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はてなキーワード: コネとは

2018-10-18

anond:20181018112718

そりゃ第三者の目もなく学会内の権威コネけが大事な「学問」なんだから

逆らうやつには恫喝するのが最適ムーブだろうよ

2018-10-16

anond:20181016191734

他人拒絶オーラ大事よな

これを操れれば、めんどくさいトラブル結構回避できる

その代わりモテとかコネなのはもっと回避されるけど、そこはトレードオフだししゃーない

けど、他人にそういうオーラ出すのを「失礼だからやってはいけない」と刷り込まれてる人、見たとこ少なくない感じ

anond:20181015201227

マジで無理だ。他の連中の言う通りだからやめとけ。

夢見るだけ時間とカネと労力と期待値無駄だし、よけい不幸になる可能性の方が強い。

売れてる年寄り作家なんざ新人ゴミしか思ってないし、研究のために本を買う奴も単なる養分そもそも大御所でも売れてないだろ?

もう文章の上手い下手で最低限のラインクリアしても、知名度コネがなければ売れない時代なんだよ。

自信があるなら電子書籍で試せ。上手い奴たくさんいるから。

https://kdp.amazon.co.jp/ja_JP/

そこで人気が出なかったらコネ肩書も含む)やカネ(広告費)もないのに売れるワケないだろ?

後はすごく珍しい体験があってノンフィクションなら可能性あるかもしれんが、それでも普通に盗用する奴とかいるしな。


夢と可能性だけなら株にもあるぜ?

https://newswitch.jp/p/14694

ニュースが出たのが10月5日。

https://www.nikkei.com/markets/chart/#!/4025

そこから3日で3000円上がってる。

購入する最低単位は100株からだ。多木化学ならニュースが出てすぐに買えば6千円台、つまり元手は60万でいい。上手く売れれば三日で90万になる。

600万買ってれば900万になるし、6千万なら9千万だぜ?

怖くてできないならnisaってのもある。

https://www.fsa.go.jp/policy/nisa2/about/index.html

色々調べてみろよ。

来月から暴落だって言ってる奴もいるけどなw

anond:20181016034714

自己補足。

ついでに言うと、あえてルール違反する人は例えば普通郵便現金入れる人ならバレないように便箋で包んだりするよね。

爆発物送る人だって当然バレないように送るよね。

ISPブラウザから普通違法サイトコネクション張ってくれっていうのは「違法なことします」って言いながら郵便窓口に行ってるようなものでしょ。

違法なことしたかったらそれなりに自覚した上で、torだとかVPNだとか頭を使うべきで、何も考えてない大衆のもろに「違法サイトアクセスします」って公言してるパケットを通す権利守るのはキツくない?

anond:20181016025434

動き出したコンテナは止まらいかもしれないけど、郵便局の窓口ではラベルに宛先と内容物書かされて係員に見られるよね?

客「○○宅に爆発物を送りたいんですけど」 郵便局お断りします

客「違法サイトの80番ポートにコネクション張りたいんですけど」 ISPお断りします

この2つがどう違ってなんで後者だけ通信の秘密を盾にできるのかがよくわからない

例えばメールの内容の検閲等したらそれは完全に駄目だけど、違法コンテンツしかない違法サイトコネクション張らせないのは郵便でいう「宛先ラベル」の段階で断るだけだから検閲じゃなくない?

ブロッキング通信の秘密への素朴な疑問

郵便局は宛先の住所見て外国への郵便は高い料金取るし、北朝鮮の住所書いても送ってくれないよね?

通信の秘密があっても普通郵便現金や法的書類送るなとか、爆発物は送るなとか中身にすらルール決めてるよね?通信内容が完全に秘密だったらわかりようがないんだからナンセンスだよね?

まり通信事業者は宛先を見てサービス変えてるし法律に応じて中身に口出しもしてるよね?

電話だって国際電話かけたら国内電話より高い料金とられるよね?それは宛先の情報取得してるからだよね?

で、ISPにとってIPパケット送信のための必要な宛先情報からISPサーバフィルタリングするしないに関わらず情報としては取得してるよね?

でなんで違法な宛先を断るのがダメなの?上の例で言ったら北朝鮮手紙送れって言ってるようなものじゃない?

俺もブロッキングは反対だけど、宛先見て遮断するだけのことに通信の秘密ってあまり盾になってなくない?

[返信への返信をコピペ追記]

郵便局の窓口ではラベルに宛先と内容物書かされて係員に見られるよね?

客「○○宅に爆発物を送りたいんですけど」 郵便局お断りします

客「違法サイトの80番ポートにコネクション張りたいんですけど」 ISPお断りします

この2つがどう違ってなんで後者だけ通信の秘密を盾にできるのかがよくわからない

例えばメールの内容の検閲等したらそれは完全に駄目だけど、違法コンテンツしかない違法サイトコネクション張らせないのは郵便でいう「宛先ラベル」の段階で断るだけだから検閲じゃなくない?

ついでに言うと、あえてルール違反する人は例えば普通郵便現金入れる人ならバレないように便箋で包んだりするよね。

爆発物送る人だって当然バレないように送るよね。

ISPブラウザから普通違法サイトコネクション張ってくれっていうのは「違法なことします」って言いながら郵便窓口に行ってるようなものでしょ。

違法なことしたかったらそれなりに自覚した上で、torだとかVPNだとか頭を使うべきで、何も考えてない大衆のもろに「違法サイトアクセスします」って公言してるパケットを通す権利守るのはキツくない?

2018-10-14

anond:20181012092551

やっぱこういうのは坂本九だろ。

都知事コネであの人に霊界から呼び出してもらおうぜ。

2018-10-13

anond:20181013171757

いや、増田が直接繋いだらコネある利点がなくなるからだろ。

増田相手先に迷惑かけた場合、紹介者の立場も危うくなるし。

コネがあります!と豪語するだけの人

「私は◯◯に繋がりがあります!協力できます!」と言い出した人に、

「では◯◯へ繋いでもらえないでしょうか?」とお願いすると急に回答がだんまりになる人がいる。

具体的な日時(いつ頃◯◯へ聞いてもらえそうですか?)をたずねてもはっきり答えてくれない。

この人どういうつもりなんだ。◯◯にコネあると言ってみたかっただけなのか。

まあ、こちらは正直に現状を報告してくれればいいと思ってるけど、こういう人過去何人も見たのでモヤモヤする。

2018-10-11

anond:20181011182938

加害者っていうよりも稼いだもん勝ちの世の中だな。

一度何かで稼いだら人生イージーモードになる。

よく金持ちが落ちぶれた話とかあるけど、実際は金持ちコネがあるから普通の人より再起しやすい。

詐欺紛いの行為で稼いでも一緒。カネはすべてを引き寄せる。

日本社会学における査読論文価値研究者評価大勢

備忘録程度に

社会学における査読論文位置

一般に、日本社会学において査読論文は重視されます特に、若手にとって査読論文を出すことは研究業績を重ねる上で、非常に重要であると考えられています

ただ、以下の三点が一般的な「アカデミア」のイメージとずれているため、わかりにくいところかなと思います

雑誌の格が厳格に決まっているわけではない

日本社会学においては雑誌の格が明確に決まっておらず、これがIFやh-index論文の格がある程度自動的に決定される理系(+経済学)と違うところです。

たとえば、おそらく日本社会学で一番格が高い雑誌日本社会学会が発行する『社会学評論』でしょうが、これに掲載が決まったからと言って、マーケットにおいてダントツ評価が高くなるということは無いですし、掲載率も25%程度とそこそこ高いです。

一方、関東社会学会が発行する『年報社会学論集』や関西社会学会が発行する『フォーラム現代社会学』なども掲載率は同程度ですし、評価もされると思われます。つまり査読論文の質がジャーナルの格によって決定される、という仕組みが弱いです。これは社会学領域多様性手法多様性+後述する国際意識の弱さに起因していると思われます

また、『思想』『現代思想』といった一部商業雑誌や、『ソシオロジ』『ソシオロゴス』といった同人誌に近い形態を取る査読雑誌が、ある程度の評価を受けているという点も特殊かな。

依頼論文査読論文より偉いということはないが、同程度の評価はされる

依頼論文査読論文より偉いというのはまず無いと思いますが、一方で依頼論文評価されないということもないです。一般に依頼論文査読論文と同程度の評価を受けているかと思われます

ただ、依頼論文の質がピンキリだというのが所感です。

なぜ査読論文を書かずに本にしたがるのか

エライ社会学者ほど査読論文を書きたがらない、というのは事実です。というのも、彼らは自分の考えたことを本にしてまとめてしまうからですね。

ではなぜ本にしてしまうのかというと、査読を受けたがらないというのも確かにあるのですが、概ね①社会学ギョーカイ一定程度の市場があり、エライ教授がまとめた(キャッチーor教科書になる)本は出版社としても出したがる傾向が依然としてある②査読プロセスが長い(半年-2年)ため、自分の考えをとっとと出せる本のほうが魅力的③先述した社会学領域多様性手法多様性により、査読による集合知が先駆的研究場合働きにくい場合があるという点のほうが大きいかなと思います

特に特殊なのは①ですね。この日本社会学の市場の大きさが与えたアカデミズムへの影響は、無視できないと思います

なぜ日本社会学は国際化されてないのか

日本社会学がどちらかというと内向きな傾向にあることは否定出来ないと思います比較的国際化が進んでいるのは計量分析が盛んであり、アメリカ社会学親和性が強い家族人口ネットワーク社会学の一部と、伝統的に留学風潮の強い学説史・理論でしょうか。とはいえ後者はいわゆる「国際化」とはずれてますが。いずれにせよこれら以外の領域では、英仏独語論文を書くという行為はあまり一般的ではないです。

ではなぜ内向きなのかというと、前述したように社会学比較的まだ「売れる」学問から、というのが大きいように思います。つまり国内マーケットの中で、研究にせよ知名度にせよ院生にせよある程度獲得できてしまうという現状が、外に目を向けない元凶かなと。

もちろん社会学という学問が、もともと世界的な共有知を探求するというよりも、個別特殊的事例や、異なる側面から理論体系を構築する研究を好む傾向があるということも大きいでしょう。

ただ、国際化されてないからと言って国際化が評価されていないかというとそういうことはなく、IFを持つ海外査読誌に論文が載ることは、希少故に非常に意義があるものとして認められています

社会学ムラにおける研究評価

上記したように、社会学においては論文の格は雑誌によって決定されず、査読論文と依頼論文区別曖昧であり、内向き志向である。とすれば一体研究評価はどのようになされているのでしょうか?

この問に答えるのは容易ではないですが、平均的な回答をしておきます

博論単著の出来

まず重要なのはこれで、博論単著が出せるか、出したあと評価されるかは、研究個人評価に決定的な影響を及ぼします。

一部大学院で未だに課程博士をなかなか出したがらないのは、これも影響しています。つまり単著で出せるような博論でないと、そもそも就職が覚束ないという考えなんですね。

同様に、単著就職の際の評価点として重要です。

査読論文の数

査読論文の格が特に決まってないとはいえ査読論文重要評価対象とみなされているということは、先述したとおりです。ですので、いきおい査読論文の数は、若手研究者の就職にあたって非常に重要です。いくら良い博論単著刊行できたとしても、査読論文がない研究者が就職することは(比較的)難しいでしょう。

ではどのくらい必要なのかということですが、だいたい就職までに3~4本(紀要除く)書いているのが一般的なようです。

なお、海外著名ジャーナルや『社会学評論』に載っていると、当然その分評価されますが、評価が格段に良くなるということは無いように思います。これが「格がない」という言葉事実であります

最後社会学ムラ内での振る舞い次第…

どういうことかというと、結局いくら査読論文重要とはいえ、それ以外の仕事というのも社会学では評価対象となります。つまりムラのネットワークの中で、いか仕事(ブックチャプターや非常勤講師など)を貰えるかが、結果的研究評価において非常に重要ファクターとなるんですね。コネ採用されるというのはほぼなくなったと思いますが、未だに特定大学院生比較就職やすいのは、あるネットワーク所属していると、比較研究業績を増やしやすいということもあると思います。こうした状況の中で若手研究者は業績を稼ぐために媚びへつらい、顔を売り、己が付き合っていて気持ちがいい人間であることをアピールするために、愛想笑いを浮かべながら査読論文抜き刷りを配り歩くのです。

とはいえ、これは一般的な「社会」でも一緒ですからなんとも言えないですね。とかくこの世は世知辛いアカデミアがコミュ障楽園だと思っていたら、実はベンチャー企業営業類似スキル必要であることを痛感するのは、博士課程進学後になってからなのです。

ちなみに一部の大学ではこうした制度公的に備えているところもありますが、これは先述したネットワークが発達した大学への対抗実践として見ることもできるでしょう。

なお社会学ムラ内でのふるまいのコードは、一般的な民間企業とも、いわゆる「アカデミア」の無縫さとも異なる独自の体系があるのですが、それは省略

問題などありましたら、ご指摘ください。あくまでも個人的意見です。

anond:20181011040543

人文学社会科学か。社会科学のほうが科学なのに怪しさが入り込む余地がある気がしてしまうのも奇妙だが、哲学とかだと論理的議論はあっても「正しさ」を決めることはできないからかな。

なんとなく「人文学」と書いたけど,「人文科学」と呼ぶこともある.私個人としては別にどっちでもいいかと思うけど.人文系社会科学系と呼んだりもする(総称は「人文社会系」とか「人文社会科学」とか).「社会科学」は略せないんだよな,「社会学」とかぶちゃうから.このへんは前増田で参考文献として挙げた隠岐さんの著作面白かったから読んでほしい.オススメ

理系でも教授の贔屓やコネはないわけじゃないけど論文数(あるいは引用数)で無能認定する仕組みは馬鹿排除には有効なんだよ(捏造動機にもなるけど)。

論文数で無能認定文系でもよくあることです(ただ,論文をあまり書いていないだけで該博な知識を有してる人なんかは尊敬される.周りは「もっと論文書いて! 読みたい!」って思ってるけどw そういう人がポストを得られていなかったりして業績少ないから仕方ないと思う反面すごいもったいないなと思ったり).ただこれも分野によっては1年に1本書いてりゃまあ標準的,というところもあれば1年に2・3本書くのが当然だろ? という分野もありで,その上分野によっては査読の有無での格付けとかもあまりしないので(そりゃ学振申請書では査読つきとなしを分けて書くけどね),安易に異分野の人が自分野の基準無能判定するのは本当に良くないからやらない方がいいと思う.今年は著書1冊書いてるけど論文は書きませんでした,を理系基準で業績ゼロって判定されたら暴動起きますよ.

あと歴史学文学だと,いちばん大事仕事論文執筆じゃなくて史料校訂だ,という感覚もあったりして,そのへんがきちんと評価されるのが望ましいよなぁと.ある平安貴族について論文書いても分析視角ニッチならあまり引用されないかもしれないけど,どこぞのお寺なり旧家なりにしまわれてたその貴族日記活字に起こして誤字脱字を訂正して単語意味解説して背景情報を補足して(日記って本人にとって当たり前のことは書かれないけど,1,000年経ったらそんなことわからないので),っていう作業をしたらその後平安時代歴史文学をやる人に参照されまくる基礎文献になったりする.こういう地道なレファレンス作りや史料校訂がきちんと評価される仕組みであってほしい……

で,引用数については問題点が2つあって,

1.どうやって数えるのか

これは技術問題.色んな言語で発表される紙の本での引用数,どうやって数えたらいいの……? ってやつ.異国の本屋さんで面白そうな学術書があったから手に取ってみたら私の論文引用されてたとか,異国で買った本をパラパラ読んでたら知り合いの英語論文引用されてたけどその知り合いはその異国語を読めないから多分存在を知らないだろうなとか,そういうの割とあるあるなので,人文系じゃ誰も被引用数なんて気にしてない.ぶっちゃけ無理ゲーだと思う.

あと,英語の本で引用されて,そのあとその英書が10国語翻訳出版されました,という場合は,何回引用されたと数えるべきだと思う? 1回? 11回?

2.それ数えて意味があるのか

そもそも優れた先行研究を褒めるのにもダメな先行研究をけなすのにも引用をするわけで,ある論文の中でむっちゃ参考にされた文献とけちょんけちょんにされた文献の2つがどちらも引用1回ってことにされちゃう不公平すぎない? って思うんだけど.それに,自分の専門分野についてあまりにひどい俗説が広く出回ってるとき学術文献じゃなくても引用して批判することがあるので,たとえば日本近代史の人が小林よしのりの『戦争論』を名指しで批判するとかよくある.純粋引用された数で勝負したら小林よしのり惨敗するマトモな研究者って大勢いると思うんだよね.

というか,文系だと「他人の書いた文章研究対象にする」というのがあるので,村上春樹研究なら当然村上春樹引用するわけで.さら学問分野によっては,「文献リストに先行研究研究対象を一緒くたに並べる」慣行を持つところもあり(これはその分野なら英語圏の査読誌でもそうなってる),たとえば樋口直人『日本排外主義』という日本極右研究した本の文献リストには,日本欧米社会学者が書いた真面目な研究文献と桜井誠櫻井よしこ西尾幹二の本がABC順でごちゃ混ぜに配列されていて,両者は引用形式からはまったく判別できない.本文を読めば前者を参考にして後者分析したり批判したりしてるのがわかるんだけど,機械的区別することは不可能.なので在特会に関する研究が進めば「桜井誠引用数で負ける研究者」がたくさん出てくると思うけど(というか現時点での私が負けてる疑惑),この基準どう考えてもおかしいでしょ.文系の業績を考える上で被引用数はマジで無意味だと思う.

追記

id:q-Anomaly 面白かった。一般文芸と一緒になっているから大変なのかな?理系だとわざわざトンデモさんに言及したりしないしね。間違いを指摘するとき論文ではなくて直接メール、もしくは研究会で議論かな。

もちろん文系でも別に公な場で晒し上げるほどじゃない間違いだったら直接本人に言うとかあるのでそのへんは批判する人の性格とか人間関係にも拠るところはあり,一方で理系でもSTAP細胞ときはさんざん批判論文出てたように思うので公開の場で批判する文化は当然あると思うのだけれど,間違いの指摘を必ず公開の場でやるわけじゃないとか言われるとじゃあこれまで理系には透明性のある評価基準があるけど文系にはそれがないかダメとか言ってたのはいったい何だったんだよ……って思うわ.あなたが言ってきたわけじゃないかあなたに言うのは不当なのかもしれないけれど.

id:hogefugapiyox 増田 理系(理論)でも独創的な論文で高く評価されるけど問題自体が超ニッチ引用は増えないことはありうる。そこで論文誌や国際学会のランクが役立つことはある。正しくてもレベルがそぐわないもの査読で落とされるので

これは文系でもあるあるメジャーテーマ研究していてもつまら論文しか書いてなければ意味はないしマイナーテーマでも面白論文が書ければ就職が決まる.

id:death6coin 参考にしたのと批判したのは別にリストアップする形式がいまからまれ得るかというと・・・難しそうですね。批判にも論外から一部の点で疑問があるまで程度があるだろうし。

「この論文はこんな資料を発掘してくれたので重要だ.でも発掘した資料解釈に疑問がある」とか,どっちにリストアップすればいいんだよという話で.

でもって,リストアップの形式については出典をどう示すかという形式が大きく絡んでくるんですわ.たとえば,歴史学なんかだと先行研究研究対象は別々にリストアップするけど(それでも流石に優れた先行研究ダメダメな先行研究は分けないよな),それは社会学とは違うやり方で出典を表記しているからそういうことが可能なんだという事情もあって,まあこのへんは自分学術書やら論文やらを読んで出典チェックしたことがないとわかりづらいかもねえ.社会学とか一部の分野で全部ごちゃ混ぜにした文献リストを作るのにも合理的理由があるんですわ.

id:hisawooo 増田に言うんじゃないんだけども、トンデモ論文への直接的な批判するなら一番マトモで普通な手段編集者宛のレター(つまりは読者からのお便り欄)じゃないかね(理系の話をしてます

なるほど,そういう慣習があるのね.言われてみれば文系でletter欄って見ないな.

で,文系論文だと本論に入る前に「先行研究の整理」ってやるんですわ.「先行研究Aは基本的妥当だがこの部分の解釈問題があり,先行研究Bは古いため近年発見された資料を使っておらず,先行研究Cは優れた研究だがちょっと私のやりたいことについてあまり触れられてなくて,先行研究Dは論外」みたいに整理した上で,じゃあ先行研究A~Cの成果を踏まえて先行研究Cが見落としている角度から先行研究Bが使ってない新資料を使って先行研究Aとは違う解釈します,みたいに自分論文の意義や新規性アピールするわけ.なので純粋な参考文献だけの抽出とか無理ゲー

id:enemyoffreedom 引用数の正しいカウントがやりづらいのは、さすがにその分野の引用慣習に問題ありな気も。他分野や門外漢から見た透明性の確保も今後は必要になっていきそう。まぁそれだけが業績評価を左右するようだと不健全だが

たくさん引用されたか価値がある研究! とかいローカル基準に基づいてヨソの分野の引用慣習をまるごとdisるならこっちもお前らのそれってPV数狙いのSEO対策でクソ記事垂れ流す互助会みたいなクソ慣習だなって言っていい? つーか文系査読なしで論文のチェックをしない! 不健全! と文系批判対象も引用に含めている! 不健全! ってマジどうやれば同じ口で言えるんだよって感じ.クソ論文をきっちり論文中で批判してるから正しいカウントが難しいって話に正しいカウントがやりづらいか問題とか言われるのマジ批判のための批判じゃん.全部ごちゃ混ぜで引用するのにも合理性はあるんですよ.そんなのはその分野の論文なり著書なりを読んで出典チェックしてみればわかりますよ.何度も言うけど英語圏でもこういうやり方なの.本当にこの慣習を是正たかったら理系の皆さんが大好きな英語で全世界普遍的問題提起をなさってくださいよろしくお願いしますクソが.

すごい大事追記

id:rci このシリーズはとても面白い。

面白いと言ってくれるのはありがたいんだけど,あなた一連の増田ちゃんと読んでる? このトラバリーの中で,私は何度も自分オタクだって言ってるよね? だからhttp://b.hatena.ne.jp/entry/372509722/comment/rciみたいな雑括りされても本当に困るんだけど.まあ記事の隅っこで書いてるから気付かなくても仕方ないところはあるけど,そうやって文系オタク対立構造にされて困るのは私みたいな文系オタクなんだよ.ほんと勘弁して.

正直私はキズナアイについては興味ないし,どうせならシロちゃんやらせればよかったんじゃ,とか思うけど,同時にあのくらいの服装が叩かれるとかおかしいよな,とも思うよ.なぜか服装に関してはゴリゴリ保守派になる連中が多くて目眩がしてるよ.色んな変わった服装を好む人への抑圧だろ.ぜんぜんNHKに出ていいよ.それが多様な社会であり自由社会だよ.

とにかく私は両側にもうウンザリ.ろくに事実関係を調べもせずVTuberについて基本的なことを知りもせずキズナアイを叩く連中にも,ろくに文系について知りもせずどんな研究をしているか理解もしないできないのにクソバイスを垂れ流す連中にもウンザリです.オタク叩きも文系叩きもクソくらえ.どっちも私の敵.ただもう本当にこれ以上関わり合いになりたくないのでここ数日の荒みきった心を『ヤマノススメ』の録画を見ることで癒やしてきます.一連のレイニーブルー展開を鑑みる絶対ここなちゃんはひなたをあおいから寝取ろうとしてるしかすみさんはあおいをひなたから寝取ろうとしてると思うんだよね.

anond:20181010203532

人文学社会科学か。社会科学のほうが科学なのに怪しさが入り込む余地がある気がしてしまうのも奇妙だが、哲学とかだと論理的議論はあっても「正しさ」を決めることはできないからかな。

フィールドワーク統計後者理系的な手法が通じそうなんで、査読方式とかガンガン理系様式を取り入れていけば(もうそうなってるかもしれないが)いいと思うんだが。


政治学キャリアパスの話(昔はこうだったみたいな話のレベルで軽く聞いたことあったけど)勉強になった。

でも彼ら今まさに、一部の一般国民どころか国会議員レベルから軽んじられてるからなあ。御用学者反政権メディアで重用されてる人もいるんで発信力は大きいけど、肝心の法改正憲法改正の試みがひどい低レベル議論で行われているようとしているように見える。それは法学者の言ってることがどこか信頼に支えられていないところがあるせいで、話は聞いてもらえるけど究極的には信じられてなくて、システム系の専門家サマータイム支持率を反転させたような説得力を持たないせいなのではとか思ってしまう。過渡期といわれるが今後変わっていけるのだろうか。それとも政治のことは学問では上手くいかないと諦めるしかないんだろうか。


ジェンダー論でもまともな学者もいるの知ってた。こういう学問悪用騒ぎの時、高みから呆れた眼差しでみてるのどうなんだろうな。ニセ科学に対する理系の反応も似たようなとこあるし、そっちのほうが実害出てるから問題かもしれないけど。ただ法学政治学社会学教授、話聞くとコネ採用多すぎるよとは思う(優秀な人もいるけどあいつは駄目って話もかなり聞く)。理系でも教授の贔屓やコネはないわけじゃないけど論文数(あるいは引用数)で無能認定する仕組みは馬鹿排除には有効なんだよ(捏造動機にもなるけど)。


物理学は2つに分けるなら実験系と理論系だと思う。前者は実験装置があってなんぼで、後者数学世界。扱う対象で言えば物性物理学宇宙素粒子物理学だろうか。物性物理学は手の届く物質を扱う学問化学と近接している。


所詮増田だしとは思ってるんだけど雑語りが過ぎたことは反省

2018-10-10

anond:20181010112456

顔の傷とか気にしなくていいよ。

そんなこと言っても本人は気にするかもだけど、一旦気にしないというていで考えてみたら可能性広がると思う。


というかもうちょっとネット上で出来てそこそこ給料いい仕事もっと増えればいいのにな。

こういう気にしぃな人のためにも

なんかスキルあれば探せばなくはないと思うけど、コネないと金が低めなのが問題よなぁ。

東京オリンピックエンブレムとき話題になったけど、業界の一部のコネのある人たちで、権威仕事を回しあってる状態

社会学とか文系業界でもそうなってるんだろうな。

労働者階級奴隷であるサラリーマンをしてんだけど、

資本主義社会金持ちのためのものなんだな。と日々実感している。

働いているときは、

「あー。俺は今、資本家を儲けさせるために自分人生時間を切り売りして働いてんだなー。資本家の子供として生まれてきたかったなー」と毎秒思う。

ネットがない時代格差を感じる機会がほぼなかった。けど今の時代は違う。SNS簡単金持ち生活を見れるようになった。

親が投資家経営者大企業の重役というだけで、子供のころから質の高い暮らしをしていい教育を受けて、親のコネや金を利用して楽して金持ちになっている奴らが、いくらでも出てくる。

金持ちの家に生まれたら人生イージー💛金持ちの家に生まれてよかったー💛というツイッターツイートゴロゴロ出てくる。妬ましい。


金持ちが今よりさら金持ちになるために、資本家階級人間たちは、労働者階級人間子供を産ませようとしてくる。まじうぜーわ。

金持ち本音はこうだ。

「てめーら労働者階級負け犬共は、俺たち金持ち生活さらに豊かにするために、

何も考えないで労働者として死ぬまで働いて、ぶっさいくな面したやつと結婚して、子供ボコボコ作って奴隷生産してればいーんだよ!」

やってられんわ。

anond:20181009213503

理系権威主義もそれはそれでいろいろ問題なんだが、文系権威の源泉を全否定しちゃって大丈夫か?

あなたは立派な学者で関連する全ての論文を実際読んで検証して自分の頭で考えて答えを出すのかもしれないが、一般国民はそんな暇も知識もないわけ。

今まで知識のない人たちには「論文にこう書かれています」ってのがありがたいことで一つの知識の蓄積だと思われてたけど、それが極端な話言えばそこらへんのブログ新聞に書かれているレベル記事信憑性が同じって疑われてるところまできてるわけ。一部のアホっぽい(主に政治的な)社会学者連中のせいで。もちろん学会内ではあの先生が書いたからとか、読んで検証したけどあの論文は実際いいよって評判も聞くことができるんだろうけど、素人がそこに入ってくのは難しいよね。一人目に聞いた人がいい人とも限らんし。


大部分の学者ちゃんとやってると私は思ってるよ。でもその知識アカデミアに入らない国民には理解しようもないし、還元されようもないなら、あいつら何かよくわかんないけどサボってんじゃないかとか、税金かける価値ほんとにある?とか言われてても擁護しようがないじゃん。今まではちゃん論文書いてるしって言えたけど、その論文、実は査読なしの書きっぱなしでコネがあれば好き勝手文章載せられちゃいますってバラしちゃったじゃん(一部の分野だけかもしれないけど)。個別に読んで評価しろっていわれたって文系論文読んだことないし、指標もないからどれ読めばいいかすらわからんってなる。それが査読論文があれば互いにいろいろやり取りして論文の質を高める工夫をしてるらしいよって話になる。英語論文があれば、仲間内の人じゃない人からも読まれたり評価したりされてるらしいよってなる。つまり論文権威を信頼の道具にしろってこと。


要は文系の一部のアカデミアは今権威が疑われてるんだよ。信頼を勝ち得るには無知理系同族文系偏見持ってるのが多くて申し訳ない気持ちもあるけれど)を批判したり、あるいは陰謀論者だ反知性主義だとか批判してもどうしようもないわけ。ただでさえ理系文系大学予算削って理系にまわすのに大賛成なんだし、あいつら信用できないって噂が広まるのは好都合。そこを「間違っているとは限らない」っていくら論理的説明したって「間違ってない可能性があるだけの研究?なら本屋に溢れてるしその執筆の手伝いに国家予算付けるほどお人好しにならなくていいよね」って言われるだけでしょ。理系に比する信頼を勝ち取る手段の一つが査読であり英語だし、それができなければ〇〇論文誌の論文は毎年学会で全部ちゃん議論してます(その結果もまとめてあるのが理想)って表明するとか(日本語できる人でいいんだが)外国学者もっとポスト招聘してうちの学会オープンですってアピールするとか面倒臭くても何か工夫をしないといけないと思う。


いろいろ書いたけどあくま予算権威が欲しいならね。研究費は元々少なめだとは思うけど、さらに削られたり給与もこれから理系に比べて少なく設定されるようになってもいいし、信頼度新聞マスコミレベルで構わない(関係ないが自分最近マスコミ悪く言われすぎだと思う)というならそのまま何も変わらなくていいと思う。

2018-10-09

anond:20181009022929

自分ちょっと社会学」に対する理解がざっくりしていた。「日本社会研究」に関しては英語圏には英語圏偏見があるし、そっちが進んでいるわけでもないというのは、言われてみてわかった。コメントの中には偏見や狭い視野で暴れてる理系もいるけど、自分文系の人が分野の実情に教えてくれるのありがたいと思っている。


ただ自分が思ったのは主語が「日本人」じゃなくて「人間」になる場合社会学って海外研究者にも読まれたり批判される場所にあって欲しいってことと(日本海外完全に切り分けるなら日本人特殊性によって「民主主義」も「男女平等」も正しくないみたいな言論がまかり通ってしまう)、あるいはもっと政治と密接なところにある学会国内研究者同士で批判が行き届かなくなって腐敗してるんじゃないの?(実情よく知らないので陰謀論である可能性も濃厚)ってこと。


あとは最初元増田の元のtogetter話題で言えば、文系アカポスを得る仕組みって英語論文(分野によっては査読付き国内論文すらも?)の評価が軽いせいでほぼコネ100%になって腐敗してない?(小保方事件もあったし理系アカポスに腐敗がないとは言わんけど)って疑問はある。


件の千田教授twitterではアホやってるけど、論文や本書けばもう少しまともって話もあるわけで、理不尽批判もあるかもなと冷静になるべき部分もあると思うが(理系でも実験しか優秀じゃないアホな教授もいないこともないし)。

anond:20181009142506

うーん。

今回の社外の人がどういう人か全然知らんけど、

「その人を歓待するのが目的飲み会」「その人とのコネクションを深めるための飲み会」なのかと思ったわけでして、、、

そうだった場合、元さんの思いは

ぶっちゃけ「知らんがな」と思いました。

失礼しました!

anond:20181008215814

論文を読めない素人さんあるいは専門外の人たちに何をベースに信頼を担保するのかという問題なのでは?

日本学会誌日本語で論文出したよって言っても、著者は偉い先生弟子で、審査委員は全員その先生に逆らえない、あるいは論文の内容に関して政府から圧力が入ったって情報あるいは噂話が入ったら、論文の中身を自分検証できない人は著者を信じることを躊躇しちゃうよね。理系英語誌でもそういう贔屓の問題は起きないわけじゃない(実際米国でのコネが効くといわれている)けど、国際的中立そうな権威から認められた論文のほうが大衆からの信用を勝ち得るというのは事実だと思う。


実際内容検証する人たちからすれば、それこそ全部arXivでいいし(分野によっては無名学者arXiv投稿しても読む人数が少ないのではという問題はあるが)、一つ一つの論文重要性まで加味するなら、そもそも論文や発表の「件数」を数えること自体無意味だよね。で結局は人間同士の信頼の話になるんだけどそれはコネと腐敗の温床であって、文系アカデミアは今まさにその腐敗を指摘されてるんだと思う。


個人的な印象を言うと言語学なんかは何語でやっても比較大衆から信頼されると思うよ。良くも悪くも金にならない学問だし。でも政治思想と関わる社会学なんかはどうやって陰謀論が出てくる。御用学者もいれば、マルクス主義の流れだってある。そんな党派性が当たり前にあるなかで自分大学教員としての学問性を担保できるのは海外査読英語論文だけなんじゃないだろうか。


あとついでに言うと経済国際関係絶対英語でやってくれ。自国経済外交政策運営世界の潮流に裏打ちされてないなんて知ったら国民不安になるじゃないか

言語とか文化はいいんだよ。そういったもの国民はある程度の税金投入の必要性を感じてる。でも対立する社会政策や怪しい経済や国際論争に税金が投入されているのではないか懐疑的になって税金を出すのをやめろという勢力が出てくるのは止められない。「自分たちは正しい」と居座るのでなしに、そういうのに答えていくのも科学者仕事なのでは。

2018-10-08

anond:20181008220306

残念ながら今回殴りかかってきたのはお気持ちポエムコネで押し通すことで肩書を得た「教授」です

宮D先生皇室コネがあると本で読んだのですが

それと大学ポスト関係があるのでしょうかね

anond:20181008114731

からそう思ってるなら相談窓口に言えって書いてんだろ

勝手に抱え込まれてるよりはナイフ投げつけられたほうがマシだわ。

そのナイフ死ぬやつは自業自得だし、

ナイフを避けられる権力知識コネがあるやつは生き残る。

それだけのこと。

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