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はてなキーワード: 包丁とは

2018-05-24

もっと山姥だしてくれ

包丁もってものすごいスピードで走る婆

すげえこいか

もっとだしてくれ

あと頭の後ろに口がついていて

飯を食いまくるやつも頼む

2018-05-23

父は72歳の5歳児になった

父が認知症になったのは3年前のことだ。悪化したのが2年前の夏で、そこから2年で要介護認定を受けた。70歳台前半でこの状態というのは平均よりも早く、進行も速いらしい。

2018年になり、私は実家に戻ることになった。親と同居するのは10年ぶりになる。認知症になってからの父と暮らすのは初めてだ。帰省で2、3日いるのとはわけが違う。

母は介護家事仕事疲弊していた。介護士の人に母の外出中だけ父を見てもらっているが、彼らのいない朝や夜ほどやることは多い。私も仕事があるので、母のいない日中カバーすることはできない。ワンオペから脱しただけでも御の字と母は言うが、どこまで力になれているかは疑問だ。

父は家族に対しては何処までも優しく、一度も怒鳴ることも手をあげることもなく、料理日曜大工植物の世話が好きで、グルメワイン好きで、読書家で博識で、母が昔病気をした時は付きっきりで看病したり家事をこなす、こうやって並べるとちょっと信じられないくらい良き家庭人であり、知識人だった。それは今も変わらない。ただ本が読めなくなり、包丁が持てなくなり、服に頓着しなくなり、会話が成り立たなくなり、自分で服を着たり用を足したり風呂に入ったりできなくなった。前半は習慣から消え去り、後半は母が介助している。

認知症タンパク質が変質し、脳が萎縮していく病気だ。萎縮する箇所や速度は人それぞれで、予測することはできない。萎縮による記憶能力の衰退も、人格活動の変化も顕出するまで分からない。もちろん治療法もない。ただ、いくつかの傾向はあるらしい。父の場合は次の2つが表れた。ひとつめは一日に独自ルーティーンを作ること、ふたつめは何に対しても否定から入り、気難しくなったことだ。どちらも典型的認知症の症状だ。

父は毎日カフェに朝食を買いに行く。毎日同じものを頼むが、ストローをもらえなかったり店員の態度が気に食わないと不機嫌になり、店に迷惑をかけたこともあるそうだ。だが母が一緒に行くとそういうことはないという。

父は毎日、昼食を同じ店に食べに行く。時計の進みが正確に把握できないので、毎日開店前に行っては入店を断られ、やはり不機嫌になって帰ってくる。でもしばらくするとそれを忘れてまた足を向け、食べて帰ってくる。

父は毎日ケーブルテレビを見ている。大好きな洋ドラはおとなしく見ているが、CMに入ったり日本ドラマに切り替わると文句を言いはじめる。でもお手洗いに行っている間に録画しておいた洋ドラに変えておけば、けろりとそれを見ている。

父は白身の刺身を食べなくなった。鯛やかんぱちという魚が分からいからだ。風呂にひとりで入れなくなったのは身体を洗う順番が分からいから。文字は読めるが新しい知識は入らない。郵便受け手紙を取りに行くことは覚えているが、その後どうすれば分からいからその場で捨ててしまう。食後には皿を片付けてくれるが、洗うことを忘れているのでそのまま戸棚にしまおうとする。

ルーティーンはある日突然変わったり、じわじわ増えたり減ったりする。そのタイミングは本人にも家族にも、医者にも分からない。毎日の観察が大切だが、一日中目を離さずにいるのは難しい。

父は会話というものが分からなくなった。人の話を遮って喋り出す。それを諌めても、話題を変えようと質問しても自分の話をやめない。記憶に残っていることを喋るから話題はいつも同じだ。機嫌のいい時は相手の話を聞いたり、上手くやりとりが進むこともあるが、都合が悪くなるとおどけて誤魔化そうとする。何故かアイシタインの変顔の真似をするのだ。その無邪気な笑顔を見て、私は父が72歳の5歳児になったのだと思った。自我はあるが社会生活を営むには不十分で、言葉の力無自覚で、物事因果感情の律し方も分からず、大人監視と補助が必要な5歳児。それが私が今一緒に住んでいる、大好きな大好きな父だ。

実際の5歳児と違うのは、これから先、父が成長することはないということ。代わりに72年分の(穴抜けになった)記憶を抱えているが、その記憶も徐々に失われ、人格は変わり、最後には脳が不随意筋の動かし方を忘れて死ぬ認知症とはそういう病気だ。

父が私を覚えているうちに、また一緒に暮らせて良かったと思う。

2018-05-21

幸福そうな名前の町はたいていド田舎

不毛荒野で鬼の形相の山姥がやせこけた犬を包丁持って追い掛け回してる土地だったか妄想世界トリップしたいと思ってそういう名前にしたんだろうな

色々余裕があったら詩的で風流名前にしそう

野菜を買うのが増田多いこの頃後の濃い大出す魔が農家を勇や(回文

最近

野菜よく買うのよね。

暑くなってきてるから傷むのが早くなるので、

とりあえず野菜室に入れるじゃない。

かさが多いもんだから

すぐに冷蔵庫パンパンになってしまうのが困りもの

でこのところのお気に入り空豆

今旬なのかしらね

あんまりサヤに入ったままの空豆って見たことなかったから、

なにこれ?って買ってみたのが空豆だったのよ。

サヤから取り出して、

塩ゆでしたら美味しかったわ!

空豆ちょっと包丁で切り込みを入れたら

塩味も染みてつくし皮も剥きやすくなるわよ。

手間掛かるけどね。

サヤから取り出して包丁持って切り込み入れてって作業がなんか台所作業感を醸していて、

なんかやってる感が半端なく強まるわ。

茹で時間は2分弱!

もっと固めでもいいわね私の場合

まりに美味しかたから、

その場では知って又買いに行っちゃったの!

そしたら夕方タイムセール空豆半額で超ラッキー

1つ買うつもりが倍変えたわ!

そう倍で思い出したけど、

カロリー半分って事は

倍食べれるって事でもあるわよね!

嬉しい誤算だわ。

うふふ。


今日朝ご飯

炊き込みご飯してそれをお昼ご飯にして、またお夜食おにぎり作って持って行きます

3食炊き込みご飯だけど、

美味しいから飽きないわ!

シーチキンと塩コンブ炊き込みご飯

味は塩コンブだけで決まるから簡単よ!

いろいろ種類があったから今度違いを試してみたいので

コンブコンプリートしてみたいなと思ったけど、

それはただ言いたかっただけよね。

デトックスウォーター

最近発見した、

炭酸水だけじゃ物足りないので、

100%ジュースを少量入れる感じでフレーバー付けすると

爽やかさがましてなかなかいいと思ったわ!

そんな強炭酸オレンジジュースウォーラーよ!

なかなか冴えてるわ!


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

2018-05-19

どこいけば安全に過ごせるのか

人の多い場所だとイチャモンつけられ果物ナイフで刺されて死ぬ

農村に済むと近所トラブルから包丁で刺されて死ぬ

 

一体どこに住めば安全に過ごせるのか

2018-05-17

子連れ居酒屋が駄目な理由わからん

居酒屋で兄の誕生日祝をした妹家族に兄が包丁を振り回し、まだ幼い子供が亡くなる痛ましい事件があった。

事件が起こったのが居酒屋だった事から、夜七時居酒屋に行くバカ親と被害者家族叩きも起こった。

意味がわからない。

事件があった居酒屋は個室タイプ子連れ歓迎のお店だ。

赤ちゃん子供がいると座敷や個室のお店は他の客に迷惑をかけにくくとてもありがたい。

居酒屋子連れ歓迎の店が増え、お子様ランチキッズスペースを用意してる所も多い、子連れグルメ検索を使うと居酒屋が出てくる。

店がウエルカムなら問題ないのでは?と思うのだけど、何でこうも叩かれているのだろう。

2018-05-15

anond:20180515153335

HP1残しても結局モンスターボールで捕まえることせずに包丁でとどめさすじゃん。

それだったら最初からきりさくでとどめさせばいいじゃん。残虐!

2018-05-13

ハタチ過ぎたら大人だと思ってた

私が10代の頃に、大人たち─塾の先生、先輩、憧れていた芸能人はそう、笑って言った。

大人になれるんだと思ってたんだけどさぁ、何にも変わらないんだよね。

またまたぁ、と私は返した。実際、ハタチ過ぎれば酒もタバコも解禁されるし、専門や短大出身の人は社会人になるし、大学生も3、4年になればゼミ就活が始まる。それは10代の私からしたらとても大人なことだった。旅行が好きな私は、旅行に行く度に親の承諾書旅行代理店に出さなくていいのもとても魅力的だなぁと思っていた。

私の知っている「ハタチ過ぎても大人にはなれない」と言う人は大抵笑い話としてその話をした。でも確実に彼らは成人としての自覚を持っていたし、バーだったり、シーシャだったり、ちょっとお高いレストランだったり、私の知らない贅沢の仕方を知っていた。仕事バイトで稼いだお金を持っていて、自立しているように見えた。


21歳になった今の私はどうだろうか。

大人にはなれていない。

笑い話にも出来ない。むしろ部屋の隅で膝を抱えて泣くくらいには大人ではない。

大学にはあまり通えてなくてボロボロ単位を落とすし

そのことで親を泣かすし

もうしばらくアルバイトにも行けてない

日に日に減る預金通帳の残高を見ては焦燥感に駆られる

部屋はいつもぐちゃぐちゃで

その変にカップ麺の空き殻やペットボトルが転がっていて

ゴミの日を何度も逃すし

風呂に入るのにもとてつもない労力を必要とする

朝は目が覚めるのに起き上がることができない

今日は1日何していたのと聞かれても答えられないくらいには記憶がない

とても大人ではない。いやヒトですらないのかもしれない。

私がヒトでない間にも友達は外に出て、遊んで働いて学んで社会に出るための準備をして、着実に大人になるためのステップを踏んでいる。いつしかしんどくなってSNSを見るのもやめた。そうして部屋に引きこもって、たまにどうしても出なきゃいけない時には、マスクをして背を丸めて早足で誰にも会わないように、見られないように街中を歩いた。

こんなの、10代の私が想像していた大人じゃない。部屋の隅で何度も泣いた。幼子のように声を上げて泣きじゃくった。こんなはずじゃない。こんなはずじゃないのに。

でもしばらくすると涙も出なくなる。私一人くらいいなくたって何も変わらないよなぁと、包丁を取り出してみたり、荷造り紐を輪っかにしてみたり、岬までのルート検索をしている自分がいた。

おかしいなと思った。

高校までの私はとても綺麗好きだった。

外出前、寝る前には部屋を綺麗にすることが当たり前だった。

学校サボるなんて怖くて実行出来なかったし、

真面目だね、責任感が強いねと言われることが普通だった。

まあ、たまにネガティブになることはあるけど、こんなに死ぬことばかり考え続けたこともなかったんじゃないかな。

コドモの間でも出来ていたことがハタチ過ぎて出来なくなるってどういうことだ。

心臓が飛び出すんじゃないかと思うくらいに緊張しながら、メンタルクリニック電話して、予約を取って、診察室に入った。

鬱だと診断された。

こんなに簡単に鬱だと言われるものなんだなとそわそわした。

今は薬を飲んで、劇的に何かが変わる!って訳でもないけど、家から出るのにまだまだとてつもない気力がいるけど、なんとかヒトモドキからヒトに、大人になろうとしている。

10代の私へ

あなた想像していた大人にはなれていません。タバコだって吸えないし、酒は一杯でしんどいし、お洒落な店とか知らないし、日常生活を営むことだってものすごい疲れる。想像していた、憧れていた大人には程遠いものです。でもいつかは大人になれたらいいなと思います。過度な期待はするな。

さっき見た夢が怖い

ついさっき起きた。

それで、見た夢があまりに怖かったから、だれかに話したかったけど、内容が内容なので、誰にも話しようがない。

から増田に書き込ませてもらおうと思う。

コメント意味を考えてくれたらありがたいんだけど、そう優しい人がいるとも思えないし、まあ「今日も女は毒親叩き」は百パー来るなって感じの夢なので、どうぞ叩いてください。

前提として、私と母親は反りが合わなくて、父親は見て見ぬ振りで、弟は無関係でいたいと思ってる家庭であるということを書いておく。

夢の中で、私は中学生の時気になっていた男の子といた。学校クラスで、隣の席に座っていた。男の子は反骨精神たっぷりで、授業をボイコットしたり、体育館で大暴れしたりした。私はその子が好きだったから、その度に何度も止めに行っていた。

そしたらそのうちに、その男の子といい雰囲気になって、彼の部屋に行くことのなった。ベッドの中でキスをして、でもなんか気持ち悪かったから、「あーやっぱり私はアセクシャルなのかもなあ」と思っていたら、ちょっとしたことで諍いになり、家に帰ることにした。それから少しの間男の子とは距離を置いていた。

そしたら、家に帰ったらお母さんがいて、お母さんが「付き合うのはやめることにしたの?」と聞いた。「気持ち悪いけど、私は頑張って付き合ったのに」とも。え?と思って聞き返したら、お母さんは男の子なんていなくて、私が付き合っていたのはお母さんなんだと言った。

は??と思って聞いたら、私は昔から素行が悪かったけど、最近特に素行が悪く、授業をボイコットしたり、体育館で大暴れしていたりしたらしい。おまけに性器にはみっつもピアスを入れているんだと。

あまつさえ近親相姦に手を出すなんて呆れたけど、私は頑張って受け入れたのに」とお母さんは言った。つまり、あの男の子は私の妄想で、男の子素行そっくりそのまま私の素行であり、付き合っていたと思っていた相手母親だったということだった。私は気持ち悪くて気持ち悪くてその場で盛大に吐いた。

吐いたら服が汚くなったのでシャワーを浴びにお風呂に行った。そしたらお母さんがドアを開けてくるから、「いや今裸になるから見ないで」と言ったら「自分の娘の裸なのにどうして見ちゃいけないの」と怒った。恐ろしくてドアを閉めようと持ち手のある下の方を見たら、私の性器ピアスが3つ刺さっていて、まだ血が出ていた。いやいや?は??と思っていたら、ショックで手の力が緩んでお母さんが入ってきた。痛くて痛くてお母さんに抜いて欲しいと頼んだら「自分でやったことなのに後悔してるの?」と聞きながら、ピアスを抜いてくれた。

そのあと少し時間が経って、私はみんなから頭のおかしい人なんだと思われてることがわかった。自分はまともに過ごしているという妄想を抱えている傍迷惑存在として扱われていた。まじか〜と思ったし、でも自分がやった覚えも全くないから、困ったなあと思いながら生活していた。そしたら段々手が動かなくなった。両手とも動かなくなって、生活に支障をきたすようになり、困ったんだよねとリビングで話したら、お母さんが静かに席を立って、ペンチを取ってきた。そして私の手の指の付け根の部分から、何か金属の棒を取り出そうとした。は?と思ったし、そんなものがそこに刺さってるなんて思いもよらなかったから、びっくりして動いてしまったら、金属の棒が根本から折れてしまって、内部にまだ棒が残っている状態になった。血が滲んできて、痛くてびっくりしてたら、お母さんが棒を押し出して全部抜いてくれた。

そこでえ?と思った。なんでお母さんは私の手に棒が入ってるって知ってたんだろう。そう考えると止まらなくなって、今までの全部、ほんとうのことをお母さんが全部嘘にして、私がやってないことをやったことにしているんじゃないかと思った。

お母さんは何か喋っていて、「あなたは本当におかしい」とか「自分でやったことも覚えていないなんて」とか言っていた。お父さんも弟もリビングにいたけど、みんなご飯を食べてた。あんまり気にしてない様子だった。私は頭がおかしくなりそうで、「私は何もやってない!!」と叫んで頭を掻きむしってた。お母さんは「あなたがやったのよ」と言った。私はお父さんに「私はやってない!信じてよ、もうだめだ、お母さんはおかしい、私は学校ももう行けない」と言ったけど、お父さんは「学校に行かないとみんな心配するんじゃないかな、若い時は短いんだよ」とか言って曖昧に笑ってた。弟は何も言わずに静かにご飯を食べてた。え?と思ったし、まじでヤバイなって思った。

そのまま時は過ぎて、気づいたらその日から何日か経ったことになっていて、私はリビングに突っ立っていた。お母さんはテレビを見ていて、ソファに座っていたから、ひょこりと頭だけが見えていた。どうしたらいいんだろうと思ってて、とにかくもうダメなので、お母さんを殺すしかないと思って、お母さんの胸ぐらを掴んでキッチンあたりに引っ張って行って、殴った。もうその時点でダメだと思っていたんだけど、叩き割ったお茶の瓶でお母さんを殴ろうとして、でもそんなことできるわけがない自分絶望して、瓶を手から離した。

そしたらお母さんが私の腹を蹴り上げて、ソファに叩きつけた。流石に怒ったんだなと思っていたら、胸にドン、と何か叩きつけられて、血がたくさん出た。え?と思って見たら、お母さんは手に小さな刃のついたメリケンサックのようなものをつけていて、それで私の胸を殴ったんだとわかった。つまりソファにいる時から、お母さんはそのメリケンサックをつけていたわけだ。娘に殺されそうになった時、反撃できるように。

からの血を抑えながら呆然としていたら、「やっぱりあんたは私が殺すしかないんだ」と言って、お母さんがキッチンから包丁を持ってきた。恐ろしくて恐ろしくて、固まっていたら目が覚めた。

夢だった。

あんまりリアルに覚えているし、今が何時かも一瞬わからなかったから、相当のめり込んで夢を見てしまったらしい。

こんな夢を見るようじゃ、いよいよ私も終わりなんだなと思うと、少し泣けた。

夢は夢にしか過ぎないけど、お母さんの顔を見るのが今、本当に怖い。

実家出てぇ〜〜!!

2018-05-10

実家つらい

卒研も行き詰まり就活もできなくなり唯一希望だったロキノン試験は先日渋谷陽一署名で丁寧にお祈り申し上げられた。まあちょっと音楽が好きなだけでロキノン大して読んでないのがバレバレだったんだろうから仕方ない。

別に高望みはしないんだけどな。結婚子育ても一切する気はないし、僕の人格にはその資格もないと思うし、ある程度休みがもらえればなんでもいいし、そういう企業を探して受けまくればいいだけなんだろうのにこんな短期間でダメなっちまった自分ほとほと嫌気がさす。

人の話を聞かず、キレると手のつけられなくなる父親が嫌いで本気で殺してやりたくて、殺すか死ぬか家を出るかの選択肢の中から最後を選んで東京に進学した。

3年までで卒業単位はほぼ取り終わり、あとは卒研に取り掛かるだけといった時期から体調を崩し始めた。初めは腹の具合が悪くなり、飯が食えなくなり、微熱頭痛が続き、これではダメだと科学的知見に基づいてメンタル医者を頼り、薬に頼ったら余計にどんどんダメになって、自殺を具体的に考えるようになり、僕の具合が悪いことも母親に知られてしまった。

うちの母親はきっとすごくいい母親だ。少し考えが安直なところはあるけど、多分僕のことを本気で心配して「とりあえず少し帰っておいで、誰もあなたいじめいから」と電話口で泣いて嫌がる僕をなだめすかした。僕も死ぬ前に一度実家の猫を撫でたかたから帰る事にした。

結果としてはだめだった。実家になんか帰らないでビバラロックかに行けばよかった。

帰省した間の時間にして総計10時間ちょっと、父のありがたい話を正座で聞かされた。お前はいかに間違っているのか、俺がどれだけ苦労してお前たち兄弟を育ててきたのか、どれだけ苦労して仕事を続けているか、大小様々な人生エピソードを交えつつ、時に声を荒げつつ、とうとうと10時間語り尽くし、予約していた新幹線が発車する時間を過ぎても語り尽くし、絶対に今年中に卒業すること約束するまで帰さないと言って、ようやく解放されたのち予定していた時刻に5時間ほど遅れて僕は自由席東京に帰ってきた。帰った後で予約していたタトゥー屋さんはドタキャンするしかなかった。馬鹿にされても蔑まれてでもリスクがあっても若気での至でも僕が僕自身意思で入れたいと思ってたタトゥーだった。どうせ死ぬ体なら好きな格好をしたかった。キャンセル料は数万だった。

僕は父親復讐したくて生きてきたんだと思う。

僕が成功し圧倒的に父親勝利した上で年老い父親を見下げてお前は間違ってんだよって言ってやりたかった。ただ俺がこうして失敗してしまった以上、成功して復讐するという道は絶たれてしまった。

もう成人してる子供に10時間も話し続けるの、並みの愛情じゃなかったらできねえよな。いい父親なんだよきっと。俺が勝手被害者妄想を拗らせているだけなんだ。客観的に見て間違ってるのは俺の方なのも分かりきってる。ただ、俺が間違っていることは認めた上で、「内心は間違っててもいいから、それでも外では頑張って体裁整えてこい」って言ってもらえるならよかった。むしろそれを期待して実家に帰った。

けれど、父のありがたい話の中身は俺の内心から音楽の好みまで全てが間違っているということだけだった。プライベート空間だと思ってうっかり好きなマイナーアーティストの曲を聞こえる場所でかけてしまったのが迂闊だった。「高い金払って病院になんか行きやがって、そんなクソみたいな曲ばっかり聞いてるからこんな事になる」らしい。母が仕事でいない隙を見計らって、隣に浪人生の妹もいる場で「お前らは失敗作だ!」と怒鳴られた。僕はまあいいけど今時浪人もそんなに珍しくないのに妹が傷ついてないか心配だ。

僕は父親にてめーのやり方は間違ってんだよって言ってやりたくて生きてきた。でも僕がこうなってしまった以上、父親よりも僕が間違っているのだ。僕が何かを好きだと思う気持ちも、面白いと思う気持ちも全部間違ってるんだと思ったら本当に辛くて、馬鹿みたいだよな、好きな曲を親に否定されたくらいでこんなに凹んでんの。母も大部分は黙っているか、概ね父に味方した。僕は僕の人格を捨てない限り家族にすら居場所を用意されないらしいということが予想以上につらかった。別に布教したわけでもないんだから、嫌な顔はしてもいいから放っておいてほしかった。俺が間違ってるんだけど。実家になんか帰らないでビバラロックかに行けばよかったって思ってる気持ちも多分間違っている。

俺が間違っているから、俺がいまやっているのはただの甘えだから、とりあえず学校に復帰しようと思う。これから教授勝手に1ヶ月消息を絶ってしまったお詫びと今後のサポートのお願いのメールを送ろうと思う。胃が痛いけど気合い出して頭下げるしかない。就活は一旦諦めろと言われたので、卒業したら実家に帰る事になるんだろう。

一方で死にたい気持ちますます強まってるから卒業した後で晴れて死ぬのも悪くないなと致死量ジフェンヒドラミンを少しずつ集めている。最近ギターストラップが首括るのに良さそうだなあと思ってもいる。どっちが間違ってたかなんてどうでもいい、俺が死ねば、一人の若者自殺するまで思いつめていたという客観的事実さえあればあいつは「俺が間違っていた」と認めてくれるだろうか。俺が苦しかたことを誰か認めてくれるだろうか、これで復讐ができるんなら、と思って暴れようとする内心の俺がいるので、どうしたもんかなあ、と思って増田に書いた。

知り合い全員集めて真ん中で包丁腹にぶっ刺して、「てめえらのその顔が見たかった!」って叫んで藤原竜也顔で死にたい。オラ、典型的モラトリアムアホ学生だぞ、笑えよ。

2018-05-09

anond:20180509074851

統合失調症の私の姉もあなたとよく似たようなこと言ってる。

怖いのが、被害妄想からの反撃(暴言暴力)に出てしまうこと。

例えば、いつも行ってるコンビニ店員の態度があからさまに自分馬鹿にしたような態度だった(

と姉自身は感じた)→ レジカウンターを思いっきり蹴飛ばす、みたいな。

これで何回警察沙汰になったかからない。

他にも、隣に住んでいる男が自分の寝るタイミングに合わせてわざと音を立てる(と姉は感じた)→壁を思いっきり蹴飛ばす、「てめえ、うるせえんだよ、殺すぞ!」と叫ぶ。

もう片方の隣に住んでいる中国人が笑い声を立てる→自分馬鹿にしている!(と姉は感じた)→蹴り、壁殴り、暴言、隣の部屋の玄関前まで行ってドアを蹴り続ける

完全に統失ですありがとうございました。警察が来ても、まあキ◯ガイなので病院への受診を勧められるだけ。措置入院医療保護入院歴は何回だったかな。急性期はm-ECTやりました。

統失被害妄想からの反撃行動って下手したら人命に関わるからね、うちの姉もよく包丁持ち出して物騒なこと言ってますわ。いつかやらかすんじゃないかと気が気でない。

麻婆豆腐うまい

ごま油チョロロー!

豚ひき肉ジャージャー!

白葱ドバー!

胡椒パラパラー!

ダバー!

ほんだしザラザラー

豆腐カドカー!

片栗粉水チョロロー!

青葱パラパラー!

簡単うまいということを伝えたかったんだけど書き出してみると行程がそこそこ長く見えて悲しい。

追記

コメントがついて嬉しい!ありがとう

白葱と青葱は、あらかじめ刻んであるパックのやつを使うと楽だよ。

豆腐を入れる時も、パックから直接スプーンで掬って入れると楽だよ。包丁不要

所謂辛くなるスパイスを入れてないか麻婆豆腐じゃないのかもしれないけど、簡単でおいしいよ〜!

2018-05-07

なんておいしい酒のおつまみなめろう

昔、狂ったようにアジ刺身を食べていた時期がある。スーパーで意外と安く売っているし、美味しいからだ。

すっかり三枚おろしも板についた頃、ちょっと刺身以外にも手の込んだものを作ってみようか、と思い、調べた結果、「なめろう」に出会った。

港町料理で、青魚味噌ネギ大葉なんかをまな板の上にごちゃっと乗せて、包丁でひたすらたたく。魚の身がペースト状になる寸前で叩きストップ!おいしいつまみの完成だ。俺はネギを入れずに大葉を多め、さらしょうがを多めに入れるのが好き。

初めてなめろうを食べた時の感動は忘れられない。これは日本酒のための料理だ。いや米と一緒に食べてもいける!なんならなめろう単体でもおいしいぞ!

狂ったようになめろうを食う日々が続いた。3ヶ月くらい、毎日のようにアジを3枚におろして叩いた。

流石に食べすぎて飽きてしまい、2年くらいご無沙汰だったのだが、昨日スーパーで4尾150円イワシ発見し、「アジではないけど、久々に作ってみるか」と思い立った。

三枚おろしの腕はやや鈍ったが、とてもおいしい。本丸アジで作ったらどうなっちゃうんだろう俺、ってくらい。久々に飲む日本酒もまた最高だった。

これから、また、毎日三枚おろし、叩き、おいしいお酒ルーティーンが続く。ストレスの溜まる日々だけど、俺はなめろうのために生きていく。

2018-05-01

包丁使うのめんどい

手をけがする可能性もあるし刃も磨かなきゃいけないしで面倒にすぎる。

ってか裁断機みたいにまな板包丁のセットにしたような機械とかないんけ?

2018-04-26

母方の祖父アル中だったらしい。

深酒のすえに女子高生危害を加えてしまった某アイドルのせいでアル中に注目が集まっている模様。

アル中というと思い出すのは母方の祖父のことである。といっても、祖父は私が産まれる8年ほど前、母が高校生の頃に亡くなっているので、私は遺影祖母の持っていたアルバムしか祖父を知らない。

祖母がしばしば私の事を祖父に似ているとほめちぎっていたけれど、顔はあまり似ていない。ま、血は繋がっているのでパーツパーツに似たところはあるんだけれども配列の妙で私は祖父の様な美貌にはならなかった。

祖父の死因は祖母や母がいうには「チュウキ」とかい病気だったらしい。辞書によれば「中気(チュウキ)」とは脳卒中とその後遺症の事をいうらしいけれども、祖母と母の説明では「手がこうずっとぶるぶる震えるのが止まらなくてしまいに死んでしまった」という事なので、脳卒中というよりはアル中に命を取られたのかもしれない。じわじわと寝たきりになって衰弱していった様な話だったし。

アル中というと壮絶なイメージがあるけれど、祖母や母や伯父伯母が祖父を悪く言うことはなかった。定職につけない風来坊でどうしようもない人だったから自慢出来る様な人ではないけど、と苦笑いで語られる祖父は、私にとっては謎めいたヒーローなのであった。

祖父はとても手先が器用な人で、気まぐれに子供たちに絵を描いてみせたり包丁野菜に細かい彫刻をほどこしてみせたという。若いはいわゆるフーテンで、あちこちをふらふら旅して回ったとか、どっかの置き屋から連れ出してきた美人最初の妻にした(後にその女性病気で早逝したようだ)とか。自分の住む家を自分設計して自分で建てちゃったとか。

そして祖父は非常に子煩悩であり、特に末っ子である私の母の事を溺愛していて、貧乏にもかかわらずそろばんを習わせたり地元の名門高校に通わせてやったりした。といってもその資金を出したのは、虚弱体質とアル中が原因であまり働けなかった祖父ではなく主に祖母なんだろうけど。

祖母若い頃かなり猛々しい性格の人だったそうで、家庭を支える為にバリバリ働いていたし、伯父の奥さんが怖がって口をきけないほどだったんだけど、どうも祖父には甘かったようだ。

伯父がいうには祖父はよく隠れて酒を呑んだのがバレて祖母に怒られていたそうなのだが、その時の事を語る祖母の口調にはあまり深刻さがないというか、「うちのとーちゃんはほんとしょうもない」と笑って言ったものだ。

祖父が呑んでいるところを祖母に見つかった時の口調を伯父が真似して見せてくれた事があった。

「呑んでない、呑んでないよ。これ水、水水」

長州小力の「キレてない」にちょっと似ていた。

祖父は酒豪の果てのアル中だったが、呑んで暴れたり人に暴力をふるったりするタイプではなかったらしい。ただ淡々と顔色変えずに呑んじゃうザル。従兄弟と私の妹がそういうタイプだが祖父も同じなんだろう。祖父の血を継いだ子供や孫達はあり得ない程の下戸の私を除いて皆大変酒に強いが、皆飲むとやや機嫌のよい感じで寝転がっている。

そういう穏やかな酒癖のせいで、アル中になるほどとことん呑んでしまう、というのもあるのだろう。祖父がまさにそれだった訳だ。

ただのほほんと機嫌よさそうにしてるから良いという訳ではなく、それでも酒の毒で手は震え、次第に体が衰弱していってしまったのである

祖母は、私によく祖父面影を見付けては喜んでいた。魚と梨を好んでよく食べる事や、絵を描いたり工作をするのに熱中していた事に。

私があたり目やきんぴらごぼうをむしゃむしゃ食べているのを見て、祖母は「やっぱりとーちゃんの孫だ。大きくなったら飲んべえになるぞぉ」と暢気に言った。酒が祖父の命取りなったというのに酒無くしては祖父にあらず、なのであって、祖父の生まれ変わりとも言われる私が酒豪にならないなど、祖母の中ではあり得なかったのだ。

だがしかし、私は祖父のほうではなく父の家系に似てしまって、酒は全くといっていいほど飲めず、お陰さまで酒の上の失敗とも永久無縁なのである。やらかす前にぶっ倒れて死んじゃうので。

祖母は私を祖父の生まれ変わりと言いながら、もし祖父が今も生きていたらという話もした。あれだけ私の母を可愛がっていたのだから、私の事も目にいれても痛くない程に可愛がっていたはずだという。

まりもう一人の私に可愛がられる

私、とは。私は幼児のうろんな頭なりに考えた。仏壇の中にいる、私にはとても似ていないのに私と同じ魂を持った人の事について。

もしじいちゃんが生きていたら、どんなに楽しい遊び相手になっていた事だろう、と。でもそれはあり得ない事なのだ。私がここに存在している以上は。それなのに祖母や母の中にはまだ生きている人の様に存在していて、しか絶対意思確認することの出来ない不思議な人なのだった。

じいちゃんは本当に私を可愛がってくれるの?

何で死ぬほどお酒飲んだりしたの?

私はよく、夕暮れ時うすぐらい仏壇で微笑む祖父遺影に心の中で問いかけたものだ。

2018-04-25

大阪人が怖い

大阪人、というか日本人(?)が怖い。大阪在住20代後半。

父の仕事関係で、小5~大学卒業まで海外中国カンボジア)に住んでた。ザ・駐在員!みたいな生活じゃなくて、結構ローカルよりの生活をしていたので、治安が悪いとかそういうのには結構慣れていると思っていた。盗難とかは身近にあったし、包丁持って喧嘩してるおじさんとおばさんも見たことがあるけど、近寄らなければ結構大丈夫だし、「そういうものなんだ」と思っていたのでそんなに怯えてなかった。でも、日本就職して住むことになった大阪では毎日ビクビクしながら暮らしている。

怖い①

痴漢マジで多い。海外でもあったけど頻度がぜんぜん違う。「今やられてるかな?」と思ってちょっと目線を動かすと手がスッと引くから、多分やられてるんだけどなかなか捕まえられないし、正体がわからなくて怖い。他の人に聞いたら「慣れてる」って言ってて、強いなと思った。

怖い②

ぶつかってくる人。明らかに強い意思を持って、無言でぶつかってくる人がいる。人混みの中なら「偶然かな」と思ったりするけど、全然人がいないところでも同じようにぶつかってくる。ぶつかっても無言だったり、舌打ちしてきたり、気をつけろ!と怒鳴ってきたりで、こっちが謝っても、向こうから気持ちいい反応が返ってきたことがないし、どうしたらいいのかわからなくて怖い。

怖い③

怒ってくる人。②と同じだけど、とにかく怒られることが多い。人混みの中でぶつかった瞬間に、ものすごい剣幕で怒ってくる人もいる。これは自分の不注意もあると思うけど、電光掲示板見てる時に前からぶつかられて、反射的に「ごめんなさい」って言ったら、おばさんからちゃんと前見ろや、ボケ」とすごい勢いで怒られた。駅の改札とかで止まってしまった人を後ろから怒鳴ったり、飲食店で働いている人に怒鳴っていたり、自分だけじゃなくて、色んな所で怒っている人を見るから、人の多いところに行くのが怖い。怒るための理由をずっと探してて、目の前にチャンスが来たらすぐに怒れるようにしている人がいて怖い。

最後

この怖い人達全然普通のところで生活してて、見た目だけで区別ができないから怖い。梅田とか淀屋橋みたいなビジネス街でも普通にこういうことがあるから治安の悪いエリアに近づかなければ大丈夫、みたいなのが全然通用しないし、完璧自己防衛しようと思ったら、街で会うすべての人々を警戒しないといけない。友人に聞いたら「大阪はそういう街だから」と言っていたけど、ネットで見てる限りこういうのって大阪に限らずあるみたいだし、転職して引っ越せば良いというものでもなさそう。

そういう怖い人達と、いい感じの距離を保って暮らしていければいいなあ。

2018-04-24

anond:20180424190200

じゃあ何を伝えたくて死ねだの包丁があるだの言ったのか謎

2018-04-22

私の弟も障害者

とりあえず以下の記事とまとめを読んで頂きたい。

https://kyodaishinde.hatenablog.com/entry/2018/04/15/172253

https://togetter.com/li/1219881

この記事を読んでブログを書いてみたくなった。

自分が持っているTwitterはてブロで書く勇気がなかったのでここで吐き出すことにする。

私もきょうだい児だ。年齢はブログ主とほぼ同世代20歳だ。

私の弟は重度知的障害自閉症と診断されている。知能は小学校低学年レベルだが一応会話はできる。

弟に殺意を抱いたこともある。こいつさえいなければ…とか。でも常にではない。

「姉ちゃん」とニコニコしかけてきたり、寝息を立ててスヤスヤと眠っている弟は可愛い

穏やかな弟なら殺意は覚えない。

弟は自閉症特有の「こだわり」を持っているが故に予定が狂ったりすると癇癪を起こす。

怒りの矛先は彼自身ではなく父、母、そして姉である私に向けられる。

癇癪を起こすと手当たり次第にそこらへんに置いてあるモノを家族に投げつける。

体当たりしてくる。

噛みついてくる。

引っ掻いてくる。

この他害行為家族しかしない。祖父母や親戚、知り合い、見知らぬ人など家族以外には手を出さない。人様に手を出さないだけマシなのだろうか。

自分顔面ゲーム機を投げつけられたこともある。刃物を持ってこっちに向かってこられたこともある。

家中に弟の泣き叫ぶ声、母親悲鳴父親の怒鳴り声が週5~6で鳴り響く。この世の地獄か。

酷い言い方だが暴れている弟は人間ではなくただの動物に見える。彼に理性はないのか。

殺してやろうと思ったこともある。消えてくれと思ったこともある。

思っていても行動に移してはいけない。が、実行する一歩手前まで来たこともある。

自分が今こいつの背中包丁で刺せば両親も楽になる。自分には将来なんてないし刑務所にでも入っておこう」と思ったこともある。高校時代のことである

BuzzFeedJapanの岩永直子氏の言葉を借りるなら、

善悪判断がつかないような身内に刃物を持って追いかけられても逃げることさえできない人たちは、苦悩や怒りを公の場で発信するのを否定する声が社会の中で幅をきかせるようになったら、どのような思いをして生きていけばいいのでしょうか。見直すべきは、家族の苦悩を省みて来なかった社会のあり方でしょう。」

結婚については心配していない。別の理由で多分できないしするつもりもないからだ。一時的ものでしょ?と思われるかもしれないがこの考えは一生変わらない。

もし、もし何かの間違いで結婚したとしても子供絶対に作らない。障害ある子供を産み育てる覚悟がない。両親のやつれた顔を見ると自分障害ある子供を育てるのは絶対に無理だと思った。両親と同じ苦労はしたくない。

出生前診断については否定しない。中絶することを選んだ人を批判してはいけないし、逆に中絶しないで産むことを選んだ人を批判してはいけないと思う。

結婚についてはあまり心配はしていないが親が年老い介護必要になる頃が心配だ。

親と弟の介護が重なったらどうしよう。親を老人ホームに入れたりヘルパーを頼むような金銭的余裕はないかもしれないし、地元以外で就職しようと考えているので自分一人が全員の介護は厳しい。仕事も辞めなくてはいけないのでは?辞めたら生活は?生きて行けるの?そして行き着く先は介護殺人…?

弟は施設に入れればいいじゃないか。それもそうだ。でもなかなか入れないのだ。

弟は現在施設入所待ち。待機児童問題はよく報道されているのでご存じの方は多いと思うが知的障害者向け施設も空きがなく待機者がそこそこいるのが現状だ。

入所は先着順ではなくポイント制で緊急度が高い人から入所する。親が亡くなってからやっと入所できるって感じ。

は?親が亡くならないと入れないの?

殺されそうになっても緊急度が高いっていえないんだ。へぇ

他の家庭も同じだから

殺されるかもしれない恐怖に24時間365日耐えろって無理だろ。

現在私は進学を機に親元を離れて一人暮らしをしている。「私だけ」は弟にモノを投げられたり理由もなく殴られることもなくなった。物理的に離れてるし。

つい最近から一本の電話があった。弟に刃物を向けられ刺されそうになった、と。

精神薬も限界まで処方して貰っても癇癪を起こして暴れるらしい。役所相談しても「他の家庭でもあることなんですからご家庭でなんとかしてください」と言われたらしい。両親も精神的に参っている模様なのでいつ心中されるか分からない。

どうにかならないかな。医療技術進歩で弟の癇癪が軽減されないかな。今の両親を見ていると辛い。










P.S.支離滅裂文章でごめんなさい。思ったことブワーしました。取材大歓迎です。まぁ増田だし連絡してくる人なんていないと思うけど。

2018-04-21

無駄に関する俺の考え方

anond:20180420124856

ここに一本の良い包丁がある。お金の代わりにこれを得た。

これを持つあなた

一流の料理人ならその価値を全て引き出せる。

普通料理人なら、半分程度は引き出せる。

しか料理をしないなら、この包丁は全く無駄となる。

どのようなことにもこれは言える。オタク趣味でも、英語勉強でも、資産運用知識コンサル知識イラスト技術学校教育さえも。

つまるところ、無駄になる原因はあなた自身にあって、技術知識にはない。誰も必要としない知識こそ、むしろ貴重な知識と言える。いずれそれを発信できる人がいなくなるからだ。

学校教育無駄だよな、という意見に対してはこういう反論はすぐに出るだろう。しかオタク趣味にはすぐに出てこない、どころか浪費の良さを謳ったりしてごまかしたりしている。

これは別にそれそのものを追求するという話ばかりではない。一流の映画脚本を書くのに、映画ばかり見るのは間違いだろう。包丁料理しか使えないということもないはずだ。空っぽの人よりは、例えば登山家タイル張り技能士ホラー漫画作家の方がよりよくうまく使えるだろう。空っぽになるべからず。

2018-04-19

anond:20180419230019

非モテ男がある日突然美人な子に好かれて喜んでたらだんだんメンヘラ化していって最終的に「ずっと一緒にいようね♥」とか包丁握られて立たれる系の話だかゲームってわりとよくあるよな

2018-04-17

マタタビ販売規制してほしい

近所のボケ老人が野良猫マタタビを一袋丸ごと一気にあげてしまうから

猫によって反応は違うけど、反応が強い場合は、興奮して縄張りの外を徘徊したり、近くの猫や人に攻撃したりする。マタタビ不適切使用は猫に命の危険ももたらす。老人は笑ってみているだけ。老人に注意しても上の空で、しばらくたつと同じ事を繰り返す。

突き詰めて考えると、マタタビが何の制限も無しに100均などでも販売されていることが問題だと思う。それなら、「包丁やハサミだって使い方を間違えたら危険」という意見はあるだろうが、そういう話ではなく、薬品などと同じ発想で、使い方を正しくする方向で考えたい。処方箋薬のように販売時に適切な指導をするか、劇薬のように取り扱いに資格必要とするか、麻薬のように一般人の取り扱いを禁止するか。

さて、どうすればいい? 窓口は厚労省環境省都庁? こういうことを扱ってくれる政治家はいるか?

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