(デクの個性を吸おうとした)

    とまぁ、いろいろと「おや?」と思う点はあるものの、実際の脚本文句はない。

    だがラスト、テメェはダメだ。

    個性譲渡別に良い。そもそもデクもそんなこと言ってた(うろおぼえだが)

    バトル

    めっちゃドラゴンボール。すっごいドラゴンボール。髪の毛そんなとげとげにならんでもいいやん。いやいやそんな規模の攻撃受けてふつうそうじゃん、まじ鉄人じゃん。っていうのがほんと何度も出てくる。4日目のカレーの気分だ。「え、また?!」なのだ

    特になにが嫌って言うとだ、個性遺伝した後のバトルだ。爆轟がすぐフルカウルを使えることや100%っぽい力が使えたこともそれ全て含めてワンフォーオール奇跡って言いたいのかい・・?それは、あまりに投げやりすぎないかい? ヒロアカって、”なんでも個性のせいにしてしまおう”っていうのがなくて、“個性を持ってるからこそこういう悩みがあってそれをどう解決して行こうか向き合う”みたいな葛藤と成長を描く作品なんじゃなかったのかな?

    余談だが、私は海外グロやバトルもの映画でよくある、音楽だけで効果音なしのバトルシーンが大嫌いだ。

    馬鹿の一つ覚えと言うと言葉の悪さが際立ってしまうが、まあその表現方法はあまりに使い古されてしまった。

    なのでラストバトルの音楽だけですごいバトルを見せられた時、冷めてしまった。映画館でやるんだ。もっと音響意識して、音速を超えた一撃みたいな表現でも面白かったんじゃないかとか思う。 パッと思い返すのが映画 幼女戦記だが、常にバトルしてて、音があちこちから聴こえてきて自分もその場にいるという臨場感がほんとうに素晴らしい映画だった。

    それを、こういってはなんだが1曲に全ての感情を背負わせるのは重荷すぎたのではないだろうか。

    私は、そこで完全に映画からリアル世界に戻ってきてしまった。

    (ただこの映画に限っては、ボンズの全力のバトル映像のおかげでまだ見入ることができた。本当に動画がいい。ほんとコマ送りで見たい。ガンダムAKIRA攻殻機動隊なんかをよくコマ送りで見た口だ)

    そもそもやりたい要素を入れすぎてそれをまとめきれなくなったのではないか

    少し話が脱線したが、豚カツカレーマーボー天津飯みたいになってしまった可能性はあるか?

    起承転結で、転結はかなりテンポよく進めるのがスタンダードだが、それにしても端折りすぎたように感じた。

    見せ場のバトルはほんと多彩に入っていてこれはもう大満足で言うことなしなんだがちょくちょく強敵との対峙で勝てない描写をとことんやりたいが為にどうしてもワンパターンキャラパワーアップ違和感を覚えてしまって、没入感の減少を感じた。

    映画を見る時、私はその世界にいるモブになる。

    映画だけでなく、どんなアニメも、漫画も、ゲームも、小説も。 その世界に、私が存在できるかどうかでその作品を好きになるかどうかが決まる。

    本作に関してはラストに行くにつれ、私はこの映画世界と融合できなかった。非常に残念だ。

    私は、今作でヒロアカ製作陣に何かお偉いさんからのお達しがあったのではないかとか深く勘繰ったりしたほど様変わりを感じた。

    とにかく派手に、とにかく意外性を、とにかく話題性のあるものを! みたいな思いを感じてしまった。

    もちろん商業作品なのでそういったことを意識して作るのは当たり前だし、別に反対もしない。だが作品を生かしてくれ。頼む。

    ここら辺の違和感の解のようなものは、パンフレットを読んでいて考えたのだが、先生監督脚本の皆が口を揃えて「1作目を超えたかった」と言っていた。(1作目はほんとうに良かった。作品を通して”ヒロアカ”していたし、オールマイトの過去描写共闘原作の延長として受け止めることができた)

    大変受けた1作目の後の2作目、3作目と作っていく際にやはり重荷になったんだろうか

    パンフレットの対談インタビューを読んで、堀越先生原作ラストで使うネタ候補の一つ「ワンフォーオール譲渡」を提供し、制作側もそれに飛びついたような発言がうかがえた(個人の感想だよ)

    やっぱり人間が作っているんだなぁと実感したし、これから応援を続けたい。

    いろいろ言ったけど素晴らしい映画だった。はやくblue-rayが欲しい。

    (なんだ急に媚びうるのか?)と思った皆様、違うんだ、聞いてくれ。

    その作品感想って好きなところ・嫌なところが入り乱れた上で成されるものじゃないか

    映像

    もう間違いないやつだ。ボンズファンにとっては言うことなしすぎて、逆にボンズ色強めな印象で、純粋なヒロアカファン大丈夫か?とか思ったが、そもそもアニメ体育祭やらUSJやらワンフォーオール戦でアニメ視聴者調教済みだった。

    何度でも見れる。ほんとうによく動くし、戦闘表現パターンがすごい。これは良い。ほんとうに良い。

    ちなみに私が一番好きなヒロアカアニメシーンは体育祭の轟vsデクの回だ。あの回を見た後そっと忘年のザムドを見に行った(私のボンズ意識して見た初めての作品だ。デビューハガレンだ)

    本作を見た後、一番印象に残ったのが雲やなんかの描写なんだが、すまない語彙力がなくて伝えられない。だがみんなの心にも残ってるでしょ?私は今すごくひそねとまそたんが見たい。映画に何度も行く余裕がないので、今作の空の映像を思い出すべくnetflixひそねとまそたんを見たい

    1-A

    最高だ。原作アニメでは活躍の少なくなりがちな1-Aのみんなが余すことな活躍する。各々の連携委員長の指示なんかも見れてほんとうに良い。

    キャラへの愛がほんとうに感じられたし、この人たちはこういう動きをするのか、と私の記憶の中の1-Aの皆に命が宿ったようだった。

    尾白くんはやっぱり弱い印象を持って残念だったが、いつもの8割マシで戦っていた。たぶん。 (私は尾白くんを推している)

    青山くん、瀬呂くんなんかもしっっっかりと活躍をしていて、ファン歓喜だ。次回は砂藤くんにも頑張ってもらいたい。

    (この活躍というのがちゃんと戦っていて大変興奮もので、本作で印象深いバトルの一つだ。といっても本作は常に戦っているのでどこからどこまでを一戦と見るかは謎だが)

    (無理やりな理由で少し違和感を覚えたが)大人排除した上での各々のヒーロ像というものがしっかりと見て取れて本作はほんとうに原作の延長線にあるもののように感じた。

    最後最後セリフ

    「君はヒーローになれる」

    ありがとな、デク。デクだからこそ、出るセリフだよなぁ。

    最後

    僕のヒーロアカデミア The Movie ヒーローズ:ライジング絶対見てくれよな。

    こんなに楽しい戦いがたくさんの映画はオラ初めてだ。 わくわくすっぞ!

    2019-11-09

    耳の聞こえ方が他の人と違ってた件について(聴覚過敏?)

    ■今何歳?

    24歳児です。

    現在持っている病気

    双極Ⅱ型障害(3年前から)

    ■音割れはいから

    謎?

    ■なぜ今日気づいたのか

    理由は、劇場映画を見たのですが、戦闘シーンで大きめの音が出ると、"右耳だけ"音割れたからです。

    (左耳は普通に聞こえている)

    ■なぜいままで気付かなかったのか

    ⇒大きめ音では?(それなりに頻度が多い)

    例としては、ライブ体育祭などです。両耳で音割れを起こしていました。

    みんな音割れして聞こえているのだと思っていました。ライブに至っては音割れするのもを楽しむものだと思っていました。

    ⇒その他の事例1 飲み会などの雑音で音割れを起こす(殆どの頻度で発生する)

    この時、非常に全体の音が大きく聞こえ、よく音割れを起こす。正直、発する音が全体的に大きめで発信源が多い場合(飲み会パーティーなど)に、音が途轍もなく聞こえないことが多く困ることが多かった。しかし、この場合も、そのようなものだと思っていた。

    状況としては、殆ど夜に行われた、またお酒が入っていることもあった。

    今までの最悪の事象は、ただの雑然とした打ち合わせで音割れ起こした。

    ⇒その他の事例2 イヤホンの音が音割れを起こす(稀に起こる)

    完全にイヤホン故障だと思っていた。

    ⇒その他疑われる事象

    通常の状態で人の声が上手く聞き取れないことがある。

    (よく他人から言われるので、他の人に比べ頻度が高いと思われる)

    ■言いたいこと

    割れして聞こえているやつ、それ普通じゃねぇから

    そして、自分ポンコツ加減にうんざりした…

    運動が苦手な小中高生

    つらいよなあ、体育の授業とか運動会体育祭とか。

    俺も1年のうち8ヶ月くらいは体育嫌いだったよ。

    体育なんて週3くらいであから学校に行く日の半分以上は憂鬱だよ。

    卓球水泳以外は全部苦手だった。

    運動が苦手なことで笑いが取れたりするやつなら良いけど、大半は失笑と舌打ちと冷ややかで哀れんだ視線ばっかりよね。

    体育の先生運動神経良いやつしか居ないから、俺たちはいつも孤独だった。

    運動が苦手な組で結束なんてないよな、みんな「アイツよりはマシだろう」っていう虚ろな見方しかできないんだ。

    でも安心して、高校卒業まで我慢すれば運動音痴を笑われる機会はなくなる。

    大学では多少体育あるけど、ガチじゃないし大丈夫

    車の運転も(多分)運動神経は関係ない。

    体育の時間目立たないようにして我慢しろ!!!!!!!!!

    2019-10-28

    生きにくい

    最近とても生きにくい。

    理由はわかる。

    仕事先で嫌な人がいる。

    自分ではしっかりと仕事をこなしているのに何かとダメ出しされる。

    今の仕事が合っていないような気もするけど今の仕事以外何もできない。

    仲いい友人と会っても何も感じない。

    一人になりたい。とにかく一人になりたい。

    ここまで聞くと、ADHDとか発達障害かもしれないと思われるが多分違う。

    違うって確証はないけどね。

    病院行ってないし。

    ただ、何かをここに何かを書き出したかたからつらつらと書いていく。

    嫌な人っていうのは完全に自分主観客観的に見れば全く嫌な人ではない。

    ただ、自分に対してだけ接し方がきつい。

    仕事の進捗が遅れて残業してると「いつまでやってるの?君が残業してると帰れないんだけど。」

    こいうことを言う人。

    質問してもここに書いてあるのを見てと言われるけど、それを見てさらに踏み込んだ質問をしている。

    多分自分が嫌われているのだろう。

    なんと言うか、最近無気力になっている。

    何事にもやる気がでない。

    やらなくちゃいけないのにやる気がでない。

    正直、学生が終わると人生って何もない。

    学生の時は文化祭とか体育祭とかたくさんのイベントがあったけど卒業するとそれらはなくなる。

    じゃあ、そうなったら何を糧にして生きればいいのだろう。

    自分には何もない。

    何もないのに生きていくのは何故?

    こいうことばっかり考える。

    無駄に年とって大人になんかなりたくなかったな。

    生きるって地獄だな。

    2019-10-23

    男性消耗品からフェミニズム議論は噛み合わない

    女性の性が商品として消費されてる!と言う話をすると「はいフェミ登場www」とかの初っ端からぶん殴り合いな議論を見てて最近飽き飽きしてるんだけど、そもそもなんでここまでこの手の議論が噛み合わないのかと言うのを考えたんだけど、そもそも男性はその存在自体消耗品なんだよね。

    体育祭組体操いくら危険だとか言っててもどこかの誰かの感動の方が大事なわけだし、若い才能を潰しまくる甲子園だってちっとも改善しない。

    組体操練習で体育の教師が「下手したら死ぬからな!気を付けろよ!」とか言ってんの。よく考えたら俺の命や人生組体操のレート狂ってんな。

    そうやって子供の頃から消耗品としての英才教育を受けてきた男性いくら自分たち搾取されてる、消費されてると訴えたところでちんぷんかんぷか逆上されるかなんじゃないかと思うんだよ。

    そんなわけで女性の権利について云々語るためには男性陣が社会において消耗品扱いされてること、それは許されないこと、改善されなくてはならないことと言うのに目覚めて、同じくいいように消耗品にされてる女性たちと共闘しなきゃならんだろう。

    だけど一部の男性嫌悪、女性嫌悪の人たちがお互いの共闘を阻みたいとばかりにガンガンにお互い攻撃し合って煽りあってるわけだからもうどうしようもないかもね。

    と言うことを勝手に考えていた今日でした。

    2019-10-22

    親不孝だなあって

    よく親父と揉めていたことをふと思い出す。

    親父は職人タイプ人間言葉より先に手が出るタイプ

    俺はどちらかというと内気寄りの平和主義タイプ

    小学生の頃、初めて触ったWindows95に心を奪われ、隙きあらばパソコンを触っていた。

    まだギリギリ電話回線か、ISDNだったか。覚えていないけどそれぐらいの時代

    俺はずっとインドアで外でスポーツするよりは家でゲームしているほうが好きだったが

    よく親父には部活スポーツしか認めないと言われていた。

    次男の俺は自由気ままに生きるのが好きだ。

    人にを絞られるのが嫌だ。レールを敷かれるのが嫌だ。

    でも気付いた時には中学受験合格して、男子校入学した。

    中学は嫌々スポーツ部に入って、嫌々部活をした。

    家に帰ったらネトゲをするのが日課だった。

    そんな親父は俺のことが心配になったんだろうな。

    夜遅くまでゲームやってた俺はふっ飛ばされるくらいの力で何回か殴られた。

    それからかな。

    親父とは関わりたくないと思ってしまったのは。

    大人になってから、親父のやったことが理解できるようになったけど

    当時の俺も親父に似て頑固だったからな。

    必要なこと以外、親父とはもう口を利くことをやめてしまった。

    話は変わるが、親の仕事の都合で中学高校で1回ずつ引っ越しをしている。

    また、中高共に私立で通学に2時間弱かかるため、地元には友達がいなくなった。

    そんな中、高校生になって、部活も辞めてアルバイトを始めた。

    当時、周りがガラケーを持っているのが羨ましかった。

    未成年の兼ね合いもあったので、親父か母親を説得する必要があった。

    母親相談したが、結局は親父の許可必要だった。

    普段殆ど喋らないが、自分お金は払うからと親父を説得した。

    勉学を怠らないならということで、ガラケーを買うことができた。

    僕はバイトに夢中になった。アルバイトを3つ掛け持ちして、学校終わりと土日で週5ほどバイトしていた。

    お金は遊び代と服に消えていった。

    彼女もできたりした。

    常識的範囲ネトゲ課金したりもした。

    勉強ほとんどしなくなった。

    学校遅刻ばっかりしていた。

    テストも休むことがあった。

    男だらけの体育祭も虚しいと思って、高校3年間は全て休んだ。

    文化祭女子が沢山来るのでナンパした。

    そんな中身のない3年間を過ごした。

    やりたいこともなかった。

    中高一貫大学附属の高校だったが、10年間も同じやつらと一緒にいたくなかった。

    もとより、俺の成績では大学にはエスカレーターでいけないのだが。

    それでもなんとなく大学には行ったほうが良いとは思っていたので受験することを選んだ。

    バイト代を払って塾にいくことにした。

    受験には受かり、高校卒業した。

    中学高校で連絡先を知っているのは2人ぐらいしかいなかったことに気付いた。


    大学に通い始めた。

    久々の共学。

    授業に出ずに麻雀ばかりしていた。

    授業もつまらなく感じた。

    一方で仕事をしているほうが気楽だった。

    僕は日中バイトをするようになった。

    そして大学勝手に2年で退学した。

    フリーターとなった。親からは何かを言われた気がするが殆ど何も覚えていない。

    この頃だっただろうか。

    親父からCDだったかDVDをもらった。

    何でも、俺が赤ちゃんだった頃から今までの写真とかビデオが全部入ったものだったらしい。

    保管していた記録媒体劣化で、データが飛ぶ前に大量のデータ編集して1つのDVDにまとめたものらしい。

    母親から聞かされたが、編集はとても大変で仕事の合間に年単位で準備したものらしい。

    断るのも悪かったので記憶ではもらったのだと思う。

    それからフリーター生活が2年続いた。

    このままじゃダメだと思い、就職活動を行いなんとか正社員になれた。

    激務の2年間の中、一人暮らしを始めた。

    転職もした。

    勉強もした。

    仕事の都合で転勤もした。

    一人暮らしを始めてから3回引っ越しした。

    気付いたら、もうすぐ30歳。






    ふと、過去を振り返る。

    あの時もらったDVDはどこにしまったのだろうか。

    探したけれどなかった。

    多分、俺のことだから親父に苛ついてどこかで捨てたんだろうな。

    中学高校アルバムもなかった。

    多分、要らないと思ってどこかで捨てたんだろうな。


    思い返したら、中学卒業してから仕事の思い出しかない。







    ふと、過去を振り返る。



    何も思い出はないかもしれない。

    友達がいないかもしれない。

    でも、それで良い。

    これからまた思い出を作っていこうと思う。


    今度、親父のところにいく彼女を連れて結婚報告しにいく。





    そういや親父は日本酒が好きだったか

    俺は日本酒が嫌いだが、何か良い日本酒でも持っていこうか。


    親不孝だなあって、思うよ。

    2019-10-10

    高3だけど

    学校行きたくなさすぎて笑えね〜 今までこんなこと思ったことないけど受験生になって学校現代文の授業とかなんのためになってるのか(そりゃ人生のためにはなってるんだろうけど)わかんね〜 体育とかできないか体育祭行きたくね〜〜

    2019-09-24

    🧠🗯😭

    時間運動をした日は必ず頭痛がする。今日体育祭練習で一日中体育館にいた。とは言え激しく動いたわけでもない。それに今日は割と涼しかったし、休憩、水分もこまめにとった。

    それなのにこの頭痛はどういうことなのだ。体質的ものなのか、体力不足問題なのか...

    どうすればいいの〜〜〜〜???

    情報あればください!

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